ナツ夢(2012.02~2016.05)
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共に海に修業に来たナツ達が、星霊界に行ったきり戻ってこなくなった。
どうやら彼等の意思とは関係なく、こちらの世界と星霊界との時間が違う為だったらしい。
こちらでは数日、しかし向こうではまだ数秒。
どうしたもんかとウロウロ歩き回っていたロアは、偶然…というよりは恐らくそうあるべくして、森に一人きりでいたゼレフと再会した。
一人でいることも、一人フェアリーテイルに帰ることも嫌で、更には自分の修業にはゼレフの力が不可欠だった。
そうしてゼレフと共に過ごすことを選んだロアは、日を追うに連れて、ゼレフと共にいる事に対して違和感を覚え無くなっていた。
毎日のように不可解な森を訪れ共に過ごし、たまには二人より添って睡眠もとる。
そんな日々を重ねて、その日もロアは当然ゼレフの隣にいた。
「ロア…もう、大丈夫そうだね」
ゼレフはぽつりとそう言うと、ロアの髪の毛に軽く触れた。
視界に入るのは真っ黒な髪の毛、だけではなくなっている。
「ああ、これなら十分。足手まといにならずに済むし…また認めてもらえる、かな」
ゼレフにその“セカンドオリジン”だとかいう調整をされ、結果自らの魔力だけでなくゼレフの力をも自分のものにした。
色々と試してみたわけではないが、出来心半分で手をかざせば目の前の草木が枯れたのだ。
そう体に力が馴染んだだけあって、ロアの見た目も変化していた。海面に映る自分の姿は、金の瞳と所々蘇った金の髪。
「あ…一応言っとくけど、お前の力を悪用するつもりはないからな?」
「分かっているよ…。君は、そんなことをする人じゃない」
「そこまで信用されてると何か、照れるけど」
「でも、僕からも言っておくよ。絶対に、その力を使っては駄目だ」
一度試して分かった、これはやはり人の扱う力ではないと。
分かったからこそ使うつもりはない。しかし思いの外強い口調で言うゼレフに、ロアは一瞬驚いて身を固くした。
「丁度5日後、大魔闘演武がある…。君は、参加しない方がいい」
「それは、どうして」
「君は知らないだろうけど…評議院は、世界は本格的に僕を…殺すつもりでいるんだ」
「え…!?」
「君にもその力があることを知れば…誰にどう狙われるか…」
ああ、だからか。ロアは妙に納得して辺りを見渡した。
木々、自然に囲まれた空間。ここはゼレフの結界の中だ。
ゼレフがここから出れないと言ったのは、ここを出れば存在を認知され狙われるからなのだ、と。
「それでなくとも…7年前、君と僕が接触した事実は、知られてしまっているのだろう…?」
「…少なくとも俺は、お前を悪だとは思ってないよ。本当に」
「…優しいね」
にこりと微笑むゼレフには、確かに人の心がある。
どうして彼は普通にいられないのだろう。じっとゼレフを見つめて目を細めるロアに、再びゼレフは嬉しそうに笑った。
「君とこうして過ごして…僕は確信したよ」
「え?」
「僕は…あれからの7年間、人間を見て来た…。唯一の心残りは君だけだった」
ぽつりぽつりと。また訳の分からないことを言い出すゼレフに、ロアはまたかと少し呆れて目を伏せた。
けれど、ロアの手をぎゅっと掴んだゼレフに、ほんの少しだけ違和感を覚えていた。
「きっと、君とは分かり合えない…けれど、僕は君と生きる未来なら、まだ」
「どうしたんだよ、急に…」
「いや、ただ、僕は君が愛しいだけなんだ」
一歩、足を進めたゼレフとの距離は余りにも近い。
ゼレフとの距離を保つために、一歩下がるという手段は、ロアの中にはなかった。
余りにも悲しくて、寂しい彼を、突き放そうとは思えなかったのだ。
「…なあ、ずっと気になってたんだけど」
「何だい?」
「どうしてお前は俺に…そんな、好意を見せられるんだ?もう、自分の力をコントロール出来るようになったのか?」
生命の尊さが、彼の力を狂わせたのではなかっただろうか。
彼と過ごしている間、何度か抱いた疑問だった。
彼は自分を大事に思ってくれている。愛しい存在であると、口に出して言ったこともある。
そして今も、ゼレフは愛しいモノに触れるように手を優しくロアの背へ回す。そしてゼレフは、ロアの耳元で小さく息を漏らした。
「…君は、特別だから…。僕は、君となら生きていける」
こんなに重い殺し文句は、未だ嘗てなかっただろう。
思わずゼレフの肩を掴んで剥がそうとした瞬間、狙い澄ましたかのように辺りの空気がざわついた。
目の前の景色が早送りされているかのように変わっていく。触れていたはずのゼレフの低い体温もなくなって。
気付けば、ロアの足は砂の上にあった。
・・・
ゼレフには、ナツ達が戻ってくることも分かったのだろう。
浜辺に戻ったロアの視界には、まさに今戻ってきたのだろう彼等が驚いた顔をして、そして絶望するかのように崩れ落ちている姿が見えた。
「ロア、あれから何日経ってんだ?」
「さあ、俺もちゃんと数えてたわけじゃねーからな…。まあ三ヶ月くらいなんだろ」
ロアの姿を見て、ナツが少し震えた口を開く。
自分でも驚くほど、この三ヶ月は不安なく過ごしていた。それを感じさせるロアの様子に、疑問もあるのだろう。
「三ヶ月…ロアを置いていったのか、オレ」
「何そんな顔してんだよ、大丈夫だったし気にすんなって」
「…ロアこそ、なんでそんな平気そうな顔…」
しゅんと眉を下げて、ナツがロアの手をぎゅっと掴む。
平気なはずないのに。でも平気だったのは、本当に修業をする必要があって必死だったこと、それと一人ではなかったことが原因だろう。
「ロア、お前一人じゃなかったんだろ」
はっきりと核心をついてきたのはグレイだった。
驚いて振り返るナツに、ロアも驚いてグレイの顔を見る。
「あんな状態で…ロアが一人で三ヶ月もいられるとは思えねぇ」
「はぁ、グレイは俺の何を知ってんだか」
「知ってるよ。お前は寂しがりやの怖がりだ」
いつも通り堂々とした態度を見せるグレイに、ロアがカチンときたのは、理不尽な状況だったことを改めて考えたからだ。
皆がそうしたかったわけでもなく、仕方なかったことも理解している。
けれど、納得はしていなかった。
「…それで?俺が誰かといたらなんだってんだよ」
「ロア、誰かと一緒にいたのか?」
「そうだよ、俺が一人でこんなところに居座り続けるわけねーだろ、三ヶ月も」
ナツの顔が、少し不服そうに歪む。
一人にしたのはナツやグレイの癖に、誰かといたのなると嫌だってのか。
ロアの手を掴んでいるナツの手に力がこもる。しかし、その手を弾く前に、ナツがロアの体を抱き締めていた。
「うわっ、何だよナツ」
「悪い…オレ達が楽しんでいる間に、ロアの時間が進んでたなんて、信じらんねぇ…」
「そりゃ、まあそうだろうな」
「ロア、本当に、何ともなかったんだな…?」
「平気、だよ。俺も驚くくらい、何も無かった。心配すんなって」
ぽんぽんとナツの背中を撫でる。
納得はしていないけど、ナツだってそれを分かっていたわけでなくて、今まさに納得出来ていない状況なのだろう。
今何かを責めることは出来ない。
「ナツー…さすがに恥ずかしいから、放せって」
「でも…ロアを元気にさせたのが、オレじゃねーのが悔しい…」
「はは、残念だったな」
そう思ってくれるなら、それだけで十分だ。
ぐいとナツの胸を押して体を離す。やはり納得いかんといった様子の顔が目の前にあって、ロアはもう一度笑ってしまった。
「ロア、私からもその、ごめん。謝らせて…」
「ルーシィのせいでもないって。ルーシィも知らなかったんだろ?」
「そうだけど…ていうか知ってたら星霊界なんて行ってないし…!」
それどころじゃないんだから!と叫んだルーシィに、一行は再びサッと青ざめた。
思い出すのはやる気満々で修業に来た、その目的としてあった大魔闘演武。
「…いや、まだ遅くない!5日間で地獄の特訓だ!!」
すぐさま声を上げるエルザをさすがとは思うと同時に無謀だろうとも思う。
ルーシィやレビィ、ジュビアも女性陣は既に諦めモードだ。
今回ばかりはナツでさえも少し諦めの色が顔に浮かんでいる。
そんな彼等を見て、どうしてやることも出来ない。
ロアも言葉無く俯いていると、ふいに一羽の鳥がエルザの頭に止まった。
「ん?なんだ?」
「おい、そいつ足に何か…メモがついてるぞ」
乱暴にもがしっと鳥を掴んで、その足にくくられていた紙を取る。
エルザと、その近くにいたグレイやルーシィがそれを覗き込み、書かれた文章を読む。
『フェアリーテイルへ。西の丘にある壊れた吊り橋まで来い』
それだけの短いメッセージ。差し出し人さえ書かれていない信用出来ない謎のメモ。
しかし、今まさに諦めかけていた彼等にとっては唯一の希望だった。
西の丘にある壊れた吊り橋。
それは既に人が使う為のものとしての機能を失っていた。
せっかく辿り着いたのに、誰か待ち人がいるわけでもない状況に、真っ先にロアがため息を吐いた。
「はぁ…こんなことしている暇があったら、修業してた方が良かったんじゃないか?」
「そういうな。まだ分からんだろう」
正当な事を言ったつもりだが、エルザに首を横に振られ、ロアの顔が明らかに曇る。
心配していっているのだ。現状の悪さはロアだって良く分かっているから。
「そうカリカリすんなよ」
「おい…どの口が言ってんだよグレイ。堂々と置いて行ったくせに」
「そ、れは…ってやっぱ気にしてんじゃねーか」
「……そりゃ少しはな」
そりゃ気にするなってのは無理だろう。
ロアはグレイの頭を軽くぺしんと叩いてから目の前の橋に視線を戻した。
「橋が渡れるようになってる」
ぽつりと、見たままを呟く。
ロアの発言に申し訳なさからか視線を落としていた全員、何が起こったのかは見ていなかったようだ。
「おお!よし渡るぞ!!ロアも!」
しかしアレコレと考える前にナツが前を行き始める。
名前を呼ばれただけなのに、棘が落ちるような感覚に、ロアはきゅっと唇を結んだ。
「何変顔してんだよ」
「してねーよ…っ」
「っ痛!」
さっきよりも強めにグレイの頭を殴ってから歩き出す。
ここまで来たのなら、躊躇っている場合ではない。誘われていることに気付きながら足を踏み出す。
前を行くのはエルザとナツとルーシィ。そしてすぐにグレイが続く。
その後ろをついて橋の上に足を置いたロアの腕を、レビィの小さな手が掴んだ。
「あの、さ…ロア、聞いても良いかな」
「ん?なんだよ」
「さっきの発言もあるし?本当に…寂しくなかったの?ほら、ナツと離れてて」
ちょいちょいとレビィの人差し指が向く先は、前方を意気揚々と進むナツの背中。
ドキッとしたのは一瞬。ロアの目はじとっとレビィを見据えた。
「お前な…立場分かっていってんのか、オイ」
「寂しかったでしょ?背中に抱き着いちゃいなよ」
「そういう状況じゃねーし、そういう気分でもねーから…!」
もし欲望だけに真っ直ぐ向かうなら、ナツの背中はあまりに愛しすぎて、触れたいし触れているだろう。
けれど、本当にもう大魔闘演武までわずかしか時間が残っていない。
それに、だ。
「…俺は、大魔闘演武には…」
たとえこの3ヶ月で強くなっていても、むやみに力を使う事が出来ない。
自分の手をぎゅっと握りしめて、強い視線でナツを見つめる。
3ヶ月、その差はあまりにも大きいのだ。彼等が遊んでいた時間、相当鍛錬を積むことが出来たのだから。
「おい、誰かいるぞ!」
橋を渡りきり森の中を歩きすすんだところ、突然ナツが叫んだ。
その声でナツの視線の先を見ると、確かに前方に三つの影が見える。
フードを深く被ったその三人の顔は把握できない。
「来てくれてありがとう。フェアリーテイル」
しかし、その声には聞き覚えがあった。
聞き覚え…どころではない。ロアは高鳴った胸を咄嗟に掌で押さえた。
「ジェラール…!」
顔を隠していたフードを脱いだ顔が目の前に晒される。
すぐさま名前を呼んだのはエルザだった。
「変わってないな、エルザ。もう…オレが脱獄した話は聞いているか?」
「…ああ」
「そんなつもりはなかったんだけどな…」
皆が茫然とする中、エルザだけは今の状況をはっきりと理解しているようだった。
嘗て、楽園の塔で対峙した男、ジェラール。彼はエルザの旧友であり、ナツやエルザをあの時殺しかけた男。
ロアは無意識に再会を喜びかけたジェラールから目を逸らし、隣に並ぶ女性に目を向けた。
「ジェラール、もそうだけど…お前はグリモアハートの女だろ」
フードを脱いだ二人の女性、それは記憶よりも大人びたグリモアハートの二人、ウルティアとメルディ。
ウルティアはロアも攻撃を受けたからよく覚えている。
思わず身構えると、それを抑えるようにグレイがロアの胸をとんと押した。
「落ち着け、ロア。もう敵じゃねえんだろ」
「ええ…。私が人生を狂わせてしまった人を救いたいと思っているの。例えば、ジェラール。彼の牢をやぶったのは私よ」
ロアが見ていないところ何かやり取りがあったのか。
グレイはウルティアを信用し、ルーシィはもう一人の女性、メルディを信用している。
そしてジェラールは、エルザを見つめて口を開いた。
「エルザ…すまない、記憶はもう、はっきりしているんだ」
「…!」
エルザとジェラールには、過去に深い関係があった。
楽園の塔での戦いのとき、彼の記憶は曖昧だった。
そしてその記憶はいつの間にか戻っているようだ。
「私達はギルドをつくったの。正規でも闇でもない、独立ギルド、クリムソルシエール」
「独立ギルド…?」
「この世の暗黒を全て払う為に結成した。二度とオレたちのような闇に取り付かれた魔導士を生まないように」
この7年の間で、彼、そして彼女達にも考える時間はたくさんあった。
その結論が今いう言葉であり、嘘偽りのない本心。
それは彼等の強い言葉や瞳からも分かる。けれど、ロアは呆れた様子でため息を吐いた。
「そんな挨拶の為に呼んだんじゃないだろうな。俺達には時間がないんだ」
「ええ、知っているわ。…ロア、貴方少し変わったわね」
ロアの態度にウルティアの目が怪訝に細められる。
しかし、彼女の視線はすぐにナツの方へ向いた。
「…あなたたちを呼んだ目的だけれど…。大魔闘演武に出場するんだってね」
「お、おう」
「私達は脱獄犯だし、会場に近付けないの。だから、頼みたいことがあるのよ」
そう言うウルティアに続いて、隣に立つジェラールもまた、首を縦に動かしてから言葉を繋げた。
「毎年、開催中に妙な魔力を感じるんだ。その正体をつきとめてほしい」
「え?でもフィオーレ中のギルドの魔力が集まるんだし、怪しい魔力なんて」
「いや、その魔力は邪悪で、ゼレフに似た何かなんだ」
すっとロアが息を吸ったのは、つい先程まで共にいた者の名が耳に入ったからだ。
ぴくりと動きそうになった手を握り締め、ちらとエルザを見る。
「なるほど、それなら請け合おう」
「い、いいのかエルザ」
「妙な魔力のもとにフィオーレ中のギルドが集まるとなると、私たちも不安だしな」
大丈夫、気付かれてはいない。
エルザの返答に納得した様子でいるナツ達に、ロアも同調するように小さく頷く。
受け入れてもらえた事が嬉しいのか、ウルティアも珍しく頬を緩めて笑った。
「報酬は前払いよ」
「え!!金か!飯か!?」
「私の進化した時のアークで…あ、でもその前に、ロア」
緩んだ表情はそのままに、ウルティアの目がロアを映した。
自分が態度悪くしていただけあり、面食らった様子でウルティアを見返したロアの髪を細い指が梳いた。
「な、何だよ。俺はお前を許してねーからな」
「そうね、別に許してなんて言わないわ。それより…貴方はその髪を何とかするべきよ」
「髪?汚いってことか?」
「そんなわけないでしょ。貴方の黒はゼレフの色だから」
怪訝そうに細められた目は、ゼレフへの憎しみのせいだろうか。
それを向けられたロアは一歩下がってから自らの髪を撫でた。
「…どうにか、出来るものならしてる。でもこれは…」
「分かってるわよ。ジェラール、お願いしても良いかしら」
「ああ、ついて来い」
「おい…何なんだよ…」
何を分かっているというのか、ウルティアはジェラールを促し、ジェラールは森の方へと歩き出す。
丈の長い装束はマントのように地面の近くでひらひらと揺れる。
そんなジェラールの歩く姿に、ロアは不満を顔に出しながらもその後を追った。
「あ、おいロア!」
「大丈夫よ、心配しなくても」
ナツの声と、それを抑えるウルティアの声。
ロアの耳には、その二つの声は既に聞こえていなかった。
目の前を歩く人が“ジェラール”だと分かっていても、ロアには拭いきれない思いがあった。
それを湧き上がらせないように、距離を置いて視線を逸らす。
けれど、ジェラールは足を止めて振り返った。
「ずっと、ウルティアは気にしていたんだ。君の事を」
「…え?」
「彼女の行動で、君とゼレフを接触させてしまっただろう」
ゆっくりと歩みを進めて距離を縮めると、再び前を向いたジェラールが先を歩き出す。
戦った時とは別人のように穏やかな顔と声。
それは、増々ロアの記憶に残る人と良く似て見えた。
「だから…今の君の金の瞳を見て、嬉しかったはずだ」
「そんな柄かよ」
「ああ、根は優しい人だ、ウルティアは」
少しこちらに顔を向けて、その微笑んだ優しい表情を見せる。
本当に、ジェラールはこんな人だったのか。
戦った時からかなり時間が経っているのは分かっているが、それでも追い付かない思考にロアの視線は彷徨った。
「それで、彼女は君の髪の色を再現する色素を持つ植物を育てていたんだ」
「植物…って、髪を染めろって言うのか」
「そうすべきだ。君のゼレフと接触したという事実は、君を苦しめる」
ジェラールの言っていることは恐らく事実となる。
仲間であるフェアリーテイルの皆でさえロアを軽蔑したのだから、当然だろう。
「…でも、じゃあここまでこの髪で生きてきた俺の…俺のプライドは、どうなるんだよ…」
親に妬まれても、この瞳と髪が証明する能力で襲われても、ずっとこの見た目を変えることなく生きてきた。
何だかんだで、この自分の生まれたままの姿に自信を持っていたのだ。
「たとえそれが、俺の元の姿に戻す色だとしても…それは俺自身の姿じゃない」
「…気持ちは分からなくもないが…苦しむのは君だけじゃないんだ」
「…」
「君の大事な仲間達にも、迷惑をかけるかもしれない」
考える暇もなかったロアと違って、彼等は長い間たくさんのことを考える余裕があった。
彼の言うこと、ウルティアが思ってくれたこと、きっと全て正しいのだろう。
「…なあ、ミストガ…、あ…!」
咄嗟に口走った名前に、ロアはぱっと口を塞いだ。
迷いがあったからか、目の前の人間への認識が一瞬ぶれたせいだ。ここまで何とかその戸惑いを隠せていたのに。
「ロア、野暮だろうと思って聞かずにいたが…君はミストガンを随分と慕っていたようだな」
「それは…そりゃ、そうだろ…師匠だし」
「君からそんな視線を向けられるとは思わなかった」
戸惑い、だけでなく気を遣って笑っているようにも見える表情。
初めて見るジェラールの顔に、恥ずかしくなるのはロアの方だった。
「わ…悪かったな、もう、会えないから…ちょっと変に意識した」
「まあ、そうだよな」
それだけでないのも分かっているのだろうに、妙にはっきりと頷かれて、ロアはジェラールから目を逸らした。
別に未だに未練があったわけでもないし、未だに引きずっていたわけでもない。
ただ、目の前に同じ顔の男がいるから思い出してしまっただけ。
「少し、胸を貸そうか」
「……え?」
そう弁解する間もなく、ジェラールはロアに近付くなり腕を回して抱き締めた。
軽く掌を頭に重ねるようにして、ジェラールの肩へと導かれる。
その瞬間、後ろでがさっと何か音が聞こえた。
「お、おい、お前っ、何してんだよ…!今誰か…」
「いいんだ、これで」
「は…?」
訳の分からないことを言いながら、ジェラールの表情がかたくなる。
しかしどこか悲しそうにも寂しそうにも見えて。ロアは視線を一周させてからハッと顔を上げた。
「もしかして、今いたのエルザか?」
「…」
「そ、駄目だろ!絶対変な誤解されたぞ!」
痴話喧嘩に巻き込まれた気分だ。
エルザから直接聞いたわけではないが、少なくともエルザが彼に対して特別な感情を抱いていることは想像がつく。
その特別が異性への愛なのか家族愛なのか、そんなことは知らないが、ロアはジェラールを押し返すなりバッと音のした方へ指を向けた。
「さっさと追いかけろ。あんたがエルザとちゃんと話したら、髪染めてやるよ」
「…おい」
「より戻せとかそういうことじゃなくてさ、ちゃんと一回話した方が良いだろってこと」
あまり根上の人間に説教じみた事はしたくないけれど、もう一度強く指を突き動かす。
ジェラールは呆れたようにため息を吐いてから、観念したように笑った。
「…君こそ、何か誤解しているようだが…。そうだな、逃げるのは良くないよな…」
「分かったならさっさと追いかけろよ。ここで待ってるからさ」
「全く…。君こそ、オレとミストガンを呼び間違えることのないように気持ちを整えていてくれ」
「も、もうしねーよ!」
ふっと笑ってジェラールがマントを翻す。
その後ろ姿からパッと目を逸らして、ロアも一息吐いた。
自分の髪に軽く指を添えて、ぎゅっと強く下に引く。
この髪を嫌いだと思ったことはある。けれど、失くしたいと思ったことは一度もなかった。
「染める…か…。考えたことなかったな…」
妙な寂しさに首を横に振る。
この状況を生み出したは自分だ。ならば、皆に迷惑をかけない最善を選ばなければ。
「…ゼレフ、俺はお前も守るからな」
ぽつりと誰にも聞こえない程小さな声で呟く。
絶対に巻き込んだりはしない。この力を人前で使う事も絶対にない。
自分に言い聞かせて、ロアはどこまでも青い空を仰いだ。
・・・
フィオーレ王国、首都クロッカス。
年に一度開催される大魔闘演武を目前に、街はフィオーレ中の魔導士や観客であふれかえっていた。
街の中央にはフィオーレ王の居城である華灯宮メルクリアス。西の山には大魔闘演武会場であるドラム・フラウ。
そして街中でうずくまっているのがフェアリーテイルの若い面々であった。
「お…おい、まだ調子悪ィぞ…。本当に大丈夫だったのか、あの魔法…」
グレイは自分の胸のあたりに拳を作り、息苦しそうに顔を歪めた。
その原因は、先日ウルティアの時のアークによる強化の魔法にあるらしい。
それが“セカンドオリジン”を無理矢理使えるようにするものだと聞いた時は驚いたものだ。
「ホントに大丈夫なのかよ、そんなで…」
「まったく、情けないぞお前達!」
「なんでエルザは平気なのよ…」
とはいえ同じ魔法を受けたはずのエルザは堂々と立っているあたり個人差があるのだろうか。
ロアは自分がゼレフにされた時の痛みを思い出しつつ、地面に這いつくばっているナツに手を伸ばした。
「ロア…」
「ほら、とりあえず立てって」
「うう…悪い…」
死んだような顔をしたまま立ち上がるナツの背中を支えると、ずっしりと体重がかかる。
思っている以上に体に負担がかかっているようだ。
しかし時間が待ってくれるはずもなく、マスターが数人のギルドメンバーを引き連れてやって来た。
「やっと来たか、お前達」
「マスター!」
「参加の手続きは済ませてきたぞ。フェアリーテイルの力、見せてくれるわい」
ずいぶんとやる気溢れるマスターに、ロアも思わず笑う。
まだ頼りないメンバーだが、案外大丈夫な気がしている。腕にもたれるナツの顔も少し引き締まっているし。
「お、あそこにいんのフェアリーテイルだって」
「ああ。万年最下位の弱小ギルドな、ぷ、ふふ…」
そう安心してロアの顔に笑顔が浮かんだ矢先。
遠巻きが二人、こちらを指さして笑っているのが見えた。
「誰だ今笑ったの!」
「よせ、ナツ!」
それまでの死んだような顔色はどこへやら、拳をつくりキッと顔に怒りを表すナツをエルザが抑える。
悔しそうに拳を震わせるナツの気持ちは分かるが、ここは我慢しなければならないところだ。
と、当然誰もが思うはずだったが、男二人の足元に鋭い光の刃が刺さっていた。
「ヒッ!」
「…おい、テメェら。俺の顔見てもっかい言ってみな?フェアリーテイルが何だって?」
すっすっと長い足でゆっくりと歩きながら男達に近付く。
更にもう一本がつんと地面に突き刺すと、尻もちをついた男達に対し、ふんっと鼻息を漏らした。
「言いたいことがあんなら正面からぶつかって来いってんだよ」
「な…」
「フェアリーテイルを舐めんな」
ぱっと手のひらをかざして見えない刃の数々を消す。
そしてくるりと振り返り茫然としたままの皆の元に戻ると、ロアの腕ががしっとナツとエルザに掴まれた。
「ど、どうしたんだロア!お前らしくもない!」
「何で急にキレたんだ!?あっ、やっぱまだ怒ってんのか!?オレ等が強くなんねーからか!?」
焦りからか早口になる二人の勢いに少しのけ反る。
後ろでは男二人が転びそうになりながら逃げる様が見られ、ロアはふはっと口を開いて笑った。
「悪い、すっげー腹立ったから、黙ってらんなかった」
「騒ぎにならなかったから良かったが…。全く、ナツのがうつったんじゃないか?」
手を放して、エルザが額に流れた冷や汗を拭う。
それを見守っていたマカロフも、安心したように微笑み口を開いた。
「安心したぞ、ロア」
「え?」
「どうじゃ?今からでも参加する気になってくれれば…」
マカロフの言葉に、ロアは苦く笑い返した。
どうやら彼等の意思とは関係なく、こちらの世界と星霊界との時間が違う為だったらしい。
こちらでは数日、しかし向こうではまだ数秒。
どうしたもんかとウロウロ歩き回っていたロアは、偶然…というよりは恐らくそうあるべくして、森に一人きりでいたゼレフと再会した。
一人でいることも、一人フェアリーテイルに帰ることも嫌で、更には自分の修業にはゼレフの力が不可欠だった。
そうしてゼレフと共に過ごすことを選んだロアは、日を追うに連れて、ゼレフと共にいる事に対して違和感を覚え無くなっていた。
毎日のように不可解な森を訪れ共に過ごし、たまには二人より添って睡眠もとる。
そんな日々を重ねて、その日もロアは当然ゼレフの隣にいた。
「ロア…もう、大丈夫そうだね」
ゼレフはぽつりとそう言うと、ロアの髪の毛に軽く触れた。
視界に入るのは真っ黒な髪の毛、だけではなくなっている。
「ああ、これなら十分。足手まといにならずに済むし…また認めてもらえる、かな」
ゼレフにその“セカンドオリジン”だとかいう調整をされ、結果自らの魔力だけでなくゼレフの力をも自分のものにした。
色々と試してみたわけではないが、出来心半分で手をかざせば目の前の草木が枯れたのだ。
そう体に力が馴染んだだけあって、ロアの見た目も変化していた。海面に映る自分の姿は、金の瞳と所々蘇った金の髪。
「あ…一応言っとくけど、お前の力を悪用するつもりはないからな?」
「分かっているよ…。君は、そんなことをする人じゃない」
「そこまで信用されてると何か、照れるけど」
「でも、僕からも言っておくよ。絶対に、その力を使っては駄目だ」
一度試して分かった、これはやはり人の扱う力ではないと。
分かったからこそ使うつもりはない。しかし思いの外強い口調で言うゼレフに、ロアは一瞬驚いて身を固くした。
「丁度5日後、大魔闘演武がある…。君は、参加しない方がいい」
「それは、どうして」
「君は知らないだろうけど…評議院は、世界は本格的に僕を…殺すつもりでいるんだ」
「え…!?」
「君にもその力があることを知れば…誰にどう狙われるか…」
ああ、だからか。ロアは妙に納得して辺りを見渡した。
木々、自然に囲まれた空間。ここはゼレフの結界の中だ。
ゼレフがここから出れないと言ったのは、ここを出れば存在を認知され狙われるからなのだ、と。
「それでなくとも…7年前、君と僕が接触した事実は、知られてしまっているのだろう…?」
「…少なくとも俺は、お前を悪だとは思ってないよ。本当に」
「…優しいね」
にこりと微笑むゼレフには、確かに人の心がある。
どうして彼は普通にいられないのだろう。じっとゼレフを見つめて目を細めるロアに、再びゼレフは嬉しそうに笑った。
「君とこうして過ごして…僕は確信したよ」
「え?」
「僕は…あれからの7年間、人間を見て来た…。唯一の心残りは君だけだった」
ぽつりぽつりと。また訳の分からないことを言い出すゼレフに、ロアはまたかと少し呆れて目を伏せた。
けれど、ロアの手をぎゅっと掴んだゼレフに、ほんの少しだけ違和感を覚えていた。
「きっと、君とは分かり合えない…けれど、僕は君と生きる未来なら、まだ」
「どうしたんだよ、急に…」
「いや、ただ、僕は君が愛しいだけなんだ」
一歩、足を進めたゼレフとの距離は余りにも近い。
ゼレフとの距離を保つために、一歩下がるという手段は、ロアの中にはなかった。
余りにも悲しくて、寂しい彼を、突き放そうとは思えなかったのだ。
「…なあ、ずっと気になってたんだけど」
「何だい?」
「どうしてお前は俺に…そんな、好意を見せられるんだ?もう、自分の力をコントロール出来るようになったのか?」
生命の尊さが、彼の力を狂わせたのではなかっただろうか。
彼と過ごしている間、何度か抱いた疑問だった。
彼は自分を大事に思ってくれている。愛しい存在であると、口に出して言ったこともある。
そして今も、ゼレフは愛しいモノに触れるように手を優しくロアの背へ回す。そしてゼレフは、ロアの耳元で小さく息を漏らした。
「…君は、特別だから…。僕は、君となら生きていける」
こんなに重い殺し文句は、未だ嘗てなかっただろう。
思わずゼレフの肩を掴んで剥がそうとした瞬間、狙い澄ましたかのように辺りの空気がざわついた。
目の前の景色が早送りされているかのように変わっていく。触れていたはずのゼレフの低い体温もなくなって。
気付けば、ロアの足は砂の上にあった。
・・・
ゼレフには、ナツ達が戻ってくることも分かったのだろう。
浜辺に戻ったロアの視界には、まさに今戻ってきたのだろう彼等が驚いた顔をして、そして絶望するかのように崩れ落ちている姿が見えた。
「ロア、あれから何日経ってんだ?」
「さあ、俺もちゃんと数えてたわけじゃねーからな…。まあ三ヶ月くらいなんだろ」
ロアの姿を見て、ナツが少し震えた口を開く。
自分でも驚くほど、この三ヶ月は不安なく過ごしていた。それを感じさせるロアの様子に、疑問もあるのだろう。
「三ヶ月…ロアを置いていったのか、オレ」
「何そんな顔してんだよ、大丈夫だったし気にすんなって」
「…ロアこそ、なんでそんな平気そうな顔…」
しゅんと眉を下げて、ナツがロアの手をぎゅっと掴む。
平気なはずないのに。でも平気だったのは、本当に修業をする必要があって必死だったこと、それと一人ではなかったことが原因だろう。
「ロア、お前一人じゃなかったんだろ」
はっきりと核心をついてきたのはグレイだった。
驚いて振り返るナツに、ロアも驚いてグレイの顔を見る。
「あんな状態で…ロアが一人で三ヶ月もいられるとは思えねぇ」
「はぁ、グレイは俺の何を知ってんだか」
「知ってるよ。お前は寂しがりやの怖がりだ」
いつも通り堂々とした態度を見せるグレイに、ロアがカチンときたのは、理不尽な状況だったことを改めて考えたからだ。
皆がそうしたかったわけでもなく、仕方なかったことも理解している。
けれど、納得はしていなかった。
「…それで?俺が誰かといたらなんだってんだよ」
「ロア、誰かと一緒にいたのか?」
「そうだよ、俺が一人でこんなところに居座り続けるわけねーだろ、三ヶ月も」
ナツの顔が、少し不服そうに歪む。
一人にしたのはナツやグレイの癖に、誰かといたのなると嫌だってのか。
ロアの手を掴んでいるナツの手に力がこもる。しかし、その手を弾く前に、ナツがロアの体を抱き締めていた。
「うわっ、何だよナツ」
「悪い…オレ達が楽しんでいる間に、ロアの時間が進んでたなんて、信じらんねぇ…」
「そりゃ、まあそうだろうな」
「ロア、本当に、何ともなかったんだな…?」
「平気、だよ。俺も驚くくらい、何も無かった。心配すんなって」
ぽんぽんとナツの背中を撫でる。
納得はしていないけど、ナツだってそれを分かっていたわけでなくて、今まさに納得出来ていない状況なのだろう。
今何かを責めることは出来ない。
「ナツー…さすがに恥ずかしいから、放せって」
「でも…ロアを元気にさせたのが、オレじゃねーのが悔しい…」
「はは、残念だったな」
そう思ってくれるなら、それだけで十分だ。
ぐいとナツの胸を押して体を離す。やはり納得いかんといった様子の顔が目の前にあって、ロアはもう一度笑ってしまった。
「ロア、私からもその、ごめん。謝らせて…」
「ルーシィのせいでもないって。ルーシィも知らなかったんだろ?」
「そうだけど…ていうか知ってたら星霊界なんて行ってないし…!」
それどころじゃないんだから!と叫んだルーシィに、一行は再びサッと青ざめた。
思い出すのはやる気満々で修業に来た、その目的としてあった大魔闘演武。
「…いや、まだ遅くない!5日間で地獄の特訓だ!!」
すぐさま声を上げるエルザをさすがとは思うと同時に無謀だろうとも思う。
ルーシィやレビィ、ジュビアも女性陣は既に諦めモードだ。
今回ばかりはナツでさえも少し諦めの色が顔に浮かんでいる。
そんな彼等を見て、どうしてやることも出来ない。
ロアも言葉無く俯いていると、ふいに一羽の鳥がエルザの頭に止まった。
「ん?なんだ?」
「おい、そいつ足に何か…メモがついてるぞ」
乱暴にもがしっと鳥を掴んで、その足にくくられていた紙を取る。
エルザと、その近くにいたグレイやルーシィがそれを覗き込み、書かれた文章を読む。
『フェアリーテイルへ。西の丘にある壊れた吊り橋まで来い』
それだけの短いメッセージ。差し出し人さえ書かれていない信用出来ない謎のメモ。
しかし、今まさに諦めかけていた彼等にとっては唯一の希望だった。
西の丘にある壊れた吊り橋。
それは既に人が使う為のものとしての機能を失っていた。
せっかく辿り着いたのに、誰か待ち人がいるわけでもない状況に、真っ先にロアがため息を吐いた。
「はぁ…こんなことしている暇があったら、修業してた方が良かったんじゃないか?」
「そういうな。まだ分からんだろう」
正当な事を言ったつもりだが、エルザに首を横に振られ、ロアの顔が明らかに曇る。
心配していっているのだ。現状の悪さはロアだって良く分かっているから。
「そうカリカリすんなよ」
「おい…どの口が言ってんだよグレイ。堂々と置いて行ったくせに」
「そ、れは…ってやっぱ気にしてんじゃねーか」
「……そりゃ少しはな」
そりゃ気にするなってのは無理だろう。
ロアはグレイの頭を軽くぺしんと叩いてから目の前の橋に視線を戻した。
「橋が渡れるようになってる」
ぽつりと、見たままを呟く。
ロアの発言に申し訳なさからか視線を落としていた全員、何が起こったのかは見ていなかったようだ。
「おお!よし渡るぞ!!ロアも!」
しかしアレコレと考える前にナツが前を行き始める。
名前を呼ばれただけなのに、棘が落ちるような感覚に、ロアはきゅっと唇を結んだ。
「何変顔してんだよ」
「してねーよ…っ」
「っ痛!」
さっきよりも強めにグレイの頭を殴ってから歩き出す。
ここまで来たのなら、躊躇っている場合ではない。誘われていることに気付きながら足を踏み出す。
前を行くのはエルザとナツとルーシィ。そしてすぐにグレイが続く。
その後ろをついて橋の上に足を置いたロアの腕を、レビィの小さな手が掴んだ。
「あの、さ…ロア、聞いても良いかな」
「ん?なんだよ」
「さっきの発言もあるし?本当に…寂しくなかったの?ほら、ナツと離れてて」
ちょいちょいとレビィの人差し指が向く先は、前方を意気揚々と進むナツの背中。
ドキッとしたのは一瞬。ロアの目はじとっとレビィを見据えた。
「お前な…立場分かっていってんのか、オイ」
「寂しかったでしょ?背中に抱き着いちゃいなよ」
「そういう状況じゃねーし、そういう気分でもねーから…!」
もし欲望だけに真っ直ぐ向かうなら、ナツの背中はあまりに愛しすぎて、触れたいし触れているだろう。
けれど、本当にもう大魔闘演武までわずかしか時間が残っていない。
それに、だ。
「…俺は、大魔闘演武には…」
たとえこの3ヶ月で強くなっていても、むやみに力を使う事が出来ない。
自分の手をぎゅっと握りしめて、強い視線でナツを見つめる。
3ヶ月、その差はあまりにも大きいのだ。彼等が遊んでいた時間、相当鍛錬を積むことが出来たのだから。
「おい、誰かいるぞ!」
橋を渡りきり森の中を歩きすすんだところ、突然ナツが叫んだ。
その声でナツの視線の先を見ると、確かに前方に三つの影が見える。
フードを深く被ったその三人の顔は把握できない。
「来てくれてありがとう。フェアリーテイル」
しかし、その声には聞き覚えがあった。
聞き覚え…どころではない。ロアは高鳴った胸を咄嗟に掌で押さえた。
「ジェラール…!」
顔を隠していたフードを脱いだ顔が目の前に晒される。
すぐさま名前を呼んだのはエルザだった。
「変わってないな、エルザ。もう…オレが脱獄した話は聞いているか?」
「…ああ」
「そんなつもりはなかったんだけどな…」
皆が茫然とする中、エルザだけは今の状況をはっきりと理解しているようだった。
嘗て、楽園の塔で対峙した男、ジェラール。彼はエルザの旧友であり、ナツやエルザをあの時殺しかけた男。
ロアは無意識に再会を喜びかけたジェラールから目を逸らし、隣に並ぶ女性に目を向けた。
「ジェラール、もそうだけど…お前はグリモアハートの女だろ」
フードを脱いだ二人の女性、それは記憶よりも大人びたグリモアハートの二人、ウルティアとメルディ。
ウルティアはロアも攻撃を受けたからよく覚えている。
思わず身構えると、それを抑えるようにグレイがロアの胸をとんと押した。
「落ち着け、ロア。もう敵じゃねえんだろ」
「ええ…。私が人生を狂わせてしまった人を救いたいと思っているの。例えば、ジェラール。彼の牢をやぶったのは私よ」
ロアが見ていないところ何かやり取りがあったのか。
グレイはウルティアを信用し、ルーシィはもう一人の女性、メルディを信用している。
そしてジェラールは、エルザを見つめて口を開いた。
「エルザ…すまない、記憶はもう、はっきりしているんだ」
「…!」
エルザとジェラールには、過去に深い関係があった。
楽園の塔での戦いのとき、彼の記憶は曖昧だった。
そしてその記憶はいつの間にか戻っているようだ。
「私達はギルドをつくったの。正規でも闇でもない、独立ギルド、クリムソルシエール」
「独立ギルド…?」
「この世の暗黒を全て払う為に結成した。二度とオレたちのような闇に取り付かれた魔導士を生まないように」
この7年の間で、彼、そして彼女達にも考える時間はたくさんあった。
その結論が今いう言葉であり、嘘偽りのない本心。
それは彼等の強い言葉や瞳からも分かる。けれど、ロアは呆れた様子でため息を吐いた。
「そんな挨拶の為に呼んだんじゃないだろうな。俺達には時間がないんだ」
「ええ、知っているわ。…ロア、貴方少し変わったわね」
ロアの態度にウルティアの目が怪訝に細められる。
しかし、彼女の視線はすぐにナツの方へ向いた。
「…あなたたちを呼んだ目的だけれど…。大魔闘演武に出場するんだってね」
「お、おう」
「私達は脱獄犯だし、会場に近付けないの。だから、頼みたいことがあるのよ」
そう言うウルティアに続いて、隣に立つジェラールもまた、首を縦に動かしてから言葉を繋げた。
「毎年、開催中に妙な魔力を感じるんだ。その正体をつきとめてほしい」
「え?でもフィオーレ中のギルドの魔力が集まるんだし、怪しい魔力なんて」
「いや、その魔力は邪悪で、ゼレフに似た何かなんだ」
すっとロアが息を吸ったのは、つい先程まで共にいた者の名が耳に入ったからだ。
ぴくりと動きそうになった手を握り締め、ちらとエルザを見る。
「なるほど、それなら請け合おう」
「い、いいのかエルザ」
「妙な魔力のもとにフィオーレ中のギルドが集まるとなると、私たちも不安だしな」
大丈夫、気付かれてはいない。
エルザの返答に納得した様子でいるナツ達に、ロアも同調するように小さく頷く。
受け入れてもらえた事が嬉しいのか、ウルティアも珍しく頬を緩めて笑った。
「報酬は前払いよ」
「え!!金か!飯か!?」
「私の進化した時のアークで…あ、でもその前に、ロア」
緩んだ表情はそのままに、ウルティアの目がロアを映した。
自分が態度悪くしていただけあり、面食らった様子でウルティアを見返したロアの髪を細い指が梳いた。
「な、何だよ。俺はお前を許してねーからな」
「そうね、別に許してなんて言わないわ。それより…貴方はその髪を何とかするべきよ」
「髪?汚いってことか?」
「そんなわけないでしょ。貴方の黒はゼレフの色だから」
怪訝そうに細められた目は、ゼレフへの憎しみのせいだろうか。
それを向けられたロアは一歩下がってから自らの髪を撫でた。
「…どうにか、出来るものならしてる。でもこれは…」
「分かってるわよ。ジェラール、お願いしても良いかしら」
「ああ、ついて来い」
「おい…何なんだよ…」
何を分かっているというのか、ウルティアはジェラールを促し、ジェラールは森の方へと歩き出す。
丈の長い装束はマントのように地面の近くでひらひらと揺れる。
そんなジェラールの歩く姿に、ロアは不満を顔に出しながらもその後を追った。
「あ、おいロア!」
「大丈夫よ、心配しなくても」
ナツの声と、それを抑えるウルティアの声。
ロアの耳には、その二つの声は既に聞こえていなかった。
目の前を歩く人が“ジェラール”だと分かっていても、ロアには拭いきれない思いがあった。
それを湧き上がらせないように、距離を置いて視線を逸らす。
けれど、ジェラールは足を止めて振り返った。
「ずっと、ウルティアは気にしていたんだ。君の事を」
「…え?」
「彼女の行動で、君とゼレフを接触させてしまっただろう」
ゆっくりと歩みを進めて距離を縮めると、再び前を向いたジェラールが先を歩き出す。
戦った時とは別人のように穏やかな顔と声。
それは、増々ロアの記憶に残る人と良く似て見えた。
「だから…今の君の金の瞳を見て、嬉しかったはずだ」
「そんな柄かよ」
「ああ、根は優しい人だ、ウルティアは」
少しこちらに顔を向けて、その微笑んだ優しい表情を見せる。
本当に、ジェラールはこんな人だったのか。
戦った時からかなり時間が経っているのは分かっているが、それでも追い付かない思考にロアの視線は彷徨った。
「それで、彼女は君の髪の色を再現する色素を持つ植物を育てていたんだ」
「植物…って、髪を染めろって言うのか」
「そうすべきだ。君のゼレフと接触したという事実は、君を苦しめる」
ジェラールの言っていることは恐らく事実となる。
仲間であるフェアリーテイルの皆でさえロアを軽蔑したのだから、当然だろう。
「…でも、じゃあここまでこの髪で生きてきた俺の…俺のプライドは、どうなるんだよ…」
親に妬まれても、この瞳と髪が証明する能力で襲われても、ずっとこの見た目を変えることなく生きてきた。
何だかんだで、この自分の生まれたままの姿に自信を持っていたのだ。
「たとえそれが、俺の元の姿に戻す色だとしても…それは俺自身の姿じゃない」
「…気持ちは分からなくもないが…苦しむのは君だけじゃないんだ」
「…」
「君の大事な仲間達にも、迷惑をかけるかもしれない」
考える暇もなかったロアと違って、彼等は長い間たくさんのことを考える余裕があった。
彼の言うこと、ウルティアが思ってくれたこと、きっと全て正しいのだろう。
「…なあ、ミストガ…、あ…!」
咄嗟に口走った名前に、ロアはぱっと口を塞いだ。
迷いがあったからか、目の前の人間への認識が一瞬ぶれたせいだ。ここまで何とかその戸惑いを隠せていたのに。
「ロア、野暮だろうと思って聞かずにいたが…君はミストガンを随分と慕っていたようだな」
「それは…そりゃ、そうだろ…師匠だし」
「君からそんな視線を向けられるとは思わなかった」
戸惑い、だけでなく気を遣って笑っているようにも見える表情。
初めて見るジェラールの顔に、恥ずかしくなるのはロアの方だった。
「わ…悪かったな、もう、会えないから…ちょっと変に意識した」
「まあ、そうだよな」
それだけでないのも分かっているのだろうに、妙にはっきりと頷かれて、ロアはジェラールから目を逸らした。
別に未だに未練があったわけでもないし、未だに引きずっていたわけでもない。
ただ、目の前に同じ顔の男がいるから思い出してしまっただけ。
「少し、胸を貸そうか」
「……え?」
そう弁解する間もなく、ジェラールはロアに近付くなり腕を回して抱き締めた。
軽く掌を頭に重ねるようにして、ジェラールの肩へと導かれる。
その瞬間、後ろでがさっと何か音が聞こえた。
「お、おい、お前っ、何してんだよ…!今誰か…」
「いいんだ、これで」
「は…?」
訳の分からないことを言いながら、ジェラールの表情がかたくなる。
しかしどこか悲しそうにも寂しそうにも見えて。ロアは視線を一周させてからハッと顔を上げた。
「もしかして、今いたのエルザか?」
「…」
「そ、駄目だろ!絶対変な誤解されたぞ!」
痴話喧嘩に巻き込まれた気分だ。
エルザから直接聞いたわけではないが、少なくともエルザが彼に対して特別な感情を抱いていることは想像がつく。
その特別が異性への愛なのか家族愛なのか、そんなことは知らないが、ロアはジェラールを押し返すなりバッと音のした方へ指を向けた。
「さっさと追いかけろ。あんたがエルザとちゃんと話したら、髪染めてやるよ」
「…おい」
「より戻せとかそういうことじゃなくてさ、ちゃんと一回話した方が良いだろってこと」
あまり根上の人間に説教じみた事はしたくないけれど、もう一度強く指を突き動かす。
ジェラールは呆れたようにため息を吐いてから、観念したように笑った。
「…君こそ、何か誤解しているようだが…。そうだな、逃げるのは良くないよな…」
「分かったならさっさと追いかけろよ。ここで待ってるからさ」
「全く…。君こそ、オレとミストガンを呼び間違えることのないように気持ちを整えていてくれ」
「も、もうしねーよ!」
ふっと笑ってジェラールがマントを翻す。
その後ろ姿からパッと目を逸らして、ロアも一息吐いた。
自分の髪に軽く指を添えて、ぎゅっと強く下に引く。
この髪を嫌いだと思ったことはある。けれど、失くしたいと思ったことは一度もなかった。
「染める…か…。考えたことなかったな…」
妙な寂しさに首を横に振る。
この状況を生み出したは自分だ。ならば、皆に迷惑をかけない最善を選ばなければ。
「…ゼレフ、俺はお前も守るからな」
ぽつりと誰にも聞こえない程小さな声で呟く。
絶対に巻き込んだりはしない。この力を人前で使う事も絶対にない。
自分に言い聞かせて、ロアはどこまでも青い空を仰いだ。
・・・
フィオーレ王国、首都クロッカス。
年に一度開催される大魔闘演武を目前に、街はフィオーレ中の魔導士や観客であふれかえっていた。
街の中央にはフィオーレ王の居城である華灯宮メルクリアス。西の山には大魔闘演武会場であるドラム・フラウ。
そして街中でうずくまっているのがフェアリーテイルの若い面々であった。
「お…おい、まだ調子悪ィぞ…。本当に大丈夫だったのか、あの魔法…」
グレイは自分の胸のあたりに拳を作り、息苦しそうに顔を歪めた。
その原因は、先日ウルティアの時のアークによる強化の魔法にあるらしい。
それが“セカンドオリジン”を無理矢理使えるようにするものだと聞いた時は驚いたものだ。
「ホントに大丈夫なのかよ、そんなで…」
「まったく、情けないぞお前達!」
「なんでエルザは平気なのよ…」
とはいえ同じ魔法を受けたはずのエルザは堂々と立っているあたり個人差があるのだろうか。
ロアは自分がゼレフにされた時の痛みを思い出しつつ、地面に這いつくばっているナツに手を伸ばした。
「ロア…」
「ほら、とりあえず立てって」
「うう…悪い…」
死んだような顔をしたまま立ち上がるナツの背中を支えると、ずっしりと体重がかかる。
思っている以上に体に負担がかかっているようだ。
しかし時間が待ってくれるはずもなく、マスターが数人のギルドメンバーを引き連れてやって来た。
「やっと来たか、お前達」
「マスター!」
「参加の手続きは済ませてきたぞ。フェアリーテイルの力、見せてくれるわい」
ずいぶんとやる気溢れるマスターに、ロアも思わず笑う。
まだ頼りないメンバーだが、案外大丈夫な気がしている。腕にもたれるナツの顔も少し引き締まっているし。
「お、あそこにいんのフェアリーテイルだって」
「ああ。万年最下位の弱小ギルドな、ぷ、ふふ…」
そう安心してロアの顔に笑顔が浮かんだ矢先。
遠巻きが二人、こちらを指さして笑っているのが見えた。
「誰だ今笑ったの!」
「よせ、ナツ!」
それまでの死んだような顔色はどこへやら、拳をつくりキッと顔に怒りを表すナツをエルザが抑える。
悔しそうに拳を震わせるナツの気持ちは分かるが、ここは我慢しなければならないところだ。
と、当然誰もが思うはずだったが、男二人の足元に鋭い光の刃が刺さっていた。
「ヒッ!」
「…おい、テメェら。俺の顔見てもっかい言ってみな?フェアリーテイルが何だって?」
すっすっと長い足でゆっくりと歩きながら男達に近付く。
更にもう一本がつんと地面に突き刺すと、尻もちをついた男達に対し、ふんっと鼻息を漏らした。
「言いたいことがあんなら正面からぶつかって来いってんだよ」
「な…」
「フェアリーテイルを舐めんな」
ぱっと手のひらをかざして見えない刃の数々を消す。
そしてくるりと振り返り茫然としたままの皆の元に戻ると、ロアの腕ががしっとナツとエルザに掴まれた。
「ど、どうしたんだロア!お前らしくもない!」
「何で急にキレたんだ!?あっ、やっぱまだ怒ってんのか!?オレ等が強くなんねーからか!?」
焦りからか早口になる二人の勢いに少しのけ反る。
後ろでは男二人が転びそうになりながら逃げる様が見られ、ロアはふはっと口を開いて笑った。
「悪い、すっげー腹立ったから、黙ってらんなかった」
「騒ぎにならなかったから良かったが…。全く、ナツのがうつったんじゃないか?」
手を放して、エルザが額に流れた冷や汗を拭う。
それを見守っていたマカロフも、安心したように微笑み口を開いた。
「安心したぞ、ロア」
「え?」
「どうじゃ?今からでも参加する気になってくれれば…」
マカロフの言葉に、ロアは苦く笑い返した。