黒バス(2012.10~2017.12)
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帝光中学校。
眠いだけの授業に、青峰大輝は大きな欠伸をかましてから机に頭を預けた。
二年生になったこの春。新しいクラスには新しい面々が集う。仲の良い奴とは離れてしまった、今はまだ面白くもない教室だ。
となれば、学校に来ているのなんて、ほとんどバスケの為。授業なんて面白くもないし、もう寝てしまえと目を閉じた時。
「おい、青峰」
「……」
「問4、解け」
「……まじか」
この数学教師。去年からヤケに目を付けてきやがる。
イライラしながらも、そのページさえ開いていなかった青峰は小さくわかんねぇと答えた。
「ったくお前は…。じゃあ烏羽、手本見せてやれ」
いつもならネチネチとしつこく文句たれてくる教師は、この日はすんなり次の生徒を指名した。
聞き覚えのない名前。新しくクラスメイトになった奴か、とぼんやり考えていると、青峰の前の席の男子生徒がすっと立ち上がった。
静かな教室に烏羽と呼ばれた生徒の足音だけが響き渡る。
烏羽は黒板の元まで行くと、ノートを片手にカッカとチョークの音を立てながら答えを埋めていった。
それはもうスラスラと。
「さすが、全問正解だな。戻っていいぞ」
「はい」
教師が記憶するほどの天才ってことか。
興味がわくワケもなく、青峰はその顔だけ拝んでやるかと戻ってきた男子生徒の顔を何気なく見た。
「…ッハ」
その小さな息、もとい鼻で笑ったかのような声は、長めの前髪に眼鏡をかけた男子生徒…烏羽から放たれたものだった。
こんな問題も解けないのかよ、というニュアンスが含まれたそれ。
烏羽という生徒は先生受けの良いがり勉、という奴で。それは青峰にとって一番気の合わないタイプの人間だった。
そんな第一印象。
当然青峰は烏羽と関わることは一切なく、席が前後…つまり出席番号が前後関係にあるというだけの存在だった。
・・・
数日後。
何の目的あって行われるか知れない体力テストが体育の授業で消化されていた。
青峰は一年の時からバスケ部のエースで、当然運動神経には専ら自信がある。学年トップの成績を残せる自信もあった。
そんな青峰が。
ちらと横を見て眉間に深くシワを寄せていた。
「なんでてめェなんだよ…」
「…出席番号なんだから仕方がないだろ」
「チッ…」
タイムを記録する為の50m走。二人ずつ走ることになったそれは、出席番号順でペアが組まれた。
青峰の隣には、明らかにトロそうな、眼鏡のがり勉烏羽真司。第一印象があまりに悪すぎたせいで、青峰は名前まで記憶していた。
「速い奴相手じゃねーとタイム伸びねーのになー」
「…」
「無視かよ」
烏羽は青峰の言葉にほとんど耳を貸さず、ただちらっと青峰を見てフッと笑った。
その笑みは、授業中に見たあのうざったらしいものと酷似していて。
「…んだよ」
「別に」
不審に思いながらも、青峰は手を地面についた。
その時、ふと、何故かギャラリーが出来ていることに気付いた。
女子と男子の体育は別々の場所で行われるが、今はやる内容が同じな為に近い場所にいた。
その女子生徒達が、何故がきゃっきゃと高い声を上げて青峰と烏羽の並ぶ50mのラインを見つめている。
どういうことだ。そんなにバスケ部エースは有名なのか。
黄色い声に決して悪い気はしない。
青峰はいいとこ見せてやろうか、と足に力を入れた。
位置について、よーい。
声の後に旗がぱっと上に上がった。途端に二人が同じ位置から走り出す。
「…!?」
スタートしてすぐ。烏羽は青峰の前にいた。
青峰でさえ、トップスピードに入るまでの助走はそれなりに必要になるのに。というより普通の人間ならそうだ。
それが烏羽は。スタートダッシュからトップスピードまでがほとんど変化無し。
つか、追いつけねぇ…!
あっという間の50mの間、青峰は烏羽に一瞬たりとも追いつくことが出来なかった。
バスケ部のエース、スピードには自信があったのに。
「な…なんだよ、その速さ…!」
「あぁ、青峰君。いたの?」
「…あ!?」
驚くべき事実はそれだけでなく。
「きゃぁああ!烏羽君!」
「今の見た?」
「見た見た!烏羽君すごいね!」
まず女子の黄色い声援は烏羽に向けられたものであったこと。
「お前…その面」
「はい?」
そして、風によってめくれ上がった前髪。はずされた眼鏡。
ずれたのを直しただけだったようで、眼鏡はすぐに着用されてしまったが、それは童顔で、だいぶ可愛らしい容姿をしていた。
「悪いけど俺、去年から走りで誰かに負けたことないんだよね」
「お、お前、ただのがり勉なんじゃなかったのかよ」
「はは、がり勉って。ま、勉強も走りも、誰かさんに負けるとは思ってないけど」
今までならムカツクだけの烏羽の皮肉は、今の青峰には全く効かなかった。
単純に、自分以上の速さを持つ烏羽をすげぇと思ったのと、眼鏡ごしの上目使いが結構イケたせいだ。
「烏羽、陸上部なのか?」
「え、いや。部活動には入ってないよ」
「すげーな」
「へへ、どーも」
烏羽が言った通り、烏羽の50mの記録は学年どころか校内でも1位だった。
ついでに、その後にやった20mシャトルラン、これにも青峰は烏羽に勝てなかった。
「あいつ…どーなってんだよ」
「青峰君、知らなかったの?烏羽君のコト」
青峰が小さくぼやくと、近くにいた女子生徒が素早く反応した。
同じクラスの女子数名はきらきらした目で少し遠くにいる烏羽を見つめている。
「普段はもさっとしてるのに、走ると速くて」
「それで見える烏羽君の笑顔が、ね!」
「すっごく綺麗なの、知らない人のが少ないんじゃない?」
ね、ね、と高い声で笑う女子を少し煩わしく思いながらも、青峰は素直に納得していた。
確かに、近くで見ていて綺麗なフォームになびく髪も雰囲気があった。
つか、何よりも速すぎる。それで帰宅部とか、どんだけ損してんだ。
「…ぜってーバスケ部に引き込む」
「え、駄目!烏羽君は陸上部が狙ってるんだから!」
「青峰君は余計なことしないで」
「うっせ。まな板に興味はねー」
サイッテー!と喚く女子生徒を無視して、青峰は烏羽の横顔をじっと見つめていた。
綺麗なのも認める。速いのも認める。だからこそ。
「赤司!!」
だんっと激しい音を立てて横開きの扉が開く。
教室の奥に座っていた赤司は、ちらっと横目で青峰を確認すると深く溜め息を吐いた。
「…昼休みにわざわざ…お前は友人の一人もいないのか?」
「そんなんじゃねーって。お前に話があんだよ」
急に入ってきた別のクラスである青峰に視線が集まる。
青峰は一般的な中学生と比べて体が大きすぎる。その為に多くの生徒がびびって肩をすくめていた。
それを全く気にすることなく、青峰はずかずかと入り込むと、赤司の前の席にどかっと座った。
赤司はもくもくと広げた弁当に箸を伸ばして口へと運んでいる。
「なぁ、烏羽真司、知ってるか?オレと同じクラスの奴なんだけど」
「あぁ。オレと張り合える学力を持った生徒だな」
「すっげぇ速ぇの!知ってるか!?」
「…速い?」
目を丸くして、そんなのは知らんと言いたげに首を傾ける。
どうやら烏羽を知ってるだの言っていた女子生徒は陸上部故に目を付けていたというだけだったようだ。
決して知られているというわけではない。まぁそれもそうだろう、青峰は知らなかったのだから。
「今日の50m、それにシャトルラン。オレより記録良かったんだよ、そいつ」
「…青峰、手を抜いたんじゃないのか」
「いや、ガチでやった。けど負けた」
「……」
赤司は食べる手を止めて、じっと窓の外に目を向けた。
何を見ているということはなく、何かを考えているようだ。暫くそのまま無言で時が過ぎる。
「…青峰」
「おう」
「その生徒をバスケ部に連れてこい」
「おう!」
がたっと椅子が倒れんばかりの勢いで立ち上がると、青峰はまたずかずかと教室を出て行った。
「バスケ部!入れよ!」
じとっとした目が青峰を見上げた。
「青峰君、結構しつこいな」
どどんと烏羽の席の前で腰に手を当て立っているのは青峰大輝。
先日の体力テスト時に青峰を勝るスピードを見せつけてから、休み時間毎にこのやり取りをしている。
「だーかーらぁ…俺は部活には入りませんよって」
「バスケ楽しんだぜ?」
「嫌です」
ふいっと顔を背ける烏羽はどう見ても運動など出来なそうな容姿で、青峰も元々は自分とは相容れないタイプだと思い込んでいた。
しかし、類いまれなる速さにして、前髪と眼鏡の奥に隠れた綺麗な顔。
青峰はそれだけで烏羽真司という人間を一気に気に入ってしまったのだ。
「あんな速ぇのに、なんで部活入らねーんだよ」
「俺の走りは趣味なの。部活動なんぞに入って活かしたいものとは違うの」
「バスケも趣味だぜ」
「青峰君にとってはな」
きっと睨み付けてくる烏羽の眼鏡の奥の瞳。
しかし、元々目の大きい烏羽のその表情は全く怖くない。むしろ上目使いが可愛らしいと思えるほどだ。
「青峰君、しつこい男は嫌われるよ」
「頑固な男も嫌われっと思うぜ」
「それはどうも」
「褒めちゃねーよ」
チャイムが鳴って、青峰は舌打ちをしてから烏羽の後ろの席に着いた。
悔しい。どうして折れないんだ。
青峰が烏羽を何度も懲りずに誘い続ける理由は二つあった。
一つは、ただ青峰が烏羽にもバスケをさせたいという願望を持っているが故。もう一つは、赤司に連れてこいと言われている為。
早いとこ連れていかないと、怒られるのは青峰だ。赤司を怒らせるのだけは避けたい。
「おい、烏羽」
「…何」
「覚悟しとけよ」
「はぁ…」
ちらっと振り返った烏羽は唇を尖らせて不服そうにしていて。
やっぱこいつ可愛いなと思いながら、青峰は机に突っ伏し、教師の声を右から左へと流していた。
・・・
背中を丸めて部活へ向かうのは青峰一人。
本日誘い続けた烏羽を連れてくることは結局出来なかった。
帰り際も目の前に壁をつくって道を塞いだが、あのスピードを駆使してすっと避けられてしまった。
「赤司…」
「駄目だったようだな」
「あいつ素早いんだよ、マジで」
後ろに誰もついて来ていないことを確認してか、青峰のげんなりした表情を見抜いてか、赤司はふうっと溜め息を吐いた。
「まぁ、こうなることはわかっていたが…」
「あー。もったいねぇ。絶対あの動きはバスケに活かせると思うんだよなー」
「え?何?誰かバスケ部入りそうなの?」
赤司と青峰の会話を聞いていた桃井がぱっと顔を上げた。
桃井はバスケ部の優秀なマネージャーであり、データや情報収集能力が優れている。
赤司はにやっと口角を上げると桃井に一枚の紙を渡した。
「それを見てみろ」
「…これ、最近あった体力テストの…」
桃井はその用紙にすすっと目を通し、それからぱちぱちと数回瞬きを繰り返した。
「何これすごい…誰の?」
「青峰が目を付けた、ある生徒のものだ」
桃井の目に留まったのは、勿論50mやらシャトルラン、それに反復横跳びなど足を使うタイプの競技だった。
どれも軽く10点を超える記録であり、それもあって合計点も一番上であるランクAを示している。
「青峰君、合計何点だった?」
「さー…75くらいじゃね」
「え、何で5点落としたの」
「…長座体前屈」
あぁ、と納得したような顔をしてから、桃井は再び烏羽真司という名前の記入された紙に視線を移す。
「この人…合計70だけど、10点取れる記録を軽く超えてるのが何個もある」
「走るやつだろ」
「うん。あと反復横跳びと立ち幅跳び」
「マジかよ」
青峰は思わず桃井に駆け寄ってその紙を覗き込んだ。
「げ」
一つ、二つ、三つ、四つ。青峰よりも良い記録なものは走りだけに限ったことではなかった。
「赤司、こいつやべぇぞ」
「あぁ、わかっている。だから連れて来いと言っただろう」
「…はは」
「烏羽君の話ですか?」
「テツ君!」
青峰の背後からひょいと顔を出した黒子を見て、桃井の目がぱっと輝いた。
「テツ、知ってんのか?」
「はい。去年同じクラスでした」
黒子は今来たばかりのようで、肩にかけていた荷物をそこに置いて、ぐっと腕を伸ばした。
「去年からその見た目とのギャップで結構有名でしたよ」
頭もいいですし。そう続けた黒子の言葉を聞いていた緑間の眉がぴくりと動いた。
先ほどまで興味なさそうに彼らの話を聞き流していた緑間が反応したのには理由がある。
「緑間、お前は烏羽に勝ったことがないだろ」
「…なんのことなのだよ」
「学力の話だが」
「…」
赤司が楽しげにくくっと笑う。
緑間は眼鏡を中指でくいっと持ち上げて、ボールをゴールへと投げ込んだ。
フォームが微妙にブレる。動揺があったのか、緑間のボールは少しだけゴールのリングにこん、とぶつかってから網をくぐった。
「んだよ、結構皆知ってんだな」
「何ー?皆何話してんの?」
ゆらゆらと大きな体を左右に揺らしながら体育館に入ってきた紫原は、口に咥えたポテトチップスをばりっと噛み砕いた。
一番信頼する赤司が楽しそうだから食いついたのだろう紫原は、自分で聞いておきながらも関心はないようで、お菓子に夢中になっている。
「紫原、お前は烏羽のこと知ってるか?」
「え~?何ソレ知らない」
「安心したわ」
連れて来れてもいないのに、なんだかんだで帝光中学校バスケ部、レギュラーに属するほとんどのメンバーに烏羽のことが知れてしまった。
青峰は誘い切る自信もなくなっていた為に、ちらっと赤司に目を向けた。
「…赤司」
「はぁ。仕方ないな。明日はオレの名前を出すことを許す」
「…はァ?」
「ついでに“逃げるのか”などの挑発的な言葉をぶつけてやれ」
「お、おう」
赤司は烏羽のことをよく知っているかのように言ってのけた。
それに違和感を感じないのは、赤司征十郎という人間が絶対的な何かであるからなのか。
とにかく、青峰は根拠のない赤司の言葉を真に受けることにした。