リクオ夢(2011.10~2015.03)
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正月。毎年恒例の宴が始まる。今はまさにその準備をしているところだ。
「お酒…これで足りるかな」
部屋に並べられたお酒を指折り数えながら、狐ノ依は首を傾げた。
今年はリクオが三代目を正式に継いだということもあり、いつも以上に盛り上がるだろう。
「そうねぇ…蔵からもう少し出してきてくれる?」
「はい」
「これじゃあ、すぐに飲み終えちゃうわ」
「ふふ、そうだね」
大酒飲みの毛倡妓に聞いたのが間違いだったか、まだまだ足りないといった顔してみせた。
狐ノ依はお酒を飲む習慣がない。飲めないわけではないが、特別飲みたいと思うことがなかった。
しかし、皆の早くお酒を飲みたいとでも言いたげな表情を見ていると、今回はいっぱい飲もうかなという気になったりして。
「楽しみだなぁ…」
「狐ノ依!蔵に行くのかい?」
「あ、首無」
せかせかと宴の準備を進めていた首無が狐ノ依を見つけて、すすすと近づいてきた。
「お酒、運ぶんだよね?手伝うよ」
「有難う」
準備の方に関してこうも真面目に行う者はいないだろう、というほど首無は働き者だった。少し申し訳なく思いながらも、一人では明らかに人手不足。言葉に甘えて狐ノ依は首無の横に並んだ。
「あの、さ。聞いてもいいのか、わからないんだけど…」
「何?」
「もう一人いた、あの妖狐って…?」
気まずそうに、首無がもう聞き飽きた質問をしてきた。あの日以来、奴良組のいろんな妖怪たちが妖狐について聞いてくる。
「ボクの、お兄さんらしいよ」
「らしいって…じゃあ、狐ノ依もよく知らないんだ?」
「…うん」
狐ノ依の表情を見て、首無はそれ以上聞くのを止めた。
本当は、どうして兄が京都にだとか、妖狐は二匹産むことが出来るのかだとか、聞いてみたいことは山ほどあったけれど。当然、その質問にも狐ノ依は飽き飽きしていた。
「…よい、しょ」
蔵に入って酒のたくさん入った箱を持ち上げる。
「狐ノ依、それ持てる?」
「…ん」
「無理しなくていいよ」
「ううん、大丈夫…!」
何本も入った箱はなかなか見た目以上に重くなっている。首無が心配するほど無理はしていないが、その箱の重さは狐ノ依の腕に明らかに適していなかった。
「え」
蔵から出た途端、持っていた箱が狐ノ依の手を離れた。
視線を追うと、呆れた顔をして狐ノ依を見つめるリクオが立っている。
「あ、リクオ様…!」
「狐ノ依も首無も少し休め」
リクオの視線は首無にも向けられていた。しかし、それに構わず、狐ノ依はリクオに奪われた酒の入った箱を取り返そうと手を伸ばす。
「いけません、このような雑用は自分が…!」
「お前は働きすぎだ」
「そんなこと有りません!」
「んなことあるんだよ」
実際のところそれだけではなくて。
この前の、京妖怪の戦いの後から、狐ノ依は急激に弱っていた。体に残る疲れもあるだろうが、それだけでないのは誰の目にも明らか。
詳しい事情を知らないリクオは、今の狐ノ依の危うさが心配でならなかった。
「…ここはオレがやるから、首無はこいつ連れてってくれ」
少しでも休ませたいという思いから、言動が少し荒くなる。首無はやれやれと言った様子で酒を置いた。
「ここは私が。若はどうぞ、狐ノ依を休ませに行って下さい」
「…首無」
「ご心配なく。手の空いている奴らに手伝わせますから」
「悪ぃな」
首無がリクオの持っていた箱を受けとる。手の空いたリクオは、勝手に話が進んで行く状況に戸惑っている狐ノ依を抱き上げた。
「わ、あ…!」
「狐ノ依、オレに従ってもらうぜ」
「…そんな」
そんな風に言われては言い返せない。狐ノ依は観念して、抵抗するのをやめた。
すれ違う妖怪たちがソワソワと何か呟きながら道を開ける。リクオは全く気にしないのだろうが、心臓の鳴り止まない狐ノ依はリクオの首元に顔を押し付けて、目をきつく閉じていた。
連れていかれた先はリクオの部屋。
リクオは狐ノ依を腕に抱いたまま、そこに座った。緊張から狐ノ依は赤い顔のまま肩をすくめている。
「ふっ…今すぐ襲おうってんじゃねぇんだから、そんな固くなんなよ」
「は…い、いえ、別にそんなことを思っていたんじゃ…!」
ばっと顔を上げた狐ノ依の頭がぐいっとリクオの方に引き寄せられた。頭にはリクオの大きい手が乗せられている。
わしゃわしゃと乱暴に撫でられると、それに合わせて狐ノ依の耳が揺れた。
「リクオ様?」
「何を考えてんのかなんて、んなこたぁ聞かねぇ」
「あ…」
「吹っ切れなんて酷なことも言わねぇ…けどな」
リクオの手が揺るんで、今度は狐ノ依の頬に添えられた。くいっと顔を上に向かせられれば、目の前にリクオの真剣な顔がある。
「抱え込むくらいなら吐き出しちまえ」
「…はい」
秘密にしたいことだったり、言えないことだったりしたわけではない。しかし、兄のことや妖狐のことをリクオに話してはいなかった。
リクオを困らせたくないからだ。今のこの安定していない状況で、余計なことを考えさせたくなかった。
でも、そうしたことで、結局余計な気を遣わせている。
「自分は…」
「ん?」
「自分には、そう言ってくれるリクオ様がいるから、大丈夫です」
「…」
狐ノ依の目は決して嘘を言ってはいなかった。真っ直ぐ見つめ返してくる狐ノ依の瞳。嘘や隠し事をそこから感じることはない。
リクオも狐ノ依を信じて、これ以上追及するのをやめた。
「宴は楽しみかい」
「はい!」
「なら、そろそろ行くか。オレが居なきゃ始まらねぇんだろうからな」
「そうですね!」
ぱっと狐ノ依がリクオから体を離した。近すぎる距離はまだ慣れるまでに至らない。
しかし、リクオはすぐに襖を開けようと動き出した狐ノ依の腕を引いて、もう一度引き寄せた。驚いた狐ノ依の薄く開いた口に、リクオの親指が入り込む。
「狐ノ依にとっては…酒なんかより、こっちの方がいいだろう?」
「っ、」
リクオに傷を付けるこの行為は、尚更慣れることなんて不可能なのに、その中毒性は何よりも勝っていた。
「噛め」
「う…」
渋る狐ノ依の鋭い八重歯にリクオの指は自らぶつかりに来て、狐ノ依の口の中に魅惑の味が広がった。
「狐ノ依…京に行く前に言ったこと、忘れてないだろうな」
「ん、…?」
「もっと気持ちいいこと…」
「っ!」
耳元で囁かれた言葉に狐ノ依の顔は真っ赤に染まった。思わずリクオの指を口から放す。今この瞬間までそんなことすっかり忘れていた。
「おいおい、本当に忘れてたのかよ?」
「それは…その、いろいろありましたから…」
「嫌、なわけじゃねぇだろ?」
「あ…ぅ…」
低い声と共に、リクオの息が耳を掠った。むず痒い感覚にふるっと体を震わせた狐ノ依を見て、リクオは余裕の笑みを見せる。
「覚悟しとけよ」
「は、はい…」
にっと笑って、リクオは軽く狐ノ依の頬に口付けた。それだけの好意にも、狐ノ依の鼓動は早くなる。
へたり込んで頬を押さえる狐ノ依に早く来いよとだけ告げて、リクオは先に部屋を出て行ってしまった。
「リクオ様…」
はぁぁ、と大きく息を吐いて、狐ノ依は頬を膨らませた。自分ばかり余裕がないみたいで嫌だ。
しかし、その頬はすぐに緩む。リクオはたぶん、本当に愛してくれている。それだけで、今の狐ノ依には十分だった。
「てめーら明けましておめでとう」
奴良組の妖怪達が集結している。皆が黙ってリクオを見つめた。
リクオが三代目に襲名して初めての新年を迎える。リクオが行う初めての新年の挨拶だ。
「晴明との抗争はすぐに迫っている。今年一年は勝負の年だ。だがそれはそれとして…」
次のリクオの言葉を待つ皆の手が、ぴくんと先走って動く。
「今日は正月だ。とにかく飲んで暴れろ」
どっと湧き上がり、妖怪達はそれぞれ酒を手にとった。
騒ぎながら陽気に楽しむものから、静かに酒を楽しむもの。更には未だにリクオを認めまいと冷たい目を向けるものもいるが。それも宴では誰も気にしなかった。
「狐ノ依ちゃん、こっち来てよー」
「女の子の方にはならないの?」
「わ、わ、引っ張らないで…」
ぐいぐいと手を引かれて狐ノ依は宴の中心に連れて行かれた。
「酌してよ酌ー」
「あの、ちょっと、皆さんもう酔ってませんか…」
腰を抱かれたり、腕を掴まれたり何かとお触りが激しい。それを困ると感じながらも、せっかく楽しんでいる皆の気分を下げてしまうことにはしたくない。狐ノ依はなんとか相手をしようと笑顔をつくろった。
「狐ノ依ちゃん飲んでる?」
「飲まなきゃ駄目だぞ」
「え、あのボクは…」
「ほら飲んで飲んで!」
妖怪たちに進められるがまま口に酒を含む。せっかくリクオの血で潤った体に濃い酒が流れていく。
「このお酒、強くないですか!?」
「えー、んなことないよなぁ」
「ないない」
既に完全に酔ってしまっている者たちに狐ノ依が言っている言葉は届かない。いくら酒に弱くないといっても、強い酒を一気に飲まされたらすぐに酔ってしまう。
酔ってしまいたくない。今夜はリクオのために空けておきたい。
「…ッ、」
思い出して顔が熱くなる。これではすぐに酔いが回ってしまう。
「すみません、ボク…」
とにかくここから抜け出そうともがく。しかし妖怪達は狐ノ依の手を放そうとしなかった。
「ボク、リクオ様の所に…!」
そもそもリクオの側近なのだから、リクオの横にいるのが当然だ。と思うのに、妖怪が周りに集まりすぎていて足場がない。
足元にいた小さな妖怪に引っかかって、狐ノ依はそこで思い切り転んでしまった。
がしゃん、と食器がぶつかる音がする。
「あぁ…っ、ごめんなさい!」
ぱっと顔を上げて、つっかかってしまった妖怪に謝る。それからこぼしてしまった酒を拭かなきゃと体を起こした。
べたべたする上に、床に強打した膝が地味に痛い。よろ、と膝を押さえながら、布巾を手に取ろうと手を伸ばした。
「…何してんだ」
呆れたようなため息混ざりの声と同時に、伸ばした手は掴まれていた。
「り…リクオ様…」
「ったく」
無理矢理抱き上げられて、地から足が離れる。背の高いリクオに抱き上げられれば、当然狐ノ依に絡んでいた妖怪達の手から逃れることが出来た。
「リクオ様ー今日は狐ノ依ちゃん譲って下さいよぉ」
そうですよーと妖怪達が口ぐちに言う。普段はリクオにべったりの狐ノ依と関わることはほとんど叶わない。それ故なのだろうが、リクオはふっと鼻で笑った。
「こいつはオレのもんなんだよ」
妖怪たちの目がリクオに集中している中、リクオは狐ノ依を抱き上げたまま部屋から出て行った。
部屋に残った妖怪たちは暫く主役の退場をぽかんと見ていた。それからどっと笑いに変わる。
「狐ノ依、大丈夫かな…」
「首無、それは何の心配をしてるのかしら…」
「狐ノ依の、…貞操…?」
「…はぁ」
首無とつららは大きくため息をついてから、お酒をぐいっと喉に通らせた。
・・・
きしきしと音を立てながら、暗い廊下を歩く。どこに向かうのか、リクオの部屋とは反対方向に歩みを進めている。
「リクオ様、あの、リクオ様が汚れてしまいますので…」
「何、気にすんな」
「気にします!降ろして下さい!」
「少し我慢しろ」
もうすぐだ、と言ってリクオは降ろしてくれない。足は少し痛むが、歩けないほどではないし、もう廊下に出た以上抱き上げてもらう必要はないのに。
「り、リクオ様…?どこに…」
「あぁ、ここだよ」
からからと開けて入った場所は浴場だった。転んで酒やらつまみを体に乗せてしまった狐ノ依が向かうには確かに適した場所であるが…
「あ、あの…」
「何してんだ、脱げ」
「ぬ…脱ぎ、ますか…?」
今まで何度もリクオと共にしたことがあるというのに、心臓は有り得ないほど煩く音を立てている。
「あ、あの…」
「体、洗い流したくないのか?」
「いえ、あのそういうわけでは…」
「仕方ねぇな」
リクオは狐ノ依の前に膝立ちすると、着物を引っ張って肌蹴させた。覗いた白い肌に酒がつたって流れる。そこにリクオは舌を這わせた。
「ひっ…!」
驚いた狐ノ依の体が上下に揺れる。狐ノ依の手がリクオの肩を掴んだが、リクオは止めなかった。体をつたった酒に合わせてリクオが動く。腹から胸、首にまで。
「あ、あああの!ボク、ぬ、脱ぎます…!」
「遠慮すんなよ」
「意地悪しないで下さいっ」
「…それは無理だな」
ちゅ、と首にキスを落として、リクオは狐ノ依の耳元で囁いた。
「これから、もっと酷いことするんだぜ…?」
「…ッ!」
かぁっと狐ノ依の顔が赤く染まる。
狙ってやったこととはいえ予想通りに狐ノ依が反応したので、リクオはぷっと吹き出してしまった。
「なんで笑うんですか!」
「狐ノ依が可愛いからだよ」
狐ノ依の濡れた着物に手をかけて、するりと腕から抜く。それだけで、狐ノ依は体に力を入れて唇をぐっと噛んだ。
「今からそんなで平気か?」
「だ…駄目です…」
「は、そりゃ大変だ」
リクオは狐ノ依の着物を脱がせるだけでなく、自分の着物の帯も解いた。
「まずは風呂だ、な?」
「は、はい」
着物を全部脱いで、いつもと同じように浴場に入る。いつもはたくさんの妖怪でにぎわっているそこは、宴の最中ということで静まりかえっている。
二人しかいない。
「狐ノ依、ここ座れ」
「はい…」
とん、とリクオが木で出来た小さい椅子を叩く。それに従って狐ノ依が腰掛けると、リクオは自身の手を石鹸で泡立てた。
泡立てた手を後ろから狐ノ依の体に回す。
「ん、…っ」
するすると狐ノ依の体を洗うために手を動かす。本当に他意なく狐ノ依の体に満遍なく這わすだけ。それだけの行為が、狐ノ依にとってそれだけになるわけがなかった。
「わ、あ!待って下さい!」
「どうした?」
「そ、そこもですか…?」
「洗わないと汚いだろ?」
「自分でやります…」
「いいから」
背中も胸も腹部も、足も腕も全部にリクオの手が通って、白い泡が移っている。まだ泡が付いていない場所…リクオは狐ノ依の前に移動して、狐ノ依の足を持ち上げた。
「ぅ、んん…っ」
小さな狐ノ依の足、その裏をリクオの親指が刺激する。
「くすぐったい、ですっ」
「足の裏、弱いんだな」
新鮮な狐ノ依の反応が楽しくて、リクオはわざとくすぐったいように擦った。触れるか触れないかの微妙なラインで指を這わせる。
びくびくと震えて泣きそうになる狐ノ依のその表情は、何か、リクオには違って見えた。
「…狐ノ依」
「な、なんですか…?」
「悪い、オレが我慢出来そうにない」
「え?」
ぱっと足の裏から手を離して、その付け根に目を向ける。そのリクオの視線に気付いて、狐ノ依は手を股間の前にやって足を閉じた。
「駄目か?」
「い、いえ…駄目というか、その…ここでは、嫌です」
微かに聞こえる程度の狐ノ依の声。その言葉は、拒絶ではなかった。
「…早く、ここ出ましょう…。それで、リクオ様の、部屋に…」
「あぁ、わかった」
リクオは目を狐ノ依から逸らして、自分の体をいつも通りに洗うことに意識を持っていった。狐ノ依もリクオとは反対の方向に顏を向けてお湯を体にかける。
一秒が、やけに長く感じられた。
襖を開けると、リクオは狐ノ依の背中をぽん、と押した。
濡れた髪の毛、体は緩く着物を一枚纏っただけ。その着物をきつく握りしめて、狐ノ依はいつもと何も変わらないリクオの部屋へと足を踏み入れた。
「狐ノ依」
たん、と音を立てて襖が閉まる。ぴくんと耳を揺らした狐ノ依の体を、リクオは後ろから抱きしめていた。
「あ、あの…リクオ様…」
「嫌なら早く突き飛ばせよ」
「え…?」
「そうでないと…。狐ノ依を傷つけたかねぇからな」
リクオの手が狐ノ依の体をなぞる。着物と着物の擦れる音が耳を刺激して、それほど大したことではないのに狐ノ依の体は熱くなった。それに一枚の着物の薄い壁では、リクオの手の感触は体に直接伝わってくる。それがどうももどかしくて。
「大丈夫ですから…早く…」
「狐ノ依?」
「ボクももう…体熱くて」
リクオの手を掴み、ヤケになって振り返る。その瞬間に見えたリクオの顔は、目を丸くして驚いたようなものだった。
「あっ…ボク、もしかして調子の良いことを言って…!」
狐ノ依はすぐに口を抑えて後ずさった。早く触って欲しい、もっと触って欲しい、もらえる度に欲が深まってしまう。調子に乗りすぎてしまった。
「狐ノ依っ」
「え、わ…!」
もう一度頭を下げようとした狐ノ依のその体はリクオに強く引き寄せられ、完全に密着する形になった。ばくばくと煩いのはどちらの心臓か。
ただただ胸が苦しくて、狐ノ依は息を大きく吐きだしてリクオにしがみ付いた。
「いいんだな」
「え…?」
「本当にやっちまうぞ」
「…いいに決まってるじゃないですか。自分はずっと、リクオ様をお慕いしているのですから」
絞り出すように、カラカラの喉から声を出し切る。薄らと笑ってみせると、リクオも安心したように笑って狐ノ依に顔を近づけた。
大好きなリクオの匂いが近い。今までされるがままだった口付けに、狐ノ依も求めるように口を開けた。絡まり合う音、混ざる息が二人の体を高めていく。
「んぅ…ッ!」
下半身に伸ばされたリクオの手は、狐ノ依の着物の中に入り込んでいた。急にやってきた刺激に狐ノ依の手がリクオの着物を強く握り締める。
「っ…」
「気持ち良くないか?」
「い、いえ…っぁ、変な声…出ちゃ、あっ」
目を瞑って歯を食いしばる狐ノ依。その胸をもう片方の手で擦りながら、リクオが狐ノ依のペニスを刺激する手を強くすると、がくんと狐ノ依の膝が折れた。
「はぁっ…ごめ、んなさ…っ、立ってるの、無理です…」
「あぁ、悪かったな」
涙目になってしがみつく狐ノ依の色っぽさに目を奪われながら、リクオは敷きっぱなしだった布団に狐ノ依を連れて行って腰を降ろした。
肌蹴た着物から晒されている、しなやかな狐ノ依の足。それを持ち上げるとリクオの目の前に普段隠されている狐ノ依の体が露わになった。
「り、リクオ様…」
「ここ、入れんのは初めてだよな」
優しい手つきでリクオの指が中に入り込む。その感覚をじわじわと感じながら狐ノ依はふとこの感触を思い出した。
「あ、初めてでは…ないです」
「…何?」
「確か、玉章の元へ行ったときに…」
リクオの手がぴたっと止まる。狐ノ依は自分が言ってはならないことを口走ったのだと気付いていなかった。きょとん、と目を丸くしてリクオを見つめている。
「…玉章に、入れられたのか?」
「え、はい…」
「何をされた」
「指で…、あっ!」
体を触らせてはいけないと言われていたことに今になって気付く。狐ノ依は恐る恐るリクオの顔色を窺った。そのリクオはというと、はぁ、と息を吐いて、明らかに不機嫌になった様子で眉間にシワを寄せている。
「あ、あの…ごめんなさい…」
「…」
「リクオ様、ボク…っ」
返事がない。不安になって、息を呑んでリクオの言葉を待つ。リクオは何も言わずにその狐ノ依の両足を掴むと、左右に大きく広げた。
「あ、や…っ」
「…お仕置きだな。優しくはしてやらねぇ」
「い、息が…そこで、しゃべっちゃ、ッ!」
股間に顔を近づけて、指でなぞっていた場所に舌を這わす。中に押し込まれる舌と指。初めての感覚に、狐ノ依の体はびくびくと震えた。
「ッう…」
「足、閉じようとすんな」
「そ、んな、あっ!」
リクオの指が奥に入り込み、更にペニスを強く握ると、狐ノ依の声は一段と高くなった。
普段から少年のものとしても高めの声だが、それに更に色気が加わって艶めかしく聞こえる。
「もっと、声…聞かせろ」
「やっ…駄目、です…皆に聞こえ…」
「今は宴中だぜ?聞こえやしねぇよ」
「ああッ」
いやらしい音と股にあるリクオの顔。視覚と聴覚と、どちらも狐ノ依を攻め立てる。それに、自分の聞いたことのないような声が恥ずかしくて、狐ノ依は顔を手で覆った。
「隠すな、全部見せろ」
「ぜ、全部って…」
「全部だ」
そう言って顔を離すと、リクオは自分のペニスをそこに当てた。まだ、そんなに解していない。それでも、リクオの我慢はもう限界だった。理性も怒りも。
「狐ノ依、お前はオレのものだ」
「は、はい…」
「誰にも、触らせたくねぇ」
「ッ!ぅあっ」
リクオの体重が少しずつ狐ノ依にかかっていく。急に押し寄せる圧迫感に、狐ノ依の目に涙がにじむ。それでも構わず、リクオはもっと奥へと入ってきた。
「あ、ん…っ」
「っ狐ノ依、ちゃんと呼吸しろ」
汗で肌に張りついた狐ノ依の髪をどかし、頬に手を当てると、狐ノ依の目がリクオを捕らえた。
紅潮した頬に潤んだ瞳…それから濡れた髪。その瞬間、リクオの体にどくんと走るものがあった。
「や、あっ、…!」
「っ、…」
ぐっと力が入って、一気に奥まで入る。狐ノ依はぎゅっとリクオにしがみついて、苦しそうに息を漏らした。それでも少し微笑んで、狐ノ依はリクオの顔を見つめる。
「リクオ様…」
「悪い、狐ノ依…無理してないか?」
「痛い、ですけど…嬉しいです」
「っお前って奴ぁ…どうなっても知らねェからな」
狐ノ依の細い腰を掴んで自分の体に押し付ける。痛みに歪む狐ノ依の表情にリクオの喉が上下に揺れた。
笑った顏も、ふてくされた顏も、泣き顔も、全部可愛い。リクオは自分の重症さを感じながら、狐ノ依の頭を撫でた。
「狐ノ依…約束しろ」
「は、ぅ…な、んでしょうかっ」
「オレだけ…オレ以外に体を許すな」
「は、い…」
なんとか声に出すと、リクオは優しい口付けを狐ノ依にやった。
それからはほとんど記憶にない。狐ノ依の体はリクオに揺さぶられて、どんどん快楽に堕ちていった。ただ気持ち良くて、お互いを求める。力尽きるまで何度も何度も繋がり合っていた。
その時、頭の片隅で狐ノ依はリクオとの間に子供を作ることを考えていた。子供を産む。死ぬ。
こんな風に欲してもらって、子供も二人で…なんて、幸せすぎる。今の幸せで十分すぎるほどなのに。
狐ノ依の頭の中に引っかかっていた何かが取れた。
・・・
翌朝。素肌に触れる暖かい体温と眩しい日差しに目を開く。傍らには、昨夜とは違う、幼いながら端正な顔を無防備に晒している リクオ。
腰やお尻の痛みに体が熱くなるのを感じながら、狐ノ依は布団から体を起こした。
「…!?」
その瞬間に見えた自分の腕は青白い毛に覆われた、狐のものだった。
「んー…こりゃあ、アレだな。妖気が足りなくなったか、血が足りなくなったか…」
心配そうにリクオに見守られながら、鴆に体を看てもらう。
いくら鴆であっても、妖狐の体に関する知識は少ない。しかし、根拠が無いながらに言った鴆の言葉に狐ノ依もリクオも体を固くした。
「妖狐が狐の姿になって戻れねぇってことはよ、つまり元々持つ能力をコントロール出来ない状態ってことだろ」
だから妖気が足りないか、体力が極端に低下しているか。そう言う前に、鴆も二人の様子が変わったことに気付く。
「…心当たりあんのか?」
「あ、えっと、それは…」
冷や汗をだらだらと流して視線を泳がすリクオに、鴆は大きくため息を吐いた。
昨夜二人で抜けて、その後どうしたかなんて誰も追及しなかったが、こうなっては聞かずとも察しが付く。
「わぁったわぁった。ま、なんだ。血でも飲ましてやりゃあ治るだろ」
狐ノ依の小さな体を優しく撫でて、鴆は立ち上がった。リクオの部屋から出て行こうと襖を開けて、そこで足を止める。
「…ほどほどにしろよ」
「!!」
鴆の言葉にリクオの顔が真っ赤に染まっていく。狐ノ依の耳と尾もぴん、と伸びきって、なんとなく微妙な空気が流れる。
その二人を残して、鴆はそこからいなくなってしまった。
「…狐ノ依」
ちら、とリクオが狐ノ依を見ると、愛らしい狐がそこにいる。何か言いたそうにしているが、くんくん、というか細い鳴き声が漏れるだけ。
言葉を発することが出来ないもどかしさからか、狐ノ依はリクオの手にすり寄った。
「狐ノ依、ごめんね。その…無理させた、よね」
本当に申し訳なさそうに言うリクオにも、昨夜の感覚が残っている。だからか、少し居心地悪そうに視線が彷徨う。むしろ、こうして狐ノ依が狐の姿になってくれて有難いと思うほど。
リクオの言葉に、狐ノ依は激しく首を振って、大きめの尾も左右に揺れた。
「今のボクの血じゃ、たぶん大して役に立てないから…夜まで待っててね」
今度は縦に首が動く。
狐ノ依を抱き上げて鼻と鼻をくっつけた。
「昔は…狐ノ依とこんな関係になるなんて、思いもしなかったよ」
可愛い子狐が、いつの間にこんなに心を乱す存在になったのだろう。頬を舐めてくる狐ノ依の頭を撫でてから地面に降ろす。このくらいの、当たり前だったじゃれ合いにも、リクオの胸は高鳴っていた。
・・・
リクオが人間と妖怪の二つの姿を持っているように、狐ノ依にも狐と人間に近い姿と二つある。
そして、本来の姿は狐である方。改めて自分の狐である姿に戻って、愕然とする。ただの小さな狐がそこにいるだけ。
こんな狐を抱いてくれただけで十分だ。
庭先に座ってぼんやりと空を見上げる。もう一度兄に会って、今の思いを伝えたら許してもらえるだろうか。
ボクは死ぬことなんて恐れない。
空が遠い。
小さい体だけど、これでも少し大きくなっている。リクオが成長している証拠なのだろう。
久々にすがすがしい思いで背筋を伸ばした。
・・・
夜、リクオが妖怪の姿になってどかっといつもの部屋に座った。
「ほら、来いよ」
小さな狐ノ依の顔にリクオの手が触れる。狐ノ依はその手を舐めてから小さく歯を立てた。
鋭い牙がリクオの肌を突く瞬間だけは、いつも罪悪感で苦しくなる。
「なぁ、狐ノ依。そういや、ちゃんと言ってなかったよな」
「…?」
「オレは狐ノ依を愛してる」
「…!」
驚いて、ぐっと歯がリクオの手に突き刺さる。血が手をつたって畳に跡を残した。
「そ、そ…っそんな不意打ちってないです…!」
顔を上げてリクオを見れば、その距離は急激に近づいていて。リクオはふっと笑って狐ノ依の口元の血を拭った。
「いいから、ちゃんと飲み干せって」
「…っ」
真っ赤な顔で口をぱくぱくと動かす。少し申し訳なさそうに眉を下げた狐ノ依の口は再びリクオの血をすすった。鼓動が早まって、胸が苦しくて、血の味がよくわからない。
「リクオ様…」
「ん?」
「自惚れて、いいですか」
「何言ってんだよ。オレは今」
「わかってました。…愛してもらってるなぁって…」
リクオのふっと笑う息が聞こえて、顔を上げると唇が重なった。深い口付け。二人しか知らないこの感触。
「ん…血の味、これが狐ノ依には美味いのか?」
「あ、…はい。あの、いつも、痛いですよね」
「いや、狐ノ依が舐めてくれるから問題ねぇよ」
「っ…」
駄目だ、くらくらする。顔が熱くて、心臓が煩くて、幸せすぎて。
真っ赤になった顔をこれ以上見られたくなくて、俯いてリクオの掌を舐める。酒なんかよりももっともっと美味しい。そして、酒なんかよりも体が熱くなって、酔いが回るのが早い。
「狐ノ依…んな顔されっと、また触りたくなる」
「…え?」
「暫く我慢するつもりだってのに…」
口元を押さえて狐ノ依から視線がそらされる。その行動の意図が狐ノ依にもわかってしまった。意識しているのは自分だけではない、それがあまりにも嬉しくて。
「リクオ様、ボク…とても幸せです…」
「なんだよ、急に」
「ふふ」
きっと誰よりも幸せな妖狐なんだって。狐ノ依は自分からリクオに抱き着いた。
「お酒…これで足りるかな」
部屋に並べられたお酒を指折り数えながら、狐ノ依は首を傾げた。
今年はリクオが三代目を正式に継いだということもあり、いつも以上に盛り上がるだろう。
「そうねぇ…蔵からもう少し出してきてくれる?」
「はい」
「これじゃあ、すぐに飲み終えちゃうわ」
「ふふ、そうだね」
大酒飲みの毛倡妓に聞いたのが間違いだったか、まだまだ足りないといった顔してみせた。
狐ノ依はお酒を飲む習慣がない。飲めないわけではないが、特別飲みたいと思うことがなかった。
しかし、皆の早くお酒を飲みたいとでも言いたげな表情を見ていると、今回はいっぱい飲もうかなという気になったりして。
「楽しみだなぁ…」
「狐ノ依!蔵に行くのかい?」
「あ、首無」
せかせかと宴の準備を進めていた首無が狐ノ依を見つけて、すすすと近づいてきた。
「お酒、運ぶんだよね?手伝うよ」
「有難う」
準備の方に関してこうも真面目に行う者はいないだろう、というほど首無は働き者だった。少し申し訳なく思いながらも、一人では明らかに人手不足。言葉に甘えて狐ノ依は首無の横に並んだ。
「あの、さ。聞いてもいいのか、わからないんだけど…」
「何?」
「もう一人いた、あの妖狐って…?」
気まずそうに、首無がもう聞き飽きた質問をしてきた。あの日以来、奴良組のいろんな妖怪たちが妖狐について聞いてくる。
「ボクの、お兄さんらしいよ」
「らしいって…じゃあ、狐ノ依もよく知らないんだ?」
「…うん」
狐ノ依の表情を見て、首無はそれ以上聞くのを止めた。
本当は、どうして兄が京都にだとか、妖狐は二匹産むことが出来るのかだとか、聞いてみたいことは山ほどあったけれど。当然、その質問にも狐ノ依は飽き飽きしていた。
「…よい、しょ」
蔵に入って酒のたくさん入った箱を持ち上げる。
「狐ノ依、それ持てる?」
「…ん」
「無理しなくていいよ」
「ううん、大丈夫…!」
何本も入った箱はなかなか見た目以上に重くなっている。首無が心配するほど無理はしていないが、その箱の重さは狐ノ依の腕に明らかに適していなかった。
「え」
蔵から出た途端、持っていた箱が狐ノ依の手を離れた。
視線を追うと、呆れた顔をして狐ノ依を見つめるリクオが立っている。
「あ、リクオ様…!」
「狐ノ依も首無も少し休め」
リクオの視線は首無にも向けられていた。しかし、それに構わず、狐ノ依はリクオに奪われた酒の入った箱を取り返そうと手を伸ばす。
「いけません、このような雑用は自分が…!」
「お前は働きすぎだ」
「そんなこと有りません!」
「んなことあるんだよ」
実際のところそれだけではなくて。
この前の、京妖怪の戦いの後から、狐ノ依は急激に弱っていた。体に残る疲れもあるだろうが、それだけでないのは誰の目にも明らか。
詳しい事情を知らないリクオは、今の狐ノ依の危うさが心配でならなかった。
「…ここはオレがやるから、首無はこいつ連れてってくれ」
少しでも休ませたいという思いから、言動が少し荒くなる。首無はやれやれと言った様子で酒を置いた。
「ここは私が。若はどうぞ、狐ノ依を休ませに行って下さい」
「…首無」
「ご心配なく。手の空いている奴らに手伝わせますから」
「悪ぃな」
首無がリクオの持っていた箱を受けとる。手の空いたリクオは、勝手に話が進んで行く状況に戸惑っている狐ノ依を抱き上げた。
「わ、あ…!」
「狐ノ依、オレに従ってもらうぜ」
「…そんな」
そんな風に言われては言い返せない。狐ノ依は観念して、抵抗するのをやめた。
すれ違う妖怪たちがソワソワと何か呟きながら道を開ける。リクオは全く気にしないのだろうが、心臓の鳴り止まない狐ノ依はリクオの首元に顔を押し付けて、目をきつく閉じていた。
連れていかれた先はリクオの部屋。
リクオは狐ノ依を腕に抱いたまま、そこに座った。緊張から狐ノ依は赤い顔のまま肩をすくめている。
「ふっ…今すぐ襲おうってんじゃねぇんだから、そんな固くなんなよ」
「は…い、いえ、別にそんなことを思っていたんじゃ…!」
ばっと顔を上げた狐ノ依の頭がぐいっとリクオの方に引き寄せられた。頭にはリクオの大きい手が乗せられている。
わしゃわしゃと乱暴に撫でられると、それに合わせて狐ノ依の耳が揺れた。
「リクオ様?」
「何を考えてんのかなんて、んなこたぁ聞かねぇ」
「あ…」
「吹っ切れなんて酷なことも言わねぇ…けどな」
リクオの手が揺るんで、今度は狐ノ依の頬に添えられた。くいっと顔を上に向かせられれば、目の前にリクオの真剣な顔がある。
「抱え込むくらいなら吐き出しちまえ」
「…はい」
秘密にしたいことだったり、言えないことだったりしたわけではない。しかし、兄のことや妖狐のことをリクオに話してはいなかった。
リクオを困らせたくないからだ。今のこの安定していない状況で、余計なことを考えさせたくなかった。
でも、そうしたことで、結局余計な気を遣わせている。
「自分は…」
「ん?」
「自分には、そう言ってくれるリクオ様がいるから、大丈夫です」
「…」
狐ノ依の目は決して嘘を言ってはいなかった。真っ直ぐ見つめ返してくる狐ノ依の瞳。嘘や隠し事をそこから感じることはない。
リクオも狐ノ依を信じて、これ以上追及するのをやめた。
「宴は楽しみかい」
「はい!」
「なら、そろそろ行くか。オレが居なきゃ始まらねぇんだろうからな」
「そうですね!」
ぱっと狐ノ依がリクオから体を離した。近すぎる距離はまだ慣れるまでに至らない。
しかし、リクオはすぐに襖を開けようと動き出した狐ノ依の腕を引いて、もう一度引き寄せた。驚いた狐ノ依の薄く開いた口に、リクオの親指が入り込む。
「狐ノ依にとっては…酒なんかより、こっちの方がいいだろう?」
「っ、」
リクオに傷を付けるこの行為は、尚更慣れることなんて不可能なのに、その中毒性は何よりも勝っていた。
「噛め」
「う…」
渋る狐ノ依の鋭い八重歯にリクオの指は自らぶつかりに来て、狐ノ依の口の中に魅惑の味が広がった。
「狐ノ依…京に行く前に言ったこと、忘れてないだろうな」
「ん、…?」
「もっと気持ちいいこと…」
「っ!」
耳元で囁かれた言葉に狐ノ依の顔は真っ赤に染まった。思わずリクオの指を口から放す。今この瞬間までそんなことすっかり忘れていた。
「おいおい、本当に忘れてたのかよ?」
「それは…その、いろいろありましたから…」
「嫌、なわけじゃねぇだろ?」
「あ…ぅ…」
低い声と共に、リクオの息が耳を掠った。むず痒い感覚にふるっと体を震わせた狐ノ依を見て、リクオは余裕の笑みを見せる。
「覚悟しとけよ」
「は、はい…」
にっと笑って、リクオは軽く狐ノ依の頬に口付けた。それだけの好意にも、狐ノ依の鼓動は早くなる。
へたり込んで頬を押さえる狐ノ依に早く来いよとだけ告げて、リクオは先に部屋を出て行ってしまった。
「リクオ様…」
はぁぁ、と大きく息を吐いて、狐ノ依は頬を膨らませた。自分ばかり余裕がないみたいで嫌だ。
しかし、その頬はすぐに緩む。リクオはたぶん、本当に愛してくれている。それだけで、今の狐ノ依には十分だった。
「てめーら明けましておめでとう」
奴良組の妖怪達が集結している。皆が黙ってリクオを見つめた。
リクオが三代目に襲名して初めての新年を迎える。リクオが行う初めての新年の挨拶だ。
「晴明との抗争はすぐに迫っている。今年一年は勝負の年だ。だがそれはそれとして…」
次のリクオの言葉を待つ皆の手が、ぴくんと先走って動く。
「今日は正月だ。とにかく飲んで暴れろ」
どっと湧き上がり、妖怪達はそれぞれ酒を手にとった。
騒ぎながら陽気に楽しむものから、静かに酒を楽しむもの。更には未だにリクオを認めまいと冷たい目を向けるものもいるが。それも宴では誰も気にしなかった。
「狐ノ依ちゃん、こっち来てよー」
「女の子の方にはならないの?」
「わ、わ、引っ張らないで…」
ぐいぐいと手を引かれて狐ノ依は宴の中心に連れて行かれた。
「酌してよ酌ー」
「あの、ちょっと、皆さんもう酔ってませんか…」
腰を抱かれたり、腕を掴まれたり何かとお触りが激しい。それを困ると感じながらも、せっかく楽しんでいる皆の気分を下げてしまうことにはしたくない。狐ノ依はなんとか相手をしようと笑顔をつくろった。
「狐ノ依ちゃん飲んでる?」
「飲まなきゃ駄目だぞ」
「え、あのボクは…」
「ほら飲んで飲んで!」
妖怪たちに進められるがまま口に酒を含む。せっかくリクオの血で潤った体に濃い酒が流れていく。
「このお酒、強くないですか!?」
「えー、んなことないよなぁ」
「ないない」
既に完全に酔ってしまっている者たちに狐ノ依が言っている言葉は届かない。いくら酒に弱くないといっても、強い酒を一気に飲まされたらすぐに酔ってしまう。
酔ってしまいたくない。今夜はリクオのために空けておきたい。
「…ッ、」
思い出して顔が熱くなる。これではすぐに酔いが回ってしまう。
「すみません、ボク…」
とにかくここから抜け出そうともがく。しかし妖怪達は狐ノ依の手を放そうとしなかった。
「ボク、リクオ様の所に…!」
そもそもリクオの側近なのだから、リクオの横にいるのが当然だ。と思うのに、妖怪が周りに集まりすぎていて足場がない。
足元にいた小さな妖怪に引っかかって、狐ノ依はそこで思い切り転んでしまった。
がしゃん、と食器がぶつかる音がする。
「あぁ…っ、ごめんなさい!」
ぱっと顔を上げて、つっかかってしまった妖怪に謝る。それからこぼしてしまった酒を拭かなきゃと体を起こした。
べたべたする上に、床に強打した膝が地味に痛い。よろ、と膝を押さえながら、布巾を手に取ろうと手を伸ばした。
「…何してんだ」
呆れたようなため息混ざりの声と同時に、伸ばした手は掴まれていた。
「り…リクオ様…」
「ったく」
無理矢理抱き上げられて、地から足が離れる。背の高いリクオに抱き上げられれば、当然狐ノ依に絡んでいた妖怪達の手から逃れることが出来た。
「リクオ様ー今日は狐ノ依ちゃん譲って下さいよぉ」
そうですよーと妖怪達が口ぐちに言う。普段はリクオにべったりの狐ノ依と関わることはほとんど叶わない。それ故なのだろうが、リクオはふっと鼻で笑った。
「こいつはオレのもんなんだよ」
妖怪たちの目がリクオに集中している中、リクオは狐ノ依を抱き上げたまま部屋から出て行った。
部屋に残った妖怪たちは暫く主役の退場をぽかんと見ていた。それからどっと笑いに変わる。
「狐ノ依、大丈夫かな…」
「首無、それは何の心配をしてるのかしら…」
「狐ノ依の、…貞操…?」
「…はぁ」
首無とつららは大きくため息をついてから、お酒をぐいっと喉に通らせた。
・・・
きしきしと音を立てながら、暗い廊下を歩く。どこに向かうのか、リクオの部屋とは反対方向に歩みを進めている。
「リクオ様、あの、リクオ様が汚れてしまいますので…」
「何、気にすんな」
「気にします!降ろして下さい!」
「少し我慢しろ」
もうすぐだ、と言ってリクオは降ろしてくれない。足は少し痛むが、歩けないほどではないし、もう廊下に出た以上抱き上げてもらう必要はないのに。
「り、リクオ様…?どこに…」
「あぁ、ここだよ」
からからと開けて入った場所は浴場だった。転んで酒やらつまみを体に乗せてしまった狐ノ依が向かうには確かに適した場所であるが…
「あ、あの…」
「何してんだ、脱げ」
「ぬ…脱ぎ、ますか…?」
今まで何度もリクオと共にしたことがあるというのに、心臓は有り得ないほど煩く音を立てている。
「あ、あの…」
「体、洗い流したくないのか?」
「いえ、あのそういうわけでは…」
「仕方ねぇな」
リクオは狐ノ依の前に膝立ちすると、着物を引っ張って肌蹴させた。覗いた白い肌に酒がつたって流れる。そこにリクオは舌を這わせた。
「ひっ…!」
驚いた狐ノ依の体が上下に揺れる。狐ノ依の手がリクオの肩を掴んだが、リクオは止めなかった。体をつたった酒に合わせてリクオが動く。腹から胸、首にまで。
「あ、あああの!ボク、ぬ、脱ぎます…!」
「遠慮すんなよ」
「意地悪しないで下さいっ」
「…それは無理だな」
ちゅ、と首にキスを落として、リクオは狐ノ依の耳元で囁いた。
「これから、もっと酷いことするんだぜ…?」
「…ッ!」
かぁっと狐ノ依の顔が赤く染まる。
狙ってやったこととはいえ予想通りに狐ノ依が反応したので、リクオはぷっと吹き出してしまった。
「なんで笑うんですか!」
「狐ノ依が可愛いからだよ」
狐ノ依の濡れた着物に手をかけて、するりと腕から抜く。それだけで、狐ノ依は体に力を入れて唇をぐっと噛んだ。
「今からそんなで平気か?」
「だ…駄目です…」
「は、そりゃ大変だ」
リクオは狐ノ依の着物を脱がせるだけでなく、自分の着物の帯も解いた。
「まずは風呂だ、な?」
「は、はい」
着物を全部脱いで、いつもと同じように浴場に入る。いつもはたくさんの妖怪でにぎわっているそこは、宴の最中ということで静まりかえっている。
二人しかいない。
「狐ノ依、ここ座れ」
「はい…」
とん、とリクオが木で出来た小さい椅子を叩く。それに従って狐ノ依が腰掛けると、リクオは自身の手を石鹸で泡立てた。
泡立てた手を後ろから狐ノ依の体に回す。
「ん、…っ」
するすると狐ノ依の体を洗うために手を動かす。本当に他意なく狐ノ依の体に満遍なく這わすだけ。それだけの行為が、狐ノ依にとってそれだけになるわけがなかった。
「わ、あ!待って下さい!」
「どうした?」
「そ、そこもですか…?」
「洗わないと汚いだろ?」
「自分でやります…」
「いいから」
背中も胸も腹部も、足も腕も全部にリクオの手が通って、白い泡が移っている。まだ泡が付いていない場所…リクオは狐ノ依の前に移動して、狐ノ依の足を持ち上げた。
「ぅ、んん…っ」
小さな狐ノ依の足、その裏をリクオの親指が刺激する。
「くすぐったい、ですっ」
「足の裏、弱いんだな」
新鮮な狐ノ依の反応が楽しくて、リクオはわざとくすぐったいように擦った。触れるか触れないかの微妙なラインで指を這わせる。
びくびくと震えて泣きそうになる狐ノ依のその表情は、何か、リクオには違って見えた。
「…狐ノ依」
「な、なんですか…?」
「悪い、オレが我慢出来そうにない」
「え?」
ぱっと足の裏から手を離して、その付け根に目を向ける。そのリクオの視線に気付いて、狐ノ依は手を股間の前にやって足を閉じた。
「駄目か?」
「い、いえ…駄目というか、その…ここでは、嫌です」
微かに聞こえる程度の狐ノ依の声。その言葉は、拒絶ではなかった。
「…早く、ここ出ましょう…。それで、リクオ様の、部屋に…」
「あぁ、わかった」
リクオは目を狐ノ依から逸らして、自分の体をいつも通りに洗うことに意識を持っていった。狐ノ依もリクオとは反対の方向に顏を向けてお湯を体にかける。
一秒が、やけに長く感じられた。
襖を開けると、リクオは狐ノ依の背中をぽん、と押した。
濡れた髪の毛、体は緩く着物を一枚纏っただけ。その着物をきつく握りしめて、狐ノ依はいつもと何も変わらないリクオの部屋へと足を踏み入れた。
「狐ノ依」
たん、と音を立てて襖が閉まる。ぴくんと耳を揺らした狐ノ依の体を、リクオは後ろから抱きしめていた。
「あ、あの…リクオ様…」
「嫌なら早く突き飛ばせよ」
「え…?」
「そうでないと…。狐ノ依を傷つけたかねぇからな」
リクオの手が狐ノ依の体をなぞる。着物と着物の擦れる音が耳を刺激して、それほど大したことではないのに狐ノ依の体は熱くなった。それに一枚の着物の薄い壁では、リクオの手の感触は体に直接伝わってくる。それがどうももどかしくて。
「大丈夫ですから…早く…」
「狐ノ依?」
「ボクももう…体熱くて」
リクオの手を掴み、ヤケになって振り返る。その瞬間に見えたリクオの顔は、目を丸くして驚いたようなものだった。
「あっ…ボク、もしかして調子の良いことを言って…!」
狐ノ依はすぐに口を抑えて後ずさった。早く触って欲しい、もっと触って欲しい、もらえる度に欲が深まってしまう。調子に乗りすぎてしまった。
「狐ノ依っ」
「え、わ…!」
もう一度頭を下げようとした狐ノ依のその体はリクオに強く引き寄せられ、完全に密着する形になった。ばくばくと煩いのはどちらの心臓か。
ただただ胸が苦しくて、狐ノ依は息を大きく吐きだしてリクオにしがみ付いた。
「いいんだな」
「え…?」
「本当にやっちまうぞ」
「…いいに決まってるじゃないですか。自分はずっと、リクオ様をお慕いしているのですから」
絞り出すように、カラカラの喉から声を出し切る。薄らと笑ってみせると、リクオも安心したように笑って狐ノ依に顔を近づけた。
大好きなリクオの匂いが近い。今までされるがままだった口付けに、狐ノ依も求めるように口を開けた。絡まり合う音、混ざる息が二人の体を高めていく。
「んぅ…ッ!」
下半身に伸ばされたリクオの手は、狐ノ依の着物の中に入り込んでいた。急にやってきた刺激に狐ノ依の手がリクオの着物を強く握り締める。
「っ…」
「気持ち良くないか?」
「い、いえ…っぁ、変な声…出ちゃ、あっ」
目を瞑って歯を食いしばる狐ノ依。その胸をもう片方の手で擦りながら、リクオが狐ノ依のペニスを刺激する手を強くすると、がくんと狐ノ依の膝が折れた。
「はぁっ…ごめ、んなさ…っ、立ってるの、無理です…」
「あぁ、悪かったな」
涙目になってしがみつく狐ノ依の色っぽさに目を奪われながら、リクオは敷きっぱなしだった布団に狐ノ依を連れて行って腰を降ろした。
肌蹴た着物から晒されている、しなやかな狐ノ依の足。それを持ち上げるとリクオの目の前に普段隠されている狐ノ依の体が露わになった。
「り、リクオ様…」
「ここ、入れんのは初めてだよな」
優しい手つきでリクオの指が中に入り込む。その感覚をじわじわと感じながら狐ノ依はふとこの感触を思い出した。
「あ、初めてでは…ないです」
「…何?」
「確か、玉章の元へ行ったときに…」
リクオの手がぴたっと止まる。狐ノ依は自分が言ってはならないことを口走ったのだと気付いていなかった。きょとん、と目を丸くしてリクオを見つめている。
「…玉章に、入れられたのか?」
「え、はい…」
「何をされた」
「指で…、あっ!」
体を触らせてはいけないと言われていたことに今になって気付く。狐ノ依は恐る恐るリクオの顔色を窺った。そのリクオはというと、はぁ、と息を吐いて、明らかに不機嫌になった様子で眉間にシワを寄せている。
「あ、あの…ごめんなさい…」
「…」
「リクオ様、ボク…っ」
返事がない。不安になって、息を呑んでリクオの言葉を待つ。リクオは何も言わずにその狐ノ依の両足を掴むと、左右に大きく広げた。
「あ、や…っ」
「…お仕置きだな。優しくはしてやらねぇ」
「い、息が…そこで、しゃべっちゃ、ッ!」
股間に顔を近づけて、指でなぞっていた場所に舌を這わす。中に押し込まれる舌と指。初めての感覚に、狐ノ依の体はびくびくと震えた。
「ッう…」
「足、閉じようとすんな」
「そ、んな、あっ!」
リクオの指が奥に入り込み、更にペニスを強く握ると、狐ノ依の声は一段と高くなった。
普段から少年のものとしても高めの声だが、それに更に色気が加わって艶めかしく聞こえる。
「もっと、声…聞かせろ」
「やっ…駄目、です…皆に聞こえ…」
「今は宴中だぜ?聞こえやしねぇよ」
「ああッ」
いやらしい音と股にあるリクオの顔。視覚と聴覚と、どちらも狐ノ依を攻め立てる。それに、自分の聞いたことのないような声が恥ずかしくて、狐ノ依は顔を手で覆った。
「隠すな、全部見せろ」
「ぜ、全部って…」
「全部だ」
そう言って顔を離すと、リクオは自分のペニスをそこに当てた。まだ、そんなに解していない。それでも、リクオの我慢はもう限界だった。理性も怒りも。
「狐ノ依、お前はオレのものだ」
「は、はい…」
「誰にも、触らせたくねぇ」
「ッ!ぅあっ」
リクオの体重が少しずつ狐ノ依にかかっていく。急に押し寄せる圧迫感に、狐ノ依の目に涙がにじむ。それでも構わず、リクオはもっと奥へと入ってきた。
「あ、ん…っ」
「っ狐ノ依、ちゃんと呼吸しろ」
汗で肌に張りついた狐ノ依の髪をどかし、頬に手を当てると、狐ノ依の目がリクオを捕らえた。
紅潮した頬に潤んだ瞳…それから濡れた髪。その瞬間、リクオの体にどくんと走るものがあった。
「や、あっ、…!」
「っ、…」
ぐっと力が入って、一気に奥まで入る。狐ノ依はぎゅっとリクオにしがみついて、苦しそうに息を漏らした。それでも少し微笑んで、狐ノ依はリクオの顔を見つめる。
「リクオ様…」
「悪い、狐ノ依…無理してないか?」
「痛い、ですけど…嬉しいです」
「っお前って奴ぁ…どうなっても知らねェからな」
狐ノ依の細い腰を掴んで自分の体に押し付ける。痛みに歪む狐ノ依の表情にリクオの喉が上下に揺れた。
笑った顏も、ふてくされた顏も、泣き顔も、全部可愛い。リクオは自分の重症さを感じながら、狐ノ依の頭を撫でた。
「狐ノ依…約束しろ」
「は、ぅ…な、んでしょうかっ」
「オレだけ…オレ以外に体を許すな」
「は、い…」
なんとか声に出すと、リクオは優しい口付けを狐ノ依にやった。
それからはほとんど記憶にない。狐ノ依の体はリクオに揺さぶられて、どんどん快楽に堕ちていった。ただ気持ち良くて、お互いを求める。力尽きるまで何度も何度も繋がり合っていた。
その時、頭の片隅で狐ノ依はリクオとの間に子供を作ることを考えていた。子供を産む。死ぬ。
こんな風に欲してもらって、子供も二人で…なんて、幸せすぎる。今の幸せで十分すぎるほどなのに。
狐ノ依の頭の中に引っかかっていた何かが取れた。
・・・
翌朝。素肌に触れる暖かい体温と眩しい日差しに目を開く。傍らには、昨夜とは違う、幼いながら端正な顔を無防備に晒している リクオ。
腰やお尻の痛みに体が熱くなるのを感じながら、狐ノ依は布団から体を起こした。
「…!?」
その瞬間に見えた自分の腕は青白い毛に覆われた、狐のものだった。
「んー…こりゃあ、アレだな。妖気が足りなくなったか、血が足りなくなったか…」
心配そうにリクオに見守られながら、鴆に体を看てもらう。
いくら鴆であっても、妖狐の体に関する知識は少ない。しかし、根拠が無いながらに言った鴆の言葉に狐ノ依もリクオも体を固くした。
「妖狐が狐の姿になって戻れねぇってことはよ、つまり元々持つ能力をコントロール出来ない状態ってことだろ」
だから妖気が足りないか、体力が極端に低下しているか。そう言う前に、鴆も二人の様子が変わったことに気付く。
「…心当たりあんのか?」
「あ、えっと、それは…」
冷や汗をだらだらと流して視線を泳がすリクオに、鴆は大きくため息を吐いた。
昨夜二人で抜けて、その後どうしたかなんて誰も追及しなかったが、こうなっては聞かずとも察しが付く。
「わぁったわぁった。ま、なんだ。血でも飲ましてやりゃあ治るだろ」
狐ノ依の小さな体を優しく撫でて、鴆は立ち上がった。リクオの部屋から出て行こうと襖を開けて、そこで足を止める。
「…ほどほどにしろよ」
「!!」
鴆の言葉にリクオの顔が真っ赤に染まっていく。狐ノ依の耳と尾もぴん、と伸びきって、なんとなく微妙な空気が流れる。
その二人を残して、鴆はそこからいなくなってしまった。
「…狐ノ依」
ちら、とリクオが狐ノ依を見ると、愛らしい狐がそこにいる。何か言いたそうにしているが、くんくん、というか細い鳴き声が漏れるだけ。
言葉を発することが出来ないもどかしさからか、狐ノ依はリクオの手にすり寄った。
「狐ノ依、ごめんね。その…無理させた、よね」
本当に申し訳なさそうに言うリクオにも、昨夜の感覚が残っている。だからか、少し居心地悪そうに視線が彷徨う。むしろ、こうして狐ノ依が狐の姿になってくれて有難いと思うほど。
リクオの言葉に、狐ノ依は激しく首を振って、大きめの尾も左右に揺れた。
「今のボクの血じゃ、たぶん大して役に立てないから…夜まで待っててね」
今度は縦に首が動く。
狐ノ依を抱き上げて鼻と鼻をくっつけた。
「昔は…狐ノ依とこんな関係になるなんて、思いもしなかったよ」
可愛い子狐が、いつの間にこんなに心を乱す存在になったのだろう。頬を舐めてくる狐ノ依の頭を撫でてから地面に降ろす。このくらいの、当たり前だったじゃれ合いにも、リクオの胸は高鳴っていた。
・・・
リクオが人間と妖怪の二つの姿を持っているように、狐ノ依にも狐と人間に近い姿と二つある。
そして、本来の姿は狐である方。改めて自分の狐である姿に戻って、愕然とする。ただの小さな狐がそこにいるだけ。
こんな狐を抱いてくれただけで十分だ。
庭先に座ってぼんやりと空を見上げる。もう一度兄に会って、今の思いを伝えたら許してもらえるだろうか。
ボクは死ぬことなんて恐れない。
空が遠い。
小さい体だけど、これでも少し大きくなっている。リクオが成長している証拠なのだろう。
久々にすがすがしい思いで背筋を伸ばした。
・・・
夜、リクオが妖怪の姿になってどかっといつもの部屋に座った。
「ほら、来いよ」
小さな狐ノ依の顔にリクオの手が触れる。狐ノ依はその手を舐めてから小さく歯を立てた。
鋭い牙がリクオの肌を突く瞬間だけは、いつも罪悪感で苦しくなる。
「なぁ、狐ノ依。そういや、ちゃんと言ってなかったよな」
「…?」
「オレは狐ノ依を愛してる」
「…!」
驚いて、ぐっと歯がリクオの手に突き刺さる。血が手をつたって畳に跡を残した。
「そ、そ…っそんな不意打ちってないです…!」
顔を上げてリクオを見れば、その距離は急激に近づいていて。リクオはふっと笑って狐ノ依の口元の血を拭った。
「いいから、ちゃんと飲み干せって」
「…っ」
真っ赤な顔で口をぱくぱくと動かす。少し申し訳なさそうに眉を下げた狐ノ依の口は再びリクオの血をすすった。鼓動が早まって、胸が苦しくて、血の味がよくわからない。
「リクオ様…」
「ん?」
「自惚れて、いいですか」
「何言ってんだよ。オレは今」
「わかってました。…愛してもらってるなぁって…」
リクオのふっと笑う息が聞こえて、顔を上げると唇が重なった。深い口付け。二人しか知らないこの感触。
「ん…血の味、これが狐ノ依には美味いのか?」
「あ、…はい。あの、いつも、痛いですよね」
「いや、狐ノ依が舐めてくれるから問題ねぇよ」
「っ…」
駄目だ、くらくらする。顔が熱くて、心臓が煩くて、幸せすぎて。
真っ赤になった顔をこれ以上見られたくなくて、俯いてリクオの掌を舐める。酒なんかよりももっともっと美味しい。そして、酒なんかよりも体が熱くなって、酔いが回るのが早い。
「狐ノ依…んな顔されっと、また触りたくなる」
「…え?」
「暫く我慢するつもりだってのに…」
口元を押さえて狐ノ依から視線がそらされる。その行動の意図が狐ノ依にもわかってしまった。意識しているのは自分だけではない、それがあまりにも嬉しくて。
「リクオ様、ボク…とても幸せです…」
「なんだよ、急に」
「ふふ」
きっと誰よりも幸せな妖狐なんだって。狐ノ依は自分からリクオに抱き着いた。