ナツ夢(2012.02~2016.05)
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ルーエンの街を歩きながら、ナツとウェンディにルーシィがエドラスの魔法について説明をしていた。
王国のギルド狩り…それによって今では魔法を売買は禁止。所持しているだけでも罪になってしまう。
「所持してるだけで罪って…じゃあ元から使える人はどーすんだよ」
「どうって…魔法を手放せばいいだけだろ?」
「…!?」
魔法を手放す。それはナツとウェンディには聞き慣れない言葉だった。体にある魔法を手放すなんて、したくても出来ることではない。
「…ナツさん、何かわからないことありました?」
「いや、魔法を手放すってどーすんだ?」
「え、えと…?」
「どうやら、こっちの世界の魔法は、物みたいな感じらしいわね」
ナツとロアがお互いの言いたいことを理解出来ずに戸惑っていると、シャルルが腕を組みながら納得したように言った。
エドラスの魔法は有限。いずれ無くなるものだから、王国は魔法を独占しようとした。つまり、魔法を体に持つような人間はいないということだ。
「お前も、光の魔法を体の中に持ってるわけじゃないのか」
「はい。魔法は魔水晶と武器を組み合わせて使うんですよ」
そう言いながら、ロアはワンピースの下から小刀を取り出した。
「これが私の魔法です」
「んー…。ピンとこねぇな」
「おい、ロア!簡単に人前に出すなって」
「あ、ごめん…」
魔法は闇市でしか購入できない。今向かっているのも、まさにその魔法を買うための闇市だ。ナツやウェンディはこっちの世界に来てから魔法が使えなくなっていた。戦うためには、こちらの世界の魔法を手に入れるしかない。
「今、魔法は世界中で禁止されてるからな。お前らも魔法は人前で見せんなよ!」
ナツとウェンディに買った魔法を手渡しながら、ルーシィは厳しい表情で人差し指を突き出した。それでなくても、ギルドを持っているために厄介事は多いのだ、余計なことを増やすのは避けたかった。
「なぁそれって、王国を倒せば魔法使えるようになるってことだろ?」
険しい顔をするルーシィに、ナツはけろっと言ってのけた。
確かに、魔法は元々生活の一つのようなもので、王国が規制しなければ今でも皆手にしていただろう。しかし、ロアもルーシィも顔を見合わせてから、焦ったように声を荒げた。
「そ、そうでしょうけど…っ」
「何バカなこと言ってんだ!王国軍と戦えるわけねーだろ!」
「あ?ならなんでついて来たんだ?」
「王都までの道を教えてやろうと…戦うつもりなんてなかったんだ!」
王国に逆らうなんて、殺されるだけだ。現に、フェアリーテイルのメンバーは半分ほどになってしまっている。マスターも殺された。その惨劇を何度も見てきたエドラスのルーシィとロアに、王国に逆らうという選択肢は無くなっていた。
「お前、フェアリーテイルだな!」
ふいに聞こえてきた声に、全員がばっと振り返った。しかし、王国軍の人間はそこにいない。
どこで聞こえた声なのか、と恐る恐る曲がり角の道の向こうを覗き込んだ。
「ルーシィ!?」
そこには、アースランドで見慣れたルーシィ。エドラスのロアとルーシィは瓜二つの、もう一人のルーシィの登場に目を丸くした。既にナツでわかってはいたが、目の前に同じ顔が二つ揃うとまた違った感覚がある。
「ちょっと、放してよぉ!」
「フェアリーテイルのルーシィだろう!」
「確かにそうだけど…何なの一体!?」
王国軍に掴まっているルーシィは、さすがにイラついてきた様子で鍵に手をかけた。
「まずいですよ、こっちの世界じゃ魔法は使えません!」
「助けねーと!」
そう言いながら、ナツとウェンディが飛び出した。…いや、飛び出そうとした。
「開け…天蠍宮の扉 スコーピオン!」
ルーシィの鍵は光出し、いつもと同じように星霊スコーピオンが姿を現した。当然、王国軍はスコーピオンの技によって吹き飛ばされる。
それは、いつも通りの光景にすぎないのだが今のナツとウェンディには異常なもので、思わず言葉を失い立ち止まってしまった。
「…ルーシィ」
「あ、ナツ!ウェンディも!会いたかったぁあ」
「お前なんで魔法使えんだ!?」
「え?」
「ナツさん!もう敵が来てます!」
再会を喜んでいる時間はなく、もう続々と王国軍が迫って来ていた。それには、さすがにルーシィもナツになんとかしてくれとせがむ。
言いたくはなかったが、ルーシィにこちらの世界に来てから魔法が使えないのだ、とナツが説明すると、ルーシィは嬉しそうにニッと笑った。
「…もしかして、今あたし最強?」
「いいから!ルーシィ、早くやれ!」
ルーシィの星霊魔法で敵が倒されていく。陰から見ていたロアとエドラスのルーシィも、ようやくそこから出て合流した。
「…おい、早くここから離れるぞ!」
「あたし!?」
「あの、初めまして…ルーシィさん」
「ロアが女の子になってる!?」
そんなやりとりを交わしながらも街から離れていく。
初めてみたアースランドの魔法に、ロアは驚きを隠せなかった。
アースランドでは無限に魔法が使えると聞いてはいたが、人間みたいなものが出てくるなんて聞いてはいない。無限な上に、あれほどの威力があるなんて。
「ね…ルーシィ」
「…なんだよ」
「あの人たちなら、本当に倒せるんじゃないかな…王国…」
「…」
「ふふ」
頬を赤くして顔をそらしたルーシィに、ロアは安心して笑った。
彼らは、まもなくルーエンの隣、シッカの街に到着する。
・・・
「それでさー、スゲェ可愛いんだよな!」
「…は、はぁ」
恐らく囚われの身となったロア。やけに高い建物の中の一室に押し込まれたロアは、何故かヒューズにロアの話を聞かされていた。
「あんな可愛い子は他にいねぇよ!」
「…さいですか」
なんだか状況が全く掴めないロアだったが、着ている服やら雰囲気から、ここがこの一帯を仕切っている人間のいる場所ということはわかった。
魔法は使えない。他の皆がどこにいるのかもわからない。
「…」
「ところで、アースランドのロアはどうして生きてんの?」
「…は?」
急にヒューズの手がロアに伸びた。頬に触れ、それから少しずつ下がって首に当たる。ぼんやりしていたせいで、その手の払うタイミングを逃してしまった。
「アースランドのフェアリーテイルは吸収したんだぜ?」
「な、何を言って…?」
「君らはオレらのために魔水晶になってるはずなんだけどなー」
ヒューズの言っていることは、聞き慣れないことだらけだった。吸収、魔水晶…。
そういえば、ここに来たときに大きな水晶のようなものを見たが、まさか。
「ま、待ってくれ…どういうことか、説明してくれ…」
「ん?聞きたいんだ?」
「…み、皆は…フェアリーテイルの皆がどうなったか…知ってんのか?」
「は、可愛いねェ」
体重がのしかかって来て、ロアはそこに押し倒された。先ほどまでのナンパ男の顔はそこにない。
「さっき見たろ?城の外にあるでっけぇ魔水晶…あれだよ」
「な、んだ、それ…」
「だから、どうしてロアちゃんは普通にしてんのさ?」
オレは構わないけど、と言いながら、ヒューズはロアの服の下に手を入れた。床の冷たさと相まって、体中に鳥肌が立つ。びく、と震えたロアを見下ろして、ヒューズは楽しげに笑った。
「ロアちゃんも、触ったらそういう反応すんのかな…」
「なぁ、なんで、俺とあの子は似てるんだ…?」
「そりゃあ、ロアだからさ」
「…よくわかんな、ッ!?」
ぐい、と顔が近付いてくる。唇同士が触れてしまいそうな距離に、ロアは息を止めてヒューズを睨み付けた。
「そうそう、そういう顔…絶対するよな」
「ふざけてんのか!?」
「オレのロアちゃんへの思いはマジだぜ?」
「てめぇ…!」
のしかかっているヒューズの腹部めがけて足を振り上げると、それは思っていた以上にまともに決まった。咳き込みながら腹を押さえて苦しそうにするヒューズから離れて、ロアは壁に背を預ける。
こんなところ、さっさと逃げ出してしまおう。そして探すんだ。フェアリーテイルの皆を…
そう思っていたロアの目の前に、よく知った赤い髪が飛び込んできた。
「ヒューズ、何をふざけている」
ヒューズを冷ややかな目で見下ろしている切れ長の目。
「…エルザ…?」
それは、間違いなくエルザだった。
「信じられない!」
朝、ホテルで目を覚ましたアースランドのルーシィが大きな声を上げてナツとハッピーとウェンディとロアは目を覚ました。
「朝からテンション高いな」
「どうしたんです?」
まだ目を擦るナツは不機嫌そうに体を起こしてルーシィを見ている。
そのルーシィの手には一枚の紙切れが握られていた。それに書かれた文字を確認すれば、一人でギルドに帰る、といった内容が。
「エドラスのあたし逃げちゃったの!手伝ってくれるんじゃなかったのォ!?」
「まぁまぁ、そう怒らないであげて」
「ロアはいいの!?あんな適当な…」
「私はルーシィを信じてるから」
自分のことでもないのに照れるアースランドのルーシィを横目に、エドラスのロアは昨夜のことを思い出していた。
『これはあたし達の問題だ。あいつらがなんとかしてくれるかも、なんて…そんなの嫌なんだよ』
『でも、じゃあどうするの?』
『とりあえず…あたしはギルドの皆を説得してみる!』
髪を切って、アースランドのルーシィと違う姿に変わって、ルーシィはホテルを先に出て行った。
「そんなことより、私たちも早く行きましょう?」
「う…うん」
納得いかない様子のルーシィも、ロアがそう言うと仕方なく頷いた。
ロアがルーシィについて行かなかったのには理由があった。今、フェアリーテイルにいない人間がいる。いつも走り回ってギルドにいない奴…ナツだ。ロアはまずナツと合流したかった。
「え、何あれ!?」
ホテルの外に出たナツたちに、眩しい朝日が降り注ぐ…はずだったのに、見上げたそこには大きな飛行船が浮いていた。そして、それを追うように王国軍が走って行く。
「巨大魔水晶の魔力抽出がいよいよ明後日だとよ!」
「乗り遅れたら世紀のイベントに間に合わねーぞ」
彼らは一様に同じことを言っている。巨大魔水晶、つまりアースランドのフェアリーテイルの皆、マグノリアにいた人々のことだ。
「まずい…」
「ロア?」
「魔力抽出したら、もう元には戻せなくなります!」
「くそ、急がねえと…!」
急がなければ間に合わない。しかしここで堂々と出て行けば王国軍に見つかってしまう。
勝手に飛び出して飛行船を追いかけようとするナツを押さえるルーシィ。そんな二人を横目で見ながらどうしたものかとロアは目を泳がせた。
「あ…!」
移した視線の先に、こちらに向かってスピードを上げてくる一台の車のような乗り物、魔導四輪があった。
「ナツさん!ルーシィさん!ウェンディちゃん!こっちに!」
「何!?」
「乗って下さい!」
ドアをばたんと開けて、ロアは先に乗り込む。
ナツとルーシィとウェンディも、その魔導四輪にフェアリーテイルの紋章があることに気付き、すぐに乗り込んだ。
魔法で動くその乗り物は飛行船なんかよりも速く道を越えて行く。これなら間に合うだろうとルーシィとウェンディは胸を撫で下ろした。
言うまでもないがナツは後部座席で倒れている。
「どうしてここに?」
「ルーシィから聞いた」
「なんだ、ルーシィの方が先に見つけちゃったのかぁ」
今まで一緒にいて、見たことないほど嬉しそうに笑っているロア。誰が運転しているのか気になって覗き込んだルーシィは目を丸くして声を上げた。
「ナツ!?」
「ん?あぁ、ファイアーボールのナツとはオレの事だぜ」
ゴーグルを外したその下の顔は確かにナツとそっくりで。しかし、その顔つきはキリッと吊り上っていて、隣で倒れているナツとは全く比べものにならない空気を纏っている。
「ナツはこの辺で一番の運び専門の魔導士なんです!」
頬を赤くしてナツのことを話すロアは、ルーシィとウェンディの目から見ても活き活きしていた。
本当に惚れているんだと思わされる。見ているこっちが恥ずかしくなってくるほどだった。
王都が近付いてくる。
魔法で動く魔導四輪は、この世界の魔法が有限である以上無駄遣いが出来ない。エドラスのナツは、そう長くもしないうちにピタッと魔導四輪を道に止めた。
「オレがつれてってやれるのはここまでだ。降りろ」
「な…!」
「これ以上走ったらギルドに戻れなくなる」
乗り物からすぐにでも降りたかったアースランドのナツは有無言わず先に降りた。それを見て、仕方なくルーシィとウェンディも降りる。
「おいロア、なんでお前も降りるんだよ」
「え、でも…せっかくここまで一緒に来て、そんな乱暴に」
「まさか、そっちのオレの方がいいとか…!」
「ち、違うわよ!」
二人を見て、ハッピーは痴話喧嘩?と笑いながら漏らす。仲良いんだなあと二人を眺めていたルーシィとウェンディを横切って、ナツはエドラスのナツに詰め寄っていた。
「オイ、お前も降りろ!」
「バ…てめ!何しやがる…!」
「同じオレとして一言いわせてもらうぞ」
「よ…よせ!オレを降ろすな!」
抵抗するも、無理矢理引っ張られてエドラスのナツは地に足を着いた。
「お前…なんで乗り物に強え!?」
「そんな事かい!!」
ナツの変な質問にルーシィの突っ込みが入る。しかし、エドラスのナツの様子はおかしかった。小さな声を漏らしながら、顔の前に手をやっている。
「ご…ごめんなさい…ボクにもわかりません…」
顔を上げたエドラスのナツの目には情けなく涙が溜り、吊り上っていた目もそこにはなかった。
「え…?」
「あの、言ってなかったけど…ナツは乗り物に乗ると性格が変わるんです」
「えぇええ!?」
「ひっ!大きい声出さないで!」
怖いよう、と喚きながら、ナツはロアの腰に腕を回してしがみついた。それをロアは慣れた手つきであやしている。
「ロアは…本当にナツが好き、なのね?」
「ふふ、全く男の癖に情けないとは思うんですけどね」
そう言ってはいるものの、ナツを撫でながら微笑むロアは本当に幸せそうだった。
急に、今度はアースランドのナツの方が顔をしかめた。
「なぁ、エドラスのオレ」
「な…なんですか…?」
「お前もロアが好きなのか?」
「え!?」
エドラスのナツの顔を真っ赤に染まっていく。皆の前でロアに抱き着いたことが恥ずかしくなったのか、ぱっと離れ、それから照れながら笑った。
「ボクなんかを好きになってくれるのは…ロアしかいないですから」
「何それ?私ばっかりナツを好きみたいじゃない」
「え、え、ボクも…好きだよ…?」
二人はとても幸せそうで。それが男と女だから、だと思いたくなくて、でもエドラスの二人のような関係を少し羨ましく思う自分がいることに、ナツは気付いていた。
「あ…あの、そちらのロアは…いないんですか…?」
「…ロアは、たぶん捕まってる」
「え…!?」
「アースランドのロアさん、私を庇ってヒューズに…」
「また、あの人…」
エドラスのナツはやはりヒューズを知っている様子で、少し嫌そうな顔をした。何度も何度も飽きずにロアに手を出そうとする。自分の手で倒すことが出来たらどれだけ格好いいだろうと思う。
それでも、王国を相手に戦うということには賛同出来ないようで、指を前方に向けて伸ばした。
「王都は、もうすぐそこです。ボクは、みなさんをここまで運ぶだけで…」
「何だよ!着いてんならそう言えよ!」
「ご、ごめんなさい…」
崖の下の広がる王都。そこに、ロアも魔水晶にされている皆もいる。ナツとルーシィとウェンディ、それにハッピーは真剣な顔つきに変わって歩き出した。
「じゃ…ありがとな!」
「あたしによろしく!」
「あ、あの…本当に王国軍と戦うの…?」
ぎゅっとロアの手を握りながら、エドラスのナツが不安そうに問う。それに対して、ナツはにっと笑った。
「オレ達は仲間を救えればそれでいいんだけど、ただで返してくれねぇようなら、やるしかねーだろ」
「そんなの…」
「っどうか、そちらのロアさんを…ロアさんに有難うと…伝えて下さい」
エドラスのナツの言葉を遮るようにロアが続けた。
「あと…ナツさんの気持ち、伝わるといいですね」
「あ?…あぁ、ありがとな」
ぶんぶんと手を振って王都を目指して進むナツ達の背中を見つめる。ロアは握っていたエドラスのナツの手を強く握り返した。この世界のことに巻き込んだのに、こんな風に見ているだけでいいのか。
「…ナツ、早くギルドに戻ろう」
「ロア?」
「ほら、早く!立って!」
「う、うん」
まだ出来ることはあるはず。ロアは王都を振り返りながら、仲間のいるフェアリーテイルに戻ることにした。
「…ナツさんとロアさんの行く末も気になるし!」
そこに、恐怖はなかった。
・・・
「エルザ!お前、なんて格好…」
目の前にエルザがいるのに、全く心が落ち着かない。不安から声が大きくなる。ロアに向けられているのは、エルザの冷ややかな目と、ヒューズの面白いものを見る目。
「ヒューズ、侵入者だ」
「え?オレも行かなきゃ駄目っての?」
「そうだ」
エルザの目はロアから逸らされることがない。きつい視線がロアの不安を大きくさせていく。
「ヒューズ…お前はどうしてフェアリーテイルのそいつに執着する」
「可愛いだろ?」
「そいつは必要ない」
「オレが欲しいの」
「よく見ろ、男だろう」
「男でも一応ロアだし…殺しちゃうのもったいねぇじゃん」
この二人の会話が全く見えない。エルザの口からフェアリーテイルという単語が出てきても、そこには違和感しかなかった。
「ま…待ってくれ、なんなんだよ、さっきから…」
「ふぅ、仕方ねェか」
蹴った腹部はもう痛まないのか、ぱっと立ち上がったヒューズはエルザに近づいてロアに視線だけ向けた。
「逃げないで待っててね」
「おい、ふざけんな…!」
「アースランドのロア、お前はヒューズに生かされているということを忘れるな」
「…っ、エルザ…エルザじゃない、のか…?」
生かされてる。その意味もわからないのに、そんな意味のわからないことをエルザに言われるなんて。ヒューズもエルザも不敵に笑うと何も言わずにそこからいなくなってしまった。
カチャ、と鍵のかかる音がして、足音が遠くなる。
「意味、わかんねぇ…皆は…ナツ、ナツはどこだよ…!」
壁に背をあずけたまま、ずるずるとそこに座り込む。わかること、わかったことを思い出せ。
ここは、わからない。恐らく知らない場所なのだろう。そして、ロアがもう一人いる。そして…
「俺は…一人だ…」
見向きもしないエルザ。もしかしたら、先ほどのエルザも別のエルザなのかもしれない。そうとしか思えない。
「なんでだよ…何が起こったんだよ…ミストガンっ」
きっとミストガンは何が起こるのか知っていたんだ。だからあんな風に切ない顔して抱きしめた。逃げろと言った。
「…ナツ、ナツ…助けて…」
一人は怖い。狭い部屋は、恐怖しか思い出させなかった。
「ごめんなさい」
何が?どうして謝っているのかわからない。
「僕、悪い子で…ごめんなさい」
どうして?何で悪い子になってしまったのだろう。
「どうしてこんなのが生まれてきたのよ!あなたが魔力持ちだったからじゃないの!?」
「お前が別の奴と作ったんじゃないのか!?」
「違うわよ!…なんで、こんなのが生まれたの…あんたなんか」
おねがい、それだけは言わないで
「あんたなんか生まなければ」
存在している意味が、無くなってしまう…
・・・
ぼんやりと目を開いて、辺りを見渡す。外が騒がしい。そういえば誰もいない部屋に一人置いていかれたというのに、そこには見張りの者さえもいない。
「俺、なんでじっとしてたんだ?」
今なら逃げられるんじゃないだろうか。ぱっと立ち上がって一歩前に進んで、しかし再び止まった。
一体どこから、どこに逃げると言うのか。
「…何も知らないんだった」
頬をつたう涙をこすって、はぁ、と息を吐いて。はた、と自分の頬を押さえた。
「なんで、泣いてんだ」
変なことばかり考えてしまうのは、こんな狭くて薄暗い場所なんかに入れられているからだ。
さて、どうしよう。考えもせずに抜け出して見つかったりでもしたら殺されるのだろうか。
…フェアリーテイルの皆はどうしているのか。
「寂しいよ…。会いたいよ、皆…」
ロアはその場にぺたりと座り込んだ。
変に行動しない方が身のためだ。動かないで、せめて先ほどの男…ヒューズが帰ってくるのを待とう。
そう思ったとき、扉の向こうから聞いたことのある声が聞こえてきた。扉に耳を近づけて、もう一度確認する。
「…グレイ!」
ロアは、思わず考えもなしに飛び出していた。やはり外からの鍵もなく、その扉は簡単に開かれる。そして声の聞こえた方向へ。曲がり角、曲がった先に見えた姿に、心臓が煩くなった。
「な…つ…」
グレイの隣に立っている、ピンクの髪の毛。
「おい!ロアじゃねーか!」
すぐにグレイが気付いて駆け寄ってくる。その後ろにいるナツと目があった。
「ロア、とりあえずこれ飲め!」
「え、何?」
「ミストガンがなんか…ロアとはぐれたんだとかでさ。とにかくこれ飲めば魔法使えっから」
「あ、ありがと」
手が震えて仕方ない。ナツが目をそらさずに、じっとロアを見ている。
ロアは、なんとか小瓶に入った液体を飲み干して、魔法が使えるようになったことを確認した。
「大丈夫か?」
「ん、大丈夫。魔法使えるようになった」
「ちげーよ。…泣いてたろ」
グレイの手が、ロアの頬をなぞる。自分でも意識無かったことだったために、ロアは少し驚いて、でもふっと笑ってみせた。
「…大したことじゃないよ。ちょっと、やな夢見て」
「は、寝てたのかよ」
図太いな、と笑うグレイの奥。ナツがまだこちらを見ている。
どうしよう。何か言った方がいいのだろうか。今までどうやってナツと話していたっけ。挨拶くらい、してもいいのだろうか。
ロアは一度開いた口を閉じて、もう一度息を大きく吸った。
「ナツも…無事だったんだな」
ぴくっとナツの肩が動いた。でも目はそらされることなく、首が縦に動く。それだけでロアは安心してようやく体に入っていた力を抜いた。
「ところでロア、どのくらい事情を把握してんだ?」
「え…と…。ここが別の世界っぽくて、もう一人自分っぽいのが。あ、あと魔水晶が皆だとか…」
「何もわかってねぇのか」
「…悪かったな」
呆れたように笑うグレイに少し申し訳なくなって、ロアは顔をそらした。自分でもわかっている。今の状況が全くわかっていないことくらい。
「でも、オレもよくわかってねぇんだよな」
「私が説明します」
後ろにいたウェンディがぱっと前に出た。ここにいるナツ、グレイ、ルーシィよりも、一番事を把握しているのはウェンディであるようだ。
彼らはその場を移動しながら今まであったことやわかったことを話した。
この王都の上空には、二つの島が浮いている。一つがマグノリアの皆である魔水晶。もう一つはハッピーやシャルルのようなエクシードと呼ばれるものがいるエクスタリア。
王国軍は、エクスタリアを破壊するために巨大魔水晶を激突させるつもりなのだという。
エクスタリアと魔水晶の魔力が融合すればこの国に永遠の魔法が降り注ぐ。
しかし、要はギルドの皆を爆弾代わりに使うということなのだ。
「そんなことをしたら、皆は…」
「消えちまうじゃねーか!」
声を震わせて言ったロアに重ねてグレイが声を荒げる。
ウェンディは悲しそうに顔を歪めるだけだった。
「王様ってのぶっ飛ばせばいいんだろ?」
その空気を払うように、ナツは握りこぶしを作ってそれを振り回す。そりゃそうなのだろうが、そんな簡単なことではない。
「さっきまで捕まってバテてた奴がよく言うよ」
「うっせぇ!」
「つーか、助けてやったんだから礼くらい言ったらどうだ?」
「…」
「あっ!グレイさん、ありがとうございました!」
そう、乗り込んだはいいものの、ナツとウェンディは王国軍に捕らえられて、ドラゴンスレイヤーとしての魔力を抽出させられていた。
勿論体から魔力を生み出す彼らにとって、その程度で魔力が切れるようなことはないのだが。
一時的に力を失って倒れていたところ、グレイとエルザが助けたのだそうだ。
「あれ、エルザは?」
「エルザはこっちのエルザと闘ってる。あとガジルが外の王国軍の目を集めてくれてる」
「…ガジルも無事なんだな」
「こっちの世界じゃ、滅竜魔法はいろんな役割を果たすらしくてな、魔水晶にされた皆も元に戻せるんだよ」
そのために、ガジルは巨大魔水晶を探して暴れている。その指示も全てミストガンがしたといいが、そのミストガンの行方はわかっていない。
「…ウェンディも、ホントに大丈夫なのか?」
「はい!もう大丈夫です。ロアさんも無事で良かった」
「なんか、こっちの世界の俺に惚れてる奴がいたからな」
「そうみたいですね」
ナツに言いたかった言葉をウェンディにかける。まだナツに近づく勇気はなかった。
・・・
暫く走って、それでも高い壁と長い道が続くだけという状況。
ウェンディとシャルルは行くところがあるのだと言って反対方向に行ってしまった。
そんな目的など見えてもいないロアはひたすらナツとグレイの背中について行く。
「ね、ロア」
「ルーシィ?どした?」
「実はあたし達、こっちのロアと一緒にいたんだ」
「…あ、あの子」
「可愛い女の子でびっくりしちゃった」
無事だったんだ、と安心すると同時に、やはりあの子はロアだったんだと確信する。
「それがさ、ナツとラブラブだったの」
「え…」
「結構お似合いでさぁ」
「そ、それ聞いて…俺はどんな反応すればいいの」
「さぁ?」
意味有り気な笑みを見せてくるルーシィに、ロアはぷくっと頬を膨らませた。実際どうしたらいいのかわからない。
結局、女子なら良かったということなのか、それともロアとして喜ぶところなのか。
「よ、喜ぶは違うか…」
「何?」
「っなんでもない」
ルーシィの頭をぱこっと叩いて照れ隠し。
その時、前を行っていたナツとグレイの足が急に止まった。それに気付いてロアとルーシィも立ち止まる。
どうしたのか、とは聞くまでもなかった。
「…遊園地?」
ロアのその一言はまさに、今目の前に広がるものを表していた。
突如視界の目の前に現れた遊園地に入る。ナツは楽しげに目を光らせているが、何やら不穏な空気しか感じられない。そわそわとするロアの耳に、軽やかなメロディーが流れ込んだ。
「ん~~いやぁ実に楽しいねぇ~~」
と同時に目の前を過ぎ去る男。メロディーに合わせて回るメリーゴーランドに乗る男は、上半身を鎧に、下半身はブリーフ姿でごつい足を晒している。
触れてはいけない気がして目をそらしたロア達の前に、今度はバイキングの船の部分だけが飛んできた。
「う、わ!」
咄嗟にそれを避けて倒れそうになったロアの体を、ナツが支える。腰に回ったナツの手に顔が熱くなって。久しぶりに触れたからか、緊張してナツが見れなくなった。
「このスッゲェ魔力がさぁ、この世界からもうすぐ無くなっちゃうんだ」
船の上に人影。それが敵だということは明らかで、ナツもグレイもその人影を睨み付けている。
「無限に魔法が使えるアンタらには、この気持ちわかんねぇよな」
「オレたちは永遠の魔力を手に入れる。どんな手を使ってでもね」
ヒューズと、メリーゴーランドに乗っていた男、シュガーボーイ。
この二人は王国軍の中でも上の地位にいる、強い魔導士だ。その威圧感に、ナツもグレイも、ルーシィもロアも皆、ごくりと唾を飲んだ。
「んー、牢に戻るか、ここで死ぬか」
「シュガーボーイ、奴等に選択権はいらねぇ。ドラゴンの魔力の抽出は終わった。魔力の価値を知らねぇ地上人はここで殺す」
さっき自分を捕らえてデレデレしていた男とは思えないほど、ヒューズの怒った顔は引きつって変わっている。
後ずさりしたロアに気付いたヒューズは口元に笑みを浮かべた。
「待っててって言ったのに、逃げちゃったんだね」
「部屋に鍵もかけずに…よく言う」
「邪魔するなら、ロアちゃんでも容赦しない」
その手に持つ、鍵のようなものをヒューズが構えると、辺りにあった遊具がナツ達目がけて飛んできた。人など粉々にしてしまうほど、遊具同士がぶつかって崩壊する。
こうなっては黙っていられない。グレイは氷の盾で対応し、ナツもすぐに炎を纏って飛び出した。
「…これがアースランドの魔法」
「んー。本当に道具を使わないんだねえ」
「ロアちゃんも、魔法見せてよ」
「…言われなくても」
ロアもナツに続いてヒューズに飛びかかる。手から光の刃を作り出すと、それはヒューズの頬をかすった。
「スッゲェ、さすがロアちゃん」
「いい加減、そのロアちゃんっての止めろ!」
ヒューズの魔法はここにあるアトラクションの全てを自由に動かせるというもの。
ナツはジェットコースターに無理やり乗せられて、ルーシィとグレイはシュガーボーイの魔法にかかって動けなくなっている。
「あっという間にロアちゃんだけだね」
「…俺達を舐めるな」
「さて、ロアちゃんにも悪いけど捕まってもらうよ」
「何を…」
がたん、と音という共に突然視界が暗くなった。ヒューズの魔法で、上空から降ってきた囲いに囚われている。それはわかっているのに、ロアの体は動かなくなった。
「大丈夫。全部終わったら出したげっからな」
明るい声が聞こえても、何も見えない、視界は変わらない。広いのか狭いのかもわからない、どこまでも闇が続く。
「…な、に?なんで…」
手を伸ばして壁を探す。案外すぐに壁にぶつかって、ロアはそこに両手をついた。そしてすぐに明らかになる。自分が狭い場所に閉じ込められたのだと。
「やだ…出せよ、出して…!」
壁を叩く。非力な腕では壁なんて破れないことを知っている。それてもトンと手を置いて、ロアはその場にうずくまった。
何も危険なことなんてなくて、ただそこにいればいつか外に出れるのに。でも、それはロアにとって最大の恐怖だった。
・・・
「まずい…ルーシィ!ナツをひきずり降ろせ!」
ロアがお化け屋敷と書かれた建物に入れられ、ナツがジェットコースターに乗せられている。それに気付いたグレイがルーシィの腕を掴んだ。
「ど…どうやって!?」
ルーシィとグレイの体は、もう腰まで埋まっている。シュガーボーイの魔法は、いかなるものも柔らかくしてしまうというもの。どんどん柔らかくなる地面に体が飲み込まれていく。
「行って来い!」
「え、まさか…!きゃあああ!」
ルーシィの体を無理矢理引っ張りだして、ナツの乗るジェットコースターの方へ投げ飛ばす。それからグレイは自分の魔法、飛爪でそこから抜け出した。
「そんな魔法があるなら、君が助けに行けばよかったんじゃない?」
「それじゃお前をぶっ飛ばす奴がいなくなるだろ?」
「んー」
グレイとシュガーボーイが闘う中、ルーシィはなんとかジェットコースターにしがみ付いてナツを引っ張りだそうとしていた。
安全ベルトはナツの体を完全にとめている。
「何よこれ…はずれない…!」
普通の乗り物でも酔ってしまうというのに、通常のものよりも速いヒューズの操作するジェットコースターに耐えられるはずがない。ナツの意識はほとんど飛んでしまっている。
「ナツ…!ロアが大変なのよ!」
暗闇の中でロアがどうなってしまうのか、一度見ているからわかる。お化け屋敷、だなんて中が明るいはずがない。怖いのはお化けじゃない、闇だ。
「ナツっ…!ってうわぁ!」
ヒューズの遊び心か、コースがかくんと変わる。そのままジェットコースターは水の中へと導かれて行った。
「ははっ!スッゲェだろ?これがエドラスの魔法だよ。こんな素敵な魔法がなくなるなんて、考えたくもねぇじゃん?」
「だから…オレたちの仲間もエクシードも殺すのか…」
激しい水しぶきの中、投げ出されて地に足をついたナツがゆらりと立ち上がる。
「そうだよ。永遠の魔力を手にするための贄なんだ」
「…魔力があろうがなかろうが…大事なのは生きてるってことだろ!」
怒ったナツの魔力が膨れ上がる。巨大な魔力。その背後に炎のドラゴン、イグニールの姿が見えるようだった。
・・・
膝を抱えて、顔を覆う。ロアの体は小さく震えていた。
自分が普通の子供だったらと、何度も望んだ。お母さんが怒るのは、全部自分に変な力があるから。両親からは生まれるはずのない色だから。
だから自分で髪を切って、静かに目を閉じた。
目を閉じていれば、きっと開けたとき、笑顔を向けてくれていると信じて。
「ロア!何やってんだよ!」
扉の向こうで誰かが怒ってる。ごめんなさい、怒らないで。怒っている声なんて、もう聞きたくないんだ。
「んな壁、ロアの力なら簡単に壊せんだろ!」
力なんていらない。
「出てこい!ロア!」
「やめて…力なんてないよ…」
「ロア!…!」
声が遠ざかる。ロアの体がびくりと震えた。自分も、ナツのために闘わなきゃいけないのに。
ナツが綺麗だと言ってくれたとき、初めて光の力を持っていて良かったと思えた。フェアリーテイルは、ナツはロアの心を救ったのだ。
「ナツ…俺、何か返せた?」
もらった分、何か出来たのだろうか。顔を覆っていた手が再び壁に置かれた。
「俺、結局ダメダメでさ…何も出来ないんだ」
「違ぇだろ!ロアはまだ何もしようとしてねぇ!これからだろ!」
壁の向こうが暖かい。
「出てこい。んで、オレを見ろ」
「いいの…?ナツのこと、見てていいの?」
怖いと言われた、何度も開くことを諦めた瞳をゆっくりと開く。真っ暗で何も見えない。でも、自分の体だけははっきりと見える。闇の中でも、ロアの体だけは光輝いていた。
「俺…闇に勝ってたんだ」
ナツの声が遠くて聞き取れない。もっと聞きたい。ナツの声、ナツの考え、全部を共有したい。
「ナツ…」
「ロア!来い!」
ナツの声に答えるように、ロアの体は更に眩しく光出した。
がらがらと崩れる視界。眩しくて目を細めたロアの目に飛び込むナツの姿。
ヒューズを殴り飛ばしたナツは、こちらを見てニカッと笑ってみせた。
王国のギルド狩り…それによって今では魔法を売買は禁止。所持しているだけでも罪になってしまう。
「所持してるだけで罪って…じゃあ元から使える人はどーすんだよ」
「どうって…魔法を手放せばいいだけだろ?」
「…!?」
魔法を手放す。それはナツとウェンディには聞き慣れない言葉だった。体にある魔法を手放すなんて、したくても出来ることではない。
「…ナツさん、何かわからないことありました?」
「いや、魔法を手放すってどーすんだ?」
「え、えと…?」
「どうやら、こっちの世界の魔法は、物みたいな感じらしいわね」
ナツとロアがお互いの言いたいことを理解出来ずに戸惑っていると、シャルルが腕を組みながら納得したように言った。
エドラスの魔法は有限。いずれ無くなるものだから、王国は魔法を独占しようとした。つまり、魔法を体に持つような人間はいないということだ。
「お前も、光の魔法を体の中に持ってるわけじゃないのか」
「はい。魔法は魔水晶と武器を組み合わせて使うんですよ」
そう言いながら、ロアはワンピースの下から小刀を取り出した。
「これが私の魔法です」
「んー…。ピンとこねぇな」
「おい、ロア!簡単に人前に出すなって」
「あ、ごめん…」
魔法は闇市でしか購入できない。今向かっているのも、まさにその魔法を買うための闇市だ。ナツやウェンディはこっちの世界に来てから魔法が使えなくなっていた。戦うためには、こちらの世界の魔法を手に入れるしかない。
「今、魔法は世界中で禁止されてるからな。お前らも魔法は人前で見せんなよ!」
ナツとウェンディに買った魔法を手渡しながら、ルーシィは厳しい表情で人差し指を突き出した。それでなくても、ギルドを持っているために厄介事は多いのだ、余計なことを増やすのは避けたかった。
「なぁそれって、王国を倒せば魔法使えるようになるってことだろ?」
険しい顔をするルーシィに、ナツはけろっと言ってのけた。
確かに、魔法は元々生活の一つのようなもので、王国が規制しなければ今でも皆手にしていただろう。しかし、ロアもルーシィも顔を見合わせてから、焦ったように声を荒げた。
「そ、そうでしょうけど…っ」
「何バカなこと言ってんだ!王国軍と戦えるわけねーだろ!」
「あ?ならなんでついて来たんだ?」
「王都までの道を教えてやろうと…戦うつもりなんてなかったんだ!」
王国に逆らうなんて、殺されるだけだ。現に、フェアリーテイルのメンバーは半分ほどになってしまっている。マスターも殺された。その惨劇を何度も見てきたエドラスのルーシィとロアに、王国に逆らうという選択肢は無くなっていた。
「お前、フェアリーテイルだな!」
ふいに聞こえてきた声に、全員がばっと振り返った。しかし、王国軍の人間はそこにいない。
どこで聞こえた声なのか、と恐る恐る曲がり角の道の向こうを覗き込んだ。
「ルーシィ!?」
そこには、アースランドで見慣れたルーシィ。エドラスのロアとルーシィは瓜二つの、もう一人のルーシィの登場に目を丸くした。既にナツでわかってはいたが、目の前に同じ顔が二つ揃うとまた違った感覚がある。
「ちょっと、放してよぉ!」
「フェアリーテイルのルーシィだろう!」
「確かにそうだけど…何なの一体!?」
王国軍に掴まっているルーシィは、さすがにイラついてきた様子で鍵に手をかけた。
「まずいですよ、こっちの世界じゃ魔法は使えません!」
「助けねーと!」
そう言いながら、ナツとウェンディが飛び出した。…いや、飛び出そうとした。
「開け…天蠍宮の扉 スコーピオン!」
ルーシィの鍵は光出し、いつもと同じように星霊スコーピオンが姿を現した。当然、王国軍はスコーピオンの技によって吹き飛ばされる。
それは、いつも通りの光景にすぎないのだが今のナツとウェンディには異常なもので、思わず言葉を失い立ち止まってしまった。
「…ルーシィ」
「あ、ナツ!ウェンディも!会いたかったぁあ」
「お前なんで魔法使えんだ!?」
「え?」
「ナツさん!もう敵が来てます!」
再会を喜んでいる時間はなく、もう続々と王国軍が迫って来ていた。それには、さすがにルーシィもナツになんとかしてくれとせがむ。
言いたくはなかったが、ルーシィにこちらの世界に来てから魔法が使えないのだ、とナツが説明すると、ルーシィは嬉しそうにニッと笑った。
「…もしかして、今あたし最強?」
「いいから!ルーシィ、早くやれ!」
ルーシィの星霊魔法で敵が倒されていく。陰から見ていたロアとエドラスのルーシィも、ようやくそこから出て合流した。
「…おい、早くここから離れるぞ!」
「あたし!?」
「あの、初めまして…ルーシィさん」
「ロアが女の子になってる!?」
そんなやりとりを交わしながらも街から離れていく。
初めてみたアースランドの魔法に、ロアは驚きを隠せなかった。
アースランドでは無限に魔法が使えると聞いてはいたが、人間みたいなものが出てくるなんて聞いてはいない。無限な上に、あれほどの威力があるなんて。
「ね…ルーシィ」
「…なんだよ」
「あの人たちなら、本当に倒せるんじゃないかな…王国…」
「…」
「ふふ」
頬を赤くして顔をそらしたルーシィに、ロアは安心して笑った。
彼らは、まもなくルーエンの隣、シッカの街に到着する。
・・・
「それでさー、スゲェ可愛いんだよな!」
「…は、はぁ」
恐らく囚われの身となったロア。やけに高い建物の中の一室に押し込まれたロアは、何故かヒューズにロアの話を聞かされていた。
「あんな可愛い子は他にいねぇよ!」
「…さいですか」
なんだか状況が全く掴めないロアだったが、着ている服やら雰囲気から、ここがこの一帯を仕切っている人間のいる場所ということはわかった。
魔法は使えない。他の皆がどこにいるのかもわからない。
「…」
「ところで、アースランドのロアはどうして生きてんの?」
「…は?」
急にヒューズの手がロアに伸びた。頬に触れ、それから少しずつ下がって首に当たる。ぼんやりしていたせいで、その手の払うタイミングを逃してしまった。
「アースランドのフェアリーテイルは吸収したんだぜ?」
「な、何を言って…?」
「君らはオレらのために魔水晶になってるはずなんだけどなー」
ヒューズの言っていることは、聞き慣れないことだらけだった。吸収、魔水晶…。
そういえば、ここに来たときに大きな水晶のようなものを見たが、まさか。
「ま、待ってくれ…どういうことか、説明してくれ…」
「ん?聞きたいんだ?」
「…み、皆は…フェアリーテイルの皆がどうなったか…知ってんのか?」
「は、可愛いねェ」
体重がのしかかって来て、ロアはそこに押し倒された。先ほどまでのナンパ男の顔はそこにない。
「さっき見たろ?城の外にあるでっけぇ魔水晶…あれだよ」
「な、んだ、それ…」
「だから、どうしてロアちゃんは普通にしてんのさ?」
オレは構わないけど、と言いながら、ヒューズはロアの服の下に手を入れた。床の冷たさと相まって、体中に鳥肌が立つ。びく、と震えたロアを見下ろして、ヒューズは楽しげに笑った。
「ロアちゃんも、触ったらそういう反応すんのかな…」
「なぁ、なんで、俺とあの子は似てるんだ…?」
「そりゃあ、ロアだからさ」
「…よくわかんな、ッ!?」
ぐい、と顔が近付いてくる。唇同士が触れてしまいそうな距離に、ロアは息を止めてヒューズを睨み付けた。
「そうそう、そういう顔…絶対するよな」
「ふざけてんのか!?」
「オレのロアちゃんへの思いはマジだぜ?」
「てめぇ…!」
のしかかっているヒューズの腹部めがけて足を振り上げると、それは思っていた以上にまともに決まった。咳き込みながら腹を押さえて苦しそうにするヒューズから離れて、ロアは壁に背を預ける。
こんなところ、さっさと逃げ出してしまおう。そして探すんだ。フェアリーテイルの皆を…
そう思っていたロアの目の前に、よく知った赤い髪が飛び込んできた。
「ヒューズ、何をふざけている」
ヒューズを冷ややかな目で見下ろしている切れ長の目。
「…エルザ…?」
それは、間違いなくエルザだった。
「信じられない!」
朝、ホテルで目を覚ましたアースランドのルーシィが大きな声を上げてナツとハッピーとウェンディとロアは目を覚ました。
「朝からテンション高いな」
「どうしたんです?」
まだ目を擦るナツは不機嫌そうに体を起こしてルーシィを見ている。
そのルーシィの手には一枚の紙切れが握られていた。それに書かれた文字を確認すれば、一人でギルドに帰る、といった内容が。
「エドラスのあたし逃げちゃったの!手伝ってくれるんじゃなかったのォ!?」
「まぁまぁ、そう怒らないであげて」
「ロアはいいの!?あんな適当な…」
「私はルーシィを信じてるから」
自分のことでもないのに照れるアースランドのルーシィを横目に、エドラスのロアは昨夜のことを思い出していた。
『これはあたし達の問題だ。あいつらがなんとかしてくれるかも、なんて…そんなの嫌なんだよ』
『でも、じゃあどうするの?』
『とりあえず…あたしはギルドの皆を説得してみる!』
髪を切って、アースランドのルーシィと違う姿に変わって、ルーシィはホテルを先に出て行った。
「そんなことより、私たちも早く行きましょう?」
「う…うん」
納得いかない様子のルーシィも、ロアがそう言うと仕方なく頷いた。
ロアがルーシィについて行かなかったのには理由があった。今、フェアリーテイルにいない人間がいる。いつも走り回ってギルドにいない奴…ナツだ。ロアはまずナツと合流したかった。
「え、何あれ!?」
ホテルの外に出たナツたちに、眩しい朝日が降り注ぐ…はずだったのに、見上げたそこには大きな飛行船が浮いていた。そして、それを追うように王国軍が走って行く。
「巨大魔水晶の魔力抽出がいよいよ明後日だとよ!」
「乗り遅れたら世紀のイベントに間に合わねーぞ」
彼らは一様に同じことを言っている。巨大魔水晶、つまりアースランドのフェアリーテイルの皆、マグノリアにいた人々のことだ。
「まずい…」
「ロア?」
「魔力抽出したら、もう元には戻せなくなります!」
「くそ、急がねえと…!」
急がなければ間に合わない。しかしここで堂々と出て行けば王国軍に見つかってしまう。
勝手に飛び出して飛行船を追いかけようとするナツを押さえるルーシィ。そんな二人を横目で見ながらどうしたものかとロアは目を泳がせた。
「あ…!」
移した視線の先に、こちらに向かってスピードを上げてくる一台の車のような乗り物、魔導四輪があった。
「ナツさん!ルーシィさん!ウェンディちゃん!こっちに!」
「何!?」
「乗って下さい!」
ドアをばたんと開けて、ロアは先に乗り込む。
ナツとルーシィとウェンディも、その魔導四輪にフェアリーテイルの紋章があることに気付き、すぐに乗り込んだ。
魔法で動くその乗り物は飛行船なんかよりも速く道を越えて行く。これなら間に合うだろうとルーシィとウェンディは胸を撫で下ろした。
言うまでもないがナツは後部座席で倒れている。
「どうしてここに?」
「ルーシィから聞いた」
「なんだ、ルーシィの方が先に見つけちゃったのかぁ」
今まで一緒にいて、見たことないほど嬉しそうに笑っているロア。誰が運転しているのか気になって覗き込んだルーシィは目を丸くして声を上げた。
「ナツ!?」
「ん?あぁ、ファイアーボールのナツとはオレの事だぜ」
ゴーグルを外したその下の顔は確かにナツとそっくりで。しかし、その顔つきはキリッと吊り上っていて、隣で倒れているナツとは全く比べものにならない空気を纏っている。
「ナツはこの辺で一番の運び専門の魔導士なんです!」
頬を赤くしてナツのことを話すロアは、ルーシィとウェンディの目から見ても活き活きしていた。
本当に惚れているんだと思わされる。見ているこっちが恥ずかしくなってくるほどだった。
王都が近付いてくる。
魔法で動く魔導四輪は、この世界の魔法が有限である以上無駄遣いが出来ない。エドラスのナツは、そう長くもしないうちにピタッと魔導四輪を道に止めた。
「オレがつれてってやれるのはここまでだ。降りろ」
「な…!」
「これ以上走ったらギルドに戻れなくなる」
乗り物からすぐにでも降りたかったアースランドのナツは有無言わず先に降りた。それを見て、仕方なくルーシィとウェンディも降りる。
「おいロア、なんでお前も降りるんだよ」
「え、でも…せっかくここまで一緒に来て、そんな乱暴に」
「まさか、そっちのオレの方がいいとか…!」
「ち、違うわよ!」
二人を見て、ハッピーは痴話喧嘩?と笑いながら漏らす。仲良いんだなあと二人を眺めていたルーシィとウェンディを横切って、ナツはエドラスのナツに詰め寄っていた。
「オイ、お前も降りろ!」
「バ…てめ!何しやがる…!」
「同じオレとして一言いわせてもらうぞ」
「よ…よせ!オレを降ろすな!」
抵抗するも、無理矢理引っ張られてエドラスのナツは地に足を着いた。
「お前…なんで乗り物に強え!?」
「そんな事かい!!」
ナツの変な質問にルーシィの突っ込みが入る。しかし、エドラスのナツの様子はおかしかった。小さな声を漏らしながら、顔の前に手をやっている。
「ご…ごめんなさい…ボクにもわかりません…」
顔を上げたエドラスのナツの目には情けなく涙が溜り、吊り上っていた目もそこにはなかった。
「え…?」
「あの、言ってなかったけど…ナツは乗り物に乗ると性格が変わるんです」
「えぇええ!?」
「ひっ!大きい声出さないで!」
怖いよう、と喚きながら、ナツはロアの腰に腕を回してしがみついた。それをロアは慣れた手つきであやしている。
「ロアは…本当にナツが好き、なのね?」
「ふふ、全く男の癖に情けないとは思うんですけどね」
そう言ってはいるものの、ナツを撫でながら微笑むロアは本当に幸せそうだった。
急に、今度はアースランドのナツの方が顔をしかめた。
「なぁ、エドラスのオレ」
「な…なんですか…?」
「お前もロアが好きなのか?」
「え!?」
エドラスのナツの顔を真っ赤に染まっていく。皆の前でロアに抱き着いたことが恥ずかしくなったのか、ぱっと離れ、それから照れながら笑った。
「ボクなんかを好きになってくれるのは…ロアしかいないですから」
「何それ?私ばっかりナツを好きみたいじゃない」
「え、え、ボクも…好きだよ…?」
二人はとても幸せそうで。それが男と女だから、だと思いたくなくて、でもエドラスの二人のような関係を少し羨ましく思う自分がいることに、ナツは気付いていた。
「あ…あの、そちらのロアは…いないんですか…?」
「…ロアは、たぶん捕まってる」
「え…!?」
「アースランドのロアさん、私を庇ってヒューズに…」
「また、あの人…」
エドラスのナツはやはりヒューズを知っている様子で、少し嫌そうな顔をした。何度も何度も飽きずにロアに手を出そうとする。自分の手で倒すことが出来たらどれだけ格好いいだろうと思う。
それでも、王国を相手に戦うということには賛同出来ないようで、指を前方に向けて伸ばした。
「王都は、もうすぐそこです。ボクは、みなさんをここまで運ぶだけで…」
「何だよ!着いてんならそう言えよ!」
「ご、ごめんなさい…」
崖の下の広がる王都。そこに、ロアも魔水晶にされている皆もいる。ナツとルーシィとウェンディ、それにハッピーは真剣な顔つきに変わって歩き出した。
「じゃ…ありがとな!」
「あたしによろしく!」
「あ、あの…本当に王国軍と戦うの…?」
ぎゅっとロアの手を握りながら、エドラスのナツが不安そうに問う。それに対して、ナツはにっと笑った。
「オレ達は仲間を救えればそれでいいんだけど、ただで返してくれねぇようなら、やるしかねーだろ」
「そんなの…」
「っどうか、そちらのロアさんを…ロアさんに有難うと…伝えて下さい」
エドラスのナツの言葉を遮るようにロアが続けた。
「あと…ナツさんの気持ち、伝わるといいですね」
「あ?…あぁ、ありがとな」
ぶんぶんと手を振って王都を目指して進むナツ達の背中を見つめる。ロアは握っていたエドラスのナツの手を強く握り返した。この世界のことに巻き込んだのに、こんな風に見ているだけでいいのか。
「…ナツ、早くギルドに戻ろう」
「ロア?」
「ほら、早く!立って!」
「う、うん」
まだ出来ることはあるはず。ロアは王都を振り返りながら、仲間のいるフェアリーテイルに戻ることにした。
「…ナツさんとロアさんの行く末も気になるし!」
そこに、恐怖はなかった。
・・・
「エルザ!お前、なんて格好…」
目の前にエルザがいるのに、全く心が落ち着かない。不安から声が大きくなる。ロアに向けられているのは、エルザの冷ややかな目と、ヒューズの面白いものを見る目。
「ヒューズ、侵入者だ」
「え?オレも行かなきゃ駄目っての?」
「そうだ」
エルザの目はロアから逸らされることがない。きつい視線がロアの不安を大きくさせていく。
「ヒューズ…お前はどうしてフェアリーテイルのそいつに執着する」
「可愛いだろ?」
「そいつは必要ない」
「オレが欲しいの」
「よく見ろ、男だろう」
「男でも一応ロアだし…殺しちゃうのもったいねぇじゃん」
この二人の会話が全く見えない。エルザの口からフェアリーテイルという単語が出てきても、そこには違和感しかなかった。
「ま…待ってくれ、なんなんだよ、さっきから…」
「ふぅ、仕方ねェか」
蹴った腹部はもう痛まないのか、ぱっと立ち上がったヒューズはエルザに近づいてロアに視線だけ向けた。
「逃げないで待っててね」
「おい、ふざけんな…!」
「アースランドのロア、お前はヒューズに生かされているということを忘れるな」
「…っ、エルザ…エルザじゃない、のか…?」
生かされてる。その意味もわからないのに、そんな意味のわからないことをエルザに言われるなんて。ヒューズもエルザも不敵に笑うと何も言わずにそこからいなくなってしまった。
カチャ、と鍵のかかる音がして、足音が遠くなる。
「意味、わかんねぇ…皆は…ナツ、ナツはどこだよ…!」
壁に背をあずけたまま、ずるずるとそこに座り込む。わかること、わかったことを思い出せ。
ここは、わからない。恐らく知らない場所なのだろう。そして、ロアがもう一人いる。そして…
「俺は…一人だ…」
見向きもしないエルザ。もしかしたら、先ほどのエルザも別のエルザなのかもしれない。そうとしか思えない。
「なんでだよ…何が起こったんだよ…ミストガンっ」
きっとミストガンは何が起こるのか知っていたんだ。だからあんな風に切ない顔して抱きしめた。逃げろと言った。
「…ナツ、ナツ…助けて…」
一人は怖い。狭い部屋は、恐怖しか思い出させなかった。
「ごめんなさい」
何が?どうして謝っているのかわからない。
「僕、悪い子で…ごめんなさい」
どうして?何で悪い子になってしまったのだろう。
「どうしてこんなのが生まれてきたのよ!あなたが魔力持ちだったからじゃないの!?」
「お前が別の奴と作ったんじゃないのか!?」
「違うわよ!…なんで、こんなのが生まれたの…あんたなんか」
おねがい、それだけは言わないで
「あんたなんか生まなければ」
存在している意味が、無くなってしまう…
・・・
ぼんやりと目を開いて、辺りを見渡す。外が騒がしい。そういえば誰もいない部屋に一人置いていかれたというのに、そこには見張りの者さえもいない。
「俺、なんでじっとしてたんだ?」
今なら逃げられるんじゃないだろうか。ぱっと立ち上がって一歩前に進んで、しかし再び止まった。
一体どこから、どこに逃げると言うのか。
「…何も知らないんだった」
頬をつたう涙をこすって、はぁ、と息を吐いて。はた、と自分の頬を押さえた。
「なんで、泣いてんだ」
変なことばかり考えてしまうのは、こんな狭くて薄暗い場所なんかに入れられているからだ。
さて、どうしよう。考えもせずに抜け出して見つかったりでもしたら殺されるのだろうか。
…フェアリーテイルの皆はどうしているのか。
「寂しいよ…。会いたいよ、皆…」
ロアはその場にぺたりと座り込んだ。
変に行動しない方が身のためだ。動かないで、せめて先ほどの男…ヒューズが帰ってくるのを待とう。
そう思ったとき、扉の向こうから聞いたことのある声が聞こえてきた。扉に耳を近づけて、もう一度確認する。
「…グレイ!」
ロアは、思わず考えもなしに飛び出していた。やはり外からの鍵もなく、その扉は簡単に開かれる。そして声の聞こえた方向へ。曲がり角、曲がった先に見えた姿に、心臓が煩くなった。
「な…つ…」
グレイの隣に立っている、ピンクの髪の毛。
「おい!ロアじゃねーか!」
すぐにグレイが気付いて駆け寄ってくる。その後ろにいるナツと目があった。
「ロア、とりあえずこれ飲め!」
「え、何?」
「ミストガンがなんか…ロアとはぐれたんだとかでさ。とにかくこれ飲めば魔法使えっから」
「あ、ありがと」
手が震えて仕方ない。ナツが目をそらさずに、じっとロアを見ている。
ロアは、なんとか小瓶に入った液体を飲み干して、魔法が使えるようになったことを確認した。
「大丈夫か?」
「ん、大丈夫。魔法使えるようになった」
「ちげーよ。…泣いてたろ」
グレイの手が、ロアの頬をなぞる。自分でも意識無かったことだったために、ロアは少し驚いて、でもふっと笑ってみせた。
「…大したことじゃないよ。ちょっと、やな夢見て」
「は、寝てたのかよ」
図太いな、と笑うグレイの奥。ナツがまだこちらを見ている。
どうしよう。何か言った方がいいのだろうか。今までどうやってナツと話していたっけ。挨拶くらい、してもいいのだろうか。
ロアは一度開いた口を閉じて、もう一度息を大きく吸った。
「ナツも…無事だったんだな」
ぴくっとナツの肩が動いた。でも目はそらされることなく、首が縦に動く。それだけでロアは安心してようやく体に入っていた力を抜いた。
「ところでロア、どのくらい事情を把握してんだ?」
「え…と…。ここが別の世界っぽくて、もう一人自分っぽいのが。あ、あと魔水晶が皆だとか…」
「何もわかってねぇのか」
「…悪かったな」
呆れたように笑うグレイに少し申し訳なくなって、ロアは顔をそらした。自分でもわかっている。今の状況が全くわかっていないことくらい。
「でも、オレもよくわかってねぇんだよな」
「私が説明します」
後ろにいたウェンディがぱっと前に出た。ここにいるナツ、グレイ、ルーシィよりも、一番事を把握しているのはウェンディであるようだ。
彼らはその場を移動しながら今まであったことやわかったことを話した。
この王都の上空には、二つの島が浮いている。一つがマグノリアの皆である魔水晶。もう一つはハッピーやシャルルのようなエクシードと呼ばれるものがいるエクスタリア。
王国軍は、エクスタリアを破壊するために巨大魔水晶を激突させるつもりなのだという。
エクスタリアと魔水晶の魔力が融合すればこの国に永遠の魔法が降り注ぐ。
しかし、要はギルドの皆を爆弾代わりに使うということなのだ。
「そんなことをしたら、皆は…」
「消えちまうじゃねーか!」
声を震わせて言ったロアに重ねてグレイが声を荒げる。
ウェンディは悲しそうに顔を歪めるだけだった。
「王様ってのぶっ飛ばせばいいんだろ?」
その空気を払うように、ナツは握りこぶしを作ってそれを振り回す。そりゃそうなのだろうが、そんな簡単なことではない。
「さっきまで捕まってバテてた奴がよく言うよ」
「うっせぇ!」
「つーか、助けてやったんだから礼くらい言ったらどうだ?」
「…」
「あっ!グレイさん、ありがとうございました!」
そう、乗り込んだはいいものの、ナツとウェンディは王国軍に捕らえられて、ドラゴンスレイヤーとしての魔力を抽出させられていた。
勿論体から魔力を生み出す彼らにとって、その程度で魔力が切れるようなことはないのだが。
一時的に力を失って倒れていたところ、グレイとエルザが助けたのだそうだ。
「あれ、エルザは?」
「エルザはこっちのエルザと闘ってる。あとガジルが外の王国軍の目を集めてくれてる」
「…ガジルも無事なんだな」
「こっちの世界じゃ、滅竜魔法はいろんな役割を果たすらしくてな、魔水晶にされた皆も元に戻せるんだよ」
そのために、ガジルは巨大魔水晶を探して暴れている。その指示も全てミストガンがしたといいが、そのミストガンの行方はわかっていない。
「…ウェンディも、ホントに大丈夫なのか?」
「はい!もう大丈夫です。ロアさんも無事で良かった」
「なんか、こっちの世界の俺に惚れてる奴がいたからな」
「そうみたいですね」
ナツに言いたかった言葉をウェンディにかける。まだナツに近づく勇気はなかった。
・・・
暫く走って、それでも高い壁と長い道が続くだけという状況。
ウェンディとシャルルは行くところがあるのだと言って反対方向に行ってしまった。
そんな目的など見えてもいないロアはひたすらナツとグレイの背中について行く。
「ね、ロア」
「ルーシィ?どした?」
「実はあたし達、こっちのロアと一緒にいたんだ」
「…あ、あの子」
「可愛い女の子でびっくりしちゃった」
無事だったんだ、と安心すると同時に、やはりあの子はロアだったんだと確信する。
「それがさ、ナツとラブラブだったの」
「え…」
「結構お似合いでさぁ」
「そ、それ聞いて…俺はどんな反応すればいいの」
「さぁ?」
意味有り気な笑みを見せてくるルーシィに、ロアはぷくっと頬を膨らませた。実際どうしたらいいのかわからない。
結局、女子なら良かったということなのか、それともロアとして喜ぶところなのか。
「よ、喜ぶは違うか…」
「何?」
「っなんでもない」
ルーシィの頭をぱこっと叩いて照れ隠し。
その時、前を行っていたナツとグレイの足が急に止まった。それに気付いてロアとルーシィも立ち止まる。
どうしたのか、とは聞くまでもなかった。
「…遊園地?」
ロアのその一言はまさに、今目の前に広がるものを表していた。
突如視界の目の前に現れた遊園地に入る。ナツは楽しげに目を光らせているが、何やら不穏な空気しか感じられない。そわそわとするロアの耳に、軽やかなメロディーが流れ込んだ。
「ん~~いやぁ実に楽しいねぇ~~」
と同時に目の前を過ぎ去る男。メロディーに合わせて回るメリーゴーランドに乗る男は、上半身を鎧に、下半身はブリーフ姿でごつい足を晒している。
触れてはいけない気がして目をそらしたロア達の前に、今度はバイキングの船の部分だけが飛んできた。
「う、わ!」
咄嗟にそれを避けて倒れそうになったロアの体を、ナツが支える。腰に回ったナツの手に顔が熱くなって。久しぶりに触れたからか、緊張してナツが見れなくなった。
「このスッゲェ魔力がさぁ、この世界からもうすぐ無くなっちゃうんだ」
船の上に人影。それが敵だということは明らかで、ナツもグレイもその人影を睨み付けている。
「無限に魔法が使えるアンタらには、この気持ちわかんねぇよな」
「オレたちは永遠の魔力を手に入れる。どんな手を使ってでもね」
ヒューズと、メリーゴーランドに乗っていた男、シュガーボーイ。
この二人は王国軍の中でも上の地位にいる、強い魔導士だ。その威圧感に、ナツもグレイも、ルーシィもロアも皆、ごくりと唾を飲んだ。
「んー、牢に戻るか、ここで死ぬか」
「シュガーボーイ、奴等に選択権はいらねぇ。ドラゴンの魔力の抽出は終わった。魔力の価値を知らねぇ地上人はここで殺す」
さっき自分を捕らえてデレデレしていた男とは思えないほど、ヒューズの怒った顔は引きつって変わっている。
後ずさりしたロアに気付いたヒューズは口元に笑みを浮かべた。
「待っててって言ったのに、逃げちゃったんだね」
「部屋に鍵もかけずに…よく言う」
「邪魔するなら、ロアちゃんでも容赦しない」
その手に持つ、鍵のようなものをヒューズが構えると、辺りにあった遊具がナツ達目がけて飛んできた。人など粉々にしてしまうほど、遊具同士がぶつかって崩壊する。
こうなっては黙っていられない。グレイは氷の盾で対応し、ナツもすぐに炎を纏って飛び出した。
「…これがアースランドの魔法」
「んー。本当に道具を使わないんだねえ」
「ロアちゃんも、魔法見せてよ」
「…言われなくても」
ロアもナツに続いてヒューズに飛びかかる。手から光の刃を作り出すと、それはヒューズの頬をかすった。
「スッゲェ、さすがロアちゃん」
「いい加減、そのロアちゃんっての止めろ!」
ヒューズの魔法はここにあるアトラクションの全てを自由に動かせるというもの。
ナツはジェットコースターに無理やり乗せられて、ルーシィとグレイはシュガーボーイの魔法にかかって動けなくなっている。
「あっという間にロアちゃんだけだね」
「…俺達を舐めるな」
「さて、ロアちゃんにも悪いけど捕まってもらうよ」
「何を…」
がたん、と音という共に突然視界が暗くなった。ヒューズの魔法で、上空から降ってきた囲いに囚われている。それはわかっているのに、ロアの体は動かなくなった。
「大丈夫。全部終わったら出したげっからな」
明るい声が聞こえても、何も見えない、視界は変わらない。広いのか狭いのかもわからない、どこまでも闇が続く。
「…な、に?なんで…」
手を伸ばして壁を探す。案外すぐに壁にぶつかって、ロアはそこに両手をついた。そしてすぐに明らかになる。自分が狭い場所に閉じ込められたのだと。
「やだ…出せよ、出して…!」
壁を叩く。非力な腕では壁なんて破れないことを知っている。それてもトンと手を置いて、ロアはその場にうずくまった。
何も危険なことなんてなくて、ただそこにいればいつか外に出れるのに。でも、それはロアにとって最大の恐怖だった。
・・・
「まずい…ルーシィ!ナツをひきずり降ろせ!」
ロアがお化け屋敷と書かれた建物に入れられ、ナツがジェットコースターに乗せられている。それに気付いたグレイがルーシィの腕を掴んだ。
「ど…どうやって!?」
ルーシィとグレイの体は、もう腰まで埋まっている。シュガーボーイの魔法は、いかなるものも柔らかくしてしまうというもの。どんどん柔らかくなる地面に体が飲み込まれていく。
「行って来い!」
「え、まさか…!きゃあああ!」
ルーシィの体を無理矢理引っ張りだして、ナツの乗るジェットコースターの方へ投げ飛ばす。それからグレイは自分の魔法、飛爪でそこから抜け出した。
「そんな魔法があるなら、君が助けに行けばよかったんじゃない?」
「それじゃお前をぶっ飛ばす奴がいなくなるだろ?」
「んー」
グレイとシュガーボーイが闘う中、ルーシィはなんとかジェットコースターにしがみ付いてナツを引っ張りだそうとしていた。
安全ベルトはナツの体を完全にとめている。
「何よこれ…はずれない…!」
普通の乗り物でも酔ってしまうというのに、通常のものよりも速いヒューズの操作するジェットコースターに耐えられるはずがない。ナツの意識はほとんど飛んでしまっている。
「ナツ…!ロアが大変なのよ!」
暗闇の中でロアがどうなってしまうのか、一度見ているからわかる。お化け屋敷、だなんて中が明るいはずがない。怖いのはお化けじゃない、闇だ。
「ナツっ…!ってうわぁ!」
ヒューズの遊び心か、コースがかくんと変わる。そのままジェットコースターは水の中へと導かれて行った。
「ははっ!スッゲェだろ?これがエドラスの魔法だよ。こんな素敵な魔法がなくなるなんて、考えたくもねぇじゃん?」
「だから…オレたちの仲間もエクシードも殺すのか…」
激しい水しぶきの中、投げ出されて地に足をついたナツがゆらりと立ち上がる。
「そうだよ。永遠の魔力を手にするための贄なんだ」
「…魔力があろうがなかろうが…大事なのは生きてるってことだろ!」
怒ったナツの魔力が膨れ上がる。巨大な魔力。その背後に炎のドラゴン、イグニールの姿が見えるようだった。
・・・
膝を抱えて、顔を覆う。ロアの体は小さく震えていた。
自分が普通の子供だったらと、何度も望んだ。お母さんが怒るのは、全部自分に変な力があるから。両親からは生まれるはずのない色だから。
だから自分で髪を切って、静かに目を閉じた。
目を閉じていれば、きっと開けたとき、笑顔を向けてくれていると信じて。
「ロア!何やってんだよ!」
扉の向こうで誰かが怒ってる。ごめんなさい、怒らないで。怒っている声なんて、もう聞きたくないんだ。
「んな壁、ロアの力なら簡単に壊せんだろ!」
力なんていらない。
「出てこい!ロア!」
「やめて…力なんてないよ…」
「ロア!…!」
声が遠ざかる。ロアの体がびくりと震えた。自分も、ナツのために闘わなきゃいけないのに。
ナツが綺麗だと言ってくれたとき、初めて光の力を持っていて良かったと思えた。フェアリーテイルは、ナツはロアの心を救ったのだ。
「ナツ…俺、何か返せた?」
もらった分、何か出来たのだろうか。顔を覆っていた手が再び壁に置かれた。
「俺、結局ダメダメでさ…何も出来ないんだ」
「違ぇだろ!ロアはまだ何もしようとしてねぇ!これからだろ!」
壁の向こうが暖かい。
「出てこい。んで、オレを見ろ」
「いいの…?ナツのこと、見てていいの?」
怖いと言われた、何度も開くことを諦めた瞳をゆっくりと開く。真っ暗で何も見えない。でも、自分の体だけははっきりと見える。闇の中でも、ロアの体だけは光輝いていた。
「俺…闇に勝ってたんだ」
ナツの声が遠くて聞き取れない。もっと聞きたい。ナツの声、ナツの考え、全部を共有したい。
「ナツ…」
「ロア!来い!」
ナツの声に答えるように、ロアの体は更に眩しく光出した。
がらがらと崩れる視界。眩しくて目を細めたロアの目に飛び込むナツの姿。
ヒューズを殴り飛ばしたナツは、こちらを見てニカッと笑ってみせた。