ナツ夢(2012.02~2016.05)
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マグノリアにある、魔導士ギルド、フェアリーテイル。
嘗ては実力派であるギルドとして名を馳せていたが、今、弱小ギルドとして隅に追いやられていた。
7年前、天狼島へと行ったきり帰ってこなかった主要メンバー。
残ったメンバーでは支えているのがやっと、いつの間にか借金を抱えたボロの酒場で、大して入って来ない仕事を待つことしか出来なくなっていた。
「あれ以来…何もかも変わっちまったよな…」
ぽつりと一人が呟く。
仕事が入らずお金はたまらない。借金をとりにくるギルドは格上で逆らう事も出来ない。
「評議員の話が本当なら、アクノロギアってのに島ごと消されたんだ」
「あいつらがいなくなってからギルドは弱小化する一方…」
「でもマカオ、お前はよくやってるよ。マスター」
弱音が重なる中、俯いたマカオが涙を拭う。
残ったメンバーで何とかやって行く為に、マスターとなったマカオ。
けれど、やはりどうにもならない。
「たたむ時が来たのかもな…」
「そんなこと…!」
今日も借金とりが来る。
そうしたら今度こそ終わりかもしれない。ギルドごと潰されてしまうかもしれない。
そんなマカオの不安など気にする事なくドアを叩く音がギルドに響く。
とんとん、とんとんと止む事の無いノックに耳を塞ぎかけて。
「…マカオ、変だ。なんで蹴破らない…?」
いつもなら蹴破って入ってくるのに。
メンバーの一言に、マカオははっとして顔を上げた。
「おい、ここが本当にフェアリーテイルなのか?」
外から聞こえて来た声は、いつか最後に聞いたきり聞けなくなったはずの声。
まさか、本当にそんなことが。
マカオはばっと立ち上がると、ゆっくりと開かれる扉に目を凝らした。
「なんじゃ、この小さいギルドは…」
「まあいいんじゃない?」
口々に言いながら入って来たのは、懐かしい声と姿を引き連れている。
7年前、帰って来なかったメンバー。嘗てフェアリーテイルを引っ張ってくれた、心強い仲間たち。
「お…おお…お前等…!」
「ただいま!」
暗かったギルドの中に光が入り込む。
思わずぼろぼろと涙を流しながら一歩進んだマカオに、もう見ることが出来ないと思っていた笑顔が飛び込んできた。
「お、まえら…っ、昔の姿のまんまじゃねぇか…!」
「お前マカオか!年取ったなー」
「当たり前だろ、あれからもう7年だぞ…!」
その事実に驚いているのは、この7年生きてきたマカオやギルドを守り続けた者達だけ。
それを聞いたナツは、ニカッと笑い一度共に戻って来た仲間を振り返った。
「初代が守ってくれたんじゃよ」
「マスター…!」
小さなマスターも変わりない。
マカオはぐっと涙を拭い、ようやく彼等につられるように微笑んだ。
「マスター、実は今のマスターはマカオなんですよ!」
「ほう」
「や、オレなんて一時の…」
「面白いからもう少し続けてくれい」
ほっほと笑うマカロフに、マカオが照れたように首を振る。
フェアリーテイルの現状はかなり良くない。
けれど、彼等の帰還による安心感がフェアリーテイルを包んでいた。
・・・
その奇跡が起きたのは、数時間前のことだった。
「…!、…ロア…!」
体を揺らす熱い手と、大きな声で重い瞼をゆっくりと押し上げる。
ロアの目の前には大好きな人の顔があった。
再び会えるのだと、きっとまたその日が来るのだと信じて目を閉じたあの日から変わらない。
「ナツ…」
「ロア!オレ達助かったんだ!」
「ああ…そうみたいだな」
嬉しそうに声を上げる彼に、自然と口元が綻ぶ。
ロアはナツの腕に掴まりながら立ち上がると、無意識に辺りを見渡していた。
無くなったのを確かに見た天狼島。そこにまた立っている。
「初代のマスターが助けてくれたんだって、不思議だよな!」
「ナツも、会ったのか?」
「ん?さっき…ってロアも会ったことあんのか!?」
「え、あ、うん。たぶん…」
夢のような話だ。
皆が消えて、自分だけが残った。そこに初代が現れた、なんて。
「あれから7年経ってんだって、信じらんねーよな」
「7年!?」
「んなのよく分かんねーけど、でも…また一緒にいられんなら何でもいっか!」
「うわ!」
ナツの手がぐるりと首に回されて、ぎゅっと抱きしめられる。
本当に不思議だ。ほんの数日前くらいの感覚しかないけれど、7年ぶりの体温がここにある。
ナツの背中に手を回すと、ナツは少しくすぐったそうにへへっと笑った。
「ロア、帰ろう、フェアリーテイルに」
「…うん」
少し甘い言葉の一つでも囁いてくれるのかと思ったのに。
呆気なく離れた体温に少し物足りなく感じて。けれど離れたナツの頬が少し赤かったのが嬉しくて。
早く行こうぜと走り出したナツの背中を愛おしく見つめてから、ロアは後ろを振り返った。
「…俺に選択肢を与えてくれて、有難うございました」
白くふわふわとした髪を揺らす小さな少女の姿。
メイビスは目を細め、首を小さく横に振った。
「7年なんて、俺が耐えられるはずがなかった」
「本当はもっと早く解くことが出来れば良かったのだけど…」
「いいえ。ナツが…皆がいる、それだけで十分です」
ロアは笑いかけると、メイビスも少し躊躇いがちに微笑んだ。
首を傾げて笑うその様子は本当に可憐な少女にしか見えない。
思わず見惚れていると、その小さな手がロアの手を掴んだ。
「一つ、覚えていて下さい」
「な、んですか…?」
「光のロア、貴方は貴方の光を見失わないで」
柔らかい声なのに、力強さを感じる。
ロアはふわりと顔にかかった自分の髪を押さえた。
「おいロア!早く来いよ!」
「お、おう!じゃあ、メイビス様…行きますね」
一度振り返って、優しく笑っているメイビスに頭を下げる。
ロアはメイビスの言葉を思い出しながら、それを嘲笑うかのように揺れる髪を掴んで歩き出した。
「じゃ、行ってくるな!」
ぶんぶんと大きく手を振るナツに手を振り返す。
7年という長い月日を埋めるかのように盛り上がった後。
ようやく落ち着いてきた頃に、ナツは一度家に戻ると言い出した。
「あ、なんならロアも一緒に来るか?」
「は!?別にいいよ、俺はここが家だし」
「そっか。ま、出来る限り早く帰ってくるから、待ってろよ」
「はいはい」
呆れたように呟きながら手を振るも、少し恥ずかしくて頬が熱くなる。
そんなロアの肩にとんと手を置いて、ルーシィがナツの後ろに続いた。
「言っとくけど、目的が同じだから一緒に行くだけだからね!」
「何だよそれ、さっさと行って来いって」
「ふふ、じゃあ行ってくるね」
ルーシィも一度家に戻る気になったらしい。久しぶりに父に会いたくなったのだとか。
それについて行く義理もないし、目的もない。いや、気になりはするけど。
ロアは二人と分かれてギルドの中に戻ると、一人カウンターに座った。
「あら、ナツはどうしたの?」
「ナツならルーシィと一緒に出て行ったよ」
一人でいるロアを不思議に思ったのか、ミラがカウンターの向こうから問いかけてくる。
懐かしい感覚…と言う程昔の話ではない。けれど、勝手に過ぎ去った7年がそう思わせるのかもしれない。
「変わらないわね」
「ホントにな。周りはこんなに変わったってのに」
呆れたように笑ったミラにはロアの気持ちなど簡単に分かってしまうのだろう。
本当はもう少し変化を望んでいたというか。これでもかなりの進歩ではあるのだが。
「俺には帰る家もないし。仕方ないから大人しく待ってるよ」
「なーによ、見栄張っちゃって。ついて行けばいいのに」
「…、ルーシィと三人なんて、意味ないし」
「あら…あらあら」
少しボロ臭くなったカウンターに座り、頬杖をつく。
変わらない。ギルドの内装や状況、メンバーの外見は変わっているのに。
そう思ったロアの手に、黒い髪がさらりと落ちた。
「ロア。ナツと一緒じゃないの?」
すると横から再び同じ質問。
ちらと目をその声の方へ向けると、ロアの横に腰掛けたエバーグリーンがどこか怪しげに目を細めてロアを見ていた。
「何だよ、エバーグリーン。お前こそラクサスと一緒にいなくていいのか?」
「話し逸らさないで。堂々と皆の前で告白したくせに」
かたん、と足を組んだエバーグリーンがロアに顔を近付ける。
にやにやとした顔、そしてその言葉にロアははっと目を開いた。
「そう言えば…そんな感じ、だったっけ…」
「あんな大事な場面で二人の世界。全く、やんなっちゃうわよ」
エバーグリーンの言う通りだ。あの時周りなんて見えていなかった。
ということは、あの場にいた全員に聞かれていたのだろうか。
何を言ったのか何を言われたかあまり覚えていないが、たぶんかなり恥ずかしい。
かあっと下から湧き上がる熱に顔を覆うと、また黒い髪はロアの肩にかかって流れた。
「ところでさ、あんた、金の髪はどうしたのよ」
それを見て何気なく問いかけたのだろうエバーグリーンに、ロアの血の気がサッと引いた。
ゆっくりと顔を上げて、エバーグリーンとミラを交互に見る。
「えっと…、これは」
「いつからか急に黒くなってたわよね。その色も悪くないけど」
「…これは、」
ゼレフに会ったからだと、言っても大丈夫なのだろうか。
一気にカラカラに乾いた口を開いて、ごくりと唾を飲み込む。
「そういえば変な男と一緒にいたわよね?何かされたんじゃないでしょうね」
眼鏡の奥の鋭い瞳がロアを捕らえる。
思わず目を逸らすと、その先にも同じく…いや、それ以上に突き刺さるかのような視線があった。
「ロア、皆を安心させる為にも、詳しく説明してくれないか」
「エルザ…」
「ワシからも頼むよ、ロア」
エルザとマカロフ、それだけではない。ギルドの皆がロアを見ていた。
このギルドで向けられたことのない視線。疑いの目がいくつも向けられている。
「く、わしく説明…?」
「ああ、お前は…ゼレフと接触した。間違いないな」
エルザの言葉で、ギルド内が明らかにザワついた。
ロアを心配そうに見つめていたミラも、目を大きく見開いている。
「そうなの?ロア…」
「ああ…そう、だよ」
「やはりか…」
ため息混じりに、複雑な思いを乗せて吐き出されたエルザの声に、ロアの体がぶるっと震えた。
嫌だ、そんな目で見ないでくれ。泣きそうになるのを堪えて、ぎゅっとカウンターに乗せた手を握り締める。
「ロアはアクノロギアが来ることを知っていたのか」
「…、知ってた、けど…でも、それはゼレフと関係ない、と思う」
「何故そう言える?」
「だって、理由がないし…」
声が震えるのは、何か言葉を間違えれば追い出されてしまう気がしたからだ。
ここにはロアの身に起こったことを知る者は一人もいない。
「ゼレフは生きているそうだ」
「…そう」
「驚かないのか?」
「え?」
エルザが怪訝そうに問い、そして後ろでマカロフが驚き顔を上げた。
自分は早速答えを間違えたのか。
妙に体が熱くなって、けれど冷や汗が頬をつたう。
「大丈夫なのか…?ゼレフっていやあ最悪の…」
「もし暴走するようなことがあったら…?」
「そもそも7年前のこともロアが…」
囁かれるいくつもの声が頭の中で反響する。
違う、そうじゃない。いや、そうじゃないと言い切れるのか?
自分は確かに暴走した。ナツを傷つけた事実は消えない。
「でも、ゼレフは、思ってるような奴じゃなかった…悪い奴じゃなかったんだよ」
「ロア!」
ロアの言葉を遮るように、エルザが大きな声を上げた。
咄嗟に口を押さえてももう遅い、既にさっきよりも酷く鋭い視線がロアに向けられているのに気が付くだけ。
「っ…、俺…外、出てくる」
震える声を振り絞って、なんとか立ち上がる。
怖い、いくつもの目がこちらを見ている。不快なものを見る目、恐ろしい物を見る目。
それから逃れるように、ロアは素早く軽いドアを開けて、飛び出して行った。
キィ、と勢いを残したままの扉が数回弾んで揺れる。
それを暫く見つめていたミラは、ふっと息をこぼしてから口を開いた。
「…エルザ、いくらなんでもキツイんじゃない…?」
あんな風に皆の前で責めなくても。
そう言われれば、エルザも表情を少し崩してううんと唸る。
「だが、皆に広がってしまった不信感を除くには…どうにか手を打たないといかんだろう」
「とはいってもねぇ…ナツが居たら大変なことになってたわよ?」
からんと手に持った酒を揺らして、エバーグリーンも普段の軽さを欠いた声色で呟いた。
ロアにゼレフのことを聞く必要は間違いなくある。
けれど本当に疑っているわけではない。あんな顔をさせる必要はなかった。
「…そうだな、ナツがいたら私が殴られていただろうな」
「アイツだけじゃねーよ」
それを聞いていたのか、今まで黙っていた男ががたっと立ち上がった。
「ロアを泣かせたくねぇのは、アイツだけじゃねぇ」
あからさまにイラついた様子でがたんがたんとギルドを出て行く。
そんな一人の男を見送ったエルザは、再び大きく溜め息を吐いた。
「私だって…ロアを泣かせたかったわけではない」
「エルザ…」
「皆からの信頼を取り戻すためには…何か必要なんだ…」
信じている、家族として愛している。
そんな彼を疑っているわけではないからこそ、どうにかしなければと。
エルザは悔しそうに口を噤み、静かに指先を額に押し当てた。
「じゃ、行ってくるな!」
ぶんぶんと大きく手を振るナツに手を振り返す。
7年という長い月日を埋めるかのように盛り上がった後。
ようやく落ち着いてきた頃に、ナツは一度家に戻ると言い出した。
「あ、なんならロアも一緒に来るか?」
「は!?別にいいよ、俺はここが家だし」
「そっか。ま、出来る限り早く帰ってくるから、待ってろよ」
「はいはい」
呆れたように呟きながら手を振るも、少し恥ずかしくて頬が熱くなる。
そんなロアの肩にとんと手を置いて、ルーシィがナツの後ろに続いた。
「言っとくけど、目的が同じだから一緒に行くだけだからね!」
「何だよそれ、さっさと行って来いって」
「ふふ、じゃあ行ってくるね」
ルーシィも一度家に戻る気になったらしい。久しぶりに父に会いたくなったのだとか。
それについて行く義理もないし、目的もない。いや、気になりはするけど。
ロアは二人と分かれてギルドの中に戻ると、一人カウンターに座った。
「あら、ナツはどうしたの?」
「ナツならルーシィと一緒に出て行ったよ」
一人でいるロアを不思議に思ったのか、ミラがカウンターの向こうから問いかけてくる。
懐かしい感覚…と言う程昔の話ではない。けれど、勝手に過ぎ去った7年がそう思わせるのかもしれない。
「変わらないわね」
「ホントにな。周りはこんなに変わったってのに」
呆れたように笑ったミラにはロアの気持ちなど簡単に分かってしまうのだろう。
本当はもう少し変化を望んでいたというか。これでもかなりの進歩ではあるのだが。
「俺には帰る家もないし。仕方ないから大人しく待ってるよ」
「なーによ、見栄張っちゃって。ついて行けばいいのに」
「…、ルーシィと三人なんて、意味ないし」
「あら…あらあら」
少しボロ臭くなったカウンターに座り、頬杖をつく。
変わらない。ギルドの内装や状況、メンバーの外見は変わっているのに。
そう思ったロアの手に、黒い髪がさらりと落ちた。
「ロア。ナツと一緒じゃないの?」
すると横から再び同じ質問。
ちらと目をその声の方へ向けると、ロアの横に腰掛けたエバーグリーンがどこか怪しげに目を細めてロアを見ていた。
「何だよ、エバーグリーン。お前こそラクサスと一緒にいなくていいのか?」
「話し逸らさないで。堂々と皆の前で告白したくせに」
かたん、と足を組んだエバーグリーンがロアに顔を近付ける。
にやにやとした顔、そしてその言葉にロアははっと目を開いた。
「そう言えば…そんな感じ、だったっけ…」
「あんな大事な場面で二人の世界。全く、やんなっちゃうわよ」
エバーグリーンの言う通りだ。あの時周りなんて見えていなかった。
ということは、あの場にいた全員に聞かれていたのだろうか。
何を言ったのか何を言われたかあまり覚えていないが、たぶんかなり恥ずかしい。
かあっと下から湧き上がる熱に顔を覆うと、また黒い髪はロアの肩にかかって流れた。
「ところでさ、あんた、金の髪はどうしたのよ」
それを見て何気なく問いかけたのだろうエバーグリーンに、ロアの血の気がサッと引いた。
ゆっくりと顔を上げて、エバーグリーンとミラを交互に見る。
「えっと…、これは」
「いつからか急に黒くなってたわよね。その色も悪くないけど」
「…これは、」
ゼレフに会ったからだと、言っても大丈夫なのだろうか。
一気にカラカラに乾いた口を開いて、ごくりと唾を飲み込む。
「そういえば変な男と一緒にいたわよね?何かされたんじゃないでしょうね」
眼鏡の奥の鋭い瞳がロアを捕らえる。
思わず目を逸らすと、その先にも同じく…いや、それ以上に突き刺さるかのような視線があった。
「ロア、皆を安心させる為にも、詳しく説明してくれないか」
「エルザ…」
「ワシからも頼むよ、ロア」
エルザとマカロフ、それだけではない。ギルドの皆がロアを見ていた。
このギルドで向けられたことのない視線。疑いの目がいくつも向けられている。
「く、わしく説明…?」
「ああ、お前は…ゼレフと接触した。間違いないな」
エルザの言葉で、ギルド内が明らかにザワついた。
ロアを心配そうに見つめていたミラも、目を大きく見開いている。
「そうなの?ロア…」
「ああ…そう、だよ」
「やはりか…」
ため息混じりに、複雑な思いを乗せて吐き出されたエルザの声に、ロアの体がぶるっと震えた。
嫌だ、そんな目で見ないでくれ。泣きそうになるのを堪えて、ぎゅっとカウンターに乗せた手を握り締める。
「ロアはアクノロギアが来ることを知っていたのか」
「…、知ってた、けど…でも、それはゼレフと関係ない、と思う」
「何故そう言える?」
「だって、理由がないし…」
声が震えるのは、何か言葉を間違えれば追い出されてしまう気がしたからだ。
ここにはロアの身に起こったことを知る者は一人もいない。
「ゼレフは生きているそうだ」
「…そう」
「驚かないのか?」
「え?」
エルザが怪訝そうに問い、そして後ろでマカロフが驚き顔を上げた。
自分は早速答えを間違えたのか。
妙に体が熱くなって、けれど冷や汗が頬をつたう。
「大丈夫なのか…?ゼレフっていやあ最悪の…」
「もし暴走するようなことがあったら…?」
「そもそも7年前のこともロアが…」
囁かれるいくつもの声が頭の中で反響する。
違う、そうじゃない。いや、そうじゃないと言い切れるのか?
自分は確かに暴走した。ナツを傷つけた事実は消えない。
「でも、ゼレフは、思ってるような奴じゃなかった…悪い奴じゃなかったんだよ」
「ロア!」
ロアの言葉を遮るように、エルザが大きな声を上げた。
咄嗟に口を押さえてももう遅い、既にさっきよりも酷く鋭い視線がロアに向けられているのに気が付くだけ。
「っ…、俺…外、出てくる」
震える声を振り絞って、なんとか立ち上がる。
怖い、いくつもの目がこちらを見ている。不快なものを見る目、恐ろしい物を見る目。
それから逃れるように、ロアは素早く軽いドアを開けて、飛び出して行った。
キィ、と勢いを残したままの扉が数回弾んで揺れる。
それを暫く見つめていたミラは、ふっと息をこぼしてから口を開いた。
「…エルザ、いくらなんでもキツイんじゃない…?」
あんな風に皆の前で責めなくても。
そう言われれば、エルザも表情を少し崩してううんと唸る。
「だが、皆に広がってしまった不信感を除くには…どうにか手を打たないといかんだろう」
「とはいってもねぇ…ナツが居たら大変なことになってたわよ?」
からんと手に持った酒を揺らして、エバーグリーンも普段の軽さを欠いた声色で呟いた。
ロアにゼレフのことを聞く必要は間違いなくある。
けれど本当に疑っているわけではない。あんな顔をさせる必要はなかった。
「…そうだな、ナツがいたら私が殴られていただろうな」
「アイツだけじゃねーよ」
それを聞いていたのか、今まで黙っていた男ががたっと立ち上がった。
「ロアを泣かせたくねぇのは、アイツだけじゃねぇ」
あからさまにイラついた様子でがたんがたんとギルドを出て行く。
そんな一人の男を見送ったエルザは、再び大きく溜め息を吐いた。
「私だって…ロアを泣かせたかったわけではない」
「エルザ…」
「皆からの信頼を取り戻すためには…何か必要なんだ…」
信じている、家族として愛している。
そんな彼を疑っているわけではないからこそ、どうにかしなければと。
エルザは悔しそうに口を噤み、静かに指先を額に押し当てた。
「…っは…」
胸が苦しい。吐きそうだ。
逃げるように外に飛び出し、大きく息を吸みその反動でロアは咳き込んだ。
前のめりになったロアに襲い掛かるように黒い髪が視界に入る。
「なん、だよ…これ…っ」
こんな風になるなんて考えもしなかった。人の目に映る自分の不吉さなんて分からないから。
不吉な黒、失った光。
もしかして、天狼島にいた時から、皆ロアを怪しんでいたのかもしれない。
本当は、ロアのせいでアクノロギアが来たと、そう思われていたのかもしれない。
「う…ぐ…っ」
恐怖から霞む視界と止まらない吐き気に足がふらつく。
がくんと膝から落ちそうになった時、ロアの腕を冷たい手が掴んでいた。
「ロア、大丈夫かよ」
「ぐ、グレイ…」
「大丈夫じゃなさそうだな…。あんな言葉気にすんなよ」
力強く引き上げる手に、よろけながらも立ち上がる。
グレイは変わらない。その手の冷たさも、ロアを見る視線も。
それが嬉しくて、けれど、信じられなかった。
「…グレイこそ…本当はどう思ってる…?」
「ロア?」
「不気味だ、不吉だって、お前のせいだって…思ってんじゃねーのか…?」
じわりと目に浮かんだ涙で視界がぼやける。
突き放さないで欲しい、手を握っていて欲しい。そう思うのに、奥底にある本心を探ろうとしてしまう。
グレイの目は、怪訝そうに細められた。
「なめんじゃねーぞ、ロア」
「っごめん…」
「お前、オレがどんだけお前のこと思ってるかまだ分かってねぇのかよ」
グレイの手が強く肩を掴む。
痛む程の力に一瞬顔をしかめたのも束の間、グレイはロアを離さんと言わんばかりに引き寄せていた。
「諦めてやるつもりだったけどやめた」
「え…?」
「大事な時にいねー奴になんか、お前を任せらんねぇ」
背中に回された手がロアの黒い髪を梳く。
冷たいはずなのに、その手は暖かくロアの頭を撫でた。
「ロア、オレがお前を守る」
低くて優しい声に意識が持って行かれる。
いつの間にか涙はぴたりと止まっていた。
「そ、だからって…こんなことしなくても、いいよ…」
「でもちょっと元気出たろ」
「元気出たんじゃなくて…びっくりしただけだって…」
でも、すごく心強い。
ロアは頬を濡らしていた涙を、ぐいと片手で拭った。
そしてもう大丈夫という意志表示に彼の胸を押す。
「んだよ、もうちょっと抱かれてろよ」
「馬鹿」
男前なグレイな顔が近くて、思わずドキリとした自分の頬を打つ。
恥ずかしい。こんな風に泣き付く形になってしまうなんて。
けれどそれ以上に、グレイが居てくれて良かったと思う。
「グレイ、もう一回…皆にちゃんと説明するよ」
「大丈夫か?」
「うん、ただ…その、隣に、いてくれる…?」
手を引っ込めて、一歩下がって、ちらと上目でグレイを見る。
「言われなくてもそのつもりだっての」
「…有難う」
そう言ってくれると思っていた。
ロアは自然と彼の手を取り、そして少しだけ自分より高い位置にある肩に顔を押し付けた。
やっぱり、もう少しだけこのまま。
そう言えば、グレイは嬉しそうにふっと笑った。
・・・
「金がない…」
よたよたとルーシィと共に戻ってきたナツが声を漏らす。
金がない。自分の家で至る所を漁ったが、7年の間に盗られたか、どこにも見当たらなかった。
「これじゃ何もしてやれねえ…」
「何?ナツ、今すぐお金が必要なの?」
「まーな。ロアに何かしてやりてーんだ」
さらりと言ってのけたナツに、ぽかんとルーシィの口が開いた。
いや、どんな返答であろうとルーシィ自身同じくお金は無いのだから手伝いようはないのだが。
「何かって…急にどうしたのよ」
「んー、なんつーか…特別なんだって、ちゃんと表したくて」
「ちょっ…!尚更どうしたのよ、今までそんなことしなくたって全然」
ちょっと照れくさそうに言うナツはなんというか、不気味だ。
ルーシィは怪訝そうにナツを見て、そしてハッと目を見開いた。
「そっか、ナツ、とうとうロアと」
「あーそんな話したら早くロアに会いたくなった!さっさと帰んぞ!」
さっきまでの疲れ切った顔はなんだったのか、だだっと駆けだしたナツの表情はいきいきとしている。
やれやれと頬をかいたルーシィは、この7年の間に変わってしまった環境に落ち込んでいたことすら忘れナツの背中を追った。
「ただいま!」
壊れそうな程の勢いで扉を開け放つ。
ナツはそのギルドの妙な雰囲気に気付きながらも、視線を彷徨わせ、そこにいない人を探した。
「…あれ、ロアは?」
そしてその名を出せば、7年の間に成長した仲間達が顔をしかめる。
やはり変だ。そう思い眉を寄せると、それまで古臭い椅子に腰かけていた数人が立ち上がった。
「ナツ、悪いこた言わねぇ。ロアには近付かない方がいい」
「あ?」
「ゼレフ、アクノロギア…あの事件にロアが関わってたかもしれないんだぞ!」
ナツを囲むようにして集まった彼等は、ナツのロアへの思いを知っているのだろう。
説得するかのように詰め寄るその顔は、何かに焦っているかのようにも見える。
「…なんだよそれ、お前ら、ロアを疑ってんのか」
「疑うなってのが無理な話だろ?」
「ふざけんな!ロアは家族だろ!」
取り囲む連中を弾き飛ばすように手をばっと広げたナツは、その先に見えたエルザをキッと睨み付けた。
「まさか、ロアに何か言ったのかよ…!」
「話し聞こうとしたら逃げたんだよ、ロアの奴が」
「そんなの…お前等がそんな顔して詰め寄るからじゃねーのか!」
こんな状況になっているのに、エルザは何をしているんだ。ミラは、マスターは、止めようとはしなかったのか。
ナツは痛い程に拳を握りしめ、ばっと今入ったばかりの扉に向き直った。
「っオレ、ロアを探してくる…!」
「ナツ待て」
「んだよエルザ、お前まで…っ」
「違う。ロアは大丈夫だ」
冷静さを保ったまま、エルザが言う言葉には根拠がなくて。
咄嗟になんでそんなこと言えるんだ!と叫びそうになったナツは、その視線を追って口を閉ざした。
驚いた顔をしたまま扉の前でかたまっているルーシィの後ろから、ロアが顔を覗かせている。
「ロア…!」
安心したナツの口から自然と飛び出した名前。
それを聞いて、やはり多くの者ががたっと体を揺らして不快そうに目を細めた。
「あ、…ごめん。やっぱり、ちゃんと話さなきゃって、思って」
ロアの声が震えている。
やはり知らないうちに何か酷いことをされたのか、とナツの中で怒りが込み上げる。
そして何より、その手を握る男が隣に立っているのが気に食わなかった。
「なんで…グレイ…」
「お前等!黙ってロアの話を聞け!」
ロアの登場で騒がしくなった者達をエルザが一喝で黙らせる。
逆にシンとなったことで緊張したのか、ロアがごくりと唾を飲んだのが分かった。
グレイの手がそれを解すようにロアの背中に触れる。ナツはそれを見ていることしか出来ない。
「…俺は確かに、“あの”ゼレフに会った。でも…本当に伝説での印象とは違ったんだ。もうこんな力を使いたくないって、泣いてた…」
ぽつりぽつりと、周りの空気を疑いながら話すロアの言葉は、やはりとうてい信じられるものではなかった。
ゼレフ、死の捕食。力の器となったロア。
あれがゼレフだったのか、とナツは記憶にあるあの怪しい男を思い出していた。
初めて対面し名を呼ばれたあの時既に、ロアはゼレフの力の器になっていたのか、と。
「皆が俺を警戒するのも分かるよ。ナツは知ってると思うけど…俺は一度暴走しかけたし、ね」
「違う!あれはオレやじっちゃんを守ろうとしただけだったろ!」
「でも、…ナツを傷つけた…」
「ロア…」
揺れるロアの瞳はどこまでも黒い。それは不気味で、けれど綺麗だった。
見惚れるが故か恐れるが故か、皆息を呑んでロアの言葉を待つ。
ロアは小さく一度口を開いて、再び閉じて。
「だけど、俺は…ここに、いたい」
ぽつりと、弱弱しく。懇願するように目を閉じて絞り出されたロアの声に、ナツの体が揺れた。
ロアに伸ばした手で空を掴んで、拳を振り下ろす。
答えは誰が何と言おうと一つしかなかった。
「…っ、いていいに決まってんだろ!」
「ナツ。それを決めるのは、ナツじゃないよ」
けれどナツのその答えを、静かにロアが否定する。
ナツは咄嗟に後ろにいるマカロフを振り返っていた。
「じっちゃん!」
「ううむ…今のマスターはワシじゃないからのう」
しかしマカロフもまた、小さく首を振る。
今のマスターは、7年間このギルドを守ってきたマカオだ。
皆の視線はマカオに移った。全ての権限はマカオにある。ロアを追い出そうとどうしようとマカオの一言で決まる。
「…マカオ、お前、まさか」
ロアを否定するのは、ほとんど全員、年を取った仲間たちだ。
マカオの何とも言えない表情に、ナツの大きな瞳が見開かれる。
「お前まで、ロアを疑うのか…!?」
「ナツ、黙ってろ」
「っエルザ…!」
言いたいことはたくさんあるのに、それをまたエルザが許さない。
いつの間にかロアを囲むように作られていた輪の中心にマカオが出てくる。
ロアとマカオが向き合う形でそこに立ち、先程よりも重い空気がそこに流れた。
「…マカオ…遠慮、しないで言っていいよ…」
ここにいたい。けれど疑いの目を向けられながらい続けるのはもっと辛いだろう。
良く知ったマカオとは少し異なる、記憶の中より老いた彼を見上げる。
けれどその顔を、表情を見るのが怖くて、すぐに視線を降ろした。
「正直、全く疑わずにいるってのは無理だ。明らかにお前だけ…普通じゃねえもんな」
「…うん、分かってるよ…」
当然のように言われて、軋むような痛みが頭を突き抜ける。
自分でも分かっているから言い返す言葉など何も浮かばない。ただ言われる言葉を待つ。
「少し、がっかりもしてんだ。この7年間、お前の金の髪や瞳に恋い焦がれたからな…」
「…ご、め」
「でも、やっぱりロアは綺麗だ」
穏やかな声色で紡がれた言葉に、ロアは一瞬何を言われているのか理解出来なかった。
ぽかんとして見上げれば、優しい顔がロアを見ている。
それでもやはりロアを恐れているのか、小刻みに震えるマカオの掌がロアの頬に重なって。けれどその手はゆっくりとロアの肌をなぞり、とんと肩を掴んだ。
「ロア、頼む。ここにいてくれ」
やはりマカオが何を言っているのか、理解出来なかった。
目を開いたまま固まったロアを、マカオが抱き締めてぽんぽんと背中を叩く。
「昔助けられた恩もあるし何より…手放したくないからなぁ」
「え…」
「他に渡すくらいなら、フェアリーテイルで守り続ける。お前は昔からそうだったろ」
耳元で確実に伝えられる言葉に、ただ喜びと困惑が入り乱れていた。
確かにそうかもしれない、でも。でも。
何か言った方が良いのか、躊躇いがちにぱくぱくと口を開いても上手く言葉が出てこない。
「ほ…ほん、とうに…?いいの…?」
「たりまえだろ。お前はずっと、フェアリーテイルのロアだ」
「っ…ま、マカオぉ…」
けれど、余計な言葉はいらなかった。
ようやく胸に刺さり続けていた痛みが無くなり、それと同時に抑え方の分からなくなった涙がぼろぼろと零れ出す。
良かった、やはりこの場所は変わっていなかったのだ。
「おいおい、ロア。んな泣くことねぇだろ?ん?」
「だ、って、だって…、怖かったんだ…っ」
思っていたよりも広い胸に抱き着いて声を上げる。
ぽんぽんと背中を撫でるマカオの手は、お父さんかのような優しさと温かさを帯びていて
、少し汗臭い体に更に身を寄せると、思わず押さえ込んでいた本音が口から出てしまった。
「俺、もう、魔法上手く使えないし…っ、“光”なんて、もう無くなっちゃって…」
「ロア…」
「役立たずで、でも危険で、そんなの…っ、俺、どうしたら良いか…っ」
怖かったのは、ここに居れるかどうか、それだけではなかった。
自分が自分じゃなくなるみたいで。覆い尽くす黒が自分を変えてしまいそうで。
「…ゼレフもまた、ロアに恋焦がれた一人なんじゃないのか」
ふと、何か気付いたようにエルザがぽつりと呟いた。
その言葉を聞いて、ロアもはっと顔を上げる。
マカオに抱かれたまま首だけで振り返ると、さっきまでと違い優しく笑うエルザと目が合った。
「全く…お前の事だ、ロア。ゼレフに同情しただろう。そして、きっと優しい言葉をかけた」
「え、」
「ゼレフにとってお前は唯一だった。だから自分の力を分けることで離れられない存在にした…そうは考えられないだろうか」
顎に手をやって考えるような仕草を撮りながらも、エルザの言う話はかなり適格に当てていた。
いや、憶測でしかないのは確かだ。
けれど、その話はあまりにもロアの中でしっくりとハマっていた。
「そしてそれが事実なら…ロアが接触しない限り、ゼレフは完全にはならないということにならないか?」
「確かに、それは一理あるのう」
「今まで通りロアは我々で守る。それで異論はないと思うのだが」
ぺらぺらと、エルザに続いてマカロフも続く。
そう、初めから決めていたかのように。
「エルザ…でも、俺…力を使いこなせないんだ、もう魔導士としては…」
「いや、お前と光は引きはがせるものではない。恐らく、闇の力に覆われているだけだ」
「え?」
「光の力を引き出すことが出来れば、もしかしたら魔法も姿も元に戻るかもしれん」
方法は分からんが。
そのエルザの言葉に、ロアは確実に救われていた。
そうだ、まだ諦める必要は無い。
島を出る前にメイビスも言っていた、“光を見失わないで”。あれはつまり、そういうことだったのかもしれない。
「つーかマカオ!お前いつまでそうしてるつもりだよ!ロアを離せ!!」
「うわっ…!」
ふと、ロアの体がマカオの胸を離れた。
気が付けば、ナツに抱きしめられている。
ギリリと歯を剥き出しにしている姿は、何となくマカオを威嚇しているような。
「ったく、ナツ、お前はなぁ…」
「ロアはもうオレのもんなんだよ!ロアがオレを選んだんだからなっ!!」
呆れた顔をしていたマカオの顔が一瞬カチンと止まった。
それから驚いた顔でロアとナツとを見比べる。
「え…そう、なのか?ようやくとうとう、アレか?」
そっかあ、なんて言いながら頬をかく。
そんなマカオに、ナツに抱かれていることが恥ずかしくなって、ロアはナツの腕を解こうとした。
「おい、待てよナツ。それは認められねぇ」
しかし抜け出そうと足掻く前に、グレイの手がロアの腕を掴んだ。
「さっきだって、肝心な時にいねーんだよ、お前は」
「それは…っ」
「だから、ロアはオレが守る」
「あ!?それとこれとは別だ!」
ナツとグレイに両腕を掴まれて、左右に体が揺さぶられる。
なんだこれは。と思っているのは恐らくロアだけではなかった。
アイツ等変わってないな、なんて暖かい視線ならともかく、ほとんどが呆れた目でじとっとロア達を見ている。
そのどうしようもない恥ずかしさに俯くと、二人から引き剥がすようにマカオの息子であるロメオの手が間に入り込んだ。
「オレに良い考えがあるよ!」
満面の笑みを浮かべる少年に、ナツとグレイの手がロアを引き合うのを止める。
「なんだよ、ロメオ」
「実はね、三ヶ月後に、ギルドの強さを競う祭り…大魔闘演武があるんだ!!」
そして続けられた言葉に、マカオや七年老いたメンバー達がサッと青ざめる。
一方で、何となく面白そうな響きだと、ナツはぱっと目を輝かせていた。
・・・
「ねぇ…本当にこんな所にいるの?」
でこぼこと安定しない道を歩きながら、最初にぼやいたのはルーシィだった。
「人嫌いの変わった婆さんだからな。ロアも、気を付けろよ」
「あ、有難う…」
既に疲れ切ったルーシィと、ロアを囲むように歩くナツとグレイ。ウェンディも少しワクワクした様子で足取り軽くついて来ている。
彼等は森の中に住んでいるというフェアリーテイルの薬剤師、ポーリュシカを目指していた。
ロアのあれやこれやもめ事が治まった後。
ロメオが発した“大魔闘演武”をきっかけに、ロア達は今のフェアリーテイルの現状を聞くこととなった。
フェアリーテイルはロア達が不在の間に弱小ギルドとなってしまった。
そのフェアリーテイルがすぐにでもナンバーワンに戻る為の手段が大魔闘演武への参加なのだという。
それに参加し、活躍した方がロアのパートナーになるってことでどう?なんて軽々しく言ってくれたものだが、ナツとグレイは意図も容易くそれに乗ってしまった。
「だからって、その薬?で一気に強くなろうなんて、都合よすぎるんじゃないのか?」
「動き出さねーよりはいいだろ。オレ達、かなり弱くなっちまってるみたいだし…」
そこで急にポーリュシカの所へ行ってみよう、と言い出したナツの考えは、今ロアが呟いた通り。
7年の差を埋める為に一気に魔力を上げる手段を探しに来たのだ。
ポーリュシカなら何か知っているかもしれない、と。
「まー簡単に見つかるとは思ってねぇけどさ、ロアも会ったことねーんだろ?」
「う、うん。基本的に面倒はミストガンに見てもらってたからな…」
「だから挨拶がてらさ!もしかしたら光を取り戻す方法とか、分かるかもしれねぇだろ?」
ぽんっとロアの背中を叩くナツはどこまでも前向きだ。
そういうところは見習った方が良い部分かもしれない。
何気なくそんな事を考えて前を向くと、気付けば怪しげな家がそこに建っていた。
「ポーリュシカさん!頼みがあんだけど」
「一気に強くなれる薬とかねーかな?」
軽く声をかけるグレイに、ナツも駆け寄り無茶な注文を呼びかける。
そんなのあるわけないだろう、と呆れて見ていたロアの常識的思考は、当然正しかった。
「帰れ」
一瞬扉を開いて顔を見せただけ、ポーリュシカはばたんっとそのまま扉を閉めてしまった。
「そう言わずにさぁ、なんかねーかな!」
もう一度、負けじと声を上げたナツに暫く沈黙が続いて。
再び扉が開くと、ポーリュシカはほうきを手にぶんぶんと虫でも払うかのように振り回した。
「人間は嫌いなんだよっ!しっしっ!」
「おわっ!」
余りにも乱暴なその攻撃に、ナツとグレイと、その近くに立っていたルーシィまでその場を離れざるを得なくなる。
ただ、ウェンディはじっとその老婆を見つめ、切なげに眉を寄せた。
「…グランディーネ…?」
嘗ては実力派であるギルドとして名を馳せていたが、今、弱小ギルドとして隅に追いやられていた。
7年前、天狼島へと行ったきり帰ってこなかった主要メンバー。
残ったメンバーでは支えているのがやっと、いつの間にか借金を抱えたボロの酒場で、大して入って来ない仕事を待つことしか出来なくなっていた。
「あれ以来…何もかも変わっちまったよな…」
ぽつりと一人が呟く。
仕事が入らずお金はたまらない。借金をとりにくるギルドは格上で逆らう事も出来ない。
「評議員の話が本当なら、アクノロギアってのに島ごと消されたんだ」
「あいつらがいなくなってからギルドは弱小化する一方…」
「でもマカオ、お前はよくやってるよ。マスター」
弱音が重なる中、俯いたマカオが涙を拭う。
残ったメンバーで何とかやって行く為に、マスターとなったマカオ。
けれど、やはりどうにもならない。
「たたむ時が来たのかもな…」
「そんなこと…!」
今日も借金とりが来る。
そうしたら今度こそ終わりかもしれない。ギルドごと潰されてしまうかもしれない。
そんなマカオの不安など気にする事なくドアを叩く音がギルドに響く。
とんとん、とんとんと止む事の無いノックに耳を塞ぎかけて。
「…マカオ、変だ。なんで蹴破らない…?」
いつもなら蹴破って入ってくるのに。
メンバーの一言に、マカオははっとして顔を上げた。
「おい、ここが本当にフェアリーテイルなのか?」
外から聞こえて来た声は、いつか最後に聞いたきり聞けなくなったはずの声。
まさか、本当にそんなことが。
マカオはばっと立ち上がると、ゆっくりと開かれる扉に目を凝らした。
「なんじゃ、この小さいギルドは…」
「まあいいんじゃない?」
口々に言いながら入って来たのは、懐かしい声と姿を引き連れている。
7年前、帰って来なかったメンバー。嘗てフェアリーテイルを引っ張ってくれた、心強い仲間たち。
「お…おお…お前等…!」
「ただいま!」
暗かったギルドの中に光が入り込む。
思わずぼろぼろと涙を流しながら一歩進んだマカオに、もう見ることが出来ないと思っていた笑顔が飛び込んできた。
「お、まえら…っ、昔の姿のまんまじゃねぇか…!」
「お前マカオか!年取ったなー」
「当たり前だろ、あれからもう7年だぞ…!」
その事実に驚いているのは、この7年生きてきたマカオやギルドを守り続けた者達だけ。
それを聞いたナツは、ニカッと笑い一度共に戻って来た仲間を振り返った。
「初代が守ってくれたんじゃよ」
「マスター…!」
小さなマスターも変わりない。
マカオはぐっと涙を拭い、ようやく彼等につられるように微笑んだ。
「マスター、実は今のマスターはマカオなんですよ!」
「ほう」
「や、オレなんて一時の…」
「面白いからもう少し続けてくれい」
ほっほと笑うマカロフに、マカオが照れたように首を振る。
フェアリーテイルの現状はかなり良くない。
けれど、彼等の帰還による安心感がフェアリーテイルを包んでいた。
・・・
その奇跡が起きたのは、数時間前のことだった。
「…!、…ロア…!」
体を揺らす熱い手と、大きな声で重い瞼をゆっくりと押し上げる。
ロアの目の前には大好きな人の顔があった。
再び会えるのだと、きっとまたその日が来るのだと信じて目を閉じたあの日から変わらない。
「ナツ…」
「ロア!オレ達助かったんだ!」
「ああ…そうみたいだな」
嬉しそうに声を上げる彼に、自然と口元が綻ぶ。
ロアはナツの腕に掴まりながら立ち上がると、無意識に辺りを見渡していた。
無くなったのを確かに見た天狼島。そこにまた立っている。
「初代のマスターが助けてくれたんだって、不思議だよな!」
「ナツも、会ったのか?」
「ん?さっき…ってロアも会ったことあんのか!?」
「え、あ、うん。たぶん…」
夢のような話だ。
皆が消えて、自分だけが残った。そこに初代が現れた、なんて。
「あれから7年経ってんだって、信じらんねーよな」
「7年!?」
「んなのよく分かんねーけど、でも…また一緒にいられんなら何でもいっか!」
「うわ!」
ナツの手がぐるりと首に回されて、ぎゅっと抱きしめられる。
本当に不思議だ。ほんの数日前くらいの感覚しかないけれど、7年ぶりの体温がここにある。
ナツの背中に手を回すと、ナツは少しくすぐったそうにへへっと笑った。
「ロア、帰ろう、フェアリーテイルに」
「…うん」
少し甘い言葉の一つでも囁いてくれるのかと思ったのに。
呆気なく離れた体温に少し物足りなく感じて。けれど離れたナツの頬が少し赤かったのが嬉しくて。
早く行こうぜと走り出したナツの背中を愛おしく見つめてから、ロアは後ろを振り返った。
「…俺に選択肢を与えてくれて、有難うございました」
白くふわふわとした髪を揺らす小さな少女の姿。
メイビスは目を細め、首を小さく横に振った。
「7年なんて、俺が耐えられるはずがなかった」
「本当はもっと早く解くことが出来れば良かったのだけど…」
「いいえ。ナツが…皆がいる、それだけで十分です」
ロアは笑いかけると、メイビスも少し躊躇いがちに微笑んだ。
首を傾げて笑うその様子は本当に可憐な少女にしか見えない。
思わず見惚れていると、その小さな手がロアの手を掴んだ。
「一つ、覚えていて下さい」
「な、んですか…?」
「光のロア、貴方は貴方の光を見失わないで」
柔らかい声なのに、力強さを感じる。
ロアはふわりと顔にかかった自分の髪を押さえた。
「おいロア!早く来いよ!」
「お、おう!じゃあ、メイビス様…行きますね」
一度振り返って、優しく笑っているメイビスに頭を下げる。
ロアはメイビスの言葉を思い出しながら、それを嘲笑うかのように揺れる髪を掴んで歩き出した。
「じゃ、行ってくるな!」
ぶんぶんと大きく手を振るナツに手を振り返す。
7年という長い月日を埋めるかのように盛り上がった後。
ようやく落ち着いてきた頃に、ナツは一度家に戻ると言い出した。
「あ、なんならロアも一緒に来るか?」
「は!?別にいいよ、俺はここが家だし」
「そっか。ま、出来る限り早く帰ってくるから、待ってろよ」
「はいはい」
呆れたように呟きながら手を振るも、少し恥ずかしくて頬が熱くなる。
そんなロアの肩にとんと手を置いて、ルーシィがナツの後ろに続いた。
「言っとくけど、目的が同じだから一緒に行くだけだからね!」
「何だよそれ、さっさと行って来いって」
「ふふ、じゃあ行ってくるね」
ルーシィも一度家に戻る気になったらしい。久しぶりに父に会いたくなったのだとか。
それについて行く義理もないし、目的もない。いや、気になりはするけど。
ロアは二人と分かれてギルドの中に戻ると、一人カウンターに座った。
「あら、ナツはどうしたの?」
「ナツならルーシィと一緒に出て行ったよ」
一人でいるロアを不思議に思ったのか、ミラがカウンターの向こうから問いかけてくる。
懐かしい感覚…と言う程昔の話ではない。けれど、勝手に過ぎ去った7年がそう思わせるのかもしれない。
「変わらないわね」
「ホントにな。周りはこんなに変わったってのに」
呆れたように笑ったミラにはロアの気持ちなど簡単に分かってしまうのだろう。
本当はもう少し変化を望んでいたというか。これでもかなりの進歩ではあるのだが。
「俺には帰る家もないし。仕方ないから大人しく待ってるよ」
「なーによ、見栄張っちゃって。ついて行けばいいのに」
「…、ルーシィと三人なんて、意味ないし」
「あら…あらあら」
少しボロ臭くなったカウンターに座り、頬杖をつく。
変わらない。ギルドの内装や状況、メンバーの外見は変わっているのに。
そう思ったロアの手に、黒い髪がさらりと落ちた。
「ロア。ナツと一緒じゃないの?」
すると横から再び同じ質問。
ちらと目をその声の方へ向けると、ロアの横に腰掛けたエバーグリーンがどこか怪しげに目を細めてロアを見ていた。
「何だよ、エバーグリーン。お前こそラクサスと一緒にいなくていいのか?」
「話し逸らさないで。堂々と皆の前で告白したくせに」
かたん、と足を組んだエバーグリーンがロアに顔を近付ける。
にやにやとした顔、そしてその言葉にロアははっと目を開いた。
「そう言えば…そんな感じ、だったっけ…」
「あんな大事な場面で二人の世界。全く、やんなっちゃうわよ」
エバーグリーンの言う通りだ。あの時周りなんて見えていなかった。
ということは、あの場にいた全員に聞かれていたのだろうか。
何を言ったのか何を言われたかあまり覚えていないが、たぶんかなり恥ずかしい。
かあっと下から湧き上がる熱に顔を覆うと、また黒い髪はロアの肩にかかって流れた。
「ところでさ、あんた、金の髪はどうしたのよ」
それを見て何気なく問いかけたのだろうエバーグリーンに、ロアの血の気がサッと引いた。
ゆっくりと顔を上げて、エバーグリーンとミラを交互に見る。
「えっと…、これは」
「いつからか急に黒くなってたわよね。その色も悪くないけど」
「…これは、」
ゼレフに会ったからだと、言っても大丈夫なのだろうか。
一気にカラカラに乾いた口を開いて、ごくりと唾を飲み込む。
「そういえば変な男と一緒にいたわよね?何かされたんじゃないでしょうね」
眼鏡の奥の鋭い瞳がロアを捕らえる。
思わず目を逸らすと、その先にも同じく…いや、それ以上に突き刺さるかのような視線があった。
「ロア、皆を安心させる為にも、詳しく説明してくれないか」
「エルザ…」
「ワシからも頼むよ、ロア」
エルザとマカロフ、それだけではない。ギルドの皆がロアを見ていた。
このギルドで向けられたことのない視線。疑いの目がいくつも向けられている。
「く、わしく説明…?」
「ああ、お前は…ゼレフと接触した。間違いないな」
エルザの言葉で、ギルド内が明らかにザワついた。
ロアを心配そうに見つめていたミラも、目を大きく見開いている。
「そうなの?ロア…」
「ああ…そう、だよ」
「やはりか…」
ため息混じりに、複雑な思いを乗せて吐き出されたエルザの声に、ロアの体がぶるっと震えた。
嫌だ、そんな目で見ないでくれ。泣きそうになるのを堪えて、ぎゅっとカウンターに乗せた手を握り締める。
「ロアはアクノロギアが来ることを知っていたのか」
「…、知ってた、けど…でも、それはゼレフと関係ない、と思う」
「何故そう言える?」
「だって、理由がないし…」
声が震えるのは、何か言葉を間違えれば追い出されてしまう気がしたからだ。
ここにはロアの身に起こったことを知る者は一人もいない。
「ゼレフは生きているそうだ」
「…そう」
「驚かないのか?」
「え?」
エルザが怪訝そうに問い、そして後ろでマカロフが驚き顔を上げた。
自分は早速答えを間違えたのか。
妙に体が熱くなって、けれど冷や汗が頬をつたう。
「大丈夫なのか…?ゼレフっていやあ最悪の…」
「もし暴走するようなことがあったら…?」
「そもそも7年前のこともロアが…」
囁かれるいくつもの声が頭の中で反響する。
違う、そうじゃない。いや、そうじゃないと言い切れるのか?
自分は確かに暴走した。ナツを傷つけた事実は消えない。
「でも、ゼレフは、思ってるような奴じゃなかった…悪い奴じゃなかったんだよ」
「ロア!」
ロアの言葉を遮るように、エルザが大きな声を上げた。
咄嗟に口を押さえてももう遅い、既にさっきよりも酷く鋭い視線がロアに向けられているのに気が付くだけ。
「っ…、俺…外、出てくる」
震える声を振り絞って、なんとか立ち上がる。
怖い、いくつもの目がこちらを見ている。不快なものを見る目、恐ろしい物を見る目。
それから逃れるように、ロアは素早く軽いドアを開けて、飛び出して行った。
キィ、と勢いを残したままの扉が数回弾んで揺れる。
それを暫く見つめていたミラは、ふっと息をこぼしてから口を開いた。
「…エルザ、いくらなんでもキツイんじゃない…?」
あんな風に皆の前で責めなくても。
そう言われれば、エルザも表情を少し崩してううんと唸る。
「だが、皆に広がってしまった不信感を除くには…どうにか手を打たないといかんだろう」
「とはいってもねぇ…ナツが居たら大変なことになってたわよ?」
からんと手に持った酒を揺らして、エバーグリーンも普段の軽さを欠いた声色で呟いた。
ロアにゼレフのことを聞く必要は間違いなくある。
けれど本当に疑っているわけではない。あんな顔をさせる必要はなかった。
「…そうだな、ナツがいたら私が殴られていただろうな」
「アイツだけじゃねーよ」
それを聞いていたのか、今まで黙っていた男ががたっと立ち上がった。
「ロアを泣かせたくねぇのは、アイツだけじゃねぇ」
あからさまにイラついた様子でがたんがたんとギルドを出て行く。
そんな一人の男を見送ったエルザは、再び大きく溜め息を吐いた。
「私だって…ロアを泣かせたかったわけではない」
「エルザ…」
「皆からの信頼を取り戻すためには…何か必要なんだ…」
信じている、家族として愛している。
そんな彼を疑っているわけではないからこそ、どうにかしなければと。
エルザは悔しそうに口を噤み、静かに指先を額に押し当てた。
「じゃ、行ってくるな!」
ぶんぶんと大きく手を振るナツに手を振り返す。
7年という長い月日を埋めるかのように盛り上がった後。
ようやく落ち着いてきた頃に、ナツは一度家に戻ると言い出した。
「あ、なんならロアも一緒に来るか?」
「は!?別にいいよ、俺はここが家だし」
「そっか。ま、出来る限り早く帰ってくるから、待ってろよ」
「はいはい」
呆れたように呟きながら手を振るも、少し恥ずかしくて頬が熱くなる。
そんなロアの肩にとんと手を置いて、ルーシィがナツの後ろに続いた。
「言っとくけど、目的が同じだから一緒に行くだけだからね!」
「何だよそれ、さっさと行って来いって」
「ふふ、じゃあ行ってくるね」
ルーシィも一度家に戻る気になったらしい。久しぶりに父に会いたくなったのだとか。
それについて行く義理もないし、目的もない。いや、気になりはするけど。
ロアは二人と分かれてギルドの中に戻ると、一人カウンターに座った。
「あら、ナツはどうしたの?」
「ナツならルーシィと一緒に出て行ったよ」
一人でいるロアを不思議に思ったのか、ミラがカウンターの向こうから問いかけてくる。
懐かしい感覚…と言う程昔の話ではない。けれど、勝手に過ぎ去った7年がそう思わせるのかもしれない。
「変わらないわね」
「ホントにな。周りはこんなに変わったってのに」
呆れたように笑ったミラにはロアの気持ちなど簡単に分かってしまうのだろう。
本当はもう少し変化を望んでいたというか。これでもかなりの進歩ではあるのだが。
「俺には帰る家もないし。仕方ないから大人しく待ってるよ」
「なーによ、見栄張っちゃって。ついて行けばいいのに」
「…、ルーシィと三人なんて、意味ないし」
「あら…あらあら」
少しボロ臭くなったカウンターに座り、頬杖をつく。
変わらない。ギルドの内装や状況、メンバーの外見は変わっているのに。
そう思ったロアの手に、黒い髪がさらりと落ちた。
「ロア。ナツと一緒じゃないの?」
すると横から再び同じ質問。
ちらと目をその声の方へ向けると、ロアの横に腰掛けたエバーグリーンがどこか怪しげに目を細めてロアを見ていた。
「何だよ、エバーグリーン。お前こそラクサスと一緒にいなくていいのか?」
「話し逸らさないで。堂々と皆の前で告白したくせに」
かたん、と足を組んだエバーグリーンがロアに顔を近付ける。
にやにやとした顔、そしてその言葉にロアははっと目を開いた。
「そう言えば…そんな感じ、だったっけ…」
「あんな大事な場面で二人の世界。全く、やんなっちゃうわよ」
エバーグリーンの言う通りだ。あの時周りなんて見えていなかった。
ということは、あの場にいた全員に聞かれていたのだろうか。
何を言ったのか何を言われたかあまり覚えていないが、たぶんかなり恥ずかしい。
かあっと下から湧き上がる熱に顔を覆うと、また黒い髪はロアの肩にかかって流れた。
「ところでさ、あんた、金の髪はどうしたのよ」
それを見て何気なく問いかけたのだろうエバーグリーンに、ロアの血の気がサッと引いた。
ゆっくりと顔を上げて、エバーグリーンとミラを交互に見る。
「えっと…、これは」
「いつからか急に黒くなってたわよね。その色も悪くないけど」
「…これは、」
ゼレフに会ったからだと、言っても大丈夫なのだろうか。
一気にカラカラに乾いた口を開いて、ごくりと唾を飲み込む。
「そういえば変な男と一緒にいたわよね?何かされたんじゃないでしょうね」
眼鏡の奥の鋭い瞳がロアを捕らえる。
思わず目を逸らすと、その先にも同じく…いや、それ以上に突き刺さるかのような視線があった。
「ロア、皆を安心させる為にも、詳しく説明してくれないか」
「エルザ…」
「ワシからも頼むよ、ロア」
エルザとマカロフ、それだけではない。ギルドの皆がロアを見ていた。
このギルドで向けられたことのない視線。疑いの目がいくつも向けられている。
「く、わしく説明…?」
「ああ、お前は…ゼレフと接触した。間違いないな」
エルザの言葉で、ギルド内が明らかにザワついた。
ロアを心配そうに見つめていたミラも、目を大きく見開いている。
「そうなの?ロア…」
「ああ…そう、だよ」
「やはりか…」
ため息混じりに、複雑な思いを乗せて吐き出されたエルザの声に、ロアの体がぶるっと震えた。
嫌だ、そんな目で見ないでくれ。泣きそうになるのを堪えて、ぎゅっとカウンターに乗せた手を握り締める。
「ロアはアクノロギアが来ることを知っていたのか」
「…、知ってた、けど…でも、それはゼレフと関係ない、と思う」
「何故そう言える?」
「だって、理由がないし…」
声が震えるのは、何か言葉を間違えれば追い出されてしまう気がしたからだ。
ここにはロアの身に起こったことを知る者は一人もいない。
「ゼレフは生きているそうだ」
「…そう」
「驚かないのか?」
「え?」
エルザが怪訝そうに問い、そして後ろでマカロフが驚き顔を上げた。
自分は早速答えを間違えたのか。
妙に体が熱くなって、けれど冷や汗が頬をつたう。
「大丈夫なのか…?ゼレフっていやあ最悪の…」
「もし暴走するようなことがあったら…?」
「そもそも7年前のこともロアが…」
囁かれるいくつもの声が頭の中で反響する。
違う、そうじゃない。いや、そうじゃないと言い切れるのか?
自分は確かに暴走した。ナツを傷つけた事実は消えない。
「でも、ゼレフは、思ってるような奴じゃなかった…悪い奴じゃなかったんだよ」
「ロア!」
ロアの言葉を遮るように、エルザが大きな声を上げた。
咄嗟に口を押さえてももう遅い、既にさっきよりも酷く鋭い視線がロアに向けられているのに気が付くだけ。
「っ…、俺…外、出てくる」
震える声を振り絞って、なんとか立ち上がる。
怖い、いくつもの目がこちらを見ている。不快なものを見る目、恐ろしい物を見る目。
それから逃れるように、ロアは素早く軽いドアを開けて、飛び出して行った。
キィ、と勢いを残したままの扉が数回弾んで揺れる。
それを暫く見つめていたミラは、ふっと息をこぼしてから口を開いた。
「…エルザ、いくらなんでもキツイんじゃない…?」
あんな風に皆の前で責めなくても。
そう言われれば、エルザも表情を少し崩してううんと唸る。
「だが、皆に広がってしまった不信感を除くには…どうにか手を打たないといかんだろう」
「とはいってもねぇ…ナツが居たら大変なことになってたわよ?」
からんと手に持った酒を揺らして、エバーグリーンも普段の軽さを欠いた声色で呟いた。
ロアにゼレフのことを聞く必要は間違いなくある。
けれど本当に疑っているわけではない。あんな顔をさせる必要はなかった。
「…そうだな、ナツがいたら私が殴られていただろうな」
「アイツだけじゃねーよ」
それを聞いていたのか、今まで黙っていた男ががたっと立ち上がった。
「ロアを泣かせたくねぇのは、アイツだけじゃねぇ」
あからさまにイラついた様子でがたんがたんとギルドを出て行く。
そんな一人の男を見送ったエルザは、再び大きく溜め息を吐いた。
「私だって…ロアを泣かせたかったわけではない」
「エルザ…」
「皆からの信頼を取り戻すためには…何か必要なんだ…」
信じている、家族として愛している。
そんな彼を疑っているわけではないからこそ、どうにかしなければと。
エルザは悔しそうに口を噤み、静かに指先を額に押し当てた。
「…っは…」
胸が苦しい。吐きそうだ。
逃げるように外に飛び出し、大きく息を吸みその反動でロアは咳き込んだ。
前のめりになったロアに襲い掛かるように黒い髪が視界に入る。
「なん、だよ…これ…っ」
こんな風になるなんて考えもしなかった。人の目に映る自分の不吉さなんて分からないから。
不吉な黒、失った光。
もしかして、天狼島にいた時から、皆ロアを怪しんでいたのかもしれない。
本当は、ロアのせいでアクノロギアが来たと、そう思われていたのかもしれない。
「う…ぐ…っ」
恐怖から霞む視界と止まらない吐き気に足がふらつく。
がくんと膝から落ちそうになった時、ロアの腕を冷たい手が掴んでいた。
「ロア、大丈夫かよ」
「ぐ、グレイ…」
「大丈夫じゃなさそうだな…。あんな言葉気にすんなよ」
力強く引き上げる手に、よろけながらも立ち上がる。
グレイは変わらない。その手の冷たさも、ロアを見る視線も。
それが嬉しくて、けれど、信じられなかった。
「…グレイこそ…本当はどう思ってる…?」
「ロア?」
「不気味だ、不吉だって、お前のせいだって…思ってんじゃねーのか…?」
じわりと目に浮かんだ涙で視界がぼやける。
突き放さないで欲しい、手を握っていて欲しい。そう思うのに、奥底にある本心を探ろうとしてしまう。
グレイの目は、怪訝そうに細められた。
「なめんじゃねーぞ、ロア」
「っごめん…」
「お前、オレがどんだけお前のこと思ってるかまだ分かってねぇのかよ」
グレイの手が強く肩を掴む。
痛む程の力に一瞬顔をしかめたのも束の間、グレイはロアを離さんと言わんばかりに引き寄せていた。
「諦めてやるつもりだったけどやめた」
「え…?」
「大事な時にいねー奴になんか、お前を任せらんねぇ」
背中に回された手がロアの黒い髪を梳く。
冷たいはずなのに、その手は暖かくロアの頭を撫でた。
「ロア、オレがお前を守る」
低くて優しい声に意識が持って行かれる。
いつの間にか涙はぴたりと止まっていた。
「そ、だからって…こんなことしなくても、いいよ…」
「でもちょっと元気出たろ」
「元気出たんじゃなくて…びっくりしただけだって…」
でも、すごく心強い。
ロアは頬を濡らしていた涙を、ぐいと片手で拭った。
そしてもう大丈夫という意志表示に彼の胸を押す。
「んだよ、もうちょっと抱かれてろよ」
「馬鹿」
男前なグレイな顔が近くて、思わずドキリとした自分の頬を打つ。
恥ずかしい。こんな風に泣き付く形になってしまうなんて。
けれどそれ以上に、グレイが居てくれて良かったと思う。
「グレイ、もう一回…皆にちゃんと説明するよ」
「大丈夫か?」
「うん、ただ…その、隣に、いてくれる…?」
手を引っ込めて、一歩下がって、ちらと上目でグレイを見る。
「言われなくてもそのつもりだっての」
「…有難う」
そう言ってくれると思っていた。
ロアは自然と彼の手を取り、そして少しだけ自分より高い位置にある肩に顔を押し付けた。
やっぱり、もう少しだけこのまま。
そう言えば、グレイは嬉しそうにふっと笑った。
・・・
「金がない…」
よたよたとルーシィと共に戻ってきたナツが声を漏らす。
金がない。自分の家で至る所を漁ったが、7年の間に盗られたか、どこにも見当たらなかった。
「これじゃ何もしてやれねえ…」
「何?ナツ、今すぐお金が必要なの?」
「まーな。ロアに何かしてやりてーんだ」
さらりと言ってのけたナツに、ぽかんとルーシィの口が開いた。
いや、どんな返答であろうとルーシィ自身同じくお金は無いのだから手伝いようはないのだが。
「何かって…急にどうしたのよ」
「んー、なんつーか…特別なんだって、ちゃんと表したくて」
「ちょっ…!尚更どうしたのよ、今までそんなことしなくたって全然」
ちょっと照れくさそうに言うナツはなんというか、不気味だ。
ルーシィは怪訝そうにナツを見て、そしてハッと目を見開いた。
「そっか、ナツ、とうとうロアと」
「あーそんな話したら早くロアに会いたくなった!さっさと帰んぞ!」
さっきまでの疲れ切った顔はなんだったのか、だだっと駆けだしたナツの表情はいきいきとしている。
やれやれと頬をかいたルーシィは、この7年の間に変わってしまった環境に落ち込んでいたことすら忘れナツの背中を追った。
「ただいま!」
壊れそうな程の勢いで扉を開け放つ。
ナツはそのギルドの妙な雰囲気に気付きながらも、視線を彷徨わせ、そこにいない人を探した。
「…あれ、ロアは?」
そしてその名を出せば、7年の間に成長した仲間達が顔をしかめる。
やはり変だ。そう思い眉を寄せると、それまで古臭い椅子に腰かけていた数人が立ち上がった。
「ナツ、悪いこた言わねぇ。ロアには近付かない方がいい」
「あ?」
「ゼレフ、アクノロギア…あの事件にロアが関わってたかもしれないんだぞ!」
ナツを囲むようにして集まった彼等は、ナツのロアへの思いを知っているのだろう。
説得するかのように詰め寄るその顔は、何かに焦っているかのようにも見える。
「…なんだよそれ、お前ら、ロアを疑ってんのか」
「疑うなってのが無理な話だろ?」
「ふざけんな!ロアは家族だろ!」
取り囲む連中を弾き飛ばすように手をばっと広げたナツは、その先に見えたエルザをキッと睨み付けた。
「まさか、ロアに何か言ったのかよ…!」
「話し聞こうとしたら逃げたんだよ、ロアの奴が」
「そんなの…お前等がそんな顔して詰め寄るからじゃねーのか!」
こんな状況になっているのに、エルザは何をしているんだ。ミラは、マスターは、止めようとはしなかったのか。
ナツは痛い程に拳を握りしめ、ばっと今入ったばかりの扉に向き直った。
「っオレ、ロアを探してくる…!」
「ナツ待て」
「んだよエルザ、お前まで…っ」
「違う。ロアは大丈夫だ」
冷静さを保ったまま、エルザが言う言葉には根拠がなくて。
咄嗟になんでそんなこと言えるんだ!と叫びそうになったナツは、その視線を追って口を閉ざした。
驚いた顔をしたまま扉の前でかたまっているルーシィの後ろから、ロアが顔を覗かせている。
「ロア…!」
安心したナツの口から自然と飛び出した名前。
それを聞いて、やはり多くの者ががたっと体を揺らして不快そうに目を細めた。
「あ、…ごめん。やっぱり、ちゃんと話さなきゃって、思って」
ロアの声が震えている。
やはり知らないうちに何か酷いことをされたのか、とナツの中で怒りが込み上げる。
そして何より、その手を握る男が隣に立っているのが気に食わなかった。
「なんで…グレイ…」
「お前等!黙ってロアの話を聞け!」
ロアの登場で騒がしくなった者達をエルザが一喝で黙らせる。
逆にシンとなったことで緊張したのか、ロアがごくりと唾を飲んだのが分かった。
グレイの手がそれを解すようにロアの背中に触れる。ナツはそれを見ていることしか出来ない。
「…俺は確かに、“あの”ゼレフに会った。でも…本当に伝説での印象とは違ったんだ。もうこんな力を使いたくないって、泣いてた…」
ぽつりぽつりと、周りの空気を疑いながら話すロアの言葉は、やはりとうてい信じられるものではなかった。
ゼレフ、死の捕食。力の器となったロア。
あれがゼレフだったのか、とナツは記憶にあるあの怪しい男を思い出していた。
初めて対面し名を呼ばれたあの時既に、ロアはゼレフの力の器になっていたのか、と。
「皆が俺を警戒するのも分かるよ。ナツは知ってると思うけど…俺は一度暴走しかけたし、ね」
「違う!あれはオレやじっちゃんを守ろうとしただけだったろ!」
「でも、…ナツを傷つけた…」
「ロア…」
揺れるロアの瞳はどこまでも黒い。それは不気味で、けれど綺麗だった。
見惚れるが故か恐れるが故か、皆息を呑んでロアの言葉を待つ。
ロアは小さく一度口を開いて、再び閉じて。
「だけど、俺は…ここに、いたい」
ぽつりと、弱弱しく。懇願するように目を閉じて絞り出されたロアの声に、ナツの体が揺れた。
ロアに伸ばした手で空を掴んで、拳を振り下ろす。
答えは誰が何と言おうと一つしかなかった。
「…っ、いていいに決まってんだろ!」
「ナツ。それを決めるのは、ナツじゃないよ」
けれどナツのその答えを、静かにロアが否定する。
ナツは咄嗟に後ろにいるマカロフを振り返っていた。
「じっちゃん!」
「ううむ…今のマスターはワシじゃないからのう」
しかしマカロフもまた、小さく首を振る。
今のマスターは、7年間このギルドを守ってきたマカオだ。
皆の視線はマカオに移った。全ての権限はマカオにある。ロアを追い出そうとどうしようとマカオの一言で決まる。
「…マカオ、お前、まさか」
ロアを否定するのは、ほとんど全員、年を取った仲間たちだ。
マカオの何とも言えない表情に、ナツの大きな瞳が見開かれる。
「お前まで、ロアを疑うのか…!?」
「ナツ、黙ってろ」
「っエルザ…!」
言いたいことはたくさんあるのに、それをまたエルザが許さない。
いつの間にかロアを囲むように作られていた輪の中心にマカオが出てくる。
ロアとマカオが向き合う形でそこに立ち、先程よりも重い空気がそこに流れた。
「…マカオ…遠慮、しないで言っていいよ…」
ここにいたい。けれど疑いの目を向けられながらい続けるのはもっと辛いだろう。
良く知ったマカオとは少し異なる、記憶の中より老いた彼を見上げる。
けれどその顔を、表情を見るのが怖くて、すぐに視線を降ろした。
「正直、全く疑わずにいるってのは無理だ。明らかにお前だけ…普通じゃねえもんな」
「…うん、分かってるよ…」
当然のように言われて、軋むような痛みが頭を突き抜ける。
自分でも分かっているから言い返す言葉など何も浮かばない。ただ言われる言葉を待つ。
「少し、がっかりもしてんだ。この7年間、お前の金の髪や瞳に恋い焦がれたからな…」
「…ご、め」
「でも、やっぱりロアは綺麗だ」
穏やかな声色で紡がれた言葉に、ロアは一瞬何を言われているのか理解出来なかった。
ぽかんとして見上げれば、優しい顔がロアを見ている。
それでもやはりロアを恐れているのか、小刻みに震えるマカオの掌がロアの頬に重なって。けれどその手はゆっくりとロアの肌をなぞり、とんと肩を掴んだ。
「ロア、頼む。ここにいてくれ」
やはりマカオが何を言っているのか、理解出来なかった。
目を開いたまま固まったロアを、マカオが抱き締めてぽんぽんと背中を叩く。
「昔助けられた恩もあるし何より…手放したくないからなぁ」
「え…」
「他に渡すくらいなら、フェアリーテイルで守り続ける。お前は昔からそうだったろ」
耳元で確実に伝えられる言葉に、ただ喜びと困惑が入り乱れていた。
確かにそうかもしれない、でも。でも。
何か言った方が良いのか、躊躇いがちにぱくぱくと口を開いても上手く言葉が出てこない。
「ほ…ほん、とうに…?いいの…?」
「たりまえだろ。お前はずっと、フェアリーテイルのロアだ」
「っ…ま、マカオぉ…」
けれど、余計な言葉はいらなかった。
ようやく胸に刺さり続けていた痛みが無くなり、それと同時に抑え方の分からなくなった涙がぼろぼろと零れ出す。
良かった、やはりこの場所は変わっていなかったのだ。
「おいおい、ロア。んな泣くことねぇだろ?ん?」
「だ、って、だって…、怖かったんだ…っ」
思っていたよりも広い胸に抱き着いて声を上げる。
ぽんぽんと背中を撫でるマカオの手は、お父さんかのような優しさと温かさを帯びていて
、少し汗臭い体に更に身を寄せると、思わず押さえ込んでいた本音が口から出てしまった。
「俺、もう、魔法上手く使えないし…っ、“光”なんて、もう無くなっちゃって…」
「ロア…」
「役立たずで、でも危険で、そんなの…っ、俺、どうしたら良いか…っ」
怖かったのは、ここに居れるかどうか、それだけではなかった。
自分が自分じゃなくなるみたいで。覆い尽くす黒が自分を変えてしまいそうで。
「…ゼレフもまた、ロアに恋焦がれた一人なんじゃないのか」
ふと、何か気付いたようにエルザがぽつりと呟いた。
その言葉を聞いて、ロアもはっと顔を上げる。
マカオに抱かれたまま首だけで振り返ると、さっきまでと違い優しく笑うエルザと目が合った。
「全く…お前の事だ、ロア。ゼレフに同情しただろう。そして、きっと優しい言葉をかけた」
「え、」
「ゼレフにとってお前は唯一だった。だから自分の力を分けることで離れられない存在にした…そうは考えられないだろうか」
顎に手をやって考えるような仕草を撮りながらも、エルザの言う話はかなり適格に当てていた。
いや、憶測でしかないのは確かだ。
けれど、その話はあまりにもロアの中でしっくりとハマっていた。
「そしてそれが事実なら…ロアが接触しない限り、ゼレフは完全にはならないということにならないか?」
「確かに、それは一理あるのう」
「今まで通りロアは我々で守る。それで異論はないと思うのだが」
ぺらぺらと、エルザに続いてマカロフも続く。
そう、初めから決めていたかのように。
「エルザ…でも、俺…力を使いこなせないんだ、もう魔導士としては…」
「いや、お前と光は引きはがせるものではない。恐らく、闇の力に覆われているだけだ」
「え?」
「光の力を引き出すことが出来れば、もしかしたら魔法も姿も元に戻るかもしれん」
方法は分からんが。
そのエルザの言葉に、ロアは確実に救われていた。
そうだ、まだ諦める必要は無い。
島を出る前にメイビスも言っていた、“光を見失わないで”。あれはつまり、そういうことだったのかもしれない。
「つーかマカオ!お前いつまでそうしてるつもりだよ!ロアを離せ!!」
「うわっ…!」
ふと、ロアの体がマカオの胸を離れた。
気が付けば、ナツに抱きしめられている。
ギリリと歯を剥き出しにしている姿は、何となくマカオを威嚇しているような。
「ったく、ナツ、お前はなぁ…」
「ロアはもうオレのもんなんだよ!ロアがオレを選んだんだからなっ!!」
呆れた顔をしていたマカオの顔が一瞬カチンと止まった。
それから驚いた顔でロアとナツとを見比べる。
「え…そう、なのか?ようやくとうとう、アレか?」
そっかあ、なんて言いながら頬をかく。
そんなマカオに、ナツに抱かれていることが恥ずかしくなって、ロアはナツの腕を解こうとした。
「おい、待てよナツ。それは認められねぇ」
しかし抜け出そうと足掻く前に、グレイの手がロアの腕を掴んだ。
「さっきだって、肝心な時にいねーんだよ、お前は」
「それは…っ」
「だから、ロアはオレが守る」
「あ!?それとこれとは別だ!」
ナツとグレイに両腕を掴まれて、左右に体が揺さぶられる。
なんだこれは。と思っているのは恐らくロアだけではなかった。
アイツ等変わってないな、なんて暖かい視線ならともかく、ほとんどが呆れた目でじとっとロア達を見ている。
そのどうしようもない恥ずかしさに俯くと、二人から引き剥がすようにマカオの息子であるロメオの手が間に入り込んだ。
「オレに良い考えがあるよ!」
満面の笑みを浮かべる少年に、ナツとグレイの手がロアを引き合うのを止める。
「なんだよ、ロメオ」
「実はね、三ヶ月後に、ギルドの強さを競う祭り…大魔闘演武があるんだ!!」
そして続けられた言葉に、マカオや七年老いたメンバー達がサッと青ざめる。
一方で、何となく面白そうな響きだと、ナツはぱっと目を輝かせていた。
・・・
「ねぇ…本当にこんな所にいるの?」
でこぼこと安定しない道を歩きながら、最初にぼやいたのはルーシィだった。
「人嫌いの変わった婆さんだからな。ロアも、気を付けろよ」
「あ、有難う…」
既に疲れ切ったルーシィと、ロアを囲むように歩くナツとグレイ。ウェンディも少しワクワクした様子で足取り軽くついて来ている。
彼等は森の中に住んでいるというフェアリーテイルの薬剤師、ポーリュシカを目指していた。
ロアのあれやこれやもめ事が治まった後。
ロメオが発した“大魔闘演武”をきっかけに、ロア達は今のフェアリーテイルの現状を聞くこととなった。
フェアリーテイルはロア達が不在の間に弱小ギルドとなってしまった。
そのフェアリーテイルがすぐにでもナンバーワンに戻る為の手段が大魔闘演武への参加なのだという。
それに参加し、活躍した方がロアのパートナーになるってことでどう?なんて軽々しく言ってくれたものだが、ナツとグレイは意図も容易くそれに乗ってしまった。
「だからって、その薬?で一気に強くなろうなんて、都合よすぎるんじゃないのか?」
「動き出さねーよりはいいだろ。オレ達、かなり弱くなっちまってるみたいだし…」
そこで急にポーリュシカの所へ行ってみよう、と言い出したナツの考えは、今ロアが呟いた通り。
7年の差を埋める為に一気に魔力を上げる手段を探しに来たのだ。
ポーリュシカなら何か知っているかもしれない、と。
「まー簡単に見つかるとは思ってねぇけどさ、ロアも会ったことねーんだろ?」
「う、うん。基本的に面倒はミストガンに見てもらってたからな…」
「だから挨拶がてらさ!もしかしたら光を取り戻す方法とか、分かるかもしれねぇだろ?」
ぽんっとロアの背中を叩くナツはどこまでも前向きだ。
そういうところは見習った方が良い部分かもしれない。
何気なくそんな事を考えて前を向くと、気付けば怪しげな家がそこに建っていた。
「ポーリュシカさん!頼みがあんだけど」
「一気に強くなれる薬とかねーかな?」
軽く声をかけるグレイに、ナツも駆け寄り無茶な注文を呼びかける。
そんなのあるわけないだろう、と呆れて見ていたロアの常識的思考は、当然正しかった。
「帰れ」
一瞬扉を開いて顔を見せただけ、ポーリュシカはばたんっとそのまま扉を閉めてしまった。
「そう言わずにさぁ、なんかねーかな!」
もう一度、負けじと声を上げたナツに暫く沈黙が続いて。
再び扉が開くと、ポーリュシカはほうきを手にぶんぶんと虫でも払うかのように振り回した。
「人間は嫌いなんだよっ!しっしっ!」
「おわっ!」
余りにも乱暴なその攻撃に、ナツとグレイと、その近くに立っていたルーシィまでその場を離れざるを得なくなる。
ただ、ウェンディはじっとその老婆を見つめ、切なげに眉を寄せた。
「…グランディーネ…?」