黒バス(2012.10~2017.12)
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毎日行われる学校の掃除。教室掃除を任された真司は、ついでに溢れんばかりのゴミを抱え込んだ袋を捨てる為に、普段行かない校舎裏に向かった。
そこで偶然見てしまった。
それは甘酸っぱい青春の一頁というものなのだろう。当然、真司には縁の無い世界の話だ。
そんなワンシーンを物陰から食い入るように見ていた真司は、まさか自分がその愛憎劇に巻き込まれるなんて、その時は思いもしなかった。
・・・
「きーせーくん」
休み時間。真司は青峰と共に黄瀬の元へ訪れた。
「あれ?青峰っちに真司っち。珍しっスね、そっちから来てくれるなんて」
教室に入ってくる二人を見つけた黄瀬は眠そうにしていた目をぱっと輝かせた。
言わずもがな、いつもは黄瀬の方から来ることが多い。というより、青峰と真司の二人がわざわざ黄瀬に会いに来るなんて、初めてのことだった。
「いやいや黄瀬君。さすがは人気モデル様ですな」
「へ?」
「しらばっくれることねーだろ?」
「な、なんスか二人とも」
取り囲むように、青峰と真司は黄瀬の机を包囲する。青峰は事情聴取でもするかのように黄瀬の机をにばんっと手を置いた。
「ばっちり目撃したっつー奴がここにいるんだぜ」
青峰が立てた親指を真司の方へ傾ける。真司もそれに応えるように片手を軽く上げた。
「昨日、掃除、裏庭。心当たりはありませんかな、黄瀬君」
「え…あ、あぁ。あれ見てたんスか、真司っち」
ようやく二人が言っていることを理解したようだが、黄瀬は何故か大きなため息を吐いた。
「めちゃくちゃ美人な先輩だったらしーな黄瀬」
「まぁ、そうなんスけど…」
「黄瀬君?」
からかってやろうという気で来たのだが、黄瀬は思いの外嬉しくなさそうで。
いや、告白なんてのには慣れているのだろうが、飽き飽きしている、といった反応にも見えない。
ぐだっと伸びて突っ伏してしまった黄瀬の頭を真司はぽんぽんと叩いた。
「贅沢な奴が、何ため息なんて吐いてんだよ。幸せ分けろ」
「いや、幸せなんかじゃないっスよ」
「なんで?そんなに嫌いなタイプだった?」
「…あの人、昨日ので5回目なんスよ」
「ご…っ!? 」
真司と青峰は発しかけた言葉を飲み込んだ。
黄瀬は相当その相手に迷惑しているようだ。顔を見合わせて、からかうのはもうやめようと目で会話。
真司と青峰は急に態度を変えて、黄瀬に同情の目を向けた。
「おいおい、ストーカーか?」
「そこまで酷くはないけど…さすがに困ってるんスよ」
「なんか手でも打った方がいいんじゃない、黄瀬君」
「んー…なんかって言われても」
モテる男は羨ましいと思うが、やはり人気モデルのモテ度は通常のイケメンとも比較対象にならない。
しかし贅沢な悩みには違いないし、こんなのは他人事だ。ただこのまま放置というのも少し怖いので、真司はうーんと唸った。
「んー…なんか手…」
「すげぇ気持ち悪ィ一発芸披露するとか!」
「…別の女の子に協力してもらって、彼女いることにするとか?」
青峰の案はさておき、真面目に考えればいくつか案は出てきそうだ。
真司は顎に手を置いて、他に何か無いか考えようとして。何故かその手を黄瀬に掴まれていた。
「それ、真司っち…!」
「何?」
「真司っちが、彼女役やって!」
「…黄瀬君、頭大丈夫?」
名案だとでも言わんばかりの笑顔を浮かべている黄瀬は、さっきまでのローテンションが嘘かのようだ。
さすがにそれは無いというか、無理だろう。
そう思う真司の隣に立っている青峰は、じっと真司を見つめていた。
「ちょっと!青峰君も言ってやってよー」
「真司っちの女装…っスよ」
「真司、黄瀬に協力してやれよ」
「うっわぁ、なんなんだこいつ等」
黄瀬が彼女役を求めれば誰だって協力してくれるだろうに、わざわざ男を選ぶとか。ないない。
頭の中でひたすら否定し続ける真司など構うことなく、大男二人はもはやその気満々になっている。
「さつきから女子の制服借りるか?」
「いや、制服は特定されるかも。普通に私服っぽい感じのがいいっス」
「やっぱスカートだよな」
「そっスね。あんま体のラインが出ない感じので」
ちらちらと真司の体を確認しながら話し合う二人は、嘗て無い程に息が合っている。
そして、遠足前の小学生かのように楽しそうにしている様は、真司も仲間入りしたくなる程の…なんてことはない。
「絶対嫌だかんな!」
机を両手でばんっと強く叩く。びりびりと手のひらが痺れるのも気にせず、真司は二人をきっと睨みつけた。
「おい黄瀬、さっさと実行しよーぜ」
「じゃ、オレの方からその子に連絡するっス」
「おいこら!!」
もはや真司の声は届かない。
休み時間終了の鐘が鳴って、真司は渋々自分の教室へと帰るのだった。
・・・
やる気になった人間の行動の早さってのはなんとも異常だ。
週末、部活もなくてゆっくりと一日過ごすつもりだった真司の元に一本の電話。
出てみれば爽やかな、聞き覚えのある声で「真司っちー」だ。思わず受話器を置きそうになるのを堪えて、真司は何ですかと答えた。
『今、青峰っちと真司っちの家向かってるんスよ』
「…は、え?」
『ちゃんと可愛い服、持って来たっスからね!』
なんで、と聞くまでもなく、二つ目の黄瀬の台詞で全てが読めた。
例の黄瀬の彼女役をしろ、というやつのようだ。
「俺さ…やるって言ってないんだけども」
『あ、ちなみに今日の14時決行予定なんで、外出れる準備よろしくっス』
「うーわ、ちょっと、有り得ない」
ちらっと時計を見れば、今は既に12時を超えている。
『じゃ、また後で!』
「あ」
プツン、と切れる音。
真司は暫く電子音を鳴らす受話器を見つめて、それから素早く置くとパジャマを着替えに二階へ向かった。
そんなこんなで。
着替え、昼食を済ませ、歯を磨いた頃に彼等はやって来た。
「おっす、真司」
「真司っちの家、聞いてた通り学校から近いっスねー」
「…」
黄瀬の手には中身の予想が出来る紙袋。青峰は手ぶらだ。
もう諦めて黄瀬に協力するのはまだ許すが、このにやにやした面白半分でついて来たと思われる色黒の男がどうにも許し難い。
「まーいいや。せっかく来たんだし、上がりなよ」
「わーい、お邪魔しまーす」
ばたばたと二人が家に上がり込んでくる。
運良く、今は母もいないし、今朝掃除したおかげでその痕跡もない。
真司は彼等をほとんど物など置かれていないリビングへと招き入れた。
「…あれ、真司っちって一人暮らし?」
「んー。ま、そんなとこ」
「そーいや、前来た時も真司だけだったか」
「うん」
適当に返事をして、黄瀬から紙袋を奪い取る。
自分が着せられることになるのだろう中身くらい先に確認させてもらおうと手に取って、ぱっと服を広げた。
ピンク。明らかに自分とは縁の無い色だ。
「どっスか!?絶対似合うと思うっス!」
「…こんなもの、どーやって手に入れたの」
「買って来たっス」
「阿呆か」
「いーから早く着替えろよ」
女子だってジーパンとか履くじゃん、なんでこいつらスカートにこだわってんだよ。という真司の叫びも虚しく、青峰にがっちりホールドされる。
「大人しく穿いてもらうっスよ」
「は、ちょ!」
無理矢理足を持ち上げられ、そこにスカートが通される。
大男二人に抵抗する力など持っているはずも無く、まんまと真司は女物の服をその身に纏うことになってしまった。
「おいこれイジメだよっ」
「イジメじゃねーよ」
「愛でてるんスよ」
「俺は着せ替え人形じゃないっつの!」
動く度にひらっとスカートが揺れる。それが気になって上手いこと反抗も出来ず、真司は揺れ動くスカートの裾を両手で掴んだ。
「お、そのポーズエロいな」
「青峰君はどうかしてるよ」
「一応タイツも持ってきたんスけど…真司っち毛薄いしそのままでも」
「タイツ寄越しなさい」
黄瀬からぶんどったタイツは結構しっかりとした生地で、時々女子生徒が制服のスカートの下に穿いているものだった。
当然、そんな物は手に持つのも初めてだ。
「え、何これどう穿くの」
足を入れて引き上げてみるが、思いの外足全体を覆うに足りない。
あまり引っ張りすぎても切れてしまいそうだし。
不安になった真司はちらっと黄瀬に目を向けた。
「……何、見てんの」
「へっ!?」
真司のタイツを穿く姿を見ていた二人の鼻の下が伸びている。
もはや突っ込む気も失せた真司は、ため息を吐きながらテーブルに腰かけた。
「全く。男の着替え見て何が楽しいやら」
「いや、タイツがエロいんだよ」
「はぁ」
「あれ?真司っち下着は?」
黄瀬が急にスカートの中を覗き込んだ。 咄嗟に足を閉じて黄瀬を睨み付ける。
「下着が何?」
「いや、タイツ穿くならブリーフのがいいっスよって」
「はぁ?黄瀬お前、女物のヤツ用意してねーのかよ」
「いや、さすがにそこまでは」
「…」
真司は、そこまで徹底しなくていいだろという突っ込みもやはり飲み込んで、ぱっと立ち上がった。
「どこ行くんスか?」
「着替えてくる」
「え?」
「下着とタイツ」
見られているから着替え難いんだ。もう部屋で着替えてきてお披露目の方がまだ楽というもの。
しかし、二人を避けて行こうとした真司の手は二人の手に掴まれていた。
「何?」
「…ここで」
「はい?」
「せめてタイツはここで穿け」
「変態か」
真司はばしっと青峰の頭にチョップしてから二人を振り払って移動した。
全く、ここまで変態だとは思わなんだ。
そんなことを考えながらも、真司の女装は着々と出来上がって行く。
いつの間にか二人に流される形となっていることにも気付かず、真司は完全に女物の服を着こなしていた。
恋愛なんて経験もない。好きになられた事はあったかもしれないが、自分が誰かに好意を抱くことは一度も無かった。
そんなことを考える心の余裕がなかったからかもしれない。
だから、本気かも知れない赤司の言葉を真に受けて、愛されたいとすがり付いている。
それが、異常だとわかっていながら。
そんな人間が、だ。
今、本気の恋愛している人間にものすごい目で睨まれている。
あぁ、女子って怒ると本当に怖いんだな、なんて悠長なことを考えていられるのは、そんな視線から守るように立っている黄瀬がいるからだ。
ちなみに、今この状況を覗き見している青峰も半径5メートル以内にいるはずである。
「これでわかってもらえたっスか?」
天気は良好。休日の学校が舞台。
校庭では部活動が行われているので、そこから少し離れた校舎脇に三人はいた。
真司の服装は、ひらひらの襟がついた長袖のブラウスに、淡いピンクのスカート。言うまでもなく初めての格好だ。
なんでこんなことに巻き込まれてしまったかって、それはもう結局二人の勢いに勝てなかったことが原因で。
「嘘、そんな子見たことないし」
「そりゃ、プライベートっスから」
何かあれば絶対に守るから、という黄瀬の言葉を信じてみたものの。これは尋常じゃなく怖い。
後ろの壁の向こう側で青峰がほくそ笑んでいることを考えると、今にもぶん殴りたい衝動に駈られる。
真司は演技などではなく、襲い掛かる恐怖故に黄瀬の服をぎゅっと掴んだ。
「あんま睨まないで下さい、先輩。こいつが怖がってる」
「…なんなの、さっきから!黄瀬君の後ろに隠れてないで、ちゃんと出てきなさいよ!」
ほら来たよ!どうすんの!
必死に黄瀬に訴えかけるのに、黄瀬はにっこりと笑って真司の肩を押した。
前に出ろと、黄瀬はそう言いたいらしい。
「(黄瀬君っ)」
「(大丈夫っスから)」
「(な、)」
小声で交わされたやり取りにも意味はなく。
真司は相手の女の前に姿を晒すことになってしまった。
「っ」
視線が痛い。逃げ出してしまいたい。
そんな真司の心情を悟ってか黄瀬が真司の手を握る。
ここに来て、一番長い沈黙が訪れた。俯いて何か状況が変わることを祈っている真司には二人がどんな顔をしているのか、何か言ってくれるのか、何も読み取れない。
それが逆に心臓に悪く、真司恐る恐る顔を上げた。
「う…ふぇ…」
すると、何故かさっきまで吊り上らせていた女の目からは涙が。
な、なんだこれは!
突っ込みたいが、声を出すわけにいかず、真司は黄瀬と女を交互に見やった。
「酷いよ黄瀬君…」
沈黙を破った台詞にも、真司の頭に浮かんだハテナが消えることはない。
これから自分への集中攻撃が来るのだろうと予想していた為に、もう何が何やら。
「普通の子なら諦めなかったのに…」
あ、バレたのか。
真司は自分が男であることがバレた結果の黄瀬がホモでしたオチが女を泣かせた原因だと思った。
いや、このシチュエーションならそう思うのが普通だったのかもしれない。
だからこそ、次の展開は全く予想できなかった。
「こんなに可愛い子見せられて…諦めるしかないじゃん」
「ぇ」
思わず声が出てしまう程の驚き。
なんだか理解しがたい言葉が聞こえた。“こんなに可愛い子”、それはまさか自分のことか。
「わかってもらえました?」
「…で、でも、その子が彼女だって認めたわけじゃ…っ」
どうやら深刻な空気は終わったようだが、完全に置いてけぼりを食らった真司は黄瀬を見上げて首を傾げた。
「仕方ないっスね…」
その言葉は何かの合図だったらしい。
真司の頬に触れた黄瀬の手。そしてゆっくり近付いてくる顔。
あ、ホントに黄瀬って綺麗な顔してんだなぁ。なんて考えた真司と黄瀬との距離は0を超えていた。
「…、!?」
ちゅっという軽いリップ音が聞こえて黄瀬の顔が離れていく。唇に触れたその感触は、間違いなくその、あれだ。
そんなものを見せつけられた女は泣き声を大きくして何も告げずに走り出して。逆に真司は硬直したまま動けなくなっていた。
「……あの、黄瀬君?」
「何スか?」
「今の、別に演技でも良かったじゃん」
「ごめん、真司っちなら出来ると思って、つい。嫌だったスよね」
「いや別に…」
嫌に決まってるだろ。
と言い返せなかったのは、よくよく考えたら嫌じゃなかったからだ。
相手がイケメンだからなのか、それなりに好きな相手だったからかはわからない。
ただ、黄瀬の笑顔を見たらそんなこと、どうでも良くなってしまった。
「成功したな!!」
げらげらと笑いながら出てきた青峰を殴る気もなくなっていた。
黄瀬涼太に恋人が!相手は謎の美少女!
こういう恋愛事ってのは、もうブームが過ぎて廃れてきた女優やらが話題作りの為にすることではないのか、と思う。
ましてや今が旬なイケメンモデルなんかは一番してはいけないことのはず、なのに。
真司は自分の手に持たされた週刊誌をじっと見つめてため息を吐いた。
ほんと、どこにでもパパラッチってのはいるもんだ。例えそれが校内であったとしても。
「青峰君でしょこれ…!」
ばしっと地面に週刊誌を叩きつけると、風に吹かれた雑誌はパラパラと捲られページを変えた。
休み明け、いつも通りに始まった月曜日。
しかし、学校に来てみると何やら女子が騒いでいて、しかもその内容が「黄瀬涼太に彼女」というものだったのだ。
現在、青峰と屋上で昼食を取っているが、恐らく下ではまだあることないことを女子の間で話されていることだろう。
「オレじゃねーよ。つか、どう考えてもオレから見えてたアングルと違ぇしこの写真」
「ううぅ…くそぉ!どこのどいつだっ」
週刊誌なんてたいてい信用しない。しかし今回はどうしても無視出来ない理由がある。
まず自分が大いに関わってしまっていること、そして何よりも自分が写真に収められてしまっていること。
「なぁ真司、これまじでキスしてんの?してねーよな、まさか」
「は、ははは」
そういう流れだったとはいえ、黄瀬は本当に唇をぶつけてきやがった。
今でも思い出せる、黄瀬の唇の感触。
まさかファーストキスをイケメンモデルに持っていかれるなんて。
「ふ、複雑…」
「どーした?」
「い、いやいや何でもない」
青峰は完全に他人事状態で、特に気にする様子もなく昼食を口に運んでいる。
くそ、こいつ絶対許さない。
その美味そうなから揚げを奪ってやる、と真司が体を乗り出した時、階段を駆け上る足音が近付いてきた。
「はぁ、はぁ…っ」
「あ、黄瀬君」
ばんっと荒々しく開けられた扉。
金髪を乱しながら駆け寄って来た黄瀬は、相当のダッシュをしてきたのか真司の体に抱き付くように倒れ込んだ。
「よーやく撒けた、っス…」
「お疲れ様」
「おい、何どさくさに紛れて真司襲ってんだ」
大きな背中が揺れている。酸素を求める黄瀬の手伝いはさすがに出来ないので、真司はそのまま背中を擦ってやった。
「黄瀬君」
「なんスか?」
「なんで俺のこと話さないの」
黄瀬は真司のことを彼女だと言って紹介したが、それはどうあがいても男なのだ。
真実を話せば女子の猛攻だって減るかもしれない。
しかし、黄瀬は首を横に振った。
「それは駄目っスよ」
「俺のことなら気にしなくていーよ」
「そーじゃなくて…嘘でも、あの真司っちを彼女にしときたくて」
「はぁ?」
どうやら黄瀬は、真司が思っていた以上に頭がいかれていたらしい。
「あでも、事務所の方にはちゃんと真司っちのこと話したっス」
「あ、うんまぁ…」
「したら信じられないから今度連れてこいって」
「やめて下さい」
もー約束しちゃったもーん、などと可愛く言う黄瀬に少しの苛立ちを感じる。
しかし、ここまで関わっておいて今更言い逃れも出来ないだろう。
何せ相手は人気モデルなのだから。
むしろ何故こうなることを予測出来なかったのか。事前に気付いて何か対応策とか考えて置くべきだった。
「青峰君助けて」
「オレの為に女装してくれんなら」
「やっぱいーです」
彼等は真司の女装が相当お気に召したらしい。
そりゃあ自分でも見事な女子が出来上がっていたとは思うが、男としてそれはどうなのだろう。
「俺、今日から筋トレしよっかな」
「え、」
「おい、ほどほどにしとけよ」
「俺!バスケ部!」
真司は腕を振り上げると、そのまま青峰の弁当へと手を伸ばした。
さっと残り一つのから揚げを奪い取って口へと運ぶ。
「あぁああ!オレの最後のから揚げを…!」
「ごっそーさん」
「真司…てめぇ…!」
食べ物の恨み!と怒鳴りながらデカい体が立ち上がる。
それと同時に真司もぱっと立ち上がって、ファイティングポーズを取った。
「青峰君に俺は捕まえられないよ」
「ハッ、そうやって油断してられんのは今のうちだぜ!」
だだっとあまり広くない屋上を体格差の激しい二人が走り出す。
「もー。二人とも可哀相なオレを放置っスか…」
ふわっと噴き上げた風で再び週刊誌のページが捲れ、黄瀬の記事がその本人の前に晒された。
“謎の美少女”。そもそも美少女なんてものはいない。そこにいるのはモデルである黄瀬涼太とその友人烏羽真司。
「…真司っち」
本当は女装なんてしなくたって可愛いんだ。細身の体にさらさらの髪の毛、大きな瞳。
「オレ、本気っスからね」
げらげらと笑っている二人の横で、黄瀬はニッと怪しげに笑った。
走っている時の真司は本当に楽しそうで、それでいて綺麗で。一人占めしたい。青峰の目から奪い取りたい。
その視線はただ一人、真司に向けられていた。
そこで偶然見てしまった。
それは甘酸っぱい青春の一頁というものなのだろう。当然、真司には縁の無い世界の話だ。
そんなワンシーンを物陰から食い入るように見ていた真司は、まさか自分がその愛憎劇に巻き込まれるなんて、その時は思いもしなかった。
・・・
「きーせーくん」
休み時間。真司は青峰と共に黄瀬の元へ訪れた。
「あれ?青峰っちに真司っち。珍しっスね、そっちから来てくれるなんて」
教室に入ってくる二人を見つけた黄瀬は眠そうにしていた目をぱっと輝かせた。
言わずもがな、いつもは黄瀬の方から来ることが多い。というより、青峰と真司の二人がわざわざ黄瀬に会いに来るなんて、初めてのことだった。
「いやいや黄瀬君。さすがは人気モデル様ですな」
「へ?」
「しらばっくれることねーだろ?」
「な、なんスか二人とも」
取り囲むように、青峰と真司は黄瀬の机を包囲する。青峰は事情聴取でもするかのように黄瀬の机をにばんっと手を置いた。
「ばっちり目撃したっつー奴がここにいるんだぜ」
青峰が立てた親指を真司の方へ傾ける。真司もそれに応えるように片手を軽く上げた。
「昨日、掃除、裏庭。心当たりはありませんかな、黄瀬君」
「え…あ、あぁ。あれ見てたんスか、真司っち」
ようやく二人が言っていることを理解したようだが、黄瀬は何故か大きなため息を吐いた。
「めちゃくちゃ美人な先輩だったらしーな黄瀬」
「まぁ、そうなんスけど…」
「黄瀬君?」
からかってやろうという気で来たのだが、黄瀬は思いの外嬉しくなさそうで。
いや、告白なんてのには慣れているのだろうが、飽き飽きしている、といった反応にも見えない。
ぐだっと伸びて突っ伏してしまった黄瀬の頭を真司はぽんぽんと叩いた。
「贅沢な奴が、何ため息なんて吐いてんだよ。幸せ分けろ」
「いや、幸せなんかじゃないっスよ」
「なんで?そんなに嫌いなタイプだった?」
「…あの人、昨日ので5回目なんスよ」
「ご…っ!? 」
真司と青峰は発しかけた言葉を飲み込んだ。
黄瀬は相当その相手に迷惑しているようだ。顔を見合わせて、からかうのはもうやめようと目で会話。
真司と青峰は急に態度を変えて、黄瀬に同情の目を向けた。
「おいおい、ストーカーか?」
「そこまで酷くはないけど…さすがに困ってるんスよ」
「なんか手でも打った方がいいんじゃない、黄瀬君」
「んー…なんかって言われても」
モテる男は羨ましいと思うが、やはり人気モデルのモテ度は通常のイケメンとも比較対象にならない。
しかし贅沢な悩みには違いないし、こんなのは他人事だ。ただこのまま放置というのも少し怖いので、真司はうーんと唸った。
「んー…なんか手…」
「すげぇ気持ち悪ィ一発芸披露するとか!」
「…別の女の子に協力してもらって、彼女いることにするとか?」
青峰の案はさておき、真面目に考えればいくつか案は出てきそうだ。
真司は顎に手を置いて、他に何か無いか考えようとして。何故かその手を黄瀬に掴まれていた。
「それ、真司っち…!」
「何?」
「真司っちが、彼女役やって!」
「…黄瀬君、頭大丈夫?」
名案だとでも言わんばかりの笑顔を浮かべている黄瀬は、さっきまでのローテンションが嘘かのようだ。
さすがにそれは無いというか、無理だろう。
そう思う真司の隣に立っている青峰は、じっと真司を見つめていた。
「ちょっと!青峰君も言ってやってよー」
「真司っちの女装…っスよ」
「真司、黄瀬に協力してやれよ」
「うっわぁ、なんなんだこいつ等」
黄瀬が彼女役を求めれば誰だって協力してくれるだろうに、わざわざ男を選ぶとか。ないない。
頭の中でひたすら否定し続ける真司など構うことなく、大男二人はもはやその気満々になっている。
「さつきから女子の制服借りるか?」
「いや、制服は特定されるかも。普通に私服っぽい感じのがいいっス」
「やっぱスカートだよな」
「そっスね。あんま体のラインが出ない感じので」
ちらちらと真司の体を確認しながら話し合う二人は、嘗て無い程に息が合っている。
そして、遠足前の小学生かのように楽しそうにしている様は、真司も仲間入りしたくなる程の…なんてことはない。
「絶対嫌だかんな!」
机を両手でばんっと強く叩く。びりびりと手のひらが痺れるのも気にせず、真司は二人をきっと睨みつけた。
「おい黄瀬、さっさと実行しよーぜ」
「じゃ、オレの方からその子に連絡するっス」
「おいこら!!」
もはや真司の声は届かない。
休み時間終了の鐘が鳴って、真司は渋々自分の教室へと帰るのだった。
・・・
やる気になった人間の行動の早さってのはなんとも異常だ。
週末、部活もなくてゆっくりと一日過ごすつもりだった真司の元に一本の電話。
出てみれば爽やかな、聞き覚えのある声で「真司っちー」だ。思わず受話器を置きそうになるのを堪えて、真司は何ですかと答えた。
『今、青峰っちと真司っちの家向かってるんスよ』
「…は、え?」
『ちゃんと可愛い服、持って来たっスからね!』
なんで、と聞くまでもなく、二つ目の黄瀬の台詞で全てが読めた。
例の黄瀬の彼女役をしろ、というやつのようだ。
「俺さ…やるって言ってないんだけども」
『あ、ちなみに今日の14時決行予定なんで、外出れる準備よろしくっス』
「うーわ、ちょっと、有り得ない」
ちらっと時計を見れば、今は既に12時を超えている。
『じゃ、また後で!』
「あ」
プツン、と切れる音。
真司は暫く電子音を鳴らす受話器を見つめて、それから素早く置くとパジャマを着替えに二階へ向かった。
そんなこんなで。
着替え、昼食を済ませ、歯を磨いた頃に彼等はやって来た。
「おっす、真司」
「真司っちの家、聞いてた通り学校から近いっスねー」
「…」
黄瀬の手には中身の予想が出来る紙袋。青峰は手ぶらだ。
もう諦めて黄瀬に協力するのはまだ許すが、このにやにやした面白半分でついて来たと思われる色黒の男がどうにも許し難い。
「まーいいや。せっかく来たんだし、上がりなよ」
「わーい、お邪魔しまーす」
ばたばたと二人が家に上がり込んでくる。
運良く、今は母もいないし、今朝掃除したおかげでその痕跡もない。
真司は彼等をほとんど物など置かれていないリビングへと招き入れた。
「…あれ、真司っちって一人暮らし?」
「んー。ま、そんなとこ」
「そーいや、前来た時も真司だけだったか」
「うん」
適当に返事をして、黄瀬から紙袋を奪い取る。
自分が着せられることになるのだろう中身くらい先に確認させてもらおうと手に取って、ぱっと服を広げた。
ピンク。明らかに自分とは縁の無い色だ。
「どっスか!?絶対似合うと思うっス!」
「…こんなもの、どーやって手に入れたの」
「買って来たっス」
「阿呆か」
「いーから早く着替えろよ」
女子だってジーパンとか履くじゃん、なんでこいつらスカートにこだわってんだよ。という真司の叫びも虚しく、青峰にがっちりホールドされる。
「大人しく穿いてもらうっスよ」
「は、ちょ!」
無理矢理足を持ち上げられ、そこにスカートが通される。
大男二人に抵抗する力など持っているはずも無く、まんまと真司は女物の服をその身に纏うことになってしまった。
「おいこれイジメだよっ」
「イジメじゃねーよ」
「愛でてるんスよ」
「俺は着せ替え人形じゃないっつの!」
動く度にひらっとスカートが揺れる。それが気になって上手いこと反抗も出来ず、真司は揺れ動くスカートの裾を両手で掴んだ。
「お、そのポーズエロいな」
「青峰君はどうかしてるよ」
「一応タイツも持ってきたんスけど…真司っち毛薄いしそのままでも」
「タイツ寄越しなさい」
黄瀬からぶんどったタイツは結構しっかりとした生地で、時々女子生徒が制服のスカートの下に穿いているものだった。
当然、そんな物は手に持つのも初めてだ。
「え、何これどう穿くの」
足を入れて引き上げてみるが、思いの外足全体を覆うに足りない。
あまり引っ張りすぎても切れてしまいそうだし。
不安になった真司はちらっと黄瀬に目を向けた。
「……何、見てんの」
「へっ!?」
真司のタイツを穿く姿を見ていた二人の鼻の下が伸びている。
もはや突っ込む気も失せた真司は、ため息を吐きながらテーブルに腰かけた。
「全く。男の着替え見て何が楽しいやら」
「いや、タイツがエロいんだよ」
「はぁ」
「あれ?真司っち下着は?」
黄瀬が急にスカートの中を覗き込んだ。 咄嗟に足を閉じて黄瀬を睨み付ける。
「下着が何?」
「いや、タイツ穿くならブリーフのがいいっスよって」
「はぁ?黄瀬お前、女物のヤツ用意してねーのかよ」
「いや、さすがにそこまでは」
「…」
真司は、そこまで徹底しなくていいだろという突っ込みもやはり飲み込んで、ぱっと立ち上がった。
「どこ行くんスか?」
「着替えてくる」
「え?」
「下着とタイツ」
見られているから着替え難いんだ。もう部屋で着替えてきてお披露目の方がまだ楽というもの。
しかし、二人を避けて行こうとした真司の手は二人の手に掴まれていた。
「何?」
「…ここで」
「はい?」
「せめてタイツはここで穿け」
「変態か」
真司はばしっと青峰の頭にチョップしてから二人を振り払って移動した。
全く、ここまで変態だとは思わなんだ。
そんなことを考えながらも、真司の女装は着々と出来上がって行く。
いつの間にか二人に流される形となっていることにも気付かず、真司は完全に女物の服を着こなしていた。
恋愛なんて経験もない。好きになられた事はあったかもしれないが、自分が誰かに好意を抱くことは一度も無かった。
そんなことを考える心の余裕がなかったからかもしれない。
だから、本気かも知れない赤司の言葉を真に受けて、愛されたいとすがり付いている。
それが、異常だとわかっていながら。
そんな人間が、だ。
今、本気の恋愛している人間にものすごい目で睨まれている。
あぁ、女子って怒ると本当に怖いんだな、なんて悠長なことを考えていられるのは、そんな視線から守るように立っている黄瀬がいるからだ。
ちなみに、今この状況を覗き見している青峰も半径5メートル以内にいるはずである。
「これでわかってもらえたっスか?」
天気は良好。休日の学校が舞台。
校庭では部活動が行われているので、そこから少し離れた校舎脇に三人はいた。
真司の服装は、ひらひらの襟がついた長袖のブラウスに、淡いピンクのスカート。言うまでもなく初めての格好だ。
なんでこんなことに巻き込まれてしまったかって、それはもう結局二人の勢いに勝てなかったことが原因で。
「嘘、そんな子見たことないし」
「そりゃ、プライベートっスから」
何かあれば絶対に守るから、という黄瀬の言葉を信じてみたものの。これは尋常じゃなく怖い。
後ろの壁の向こう側で青峰がほくそ笑んでいることを考えると、今にもぶん殴りたい衝動に駈られる。
真司は演技などではなく、襲い掛かる恐怖故に黄瀬の服をぎゅっと掴んだ。
「あんま睨まないで下さい、先輩。こいつが怖がってる」
「…なんなの、さっきから!黄瀬君の後ろに隠れてないで、ちゃんと出てきなさいよ!」
ほら来たよ!どうすんの!
必死に黄瀬に訴えかけるのに、黄瀬はにっこりと笑って真司の肩を押した。
前に出ろと、黄瀬はそう言いたいらしい。
「(黄瀬君っ)」
「(大丈夫っスから)」
「(な、)」
小声で交わされたやり取りにも意味はなく。
真司は相手の女の前に姿を晒すことになってしまった。
「っ」
視線が痛い。逃げ出してしまいたい。
そんな真司の心情を悟ってか黄瀬が真司の手を握る。
ここに来て、一番長い沈黙が訪れた。俯いて何か状況が変わることを祈っている真司には二人がどんな顔をしているのか、何か言ってくれるのか、何も読み取れない。
それが逆に心臓に悪く、真司恐る恐る顔を上げた。
「う…ふぇ…」
すると、何故かさっきまで吊り上らせていた女の目からは涙が。
な、なんだこれは!
突っ込みたいが、声を出すわけにいかず、真司は黄瀬と女を交互に見やった。
「酷いよ黄瀬君…」
沈黙を破った台詞にも、真司の頭に浮かんだハテナが消えることはない。
これから自分への集中攻撃が来るのだろうと予想していた為に、もう何が何やら。
「普通の子なら諦めなかったのに…」
あ、バレたのか。
真司は自分が男であることがバレた結果の黄瀬がホモでしたオチが女を泣かせた原因だと思った。
いや、このシチュエーションならそう思うのが普通だったのかもしれない。
だからこそ、次の展開は全く予想できなかった。
「こんなに可愛い子見せられて…諦めるしかないじゃん」
「ぇ」
思わず声が出てしまう程の驚き。
なんだか理解しがたい言葉が聞こえた。“こんなに可愛い子”、それはまさか自分のことか。
「わかってもらえました?」
「…で、でも、その子が彼女だって認めたわけじゃ…っ」
どうやら深刻な空気は終わったようだが、完全に置いてけぼりを食らった真司は黄瀬を見上げて首を傾げた。
「仕方ないっスね…」
その言葉は何かの合図だったらしい。
真司の頬に触れた黄瀬の手。そしてゆっくり近付いてくる顔。
あ、ホントに黄瀬って綺麗な顔してんだなぁ。なんて考えた真司と黄瀬との距離は0を超えていた。
「…、!?」
ちゅっという軽いリップ音が聞こえて黄瀬の顔が離れていく。唇に触れたその感触は、間違いなくその、あれだ。
そんなものを見せつけられた女は泣き声を大きくして何も告げずに走り出して。逆に真司は硬直したまま動けなくなっていた。
「……あの、黄瀬君?」
「何スか?」
「今の、別に演技でも良かったじゃん」
「ごめん、真司っちなら出来ると思って、つい。嫌だったスよね」
「いや別に…」
嫌に決まってるだろ。
と言い返せなかったのは、よくよく考えたら嫌じゃなかったからだ。
相手がイケメンだからなのか、それなりに好きな相手だったからかはわからない。
ただ、黄瀬の笑顔を見たらそんなこと、どうでも良くなってしまった。
「成功したな!!」
げらげらと笑いながら出てきた青峰を殴る気もなくなっていた。
黄瀬涼太に恋人が!相手は謎の美少女!
こういう恋愛事ってのは、もうブームが過ぎて廃れてきた女優やらが話題作りの為にすることではないのか、と思う。
ましてや今が旬なイケメンモデルなんかは一番してはいけないことのはず、なのに。
真司は自分の手に持たされた週刊誌をじっと見つめてため息を吐いた。
ほんと、どこにでもパパラッチってのはいるもんだ。例えそれが校内であったとしても。
「青峰君でしょこれ…!」
ばしっと地面に週刊誌を叩きつけると、風に吹かれた雑誌はパラパラと捲られページを変えた。
休み明け、いつも通りに始まった月曜日。
しかし、学校に来てみると何やら女子が騒いでいて、しかもその内容が「黄瀬涼太に彼女」というものだったのだ。
現在、青峰と屋上で昼食を取っているが、恐らく下ではまだあることないことを女子の間で話されていることだろう。
「オレじゃねーよ。つか、どう考えてもオレから見えてたアングルと違ぇしこの写真」
「ううぅ…くそぉ!どこのどいつだっ」
週刊誌なんてたいてい信用しない。しかし今回はどうしても無視出来ない理由がある。
まず自分が大いに関わってしまっていること、そして何よりも自分が写真に収められてしまっていること。
「なぁ真司、これまじでキスしてんの?してねーよな、まさか」
「は、ははは」
そういう流れだったとはいえ、黄瀬は本当に唇をぶつけてきやがった。
今でも思い出せる、黄瀬の唇の感触。
まさかファーストキスをイケメンモデルに持っていかれるなんて。
「ふ、複雑…」
「どーした?」
「い、いやいや何でもない」
青峰は完全に他人事状態で、特に気にする様子もなく昼食を口に運んでいる。
くそ、こいつ絶対許さない。
その美味そうなから揚げを奪ってやる、と真司が体を乗り出した時、階段を駆け上る足音が近付いてきた。
「はぁ、はぁ…っ」
「あ、黄瀬君」
ばんっと荒々しく開けられた扉。
金髪を乱しながら駆け寄って来た黄瀬は、相当のダッシュをしてきたのか真司の体に抱き付くように倒れ込んだ。
「よーやく撒けた、っス…」
「お疲れ様」
「おい、何どさくさに紛れて真司襲ってんだ」
大きな背中が揺れている。酸素を求める黄瀬の手伝いはさすがに出来ないので、真司はそのまま背中を擦ってやった。
「黄瀬君」
「なんスか?」
「なんで俺のこと話さないの」
黄瀬は真司のことを彼女だと言って紹介したが、それはどうあがいても男なのだ。
真実を話せば女子の猛攻だって減るかもしれない。
しかし、黄瀬は首を横に振った。
「それは駄目っスよ」
「俺のことなら気にしなくていーよ」
「そーじゃなくて…嘘でも、あの真司っちを彼女にしときたくて」
「はぁ?」
どうやら黄瀬は、真司が思っていた以上に頭がいかれていたらしい。
「あでも、事務所の方にはちゃんと真司っちのこと話したっス」
「あ、うんまぁ…」
「したら信じられないから今度連れてこいって」
「やめて下さい」
もー約束しちゃったもーん、などと可愛く言う黄瀬に少しの苛立ちを感じる。
しかし、ここまで関わっておいて今更言い逃れも出来ないだろう。
何せ相手は人気モデルなのだから。
むしろ何故こうなることを予測出来なかったのか。事前に気付いて何か対応策とか考えて置くべきだった。
「青峰君助けて」
「オレの為に女装してくれんなら」
「やっぱいーです」
彼等は真司の女装が相当お気に召したらしい。
そりゃあ自分でも見事な女子が出来上がっていたとは思うが、男としてそれはどうなのだろう。
「俺、今日から筋トレしよっかな」
「え、」
「おい、ほどほどにしとけよ」
「俺!バスケ部!」
真司は腕を振り上げると、そのまま青峰の弁当へと手を伸ばした。
さっと残り一つのから揚げを奪い取って口へと運ぶ。
「あぁああ!オレの最後のから揚げを…!」
「ごっそーさん」
「真司…てめぇ…!」
食べ物の恨み!と怒鳴りながらデカい体が立ち上がる。
それと同時に真司もぱっと立ち上がって、ファイティングポーズを取った。
「青峰君に俺は捕まえられないよ」
「ハッ、そうやって油断してられんのは今のうちだぜ!」
だだっとあまり広くない屋上を体格差の激しい二人が走り出す。
「もー。二人とも可哀相なオレを放置っスか…」
ふわっと噴き上げた風で再び週刊誌のページが捲れ、黄瀬の記事がその本人の前に晒された。
“謎の美少女”。そもそも美少女なんてものはいない。そこにいるのはモデルである黄瀬涼太とその友人烏羽真司。
「…真司っち」
本当は女装なんてしなくたって可愛いんだ。細身の体にさらさらの髪の毛、大きな瞳。
「オレ、本気っスからね」
げらげらと笑っている二人の横で、黄瀬はニッと怪しげに笑った。
走っている時の真司は本当に楽しそうで、それでいて綺麗で。一人占めしたい。青峰の目から奪い取りたい。
その視線はただ一人、真司に向けられていた。