黒バス(2012.10~2017.12)
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ひたすら鳴り続けるシャーペンの走る音。
綺麗に整頓されていた教材が今はテーブルの上に広げられている。
その教材もほとんど折れ目なく綺麗なままで、それでも重要な部分にはマーカーが引かれていて。持ち主の丁寧さと物持ちの良さがうかがえる。
「ねぇ、緑間君。ここ、これであってる?」
「…あぁ、問題ないのだよ」
「良かったぁ」
ホッとしたその勢いのまま、ぐぐっと手と足を同時に伸ばす。
息を吸うと自分とは違う特有の匂いが鼻を掠めて、真司はふふっと笑った。
「どうかしたのか」
「いやいや、まさか緑間君が協力してくれるとは思わなかったよ」
「ふん、お前は青峰や黄瀬と違って真面目だからな。やる気がある奴に協力するのは当然なのだよ」
現在、真司は緑間宅にお邪魔している。
休んだブランクで一部抜けた授業の知識を補うには、誰かに教えてもらうのが一番だ。
その時浮かんだのが赤司と緑間。 とはいえ赤司に教わるのはやはり癪で。
以前、迷惑をかけてしまった為に申し訳なさはメーターを振り切っていたが、緑間に頼んだところ休日空けてやるから家に来いとのこと。
それで午後から彼の家を訪ねている。
「緑間君は教え方上手だねー」
「このくらい普通だろう」
「いやいや。理解してるって証拠だもの」
そういう真司には勿論、人に教えるなんてことは出来ないだろう。そもそもしたことがないのだが、基本勉強をしない真司は恐らく緑間とは違う。
問題を解けても根本を理解してはいない。
「全く、ちょっと3日程休んだだけでこんな進むんだもんなぁ」
ふう、と息を吐いて開かれた数学の教科書に視線を落とす。
国語やら社会やらはとりあえずノートを写させてもらえばなんとかなるが、数学や理科だとそうもいかない。
真司は自分が受け損ねた授業分のページを指で挟み、ぴらぴらと揺すった。
「だがお前は理解が早い。やはり天才なのだろうな」
「んー…それはなんとも言えないけど、でも難しいと思ったことはないかな」
「それが既に天才である証拠なのだよ」
ふっと意味有り気な息を緑間が吐き出した。
家に呼んでくれたのだから嫌われてはない、はず。しかし、緑間はどこか真司との間に壁を作りたがっているように見えた。
頭の良い真司への嫉妬やら劣等感、だけとは思えない。
「緑間君」
「なんだ」
「んー…呼んだだけ」
「ふ、ふざけてないで早く次のページもやるのだよ!」
「はーい」
視線を落として教科書のページを捲る。
数字の羅列。公式が記憶された問題の答えが、頭の中で導き出される。
うん、簡単だ。
とんとんとテストの時なんかによく聞く音がまた耳をすり抜けていく。
ふかふかそうなベッドを横目に、ダイブしたいなぁなんて意識を教科書から離していると、緑間の指が小さく動いた。
「…灰崎のことだが」
「ん?」
「あいつは退部させられた。部活で会うことはもうないだろう」
「そーなんだ」
元々サボり癖があったのだろう彼を部活中に見かけたことは一度もない。
あまりピンとこない内容に適当に相槌を打つ。
しかし、何かまだ続くのだろうと思っていた会話が途切れ、不思議に思った真司は顔を上げた。
「緑間君?」
「、な、なんだ」
「え、ううん別に。灰崎君の話は終わったの?」
「あぁ、いやその…」
何故そこでどもる。
真司は何かまだ言いたいことが有りそうな緑間の顔をじっと見つめた。
緑間はこうしてじっと見ていないと気付きにくいが、相当の美人である。睫毛は長いし鼻は高いし。
どうしてこう、バスケ部にはイケメンやら美形やらが募っているのか。
などとどうでもいい疑問を抱いていた真司の手に緑間の手が重なった。
「烏羽」
「ん?」
「赤司や青峰…それから黄瀬と、一体どんな関係を持っているんだ」
「え?」
真司はぽかん、と口を小さく開けて固まった。
緑間が何を聞いているのかわからない。どんな関係か、だなんて。
「灰崎もおかしなことを言っていただろう」
「…何か、言ってたっけ」
「オレも奴の言うことを真に受けた訳ではない。しかし、黄瀬とのその…行為はどうかと思うのだよ」
灰崎の言葉なんて覚えてはいない。
しかし、緑間が何を言わんとしているのか、なんとなくわかってしまった。
そして、それがわかった瞬間、息が止まるような気がした。
つまり緑間は、友人とはし得ない体の関係のことを言いたいのだろう。
「…」
「人の交遊関係に口を出す趣味はないが…振り回されているのではないか?」
「あ、」
緑間の言う話は、特に先日の出来事の事を指しているようだった。
黄瀬の彼女役をした、ということはすぐに赤司にバレた。
白と黒のぼんやりと写されただけの雑誌の写真だというのに、あの赤い目を誤魔化すことは不可能だったのだ。
そこから緑間にも伝わったのだろう。
そして緑間は、真司が黄瀬に振り回されついでに無理矢理キスをされたとでも思っている。いや、実際そうなのだが。
「もし振り回されているのだとしても、俺は構わないよ」
「烏羽?」
「それってつまり、それなりに愛してくれてるってことだし」
「…オレには理解出来そうにないのだよ」
緑間は少しだけ頬を赤に染めて、重なっていた手を離して眼鏡をくいっと持ち上げた。
理解してもらえるなんて、端から思ってなどいない。自分の異常さはもう良くわかっている。
しかも、緑間は見た目から中身まで、淀みの無い真面目人間だ。愛やら恋なんかとは遠い場所にいそうなタイプ。
だからこそこんな話をしてしまったことを、今更ながらに悔やんだ。
別に正直に自分の気持ちを言う必要などなかったろう。どうにでも誤魔化せたのに。
「えっと…」
どうにかして空気を変えたい。
真司は頬をぽりぽりとかいてから、緑間に笑いかけた。
「心配してくれたなら、ありがとね」
「…家庭に、」
「ん?」
「何か事情を抱えているのか」
再び緑間と目が合った。
今度は明確な返答を期待しているのだろう。緑間の目は逸らされない。
「どうしてそう思ったの」
「赤司が初めに“帰る家をやる”とお前に言っただろう」
「、うん」
「青峰や黒子も、お前の家には他に誰か居たことがないと言った」
低い声に真司の体が震えた。
家の事情が知られたから困るということはない。既に赤司には知られていることなのだし。
しかし、嫌だった。知られたくない。恥ずかしい。
「烏羽、お前は」
「緑間君っ」
何かを言われるのが怖くて、烏羽は緑間の腕にしがみついていた。
「俺の家のことなんてどーでもいいじゃん」
「どうでもいい、と思っている態度には見えないが」
「じゃあ何?ここで泣きでもすれば良かったの」
「泣きたい心境にあるのか」
「わかんないよ」
ぶんぶんと首を大きく振る。緑間の服の柔らかい生地が頬を撫でて、緑間の家と同じ服の匂いが鼻をくすぐった。
これだから賢い人間は嫌なんだ。
赤司といい緑間といい、気付かなくて良いところばかり気付いて。
「それ、聞いてどーするつもりなの」
「烏羽」
「困ってるって言ったら、緑間君も愛してくれんの?」
「なっ!」
びくんと緑間の体が跳ねた。
ぱっと顔を上げれば、真っ赤になった緑間の顔。
ほんの少し真司が顔を近付ければ触れてしまいそうで、思わず真司の顔も赤みを帯び始める。
しかし、緑間は真司の肩を掴んで引き剥がした。
「な、何をするのだよ!」
「え?」
「そ、そうやって皆を懐柔しているのか!」
「か、懐柔って…俺は別に何も」
なんだか、先程から話がめちゃくちゃだ。
何故こんなにも緑間の心が乱れているのかわからない。
真司は少し緑間と距離をとって、ちょこんとそこに正座した。
「緑間君は、俺が嫌い?」
「…別に嫌いではない」
「うん、それでいーよ」
そんなたくさん求めたって仕方がないものだ。
真司には赤司がいる。赤司が愛していると言ったのだから、それだけで十分だ。
真司は膝で教科書の前まで戻ると、再びシャーペンをノートへ滑らせた。
緑間はずっと黙ったまま。しかし、じっと真司を見つめていた。
そんなに見るくらいならむしろ何かしゃべって欲しい。その視線に気付きながらも、真司は気付かぬふりで問題を解き続けた。
もうこれ以上、余計なことを言って困らせたくはない。というか、ボロが出る。
自分の印象を悪くしない為にも、真司は自ら口を開くことを止めた。
「烏羽」
「んー?」
「すまない、少し取り乱した」
「はは、別にそんな取り乱したようには見えなかったよ」
口を開いたと思えば、急にしおらしくなった緑間が頭を下げていた。
取り乱す、という言葉では大げさ。
しかし緑間の普段の落ち着き様と比べたら、取り乱したと言ってもおかしくはないのかもしれない。
じゃあ何故。
緑間が突っかかってくるのは、たいてい勉強のことと、真司と他の者との関係についてだ。
なんか、それって。
「緑間君、実は俺のこと結構好きでしょ」
「…っ、」
がたっと緑間の肘が机からずり落ちた。
眼鏡の向こう側の目元が薄らと濡れて、頬から耳まで真っ赤になっている。
「ふふ、緑間君って嘘つけないよね」
「…何が言いたいのだよ」
「俺は、緑間君のそういうとこ好き」
緑間の顔は更に赤くなっていって、それが余計に真司の言葉を真実にする。
緑間は真司がこうして愛想を振りまいているところが気に食わなかったのだろう。そしてそれに絆されていく部員達も。
「フン…他のヤツらにも同じように言っているのだろう」
「えー…言ってるかなぁ」
「…お前のことは信じられん」
「よし、終わった」
ぱっとノートを緑間の方へ見せつける。
数字と記号で埋められたノートを目だけで確認すると、緑間は小さくふっと笑った。
今度は他に何の意味も無い微笑みだ。
「さすがだな」
「どーも」
ノートは借りて写させてもらうし、理系の科目もばっちりやり終えた。もう緑間に教えてもらうことは無い。
真司はテーブルに手を置いて、ゆっくり立ち上がった。
「…帰るのか」
「うん、もう迷惑かけられないし」
脇に置いていた荷物も肩にかけて、入れてもらった紅茶も飲み干す。
片づけられた綺麗な部屋と、香る紅茶の相性は抜群だ。ほんの少し良い身分になった気分になる。
「ごちそうさま」
「い、いや…」
「?」
まだ何か言いたいことがあるのだろうか、緑間は遅れて立ち上がると何度か口を開いては閉じてを繰り返した。
「何?」
「……オレは、お前を好き、ではない」
「うん…?」
「ただ、興味があるだけなのだよ」
緑間の手が真司の手を掴んだ。その手から、やけに強い緊張が伝わってくる。
身長差故に見上げた真司の顔に、緑間の顔が覆いかぶさっていた。
「…!?」
軽くぶつかった唇。
今までで一番真っ赤になった緑間の顔が、今までで一番近い位置にあった。
そんな前触れは全くなかったはずだ。良い雰囲気になったわけでも、そういう関係にあるわけでもないのに。
「緑間君…」
「…」
「眼鏡、ぶつかったね」
「そ、そうだな」
ずれた眼鏡を二人で戻す。
完全に重なった同じ仕草に真司がくすりと笑うと、緑間はこほんと咳ばらいをした。
「緑間君」
「…」
「俺、帰るよ?」
「あ、あぁ」
乾いた唇に残った感触がじわじわと心を満たしていく。
緑間に背を向けた真司は、鞄を持たない方の手で唇に触れた。
なんだろう、この感覚。
部屋を出て、緑間の母親に挨拶をする。それから玄関に向かって大きな扉の前に立つ。
来た時と同じルートを反対に歩いているだけなのに、違うものを見ているような気分だ。横にいる緑間への思いが変わっているせいか。
「…緑間君」
「な、なんだ」
「またね」
「あぁ、気を付けて帰るのだよ」
緑間の手で開けられた扉から、真司だけが外に出た。
冷たい外の空気に当たって、熱くなった体が冷やされる。
あぁ、物足りなかったんだ。
ふと、妙な感覚の正体に気付いて真司は振り返った。
まだそこにいる緑間が真司を見下ろしている。もう冷めたのか、緑間の顔はいつも通りの冷ややかなものに戻っていた。
「緑間君」
「…どうしたのだよ」
「…ううん、今日はありがとね」
どうしてキスしたのか。もっと、してくれないのか。求めてもいいのか。
聞きたいことはたくさんあったけれど、どれも緑間は聞いて欲しくなさそうだった為に、真司はそれを飲み込んで胸の奥に仕舞い込んだ。
それに、求める相手は赤司だけ、そうでなければ駄目だ。
と思ったのに。
「烏羽、何故聞かないのだよ」
「…ん?」
「何故、その…接吻したのか、」
聞かないようにしてあげたというのに。
真司は暫く緑間の目を見つめ返し、それからぷっと軽く笑った。
「っふ、緑間君、接吻って言い方…いつの時代だよ」
「な、べ、別に言い方などどうでも良いだろう!」
「面白いね、そういうとこも好き」
好き、という言葉に反応したかのように、また緑間の頬が赤に近付いていく。
なんだそれ、それじゃ好きみたいじゃないか。
緑間が、自分を。
「…じゃあね!」
「あ、おい」
たたっと足早に緑間の家から遠ざかる。
もしそうなら嬉しい。しかし、それが自惚れだった日には耐えられない。
そんな賭けのような質問を緑間にする勇気は無かった。
まだ歩き慣れないどころか、ほとんど知らない道を一人で帰るのは不安だ。
しかし、やはり緑間に迷惑はかけたくなかったし、今は緑間から離れたかった。
「…赤司君」
赤司は初めに愛してくれると言ったのに、あれ以来一度もあの時のように触れてくれてはいない。
だから、緑間に同じことを求めたくなってしまう。
「ダメダメ、絶対駄目」
もし緑間が自分を好きだったとしても、緑間は絶対に嫌がる。赤司との行為は確実に別物だ。
でも、キスはした。されてしまった。
「…」
教えてもらったものが全て吹っ飛びそうだ。
パンクしそうな頭を抑えて、真司は大きなため息を吐いた。
赤司、黄瀬に続いて緑間。知り合って間もない友人と、どうしてこういうことになるのだろう。
普通じゃないのは、きっと自分だけじゃない。奴等も絶対おかしい、そうだ。だって、青峰や黒子とはそんな風になっていないのだから。
首を横に振って、ぎゅっと鞄の肩紐を握った。熱い、体が熱くなる。
誤魔化すように見上げた夕空があまりにも美しいオレンジを彩っていて、真司は自分の欲深さに唇をかみしめていた。
近くなるほどもっと欲しくなる。
手に入ることが分かれば更に、余計に。
それは、赤司の求める真司の姿だった。
綺麗に整頓されていた教材が今はテーブルの上に広げられている。
その教材もほとんど折れ目なく綺麗なままで、それでも重要な部分にはマーカーが引かれていて。持ち主の丁寧さと物持ちの良さがうかがえる。
「ねぇ、緑間君。ここ、これであってる?」
「…あぁ、問題ないのだよ」
「良かったぁ」
ホッとしたその勢いのまま、ぐぐっと手と足を同時に伸ばす。
息を吸うと自分とは違う特有の匂いが鼻を掠めて、真司はふふっと笑った。
「どうかしたのか」
「いやいや、まさか緑間君が協力してくれるとは思わなかったよ」
「ふん、お前は青峰や黄瀬と違って真面目だからな。やる気がある奴に協力するのは当然なのだよ」
現在、真司は緑間宅にお邪魔している。
休んだブランクで一部抜けた授業の知識を補うには、誰かに教えてもらうのが一番だ。
その時浮かんだのが赤司と緑間。 とはいえ赤司に教わるのはやはり癪で。
以前、迷惑をかけてしまった為に申し訳なさはメーターを振り切っていたが、緑間に頼んだところ休日空けてやるから家に来いとのこと。
それで午後から彼の家を訪ねている。
「緑間君は教え方上手だねー」
「このくらい普通だろう」
「いやいや。理解してるって証拠だもの」
そういう真司には勿論、人に教えるなんてことは出来ないだろう。そもそもしたことがないのだが、基本勉強をしない真司は恐らく緑間とは違う。
問題を解けても根本を理解してはいない。
「全く、ちょっと3日程休んだだけでこんな進むんだもんなぁ」
ふう、と息を吐いて開かれた数学の教科書に視線を落とす。
国語やら社会やらはとりあえずノートを写させてもらえばなんとかなるが、数学や理科だとそうもいかない。
真司は自分が受け損ねた授業分のページを指で挟み、ぴらぴらと揺すった。
「だがお前は理解が早い。やはり天才なのだろうな」
「んー…それはなんとも言えないけど、でも難しいと思ったことはないかな」
「それが既に天才である証拠なのだよ」
ふっと意味有り気な息を緑間が吐き出した。
家に呼んでくれたのだから嫌われてはない、はず。しかし、緑間はどこか真司との間に壁を作りたがっているように見えた。
頭の良い真司への嫉妬やら劣等感、だけとは思えない。
「緑間君」
「なんだ」
「んー…呼んだだけ」
「ふ、ふざけてないで早く次のページもやるのだよ!」
「はーい」
視線を落として教科書のページを捲る。
数字の羅列。公式が記憶された問題の答えが、頭の中で導き出される。
うん、簡単だ。
とんとんとテストの時なんかによく聞く音がまた耳をすり抜けていく。
ふかふかそうなベッドを横目に、ダイブしたいなぁなんて意識を教科書から離していると、緑間の指が小さく動いた。
「…灰崎のことだが」
「ん?」
「あいつは退部させられた。部活で会うことはもうないだろう」
「そーなんだ」
元々サボり癖があったのだろう彼を部活中に見かけたことは一度もない。
あまりピンとこない内容に適当に相槌を打つ。
しかし、何かまだ続くのだろうと思っていた会話が途切れ、不思議に思った真司は顔を上げた。
「緑間君?」
「、な、なんだ」
「え、ううん別に。灰崎君の話は終わったの?」
「あぁ、いやその…」
何故そこでどもる。
真司は何かまだ言いたいことが有りそうな緑間の顔をじっと見つめた。
緑間はこうしてじっと見ていないと気付きにくいが、相当の美人である。睫毛は長いし鼻は高いし。
どうしてこう、バスケ部にはイケメンやら美形やらが募っているのか。
などとどうでもいい疑問を抱いていた真司の手に緑間の手が重なった。
「烏羽」
「ん?」
「赤司や青峰…それから黄瀬と、一体どんな関係を持っているんだ」
「え?」
真司はぽかん、と口を小さく開けて固まった。
緑間が何を聞いているのかわからない。どんな関係か、だなんて。
「灰崎もおかしなことを言っていただろう」
「…何か、言ってたっけ」
「オレも奴の言うことを真に受けた訳ではない。しかし、黄瀬とのその…行為はどうかと思うのだよ」
灰崎の言葉なんて覚えてはいない。
しかし、緑間が何を言わんとしているのか、なんとなくわかってしまった。
そして、それがわかった瞬間、息が止まるような気がした。
つまり緑間は、友人とはし得ない体の関係のことを言いたいのだろう。
「…」
「人の交遊関係に口を出す趣味はないが…振り回されているのではないか?」
「あ、」
緑間の言う話は、特に先日の出来事の事を指しているようだった。
黄瀬の彼女役をした、ということはすぐに赤司にバレた。
白と黒のぼんやりと写されただけの雑誌の写真だというのに、あの赤い目を誤魔化すことは不可能だったのだ。
そこから緑間にも伝わったのだろう。
そして緑間は、真司が黄瀬に振り回されついでに無理矢理キスをされたとでも思っている。いや、実際そうなのだが。
「もし振り回されているのだとしても、俺は構わないよ」
「烏羽?」
「それってつまり、それなりに愛してくれてるってことだし」
「…オレには理解出来そうにないのだよ」
緑間は少しだけ頬を赤に染めて、重なっていた手を離して眼鏡をくいっと持ち上げた。
理解してもらえるなんて、端から思ってなどいない。自分の異常さはもう良くわかっている。
しかも、緑間は見た目から中身まで、淀みの無い真面目人間だ。愛やら恋なんかとは遠い場所にいそうなタイプ。
だからこそこんな話をしてしまったことを、今更ながらに悔やんだ。
別に正直に自分の気持ちを言う必要などなかったろう。どうにでも誤魔化せたのに。
「えっと…」
どうにかして空気を変えたい。
真司は頬をぽりぽりとかいてから、緑間に笑いかけた。
「心配してくれたなら、ありがとね」
「…家庭に、」
「ん?」
「何か事情を抱えているのか」
再び緑間と目が合った。
今度は明確な返答を期待しているのだろう。緑間の目は逸らされない。
「どうしてそう思ったの」
「赤司が初めに“帰る家をやる”とお前に言っただろう」
「、うん」
「青峰や黒子も、お前の家には他に誰か居たことがないと言った」
低い声に真司の体が震えた。
家の事情が知られたから困るということはない。既に赤司には知られていることなのだし。
しかし、嫌だった。知られたくない。恥ずかしい。
「烏羽、お前は」
「緑間君っ」
何かを言われるのが怖くて、烏羽は緑間の腕にしがみついていた。
「俺の家のことなんてどーでもいいじゃん」
「どうでもいい、と思っている態度には見えないが」
「じゃあ何?ここで泣きでもすれば良かったの」
「泣きたい心境にあるのか」
「わかんないよ」
ぶんぶんと首を大きく振る。緑間の服の柔らかい生地が頬を撫でて、緑間の家と同じ服の匂いが鼻をくすぐった。
これだから賢い人間は嫌なんだ。
赤司といい緑間といい、気付かなくて良いところばかり気付いて。
「それ、聞いてどーするつもりなの」
「烏羽」
「困ってるって言ったら、緑間君も愛してくれんの?」
「なっ!」
びくんと緑間の体が跳ねた。
ぱっと顔を上げれば、真っ赤になった緑間の顔。
ほんの少し真司が顔を近付ければ触れてしまいそうで、思わず真司の顔も赤みを帯び始める。
しかし、緑間は真司の肩を掴んで引き剥がした。
「な、何をするのだよ!」
「え?」
「そ、そうやって皆を懐柔しているのか!」
「か、懐柔って…俺は別に何も」
なんだか、先程から話がめちゃくちゃだ。
何故こんなにも緑間の心が乱れているのかわからない。
真司は少し緑間と距離をとって、ちょこんとそこに正座した。
「緑間君は、俺が嫌い?」
「…別に嫌いではない」
「うん、それでいーよ」
そんなたくさん求めたって仕方がないものだ。
真司には赤司がいる。赤司が愛していると言ったのだから、それだけで十分だ。
真司は膝で教科書の前まで戻ると、再びシャーペンをノートへ滑らせた。
緑間はずっと黙ったまま。しかし、じっと真司を見つめていた。
そんなに見るくらいならむしろ何かしゃべって欲しい。その視線に気付きながらも、真司は気付かぬふりで問題を解き続けた。
もうこれ以上、余計なことを言って困らせたくはない。というか、ボロが出る。
自分の印象を悪くしない為にも、真司は自ら口を開くことを止めた。
「烏羽」
「んー?」
「すまない、少し取り乱した」
「はは、別にそんな取り乱したようには見えなかったよ」
口を開いたと思えば、急にしおらしくなった緑間が頭を下げていた。
取り乱す、という言葉では大げさ。
しかし緑間の普段の落ち着き様と比べたら、取り乱したと言ってもおかしくはないのかもしれない。
じゃあ何故。
緑間が突っかかってくるのは、たいてい勉強のことと、真司と他の者との関係についてだ。
なんか、それって。
「緑間君、実は俺のこと結構好きでしょ」
「…っ、」
がたっと緑間の肘が机からずり落ちた。
眼鏡の向こう側の目元が薄らと濡れて、頬から耳まで真っ赤になっている。
「ふふ、緑間君って嘘つけないよね」
「…何が言いたいのだよ」
「俺は、緑間君のそういうとこ好き」
緑間の顔は更に赤くなっていって、それが余計に真司の言葉を真実にする。
緑間は真司がこうして愛想を振りまいているところが気に食わなかったのだろう。そしてそれに絆されていく部員達も。
「フン…他のヤツらにも同じように言っているのだろう」
「えー…言ってるかなぁ」
「…お前のことは信じられん」
「よし、終わった」
ぱっとノートを緑間の方へ見せつける。
数字と記号で埋められたノートを目だけで確認すると、緑間は小さくふっと笑った。
今度は他に何の意味も無い微笑みだ。
「さすがだな」
「どーも」
ノートは借りて写させてもらうし、理系の科目もばっちりやり終えた。もう緑間に教えてもらうことは無い。
真司はテーブルに手を置いて、ゆっくり立ち上がった。
「…帰るのか」
「うん、もう迷惑かけられないし」
脇に置いていた荷物も肩にかけて、入れてもらった紅茶も飲み干す。
片づけられた綺麗な部屋と、香る紅茶の相性は抜群だ。ほんの少し良い身分になった気分になる。
「ごちそうさま」
「い、いや…」
「?」
まだ何か言いたいことがあるのだろうか、緑間は遅れて立ち上がると何度か口を開いては閉じてを繰り返した。
「何?」
「……オレは、お前を好き、ではない」
「うん…?」
「ただ、興味があるだけなのだよ」
緑間の手が真司の手を掴んだ。その手から、やけに強い緊張が伝わってくる。
身長差故に見上げた真司の顔に、緑間の顔が覆いかぶさっていた。
「…!?」
軽くぶつかった唇。
今までで一番真っ赤になった緑間の顔が、今までで一番近い位置にあった。
そんな前触れは全くなかったはずだ。良い雰囲気になったわけでも、そういう関係にあるわけでもないのに。
「緑間君…」
「…」
「眼鏡、ぶつかったね」
「そ、そうだな」
ずれた眼鏡を二人で戻す。
完全に重なった同じ仕草に真司がくすりと笑うと、緑間はこほんと咳ばらいをした。
「緑間君」
「…」
「俺、帰るよ?」
「あ、あぁ」
乾いた唇に残った感触がじわじわと心を満たしていく。
緑間に背を向けた真司は、鞄を持たない方の手で唇に触れた。
なんだろう、この感覚。
部屋を出て、緑間の母親に挨拶をする。それから玄関に向かって大きな扉の前に立つ。
来た時と同じルートを反対に歩いているだけなのに、違うものを見ているような気分だ。横にいる緑間への思いが変わっているせいか。
「…緑間君」
「な、なんだ」
「またね」
「あぁ、気を付けて帰るのだよ」
緑間の手で開けられた扉から、真司だけが外に出た。
冷たい外の空気に当たって、熱くなった体が冷やされる。
あぁ、物足りなかったんだ。
ふと、妙な感覚の正体に気付いて真司は振り返った。
まだそこにいる緑間が真司を見下ろしている。もう冷めたのか、緑間の顔はいつも通りの冷ややかなものに戻っていた。
「緑間君」
「…どうしたのだよ」
「…ううん、今日はありがとね」
どうしてキスしたのか。もっと、してくれないのか。求めてもいいのか。
聞きたいことはたくさんあったけれど、どれも緑間は聞いて欲しくなさそうだった為に、真司はそれを飲み込んで胸の奥に仕舞い込んだ。
それに、求める相手は赤司だけ、そうでなければ駄目だ。
と思ったのに。
「烏羽、何故聞かないのだよ」
「…ん?」
「何故、その…接吻したのか、」
聞かないようにしてあげたというのに。
真司は暫く緑間の目を見つめ返し、それからぷっと軽く笑った。
「っふ、緑間君、接吻って言い方…いつの時代だよ」
「な、べ、別に言い方などどうでも良いだろう!」
「面白いね、そういうとこも好き」
好き、という言葉に反応したかのように、また緑間の頬が赤に近付いていく。
なんだそれ、それじゃ好きみたいじゃないか。
緑間が、自分を。
「…じゃあね!」
「あ、おい」
たたっと足早に緑間の家から遠ざかる。
もしそうなら嬉しい。しかし、それが自惚れだった日には耐えられない。
そんな賭けのような質問を緑間にする勇気は無かった。
まだ歩き慣れないどころか、ほとんど知らない道を一人で帰るのは不安だ。
しかし、やはり緑間に迷惑はかけたくなかったし、今は緑間から離れたかった。
「…赤司君」
赤司は初めに愛してくれると言ったのに、あれ以来一度もあの時のように触れてくれてはいない。
だから、緑間に同じことを求めたくなってしまう。
「ダメダメ、絶対駄目」
もし緑間が自分を好きだったとしても、緑間は絶対に嫌がる。赤司との行為は確実に別物だ。
でも、キスはした。されてしまった。
「…」
教えてもらったものが全て吹っ飛びそうだ。
パンクしそうな頭を抑えて、真司は大きなため息を吐いた。
赤司、黄瀬に続いて緑間。知り合って間もない友人と、どうしてこういうことになるのだろう。
普通じゃないのは、きっと自分だけじゃない。奴等も絶対おかしい、そうだ。だって、青峰や黒子とはそんな風になっていないのだから。
首を横に振って、ぎゅっと鞄の肩紐を握った。熱い、体が熱くなる。
誤魔化すように見上げた夕空があまりにも美しいオレンジを彩っていて、真司は自分の欲深さに唇をかみしめていた。
近くなるほどもっと欲しくなる。
手に入ることが分かれば更に、余計に。
それは、赤司の求める真司の姿だった。