黒バス(2012.10~2017.12)
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入部したてのバスケ部員。それは、一人ではなかった。
というのを真司が知ったのは、入部して一軍という名誉ある地位をもらってからのことだった。
チャイムが学校に響き渡り、がたがたと生徒達が一斉に動き出す。
真司は椅子からは立ち上がらず、そのまま体を横にして座り、後ろで突っ伏している青い髪の毛をつんっと引っ張った。
「おはよ、青峰君」
「んー…授業終わったのか?」
「うん。ご飯食べよ」
今まではそのまま一人で食べていた昼食を、最近は青峰と一緒に食べるようになった。
青峰も、それまではクラスを移動して他のクラスにいる友人を訪れたり屋上に行ったりしていたようだが、それもなくなっていた。
青峰曰く、移動するのは面倒だし、クラスに食べる相手がいるのならそれで良いのだそうだ。
「そーいえば、今までって誰と一緒に食べてたの?」
「真司と食べるようになる前ってことか」
「うん」
「テツとか…まぁバスケ部だな」
テツ…黒子テツヤは青峰から良く出てくる名前だ。
彼は真司の一年の時のクラスメイトでもあるが、あまり印象がなく、まだそれほど親しくはない。
「その、テツ君って…レギュラーだよね」
「おー。テツがレギュラーになったのは、二年になってからだけどな」
「一応言っておくけど、一年でレギュラー入りした青峰君等が異常なんだよ」
帝光中バスケ部の部員数はあまりに多い。同じ部員でもほとんどを把握出来ていないというのが真司の今の現状だ。
「赤司君、青峰君、テツ君に…えっと」
「緑間、紫原、灰…」
「青峰っち!今日は相手してもらうっスよ!」
「…あ?」
青峰が真司の思い出せない名前を連ねていた時、爽やかな声が真司と青峰の耳に入った。
ぱっと顔をそちらに向けると、キラキラしたオーラを放つ一人の男子生徒。
「んだよ、またお前か」
「わぁ、青峰君ってば黄瀬君とお友達なの?」
「友達っつか、バスケ部だろ」
「あれ?そうなんだ」
黄瀬涼太といえば、この学校に留まらず世間の女性の目を集める人気モデル。
いくら関わったことがない生徒とはいえど、真司も顔と名前くらいは知っていた。バスケ部であるということは初めて知ったが。
「あ、青峰っち…。その人は?」
「お前ら二人とも入ったばっかだから知らねーのか、一軍のくせして」
「え?一軍?」
黄瀬は大きな目を更に大きく開いて、ぱちぱちと瞬きを繰り返した。
青峰の前に座るのは、明らかに鈍そうな眼鏡の生徒。前髪は長いこと切っていないのか、眼鏡にかぶって邪魔そうだ。
「やめろよ青峰君。俺のその一軍ってのは…赤司君の、目の届く場所に置いときたい的な親心じゃん」
「才能が認められたってことだろ」
「…えー…」
ぽりぽりと頬をかいて、真司は視線を青峰から黄瀬に移した。
整った綺麗な顔の男は、明らかな敵意を真司に向けている。なんでこんなヘボそうな奴に構ってるんだ、とでも言いたげな目。
言いたいことはわかる。今のバスケ部のほとんどの人間が真司を同じ目で見ているのだから。
「青峰君、黄瀬君とバスケしてきなよ」
「真司もやるって言うなら」
「俺を巻き込まないで下さい」
ほら、そんなこと言うから、一層黄瀬の視線が痛くなった。恋人を取られた女みたいな感じだ。敵にしたくないタイプともいう。
真司は机に手を乗せて立ち上がった。
「黄瀬君、ごめんな。一緒してもいいですか」
「え、まぁ…青峰っちが来てくれるなら」
「ほら、青峰君行こ」
「おー」
先程まで全然動こうとしなかったのが嘘のように、青峰はぱっと表情を変えた。
それどころか、青峰の手は真司の首に回される。
「ずっとお前とやりたかったんだよなー」
「えぇ…」
「部活の間は全然出来ねーし」
全く鈍感な男は無意識に黄瀬の気分を悪くさせていく。
ちらりと真司が黄瀬の顔を覗き見れば、口は尖っているし、目線は下に向いていた。
純粋に、これは申し訳ない。
「俺は別にいいって。せっかく黄瀬君が誘いに来てくれたのに」
「…あんた、名前は?」
「え、烏羽真司…」
急に黄瀬の目が真司に向いて、思わず真司の肩はびくりと揺れた。
青峰ほどではないが、黄瀬も相当背が高い。見下ろされるのはやはり良い気がしないものだ。
「烏羽君の実力、見せてもらうっス」
初め青峰を呼びに来た彼はどこに行ったのか。
低めの声と少しつり上がった眉は、真司をびびらせるのには十分だった。
「あ、青峰君のせいだぞこれっ」
「いーじゃねーか。見せてやれよ」
「だからっ!君は俺を買い被りすぎなの!」
人の少ない体育館に来てすぐ、黄瀬はボールを持ち出してそれを真司に渡した。
黄瀬は真司の前に立って、少し手を広げている。
1on1、というバスケの練習の一つらしい。
真司に課せられたのは黄瀬を抜いてシュートを決めろという単純なものだった。
「黄瀬君、大きいね」
「烏羽君はバスケ部とは思えないほど小さいっスね」
「…知ってる」
30cmはありそうな二人の身長差。さすがはモデルというか、黄瀬の体型は真司にとって理想的なもので。
急に真司の中に対抗心が湧き上がった。
「小さいからって舐めんなよ」
真司は軽く数回その場でドリブルをすると、迷わず一歩を踏み出した。
赤司が部活中に永遠と真司にやらせたのはドリブルだった。
普通に走るスピード。真司のその自慢のスピードをドリブルした状態でも出来るようになること。それが、最初に立てられた真司の目標だ。
「ぇ…」
黄瀬は言葉を失って、青峰は目を見開いた。
一瞬。目を放したら見失いそうなその速さ。真司はゴールの下にいた。
なかなか綺麗なフォームで真司の手からボールが放たれた。その直後、すぐにがんっという音と共に打たれたボールが床に落ちる。
「あ」
真司の間抜けな声で我に返って振り返れば、シュートをはずした真司が恥ずかしそうにこちらを見ていた。
「はは、シュート練習はまだちょっと、不足してて」
「真司!やっぱスゲェ!」
その結果とは裏腹に、ぱっと笑顔になった青峰が真司に駆け寄っていた。青峰は、思わず真司まで嬉しくなってしまいそうなほどの輝いた笑顔を見せている。
とんとんと音を立てながら転がったボールは黄瀬の足にぶつかって動きを止めた。
「オレの目は間違ってなかったぜ!」
「いや、よく見てよ。ボール入ってないじゃん」
「バスケは一人じゃねーだろ。そのスピードはチームの力になるって!」
青峰は真司の頭をぐしゃぐしゃとなで回して、自分のことかのように嬉しそうにしている。
あまりにも喜ぶから、真司の口元も緩んで青峰に笑い返していた。
「でも」
しかし、二人の楽しげな声とは違う、低めの声がその場の空気を変えた。
「そんな小さい体じゃ吹っ飛ばされちゃうっスよ」
「…」
「今度はオレがシュートするっス」
黄瀬の目が、ここに立てと訴えてくる。
真司は渋々ボールを持たないその身一つで黄瀬の前に立った。
確かに黄瀬の言う通りだ。真司が黄瀬をブロック出来るとは思えない。
青峰も少し不安そうに真司の小さな体を見ていた。
言わずもがな、予感は的中することとなった。
黄瀬の体は真司の体にぶつかった。恐らく、青峰なら大したダメージにもならない程度だっただろう。
しかし、真司の体はその年頃の平均よりも小さかったのだ。
シュートが決まる音と共にどすんと真司が床に尻をつく。
「ほら、こんなで一軍とか…有り得ないっスよ」
ズキズキと痛む尻に、黄瀬からの鋭い言葉。
わかっている、そんなことわかってるから言い返すことなんて出来ない。
「速さはすごかったスよ?でもそれだけで一軍って…やっぱちょっと納得いかないっス」
「うん、知ってるよ。そう思うのが、普通だと思うし…」
わかってはいても、こうも冷たく言い放たれれば当然真司の心だって痛みを感じる。
真司の顔は静かに床へと向いて、俯いたその視界に色の濃い手が差し出されていた。
「真司、大丈夫か?」
「あ…ありがとう」
「ほら、立てよ」
振り返ろうとしない黄瀬の後ろで、青峰の手を取って立ち上がる。
その時、かしゃんとボールとは違う音が床に落ちて、ほぼ同時にパリンと何か割れる音が響いた。
「「あ」」
真司と青峰の視線が同じように足元に置かれる。真司の足の下には固い何か。
妙な空気に黄瀬も振り返って視線の先を追うと、真司の足の下に何かガラスのようなものが落ちていた。
「…やっちゃった」
「あー…これはやっちまったな」
真司がしゃがんでその部品達を取り上げれば、それが眼鏡だということは明らかで。
「え、な、なんスか」
「おい黄瀬ェ!お前が乱暴すっから真司の眼鏡が壊れただろーが」
「いやいや、黄瀬君悪くないから。踏んだの俺だし」
青峰の服を掴んで制する。
さらりと髪の毛が揺れて、大きな瞳が黄瀬の目にも映っていた。
「え、ちょ、烏羽君」
「何ですか」
「ふはっ、なんスかそれ、そんな眼鏡はずしてとか、リアルで」
「あ!黄瀬、見んな!」
青峰の腕が真司を引き寄せ抱き締める。
真司が眼鏡のオンオフでずいぶんと変わるということは青峰も良く知っていた。だからこそ、何故か隠したい思いにかられる。
それを見ていた黄瀬はにたっと口角を上げると、首を何度か縦に動かした。
「ははあ。よーくわかったっスわ」
「何がだよ」
「青峰っちがそこまで執着する理由。もちろん、その速さもあるんでしょーけど」
黄瀬は青峰の前にしゃがんで、その腕に抱かれる真司の背中をとんと叩いた。
「真司っち、大丈夫っスか?」
「おいコラ黄瀬、態度変えすぎだろーが」
「なんのことっスかねー」
「青峰君、暑い。放して」
もぞもぞと青峰の腕から抜けた真司が黄瀬に目を向ける。
真司が眼鏡をかけるのは、当然酷い近眼であるから。見え辛そうに目を細めて、意味もなく顔と顔の距離が通常よりも近くなった。
「黄瀬君。その辺に眼鏡の部品落ちてない?」
「ん?あ、結構派手にぶっ壊れてるっスね」
「思いっきり踏んじゃった…」
わさわさと手を動かして床を探る。
本当に眼鏡無くした人の行動ってこうなるんだ、と黄瀬は含み笑いをしながら、そこに落ちていた鼻の部分にあたる部品を手に取った。
その反対の手で真司の手を取り、その上に拾った部品を乗せる。
「はい、あったっスよ」
「あ、ありがとう…何から何まで申し訳ない」
「んーん。オレこそ、なんか態度悪くてごめんね」
「黄瀬ェ…いつまで手ェ握ってんだ」
明らかに態度を変えた黄瀬に多少違和感を感じていたが、真司はさほど気にしなかった。
なんだかよくわからないが、許してくれたのだろう。
それよりも気になるのは急に抱き締めてきた青峰の方だ。
「青峰君は俺の事なんだと思ってんの」
「あ?なんだよ急に」
「いやいや、それこっちの台詞だし」
青峰の手を離れて、真司は床についていた部分を手で払いながら立ち上がった。
それにつられて黄瀬もその場に立って真司の横に並ぶ。
「俺が小さいからって、マスコットみたいに思ってんなら大間違いだかんな」
「は、はぁ」
「真司っち…マスコットってブフッ」
「黄瀬君、笑うな」
真司の表情はころころ変わる。それがさっきまでよく見えなかったのは、眼鏡の厚いフレームで目元が見えなかったからだ。
黄瀬は真司の素顔を見て、今度一緒に眼鏡を買いに行ってやろうと勝手に心に決めていた。
・・・
「真司っち!転ばないように気をつけるっスよ」
「はい…」
体育館から教室へ戻る数分。それだけでも今の真司には恐怖だった。
ぼやける視界に、はっきりと見えない足元。
眼鏡をはずすなんて風呂と就寝の時くらいのことだ。慣れない視界は真司の歩みをおぼつか無いものにさせてしまった。
結果。
「黄瀬ェ…その役目はオレが負うっつの!」
「何言ってんスか。オレが真司っちと仲直りしようとしてんだから、邪魔しないで欲しいっス」
「仲直りもなにも…てめぇが勝手に真司のこと悪いように見てたんだろーが」
「あの、俺の上で喧嘩しないでくれるかな」
呆れたように吐息混じりに呟いた真司の手は、きつく黄瀬の手と繋がれている。
よたよたと不安そうに歩いていた真司の手を素早くその手に掴んだのは、黄瀬だった。
「真司っち、手も小さいんスね。こんなでバスケしていくなんて…オレ心配っス」
「言っておくけど、俺は入りたくて入ったんじゃないっつか…君等のリーダーに説得されたんだからね」
「え、そうなんスか…?」
ぱちくりと目を丸くして、黄瀬は青峰に目を向けた。
「ま、赤司のヤツも相当真司に期待を持ってたよな」
「うーん…そうなのかなぁ」
青峰が真司の存在を教えてから、確かに赤司もノリノリで真司を欲しがった。
とはいえ、青峰もその詳しい事実は知らない為に、少しためらいがちに頷いて見せる。
「それって、やっぱり真司っちはすごい才能持ってるってことっスよ」
「そーだといいけど」
「そうっスよ!オレ、納得いかなくてキツいこと言っちゃったけど、あの速さにはホント驚いたっスもん!」
「ありがとう」
見上げてにこりと笑う。
その真司の柔らかい微笑みに、黄瀬の頬がふにゃと緩んだ。
なんで知らなかったのだろう。もっと早く知りたかった。
真司の笑顔は本当に可愛らしくて、今にも抱き締めてしまいたい衝動にかられる。
正直、赤司もその才能だけでなく、この愛らしさに惚れたのではないかと疑ってしまう程。
「…真司っち、オレ、真司っちのこと好きっス」
「ありがとう」
「ぎゅってしてもいいっスか?」
「…嬉しいけど、それは今度お願いするよ」
残念、と笑いながら、黄瀬の手の力が少しだけ強まった。
「黄瀬…いきなり何言ってんだ」
「え?いやぁ…真司っちみたいな子スキだなーって思って」
「数十分前の自分思い出せ。そんで反省ついでにドブに顔突っ込んで来い」
「仮にもモデルになんてこと言うんスか!」
「仮にも」
「本業っス!」
二人が同じ高さで言い合っているのを見ながら、真司は黄瀬のその手に合わせて強く握り返した。
赤司と同じ、黄瀬にとっても自分の顔が好みだったから態度が変わったのだろう、そう思うとなんとも言えない気分になる。
けれど、好かれるか嫌われるか。そんなの好かれている方がずっといい。
“好き”という言葉の暖かさが好きだった。
「じゃーまた!青峰っち!真司っち!」
ぶんぶんと黄瀬の手を振る姿を背に、青峰と二人で教室に戻る。
確かに、数十分前の黄瀬とは全く別人である満面の笑みで見送られ、真司はくすっと笑ってしまった。
しかし、それはすぐに不安な表情へと変わる。青峰は少し不機嫌そうに目線を真司から逸らしていた。
「青峰君は俺の顔が嫌いなの」
「はぁ?どうしてそうなる」
「いやだって」
黄瀬の手を離れた真司は青峰の腕を掴ませてもらっている。
しかし、眼鏡が落ちて黄瀬に気に入られてからというもの、何やら少し態度がおかしいのだ。
「俺がイケメンで嫉妬してんの?」
「悪いけどそれはねーよ」
冗談通じないなー。と軽く笑ったが、それでも青峰の態度が気になって引きつってしまった。
学校生活が少しずつ楽しいものになっている。それは間違いなく青峰のおかげだ。
今まで一人で食べていた弁当も、一人で過ごした休み時間も、輝いた時間に変わった。
「…青峰君」
「何だよ」
「俺のことヤになったら、言ってね」
「悪いけどそれもねーわ」
青峰も黄瀬も、絶対に気が合うタイプではない。
それは眼鏡でがり勉な見た目のことを差し引いてもそうだと思う。
「優しいんだ」
「は?オレが?」
「うん。優しいね、青峰君」
「…やめろっつの」
青峰が照れたように笑う。
すぐに逸らされてしまったけれど、その笑顔はとても暖かくて。
あぁ、これが好きって感情なのか、と無意識に納得していた。
胸がぽかぽか熱を帯びる。
放課後の煩わしいバスケの練習が、少し楽しみになった。