ナツ夢(2012.02~2016.05)
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視界が開けると、広場に集まる多くの人々が見えた。
全ての人間の目が同じ方向へと向かっている。どうやらその人々の真ん中にあるのがエクリプスのようだ。
「…まずいな」
本当は人に見られず成し遂げられたら一番良かった。
誰も気付かずうちにエクリプスを破壊出来たなら、自分を守る事が出来たのに。
「…って、自分を守ること考えても仕方ないか」
どうせやらなきゃ世界が終わるのだろうし。
何にせよ、一人で来たのは正解だった。
悪者になるのは一人でいい。改めて決意を固くして、エクリプスとの距離を縮める。
エクリプスに夢中になっている人々の目は、全くロアの存在に気付かない。
後は隙を見て飛び込み扉を叩く。ごくりと唾を呑み込みながら、見上げたエクリプス。
その大きさと存在感に、不安は感じていられなかった。
『開錠!』
扉を押さえる鍵が一つずつガコンと音を立てながら外れていく。
どうやら、タイミングを計る時間もなかったようだ。
ロアは何も言わずに人々を押し退けると、扉の前まで飛び出した。
「な!?」
驚きに開かれる目。途端にざわつき始める一帯。
ロアは開かれようとした扉に両手を当て、破壊する為の魔力を込めた。
「っ…ぐ、ああああ!!」
思わず苦痛の声が漏れる。
エクリプスは近くの魔力を吸い取る。
当然それは今のロアにも襲い掛かり、魔力が根こそぎとられていく感覚に激痛が走る。
けれどロアはそれに負けない程の魔力をその手に込めた。
「く、っそ…!駄目か…っ」
大きな扉はびくともしない。それどころか魔力が切れてこちらが倒れるのが先だろう。
こうなるのではないかと予想はしていた。光の力では破壊出来ないと。
ゼレフの魔導書から生成されている扉だからこそ、これの破壊には同じかそれ以上のものが必要だと。
「使うぜ、お前の力…!」
体から魔力が削り取られていく痛みに顔を歪ませながらも、ロアは口元に笑みを浮かべた。
手に込めるのは、ゼレフとの修業の中でコントロールできるようになったその力。
邪悪な魔力を放ちながら扉に向かうロアのその目的は、誰の目から見ても、扉の破壊だった。
「ロア、どうして!?」
高い声が耳に届く。
ちらとその声に目を向けると、そこには両手をぎゅっと胸の前で握りしめたルーシィがいた。
無事だったのか、良かった。
「ロア…!」
「奴を止めろ!」
「姫離れて下さい!あれはゼレフです!」
ルーシィの声に重なり、騎士たちが動き出す。
けれど、ゼレフと同等の魔力が近付くことを許さない。
「ロア!この扉は…これから来るドラゴンを倒す為に必要なのよ!?」
「違う…!この扉は…、この、扉が…っ」
ぴしっと音を立てたのは扉か、それともロアの体か。
がくりとロアは膝を折り、辺りを包んでいた魔力が掻き消えた。
「よし、魔力が尽きたぞ!捕えろ!」
騎士たちがここぞとばかりにロアを囲い込む。
その瞬間、それまで動けずにいたルーシィがばっと手を伸ばした。
「待って!私の大事な仲間なの!ちゃんと事情を聞いて…」
「危険です!下がって!これはゼレフと同等だ!」
「…そんな…っ!違う!ロアは…!!」
薄れそうになる視界にとらえられた、心配そうにこちらを見るルーシィの姿。
ロアは地に落ちかけた手を、ルーシィの方へと伸ばした。
「ルーシィ、信じろ…。ドラゴン、は、この、扉から」
「え…?」
「開けちゃ、」
開けちゃ駄目だ。
きっとその意志は伝わっただろう。
ロアは仲間達に思いを託して、暗い視界を閉ざした。
・・・
鳥がさえずる、静かな森。
空間を区切られた場所は、静かに、守られていた。
「……やっぱり、駄目だったね」
その呟きは、誰の耳に入る事もなく空気の中に消える。
それでも優しく細められた目は、自分の膝に頭を乗せて目を閉じる青年を見下ろした。
押さえつけられた時の痕だろう、腕は赤くなって、服も至る所破れている。
「…世界を、救おうとしたのに…君を信じる者は、いない」
さわさわと風が通り抜け、木々が優しく揺れる。
黒髪の男は細い指を、その金の糸に伸ばし、優しく触れた。
「ゼレフ」
その目を閉じたままの青年と同じ声色が上から降り注ぐ。
ゼレフはすっと細めた目を一度閉じてから、顔を動かさずに口を開いた。
「…君がいることは、知っていたよ。ロア」
ロア、そう呼びながら呼びかけた男でない男の髪を撫でる。
こちらを向かない顔に、ロアと呼ばれた男は顔色変えずに一歩距離を縮めた。
「俺が、何をしにここまで来たか、分かるか」
「…ボクを、殺したい?」
同じような真っ黒の髪と瞳。
その手は、ゼレフの首に触れた。
「どうして、いなくなった」
そのまま首を片手で掴み、少しの力がこめられる。
それでもやはりゼレフは顔色変えずに、けれどようやくその目を黒い髪のロアへと向けた。
「お前がいなくなったら、俺は一人になる。そんなの、お前が一番分かってるはずだっただろ」
「…」
「どうして、俺を置いていったんだ。こんな力を俺に残して…」
首を掴む手が細かく震えている。
ゼレフは頬にかかった金の髪を指で優しく退かし、その整った顔を見下ろした。
「そう、ボクは、君を置いて行くんだね」
「…」
「すまない。けれど、今は駄目だ」
ロアを撫でる手とは反対の手で、首を掴む腕を掴み返す。
そのあまりに強い力に、その手はぱっと首から離れた。
形勢は逆転し、今度はゼレフの手が男の腕を掴んで放さない。
「っ!ゼレフ…っ、俺は、お前のせいで!」
「有難う。君のおかげで、ボクはボクの愛する君を救うことは出来る」
「何を…」
無表情だったゼレフの顔が、少し緩んで笑みをつくる。
するりと腕を辿り、その手はぎゅっとロアの手を握りしめた。
「未来は、変わるよ」
「…」
「後は、君次第だ」
少しだけ強い口調でそう告げたゼレフが、空を見上げて目を閉じる。
ぱっと手も放され、黒髪を揺らしたロアは後ずさった。
「…」
薄く口を開き、息が微かに漏れる。
「俺に…この世界を救えって、言いたいのか」
「あの扉を壊せるのは、君だけだ」
「……」
違うだろう。
あの扉を壊せるのは、ゼレフと自分、ここにいる二人だ。
ロアはチッと舌を打ち、きつく自分の手を握りしめた。
「厄介ごとを俺に押し付けたいだけじゃねえか!」
「…」
「お前は…何がしたいんだよ!この世界のことなんてどうでもいいくせに…っ」
扉を開くことに失敗した世界を歩んできたロアは知っていた。
この先、ゼレフはこの世界を裏切るのだ。
けれどそれすらも失敗する。結局残ったのはドラゴンに支配された世界に一人ぼっちの自分。
「お前に振り回された俺は…この世界を嫌いになった、こんな世界…一緒に壊れてしまえばいい…っ」
自分一人で生き残るくらいなら、死ねないまま、苦しむくらいなら。
「そう、だね。でも、君を愛しているから」
「うるさい。俺じゃなくてそっちの奴の事だろ」
「でも、君だ」
理不尽だ。
こんなことをする為に、ここに戻ってきたわけではないのに。
「…君だって、ナツのことがまだ好きだろう」
「……、お前が言うか、それを…」
ロアは俯いて、頭をぐしゃと掻き乱した。
心が揺れている。
名を呼んだあの声が、耳について離れない。
「…」
ロアは歩き出した。
一度失敗した、あの扉の元へ向かう為に。
ゴオッと風が吹きぬけ、ルーシィは咄嗟に自分の髪を押さえた。
姫の判断でエクリプスを発動した。
それは、これから襲い掛かってくると言う大量のドラゴンに対抗するための手段だった。
はずなのだ。
「本当に、ロアの言ってたことが本当だったなんて…!」
ルーシィは自分を責めるようにそう叫んだ。
ロアが扉を壊そうとしたところを目の前で見て、ロアの言葉も耳で聞いていたのに。この扉からドラゴンが来るのだと言っていたのに。
「ちゃんと…ロアの言葉を信じていれば…」
周りの雰囲気にのまれていたこともある。
ルーシィはその言葉を信じて動くことが出来なかった。
その結果ドラゴンはやってきた。扉の向こう、過去の世界から。
「で、そのロアは!?」
「わからない!もう、それどころじゃなくって…っ」
空を舞うドラゴンの大きな羽が生み出す風に、ルーシィが小さな悲鳴を上げてよろける。
それを掴み支えたナツは、見えないロアを探して辺りを見渡した。
たぶん、探したところで見えないだろう。恐らくロアは城の中だ。
「とりあえず、もうドラゴンは出てきてねぇんだよな?」
「う、うん。扉を閉じて何とか止めたけど…でももうかなりの数が…」
20体ものドラゴンが飛び出してきた辺りは、余りにも酷い惨劇に見舞われていた。
火柱が上がり建物が崩れ、地面には多くの人が倒れている。
「くそ…っ、ロアも助けに行かなきゃいけねえってのに…」
「もし城の中なら助けないと!もしドラゴンに崩されたらロアが…!」
ルーシィの言葉に、ナツはぐっと拳を握り込んだ。
どちらにせよ危険は変わらない。
こんな考える時間もない中、最善なんて見出せない。
「ロア…こうなることを知ってたんだな」
「え?」
「様子がおかしかったのは…きっと、そういうことだろ」
相談してくれたら。話してくれていたら。
そう思わずにはいられず、ナツは悔しさに声を震わせた。
けれど考えたって仕方がない。事が起こった今もう手遅れだ。
ナツはぶんっと首を横に振り、顔を上げた。
「くそ…っ、とにかく、今はドラゴンを倒してー…」
「待って、ナツ!あそこ!」
前に踏み出したナツの横で、ばっとルーシィが人差し指を横に向けた。
ナツは咄嗟にその先を目で追って、ルーシィが指しただろうその姿を視界に映す。
「あれは…」
真っ黒な髪が揺れている。
閉じた扉の前で、その男は立ち尽くしていた。
ばさばさと揺れるフード、露わになった顔は、やはり見紛うこと無く良く知った顔。
「おい、お前…!」
「ちょ、ちょっとナツ!?」
ぱっとルーシィの手を離し、ナツはその男に駆け寄っていた。
風に煽られながら、エクリプスの目の前に立つその人に手を伸ばす。
「……ナツ」
振り返ったその顔は、ロアそのもの。
けれど表情も体を包む魔力も全くの別人だった。
「ロア!んなとこで危険だろこっちに…」
「俺は、ナツと一緒に生きたかった」
「あ…?」
ナツの手を掴むことなく、ロアは一歩下がりながらそう言った。
扉を背にしてこちらに体を向ける。ロアよりもこの世界をよく知ったロア。
「ナツと一緒なら、何も怖くなかった、ドラゴンが攻めて来たって、何も」
「…、ロア…」
「ナツを、皆を、危険に晒すこの力が大嫌いだった…」
自分の手のひらを見つめ、静かに握りしめる。
そして顔を上げたロアは、にこりと笑って見せた。
あまりにも悲しそうに、眉を八の字に歪めて、口だけ弧を描いて。
「でもまさか、こんなところで、使うことになるとはな」
ロアは扉に手を向け、禍々しい魔力を放った。
途端にばらばらと細かな欠片が扉から落ちる。
ロアの魔力を浴びたエクリプスは、その神々しさを失い、黒くすすけたような姿に変わっていた。
「ナツ、お願い」
「な、なんだ?」
「扉を、思いっきり殴ってくれ」
ゆっくりと扉から手を離したロアは、震える手をもう片方の手で掴みながらナツを見つめた。
「殴れば、いいのか」
「早く。俺の力が、止まらなくなる前に」
ゼレフの力。既に浸食されたロアの魔力。
ナツはそれを感じ取り、ぐっと力強く握った拳を扉へと叩きつけた。
火竜の鉄拳、決してナツの持つ力の中でそれほど強くない単純な力。それだけで、エクリプスは今度こそがらがらと砕けた。
「扉が壊れた…!」
その言葉の通り、扉はその形を失い崩れ落ちていく。
未来の人間が、ドラゴンを呼ぶ為に使った扉。
「そうか、この時代で扉を壊せば、未来からあのローグは来れなくなる!」
「歴史が変わるのね!」
ルーシィもそれに気が付き歓喜の声を上げた。
これで、終わるのだ。ロアが恐れていた事態も全て。
「…こんなつもりじゃ…なかったのにな」
そんな喜びの中、ぽつりと重い声が落ちる。
そのままロアは崩れた扉に背中を預けて、ずるずると座り込んだ。
「ナツ…」
「ロア、お前…!」
「ナツ、聞いて」
未来のロアはここにいるはずのない存在になった。だからだろう、さらさらと少しずつ輪郭が薄れている。
ナツはその姿に驚き、けれど言葉を聞くべくロアの顔に自分の顔を近付けた。
「お前が探してる奴は…この街のはずれの森にいる」
「探してる奴…?」
「今はアイツが、守ってる」
探してる奴と守っている奴。
ナツは咄嗟にそれが誰を指している言葉が分からず、眉間のシワを深くした。
その様子に気付いたロアがふっと笑う。その綺麗な笑顔も、薄れて見えなくなっていく。
「俺に会っちまったアイツは…たぶん迷わずナツを選べない。そういう日が来る」
「それ…ロアのことか…!?」
ようやくロアの話が見えてきて、ナツは何故かロアの手をぎゅっと握りしめていた。
それに少し驚いたようで目を開き、それからすぐに悲しそうに目を細める。
ロアの瞳はナツを映して揺れていた。
「アイツへの情と一人になることの恐怖が、俺を迷わせる」
「アイツ、アイツってのは」
「でもナツ、信じて。ナツだけは…」
握り締めたナツの手に、ロアの手が重なった。
冷たい手。同時にロアの力だろう、ナツはびりっと痛みを感じていた。
「目が覚めた時、目の前にいるのは、誰だろうな」
誰もいないかもしれない。また、一人かもしれない。結局、何も変わらないかもしれない。
現実に帰るのが怖くて声が震える。
そのロアの体を、ナツがきつく抱き締めていた。
「ナツ…」
「大丈夫だ、ロア」
「…一人は、もう嫌だ。全部…終われば楽になる、そう思ってたのに」
肩に感じる熱さに、ナツは更にロアを腕に抱き込んだ。
ロアの体から溢れる魔力が、ナツの体にびりびりと流れてくる。
それでも放さず、ナツはぐっと歯を食いしばり、にっと笑った。
「ロアの傍なら、オレがいるに決まってんだろ」
「…そう、かな」
「信じろ。ぜってぇ、傍にいっから」
な。そう力づけるように言って、ロアの肩をぽんと叩く。
ロアはナツの耳元で微かに「うん」と絞り出すように漏らした。
その瞬間膨れ上がった魔力。呑み込まれるような力にナツが目を閉じる。
そして次に目を開いた時、その魔力諸共ロアの姿が見えなくなっていた。
・・・
短い時間だった。その短い時間の中に、様々な物語があった。
目の前で失われた命を見た者もいた。エクリプスの発動を命じた姫は、自分の愚かさを自覚しながらドラゴンと会話をした。
中には共闘してくれるドラゴンもいた。
ローグは未来の自分と顔を合わせ、ナツは未来のローグから避けられない変化の時期を聞く。
ローグは絶対に自分が見た未来のローグにならないと言い、未来から来たローグは避けられないと笑った。
それでも戦いは終わった。
扉が壊れたことで未来が代わり、エクリプスを通じて来たもの達が全て姿を消す。
数多く集まっていたドラゴンスレイヤーは誰一人として、ドラゴンを倒すことが出来なかった。
それでも終わったのだ。
「ん…」
ゆっくりと目を開き、重い体を起こす。
辺りを見渡し茫然として、手探りに近くの壁に寄り掛かり立ち上がれば、足元でさくっと音がした。
「ここ…は…」
どこだか咄嗟に判断がつかない。見たことがない景色。
背後には緑が生い茂っていて、前方は廃墟のような壊れた街並みが見える。
足元の軽い音は、空に向けて伸びる雑草を踏んだ音だったようだ。
「…どこだよ、ここ…」
一歩踏み出しズキリと痛んだ腕を押さえて、背中をこつんと壁に預ける。
記憶が曖昧だ。
痛みと景色からふと思い出すのは、ドラゴンの襲撃。
それなのに何か暖かさがあって、ロアは自分の頬に手を当てた。
「…?」
なんだろう、この感覚は。
ずっと抱き締められていたような。
「…もしかして、…」
ぱっと後ろを振り返って、見たことがない緑に目を向ける。
見たことないけれど見たことがあるような。
連想された黒髪に、ロアは息を吸い込んで胸に手を当てた。
どうして優しくするんだ。
未来の自分があんなに苦しんでいた、その原因を作った人のはずなのに。
「アンタは本当に俺を」
「ロア―!」
ぽつりと一人呟いた声に、遠くから呼びかける声が重なった。
声の方に顔を向けると、手をぶんぶんと振ってこちらに走ってくるナツの姿が見える。
その笑顔があまりに清々しく、幸福に満ちていて。
「…終わったのか…?」
まさか、そう思いながらナツの方に歩き出す。
ナツはそのまま腕を広げてロアの体に抱き着いていた。
ナツの勢いに押され、そのまま二人はそこに倒れ込んだ。
それでも尚ぎゅっとロアを抱き締めるナツの腕の力に顔をしかめる。
「…ナツ?」
「…」
「なあ、ナツ、痛いって…」
「馬鹿野郎!」
しかし、そこに飛び込んだ思わぬ罵声に、ロアは口を噤んだ。
「なんで、あんな無茶したんだ!」
「ナツ…」
「オレ達を巻き込みたくねぇとか考えてんなら、間違ってんだからな!」
腕による拘束を解いて、ナツが体を起こしてロアを見下ろす。
そのナツの瞳は微かに濡れて揺れていた。
「一緒だ!守りたい気持ちは、一緒だ!」
「…っ」
「もう絶対、一人で何とかしようなんて考えんじゃねぇぞ…!」
怒りと悲しみが混ざった叫び。
ロアは小さく息を吐き出してから、何度も首を縦に動かした。
声が出ない。声を出したら、一気に涙が溢れてしまう。
「無事で…良かった…」
噛み締めるようにナツが零す。
そうだ、こうなることは分かっていたはずだ。
ロアはナツの胸に手を当て、ぎゅっと拳を握り締めた。
「…でも、オレ…後悔はしてない」
「あ?」
「これが最善だと思って動いた。何より、結果オーライ、だし…」
もしかしたら他に何か道はあったのかもしれない。
それでも、ロアは真っ直ぐナツを見つめ返した。
「…ロア、結構頑固だよな」
「ふ、ナツ譲りのいいとこだろ?」
「良くねェ」
せっかく我慢していた涙が、今になって頬をつたう。
でも悲しさとか、悔しさじゃない。
「でも…そういうとこも好きだ」
目の前でナツが笑っている、それだけで今までの不安が吹き飛ぶ。
触れた唇の暖かさが運ぶ、歓びの涙だ。
「ナツ…っ」
「ん…?」
「有難う…」
こんな自分を迎えに来てくれて。
最後まで信じてくれて。
好きになってくれて。愛してくれて。
いろんな思いを込めた有難うにキスを乗せる。
カサついた唇は少しだけしょっぱくて、砂の味がした。
・・・
戦いが終わり、同じくして大魔闘演武も幕を閉じた。
ロアやナツが城に攻め込んでいる間に、グレイやエルザ達が大魔闘演武で最後の競技に挑んでいたらしい。
城で開催されている盛大なパーティ。
そこで大々的に発表された優勝ギルドの名前に、ロアは他人事のように良かったなあと呟いていた。
まさか、微塵にも思っていなかったのだ。
フェアリーテイルが優勝するなんて。
「…疲れ知らずもいいとこだな」
ぽつりとため息交じりに吐いたのは、壁際で腕を組んでいるロアだ。
パーティーでは皆華やかに着飾り、ギルド間の隔たりなく談笑している。
それまでの争いだとか、危機なんて感じさせないほど和やかだ。
「あ、いた、ロアさん!」
そんなしかめっ面のロアに、「一緒に飲みましょう!」なんて声を上げながら一人の男が近付いて来た。
その顔を確認するなり、ロアの眉間のしわが一層深くなる。
「お前…」
「ロアさん全然大魔闘演武出場しなかったじゃないですか!戦うの楽しみにしてのに!」
「セイバートゥースの…」
「スティングです!」
初めて顔を合わせた時に喧嘩を吹っかけてきた男。
全く良い印象のないスティングに対し怪訝な目を向けたロアだったが、スティングはというと満面の笑みでロアにグラスを渡した。
「何だよ、今更。喧嘩に付き合う気はねぇぞ」
「そんなんじゃないですよ!でも今度絶対手合せしてくださいね!どっちがホントの光の使い手か…」
「ああ、そんなこと言ってたっけ」
「え!?忘れてたんですか!?」
酷いですよ!なんて言うスティングからは、初めて会った時の印象を全く感じられない。
鋭い目つきで、口悪くて、自信満々に人を見下してきた男が、今は、ロアに敬慕の眼差しを向けてくる。
「しかもロアさん、ナツさんといい関係って聞きましたけど!」
「は…え?」
「ついでに、ナツさんにふさわしいのがどっちか勝負しましょう!」
「お、おい…お前、何があったんだよ」
スティングはロアの肩をがしっと掴み、そこそこイケメンなその容姿をキリッとさせている。
散々ナツの事を時代遅れだなんだ馬鹿にしてくれたくせ、一体どういう風の吹き回しだ。
「…」
腑に落ちなくて、じとっとした視線をスティングに送る。
その後ろから、黒髪の男が近付いてきた。
「…ロアさん」
「お前…ローグか」
スティングがロアの肩から手を離し、ローグを振り返り「お前もロアさんとお近づきになる気か?」と笑う。
しかし、ローグの表情は暗いままだ。
「未来のオレが…何かとアンタに迷惑かけたって」
「え?あ、いや迷惑っつか…お互い様…っつか」
「悪かった」
小さく頭を下げるローグに、いやいやと手を横に振る。
あのローグは明らかに今目の前にいるローグとは違う。
何かが起こる。それが人格を変えてしまう。それは、ロアも同じことだ。
「俺は、絶対にああならない。お前もそうだろ?」
俯いたローグの額に手を当て、顔を隠す前髪を捲り上げる。
覗いた黒い目はじっとロアを見つめ、それから優しく細められた。
「当たり前だ。あれを見た以上絶対に同じ道を歩まないと誓ったからな」
「ん。俺も。だからきっと大丈夫だよ」
ニッと笑い、そのままローグの頭をぐしゃと撫でる。
笑い合った二人に、スティングは不服そうに頬を膨らませた。
「なんでいつの間に仲良くなってんだよ…!」
「なってない。行くぞ、スティング」
「えっ、ちょっと、おい!ロアさんまたね!」
ぶんぶんと手を振りながらローグに連れて行かれるスティングに、不覚にも緩んだ口元を覆う。
つかなんでナツにも懐いちゃってんだよ、と掌の下でむっとした矢先、ぽんと肩に手を置かれた。
「よお、遅かったな、ロア」
「あ、グレイお疲れ様」
「おう、お前もな。たく、一番に声かけようと思ってたのに、まさかアイツ等に先越されっとはな」
眉を下げて笑ったグレイは正装に着替えていて、随分と男前だ。
ロアも城から提供された服に着替えたが、何となく窮屈でジャケットは脱いで高そうなシャツの袖は肘まで捲っている。
そんな自分と見比べ、ロアはグレイの胸をぽんと叩いた。
「さすが、格好良いじゃん」
「せっかくなんだし、ロアもドレス着りゃいいのに」
「なぁんでドレスだよ」
男なんだからそりゃないだろ。
と、そう笑えば、グレイは目を細めてロアに顔を近付けた。
「綺麗だな」
「……は?」
「いや、前から綺麗だけど、増々綺麗になったっつかさ」
低い声に囁かれ、不覚にもドキッとする。
グレイの手の甲が軽く頬に触れて、するっと肌を撫でた。
やめろよ、なんて言えない。グレイは眉を下げて、悲しそうに笑っていた。
「ナツのせいか?」
核心をつくような問い。
薄く口を開いて、けれど息だけを吐き出したロアに、グレイがもう一度笑った。
「大魔闘演武最終日…前日の夜か」
「えっ」
「その後から…ナツが変わったんだよ」
グレイの視線がロアから逸らされる。
ロアも思い出しかけた恥ずかしい夜を思い出して、きゅっと唇を噛んだ。
「それまではロアのことになっとイノシシみてぇに周り見えなくなんのにさ、あの朝は…すげぇ信じきってた」
「…ナツが」
「ロアのこと分かってるから心配すんなって、そう自慢げに見えたな」
そう見えただけ。
しかしそれは、幼いころからずっとライバルとしてナツの隣に、前に後ろに立っていたグレイだからこそ見抜いたことなのだろう。
「こんなこと言いたかねぇけど、アイツもちょっと、ちょっとな。格好良く見えたよ」
「さすがグレイだ」
「こっちは気付きたくなかったけどな」
がしがしと頭をかいて、それから改めて向き直る。
グレイの目は、今度は真っ直ぐロアをとらえた。
「けどやっぱ癪だろ。あんな単細胞にロアをやるなんて」
あんな単細胞。
ロアは思わずぷっと笑い、それからグレイの頬を同じように撫でた。
「でも、俺にはそんな単細胞のがお似合いだよ」
「は?」
「グレイは格好良いし、強いし、頼りになる。俺には、もったいない」
「そんな中途半端な優しさいらねんだよ、馬鹿」
グレイの手がロアの手をぱしと叩く。
ついでに頭も拳骨で殴られ、ロアは頭を抱えてグレイを上目に睨み付けた。
「おい乱暴…!」
「お前の気持ちは尊重すっけど、アイツは認めねぇ」
「は?なんだよそれ」
「気持ちの問題ってやつだな」
ニイッと歯を見せて笑ったグレイの、その心までは読み取れない。
けれど、グレイなりにロアの背中を押してくれるのだろう。
その優しさにじわと胸が熱くなる。込み上げる温かさに、ロアは思い切りグレイに抱き着いていた。
「はは…ほんと、グレイ優しいんだもんなあ…」
「分かってるよ。お前のこれも、ギルドの家族にしてるやつだって」
グレイは好きだ。けれど、ナツとは違う。ナツへの思いは誰とも違うものだから。
ロアはグレイの胸の中で、こくりと小さく頷いた。
「ごめん」と口を吐きそうになった言葉は呑み込んで。
「おいこらグレイ!勝手にロアに近付いてんじゃねえ!」
そんな空気を壊す耳を突くような声に、ロアはもそと顔を上げた。
確認するまでもなく桃色の髪が視界に入る。
「うっせぇなナツ、良く見ろ逆だ逆」
「逆だあ?」
「逆だろ。ロアが、オレに、抱き着いてんの分かんねぇのかオイ」
「ちょっと、恥ずかしいから二人とも静かにしてくれ…」
こんなところで自分を挟まれて喧嘩されてはたまったものじゃない。
ロアはグレイとも距離をとり、それから辺りを見渡した。
そういえばまた周りを気にせずグレイに抱き着いてしまった、なんて今更気が付いても遅い。
「…ロア様は…いつまでグレイ様をキープするつもりなのですか…」
「え?」
「いつまでもグレイ様の心を奪っていてズルいです!」
悔しそうに叫んだのは、ジュビアだった。
ジュビアはフェアリーテイルに入った時既にグレイへの好意を隠していなかった。
グレイの言葉を借りるつもりはないが、綺麗になったのはグレイへの思いの後押し合ってのことだろう。
「いやでも、キープってのはちょっと違…」
「そういえば、この大魔闘演武ではっきりさせるって話だったわよね?」
ずいっと今度はこの騒ぎを聞きつけたルーシィが顔を覗かせる。
ついでに後ろにはレビィやミラもくっ付いて、ロアの反応に期待しているのかニヤつきを隠せていない。
「役者も揃ったことだし、はっきりさせたらどう?」
「は、はっきりって」
「結局グレイとナツ、どっちの勝ち?」
女性の興味とは、なんと残酷なことだろう。
ロアはグレイとナツとを交互に見て、盛大にため息を吐き出した。