ナツ夢(2012.02~2016.05)
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また、仲間を犠牲にしてしまった。
グレイの消えた崖を見つめ、それでも動けない足を自分の拳で強く叩いた。
結局また自分は何も出来ずに守られてしまう。
「…ナツ…グレイ…」
そういえばナツは無事助かっただろうか。ギルドの皆は無事でいるだろうか。
ぱたりと体を横たわらせて自分の黒い髪を掴む。
光が弱い、闇の強さに勝てない、それをも言い訳でしかない。いつだってロアは仲間に守られてきた。
「くそ…ッ」
ぱしゃっと地面を叩いて歯を食いしばる。
強くなりたい、皆を守れるくらい強く。
「…ロア」
強く握り締めた拳を包み込むように、ロアの手に冷たい手が重なった。
儚い声に顔を上げれば、さっきまで意識のなかったゼレフがロアを見下ろしている。
「ゼレフ…?」
「僕は君を失いたくない…」
「え」
ゼレフの手がロアの顔の横について、ぱしゃんと水が跳ねた。
ゆっくりと近付いてくるゼレフの整った顔。
いや、待てこれは。
「おい…ゼレフ…?」
頬に貼り付いた黒い髪をゼレフの指が流す。
それから待たずして、ゼレフの唇がまたロアの唇に重なっていた。
「…っ」
押し退けたくても手が動かない。
どうしてまた。当然のように浮かんだ疑問は、自分の体に流れてくる痛みで容易に解決出来た。
「っ!?っ!!」
もっと深く入り込んでくる闇の力。
何故かゼレフはロアの体により多くの力を流し込んでいるようだった。
もう十分だ、もういらない。塞がれた口から声は出てこない。
しかしその理由も、体の痛みが無くなったことで理解してしまった。
「…っゼレフ…こんなこと…困るよ…」
「僕の体がそうであるように、君の体も癒えると思って…」
「だからって、俺はこの力を使いこなせないし、ゼレフだって…」
最初にどれ程闇の力を受け入れたのか知らない。
けれどそれだけでゼレフはウルティアに負けたのだ。これ以上は互いに良いこと無しだろうに。
というロアの予想は外れていた。
「見つけたぜゼレフ!」
がさっと飛び出してきた男、それは炎の力を持つザンクロウだった。
ナツとの戦いの後、ロアの暴走した闇の力に巻き込まれ気を失っていた。という事は勿論ロアの知る所ではないが。
「お前は…グリモアハートか!」
「あ…?お前はあん時の…!くそ、テメェのせいで炎のドラゴンスレイヤーを倒しそこねたじゃねェか!」
狙いであるゼレフと、そして自分に突然攻撃をしてきたロア。
二人を発見したザンクロウの口元にニィッと笑みが浮かぶ。
「まずお前からぶっ殺してやる!」
かっと見開かれた目がロアを捕らえる。
自分に戦う為の力があるかは分からない。けれど、痛みの消えた体を起こしてザンクロウと向き合った。
「くそ…っ」
「ロア、下がってて」
「え?」
とん、と肩に触れたゼレフの手。
優しくロアを押しのけて、そしてロアの前に立ったゼレフの髪が不気味に揺れた。
「ゼレフ…?」
こちらに向かってきたザンクロウは、ゼレフを前にした瞬間ぴたりと固まった。
何か感じ取ったのだろうが、その時には既に避ける術などない。
見えない何かが頭上に降り注ぎ、その衝撃に目を伏せたその間に全てが終わっていた。
あっという間に辺りが荒地に変わるのは、最初にも見たゼレフの力だ。
しかし、その破壊力が、明らかに増している。
「…し、んだ…のか?」
ゼレフの前に倒れているザンクロウ。
背を向けているゼレフの顔はうかがえない。
今の力がウルティアを前にした時に使えていたなら、負けることはなかったのだろう。
つまり、その時と今とで彼の中の何か変わったのだ。
「どうして…そんな力を…」
「…ロア、聞いてくれ」
しかしそれを問い質す事は出来なかった。
「な、んだよ…」
「今、一つの時代が終わるかもしれない」
「え?」
「奴等の邪念が、アクノロギアを呼んでしまった…」
短い言葉にいろいろなものが詰まっている気がする。
その一つさえも見えてこないから、ロアはぽかんと開けた口を塞げない。
「アクノロギア…?何を言ってるんだ?ゼレフ、お前は何を知ってる?」
唯一つ分かるとすれば、何か悪いことがこれから起こるということだけ。
不安が募る。それ故震えたロアの肩を、ゼレフが掴んでいた。
「僕の事はいい。君は仲間の所に行くんだ」
「え…でも、そうしたらゼレフ、お前はまた一人に」
「この時代は終わる。君は最後を彼等と共にするといい。もはや消失は免れない」
恐らくこれから起こる事は、ロアの想像を遥かに超えた絶望を持ってくるのだろう。
ゼレフの出会った時と異なる覇気のある声と、その力とで容易に想像がつく。
「…何か、出来ることはないのか…?」
「…ない」
「そっか…じゃあ、俺は死ぬのかな、皆と」
今度は返事がない。
視線を下げたゼレフに、ロアはふっと口角を上げて手を差し出した。
「忘れないでくれ。俺は、ゼレフ、君の友人だ」
「今のボクを受け入れてくれた唯一の人だ。忘れることなど有り得ない」
ぎゅっと握りしめた手にほんの少し熱を感じる。
それが嬉しいのと同時に悲しくて。ロアは静かに手を放すと振り返ることなく歩みを進めた。
ゼレフの力は確かにロアの中にある。
きっと、彼はこの先ロアがいなくなっても他の人と出会えるよう、触れ合えるよう、自分の力を少しでも減らしたかったのだろう。
そんな彼の優しさを想像しながら、心の中で「さようなら」と告げた。
「大丈夫だ。君は僕と在り続ける」
ぽつりと呟かれたゼレフの言葉は、風の音の中にかき消された。
・・・
ゼレフと分かれたロアは、一人皆がいる場所を探していた。
光がないから跳んで上から探すことも出来ない。
ただひたすらに、人気がする方へと向かうだけ。
しかし、ロアの勘は外れた。
海に面した場所に抜けると、そこにはメストが一人いるだけだった。
「…メスト?お前こんなとこで何してんだ…?」
「っ!?お前は……ロア、か?」
明らかにフェアリーテイルのものと違う船がこちらに向かってきている。
どういうことか、は何となく想像がついた。
「やっぱりお前はフェアリーテイルじゃないな」
「…オレはここにゼレフがいると聞いてきた…評議員のドランバルト」
「そっか、じゃあ記憶が曖昧だったのはお前の能力か」
「…騙していて悪かった」
恐らくこの状況でなければ問い詰めただろう。
今はそれどころじゃない。メストが誰であろうが関係なかった。
「なるほどな、じゃあお前は早々とここを去った方がいいよ」
「…そのつもりだが…。なら、お前も、お前達もすぐにここから逃げた方がいい」
ドランバルトがロアに手を伸ばす。
その目は真剣だった。評議員の人間とはいえ、少しは心配してくれているのだろう。
それでも、それすら何とも思わない。
「今俺が皆を残してその手を掴むと思うか?」
「いや、思わない。けど、ここはまずい!」
「…アクノロギアってやつか?知ってるよ。多分ここにいたら皆死ぬんだろうな」
「なら…っ」
ドランバルトの手はもう一度こちらに強く伸ばされ、そしてぎゅっと空を掴んだ。
ここで見捨てることになる命へ悔やむ男を、むしろロアの方が冷ややかに見ている。
「自分の命なんて惜しくないよ。俺は、皆ととこに行かなきゃ」
「そうか…。なら、この海辺に沿って向こうに行くんだ。グリモアハートのボスは船にいる」
「ありがとな、メスト…じゃなかった、ドランバルト?」
「ああ…」
最後にニッと笑いかけて、そのまま背を向け走り出す。
ドランバルトは悔しげにもう一度拳をきつく握り締め、そしてこちらに来る自分の船を見据えた。
「フェアリーテイルはどいつもこいつも仲間思いだ…」
誰も自分の手を取らなかった。
だからこそ惜しい命が消えてしまう現実に手が震える。
何も出来ない。あまりにも強大な力を前に、彼は逃げるという選択肢しか選ぶことが出来なかった。
砂浜に足を取られながら、それでも必死に足を進めて暫く。
ようやく見えた大きな船は、この島の景色に似合わない豪華な装飾がされていた。
あの船にのってグリモアハートが乗り込んできたのだ。
それを思うと怒りが込み上げる。
「やばいな…っ、持って行かれそうだ…」
ゼレフの中の力を自分がどれ程体に取り込んでいるのか、考えるのも恐ろしい。
いつものように怒りに身を任せたら、今度こそ闇の力は暴走するだろう。
「ナツ、グレイ…皆…」
自分を引き止めるように仲間の名を呼んで、船を見上げる。
内部へ繋がる階段は、氷で作られている。
ウルティアがわざわざ道を作るとは思えない。
つまり、既にグレイはあのウルティアを倒してここまで来たのだ。
「…っ」
ここにマスターハデスがいたら。自分は闘えるのか、足手まといになりはしないか。
ここまで来て、また新たな不安に胸を押さえる。
しかし直後、船が何かの衝撃を受けて大きく揺れた。
中で闘っている。間違いなく伝わってきたその状況に、ロアは迷いを捨てて階段を駆け上がっていた。
「ナツっ、グレイ…!」
きっと中にいる。まだ無事でいる。
黒い髪を揺らし登り切り、そして見えた景色にロアは言葉を失った。
「おや…探す手間がはぶけたな」
真ん中に立っている男がマスターハデスだ。
そしてそのハデスの足の下にある桃色の髪は。
「…てめぇ…ナツに何してんだ…」
「ん?このガキのことか?いいだろう、君に返そう」
徐にハデスがナツのマフラーを掴む。
されるがままに持ち上げられたナツの体は、ハデスの指から放たれた力によって吹き飛ばされた。
「ぐああっ!!」
「ナツ!!」
苦痛の声を上げたナツの体を受け止め、その勢いでロアもそこに倒れる。
良く見ればナツだけではない、グレイ、そしてエルザもルーシィもウェンディも。皆ハデスを中心に倒れていた。
「ロア、君に良い条件を出してやろう」
「何…?」
「ゼレフと共に私のものになるのだ。そうすればもうフェアリーテイルには手を出さん」
「…んなの、信じられるか…」
確かにハデスの狙いはゼレフだ。
フェアリーテイルはついでなのかもしれない。けれど。
「お前はフェアリーテイルに手を出し過ぎた。お前がそのつもりでも、俺はお前を許さない」
ゼレフの力によって癒えた体でナツの前に立つ。
マカロフに深い傷を負わせ、そして皆を傷つけた男。
「…は…やっぱ駄目だ、腹が立つ。てめぇを殺したくてうずうずしてる」
「やめておけ。君にその力は使いこなせないだろう。仲間をも巻き込むぞ」
「どうだろうな、やってみないと分かんねーぞ」
根拠などない。けれど自然と手のひらをハデスに向けていた。
許せない許したくない。ハデスもそして自分も。
ただの一つでもいいから皆の役に立って消えたい。
「やめ、ろ…ロア…!」
「ナツ。大丈夫、俺があいつをぶっ殺す…」
「ロア…っ」
ナツに対して笑いかける。
そして込み上げる闇の力に身を任せてみれば、体の痛みと同時に何かオーラに包まれているような感覚に襲われた。
「っ…」
「光のロア、自ら光を捨てるのか」
「てめぇを殺す為ならなんだってしてやる…!」
この目で見たのだ。ゼレフは力をコントロールしていた。
ロアに優しい瞳を向けていながら、闇の力で敵を倒した。
それが出来れば。
「その力は使うなロア…!」
ナツが叫ぶ。
それで目を開いたエルザが膝をたて、そしてグレイもロアに手を伸ばした。
どうしてそんな風に心配するのだろう。
ハデスの命なんてどうなったっていいのに。殺せれば、そう、闇の力なら簡単にやれる。
「死ね…ハデス…!」
これでマカロフの、皆の敵を討てる。
確信して闇の力を放とうとしたロアの手は、突如後ろから現れた手に掴まれていた。
それと同時に目の前に強烈な光が落ちて、思わず目をつむる。
「…っ!」
「おいおい、ずいぶん物騒じゃねーか。お前、ロアか?」
掴まれた手が引かれ、大きな体に顔をぶつけていた。
両手で頬を包み無理矢理上を向かせてロアを覗き込んだのは、一度フェアリーテイルを裏切り破門となった男。
「ラクサス…!?」
「見ねぇうちにイメチェンか?お前らしくもねぇ」
「なんで、お前が…!」
「先代の墓参りに来たんだよ。それがなんだ、どいつもこいつもボロ雑巾みたいになりやがって」
そう言い放ったラクサスに対し、ナツは小さく「だな」と言って笑った。
ルーシィもエルザもグレイも安堵した様子でラクサスを見上げている。
「で、あいつがじじいの仇か」
「ラクサス、でも、あいつは」
「分かってる。先代の墓参りに来たつもりだったが…まさか二代目様に会えるとはな」
ロアの肩をぽんと叩きラクサスが一歩前に出る。
それから振り向いて見たのはナツだった。
「んなとこに寝てんじゃねーよ、ナツ」
「悪ぃ、もう魔力がすっからかんだ…」
「仕方ねーな…。ロア、離れてろ」
ラクサスの声に咄嗟に反応して二人から離れる。
そして丁度その先にいたグレイに駆け寄り、その肩を抱いた。
「グレイ…ウルティアとは…大丈夫だったのか?」
「ああ、大丈夫だ。たぶん…気持ちも伝わっただろ」
「そっか」
「お前こそその力…まさか本当にゼレフが存在したなんてな」
グレイの手がロアの黒い髪を梳く。
代わりに、とは言わないが、ロアはグレイの頬に出来た傷をなぞった。
申し訳ない、けれどそれ以上に無事で良かった。
「グレイ…」
「礼を言うなら後だ。まだ闘いは終わってねーぞ」
「…ああ」
感傷にひたっている場合でない。
その安堵を拭い去るように目を擦って顔を上げると、ラクサスはナツに掌を向けていた。
「ナツ、行くぞ。オレの全魔力だ」
言うが早いか、ラクサスはみなぎる雷の力をナツに目掛けて放った。
その衝撃の大きさに、思わずロアもグレイと抱き合い堪える。
凄まじい砂埃が過ぎ去るのを待ち目を開けば、ラクサスの隣に立っているのはさっきまで倒れていたナツ。
代わりにラクサスが膝をついている。
「じ、自分の魔力をナツに!?」
エルザがすぐさまそう叫び、ロアも何が起こったのか理解した。
ラクサスがハデスへの、マカロフの仇をナツに託したのだ。
「なんで、オレに…。オレはラクサスより弱ぇ…」
「強いか弱いかじゃねぇ…。キズつけられたのは誰だ?ギルドの受けた傷はギルドが返せ」
ロアは雷を纏ったナツを見て、それから静かに目を閉じた。
本当に頼りになる仲間だ。ずっとロアを支えてくれた大事な人。
ハデスを倒して、そうしたら全部伝えよう。
「雷炎竜…。100倍返しだ」
炎と雷の融合。
力を取り戻したナツはぎらぎらとした目をハデスへ向けた。
もはや力も気持ちも劣るものは何もない。
真っ直ぐに突っ込んで行ったナツを、ハデスは押し返すことが出来なかった。
戦いは終わった。全て、終わったのだ。
日が差し込んで、辺りが明るくなり始める。照らされたその下で、倒れかけたナツをロアの腕が支えていた。
皆でグリモアハートの船を降り、目指すは傷ついた仲間達と、それを守る為に残った皆の元。
ロアしか知らない最後の時はもう目前だ。
「…ナツ、大丈夫か?」
「おう…もう体ん中空っぽだ…」
「あんだけやりゃあな。でも、すごく格好良かったよ」
目を細めてすぐ近くにあるナツの顔を見つめる。
こんなにも愛しい。今日この日まで我慢出来たのが奇跡だと感じる程に。
「んあ?なんだよ急に」
「ふふ、俺、素直になることに決めたんだ」
ゼレフの言っていた“アクノロギア”が何なのか分からずに、未だ胸の内に不安が残っている。
それでも、どうせ避けられない未来なら、ロアはその最後を喜びで終わらせたかった。
だから、言わない。だから、何も知らないかのように振る舞う。
「…ナツ」
「な、んだよ、どうした?」
「俺、こんなになっちゃったけど、受け入れてくれる?」
結局ゼレフに与えられたままとなった闇の力は、ロアの外見を大きく変えてしまった。
黒くなってしまった髪と瞳は戻らない。
けれどナツはニカッと笑うと、結わいた黒髪のその房に顔を寄せた。
「どんなロアでも、ロアにゃ変わりねーだろ」
「っ、ああ…もう…」
駄目だ。
ロアはまだ足に力が入っていないナツの肩に回していた手を放し、倒れそうになったナツの体を正面から抱きしめた。
「うわっ!?」
さすがに声を上げて、ナツがきょとんと目を丸くする。
そしてその声に驚き振り返ったのは、同じくボロボロになりながら戦ったメンバー。
「え、何?ロア?」
「おいおい、ロアの奴は色だけじゃなくて性格も変わったのか?」
「邪魔するものじゃないだろ、皆先に行くぞ」
ルーシィ、ラクサス、エルザとそれぞれに言葉を発してから微妙な空気を残しつつ背中を向けて歩き出す。
グレイも少し複雑そうに眉を寄せてから、ふうっと息を吐いた。仕方ないな、なんて言いたげに。
「あの、お二人は、どういう…」
「ウェンディは気にしなくていいの!」
遠ざかって行く声を気にすることなく、ロアはぎゅっと抱きしめる手に力を込めた。
本当に、最後が来るのだろうか。
信じられない程の静寂が逆に怖いような、このまま本当は何も起こらないんじゃないかなんて考えたくなるような。
でもさらりと流れた黒い髪に、また恐怖が戻ってくる。
「ナツ…聞いて、欲しい」
「何だよ…そんな、声出して」
ロアの不安が伝わったのか、ナツの手がぴくりと震えた。
「…もしかしたら、もう、最後になるかもしれないから、全部、」
「最後…?ロア、泣いてんのか?」
ナツの手がロアの肩を掴み、触れ合っていた体が剥がされる。
目の前にあるはずのナツの顔はぼやけてよく見えない。
「ロア、もう終わったんだ。怖い事なんてもうねーぞ」
「そう…だよね…」
ナツの声と言葉にはいつも力を与えられてきた。
だから今も、ロアはナツの手を掴んで笑みを返す。
「…ナツ、俺、ずっとナツと一緒にいたい」
「ロア?」
「俺…ずっと、小さい時からずっと…、俺のこと、綺麗って言ってくれたあの瞬間からずっと…」
ずっと、気付けばナツの事を目で追っていた。
誰よりもナツの事を好きで、それでも上手く伝えられなくて、距離が開いてしまうこともあって。
でも、ようやく言える。
「ナツ、俺は、ナツのことが」
その先に続くはずだった言葉は、大きな風によってかき消されていた。
思わずナツの手がロアの体を抱き締め、二人強風に耐える。
「な、なんだ…!?」
ナツがどこか呆けた様子で上を向いている。
それにつられて見上げれば、雲を切ってこちらに向かってくる黒いドラゴンが視界に映った。
そしてその瞬間に確信した。
「…アクノロギア」
「何だって?」
「アクノロギア、時代が終わる…終わりが、来たんだ」
圧倒的な禍々しいオーラにそう呟く。
ナツは余り理解してはいないようだったが、それでも何となく感じたのだろう予感に立ち上がった。
「早く皆に伝えねーと…!」
「…たぶん、もう無駄だよ」
「あ?やる前から何言ってんだ!早く…っ痛、」
言うのは良いが、既に全力で戦いきったナツの体はやはり前のめりに傾く。
もう諦めていたけれど、今のナツを放っておくことなんて、出来るわけがなかった。
「そう、だね…皆で抗おう」
「ロア…?」
「まだ、諦めるのは早いよな」
伝えたいことは、平和を取り戻してからにすればいいんだ。
ロアはナツを抱き上げると、そのまま駆け出した。
「皆…!!」
「でっけードラゴンがこっちに来んぞ!!」
喉が張り裂けそうな程、声を張り上げる。
皆もこちらに向かってくるドラゴンに気付いているようで、空を仰いでいた。
初めて見るドラゴン。そこに感じるのは新たな出会いへの感動なんかじゃない。
「ウェンディ、まだ力残ってるか?」
「は、はい!ナツさんを治しますね!」
「頼む…!」
たたたと駆けてきた小さな体にナツを預け、その傷が癒えるのを見守る。
他のメンバーも看ていたのだろう、ふっくらとした頬に汗がつたうのに気付き、ロアは目を逸らした。
その視線の先に、空を見上げるギルダーツがいる。
彼にもまた…ウェンディとは違う汗が頬をつたっていた。
「まずいぞ…ありゃ、アクノロギアだ」
「ギルダーツ、知ってんのか?」
「一度オレは死にかけた。あれと戦った時だ」
青ざめているギルダーツとマカロフはアクノロギアの恐ろしさを知っているのだろう。
このギルド最強とも言われる二人が恐れている。
それは、全員を絶望に突き落とすのに容易かった。
「ワシが食い止める、皆早く逃げるんじゃ」
「マスター!?」
「早く行け!」
まだ傷の残る体を膨らませて、マカロフがこちらに向かってくるドラゴンとの間の壁となる。
恐らくマスターとして当然の行動だったのだろう。
時間を稼いで、皆が逃げれればそれで。
「んなこと、出来るわけねーだろ」
「ナツ…」
「皆で帰るんだ、フェアリーテイルに!!」
ウェンディの手を押しのけ、ナツががばっと立ち上がった。
しかしそのナツの制止も間に合わず、上空から急降下してきたドラゴンがマカロフに激突する。
「う…ぐ…っ!」
「じっちゃん!!」
ウェンディの治癒の力に頼らなかったのだろう、マカロフの腹部に出来ていた傷は開き、包帯に血が滲んだ。
マカロフがドラゴンに押し負ける。そうすれば、今度は誰も止められない。
けれど、もう絶望する者はいなかった。
「ナツの言う通りだ。皆で帰ろう」
エルザが笑って言う。それに対し、皆笑って頷いた。
しかし、そんな根拠のない彼等の願いを打ち砕くように、ドラゴンはかっと口を開いた。
ドラゴンの口に力が集まる。
フェアリーテイルに同じようなことを出来るドラゴンスレイヤーがあるから、皆それが何かすぐに察した。
「ブレスだ…!」
ナツが叫んで身構える。
ナツやガジルのものてさえかなりの威力を持つ技だ。
アクロノギアが放つそれの威力は恐らく…島ごと吹き飛ぶだろう。
「防御だ!防御魔法の使える者に魔力を送るぞ!皆手を繋げ!!」
倒れてしまったマカロフを抱きかかえながら言うエルザに従い、それぞれ近くにいたものの手をとる。
自然と大きな輪を作ったフェアリーテイルは、皆目を合わせて頷いた。
皆で帰るんだ。気持ちは一つ。
ロアは繋がっているナツの手をぎゅっと握り締めた。
そんな上手くいくはずがない、どこがでそう現実を見ている。
「…ロア、さっき何か言いかけたろ」
「え、あ…いいんだ、忘れて。こんな時に言うことじゃないし」
「そっか、じゃあ帰ったら聞かせろよな」
いつもと変わらない笑顔を見せたナツに、ロアは笑顔を返すことが出来なかった。
帰ったら、なんて。もし帰れなかったら、ロアの想いはどこにも残らず消えてしまう。
「…ロア、オレも実はロアに言いたいことがあったんだ」
「へぇ、ナツにも?」
「おう。ホントはロアに追いついてから言うつもりだったんだけど…」
Sランク昇格試験は結局続行不可能になってしまった。
だから仕方ないよな。ナツは一人呟き、そして繋いでいたロアの手ごと、自身の胸に手を重ねた。
「オレは、ロアが好きだ」
「…は…?」
「ロアのこと、誰よりも大好きだ」
ナツの胸がとくんと大きく鳴ったのが重なる手から伝わってきた。
ロアの胸もナツに引きずられるかのように高鳴り始める。
「…どうして今…」
「ずーっと言いたかったんだ、ここに来てから」
「ば…馬鹿、馬鹿だよ、そんな…っ」
思いが揺らぐ。
ナツの為に、今この瞬間生きる為に、そしてフェアリーテイルの為に我慢しようとした胸の内が解き放たれて行く。
ロアは手を通じて送られてくるフェアリーテイル皆の魔力を感じながら、擦れるような声で呟いた。
「ナツ…俺もずっと、愛してるよ」
その声がナツの耳に届いていたかは分からない。
闇のブレスを前にして、視界は真っ黒に染まっていた。
ぎゅっと握った手を頼りに、奴からすれば紙のようにも脆いのだろう魔力で対抗しようとする。
それもどこまで続いたか。
何もかも見えなくなって、痛みをも通り越して、ロアは一人落ちて行った。
ぽたり。頬に落ちた温かい感覚に、ロアはゆっくりと目を開けた。
思いの外意識ははっきりとしているし、体は痛いが頭に異常無いらしい。
「目が覚めましたか」
その声はロアにふわりと降り注いだ。
顔をゆっくりと動かすと、全体的に白く柔らかい雰囲気を纏った少女がロアを覗き込んでいる。
「…え…っと、誰…?」
「私はフェアリーテイル初代マスターのメイビス・ヴァ―ミリオンです」
「…?初代…?俺は、夢を…いや、死んだ、のか…?」
初代なんて生きているはずもない人がロアの体を抱いている。
その不可解な状況に、そう思わない方が不自然だっただろう。
しかし、メイビスは目を細め、そして小さく首を横に振った。
「…貴方は生きています。貴方だけは…闇の力に打ち勝つ力を持っていたのです」
「闇の力…ああ、そうだ、俺は、ゼレフから力を受け取ってる」
「貴方の優しさが…ゼレフの心に新たな感情を生み出してしまったのでしょう」
そう言う彼女は何を考えているのだろうか、悲しそうにもどこか嬉しそうにも見える。
けれど、ロアはふと覚醒した頭で周りを見渡し唖然とした。
「ま…待ってくれ…ここは、天狼島は…?ナツは、皆は…?」
メイビスの背中に見えるのは、どこまでも広がる海。
さっきまでいた大きな島がどこにも見当たらないのだ。
「大丈夫ですよ。貴方の大事な人達は皆…フェアリースフィアに守られています」
「フェアリースフィア…それって、妖精三大魔法の…」
「私は、皆の強い絆と信じる心を全て魔法へ変換しました。けれど…幽体の私ではそれが精一杯で…」
フェアリースフィア、絶対防御魔法。
それが使えるということは、彼女が初代だということは本当なのだろう。
ロアは本当に夢でも見ているような心地で彼女を見上げた。
神秘的、けれど暖かくて。包まれるかのような安心感に身を寄せたくなる。
「私は貴方に、選択肢を与えなければいけません」
「え…?」
「私の今の力では、彼等の凍結封印をいつ解けるか分からないのです」
彼女の言葉を理解するのには時間が必要だった。
神々しい彼女に見惚れていたからか、それとも信じたくなかったからか。
「…それって、どういう…?」
「彼等の無事を今の時代に残る者に伝え、共にフェアリーテイルを守り彼等の帰りを待つか」
「…!」
「それとも…大事な者達と同じ時代を生きる為に凍結封印されることを望むか」
優しい声がロアの胸に突き刺さるようだった。
自分はゼレフのおかげで生き延びた。生き延びてしまったのだ。
「…俺はこの時代に残るフェアリーテイル唯一のSランク魔導士だ…。フェアリーテイルを、帰る場所を護る義務がある」
「…そう、かもしれませんね」
「でも俺は…」
たとえナツが、皆が無事だと分かっていても。
彼等がいないフェアリーテイルで、生きていくことが出来るだろうか。
ナツがいないフェアリーテイルで、共有できない時間に耐えられるのだろうか。
「俺は、弱いんです…。俺は、俺が、ここまで生きて来れたのは…」
「愛とは、人を強くすると同時に、脆くしてしまうものです」
「え…」
「貴方の気持ちは分かっていますよ」
自分は今赦されたのだと、メイビスの笑顔で察した。
けれど分かっているのだ、自分がフェアリーテイルとして最悪の選択をしようとしていることを。
「…ごめんなさい…メイビス様…」
「何を謝る事があるのです?貴方は、貴方の気持ちに従えば良いのですよ」
「でも…」
「フェアリーテイルは大丈夫です。貴方の家族を信じて下さい」
マスターとSランク魔導士のいないギルドを残して、どれほどの月日を通り過ぎていくことになるのだろう。
ギルドメンバーとして果たすべき役目があるのに、今はナツとの時間を失いたくなくて。
「…俺は、ナツと同じ場所にいたい」
「分かりました、その願いの通りに」
心配するな、そう言うかのようにメイビスの小さな掌がロアの頬を撫でた。
その優しさに身を任せて目を閉じる。
「…元より私も…ゼレフの思い通りにするつもりはありませんでしたから」
ぽつりと呟かれた言葉に思わず目を開く。
メイビスの手は静かにロアの瞼に重なり、そして別の世界へ導かれるように意識が浮上した。
次目を開いた時にはこの世界はどうなっているのだろう。
フェアリーテイルに、今度こそ無事皆で帰れるのだろうか…。
不安を残しながら、ロアは天狼島諸共包まれた凍結封印へ体を預けた。
そして彼等の物語はそこに留まることとなった。
再び動き出すのはまだ先の話。
グレイの消えた崖を見つめ、それでも動けない足を自分の拳で強く叩いた。
結局また自分は何も出来ずに守られてしまう。
「…ナツ…グレイ…」
そういえばナツは無事助かっただろうか。ギルドの皆は無事でいるだろうか。
ぱたりと体を横たわらせて自分の黒い髪を掴む。
光が弱い、闇の強さに勝てない、それをも言い訳でしかない。いつだってロアは仲間に守られてきた。
「くそ…ッ」
ぱしゃっと地面を叩いて歯を食いしばる。
強くなりたい、皆を守れるくらい強く。
「…ロア」
強く握り締めた拳を包み込むように、ロアの手に冷たい手が重なった。
儚い声に顔を上げれば、さっきまで意識のなかったゼレフがロアを見下ろしている。
「ゼレフ…?」
「僕は君を失いたくない…」
「え」
ゼレフの手がロアの顔の横について、ぱしゃんと水が跳ねた。
ゆっくりと近付いてくるゼレフの整った顔。
いや、待てこれは。
「おい…ゼレフ…?」
頬に貼り付いた黒い髪をゼレフの指が流す。
それから待たずして、ゼレフの唇がまたロアの唇に重なっていた。
「…っ」
押し退けたくても手が動かない。
どうしてまた。当然のように浮かんだ疑問は、自分の体に流れてくる痛みで容易に解決出来た。
「っ!?っ!!」
もっと深く入り込んでくる闇の力。
何故かゼレフはロアの体により多くの力を流し込んでいるようだった。
もう十分だ、もういらない。塞がれた口から声は出てこない。
しかしその理由も、体の痛みが無くなったことで理解してしまった。
「…っゼレフ…こんなこと…困るよ…」
「僕の体がそうであるように、君の体も癒えると思って…」
「だからって、俺はこの力を使いこなせないし、ゼレフだって…」
最初にどれ程闇の力を受け入れたのか知らない。
けれどそれだけでゼレフはウルティアに負けたのだ。これ以上は互いに良いこと無しだろうに。
というロアの予想は外れていた。
「見つけたぜゼレフ!」
がさっと飛び出してきた男、それは炎の力を持つザンクロウだった。
ナツとの戦いの後、ロアの暴走した闇の力に巻き込まれ気を失っていた。という事は勿論ロアの知る所ではないが。
「お前は…グリモアハートか!」
「あ…?お前はあん時の…!くそ、テメェのせいで炎のドラゴンスレイヤーを倒しそこねたじゃねェか!」
狙いであるゼレフと、そして自分に突然攻撃をしてきたロア。
二人を発見したザンクロウの口元にニィッと笑みが浮かぶ。
「まずお前からぶっ殺してやる!」
かっと見開かれた目がロアを捕らえる。
自分に戦う為の力があるかは分からない。けれど、痛みの消えた体を起こしてザンクロウと向き合った。
「くそ…っ」
「ロア、下がってて」
「え?」
とん、と肩に触れたゼレフの手。
優しくロアを押しのけて、そしてロアの前に立ったゼレフの髪が不気味に揺れた。
「ゼレフ…?」
こちらに向かってきたザンクロウは、ゼレフを前にした瞬間ぴたりと固まった。
何か感じ取ったのだろうが、その時には既に避ける術などない。
見えない何かが頭上に降り注ぎ、その衝撃に目を伏せたその間に全てが終わっていた。
あっという間に辺りが荒地に変わるのは、最初にも見たゼレフの力だ。
しかし、その破壊力が、明らかに増している。
「…し、んだ…のか?」
ゼレフの前に倒れているザンクロウ。
背を向けているゼレフの顔はうかがえない。
今の力がウルティアを前にした時に使えていたなら、負けることはなかったのだろう。
つまり、その時と今とで彼の中の何か変わったのだ。
「どうして…そんな力を…」
「…ロア、聞いてくれ」
しかしそれを問い質す事は出来なかった。
「な、んだよ…」
「今、一つの時代が終わるかもしれない」
「え?」
「奴等の邪念が、アクノロギアを呼んでしまった…」
短い言葉にいろいろなものが詰まっている気がする。
その一つさえも見えてこないから、ロアはぽかんと開けた口を塞げない。
「アクノロギア…?何を言ってるんだ?ゼレフ、お前は何を知ってる?」
唯一つ分かるとすれば、何か悪いことがこれから起こるということだけ。
不安が募る。それ故震えたロアの肩を、ゼレフが掴んでいた。
「僕の事はいい。君は仲間の所に行くんだ」
「え…でも、そうしたらゼレフ、お前はまた一人に」
「この時代は終わる。君は最後を彼等と共にするといい。もはや消失は免れない」
恐らくこれから起こる事は、ロアの想像を遥かに超えた絶望を持ってくるのだろう。
ゼレフの出会った時と異なる覇気のある声と、その力とで容易に想像がつく。
「…何か、出来ることはないのか…?」
「…ない」
「そっか…じゃあ、俺は死ぬのかな、皆と」
今度は返事がない。
視線を下げたゼレフに、ロアはふっと口角を上げて手を差し出した。
「忘れないでくれ。俺は、ゼレフ、君の友人だ」
「今のボクを受け入れてくれた唯一の人だ。忘れることなど有り得ない」
ぎゅっと握りしめた手にほんの少し熱を感じる。
それが嬉しいのと同時に悲しくて。ロアは静かに手を放すと振り返ることなく歩みを進めた。
ゼレフの力は確かにロアの中にある。
きっと、彼はこの先ロアがいなくなっても他の人と出会えるよう、触れ合えるよう、自分の力を少しでも減らしたかったのだろう。
そんな彼の優しさを想像しながら、心の中で「さようなら」と告げた。
「大丈夫だ。君は僕と在り続ける」
ぽつりと呟かれたゼレフの言葉は、風の音の中にかき消された。
・・・
ゼレフと分かれたロアは、一人皆がいる場所を探していた。
光がないから跳んで上から探すことも出来ない。
ただひたすらに、人気がする方へと向かうだけ。
しかし、ロアの勘は外れた。
海に面した場所に抜けると、そこにはメストが一人いるだけだった。
「…メスト?お前こんなとこで何してんだ…?」
「っ!?お前は……ロア、か?」
明らかにフェアリーテイルのものと違う船がこちらに向かってきている。
どういうことか、は何となく想像がついた。
「やっぱりお前はフェアリーテイルじゃないな」
「…オレはここにゼレフがいると聞いてきた…評議員のドランバルト」
「そっか、じゃあ記憶が曖昧だったのはお前の能力か」
「…騙していて悪かった」
恐らくこの状況でなければ問い詰めただろう。
今はそれどころじゃない。メストが誰であろうが関係なかった。
「なるほどな、じゃあお前は早々とここを去った方がいいよ」
「…そのつもりだが…。なら、お前も、お前達もすぐにここから逃げた方がいい」
ドランバルトがロアに手を伸ばす。
その目は真剣だった。評議員の人間とはいえ、少しは心配してくれているのだろう。
それでも、それすら何とも思わない。
「今俺が皆を残してその手を掴むと思うか?」
「いや、思わない。けど、ここはまずい!」
「…アクノロギアってやつか?知ってるよ。多分ここにいたら皆死ぬんだろうな」
「なら…っ」
ドランバルトの手はもう一度こちらに強く伸ばされ、そしてぎゅっと空を掴んだ。
ここで見捨てることになる命へ悔やむ男を、むしろロアの方が冷ややかに見ている。
「自分の命なんて惜しくないよ。俺は、皆ととこに行かなきゃ」
「そうか…。なら、この海辺に沿って向こうに行くんだ。グリモアハートのボスは船にいる」
「ありがとな、メスト…じゃなかった、ドランバルト?」
「ああ…」
最後にニッと笑いかけて、そのまま背を向け走り出す。
ドランバルトは悔しげにもう一度拳をきつく握り締め、そしてこちらに来る自分の船を見据えた。
「フェアリーテイルはどいつもこいつも仲間思いだ…」
誰も自分の手を取らなかった。
だからこそ惜しい命が消えてしまう現実に手が震える。
何も出来ない。あまりにも強大な力を前に、彼は逃げるという選択肢しか選ぶことが出来なかった。
砂浜に足を取られながら、それでも必死に足を進めて暫く。
ようやく見えた大きな船は、この島の景色に似合わない豪華な装飾がされていた。
あの船にのってグリモアハートが乗り込んできたのだ。
それを思うと怒りが込み上げる。
「やばいな…っ、持って行かれそうだ…」
ゼレフの中の力を自分がどれ程体に取り込んでいるのか、考えるのも恐ろしい。
いつものように怒りに身を任せたら、今度こそ闇の力は暴走するだろう。
「ナツ、グレイ…皆…」
自分を引き止めるように仲間の名を呼んで、船を見上げる。
内部へ繋がる階段は、氷で作られている。
ウルティアがわざわざ道を作るとは思えない。
つまり、既にグレイはあのウルティアを倒してここまで来たのだ。
「…っ」
ここにマスターハデスがいたら。自分は闘えるのか、足手まといになりはしないか。
ここまで来て、また新たな不安に胸を押さえる。
しかし直後、船が何かの衝撃を受けて大きく揺れた。
中で闘っている。間違いなく伝わってきたその状況に、ロアは迷いを捨てて階段を駆け上がっていた。
「ナツっ、グレイ…!」
きっと中にいる。まだ無事でいる。
黒い髪を揺らし登り切り、そして見えた景色にロアは言葉を失った。
「おや…探す手間がはぶけたな」
真ん中に立っている男がマスターハデスだ。
そしてそのハデスの足の下にある桃色の髪は。
「…てめぇ…ナツに何してんだ…」
「ん?このガキのことか?いいだろう、君に返そう」
徐にハデスがナツのマフラーを掴む。
されるがままに持ち上げられたナツの体は、ハデスの指から放たれた力によって吹き飛ばされた。
「ぐああっ!!」
「ナツ!!」
苦痛の声を上げたナツの体を受け止め、その勢いでロアもそこに倒れる。
良く見ればナツだけではない、グレイ、そしてエルザもルーシィもウェンディも。皆ハデスを中心に倒れていた。
「ロア、君に良い条件を出してやろう」
「何…?」
「ゼレフと共に私のものになるのだ。そうすればもうフェアリーテイルには手を出さん」
「…んなの、信じられるか…」
確かにハデスの狙いはゼレフだ。
フェアリーテイルはついでなのかもしれない。けれど。
「お前はフェアリーテイルに手を出し過ぎた。お前がそのつもりでも、俺はお前を許さない」
ゼレフの力によって癒えた体でナツの前に立つ。
マカロフに深い傷を負わせ、そして皆を傷つけた男。
「…は…やっぱ駄目だ、腹が立つ。てめぇを殺したくてうずうずしてる」
「やめておけ。君にその力は使いこなせないだろう。仲間をも巻き込むぞ」
「どうだろうな、やってみないと分かんねーぞ」
根拠などない。けれど自然と手のひらをハデスに向けていた。
許せない許したくない。ハデスもそして自分も。
ただの一つでもいいから皆の役に立って消えたい。
「やめ、ろ…ロア…!」
「ナツ。大丈夫、俺があいつをぶっ殺す…」
「ロア…っ」
ナツに対して笑いかける。
そして込み上げる闇の力に身を任せてみれば、体の痛みと同時に何かオーラに包まれているような感覚に襲われた。
「っ…」
「光のロア、自ら光を捨てるのか」
「てめぇを殺す為ならなんだってしてやる…!」
この目で見たのだ。ゼレフは力をコントロールしていた。
ロアに優しい瞳を向けていながら、闇の力で敵を倒した。
それが出来れば。
「その力は使うなロア…!」
ナツが叫ぶ。
それで目を開いたエルザが膝をたて、そしてグレイもロアに手を伸ばした。
どうしてそんな風に心配するのだろう。
ハデスの命なんてどうなったっていいのに。殺せれば、そう、闇の力なら簡単にやれる。
「死ね…ハデス…!」
これでマカロフの、皆の敵を討てる。
確信して闇の力を放とうとしたロアの手は、突如後ろから現れた手に掴まれていた。
それと同時に目の前に強烈な光が落ちて、思わず目をつむる。
「…っ!」
「おいおい、ずいぶん物騒じゃねーか。お前、ロアか?」
掴まれた手が引かれ、大きな体に顔をぶつけていた。
両手で頬を包み無理矢理上を向かせてロアを覗き込んだのは、一度フェアリーテイルを裏切り破門となった男。
「ラクサス…!?」
「見ねぇうちにイメチェンか?お前らしくもねぇ」
「なんで、お前が…!」
「先代の墓参りに来たんだよ。それがなんだ、どいつもこいつもボロ雑巾みたいになりやがって」
そう言い放ったラクサスに対し、ナツは小さく「だな」と言って笑った。
ルーシィもエルザもグレイも安堵した様子でラクサスを見上げている。
「で、あいつがじじいの仇か」
「ラクサス、でも、あいつは」
「分かってる。先代の墓参りに来たつもりだったが…まさか二代目様に会えるとはな」
ロアの肩をぽんと叩きラクサスが一歩前に出る。
それから振り向いて見たのはナツだった。
「んなとこに寝てんじゃねーよ、ナツ」
「悪ぃ、もう魔力がすっからかんだ…」
「仕方ねーな…。ロア、離れてろ」
ラクサスの声に咄嗟に反応して二人から離れる。
そして丁度その先にいたグレイに駆け寄り、その肩を抱いた。
「グレイ…ウルティアとは…大丈夫だったのか?」
「ああ、大丈夫だ。たぶん…気持ちも伝わっただろ」
「そっか」
「お前こそその力…まさか本当にゼレフが存在したなんてな」
グレイの手がロアの黒い髪を梳く。
代わりに、とは言わないが、ロアはグレイの頬に出来た傷をなぞった。
申し訳ない、けれどそれ以上に無事で良かった。
「グレイ…」
「礼を言うなら後だ。まだ闘いは終わってねーぞ」
「…ああ」
感傷にひたっている場合でない。
その安堵を拭い去るように目を擦って顔を上げると、ラクサスはナツに掌を向けていた。
「ナツ、行くぞ。オレの全魔力だ」
言うが早いか、ラクサスはみなぎる雷の力をナツに目掛けて放った。
その衝撃の大きさに、思わずロアもグレイと抱き合い堪える。
凄まじい砂埃が過ぎ去るのを待ち目を開けば、ラクサスの隣に立っているのはさっきまで倒れていたナツ。
代わりにラクサスが膝をついている。
「じ、自分の魔力をナツに!?」
エルザがすぐさまそう叫び、ロアも何が起こったのか理解した。
ラクサスがハデスへの、マカロフの仇をナツに託したのだ。
「なんで、オレに…。オレはラクサスより弱ぇ…」
「強いか弱いかじゃねぇ…。キズつけられたのは誰だ?ギルドの受けた傷はギルドが返せ」
ロアは雷を纏ったナツを見て、それから静かに目を閉じた。
本当に頼りになる仲間だ。ずっとロアを支えてくれた大事な人。
ハデスを倒して、そうしたら全部伝えよう。
「雷炎竜…。100倍返しだ」
炎と雷の融合。
力を取り戻したナツはぎらぎらとした目をハデスへ向けた。
もはや力も気持ちも劣るものは何もない。
真っ直ぐに突っ込んで行ったナツを、ハデスは押し返すことが出来なかった。
戦いは終わった。全て、終わったのだ。
日が差し込んで、辺りが明るくなり始める。照らされたその下で、倒れかけたナツをロアの腕が支えていた。
皆でグリモアハートの船を降り、目指すは傷ついた仲間達と、それを守る為に残った皆の元。
ロアしか知らない最後の時はもう目前だ。
「…ナツ、大丈夫か?」
「おう…もう体ん中空っぽだ…」
「あんだけやりゃあな。でも、すごく格好良かったよ」
目を細めてすぐ近くにあるナツの顔を見つめる。
こんなにも愛しい。今日この日まで我慢出来たのが奇跡だと感じる程に。
「んあ?なんだよ急に」
「ふふ、俺、素直になることに決めたんだ」
ゼレフの言っていた“アクノロギア”が何なのか分からずに、未だ胸の内に不安が残っている。
それでも、どうせ避けられない未来なら、ロアはその最後を喜びで終わらせたかった。
だから、言わない。だから、何も知らないかのように振る舞う。
「…ナツ」
「な、んだよ、どうした?」
「俺、こんなになっちゃったけど、受け入れてくれる?」
結局ゼレフに与えられたままとなった闇の力は、ロアの外見を大きく変えてしまった。
黒くなってしまった髪と瞳は戻らない。
けれどナツはニカッと笑うと、結わいた黒髪のその房に顔を寄せた。
「どんなロアでも、ロアにゃ変わりねーだろ」
「っ、ああ…もう…」
駄目だ。
ロアはまだ足に力が入っていないナツの肩に回していた手を放し、倒れそうになったナツの体を正面から抱きしめた。
「うわっ!?」
さすがに声を上げて、ナツがきょとんと目を丸くする。
そしてその声に驚き振り返ったのは、同じくボロボロになりながら戦ったメンバー。
「え、何?ロア?」
「おいおい、ロアの奴は色だけじゃなくて性格も変わったのか?」
「邪魔するものじゃないだろ、皆先に行くぞ」
ルーシィ、ラクサス、エルザとそれぞれに言葉を発してから微妙な空気を残しつつ背中を向けて歩き出す。
グレイも少し複雑そうに眉を寄せてから、ふうっと息を吐いた。仕方ないな、なんて言いたげに。
「あの、お二人は、どういう…」
「ウェンディは気にしなくていいの!」
遠ざかって行く声を気にすることなく、ロアはぎゅっと抱きしめる手に力を込めた。
本当に、最後が来るのだろうか。
信じられない程の静寂が逆に怖いような、このまま本当は何も起こらないんじゃないかなんて考えたくなるような。
でもさらりと流れた黒い髪に、また恐怖が戻ってくる。
「ナツ…聞いて、欲しい」
「何だよ…そんな、声出して」
ロアの不安が伝わったのか、ナツの手がぴくりと震えた。
「…もしかしたら、もう、最後になるかもしれないから、全部、」
「最後…?ロア、泣いてんのか?」
ナツの手がロアの肩を掴み、触れ合っていた体が剥がされる。
目の前にあるはずのナツの顔はぼやけてよく見えない。
「ロア、もう終わったんだ。怖い事なんてもうねーぞ」
「そう…だよね…」
ナツの声と言葉にはいつも力を与えられてきた。
だから今も、ロアはナツの手を掴んで笑みを返す。
「…ナツ、俺、ずっとナツと一緒にいたい」
「ロア?」
「俺…ずっと、小さい時からずっと…、俺のこと、綺麗って言ってくれたあの瞬間からずっと…」
ずっと、気付けばナツの事を目で追っていた。
誰よりもナツの事を好きで、それでも上手く伝えられなくて、距離が開いてしまうこともあって。
でも、ようやく言える。
「ナツ、俺は、ナツのことが」
その先に続くはずだった言葉は、大きな風によってかき消されていた。
思わずナツの手がロアの体を抱き締め、二人強風に耐える。
「な、なんだ…!?」
ナツがどこか呆けた様子で上を向いている。
それにつられて見上げれば、雲を切ってこちらに向かってくる黒いドラゴンが視界に映った。
そしてその瞬間に確信した。
「…アクノロギア」
「何だって?」
「アクノロギア、時代が終わる…終わりが、来たんだ」
圧倒的な禍々しいオーラにそう呟く。
ナツは余り理解してはいないようだったが、それでも何となく感じたのだろう予感に立ち上がった。
「早く皆に伝えねーと…!」
「…たぶん、もう無駄だよ」
「あ?やる前から何言ってんだ!早く…っ痛、」
言うのは良いが、既に全力で戦いきったナツの体はやはり前のめりに傾く。
もう諦めていたけれど、今のナツを放っておくことなんて、出来るわけがなかった。
「そう、だね…皆で抗おう」
「ロア…?」
「まだ、諦めるのは早いよな」
伝えたいことは、平和を取り戻してからにすればいいんだ。
ロアはナツを抱き上げると、そのまま駆け出した。
「皆…!!」
「でっけードラゴンがこっちに来んぞ!!」
喉が張り裂けそうな程、声を張り上げる。
皆もこちらに向かってくるドラゴンに気付いているようで、空を仰いでいた。
初めて見るドラゴン。そこに感じるのは新たな出会いへの感動なんかじゃない。
「ウェンディ、まだ力残ってるか?」
「は、はい!ナツさんを治しますね!」
「頼む…!」
たたたと駆けてきた小さな体にナツを預け、その傷が癒えるのを見守る。
他のメンバーも看ていたのだろう、ふっくらとした頬に汗がつたうのに気付き、ロアは目を逸らした。
その視線の先に、空を見上げるギルダーツがいる。
彼にもまた…ウェンディとは違う汗が頬をつたっていた。
「まずいぞ…ありゃ、アクノロギアだ」
「ギルダーツ、知ってんのか?」
「一度オレは死にかけた。あれと戦った時だ」
青ざめているギルダーツとマカロフはアクノロギアの恐ろしさを知っているのだろう。
このギルド最強とも言われる二人が恐れている。
それは、全員を絶望に突き落とすのに容易かった。
「ワシが食い止める、皆早く逃げるんじゃ」
「マスター!?」
「早く行け!」
まだ傷の残る体を膨らませて、マカロフがこちらに向かってくるドラゴンとの間の壁となる。
恐らくマスターとして当然の行動だったのだろう。
時間を稼いで、皆が逃げれればそれで。
「んなこと、出来るわけねーだろ」
「ナツ…」
「皆で帰るんだ、フェアリーテイルに!!」
ウェンディの手を押しのけ、ナツががばっと立ち上がった。
しかしそのナツの制止も間に合わず、上空から急降下してきたドラゴンがマカロフに激突する。
「う…ぐ…っ!」
「じっちゃん!!」
ウェンディの治癒の力に頼らなかったのだろう、マカロフの腹部に出来ていた傷は開き、包帯に血が滲んだ。
マカロフがドラゴンに押し負ける。そうすれば、今度は誰も止められない。
けれど、もう絶望する者はいなかった。
「ナツの言う通りだ。皆で帰ろう」
エルザが笑って言う。それに対し、皆笑って頷いた。
しかし、そんな根拠のない彼等の願いを打ち砕くように、ドラゴンはかっと口を開いた。
ドラゴンの口に力が集まる。
フェアリーテイルに同じようなことを出来るドラゴンスレイヤーがあるから、皆それが何かすぐに察した。
「ブレスだ…!」
ナツが叫んで身構える。
ナツやガジルのものてさえかなりの威力を持つ技だ。
アクロノギアが放つそれの威力は恐らく…島ごと吹き飛ぶだろう。
「防御だ!防御魔法の使える者に魔力を送るぞ!皆手を繋げ!!」
倒れてしまったマカロフを抱きかかえながら言うエルザに従い、それぞれ近くにいたものの手をとる。
自然と大きな輪を作ったフェアリーテイルは、皆目を合わせて頷いた。
皆で帰るんだ。気持ちは一つ。
ロアは繋がっているナツの手をぎゅっと握り締めた。
そんな上手くいくはずがない、どこがでそう現実を見ている。
「…ロア、さっき何か言いかけたろ」
「え、あ…いいんだ、忘れて。こんな時に言うことじゃないし」
「そっか、じゃあ帰ったら聞かせろよな」
いつもと変わらない笑顔を見せたナツに、ロアは笑顔を返すことが出来なかった。
帰ったら、なんて。もし帰れなかったら、ロアの想いはどこにも残らず消えてしまう。
「…ロア、オレも実はロアに言いたいことがあったんだ」
「へぇ、ナツにも?」
「おう。ホントはロアに追いついてから言うつもりだったんだけど…」
Sランク昇格試験は結局続行不可能になってしまった。
だから仕方ないよな。ナツは一人呟き、そして繋いでいたロアの手ごと、自身の胸に手を重ねた。
「オレは、ロアが好きだ」
「…は…?」
「ロアのこと、誰よりも大好きだ」
ナツの胸がとくんと大きく鳴ったのが重なる手から伝わってきた。
ロアの胸もナツに引きずられるかのように高鳴り始める。
「…どうして今…」
「ずーっと言いたかったんだ、ここに来てから」
「ば…馬鹿、馬鹿だよ、そんな…っ」
思いが揺らぐ。
ナツの為に、今この瞬間生きる為に、そしてフェアリーテイルの為に我慢しようとした胸の内が解き放たれて行く。
ロアは手を通じて送られてくるフェアリーテイル皆の魔力を感じながら、擦れるような声で呟いた。
「ナツ…俺もずっと、愛してるよ」
その声がナツの耳に届いていたかは分からない。
闇のブレスを前にして、視界は真っ黒に染まっていた。
ぎゅっと握った手を頼りに、奴からすれば紙のようにも脆いのだろう魔力で対抗しようとする。
それもどこまで続いたか。
何もかも見えなくなって、痛みをも通り越して、ロアは一人落ちて行った。
ぽたり。頬に落ちた温かい感覚に、ロアはゆっくりと目を開けた。
思いの外意識ははっきりとしているし、体は痛いが頭に異常無いらしい。
「目が覚めましたか」
その声はロアにふわりと降り注いだ。
顔をゆっくりと動かすと、全体的に白く柔らかい雰囲気を纏った少女がロアを覗き込んでいる。
「…え…っと、誰…?」
「私はフェアリーテイル初代マスターのメイビス・ヴァ―ミリオンです」
「…?初代…?俺は、夢を…いや、死んだ、のか…?」
初代なんて生きているはずもない人がロアの体を抱いている。
その不可解な状況に、そう思わない方が不自然だっただろう。
しかし、メイビスは目を細め、そして小さく首を横に振った。
「…貴方は生きています。貴方だけは…闇の力に打ち勝つ力を持っていたのです」
「闇の力…ああ、そうだ、俺は、ゼレフから力を受け取ってる」
「貴方の優しさが…ゼレフの心に新たな感情を生み出してしまったのでしょう」
そう言う彼女は何を考えているのだろうか、悲しそうにもどこか嬉しそうにも見える。
けれど、ロアはふと覚醒した頭で周りを見渡し唖然とした。
「ま…待ってくれ…ここは、天狼島は…?ナツは、皆は…?」
メイビスの背中に見えるのは、どこまでも広がる海。
さっきまでいた大きな島がどこにも見当たらないのだ。
「大丈夫ですよ。貴方の大事な人達は皆…フェアリースフィアに守られています」
「フェアリースフィア…それって、妖精三大魔法の…」
「私は、皆の強い絆と信じる心を全て魔法へ変換しました。けれど…幽体の私ではそれが精一杯で…」
フェアリースフィア、絶対防御魔法。
それが使えるということは、彼女が初代だということは本当なのだろう。
ロアは本当に夢でも見ているような心地で彼女を見上げた。
神秘的、けれど暖かくて。包まれるかのような安心感に身を寄せたくなる。
「私は貴方に、選択肢を与えなければいけません」
「え…?」
「私の今の力では、彼等の凍結封印をいつ解けるか分からないのです」
彼女の言葉を理解するのには時間が必要だった。
神々しい彼女に見惚れていたからか、それとも信じたくなかったからか。
「…それって、どういう…?」
「彼等の無事を今の時代に残る者に伝え、共にフェアリーテイルを守り彼等の帰りを待つか」
「…!」
「それとも…大事な者達と同じ時代を生きる為に凍結封印されることを望むか」
優しい声がロアの胸に突き刺さるようだった。
自分はゼレフのおかげで生き延びた。生き延びてしまったのだ。
「…俺はこの時代に残るフェアリーテイル唯一のSランク魔導士だ…。フェアリーテイルを、帰る場所を護る義務がある」
「…そう、かもしれませんね」
「でも俺は…」
たとえナツが、皆が無事だと分かっていても。
彼等がいないフェアリーテイルで、生きていくことが出来るだろうか。
ナツがいないフェアリーテイルで、共有できない時間に耐えられるのだろうか。
「俺は、弱いんです…。俺は、俺が、ここまで生きて来れたのは…」
「愛とは、人を強くすると同時に、脆くしてしまうものです」
「え…」
「貴方の気持ちは分かっていますよ」
自分は今赦されたのだと、メイビスの笑顔で察した。
けれど分かっているのだ、自分がフェアリーテイルとして最悪の選択をしようとしていることを。
「…ごめんなさい…メイビス様…」
「何を謝る事があるのです?貴方は、貴方の気持ちに従えば良いのですよ」
「でも…」
「フェアリーテイルは大丈夫です。貴方の家族を信じて下さい」
マスターとSランク魔導士のいないギルドを残して、どれほどの月日を通り過ぎていくことになるのだろう。
ギルドメンバーとして果たすべき役目があるのに、今はナツとの時間を失いたくなくて。
「…俺は、ナツと同じ場所にいたい」
「分かりました、その願いの通りに」
心配するな、そう言うかのようにメイビスの小さな掌がロアの頬を撫でた。
その優しさに身を任せて目を閉じる。
「…元より私も…ゼレフの思い通りにするつもりはありませんでしたから」
ぽつりと呟かれた言葉に思わず目を開く。
メイビスの手は静かにロアの瞼に重なり、そして別の世界へ導かれるように意識が浮上した。
次目を開いた時にはこの世界はどうなっているのだろう。
フェアリーテイルに、今度こそ無事皆で帰れるのだろうか…。
不安を残しながら、ロアは天狼島諸共包まれた凍結封印へ体を預けた。
そして彼等の物語はそこに留まることとなった。
再び動き出すのはまだ先の話。