ナツ夢(2012.02~2016.05)
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「グラン…ディーネ…?」
聞き慣れない言葉に、ロアは思わず復唱してウェンディを見つめた。
そのウェンディの目はポーリュシカから一切逸らされない。
「似てる…声も、雰囲気も…貴女は…グランディーネ?」
もう一度問いかけられ、それまで無表情だったポーリュシカが初めて苦く顔を崩した。
「グランディーネってウェンディを育てた天竜か!?」
「は、はい…でも、どうして…」
どうやらグランディーネというのは、ウェンディの親であるドラゴンの名前だったらしい。
しかしそれが分かったところで、謎は深まるばかりで、ロアはナツの耳に口を寄せた。
「な、なぁ…ドラゴンって、その名の通りドラゴンなんじゃないのか?俺はてっきりナツの言葉を信じてそういうもんだと…」
「いや、グランディーネだってドラゴンのはずだ。人間の姿をしてるなんて聞いたことねーぞ」
そう、見たことはないが、ナツの話を聞く限り“ドラゴン”はドラゴンなのだ。
その前提があるからか、全員が茫然とポーリュシカの姿を瞳に映す。
そんな状況に、ポーリュシカはようやく観念したかのように、ふうっと息を吐いてから静かに口を開いた。
「私は正真正銘、人間だよ」
「でも…っ」
「悪いけど竜の居場所も知らない。私と竜とは直接には何の関係ないんだ」
“直接には”。
そこに当然疑問を抱かないはずもなく、ウェンディは不思議そうに大きな目を丸くしてポーリュシカを見上げた。
「まあ…アンタ等には話してもいいかね。エドラスの存在は知っているんだろう?」
「は、はい」
「アースランドから見た言い方をすれば、私はエドラスのグランディーネ。何十年も前に、こっちの世界に迷い込んだんだ」
え!と声を上げたのは、その場にいた全員だった。
性格は真逆で、男は女で。そんな現実を目の当たりにしたからか、腑に落ちるようで、 でも信じられないという思いもある。
こちらのドラゴンが、エドラスでは人間。そんなこともあるなんて。
「とはいえ、一度だけ話したことがあってね。ウェンディ、君にこれを託されたよ」
「え、これって…」
そう言ってポーリュシカがウェンディに差し出したのは、分厚い魔法書だった。
二つの天空魔法。高難易度の、ウェンディにしか使えない魔法が記されている。
「会いに来たら渡して欲しいとさ」
「あ、ありがとうございます!ポーリュシカさん!…グランディーネ!」
強くなる為の薬なんてものはない。
けれど、ウェンディだけはここに来たことで強くなる“きっかけ”を手に入れることに成功したようだ。
「すごいな…こんな風に繋がるなんて」
ロアは大して意味も分かっていない癖にふっと笑って目を細めた。
初めて垣間見たドラゴンと人との繋がり。
「ナツも、こういう何気ないきっかけでイグニールと繋がることがあるかもな」
「おう、そーだな!」
ニカッと笑うナツに、ロアも笑い返す。
さっきまで落ち込んでいたとは思えないくらい心が穏やかだ。
「…と、そこのアンタは“光のロア”じゃないのかい」
突然ポーリュシカからの呼びかけとその呼び名に、ロアはびくりと体を揺らした。
「は、はい」
「だとするならば…厄介なことになっているようだね」
元々怒っているようにも見える凛々しい顔を、少し険しく歪ませてロアをじっと見つめる。
そんなポーリュシカの反応に、思わず自分の長い髪を掴んだのは無意識の行動だった。
「光を持つ者が漆黒の髪と瞳であるはずがない」
「はい…実はその、この体のことで…俺自身の光を取り戻す方法がないか、聞きたいと思っていたんです」
「ふむ…こっちに来な」
ちょいちょいと手招きをされて、多少戸惑いながら彼女の目の前まで近づく。
老いた女性、の割に綺麗な顔をしている。
やはり何か特別なのだろう、そう思いながら見ていると、ポーリュシカの手がロアの胸に重ねられた。
「…っ、」
「光の魔法は…失われちゃいないね」
「本当ですか…!」
ポーリュシカのはっきりとした言葉に、ようやく希望が見えた気がした。
「時間さえかければ、自然と戻ってくるさ。源である光はずっとアンタを照らしているんだからね」
しかし、すぐに続いた言葉に、ロアは再び不安に眉を寄せていた。
「時間…って、どれくらいの」
「さあ、どうだか。かなりの魔力のようだから…10年、20年にもなるかもしれん」
「そ、それじゃ駄目なんです!一刻も早く取り戻したいんです…!」
ばっと体を乗り出して、ポーリュシカの腕を掴む。
一瞬煩わしそうに顔をしかめながらも、ポーリュシカは呆れ気味に息を吐き出してロアの手を剥がした。
「取り戻すためには…体を侵す闇の魔力以上の光の魔力を得るしかないだろうな」
「そ、それって…どうしたら」
「さあな。その方法はアンタにしか分からんだろうよ」
希望は見えているのに、届きそうで届かないもどかしさで体が震えた。
魔法が使えない状況で、魔法の修業を行えということか。
「…、そんなこと…」
「出来ないのなら、アンタはそこまでの魔導士だったってことだ」
言い返せない。確かにその通りだ。
また押し潰されそうになる現実の圧力に、胸を押さえて俯く。
そのロアの右手をナツが、左手をグレイが掴んでいた。
「ばっちゃん、ロアを泣かせたら許さねーからな」
「ロアはフェアリーテイルのSランク魔導士だぜ、“そこまで”のわけねーだろ」
今のは、ポーリュシカへの威嚇なんかではなくて、ロアを元気づける為の言葉だ。
泣くな、お前なら大丈夫だ、と。
「…大丈夫、だよ。有難う、ナツ、グレイ…」
握られた手をぎゅっと握り返して強く頷く。
すると二人は安心したように微笑んで、一方ポーリュシカは面倒くさそうにため息を吐いた。
「それだけ光となる存在がいるなら、心配はないな」
「光となる存在、ですか…?」
「孤独は闇を生み出す。アンタなら大丈夫だと言っているんだよ」
細く、けれど思ったよりも大きな手がロアの髪を梳く。
黒髪の中に、一筋の光が見えたのは、たぶん気のせいだ。
でも、間違いなく通っている、それが分かって酷く安心している。
「…有難うございます、ポーリュシカさん」
「フン、礼を言われるようなことはしていないよ。さっさと帰りな」
くるりと後ろを向いて、やっぱり人間は嫌いだとでも言わんばかりの背中が扉の向こうに消えていく。
ロアはその背中に頭を下げて、胸に宿った決意を改めてかみしめていた。
絶対に、光を取り戻して見せる。
・・・
ギルドに戻って暫く。
ロアはどうしても無くならない視線から逃れる為に、隅の椅子に座ってじっと、掌を見つめていた。
「…はぁ…」
魔導士としての修業には、その魔力が必須だ。
魔力が使えない状態でその魔力を肥大化させるなんて、方法が全く浮かんでこない。
すると、いつからそこにいたのか、ナツがばんっとテーブルを叩いた。
「う、わ…っ、びっくりした…。どうしたの、ナツ」
目の前にある木のテーブルが壊れそうな勢いでカタカタと揺れる。
「…ナツ?」
もしかして、泣きそうになっているのがバレたのだろうか。
そう思い恐る恐る顔を覗き込むと、ナツはロアの肩をがしっと掴んで力強く言い放った。
「海!行くぞ!」
暖かな日差しの下、柔らかい砂の上に足を乗せる。
横を無邪気に通り過ぎたルーシィやエルザに、皆元気だなぁ…なんて他人事のように考えつつ。
「…強化合宿…じゃなかったっけ…」
ぽつりと疑問を漏らしたのは、先日のナツやルーシィの言葉を思い出してのことだった。
・・・
・・
『海!行くぞ!』
キッと何か強い意志を持って放たれた言葉に、ロアは暫くきょとんとしたままだった。
まさかの念願のデートか?なんて一瞬たりとも期待しなかったのは、ナツの後ろにルーシィが構えていたからだ。
『えっと…海?このタイミングで…なんで急に』
『自然の中で鍛えるの!皆で海合宿!!』
説明は自分が、と言わんばかりに前に出たルーシィは、ナツの態度とうってかわって緩んだ顔をしている。
なるほど海合宿…などと納得出来るはずもない。
『わざわざ海に行かなくても…』
『ロアも強制参加だからね!私達天狼島組は今かなりマズイ状態なんだから!』
だから海に行かなくても。
ともう一度繰り返そうとして、ナツにぐいと引っ張られたロアは椅子から立ち上った。
大きな瞳がじっとロアを見つめている。彼にはどう映るのか、黒い瞳の奥を、じっと。
『…、な、何…?』
『んな顔してても、何も変わんねーぞ。ロア』
『わ、分かってるよ』
『だから、息抜きついでにさ!』
そしてそれまでの表情を崩して、眩しい笑顔を見せる。
正直に言えば、そんな気分ではなかった。
けれど、ナツのその笑顔を目の前にして、首を横に振ることなど出来るはずがなかった。
・・
・・・
そんな経緯で今に至るわけだが、結局のところ皆完全に浮かれている。
水着に着替えて海に飛び込んで、傍から見れば海に遊びに来た観光客だ。
「ロア、なんて顔をしているんだ」
ふと、結わいた髪をなびかせ振り返ったエルザが言った。
自慢のスタイルをさらけ出す水着を目の前に、ロアの視線は無意識に泳ぐ。
「こういうのはメリハリが大事なんだ。遊び、食べ、眠る!」
「修業はどうしたんだよエルザ」
「それはその後だ!」
「…今日は一日たっぷり満喫するってことかよ」
「そうとも言うな」
いつになくはしゃぐエルザに、呆れ気味にはーっとため息を吐く。
海は嫌いじゃないし、むしろ好きだ。
なのに気分は高揚してこない。たとえ目の前に水着のエルザが居ようとも、ナツが居ようとも変わらないだろう。
「俺達、まずい状況なんじゃねーの」
「…ロア、ここには、お前を疑っている者は一人もいないからな」
ふと優しい声が耳を掠めた。
「え、何…?」
「難しい事を考える必要はない。ロアはロアだ」
「うん…」
「だから今は海だ!!」
それだけ言い、ばっと駆けだしたエルザの背中が遠くなる。
修業の話を綺麗に誤魔化された。そう気付いていながら、これ以上問う気は起きなかった。
「何だよ…俺なんかに気ィ遣いやがって…」
分かっていた、エルザが自分を疑ってなどいないこと。ギルドを思って言いたくもない言葉の刃をロアに向けていたこと。
その優しさに惹かれて、無意識にエルザの進んだ足跡を追う。
そのまま海に足が浸かると、そこで足を止めて空を仰いだ。
「はぁ…」
広くどこまでも続く青。
確かに、自分自身と向き合うには最適な場所かもしれない。
しかし、その青を見て、ロアが思うのは自分のことではなかった。
「…ゼレフ…お前、今どこにいるんだよ…」
ちゃぷんと波打つ海に足が沈む。
眩しい日差しに目を閉じて、脳裏に浮かぶのはゼレフの面影。
「今も一人…泣いてんのかな…」
綺麗な涙を決して忘れはしない。
けれど、7年経った今、ゼレフにとって自分はどういう存在となり得るのだろう。
「…」
会いたい。会ってちゃんと確認したい。
彼の意志、そして自分に出来ること。この力をどうにかする方法を知るために。
「…おい」
「…」
「ロア!!」
突然ぐいっと腕をひかれ、ロアの体ががくんと傾いた。
ロアを呼んだ声はナツのものだ。ということは、ロアの腕を掴む手もナツのものだろう。
けれどそれが分かったところでぼうっとしていたロアがナツの力に耐えられるはずもなく。
「うわっ!?」
勢いのままナツの胸に顔をぶつけ、更にそのまま二人倒れ込む。
驚き顔を上げると、砂浜を背景にナツがぶつけた頭を押さえていた。
「いてて…」
「おいナツ、急に腕引くなって危ねーなっ」
「悪ィ、でも、ちょっとこのままでいてぇ…」
ナツの筋肉質な腕がロアの背中に回される。
半分海に沈んだ体と、直接ナツとぶつかっている肌とで体温が上がるやら下がるやら。
ロアは行き場の無い手で砂を掴んだ。
「…ナツ…?ごめん、また、何か心配かけた…?」
「今のロア…どっか、行っちまいそうだった」
一瞬でもゼレフを思ったことがバレたのだろうか。
それ故の行動なのだとしたらさすがの野生の勘というか。少し嬉しさをも覚える。
ロアはナツの胸に頬を寄せ、一度避けた手をナツの体へ寄せた。
「どっかって…ナツのいない所には行かないよ…?」
「んなこと言ったって信用出来ねぇ」
「え…じゃあ…、信じられるまでこうしてて良いよ」
背中に触れていたナツの手がぴくりと揺れた。
どこかで期待していたのかもしれない。ナツの肌が、直接触れてくれることを。
「やっぱり…不安なんだと思う、俺。自分が自分じゃないような、そういうの…怖い」
「ロア…」
大丈夫なのだと自分に言い聞かせても、それでも不安は消えたりしない。
視界に入り込む黒。どこかで生きているゼレフ。
「ロアの魔力のことは、ロアがやるしかねーことだけど…不安なら、何度でも名前、呼んでやっから」
「え?はは…有難う」
「そんで、あの野郎はオレがぶん殴ってやっから」
ナツの言うあの野郎、とは恐らくゼレフのことだ。
そういう事をしてほしいわけではないのだけど。
ロアは小さく苦笑して、けれど暖かすぎる温もりに頬をすり寄せた。
「おいコラ、見過ごしてなんてやんねーぞ」
突然上から注がれたけだるそうな声と同時に、辺りの水がバシャッと跳ねた。
声の主を目で確認する前に、脇の下に入り込んだ手がロアを持ち上げる。
「うわっ!?」
「んなとこにいっと波に攫われるぞ」
あっという間にロアを立ち上がらせてナツを踏み付けたのは、勿論のことグレイだった。
「てめっ、グレイ!いい加減諦めろよ!オレとロアは…!」
「ったく、うっせーな」
腹にのっていたグレイの足からすり抜け、ナツもがばっと立ち上がる。
けれどグレイはひょうひょうとしたまま、ロアと顔を合わせた。
「な、ロア。一応聞くけど、オレのこと嫌いか?」
「え…?いや、嫌いじゃねーけど…」
「じゃあ、迷惑か?邪魔か?もう、近寄らない方が良いか?」
じっと見つめられて、目を逸らすことも出来なかった。
グレイは自分がこの質問に応えられない事を分かって聞いているのだろう。
小さく首を横に振ると、すぐさまニッと嬉しそうに口を吊り上げる。
「なら、問題ねーよな」
「今のは…ずるいよ、グレイ」
「ん?」
笑みを見せるグレイに対し、後ろでは殺気が燃え上がる。
優柔不断だと罵られても仕方がない。
たとえナツへの愛情とは違くても、彼への思いは決して小さくはないのだ。
「つーわけだ、ナツ。決めただろ、勝敗が付くまでは絶対諦めねーからな」
「~…!今すぐ勝負しろ!」
「嫌だ、お互い三ヶ月、有意義に使ってからにしようぜ」
その瞬間、グレイの手がロアの手を強く掴んだ。
ごめん、そう言われるのを分かっていて、けれど彼自身足掻きたいのだろう。
それに気付いてしまえば、尚更スッパリと切る事は出来なくて。
「まあほら…ナツ、そんな怒るなって」
「ロアまで…なんでオレが悪者扱いなんだよ…っ」
「今の状況じゃそうだろ、期間中抜け駆け禁止な」
悔しそうに拳を握るナツに心の中で謝罪する。
こういう部分で勘の働かないナツは、うがーっと唸ってからグレイへ向けて拳を振り上げた。
まあ、こうなるよな。
当然のように喧嘩を始めた二人を、原因が自分だと分かっていながらも、ロアは微笑ましく眺めていた。
強化合宿何て言いながら、遊んでばかりじゃないか。
そう思ったのも束の間、その日の午後になると各々行動を始め、楽しいビーチという雰囲気は一切無くなっていた。
ナツは砂浜を錘を付けた体で走り続けている。
他の皆もそれぞれの方法で修業を始めているようだ。
「んんん…ッ」
ロアはというと足を海につけたまま、普段出さないような擦れた唸り声を上げていた。
体の底に隠れてしまった自らの魔力を絞り出そうとしているのだが、その手段はやはり何も見えていない。
だからがむしゃらに方法なく、ひたすらに出来ることをやろうとして。
「…っ…!!あああもう!!」
どんなに力んでみても声を上げてみても、何も変わった様子は見られない。
その変化の見られない状況に、ロアはとうとうがくんとその場に崩れ落ちた。
「くそ…っ、やっぱりゼレフに会わないと、駄目なんじゃないか…?」
何もしていないのに息が切れて、膝は微かに震えている。
ひやりと冷たい海の水に、頭を冷やせと言われているような気分だ。
「…諦めて、ナツみたいに筋トレでもすっかな…」
冗談交じりに、でも冗談になっていない現状にため息を吐く。
そんな状況を知って知らずか、パシャッと近付いた音にロアは顔を上げた。
「行き詰っているようだな」
「…エルザ…」
腰に手を当てて、もう片方の手には大きな剣が握られている。
こちらに戻ってきてからも悠々としているように見えていたが、さすがに多少の焦りはあるのだろうか。
頬を伝い体を流れる汗には、エルザの激しい修業が垣間見える。
「お前は元々頭を使うようなタイプではないだろう」
「え…何だよそれ、馬鹿にしてる?」
「一度体を動かしてみたらどうだ」
そう言ってエルザが差し出したのは、手に持っていた剣。
暫く茫然とそれを見つめて、意図が分かるとロアはぶんぶんと首を大きく横に振った。
「む、無茶言うなよ!魔法使えない俺がエルザに敵うわけ…」
「無論、私も魔法は使わない。剣技も磨かないと衰えるぞ」
「う…、それもそうか…」
びしっと正論を返されて、おずおずと剣を受け取る。
慣れない重さに数回素振りをしてみて、いつもこの重さを持っているエルザに感心する。
勝てる気はしないけれど、剣先をエルザの方に向ければ、既に構えていたエルザの剣とぶつかって高い音が鳴った。
「言っておくが、手加減はしないぞ」
「分かってるよ。ていうか初めから期待してねーからそれ」
不敵に笑ったエルザに、若干早まったかなと後悔しつつ。
「ではいくぞ」という声を合図に、ロアはその日初めて死ぬ気で体を動かすこととなった。
・・・
「ちょ…っ、エルザ何考えてるのよ!!」
叫んだのはルーシィだった。
ルーシィが見上げた先にはぐったりしたロアを肩に抱いているエルザ。
「少し本気でやりすぎたらしい」
「な…何を…」
「いくら何でも倒れるとは思わなかった。ロアもまだまだだな」
そう言うエルザは多少申し訳なさそうに、目を閉じたままのロアを見る。
何もおかしい事などないような顏をしているが、「キャッ」と後ろで上がった高い声が正しい反応だろう。
「何でロア!?」
「ん?ああ、レビィもいたのか。いや手合せしたらロアが倒れてしまってな」
「あ、何だそういうこと…じゃないわよエルザ!!」
ゆっくりとしゃがんだエルザがロアを床に降ろす。
目の前にロアの体が晒され、ルーシィは咄嗟に目を覆って叫んだ。
「だからって女子風呂に連れてこないでよ!!!」
きょとんとするエルザに支えられるようにして座っているのは全裸のロア。
レビィは逆上せているわけではなく顔を赤く染め、岩陰から顔を出すジュビアも目をぱちくりとさせている。
「何故だ?」
「何故だ?じゃないわよ…!とりあえず、可哀相だからタオル巻いてあげてよもう!」
「ロアの体なんて、今更驚くものでもないだろう」
不思議そうにしながらも、ルーシィが差し出したタオルを受け取って、ロアの腰にかける。
それを見てようやく肩から力を抜いたルーシィはぱっと後ろを振り返った。
「レビィからも言ってやってよ」
「うーん、でもロアならいっか」
「はぁ!?良くないから!」
「ジュビアは…グレイ様が好む体を観察したい…」
「ちょっとアンタ達…!!」
このままではロアが可哀相だ。この際目が覚める前に男子風呂の方へ投げてあげれば。
そんなルーシィの気遣いは、果たされる前に崩れ落ちた。
「おい、ロア、そろそろ起きろ」
「何で起こすのよーー!!」
ロアの頬をぺちぺちと叩くエルザに、一瞬乗り出しかけた体を引込める。
もうなるようになれ、そんな気持ちで身構えるルーシィを待たずして、ロアの目が薄らと開いた。
「ん…?」
「ロア、大丈夫か?」
「い、てて…、えっと、どう、したんだっけ…」
まだぼうっとしているのか、ロアが覇気のない声を出す。
それから辺りを包む湯気の多さにきょとんとして、エルザの顔を見て、ロアは絶句した。
「…、……!?」
「かなり汗をかいてお互いべたべただったからな、湯に連れてきてやったぞ」
「ば…っ、お、まえな…!!」
言いたい事はたくさんあるはずなのに、状況が状況なだけに言葉の出ない口をぱくぱくとさせる。
そしてようやく湯気の向こうに顔だけ出しているルーシィとレビィを見つけ、ロアは顔を真っ赤にしたまま腰のタオルをぎゅっと手で押さえた。
「お前等見た、…見てたのかよ!止めろよ!!」
「いや、ちゃんといろいろ突っ込みはしたんだけど…」
「なんか、ロアならいいかなって思って」
「良くないだろ…!何がどういいんだよ…!!」
ルーシィ、レビィと二人して恥ずかしがる様子もなく。
ロアは仕方なく、エルザに視線を戻した。タオル一つ巻いていない体を見ないように、エルザの目だけを真っ直ぐ見る。
「エルザ、お前は嫁入り前の体を簡単に男に晒すな!」
「何を怒っているんだ。見慣れたものだろう」
「見慣れてねーよ!」
「水着と大して変わらんだろう」
「俺は真剣にお前の将来が心配だよ!」
どうしてこんなレベルの説教を全裸でしなければならないのか。
ロアは額を押さえて盛大にため息を吐き、一応隠すようにかけられていたタオルを腰に結んでから立ち上がった。
「どこに行くんだ」
「いや、ここ女湯なんだろ?男湯に移動するよ」
「わざわざ移動するのか?ここでいいだろう、背中を流してやる」
そのまま立ち去ろうといたロアの手をエルザが掴む。
傍から見るルーシィ達には全く分からないが、何故か強い力で引き止められ、ロアの頬に冷や汗が流れた。
「や…何考えてんだ?エルザ…」
「せっかくだろう。皆気にしてないし、構わんだろう」
「俺が気にしてんだって、おい、引っ張んな…!」
ぐいぐいと洗い場の方に引きずられて行く。
このままでは本当に女湯から逃れられなくなる。このまま流されたら、あの湯気の向こうにも連行される。
ロアはエルザに対抗しようと反対に力を入れた。
「いいから!放せって!」
「…そんなに嫌なのか…」
「え」
突然しゅんと落ち込んだエルザの手は、思いの外すぐに離れた。
支える力がなくなったロアの足が、濡れた地面につるりと滑る。
「うわっ」
「ロア!」
咄嗟に反応出来るはずもなく、そのまま目の前が星でいっぱいの夜空に変わる。
思わず目を閉じて身を固くすると、頭を庇うように回った腕と、柔らかい感触がロアに覆いかぶさった。
「平気か、ロア」
「平気…じゃない…」
「何!?頭打ったか、足を捻ったか!?」
頭の上からエルザの声がする。当然声が近い。
それどころか一瞬顔面にぶつかった余りにも柔らかい感触に、どうしてもスケベな想像が広がって、その申し訳なさに目が開けられない。
というより、目を開けてはいけない気がする。
「ちょっと!エルザ何してんのよ!!」
ルーシィの声もやけに高い。レビィと特にジュビアはどことなく嬉しそうな声を出しているし。
「それは許さねーぞエルザ!!」
ほらナツも変な声出して。
「…え、ナツ?」
驚いて顔を上げると、ばたーんと男湯との境に立っていたのだろう木の板が倒れ、そこにナツが立っているのが見えた。
その後ろに、ナツを止めようと伸ばしたもののどうしようも無かった手を顔の前にかざしたままの男連中が見える。
「おお、ナツ。お前も背中を流して欲しいのか?」
「絶対違うから!っていうかこっち覗いてたでしょアンタ達!」
「ロアがいるからって駄目だよう!」
「ジュビア…恥ずかしい…」
それぞれの反応を聞きつつ、やはり目の前に広がっていたエルザの体にロアは自分の顔を両手でおおった。
まさか自分が裸の女性に裸で押し倒される日がこようとは。
いくらなんでも、さすがに男として恥ずかしいやら喜ぶべきやら複雑で、エルザがナツに気を取られて立ち上がるまで、ロアはそのまま床に背中を預けていた。
海合宿二日目。
大魔闘演武までの“三ヶ月”という猶予を、ナツやルーシィ達はやはり余裕があるものと感じているらしい。
朝から海に出たは良いものの、あまり真剣になって修業をしようとは思っていないようだ。
きゃっきゃとはしゃぐ声は修業をしているのか遊んでいるだけなのか。
「あいつらなァ…ったく、人の気も知らねーで…」
昨夜の事件の後、ロアはとりあえずエルザだけでなくルーシィとついでにナツも拳を一発かましてやった。
「なんでオレまで」と喚くから、「女湯に入って来たからだ」と当然の理由を返したつもりだったが、完全に墓穴を掘った。
ナツが女湯を覗いていたという事実にショックを受けるのは自分の方だったなんて。
「…」
込み上げる苛立ちは視界に入る黒髪と、そして大胆にも見せつけられた女性陣の肌のせい。
ナツにはルーシィもいる、エルザもリサーナも。揃いも揃って美人で、距離は近いし噂だって立つ。
「くそ…集中出来ねぇ…!」
苛立ちから一人呟く口調も荒くなる。
それからバシャッと海水を蹴飛ばすと、後ろでルーシィが声を高くした。
「うわぁ!」
まさか自分の蹴った水が。驚いて振り返ると、こてんと尻餅をつくルーシィの姿が見えた。
丁度ルーシィのお尻の下の砂浜から顔だけ出しているのは、恐らくルーシィの星霊だろう。
「姫、7年ぶりですね」
「7年…?あ、そっか、私が7年間フェアリースフィアにいたから、あんた達も…」
「いえ、それは大した問題ではないのですが…星霊界が滅亡の危機なんです」
ルーシィが声を上げたのは星霊のせいだったらしい。
それが分かって視線を海の方へ戻そうとしたロアは、妙なその星霊の発言にぴたりと固まって耳をそばだてた。
みなさんどうか助けて下さい。そう続けて言ったメイド姿の星霊は、深々と頭を下げている。
「星霊界にて王がお待ちです。みなさんを連れてきて欲しいと」
「え!?ちょっと待ってよ、星霊界に人間は入れないはずじゃ」
「星霊の服を着用すれば問題ありません」
危機だの星霊界に来いだの。それがルーシィだけの話ではなくなってきていることに気付き、さすがにロアも彼等の方に近付いていった。
いくらなんでも、一人置いてけぼりはたまったものではない。いや、そもそもそんな話持ち出すなって感じだが。
「なあ、何の話?」
何となくナツには声をかけづらくてグレイの肩を叩く。
するとグレイは複雑そうに眉を寄せて振り返った。
「いや、正直オレもよく分かってねぇんだけど…。星霊界がやばいらしい」
「それってロキとかがいる世界ってことだよな」
「あー、そうなるな」
嘗てフェアリーテイルにいた仲間であるロキを何気なく思い出して、なら無視は出来ないかなと考える。
そしてそこにいる星霊に目を向けると、その星霊の目が一瞬細められた。
「貴方は、“光のロア”では?」
「え、…まあ、そうだけど」
「……なるほど」
大きな胸にミニスカートで、当然のように可憐な容姿をしている。
あ、なんかちょっとイラっとした。
そんなロアの苛立ちには気付いていないのだろう、ナツは拳を握り締めて口を開いた。
「つまり星霊界を助けてくれって話だろ?」
「はい、そうです」
「おし、任せとけ!友達の頼みなら断らねぇよ!」
肯定的なナツの反応にメイド服の星霊は表情を変えずに、けれど声色を変えた。
「では早速、行きましょう」
空気が変わるような声色で星霊が呟くと、足元が光り輝き始める。
良く見ると陣のようでロア達を囲んでいた。
不思議な感覚だ。眩しさとその感覚とで、ロアは咄嗟に目をきつく閉じていた。
きっと、次に目を開けた時にはその“星霊界”に連れて行かれているのだろう。
当然のようにそう思っていたのに。
再び目を開くと、ロアの目の前にはどこまでも広がる青が視界に映るだけだった。
・・・
どさどさと落とされた空間で、ナツは感動に目を輝かせていた。
初めて訪れた星霊界。キラキラと辺り一面星が瞬く夜空のような空間に、美しい結晶が散らばっている。
「スゲェ…」
感動の声が自然と漏れてしまう程だ。
昨日の夜からロアが少し不機嫌だったけれど、きっとこれで少しは晴れてくれるだろう。
「ね、ねぇ、危機って一体…」
いつの間にやら目の前にいた星霊界の王に、ルーシィが声を震わせながら問いかける。
そうだった、うっかり空間に呑まれて忘れていたが、今は星霊界の危機ってやつで。
「それがだな…」
大きな体は見上げないと顔まで確認できない。
そんな巨大な体から発せられる声もビリビリと体に響くような低音で、ルーシィもナツも、恐らく呼ばれた全員が身を固くした。
「ルーシィとその友の!時の呪縛からの帰還を祝して!宴じゃーっ!!」
しかし、ニカッと微笑んだ星霊界の王はそう言って大きく手を広げた。
辺りには、見た事あるやつもそうでない奴も、星霊がずらっと並んでいる。
「…え?じゃあ星霊界の危機って…」
「いやあ、騙してスマネエっス!ルーシィ様達の帰還を祝して私達なりに考えたのです」
「なんだ…そういうことだったの…」
たたっと駆け寄って来た別の星霊がおどけた様子で言うと、ようやくほっとした様子でルーシィは息を吐いた。
ということはつまり危機なんてのは嘘で、本当は宴を開くつもりで。
それを理解したナツも、ぱっと笑みをこぼした。
「ロア!」
初めての星霊界、いや普通の人間なら一生あっても来ることのない場所。
ここで星霊達と宴を楽しめるのだ。この感動を分かち合おうと、ロアの名を呼び振り返った。
「あれ?ロアは?」
しかし右にも左にも、ロアの姿がどこにも見当たらない。後ろにいたエルザを見て問うと、エルザもまたきょとんとして辺りを見渡した。
「そういえばいないな…あの時一緒にいたと思ったが」
「だよな…、まさか、途中で落ちたとか…!?」
あの瞬間確かにロアも近くにいた。
仕組みは分からないが、もし来る途中で陣から外れて落ちたなんてことがあれば。
訳も分からない不安に冷や汗が流れる。
すると、話を聞いていたのだろう、ナツ達を呼びに来た星霊バルゴが、来た時と同じようにぺこりと頭を下げた。
「すみません、ロア様はこちらにお連れすることが出来ませんでした」
淡々と普段と変わらない調子で言う。
その言葉に、ナツは大きく目を開いた。
「なんで」
「破壊の力を持っているようでしたので、招くわけにはいきませんでした」
「そんな…!」
「ゼレフの魔導書と同じような邪悪さを感じましたので」
確かにロアの黒髪はそれを未だ表している。
けれど、ロアは、ロア自身はその力を使うつもりなんて全くないのに。
「い、今から連れて来れねーのか!?」
「何?ロアどうかしたの?」
思わず周りを気にせず声を荒げると、いつの間に傍に来ていたのかロキ…今ではルーシィの星霊となった獅子宮のレオがナツの肩を叩いた。
「来てるなら、久しぶりに会いたかったのに」
「ロアは……ロア…」
「え?ちょ、ちょっと、泣いてんの?」
何をしたのか分からないけれど、またロアは怒っていた。
自分はまたロアの嫌がることをしてしまったのだ。
でも何をしたのか分からないから謝れなくて、昨日の夜からまともに話せていなくて。
「ロキ、お前はいいよな…呑気そうで」
「ナツ…面倒な男になったね」
「なんで好きなだけじゃ駄目なんだよ…」
「え!?何それ面白そうだね。話聞かせてよ」
女癖の悪かったロキに話すつもりはない。
肩に乗ったロキの手を弾いたナツは、目の前に広がる美しい景色をじっと見つめた。
「はあ…」
隣にいて欲しかった。
本当は大魔闘演武なんてどうでもいい、それくらい、今すぐに自分のものに。
「ナツ、今やらしい事考えてるね」
「うるせぇ」
ニヤニヤとナツの顔を覗き込むロキの頬を手のひらで押しのける。
それでも、ロアの心の揺らぎも自分の情けなさも、それからグレイの思いの強さだって理解しているから。
「負けなきゃいいんだ、グレイにも、誰にも」
「ふーん、やっと進展しそうなんだね。まあ、今は食事を楽しみなよ」
「…そうだな、せっかく用意してもらったんだし、置いて来ちまったロアの分も楽しむか!」
隣にいて欲しかったけれど、せめてたくさん思い出話をしよう。
きっとロアならたくさん話を聞いてくれる。
ナツは置いて来てしまったロアへの罪悪感も残しながら、目の前に広がる美味しそうな肉に手を伸ばした。
「…ねぇナツ、ロアって近くにいたのに置いてきちゃったの?」
「オレが置いて来たんじゃねーからな」
「いや、ううん…まあ、今更かな」
「何だよ」
「…いや、なんでもないよ」
妙に言葉を濁すロキに違和感を覚えながらも、それ以上追及することもなく。
歓迎してくれた星霊達にお礼を言って、ナツもルーシィも居合わせた全員がこの場の空気を堪能していた。
さくさくと歩きにくい砂浜をもう歩き続けてどれくらいになるだろうか。
持て余す時間にどうすることも出来ず、ただ何も考えずに歩いた。
もしかしたら、まだ30分も経っていないかもしれないし、もう3時間以上経っているのかもしれない。
「…有り得ねーだろ、まじで…」
一人きりだというのに、そう言わずにはいられなかった。
メイド服の星霊によって星霊界に皆が連れて行かれた。どういう理由かロアだけが弾かれて置いて行かれた、そこは妥協してもいい。
けれど、もう5日経っている。
「そんなに楽しいのかね、星霊界ってのは!」
やけになって声を大きくしても、周りには誰もいない。
もしかしたら向こうが楽しすぎてこちらを忘れてしまうんじゃないかとか、とり込まれてしまうんじゃないかとか、一日二日目は考えもした。
でもここまで来ると不安を通り越して更なる苛立ちに落ち着かなくなっていた。
「信じらんねーよ…本当は俺のことなんかどうでも良いんだろあいつ等!」
さくさくと歩き難かった足元が、覆い茂った緑に変わったのはその瞬間だった。
いつの間にやら辺りの景色が海から森に変わっている。
何か一線踏み込んだ瞬間に全ての景色が一変した。
「…なんだ、これ」
もしかして、頭がおかしくなっていたのは自分の方だったのか、と足を止めて考える。
どこかに飛ばされていたのは自分の方だったのか、と。
自然に包まれた空間は、明らかに先程まで歩いていた浜辺とは違う。
「…7年ぶり、だね」
しかしその声の主が誰だったか理解した途端、なるほどとロアは無意識に納得していた。
木々に覆われたその先に、見覚えのあるシルエットが見える。
ロアは足早にその影に近付くと、腰に手を当てて眉を下げながら笑った。
「ゼレフ、お前が俺を呼んだのか?」
「ずっと君が一人になるのを待ってた。でも…君が来てくれたんだ、僕のところに。僕はここから出れないから」
嬉しそうに口に弧を描く。
少し表情が穏やかになっただろうか。けれど7年なんて月日の変化を感じさせない程、ゼレフは最後に会った時からの変化がない。
「そっか、ゼレフからすれば7年ぶりだもんな…ずっとこんなとこにいたのか?」
「この世界に…僕の居場所はないから」
「…そんな悲しいこと、言うなよ」
ロアは静かにゼレフの隣に腰掛けた。
あまりに静かで穏やかな空気に、さっきまでの苛立ちは既に無くなっていた。
むしろゼレフに会えた歓びの方が大きくて。
「なあ、せっかくだから聞いときたいことがあるんだけど」
「…?」
「俺の魔法、どうにか使えるようになんねぇかな。結構本気で困ってるんだけど…」
きょとんとしているゼレフに、お前のせいだからなと言って自分の髪に触れる。
ゼレフはロアの身に宿した自らの魔法を思い出したのか、ああと目を丸くして呟いた。
「それなら…たぶん、今なら」
「え?」
「7年間…君の時は止まっていたけど、君の中の魔力は君に馴染んだはずだから」
にこりと穏やかな表情で笑う。
そんなゼレフに少し驚きながら、ロアは理解出来ない言葉に眉間のシワを深くした。
「君自身の力と、僕の…回路を別にすればいい」
「えーと…もうちょっと分かりやすく説明してくんないかな」
「僕の力を、君にとってのセカンドオリジンにする」
もっと分からない。
今度はロアがきょとんとしながら、立ち上がるゼレフを見上げた。
「触れてもいいかい?」
「ふ、れ…って、どこに…」
ゼレフの手のひらが頬に触れて、思わずびくりと震える。
そして胸の前にかざされた手はロアの内側に触れてきた。
いや、触れてはいない。ただ奥に入ってくるような感覚がロアの中に走ったのは確かだった。
「いっ…!?」
「君にとって、どちらも君の力だ。ただ…まだ君の身体が力に追いついていないだけ」
「ちょっ…ま、ッ、う…」
思わずロアのがゼレフの腕を掴んだのは、その全身を硬直させる程の痛み故だった。
何が起きているのか分からないが、痛みに頭がおかしくなりそうで。
「ま、待てって!!」
無理矢理動かした体でゼレフの体にぶつかり、阻止すると同時に倒れ込む。
驚いた顔してロアに倒されたゼレフの体の上で、ロアはまだ痛む胸をぎゅっと手で押さえた。
「ロア…?」
「痛ぇ…って、しん、じらんね…」
「でも、これが一番手っ取り早く済む」
「無理死ぬ…」
痛さの名残だけでもまだ体が動かせない。
ロアは何とか横に転がってゼレフの上から退くと、そのまま仰向けになって目を閉じた。
「なら…少しずつ触らせてくれればいい。彼等が帰ってくるまでの期間…ここに来てくれれば」
「え、何、ゼレフお前…ナツ達が星霊界に行ってることも知ってんの?」
「星霊界の時間はこちらと違う。きっと後2ヶ月は帰って来ないよ」
「……は?」
痛みも忘れて体を起き上らせたのは反射だった。
「…そんなこと、聞いてない」
「でも、そうだと僕は知っているよ」
「……そ、っか…つかなんだよそれ…」
呆れて言葉も出ない。
ロアは暫く額を押さえて、それからゆっくりとゼレフの顔を視界に映した。
何とも思っていない、というか何を考えているか分からない顔。
けれど、一人でなくて良かったと思う自分がいる。今、彼等がいないフェアリーテイルに一人で帰る度胸はないから。
「じゃあ、さ、皆が帰ってくるまで、ここに来るよ」
「そうしてくれるなら、僕も嬉しい。あの日手に入らなかった…僕の未来だ」
「…?」
偶に変な事を言うよな、こいつ。
ロアは横目でゼレフを見てから、ふっと笑った。
どうせなら皆が帰ってくるまでの間に力を取り戻して、それで驚かせてやる。
ぎゅっと握られた手を気にすることなく、嬉しそうにするゼレフにつられて、ロアも自然と笑みをこぼしていた。
・・・
星霊界での時間は余りにも楽しいものだった。
美味しい食べ物やきらびやかな服、それに魔導書まで、人間界ではなかなか手に入らないものがたくさんあって。
存分に楽しんだ彼等に告げられたのは「人間界と星霊界との時の流れは違う」という事実。
なるほど、こっちでの一年は人間界の一日的な、夢のような場所なのか、という感動は一瞬のこと。
元いた浜辺へと足をついた彼等は、次に聞かされた言葉に愕然とした。
『いいえ、星霊界での1日が人間界での3ヶ月です』
つまりどういう状況なのか、考えるようも前に叫んだのはルーシィだった。
「ちょっと…先に言いなさいよそれええ!!」
絶望に膝から地面に落ちる。
それに続いてエルザとグレイも地面に倒れ込んだ。
「終わった…」
「おい…大魔闘演武までじゃあ…あと何日残ってんだよ…」
つい最近も味わったばかりの状況だ。
知らない間に時間が過ぎていく。
ナツは暫く茫然と辺りを見渡して、はっと目を大きく開いた。
「ロアは!?置いて行っちまったロアはどこに…!!」
「ここだよ。帰って来たんだな」
ナツの叫びに対し、軽い調子の返事があった。
その声があった方に皆が振り返る。
その声の主を視界に映した者は皆、更なる驚きに目を丸くした。
「え…ロア!?」
やはり最初に声を上げたのはルーシィ。
それから咄嗟に駆け寄ったナツは、そのロアの顔にかかる髪に触れた。
「ロア、…だよな?」
「皆がおっせーから、俺だけ先に修業終えたっつのバーカ」
本当に3ヶ月経ったのかを疑うほど、何とも無い顔をして現れたロア。
けれどその瞳は金に、けれど髪は歪に金と黒が混ざった姿に変わっていた。