ナツ夢(2012.02~2016.05)
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ナツ、グレイ、エルザ、ルーシィ、そしてロアは海に来ていた。
ロアがいつの間に、と思わず突っ込んでしまう程の短くそして知らぬ間に、ルーシィはギルドメンバーであるロキを何かから救ったらしい。
全て終わったあと、ロキが実は星霊でしたという驚くべき事実を聞かされて。
それと同時にお礼として、ロキからリゾートホテルのチケットを譲り受けたのだ。
そして今、善は急げってやつだ。
各々水着に着替え、砂浜に素足を乗せている
「あ、ロアの背中」
「ん?何、ルーシィ」
「ロアって背中に紋章入れてるんだ、初めて見たー!」
初めてロアの紋章を見たルーシィはその背中に指を這わせた。
ルーシィの指が背中を滑ると、くすぐったさにロアは体を捩じらせる。
「っ…くすぐったいよ」
「ふふ、可愛い」
じゃれ合う二人を遠目に見ていたナツは、思わず口元を手で抑えた。
「ナツ、どうかしたのか」
「いや、なんか…やべぇ」
「具合でも悪いのか?」
「そうじゃねぇけど」
ナツの変な様子にエルザは声をかけたが、その視線の先が何かわかると、納得して腰に手を当てた。
水着を着ているルーシィではなく、男であるロア。
「ロアは、綺麗だな」
「あ?な、なんでオレにそんなこと言うんだよ」
「何、ただの独り言だ」
ロアが綺麗なのは、その立ち姿、そして太陽の光でキラキラと光る髪、整った容姿。その体全てが人と違った。
初めて会ったときから、ロアには人と違うものを感じたし、ナツはもちろんエルザもロアに魅せられている。
それが光の力故だとか思う者もたまにいるがそれは違う。エルザはロアという存在が素敵だと思っていた。
・・・
ナツとグレイがビーチバレーを始め、それに巻き込まれるルーシィを眺めながら、エルザはロアの隣に座った。
「ロアは向こうで遊ばないのか?」
「エルザこそ」
「私はいい、疲れた」
「…俺も」
ロアの目は楽しそうに遊ぶナツをじっと見つめている。わかりやすいのは昔から変わらない。
「幸せそうだな」
「な、なんだよ急に…」
「いや…ロアは今を大事にするんだぞ」
「…?」
なんとなくロアの気持ちをわかっているかのようなエルザの言葉にロアは顔を赤くした。しかし一瞬見せたエルザの表情は悲しそうなもので。
「エルザは?」
「ん?」
「俺は、エルザが幸せにならなきゃ嫌だ」
悲しげな顔の理由は知らない。でも、ロアには、なんとなくその理由はわかった。自分に対してエルザが言った言葉と照らし合わせてみれば自ずと…エルザにも思い人がいるのだろうと予想はつく。
「エルザはさ、俺と違って魅力的だし…もったいねーよ」
「ロアにそう言われると照れてしまうな」
「バカ、はぐらかすなっつの」
じっとロアの目がエルザを捕らえる。更にロアの手がエルザの手をぎゅっと握ると、根負けしたのかエルザはロアの胸に顔を埋めた。
「ロアはいい奴だ」
「…エルザ」
「ナツは幸せものだな」
顔を上げてエルザが見た方向に顔を向けると、ナツがこっちを見て何かを言っているのが見える。ぶんぶんと手を振り回して、こっちに来いとでも言っているのだろう。
「エルザ、行こうぜ」
「…あぁ」
「おいエルザ!ロアと何してたんだよ」
「いちゃいちゃとな」
「何!?」
「エルザ、なんでそんなにノリいいのよ」
ロアを囲んで皆笑い合う。そんな楽しい時間がずっと続くと、今はそう信じていた。
・・・
海で遊びつくしたその日の夜、今度はカジノで遊んでいた。宿泊先のホテルの地下にカジノがあるという情報をルーシィが手に入れ誘ってきたのだ。
「これ、今17に入ったろ!17に入ったのにカタンってずれたんだよ!」
ルーレットで出た結果が気に食わないのか、先ほどからナツは騒いでいる。一般の客にも笑われて、一緒にいたロアも恥ずかしさからナツの傍を離れた。
「ったく…ナツは大人の遊びには向かないよなぁ」
「しょうがねぇな、アイツは」
ナツを見て、グレイと笑う。
そのロアの視界の端に、見覚えのある女性が映った。服装や雰囲気が変わってはいるものの、それはファントムのエレメント4の一人、ジュビア。
「っ!てめぇ、なんでここにいる!?」
「え…ジュビアはグレイ様を…」
先の戦いでグレイと戦い、惚れこんでしまったというジュビアは、何故かここまでつけて来ていた。
しかし、ロアにとってファントムには、いい思い出の一つもない。
「あ?グレイ!?お前いつの間にファントムと」
「勘違いすんな、つか、落ち着け!」
掴みかかった途端、グレイに強く頬を叩かれ、ロアはそこに倒れ込んだ。
突然のことに頭がついて行かず、ロアはグレイとジュビアを交互に見つめる目を潤ませている。
グレイはカウンター席にロアを座らせて、それから申し訳なさそうに頭を下げているジュビアもそこに座るよう促した。
「ロア、もうファントムは解散してる。お前も聞いただろ」
「…んなの、関係ない。俺はファントムの奴らを許したりはしない」
「まぁ…仕方ねーか」
ロアがどれだけのことをされたのか知らない。
しかしその内容くらいは知っているから、ロアの気持ちもわかる。それに、ジュビアとも戦って悪い奴でないことも知っているから、ジュビアを突き放すことも出来ない。
「とりあえず…なんでお前はここにいるんだ?」
「ジュビア、フリーの魔導士になったんです。それで、フェアリーテイルに入りたくて」
「俺はいいけど…あんなことの後だしな…」
ちら、とグレイはロアの様子を確認したが、明らかに怒っている。そんなこと認めるわけねぇだろ、とでも言いたげだ。
「ジュビア…ガジルくんがあなたにしたこと知っています。あの、ごめんなさい」
「てめぇが謝ってどうなるってんだよ」
「おいロア…」
ぴりぴりとした空気にグレイが呆れて頭をかいた瞬間、大きな手がジュビアを弾き飛ばした。
突然のことに何も対応出来なかったジュビアは悲鳴を上げて倒れ、グレイとロアは驚いて背後に立つ男に目を向ける。
「グレイ・フルバスターと、ロア・コーランドだな」
「…なんだよお前」
「エルザはどこだ?」
振り返ったグレイとロアの前には、やけに図体の大きな男が立って、二人を見下ろしている。
何故かエルザを探しているその男が敵であるとすぐに判断し、ジュビアが二人の前に立った。
「早く、エルザさんの元へ」
当たり前のようにロアとグレイの前に立ったジュビアにロアの心が少し揺れる。
しかし、エルザの元へと体を動かす前に全ての照明が落ちた。急に辺りが真っ暗になる。
それは、目の前にいる男の闇魔法によるものだった。
ぼんやりも見えない、闇に包まれ、耳だけが敏感に働く。殴られたような音、叫びにも近い声。
しかし、ロアの体は全く動かなかった。
・・・
ぱっと明かりがついたとき、敵は皆姿を消していた。
ナツも、ルーシィも、グレイとジュビアも皆動ける状態で無く、その中で唯一意識のあるルーシィが体を縛っていた紐を断ち切って立ち上がった。
続いてジュビアの水の中に守られていたグレイも現れ、ルーシィとグレイが顔を合わせる。
「グレイ様はジュビアの中にいました」
「ったく、余計なことしやがって」
「エルザと、ナツは…?」
火柱が上がり、ナツが瓦礫の中から飛び出す。ナツも別の敵にやられ、鉛玉を受けたようだが、どうやら無事であるようだ。
「おい、ロアは!?」
「あ、そういえば…」
ナツの問いにはっとしてルーシィが辺りを見渡すと、近くで小さくなっているロアの姿が目に入った。
「ロア!」
駆け寄ってきたナツがロアの頬をぺちぺちと叩く。
そのロアの顔を見たルーシィは驚いて小さく悲鳴を上げた。
虚ろな目から涙を流してがたがたと震えている。
「ど、どうしちゃったの、ロア…」
「そうだ、忘れてた…ロアは暗闇にトラウマがあったんだ」
「トラウマ…!?」
グレイがロアから視線を逸らした。見ていられない、見ているのも辛いくらい、いつものロアからは想像もつかない姿がそこにあった。
「仕方ねぇ…おい、グレイ!ロアを頼む!」
「は!?てめぇはどうすんだよ」
「あいつ…許さねぇ…!」
ナツはいきなり攻撃してきた男を追いかけて走り出した。ナツの鼻は獣以上に敏感で、匂いでその敵を追うことが出来る。
ナツは一人で行くつもりだったのかもしれないが、ナツだけでなく、グレイもルーシィも敵にやられ、そしてエルザも連れて行かれている。
もはやこれは一人で挑むようなことではない。
未だ動けずにいるロアはグレイに背負われて、皆でナツを追いかけた。
・・・
エルザが連れて行かれたという、楽園の塔へ、ナツたちは船に乗って行った。
ルーシィはエルザと共にいたため、敵の情報を一番持っている。
ショウ、ウォーリー、シモン、ミリアーナ。この四人の敵の名前はエルザが言ったものだ。
エルザと彼らはかつて仲間で、エルザが彼らを裏切ったのだという。
そして、楽園の塔に行くとジェラールという者が喜ぶ…。ルーシィが聞いたのはこれくらいだ。
「エルザのこと…あたし、全然わかってない…」
ルーシィはその現実を付きつけられて落ち込んでいた。ロアもそう。ロアにこんな弱点があるなんて知りもしなかったのだ。
「ぁ…う…」
「おいロア…大丈夫だよ、もう闇はねぇから…」
グレイがロアの背中をさすって声をかけるも、まだ自分の体を抱きかかえるようにうずくまっているロアの瞳はグレイを映していなかった。
「出して…出してよ…」
小さい手で大きな扉を叩く。今日はまだ一度もご飯をもらっていない。光が差し込むはずの窓は木の板が打ち付けられていて、今が昼か夜か何もわからない。
お腹がすいているのかも、眠いのかも、もはや何もわからなくなって、ただひたすら扉に手を置いた。
「お母さん…僕、目開けないから…」
ロアの母親は金の目を恐れるあまり、朝にロアが目を開いただけで金切声を上げた。
「お父さん…僕、何もしてないよ…」
それを聞きつけて飛んできた父親は、部屋にロアを閉じ込める。
毎日というわけではなく、時々優しいこともあるから、いつかはこんなことがなくなるのではないかと信じて、暗闇の中、扉を叩き続けた。
「お願い…許して…」
金の目と金の髪は、暗闇に紛れて光を失っていた。
・・・
水中から楽園の塔の地下へ行ける抜け道を発見したナツ達は、途中から船を降りて水中を潜って行った。
地下から上がる道は、招かれるように開かれ、それに従って進む。
そして広い場所へと出ると、ナツは背負っていたロアを降ろした。
「ロア…このままじゃ体が冷えちまう」
髪も服も濡れて肌に張り付いている。その姿は色っぽくて見ていたいような気がしてしまうが、そんなことを言っている場合でもない。
「そうよね…せめて服を乾かさないと」
「あぁ、オレが暖めてやるからな」
ナツはロアに跨った。
それを見ていたルーシィとジュビアは顔を赤くして逸らす。
そんな、こんなところで大胆な…と思いながらも気になって横目でちらっとナツを確認する。
しかし想像に反して、ロアに跨っているナツの体はメラメラと燃えていた。
「人肌とかじゃないんかい!」
「あ?どうしたルーシィ」
「…いえ」
さっき見た時には虚ろにも開いていた目は閉じられて、死んだように意識を失っているロア。
時々聞こえる微かな声はナツの心を乱していた。
助けて…出して…。普段弱音を吐かないロアだからこそ、その声の切なさは際立っていた。
「お、お前たち…何故ここに!?」
そこに、敵をなぎ倒しながら現れたのはエルザだった。さすがはエルザというところか、捕えられていたものの自力に抜け出してきたようだ。
「何故もくそもねぇ!舐められたままひっこんでたらフェアリーテイルの名折れだろ!」
「ここはお前たちの来る場所ではない、帰れ」
「ハッピーも捕まってんだ!」
ナツの相棒であるハッピーもずっといなかった。ナツはばっと立ち上がってエルザの横を通り抜け、先に一人で行ってしまった。
「あのバカ!ロアのこと、もう忘れたのかよ」
グレイが横たわったままのロアを体を支えて起き上らせると、エルザもロアの様子に気付いて青ざめた。
長年の付き合いであるエルザも、当然ロアのトラウマについては知っていた。
「ロア…カジノの、あれか」
ロアの前にしゃがんで、濡れて顔に張り付く髪をどかした。
眠っているような、死んでいるような、時々辛そうに顔をしかめる。そんなロアの姿を暫く見つめてから、エルザはグレイの目を真っ直ぐ見つめた。
「ロアを連れてすぐに帰れ。これは私の問題だ…お前たちを巻き込みたくない」
「もう十分巻き込まれてんだよ。オレたちは力を貸す」
ルーシィもこくんと強く頷いた。ロアも、目が開いていたなら意地でもついて行くと言っただろう。
「…わかった、私が存在しているうちに話そう」
エルザは自分とこの楽園の塔、そしてジェラールという人間の話をした。
楽園の塔、別名はRシステム。10年以上前、死者を蘇らせる魔法の塔を建設しよう目論む魔法教団がいた。政府も評議会も非公認の建設のために、各地からさらってきた人々を奴隷として使う、その奴隷の中にエルザもジェラールという男も、それから先ほど襲ってきた四人も入っていた。
反発したために捕らえられ拷問を受けたジェラールの心に生まれた憎しみ。そこに付け込んだのが黒魔導士ゼレフ。ジェラールはゼレフの思念に飲み込まれ、悪に染まってしまった。
何度も戦った楽園の塔を完成させて、ゼレフを復活させるなどと言い出し、唯一エルザだけはジェラールの手から逃れた。
今までこのことを言えなかったのは、ジェラールに多くの人質を取られていたから。そして、優しくて大好きだったジェラールのことをまだ、忘れられていないから。
「私は…ジェラールと戦うんだ…」
涙を流しながら言うエルザの話を、グレイもルーシィもジュビアも真剣に聞いていた。
それを聞いていた者は他にもいた。ジェラールの下について今までエルザが裏切り者だと信じて疑わなかったショウ。そしてジェラールが悪事を働こうとしていることに気付いてエルザを信じていたシモン。
「そうだ、ジェラールと戦うんだ」
「なんでオレは…姉さんを信じられなかったんだ…」
ショウもシモンをエルザを敬愛していた。
しかしまだ、ミリアーナとウォーリーはジェラールを信じている。早くこの二人も味方につける必要がある。
グレイはロアを背負い、彼らは再び塔の上を目指して走り出した。
『オレの名はジェラール。この塔の支配者だ。そろそろ楽園のゲームを始めよう』
その時、塔の中にジェラールの声が響き渡った。
『オレはエルザを生贄にしてゼレフを復活の儀を行いたい。それを阻止出来ればお前たちの勝ちだ』
ジェラールは元々、ショウやシモン、そしてミリアーナもウォーリーも信じていなかった。暗殺ギルドに所属する三人の魔導士を用意していたのだ。その三人が今回の敵。
『最後に一つ、特別ルールを説明しておこう』
評議員はこの塔でゼレフ復活の儀式が行うことを知っている。それを阻止するために、エーテリオンという究極の破壊魔法で塔を攻撃してくる可能性がある。そうなれば、この塔にいる全てが消滅する。
このジェラールの言葉でエルザから話を聞いていないミリアーナとウォーリーも味方についた。
しかし、エルザを敬愛するあまりショウが魔法でエルザをカードの中に閉じ込めてどこかに行ってしまった。
それを追ってシモンもいなくなる。グレイもそれを追い、結局彼らはバラバラになってしまうのだった。
……
…
「ぅ…っく、」
夜、ギルドから聞こえてきた泣き声にエルザは足を止めた。誰が泣いているのだろう、考えずともわかる。最近やってきた綺麗な少年、ロアだ。
「男が、そんなところで丸くなって泣くな」
「っ…え、エルザ…?」
ぼろぼろと涙が金の目からこぼれ落ちている。その姿をエルザは羨ましいと思った
。エルザはいつでも涙を堪えてきた。鎧をまとって強くあろうと意識して、人前で涙は見せまいとつくろって。
「…一体どうしたんだ」
「暗いの…怖いんだ…」
綺麗な涙は床にぱたぱたと落ちる。
エルザよりも年上で、それでいて男なのに、弱弱しいロアをエルザは守りたいと感じた。
自分の体を抱きしめるようにして震えるロアの体。その細くて頼りない体を、エルザは正面から強く抱きしめた。
「大丈夫だ、私がいる」
「…っ!?」
「もう一人じゃない。私も…お前も…」
戸惑って息を止めたロアも、暫くそのぬくもりに触れているうちに安心したのか、エルザに体を預けた。
「ロア?」
「ん…エルザは…お母さんみたい」
それが12歳の女の子に言う台詞か。せめてお姉さんだろう。そう思いながらも背に回ってきた手が嬉しくて、エルザは微笑みながらロアの頭を撫でる。
それからロアの前髪をかきわけると額にキスをした。
「わ…」
「すまん、いやだったか?」
「ううん、安心する…」
エルザとロアはすぐに信頼し合う関係になった。ラブラブなどと噂が立つほどに。そんな噂が全く苦でなかったのは、兄妹のように思い合っていたからだった。
…
……
シモンを追って走っていたグレイの肩に、突然ロアの爪が食い込んだ。
「っ、ロア…!?」
「…は、ぁ…っ」
驚いて振り返ると、ロアは苦しそうに息を吐いていて、その表情は助けを求めでもするように歪んでいる。
「おい、ロア!」
急いでいたが、こんな状況のロアを放っておくことは出来ない。グレイはその場に腰を下ろして、ロアを壁にもたれ掛かけさせた。
それでもロアの腕はグレイの首や肩に絡み付く。
「はぁ、は…ぅ、」
「大丈夫だ、ロア。オレが助けてやるから」
いつもどちらかと言えば暖かいロアの冷えた手を強く握る。
暫くすると、少しずつロアの息は落ちついてきて、そして目が合った。
「ぁ…グレイ…?」
「あぁ。良かった、大丈夫か?」
小さく頷くロアは全然大丈夫に見えない。これ以上心配かけまいと無理に笑うロアが痛々しくて、グレイはもう一度ロアを強く抱きしめた。
「…グレイの優しい声…聞こえた」
「…そうか」
「一個…お願い、していいか」
ロアの手がグレイの胸を軽く押して、それに従って体を離すと二人は見つめ合う形になった。
顔が近くて、グレイの心臓は意味もなく早まる。
「キス、して」
「…は!?」
「おでこに…」
昔エルザによくしてもらった、と言いながらロアは前髪を真ん中で分けた。それでなくても早くなっていたグレイの鼓動は更に早くなっている。
ロアの口から、キスなどと聞くことになるとは。
「早く」
「あ、あぁ…わかった…」
ぎこちなくロアの額に唇を当てる。グレイは一度ごくっと唾を飲んで、ロアの頬にもキスを落とした。
「っ、グレイ?おでこだけでいいんだけど…」
「ん…ついでだよ」
グレイの手を借りて立ち上がったロアは周りを見て不思議そうな顔をした。
「…ここどこだ?なんでグレイだけ?」
ロアの記憶はカジノで止まっている。
どこから説明したものかとグレイは頭をかいたが、それを見てロアも自分が長いこと意識を失っていたことに気付いた。グレイの方に手を付き出すと、申し訳なさそうに顔をそらす。
「やっぱいい。今すべきことを教えてくれ」
・・・
その頃、敵の三人のうちの一人、ヴィダルダス・タカとはルーシィとジュビアが、梟とはナツが、斑鳩(イカルガ)とはエルザが戦っていた。
そしてグレイと復活したロアがシモンの元へ向かう。
その間に、グレイはロアに今までのこととエルザのことをまとめて話した。衝撃な内容ばかりなのに、あまりロアは驚かなかった。
「今俺達が戦うのは、エルザのためってことか」
「ま、そういうことだ」
金の瞳が力強く光る。さっきまで背負われていたとは思えないほど、今のロアは心強かった。
「おいシモン、そんなところで何してる!?」
あまり時間はかからず、グレイとロアはシモンに追いついた。しかし、全くショウの姿は見えない。既にエルザはショウのカードから出て戦っているが、それを知るはずもないグレイは激怒した。
「早くエルザを見つけねーと!今のエルザは無防備すぎる!」
「すまない…足止めをくらってんだ」
シモンはボロボロになっていて、その近くに倒れているハッピーも動くこともままならないほどに傷ついている。
「グレイ…ナツがあいつに食べられちゃった…」
ハッピーの視線の先には暗殺ギルド所属のジェラールに雇われた、梟。その名の通り梟の姿をしているそいつの腹の中にナツがいる。それを聞いて、目の色を変えたのはロアだった。
「消化が始まったぞ。あと10分もすればサラマンダーの体は溶けてなくなる」
そうすればナツの魔法は完全に梟のものになる。
梟の言葉を聞いてグレイが反撃しようと手を構えたときには、ロアが梟の喉元を捕らえていた。
「首、飛ばされたくなければ…ナツを出せ」
「…!?」
一瞬で間合いを詰めたロアの手は真っ直ぐ梟に向けられている。その姿だけでは何が起こっているのか誰にもわからないが、梟の首の周りには見えない剣が覆っていた。
「ほんの少しでも動けば殺す」
「こんなの、聞いてないぞ…」
「言い忘れた。しゃべっても殺す」
反対の手で、梟の頭を一突き。
一瞬で決まった勝負に、シモンもグレイも茫然としていた。
動けなくなった梟の体を持ち上げて逆さまにしてナツの救出を行うロア。
シモンはそれを見て体を震わせた。初めにフェアリーテイルを攻撃したとき、もし自分が闇魔法を使っていなかったら今頃全滅だったかもしれない。そう思うのは、強さというよりもその冷酷さ。殺すのに一切の躊躇もしないところだ。
「ナツ、起きろ!」
「んん…」
「ごめんな、俺…守られてばっかりで…」
ロアのトラウマを知ってから、いつも隣にいて光を与えてくれたのはナツだった。少しでも暗くなれば火を灯してくれて。
「ロア!もう大丈夫なの?」
「ハッピー…、もう大丈夫だよ、有難う」
そして、その隣にはハッピーもいつも共にいた。
「ハッピー、おいで」
「ロア?」
ハッピーの体を痛くない程度に抱きしめて、それからナツの体を起こした。ナツの体を背負うと、グレイとシモンに目を向ける。
「それで…俺は何をしたらいい」
グレイもシモンも、ロアが味方であることを、心から頼もしく思うのだった。
シモンとロアはエルザがいるだろう塔の頂上を目指した。グレイにはハッピーを連れて外に出てもらっている。
既に評議員からの攻撃、エーテリオンから逃れるために、ルーシィもジュビアも、ショウたちも船の上で皆を待っている状態だ。そこと合流出来ればグレイとハッピーは無事助かるだろう。
シモンから聞いた話、エルザはジェラールを倒すことが出来ない、まだジェラールを救おうとしているということ。
そして、エーテリオンが落とされるまで後10分程度ということ。
これからわかるのは、エルザが死ぬつもりだということだ。
だから、ロアとシモンはまだ避難することは出来なかった。
「ん…」
「ナツ、目ぇ覚めた?」
背中でナツがもそっと動いた。ゆっくり降ろして顔を見ると、ナツは驚いたように目を丸くしている。
「ロア!もう大丈夫なのか?」
「あ、あぁ…ごめん、心配かけて」
ロアが目を覚ましていることを知らなかったナツは目を輝かせて喜んだ。
しかし、今足を止めている時間はない。すぐにでもエルザを連れてここから出ないといけない。
「ナツ、お前は早くここから出てくれ。俺はエルザを助けに行く」
「あ?何言ってんだ?」
「エルザは俺達を逃がして一人、ジェラールって奴と死ぬつもりだ」
シモンに聞いた話をナツにも伝える。初めはエルザをなめてんのか、などと言い返してきたが、状況を把握すると、更に怒りを露わにした。
「なんで…それを先に言わねぇんだ…!」
ナツはロアと、負った傷の痛みで座り込んだシモンを置いて、一人で走って行ってしまった。
ドラゴンスレイヤーであるナツの速さは異常だ。
二人がナツを制止する前に目の前からいなくなってしまった。
「くそ…追いかけるか…?」
心配なのはナツだけではない、座り込んでしまったシモンを放っておくことも出来ない。ロアはシモンを横目で見ると、その大きな背に手を回した。
「な…!オレのことはいい!」
「なわけあるか!お前だって、エルザを助けたいんだろ?」
「だが…もうエーテリオンが落ちる!」
「お前も無駄死にするつもりなら許さねぇぞ」
ロアもナツが行ってしまったのでは追いかけるしかない。それに、シモンのエルザへの好意はロアにもわかるほど明らかだった。
「俺もお前も…好きな奴を置いていけない気持ちは同じだ」
「…?ロア、お前もまさかエルザを」
「は、まさか」
置いていけないというよりは、見殺しにした上でこの世界に生きる意味などないとでも言うか。
とにかく、ロアにとってはナツのいない世界などもはや無意味に近かった。恋は盲目、まさにこれだ。
その時、辺りが真っ白になった。
評議員皆が目をつむって祈る。正義のための犠牲、Rシステムの破壊のために撃たれたエーテリオンによって死す者たちへの祈り。
「…ここまでか」
ロアの脳裏にナツの姿が過った。エルザはどうしただろう、ナツは辿り着けたのだろうか。終わりとはなんとあっけのないものか。
「終わった…」
隣でシモンの声が聞こえる。ロアもシモンも衝撃でその場に倒れ込み、意味がないことをわかっていながら、ロアの体にシモンが覆いかぶさった。
激しい衝撃が過ぎ去るのはあっという間だった。エーテリオンは撃たれた、つまり楽園の塔は破壊され、そこにいた全ての者は死んだはずだ。
「…なんで、生きてる?」
ロアの体は何の異常もなかった。シモンに守られたからかとも思ったが、そのシモンでさえ体を起こして茫然としている。
「な、何が起こった?エーテリオンは撃たれたんだよな?」
「…これがジェラールの作戦だった…のか…?」
シモンがゆっくり立ち上がり、壁に手を置く。まだふらついているシモンの体を支えて、ロアも壁に触れた。
「魔力を、蓄積してる…!」
楽園の塔はエーテリオンの魔力を吸い取って、本来の、Rシステムとしての姿に変わっていた。ゼレフを生き返らせるためにジェラールが造り上げようとしていたものが、今ここに完成してしまった。
「…まずい、急ごう」
「さ、先に行け…オレは足手まといだ」
「何言ってる!好きなんだろ、エルザが!」
シモンの大きな体を支えて歩くにはロアの体は小さく、細すぎる。
しかし、ロアは更に早く足を進めた。
「俺も…ナツが好きなんだ」
「…そうか」
「だから、わかる…シモンの気持ち、なんとなく…だけど」
恥ずかしそうに逸らしたロアの顔を見て、シモンは笑った。フェアリーテイルは本当に良いギルドだ、エルザがここに辿り着いていて良かった。
・・・
頂上に近づくにつれて、激しい戦闘音が聞こえてくる。ロアはそれに酷く安心ていた。戦っているということは、生きているということだ。生きているならそれでいい、今はそれだけで十分だった。
「お、着いた…!」
先の方にナツとエルザの姿が確認出来てロアが足を止めた瞬間、シモンが腕から離れていった。
何故そこまで走る力が残っていたのかとそう思うくらい、飛び出していったシモンは、エルザの前に立ちふさがって、ジェラールの魔法を全身で受けていた。
防ぐことなど不可能なくらいの大きな天体魔法、本来ならエルザもナツも吹き飛ぶほどの大きなものを、シモンはその体一つで二人を守って、そしてその場に崩れ落ちた。
「シモン!なんでお前が…逃げなかったのか!」
「エルザ…良かった…いつか、お前の役に…」
「もういい、しゃべるな…!」
「おまえは…いつも、やさしくて…やさしくて…」
シモンの体はそれきり動かなくなった。
「くだらん!そういうのを無駄死にっていうんだぜシモン!」
ジェラールが高らかに笑う。
ロアは怒りに耐えきれず走り出すと、ジェラールの首に手をかけた。もう一人いるとは思っていなかったのだろう、ジェラールはそのままロアの体重に押されて倒れる。
しかし、その時初めてジェラールという人間の顔を見たロアは、首にやった手に力を込めることが出来なかった。
「な…、お前が…ジェラール…!?」
「まさか、光のロアが復活していたとはな…」
手が緩んだ瞬間に腹にジェラールの蹴りが入って、ロアはナツのいる方に飛ばされた。
壁にぶつかって床にたたきつけられたロアはジェラールの姿をじっと見つめる。
そんなはずない、しかし他人の空似というには似すぎていて、ドッペルゲンガ―とでもいうのか。
そんな現実味のないことまで考えてしまうほど、ジェラールという人間はミストガンに似ていた。
「…っ」
シモンを殺して、エルザを苦しめる奴が許せないのに、ミストガンと同じ顔を殺すことなどロアには出来なかった。
「今回一番厄介なのはロア…お前だと思っていたんだがなぁ、案外弱いな」
「…、っく…」
「闇がトラウマなんて、知ったときは大笑いしたよ」
ミストガンがこんなこと言うはずない。似ているのは顔だけ、使う技も、態度も雰囲気も、何もかもが別人だ。そうわかっても、ロアは拳を強く握りしめるだけで、動くことが出来なかった。
「黙れ…!」
ロアの視界の端に、ナツの魔力が膨大に膨れ上がるのが映る。それの原因が、エーテリオンを食っているからだと気付くのには時間がかかった。
床から引きちぎった塔の一部、エーテリオンの魔力を吸い込んだ欠片にナツが食らいついているのだ。
「な…なんてバカなことを!エーテルナノには炎以外の属性も含まれているんだぞ!」
エルザの声にロアもその行動が如何にナツの体に負担をかけるか感じ取って、ナツの体に抱き着いた。
「やめろ!何やってんだよ…!」
「離せ…あいつをぶん殴らなくちゃ気が済まねぇ!」
「やめてくれっ!ナツの体が…!」
ナツの体は明らかに拒否反応をしめしていて、人間の体として有りえないほど熱くなっている。
「ぅ…」
「ロア…離れろ」
「ナツ…」
「もう、泣かせねぇ!」
ナツの言葉はエルザを思ったものだった。ジェラールがいるからエルザが泣く。
激しい魔力に包まれたナツは見たことないほど強くなっていた。目つきも顔つきもドラゴンのようになっていて、ジェラールを追い詰める姿もまた、ドラゴンそのものだった。
「なんだよ…あれ…」
「ナツの真の力…あれがドラゴンスレイヤーか…」
「ドラゴンスレイヤー…」
エルザは何気なく言ったのだろうが、ロアは無性に悲しくなった。
ナツのことは、いくら知ろうとしても知ることが出来ない。いつどこで生まれたのかも、どれほどの力を秘めているのかも、どこに行ってしまうのかも。
「…ナツ」
しかし、その手を掴み留めさせることが出来ないことはわかっていた。ナツはいつかロアの手を離れていく、ドラゴンなんていう信じられない存在の元へ行ってしまうのだろう。
楽園の塔が崩れ始めた。
ジェラールを倒したナツが戻ってきて、膝から力を失い倒れるのをエルザが支える。慈しむようにナツの体を抱きしめるエルザを見ていられなくて、ロアは無意識に二人から視線を逸らした。
「ロア、早くここから出るぞ!」
「あ、あぁ…」
塔は、魔力を抑えきれなくなり、暴走していた。このままでは、塔の中にいるロアやナツ、エルザだけでなく、外にいるグレイたちも巻き込んで大爆発を起こすだろう。
それに気づいたエルザは一人、その場で足を止めた。
「何、してるんだエルザ…」
「ロア、早くナツを連れて皆の元に行け」
「何してるって聞いてるんだ!」
「…私がエーテリオンと融合して…魔力を操り暴走を止める」
それしか、止める方法はない。エルザの体はエーテリオンの水晶の中に飲み込まれていた。
「ふざけんな!そんなこと誰も望んでない!」
「巻き込んだんだ。最後くらい、私にお前たちを守らせてくれ」
そんなことをすれば、エルザの体も消滅してしまう。
しかし、もうそこから引き出せるような状態でもなくなっていて、エルザは水晶の中に飲み込まれ宙に浮かんでいった。
エーテリオンの魔力は天に向かって流れていく。
「エルザ…!出てこいエルザ!」
起き上ったナツも、エルザを止めようと水晶を叩く。
「ナツ、ロア…フェアリーテイルを頼んだぞ」
「ふ、ざけんな…エルザ無しでどうしろってんだよ…」
「エルザ!」
エルザを包んだ水晶から、激しい渦が巻き起こる。膨大な魔力の渦が空中に流れていき、暴走は止められ爆発は免れるだろう。
そんな風に、エルザを犠牲にして救われたって嬉しくない。
ぼろぼろと涙を流すロアの横にいたナツが、その渦に飛び込んでいった。
「な、ナツ!?」
渦に巻き込まれたナツの姿はすぐにどこにも見えなくなって、ロアは一人、そこに取り残された。
楽園の塔、エーテリオンは全てなくなって、ロアの体はそのまま落ちていく。すがる物もなく、海に叩きつけられて沈んでいく。
目の前でエルザとナツを失って、もはや何故ここにいるのかもわからなかった。
「ロア!」
腕を引かれて海の中から引きずり出される。その手はグレイのものだった。落ちていくロアが見えたらしく、助けに来てくれたらしい。酷く、懐かしく感じられた。
「意識はあるな!?」
「…ぐ、グレイ…俺…」
「ナツとエルザはどうした?」
「っ…ふ…」
グレイの体に抱き着いて、抑えきれない涙を流す。守れなかった。
結局、最後まで守られて、ナツやシモンのように救いに手を差し出すことも出来ずに茫然と見ていただけ。
「ごめん…俺、弱くて…ごめっ…」
「何、言ってんだよ、ロア」
「ナツと、エルザ…助け、られなかっ…」
嗚咽で上手く声が出ない。それでもグレイにはロアが何を言おうとしているのかわかって、ぺし、とロアの頬を打った。
「勝手に自分を責めるな!それに、あいつらが簡単にくたばるかよ」
「ご、め…」
「謝るなって」
グレイの手がロアの涙を拭う。とめどなく流れる涙はそんなことでふき取ることなど出来ず、グレイの指の濡らし続けた。
「ほら、帰ってきた」
「…え?」
グレイの視線の先には、エルザを抱き上げた状態で立っているナツ。
驚いて動けずにいるロアの手をグレイが引いて立ち上がらせた。ルーシィやジュビア達もよくやった、とナツとエルザを迎えに行っている。
「本当に…」
「行くぞ、ロア」
「っ、あぁ…!」
涙をふき取ってナツとエルザの元へ走る。
ナツがエルザを渦から救い出した。いや、本当はそれだけじゃなくて、ゼレフの亡霊から解き放たれたジェラールが助けてくれたのではないかとか、考えられることはたくさんあった。
「…ロア」
「馬鹿…!無茶しやがって!」
しかし今はそんなことよりも、無事に帰ってきてくれたことが嬉しくて、ロアはエルザとナツの体を抱きしめていた。
・・・
リゾートホテルに戻ってから、ナツが寝続けて三日経った。エルザは酷い傷をたくさん負っていた割には寝込むほどではなく、もう回復している。
ジュビアはというと一足先に戻ってフェアリーテイルに入れてもらうよう言いに行ったようだ。
その間、ロアはナツの傍にくっついて離れなかった。
「ロア、ちゃんと寝てる?」
「…ん?大丈夫だよ」
ルーシィが声をかけるが、ロアは小さく口元にだけ笑みを浮かべて返すだけ。グレイもエルザも、何度も声をかけたが、毎回こんな調子で、そろそろ皆ナツでなくロアの方を心配し出していた。
というか、ナツは大いびきをかいて寝ているため、もはや心配する必要など全くないのだ。
「わかった、ナツが目を覚ませばいいんだな」
グレイが椅子から腰を上げると、ロアの体を引き寄せて、額にキスする。驚いたのはロアだけでなく目の前でそれを見たルーシィもだ。
「驚いた顔も可愛いな、ロア」
「あぁ、懐かしいな。昔よくやった」
私にもキスさせろとエルザがロアの腰に手を回す。
「や、ちょっと…俺別に今そんな…」
「遠慮するな」
「そうだぜ、せっかくキスしてやるってんだから」
「わ…!」
カオスな展開にルーシィがハッピーと共に顔を赤くしてわたわたとし出す。
すると、急にロアの体が後ろに引かれてベッドの方に倒れ込んだ。
「ナツ…!?」
「勝手にロアで遊ぶな!」
三日ぶりに起きたと思うとナツはロアを抱きしめたまま布団に戻る。
ベッドに引きずり込まれたロアは最初こそ離せと暴れていたが、暫くしてナツがいびきを立てて眠りに落ちると諦めて抵抗するのを止めた。
「お前が気にしているほど、ナツは何も考えてないと思うぞ」
「…わかってる。でも、俺が嫌なんだ」
「頭が固いな、ロアも」
エルザに言われてロアの眉間にシワが寄った。わかってる、気にしすぎだということくらい。
「つーか、ナツ!ロアにくっつきすぎだろ!」
ロアの体は抱き枕のようにナツに抱きつかれている。思えばナツは包帯を巻かれた体に下着を穿いているだけの格好で。気付いてしまったロアは眉間にシワの寄った顏から、一気に真っ赤に染まった。
「…っ!ナツの変態野郎!」
ばこっとロアの拳の音が部屋に響く。ナツはそれから暫く目覚めることはなかった。
・・・
フェアリーテイルに帰る日、ショウとミリアーナとウォーリーと別れを惜しみ、エルザは再び涙を流した。
今まで耐えてきた分、エルザはジェラールから解放されて涙もろくなったように見える。
「エルザ、こっち向いて」
ロアはエルザの前髪を分けて額にキスをした。
「今までのお返しな」
「ふん、私はそこまで落ち込んでなどいない」
涙を拭きながら、エルザは笑った。ロアはエルザと過去を共有できた気がして、嬉しかったのだ。ようやく、対等になれた気がする。
しかしそれでも、ナツへの思いとジェラールとミストガンのことは心のもやもやとして残ったまま。それを誰にも話すことなく、胸の奥に隠していた。
ロアがいつの間に、と思わず突っ込んでしまう程の短くそして知らぬ間に、ルーシィはギルドメンバーであるロキを何かから救ったらしい。
全て終わったあと、ロキが実は星霊でしたという驚くべき事実を聞かされて。
それと同時にお礼として、ロキからリゾートホテルのチケットを譲り受けたのだ。
そして今、善は急げってやつだ。
各々水着に着替え、砂浜に素足を乗せている
「あ、ロアの背中」
「ん?何、ルーシィ」
「ロアって背中に紋章入れてるんだ、初めて見たー!」
初めてロアの紋章を見たルーシィはその背中に指を這わせた。
ルーシィの指が背中を滑ると、くすぐったさにロアは体を捩じらせる。
「っ…くすぐったいよ」
「ふふ、可愛い」
じゃれ合う二人を遠目に見ていたナツは、思わず口元を手で抑えた。
「ナツ、どうかしたのか」
「いや、なんか…やべぇ」
「具合でも悪いのか?」
「そうじゃねぇけど」
ナツの変な様子にエルザは声をかけたが、その視線の先が何かわかると、納得して腰に手を当てた。
水着を着ているルーシィではなく、男であるロア。
「ロアは、綺麗だな」
「あ?な、なんでオレにそんなこと言うんだよ」
「何、ただの独り言だ」
ロアが綺麗なのは、その立ち姿、そして太陽の光でキラキラと光る髪、整った容姿。その体全てが人と違った。
初めて会ったときから、ロアには人と違うものを感じたし、ナツはもちろんエルザもロアに魅せられている。
それが光の力故だとか思う者もたまにいるがそれは違う。エルザはロアという存在が素敵だと思っていた。
・・・
ナツとグレイがビーチバレーを始め、それに巻き込まれるルーシィを眺めながら、エルザはロアの隣に座った。
「ロアは向こうで遊ばないのか?」
「エルザこそ」
「私はいい、疲れた」
「…俺も」
ロアの目は楽しそうに遊ぶナツをじっと見つめている。わかりやすいのは昔から変わらない。
「幸せそうだな」
「な、なんだよ急に…」
「いや…ロアは今を大事にするんだぞ」
「…?」
なんとなくロアの気持ちをわかっているかのようなエルザの言葉にロアは顔を赤くした。しかし一瞬見せたエルザの表情は悲しそうなもので。
「エルザは?」
「ん?」
「俺は、エルザが幸せにならなきゃ嫌だ」
悲しげな顔の理由は知らない。でも、ロアには、なんとなくその理由はわかった。自分に対してエルザが言った言葉と照らし合わせてみれば自ずと…エルザにも思い人がいるのだろうと予想はつく。
「エルザはさ、俺と違って魅力的だし…もったいねーよ」
「ロアにそう言われると照れてしまうな」
「バカ、はぐらかすなっつの」
じっとロアの目がエルザを捕らえる。更にロアの手がエルザの手をぎゅっと握ると、根負けしたのかエルザはロアの胸に顔を埋めた。
「ロアはいい奴だ」
「…エルザ」
「ナツは幸せものだな」
顔を上げてエルザが見た方向に顔を向けると、ナツがこっちを見て何かを言っているのが見える。ぶんぶんと手を振り回して、こっちに来いとでも言っているのだろう。
「エルザ、行こうぜ」
「…あぁ」
「おいエルザ!ロアと何してたんだよ」
「いちゃいちゃとな」
「何!?」
「エルザ、なんでそんなにノリいいのよ」
ロアを囲んで皆笑い合う。そんな楽しい時間がずっと続くと、今はそう信じていた。
・・・
海で遊びつくしたその日の夜、今度はカジノで遊んでいた。宿泊先のホテルの地下にカジノがあるという情報をルーシィが手に入れ誘ってきたのだ。
「これ、今17に入ったろ!17に入ったのにカタンってずれたんだよ!」
ルーレットで出た結果が気に食わないのか、先ほどからナツは騒いでいる。一般の客にも笑われて、一緒にいたロアも恥ずかしさからナツの傍を離れた。
「ったく…ナツは大人の遊びには向かないよなぁ」
「しょうがねぇな、アイツは」
ナツを見て、グレイと笑う。
そのロアの視界の端に、見覚えのある女性が映った。服装や雰囲気が変わってはいるものの、それはファントムのエレメント4の一人、ジュビア。
「っ!てめぇ、なんでここにいる!?」
「え…ジュビアはグレイ様を…」
先の戦いでグレイと戦い、惚れこんでしまったというジュビアは、何故かここまでつけて来ていた。
しかし、ロアにとってファントムには、いい思い出の一つもない。
「あ?グレイ!?お前いつの間にファントムと」
「勘違いすんな、つか、落ち着け!」
掴みかかった途端、グレイに強く頬を叩かれ、ロアはそこに倒れ込んだ。
突然のことに頭がついて行かず、ロアはグレイとジュビアを交互に見つめる目を潤ませている。
グレイはカウンター席にロアを座らせて、それから申し訳なさそうに頭を下げているジュビアもそこに座るよう促した。
「ロア、もうファントムは解散してる。お前も聞いただろ」
「…んなの、関係ない。俺はファントムの奴らを許したりはしない」
「まぁ…仕方ねーか」
ロアがどれだけのことをされたのか知らない。
しかしその内容くらいは知っているから、ロアの気持ちもわかる。それに、ジュビアとも戦って悪い奴でないことも知っているから、ジュビアを突き放すことも出来ない。
「とりあえず…なんでお前はここにいるんだ?」
「ジュビア、フリーの魔導士になったんです。それで、フェアリーテイルに入りたくて」
「俺はいいけど…あんなことの後だしな…」
ちら、とグレイはロアの様子を確認したが、明らかに怒っている。そんなこと認めるわけねぇだろ、とでも言いたげだ。
「ジュビア…ガジルくんがあなたにしたこと知っています。あの、ごめんなさい」
「てめぇが謝ってどうなるってんだよ」
「おいロア…」
ぴりぴりとした空気にグレイが呆れて頭をかいた瞬間、大きな手がジュビアを弾き飛ばした。
突然のことに何も対応出来なかったジュビアは悲鳴を上げて倒れ、グレイとロアは驚いて背後に立つ男に目を向ける。
「グレイ・フルバスターと、ロア・コーランドだな」
「…なんだよお前」
「エルザはどこだ?」
振り返ったグレイとロアの前には、やけに図体の大きな男が立って、二人を見下ろしている。
何故かエルザを探しているその男が敵であるとすぐに判断し、ジュビアが二人の前に立った。
「早く、エルザさんの元へ」
当たり前のようにロアとグレイの前に立ったジュビアにロアの心が少し揺れる。
しかし、エルザの元へと体を動かす前に全ての照明が落ちた。急に辺りが真っ暗になる。
それは、目の前にいる男の闇魔法によるものだった。
ぼんやりも見えない、闇に包まれ、耳だけが敏感に働く。殴られたような音、叫びにも近い声。
しかし、ロアの体は全く動かなかった。
・・・
ぱっと明かりがついたとき、敵は皆姿を消していた。
ナツも、ルーシィも、グレイとジュビアも皆動ける状態で無く、その中で唯一意識のあるルーシィが体を縛っていた紐を断ち切って立ち上がった。
続いてジュビアの水の中に守られていたグレイも現れ、ルーシィとグレイが顔を合わせる。
「グレイ様はジュビアの中にいました」
「ったく、余計なことしやがって」
「エルザと、ナツは…?」
火柱が上がり、ナツが瓦礫の中から飛び出す。ナツも別の敵にやられ、鉛玉を受けたようだが、どうやら無事であるようだ。
「おい、ロアは!?」
「あ、そういえば…」
ナツの問いにはっとしてルーシィが辺りを見渡すと、近くで小さくなっているロアの姿が目に入った。
「ロア!」
駆け寄ってきたナツがロアの頬をぺちぺちと叩く。
そのロアの顔を見たルーシィは驚いて小さく悲鳴を上げた。
虚ろな目から涙を流してがたがたと震えている。
「ど、どうしちゃったの、ロア…」
「そうだ、忘れてた…ロアは暗闇にトラウマがあったんだ」
「トラウマ…!?」
グレイがロアから視線を逸らした。見ていられない、見ているのも辛いくらい、いつものロアからは想像もつかない姿がそこにあった。
「仕方ねぇ…おい、グレイ!ロアを頼む!」
「は!?てめぇはどうすんだよ」
「あいつ…許さねぇ…!」
ナツはいきなり攻撃してきた男を追いかけて走り出した。ナツの鼻は獣以上に敏感で、匂いでその敵を追うことが出来る。
ナツは一人で行くつもりだったのかもしれないが、ナツだけでなく、グレイもルーシィも敵にやられ、そしてエルザも連れて行かれている。
もはやこれは一人で挑むようなことではない。
未だ動けずにいるロアはグレイに背負われて、皆でナツを追いかけた。
・・・
エルザが連れて行かれたという、楽園の塔へ、ナツたちは船に乗って行った。
ルーシィはエルザと共にいたため、敵の情報を一番持っている。
ショウ、ウォーリー、シモン、ミリアーナ。この四人の敵の名前はエルザが言ったものだ。
エルザと彼らはかつて仲間で、エルザが彼らを裏切ったのだという。
そして、楽園の塔に行くとジェラールという者が喜ぶ…。ルーシィが聞いたのはこれくらいだ。
「エルザのこと…あたし、全然わかってない…」
ルーシィはその現実を付きつけられて落ち込んでいた。ロアもそう。ロアにこんな弱点があるなんて知りもしなかったのだ。
「ぁ…う…」
「おいロア…大丈夫だよ、もう闇はねぇから…」
グレイがロアの背中をさすって声をかけるも、まだ自分の体を抱きかかえるようにうずくまっているロアの瞳はグレイを映していなかった。
「出して…出してよ…」
小さい手で大きな扉を叩く。今日はまだ一度もご飯をもらっていない。光が差し込むはずの窓は木の板が打ち付けられていて、今が昼か夜か何もわからない。
お腹がすいているのかも、眠いのかも、もはや何もわからなくなって、ただひたすら扉に手を置いた。
「お母さん…僕、目開けないから…」
ロアの母親は金の目を恐れるあまり、朝にロアが目を開いただけで金切声を上げた。
「お父さん…僕、何もしてないよ…」
それを聞きつけて飛んできた父親は、部屋にロアを閉じ込める。
毎日というわけではなく、時々優しいこともあるから、いつかはこんなことがなくなるのではないかと信じて、暗闇の中、扉を叩き続けた。
「お願い…許して…」
金の目と金の髪は、暗闇に紛れて光を失っていた。
・・・
水中から楽園の塔の地下へ行ける抜け道を発見したナツ達は、途中から船を降りて水中を潜って行った。
地下から上がる道は、招かれるように開かれ、それに従って進む。
そして広い場所へと出ると、ナツは背負っていたロアを降ろした。
「ロア…このままじゃ体が冷えちまう」
髪も服も濡れて肌に張り付いている。その姿は色っぽくて見ていたいような気がしてしまうが、そんなことを言っている場合でもない。
「そうよね…せめて服を乾かさないと」
「あぁ、オレが暖めてやるからな」
ナツはロアに跨った。
それを見ていたルーシィとジュビアは顔を赤くして逸らす。
そんな、こんなところで大胆な…と思いながらも気になって横目でちらっとナツを確認する。
しかし想像に反して、ロアに跨っているナツの体はメラメラと燃えていた。
「人肌とかじゃないんかい!」
「あ?どうしたルーシィ」
「…いえ」
さっき見た時には虚ろにも開いていた目は閉じられて、死んだように意識を失っているロア。
時々聞こえる微かな声はナツの心を乱していた。
助けて…出して…。普段弱音を吐かないロアだからこそ、その声の切なさは際立っていた。
「お、お前たち…何故ここに!?」
そこに、敵をなぎ倒しながら現れたのはエルザだった。さすがはエルザというところか、捕えられていたものの自力に抜け出してきたようだ。
「何故もくそもねぇ!舐められたままひっこんでたらフェアリーテイルの名折れだろ!」
「ここはお前たちの来る場所ではない、帰れ」
「ハッピーも捕まってんだ!」
ナツの相棒であるハッピーもずっといなかった。ナツはばっと立ち上がってエルザの横を通り抜け、先に一人で行ってしまった。
「あのバカ!ロアのこと、もう忘れたのかよ」
グレイが横たわったままのロアを体を支えて起き上らせると、エルザもロアの様子に気付いて青ざめた。
長年の付き合いであるエルザも、当然ロアのトラウマについては知っていた。
「ロア…カジノの、あれか」
ロアの前にしゃがんで、濡れて顔に張り付く髪をどかした。
眠っているような、死んでいるような、時々辛そうに顔をしかめる。そんなロアの姿を暫く見つめてから、エルザはグレイの目を真っ直ぐ見つめた。
「ロアを連れてすぐに帰れ。これは私の問題だ…お前たちを巻き込みたくない」
「もう十分巻き込まれてんだよ。オレたちは力を貸す」
ルーシィもこくんと強く頷いた。ロアも、目が開いていたなら意地でもついて行くと言っただろう。
「…わかった、私が存在しているうちに話そう」
エルザは自分とこの楽園の塔、そしてジェラールという人間の話をした。
楽園の塔、別名はRシステム。10年以上前、死者を蘇らせる魔法の塔を建設しよう目論む魔法教団がいた。政府も評議会も非公認の建設のために、各地からさらってきた人々を奴隷として使う、その奴隷の中にエルザもジェラールという男も、それから先ほど襲ってきた四人も入っていた。
反発したために捕らえられ拷問を受けたジェラールの心に生まれた憎しみ。そこに付け込んだのが黒魔導士ゼレフ。ジェラールはゼレフの思念に飲み込まれ、悪に染まってしまった。
何度も戦った楽園の塔を完成させて、ゼレフを復活させるなどと言い出し、唯一エルザだけはジェラールの手から逃れた。
今までこのことを言えなかったのは、ジェラールに多くの人質を取られていたから。そして、優しくて大好きだったジェラールのことをまだ、忘れられていないから。
「私は…ジェラールと戦うんだ…」
涙を流しながら言うエルザの話を、グレイもルーシィもジュビアも真剣に聞いていた。
それを聞いていた者は他にもいた。ジェラールの下について今までエルザが裏切り者だと信じて疑わなかったショウ。そしてジェラールが悪事を働こうとしていることに気付いてエルザを信じていたシモン。
「そうだ、ジェラールと戦うんだ」
「なんでオレは…姉さんを信じられなかったんだ…」
ショウもシモンをエルザを敬愛していた。
しかしまだ、ミリアーナとウォーリーはジェラールを信じている。早くこの二人も味方につける必要がある。
グレイはロアを背負い、彼らは再び塔の上を目指して走り出した。
『オレの名はジェラール。この塔の支配者だ。そろそろ楽園のゲームを始めよう』
その時、塔の中にジェラールの声が響き渡った。
『オレはエルザを生贄にしてゼレフを復活の儀を行いたい。それを阻止出来ればお前たちの勝ちだ』
ジェラールは元々、ショウやシモン、そしてミリアーナもウォーリーも信じていなかった。暗殺ギルドに所属する三人の魔導士を用意していたのだ。その三人が今回の敵。
『最後に一つ、特別ルールを説明しておこう』
評議員はこの塔でゼレフ復活の儀式が行うことを知っている。それを阻止するために、エーテリオンという究極の破壊魔法で塔を攻撃してくる可能性がある。そうなれば、この塔にいる全てが消滅する。
このジェラールの言葉でエルザから話を聞いていないミリアーナとウォーリーも味方についた。
しかし、エルザを敬愛するあまりショウが魔法でエルザをカードの中に閉じ込めてどこかに行ってしまった。
それを追ってシモンもいなくなる。グレイもそれを追い、結局彼らはバラバラになってしまうのだった。
……
…
「ぅ…っく、」
夜、ギルドから聞こえてきた泣き声にエルザは足を止めた。誰が泣いているのだろう、考えずともわかる。最近やってきた綺麗な少年、ロアだ。
「男が、そんなところで丸くなって泣くな」
「っ…え、エルザ…?」
ぼろぼろと涙が金の目からこぼれ落ちている。その姿をエルザは羨ましいと思った
。エルザはいつでも涙を堪えてきた。鎧をまとって強くあろうと意識して、人前で涙は見せまいとつくろって。
「…一体どうしたんだ」
「暗いの…怖いんだ…」
綺麗な涙は床にぱたぱたと落ちる。
エルザよりも年上で、それでいて男なのに、弱弱しいロアをエルザは守りたいと感じた。
自分の体を抱きしめるようにして震えるロアの体。その細くて頼りない体を、エルザは正面から強く抱きしめた。
「大丈夫だ、私がいる」
「…っ!?」
「もう一人じゃない。私も…お前も…」
戸惑って息を止めたロアも、暫くそのぬくもりに触れているうちに安心したのか、エルザに体を預けた。
「ロア?」
「ん…エルザは…お母さんみたい」
それが12歳の女の子に言う台詞か。せめてお姉さんだろう。そう思いながらも背に回ってきた手が嬉しくて、エルザは微笑みながらロアの頭を撫でる。
それからロアの前髪をかきわけると額にキスをした。
「わ…」
「すまん、いやだったか?」
「ううん、安心する…」
エルザとロアはすぐに信頼し合う関係になった。ラブラブなどと噂が立つほどに。そんな噂が全く苦でなかったのは、兄妹のように思い合っていたからだった。
…
……
シモンを追って走っていたグレイの肩に、突然ロアの爪が食い込んだ。
「っ、ロア…!?」
「…は、ぁ…っ」
驚いて振り返ると、ロアは苦しそうに息を吐いていて、その表情は助けを求めでもするように歪んでいる。
「おい、ロア!」
急いでいたが、こんな状況のロアを放っておくことは出来ない。グレイはその場に腰を下ろして、ロアを壁にもたれ掛かけさせた。
それでもロアの腕はグレイの首や肩に絡み付く。
「はぁ、は…ぅ、」
「大丈夫だ、ロア。オレが助けてやるから」
いつもどちらかと言えば暖かいロアの冷えた手を強く握る。
暫くすると、少しずつロアの息は落ちついてきて、そして目が合った。
「ぁ…グレイ…?」
「あぁ。良かった、大丈夫か?」
小さく頷くロアは全然大丈夫に見えない。これ以上心配かけまいと無理に笑うロアが痛々しくて、グレイはもう一度ロアを強く抱きしめた。
「…グレイの優しい声…聞こえた」
「…そうか」
「一個…お願い、していいか」
ロアの手がグレイの胸を軽く押して、それに従って体を離すと二人は見つめ合う形になった。
顔が近くて、グレイの心臓は意味もなく早まる。
「キス、して」
「…は!?」
「おでこに…」
昔エルザによくしてもらった、と言いながらロアは前髪を真ん中で分けた。それでなくても早くなっていたグレイの鼓動は更に早くなっている。
ロアの口から、キスなどと聞くことになるとは。
「早く」
「あ、あぁ…わかった…」
ぎこちなくロアの額に唇を当てる。グレイは一度ごくっと唾を飲んで、ロアの頬にもキスを落とした。
「っ、グレイ?おでこだけでいいんだけど…」
「ん…ついでだよ」
グレイの手を借りて立ち上がったロアは周りを見て不思議そうな顔をした。
「…ここどこだ?なんでグレイだけ?」
ロアの記憶はカジノで止まっている。
どこから説明したものかとグレイは頭をかいたが、それを見てロアも自分が長いこと意識を失っていたことに気付いた。グレイの方に手を付き出すと、申し訳なさそうに顔をそらす。
「やっぱいい。今すべきことを教えてくれ」
・・・
その頃、敵の三人のうちの一人、ヴィダルダス・タカとはルーシィとジュビアが、梟とはナツが、斑鳩(イカルガ)とはエルザが戦っていた。
そしてグレイと復活したロアがシモンの元へ向かう。
その間に、グレイはロアに今までのこととエルザのことをまとめて話した。衝撃な内容ばかりなのに、あまりロアは驚かなかった。
「今俺達が戦うのは、エルザのためってことか」
「ま、そういうことだ」
金の瞳が力強く光る。さっきまで背負われていたとは思えないほど、今のロアは心強かった。
「おいシモン、そんなところで何してる!?」
あまり時間はかからず、グレイとロアはシモンに追いついた。しかし、全くショウの姿は見えない。既にエルザはショウのカードから出て戦っているが、それを知るはずもないグレイは激怒した。
「早くエルザを見つけねーと!今のエルザは無防備すぎる!」
「すまない…足止めをくらってんだ」
シモンはボロボロになっていて、その近くに倒れているハッピーも動くこともままならないほどに傷ついている。
「グレイ…ナツがあいつに食べられちゃった…」
ハッピーの視線の先には暗殺ギルド所属のジェラールに雇われた、梟。その名の通り梟の姿をしているそいつの腹の中にナツがいる。それを聞いて、目の色を変えたのはロアだった。
「消化が始まったぞ。あと10分もすればサラマンダーの体は溶けてなくなる」
そうすればナツの魔法は完全に梟のものになる。
梟の言葉を聞いてグレイが反撃しようと手を構えたときには、ロアが梟の喉元を捕らえていた。
「首、飛ばされたくなければ…ナツを出せ」
「…!?」
一瞬で間合いを詰めたロアの手は真っ直ぐ梟に向けられている。その姿だけでは何が起こっているのか誰にもわからないが、梟の首の周りには見えない剣が覆っていた。
「ほんの少しでも動けば殺す」
「こんなの、聞いてないぞ…」
「言い忘れた。しゃべっても殺す」
反対の手で、梟の頭を一突き。
一瞬で決まった勝負に、シモンもグレイも茫然としていた。
動けなくなった梟の体を持ち上げて逆さまにしてナツの救出を行うロア。
シモンはそれを見て体を震わせた。初めにフェアリーテイルを攻撃したとき、もし自分が闇魔法を使っていなかったら今頃全滅だったかもしれない。そう思うのは、強さというよりもその冷酷さ。殺すのに一切の躊躇もしないところだ。
「ナツ、起きろ!」
「んん…」
「ごめんな、俺…守られてばっかりで…」
ロアのトラウマを知ってから、いつも隣にいて光を与えてくれたのはナツだった。少しでも暗くなれば火を灯してくれて。
「ロア!もう大丈夫なの?」
「ハッピー…、もう大丈夫だよ、有難う」
そして、その隣にはハッピーもいつも共にいた。
「ハッピー、おいで」
「ロア?」
ハッピーの体を痛くない程度に抱きしめて、それからナツの体を起こした。ナツの体を背負うと、グレイとシモンに目を向ける。
「それで…俺は何をしたらいい」
グレイもシモンも、ロアが味方であることを、心から頼もしく思うのだった。
シモンとロアはエルザがいるだろう塔の頂上を目指した。グレイにはハッピーを連れて外に出てもらっている。
既に評議員からの攻撃、エーテリオンから逃れるために、ルーシィもジュビアも、ショウたちも船の上で皆を待っている状態だ。そこと合流出来ればグレイとハッピーは無事助かるだろう。
シモンから聞いた話、エルザはジェラールを倒すことが出来ない、まだジェラールを救おうとしているということ。
そして、エーテリオンが落とされるまで後10分程度ということ。
これからわかるのは、エルザが死ぬつもりだということだ。
だから、ロアとシモンはまだ避難することは出来なかった。
「ん…」
「ナツ、目ぇ覚めた?」
背中でナツがもそっと動いた。ゆっくり降ろして顔を見ると、ナツは驚いたように目を丸くしている。
「ロア!もう大丈夫なのか?」
「あ、あぁ…ごめん、心配かけて」
ロアが目を覚ましていることを知らなかったナツは目を輝かせて喜んだ。
しかし、今足を止めている時間はない。すぐにでもエルザを連れてここから出ないといけない。
「ナツ、お前は早くここから出てくれ。俺はエルザを助けに行く」
「あ?何言ってんだ?」
「エルザは俺達を逃がして一人、ジェラールって奴と死ぬつもりだ」
シモンに聞いた話をナツにも伝える。初めはエルザをなめてんのか、などと言い返してきたが、状況を把握すると、更に怒りを露わにした。
「なんで…それを先に言わねぇんだ…!」
ナツはロアと、負った傷の痛みで座り込んだシモンを置いて、一人で走って行ってしまった。
ドラゴンスレイヤーであるナツの速さは異常だ。
二人がナツを制止する前に目の前からいなくなってしまった。
「くそ…追いかけるか…?」
心配なのはナツだけではない、座り込んでしまったシモンを放っておくことも出来ない。ロアはシモンを横目で見ると、その大きな背に手を回した。
「な…!オレのことはいい!」
「なわけあるか!お前だって、エルザを助けたいんだろ?」
「だが…もうエーテリオンが落ちる!」
「お前も無駄死にするつもりなら許さねぇぞ」
ロアもナツが行ってしまったのでは追いかけるしかない。それに、シモンのエルザへの好意はロアにもわかるほど明らかだった。
「俺もお前も…好きな奴を置いていけない気持ちは同じだ」
「…?ロア、お前もまさかエルザを」
「は、まさか」
置いていけないというよりは、見殺しにした上でこの世界に生きる意味などないとでも言うか。
とにかく、ロアにとってはナツのいない世界などもはや無意味に近かった。恋は盲目、まさにこれだ。
その時、辺りが真っ白になった。
評議員皆が目をつむって祈る。正義のための犠牲、Rシステムの破壊のために撃たれたエーテリオンによって死す者たちへの祈り。
「…ここまでか」
ロアの脳裏にナツの姿が過った。エルザはどうしただろう、ナツは辿り着けたのだろうか。終わりとはなんとあっけのないものか。
「終わった…」
隣でシモンの声が聞こえる。ロアもシモンも衝撃でその場に倒れ込み、意味がないことをわかっていながら、ロアの体にシモンが覆いかぶさった。
激しい衝撃が過ぎ去るのはあっという間だった。エーテリオンは撃たれた、つまり楽園の塔は破壊され、そこにいた全ての者は死んだはずだ。
「…なんで、生きてる?」
ロアの体は何の異常もなかった。シモンに守られたからかとも思ったが、そのシモンでさえ体を起こして茫然としている。
「な、何が起こった?エーテリオンは撃たれたんだよな?」
「…これがジェラールの作戦だった…のか…?」
シモンがゆっくり立ち上がり、壁に手を置く。まだふらついているシモンの体を支えて、ロアも壁に触れた。
「魔力を、蓄積してる…!」
楽園の塔はエーテリオンの魔力を吸い取って、本来の、Rシステムとしての姿に変わっていた。ゼレフを生き返らせるためにジェラールが造り上げようとしていたものが、今ここに完成してしまった。
「…まずい、急ごう」
「さ、先に行け…オレは足手まといだ」
「何言ってる!好きなんだろ、エルザが!」
シモンの大きな体を支えて歩くにはロアの体は小さく、細すぎる。
しかし、ロアは更に早く足を進めた。
「俺も…ナツが好きなんだ」
「…そうか」
「だから、わかる…シモンの気持ち、なんとなく…だけど」
恥ずかしそうに逸らしたロアの顔を見て、シモンは笑った。フェアリーテイルは本当に良いギルドだ、エルザがここに辿り着いていて良かった。
・・・
頂上に近づくにつれて、激しい戦闘音が聞こえてくる。ロアはそれに酷く安心ていた。戦っているということは、生きているということだ。生きているならそれでいい、今はそれだけで十分だった。
「お、着いた…!」
先の方にナツとエルザの姿が確認出来てロアが足を止めた瞬間、シモンが腕から離れていった。
何故そこまで走る力が残っていたのかとそう思うくらい、飛び出していったシモンは、エルザの前に立ちふさがって、ジェラールの魔法を全身で受けていた。
防ぐことなど不可能なくらいの大きな天体魔法、本来ならエルザもナツも吹き飛ぶほどの大きなものを、シモンはその体一つで二人を守って、そしてその場に崩れ落ちた。
「シモン!なんでお前が…逃げなかったのか!」
「エルザ…良かった…いつか、お前の役に…」
「もういい、しゃべるな…!」
「おまえは…いつも、やさしくて…やさしくて…」
シモンの体はそれきり動かなくなった。
「くだらん!そういうのを無駄死にっていうんだぜシモン!」
ジェラールが高らかに笑う。
ロアは怒りに耐えきれず走り出すと、ジェラールの首に手をかけた。もう一人いるとは思っていなかったのだろう、ジェラールはそのままロアの体重に押されて倒れる。
しかし、その時初めてジェラールという人間の顔を見たロアは、首にやった手に力を込めることが出来なかった。
「な…、お前が…ジェラール…!?」
「まさか、光のロアが復活していたとはな…」
手が緩んだ瞬間に腹にジェラールの蹴りが入って、ロアはナツのいる方に飛ばされた。
壁にぶつかって床にたたきつけられたロアはジェラールの姿をじっと見つめる。
そんなはずない、しかし他人の空似というには似すぎていて、ドッペルゲンガ―とでもいうのか。
そんな現実味のないことまで考えてしまうほど、ジェラールという人間はミストガンに似ていた。
「…っ」
シモンを殺して、エルザを苦しめる奴が許せないのに、ミストガンと同じ顔を殺すことなどロアには出来なかった。
「今回一番厄介なのはロア…お前だと思っていたんだがなぁ、案外弱いな」
「…、っく…」
「闇がトラウマなんて、知ったときは大笑いしたよ」
ミストガンがこんなこと言うはずない。似ているのは顔だけ、使う技も、態度も雰囲気も、何もかもが別人だ。そうわかっても、ロアは拳を強く握りしめるだけで、動くことが出来なかった。
「黙れ…!」
ロアの視界の端に、ナツの魔力が膨大に膨れ上がるのが映る。それの原因が、エーテリオンを食っているからだと気付くのには時間がかかった。
床から引きちぎった塔の一部、エーテリオンの魔力を吸い込んだ欠片にナツが食らいついているのだ。
「な…なんてバカなことを!エーテルナノには炎以外の属性も含まれているんだぞ!」
エルザの声にロアもその行動が如何にナツの体に負担をかけるか感じ取って、ナツの体に抱き着いた。
「やめろ!何やってんだよ…!」
「離せ…あいつをぶん殴らなくちゃ気が済まねぇ!」
「やめてくれっ!ナツの体が…!」
ナツの体は明らかに拒否反応をしめしていて、人間の体として有りえないほど熱くなっている。
「ぅ…」
「ロア…離れろ」
「ナツ…」
「もう、泣かせねぇ!」
ナツの言葉はエルザを思ったものだった。ジェラールがいるからエルザが泣く。
激しい魔力に包まれたナツは見たことないほど強くなっていた。目つきも顔つきもドラゴンのようになっていて、ジェラールを追い詰める姿もまた、ドラゴンそのものだった。
「なんだよ…あれ…」
「ナツの真の力…あれがドラゴンスレイヤーか…」
「ドラゴンスレイヤー…」
エルザは何気なく言ったのだろうが、ロアは無性に悲しくなった。
ナツのことは、いくら知ろうとしても知ることが出来ない。いつどこで生まれたのかも、どれほどの力を秘めているのかも、どこに行ってしまうのかも。
「…ナツ」
しかし、その手を掴み留めさせることが出来ないことはわかっていた。ナツはいつかロアの手を離れていく、ドラゴンなんていう信じられない存在の元へ行ってしまうのだろう。
楽園の塔が崩れ始めた。
ジェラールを倒したナツが戻ってきて、膝から力を失い倒れるのをエルザが支える。慈しむようにナツの体を抱きしめるエルザを見ていられなくて、ロアは無意識に二人から視線を逸らした。
「ロア、早くここから出るぞ!」
「あ、あぁ…」
塔は、魔力を抑えきれなくなり、暴走していた。このままでは、塔の中にいるロアやナツ、エルザだけでなく、外にいるグレイたちも巻き込んで大爆発を起こすだろう。
それに気づいたエルザは一人、その場で足を止めた。
「何、してるんだエルザ…」
「ロア、早くナツを連れて皆の元に行け」
「何してるって聞いてるんだ!」
「…私がエーテリオンと融合して…魔力を操り暴走を止める」
それしか、止める方法はない。エルザの体はエーテリオンの水晶の中に飲み込まれていた。
「ふざけんな!そんなこと誰も望んでない!」
「巻き込んだんだ。最後くらい、私にお前たちを守らせてくれ」
そんなことをすれば、エルザの体も消滅してしまう。
しかし、もうそこから引き出せるような状態でもなくなっていて、エルザは水晶の中に飲み込まれ宙に浮かんでいった。
エーテリオンの魔力は天に向かって流れていく。
「エルザ…!出てこいエルザ!」
起き上ったナツも、エルザを止めようと水晶を叩く。
「ナツ、ロア…フェアリーテイルを頼んだぞ」
「ふ、ざけんな…エルザ無しでどうしろってんだよ…」
「エルザ!」
エルザを包んだ水晶から、激しい渦が巻き起こる。膨大な魔力の渦が空中に流れていき、暴走は止められ爆発は免れるだろう。
そんな風に、エルザを犠牲にして救われたって嬉しくない。
ぼろぼろと涙を流すロアの横にいたナツが、その渦に飛び込んでいった。
「な、ナツ!?」
渦に巻き込まれたナツの姿はすぐにどこにも見えなくなって、ロアは一人、そこに取り残された。
楽園の塔、エーテリオンは全てなくなって、ロアの体はそのまま落ちていく。すがる物もなく、海に叩きつけられて沈んでいく。
目の前でエルザとナツを失って、もはや何故ここにいるのかもわからなかった。
「ロア!」
腕を引かれて海の中から引きずり出される。その手はグレイのものだった。落ちていくロアが見えたらしく、助けに来てくれたらしい。酷く、懐かしく感じられた。
「意識はあるな!?」
「…ぐ、グレイ…俺…」
「ナツとエルザはどうした?」
「っ…ふ…」
グレイの体に抱き着いて、抑えきれない涙を流す。守れなかった。
結局、最後まで守られて、ナツやシモンのように救いに手を差し出すことも出来ずに茫然と見ていただけ。
「ごめん…俺、弱くて…ごめっ…」
「何、言ってんだよ、ロア」
「ナツと、エルザ…助け、られなかっ…」
嗚咽で上手く声が出ない。それでもグレイにはロアが何を言おうとしているのかわかって、ぺし、とロアの頬を打った。
「勝手に自分を責めるな!それに、あいつらが簡単にくたばるかよ」
「ご、め…」
「謝るなって」
グレイの手がロアの涙を拭う。とめどなく流れる涙はそんなことでふき取ることなど出来ず、グレイの指の濡らし続けた。
「ほら、帰ってきた」
「…え?」
グレイの視線の先には、エルザを抱き上げた状態で立っているナツ。
驚いて動けずにいるロアの手をグレイが引いて立ち上がらせた。ルーシィやジュビア達もよくやった、とナツとエルザを迎えに行っている。
「本当に…」
「行くぞ、ロア」
「っ、あぁ…!」
涙をふき取ってナツとエルザの元へ走る。
ナツがエルザを渦から救い出した。いや、本当はそれだけじゃなくて、ゼレフの亡霊から解き放たれたジェラールが助けてくれたのではないかとか、考えられることはたくさんあった。
「…ロア」
「馬鹿…!無茶しやがって!」
しかし今はそんなことよりも、無事に帰ってきてくれたことが嬉しくて、ロアはエルザとナツの体を抱きしめていた。
・・・
リゾートホテルに戻ってから、ナツが寝続けて三日経った。エルザは酷い傷をたくさん負っていた割には寝込むほどではなく、もう回復している。
ジュビアはというと一足先に戻ってフェアリーテイルに入れてもらうよう言いに行ったようだ。
その間、ロアはナツの傍にくっついて離れなかった。
「ロア、ちゃんと寝てる?」
「…ん?大丈夫だよ」
ルーシィが声をかけるが、ロアは小さく口元にだけ笑みを浮かべて返すだけ。グレイもエルザも、何度も声をかけたが、毎回こんな調子で、そろそろ皆ナツでなくロアの方を心配し出していた。
というか、ナツは大いびきをかいて寝ているため、もはや心配する必要など全くないのだ。
「わかった、ナツが目を覚ませばいいんだな」
グレイが椅子から腰を上げると、ロアの体を引き寄せて、額にキスする。驚いたのはロアだけでなく目の前でそれを見たルーシィもだ。
「驚いた顔も可愛いな、ロア」
「あぁ、懐かしいな。昔よくやった」
私にもキスさせろとエルザがロアの腰に手を回す。
「や、ちょっと…俺別に今そんな…」
「遠慮するな」
「そうだぜ、せっかくキスしてやるってんだから」
「わ…!」
カオスな展開にルーシィがハッピーと共に顔を赤くしてわたわたとし出す。
すると、急にロアの体が後ろに引かれてベッドの方に倒れ込んだ。
「ナツ…!?」
「勝手にロアで遊ぶな!」
三日ぶりに起きたと思うとナツはロアを抱きしめたまま布団に戻る。
ベッドに引きずり込まれたロアは最初こそ離せと暴れていたが、暫くしてナツがいびきを立てて眠りに落ちると諦めて抵抗するのを止めた。
「お前が気にしているほど、ナツは何も考えてないと思うぞ」
「…わかってる。でも、俺が嫌なんだ」
「頭が固いな、ロアも」
エルザに言われてロアの眉間にシワが寄った。わかってる、気にしすぎだということくらい。
「つーか、ナツ!ロアにくっつきすぎだろ!」
ロアの体は抱き枕のようにナツに抱きつかれている。思えばナツは包帯を巻かれた体に下着を穿いているだけの格好で。気付いてしまったロアは眉間にシワの寄った顏から、一気に真っ赤に染まった。
「…っ!ナツの変態野郎!」
ばこっとロアの拳の音が部屋に響く。ナツはそれから暫く目覚めることはなかった。
・・・
フェアリーテイルに帰る日、ショウとミリアーナとウォーリーと別れを惜しみ、エルザは再び涙を流した。
今まで耐えてきた分、エルザはジェラールから解放されて涙もろくなったように見える。
「エルザ、こっち向いて」
ロアはエルザの前髪を分けて額にキスをした。
「今までのお返しな」
「ふん、私はそこまで落ち込んでなどいない」
涙を拭きながら、エルザは笑った。ロアはエルザと過去を共有できた気がして、嬉しかったのだ。ようやく、対等になれた気がする。
しかしそれでも、ナツへの思いとジェラールとミストガンのことは心のもやもやとして残ったまま。それを誰にも話すことなく、胸の奥に隠していた。