ナツ夢(2012.02~2016.05)
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布団の擦れる音と、大きな欠伸が重なる。
のそりとベッドで体を起こして何気なく時計を見ると、既に朝とはいえない時間を示していた。
ロアの中に、寝坊という概念はもはや存在しない。
いつ起きていつ活動を始めるかなんて人それぞれ。その中でもロアはただ朝が遅いというだけだ。
「ふぁ…」
もう一度、軽い欠伸をしてから立ち上がる。
さらさらな髪の毛は寝癖によって八方に跳ねていて、それをわしゃわしゃと掻き分けると、ロアは何気無く窓際に立った。
「……あ、」
運良く、丁度ナツが仕事に出ていくところだった。
入口からたたっと飛び出したナツはやる気満々のようで、拳を作って笑っている。
…違う、誰かに笑いかけている。
「ルーシィ…?」
信じられないという思いに、見紛うことない景色に目を凝らす。
しかし現実は変わらない、ナツの後ろには呆れながらも楽しそうにしているルーシィの姿があった。
「なんで、ルーシィと…?二人?」
嘗て、ロアは特殊な力を持つが故によく狙われた。
だから自室をフェアリーテイルの二階にもらったし、しかも窓なんてマジックミラー仕様だ。
それを知っているナツは、外からは見えないはずなのにこちらを見上げて手を振ってくれた。
当然のように行われるものだと思っていたのに。
「そりゃ…寝てた俺が悪い、けど」
なのに今は、窓際にロアが立っているのに、気が付かないどころか見もしなかった。
「…なんだよ、ルーシィに夢中じゃん」
無意識にむっと頬がふくれる。
もやもやとイライラが同時に膨れ上がって、なんだか悔しい。
だからか、ここでじっとしているというのは嫌で、ロアはばっと素早く着替えると、髪はそのままに階段を降りて行った。
「ミラ!酒くれ酒っ」
いつもと同じ、カウンターの奥にいるミラ。階段を降り切る前にその姿が見え、ロアは声を張った。
「ふふ、今出て行った二人見たんでしょ」
「…知らない、なんのこと?」
カウンターの席に座り、ロアははあ、と息を吐いた。
ミラは周りをよく見ている。実際はピンポイントでズバリ当てられたが、ロアは頬杖ついて軽く首を横に振った。
「なんでも、ナツがルーシィを誘って行ったんですって」
「…ふーん」
「ずいぶん仲良しよねぇ…」
「…」
「寂しい?」
「…っくそ!ナツのくせに!」
酒を手に大きい声を出すと、ギルド内の他の人達にも聞こえたらしい。くすくすとこちらを見て笑っている声にロアの羞恥心が掻き立てられる。
全部ナツのせいだ。
ぐいっと酒を一気に飲み干すと、もう一杯!とグラスを返した。
「それはいいけど…ロアお酒弱いんじゃ」
「いいの。酔いたい気分だから」
「もう、どうなっても知らないわよ?」
ぐいぐいと飲み続けるロア。酒に弱いということもあり、普段は滅多に飲まないし、昼間から飲むなんて有り得ないことだった。
当然、二、三杯いったところで酔いが回ってカウンターに突っ伏してしまう。
「ん、…」
「これは、夜まで起きないかしらね」
それにしても、本当にわかりやすいんだからとミラは口元に笑みを浮かべてロアを眺める。すると背後から人影が近づいて来ていた。
「こいつ、連れて行くぜ」
「え…、ちょっと!?」
その人物に担がれて行くロアを見て、ミラはご愁傷様と手を合わせた。
・・・
「ん…」
「よぉ、目ぇ覚めたか?」
知らないベッドの感触にばっと起き上ると、グレイが腕を組んで目の前に座っていた。
自分の状況をなかなか理解出来ないロアはぽかんとして暫く動けずにいる。
「あれ、俺…なんで、っ」
それから頭に痛みを感じ、ロアは自分が酒を飲んでいたことを思い出した。
「あぁ、俺…酒飲んでつぶれたのか」
「らしいな」
「で、ここは?」
「オレの家に決まってんだろ」
「あぁ…、は?」
一瞬納得しかけて当然の疑問を持つ。飲んでたのはギルドで、しかも一人で飲んでいたというのに何故グレイの家にいるんだ。
「まさか…酔った俺を襲う気だな?」
「…そうだったらどうする?」
「え、」
冗談で言ったのに、グレイは立ち上がってロアに近付いた。
いやいやまさか、そんな。
本気じゃないだろう、そう思い油断していたロアの肩をグレイが掴む。
そのまま押されてばふんとベッドに倒れると、真剣なグレイの顔が視界に入った。
「え、や…ちょっと落ち着けよグレイ…」
「あ?オレはいつでも落ち着いてるぜ」
「そりゃ嘘だろ…ってバカ!」
本当に服の隙間に入り込んだグレイの冷たい手を叩く。
ふざけるな、この程度の酔いで襲われてたまるか。
この氷男の思考が読めず、ロアは自分の頭をぽりぽりとかいた。
「ったく、俺は安くねぇぞって」
「ロアだってたまってんだろ?ナツの思考はガキだからな」
「…なんの話」
いけない方向に話が進んでいる気がする。
「グレイ、お前…」
「ロアはナツばっかり見すぎなんだよ」
「そ…そんなことない」
グレイの手が腰に触れる。ひやっとする手はナツと正反対だ。炎のナツと氷のグレイ。二人と同じくらい仲良くしてきたはずだったが、どこで差がついたか。
「っ、グレイやめろよ…こういうのは、ちょっと」
「…ロア」
「う…悪い!」
ロアは近づいてきたグレイの顔を思い切り殴った。油断していたグレイは当然後ろに吹っ飛ぶ。
「いや、俺は悪くない、正当防衛だかんな!」
「っ…」
「じゃ、じゃーな!」
殴った頬と、吹っ飛んだことで壁にぶつけた頭は相当痛かっただろう。
しかし、その隙をついてロアは家を飛び出した。
いや、飛び出せてはいない。よろよろと壁を頼りながら外に出た。
「たくもー…何考えてんだよグレイの奴」
補足するまでもなく、グレイはイケメンだ。女受けの良さそうな容姿を持っている。
そんな奴に、女のように扱われるのはなんとも許し難い。
「っ、う」
ずきっと頭に走った痛み。酔いは醒めたものの頭痛が残ってしまったようだ。
ロアは壁に手をついて帰り道を探った。
・・・
暫く歩いて、ようやく見えてきたギルドにロアは足を止めた。
もう日が落ちている。
結局今日一日をすっかり無駄にしてしまった。
「これも全部ナツのせいだ…」
負け惜しみかのようにぼそっと吐き出して、ロアはもう一度踏み出す。
その時、たたっと駆け寄る足音が聞こえた。
「ロア!!」
「、ナツ」
丁度、帰ってきたところだったのか、息を切らしたナツが飛び込んでくる。
驚いて動きを止めたロアの体を正面から抱きしめるナツ。その体温に安心し、ロアもナツに手を回した。
「グレイが連れてったって…何もされてねぇだろうな!?」
「…ナツでも、そういうこと気にするんだ」
「ったりめーだ!なんのために今回の仕事誘わなかったと思ってんだ」
そうだ、仕事。
そもそもナツがルーシィを仕事に誘ったのが原因、なんて改めて思うと自分の心の狭さに嫌気がするが。
「…なんで、俺誘ってくんなかったの?」
今一番聞きたいのはこれだ。
ごく、と唾を飲んでナツの返答を待つ。
「金髪好きの変態がいたんだよ」
「…は…?」
ナツが今回出向いた仕事はエバルー侯爵という人の屋敷から一冊の本を取ってくる、というもの。
これだけの内容で報酬が良かったために受けたものだが、そのエバルー侯爵が変態だという前情報があった。
「じゃ…じゃあ、なんでルーシィを」
「金髪好きのおっさんだろ?ルーシィがいれば忍び込めるかなって」
「はぁ!?なんだってそんな危ないこと女の子に…だったら俺でも良かったろ!」
「駄目に決まってんだろ、ロアにそんな危ないことさせられねぇ」
「え、えぇ…」
もう何も言えなかった。ナツは自分が正しいと思っているようで、意見を曲げるつもりはなさそうだ。
ロアは今までの自分の行動が全て馬鹿馬鹿しくなり大きくため息を吐いた。
ナツはそういう奴だ。
「…わかったよ。でも、今度からは俺にも声かけてくれよ」
「おう。ていうか、やっぱり寂しかったんだな!」
「…寂しかったよ!」
「ぐぉっ」
急に恥ずかしくなってナツの顔も思い切り殴った。ナツもグレイもこの程度でくたばるような柔な体じゃない。そう思うことにして、ロアは先にフェアリーテイルに入って行った。
次の日。
ロアはエルザが帰ってきた、という騒ぎを二階で聞いていた。
エルザはロアがフェアリーテイルに入ったときから圧倒的な強さを誇っていて、今でも恐れられている存在だ。
かく言うロアもエルザには剣の扱い方を教わったりと相当世話になった恩がある。
珍しく早くに自室から出て、エルザの元へと向かった。
「エルザ帰ったって?」
誰に問いかけるでもなく疑問を口に出す。それに気付いたミラの指差す先を追うと、ギルドの真ん中にエルザが立っていた。
「…?」
妙な空気だ。もしかして、丁度エルザに説教を受けているタイミングだったか?というロアの予想は的中する。
「ロア」
「あ、エルザおかえり」
「ロアの話は何も聞かないぞ。また引きこもっていたな」
ロアの“おかえり”には全く反応を示さず、エルザは厳しいお言葉を放った。
「あぁ…いや、やりたい仕事なくて」
「言い訳はいらん」
「…はい」
言い返す言葉もない。
エルザはすっとロアから顔をそらすとナツとグレイの二人に目をつけた。その瞬間二人は肩を組んで仲が良いアピールをする。
ロアが来る前にも仲良くしていたかどうか問い詰められていたのだろう。
「お、オレ達仲良くやってるぜ!な、ナツ」
「お、おう、」
「なら丁度いい…ナツ、グレイ。二人の力を貸して欲しい」
「…え!?」
ナツとグレイの顔は一気に青ざめ、フェアリーテイル内は騒がしくなった。
エルザが誰かに何かを頼むこと、仕事に誘うことは初めてだった。
当然、ロアも目を丸くしてそんな光景に呆然としている。
「本来ならマスターの判断をあおぐべきことだが…早期解決が望ましいと判断した。ついてきてくれるな?」
ナツはグレイを、グレイはナツを睨みつけた。
仕事どうこうではなく、二人は一緒に仕事をするのが嫌だったのだ。
とはいえ、そんなものがエルザに通用するはずもない。
「なんだ?まさか仲良くしていなかったのか?」
「そ、そんなことないぜ!」
「あぁ、オレ達は、いつでも仲良しだぜ!」
「そうか、なら良いな」
ミラ曰く、フェアリーテイル最強チーム結成の瞬間だった。
「ふふ、ロアは少し寂しそうね」
「え…?」
「本当はあの三人のチームが羨ましいんじゃない?」
「…まぁ」
この日は嘘も吐けなかった。ナツとグレイとエルザが一緒だなんて、面白いに決まっている。
そんな仕事なら喜んでついて行くのに。
「ついて行っちゃえば?」
「え、そんなこと出来ねぇよ」
「実は私…ルーシィに一緒に行くように頼んじゃったのよね」
「…よ、余計なことを…!」
そんな状況を放っておくわけもなし。ロアもその最強チームの後をつけることにしたのだった。
・・・
マグノリア駅。
結局こそこそとついて来てしまったロアは、少し離れたところから様子を伺っていた。
何よりも心配なのは、ナツとグレイの仲の悪さだ。先程からもめてばかりいる二人に、ロアは飛び出しそうになるのを堪えていた。
「オマエ一人で行けよ!」
「じゃあ来んなよ!後でエルザに殺されちまえ!」
恥ずかしい。その一言に尽きる。
「あ、エルザ」
ルーシィがそこにいないエルザの名を呼べば、二人は肩を組んで無理矢理笑みを作った。
どうやら、ルーシィはとうとう二人の扱い方を覚え始めたらしい。
「待たせたな。さっさと行くぞ」
エルザが遅れて来ると、彼らは列車の中に入っていった。
遅れて来た癖にずいぶんと偉そうだな、なんてことは思っても誰も口にしなかった。
「…列車で行くのか。ナツ、大丈夫…なわけないよな」
乗り物に弱いナツが、列車なんてモノに耐えられるはずがない。
ロアは素早く彼等の後を追うと、ナツ達の会話が聞こえる位置に座った。
「う…うう…」
やはりナツは列車が動き出した瞬間から唸り声しか出していない。
そんなナツを誰も相手にはしていないようだ。
(俺ならもっと大切に扱ってやるのに…!)
心の叫びは勿論届かない。
吐き気に倒れてしまったナツを無視したまま、エルザ達は今回の仕事の話を始めてしまった。
「つーか、本題に入ろうぜ」
「そうだな…話しておこう。魔導士が集まる酒場へ寄ったとき、魔法の封印を解く、三日以内にララバイを持って帰る、などと気になることを話している連中がいたんだ」
ついてきてしまった手前、巻き込まれることは覚悟している。
ロアも内容を聞くことにして少し身を乗り出した。
「これだけなら気にもしなかったが…奴らがエリゴールという名前を出してな」
エリゴール。よくは知らないがロアにも聞き覚えはあった。
アイゼンヴァルトという魔導士ギルドのエースで、暗殺系の仕事ばかりしていた奴は、六年前に魔導士ギルドを追放され、今や闇ギルドに分類されているはずだ。
エルザ達の話を聞いていると、列車が止まった。
どうやら目的地に着いたらしい。エルザ達は話しながら列車を降りている。
「…?あれ、ナツは…」
エルザとグレイとルーシィが降りた姿は見えたがナツの姿が見えない。
急いでエルザ達の座っていた席を確認すると、乗り物酔いでダウン中のナツが座ったままだった。
「な…、なんで置いて行ったんだよ!」
若干吹き出しそうになるのを抑えながら、ロアはナツの肩を揺らした。
「ナツ、もう皆降りたぞ。早く降りないとー…」
列車が発車するぞ、と言おうとした瞬間にガタンと列車が動き出した。
思いの外大きかった揺れに、ロアの体も傾く。
そのままロアはナツの体に重なるように倒れてしまった。
「悪い、ナツ…」
立ち上がろうとするも、腕が絡みついてきて動けない。
顔をロアの体に刷り寄せてきたナツは、目を閉じたまま嬉しそうに笑った。
「ロアの匂い…」
「お、おいナツ!意識あんのかないのかはっきりしろ…!」
引き剥がそうとしても力強い腕は離れてくれない。
抱き合った状態のままロアが困惑していると、一人の男が近づいてきた。
「なんだ、正規ギルドってのは男同士いちゃいちゃするの?」
声に振り返ると、知らない男がにやつきながらこちらを見ている。
その男は、何を考えているのかナツの座っている前の席に座った。
「フェアリーテイルだろ?可愛い女の子も多いのに…可愛い男の子もいるなんてね」
「…なんだよお前」
「いいなぁ…光のロアだけでも分けてよ」
ぐいっと腕を掴まれて体が怪しい男の方に向く形になった。相変わらず腰に絡みつくナツの腕が離れないせいで上手いこと抵抗出来ない。
「ナツとデキてるってホント?」
「はぁ!?ていうかこの図恥ずかしいから腕、離せって!」
思わずナツの頭を殴ると、同時に列車が止まった。またよろけて今度はその怪しい男の方に倒れ込む。
「おわ…っ」
「あれ、なんで…ロア…」
殴ったのが原因か、はたまたロアの声か。
今になって顔を上げたナツは、目の前で知らない男に抱きしめられているロアを目にした。
「てめぇ!ロアに何してんだ!」
「はぁ!?何もしてねぇよ!」
すぐさま起き上がったナツが誤解故に男をぶん殴る。
「ちょ、おいナツ、違…」
こんなところで問題起こすワケにはいかない。ナツを止めようと口を開いたロアは、目の前に不気味なものが見えて言葉を止めた。
怪しいこの男の鞄から覗く、変な形の笛…のようなもの。
「…って、そんなことどうでもいい、ナツ!降りるぞ!」
「ん、おう」
男と本気で殴り合いを始めそうになっていたナツに声をかける。
幸い、ナツは素直に頷いてくれた。
「おいてめぇ!アイゼンヴァルトに手ぇ出したんだ!ただで済むと思うなよ!」
「アイゼン…?あ、ナツ、ちょっと待って!」
「待てねぇ!」
動いている列車から、ナツはロアを抱えて飛び出した。
窓ガラスが割れて、風圧に飛ばされそうになるのをナツにしがみついて耐える。
今の、アイゼンヴァルトって今回の仕事に関わる奴だったんじゃ…。
そう思いながら、ナツの腕から離れて着地すると、ナツはグレイと激突して吹っ飛んで行った。
「え…グレイ?」
「ナツ!無事だったか!」
その声はエルザのもので。どうやらエルザ達もナツがいないことに気付いて列車を追いかけてきたようだ。
その目はロアの存在も捕らえてしまった。
「ん…?何故ロアがいる?」
「あ!いや…偶然?」
「そうだ!ロア、大丈夫だったか?あの変態…許さねぇ」
飛んで行ったナツが走ってロアに駆け寄る。そのナツの発言にエルザも目を光らせた。
「ロア、痴漢にでもあったのか!?」
「いやいや…あれは事故だし。つか、あいつ、アイゼンヴァルトって言ってたぞ」
「何?どんな奴だった!?」
さすが、仕事のこととなるとしっかりしているエルザに、ロアはその男の特徴について説明した。
そして、中でもロアが気になったもの。
「なんか、骸骨みたいな形した笛…みたいなものを持ってたんだよな」
「そ、それって、もしかして」
「ルーシィ?心当たりがあるのか?」
どういうわけか、一番詳しくなさそうなルーシィがぱっと反応した。
「それって多分、ララバイ…なんじゃないかな!」
ララバイ、死の魔法と呼ばれるもの。それは、集団呪殺魔法という恐ろしいものだとルーシィの説明で明らかになった。
「ルーシィ、詳しいんだな」
「いや…私も本で読んだだけなんだけど…」
「まずいな…急ぐぞ!」
皆で車に乗り込むと、エルザは荒々しい運転で一気に飛ばした。
奴が列車に乗っていると分かった以上、目指すは次の駅、オシバナ駅だ。
オシバナ駅は既にアイゼンヴァルトによって占領されていた。軍隊も動いたようだが、全滅。
アイゼンヴァルトの狙いは、駅内にある放送を使って呪歌、ララバイを流すこと。そして大量殺人を行うことだと判断したナツ達は、それを防ぐためにアイゼンヴァルトに対抗していた。
「ナツとグレイはエリゴールを追え!」
エルザの指示に渋々従った二人は一人笛を吹くと言って消えたエリゴールを追った。
必然的に残りの雑魚たちはエルザとロアとルーシィで倒すことになる。
「いいのか?女三人で」
「それにしてもいい女だな、とっ捕まえて売るか」
下劣な発言を繰り返すアイゼンヴァルトの奴らに、エルザとロアがキレた。
「これ以上フェアリーテイルを侮辱してみろ。貴様らの明日は約束できんぞ」
「つーか…女は二人だっての!」
エルザは魔法の鎧に換装して一気に周りの敵を倒し、またロアも光で生成した剣を自在に操り敵をなぎ倒した。
その姿を見て敵もすぐに圧倒的な実力の差を思い知る。そして気付くのだった。
ティターニアのエルザと、光のロアと呼ばれる二人だと。
「エルザ!俺は外に出て人々を誘導するから、エルザも駅から離れるよう呼びかけてくれ」
「あぁ、わかった」
ロアは一人駅から出た。
どう考えてもここはエルザだけで十分だったからだ。
「すんません、それ貸してください」
「え?はい」
警備をしていた人から拝借したメガホンを口の前へ持っていく。
「駅は悪い魔導士によって占拠されている!出来る限りのここから離れてくれ!」
キーンと耳に痛い音がなる。
しかし、人々は素直にそこから離れてくれた。
「よし。あの、これ…」
メガホンを返そうと思い振り返ると、既に警備の人も逃げていたらしい。
誰もいない駅の出口前。
そして感じた違和感。
「な、んだこれ」
見た目にはよく分からないが、どういうわけか駅が風の壁で包まれている。
手を差し込んだだけでも相当のダメージを受けそうな程の勢いで渦巻く風。
「これじゃ、入れないし…。皆も閉じ込められてる」
ということは、エリゴールの狙いは駅の放送を用いることではなかったのか。なら、他に何を。
そう考えを巡らせていたロアの上をエリゴールが通り過ぎて行った。
風を使って飛んでいる奴の能力は、やはり風とみて間違いないようだ。
「逃がすかよ…!」
幸い、エリゴールはロアが外に出ていることには気付いていない。
ロアは足に光を集めるとそれに乗ってエリゴールを追いかけて行った。
・・・
隣の町が見えるあたりで、ロアはエリゴールに追いついた。
その町とは、クローバーの町、定例会の会場がある場所で、今は正規ギルドのマスター達が多く集まっている場所だ。
「なるほど…狙いはハナからあっちだったってわけだ」
「ちっ…」
図星だったらしく、エリゴールは何も言わずにロアに攻撃を仕掛けてくる。
それに対して、ロアも光の力で応戦した。
エリゴールは風の使い手、ロアは光の使い手。互いに防げない類の魔法で、傷だらけになっていく。
「くそ…面倒な魔法使いやがって」
「いい格好になってきたじゃないか」
「あぁ?」
風で切り裂かれた服はボロボロになり、至るところ素肌が見えている。そういうエリゴールもずいぶんロアの攻撃を受けているのは同じで血が滴っている。
「さっさとケリつけてやる」
ロアが手に力を集中させる。
その背後から、ものすごい勢いで何かが通り過ぎた。
「…ナツ?」
ハッピーに捕まって飛んできたナツがロアに気付いた。
その姿が、あまりにもボロボロで、というのは間違いでボロボロなのは服だけだったが、ナツはそれを見て完全に頭に血を上らせた。
「てめぇ…!許さねぇ!」
「おい、ナツには無理だ!」
「あぁ!?ふざけんな無理じゃねぇ!」
実際無理な相手だった。エリゴールとナツの愛称は最悪だったのに、怒りでナツはパワーアップしていた。
「な、なんだその力は…!」
驚いたのは敵であるエリゴールだけでなく、ロアもだ。
強すぎる風の前では、炎は消されてしまうと思ったのに。
ナツの火竜の劍角がエリゴールにクリーンヒット。あっけなくロアの目の前でエリゴールは倒されていた。
「ロア!大丈夫か!?」
「いや…俺は全然、大丈夫だけど」
「オイラ知ってるよ、こういうの卑猥っていうんだよね!」
ロアの服の隙間から覗く白い肌。それを見たハッピーがにやにやと笑っている。
「は?卑猥?」
「卑猥…」
「ちょ、そんな目で俺を見るな!」
その後すぐにエルザ達も車で追いついて、隣町を目指して再び車に乗り込んだ。
・・・
そこには既に最初にあった怪しい男…カゲヤマがマスターマカロフの前に立っていた。
その手には笛が握られているが、マカロフの言葉が胸に響いているらしく、笛を吹く様子は見られない。
「そんな笛に頼らんでも、明日を信じて踏み出せば、おのずと力は湧いてくる」
エリゴールに裏切られ傷を負わされた上に、エルザやグレイに救われていたカゲヤマは既に心に迷いが生まれていた。
更にマカロフの言葉があって、笛をとうとう手から離してマカロフの前に土下座した。
「さすがマスター!」
「これで一件落着だな」
ナツたちもマカロフに近づいて賞賛する。
しかし、ララバイが黙っていなかった。
『どいつもこいつも根性ねぇ魔導士だ…』
「笛がしゃべったわよ!」
慌てるルーシィの周りで、騒ぎに集まってきたギルドマスター達が呟く。
「こいつぁ…ゼレフ書の悪魔だ」
黒魔導士ゼレフ。魔法界で最も凶悪だったといわれた魔導士で、この笛も生きた魔法だったのだ。
笛から出てきた煙は形を成していき、気付くと大きな怪物になっていた。
しかしそこには、フェアリーテイル最強の魔導士、エルザも、ロアもナツもグレイも皆戦える状態でそろっていた。
呪歌を唱える前に、全員で一斉に攻撃をしかけていく。
エルザの換装による剣に、ロアの光、ナツの炎、グレイの氷。
あっという間に怪物は倒されていた。
「す…すごい」
見ていたカゲヤマも、ルーシィもギルドマスターたちもフェアリーテイルの魔導士の力に茫然としている。
これがフェアリーテイル最強のチームだ、と。
しかし、あまりの暴れっぷりに定例会の会場まで破壊され、結局フェアリーテイルの評価が変わることはないのだった。
・・・
「ロア、その格好…どうしたんだよ」
帰り際、声をかけてきたのはグレイだった。その格好とは言わずもがな切り裂かれて役割を果たせていない服にことを指している。
「いやぁ、エリゴールがなかなか厄介で」
「あの野郎か…オレも一発殴っとくんだったぜ…」
と言いつつ、グッジョブと拳が握られていた。胸も腰も太腿も、裂かれた服の隙間から肌が覗いている。
「おい、グレイ、ロアから離れろよ」
「あ?なんでだよ」
「やらしい目でロアを見んな。タレ目」
「なんだと?」
二人の喧嘩が始まりそうで、ロアが二人を止めようと拳を振り上げる。しかしその手は振り下ろされることなく、体ごとエルザに引き寄せられていた。
「二人とも、私のロアを取り合うな」
「エルザもかよ!」
ロアとルーシィは最強チームの阿呆っぷりを目の当たりにして、大きくため息を吐くのだった。
さっきまでのかっこよさは一体なんだったのか。
「…あたしも参加した方がいいの?」
「…やめてくれ」
のそりとベッドで体を起こして何気なく時計を見ると、既に朝とはいえない時間を示していた。
ロアの中に、寝坊という概念はもはや存在しない。
いつ起きていつ活動を始めるかなんて人それぞれ。その中でもロアはただ朝が遅いというだけだ。
「ふぁ…」
もう一度、軽い欠伸をしてから立ち上がる。
さらさらな髪の毛は寝癖によって八方に跳ねていて、それをわしゃわしゃと掻き分けると、ロアは何気無く窓際に立った。
「……あ、」
運良く、丁度ナツが仕事に出ていくところだった。
入口からたたっと飛び出したナツはやる気満々のようで、拳を作って笑っている。
…違う、誰かに笑いかけている。
「ルーシィ…?」
信じられないという思いに、見紛うことない景色に目を凝らす。
しかし現実は変わらない、ナツの後ろには呆れながらも楽しそうにしているルーシィの姿があった。
「なんで、ルーシィと…?二人?」
嘗て、ロアは特殊な力を持つが故によく狙われた。
だから自室をフェアリーテイルの二階にもらったし、しかも窓なんてマジックミラー仕様だ。
それを知っているナツは、外からは見えないはずなのにこちらを見上げて手を振ってくれた。
当然のように行われるものだと思っていたのに。
「そりゃ…寝てた俺が悪い、けど」
なのに今は、窓際にロアが立っているのに、気が付かないどころか見もしなかった。
「…なんだよ、ルーシィに夢中じゃん」
無意識にむっと頬がふくれる。
もやもやとイライラが同時に膨れ上がって、なんだか悔しい。
だからか、ここでじっとしているというのは嫌で、ロアはばっと素早く着替えると、髪はそのままに階段を降りて行った。
「ミラ!酒くれ酒っ」
いつもと同じ、カウンターの奥にいるミラ。階段を降り切る前にその姿が見え、ロアは声を張った。
「ふふ、今出て行った二人見たんでしょ」
「…知らない、なんのこと?」
カウンターの席に座り、ロアははあ、と息を吐いた。
ミラは周りをよく見ている。実際はピンポイントでズバリ当てられたが、ロアは頬杖ついて軽く首を横に振った。
「なんでも、ナツがルーシィを誘って行ったんですって」
「…ふーん」
「ずいぶん仲良しよねぇ…」
「…」
「寂しい?」
「…っくそ!ナツのくせに!」
酒を手に大きい声を出すと、ギルド内の他の人達にも聞こえたらしい。くすくすとこちらを見て笑っている声にロアの羞恥心が掻き立てられる。
全部ナツのせいだ。
ぐいっと酒を一気に飲み干すと、もう一杯!とグラスを返した。
「それはいいけど…ロアお酒弱いんじゃ」
「いいの。酔いたい気分だから」
「もう、どうなっても知らないわよ?」
ぐいぐいと飲み続けるロア。酒に弱いということもあり、普段は滅多に飲まないし、昼間から飲むなんて有り得ないことだった。
当然、二、三杯いったところで酔いが回ってカウンターに突っ伏してしまう。
「ん、…」
「これは、夜まで起きないかしらね」
それにしても、本当にわかりやすいんだからとミラは口元に笑みを浮かべてロアを眺める。すると背後から人影が近づいて来ていた。
「こいつ、連れて行くぜ」
「え…、ちょっと!?」
その人物に担がれて行くロアを見て、ミラはご愁傷様と手を合わせた。
・・・
「ん…」
「よぉ、目ぇ覚めたか?」
知らないベッドの感触にばっと起き上ると、グレイが腕を組んで目の前に座っていた。
自分の状況をなかなか理解出来ないロアはぽかんとして暫く動けずにいる。
「あれ、俺…なんで、っ」
それから頭に痛みを感じ、ロアは自分が酒を飲んでいたことを思い出した。
「あぁ、俺…酒飲んでつぶれたのか」
「らしいな」
「で、ここは?」
「オレの家に決まってんだろ」
「あぁ…、は?」
一瞬納得しかけて当然の疑問を持つ。飲んでたのはギルドで、しかも一人で飲んでいたというのに何故グレイの家にいるんだ。
「まさか…酔った俺を襲う気だな?」
「…そうだったらどうする?」
「え、」
冗談で言ったのに、グレイは立ち上がってロアに近付いた。
いやいやまさか、そんな。
本気じゃないだろう、そう思い油断していたロアの肩をグレイが掴む。
そのまま押されてばふんとベッドに倒れると、真剣なグレイの顔が視界に入った。
「え、や…ちょっと落ち着けよグレイ…」
「あ?オレはいつでも落ち着いてるぜ」
「そりゃ嘘だろ…ってバカ!」
本当に服の隙間に入り込んだグレイの冷たい手を叩く。
ふざけるな、この程度の酔いで襲われてたまるか。
この氷男の思考が読めず、ロアは自分の頭をぽりぽりとかいた。
「ったく、俺は安くねぇぞって」
「ロアだってたまってんだろ?ナツの思考はガキだからな」
「…なんの話」
いけない方向に話が進んでいる気がする。
「グレイ、お前…」
「ロアはナツばっかり見すぎなんだよ」
「そ…そんなことない」
グレイの手が腰に触れる。ひやっとする手はナツと正反対だ。炎のナツと氷のグレイ。二人と同じくらい仲良くしてきたはずだったが、どこで差がついたか。
「っ、グレイやめろよ…こういうのは、ちょっと」
「…ロア」
「う…悪い!」
ロアは近づいてきたグレイの顔を思い切り殴った。油断していたグレイは当然後ろに吹っ飛ぶ。
「いや、俺は悪くない、正当防衛だかんな!」
「っ…」
「じゃ、じゃーな!」
殴った頬と、吹っ飛んだことで壁にぶつけた頭は相当痛かっただろう。
しかし、その隙をついてロアは家を飛び出した。
いや、飛び出せてはいない。よろよろと壁を頼りながら外に出た。
「たくもー…何考えてんだよグレイの奴」
補足するまでもなく、グレイはイケメンだ。女受けの良さそうな容姿を持っている。
そんな奴に、女のように扱われるのはなんとも許し難い。
「っ、う」
ずきっと頭に走った痛み。酔いは醒めたものの頭痛が残ってしまったようだ。
ロアは壁に手をついて帰り道を探った。
・・・
暫く歩いて、ようやく見えてきたギルドにロアは足を止めた。
もう日が落ちている。
結局今日一日をすっかり無駄にしてしまった。
「これも全部ナツのせいだ…」
負け惜しみかのようにぼそっと吐き出して、ロアはもう一度踏み出す。
その時、たたっと駆け寄る足音が聞こえた。
「ロア!!」
「、ナツ」
丁度、帰ってきたところだったのか、息を切らしたナツが飛び込んでくる。
驚いて動きを止めたロアの体を正面から抱きしめるナツ。その体温に安心し、ロアもナツに手を回した。
「グレイが連れてったって…何もされてねぇだろうな!?」
「…ナツでも、そういうこと気にするんだ」
「ったりめーだ!なんのために今回の仕事誘わなかったと思ってんだ」
そうだ、仕事。
そもそもナツがルーシィを仕事に誘ったのが原因、なんて改めて思うと自分の心の狭さに嫌気がするが。
「…なんで、俺誘ってくんなかったの?」
今一番聞きたいのはこれだ。
ごく、と唾を飲んでナツの返答を待つ。
「金髪好きの変態がいたんだよ」
「…は…?」
ナツが今回出向いた仕事はエバルー侯爵という人の屋敷から一冊の本を取ってくる、というもの。
これだけの内容で報酬が良かったために受けたものだが、そのエバルー侯爵が変態だという前情報があった。
「じゃ…じゃあ、なんでルーシィを」
「金髪好きのおっさんだろ?ルーシィがいれば忍び込めるかなって」
「はぁ!?なんだってそんな危ないこと女の子に…だったら俺でも良かったろ!」
「駄目に決まってんだろ、ロアにそんな危ないことさせられねぇ」
「え、えぇ…」
もう何も言えなかった。ナツは自分が正しいと思っているようで、意見を曲げるつもりはなさそうだ。
ロアは今までの自分の行動が全て馬鹿馬鹿しくなり大きくため息を吐いた。
ナツはそういう奴だ。
「…わかったよ。でも、今度からは俺にも声かけてくれよ」
「おう。ていうか、やっぱり寂しかったんだな!」
「…寂しかったよ!」
「ぐぉっ」
急に恥ずかしくなってナツの顔も思い切り殴った。ナツもグレイもこの程度でくたばるような柔な体じゃない。そう思うことにして、ロアは先にフェアリーテイルに入って行った。
次の日。
ロアはエルザが帰ってきた、という騒ぎを二階で聞いていた。
エルザはロアがフェアリーテイルに入ったときから圧倒的な強さを誇っていて、今でも恐れられている存在だ。
かく言うロアもエルザには剣の扱い方を教わったりと相当世話になった恩がある。
珍しく早くに自室から出て、エルザの元へと向かった。
「エルザ帰ったって?」
誰に問いかけるでもなく疑問を口に出す。それに気付いたミラの指差す先を追うと、ギルドの真ん中にエルザが立っていた。
「…?」
妙な空気だ。もしかして、丁度エルザに説教を受けているタイミングだったか?というロアの予想は的中する。
「ロア」
「あ、エルザおかえり」
「ロアの話は何も聞かないぞ。また引きこもっていたな」
ロアの“おかえり”には全く反応を示さず、エルザは厳しいお言葉を放った。
「あぁ…いや、やりたい仕事なくて」
「言い訳はいらん」
「…はい」
言い返す言葉もない。
エルザはすっとロアから顔をそらすとナツとグレイの二人に目をつけた。その瞬間二人は肩を組んで仲が良いアピールをする。
ロアが来る前にも仲良くしていたかどうか問い詰められていたのだろう。
「お、オレ達仲良くやってるぜ!な、ナツ」
「お、おう、」
「なら丁度いい…ナツ、グレイ。二人の力を貸して欲しい」
「…え!?」
ナツとグレイの顔は一気に青ざめ、フェアリーテイル内は騒がしくなった。
エルザが誰かに何かを頼むこと、仕事に誘うことは初めてだった。
当然、ロアも目を丸くしてそんな光景に呆然としている。
「本来ならマスターの判断をあおぐべきことだが…早期解決が望ましいと判断した。ついてきてくれるな?」
ナツはグレイを、グレイはナツを睨みつけた。
仕事どうこうではなく、二人は一緒に仕事をするのが嫌だったのだ。
とはいえ、そんなものがエルザに通用するはずもない。
「なんだ?まさか仲良くしていなかったのか?」
「そ、そんなことないぜ!」
「あぁ、オレ達は、いつでも仲良しだぜ!」
「そうか、なら良いな」
ミラ曰く、フェアリーテイル最強チーム結成の瞬間だった。
「ふふ、ロアは少し寂しそうね」
「え…?」
「本当はあの三人のチームが羨ましいんじゃない?」
「…まぁ」
この日は嘘も吐けなかった。ナツとグレイとエルザが一緒だなんて、面白いに決まっている。
そんな仕事なら喜んでついて行くのに。
「ついて行っちゃえば?」
「え、そんなこと出来ねぇよ」
「実は私…ルーシィに一緒に行くように頼んじゃったのよね」
「…よ、余計なことを…!」
そんな状況を放っておくわけもなし。ロアもその最強チームの後をつけることにしたのだった。
・・・
マグノリア駅。
結局こそこそとついて来てしまったロアは、少し離れたところから様子を伺っていた。
何よりも心配なのは、ナツとグレイの仲の悪さだ。先程からもめてばかりいる二人に、ロアは飛び出しそうになるのを堪えていた。
「オマエ一人で行けよ!」
「じゃあ来んなよ!後でエルザに殺されちまえ!」
恥ずかしい。その一言に尽きる。
「あ、エルザ」
ルーシィがそこにいないエルザの名を呼べば、二人は肩を組んで無理矢理笑みを作った。
どうやら、ルーシィはとうとう二人の扱い方を覚え始めたらしい。
「待たせたな。さっさと行くぞ」
エルザが遅れて来ると、彼らは列車の中に入っていった。
遅れて来た癖にずいぶんと偉そうだな、なんてことは思っても誰も口にしなかった。
「…列車で行くのか。ナツ、大丈夫…なわけないよな」
乗り物に弱いナツが、列車なんてモノに耐えられるはずがない。
ロアは素早く彼等の後を追うと、ナツ達の会話が聞こえる位置に座った。
「う…うう…」
やはりナツは列車が動き出した瞬間から唸り声しか出していない。
そんなナツを誰も相手にはしていないようだ。
(俺ならもっと大切に扱ってやるのに…!)
心の叫びは勿論届かない。
吐き気に倒れてしまったナツを無視したまま、エルザ達は今回の仕事の話を始めてしまった。
「つーか、本題に入ろうぜ」
「そうだな…話しておこう。魔導士が集まる酒場へ寄ったとき、魔法の封印を解く、三日以内にララバイを持って帰る、などと気になることを話している連中がいたんだ」
ついてきてしまった手前、巻き込まれることは覚悟している。
ロアも内容を聞くことにして少し身を乗り出した。
「これだけなら気にもしなかったが…奴らがエリゴールという名前を出してな」
エリゴール。よくは知らないがロアにも聞き覚えはあった。
アイゼンヴァルトという魔導士ギルドのエースで、暗殺系の仕事ばかりしていた奴は、六年前に魔導士ギルドを追放され、今や闇ギルドに分類されているはずだ。
エルザ達の話を聞いていると、列車が止まった。
どうやら目的地に着いたらしい。エルザ達は話しながら列車を降りている。
「…?あれ、ナツは…」
エルザとグレイとルーシィが降りた姿は見えたがナツの姿が見えない。
急いでエルザ達の座っていた席を確認すると、乗り物酔いでダウン中のナツが座ったままだった。
「な…、なんで置いて行ったんだよ!」
若干吹き出しそうになるのを抑えながら、ロアはナツの肩を揺らした。
「ナツ、もう皆降りたぞ。早く降りないとー…」
列車が発車するぞ、と言おうとした瞬間にガタンと列車が動き出した。
思いの外大きかった揺れに、ロアの体も傾く。
そのままロアはナツの体に重なるように倒れてしまった。
「悪い、ナツ…」
立ち上がろうとするも、腕が絡みついてきて動けない。
顔をロアの体に刷り寄せてきたナツは、目を閉じたまま嬉しそうに笑った。
「ロアの匂い…」
「お、おいナツ!意識あんのかないのかはっきりしろ…!」
引き剥がそうとしても力強い腕は離れてくれない。
抱き合った状態のままロアが困惑していると、一人の男が近づいてきた。
「なんだ、正規ギルドってのは男同士いちゃいちゃするの?」
声に振り返ると、知らない男がにやつきながらこちらを見ている。
その男は、何を考えているのかナツの座っている前の席に座った。
「フェアリーテイルだろ?可愛い女の子も多いのに…可愛い男の子もいるなんてね」
「…なんだよお前」
「いいなぁ…光のロアだけでも分けてよ」
ぐいっと腕を掴まれて体が怪しい男の方に向く形になった。相変わらず腰に絡みつくナツの腕が離れないせいで上手いこと抵抗出来ない。
「ナツとデキてるってホント?」
「はぁ!?ていうかこの図恥ずかしいから腕、離せって!」
思わずナツの頭を殴ると、同時に列車が止まった。またよろけて今度はその怪しい男の方に倒れ込む。
「おわ…っ」
「あれ、なんで…ロア…」
殴ったのが原因か、はたまたロアの声か。
今になって顔を上げたナツは、目の前で知らない男に抱きしめられているロアを目にした。
「てめぇ!ロアに何してんだ!」
「はぁ!?何もしてねぇよ!」
すぐさま起き上がったナツが誤解故に男をぶん殴る。
「ちょ、おいナツ、違…」
こんなところで問題起こすワケにはいかない。ナツを止めようと口を開いたロアは、目の前に不気味なものが見えて言葉を止めた。
怪しいこの男の鞄から覗く、変な形の笛…のようなもの。
「…って、そんなことどうでもいい、ナツ!降りるぞ!」
「ん、おう」
男と本気で殴り合いを始めそうになっていたナツに声をかける。
幸い、ナツは素直に頷いてくれた。
「おいてめぇ!アイゼンヴァルトに手ぇ出したんだ!ただで済むと思うなよ!」
「アイゼン…?あ、ナツ、ちょっと待って!」
「待てねぇ!」
動いている列車から、ナツはロアを抱えて飛び出した。
窓ガラスが割れて、風圧に飛ばされそうになるのをナツにしがみついて耐える。
今の、アイゼンヴァルトって今回の仕事に関わる奴だったんじゃ…。
そう思いながら、ナツの腕から離れて着地すると、ナツはグレイと激突して吹っ飛んで行った。
「え…グレイ?」
「ナツ!無事だったか!」
その声はエルザのもので。どうやらエルザ達もナツがいないことに気付いて列車を追いかけてきたようだ。
その目はロアの存在も捕らえてしまった。
「ん…?何故ロアがいる?」
「あ!いや…偶然?」
「そうだ!ロア、大丈夫だったか?あの変態…許さねぇ」
飛んで行ったナツが走ってロアに駆け寄る。そのナツの発言にエルザも目を光らせた。
「ロア、痴漢にでもあったのか!?」
「いやいや…あれは事故だし。つか、あいつ、アイゼンヴァルトって言ってたぞ」
「何?どんな奴だった!?」
さすが、仕事のこととなるとしっかりしているエルザに、ロアはその男の特徴について説明した。
そして、中でもロアが気になったもの。
「なんか、骸骨みたいな形した笛…みたいなものを持ってたんだよな」
「そ、それって、もしかして」
「ルーシィ?心当たりがあるのか?」
どういうわけか、一番詳しくなさそうなルーシィがぱっと反応した。
「それって多分、ララバイ…なんじゃないかな!」
ララバイ、死の魔法と呼ばれるもの。それは、集団呪殺魔法という恐ろしいものだとルーシィの説明で明らかになった。
「ルーシィ、詳しいんだな」
「いや…私も本で読んだだけなんだけど…」
「まずいな…急ぐぞ!」
皆で車に乗り込むと、エルザは荒々しい運転で一気に飛ばした。
奴が列車に乗っていると分かった以上、目指すは次の駅、オシバナ駅だ。
オシバナ駅は既にアイゼンヴァルトによって占領されていた。軍隊も動いたようだが、全滅。
アイゼンヴァルトの狙いは、駅内にある放送を使って呪歌、ララバイを流すこと。そして大量殺人を行うことだと判断したナツ達は、それを防ぐためにアイゼンヴァルトに対抗していた。
「ナツとグレイはエリゴールを追え!」
エルザの指示に渋々従った二人は一人笛を吹くと言って消えたエリゴールを追った。
必然的に残りの雑魚たちはエルザとロアとルーシィで倒すことになる。
「いいのか?女三人で」
「それにしてもいい女だな、とっ捕まえて売るか」
下劣な発言を繰り返すアイゼンヴァルトの奴らに、エルザとロアがキレた。
「これ以上フェアリーテイルを侮辱してみろ。貴様らの明日は約束できんぞ」
「つーか…女は二人だっての!」
エルザは魔法の鎧に換装して一気に周りの敵を倒し、またロアも光で生成した剣を自在に操り敵をなぎ倒した。
その姿を見て敵もすぐに圧倒的な実力の差を思い知る。そして気付くのだった。
ティターニアのエルザと、光のロアと呼ばれる二人だと。
「エルザ!俺は外に出て人々を誘導するから、エルザも駅から離れるよう呼びかけてくれ」
「あぁ、わかった」
ロアは一人駅から出た。
どう考えてもここはエルザだけで十分だったからだ。
「すんません、それ貸してください」
「え?はい」
警備をしていた人から拝借したメガホンを口の前へ持っていく。
「駅は悪い魔導士によって占拠されている!出来る限りのここから離れてくれ!」
キーンと耳に痛い音がなる。
しかし、人々は素直にそこから離れてくれた。
「よし。あの、これ…」
メガホンを返そうと思い振り返ると、既に警備の人も逃げていたらしい。
誰もいない駅の出口前。
そして感じた違和感。
「な、んだこれ」
見た目にはよく分からないが、どういうわけか駅が風の壁で包まれている。
手を差し込んだだけでも相当のダメージを受けそうな程の勢いで渦巻く風。
「これじゃ、入れないし…。皆も閉じ込められてる」
ということは、エリゴールの狙いは駅の放送を用いることではなかったのか。なら、他に何を。
そう考えを巡らせていたロアの上をエリゴールが通り過ぎて行った。
風を使って飛んでいる奴の能力は、やはり風とみて間違いないようだ。
「逃がすかよ…!」
幸い、エリゴールはロアが外に出ていることには気付いていない。
ロアは足に光を集めるとそれに乗ってエリゴールを追いかけて行った。
・・・
隣の町が見えるあたりで、ロアはエリゴールに追いついた。
その町とは、クローバーの町、定例会の会場がある場所で、今は正規ギルドのマスター達が多く集まっている場所だ。
「なるほど…狙いはハナからあっちだったってわけだ」
「ちっ…」
図星だったらしく、エリゴールは何も言わずにロアに攻撃を仕掛けてくる。
それに対して、ロアも光の力で応戦した。
エリゴールは風の使い手、ロアは光の使い手。互いに防げない類の魔法で、傷だらけになっていく。
「くそ…面倒な魔法使いやがって」
「いい格好になってきたじゃないか」
「あぁ?」
風で切り裂かれた服はボロボロになり、至るところ素肌が見えている。そういうエリゴールもずいぶんロアの攻撃を受けているのは同じで血が滴っている。
「さっさとケリつけてやる」
ロアが手に力を集中させる。
その背後から、ものすごい勢いで何かが通り過ぎた。
「…ナツ?」
ハッピーに捕まって飛んできたナツがロアに気付いた。
その姿が、あまりにもボロボロで、というのは間違いでボロボロなのは服だけだったが、ナツはそれを見て完全に頭に血を上らせた。
「てめぇ…!許さねぇ!」
「おい、ナツには無理だ!」
「あぁ!?ふざけんな無理じゃねぇ!」
実際無理な相手だった。エリゴールとナツの愛称は最悪だったのに、怒りでナツはパワーアップしていた。
「な、なんだその力は…!」
驚いたのは敵であるエリゴールだけでなく、ロアもだ。
強すぎる風の前では、炎は消されてしまうと思ったのに。
ナツの火竜の劍角がエリゴールにクリーンヒット。あっけなくロアの目の前でエリゴールは倒されていた。
「ロア!大丈夫か!?」
「いや…俺は全然、大丈夫だけど」
「オイラ知ってるよ、こういうの卑猥っていうんだよね!」
ロアの服の隙間から覗く白い肌。それを見たハッピーがにやにやと笑っている。
「は?卑猥?」
「卑猥…」
「ちょ、そんな目で俺を見るな!」
その後すぐにエルザ達も車で追いついて、隣町を目指して再び車に乗り込んだ。
・・・
そこには既に最初にあった怪しい男…カゲヤマがマスターマカロフの前に立っていた。
その手には笛が握られているが、マカロフの言葉が胸に響いているらしく、笛を吹く様子は見られない。
「そんな笛に頼らんでも、明日を信じて踏み出せば、おのずと力は湧いてくる」
エリゴールに裏切られ傷を負わされた上に、エルザやグレイに救われていたカゲヤマは既に心に迷いが生まれていた。
更にマカロフの言葉があって、笛をとうとう手から離してマカロフの前に土下座した。
「さすがマスター!」
「これで一件落着だな」
ナツたちもマカロフに近づいて賞賛する。
しかし、ララバイが黙っていなかった。
『どいつもこいつも根性ねぇ魔導士だ…』
「笛がしゃべったわよ!」
慌てるルーシィの周りで、騒ぎに集まってきたギルドマスター達が呟く。
「こいつぁ…ゼレフ書の悪魔だ」
黒魔導士ゼレフ。魔法界で最も凶悪だったといわれた魔導士で、この笛も生きた魔法だったのだ。
笛から出てきた煙は形を成していき、気付くと大きな怪物になっていた。
しかしそこには、フェアリーテイル最強の魔導士、エルザも、ロアもナツもグレイも皆戦える状態でそろっていた。
呪歌を唱える前に、全員で一斉に攻撃をしかけていく。
エルザの換装による剣に、ロアの光、ナツの炎、グレイの氷。
あっという間に怪物は倒されていた。
「す…すごい」
見ていたカゲヤマも、ルーシィもギルドマスターたちもフェアリーテイルの魔導士の力に茫然としている。
これがフェアリーテイル最強のチームだ、と。
しかし、あまりの暴れっぷりに定例会の会場まで破壊され、結局フェアリーテイルの評価が変わることはないのだった。
・・・
「ロア、その格好…どうしたんだよ」
帰り際、声をかけてきたのはグレイだった。その格好とは言わずもがな切り裂かれて役割を果たせていない服にことを指している。
「いやぁ、エリゴールがなかなか厄介で」
「あの野郎か…オレも一発殴っとくんだったぜ…」
と言いつつ、グッジョブと拳が握られていた。胸も腰も太腿も、裂かれた服の隙間から肌が覗いている。
「おい、グレイ、ロアから離れろよ」
「あ?なんでだよ」
「やらしい目でロアを見んな。タレ目」
「なんだと?」
二人の喧嘩が始まりそうで、ロアが二人を止めようと拳を振り上げる。しかしその手は振り下ろされることなく、体ごとエルザに引き寄せられていた。
「二人とも、私のロアを取り合うな」
「エルザもかよ!」
ロアとルーシィは最強チームの阿呆っぷりを目の当たりにして、大きくため息を吐くのだった。
さっきまでのかっこよさは一体なんだったのか。
「…あたしも参加した方がいいの?」
「…やめてくれ」