ナツ夢(2012.02~2016.05)
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がらがらと足場が崩れてよろけるロアの体をナツが抱き留める。力強い腕が酷く懐かしい。
暫く言葉を発せずに、ロアはナツを見つめていた。
「…ロア」
「あ、…その、ありがとな」
「ちげーよ。ロアは自分で抜け出したんだ」
「いや、ナツのおかげだよ」
ナツの腕を解いて離れようとするが、強く抱きしめられていてなかなか解放してくれない。
「その…ナツ、そろそろ離して欲しい、んだけど…」
「…嫌だ」
「嫌だって…何言ってんだよ」
肩をぐっと押すと、真剣なナツの顏が目の前にあって。ロアの心臓がどくんと音を立てた。自分ではどうすることも出来ないような、いろいろな感情が込み上げる。
「ロア」
「ナツ…?」
放して欲しいような、もっとくっ付いていたいような。複雑な心境にロアの目が揺らいだ。
「何してんだてめーは!」
「いってぇ!」
がつん、という音と共に、ナツがロアから引き剥がされた。ナツの後ろには、構えた拳骨を震わせているグレイが立っている。
グレイはぽかんとしているロアに目を向けると、ふっと優しく笑いかけた。
「よう、大丈夫だったか?」
「あぁ…心配かけて悪かった」
「無事で良かった」
グレイに殴られて頭を抑えていたナツも、ロアが笑ったのを見て肩の力を抜いた。それからグレイを見てはっと目を見開く。
「そういや、鍵はどうした!?」
「…鍵?」
「あぁ、竜鎖砲ってヤツを起動させる道具らしいんだが…ナツ、これで仲間を助けられる」
「何!?」
全く事情をわかっていないロアの前に、グレイは自分の魔法で作った大きな鍵を晒した。
「本来、奴等は竜鎖砲をワイヤーにしてエクスタリアにぶつけて動かすことで、エクスタリアとエクシードをぶつけるつもりだった」
エクスタリア…マグノリアの皆である魔水晶と、ハッピー達のような羽の生えた猫のような生き物エクシード。どちらもこの世界にとっては大きな魔力の塊。それをぶつけることで、この世界に永遠の魔力を降り注がせることが王国軍の狙いだ。
「だが、滅竜魔法の濃縮された竜鎖砲を直接魔水晶にぶつければ…皆を元に戻せる!」
「へぇ…?」
何やら難しい説明に首を傾げたロアの横で、ナツは目を輝かせた。
「よくわかんねぇが、元に戻せるんだな!」
「ナツもわかってないのかよ」
呆れていったロアだったが、つまりはそういうことなのだ。皆を戻す方法があった。それだけで十分だ。
「竜鎖砲はこの先だ。行くぞ」
「おお!」
ようやく救いが見えてきた。ナツもグレイも闘いの後で体は傷だらけなのに、足取りが軽い。
グレイの後に続いて歩き出そうとしたロア達。しかしその背後から、かしゃ、という鎧を纏った者の足音が響いた。
「こんな所にいたのか」
エルザの声に三人が振り返る。しかしそこにいたのは、ロアも一度だけ確認したエルザのような、エルザでないその人。
「エドラスの、エルザ…!?」
「まさか、オレ達のエルザが負けたのか!?」
エルザの口元がにっと笑った。
・・・
ずらっと兵士が並び、目の前には巨大な機械、竜鎖砲が設置されている。その中心に、エルザとナツとグレイ。ナツはエルザに捕えられた状態で、グレイはその手に氷で造られた氷を持っている。
「氷の魔導士、竜鎖砲を起動させるんだ」
「くっ」
「妙なマネはするな」
ナツの首にナイフの刃が突きつけられている。敵に囲まれている今の状況で、逆らうことなど出来るはずもなく、グレイは竜鎖砲に鍵を差し込んだ。
「よし!いいぞ」
ゴウンゴウン…と大きな機械が起動して嫌な音を立てている。
それを見て、エドラスの王国軍を率いる王、ファウストが手を上に勢いよく上げた。
「撃てーい!」
なんとか照準を変えようとしていたグレイの頬に冷や汗が流れる。どこで照準を変えるのか、見当たらない、わからない。このままでは皆が破壊されてしまう。
その様子を見ていたエルザが一度俯いて、ここまでだ、と小さく呟いた。そしてすっと顔を上げると、ナツから手を離した。
「ナツ!ロア!」
「おう!」
エルザの声と同時に、エルザの手を逃れたナツが炎を纏いながら周りの兵士をなぎ倒していく。そして、その反対側の兵士もばたばたと切り倒されていた。
入口付近で姿無く身をひそめていたロア。Sランクたる所以。ロアは元々暗殺に近い戦闘を得意としていた。
「発射中止だ!」
ファウストを捕らえたエルザが剣を手に叫ぶ。エドラスのエルザの姿は一瞬でアースランドのエルザの姿に変わっていた。
「何のマネだエルザ!」
「私はエルザ・スカーレット。アースランドのエルザだ」
驚きを隠せない王国の人間達の前に、ナツとグレイとロアも姿を見せる。
「これぞ作戦D!」
「作戦D?なんだそれ」
「騙し討ちのDだ!」
竜鎖砲を撃つという目的は敵と同じ。忍び込んで鍵を指し、後は照準を変えてしまえばこっちのものだ。
「照準を魔水晶に合わせろ。でないとこいつの首が飛ぶぞ」
「ワシのことなどよい!撃て!」
「早くしろ」
エルザが刃をファウストの首に近付けると、兵士達は慌てて照準の変更をし出した。兵士にとっては王の身の安全の方が大事であるようだ。
これで皆を救える、そう確信したときだった。
「スカーレット!」
「何…!?」
「エルザ、危ない!」
頭上から突然現れたもう一人のエルザが剣を振り下ろす。
それに合わせてロアが割り込んで対応したが、やはりエルザといことか、激しい圧力にロアは押され、アースランドのエルザも剣を構えざるを得なかった。
「陛下が解放された!」
「照準を戻すんだ!」
「撃て!」
それはあまりにも一瞬で、ナツ達が止める間もなくエクスタリアに向けて竜鎖砲が撃たれてしまった。
「皆!」
次に聞こえてきたのはルーシィの声。大きな竜のような、レギオンと呼ばれるエドラスのモンスターに乗って現れたルーシィの隣には、エドラスの少女、ココ。
「乗って!」
「私のレギオンです」
ファウストのやり方に反発して逃げ出した先で、ルーシィと出会ったココは味方に付いてくれたのだった。
「こいつに乗れば止められんのか!?」
「わかんない!でも行かなきゃ!」
「ナツ、とにかく今は乗ろう」
「…おう!」
迷っている暇はない。皆でそのレギオンに飛び乗ると、エクスタリアの方へ飛んで行った。
「追うぞ!レギオン隊全軍出撃!」
エドラスのエルザが怒りを露わにして、ナイフで髪を切り落とす。そこにはもうアースランドのエルザと見間違えることはない、全く違う姿のエルザが立っていた。
本当の闘いの始まりだ。
今にもエクシードにぶつかりそうなエクスタリア。ぎりぎり島の端で止まっているのは、ナツ達がエクシードからエクスタリアを押し返しているからだ。
「くそ…!も、ぶつかる…!」
「こらえろ、ロア!」
いくら魔力を解放して押し返そうとも、人間の小さな体にはあまりにも大きすぎる。ロアの細い腕が小刻みに震える。その手に大きな手が重なった。
「な!?」
「ったく、無茶しやがって」
「ガジル!?」
今までいなかったガジルがロアの体を支えるように、後ろから一緒にエクスタリアを押している。そもそもガジルはミストガンに頼まれて魔水晶になった皆を戻す作業をしていたはずだ。
「ガジル、何故私たちのように皆を元に戻さん!」
「黒ネコが邪魔すんだよ!」
巨大魔水晶を元に戻そうと向かったガジルの前に、人型に近いエクシードのリリーが立ち塞がったのだ。
そしてそれがなかなかの強敵で、今まで闘っていたらしい。
ガジルの傷だらけの体を見れば、それが本当だということは疑いようがなかった。
「ココ、何故お前が…」
声の主はエクスタリアの方に立っていた。ガジルの言う黒猫。ココとは親しい間柄だったようだ。
「私、永遠の魔力なんていらない…永遠の笑顔がいいんだ!」
「なんてバカな…早く逃げろココ!この島は何があっても止まらんぞ!」
それを聞いて、ロアの横、ナツの腕にぐっと力が入ったのがわかった。
「止めてやる!体が砕けても、魂だけで止めてやる!!」
ナツから離れてエクシードの方にいたハッピーも合流して、ナツの隣で力を入れている。それを見て、ロアももう一度エクスタリアに向き合った。
「くっ…ナツ…」
「あ?なんだよ!?」
「ナツが、砕けてもッ…意味ないんだからな!」
「ロア」
「皆で、生きて帰んなきゃ、意味ないんだからな…!」
ばさばさという羽音。今まで動かなかったエクシード達も集まってくる。茫然と立ち尽くしていたリリーも、それに気付いて顔を歪ませた。
王国についていたリリー。大きな怪我を負った人間の子供を連れて帰ったために、エクシードから迫害されて、それでエクシードから離れたのに。
「…っ」
歯を食いしばって、それからリリーはエクシードの方へ飛び立って行った。
「止まれぇえええ!」
皆で一斉にエクスタリアを押し返す。ロアもガジルに大丈夫だと目で訴え、逆にガジルの手に重ねて一緒に押した。
力はロアよりガジルの方が数倍あるから。自分が非力だということは、認めざるを得ないから。
「!?」
しかし、エクスタリアが押し返されたかと思うと、急に激しい渦に包まれた。そこにいた皆が弾き返される。
「うわっ!」
「おい、大丈夫か」
「っ、」
ロアはそのままガジルに抱き留められる。振り上げて叩き落とそうとした手を、ロアは堪えて止めた。
「…助かったよ」
いい加減、ガジルを毛嫌いしていても仕方ない。
一度ガジルの目を見てから、ロアは視線をエクスタリアの方へ移した。どういうわけか、そこにあった魔水晶が消えている。
「なんで、魔水晶が…?」
「アースランドに帰ったのだ」
「…ミストガン!」
マントにマスクに、体をほとんど覆い隠したその姿。もはや懐かしく感じるほどだ。
「魔水晶はアースランドで元の姿に戻る」
「ってことは…」
「全て終わったのだ」
ミストガンの言葉に、そこに集まったエクシード達も、当然ナツ達も皆手を合わせて喜んだ。ようやく終わったのだ。これでもう何も心配することはない。
しかし、ロアは眉間にしわを寄せてミストガンを見つめていた。
「…どうして、そんなに知ってんだ」
ミストガンは、あまりにもこちらの世界のことを知りすぎている。アースランドで普通に生きていたら、そんなこと知りもしないようなことだったのに。
「リリー、君に助けられた命だ。君の故郷を守れて良かった」
ミストガンの視線の先を追えば、ガジルが闘ったという大きな黒い猫のエクシード。そして、そのリリーもまた、ミストガンを見て笑った。
「ええ、ありがとうございます。…王子」
違和感にロアが目を細めた時、リリーの体が何かに貫かれていた。
リリー本人も目を丸くして、自分の身に起こったことがわかっていない様子で。その攻撃の方向を見れば、レギオンに乗ったエルザが大砲のようなものを手に持っていた。
「まだ終わらんぞ!」
「向こうのエルザ!」
落ちていくリリーを追って何匹かのエクシードが下に向かって降りて行く。
エルザを睨み付けるエルザに対して、ミストガンは手を広げた。
「エドラス王国の王子であるこの私に刃を向けるつもりか。エルザ・ナイトウォーカー」
「くっ」
状況についていけないロアたちに、今度はファウストの声が響く。
『七年も姿をくらませておいて、よくおめおめと戻って来れたものだ。貴様がアースランドでアニマを塞ぎ回っていたことは知っておるぞ』
アニマ…エドラスがアースランドの魔力を得るために使った空間魔法。
空に開けた穴によって、空間ごと吸収してしまうもので、これにより、マグノリアは急に姿を消し、魔水晶に変えられてしまったのだ。
滅竜魔導士およびエクシードには効かなかったために、ナツやウェンディ、ガジル、そしてハッピーとシャルルは無事だったのだが。
「あなたのアニマ計画は失敗したんだ。もう戦う意味はないだろう」
『これは戦いではない。王に仇なす者への報復。ワシの前に立ち塞がるなら、たとえ貴様であろうと消してくれる』
「父上…!」
『王の力に不可能はない!王の力は絶対なのだ!』
魔法が効かないというドロマ・マニム。ドラゴンの強化装甲で、外部からの魔法を無効化してしまう搭乗型の甲冑の中にファウストは入って操縦している。
まず狙われたのは、無防備であるエクシード達だった。
「王国軍からエクシードを守るんだ!ナイトウォーカー達を追撃する!」
「あのでかぶつはどうする?」
「相手にするだけ無駄だよう。魔法が効かないんだから」
ココの言葉に皆頷いて、攻撃を避けながら近付くしかないのだと判断した。
しかし、攻撃はロア達の乗るレギオンにも向かってきていた。
あまりにも大きい攻撃に、成す術なく。やられると思った彼らの前に立ち塞がったのはミストガンだった。
「ミストガン…!」
「エルザ、今のうちに行け!」
「しかし…」
「行くんだ!」
ミストガンは強い。
しかし、相手に魔法は効かないのだ。攻撃を跳ね返したものの、追撃によってミストガンはやられてしまった。
「ミストガン!」
レギオンから体を乗り出し、今にも後を追いそうになったロアの腕をナツが掴んだ。
「ロア行くな!」
「だって、…ミストガンが」
「ミストガンは大丈夫だ。信じろよ!」
「…ごめんナツ。俺は、ミストガンにもらいすぎた」
「何を…っおい!」
ナツの手を振りほどいて、ロアはミストガンの落ちて行った方向へ飛び込んでいった。
この時、既に嫌な予感はしていたんだ。ミストガンと、もう長く一緒にはいられないのだと。
・・・
「ロア、行っちゃったの!?」
「くそ、仕方ねぇなアイツ…」
ロアの行った方向を見つめながら、ルーシィとグレイが焦ったように声を漏らした。ミストガンにやけに懐いていたのは知っていたが、ここまでとは。
「くそ…なんなんだよ…!」
きつく握り締めた自分の手を見つめて、ナツは悔しそうに顔をしかめた。
「掴んだと思ったのに!」
ロアが何を考えているのかわからない。もう手放したくはないのに、掴むと逃げられて。
「全部、あいつのせいだ…!」
怒りの咆哮が爆発する。ナツはファウストの乗る装甲へ突っ込んで行った。ウェンディとガジルも同じように続く。
「…あれは三人に任せよう」
「え!?大丈夫なの?」
「相手はドラゴン。倒せるのはあいつらだけだ。私達はエクシードを守って戦うぞ!」
エルザとルーシィとグレイはレギオンに乗って対抗する。エルザとの戦いも着けなくてはならない。
エルザは、エドラスのエルザを見つけると、敵をなぎ倒しながら剣をエルザに向けた。
「い、て…っ!」
生い茂った木が頬を掠める。切れた肌から血が流れて、ロアはそれを軽く手で拭った。
辺りを見渡せば、そこはやはり知った世界ではなく、上空にはさっきまでいた浮き島が見える。
「なんで…こんなことになったんだっけ」
そんなこと、今更考えたって意味のないことだ。目の前の敵を倒して元の世界に帰れれば、それで全て解決する。今までの生活に戻れるはずなのだ。
「…ケガは大丈夫か?」
それは、自分に向けられたものではなかった。少し遠いその声が聞こえた方向へ向かってゆっくり歩く。それに伴って少しずつ近くなる声は、やはりミストガンのものだった。
攻撃されて落ちていったくせに、けろっとしている。恐らくあの場から逃れるための演技だったのだろう。
相手はこちらの世界のエクシードと思われる、大きな体に猫の顏、リリーと呼ばれた男。
「これくらい何とも…」
「ドロマ・アニムはナツたちに任せる他ない。私達には他にやる事がある」
「やる事?」
リリーとミストガンはロアに気付いていない様子で話を進めた。ロアも気付かれないように息を潜める。
どうして隠れたのか、それは無意識だった。ただ、ミストガンとこのリリーという男の間には知り得ない深い絆があって、それが少し悔しくて。そしてそれが何なのか知りたかった。
「最後の仕事だ。それには君の力が必要になる」
「…最後」
「そう、最後…」
どくんと胸の奥が嫌な音を立てた。ロアの見開かれた目が大きく揺れる。
ミストガンはフェアリーテイルの誰もが謎の男と呼んでいた。それは、ミストガンが誰にも自分を知られないように振る舞っていたからだ。
いつでも、何も教えてはくれなかった。
「アニマを逆回転し、この世界の魔力を全て消滅させる」
「そんな…!」
「しかし、国民の混乱は収まらない。だからこそ、新しい指導者が必要となる」
「なるほど、それを王子が」
「いや、私ではない。混乱した群衆をまとめる為には悪役と英雄が必要なのだ」
知らない世界の話。いや、もう知らないとは言えない、今いるこの世界、エドラスの話だ。
「この世界を混乱に陥れた悪を晒し、処刑するものこそ英雄となり、王となる」
それは、あまりにもわかりやすい話だった。悪役は死に、それを倒したものが英雄。物語なんてたいていそんなもんだ。
「…その、悪と英雄は、誰なんです…」
「もう気付いているだろう?」
頼むから、気付かせないでくれ。その願いは届くはずもなかった。
「世界を滅ぼした私を君が処刑するんだ。そして君がこの世界の王となれ」
つまり、それは。ミストガンはこちらの世界で死ぬというのか。一緒に帰れないだけでなく、この知らない世界のために死ぬというのか。
「…また、俺らには隠すのかよ」
「!…ロア、何故」
がさ、と足元の葉が音を立てて、同時にロアはミストガンの前に出ていた。驚いて一瞬開いたミストガンの目は、すぐに細められる。
「ロア、お前はエルザ達の元へ戻れ」
「嫌だ」
「ロア」
「ミストガン…!突き放さないでくれよっ!何も言わずに、そうやって…!」
言いたいことが有り過ぎて、何から言ったら良いのかもわからない。ただ溢れるがままに、ロアは声を荒げていた。
「ずっと、助けられた。今も昔も、俺が苦しい時はいつだって…!俺に、返す時間もくれないのかよ!なんで、ミストガンが悪なんだよ!そんな役だったら、俺が」
「ロア!」
「嫌だ。絶対に嫌だ。俺は、俺はミストガンに、まだ」
「違う!聞いてくれ!」
震える手を、ミストガンの手が包み込んだ。真剣な眼つきに、ロアは開いた口を閉じるしかなかった。
「違うんだ。私がロアにしたことは…全部私のためだった」
「な、何…?」
「私が、そうしたかった。ロアの思いを利用しただけだ」
ぎゅっと握られた手が熱い。フェアリーテイルの中でミストガンと関わった時間が長かったから、自分はミストガンを知っている気にでもなっていたのか。
目の前にいるミストガンは、全然知らない顔をしていた。
・・・
いくらアースランドのエルザ達が強い魔力を持っているからと言えど、戦力の差はあまりにも大きかった。少しずつ追い詰められていく。あまりの数の違いに、身体よりも先に心の方がやられてしまいそうになっていた。
「クソ!数が多すぎる!」
「うああっ!」
倒れたグレイに、ルーシィに、敵が襲いかかる。
もう駄目だとシャルルがきつく目を閉じた時。
激しい光が辺りを照らした。
「私たちの世界のことだもの!」
「行くぞ!フェアリーテイル!」
おおおっ!という歓声。活気。そこには、やる気に溢れたフェアリーテイルがあった。
「すまねぇ、遅くなったなアースルーシィ」
「エドルーシィ…」
「大丈夫ですか!?」
「ロアも…」
一気に形勢は逆転した。力の差はほとんどない。むしろ今まで逃げてきたフェアリーテイルの方が負けていたかもしれない。しかし、今のエドラスのフェアリーテイルにはやる気と絆があったから。負ける気など、全くしなかった。
「あれ、そういえばロアさんは…」
「あぁ…ナツじゃない男を追ってどこか行っちゃったわよ」
「え!?…もしかして、そちらのナツさんとロアさんは一方通行なんですか?」
エドラスのロアの台詞に、ルーシィはぶっと吹き出した。一方通行なんてことはない。しかし、スッキリしていないのは確かだ。
「あんたとそっちのナツははっきりしてていいわよね…」
「なんですか、複雑なんですか?」
「複雑も複雑よ…」
エドラスのロアの手は休むことなくルーシィの手当をしている。
それを受けながら、皆が戦っている様子を見ながら、ルーシィはふとナツとロアを思い出していた。
「思い合っているのは確かなんだけどね…」
二人とも素直じゃない上に、ロアは女からも男からもモテモテだし。
「…そういえば、ナツには昔仲良かった女の子が…、なんだっけ、リサーナ…?」
「リサーナとナツは仲良しですよ。私が嫉妬しちゃうくらい」
「…そうなんだ」
「ほら、今も向こうで」
エドラスのナツの隣にいる、白い綺麗な髪の毛をした可愛らしい女の子。ミラとエルフマンの妹、リサーナ。アースランドのリサーナは亡くなっている。
「もー、また二人とも仲良くしちゃって!」
「ラブラブなのに、ロアでも嫉妬するんだ」
「好きだからね。私も行ってくる!」
最後にルーシィの顔の汚れをふき取って、ロアはぱっと立ち上がった。それから小走りでナツの方へ向かって行く。
「ったく、こんな時になんつー話してんだ」
「ごめん!あたしも戦う!」
続いて二人のルーシィも立ち上がった。
ミストガンとロアの関係はよく知らないし、ナツとリサーナがどんな関係だったのかも知らない。二人とも素直になれないだけだと思っていたけれど、実はもっと複雑だったのかも。
それを少し面白いと思いながら、ルーシィは鍵を構えた。
「ドラゴンスレイヤーなめんじゃねーぞ!」
一方、魔力が通じないドロマ・アニムと戦っていたナツ、ガジル、ウェンディにも変化があった。ずっと押されていた戦況だったが、ようやく三人の息が合ってきたのだ。というのも、ナツの諦めない心があったから。
「立て!ウェンディ!」
「はい!」
「行くぞ!」
三人の咆哮が放たれる。既に、フェアリーテイルの勝利は確信していた。
そして、この世界から魔力が消える時も近づいていた。
アニマを作り出す部屋。
ミストガンの後についていったロアとリリーは二人とも、未だミストガンの考えには同意していなかった。
「なぁ…リリーっていったな」
「…何だ?」
「ミストガンは、こっちの世界の王子様なのか」
「…そうだ」
確認するまでもなかったが、他に何も言葉が出てこなかった。ミストガンの手と、熱い視線が心を乱す。決意はロアの言葉で揺らぐようなものではなかったのだ。
「…ミストガン」
「そろそろだ。この世界から魔力は消える」
「なぁ、ミストガン…。俺、わかんないよ」
何もわからない、何も返せないままミストガンを見殺しにしなければならないのだろうか。そんなの嫌だ。嫌でもミストガンにどう伝えたら良いのかもわからない。
「言っただろう。ロア、お前が私に恩返ししようとしているのなら、それは必要のないことだと」
「そ…それだけじゃない。俺は、もっと知りたいんだ…」
はぁ、とミストガンが息を吐いたのが聞こえて、ロアはびくりと肩を震わせた。呆れられている。それもそうだろう、ガキじゃあるまいし何度も何度も同じことを言ったって仕方がない。これではミストガンを困らせるだけだ。
「でも…。俺は、ミストガンが死ぬってのは、違うと思う。そんなの誰も救われない」
「ロア」
「王子。彼の言う通りです!」
リリーも、自分の胸を強く叩いて、口を大きく開いた。ロアの言葉なら変わるかと思い黙っていたが、我慢も限界だった。
「なんでオレが王子を…出来るわけがない!」
「君なら出来る」
「オレの何を知っているというのだ!」
ゴゴゴゴ…という音と共に、この世界の魔力が消えていく。
「わかってくれ。誰かがやらなくてはいけないんだ」
「だったら自分でやればいい!あなたこそ王にふさわしい!」
「私は世界を滅亡させた」
「滅亡させたのがあなたなら、あなたが責任をとりなさい!それは死ぬことではない!」
街の人々の困惑の声が聞こえてくる。魔力によって浮いていた島もエクシードも全て崩壊していく。
「全ての悪となり処刑される役はオレが」
「ならん!君は私の恩人だ!死ぬことは許さない!」
エクシードでありながら、人間であるミストガンを拾い救った、それ故にエクシードから見放されたリリー。ミストガンにとっては命の恩人そのものだ。しかし、それを聞いてロアも黙ってはいられなかった。
「恩人…?それを言うなら俺にとってミストガンは恩人だ!死ぬなんて許さない!」
「ロア…お前はこちらの世界の人間ではない」
「はっ…だから関係ないとでも言うのかよ、ふざけんな!」
「…早くナツの元へ戻るんだ」
「ミストガン!」
「行け!」
ミストガンに残る最後の魔法がロアを吹き飛ばした。柵を乗り越えて、身体が宙に投げ出される。
「なっ…!」
「ロア、お前は私を忘れていい」
「ば、か野郎…!」
手を伸ばしてももう届かない。ロアの姿はミストガンの視界から消えて行った。
「あなたは…本当に馬鹿です」
「ロアには、愛するヤツがいる」
「それで大人しく身を引くところが馬鹿だというのです」
「…ロアが幸せになるならそれでいい。リリー、君もだ」
「誰かが責任をとって死ぬなど…不幸しか呼ばない」
「…」
では、どうしたら良いのだろう。ミストガンは顏を歪ませ、外の様子を見つめた。
予想以上に酷い混乱状態にある城下。塀が壊され人々が逃げ回る。
「暴徒か」
ミストガンは混乱の中心に目を向けた。そこで暴れているのは…見知った桃色の髪。
「我が名は大魔王ドラグニル!この世界の魔力はオレ様が頂いた!!」
どこから持ち出したのか、黒い布をマントのように纏っているナツ。それだけではない、ガジルやウェンディまでもが同じように暴れ回っている。
「ナツ…」
「オレ様に逆らう者は全員…」
「よせ!!ナツ!!」
思わずナツに向けて大声を張り上げたミストガンに、人々の視線が集まる。知られていないこの国の王子。
「おまえにオレ様が止められるかな、エドラスの王子さんよォ」
ざわざわと人々が困惑の声を上げた。7年前に行方不明になったエドラスの王子。本物なのか、否か。
「来いよ。来ねぇとこの街を跡形もなく消してやる」
ミストガンとリリーの会話を聞いたエクシードの一人がナツ達に知らせたのだった。そこには、確かに悪役と英雄になるべき人が揃っている。
あとは、ミストガンが人々の信用を得ることが出来ればというところ。
「バカ者め…おまえのやろうとしていることはわかるが、この状況を収拾できる訳がない…!」
それでもナツは腕に炎を纏って街を破壊していく。あまりにも、やりすぎだと言えるほどに。
「もうよせナツ!私は英雄になれない、おまえも倒れたフリなど群衆には通じんぞ!」
「…本気で来いよ」
近付いてきたミストガンに対して、ナツが拳をぶつける。ナツは間違いなく本気だった。
「っ茶番だ!こんなことで民を一つにするなど…!」
対抗してミストガンもナツを蹴り上げる。その瞬間、ワッと歓声が上がった。少しずつ、人々がミストガンを応援し始めている。
火を吹く化け物を、魔法を使うことが出来ない王子が倒す、その図がまさにここにある。
「ミストガン、これはオレ流のフェアリーテイル式壮行会だ。フェアリーテイルを抜ける者には、三つの掟を伝えなきゃならねぇ」
拳をぶつけ合いながら、ナツは笑った。
「一つ、フェアリーテイルの不利益になる情報は生涯他言してはならない。二つ…なんだっけ?」
「…過去の依頼者に濫りに接触し、個人的な利益を生んではならない」
「そうそう!」
殴り合いは止まない。その中で、ナツとミストガン思いをぶつけていた。
「三つ、たとえ道は違えど強く力の限り生きなければならない」
強く拳を構える。最後の一撃に、思いを込めるように。
「決して自らの命を小さなものとして見てはならない。愛した友のことを」
「生涯忘れてはならない…」
ドン、と激しい衝撃音と共に、二人の拳が交わった。
ゆっくりとナツが倒れていく。
「また会えるといいな、ミストガン」
ギャラリーが湧き上がる。王子が悪を倒した、ミストガンは英雄となっていた。
そして、魔力も無くなる。ナツやガジル、ウェンディらアースランドの者たちの体は輝き始めていた。
体内に魔力を持つ者は魔力と同じようにアースランドへ流れるのだ。
つまり、エクシードも皆アースランドに流れることとなる。リリーの体が輝いていることがそれを証明していた。
「…ミストガン!」
「ロア」
ロアはずっと動けずにいた。ナツ達が悪役になってくれて、ミストガンは英雄になる。それと同時に、別れが来ることを感じ取ってしまったから。
しかし、これが本当の最後だと思ったら、今度は体が勝手に動いていた。
涙を拭いながら、ミストガンに駆け寄る。そのまま、ロアはミストガンの体に抱き着いた。
「嫌だよ、まだ、まだ俺は…っ」
「ロア、お前にはもう仲間がたくさんいる。私がいなくとも」
「もう、会えないんだろ…そんなの…」
そう、きっと再び会うことはないだろう。これが最後。
ミストガンは最後だからと自分に言い聞かせて、ロアの体を強く引き寄せた。腰を抱き、全身を密着させる。
暖かい、ロアの光の暖かさ。
「…ロア、好きだ」
「え…?」
「愛していたよ」
背後に見えるナツのしかめっ面。それをわかっていながら、ミストガンはロアの頬にキスを落とした。
「幸せになってくれ。それが私の幸せとなる」
「…!俺だって…!」
ロアの体がふわっと浮かび上がった。流されていく。思わずミストガンに伸ばした手は、もう届くことはなかった。
リリーの目は、しっかりとミストガンを見つめていた。ゆっくりでいい。人は歩くような速さでも未来へと向かっていける。
「さようなら、王子」
エドラスはミストガンに託された。しかし、心配することはもうないだろう。彼らは、大切なものが何か、わかっているのだから。
・・・
アースランド。
地に足をついた時、眼前にあるマグノリアの街が彼らを迎えていた。
「帰ってきたのか…」
大勢やって来たエクシード達もこちらの世界で生きていくことを決めた様子でいるし、ナツ達も帰って来れたことに喜び合っている。
しかし、ロアは一人、自分の手を見つめていた。
それに気が付いたナツがグレイを肘で突く。
「…グレイ、行けよ」
「あ?」
「ロアは、お前が行った方が喜ぶだろ…」
「って、まだ勘違いしてんのかよ。いいから行けって」
今度はグレイがナツの背中を押す。少し戸惑いながらロアに近づくナツを見て、呆れたようにグレイが息を吐いた。
「いい加減…」
いい加減お前等くっ付けよ。そう思う自分がいることに笑えてくる。
「エルザ…そんな目で見んなよ」
「む、そんな目で見ていたか?」
「見てた」
グレイはエルザとルーシィの背中を押して、その場から少し離れた。ルーシィも意図が分かったようで、少し笑ってグレイについて行った。
「…ロア、無事に帰ってこれて良かったな!」
「ん…」
たた、と駆け寄ってきたナツの手が、ぎゅっとロアの手を握り締める。それでもなんとなく浮かばれないのは、そこにミストガンがいないからだろう。
「…ロア、ミストガンのことか…?」
「そんな、簡単に割り切れねぇ…」
「ロアは、…もしかしてミストガンのこと…好きだったのか?」
「好き…」
ぱっと顔を上げると、ナツの顔が近くにあった。
好きだったのかと言われれば、きっと好きだった。でも、縋りたかっただけなのかもしれない。ミストガンなら、という心のゆとりをくれる人だったから。
「…エドラスみたいには、いかねーか…」
「ナツ?」
「いや、なんでもな…」
ぴたっと、ナツが固まった。そのナツの視線は、ロアから逸れている。
「え?何、どうしたんだよナツ…」
その視線をたどって後ろを向いたロアも言葉を失った。
そこには、既に死んだはずの…
「リサーナ…?」
「ナツ!」
リサーナ、と呼ばれた少女はナツの体に抱き着いた。そこにいるグレイも、エルザも、ハッピーでさえ驚いて言葉を失っている。
支えきれず倒れ込んだナツとリサーナ。リサーナは泣いていた。
「また会えた…本物の、ナツに」
ロアにも、今目の前で起こっている光景を理解することが出来なかった。
「なんで…リサーナ、死んだはずじゃ…」
「ロア…久しぶりだね。エルザも、グレイも、ハッピーも…!」
「待てよ、どういうことなんだよ…お前は、アースランドのリサーナなのか?」
「うん。…私、死んでなんかなかったの」
ミラとエルフマンと行った仕事の最中に気を失って、そういうわけかアニマに吸い込まれた。
エドラスのフェアリーテイルにいたリサーナは死んでいたらしい。生き返ったと喜ばれて、違うのだと言い出すことが出来ず…
ずっとエドラスのリサーナとして過ごしていた。
「もう二度とミラ姉たちを悲しませたくなくて…エドラスでナツとハッピーを見かけた時、言えなかった」
「リサーナ…」
「でも、本当はすごく嬉しかったの!本当の皆に、ずっと会いたかったから!」
にっこりと笑うリサーナに、皆も笑い返した。死んだはずのギルドメンバーが生きて帰ってきたのだ。嬉しくて当然だ。
嬉しいはずなのに、ロアの胸はきりきりと痛んでいた。
そして、これからはこの痛みを慰めてくれるミストガンもいない。
「…リサーナ、おかえり」
「うん。ただいま!」
昔から、このリサーナの笑顔には弱かったんだ。ナツも、そしてロアも。
暫く言葉を発せずに、ロアはナツを見つめていた。
「…ロア」
「あ、…その、ありがとな」
「ちげーよ。ロアは自分で抜け出したんだ」
「いや、ナツのおかげだよ」
ナツの腕を解いて離れようとするが、強く抱きしめられていてなかなか解放してくれない。
「その…ナツ、そろそろ離して欲しい、んだけど…」
「…嫌だ」
「嫌だって…何言ってんだよ」
肩をぐっと押すと、真剣なナツの顏が目の前にあって。ロアの心臓がどくんと音を立てた。自分ではどうすることも出来ないような、いろいろな感情が込み上げる。
「ロア」
「ナツ…?」
放して欲しいような、もっとくっ付いていたいような。複雑な心境にロアの目が揺らいだ。
「何してんだてめーは!」
「いってぇ!」
がつん、という音と共に、ナツがロアから引き剥がされた。ナツの後ろには、構えた拳骨を震わせているグレイが立っている。
グレイはぽかんとしているロアに目を向けると、ふっと優しく笑いかけた。
「よう、大丈夫だったか?」
「あぁ…心配かけて悪かった」
「無事で良かった」
グレイに殴られて頭を抑えていたナツも、ロアが笑ったのを見て肩の力を抜いた。それからグレイを見てはっと目を見開く。
「そういや、鍵はどうした!?」
「…鍵?」
「あぁ、竜鎖砲ってヤツを起動させる道具らしいんだが…ナツ、これで仲間を助けられる」
「何!?」
全く事情をわかっていないロアの前に、グレイは自分の魔法で作った大きな鍵を晒した。
「本来、奴等は竜鎖砲をワイヤーにしてエクスタリアにぶつけて動かすことで、エクスタリアとエクシードをぶつけるつもりだった」
エクスタリア…マグノリアの皆である魔水晶と、ハッピー達のような羽の生えた猫のような生き物エクシード。どちらもこの世界にとっては大きな魔力の塊。それをぶつけることで、この世界に永遠の魔力を降り注がせることが王国軍の狙いだ。
「だが、滅竜魔法の濃縮された竜鎖砲を直接魔水晶にぶつければ…皆を元に戻せる!」
「へぇ…?」
何やら難しい説明に首を傾げたロアの横で、ナツは目を輝かせた。
「よくわかんねぇが、元に戻せるんだな!」
「ナツもわかってないのかよ」
呆れていったロアだったが、つまりはそういうことなのだ。皆を戻す方法があった。それだけで十分だ。
「竜鎖砲はこの先だ。行くぞ」
「おお!」
ようやく救いが見えてきた。ナツもグレイも闘いの後で体は傷だらけなのに、足取りが軽い。
グレイの後に続いて歩き出そうとしたロア達。しかしその背後から、かしゃ、という鎧を纏った者の足音が響いた。
「こんな所にいたのか」
エルザの声に三人が振り返る。しかしそこにいたのは、ロアも一度だけ確認したエルザのような、エルザでないその人。
「エドラスの、エルザ…!?」
「まさか、オレ達のエルザが負けたのか!?」
エルザの口元がにっと笑った。
・・・
ずらっと兵士が並び、目の前には巨大な機械、竜鎖砲が設置されている。その中心に、エルザとナツとグレイ。ナツはエルザに捕えられた状態で、グレイはその手に氷で造られた氷を持っている。
「氷の魔導士、竜鎖砲を起動させるんだ」
「くっ」
「妙なマネはするな」
ナツの首にナイフの刃が突きつけられている。敵に囲まれている今の状況で、逆らうことなど出来るはずもなく、グレイは竜鎖砲に鍵を差し込んだ。
「よし!いいぞ」
ゴウンゴウン…と大きな機械が起動して嫌な音を立てている。
それを見て、エドラスの王国軍を率いる王、ファウストが手を上に勢いよく上げた。
「撃てーい!」
なんとか照準を変えようとしていたグレイの頬に冷や汗が流れる。どこで照準を変えるのか、見当たらない、わからない。このままでは皆が破壊されてしまう。
その様子を見ていたエルザが一度俯いて、ここまでだ、と小さく呟いた。そしてすっと顔を上げると、ナツから手を離した。
「ナツ!ロア!」
「おう!」
エルザの声と同時に、エルザの手を逃れたナツが炎を纏いながら周りの兵士をなぎ倒していく。そして、その反対側の兵士もばたばたと切り倒されていた。
入口付近で姿無く身をひそめていたロア。Sランクたる所以。ロアは元々暗殺に近い戦闘を得意としていた。
「発射中止だ!」
ファウストを捕らえたエルザが剣を手に叫ぶ。エドラスのエルザの姿は一瞬でアースランドのエルザの姿に変わっていた。
「何のマネだエルザ!」
「私はエルザ・スカーレット。アースランドのエルザだ」
驚きを隠せない王国の人間達の前に、ナツとグレイとロアも姿を見せる。
「これぞ作戦D!」
「作戦D?なんだそれ」
「騙し討ちのDだ!」
竜鎖砲を撃つという目的は敵と同じ。忍び込んで鍵を指し、後は照準を変えてしまえばこっちのものだ。
「照準を魔水晶に合わせろ。でないとこいつの首が飛ぶぞ」
「ワシのことなどよい!撃て!」
「早くしろ」
エルザが刃をファウストの首に近付けると、兵士達は慌てて照準の変更をし出した。兵士にとっては王の身の安全の方が大事であるようだ。
これで皆を救える、そう確信したときだった。
「スカーレット!」
「何…!?」
「エルザ、危ない!」
頭上から突然現れたもう一人のエルザが剣を振り下ろす。
それに合わせてロアが割り込んで対応したが、やはりエルザといことか、激しい圧力にロアは押され、アースランドのエルザも剣を構えざるを得なかった。
「陛下が解放された!」
「照準を戻すんだ!」
「撃て!」
それはあまりにも一瞬で、ナツ達が止める間もなくエクスタリアに向けて竜鎖砲が撃たれてしまった。
「皆!」
次に聞こえてきたのはルーシィの声。大きな竜のような、レギオンと呼ばれるエドラスのモンスターに乗って現れたルーシィの隣には、エドラスの少女、ココ。
「乗って!」
「私のレギオンです」
ファウストのやり方に反発して逃げ出した先で、ルーシィと出会ったココは味方に付いてくれたのだった。
「こいつに乗れば止められんのか!?」
「わかんない!でも行かなきゃ!」
「ナツ、とにかく今は乗ろう」
「…おう!」
迷っている暇はない。皆でそのレギオンに飛び乗ると、エクスタリアの方へ飛んで行った。
「追うぞ!レギオン隊全軍出撃!」
エドラスのエルザが怒りを露わにして、ナイフで髪を切り落とす。そこにはもうアースランドのエルザと見間違えることはない、全く違う姿のエルザが立っていた。
本当の闘いの始まりだ。
今にもエクシードにぶつかりそうなエクスタリア。ぎりぎり島の端で止まっているのは、ナツ達がエクシードからエクスタリアを押し返しているからだ。
「くそ…!も、ぶつかる…!」
「こらえろ、ロア!」
いくら魔力を解放して押し返そうとも、人間の小さな体にはあまりにも大きすぎる。ロアの細い腕が小刻みに震える。その手に大きな手が重なった。
「な!?」
「ったく、無茶しやがって」
「ガジル!?」
今までいなかったガジルがロアの体を支えるように、後ろから一緒にエクスタリアを押している。そもそもガジルはミストガンに頼まれて魔水晶になった皆を戻す作業をしていたはずだ。
「ガジル、何故私たちのように皆を元に戻さん!」
「黒ネコが邪魔すんだよ!」
巨大魔水晶を元に戻そうと向かったガジルの前に、人型に近いエクシードのリリーが立ち塞がったのだ。
そしてそれがなかなかの強敵で、今まで闘っていたらしい。
ガジルの傷だらけの体を見れば、それが本当だということは疑いようがなかった。
「ココ、何故お前が…」
声の主はエクスタリアの方に立っていた。ガジルの言う黒猫。ココとは親しい間柄だったようだ。
「私、永遠の魔力なんていらない…永遠の笑顔がいいんだ!」
「なんてバカな…早く逃げろココ!この島は何があっても止まらんぞ!」
それを聞いて、ロアの横、ナツの腕にぐっと力が入ったのがわかった。
「止めてやる!体が砕けても、魂だけで止めてやる!!」
ナツから離れてエクシードの方にいたハッピーも合流して、ナツの隣で力を入れている。それを見て、ロアももう一度エクスタリアに向き合った。
「くっ…ナツ…」
「あ?なんだよ!?」
「ナツが、砕けてもッ…意味ないんだからな!」
「ロア」
「皆で、生きて帰んなきゃ、意味ないんだからな…!」
ばさばさという羽音。今まで動かなかったエクシード達も集まってくる。茫然と立ち尽くしていたリリーも、それに気付いて顔を歪ませた。
王国についていたリリー。大きな怪我を負った人間の子供を連れて帰ったために、エクシードから迫害されて、それでエクシードから離れたのに。
「…っ」
歯を食いしばって、それからリリーはエクシードの方へ飛び立って行った。
「止まれぇえええ!」
皆で一斉にエクスタリアを押し返す。ロアもガジルに大丈夫だと目で訴え、逆にガジルの手に重ねて一緒に押した。
力はロアよりガジルの方が数倍あるから。自分が非力だということは、認めざるを得ないから。
「!?」
しかし、エクスタリアが押し返されたかと思うと、急に激しい渦に包まれた。そこにいた皆が弾き返される。
「うわっ!」
「おい、大丈夫か」
「っ、」
ロアはそのままガジルに抱き留められる。振り上げて叩き落とそうとした手を、ロアは堪えて止めた。
「…助かったよ」
いい加減、ガジルを毛嫌いしていても仕方ない。
一度ガジルの目を見てから、ロアは視線をエクスタリアの方へ移した。どういうわけか、そこにあった魔水晶が消えている。
「なんで、魔水晶が…?」
「アースランドに帰ったのだ」
「…ミストガン!」
マントにマスクに、体をほとんど覆い隠したその姿。もはや懐かしく感じるほどだ。
「魔水晶はアースランドで元の姿に戻る」
「ってことは…」
「全て終わったのだ」
ミストガンの言葉に、そこに集まったエクシード達も、当然ナツ達も皆手を合わせて喜んだ。ようやく終わったのだ。これでもう何も心配することはない。
しかし、ロアは眉間にしわを寄せてミストガンを見つめていた。
「…どうして、そんなに知ってんだ」
ミストガンは、あまりにもこちらの世界のことを知りすぎている。アースランドで普通に生きていたら、そんなこと知りもしないようなことだったのに。
「リリー、君に助けられた命だ。君の故郷を守れて良かった」
ミストガンの視線の先を追えば、ガジルが闘ったという大きな黒い猫のエクシード。そして、そのリリーもまた、ミストガンを見て笑った。
「ええ、ありがとうございます。…王子」
違和感にロアが目を細めた時、リリーの体が何かに貫かれていた。
リリー本人も目を丸くして、自分の身に起こったことがわかっていない様子で。その攻撃の方向を見れば、レギオンに乗ったエルザが大砲のようなものを手に持っていた。
「まだ終わらんぞ!」
「向こうのエルザ!」
落ちていくリリーを追って何匹かのエクシードが下に向かって降りて行く。
エルザを睨み付けるエルザに対して、ミストガンは手を広げた。
「エドラス王国の王子であるこの私に刃を向けるつもりか。エルザ・ナイトウォーカー」
「くっ」
状況についていけないロアたちに、今度はファウストの声が響く。
『七年も姿をくらませておいて、よくおめおめと戻って来れたものだ。貴様がアースランドでアニマを塞ぎ回っていたことは知っておるぞ』
アニマ…エドラスがアースランドの魔力を得るために使った空間魔法。
空に開けた穴によって、空間ごと吸収してしまうもので、これにより、マグノリアは急に姿を消し、魔水晶に変えられてしまったのだ。
滅竜魔導士およびエクシードには効かなかったために、ナツやウェンディ、ガジル、そしてハッピーとシャルルは無事だったのだが。
「あなたのアニマ計画は失敗したんだ。もう戦う意味はないだろう」
『これは戦いではない。王に仇なす者への報復。ワシの前に立ち塞がるなら、たとえ貴様であろうと消してくれる』
「父上…!」
『王の力に不可能はない!王の力は絶対なのだ!』
魔法が効かないというドロマ・マニム。ドラゴンの強化装甲で、外部からの魔法を無効化してしまう搭乗型の甲冑の中にファウストは入って操縦している。
まず狙われたのは、無防備であるエクシード達だった。
「王国軍からエクシードを守るんだ!ナイトウォーカー達を追撃する!」
「あのでかぶつはどうする?」
「相手にするだけ無駄だよう。魔法が効かないんだから」
ココの言葉に皆頷いて、攻撃を避けながら近付くしかないのだと判断した。
しかし、攻撃はロア達の乗るレギオンにも向かってきていた。
あまりにも大きい攻撃に、成す術なく。やられると思った彼らの前に立ち塞がったのはミストガンだった。
「ミストガン…!」
「エルザ、今のうちに行け!」
「しかし…」
「行くんだ!」
ミストガンは強い。
しかし、相手に魔法は効かないのだ。攻撃を跳ね返したものの、追撃によってミストガンはやられてしまった。
「ミストガン!」
レギオンから体を乗り出し、今にも後を追いそうになったロアの腕をナツが掴んだ。
「ロア行くな!」
「だって、…ミストガンが」
「ミストガンは大丈夫だ。信じろよ!」
「…ごめんナツ。俺は、ミストガンにもらいすぎた」
「何を…っおい!」
ナツの手を振りほどいて、ロアはミストガンの落ちて行った方向へ飛び込んでいった。
この時、既に嫌な予感はしていたんだ。ミストガンと、もう長く一緒にはいられないのだと。
・・・
「ロア、行っちゃったの!?」
「くそ、仕方ねぇなアイツ…」
ロアの行った方向を見つめながら、ルーシィとグレイが焦ったように声を漏らした。ミストガンにやけに懐いていたのは知っていたが、ここまでとは。
「くそ…なんなんだよ…!」
きつく握り締めた自分の手を見つめて、ナツは悔しそうに顔をしかめた。
「掴んだと思ったのに!」
ロアが何を考えているのかわからない。もう手放したくはないのに、掴むと逃げられて。
「全部、あいつのせいだ…!」
怒りの咆哮が爆発する。ナツはファウストの乗る装甲へ突っ込んで行った。ウェンディとガジルも同じように続く。
「…あれは三人に任せよう」
「え!?大丈夫なの?」
「相手はドラゴン。倒せるのはあいつらだけだ。私達はエクシードを守って戦うぞ!」
エルザとルーシィとグレイはレギオンに乗って対抗する。エルザとの戦いも着けなくてはならない。
エルザは、エドラスのエルザを見つけると、敵をなぎ倒しながら剣をエルザに向けた。
「い、て…っ!」
生い茂った木が頬を掠める。切れた肌から血が流れて、ロアはそれを軽く手で拭った。
辺りを見渡せば、そこはやはり知った世界ではなく、上空にはさっきまでいた浮き島が見える。
「なんで…こんなことになったんだっけ」
そんなこと、今更考えたって意味のないことだ。目の前の敵を倒して元の世界に帰れれば、それで全て解決する。今までの生活に戻れるはずなのだ。
「…ケガは大丈夫か?」
それは、自分に向けられたものではなかった。少し遠いその声が聞こえた方向へ向かってゆっくり歩く。それに伴って少しずつ近くなる声は、やはりミストガンのものだった。
攻撃されて落ちていったくせに、けろっとしている。恐らくあの場から逃れるための演技だったのだろう。
相手はこちらの世界のエクシードと思われる、大きな体に猫の顏、リリーと呼ばれた男。
「これくらい何とも…」
「ドロマ・アニムはナツたちに任せる他ない。私達には他にやる事がある」
「やる事?」
リリーとミストガンはロアに気付いていない様子で話を進めた。ロアも気付かれないように息を潜める。
どうして隠れたのか、それは無意識だった。ただ、ミストガンとこのリリーという男の間には知り得ない深い絆があって、それが少し悔しくて。そしてそれが何なのか知りたかった。
「最後の仕事だ。それには君の力が必要になる」
「…最後」
「そう、最後…」
どくんと胸の奥が嫌な音を立てた。ロアの見開かれた目が大きく揺れる。
ミストガンはフェアリーテイルの誰もが謎の男と呼んでいた。それは、ミストガンが誰にも自分を知られないように振る舞っていたからだ。
いつでも、何も教えてはくれなかった。
「アニマを逆回転し、この世界の魔力を全て消滅させる」
「そんな…!」
「しかし、国民の混乱は収まらない。だからこそ、新しい指導者が必要となる」
「なるほど、それを王子が」
「いや、私ではない。混乱した群衆をまとめる為には悪役と英雄が必要なのだ」
知らない世界の話。いや、もう知らないとは言えない、今いるこの世界、エドラスの話だ。
「この世界を混乱に陥れた悪を晒し、処刑するものこそ英雄となり、王となる」
それは、あまりにもわかりやすい話だった。悪役は死に、それを倒したものが英雄。物語なんてたいていそんなもんだ。
「…その、悪と英雄は、誰なんです…」
「もう気付いているだろう?」
頼むから、気付かせないでくれ。その願いは届くはずもなかった。
「世界を滅ぼした私を君が処刑するんだ。そして君がこの世界の王となれ」
つまり、それは。ミストガンはこちらの世界で死ぬというのか。一緒に帰れないだけでなく、この知らない世界のために死ぬというのか。
「…また、俺らには隠すのかよ」
「!…ロア、何故」
がさ、と足元の葉が音を立てて、同時にロアはミストガンの前に出ていた。驚いて一瞬開いたミストガンの目は、すぐに細められる。
「ロア、お前はエルザ達の元へ戻れ」
「嫌だ」
「ロア」
「ミストガン…!突き放さないでくれよっ!何も言わずに、そうやって…!」
言いたいことが有り過ぎて、何から言ったら良いのかもわからない。ただ溢れるがままに、ロアは声を荒げていた。
「ずっと、助けられた。今も昔も、俺が苦しい時はいつだって…!俺に、返す時間もくれないのかよ!なんで、ミストガンが悪なんだよ!そんな役だったら、俺が」
「ロア!」
「嫌だ。絶対に嫌だ。俺は、俺はミストガンに、まだ」
「違う!聞いてくれ!」
震える手を、ミストガンの手が包み込んだ。真剣な眼つきに、ロアは開いた口を閉じるしかなかった。
「違うんだ。私がロアにしたことは…全部私のためだった」
「な、何…?」
「私が、そうしたかった。ロアの思いを利用しただけだ」
ぎゅっと握られた手が熱い。フェアリーテイルの中でミストガンと関わった時間が長かったから、自分はミストガンを知っている気にでもなっていたのか。
目の前にいるミストガンは、全然知らない顔をしていた。
・・・
いくらアースランドのエルザ達が強い魔力を持っているからと言えど、戦力の差はあまりにも大きかった。少しずつ追い詰められていく。あまりの数の違いに、身体よりも先に心の方がやられてしまいそうになっていた。
「クソ!数が多すぎる!」
「うああっ!」
倒れたグレイに、ルーシィに、敵が襲いかかる。
もう駄目だとシャルルがきつく目を閉じた時。
激しい光が辺りを照らした。
「私たちの世界のことだもの!」
「行くぞ!フェアリーテイル!」
おおおっ!という歓声。活気。そこには、やる気に溢れたフェアリーテイルがあった。
「すまねぇ、遅くなったなアースルーシィ」
「エドルーシィ…」
「大丈夫ですか!?」
「ロアも…」
一気に形勢は逆転した。力の差はほとんどない。むしろ今まで逃げてきたフェアリーテイルの方が負けていたかもしれない。しかし、今のエドラスのフェアリーテイルにはやる気と絆があったから。負ける気など、全くしなかった。
「あれ、そういえばロアさんは…」
「あぁ…ナツじゃない男を追ってどこか行っちゃったわよ」
「え!?…もしかして、そちらのナツさんとロアさんは一方通行なんですか?」
エドラスのロアの台詞に、ルーシィはぶっと吹き出した。一方通行なんてことはない。しかし、スッキリしていないのは確かだ。
「あんたとそっちのナツははっきりしてていいわよね…」
「なんですか、複雑なんですか?」
「複雑も複雑よ…」
エドラスのロアの手は休むことなくルーシィの手当をしている。
それを受けながら、皆が戦っている様子を見ながら、ルーシィはふとナツとロアを思い出していた。
「思い合っているのは確かなんだけどね…」
二人とも素直じゃない上に、ロアは女からも男からもモテモテだし。
「…そういえば、ナツには昔仲良かった女の子が…、なんだっけ、リサーナ…?」
「リサーナとナツは仲良しですよ。私が嫉妬しちゃうくらい」
「…そうなんだ」
「ほら、今も向こうで」
エドラスのナツの隣にいる、白い綺麗な髪の毛をした可愛らしい女の子。ミラとエルフマンの妹、リサーナ。アースランドのリサーナは亡くなっている。
「もー、また二人とも仲良くしちゃって!」
「ラブラブなのに、ロアでも嫉妬するんだ」
「好きだからね。私も行ってくる!」
最後にルーシィの顔の汚れをふき取って、ロアはぱっと立ち上がった。それから小走りでナツの方へ向かって行く。
「ったく、こんな時になんつー話してんだ」
「ごめん!あたしも戦う!」
続いて二人のルーシィも立ち上がった。
ミストガンとロアの関係はよく知らないし、ナツとリサーナがどんな関係だったのかも知らない。二人とも素直になれないだけだと思っていたけれど、実はもっと複雑だったのかも。
それを少し面白いと思いながら、ルーシィは鍵を構えた。
「ドラゴンスレイヤーなめんじゃねーぞ!」
一方、魔力が通じないドロマ・アニムと戦っていたナツ、ガジル、ウェンディにも変化があった。ずっと押されていた戦況だったが、ようやく三人の息が合ってきたのだ。というのも、ナツの諦めない心があったから。
「立て!ウェンディ!」
「はい!」
「行くぞ!」
三人の咆哮が放たれる。既に、フェアリーテイルの勝利は確信していた。
そして、この世界から魔力が消える時も近づいていた。
アニマを作り出す部屋。
ミストガンの後についていったロアとリリーは二人とも、未だミストガンの考えには同意していなかった。
「なぁ…リリーっていったな」
「…何だ?」
「ミストガンは、こっちの世界の王子様なのか」
「…そうだ」
確認するまでもなかったが、他に何も言葉が出てこなかった。ミストガンの手と、熱い視線が心を乱す。決意はロアの言葉で揺らぐようなものではなかったのだ。
「…ミストガン」
「そろそろだ。この世界から魔力は消える」
「なぁ、ミストガン…。俺、わかんないよ」
何もわからない、何も返せないままミストガンを見殺しにしなければならないのだろうか。そんなの嫌だ。嫌でもミストガンにどう伝えたら良いのかもわからない。
「言っただろう。ロア、お前が私に恩返ししようとしているのなら、それは必要のないことだと」
「そ…それだけじゃない。俺は、もっと知りたいんだ…」
はぁ、とミストガンが息を吐いたのが聞こえて、ロアはびくりと肩を震わせた。呆れられている。それもそうだろう、ガキじゃあるまいし何度も何度も同じことを言ったって仕方がない。これではミストガンを困らせるだけだ。
「でも…。俺は、ミストガンが死ぬってのは、違うと思う。そんなの誰も救われない」
「ロア」
「王子。彼の言う通りです!」
リリーも、自分の胸を強く叩いて、口を大きく開いた。ロアの言葉なら変わるかと思い黙っていたが、我慢も限界だった。
「なんでオレが王子を…出来るわけがない!」
「君なら出来る」
「オレの何を知っているというのだ!」
ゴゴゴゴ…という音と共に、この世界の魔力が消えていく。
「わかってくれ。誰かがやらなくてはいけないんだ」
「だったら自分でやればいい!あなたこそ王にふさわしい!」
「私は世界を滅亡させた」
「滅亡させたのがあなたなら、あなたが責任をとりなさい!それは死ぬことではない!」
街の人々の困惑の声が聞こえてくる。魔力によって浮いていた島もエクシードも全て崩壊していく。
「全ての悪となり処刑される役はオレが」
「ならん!君は私の恩人だ!死ぬことは許さない!」
エクシードでありながら、人間であるミストガンを拾い救った、それ故にエクシードから見放されたリリー。ミストガンにとっては命の恩人そのものだ。しかし、それを聞いてロアも黙ってはいられなかった。
「恩人…?それを言うなら俺にとってミストガンは恩人だ!死ぬなんて許さない!」
「ロア…お前はこちらの世界の人間ではない」
「はっ…だから関係ないとでも言うのかよ、ふざけんな!」
「…早くナツの元へ戻るんだ」
「ミストガン!」
「行け!」
ミストガンに残る最後の魔法がロアを吹き飛ばした。柵を乗り越えて、身体が宙に投げ出される。
「なっ…!」
「ロア、お前は私を忘れていい」
「ば、か野郎…!」
手を伸ばしてももう届かない。ロアの姿はミストガンの視界から消えて行った。
「あなたは…本当に馬鹿です」
「ロアには、愛するヤツがいる」
「それで大人しく身を引くところが馬鹿だというのです」
「…ロアが幸せになるならそれでいい。リリー、君もだ」
「誰かが責任をとって死ぬなど…不幸しか呼ばない」
「…」
では、どうしたら良いのだろう。ミストガンは顏を歪ませ、外の様子を見つめた。
予想以上に酷い混乱状態にある城下。塀が壊され人々が逃げ回る。
「暴徒か」
ミストガンは混乱の中心に目を向けた。そこで暴れているのは…見知った桃色の髪。
「我が名は大魔王ドラグニル!この世界の魔力はオレ様が頂いた!!」
どこから持ち出したのか、黒い布をマントのように纏っているナツ。それだけではない、ガジルやウェンディまでもが同じように暴れ回っている。
「ナツ…」
「オレ様に逆らう者は全員…」
「よせ!!ナツ!!」
思わずナツに向けて大声を張り上げたミストガンに、人々の視線が集まる。知られていないこの国の王子。
「おまえにオレ様が止められるかな、エドラスの王子さんよォ」
ざわざわと人々が困惑の声を上げた。7年前に行方不明になったエドラスの王子。本物なのか、否か。
「来いよ。来ねぇとこの街を跡形もなく消してやる」
ミストガンとリリーの会話を聞いたエクシードの一人がナツ達に知らせたのだった。そこには、確かに悪役と英雄になるべき人が揃っている。
あとは、ミストガンが人々の信用を得ることが出来ればというところ。
「バカ者め…おまえのやろうとしていることはわかるが、この状況を収拾できる訳がない…!」
それでもナツは腕に炎を纏って街を破壊していく。あまりにも、やりすぎだと言えるほどに。
「もうよせナツ!私は英雄になれない、おまえも倒れたフリなど群衆には通じんぞ!」
「…本気で来いよ」
近付いてきたミストガンに対して、ナツが拳をぶつける。ナツは間違いなく本気だった。
「っ茶番だ!こんなことで民を一つにするなど…!」
対抗してミストガンもナツを蹴り上げる。その瞬間、ワッと歓声が上がった。少しずつ、人々がミストガンを応援し始めている。
火を吹く化け物を、魔法を使うことが出来ない王子が倒す、その図がまさにここにある。
「ミストガン、これはオレ流のフェアリーテイル式壮行会だ。フェアリーテイルを抜ける者には、三つの掟を伝えなきゃならねぇ」
拳をぶつけ合いながら、ナツは笑った。
「一つ、フェアリーテイルの不利益になる情報は生涯他言してはならない。二つ…なんだっけ?」
「…過去の依頼者に濫りに接触し、個人的な利益を生んではならない」
「そうそう!」
殴り合いは止まない。その中で、ナツとミストガン思いをぶつけていた。
「三つ、たとえ道は違えど強く力の限り生きなければならない」
強く拳を構える。最後の一撃に、思いを込めるように。
「決して自らの命を小さなものとして見てはならない。愛した友のことを」
「生涯忘れてはならない…」
ドン、と激しい衝撃音と共に、二人の拳が交わった。
ゆっくりとナツが倒れていく。
「また会えるといいな、ミストガン」
ギャラリーが湧き上がる。王子が悪を倒した、ミストガンは英雄となっていた。
そして、魔力も無くなる。ナツやガジル、ウェンディらアースランドの者たちの体は輝き始めていた。
体内に魔力を持つ者は魔力と同じようにアースランドへ流れるのだ。
つまり、エクシードも皆アースランドに流れることとなる。リリーの体が輝いていることがそれを証明していた。
「…ミストガン!」
「ロア」
ロアはずっと動けずにいた。ナツ達が悪役になってくれて、ミストガンは英雄になる。それと同時に、別れが来ることを感じ取ってしまったから。
しかし、これが本当の最後だと思ったら、今度は体が勝手に動いていた。
涙を拭いながら、ミストガンに駆け寄る。そのまま、ロアはミストガンの体に抱き着いた。
「嫌だよ、まだ、まだ俺は…っ」
「ロア、お前にはもう仲間がたくさんいる。私がいなくとも」
「もう、会えないんだろ…そんなの…」
そう、きっと再び会うことはないだろう。これが最後。
ミストガンは最後だからと自分に言い聞かせて、ロアの体を強く引き寄せた。腰を抱き、全身を密着させる。
暖かい、ロアの光の暖かさ。
「…ロア、好きだ」
「え…?」
「愛していたよ」
背後に見えるナツのしかめっ面。それをわかっていながら、ミストガンはロアの頬にキスを落とした。
「幸せになってくれ。それが私の幸せとなる」
「…!俺だって…!」
ロアの体がふわっと浮かび上がった。流されていく。思わずミストガンに伸ばした手は、もう届くことはなかった。
リリーの目は、しっかりとミストガンを見つめていた。ゆっくりでいい。人は歩くような速さでも未来へと向かっていける。
「さようなら、王子」
エドラスはミストガンに託された。しかし、心配することはもうないだろう。彼らは、大切なものが何か、わかっているのだから。
・・・
アースランド。
地に足をついた時、眼前にあるマグノリアの街が彼らを迎えていた。
「帰ってきたのか…」
大勢やって来たエクシード達もこちらの世界で生きていくことを決めた様子でいるし、ナツ達も帰って来れたことに喜び合っている。
しかし、ロアは一人、自分の手を見つめていた。
それに気が付いたナツがグレイを肘で突く。
「…グレイ、行けよ」
「あ?」
「ロアは、お前が行った方が喜ぶだろ…」
「って、まだ勘違いしてんのかよ。いいから行けって」
今度はグレイがナツの背中を押す。少し戸惑いながらロアに近づくナツを見て、呆れたようにグレイが息を吐いた。
「いい加減…」
いい加減お前等くっ付けよ。そう思う自分がいることに笑えてくる。
「エルザ…そんな目で見んなよ」
「む、そんな目で見ていたか?」
「見てた」
グレイはエルザとルーシィの背中を押して、その場から少し離れた。ルーシィも意図が分かったようで、少し笑ってグレイについて行った。
「…ロア、無事に帰ってこれて良かったな!」
「ん…」
たた、と駆け寄ってきたナツの手が、ぎゅっとロアの手を握り締める。それでもなんとなく浮かばれないのは、そこにミストガンがいないからだろう。
「…ロア、ミストガンのことか…?」
「そんな、簡単に割り切れねぇ…」
「ロアは、…もしかしてミストガンのこと…好きだったのか?」
「好き…」
ぱっと顔を上げると、ナツの顔が近くにあった。
好きだったのかと言われれば、きっと好きだった。でも、縋りたかっただけなのかもしれない。ミストガンなら、という心のゆとりをくれる人だったから。
「…エドラスみたいには、いかねーか…」
「ナツ?」
「いや、なんでもな…」
ぴたっと、ナツが固まった。そのナツの視線は、ロアから逸れている。
「え?何、どうしたんだよナツ…」
その視線をたどって後ろを向いたロアも言葉を失った。
そこには、既に死んだはずの…
「リサーナ…?」
「ナツ!」
リサーナ、と呼ばれた少女はナツの体に抱き着いた。そこにいるグレイも、エルザも、ハッピーでさえ驚いて言葉を失っている。
支えきれず倒れ込んだナツとリサーナ。リサーナは泣いていた。
「また会えた…本物の、ナツに」
ロアにも、今目の前で起こっている光景を理解することが出来なかった。
「なんで…リサーナ、死んだはずじゃ…」
「ロア…久しぶりだね。エルザも、グレイも、ハッピーも…!」
「待てよ、どういうことなんだよ…お前は、アースランドのリサーナなのか?」
「うん。…私、死んでなんかなかったの」
ミラとエルフマンと行った仕事の最中に気を失って、そういうわけかアニマに吸い込まれた。
エドラスのフェアリーテイルにいたリサーナは死んでいたらしい。生き返ったと喜ばれて、違うのだと言い出すことが出来ず…
ずっとエドラスのリサーナとして過ごしていた。
「もう二度とミラ姉たちを悲しませたくなくて…エドラスでナツとハッピーを見かけた時、言えなかった」
「リサーナ…」
「でも、本当はすごく嬉しかったの!本当の皆に、ずっと会いたかったから!」
にっこりと笑うリサーナに、皆も笑い返した。死んだはずのギルドメンバーが生きて帰ってきたのだ。嬉しくて当然だ。
嬉しいはずなのに、ロアの胸はきりきりと痛んでいた。
そして、これからはこの痛みを慰めてくれるミストガンもいない。
「…リサーナ、おかえり」
「うん。ただいま!」
昔から、このリサーナの笑顔には弱かったんだ。ナツも、そしてロアも。