ナツ夢(2012.02~2016.05)
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別段変わったことなどない日常。
いつも通りに始まると思われた朝、フェアリーテイルと書かれたギルドの前で騒ぎは起こった。
「ギルドの前で人が死んでっぞ!」
どたどたと大げさな程に足音を鳴らしながら少年がやって来る。
桃色の髪をしたその少年、ナツは入口の方を指差し、足踏みしたままギルドメンバーに訴えかけた。
「誰か、早く来てくれ!」
いつも朝から騒がしいナツだ。一瞬は誰もが「またナツが騒いでる」くらいに思ったものだが、妙な発言に耳を疑った。
そしてそれが本当ならば、厄介な話だ。“人が死んでいる”だなんて。
「ナツ、それは本当かの?」
「お、おう!こっちだ!」
それを聞きつけて、ギルドマスターであるマカロフまでもが外に出る。
俄かにも信じ難いことだが、ナツがそんな嘘を吐くとは思えなかったのだ。
「ほら、こいつ…!」
そしてナツの言う通り、外に出てみればそこには薄汚れた少年が倒れていた。
ナツが目を揺らがせて、心配そうに見下ろす。
その小さな子供に、マカロフは近付いて静かに手のひらを重ねた。
「な、なぁ…そいつどうだ…?」
恐る恐るナツが問いかける。
じっと少年の様子をうかがっていたマカロフは、ゆっくりとナツの方へ顔を向けるとニッと笑ってみせた。
「寝ているだけじゃな」
「寝てる!?でもコイツ傷だらけ…」
死んでいると疑うのも無理はない、それくらい子供の体には無数の傷がつけられている。
しかし、微かな息に、胸は上下に動いている。
それに気付き、ナツはへたっとその場に座り込んで安堵の息を吐き出した。
「そっか、生きてんのか…!」
「うむ。誰か、こいつを運んでやってくれんかの」
ほっとしたナツの横で、マカロフがぱっと立ち上がった。
死んでいなかったとはいえ、放っておくわけにはいかないだろう。
子供をギルド内へと運び込み、寝かせて体を拭ってやる。
そこでようやく判明したのは、ナツと変わらないくらいの少年であるということ。
そして、痛々しい傷の数々は最近襲われたというよりは、何度も植え付けられたものだということだった。
「可哀相に…綺麗な金の髪じゃないか…」
一人が呟いて、様子を見ていた他の者も強く頷く。
綺麗なのは髪だけではない。その髪見合う程に整った容姿。金と釣り合いの取れている白い肌。
「なぁ、こいつ、目ぇ覚ますよな!?」
「大丈夫じゃよ。暫く安静にしてやってくれ」
マカロフはその金の髪を優しく撫でて、布団をかけた。
包帯を巻かれた体はまだ痛々しいが、命に別状がないならば安心だ。
ギルドの皆もその少年の意識が戻ることを信じて、その場は見守るということでおさめた。
・・・
翌朝。ナツは少年の様子を見る為にいち早くギルドに向かっていた。
どんな風に話すのだろう、どんな風に笑うのだろう。いろんなことが気になって、落ち着いてなどいられなかったのだ。
「ただいま!!」
挨拶も適当に、ナツはギルドの扉を開け放った。
その瞬間目に映った光景に、ナツは言葉を失って目を見開いていた。
「…お、かえり…?」
それは、ナツの言葉に対する返答だったのだろう。
寝かされていたはずの少年は、腰から上を起き上がらせてこちらを見ている。
「おっ、お前起きたのか!体大丈夫か?」
たたっと駆け寄って少年の顔を覗き込む。
少年はびくっと震えた体を反らし、ナツを怪訝そうに見つめた。
「…君は、誰…?」
「オレはナツ!お前は?」
「ぼ、僕は…ロア」
「ロア…お前すげぇ綺麗だなぁ」
思わずナツが漏らした言葉は、その瞳のことを指していた。
髪と同じで金色に輝く瞳は、吸い込まれるような美しさを誇っている。
ナツの煩い声を聞きつけてか、少しずつ集まって来たギルドのメンバーの反応も同じであった。
遠目に見ても分かる。その造形の美しさは、不気味にも感じる程だ。
「もしかして…お前は光の力を持っているのではないか?」
「え…っ」
ロアの姿を見て言ったのはこのギルドに所属する少女、エルザだった。
たんたん、と軽い足音を鳴らしながら近付いてくるエルザに、再びロアは体を強張らせる。
しかしそんなことに構うことなく、エルザはロアを鋭い目で見降ろした。
「そうだろう?」
「…っ、あ、の…」
戸惑い目を泳がせる少年。
突然のエルザの話に困惑しているのは彼だけでは無かった。
「光の力?なんだそれ。あっ!もしかしてドラゴンの!?」
「ナツ、怪我人の前だ。静かにしてろ」
「ぐえっ!」
身を乗り出したナツを片手で吹っ飛ばしたエルザの目は、一度もロアから逸らされない。
光の力。あまり多くは存在しない、珍しい力だ。
目が金色というのはよく言われる特徴の一つであり、美しいと思われる一方で、不気味とも思われる。
少年の見た目はその言い伝えそのものだった。
「ど…どうしてわかったの…?」
「やはりな。…マスター」
小さな声での返答に、エルザは強く頷きながらマカロフに視線を移した。
それに気付いたマカロフも、すぐに少年へと近付く。
「うむ。ロアよ、フェアリーテイルに入る気はないか?」
「え…?」
マカロフの発言に驚いた周りの面々に対し、ロアの強張った体からは力が抜けた。
微かに瞳を揺らし、嬉しそうに口が開かれる。
「いいの…?僕、フェアリーテイルに入りたくて逃げてきたんだ」
「そうかそうか」
「ここなら、僕も受け入れてもらえると思って…」
「勿論じゃ。ようこそ、フェアリーテイルへ」
「…っ!」
マカロフが頭を撫でようと手を伸ばせばロアの体が一瞬びくりと震える。
しかし、頭の上に乗った手が優しいものだとわかると、ロアの緊張は解かれた。
「可愛い子…お前さんは、今からフェアリーテイルの家族じゃ」
「っ、家族…」
「嫌か?」
「ううん…!」
その時、ロアは初めて柔らかく微笑んだ。
この少年の人生を変える大きな出来事であり、またフェアリーテイルにとっても大事な日。
それは、もう7年ほど前の話。
当時13歳だったロアは20歳になった。
たんたん、と軽い足音が近付いてくる。
騒がしいギルドの中、その音が聞こえる者は少ない。
しかし、それに気付いたミラジェーンはふふっと笑って階段に視線を向けた。
「あら、久しぶりね、ロア」
「おはよう、ミラ」
「残念だけど、もうお昼よ」
二人の会話にギルドのメンバー達の視線が一か所に集まる。
注目の先にいるのはロア。
ロアの登場でギルドがざわつくその理由は、ロアがあまり姿を見せないギルドメンバーだからというところにある。
「最近は何をしていたの?」
「別に何もー。寝て起きての繰り返しだよ」
「まぁ、ダメよそんなの」
そんなグータラな生活を送っているくせに、このロアという男はとても美しかった。
容姿も良くてスタイルも良い。
女からすれば羨ましい限りである。
「そんな生活を続けるなら、マスターに言いつけるわよ」
「…言いつけなくたって知ってるよ、マスターは」
「もう。マスターったらロアに甘いんだから」
ミラはやれやれと首を左右に振った。
昔、何度も攫われかけたロアはギルドに常に置くことで守ろうと意見が一致し、それ以来ギルド二階に個人の部屋をもらったのだ。
しかしそのせいで若干引きこもり気味である。
「あれ?ナツはまだ来てないんだ?」
「ナツならもう出て行ったわよ」
「…え?」
「なんでも、イグニールの情報が入ったんですって」
「はー…なんで俺を誘わねぇんだよアイツ」
最初に声をかけた相手ということで、ナツとは自然と一番仲良くなった。
それはもう、昔はよく一緒に仕事をしたものだ。
しかし、ロアの扱いが少し保護的なものになってからは共にいられる時間も減ってしまった。
それは当然、ロアのせいでもあるのだが。
「お、ロア来てんじゃん」
「あぁグレイ、久しぶり」
とん、とロアの肩に手を置いたのは、グレイだ。
グレイはそのナツのライバルであるために親しくなったというのが大きい。
「相変わらず、その服のセンスはどうなんだ?」
「似合ってるだろ?」
「ま、似合ってっけど」
「つか、グレイは人の服装どうこうの前にちゃんと服着て来い」
「おわ!いつの間に!」
昔からの癖だとかで、グレイはすぐに服を脱ぐ。パンツ一丁…なんていつものことだが、久々に会ってそれで登場されても困る。
「今日はなんで降りてきたんだ?」
「特に意味はないけど…ナツに会いたいなって」
「…ナツ、ねぇ」
グレイの表情が一気に冷めたものに変わった。
「おいおい、名前出しただけでそれかよ」
「お前の口から聞くのが一番イラつくんだよ」
グレイの手がロアの髪の毛を掴む。
一つに結われた髪が引かれれば、二人の距離はぐいと縮まった。
息がかかりそうな程に近い距離。
「な、何すんだよ…」
「お前さぁ、鈍感なの?それともわざと?」
「はぁ…?」
意味が分からない。
ロアはさすがにこの距離をなんとかしようと、強くグレイの胸を押した。
それでも動かなきゃ殴ってやる。
そんなことを思っていると、ギルドの扉がばんっと開かれた。
「ただいまー!」
大きな声を上げながらどかどかと入ってくる。確認しなくとも分かる。ナツが帰ってきたのだ。
ロアはグレイから顔を逸らし、そして、満面の笑みを浮かべた。
「おかえり、ナツ」
「おう、ロア!来てたのか!」
ぱっとナツもロアに笑顔を向ける。
気付かれないようにロアを離したグレイはあからさまに不機嫌そうな顔をしていた。
「イグニール?だっけ。どうだった?」
「そうだ!どこにもいないじゃねーか!デマ流しやがって!」
ナツが怒りに声を荒げる。
どうやらイグニールがいるという情報は嘘だったらしい。
ロアを見て忘れていたそのことを思い出してしまったナツは、情報提供者を殴りに行ってしまった。
「おい、ナツ…って、もう聞こえてねーか…」
フェアリーテイルは仲の良いギルドであるが、どいつもこいつも喧嘩っ早いところがある。
騒ぎに便乗した奴らで、あっという間に乱闘が始まってしまった。
「チッ…おいナツ!この間のケリつけんぞ!」
「あっ、ちょっとグレイ!」
そんな騒ぎにグレイが参加しないはずもなく。
更に大荒れとなったギルド全く気にしない様子でいるミラは、入口付近に目をやってロアの肩を叩いた。
「あら、ロアあそこ見て!」
「ん?何…」
その先には見たことのない一人の女。容姿も可愛らしく、体の方もスレンダーなナイスバディで、この状況を楽しそうに見ている。
「誰…?新入り?」
「そうかも。ナツが連れてきたみたいだし」
「え、ナツがあの子を…?」
女だとか、そういう恋愛ごとなど一切無縁そうなナツが。
信じがたい事実と、目の前に晒された証拠に、ロアは何故か苛立ちを覚えた。
思わず大股でナツに近付いていく。
「おいナツ!」
「ん?おぉ、ロア!」
笑顔で振り返ったナツの頬を、両手で思い切り挟む。
ぱしんっと音がして、騒いでいたナツも黙り込んだ。
「…いつからナンパなんて出来るようになったんだよ」
「…んぐ…!?」
「どんな口説き文句を使ったら、ナツがあんな子を連れて来れるんだろうなぁ…?」
一瞬、しんと静まり返る。
その後巻き起こるのは、大きな笑いだった。
「ほんとだ!ナツが連れてきた女可愛いぜ!」
「ナツのくせに!」
あっという間に注目の的となった少女は、困惑した様子でわたわたとしている。
そんな姿も女の子らしく微笑ましい。
ギルドのほとんどは可愛い子が来たと興奮しているようだが、ロアの唇は不服そうに尖った。
まさか本当にナンパしたんじゃあるまいな。ナツの癖して。
じっと、その少女を見つめていると目が合ってしまった。
「あ、」
「あ…!初めまして、『光のロア』ですよね?」
「え、あぁ…うん、そう呼ばれることもあるかな」
「あたし、フェアリーテイルに入りたくて…ナツとは偶然会ったんです」
ルーシィと名乗った少女は何故だか、ナツの代わりに弁解を始めた。
というのも、ルーシィのお気に入りの雑誌「週刊ソーサラ―」という魔法専門誌に“ロアはナツに惚れている!?”という記事があったからなのだが。勿論当人が知るはずもない。
「で、ナツはなんで一人で行ったんだよ」
「え、なんでって」
「イグニール探しだろ?誘えよな」
「なんだ?寂しかったのか!」
「…歯、食い縛ろうか」
調子にのってケラケラと笑うナツにロアの表情が凍った。
本気でいっぺん殴ったろうかと握りこぶしを作る。
丁度その時、ギルドの奥から大きな影が現れた。それに気付き、暴れていた皆が動きを止める。
「何を騒いどるか、馬鹿もんが」
その影の主は、フェアリーテイルのマスター、マカロフだ。
「あら…いたんですか?マスター」
「マスター、ナツがこの可愛い女の子に手を出しました」
「ほぅ…新入りかね」
マカロフの威圧感にルーシィはびくっと背筋を伸ばした。
しかしそのマカロフはというと、プンプン…という謎の効果音と共に元のサイズに戻っていく。
その音が消えた頃には、化け物のような影からちんまりとしたおじいさんが現れていた。
「よろしくネ」
「は、はぁ…」
茫然としているルーシィを余所に、マカロフは評議会から送られてきた文書をばっと開いた。
「全く、お前達はどれだけ問題を起こせば気が済むんじゃ」
「あ、もしかしてまた苦情届いたんですか?」
「はぁ、ワシは頭が痛い」
そもそも外に出ないロアは、さも他人事のようにくくっと笑った。
外に出ない、仕事に行かない。つまり問題を起こしようがないのだから。
「まずロア」
「え、俺?」
油断していたロアは間抜けな声を発してマカロフに視線を向けた。
何を言われるのか全く想像がつかず、ごくりと唾を飲む。
「もっと働かんか!」
「…」
「可愛いから許しちゃおっかの」
おい、それでいいのか。
皆が浮かべた突っ込みに気付いてか、マカロフは何度か咳払いをしてからその文書に書かれた問題を一つ一つ読み上げた。
グレイ、エルフマン、カナ、ロキ、そしてナツと悪い評価が続く。
フェアリーテイルは暴れてばかりで、マカロフはいつも評議員に怒られてばかりだった。
しかし、マカロフは笑って言った。
「評議員などクソくらえじゃ。自分の信じた道を進めェい!それがフェアリーテイルの魔導士じゃ!」
ルーシィはこのフェアリーテイルの自由さに憧れていたし、ナツもロアもこのフェアリーテイルが大好きだった。
過去に何かあったもの、悩みを抱えた者ばかりギルドだが、皆の絆が深く、実際のところ実力もあるギルドだ。
「よろしく、ルーシィ」
「あ…!こ、こちらこそ!」
にっと笑ったロアは大人な雰囲気の割に可愛らしくて、ルーシィは照れながら差し出された手を握った。
「ルーシィ、ロアは駄目だからな!」
「何がよ!」
「ロアのこと気になるとか言ってただろ」
「そんな深い意味で言ってないわよ!」
二人の間に割り込んだナツは既にルーシィとずいぶん仲良くなっている。
ナツはロアの時もそうだが、誰とでも打ち解けるのが早い。
それがいいところであり、ルーシィがここに来れたそんなナツに出会えたからだろう。
なんか、悔しい。
「…ナツのくせに」
「あ?なんだよロア」
「なんでもねーよ」
ルーシィが雑誌の記事に確信を持ち始めた瞬間だった。
ルーシィが新入りとしてフェアリーテイルにやってきてから、数日後。
ナツとロアとルーシィは山道を登る馬車に乗っていた。
「ナツ、大丈夫かよ」
「うぅ…駄目だ…ロア背中擦ってくれ…」
「はいはい」
ナツの背中を擦りながら、ロアは楽しそうにしているルーシィを見た。
これは仕事ではない。
フェアリーテイルの一員であるマカオが仕事に行ったきり戻って来ていない。
それをマカオの息子であるロメオが心配していることを知ったナツが勝手に動いたのだ。
それについて来たのがロアとルーシィの二人。
「ルーシィ、こんなのに付き合わなくても良かったんだぞ?」
「いやぁ、せっかくだからフェアリーテイルの役に立つことしたいなぁって」
「ふーん…そりゃあいい心がけだな」
「ロアー…み、水…」
「ねぇよ、んなもん」
ナツは何故か乗り物に弱く、馬車の揺れで完全にダウンしている。
しかし暫く山道を登っていた馬車は急にガタンと音を立てて止まった。
普通なら焦るこの場面で、途端にナツは元気を取り戻して立ち上がる。
「止まった!」
「着いたの?」
「いや…まだ、目的地までは時間がかかるはずだ」
馬車から降りると、そこは夏なのに酷い吹雪。馬車は前も見えないような吹雪の中、進むことが不可能になり止まったようだった。
「仕方ないな、ここからは歩いて上まで行こう」
「そーだな」
全く動揺することなくロアとナツが歩き出す。
しかし、ルーシィは寒さと驚きとでその場に立ちすくみ、自分の体を抱きしめた。
「ちょっと、二人とも平気なの…!?」
「んー…まぁ予想の範囲内?」
「ルーシィ、もうへばったのかー?」
「さっきまでへばってたアンタに言われたくないわよぉ!」
そんな会話を交わしながらも、ロアとナツは先に進んでいく。
二人の落ち着きように困惑しながらも、ルーシィは寒さから逃れる為に、ホロロギウムという時計型の星霊の中に入った。
「いいなぁ、それ」
「『ナツもロアも寒くないの!?』と申しております」
「…寒いよ」
「ロア、オレから離れんなよ」
炎の魔法を使うナツは特別で、寒さはあまり感じていないようだ。
当然そのナツの体も熱を持っていて、ロアは歩きにくくならない程度でナツの傍にくっついていた。
「『ところで…マカオさんはどうしてこんなところに?』と申しております」
ホロロギウムの中から話すルーシィの言葉はいちいち面倒な言い回しで伝えられる。それでも一語一句間違えずに伝えられたルーシィの言葉にロアは小さく笑った。
「おいおい、知らずについて来たのかルーシィ」
「凶悪モンスター“バルカン”の討伐だ」
ナツの簡潔な回答にルーシィの顔は一気に青ざめた。
そんな危険な場所だと知っていたら来なかったのに。
思わず帰りたいとぼやいたのも、ホロロギウム越しに伝わり、ナツは呆れ、ロアは苦笑いを浮かべた。
その時、辺りに激しい雄叫びが響いた。
この状況の中、それが凶悪モンスターと言われるバルカンのものだということに気付かないはずもなく。
「ナツ、後ろ!」
「おお!」
瞬間的にナツとロアは左右に飛びのき避ける。
姿を現したのは、ゴリラのような姿をしている化け物、バルカン。
そのバルカンは、ナツに軽くあしらわれると、その隣にいるロアに気付いて目を輝かせた。
「人間の女!」
「…は?」
「女!」
目をハートしているバルカンの標的はロアに移っていた。
「いや…女はあっち」
ロアは少し離れた位置でホロロギウムの中に入ったまま動いていないルーシィの方を指さす。
立ち止まってロアの視線の先を追ったバルカンはルーシィの姿を確認した。
暫くじーっと二人が見つめ合う。
ごくり、と唾を飲んだルーシィだったが、バルカンはぱっとロアの方に振り返った。
「こっちがいい!」
「…マジか」
「『狙われても困るけどそれはそれで落ち込むわ!』と申しております」
バルカンが今度こそロアに迫る。
しかし、すっかりロアに夢中になったバルカンは攻撃する気を失っているらしい。
ロアはバルカンに抱き上げられるも、抵抗することなく身を任せた。
「ロア!」
「あー…。俺、先に行ってくるわ。ナツ、助けに来てくれよな!」
これはバルカンの住処まで連れて行ってもらえそうだ。
そう判断したロアは、ナツとルーシィに手を振ってみせた。
「え、ちょっとロア!?」
ぽかんとしたルーシィとナツからロアが離れていく。
強い吹雪の中、バルカンはロアを抱えたまま山の上へ走って消えて行った。
「畜生!ロアを返せ!」
「『ちょ、ちょっと置いて行かないでよ!』と申しております」
それを追って、ナツは全力で雪山を登って行った。
・・・
バルカンに抱き上げられた状態のまま、ナツの叫び声を聞いたロアは安心していた。
これでバルカンの住処まですぐに行けるし、ナツもすぐに追いつくだろう。ルーシィは…頑張れ。
「うわっ」
突然バルカンが止まったと思うと、そこに下ろされた。
その乱暴さにロアは小さく舌打ちをしたが、よく見ればそこはもう氷の壁に覆われている。
「だいぶ時間の短縮になったな」
予想通り、これはラッキーだ。
ふふっと笑ったロアに被さるのは黒く大きな影。そのバルカンは鼻息を荒くしながら近寄って来ていた。
「女!」
「いや、残念だけど女じゃねーんだって…!」
顔を近づけて来られるとさすがに気持ちが悪い。ロアは思い切りバルカンの顔をぶん殴った。
しかし、図体の大きなバルカンはロアの細腕パンチじゃ少し後ろに下がるだけ。
「つか硬ぇな」
しまった。怒らせたかもしれない。
ロアも一歩後ろに下がって身構えた、その時。
「ロアー!無事かー!?」
「おっ、早いな」
高速で追いついてきたナツが飛び込んできた。
「おわぁ!?」
「ちょ、ナツ!?」
かっこよくヒーロー登場かと思いきや、氷で滑ってそのまま壁に激突したナツは、バルカンの腕に弾かれ、崖から真っ逆さまに。
あまりに早い一連の流れに、ロアは手も足も出してやることが出来なかった。
「うわあああ…!」
「ってオイ!ナツの阿呆…!」
崖の下を覗いても、雪が視界を遮ってもう姿が見えない。ナツだから大丈夫だとは思うが、さすがに不安が募る。
「大丈夫…だろうなぁ…?」
不安と寒さとで少し声が震える。
それからすぐ、ナツと入れ違いに遠くからルーシィの声が聞こえてきた。
「置いてかないでよぉ…!」
「しまった、このタイミングで…」
女好きであるバルカンはルーシィにも目をつけると、女、女と浮かれ始めている。
待てよ、今がチャンスかもしれない。ロアは光で剣を形成し、バルカンに突っ込んだ。
ロアの剣は目には見えない光の剣。
これでバルカンの首を落とせると確信したロアだったが、振り返ったバルカンに思い切り抱きしめられていた。
「っ!?」
女好き故か、ロアが近づく気配を感じ取り、反射的にロアを抱きしめるという行動に出たようだ。
べろっとバルカンの舌がロアの首元を舐めあげる。
「うわっ…」
その気持ち悪さに思わず集中力が途切れ、魔法で作っていた光の刀が形を失ってしまった。
そこにタイミングよくルーシィが辿り着く。
「あ、え!?ロア、大丈夫!?」
「っ、こいつ気持ち悪い、集中出来ねぇ…!」
「任せて!開け…金牛宮の扉…タウロス!」
ルーシィが得意としている星霊魔法を使って大きな牛の姿をした星霊を呼び出す。
ルーシィの力にロアが感心したのは…一瞬だった。
「ルーシィさん!相変わらずいい乳してますなぁ」
タウロスは全く戦う気もなく、ルーシィにハートの目を向けているだけ。
「ルーシィ…お前、自分の星霊にそういうこと…」
「ち、違うから!誤解しないで!」
その間にもバルカンはロアのお尻を撫で回し、首元にふんふんと鼻息を吹きかけ続けている。
更にぐいぐいと抱きしめてくる腕の力は強く、全身が締め付けられていく。
「っ、き、もち悪ぃんだってのお前は!」
全身に走る悪寒に、ロアが声を上げた時。
「ロアに何してんだ!」
「ナツ!」
どうやって帰ってきたのか、崖から落ちたナツが戻ってきて、ロアを抱きしめていたバルカンを蹴り飛ばした。
追い打ちをかけるように鉄拳をくらわすと、そのバルカンは飛ばされて壁に食い込む。
あっという間に、バルカンは完全に気を失ってしまった。
「ちょっと…この猿からマカオさんのこと聞くんじゃ…」
「あ!そうだった」
「いや待て、あのバルカン…」
ロアがバルカンの異変に気付き目を見張る。
すると、三人の目の前でバルカンはマカオに姿を変えていった。というのは逆であり、実際はマカオがこのバルカンに姿を変えられていたのだった。
「マカオ!おい、無事か!?」
「待てよナツ!あんま揺らすなって」
これはテイクオーバーという魔法の一つで、体をのっとるという類のものだった。
これでも、バルカンにやられているという最悪の事態でなかったことが不幸中の幸い、と思うべきか。
「これはナツがやったせいじゃないな…。深い爪痕がある」
ロアはマカオを抱き起こすと、雪の上に丁寧に寝かせた。
「なぁナツ。この傷口、お前の火でふさげねーかな」
「…出来る!出来ねぇわけがねぇ!」
ぐっとナツが手を拳を作って頷いた。
ギルドで暴れている時とは違う、真剣な顔つき。ロアは、安心してマカオをナツに任せた。
ナツは強い。ナツの言葉には強い力がある。
ロアが信じた通り、マカオはナツの応急措置でなんとか難を逃れることが出来た。
しかし、ゆっくりと目を開けたマカオは悔しげに顔を歪めた。
「くそ…情けねぇ…19匹までは倒したんだが…20匹目で」
「もういい!マカオしゃべんな!」
「ロメオに…会わせる顔がねぇ…」
「黙れっての!殴るぞ!」
今回のこと、一番真剣だったのはナツだった。
ナツは親であるドラゴン、イグニールを探すためにフェアリーテイルに所属している。
マカオがいなくなったことで泣いていたロメオに共感していたのだ。
「ナツ落ちつけよ。もうマカオは大丈夫だ…帰ろう」
「…あぁ」
彼らは傷だらけのマカオを支えながら山を下って行った。
そして全員無事にフェアリーテイルに帰り、マカオとロメオは涙の再会を果たすことが出来た。
それを前にして、ようやくナツとロアも安心し、心から微笑んでいた。
「ところで、俺…あのバルカンにケツ触られまくったんだけどさ」
「あ!?」
「マカオってそんなに飢えてんのかなぁ」
「マカオてめぇえ!」
マカオはそのすぐ後、再び深い傷を負うことになるのだった。
いつも通りに始まると思われた朝、フェアリーテイルと書かれたギルドの前で騒ぎは起こった。
「ギルドの前で人が死んでっぞ!」
どたどたと大げさな程に足音を鳴らしながら少年がやって来る。
桃色の髪をしたその少年、ナツは入口の方を指差し、足踏みしたままギルドメンバーに訴えかけた。
「誰か、早く来てくれ!」
いつも朝から騒がしいナツだ。一瞬は誰もが「またナツが騒いでる」くらいに思ったものだが、妙な発言に耳を疑った。
そしてそれが本当ならば、厄介な話だ。“人が死んでいる”だなんて。
「ナツ、それは本当かの?」
「お、おう!こっちだ!」
それを聞きつけて、ギルドマスターであるマカロフまでもが外に出る。
俄かにも信じ難いことだが、ナツがそんな嘘を吐くとは思えなかったのだ。
「ほら、こいつ…!」
そしてナツの言う通り、外に出てみればそこには薄汚れた少年が倒れていた。
ナツが目を揺らがせて、心配そうに見下ろす。
その小さな子供に、マカロフは近付いて静かに手のひらを重ねた。
「な、なぁ…そいつどうだ…?」
恐る恐るナツが問いかける。
じっと少年の様子をうかがっていたマカロフは、ゆっくりとナツの方へ顔を向けるとニッと笑ってみせた。
「寝ているだけじゃな」
「寝てる!?でもコイツ傷だらけ…」
死んでいると疑うのも無理はない、それくらい子供の体には無数の傷がつけられている。
しかし、微かな息に、胸は上下に動いている。
それに気付き、ナツはへたっとその場に座り込んで安堵の息を吐き出した。
「そっか、生きてんのか…!」
「うむ。誰か、こいつを運んでやってくれんかの」
ほっとしたナツの横で、マカロフがぱっと立ち上がった。
死んでいなかったとはいえ、放っておくわけにはいかないだろう。
子供をギルド内へと運び込み、寝かせて体を拭ってやる。
そこでようやく判明したのは、ナツと変わらないくらいの少年であるということ。
そして、痛々しい傷の数々は最近襲われたというよりは、何度も植え付けられたものだということだった。
「可哀相に…綺麗な金の髪じゃないか…」
一人が呟いて、様子を見ていた他の者も強く頷く。
綺麗なのは髪だけではない。その髪見合う程に整った容姿。金と釣り合いの取れている白い肌。
「なぁ、こいつ、目ぇ覚ますよな!?」
「大丈夫じゃよ。暫く安静にしてやってくれ」
マカロフはその金の髪を優しく撫でて、布団をかけた。
包帯を巻かれた体はまだ痛々しいが、命に別状がないならば安心だ。
ギルドの皆もその少年の意識が戻ることを信じて、その場は見守るということでおさめた。
・・・
翌朝。ナツは少年の様子を見る為にいち早くギルドに向かっていた。
どんな風に話すのだろう、どんな風に笑うのだろう。いろんなことが気になって、落ち着いてなどいられなかったのだ。
「ただいま!!」
挨拶も適当に、ナツはギルドの扉を開け放った。
その瞬間目に映った光景に、ナツは言葉を失って目を見開いていた。
「…お、かえり…?」
それは、ナツの言葉に対する返答だったのだろう。
寝かされていたはずの少年は、腰から上を起き上がらせてこちらを見ている。
「おっ、お前起きたのか!体大丈夫か?」
たたっと駆け寄って少年の顔を覗き込む。
少年はびくっと震えた体を反らし、ナツを怪訝そうに見つめた。
「…君は、誰…?」
「オレはナツ!お前は?」
「ぼ、僕は…ロア」
「ロア…お前すげぇ綺麗だなぁ」
思わずナツが漏らした言葉は、その瞳のことを指していた。
髪と同じで金色に輝く瞳は、吸い込まれるような美しさを誇っている。
ナツの煩い声を聞きつけてか、少しずつ集まって来たギルドのメンバーの反応も同じであった。
遠目に見ても分かる。その造形の美しさは、不気味にも感じる程だ。
「もしかして…お前は光の力を持っているのではないか?」
「え…っ」
ロアの姿を見て言ったのはこのギルドに所属する少女、エルザだった。
たんたん、と軽い足音を鳴らしながら近付いてくるエルザに、再びロアは体を強張らせる。
しかしそんなことに構うことなく、エルザはロアを鋭い目で見降ろした。
「そうだろう?」
「…っ、あ、の…」
戸惑い目を泳がせる少年。
突然のエルザの話に困惑しているのは彼だけでは無かった。
「光の力?なんだそれ。あっ!もしかしてドラゴンの!?」
「ナツ、怪我人の前だ。静かにしてろ」
「ぐえっ!」
身を乗り出したナツを片手で吹っ飛ばしたエルザの目は、一度もロアから逸らされない。
光の力。あまり多くは存在しない、珍しい力だ。
目が金色というのはよく言われる特徴の一つであり、美しいと思われる一方で、不気味とも思われる。
少年の見た目はその言い伝えそのものだった。
「ど…どうしてわかったの…?」
「やはりな。…マスター」
小さな声での返答に、エルザは強く頷きながらマカロフに視線を移した。
それに気付いたマカロフも、すぐに少年へと近付く。
「うむ。ロアよ、フェアリーテイルに入る気はないか?」
「え…?」
マカロフの発言に驚いた周りの面々に対し、ロアの強張った体からは力が抜けた。
微かに瞳を揺らし、嬉しそうに口が開かれる。
「いいの…?僕、フェアリーテイルに入りたくて逃げてきたんだ」
「そうかそうか」
「ここなら、僕も受け入れてもらえると思って…」
「勿論じゃ。ようこそ、フェアリーテイルへ」
「…っ!」
マカロフが頭を撫でようと手を伸ばせばロアの体が一瞬びくりと震える。
しかし、頭の上に乗った手が優しいものだとわかると、ロアの緊張は解かれた。
「可愛い子…お前さんは、今からフェアリーテイルの家族じゃ」
「っ、家族…」
「嫌か?」
「ううん…!」
その時、ロアは初めて柔らかく微笑んだ。
この少年の人生を変える大きな出来事であり、またフェアリーテイルにとっても大事な日。
それは、もう7年ほど前の話。
当時13歳だったロアは20歳になった。
たんたん、と軽い足音が近付いてくる。
騒がしいギルドの中、その音が聞こえる者は少ない。
しかし、それに気付いたミラジェーンはふふっと笑って階段に視線を向けた。
「あら、久しぶりね、ロア」
「おはよう、ミラ」
「残念だけど、もうお昼よ」
二人の会話にギルドのメンバー達の視線が一か所に集まる。
注目の先にいるのはロア。
ロアの登場でギルドがざわつくその理由は、ロアがあまり姿を見せないギルドメンバーだからというところにある。
「最近は何をしていたの?」
「別に何もー。寝て起きての繰り返しだよ」
「まぁ、ダメよそんなの」
そんなグータラな生活を送っているくせに、このロアという男はとても美しかった。
容姿も良くてスタイルも良い。
女からすれば羨ましい限りである。
「そんな生活を続けるなら、マスターに言いつけるわよ」
「…言いつけなくたって知ってるよ、マスターは」
「もう。マスターったらロアに甘いんだから」
ミラはやれやれと首を左右に振った。
昔、何度も攫われかけたロアはギルドに常に置くことで守ろうと意見が一致し、それ以来ギルド二階に個人の部屋をもらったのだ。
しかしそのせいで若干引きこもり気味である。
「あれ?ナツはまだ来てないんだ?」
「ナツならもう出て行ったわよ」
「…え?」
「なんでも、イグニールの情報が入ったんですって」
「はー…なんで俺を誘わねぇんだよアイツ」
最初に声をかけた相手ということで、ナツとは自然と一番仲良くなった。
それはもう、昔はよく一緒に仕事をしたものだ。
しかし、ロアの扱いが少し保護的なものになってからは共にいられる時間も減ってしまった。
それは当然、ロアのせいでもあるのだが。
「お、ロア来てんじゃん」
「あぁグレイ、久しぶり」
とん、とロアの肩に手を置いたのは、グレイだ。
グレイはそのナツのライバルであるために親しくなったというのが大きい。
「相変わらず、その服のセンスはどうなんだ?」
「似合ってるだろ?」
「ま、似合ってっけど」
「つか、グレイは人の服装どうこうの前にちゃんと服着て来い」
「おわ!いつの間に!」
昔からの癖だとかで、グレイはすぐに服を脱ぐ。パンツ一丁…なんていつものことだが、久々に会ってそれで登場されても困る。
「今日はなんで降りてきたんだ?」
「特に意味はないけど…ナツに会いたいなって」
「…ナツ、ねぇ」
グレイの表情が一気に冷めたものに変わった。
「おいおい、名前出しただけでそれかよ」
「お前の口から聞くのが一番イラつくんだよ」
グレイの手がロアの髪の毛を掴む。
一つに結われた髪が引かれれば、二人の距離はぐいと縮まった。
息がかかりそうな程に近い距離。
「な、何すんだよ…」
「お前さぁ、鈍感なの?それともわざと?」
「はぁ…?」
意味が分からない。
ロアはさすがにこの距離をなんとかしようと、強くグレイの胸を押した。
それでも動かなきゃ殴ってやる。
そんなことを思っていると、ギルドの扉がばんっと開かれた。
「ただいまー!」
大きな声を上げながらどかどかと入ってくる。確認しなくとも分かる。ナツが帰ってきたのだ。
ロアはグレイから顔を逸らし、そして、満面の笑みを浮かべた。
「おかえり、ナツ」
「おう、ロア!来てたのか!」
ぱっとナツもロアに笑顔を向ける。
気付かれないようにロアを離したグレイはあからさまに不機嫌そうな顔をしていた。
「イグニール?だっけ。どうだった?」
「そうだ!どこにもいないじゃねーか!デマ流しやがって!」
ナツが怒りに声を荒げる。
どうやらイグニールがいるという情報は嘘だったらしい。
ロアを見て忘れていたそのことを思い出してしまったナツは、情報提供者を殴りに行ってしまった。
「おい、ナツ…って、もう聞こえてねーか…」
フェアリーテイルは仲の良いギルドであるが、どいつもこいつも喧嘩っ早いところがある。
騒ぎに便乗した奴らで、あっという間に乱闘が始まってしまった。
「チッ…おいナツ!この間のケリつけんぞ!」
「あっ、ちょっとグレイ!」
そんな騒ぎにグレイが参加しないはずもなく。
更に大荒れとなったギルド全く気にしない様子でいるミラは、入口付近に目をやってロアの肩を叩いた。
「あら、ロアあそこ見て!」
「ん?何…」
その先には見たことのない一人の女。容姿も可愛らしく、体の方もスレンダーなナイスバディで、この状況を楽しそうに見ている。
「誰…?新入り?」
「そうかも。ナツが連れてきたみたいだし」
「え、ナツがあの子を…?」
女だとか、そういう恋愛ごとなど一切無縁そうなナツが。
信じがたい事実と、目の前に晒された証拠に、ロアは何故か苛立ちを覚えた。
思わず大股でナツに近付いていく。
「おいナツ!」
「ん?おぉ、ロア!」
笑顔で振り返ったナツの頬を、両手で思い切り挟む。
ぱしんっと音がして、騒いでいたナツも黙り込んだ。
「…いつからナンパなんて出来るようになったんだよ」
「…んぐ…!?」
「どんな口説き文句を使ったら、ナツがあんな子を連れて来れるんだろうなぁ…?」
一瞬、しんと静まり返る。
その後巻き起こるのは、大きな笑いだった。
「ほんとだ!ナツが連れてきた女可愛いぜ!」
「ナツのくせに!」
あっという間に注目の的となった少女は、困惑した様子でわたわたとしている。
そんな姿も女の子らしく微笑ましい。
ギルドのほとんどは可愛い子が来たと興奮しているようだが、ロアの唇は不服そうに尖った。
まさか本当にナンパしたんじゃあるまいな。ナツの癖して。
じっと、その少女を見つめていると目が合ってしまった。
「あ、」
「あ…!初めまして、『光のロア』ですよね?」
「え、あぁ…うん、そう呼ばれることもあるかな」
「あたし、フェアリーテイルに入りたくて…ナツとは偶然会ったんです」
ルーシィと名乗った少女は何故だか、ナツの代わりに弁解を始めた。
というのも、ルーシィのお気に入りの雑誌「週刊ソーサラ―」という魔法専門誌に“ロアはナツに惚れている!?”という記事があったからなのだが。勿論当人が知るはずもない。
「で、ナツはなんで一人で行ったんだよ」
「え、なんでって」
「イグニール探しだろ?誘えよな」
「なんだ?寂しかったのか!」
「…歯、食い縛ろうか」
調子にのってケラケラと笑うナツにロアの表情が凍った。
本気でいっぺん殴ったろうかと握りこぶしを作る。
丁度その時、ギルドの奥から大きな影が現れた。それに気付き、暴れていた皆が動きを止める。
「何を騒いどるか、馬鹿もんが」
その影の主は、フェアリーテイルのマスター、マカロフだ。
「あら…いたんですか?マスター」
「マスター、ナツがこの可愛い女の子に手を出しました」
「ほぅ…新入りかね」
マカロフの威圧感にルーシィはびくっと背筋を伸ばした。
しかしそのマカロフはというと、プンプン…という謎の効果音と共に元のサイズに戻っていく。
その音が消えた頃には、化け物のような影からちんまりとしたおじいさんが現れていた。
「よろしくネ」
「は、はぁ…」
茫然としているルーシィを余所に、マカロフは評議会から送られてきた文書をばっと開いた。
「全く、お前達はどれだけ問題を起こせば気が済むんじゃ」
「あ、もしかしてまた苦情届いたんですか?」
「はぁ、ワシは頭が痛い」
そもそも外に出ないロアは、さも他人事のようにくくっと笑った。
外に出ない、仕事に行かない。つまり問題を起こしようがないのだから。
「まずロア」
「え、俺?」
油断していたロアは間抜けな声を発してマカロフに視線を向けた。
何を言われるのか全く想像がつかず、ごくりと唾を飲む。
「もっと働かんか!」
「…」
「可愛いから許しちゃおっかの」
おい、それでいいのか。
皆が浮かべた突っ込みに気付いてか、マカロフは何度か咳払いをしてからその文書に書かれた問題を一つ一つ読み上げた。
グレイ、エルフマン、カナ、ロキ、そしてナツと悪い評価が続く。
フェアリーテイルは暴れてばかりで、マカロフはいつも評議員に怒られてばかりだった。
しかし、マカロフは笑って言った。
「評議員などクソくらえじゃ。自分の信じた道を進めェい!それがフェアリーテイルの魔導士じゃ!」
ルーシィはこのフェアリーテイルの自由さに憧れていたし、ナツもロアもこのフェアリーテイルが大好きだった。
過去に何かあったもの、悩みを抱えた者ばかりギルドだが、皆の絆が深く、実際のところ実力もあるギルドだ。
「よろしく、ルーシィ」
「あ…!こ、こちらこそ!」
にっと笑ったロアは大人な雰囲気の割に可愛らしくて、ルーシィは照れながら差し出された手を握った。
「ルーシィ、ロアは駄目だからな!」
「何がよ!」
「ロアのこと気になるとか言ってただろ」
「そんな深い意味で言ってないわよ!」
二人の間に割り込んだナツは既にルーシィとずいぶん仲良くなっている。
ナツはロアの時もそうだが、誰とでも打ち解けるのが早い。
それがいいところであり、ルーシィがここに来れたそんなナツに出会えたからだろう。
なんか、悔しい。
「…ナツのくせに」
「あ?なんだよロア」
「なんでもねーよ」
ルーシィが雑誌の記事に確信を持ち始めた瞬間だった。
ルーシィが新入りとしてフェアリーテイルにやってきてから、数日後。
ナツとロアとルーシィは山道を登る馬車に乗っていた。
「ナツ、大丈夫かよ」
「うぅ…駄目だ…ロア背中擦ってくれ…」
「はいはい」
ナツの背中を擦りながら、ロアは楽しそうにしているルーシィを見た。
これは仕事ではない。
フェアリーテイルの一員であるマカオが仕事に行ったきり戻って来ていない。
それをマカオの息子であるロメオが心配していることを知ったナツが勝手に動いたのだ。
それについて来たのがロアとルーシィの二人。
「ルーシィ、こんなのに付き合わなくても良かったんだぞ?」
「いやぁ、せっかくだからフェアリーテイルの役に立つことしたいなぁって」
「ふーん…そりゃあいい心がけだな」
「ロアー…み、水…」
「ねぇよ、んなもん」
ナツは何故か乗り物に弱く、馬車の揺れで完全にダウンしている。
しかし暫く山道を登っていた馬車は急にガタンと音を立てて止まった。
普通なら焦るこの場面で、途端にナツは元気を取り戻して立ち上がる。
「止まった!」
「着いたの?」
「いや…まだ、目的地までは時間がかかるはずだ」
馬車から降りると、そこは夏なのに酷い吹雪。馬車は前も見えないような吹雪の中、進むことが不可能になり止まったようだった。
「仕方ないな、ここからは歩いて上まで行こう」
「そーだな」
全く動揺することなくロアとナツが歩き出す。
しかし、ルーシィは寒さと驚きとでその場に立ちすくみ、自分の体を抱きしめた。
「ちょっと、二人とも平気なの…!?」
「んー…まぁ予想の範囲内?」
「ルーシィ、もうへばったのかー?」
「さっきまでへばってたアンタに言われたくないわよぉ!」
そんな会話を交わしながらも、ロアとナツは先に進んでいく。
二人の落ち着きように困惑しながらも、ルーシィは寒さから逃れる為に、ホロロギウムという時計型の星霊の中に入った。
「いいなぁ、それ」
「『ナツもロアも寒くないの!?』と申しております」
「…寒いよ」
「ロア、オレから離れんなよ」
炎の魔法を使うナツは特別で、寒さはあまり感じていないようだ。
当然そのナツの体も熱を持っていて、ロアは歩きにくくならない程度でナツの傍にくっついていた。
「『ところで…マカオさんはどうしてこんなところに?』と申しております」
ホロロギウムの中から話すルーシィの言葉はいちいち面倒な言い回しで伝えられる。それでも一語一句間違えずに伝えられたルーシィの言葉にロアは小さく笑った。
「おいおい、知らずについて来たのかルーシィ」
「凶悪モンスター“バルカン”の討伐だ」
ナツの簡潔な回答にルーシィの顔は一気に青ざめた。
そんな危険な場所だと知っていたら来なかったのに。
思わず帰りたいとぼやいたのも、ホロロギウム越しに伝わり、ナツは呆れ、ロアは苦笑いを浮かべた。
その時、辺りに激しい雄叫びが響いた。
この状況の中、それが凶悪モンスターと言われるバルカンのものだということに気付かないはずもなく。
「ナツ、後ろ!」
「おお!」
瞬間的にナツとロアは左右に飛びのき避ける。
姿を現したのは、ゴリラのような姿をしている化け物、バルカン。
そのバルカンは、ナツに軽くあしらわれると、その隣にいるロアに気付いて目を輝かせた。
「人間の女!」
「…は?」
「女!」
目をハートしているバルカンの標的はロアに移っていた。
「いや…女はあっち」
ロアは少し離れた位置でホロロギウムの中に入ったまま動いていないルーシィの方を指さす。
立ち止まってロアの視線の先を追ったバルカンはルーシィの姿を確認した。
暫くじーっと二人が見つめ合う。
ごくり、と唾を飲んだルーシィだったが、バルカンはぱっとロアの方に振り返った。
「こっちがいい!」
「…マジか」
「『狙われても困るけどそれはそれで落ち込むわ!』と申しております」
バルカンが今度こそロアに迫る。
しかし、すっかりロアに夢中になったバルカンは攻撃する気を失っているらしい。
ロアはバルカンに抱き上げられるも、抵抗することなく身を任せた。
「ロア!」
「あー…。俺、先に行ってくるわ。ナツ、助けに来てくれよな!」
これはバルカンの住処まで連れて行ってもらえそうだ。
そう判断したロアは、ナツとルーシィに手を振ってみせた。
「え、ちょっとロア!?」
ぽかんとしたルーシィとナツからロアが離れていく。
強い吹雪の中、バルカンはロアを抱えたまま山の上へ走って消えて行った。
「畜生!ロアを返せ!」
「『ちょ、ちょっと置いて行かないでよ!』と申しております」
それを追って、ナツは全力で雪山を登って行った。
・・・
バルカンに抱き上げられた状態のまま、ナツの叫び声を聞いたロアは安心していた。
これでバルカンの住処まですぐに行けるし、ナツもすぐに追いつくだろう。ルーシィは…頑張れ。
「うわっ」
突然バルカンが止まったと思うと、そこに下ろされた。
その乱暴さにロアは小さく舌打ちをしたが、よく見ればそこはもう氷の壁に覆われている。
「だいぶ時間の短縮になったな」
予想通り、これはラッキーだ。
ふふっと笑ったロアに被さるのは黒く大きな影。そのバルカンは鼻息を荒くしながら近寄って来ていた。
「女!」
「いや、残念だけど女じゃねーんだって…!」
顔を近づけて来られるとさすがに気持ちが悪い。ロアは思い切りバルカンの顔をぶん殴った。
しかし、図体の大きなバルカンはロアの細腕パンチじゃ少し後ろに下がるだけ。
「つか硬ぇな」
しまった。怒らせたかもしれない。
ロアも一歩後ろに下がって身構えた、その時。
「ロアー!無事かー!?」
「おっ、早いな」
高速で追いついてきたナツが飛び込んできた。
「おわぁ!?」
「ちょ、ナツ!?」
かっこよくヒーロー登場かと思いきや、氷で滑ってそのまま壁に激突したナツは、バルカンの腕に弾かれ、崖から真っ逆さまに。
あまりに早い一連の流れに、ロアは手も足も出してやることが出来なかった。
「うわあああ…!」
「ってオイ!ナツの阿呆…!」
崖の下を覗いても、雪が視界を遮ってもう姿が見えない。ナツだから大丈夫だとは思うが、さすがに不安が募る。
「大丈夫…だろうなぁ…?」
不安と寒さとで少し声が震える。
それからすぐ、ナツと入れ違いに遠くからルーシィの声が聞こえてきた。
「置いてかないでよぉ…!」
「しまった、このタイミングで…」
女好きであるバルカンはルーシィにも目をつけると、女、女と浮かれ始めている。
待てよ、今がチャンスかもしれない。ロアは光で剣を形成し、バルカンに突っ込んだ。
ロアの剣は目には見えない光の剣。
これでバルカンの首を落とせると確信したロアだったが、振り返ったバルカンに思い切り抱きしめられていた。
「っ!?」
女好き故か、ロアが近づく気配を感じ取り、反射的にロアを抱きしめるという行動に出たようだ。
べろっとバルカンの舌がロアの首元を舐めあげる。
「うわっ…」
その気持ち悪さに思わず集中力が途切れ、魔法で作っていた光の刀が形を失ってしまった。
そこにタイミングよくルーシィが辿り着く。
「あ、え!?ロア、大丈夫!?」
「っ、こいつ気持ち悪い、集中出来ねぇ…!」
「任せて!開け…金牛宮の扉…タウロス!」
ルーシィが得意としている星霊魔法を使って大きな牛の姿をした星霊を呼び出す。
ルーシィの力にロアが感心したのは…一瞬だった。
「ルーシィさん!相変わらずいい乳してますなぁ」
タウロスは全く戦う気もなく、ルーシィにハートの目を向けているだけ。
「ルーシィ…お前、自分の星霊にそういうこと…」
「ち、違うから!誤解しないで!」
その間にもバルカンはロアのお尻を撫で回し、首元にふんふんと鼻息を吹きかけ続けている。
更にぐいぐいと抱きしめてくる腕の力は強く、全身が締め付けられていく。
「っ、き、もち悪ぃんだってのお前は!」
全身に走る悪寒に、ロアが声を上げた時。
「ロアに何してんだ!」
「ナツ!」
どうやって帰ってきたのか、崖から落ちたナツが戻ってきて、ロアを抱きしめていたバルカンを蹴り飛ばした。
追い打ちをかけるように鉄拳をくらわすと、そのバルカンは飛ばされて壁に食い込む。
あっという間に、バルカンは完全に気を失ってしまった。
「ちょっと…この猿からマカオさんのこと聞くんじゃ…」
「あ!そうだった」
「いや待て、あのバルカン…」
ロアがバルカンの異変に気付き目を見張る。
すると、三人の目の前でバルカンはマカオに姿を変えていった。というのは逆であり、実際はマカオがこのバルカンに姿を変えられていたのだった。
「マカオ!おい、無事か!?」
「待てよナツ!あんま揺らすなって」
これはテイクオーバーという魔法の一つで、体をのっとるという類のものだった。
これでも、バルカンにやられているという最悪の事態でなかったことが不幸中の幸い、と思うべきか。
「これはナツがやったせいじゃないな…。深い爪痕がある」
ロアはマカオを抱き起こすと、雪の上に丁寧に寝かせた。
「なぁナツ。この傷口、お前の火でふさげねーかな」
「…出来る!出来ねぇわけがねぇ!」
ぐっとナツが手を拳を作って頷いた。
ギルドで暴れている時とは違う、真剣な顔つき。ロアは、安心してマカオをナツに任せた。
ナツは強い。ナツの言葉には強い力がある。
ロアが信じた通り、マカオはナツの応急措置でなんとか難を逃れることが出来た。
しかし、ゆっくりと目を開けたマカオは悔しげに顔を歪めた。
「くそ…情けねぇ…19匹までは倒したんだが…20匹目で」
「もういい!マカオしゃべんな!」
「ロメオに…会わせる顔がねぇ…」
「黙れっての!殴るぞ!」
今回のこと、一番真剣だったのはナツだった。
ナツは親であるドラゴン、イグニールを探すためにフェアリーテイルに所属している。
マカオがいなくなったことで泣いていたロメオに共感していたのだ。
「ナツ落ちつけよ。もうマカオは大丈夫だ…帰ろう」
「…あぁ」
彼らは傷だらけのマカオを支えながら山を下って行った。
そして全員無事にフェアリーテイルに帰り、マカオとロメオは涙の再会を果たすことが出来た。
それを前にして、ようやくナツとロアも安心し、心から微笑んでいた。
「ところで、俺…あのバルカンにケツ触られまくったんだけどさ」
「あ!?」
「マカオってそんなに飢えてんのかなぁ」
「マカオてめぇえ!」
マカオはそのすぐ後、再び深い傷を負うことになるのだった。