黒バス(2012.10~2017.12)
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本日も放課後のバスケ練習。
毎日続けていて気付いたことといえば、家に帰る時間を遅く出来るというメリット。そして、前より家が嫌いになったということ。
青峰や黄瀬、黒子が今までに味わったことのない暖かさをくれて、一層家に帰って訪れる孤独が辛くなってしまった。
「おい、烏羽」
「はい」
赤司に呼ばれて、真司はぴたっと足を止めた。
ドリブルしていたボールを手に持って、たたっと駆け足に赤司の元へ向かう。
バスケ部で見る赤司は、凛々しくて力強くて。そんな赤司に呼ばれると妙な嬉しさが込み上げた。
「今日はもういい。上がれ」
「え、どうして」
「少し厄介なヤツが来る。お前と会わせるわけにはいかない」
ぽかん。真司の口は中途半端に開いたままそこで止まった。
部活を途中に帰れ、というにはなんとも滑稽な理由だ。
「えっと…誰のことかわからないけど、そんなにマズイことなの?」
「そうだ。今日は帰れ」
「…わ、かった」
少し腑に落ちない。とはいえ赤司がそこまで言うのだから間違いのないことなのだろう。
納得してはいないものの、赤司に逆らう気もなければ、どうしても部活に参加したいなどという理由もない。
真司は頬に一筋流れた汗を軽く脱ぐって、部室の方へと足を進めた。
まだ練習中。ボールの音が響く体育館を背に帰る、なんてのは初めてのことだった。部員からの視線は痛いし、帰るのもここにいるのもキツい。
赤司が言うから、と心の中で言い訳したって事実は変わらないし。
「赤司君…。何考えてんだろ」
「それはこちらの台詞なのだよ」
かたん、とロッカーを閉めたのとほぼ同時に、部室のドアが開いた。
長身眼鏡の部員が真司を見下ろしている。
「あの…?」
「ふん。オレはたぶらかされたりはしない」
「はぁ」
「…」
緑の髪に眼鏡のその人は、急に黙ると真司の横に立って着替えだした。
部活で着ていた体操着を脱いで、制服に着替える。それは、今真司がしていることと同じ、帰る為の準備だ。
「まだ、部活終わってませんよ?」
「馬鹿にしているのか?」
「いえ…」
そりゃそうだ。部活が終わっていないのなんてわかっている。わかっていないはずがない。
真司はちらりと目だけ動かしてその人が何をするつもりなのか様子を伺うことにした。
と思えば、その人と目がばっちりと合って。
「…帰る支度は終わったのか」
「え、はいまぁ」
「行くぞ」
「は…?」
先に歩き出した彼はじっと真司を見つめたまま。早く来いと目が訴えている。
「一緒に帰ってくれるんですか」
「あ、赤司がそうしろと言うから仕方なくなのだよ!」
「それはそれは…」
そこまでする程なのかと驚いたが、純粋に嬉しさの方が勝っていて。その喜びから真司がにこっと笑いかけると、すっと視線を逸らされてしまった。
隣に並ぶと、身長差は青峰や黄瀬と同じくらい。ふと、真司はこの人が誰なのか思い至った。
「緑間君」
「?」
「緑間君でしょ」
「そうだが」
「あー、やっぱり」
特徴的な鮮やかな髪だったり、赤司には逆らわないこの従順っぷり。
それに、緑間真太郎という名前は真司にも見覚えがあった。たいてい真司は赤司と緑間に挟まれるのだ。試験の結果的な意味で。
「緑間君、知ってるよ。頭いいよね」
「…貴様に言われたくはない」
「ふふ」
「笑いごとではないのだよ…」
部室を出て、体育館を通って外へ出る。
キイッと重たい音が鳴れば、さり気なく皆の視線は真司に注がれた。
「っ…」
隣にいた緑間も気付いただろう。いくつのも、気に食わないものを見る目。
自分一人ならなんてことはないが、緑間にそれが気付かれたというのが恥ずかしくて真司は視線を下げた。
その真司の体に大きな影がかかる。背中には大きな手。
その手の力に従って歩き出せば、緑間の体が皆からの視線を遮っていた。
「…緑間君」
「いいからさっさと歩け」
「うん…」
なんでこんなに優しいのだろう。
真司の手が緑間の服を掴む。少しぴくっと肩を揺らしたものの緑間がそれを振り払うことはなかった。
「…ごめん、緑間君。ありがとう」
「構わないが…。相当目を付けられたものだな」
無言で体育館を出た後、真司は肩に入っていた力を抜いて息を吐き出した。
外の空気を吸って、また吐き出して。緊張が解かれていく。
今度は待たずに先に歩き出した緑間を追って、真司はたたっと小走りになった。
「緑間君は、俺のこと嫌い?」
「好きにはなれん」
「…そっか」
「お、オレより賢い奴は嫌いなのだよ」
顔を上げると目が合って、ぱっと逸らされて。この仕草はさっきも見た。
夕日が落ちて、徐々に辺りが暗くなる。真司は勝手に緩む頬を手のひらで上に持ち上げ、黙ったまま緑間の隣を歩き続けた。
暫くして、急に緑間の足が止まった。
「…何故、ここにいるのだよ」
少し怒気が入っているようにも感じられる緑間の声に、真司も驚いて足を止めて前を見た。
そこには、チャラそうな男が一人。
「あ?緑間じゃん。サボりなんて珍しいな」
「サボってなどいないのだよ。灰崎、お前こそ真面目に部活に出ろ」
「あー、はいはい」
会話から、この男がバスケ部員だということはわかる。
しかも、緑間とは仲良さそうなタイプには見えないのに関わりがある、ということはつまり。一軍か、レギュラーか、ということだろう。
じっと緑間の陰から様子を見ていたが、灰崎と呼ばれた男と目が合ってしまった。
「あれ、そいつって…」
「お前には関係ないのだよ」
「いやいや、関係なくねーよ。そいつアレだろ?ダイキと仲良くて赤司のお気に入り」
灰崎が手を伸ばして真司に触ろうとする。その手を緑間が弾き、真司を背中に庇った。
「緑間…邪魔すんなよ」
その緑間の行動が彼を怒らせたらしい。
灰崎はためらうことなく緑間の体を蹴飛ばした。
鈍い音と、緑間の苦しげな息が耳につく。
驚く間もなく、真司の胸倉は灰崎に掴まれていた。
「うわ、ちっさ。軽すぎ。本当にお前バスケ上手いわけ?」
「…っ、な、にすんだよ…」
「あぁ、バスケの方じゃねェんだ」
灰崎は意味の分からないことを呟くと、真司を地面に叩き付けるように掴んでいた手を放した。
真司の小さな体が灰崎の力に抵抗出来るはずもなく、灰崎の足元に体を打ち付ける。
そしてその直後、頭から冷たい水をかけられていた。
「…!?」
顔を上げれば、灰崎は手に持ったキャップを外したペットボトルを真司の上でひっくり返していて。そこに入っていた水に、真司の体は濡らされていた。
「おー、やっぱりな。女見てーな顔」
無理矢理眼鏡を顔から外され、それを灰崎は軽く投げ捨てた。
遠くでかしゃんと眼鏡が落ちる音が聞こえる。その音に意識を逸らした途端、真司の目の前まで灰崎の顔が近付いていた。
「この顔で赤司を落としたってわけだ。すげェなお前」
「っ!」
「ダイキは?仲良いって聞いてたけど、実はもうヤッたとか?」
「…青峰君を、馬鹿にするな」
「はは!赤司のことは否定しねーんだなァ」
なんなんだこいつは。これがバスケ部の、青峰や緑間と同等である人間なのか。
驚きのあまり、全くやり返すことが出来なかったが、さすがにもう限界だった。
「緑間君や青峰君、赤司君に謝れ…!」
珍しく荒げた声。真司は同時に手を灰崎に向けて振り上げていた。
「烏羽!伏せろ!」
「…!?」
その手が灰崎に届く前に、後ろから蹴り飛ばされ倒れていたはずの緑間の声が耳に入る。
咄嗟に手を止めて頭を下げると、べちゃっという音が頭上で鳴った。
「…生卵?」
「緑間、テメェ…!」
灰崎の顔面を、潰れた生卵が滴っている。
「烏羽、早く立つのだよ!」
「う、うん」
緑間の鋭く放たれる言葉に従って立ち上がり、伸ばされた手を取る。
そのまま走り出した緑間の速さは、真司の全速力に軽く劣っていたが、真司は緑間の半歩後ろを走り続けた。
暫く聞こえていた灰崎の怒声は途中で全く聞こえなくなった。
「はぁ…っ、烏羽、無事か…?」
「え、あ、うん」
「…」
「、っくしゅん!」
すっかり日は落ちて、ひんやりとした空気が濡れた体を凍えさせる。
真司はぶるっと震えた自分の体を抱き締めて、繰り返し腕を擦った。
「すまない。今は持ち合わせがない」
「え?」
ふわっと真司の肩にかけられた温もり。
緑間を見ると、完全に顔を逸らしていて。その手は脱いだブレザーを真司の肩にかけていた。
「駄目だよ、濡れちゃうじゃん」
「お前に風邪を引かれた方が問題なのだよ、気にするな」
「…緑間君は、蹴られたとこ大丈夫?」
「大丈夫ではないが、問題ない」
ちらっと蹴られたのだろう緑間の腹部を確認する。大きな体の緑間が倒れたのだ、相当の衝撃を受けたはず。
「ねぇ、緑間君、うちまで来てくれませんか」
「…は?」
「眼鏡、なくて…暗いし、ちょっと怖いんだ。一人で歩いてたら転んじゃうかも」
「……し、仕方ないから送ってやるのだよ」
「ありがとう」
決して嘘はついていない。
最近買い換えたばかりの眼鏡を回収することが出来なかったせいで、真司の視界は相当ぼやけている。
明るければまだしも、暗くては足元がおぼつかない。
真司は緑間の鞄を掴んで、自宅を目指した。
地面に打ち付けた膝はじりじりと痛み始めているし、濡れた髪もどんどん冷えて行く。そんな中、母が帰っていないことを願いながら歩いていた。
・・・
「烏羽…ここか」
灰崎から逃げる時に、上手い事知っている道に出ていたのは幸いだった。
ぼやけた視界でも、見慣れた景色を間違うことはない。
そう時間をかけずに自宅までたどり着くことが出来た。
「緑間君、うち上がってよ」
「何故だ」
「お腹、痛いでしょ?診たげるし…お礼もしたいし…」
「そんな気遣いはいらないのだよ」
かたんと小さな門を開けて、緑間を見る。緑間の表情はよく見えないが、言葉通り、困っているように見えた。
ここまで連れてくることに成功したのだから、上がっていって欲しい。けれど迷惑しているのに無理矢理引き込むことは出来ない。
「…本当に、大丈夫?」
「あぁ、それよりお前こそ早く家に入れ。風邪をひくぞ」
「じゃ…ブレザー、ありがとね」
髪から滴った水のせいで肩の辺りが濡れてしまったブレザーを緑間に差し出す。
それを受け取った緑間が、少し顔を歪ませたのがわかった。
「…ごめん、俺のせいで」
「な、何故謝るのだよ。お前は悪くない。悪いのは灰崎だ」
「赤司君が俺に帰るように言ったのも、あの人が原因?」
「そうだ」
「巻き込んで、ごめん」
灰崎、という人間が、赤司の手をも煩わせる迷惑な男だということはわかった。
すぐに手を上げるし、俗にいう不良という奴なのだろう。
しかし、今回迷惑をかけたのは真司だ。申し訳なくて頭が上がらない。
「いいから、早く家に入れ」
「…うん、また、ね」
真司はかたんと門を閉めて緑間に背を向けた。
ごめん、と胸の中で何度も繰り返して。
・・・
ぱたん、と扉が閉まって真司の姿が見えなくなった。
見えなくなったのに、緑間の頭に鮮明に焼きついた真司の顔は消え去る気配がない。
綺麗な奴だとはわかっていた。赤司や青峰がそこを含めて気に入っているということも知っている。
しかし、濡れて張り付いた髪の毛はいつも以上にキラキラと輝いていて。切なげに憂いを帯びた瞳も美しかった。
「…なんなのだよ、あいつは」
少し濡れている自分のブレザーに顔を埋める。
自分とは違う匂いがほんの少し香って、ぞくっと背筋が震えた。
「今日のラッキーアイテムを投げたからか…」
大事に持ち歩かなければいけないラッキーアイテムを、人に向けて投げるなんて。
きっと人事を尽くせていないせいで心が乱れるのだろう。
「オレは…烏羽なんて好きじゃないのだよ」
あの顔に騙されたりはしない。
そう何度も何度も言い聞かせながらも、緑間は家に着くまでの間に数えきれない程のため息を吐くことになった。