ナツ夢(2012.02~2016.05)
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フリードの術式は仕掛けられた範囲に入ると、そのルールに従わなければならないというもの。
勝った方が出れる、入ったものは戦終了まで魔法が使えないなど様々あるが、仲間を助けたい、ラクサスを倒したいと思うあまり、フェアリーテイルの魔導士はルールに従い仲間同士潰し合った。
エバーグリーンに石にされた仲間を助けるためには戦うしかない。
ラクサスの思惑通りに事は進んでいった。
しかし一つだけ、誰も想像し得ぬ事態があった。
どういうことか、ナツが動いていない。というか、動くことが出来ていない。
「ナツ…なんでだ…?」
ギルドに戻ってきたロアはそこに残っているナツをじっと見ていた。
フリードの術式は80歳以上の人間をゲーム終了まで出させないというもの。それはマカロフを止めるだけのはずだったのに。
「で…出れねぇ…」
「んな馬鹿な…!」
術式の外側からロアがナツの腕を引くが、壁があるようにナツだけそこに引っかかる。
「ナツ、80歳超えてたのかよ!?」
「オレそんなに年寄りだったのかぁ!?」
ナツ自身、覚えはないらしく相当驚いている。しかし、もう一人そこから動けずにいる者…ガジルを見てロアはなんとなく納得してしまった。
「ドラゴンスレイヤー…に何かあんのか」
「わかんねぇ、けど…そうかもしんねぇ」
ということは、誰かがフリードを倒さなければナツもガジルも動けないということだ。
「あ…阿呆!俺はナツなら…って思ってたのに!」
「あ?なんだそりゃ」
「ナツは、ラクサスのことどう思う?仲間が殺されねぇかとか思わない?」
足止めされているというのに、焦るというよりは、ただもどかしく思っているようにしか見えないナツ。
ラクサスほどの力があれば、仲間が殺されたっておかしくない状況だというのに。
不安そうに問いかけたロアに、ナツはにっと笑った。
「あいつだって、フェアリーテイルの仲間だ。いくらなんでも、そこまではしねーよ」
「…どうして、そんなに信じられる…」
「んなことより、ロア…ケガ多くないか?」
ナツがロアの顔に触れようと手を伸ばす。術式の壁がそれを拒み、ナツの手はロアの目の前に置かれた。
急にそれが切なく感じられて、ロアは術式を越えてナツの体に抱き着いた。
「なぁ、心配…してくれた?」
「当たり前だ!勝手にいなくなりやがって」
マカロフとガジルの前ということもあって、すぐに体を離す。すると、何故かナツの視線はロアの首元に置かれた。
「…ロア、もしかしてラクサスに無理強いされてんじゃ」
「え?いや、そんなことは…」
「…」
ナツの指がロアの首の一点を触っている。
そして、何を思ったか、ナツはそこに噛み付いた。
「っ、痛」
「こういうのは許さねーぞ」
「はぁ…!?」
首を抑えると、ナツの歯の跡が付いているのが明らかで、ロアは顔を赤くして逸らした。嬉しいような、なんだか複雑な気持ちになる。
「な、ナツ…?」
「ロア、ラクサスに変なことされたらオレに言えよな」
「お、おう」
その前にナツの変な行動について問いたいのだが。
「な、なんだよもう…」
ナツに噛まれた首元を手で擦る。
しかし、その瞬間に目が合ってしまったマカロフがすぐに顔を逸らして。それがロアの羞恥心を煽り、ロアはすぐにその場を去った。
・・・
次々にフェアリーテイルの同士討ちがなされていく。フリードの術式のせいで、雷神衆以外の者同士でも争っているのは明らかだ。
もちろん、雷神衆も戦っているようで、エバーグリーンにエルフマンがやられたこと、ビックスローにグレイが敗れたこと、どんどん情報が入ってくる。
「まさか…グレイもやられるなんて」
実力的にはビックスローに勝てたはずだ。フリードの術式、トラップに引っかかったのだろう。
厄介なことになったかもしれない。そう思いながら誰かに出くわさないかと歩いていたロアの腕は急に掴まれ後ろに引かれた。
「うわ…っ、ってミストガン!?」
「皆、殺気立ってる…気をつけろ」
壁際に寄せられて、ミストガンのマントが頭の上から被さる。そこを通ったフェアリーテイルの何人かの声がロアの耳にも入った。
「くそ…ロアが裏切るなんて」
「オレ、元々ロアのこと好きじゃなかったんだよな」
「ロアとやれるいい機会だぜ」
ミストガンの手がロアの耳を塞いだ。音がこもり、彼らの会話は聞こえなくなる。別に聞いたって大丈夫。Sランクでありながら活躍もしない、引きこもってばかり。名だけ有名だなんて、嫌われていたって文句はいえない。
しかし、ロアよりも、固く目を閉じたミストガンの方が辛そうで、ロアは耳に重なっている手に触れた。
「ミストガン、いいよ…ありがとう」
耳から手が離れ、音が戻ってくる。
「気にしないよ、仕方ねーよな。実際、裏切ったようなもんだし」
「オレは…」
ミストガンの目がじっとロアを見つめている。ロアの顔から少し視線を下げると、ミストガンは少し大きく目を開いて止まった。
耳を塞いでいた手をロアの首辺りに移動させて、優しくそこに触れる。ナツが噛んだ場所と同じだ。
「ここ、どうした」
「あぁ、そんなに跡になってる?ナツに噛まれたんだけど…」
「…これは、ナツ…では、これは…」
ミストガンが少しマスクを下ろして、そこに強く吸いついた。ちくっという痛みがあって、ミストガンの熱い舌の感覚が続く。
「ちょ…んなことしてる場合じゃないだろ…」
「あぁ、すまない」
マスクを戻しながらミストガンが顔を上げたせいで、久々にその素顔を見る。
フェアリーテイルの中でも一、二は争える綺麗な容姿。
しかしその顔が瓜二つだったジェラールが思い出される。
ジェラールはあの日、ナツが倒した。同一人物ではない、絶対に違う。しかし、別人というには似すぎている。
「…ミストガン、その…Rシステムの…」
「Rシステム?あれはもう無くなったのだろう」
「うん、そう…関係ない、よな」
声が震える様子もなければ、いつも通り冷静で、目の色も変えない。やはり偶然似ていただけだ。そう思うことにして、ロアは吸われた首を抑えた。
「で、なんでキスマーク付けたんだよ」
「だいたい予想は出来るが…ラクサスだろう」
「…は?」
「ナツの噛み跡の下…」
ミストガンの腕がロアの腰に回って引き寄せられる。そのまま、ミストガンはラクサスの待機している場所へ向かって地を蹴った。
“ナツの噛み跡の下”。この言葉で、ナツの行動とミストガンの行動の意味をようやく理解した。
フリードによって付けられていた跡に、ロアは気付いていなかったのだ。それを見てナツは噛みついて、ミストガンは跡を重ねるようにして付けた。
どうして、なんて深く考える事はなかったが。
・・・
エバーグリーンとエルザが戦い、ミラとフリードが戦っている、という情報が入ってきた。
何故エルザが石から戻ったのかは謎だったが、恐らくエルザの片目が義眼だということがエバーグリーンの力を弱めていたのだろう。
そして、ミラは仲間がやられていくことに怒りか悲しみかを感じ、力が戻ったようだった。ミラの力が戻ったのだとしたら、フリードに勝てる見込みはない。
もはや、残ったのはラクサスだけ、のようなものだ。
「あ…!ミストガン、降ろしてくれ!」
視界に入った緑の髪。
ミストガンもそれに気付いてロアを抱いていた手の力を緩めた。
「先に…ラクサスの所へ行ってくれ」
「…気を付けるんだぞ」
「なめんな」
ミストガンの背中を押して、ロアはフリードに駆け寄った。もう勝敗はついているようで、ミラがボロボロになったフリードを支えている。
「フリード、辛そうな顔してんな」
「…ロア」
やはり、フリードに仲間を傷つけることは苦痛だったのだろう。そしてやはりミラは圧倒的だった。
「まだ…ラクサスのこと、信じてるのか」
「…わからない、オレにはもう…」
頭を抱えて、涙を流すフリードの頭を撫でながら、ロアはミラを見た。過去のトラウマに縛られて使えなくなった力。それを使った割には、すっきりとしているように見える。
「ミラも…大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫よ。やっぱりロアは変わってないわね」
「え?」
「皆が…裏切っただのなんだの話していたから…心配してたのよ?」
裏切っていないのは確かだが、ロアがラクサス側についていることに変わりはない。
しかし、フリードがやられたおかげで術式は解かれた。もはや縛られるルールはない。ロアがやられなければならないということは無くなった。
「たぶんこれで、雷神衆は皆敗れた。あとはラクサスだけだ」
「ロアはどうするの?」
「皆に迷惑かけた分…力にならなきゃな」
ロアの目は、宙に浮かぶ球体を見つめた。雷の魔力をため込んでいる魔水晶。放電してしまえば、マグノリアに無数の雷が落ちることになる。
「まさか、駄目よ!あれを攻撃すれば、その分自分に跳ね返ってくるのよ!」
「…ここまで俺は、誰ともやり合ってない。ずっと守られてきた…そろそろ、信頼を取り戻さなきゃ」
立ち上がったロアの手をミラが掴んだ。
「そんなことしなくても…私たちはロアのこと信頼しているわ」
「あれの破壊は、誰かがやらなきゃいけない」
その手を振り払って、ロアは宙に円を描くようにして無数に浮かぶそれらの中心に向かって走り出した。
広範囲に大量の魔水晶。放電されるまで大して時間もない。少しでも数を減らす為には相当の魔力が必要になる。
「どうせ跳ね返ってくるってんなら…一発で大量に始末しないと…」
中途半端に破壊すれば自分が動けなくなるだけだ。どうせやるなら全て破壊するつもりでやるしかない。
「あ…てめぇ、ロア!」
「ようやく見つけたぞ!」
急ぐロアの前にギルドメンバーである男が立ち塞がる。あまり面識はないが、いつの間にか嫌われたものだ。相手をしたい気持ちは山々だが、今はそれどころではない。
「悪い、急いでるんだ。道を開けてくれ…」
「逃げんのかよ!」
「そうだよな、どうせ喘ぐくらいしか能がないんだもんな」
「ち…違う!頼むよ、どいてくれ!」
光の力を利用して逃げようと思えば逃げられる。しかし今それをしたら、もっと信頼を失うことになりかねない。それは避けたくて、ロアはなんとか説得しようと抵抗しなかった。
「あれを破壊するんだ、だからあんたらと戦っている時間は…」
「光のロア様はオレらみたいのと遊んでる余裕ないってか」
「…っだから…!」
もうこうなったら仕方がない。彼らには気を失ってもらうしかないか。
そう思ったとき、ロアの前に人影が現れた。ロアを庇うように広げられた手の持ち主を確認して、ロアは安堵に微笑む。
「グレイ…」
「ったく、もう仲間同士やり合うのは終いだろ」
グレイは随分前、ビックスローに敗れたと聞いている。無事で良かったが、やはり気になり、ロアはグレイの腕を掴んだ。
「グレイは、大丈夫だったか?」
「あぁ、心配すんな。何かすることあんだろ、行けよ」
「…ありがとう」
罵声が聞こえる。でも、そんなこと気にしている場合じゃない。なんとでも言え。
ロアは自分の出せる一番の速さで中心を目指した。
・・・
顔を上げて、その不思議な球体を見る。中には既に魔水晶に攻撃して、痛い目をみた者もいるようだ。それが危険なものとわかっていても、手を出せずにいる者がたくさん、今のロアと同じように見上げている。
もし、ロアが全部破壊出来なかったとしても、きっと皆が続いてくれる。そう信じて、ロアは全力の光を放出して飛んだ。
高く、魔水晶と同じ高さに。少しでも近くに。全ての真ん中で、ロアは自分に出来る最強の光を全身から放った。
見上げていた誰もが目を瞑った。マグノリアの町を眩い光が包み込む。フェアリーテイルだけじゃない、マグノリアの人々が皆その光に目を開けては入られなかった。
同時に、激しい音をたてて浮いていた魔水晶が弾ける。そして、中心にいたロアもまた崩れるように落下して行った。
かろうじて残る意識の中、なんとか目を開けて確認する。点々と残ってしまった魔水晶が遠ざかっていく。全ての破壊には至らなかった。
「やっぱり…駄目か…」
全身が痛くて、それ以上に悔しくて、ロアの目には涙がにじんでいた。
「ロア!おい、目ぇ開けろ!」
ロアを抱きとめた強くて熱い腕。顔にかかる前髪をどかし、ちょっときつく頬を叩いてくるその手は、ロアの大好きなナツのものだ。
「ナツ…」
「馬鹿野郎!なんでこういう無茶…っ」
「全部…壊せなかった…」
「んなこと言ってんじゃねぇ!」
ナツは握りしめた拳を地面に叩き付けた。ナツに、こんな顔をして欲しくなんかない。ただ、皆の信頼を取り戻したくて、少しでも役に立ちたくて…でも、ロアのしたことは、ナツを悲しませてしまった。
「…ごめん」
「ラクサス…ぶん殴ってやる!」
ナツが丁寧にロアを寝かせて立ち上がる。ラクサスのいる場所の近くに降りていたようで、近くから激しい戦闘の音が聞こえる。
「ま、待って…俺も、いく…」
なんとか自力で立ち上がって、ロアもナツの後を追う。しかしすぐにナツがロアの体を支え、腕を背中に回した。
「ロア…もう戦える状態じゃねーだろ」
「違う…ナツがラクサス倒すとこ…見たいんだ」
「…しょーがねぇな」
見せてやるよ。にかっと笑ってナツはロアを支えたまま歩き出す。体中が痛いのに、ナツが触れているところが暖かくて胸がいっぱいで、また涙が出そうになった。
・・・
ばんっと音を立てて扉が開く。勢いよく入ると、ナツと同じくラクサスを倒しに来たのだろう、エルザが立っていた。
「…ロア、どうしたんだ!?」
「魔水晶を、…壊そうと、思って」
「あの、空に浮いているものがわかるのか!?」
「全部…壊さないと…街に雷が」
攻撃が跳ね返る魔水晶。壊さないと街に無数の雷が落ちてしまう。でも、全部壊せなかった。
泣きそうなロアを見て、エルザは悲しそうに笑った。
ナツのように怒らないのは、知っていたら自分もそうしただろうと思ったから。エルザは、ロアよりも自己犠牲的だった。
「…あれ、誰だ?」
ナツがラクサスと戦っているミストガンを見て言った。ナツはミストガンをまともに見たことがなかったのだ。
ラクサスと戦っていたミストガンは、エルザが来たことに動揺し、隙が出来てしまった。最強候補の二人は、どちらが勝るということなく戦っていたのに、その隙にミストガンは攻撃を受ける。
ミストガンの顔を覆っていたマスクは焼け落ちた。
「ジェラール…?」
エルザの声が震えていた。
「…その人物は知っているが、私ではない」
ミストガンは横目でエルザを確認しながら、ジェラールとは違う、穏やかな声で話す。
その声はロアにも届いていて、疑っていたわけではないものの、ようやく安心出来た。エルザとナツを死に追いやった人間が、ミストガンのわけがない。
「…後は頼む」
そのまま姿を消してしまったミストガンに、エルザはまだ動揺を隠しきれていない。
ナツはそっとロアを壁際に座らせると、ラクサスに視線を向けた。
「エルザ、ラクサスはオレがやる。いいよな」
「…っ」
「な…エルザ…俺がやり残したこと、…やってくれないか」
「…わかった。魔水晶は私に任せろ。ナツ、頼んだぞ!」
動揺を抑えて、エルザは力強く頷いた。ラクサスを倒し、魔水晶を破壊し尽せば、全てが終わる。ナツもエルザも終わらせるために前を見据えていた。
「ロア…てめぇが魔水晶を壊したのか」
やってくれたな、と言いながらラクサスがロアに近づく。
「残念だったな、まだ100個近く残ってる。エルザでも全部の破壊は不可能だ」
「うるせぇ…ロアに話しかけんな」
もう体を動かすことが出来ないロアの前にナツが立った。今まで一度も敵わなかった格上の相手にも臆しないナツの背中。ロアは信じて見守った。
「人質として閉じ込めておいた方が良かったな。ロア、てめぇにゃそれがお似合いだ」
「黙れよ!」
ナツの体が先にラクサスへ突っ込んでいく。戦いの始まる合図だった。
ロアが思っていた以上にラクサスは強かった。ナツならそれなりに良い戦いが出来ると思っていたのに、一方的な戦いになっている。
魔水晶はエルザだけでなく、フェアリーテイルの皆が協力してくれたようで、あっという間に全部壊すことに成功し、街に被害が及ぶ心配はなくなったというのに。
「いい加減にしろよ、ラクサス。フェアリーテイルはお前のものにはならねぇ」
「なるさ。ギルドの最強は誰だ?」
もはや説得など出来る状態でない。ラクサスは力に溺れてしまっていた。次から次へと放たれるラクサスの魔法がナツを傷付けていく。
「…っナツ」
祈ることしか出来ない自分がもどかしい。一緒に戦えたら、少しでも勝機を生み出せるかもしれないのに。
「くそ…少しでも、何か…」
悔しくて体が震える。見ると言ったのは自分なのに、自分の無力さを痛感するようで、目を背けてしまいたかった。
そのきつく握り締めたロアの手に、固い手が重なっていた。
「オレに任せろ」
「…え?」
優しくロアの手を撫でて、ラクサスの攻撃を受けるナツを助けに行ったのは、ガジルだった。
その背中が何故だか頼もしく見えて、ロアの手が緩む。爪が食い込んだ跡のある手のひらは汗ばんでいた。
図らずもドラゴンスレイヤー三人が同じ場所に揃う。今は、仲間だと認めたくなかったガジルさえも信じるしかなかった。
「…また獲物が一匹」
「こいつには、個人的な借りがあるんだよ」
ナツに共闘しようと持ちかけるガジルに、ロアの中にあるイメージは覆されていく。ガジルの言葉の全てが優しさを隠すものに聞こえて、ファントムにいた頃のガジルの姿は一切見えない。
しかし、二人の力を合わせても、ラクサスには敵わなかった。
ドラゴンスレイヤーとして得たラクサスの雷撃が建物全体に走る。ロアもその雷から逃れることは出来ずに、びりびりと痺れて体は更に動かなくなった。
「くそ…こんな、一方的なのか…っ」
「ロア、お前だけは生かしてやるよ」
「っ、何を、言って…」
「だが、フェアリーテイルはこれで終わりだ」
マカロフと同じ、フェアリーテイル最強の魔法、フェアリーロウ。術者が敵と認めた者全てに放たれる魔法。ラクサスの放ったフェアリーロウは、マグノリア全体をも包み込んだ。
光に包まれる。
ラクサスの宣言通り、ロアの体がそれに貫かれることはなかった。
「っ、ナツ…ナツは…?」
必死で体を起こし、そこに倒れたままのナツとガジルを見る。フェアリーロウを受けていたなら、ひとたまりもない。それくらいの魔力だった。
しかし、げほげほと咳き込む二人に大きな外傷は見当たらない。フェアリーロウを受ける前と変わらない二人がそこにいた。
「…生きてる…」
「バカな…あれだけの魔力を受けて、生きているはずが…!」
「良かった…」
安心して、ふらっとよろけるロアの体は、力強い腕に支えられていた。
「フリード…!」
「ロア、無事で良かった」
フリードも戦ったあとのままボロボロなのに、ロアを見て優しく笑う。それから、ラクサスに向けて大きな声を出した。
「ギルドメンバーも街の人も、皆無事だ」
「そんなハズはねぇ!フェアリーロウは完璧だった!」
「それが…お前の心だ、ラクサス」
フリードが信じたラクサスを、ロアはようやく理解することが出来た。
マカロフから受け継いだのはその魔力や魔法だけでなく、仲間を思う心もしっかり受け継いでいたのだ。
「これが、お前の本音ということだ」
「違う!オレの邪魔をする奴は皆敵だ!」
「ラクサス、もうやめろ」
心はもう見透かされているのに、それが更にラクサスの怒りをあおる。動揺は見せているのだろうが、認めようとしないラクサスに、フリードも悲しげに目を細めた。
「思い上がんな…馬鹿野郎…」
ぐったりと倒れたまま肩で息をしていたナツが、地面に手をつきながらゆっくりと立ち上がる。
「てめぇにオレの何がわかる」
「何でもわかってなきゃ仲間じゃねーのか…知らねぇから互いに手ぇ伸ばすんだろ!」
ナツがラクサスに殴りかかる。動揺していたとはいえ、既に息の上がっているナツの拳をまともに受けることはなく、ラクサスは反撃した。
その手には巨大な魔力の塊。
「やめろラクサス!今のナツにそれを撃てば…死んでしまう!」
「っナツ…!」
ナツの元へ行こうとするロアの体をフリードが止める。今のロアが行って出来ることなどない。それこそ無駄死にになってしまう。
「離せ…フリード…っ」
「ロア、お前も死にたいのか!?」
「ナツ、ナツが…!」
それでも大きく首を振って、行かせてくれと懇願するロアにフリードの手が緩んだ時。
ラクサスの雷魔法はナツの方に行かず、向きを変えた。その先には、腕を鉄にして避雷針になったガジル。
攻撃をまともに食らったガジルはその場に崩れた。
しかし、その目はナツをとらえ、そしてニッと笑っている。
それに応えるように、ナツはラクサスに飛び込んだ。
「火竜の…鉄拳!」
ラクサスは今の一撃にほとんどの魔力を使い切ってしまっていた。動けなくなったラクサスにナツの攻撃がこれでもかという程入る。
そして最後に、ナツの滅竜奥義…紅蓮爆炎刃。ナツの重い一発にラクサスは吹っ飛び、そして意識を失った。
ナツの勝利の雄叫びの中、この戦いは終わりを迎えたのだった。
安心しきったロアはフリードの腕に支えられたまま寝てしまい、次の日の朝自室で目を覚ました。
既に手当もされていて、体中包帯まみれ。ラクサスの処罰はマスターが決めるということと、ファンタジアが今夜になったということは、その日の昼に聞くことになった。
「ロア、もう大丈夫なの?」
「あぁ、おかげさまで」
「本当に…無茶しないでよね」
部屋から出て、出くわしたミラが呆れたような、それでいて少し怒ったような表情を浮かべている。こつんとミラの拳骨が額にぶつけられて、申し訳ない気持ちが込み上げた。
ナツにも怒られたことだ、素直に頭を下げるしかない。
「そんな顔しないの」
「…ごめん」
しゅんとしたロアを見て、今度は困ったように笑う。こんなに素直に自分の非を認めるロアは珍しい。そういうところは可愛いんだから、と髪を撫でられて、ロアは照れたように笑った。
「あ、そうだ。ねぇナツは?」
「ナツ?あそこにいるわよ」
ミラの指さす方に顔を向けると、ロア以上に足から頭の上まで包帯まみれのナツとガジルが腰かけていた。
ガジルを見て、ロアの足が一度止まる。でも、いい加減わかっていたのだ。カジルが、ただの悪い奴でないということくらい。
「…なぁ、ガジル」
「ん、…ロアか」
ナツの横、ガジルの前まで行くと、ナツが心配そうな顔をロアに向けた。ナツも、ロアからガジルに声をかけるところは見たことがない。
しかし、ロアはその心配を余所にガジルに手を差し出した。顔はガジルを見ていないものの、その手は握手を求めているものだ。
「…一応、認めてやる」
「ロア…」
「許したわけじゃねーからな」
握り合った手を必要以上に強く握り締める。その程度の嫌がらせ、ガジルにとってはなんということもないが、素直に握手するのが恥ずかしくて。それはただの照れ隠しだった。
「ロア、いいのか?」
「何が?」
「ガジルのこと…」
ガジルの横にいるナツには話かけにくくて、そのまま二人から離れたロアに、ナツの方から声をかけた。その表情は、むしろナツの方が納得出来ていないような、複雑そうなもので。
振り返ったロアは思っていたよりも、すっきりとした顔でナツを見つめていた。
「まぁ…少しのイメージで悪い奴って決めつけるの、よくないって気付いたしな」
決定的だったのは、ガジルが自分のことを顧みずにナツを助けてくれたこと。ラクサスもそう、フリードが慕う意味を知ったことで印象は確かに変わった。
「そんなことより俺は…自分を認めてもらうことが優先事項だって気付いたし」
「ロアを認めてねー奴なんていないだろ」
「いるよ。いないわけがない」
切なげに目を細めて、ロアはナツを見つめる。
そういえば辛い時、いつも傍で元気づけてくれたのはナツだった。ナツのことばかり見て、周りを見ようとしていなかったのかもしれない。
「ナツだけじゃ…駄目、なんだ」
「オレが、何だって?」
「…なんでもない」
今までの自分を反省し、ロアは一度目を閉じた。大きく息を吐いて、吸って。
改めて目を開けると、ナツが不思議そうに目をぱちくり、とさせている。顔のほとんど包帯に埋もれ、見えるのは左目と、鼻と、話すために緩めた口元が少しだけ。
「ふふ…ナツ、それでファンタジア出れんのか?」
「出るに決まってんだろ…。そういうロアこそ」
「俺、ナツより酷くねぇし」
ロアは外傷はなかなか酷い方だったが、ナツに関してはラクサスの攻撃によって外傷どころか内傷もなかなか酷いはずだ。ナツの脅威的な回復力は知っているが、さすがに今回は心配になるレベルだった。
「あ…そういえばラクサスはいないのか?」
ふと思い出して辺りを見渡す。ラクサスの姿は既にどこにも見当たらない。
「ラクサスはじっちゃんに会いに行ったぞ」
「そっか…」
「ロアに、巻き込んで悪かったってさ」
「なんだよ、それ…」
逃げんな、自分で言えよ。という思いで腹が立つ。いつもラクサスに対しては無意味にきつく当たってしまっていた。ラクサスの態度だって原因ではあるが、それでも一応謝りたかったのに。
「ロア?どうかしたのか?」
「…いや、ちょっといろいろ考えすぎだな、俺」
今夜はファンタジア。怪我人が多いために、急遽参加が決まった者は、必死に準備をしているところだ。
「ナツも、ファンタジア出たいなら準備した方がいいんじゃねぇの?」
「わかってるよ!ロアこそな!」
ナツがロアから離れる。いつもなら追いかけたいその背中を、ロアは追わなかった。
・・・
何気なく外に出て、フェアリーテイルのせいで壊れた街を見渡す。ここまでやってしまったラクサスの処罰は重いものになるだろう。マカロフは自分の孫のしてしまったことにどんな答えを出すのか。
「…痛い…」
体も心も。自分の駄目さにどうしようもなく憤りたくなる。足取り重く歩くロアのその手が急に掴まれた。
「ロア!会えて良かった…!」
「フリード…?」
「来てくれ!…ラクサスに、会って欲しい…」
息を切らしたフリードがロアの体を引っ張って行く。何がなんだかわからないまま、フリードの後ろを走らされている。
「な、何…!?俺、怪我人っ、なんだけど…!」
「ラクサスが、破門になったんだ」
「破門!?」
「今会わないと…二度と会えないかもしれない…」
フリードの言葉が更に体を重くさせる。まさか、あのマカロフがラクサスを破門にするなんて。
「それで、なんで…俺を…?」
「ラクサスは、きっとロアに会いたいはずだ」
フリードの手に力がこもる。傷が痛むが、ロアもラクサスに会いたい気持ちはある。言いたいことがある、確かめたいこともある。
手を引かれ、ロアはフリードの一歩後ろを走って行った。
「ここに、今ラクサスがいる」
ラクサスがいるとは思えない、廃れた場所。フリードは足を止めてロアの背中を押した。
行ってくれ、と一言告げてフリードは背中を向ける。それに応えて、ロアもラクサスがいるという場所へ踏み込んで行った。
「…哀愁漂ってんな」
「ロア…!?」
ロアと同じように包帯を巻いたラクサス。驚いた顔で振り返った彼は、表情が緩くなっていて今までとは別人に映る。
「俺、ちゃんとラクサスに謝っておきたかったんだ」
ラクサスのこと全然知らないくせに、悪者扱いして。仲間だとも思わずに、いつも攻撃的な態度をとった。
「ごめん」
「何言ってんだ…ロアは悪くないだろ」
「いや、俺に非があったのは間違いない」
「違う、ロア!オレは…」
ラクサスの手が、ロアの肩を掴んだ。その衝撃でロアにずきっと痛みが走り、ぅ、と小さく声が漏れる。
「オレは…フェアリーテイルをオレの手でよくしたくて…ロアを手に入れたかった」
「…は?」
「惚れてた…んだろうな」
ロアの口がぽかん、と開く。冗談だろ、と言いたかったのにラクサスの顔が真剣で、何もいうことが出来なくなってしまった。
「だから…今回のことも、ロアを巻き込んじまって」
「いや、えっと…その…」
「オレなら、ロアを酷い目に遭わせたりしねぇって思い込んで…。悪かった」
ラクサスの手が離れても、掴まれていた肩が熱い。背中を向けたラクサスは片手を小さく上げた。
「来てくれて嬉しかったぜ」
「なっ…なんだよ、そんな言い逃げ…」
「早くナツのところにでも戻れよ」
「…馬鹿野郎…俺はラクサスなんて嫌いなんだからな!」
その背中に一発パンチをかましてから、ロアは来た道を走って帰った。
ぐるぐると頭の中の整理が効かない。いつから、どうして、なんで。意味がわからない。
「ロア?」
「ごめん、一人にしてくれ…!」
声をかけてくれたフリードの横を通りすぎて、ロアは一人でギルドへの道を走る。痛いはずの体は全然気にならない。混乱して、何も考えられなくて。
ロアは怪我を理由にファンタジアには参加しなかった。参加する気分になどなれるはずがない。
「俺…鈍いのか…?」
告白とか、そういうのは慣れているはずだ。いや、男からは初めてだったが。
「いや、…告白されたわけじゃねー…よな…?」
初めて見たラクサスの顔。
もしかしなくても、自分はいろんな人を惑わして苦しめたりとか、気付かないうちにしていたのではないか。
余計なことばかりぐるぐるぐるぐる。
自分の部屋に駆け込んでそのまま、ベッドに潜ってその日、ギルドに顔を出すことはなかった。
勝った方が出れる、入ったものは戦終了まで魔法が使えないなど様々あるが、仲間を助けたい、ラクサスを倒したいと思うあまり、フェアリーテイルの魔導士はルールに従い仲間同士潰し合った。
エバーグリーンに石にされた仲間を助けるためには戦うしかない。
ラクサスの思惑通りに事は進んでいった。
しかし一つだけ、誰も想像し得ぬ事態があった。
どういうことか、ナツが動いていない。というか、動くことが出来ていない。
「ナツ…なんでだ…?」
ギルドに戻ってきたロアはそこに残っているナツをじっと見ていた。
フリードの術式は80歳以上の人間をゲーム終了まで出させないというもの。それはマカロフを止めるだけのはずだったのに。
「で…出れねぇ…」
「んな馬鹿な…!」
術式の外側からロアがナツの腕を引くが、壁があるようにナツだけそこに引っかかる。
「ナツ、80歳超えてたのかよ!?」
「オレそんなに年寄りだったのかぁ!?」
ナツ自身、覚えはないらしく相当驚いている。しかし、もう一人そこから動けずにいる者…ガジルを見てロアはなんとなく納得してしまった。
「ドラゴンスレイヤー…に何かあんのか」
「わかんねぇ、けど…そうかもしんねぇ」
ということは、誰かがフリードを倒さなければナツもガジルも動けないということだ。
「あ…阿呆!俺はナツなら…って思ってたのに!」
「あ?なんだそりゃ」
「ナツは、ラクサスのことどう思う?仲間が殺されねぇかとか思わない?」
足止めされているというのに、焦るというよりは、ただもどかしく思っているようにしか見えないナツ。
ラクサスほどの力があれば、仲間が殺されたっておかしくない状況だというのに。
不安そうに問いかけたロアに、ナツはにっと笑った。
「あいつだって、フェアリーテイルの仲間だ。いくらなんでも、そこまではしねーよ」
「…どうして、そんなに信じられる…」
「んなことより、ロア…ケガ多くないか?」
ナツがロアの顔に触れようと手を伸ばす。術式の壁がそれを拒み、ナツの手はロアの目の前に置かれた。
急にそれが切なく感じられて、ロアは術式を越えてナツの体に抱き着いた。
「なぁ、心配…してくれた?」
「当たり前だ!勝手にいなくなりやがって」
マカロフとガジルの前ということもあって、すぐに体を離す。すると、何故かナツの視線はロアの首元に置かれた。
「…ロア、もしかしてラクサスに無理強いされてんじゃ」
「え?いや、そんなことは…」
「…」
ナツの指がロアの首の一点を触っている。
そして、何を思ったか、ナツはそこに噛み付いた。
「っ、痛」
「こういうのは許さねーぞ」
「はぁ…!?」
首を抑えると、ナツの歯の跡が付いているのが明らかで、ロアは顔を赤くして逸らした。嬉しいような、なんだか複雑な気持ちになる。
「な、ナツ…?」
「ロア、ラクサスに変なことされたらオレに言えよな」
「お、おう」
その前にナツの変な行動について問いたいのだが。
「な、なんだよもう…」
ナツに噛まれた首元を手で擦る。
しかし、その瞬間に目が合ってしまったマカロフがすぐに顔を逸らして。それがロアの羞恥心を煽り、ロアはすぐにその場を去った。
・・・
次々にフェアリーテイルの同士討ちがなされていく。フリードの術式のせいで、雷神衆以外の者同士でも争っているのは明らかだ。
もちろん、雷神衆も戦っているようで、エバーグリーンにエルフマンがやられたこと、ビックスローにグレイが敗れたこと、どんどん情報が入ってくる。
「まさか…グレイもやられるなんて」
実力的にはビックスローに勝てたはずだ。フリードの術式、トラップに引っかかったのだろう。
厄介なことになったかもしれない。そう思いながら誰かに出くわさないかと歩いていたロアの腕は急に掴まれ後ろに引かれた。
「うわ…っ、ってミストガン!?」
「皆、殺気立ってる…気をつけろ」
壁際に寄せられて、ミストガンのマントが頭の上から被さる。そこを通ったフェアリーテイルの何人かの声がロアの耳にも入った。
「くそ…ロアが裏切るなんて」
「オレ、元々ロアのこと好きじゃなかったんだよな」
「ロアとやれるいい機会だぜ」
ミストガンの手がロアの耳を塞いだ。音がこもり、彼らの会話は聞こえなくなる。別に聞いたって大丈夫。Sランクでありながら活躍もしない、引きこもってばかり。名だけ有名だなんて、嫌われていたって文句はいえない。
しかし、ロアよりも、固く目を閉じたミストガンの方が辛そうで、ロアは耳に重なっている手に触れた。
「ミストガン、いいよ…ありがとう」
耳から手が離れ、音が戻ってくる。
「気にしないよ、仕方ねーよな。実際、裏切ったようなもんだし」
「オレは…」
ミストガンの目がじっとロアを見つめている。ロアの顔から少し視線を下げると、ミストガンは少し大きく目を開いて止まった。
耳を塞いでいた手をロアの首辺りに移動させて、優しくそこに触れる。ナツが噛んだ場所と同じだ。
「ここ、どうした」
「あぁ、そんなに跡になってる?ナツに噛まれたんだけど…」
「…これは、ナツ…では、これは…」
ミストガンが少しマスクを下ろして、そこに強く吸いついた。ちくっという痛みがあって、ミストガンの熱い舌の感覚が続く。
「ちょ…んなことしてる場合じゃないだろ…」
「あぁ、すまない」
マスクを戻しながらミストガンが顔を上げたせいで、久々にその素顔を見る。
フェアリーテイルの中でも一、二は争える綺麗な容姿。
しかしその顔が瓜二つだったジェラールが思い出される。
ジェラールはあの日、ナツが倒した。同一人物ではない、絶対に違う。しかし、別人というには似すぎている。
「…ミストガン、その…Rシステムの…」
「Rシステム?あれはもう無くなったのだろう」
「うん、そう…関係ない、よな」
声が震える様子もなければ、いつも通り冷静で、目の色も変えない。やはり偶然似ていただけだ。そう思うことにして、ロアは吸われた首を抑えた。
「で、なんでキスマーク付けたんだよ」
「だいたい予想は出来るが…ラクサスだろう」
「…は?」
「ナツの噛み跡の下…」
ミストガンの腕がロアの腰に回って引き寄せられる。そのまま、ミストガンはラクサスの待機している場所へ向かって地を蹴った。
“ナツの噛み跡の下”。この言葉で、ナツの行動とミストガンの行動の意味をようやく理解した。
フリードによって付けられていた跡に、ロアは気付いていなかったのだ。それを見てナツは噛みついて、ミストガンは跡を重ねるようにして付けた。
どうして、なんて深く考える事はなかったが。
・・・
エバーグリーンとエルザが戦い、ミラとフリードが戦っている、という情報が入ってきた。
何故エルザが石から戻ったのかは謎だったが、恐らくエルザの片目が義眼だということがエバーグリーンの力を弱めていたのだろう。
そして、ミラは仲間がやられていくことに怒りか悲しみかを感じ、力が戻ったようだった。ミラの力が戻ったのだとしたら、フリードに勝てる見込みはない。
もはや、残ったのはラクサスだけ、のようなものだ。
「あ…!ミストガン、降ろしてくれ!」
視界に入った緑の髪。
ミストガンもそれに気付いてロアを抱いていた手の力を緩めた。
「先に…ラクサスの所へ行ってくれ」
「…気を付けるんだぞ」
「なめんな」
ミストガンの背中を押して、ロアはフリードに駆け寄った。もう勝敗はついているようで、ミラがボロボロになったフリードを支えている。
「フリード、辛そうな顔してんな」
「…ロア」
やはり、フリードに仲間を傷つけることは苦痛だったのだろう。そしてやはりミラは圧倒的だった。
「まだ…ラクサスのこと、信じてるのか」
「…わからない、オレにはもう…」
頭を抱えて、涙を流すフリードの頭を撫でながら、ロアはミラを見た。過去のトラウマに縛られて使えなくなった力。それを使った割には、すっきりとしているように見える。
「ミラも…大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫よ。やっぱりロアは変わってないわね」
「え?」
「皆が…裏切っただのなんだの話していたから…心配してたのよ?」
裏切っていないのは確かだが、ロアがラクサス側についていることに変わりはない。
しかし、フリードがやられたおかげで術式は解かれた。もはや縛られるルールはない。ロアがやられなければならないということは無くなった。
「たぶんこれで、雷神衆は皆敗れた。あとはラクサスだけだ」
「ロアはどうするの?」
「皆に迷惑かけた分…力にならなきゃな」
ロアの目は、宙に浮かぶ球体を見つめた。雷の魔力をため込んでいる魔水晶。放電してしまえば、マグノリアに無数の雷が落ちることになる。
「まさか、駄目よ!あれを攻撃すれば、その分自分に跳ね返ってくるのよ!」
「…ここまで俺は、誰ともやり合ってない。ずっと守られてきた…そろそろ、信頼を取り戻さなきゃ」
立ち上がったロアの手をミラが掴んだ。
「そんなことしなくても…私たちはロアのこと信頼しているわ」
「あれの破壊は、誰かがやらなきゃいけない」
その手を振り払って、ロアは宙に円を描くようにして無数に浮かぶそれらの中心に向かって走り出した。
広範囲に大量の魔水晶。放電されるまで大して時間もない。少しでも数を減らす為には相当の魔力が必要になる。
「どうせ跳ね返ってくるってんなら…一発で大量に始末しないと…」
中途半端に破壊すれば自分が動けなくなるだけだ。どうせやるなら全て破壊するつもりでやるしかない。
「あ…てめぇ、ロア!」
「ようやく見つけたぞ!」
急ぐロアの前にギルドメンバーである男が立ち塞がる。あまり面識はないが、いつの間にか嫌われたものだ。相手をしたい気持ちは山々だが、今はそれどころではない。
「悪い、急いでるんだ。道を開けてくれ…」
「逃げんのかよ!」
「そうだよな、どうせ喘ぐくらいしか能がないんだもんな」
「ち…違う!頼むよ、どいてくれ!」
光の力を利用して逃げようと思えば逃げられる。しかし今それをしたら、もっと信頼を失うことになりかねない。それは避けたくて、ロアはなんとか説得しようと抵抗しなかった。
「あれを破壊するんだ、だからあんたらと戦っている時間は…」
「光のロア様はオレらみたいのと遊んでる余裕ないってか」
「…っだから…!」
もうこうなったら仕方がない。彼らには気を失ってもらうしかないか。
そう思ったとき、ロアの前に人影が現れた。ロアを庇うように広げられた手の持ち主を確認して、ロアは安堵に微笑む。
「グレイ…」
「ったく、もう仲間同士やり合うのは終いだろ」
グレイは随分前、ビックスローに敗れたと聞いている。無事で良かったが、やはり気になり、ロアはグレイの腕を掴んだ。
「グレイは、大丈夫だったか?」
「あぁ、心配すんな。何かすることあんだろ、行けよ」
「…ありがとう」
罵声が聞こえる。でも、そんなこと気にしている場合じゃない。なんとでも言え。
ロアは自分の出せる一番の速さで中心を目指した。
・・・
顔を上げて、その不思議な球体を見る。中には既に魔水晶に攻撃して、痛い目をみた者もいるようだ。それが危険なものとわかっていても、手を出せずにいる者がたくさん、今のロアと同じように見上げている。
もし、ロアが全部破壊出来なかったとしても、きっと皆が続いてくれる。そう信じて、ロアは全力の光を放出して飛んだ。
高く、魔水晶と同じ高さに。少しでも近くに。全ての真ん中で、ロアは自分に出来る最強の光を全身から放った。
見上げていた誰もが目を瞑った。マグノリアの町を眩い光が包み込む。フェアリーテイルだけじゃない、マグノリアの人々が皆その光に目を開けては入られなかった。
同時に、激しい音をたてて浮いていた魔水晶が弾ける。そして、中心にいたロアもまた崩れるように落下して行った。
かろうじて残る意識の中、なんとか目を開けて確認する。点々と残ってしまった魔水晶が遠ざかっていく。全ての破壊には至らなかった。
「やっぱり…駄目か…」
全身が痛くて、それ以上に悔しくて、ロアの目には涙がにじんでいた。
「ロア!おい、目ぇ開けろ!」
ロアを抱きとめた強くて熱い腕。顔にかかる前髪をどかし、ちょっときつく頬を叩いてくるその手は、ロアの大好きなナツのものだ。
「ナツ…」
「馬鹿野郎!なんでこういう無茶…っ」
「全部…壊せなかった…」
「んなこと言ってんじゃねぇ!」
ナツは握りしめた拳を地面に叩き付けた。ナツに、こんな顔をして欲しくなんかない。ただ、皆の信頼を取り戻したくて、少しでも役に立ちたくて…でも、ロアのしたことは、ナツを悲しませてしまった。
「…ごめん」
「ラクサス…ぶん殴ってやる!」
ナツが丁寧にロアを寝かせて立ち上がる。ラクサスのいる場所の近くに降りていたようで、近くから激しい戦闘の音が聞こえる。
「ま、待って…俺も、いく…」
なんとか自力で立ち上がって、ロアもナツの後を追う。しかしすぐにナツがロアの体を支え、腕を背中に回した。
「ロア…もう戦える状態じゃねーだろ」
「違う…ナツがラクサス倒すとこ…見たいんだ」
「…しょーがねぇな」
見せてやるよ。にかっと笑ってナツはロアを支えたまま歩き出す。体中が痛いのに、ナツが触れているところが暖かくて胸がいっぱいで、また涙が出そうになった。
・・・
ばんっと音を立てて扉が開く。勢いよく入ると、ナツと同じくラクサスを倒しに来たのだろう、エルザが立っていた。
「…ロア、どうしたんだ!?」
「魔水晶を、…壊そうと、思って」
「あの、空に浮いているものがわかるのか!?」
「全部…壊さないと…街に雷が」
攻撃が跳ね返る魔水晶。壊さないと街に無数の雷が落ちてしまう。でも、全部壊せなかった。
泣きそうなロアを見て、エルザは悲しそうに笑った。
ナツのように怒らないのは、知っていたら自分もそうしただろうと思ったから。エルザは、ロアよりも自己犠牲的だった。
「…あれ、誰だ?」
ナツがラクサスと戦っているミストガンを見て言った。ナツはミストガンをまともに見たことがなかったのだ。
ラクサスと戦っていたミストガンは、エルザが来たことに動揺し、隙が出来てしまった。最強候補の二人は、どちらが勝るということなく戦っていたのに、その隙にミストガンは攻撃を受ける。
ミストガンの顔を覆っていたマスクは焼け落ちた。
「ジェラール…?」
エルザの声が震えていた。
「…その人物は知っているが、私ではない」
ミストガンは横目でエルザを確認しながら、ジェラールとは違う、穏やかな声で話す。
その声はロアにも届いていて、疑っていたわけではないものの、ようやく安心出来た。エルザとナツを死に追いやった人間が、ミストガンのわけがない。
「…後は頼む」
そのまま姿を消してしまったミストガンに、エルザはまだ動揺を隠しきれていない。
ナツはそっとロアを壁際に座らせると、ラクサスに視線を向けた。
「エルザ、ラクサスはオレがやる。いいよな」
「…っ」
「な…エルザ…俺がやり残したこと、…やってくれないか」
「…わかった。魔水晶は私に任せろ。ナツ、頼んだぞ!」
動揺を抑えて、エルザは力強く頷いた。ラクサスを倒し、魔水晶を破壊し尽せば、全てが終わる。ナツもエルザも終わらせるために前を見据えていた。
「ロア…てめぇが魔水晶を壊したのか」
やってくれたな、と言いながらラクサスがロアに近づく。
「残念だったな、まだ100個近く残ってる。エルザでも全部の破壊は不可能だ」
「うるせぇ…ロアに話しかけんな」
もう体を動かすことが出来ないロアの前にナツが立った。今まで一度も敵わなかった格上の相手にも臆しないナツの背中。ロアは信じて見守った。
「人質として閉じ込めておいた方が良かったな。ロア、てめぇにゃそれがお似合いだ」
「黙れよ!」
ナツの体が先にラクサスへ突っ込んでいく。戦いの始まる合図だった。
ロアが思っていた以上にラクサスは強かった。ナツならそれなりに良い戦いが出来ると思っていたのに、一方的な戦いになっている。
魔水晶はエルザだけでなく、フェアリーテイルの皆が協力してくれたようで、あっという間に全部壊すことに成功し、街に被害が及ぶ心配はなくなったというのに。
「いい加減にしろよ、ラクサス。フェアリーテイルはお前のものにはならねぇ」
「なるさ。ギルドの最強は誰だ?」
もはや説得など出来る状態でない。ラクサスは力に溺れてしまっていた。次から次へと放たれるラクサスの魔法がナツを傷付けていく。
「…っナツ」
祈ることしか出来ない自分がもどかしい。一緒に戦えたら、少しでも勝機を生み出せるかもしれないのに。
「くそ…少しでも、何か…」
悔しくて体が震える。見ると言ったのは自分なのに、自分の無力さを痛感するようで、目を背けてしまいたかった。
そのきつく握り締めたロアの手に、固い手が重なっていた。
「オレに任せろ」
「…え?」
優しくロアの手を撫でて、ラクサスの攻撃を受けるナツを助けに行ったのは、ガジルだった。
その背中が何故だか頼もしく見えて、ロアの手が緩む。爪が食い込んだ跡のある手のひらは汗ばんでいた。
図らずもドラゴンスレイヤー三人が同じ場所に揃う。今は、仲間だと認めたくなかったガジルさえも信じるしかなかった。
「…また獲物が一匹」
「こいつには、個人的な借りがあるんだよ」
ナツに共闘しようと持ちかけるガジルに、ロアの中にあるイメージは覆されていく。ガジルの言葉の全てが優しさを隠すものに聞こえて、ファントムにいた頃のガジルの姿は一切見えない。
しかし、二人の力を合わせても、ラクサスには敵わなかった。
ドラゴンスレイヤーとして得たラクサスの雷撃が建物全体に走る。ロアもその雷から逃れることは出来ずに、びりびりと痺れて体は更に動かなくなった。
「くそ…こんな、一方的なのか…っ」
「ロア、お前だけは生かしてやるよ」
「っ、何を、言って…」
「だが、フェアリーテイルはこれで終わりだ」
マカロフと同じ、フェアリーテイル最強の魔法、フェアリーロウ。術者が敵と認めた者全てに放たれる魔法。ラクサスの放ったフェアリーロウは、マグノリア全体をも包み込んだ。
光に包まれる。
ラクサスの宣言通り、ロアの体がそれに貫かれることはなかった。
「っ、ナツ…ナツは…?」
必死で体を起こし、そこに倒れたままのナツとガジルを見る。フェアリーロウを受けていたなら、ひとたまりもない。それくらいの魔力だった。
しかし、げほげほと咳き込む二人に大きな外傷は見当たらない。フェアリーロウを受ける前と変わらない二人がそこにいた。
「…生きてる…」
「バカな…あれだけの魔力を受けて、生きているはずが…!」
「良かった…」
安心して、ふらっとよろけるロアの体は、力強い腕に支えられていた。
「フリード…!」
「ロア、無事で良かった」
フリードも戦ったあとのままボロボロなのに、ロアを見て優しく笑う。それから、ラクサスに向けて大きな声を出した。
「ギルドメンバーも街の人も、皆無事だ」
「そんなハズはねぇ!フェアリーロウは完璧だった!」
「それが…お前の心だ、ラクサス」
フリードが信じたラクサスを、ロアはようやく理解することが出来た。
マカロフから受け継いだのはその魔力や魔法だけでなく、仲間を思う心もしっかり受け継いでいたのだ。
「これが、お前の本音ということだ」
「違う!オレの邪魔をする奴は皆敵だ!」
「ラクサス、もうやめろ」
心はもう見透かされているのに、それが更にラクサスの怒りをあおる。動揺は見せているのだろうが、認めようとしないラクサスに、フリードも悲しげに目を細めた。
「思い上がんな…馬鹿野郎…」
ぐったりと倒れたまま肩で息をしていたナツが、地面に手をつきながらゆっくりと立ち上がる。
「てめぇにオレの何がわかる」
「何でもわかってなきゃ仲間じゃねーのか…知らねぇから互いに手ぇ伸ばすんだろ!」
ナツがラクサスに殴りかかる。動揺していたとはいえ、既に息の上がっているナツの拳をまともに受けることはなく、ラクサスは反撃した。
その手には巨大な魔力の塊。
「やめろラクサス!今のナツにそれを撃てば…死んでしまう!」
「っナツ…!」
ナツの元へ行こうとするロアの体をフリードが止める。今のロアが行って出来ることなどない。それこそ無駄死にになってしまう。
「離せ…フリード…っ」
「ロア、お前も死にたいのか!?」
「ナツ、ナツが…!」
それでも大きく首を振って、行かせてくれと懇願するロアにフリードの手が緩んだ時。
ラクサスの雷魔法はナツの方に行かず、向きを変えた。その先には、腕を鉄にして避雷針になったガジル。
攻撃をまともに食らったガジルはその場に崩れた。
しかし、その目はナツをとらえ、そしてニッと笑っている。
それに応えるように、ナツはラクサスに飛び込んだ。
「火竜の…鉄拳!」
ラクサスは今の一撃にほとんどの魔力を使い切ってしまっていた。動けなくなったラクサスにナツの攻撃がこれでもかという程入る。
そして最後に、ナツの滅竜奥義…紅蓮爆炎刃。ナツの重い一発にラクサスは吹っ飛び、そして意識を失った。
ナツの勝利の雄叫びの中、この戦いは終わりを迎えたのだった。
安心しきったロアはフリードの腕に支えられたまま寝てしまい、次の日の朝自室で目を覚ました。
既に手当もされていて、体中包帯まみれ。ラクサスの処罰はマスターが決めるということと、ファンタジアが今夜になったということは、その日の昼に聞くことになった。
「ロア、もう大丈夫なの?」
「あぁ、おかげさまで」
「本当に…無茶しないでよね」
部屋から出て、出くわしたミラが呆れたような、それでいて少し怒ったような表情を浮かべている。こつんとミラの拳骨が額にぶつけられて、申し訳ない気持ちが込み上げた。
ナツにも怒られたことだ、素直に頭を下げるしかない。
「そんな顔しないの」
「…ごめん」
しゅんとしたロアを見て、今度は困ったように笑う。こんなに素直に自分の非を認めるロアは珍しい。そういうところは可愛いんだから、と髪を撫でられて、ロアは照れたように笑った。
「あ、そうだ。ねぇナツは?」
「ナツ?あそこにいるわよ」
ミラの指さす方に顔を向けると、ロア以上に足から頭の上まで包帯まみれのナツとガジルが腰かけていた。
ガジルを見て、ロアの足が一度止まる。でも、いい加減わかっていたのだ。カジルが、ただの悪い奴でないということくらい。
「…なぁ、ガジル」
「ん、…ロアか」
ナツの横、ガジルの前まで行くと、ナツが心配そうな顔をロアに向けた。ナツも、ロアからガジルに声をかけるところは見たことがない。
しかし、ロアはその心配を余所にガジルに手を差し出した。顔はガジルを見ていないものの、その手は握手を求めているものだ。
「…一応、認めてやる」
「ロア…」
「許したわけじゃねーからな」
握り合った手を必要以上に強く握り締める。その程度の嫌がらせ、ガジルにとってはなんということもないが、素直に握手するのが恥ずかしくて。それはただの照れ隠しだった。
「ロア、いいのか?」
「何が?」
「ガジルのこと…」
ガジルの横にいるナツには話かけにくくて、そのまま二人から離れたロアに、ナツの方から声をかけた。その表情は、むしろナツの方が納得出来ていないような、複雑そうなもので。
振り返ったロアは思っていたよりも、すっきりとした顔でナツを見つめていた。
「まぁ…少しのイメージで悪い奴って決めつけるの、よくないって気付いたしな」
決定的だったのは、ガジルが自分のことを顧みずにナツを助けてくれたこと。ラクサスもそう、フリードが慕う意味を知ったことで印象は確かに変わった。
「そんなことより俺は…自分を認めてもらうことが優先事項だって気付いたし」
「ロアを認めてねー奴なんていないだろ」
「いるよ。いないわけがない」
切なげに目を細めて、ロアはナツを見つめる。
そういえば辛い時、いつも傍で元気づけてくれたのはナツだった。ナツのことばかり見て、周りを見ようとしていなかったのかもしれない。
「ナツだけじゃ…駄目、なんだ」
「オレが、何だって?」
「…なんでもない」
今までの自分を反省し、ロアは一度目を閉じた。大きく息を吐いて、吸って。
改めて目を開けると、ナツが不思議そうに目をぱちくり、とさせている。顔のほとんど包帯に埋もれ、見えるのは左目と、鼻と、話すために緩めた口元が少しだけ。
「ふふ…ナツ、それでファンタジア出れんのか?」
「出るに決まってんだろ…。そういうロアこそ」
「俺、ナツより酷くねぇし」
ロアは外傷はなかなか酷い方だったが、ナツに関してはラクサスの攻撃によって外傷どころか内傷もなかなか酷いはずだ。ナツの脅威的な回復力は知っているが、さすがに今回は心配になるレベルだった。
「あ…そういえばラクサスはいないのか?」
ふと思い出して辺りを見渡す。ラクサスの姿は既にどこにも見当たらない。
「ラクサスはじっちゃんに会いに行ったぞ」
「そっか…」
「ロアに、巻き込んで悪かったってさ」
「なんだよ、それ…」
逃げんな、自分で言えよ。という思いで腹が立つ。いつもラクサスに対しては無意味にきつく当たってしまっていた。ラクサスの態度だって原因ではあるが、それでも一応謝りたかったのに。
「ロア?どうかしたのか?」
「…いや、ちょっといろいろ考えすぎだな、俺」
今夜はファンタジア。怪我人が多いために、急遽参加が決まった者は、必死に準備をしているところだ。
「ナツも、ファンタジア出たいなら準備した方がいいんじゃねぇの?」
「わかってるよ!ロアこそな!」
ナツがロアから離れる。いつもなら追いかけたいその背中を、ロアは追わなかった。
・・・
何気なく外に出て、フェアリーテイルのせいで壊れた街を見渡す。ここまでやってしまったラクサスの処罰は重いものになるだろう。マカロフは自分の孫のしてしまったことにどんな答えを出すのか。
「…痛い…」
体も心も。自分の駄目さにどうしようもなく憤りたくなる。足取り重く歩くロアのその手が急に掴まれた。
「ロア!会えて良かった…!」
「フリード…?」
「来てくれ!…ラクサスに、会って欲しい…」
息を切らしたフリードがロアの体を引っ張って行く。何がなんだかわからないまま、フリードの後ろを走らされている。
「な、何…!?俺、怪我人っ、なんだけど…!」
「ラクサスが、破門になったんだ」
「破門!?」
「今会わないと…二度と会えないかもしれない…」
フリードの言葉が更に体を重くさせる。まさか、あのマカロフがラクサスを破門にするなんて。
「それで、なんで…俺を…?」
「ラクサスは、きっとロアに会いたいはずだ」
フリードの手に力がこもる。傷が痛むが、ロアもラクサスに会いたい気持ちはある。言いたいことがある、確かめたいこともある。
手を引かれ、ロアはフリードの一歩後ろを走って行った。
「ここに、今ラクサスがいる」
ラクサスがいるとは思えない、廃れた場所。フリードは足を止めてロアの背中を押した。
行ってくれ、と一言告げてフリードは背中を向ける。それに応えて、ロアもラクサスがいるという場所へ踏み込んで行った。
「…哀愁漂ってんな」
「ロア…!?」
ロアと同じように包帯を巻いたラクサス。驚いた顔で振り返った彼は、表情が緩くなっていて今までとは別人に映る。
「俺、ちゃんとラクサスに謝っておきたかったんだ」
ラクサスのこと全然知らないくせに、悪者扱いして。仲間だとも思わずに、いつも攻撃的な態度をとった。
「ごめん」
「何言ってんだ…ロアは悪くないだろ」
「いや、俺に非があったのは間違いない」
「違う、ロア!オレは…」
ラクサスの手が、ロアの肩を掴んだ。その衝撃でロアにずきっと痛みが走り、ぅ、と小さく声が漏れる。
「オレは…フェアリーテイルをオレの手でよくしたくて…ロアを手に入れたかった」
「…は?」
「惚れてた…んだろうな」
ロアの口がぽかん、と開く。冗談だろ、と言いたかったのにラクサスの顔が真剣で、何もいうことが出来なくなってしまった。
「だから…今回のことも、ロアを巻き込んじまって」
「いや、えっと…その…」
「オレなら、ロアを酷い目に遭わせたりしねぇって思い込んで…。悪かった」
ラクサスの手が離れても、掴まれていた肩が熱い。背中を向けたラクサスは片手を小さく上げた。
「来てくれて嬉しかったぜ」
「なっ…なんだよ、そんな言い逃げ…」
「早くナツのところにでも戻れよ」
「…馬鹿野郎…俺はラクサスなんて嫌いなんだからな!」
その背中に一発パンチをかましてから、ロアは来た道を走って帰った。
ぐるぐると頭の中の整理が効かない。いつから、どうして、なんで。意味がわからない。
「ロア?」
「ごめん、一人にしてくれ…!」
声をかけてくれたフリードの横を通りすぎて、ロアは一人でギルドへの道を走る。痛いはずの体は全然気にならない。混乱して、何も考えられなくて。
ロアは怪我を理由にファンタジアには参加しなかった。参加する気分になどなれるはずがない。
「俺…鈍いのか…?」
告白とか、そういうのは慣れているはずだ。いや、男からは初めてだったが。
「いや、…告白されたわけじゃねー…よな…?」
初めて見たラクサスの顔。
もしかしなくても、自分はいろんな人を惑わして苦しめたりとか、気付かないうちにしていたのではないか。
余計なことばかりぐるぐるぐるぐる。
自分の部屋に駆け込んでそのまま、ベッドに潜ってその日、ギルドに顔を出すことはなかった。