黒バス(2012.10~2017.12)
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「赤司君に弱味でも握られているんですか?」
それはある日突然に。
「えっと、テツ君」
「はい」
「ここでは、ちょっと」
ぱたんとロッカーを閉めて、真司は何を考えているのかわからない目を見つめ返した。
誰もいないと思われた部室に黒子がいたということは多々あって、今更驚きはしない。しかし、返答を待つような言葉をかけられるのは初めてのことだった。
「烏羽君」
「ん?」
「既に去年の記録更新しましたね」
「記録?」
「ボクらが会話した時間の長さです」
なんというか。黒子のことを認識出来ていなかったことを根に持たれているのだろうか。
黒子の言葉にどう返して良いのかわからずに、真司は視線を彷徨わせた。
「うーす」
直後、何を表したものなのか理解しかねる声を発しながら青峰が入ってきて、二人の視線は逸らされた。
少し救われたような気がしたのは、黒子が苦手だからということではなく。
「テツは今日も早ぇな」
「どうも」
「つか真司、お前テツより筋肉ねーとか死んでんな」
「死んでない」
赤司に弱味を握られているのか、と言われて初めて真司は考えたのだ。
家の事情は確かに真司にとって弱味なのだろうが、そのせいで赤司に振り回されているのかと問われると。
そうでもあり、そうではないような気もする。
「テツ君、今日部活の後って平気?」
「はい」
「じゃ、後で話そっか」
「お願いします」
部室を出る前にちらりと振り返って黒子を見る。
やっぱり黒子は何を考えているのかわからなかった。
「烏羽、おいで」
部室を出た途端に少し高めながらも芯の通った声に呼び止められる。その一声で、真司の部室を出る前までの緩んでいた背中がぴんとなった。
あ、これか。
真司は無意識に自分が赤司の事を受け入れていたことに気付いて、それが黒子に心配をかけた原因であるのだと悟った。
確かに、今まで敵視していた人間に対する態度ではないだろう。その変化は自分でも驚く程だ。
「どうかしたのか?」
「え、何が?」
「上の空だったぞ」
「いや別になんにもないんだけど…」
赤司の目が怪訝そうに細められる。
赤司に好かれる為には赤司にとって使えるものでなくてはならない。
それが、ここ数日間バスケ部に参加していてわかったことだ。
それを無意識に実行していたというのなら、自ずと自分の心も透けてくる。
「赤司君、俺…赤司君について行くよ」
「そうか」
赤司に嫌われたくない。
赤司に愛されていたい。
それが、真司が赤司に従順である理由だった。
・・・
一軍に混ざって一人だけ未だドリブル練習。
いい加減三年生や周りの同級生等の目が痛い。
それに耐えながらの部活が終わって、場所は再び部室となった。
わさわさと集まってきた部員達でむさ苦しい空気へと変わる。
「アチィ…おいテツ、今日アイス買って帰ろうぜ」
青峰は汗だくの腕を黒子の肩に乗せた。むしろくたくたなのは黒子の方で、今にも倒れてしまいそうだ。
それを何気なく眺めていた真司は、突然黒子の目がこちらを向いた為に着替えていた手を止めた。
「今日は先約がありますので」
「は?先約…?真司か?」
目線を追ってきた青峰とも目があって、真司は少し居たたまれなくなった。
パートナーとして試合に出ている彼等の友好を邪魔する気は毛頭ないのだが、今回ばかりは譲ってもらうしかない。
「あでも…青峰君も一緒に」
「駄目です」
「おいこらテツ」
真司の言葉を遮って黒子の声が被る。
黒子と青峰を思っての提案だった為、真司は驚いて言葉を飲み込んだ。
「今日は二人でお話しましょう」
「うん、テツ君がそう言うなら」
不服そうな青峰を置いて、黒子はてきぱきと帰り支度を進めた。それを見て真司も停止していた着替えの続きを始める。
ほんの少しの沈黙を挟んで、青峰が小さくあのよ、と真司に声をかけた。
「真司。なんでテツのことは“テツ君”なんだよ。んな仲良かったか?」
「え…。青峰君がそう呼ぶから」
青峰が「テツ」と何度も呼ぶ為についついつられてしまったが、去年までは「黒子君」と呼んだことがあったか、という程度だった。
勝手に呼び始めたことに問題があったかと思い黒子に目を向ければ、本人は至って気にしてはいなそうだ。
「一応確認すっけどよ、一番仲良いのはオレだろ?」
「え、うん。たぶん」
「…」
青峰が何か訴えるような視線を送ってくる。
真司は暫く考えて、あ。と声を上げた。
「大輝君」
続けて黒子を呼ぶのと同じように青峰を呼んでみる。そう、意味はない。呼んでみただけってヤツだ。
しかし、青峰はうぐっと唇を噛んで真司に背を向けてしまった。
「…大輝君?」
「……」
「だーいーきー君」
「だあああ!オレが悪かったって!もう止めろ!」
「…青峰君」
「それでいーわ」
なんだかよくわからないが、青峰はお気に召さなかったらしい。
まぁあまり気にすることでも無い為に、気にせず着替えを終えて鞄を肩にかける。
すると、先に帰宅準備を終えた黒子と目が合った。
「その呼び方のままでいいですよ。そうでもないと、不公平ですから」
「?」
「ボクは去年から君を知ってるのに」
「そう、だよね…?」
不公平とはつまり、親交的な意味で良いのか?
正直黒子が何を言いたいのかはわかっていなかったが、真司はこくりと頷いた。
「お前ら二人で行っちまったら、オレ一人じゃねーか」
「青峰君には黄瀬君がいるじゃないですか」
「黄瀬ー?あいつうるせーからヤダよ」
「とにかく、今日の烏羽君はボクが独占します」
黒子はしれっと言いはなって、真司の背中を押した。先に進まされた真司がノブを回すと、キイッと重たい扉が開く。
黒子と二人という状況はこれが初めてだった。
青峰のオレもという声をなんとか乗り越えて、二人はマジバに来ていた。マジバーガー、略してマジバ。
黒子はここのバニラシェイクにご執心らしい。
それを手に持った黒子と、コーラを手に持った真司が向かい合った席に座る。
ちなみに真司はコーラが大好きである。
「テツ君はここ、よく来るんだ?」
「はい。ここのバニラシェイクは絶品ですから」
「いいね、安上がりだ」
「学生に優しいです」
嬉しそうに言う黒子は、本当に美味しそうにストローを咥えている。
といっても、ほとんどその表情に変化は無い。
周りに花が飛んでいるように見える、なんてファンタジー的な言葉の方が今の黒子を表せそうだ。
「それで…本題ですが、何から話せば良いのでしょう」
「とりあえず、赤司君にって話でいい?」
「はい」
弱味を握られているのではないか。初めに黒子はそう言った。
あながち間違ってはいない黒子の疑問は、真司に自分の立場というか、ここにいる意味を考えさせた。
そしてそれはあまりに不純で、切実な願いだった。
「俺の家ってちょっと普通じゃないんだ。それを弱味というのなら、テツ君の考えはあってると思う」
「なるほど、それで家をやると赤司君は言ったのですね」
「うん、でもそれだけじゃなくて…」
暫く考えて、真司は押し黙った。
本当は愛されたくて、なんてどうしていえるだろう。それが、本当にバスケを好きでやっている人に対して失礼なことだということくらいわかる。
まだ、真司はバスケを愛していなかった。
「俺は…」
「烏羽君?」
「俺は、最低な人間だよ」
「そんなことはないと思いますが」
きょとんと目を丸くする黒子は何も知らない。仲良くしてくれる青峰も黄瀬も知らない。
「もしかして…何か、赤司君に聞いてたり」
「いえ。ボクはただ、君がバスケ部に入るだなんてことは思いもしなかったことなので、不思議で」
「そ、か…」
真司はカラカラになった喉にごくっとコーラを流し込んだ。
緊張するのは、やましい思いがあるからだ。
「…テツ君、俺はバスケが好きでバスケをしてるんじゃない」
「だと思っていました」
「その好きじゃないバスケをしているのは、確かに赤司君のせいだ」
本当は「赤司くんの為」。そう言えなかったのは少しでも嫌われたくないという思いが先行したからだった。
ずずっとバニラシェイクのすする音が耳を通り抜ける。
「烏羽君」
「ん?」
「赤司君が好きですか?」
「…?どっちかといえば」
「そうですか」
真司の返答を聞いてか、黒子の肩の力が抜けたのがわかった。ふう、と呼吸とは違う息が吐き出される。
そして再びストローを咥えた黒子の口元は、何故か笑っているように見えた。
「テツ君、俺はテツ君の納得がいく答えを出せた?」
「はい、まぁ十分です。ありがとうございました」
初めて、真司の目の前で黒子が柔らかく微笑んだ。
その笑顔は、バスケ部の他の誰にも見られないようなもので。
「テツ君は、綺麗だね」
「いえ、綺麗なのは烏羽君の方です」
「ううん、俺は駄目だ」
綺麗ってのは、顔だけでなく心までふまえたものだ。真司は自分の行動が不純だとわかっている。綺麗、だなんてお世辞でも受け入れることは出来ない。
「それを言うなら、ボクも駄目です」
「え?」
黒子がバニラシェイクを手から放してテーブルの上に降ろした。騒がしいはずの店内が、静まったかのような錯覚に陥る。
真っ直ぐ向けられる目から逃れられずに、真司はその目を見つめ返した。
「君がどんな理由でバスケ部に入ったのだとしても…ボクは否定しないと思います」
「どうして?」
「どうして、でしょう。こういうのは説明するのが難しいです」
「あ、無理しなくていいよ?」
一瞬訪れた緊張感はなんだったのか。
黒子はバニラシェイクを一気に飲み干し、ぱっと立ち上がった。
「あまり遅くなっては悪いです。帰りましょう」
「え、もういいの?」
「はい。もう大丈夫です」
あまり早く帰りたくないのだが。
空になったバニラシェイクのカップを捨てようとしてる黒子を見て、もう帰るかと真司も納得した。
男二人、マジバで駄弁るなんてのも不格好だ。
「はぁ…」
「烏羽君、どうかしましたか?」
「ううん、家…帰りたくないなって思って」
躊躇わず漏らした本音に、黒子の目が一瞬いつもより大きくなった。
その小さな変化に真司が気付くことなど当然なく、がたっと音を立てながら入口の方へ歩き出す。
何も言わずについて来た黒子は、真司の肩に手を置いた。
「バスケ、してから帰りましょう」
「…え?」
「バスケがしたくなりました。付き合ってくれませんか?」
さも今ふと思い至ったかのように。しかし、さすがにその気遣いには真司も気付いてしまった。
じわっと込み上げる暖かさに、一度開けた口をもう一度閉じて、噛んで。
「…っ、バスケ、しよっか!」
「はい」
ありがとうございましたー。爽やかな高い声を聞き流しながら店を出る。
二人は隣に並んで、近くのバスケットの出来るコートを目指して歩いた。来た時よりも、二人の肩の距離は近付いて、時々ぶつかりながら進む。
いやな気分はしない。むしろ暖かくて心地よい距離感。
「俺…もうちょっと真面目にバスケやろうかな」
「どうしたんですか、急に」
「…今は、なんかそんな気分」
黒子の横はとても居心地が良くて、もっとずっと一緒に居たいと感じていた。
そして、その感情は赤司へのものとも全然違ってもっと穏やかなものだった。
・・・
なんて思って黒子の正面に立っている今。真司は違和感を感じていた。
黒子は帝光中バスケ部のレギュラー。つまり、この前相手をした黄瀬よりも上にいる、ということなのだが。
「…テツ君って、その」
「はい、下手ですよ」
「いや、下手っていうか…なんというか。体力ないね?」
真司が人並み以上の体力を持っている、ということ無しにも。軽く相手をしただけで呼吸を荒くしている黒子は恐らく人並み以下だろう。
「君とボクは、少し似てるんです」
「え?」
黒子が一人、そこにあったボールを軽くついて、放った。ゴール目掛けて放たれたボールはがんっという音を立てながらそこに落ちる。
「ボクにはバスケの才能がありません。青峰君や他の皆には遠く及ばない」
「…うん」
「でも、一つだけ才能があったんです」
黒子の手に再び戻ったボールはとんっと弾かれて真司の手に納まっていた。力強いボールだった。黒子の細い腕から投げられたとはとうてい思えない程の。
「すごい…」
思わず感嘆の声が漏れる。しかし、黒子の表情は浮かばれなかった。
「ボクには、これしか出来ない」
「俺には…足しかない」
「ボクと比べモノにならないほど、君には運動の才能があるみたいですけどね」
「でもバスケは上手くない。まともにやったことすらなかったし…」
短期間で、バスケが上手くもないのに一軍入り。これは、黒子が通った道でもあった。
赤司にその才能を認められ、そして赤司の手で育て上げられる。
今の黒子があるのは赤司のおかげで、赤司の思い描いたプレイヤーへと成長する。
「ボクは、皆とバスケが出来るならそれでいいんです」
「…俺は…」
「それと、今は君とも同じ舞台に立ちたいと思っています」
「俺は…一人じゃないなら、それでいい」
ふっと黒子が笑うのが聞こえた。
「何?」
「それが、君の本音なんですね」
柔らかいその綻び具合が、黒子の笑顔が美しい理由だと思う。
少し気を逸らすと黒子は足音も立てずに横に立っていて、驚く間もなく手を握られていた。
動いた後で上がっていた体温は更に上がっていく。
「きっと、赤司君は君のその気持ちをわかっていたのでしょう」
「そうなんだろーなぁ。なんでわかんのあの人…」
「赤司君ですから」
「なんだそりゃ」
その意味不明な話も、今はなんとなく頷ける。
ボールを置いて、真司は黒子の汗ばんだ手を握り返した。
こうして、物理的に掴んでいられたら怖いものなんてないのに。
「テツ君…は、俺の友達だよね」
「はい、心の友です」
「ふふ、良かった…」
ぎゅっと握った手の大きさも温度もだいたい同じ。
曖昧にしか存在しない繋がりを信じるのは、やはり少し難しかった。それでなくても、始まったばかり関係なんてあまりにも脆い。
でも、今だけは、この繋がりを信じていたい。
夜空に瞬く星を眺めながら、真司は抱き過ぎた願望の渦を抑えるのに必死だった。