ナツ夢(2012.02~2016.05)
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評議員から出たフェアリーテイルへの判決は無罪だった。
ギルドは無くなってしまっていたが、新しく建てる作業を重ね、今では仕事が行えるほどになっている。
「仕事かぁ…」
「皆やる気満々ね。ロアも行けば?」
「んー…」
「また面倒くさがって…」
カウンターに体を預けているロアを見て、ミラは困ったように笑った。最近のロアはギルドを建てる作業には随分協力しているものの、その分他のところでは疲れて何もしていない。
あくびをして、今にもこのまま寝てしまいそうだ。
「もう一ぺん言ってみろ!」
急に、エルザが怒鳴り声を上げた。
驚いて眠気も吹っ飛んでしまいロアは顔を上げて振り返った。近くにテーブルが飛んできて、ナツがつぶれている様子が見える。
「…なんだ?」
怒っているエルザの眼前には、今まで何もしてこなかったくせに堂々と椅子に座って文句ばかり言っているラクサス。
「ファントムごときになめられやがって、恥ずかしくて外も出れねーよ」
「…貴様」
エルザが怒るのも当前だ。手を貸さず今まで姿を消しておいて、終わってから文句を言いにわざわざギルドに来るとは、いいご身分なこった。
ロアも腹が立ったが、ラクサスに絡むと面倒事になるということは良くわかっていたから、口を出すつもりはなかった。
「おい、ロア、てめーだよ」
「…え」
スルーするつもりだったのに、ラクサスの方が突っかかってきた。イラっとしながらも、ロアはラクサスを黙って見つめる。
「お前、捕まった挙句ガジルに掘られたって?」
「…掘られてねぇよ、少し…ちょっかい出されただけだ」
「はっ、情けねぇなぁ」
ぴきっと額に筋が入る感覚。耐えろ、ラクサスの挑発にのってしまえば、向こうの思うツボだ。
「なんならオレにもやらせろよ。なぁロア」
「…あー…うっせぇ…」
ファントムの時のこともそう、自分の短気さが招いたともいえる。怒りに震える手を必死に抑えた。
その時、ロアの代わりにとでもいうように、ミラの手がカウンターを強く叩いた。ばん、という音がして振り返れば、ラクサスを睨みつけるミラの顔がそこにある。
いつもそうだ、ラクサスが来ると、こういう嫌な空気になる。
「ラクサス!もう全部終わったのよ。戦闘に参加しなかったラクサスにも、マスターはお咎めなしって言ってくれてるんだから…」
「当たりめぇだろ、オレは関係ない」
オレがいれば、こんな不様なことにはならなかった。そう言って笑うラクサスに、とうとうエルザも怒りで殺気を露わにした。
「ラクサスてめぇ!オレと勝負しろ!」
しかしそこでラクサスに突っ込んで行ったのは、エルザでもロアでもなく、ナツだった。
そんな正面からの攻撃を受けるほどラクサスは弱くない。当然さっと避けて高らかに笑ってみせた。
「オレが継いだら、弱い奴もはむかう奴も、皆排除してやる!そして最強のギルドをつくってやるよ!」
笑いながら立ち去っていくラクサスを誰も追わなかった。追わずにその背中を睨みつけるのは、ラクサスに敵わないことを知っているから。
手を出さないのではなく、出せないのだった。
「くそ…あんな奴がマスターになるとか…全力で阻止してやる…」
ぼそりとロアが呟くと、それが聞こえたらしいルーシィが傍に寄ってきた。
「ラクサスが継ぐって…そんなこと有り得るの?」
「あぁ。あれでもラクサスはマスターの実の孫だからな」
「えぇ!?」
驚くルーシィに、ロアははぁと大きなため息を吐いた。こんなこと、嘘ならいいのにと本当に思う。仲間思いのマカロフに対して、ラクサスは真逆にも程がある。
「実際のところ、次期マスターの話なんて一言もマスター本人はもらしてないんだけどね」
会話に混ざってきたミラも苦笑いで答えた。あくまで噂。
ラクサスが一番マスターに近いけれど、今のラクサスをマスターに昇格させるのにはどう考えても問題があって。だからマカロフはなかなか引退出来ないのではないか、ということ。
「もう、ラクサスの話はいいだろう。それより、仕事にでも行かないか」
その言葉はエルザからナツに向けて言われたものだった。そしてエルザの指はグレイとルーシィにも向いている。
「アイゼンヴァルトの件から常に一緒にいる気がするしな。この際チームを組まないか?」
もはやフェアリーテイル内でも有名になっている、最強チーム。むしろ、まだ結成していなかったのかとロアは突っ込みを入れたい気分になった。
ていうか、やっぱりその四人なんだなぁと切なくなったりして、体をカウンターの方に戻す。
「いや、オレはロアが一緒じゃなきゃ嫌だ」
ナツの手がロアの腕を掴んで、立ち上がらされた。椅子ががたん、と倒れる。
「な、ナツ…?」
「オレ、ロアを守るって決めたからな」
ナツに握られているところから、顔まで一気に熱くなった。
そんな我が儘言うなよ、と言ってやりたいのに、喉が詰まったように上手く言葉が出て来ない。
「そうだな。ロアもどうだ?」
「あ…え、うん…」
「では、ロアも入れて五人…ハッピーも入れて六人だな」
ハッピーもわーいと喜んでいる。なんだか小っ恥ずかしくて、ロアは素直に喜ぶことが出来なかった。
・・・
彼らが向かったのは、オニバスの街。マグノリアよりも商業の盛んな街だ。
最強チーム、というのは確かなのかもしれないが、この面子が揃うと物が壊す可能性が高い。
そのためにミラが渡してきた仕事は、客足の遠のいている劇場を魔法で盛り上げろというものだ。
「あたし達がするのは、あくまで演出…だからね?」
あーあーと発声練習を始めたエルザにルーシィは苦笑いしながら伝えている。
その後ろでは列車酔いしたナツがふらふらになっていて、最強というにはなんとも不甲斐無い姿だ。
「ナツ、大丈夫かよ…」
「列車には、二度と乗らな…ぅぷ」
ロアはナツに腕を貸して後を続いた。
暫く歩いていくと、大きな会場に辿り着いた。思っていた以上に立派な建物で、ロア達は見上げておぉ…と声を漏らす。
その大きな扉を開けて出てきたのは、依頼主であるシェラザード劇団の座長、ラビアンだ。
「フェアリーテイルのみなさん、引き受けてくださり誠にありがとうございます」
「はい!演出なら任せて下さい!」
自分で小説を書く趣味を持っているルーシィは、いつか舞台化するときのために、などと夢を見て人一番やる気に満ちている。
しかし、ラビアンは申し訳なさそうに扉の影に隠れた。
「実は…役者が全員、いなくなってしまって…」
「…は?」
思わずロアが低い声を出してしまったために、ラビアンは更に壁の向こう側に姿を隠してしまった。
そのまま全員中に入り話を聞くと、舞台が不評続きであったために、役者が皆逃げてしまったのだと言う。
「で、舞台は中止…か。俺達は無駄足だったってことね」
「待て、ロア。よく考えてみろ。役者はここにいるではないか」
「え…エルザ?」
エルザの目がキラキラと輝いている。嫌な予感がして恐る恐る周りを見ると、ロア以外の全員がなんとなくやる気を出し始めていた。
「楽しそうじゃない!」
「オレは何の役をやったらいいんだ!?」
「アンタの夢はこんなトコロじゃ終わらせねぇよ」
無駄にかっこいいことを言っているグレイはさておき、ロアは首を横に振った。
「な、何言ってんだよ!出来るわけないだろ!」
「そんなのやってみなきゃわからないじゃない」
「そ…」
ルーシィの目もエルザと同じようにキラキラと光って、もう既にやることを前提としているようだが。ロアはラビアンにこそっと声をかけた。
「あいつら、勝手に話進めてますよ!?いいんですか!?」
「…まぁ、やらせてやってもいいかな」
「嫌なら嫌って言って下さいよ!」
明らかに嫌そうな顔で、素人かぁ…と呟きながらも、ラビアンは許可を出してしまった。
はぁ、と大きなため息を吐くロア。しかし、皆のやる気もみなぎってしまったのでもう何も言えなかった。
公演は一週間後。早速台本に目を通して役決めから入った。王子と、姫と、悪者とドラゴン。どう考えても役者は四人で足りる。
「なんだ、じゃあ俺は出なくていいよな」
「えぇ、ロアのビジュアルなら、絶対出た方が客寄せになるのに」
「俺、照明やるから」
不服そうにぷくっと頬膨らませるルーシィは可愛いが、出たくないものは出たくない。
咄嗟に思いついて言った“照明”が明らかにロアに適役だったため、ルーシィも折れてくれた。
その後、ナツがドラゴンはすぐに決まり、少しもめた結果、姫はルーシィ、王子にエルザ、悪者がグレイと決まっていった。
エルザが、姫か王子のどちらかがいいと言ったために、そうなるしかなかったのだが。
「じゃあ、衣装見ましょ!」
「衣装?気が早くないか?」
「衣装を見たらやる気も出るでしょ!」
「ていうか、俺衣装関係ないんだけど…」
もうやる気しかないくせに、ルーシィはロアの手を引いて衣装室に移動した。
台本の中身は相当酷いものだったが、会場を見た通り、金だけはしっかりと掛かっているようで、衣装も随分とクオリティの高いものが揃っている。
「ね、ね!ロアこれ着てみてよ」
「…えぇ…」
衣装を漁っていたルーシィがぱっと振り返る。その手にあるのは、どう考えてもお姫様が着るためのドレスだった。
「それ、着るのルーシィだろ?」
「そうかもしれないけど、ロアに着て欲しいの!」
「…いやいや、さすがに肌が出るものはちょっと…」
普段から女性ものの服を着ることが多い、といっても露出は別だ。それが似合うから着ているだけで、女装とは訳が違う。
「これ着たら、ナツに惚れ直されちゃうかも!」
「なんだよ、それ…そもそも惚れられてないし」
「え?まぁほら…いいの、はい!」
ぐい、と無理やりルーシィは持っていたドレスをロアの手に乗せた。
「じゃあ、あたし出てるから、着替えてね」
ぱたん、とドアが閉められて、ロアはそこに一人残された。そして手に乗せられたドレスを見て、再び大きくため息を吐いていた。
「…ん、ルーシィ?」
女性用であるから当然と言えば当然だが、ロアの細い体でもきつく、背中のチャックがなかなか上がらない。
「ルーシィ?いないのか?」
せっかく着てやったのだから、見て欲しい。それとチャックを上げる手伝いをして欲しい。
どうも返事が返ってこないために、ロアは自らドアを開いた。
「…え、ナツ?」
「ロア!?」
そこに立っていたのはルーシィではなくナツで。そのナツも驚いた顔でロアを見つめた。
「お前…なんつー格好してんだ?」
「え、いや、ナツこそなんでここにいるんだよ」
「ルーシィがここに立ってろって言うから…」
やられた。そう思った。ルーシィは初めからロアにドレスを着させて、それをナツに見せるつもりだったんだ。…どうして?
「まぁいいや。これ、後ろのチャック、上げてくれない?」
「ん?おぅ…」
部屋に戻ってナツに背中を向ける。下ろした長い髪を前に持ってくると、ロアの背中はナツに向けて晒された。
「ルーシィがさ、これ着ろって煩くてさ」
「それで着たのかよ」
「いや、断ったけどさ、押し付けられて」
「でも着てんじゃねーか」
「…そう、だけど…似合うだろ?」
女ものの服が似合う自信はある。ただナツがやけに突っかかってくるために不安になって、最後の言葉は小さく呟く程度になっていた。
ちちち…とチャックが上がる音が背中から聞こえてくる。なんだか、妙に緊張してきて、ロアは胸を抑えた。
「…ロア」
「な、何…っ!?」
肩をぐっと掴まれて、ナツの息を肌に感じた。それからすぐに、首の辺りに柔らかい感触。
「ナツ…何、して…」
「あ、悪い。ロアが綺麗だったから」
つい。
ついで、首にキスするだろうか。というか、今のは本当にキスで間違いないのだろうか。
しかし、今間違いなく背中にナツの息がダイレクトに触れて、ちくちくと髪の毛がぶつかっていた。
顔が熱い。
「それ、グレイに見せんなよ」
「…え」
「ていうか、姫役やりてーとか絶対言い出すんじゃねぇぞ」
「いや、それはないけど」
ナツの手がすっと離れた。それでもまだまだ熱が冷めなくて、ロアは暫く俯いて熱が冷めるのを待っていた。
「綺麗だな」
その言葉にロアの顔が再び真っ赤になったのは言うまでもなく。ロアはナツを部屋から押し出して、すぐにそのドレスを脱ぐと、ルーシィを殴りに行った。
・・・
それから一週間は本格的に練習とビラ配りとやったが、結論からいうと、舞台は大成功に終わった。
いや、大成功ではない。舞台自体は大失敗といってもいいほどの出来であった。
台本も無視するわ、演技は棒読みだわ。
しかし魔導士らしく火を吹き、凍らせ、切り裂く。ナツとグレイとエルザの暴走が、逆にお客さんたちに楽しんでもらえたのだった。
「ようやく終わったー」
「エルザ最後まで棒読みだったな」
「私の演技にケチをつける気か!?」
「ていうか、結局建物壊してるし…」
物を壊す心配のない仕事に行ったはずなのに、美しかった会場を破壊。それでラビアンも笑っていたから良いのだろうが。
「な、この後すぐに帰らないで、どこかに泊まらないか?」
皆疲れているし、疲れている状態でナツを列車に乗せるのは酷だ。そう思ってロアが提案すると、皆は賛成してくれた。
というわけで。彼らは東洋建築の旅館に一泊することになった。
「おい、ナツ離れろよ!」
「あ?てめーが離れろ!」
「…暑苦しい」
旅館と言えば、温泉だ。と最初に言い出したのはルーシィだった。
体も休まるだろうと向かったのはいいが、ロアの両サイドをナツとグレイが離れようとしない。
「おい、二人ともいい加減にしないとぶっ飛ばすぞ」
と言いながら二人の頭を掴んでお湯に沈めさせると、さすがに二人はロアを中心にして距離をとった。
「…まったく」
二人が自分を好いてくれているというのは有難いことだが、自分の挟んで喧嘩されるのはうっとおしい。
未だに睨み合っている二人の気持ちは実際のところよくわからないが、ロアは静かに自分の首に手を回した。ナツの、唇が当たった場所。
「…っ」
いつも子供っぽいくせに、急にそういう意味のわからないことをされると困る。脱いでいるから際立つが、ナツも、それにグレイもいい体をしていて。
それを意識した途端、ロアの心臓がどくんと高鳴った。
「う、わ…」
「おい、ロアどうした!?」
すぐにナツがロアの様子が変わったことに気付いた。ずいっと顔を近づけてくるせいで、ロアの顔は更に赤くなる。
「ロアのぼせたのか?」
「そ、そう…かも」
「じゃあ上がるか」
反対からグレイがロアの腕を引いて、立ち上がる。ナツも腕をとってくれて、何故こんなに恥ずかしくなるのかわからないままそこを出た。
「ロアのぼせちゃったんだって?」
全員合流した後、大丈夫?と着物に着替えたルーシィがロアに声をかけた。しかしその顔はにやにやと口の端を釣り上げている。そしてロアに体勢を低くするようにと手をひらひらさせた。
「何かされちゃった?」
「…はい?」
「のぼせちゃうようなこと、されたんじゃないの?」
「…!?」
ばこっという効果音と共にロアがルーシィの頭を打つ。ルーシィはロアの様子がナツにドレスを見せてからなんとなく変わっていることに気が付いていた。
「痛っ…もう、図星だからって殴らなくても」
「違うって。大体、風呂にはナツだけじゃなくてグレイも」
「ナツだけなら何かあったんだーへぇー」
「あ、いや…」
うっかり口走った自分の言葉に顔を赤くするロアを見て、これ結構本気だ…ルーシィは笑えなくなっていた。
「おし、枕投げ始めんぞ!」
ばん、と襖を開けてナツが部屋に入ってきた。その両手には枕が抱えられている。有無言わず投げたナツの枕はグレイにヒット。エルザも枕を両脇に抱えて参戦し出すと、それはただの喧嘩に発展した。
「あたしも混ざろうかなぁ」
と楽しそうな雰囲気だけで言った矢先、ルーシィに強烈な枕が飛んでくると、襖を破って外に枕ごと飛んで行った。
その中、一人全く参加する気のない者が一人、言わずもがなそれはロアのことだ。
赤くなった顔をごまかすようにひたすら酒を飲んでいたために完全にダウンしている。酒に弱いのは相変わらずだ。
「んー…枕…」
急に足を掴まれてグレイの動きが止まった。ロアの腕ががっちりとグレイの足に回っている。
「お、おいロア」
「眠い…枕…」
酔っているということは顔からもわかる。しかしこうなったら、ロアが酔っているという事実は関係なかった。
「仕方ねぇな。ロア、一緒に寝るか」
「ん」
「ちょっと待て!」
グレイの顔にナツの投げた枕が当たる。更にエルザの投げた枕もグレイの腹に直撃した。
「ロアと寝るのはオレだ!」
「何を言っている、私だろう」
「いや、ロアはこうしてオレに…」
とろんとした目に紅潮した頬。それに着物というのも着崩れたその姿はなんともいえない色気を増幅させていて。
そんなことに夢中だった彼らは、その頃ルーシィがギルドメンバーであり、星霊であったロキを一人で救っているということを知るはずもなかった。
結局疲れ果てて寝てしまったナツ達。ロアは壁に寄り掛かった状態で目を覚まし、朝から散乱した枕に破られた襖を見て、このメンバー嫌だと心から思うのだった。
・・・
その後。
無事に帰宅した最強チームがまたそれぞれに分かれる。
ギルドに帰ったロアはそこで、不気味な噂を耳にした。
「…ナツに好きな女の子…?」
「ちょっと、想像できないわよね」
「…うん」
ミラの口から聞いたことなので、全く信憑性はないものの、ミラも他の人に聞いたのだというからなんともいえない。
それにロアにも少し心当たりがあった。
ナツが仕事に行こうとしないこと、そして何かと会いたいだの言っていること。
「フェアリーテイルの子じゃないってこと、かなぁ」
「そうかもしれないし…私の予想ではルーシィって線もあり得ると思うの」
「…それは、確かに…」
というよりルーシィ以外に考えられない。ナツは今日もギルドに来ていないが、ルーシィの家に行ったのを目撃した人がいるらしい。
「ルーシィかぁ」
「…ロア、寂しい?」
「え?」
「ナツが取られちゃって」
「なんだよ、それ」
別に元々ナツはロアの物なんかではない。なのにミラの言葉がしっくりきていて、ロアはカウンターに腕を乗せて顔を伏せた。
「よぉ、家のないロアくん」
「…なんだ、グレイか」
ロアの横にどかっと腰を掛けたのはグレイだった。別に何かを期待していたわけではないのに、無意識にため息が漏れる。
「今頃、ナツはルーシィに告白してんのかねぇ」
「…興味ねぇ」
「本当に?」
グレイの顔が急に真剣なものに変わった。そんなこと聞かれても困る。ロア自身、この意味のわからない不安感が嫌で嫌で仕方ないというのに。
ロアが何も返す様子がないことに少し不機嫌そうな顔をしたグレイは、目の高さを合わせて、ロアに顔を近づけた。
「グレイ」
「ん?」
「嫌」
グレイの顔を押し返して、ロアは席を立った。
しかしその手をグレイはすぐさま掴んで、立ち去ろうとするロアを止める。
「オレに付き合えよ」
「…」
「ナツのことなんて、考えさせねぇ」
ナツ、という言葉に何故か腹が立ってくる。ナツは関係ない、別にナツのことを考えていたわけじゃない。
「ナツなんて知るか!」
椅子を蹴っ飛ばして、ロアは走ってギルドを飛び出して行った。
・・・
やっちまった。
海の方に行って涼しい風に当たった瞬間、すっと頭が冷えた。普通に考えて有り得ない。あの態度はない、面倒な女みたいなことをしてしまった。
「恥ずかしい…」
グレイごめん、と頭の中で謝る。いや、グレイも悪いとは思う。よく家に誘ってくるが、何をするつもりなんだ。
「俺は女じゃないっつーの…」
女じゃない。それが急に悲しいことのように思えてきた。ナツの噂、それを信じきっているわけではないが、ナツだって女の子を好きになるのは当たり前なのだと思うと、ちくちくと胸が痛くなってくる。
「…何それ。俺…ナツのこと好きなわけ?」
言った途端真実味が増してくる。というか、今まで気付かなかったことの方やが問題なのではないか。
「好きじゃん…ずっと…」
一緒にいたいと思うのも、ルーシィと仲良くなる姿を見て苦しくなるのも。
今、ナツはどうしているのだろう。本当にルーシィに告白しているのだろうか。だとしたら、ルーシィは…
「ロア、何してんだよ」
どうしてか、後ろからナツの声が聞こえる。
「なんでナツがいんの?」
「グレイに殴られたんだよ。文句はロアに言えって」
そういうことが聞きたいのではなかった。どうして、ナツにはロアの場所がわかってしまうのか、疑問はそこにある。
でも、ナツの顔を見た瞬間、何もかもがどうでもよくなって。
「俺、ナツのせいで落ち込んでた」
「え!?オレ、なんかしたのか!?」
「でも、もう元気出た」
驚いてわたわたしているナツの手を取る。暖かいこの手に安心する。
「結構単純みたいだ」
「お、おう…?」
気付いた途端に、ナツの全てを愛しく感じてしまう。困った顔も、暖かい手も、大きな目も…。
そして、ルーシィのことを思い出すと胸がきゅっと痛くなる。
「ナツ…俺より大事な奴がいても、俺と一緒にいてくれよな」
「あ?そんなの当たり前だろ」
ていうかそんな奴いねーしと笑うナツの言葉を信じることにした。
たとえナツに好きな女の子がいても、それがルーシィだとしても、ナツが傍にいてくれればいい。
「恋だなぁ…」
海に向かって呟いた声は、風にかき消された。
その後わかった話だが、ナツが会いたいと言っていたのは、ルーシィの星霊のことだそうだ。宝が埋まっているらしい場所があって、そこを掘るために星霊の力が必要だったとか。
もう絶対ミラの言葉は信じない。ロアはそう心に決めた。
ギルドは無くなってしまっていたが、新しく建てる作業を重ね、今では仕事が行えるほどになっている。
「仕事かぁ…」
「皆やる気満々ね。ロアも行けば?」
「んー…」
「また面倒くさがって…」
カウンターに体を預けているロアを見て、ミラは困ったように笑った。最近のロアはギルドを建てる作業には随分協力しているものの、その分他のところでは疲れて何もしていない。
あくびをして、今にもこのまま寝てしまいそうだ。
「もう一ぺん言ってみろ!」
急に、エルザが怒鳴り声を上げた。
驚いて眠気も吹っ飛んでしまいロアは顔を上げて振り返った。近くにテーブルが飛んできて、ナツがつぶれている様子が見える。
「…なんだ?」
怒っているエルザの眼前には、今まで何もしてこなかったくせに堂々と椅子に座って文句ばかり言っているラクサス。
「ファントムごときになめられやがって、恥ずかしくて外も出れねーよ」
「…貴様」
エルザが怒るのも当前だ。手を貸さず今まで姿を消しておいて、終わってから文句を言いにわざわざギルドに来るとは、いいご身分なこった。
ロアも腹が立ったが、ラクサスに絡むと面倒事になるということは良くわかっていたから、口を出すつもりはなかった。
「おい、ロア、てめーだよ」
「…え」
スルーするつもりだったのに、ラクサスの方が突っかかってきた。イラっとしながらも、ロアはラクサスを黙って見つめる。
「お前、捕まった挙句ガジルに掘られたって?」
「…掘られてねぇよ、少し…ちょっかい出されただけだ」
「はっ、情けねぇなぁ」
ぴきっと額に筋が入る感覚。耐えろ、ラクサスの挑発にのってしまえば、向こうの思うツボだ。
「なんならオレにもやらせろよ。なぁロア」
「…あー…うっせぇ…」
ファントムの時のこともそう、自分の短気さが招いたともいえる。怒りに震える手を必死に抑えた。
その時、ロアの代わりにとでもいうように、ミラの手がカウンターを強く叩いた。ばん、という音がして振り返れば、ラクサスを睨みつけるミラの顔がそこにある。
いつもそうだ、ラクサスが来ると、こういう嫌な空気になる。
「ラクサス!もう全部終わったのよ。戦闘に参加しなかったラクサスにも、マスターはお咎めなしって言ってくれてるんだから…」
「当たりめぇだろ、オレは関係ない」
オレがいれば、こんな不様なことにはならなかった。そう言って笑うラクサスに、とうとうエルザも怒りで殺気を露わにした。
「ラクサスてめぇ!オレと勝負しろ!」
しかしそこでラクサスに突っ込んで行ったのは、エルザでもロアでもなく、ナツだった。
そんな正面からの攻撃を受けるほどラクサスは弱くない。当然さっと避けて高らかに笑ってみせた。
「オレが継いだら、弱い奴もはむかう奴も、皆排除してやる!そして最強のギルドをつくってやるよ!」
笑いながら立ち去っていくラクサスを誰も追わなかった。追わずにその背中を睨みつけるのは、ラクサスに敵わないことを知っているから。
手を出さないのではなく、出せないのだった。
「くそ…あんな奴がマスターになるとか…全力で阻止してやる…」
ぼそりとロアが呟くと、それが聞こえたらしいルーシィが傍に寄ってきた。
「ラクサスが継ぐって…そんなこと有り得るの?」
「あぁ。あれでもラクサスはマスターの実の孫だからな」
「えぇ!?」
驚くルーシィに、ロアははぁと大きなため息を吐いた。こんなこと、嘘ならいいのにと本当に思う。仲間思いのマカロフに対して、ラクサスは真逆にも程がある。
「実際のところ、次期マスターの話なんて一言もマスター本人はもらしてないんだけどね」
会話に混ざってきたミラも苦笑いで答えた。あくまで噂。
ラクサスが一番マスターに近いけれど、今のラクサスをマスターに昇格させるのにはどう考えても問題があって。だからマカロフはなかなか引退出来ないのではないか、ということ。
「もう、ラクサスの話はいいだろう。それより、仕事にでも行かないか」
その言葉はエルザからナツに向けて言われたものだった。そしてエルザの指はグレイとルーシィにも向いている。
「アイゼンヴァルトの件から常に一緒にいる気がするしな。この際チームを組まないか?」
もはやフェアリーテイル内でも有名になっている、最強チーム。むしろ、まだ結成していなかったのかとロアは突っ込みを入れたい気分になった。
ていうか、やっぱりその四人なんだなぁと切なくなったりして、体をカウンターの方に戻す。
「いや、オレはロアが一緒じゃなきゃ嫌だ」
ナツの手がロアの腕を掴んで、立ち上がらされた。椅子ががたん、と倒れる。
「な、ナツ…?」
「オレ、ロアを守るって決めたからな」
ナツに握られているところから、顔まで一気に熱くなった。
そんな我が儘言うなよ、と言ってやりたいのに、喉が詰まったように上手く言葉が出て来ない。
「そうだな。ロアもどうだ?」
「あ…え、うん…」
「では、ロアも入れて五人…ハッピーも入れて六人だな」
ハッピーもわーいと喜んでいる。なんだか小っ恥ずかしくて、ロアは素直に喜ぶことが出来なかった。
・・・
彼らが向かったのは、オニバスの街。マグノリアよりも商業の盛んな街だ。
最強チーム、というのは確かなのかもしれないが、この面子が揃うと物が壊す可能性が高い。
そのためにミラが渡してきた仕事は、客足の遠のいている劇場を魔法で盛り上げろというものだ。
「あたし達がするのは、あくまで演出…だからね?」
あーあーと発声練習を始めたエルザにルーシィは苦笑いしながら伝えている。
その後ろでは列車酔いしたナツがふらふらになっていて、最強というにはなんとも不甲斐無い姿だ。
「ナツ、大丈夫かよ…」
「列車には、二度と乗らな…ぅぷ」
ロアはナツに腕を貸して後を続いた。
暫く歩いていくと、大きな会場に辿り着いた。思っていた以上に立派な建物で、ロア達は見上げておぉ…と声を漏らす。
その大きな扉を開けて出てきたのは、依頼主であるシェラザード劇団の座長、ラビアンだ。
「フェアリーテイルのみなさん、引き受けてくださり誠にありがとうございます」
「はい!演出なら任せて下さい!」
自分で小説を書く趣味を持っているルーシィは、いつか舞台化するときのために、などと夢を見て人一番やる気に満ちている。
しかし、ラビアンは申し訳なさそうに扉の影に隠れた。
「実は…役者が全員、いなくなってしまって…」
「…は?」
思わずロアが低い声を出してしまったために、ラビアンは更に壁の向こう側に姿を隠してしまった。
そのまま全員中に入り話を聞くと、舞台が不評続きであったために、役者が皆逃げてしまったのだと言う。
「で、舞台は中止…か。俺達は無駄足だったってことね」
「待て、ロア。よく考えてみろ。役者はここにいるではないか」
「え…エルザ?」
エルザの目がキラキラと輝いている。嫌な予感がして恐る恐る周りを見ると、ロア以外の全員がなんとなくやる気を出し始めていた。
「楽しそうじゃない!」
「オレは何の役をやったらいいんだ!?」
「アンタの夢はこんなトコロじゃ終わらせねぇよ」
無駄にかっこいいことを言っているグレイはさておき、ロアは首を横に振った。
「な、何言ってんだよ!出来るわけないだろ!」
「そんなのやってみなきゃわからないじゃない」
「そ…」
ルーシィの目もエルザと同じようにキラキラと光って、もう既にやることを前提としているようだが。ロアはラビアンにこそっと声をかけた。
「あいつら、勝手に話進めてますよ!?いいんですか!?」
「…まぁ、やらせてやってもいいかな」
「嫌なら嫌って言って下さいよ!」
明らかに嫌そうな顔で、素人かぁ…と呟きながらも、ラビアンは許可を出してしまった。
はぁ、と大きなため息を吐くロア。しかし、皆のやる気もみなぎってしまったのでもう何も言えなかった。
公演は一週間後。早速台本に目を通して役決めから入った。王子と、姫と、悪者とドラゴン。どう考えても役者は四人で足りる。
「なんだ、じゃあ俺は出なくていいよな」
「えぇ、ロアのビジュアルなら、絶対出た方が客寄せになるのに」
「俺、照明やるから」
不服そうにぷくっと頬膨らませるルーシィは可愛いが、出たくないものは出たくない。
咄嗟に思いついて言った“照明”が明らかにロアに適役だったため、ルーシィも折れてくれた。
その後、ナツがドラゴンはすぐに決まり、少しもめた結果、姫はルーシィ、王子にエルザ、悪者がグレイと決まっていった。
エルザが、姫か王子のどちらかがいいと言ったために、そうなるしかなかったのだが。
「じゃあ、衣装見ましょ!」
「衣装?気が早くないか?」
「衣装を見たらやる気も出るでしょ!」
「ていうか、俺衣装関係ないんだけど…」
もうやる気しかないくせに、ルーシィはロアの手を引いて衣装室に移動した。
台本の中身は相当酷いものだったが、会場を見た通り、金だけはしっかりと掛かっているようで、衣装も随分とクオリティの高いものが揃っている。
「ね、ね!ロアこれ着てみてよ」
「…えぇ…」
衣装を漁っていたルーシィがぱっと振り返る。その手にあるのは、どう考えてもお姫様が着るためのドレスだった。
「それ、着るのルーシィだろ?」
「そうかもしれないけど、ロアに着て欲しいの!」
「…いやいや、さすがに肌が出るものはちょっと…」
普段から女性ものの服を着ることが多い、といっても露出は別だ。それが似合うから着ているだけで、女装とは訳が違う。
「これ着たら、ナツに惚れ直されちゃうかも!」
「なんだよ、それ…そもそも惚れられてないし」
「え?まぁほら…いいの、はい!」
ぐい、と無理やりルーシィは持っていたドレスをロアの手に乗せた。
「じゃあ、あたし出てるから、着替えてね」
ぱたん、とドアが閉められて、ロアはそこに一人残された。そして手に乗せられたドレスを見て、再び大きくため息を吐いていた。
「…ん、ルーシィ?」
女性用であるから当然と言えば当然だが、ロアの細い体でもきつく、背中のチャックがなかなか上がらない。
「ルーシィ?いないのか?」
せっかく着てやったのだから、見て欲しい。それとチャックを上げる手伝いをして欲しい。
どうも返事が返ってこないために、ロアは自らドアを開いた。
「…え、ナツ?」
「ロア!?」
そこに立っていたのはルーシィではなくナツで。そのナツも驚いた顔でロアを見つめた。
「お前…なんつー格好してんだ?」
「え、いや、ナツこそなんでここにいるんだよ」
「ルーシィがここに立ってろって言うから…」
やられた。そう思った。ルーシィは初めからロアにドレスを着させて、それをナツに見せるつもりだったんだ。…どうして?
「まぁいいや。これ、後ろのチャック、上げてくれない?」
「ん?おぅ…」
部屋に戻ってナツに背中を向ける。下ろした長い髪を前に持ってくると、ロアの背中はナツに向けて晒された。
「ルーシィがさ、これ着ろって煩くてさ」
「それで着たのかよ」
「いや、断ったけどさ、押し付けられて」
「でも着てんじゃねーか」
「…そう、だけど…似合うだろ?」
女ものの服が似合う自信はある。ただナツがやけに突っかかってくるために不安になって、最後の言葉は小さく呟く程度になっていた。
ちちち…とチャックが上がる音が背中から聞こえてくる。なんだか、妙に緊張してきて、ロアは胸を抑えた。
「…ロア」
「な、何…っ!?」
肩をぐっと掴まれて、ナツの息を肌に感じた。それからすぐに、首の辺りに柔らかい感触。
「ナツ…何、して…」
「あ、悪い。ロアが綺麗だったから」
つい。
ついで、首にキスするだろうか。というか、今のは本当にキスで間違いないのだろうか。
しかし、今間違いなく背中にナツの息がダイレクトに触れて、ちくちくと髪の毛がぶつかっていた。
顔が熱い。
「それ、グレイに見せんなよ」
「…え」
「ていうか、姫役やりてーとか絶対言い出すんじゃねぇぞ」
「いや、それはないけど」
ナツの手がすっと離れた。それでもまだまだ熱が冷めなくて、ロアは暫く俯いて熱が冷めるのを待っていた。
「綺麗だな」
その言葉にロアの顔が再び真っ赤になったのは言うまでもなく。ロアはナツを部屋から押し出して、すぐにそのドレスを脱ぐと、ルーシィを殴りに行った。
・・・
それから一週間は本格的に練習とビラ配りとやったが、結論からいうと、舞台は大成功に終わった。
いや、大成功ではない。舞台自体は大失敗といってもいいほどの出来であった。
台本も無視するわ、演技は棒読みだわ。
しかし魔導士らしく火を吹き、凍らせ、切り裂く。ナツとグレイとエルザの暴走が、逆にお客さんたちに楽しんでもらえたのだった。
「ようやく終わったー」
「エルザ最後まで棒読みだったな」
「私の演技にケチをつける気か!?」
「ていうか、結局建物壊してるし…」
物を壊す心配のない仕事に行ったはずなのに、美しかった会場を破壊。それでラビアンも笑っていたから良いのだろうが。
「な、この後すぐに帰らないで、どこかに泊まらないか?」
皆疲れているし、疲れている状態でナツを列車に乗せるのは酷だ。そう思ってロアが提案すると、皆は賛成してくれた。
というわけで。彼らは東洋建築の旅館に一泊することになった。
「おい、ナツ離れろよ!」
「あ?てめーが離れろ!」
「…暑苦しい」
旅館と言えば、温泉だ。と最初に言い出したのはルーシィだった。
体も休まるだろうと向かったのはいいが、ロアの両サイドをナツとグレイが離れようとしない。
「おい、二人ともいい加減にしないとぶっ飛ばすぞ」
と言いながら二人の頭を掴んでお湯に沈めさせると、さすがに二人はロアを中心にして距離をとった。
「…まったく」
二人が自分を好いてくれているというのは有難いことだが、自分の挟んで喧嘩されるのはうっとおしい。
未だに睨み合っている二人の気持ちは実際のところよくわからないが、ロアは静かに自分の首に手を回した。ナツの、唇が当たった場所。
「…っ」
いつも子供っぽいくせに、急にそういう意味のわからないことをされると困る。脱いでいるから際立つが、ナツも、それにグレイもいい体をしていて。
それを意識した途端、ロアの心臓がどくんと高鳴った。
「う、わ…」
「おい、ロアどうした!?」
すぐにナツがロアの様子が変わったことに気付いた。ずいっと顔を近づけてくるせいで、ロアの顔は更に赤くなる。
「ロアのぼせたのか?」
「そ、そう…かも」
「じゃあ上がるか」
反対からグレイがロアの腕を引いて、立ち上がる。ナツも腕をとってくれて、何故こんなに恥ずかしくなるのかわからないままそこを出た。
「ロアのぼせちゃったんだって?」
全員合流した後、大丈夫?と着物に着替えたルーシィがロアに声をかけた。しかしその顔はにやにやと口の端を釣り上げている。そしてロアに体勢を低くするようにと手をひらひらさせた。
「何かされちゃった?」
「…はい?」
「のぼせちゃうようなこと、されたんじゃないの?」
「…!?」
ばこっという効果音と共にロアがルーシィの頭を打つ。ルーシィはロアの様子がナツにドレスを見せてからなんとなく変わっていることに気が付いていた。
「痛っ…もう、図星だからって殴らなくても」
「違うって。大体、風呂にはナツだけじゃなくてグレイも」
「ナツだけなら何かあったんだーへぇー」
「あ、いや…」
うっかり口走った自分の言葉に顔を赤くするロアを見て、これ結構本気だ…ルーシィは笑えなくなっていた。
「おし、枕投げ始めんぞ!」
ばん、と襖を開けてナツが部屋に入ってきた。その両手には枕が抱えられている。有無言わず投げたナツの枕はグレイにヒット。エルザも枕を両脇に抱えて参戦し出すと、それはただの喧嘩に発展した。
「あたしも混ざろうかなぁ」
と楽しそうな雰囲気だけで言った矢先、ルーシィに強烈な枕が飛んでくると、襖を破って外に枕ごと飛んで行った。
その中、一人全く参加する気のない者が一人、言わずもがなそれはロアのことだ。
赤くなった顔をごまかすようにひたすら酒を飲んでいたために完全にダウンしている。酒に弱いのは相変わらずだ。
「んー…枕…」
急に足を掴まれてグレイの動きが止まった。ロアの腕ががっちりとグレイの足に回っている。
「お、おいロア」
「眠い…枕…」
酔っているということは顔からもわかる。しかしこうなったら、ロアが酔っているという事実は関係なかった。
「仕方ねぇな。ロア、一緒に寝るか」
「ん」
「ちょっと待て!」
グレイの顔にナツの投げた枕が当たる。更にエルザの投げた枕もグレイの腹に直撃した。
「ロアと寝るのはオレだ!」
「何を言っている、私だろう」
「いや、ロアはこうしてオレに…」
とろんとした目に紅潮した頬。それに着物というのも着崩れたその姿はなんともいえない色気を増幅させていて。
そんなことに夢中だった彼らは、その頃ルーシィがギルドメンバーであり、星霊であったロキを一人で救っているということを知るはずもなかった。
結局疲れ果てて寝てしまったナツ達。ロアは壁に寄り掛かった状態で目を覚まし、朝から散乱した枕に破られた襖を見て、このメンバー嫌だと心から思うのだった。
・・・
その後。
無事に帰宅した最強チームがまたそれぞれに分かれる。
ギルドに帰ったロアはそこで、不気味な噂を耳にした。
「…ナツに好きな女の子…?」
「ちょっと、想像できないわよね」
「…うん」
ミラの口から聞いたことなので、全く信憑性はないものの、ミラも他の人に聞いたのだというからなんともいえない。
それにロアにも少し心当たりがあった。
ナツが仕事に行こうとしないこと、そして何かと会いたいだの言っていること。
「フェアリーテイルの子じゃないってこと、かなぁ」
「そうかもしれないし…私の予想ではルーシィって線もあり得ると思うの」
「…それは、確かに…」
というよりルーシィ以外に考えられない。ナツは今日もギルドに来ていないが、ルーシィの家に行ったのを目撃した人がいるらしい。
「ルーシィかぁ」
「…ロア、寂しい?」
「え?」
「ナツが取られちゃって」
「なんだよ、それ」
別に元々ナツはロアの物なんかではない。なのにミラの言葉がしっくりきていて、ロアはカウンターに腕を乗せて顔を伏せた。
「よぉ、家のないロアくん」
「…なんだ、グレイか」
ロアの横にどかっと腰を掛けたのはグレイだった。別に何かを期待していたわけではないのに、無意識にため息が漏れる。
「今頃、ナツはルーシィに告白してんのかねぇ」
「…興味ねぇ」
「本当に?」
グレイの顔が急に真剣なものに変わった。そんなこと聞かれても困る。ロア自身、この意味のわからない不安感が嫌で嫌で仕方ないというのに。
ロアが何も返す様子がないことに少し不機嫌そうな顔をしたグレイは、目の高さを合わせて、ロアに顔を近づけた。
「グレイ」
「ん?」
「嫌」
グレイの顔を押し返して、ロアは席を立った。
しかしその手をグレイはすぐさま掴んで、立ち去ろうとするロアを止める。
「オレに付き合えよ」
「…」
「ナツのことなんて、考えさせねぇ」
ナツ、という言葉に何故か腹が立ってくる。ナツは関係ない、別にナツのことを考えていたわけじゃない。
「ナツなんて知るか!」
椅子を蹴っ飛ばして、ロアは走ってギルドを飛び出して行った。
・・・
やっちまった。
海の方に行って涼しい風に当たった瞬間、すっと頭が冷えた。普通に考えて有り得ない。あの態度はない、面倒な女みたいなことをしてしまった。
「恥ずかしい…」
グレイごめん、と頭の中で謝る。いや、グレイも悪いとは思う。よく家に誘ってくるが、何をするつもりなんだ。
「俺は女じゃないっつーの…」
女じゃない。それが急に悲しいことのように思えてきた。ナツの噂、それを信じきっているわけではないが、ナツだって女の子を好きになるのは当たり前なのだと思うと、ちくちくと胸が痛くなってくる。
「…何それ。俺…ナツのこと好きなわけ?」
言った途端真実味が増してくる。というか、今まで気付かなかったことの方やが問題なのではないか。
「好きじゃん…ずっと…」
一緒にいたいと思うのも、ルーシィと仲良くなる姿を見て苦しくなるのも。
今、ナツはどうしているのだろう。本当にルーシィに告白しているのだろうか。だとしたら、ルーシィは…
「ロア、何してんだよ」
どうしてか、後ろからナツの声が聞こえる。
「なんでナツがいんの?」
「グレイに殴られたんだよ。文句はロアに言えって」
そういうことが聞きたいのではなかった。どうして、ナツにはロアの場所がわかってしまうのか、疑問はそこにある。
でも、ナツの顔を見た瞬間、何もかもがどうでもよくなって。
「俺、ナツのせいで落ち込んでた」
「え!?オレ、なんかしたのか!?」
「でも、もう元気出た」
驚いてわたわたしているナツの手を取る。暖かいこの手に安心する。
「結構単純みたいだ」
「お、おう…?」
気付いた途端に、ナツの全てを愛しく感じてしまう。困った顔も、暖かい手も、大きな目も…。
そして、ルーシィのことを思い出すと胸がきゅっと痛くなる。
「ナツ…俺より大事な奴がいても、俺と一緒にいてくれよな」
「あ?そんなの当たり前だろ」
ていうかそんな奴いねーしと笑うナツの言葉を信じることにした。
たとえナツに好きな女の子がいても、それがルーシィだとしても、ナツが傍にいてくれればいい。
「恋だなぁ…」
海に向かって呟いた声は、風にかき消された。
その後わかった話だが、ナツが会いたいと言っていたのは、ルーシィの星霊のことだそうだ。宝が埋まっているらしい場所があって、そこを掘るために星霊の力が必要だったとか。
もう絶対ミラの言葉は信じない。ロアはそう心に決めた。