リクオ夢(2011.10~2015.03)
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つららと青田坊を含む一部の妖怪は、リクオの心配する友人たちを守るために、先に京都に到着している。
リクオや狐ノ依、その他妖怪たちは船の妖怪に乗って向かっている最中だ。
「雨造さん駄目ですよ、勝手に漁っちゃ…」
「お前も食うか?キュウリ上手いぞ」
「いえ…結構です」
リクオと、リクオと盃を交わした奴良組の者たち、それからここにいる雨造以外の遠野の妖怪たちは部屋で何やら話をしている。
遠野の者たちに奴良組のことを説明してやる、と言って部屋の中に消えた黒田坊も、ちょっと待っててねと言って部屋に入っていった首無も、機嫌がよくなかった。
「雨造さんは、気にならないんですか?」
「何が?」
「奴良組の皆、遠野の皆さんを快く思ってないです…たぶん」
皆ぴりぴりしているのは、遠野の妖怪のことをまだ認めていないから。今も、狐ノ依と話している雨造を見て、奴良組の妖怪たちはそわそわと陰口をたたいている。
「狐ノ依は?オイラ達が嫌か?」
「まさか!ボクは皆さんのこと好きですよ。リクオ様に力を貸して下さいました…」
「ならいーんじゃねぇの?」
「…そんなことは、ないと思いますが」
雨造は何に関しても深く考えない性格らしい。リクオと狐ノ依が初めて遠野に行ったときも、雨造は軽く受け入れてくれた。
「皆、ボクと違って先代の鯉伴様の時から長い間奴良組に仕えて…リクオ様のことも、とても大事に思っているんです」
「狐ノ依は違うのか?」
「ボクは新参者で…皆はボクより奴良組への思いが強いのかも」
しかもこれから向かうのは京都。鯉伴を殺した羽衣狐のいる場所に向かう。いつも以上に気持ちは荒ぶるのは避けられない。
「なら、狐ノ依は笑っているべきだぜ」
「え?」
「狐ノ依の笑顔はなんか、安心するんだー」
雨造の言うことがあまりピンと来なくて狐ノ依が言葉を失っていると、急に近くの壁が破壊されて中から首無とイタクが飛び出してきた。
明らかに二人は取っ組み合いをしている。その緊迫した空気から、二人がそれなりに本気な喧嘩を始めるつもりなのだと狐ノ依も雨造も感じ取った。
「と…止めなきゃ!」
「イタク…どうしたんだぁ!?」
走って二人の後を追う。既に近くにいた者たちは、喧嘩だ、喧嘩だと集まってきている。
「ヤサ男だと思ってたら…ヤクザ者っぽいとこあんだな」
「“常州の弦殺師首無”それが私の江戸時代の呼び名だ」
首無がこの本気の顔つきを見せるのは久々で、狐ノ依の体はぞくっと震えた。リクオの前では見せない雰囲気の違う首無。首無の名前は雨造も聞いたことがあるようで、本物だ、と興奮した様子を見せている。
「やめてよ…」
二人が本気で戦い始めると、船も大きく軋み出した。首無の糸がイタクの首に巻きつき、容赦なく締め上げる。それをイタクはイタチの姿になって切り裂く。
仲間同士の戦いではない、これでは本当に殺し合いだ。
「やめろっ!」
狐ノ依の悲痛な声が船の上に響く。首無もイタクも体に走った畏に動きを止めた。狐ノ依の姿がとても恐ろしいものに映る。初めて感じた狐ノ依の畏に二人は動くことが出来なかった。
「京着く前に、船が壊れちまうじゃねーかぁあ!」
動きを止めた首無とイタクの頭の上にバシャッと水が降りかかる。
そこにいたのは、連れてきた覚えのない鴆だった。その水は鴆の傷薬だったようで、さり気なく仲間の傷を思うところはさすがだ。
ようやくリクオも騒ぎを聞きつけ到着したが、狐ノ依と鴆の勢いに押され、騒ぎに収拾がついた頃だった。
「おいリクオ、またオレを置いて行くつもりだったな!?」
「体弱ぇんだろ、血ヘド吐いたってしらねーぞ」
リクオに文句を言っていた鴆の目が狐ノ依に移る。遠野で一度しか見せていない狐ノ依の畏は勿論鴆の知るところではなく。首無も相当驚いた様子で狐ノ依を見ていた。
「狐ノ依よぉ、随分見違えたな」
「え、ボクですか?」
「あぁ、リクオは遠野で相当力を付けてきたらしい」
いつも通りの鴆が、いつも通りに狐ノ依の頭を撫でる。それがもやもやしていた狐ノ依の心を晴らしていく。
「鴆様、来て下さって心強く思います」
「おう、狐ノ依はいい子だな」
ちらっと鴆がリクオを見る。その視線の意図に気付いたリクオは狐ノ依の体を自分の方に引き寄せた。
狐ノ依より高い位置にる二人の目。その視線の間で火花が散っていることも知らず、狐ノ依はリクオと鴆が揃ったことで安心し、肩の力を緩めていた。
そんな彼らを乗せる船が急に大きく揺れた。海の上を行っているわけでもなく、大きな風が吹いたわけでもない。
その揺れの原因は京都の方からやってきた妖怪…今回の敵、京妖怪の群れだった。
「どうやら…着いたようだな、京妖怪のお出ましだ」
リクオはその京妖怪たちを仕切っているであろう妖怪を見ながら、狐ノ依を抱く力に手を込めた。
「きけ、そこの船。我こそは京妖怪白蔵主(はくぞうず)。羽衣狐様より、京の空の守護を仰せ付かいし者」
船を囲む多くの妖怪達の中でも、前に出ているその妖怪が奴良組に向かって語りかける。
味方か敵かと問うてくる白蔵主はただの荒くれ者の妖怪ではないようで、攻撃をしかけてくる様子はまだない。
他の京妖怪が突っ込んで行こうとするも、お互いの大将が名乗った上で戦うのが戦の作法だと言ってその妖怪を押し留めさせた。
「奴良組の総大将ぬらりひょん!何故名乗りでてこんのか」
相手には奴良組だということが船に付けられた畏の代紋からバレてしまっている。
肩を抱いていたリクオの手が緩んで、狐ノ依からリクオの熱が離れた。リクオは大将同士の戦いに応じるつもりなのだ。それを感じとって狐ノ依は反射的にリクオの羽織を掴んでしまった。
「狐ノ依?」
「あ…あの…」
狐ノ依だけでなく、首無も、毛倡妓も、皆がリクオを出すことには反対しているようで、白蔵主を睨み付けたままでいる。
しかしリクオの目は、行かせて欲しいと言っていた。
「…お気をつけて」
「あぁ、ありがとな」
手を離す狐ノ依に、鴆は何も言わなかった。狐ノ依の畏を見たからわかる。リクオも間違いなく力をつけたはずなのだ。それを確かめたいという思いもあった。
首無も納得していない顔をしていたものの、狐ノ依の視線を感じると諦めたのか、はぁと大げさに息を吐いていた。
「何故名乗り出た?今まで拙僧の力を見て名乗り出たものは…おのれの力もわからぬ愚か者だけだ」
白蔵主が発した言葉は、先ほどとは一転。正々堂々と挑むのは、自分の力に余程の自信を持っていたからだったようだ。強烈な妖気は体の表面をビリビリと刺激してくる。
しかし、リクオは不適に笑ってみせた。
「邪魔する奴は…軌って進まなきゃなんねぇからな」
「ほう…士道をわきまえ、且つ威勢のいいクソガキだ」
白蔵主が槍を振りかざし、先に攻撃をしかける。その速さと破壊力は確実にリクオを勝っていた。
しかし、リクオを捕らえたと思われた攻撃は、見事にリクオの纏っていた畏によって回避される。
鏡花水月。そこにいるのに、そこにいない。敵認識をずらす、ぬらりひょんの畏。
熊野で習得したリクオの鬼憑。それを初めて目にした首無は、目を大きく開き、そして口をあんぐりと開けてリクオを見つめていた。
「リクオ様…まさか、それは」
「首無?どうかしたの?」
「狐ノ依はわからない…?この能力は…二代目と同じだ」
「そう、なんだ…」
白蔵主の畏を断ち切ったリクオが負けることはもはやなかった。リクオの一太刀で槍は粉々に砕けちる。その瞬間、勝敗は決まったのだった。
・・・
『狐ノ依…来な』
大きな背中の後を追って、狐ノ依は走った。鯉伴は狐ノ依の小さな体に合わせてしゃがむと、抱いていたリクオの顔を狐ノ依に見せる。
『お前の主はこいつだ…だがな、オレはこいつに選ばせようと思ってんだ』
鯉伴は半妖だったが、妖怪であることを選んだ。しかし、リクオは4分の1しか妖怪でない。ぬらりひょんとして妖怪を継ぐことを強要する必要はない、鯉伴はそう考えていた。
『…それだと、お前の母ちゃんを裏切ることになっちまうな』
どういうわけか、狐ノ依の主であるのはリクオで、鯉伴ではない。
妖狐の本能的な部分が影響したのか、鯉伴ではなくリクオが将来的に主としてふさわしい妖怪になると感じ取ったのか。定かではないが、体の小さいままの狐ノ依を見れば、主がリクオということだけは明らかで。
『だから狐ノ依も選んで欲しい。もしリクオが人間を選んだ時にゃ…オレかリクオか』
狐ノ依を撫でていた小さな手に、大きな手が重なる。
『早く、狐ノ依の覚醒した姿をこの目で拝みたいしな』
言いたいことはあるのに、狐ノ依の体は言葉を紡ぐことが出来ないただの狐。狐ノ依は鯉伴の掌に顔をすり寄せて、鯉伴の言うことへ反応を示した。
リクオも鯉伴も、自分の大切な主。愛しい方…
しかし、やはり本能はリクオを主と認めて狐ノ依の成長は止まったままだった。
そしてそれは間違っていなかったのだと、それから十年経った今、自分の目ではっきりと認識する。リクオは鯉伴に能力も性格も似てきた。先代を超える力を秘めている。
狐ノ依は改めてリクオが主であることを誇りに思うのだった。
朝を迎える。
しかし、もはや今の京都は朝などないに等しかった。羽衣狐によって浸食された京都は朝になっても薄暗く、嫌な雰囲気に満ちている。リクオやイタクの姿も変わらなかった。
京が如何に妖怪の町へと変貌を遂げてしまったかは、それだけで明らかである。とはいえ、今の奴良組にそれを気にする余裕はない。
京妖怪を追い払った奴良組に、今度は船の落下という悲劇が襲いかかっていたのだ。
「川がある!そこへ落とせ!」
京都へ落とすということだけは避けなければならない。丁度進行方向に現れた鴨川に落とすために首無とイタクが協力している。
「わ、あっ…」
船の揺れでよろけた狐ノ依の体はぽすっとリクオの腕に納まる。片手で狐ノ依を支えてしまうその腕は、もう鯉伴と違いはない。
「狐ノ依、危なっかしくて見てられねぇから…掴まってな」
「すみません…」
「…なんて顔してんだ」
「え、」
「いや、気にすんな」
リクオに掴まりながら、狐ノ依はもう片方の手で自分の顔に触った。どんな顔をしていたのだろう。とにかくドキドキして、苦しくて、狐ノ依はリクオの腕にしがみ付いていた。
遠野の妖怪たちと奴良組とが協力し、無事に着水。リクオも狐ノ依も初めて京都の地に足を着けた。
ひっそりと人とは離れて暮らすはずの妖怪は、京都では堂々と生き胆を食らうため人を追いかけ回している。信じられない光景だった。
「臆するな」
リクオの声は奴良組に力を与える。至る所にはびこる京妖怪に怖気づいていた者も皆、リクオの声を聞いて緊張は解れた様子だ。
「いくぞ、おめーら。羽衣狐との因縁を断ちに…!」
つらら達との合流を優先しつつ、向かうは伏見稲荷。らせんの封印の一番目だという場所に向かう。
らせん、などという単語には全く聞き覚えのないリクオ達だったが、この情報は白蔵主から聞いたものだ、間違いないだろう。
「不気味な鳥居ですね」
「そうか?」
ずらりと並ぶ鳥居の下を歩いて行く。薄暗いのと相まって、妖怪が言うことではないが霊の一匹当たり前のように出そうな雰囲気が漂っている。
「怖いのかい?」
「ほんの少し…」
「手を貸しな」
リクオの手が狐ノ依の手を取る。暖かくて、包まれるようなその手が狐ノ依を安心させる。
「もっと近寄っていいんだぜ?」
「だ、大丈夫です…!」
狐ノ依の反応を見て笑っているリクオに対し、狐ノ依は頬を膨らませて、でも結局ぴったりとリクオにくっついた。
怖いからじゃなくて、リクオにくっつきたかっただけ。鯉伴の首に巻き付いていた頃を思い出して、無意識にリクオの近くを求めていた。
「狐ノ依、知ってるか?お前の癒しの力…」
「癒し…ですか?」
「あぁ、手をこうしてくっ付けているだけで…オレは心の中まで澄み切る」
掴まれた手が、リクオの唇に持っていかれる。柔らかい感触が狐ノ依の手にぶつかり、一瞬で狐ノ依の顔が真っ赤に染まった。心拍数が上昇して、リクオに魅せられてくらくらする。
「狐ノ依…どうした?京都に来て緊張してんのか?」
「え、いえ…そんなことは」
「今日はやけに…過剰に反応するな」
来る前に体を触ってもらったこと、そして鯉伴とリクオが重なってきたこと…いろいろなことが同時にあって、狐ノ依の心境には変化があった。
急に、年が同じはずのリクオが大人に見えてくる。
緊張しているのかと問われれば確かにそうなのだろうが、それとも多少違って、狐ノ依は曖昧に微笑んだ。
「リクオ様がご立派だからですよ」
「…そうかい」
周りの目を気にしない二人には、他の奴良組の妖怪たちの方が緊張していた。
「秀元!何やねん、急に飛び降りて!」
リクオと狐ノ依の耳に入った声、それはリクオが心配していた相手…ゆらのものだった。視線をそっちに向けると、花開院の者の前に立つ、やけに薄い存在の男が不適に笑っている。
「君が…彼の孫だね」
「げ、奴良くん」
ゆらもリクオに気付いて少し後ずさる。しかし今はゆらよりも、ゆらが秀元と呼んだ男が気になった。ぬらりひょんがリクオに言った唯一の助言。秀元に会うといい、というもの。
その時、秀元の横にいた竜二がリクオの背後に迫っていた羽衣狐の部下である妖怪を滅し、いしずえとして封印を施した。
薄暗かった空が晴れ、封印というものを嫌でも理解させられる。
「これが封印ってやつか…」
「せや…“八つ”全部を封じなければ、京都に平和は戻らない」
秀元は、今の京都の状況を理解していないリクオに簡潔にそれを伝えた。
「四百年前、一度羽衣狐は倒された。その時にボクが結んだ“らせんの封印”は解かれてしもうた…」
らせんの封印のおかげで一掃された京都の妖怪たちは、一斉に再びここに戻ってきた。平和を取り戻すには、もう一度、らせんの封印…八つの場所に施すべき封印を成さねばならない。
「君がぬらちゃんの意思を継いでいるなら…花開院の陰陽師と共に再度封印を施して欲しい」
四百年前、羽衣狐を封印出来たのは、秀元の力と、ぬらりひょんの力があったから。残念ながら、秀元は死んでいて、過去持っていた力を発揮することは出来ない。
しかし今…ぬらりひょんの意思を継ぐリクオと、陰陽師最強の技、破軍を使えるゆらが揃っている。
「羽衣狐は弐條城に入り、子を産む。闇の象徴となる子が産まれるまで、期限は七日間。それまでに…頼むで」
「あぁ、オレはそのために来た!」
二代目の力を継ぎ、そして初代であるぬらりひょんの意思も継いでいる。そんなリクオの力になりたくて、狐ノ依は自分の手をじっと見つめた。
この手に出来ることなら、なんだってするつもりだ。この手がリクオを救えるなら、いつだって手を伸ばし、掴んでみせる。
「四百年前と明らかに違うのは…幸運を招きそうな狐さんが居ることやね」
「…え、ボク…ですか?」
「君は、きっと主を守る力になる」
秀元の言葉は、何故か信憑性があって、狐ノ依は素直に受け止めた。
「リクオ様!お久しゅうございます!」
ぴょん、とつららが飛び出してリクオと狐ノ依の前に姿を見せる。つららは花開院と共に行動していたようで、しっかり役目を果たしていた。
「お体を案じておりました…」
「お前は大丈夫か」
「はい!青田坊は家長たちに付いていますよ」
つららも合流して、奴良組はようやく次にやることが見えてくる。何をすれば良いのかわからなかった時より、ずっと強い志を持っていられる、狐ノ依もそう思っていた。
背後に、巨大な妖怪が降りたつまでは。
一瞬でそこにあった建物や鳥居が崩れていく。初めからそこには何もなかったのではないかと思うほどに一瞬のうちに。
京妖怪、土蜘蛛…400年前にも誰も倒せず、なんとか封印することだけは出来た恐ろしい妖怪。そこにいた秀元だけは、その存在を知っていた。
戦っていけない、空腹だったなら特に。全て喰われる。
「り…リクオ様…?」
土蜘蛛の手の下、血を流して横たわるリクオの頬に触れる。その狐ノ依はほとんど無傷でそこにいた。
「ん…?お前、どうして傷一つないんだ」
「っあ!?」
大きな指が狐ノ依の体を摘まんで持ち上げる。そのまま地面に叩きつけられる狐ノ依の服は岩の角に引っかかって裂けるのに、狐ノ依の体に刻まれた傷はすぐに癒えていった。
「なんだ…?お前…」
大きな拳が振り下ろされても、狐ノ依に大きな傷が残ることはなかった。
しかし、その体に痛みがあることに変わりはない。リクオの元に行きたいのに、体中が軋んで辛くて、強く手を握り締める。
次の攻撃は、首無の腕で助けられていた。
「狐ノ依、大丈夫!?」
「ぁ…首無…」
体に傷はないのに、狐ノ依は痛そうに涙を流している。狐ノ依に、これほどの自然治癒力があることを、誰もが初めて知った。
なんとか意識を保っていた妖怪や花開院の者たちも驚いて目を見開いている。
しかし、土蜘蛛が狐ノ依に集中してくれたおかげで、攻撃を受けた奴良組の妖怪達も起き上る時間を与えられていた。
「狐ノ依は早く、リクオ様の傷を…!」
「っ、うん…」
狐ノ依がリクオの元に行く。かろうじて意識は残っているようだが、土蜘蛛の激しい一撃に尋常でないほど酷くやられている。狐ノ依は手をリクオの体に重ねて集中した。
その間のせめてもの時間稼ぎと、皆が土蜘蛛に向かって行くが、首無や黒田坊、イタクやその他遠野の妖怪、その誰の畏も土蜘蛛には通用しなかった。
「狐ノ依、もう…平気だ」
「…っ!よ、良かったです…」
「あいつ、オレの、畏が効かねぇ…っ皆は…」
ふらっと立ち上がったリクオの体を支えながら狐ノ依も横に立つ。足場が不安定なだけでなく、頭がぼうっとしておぼつか無いのがバレないように足に力を入れる。
リクオを守らなくちゃ。もう二度と失わないために。
しかし、その時。リクオに向かって傷だらけになったつららが飛ばされて来た。リクオの腕に、ほとんど意識が朦朧としたつららの体がのしかかる。
「リクオ様…生きてた…。良かった、また…お守りできますね」
リクオを守るために戦ったつららが力なく微笑む。その瞬間、リクオの妖気が変わるのを狐ノ依は感じとっていた。
「許さねぇ…」
「ん…?てめぇは、なんでまだ生きてんだ?」
「てめぇが殺し損ねたんだろ」
リクオが自ら土蜘蛛に向かって進んでいく。
「ボクが生きているうちは…こいつらに手ェ出すんじゃねぇよ」
狐ノ依が感じた違和感は、その姿と一人称と、そして言葉づかい。昼の人間の姿なのに、纏った雰囲気は妖怪そのもので。
治したばかりの体のまま、リクオは再び土蜘蛛に突っ込んでいく。リクオは完全にキレていて、冷静さを欠いていた。
狐ノ依の体にもそれはぴしぴしと伝わって、熱くなる体を必死に抑える。
「っ…リクオ様、やめ…」
普段とは異なる力が狐ノ依に流れ込む。急に膨れ上がった妙に強い妖気のせいで狐ノ依の体は痺れて熱くてたまらなくなる。
「熱っ…嫌だ…」
祢々切丸を片手に行ったリクオは、人間の姿でありながら、土蜘蛛の手を切り落とした。妖怪のみを切る祢々切丸。それの強さを知る、秀元以外は皆驚き感嘆の声を上げる。
その間も、狐ノ依はじくじくと体を走る妖気に体を小さくして息を荒げた。
意識を持っていかれそうな、支配されそうな感覚。リクオを助けなきゃ、と思う心が更に体を熱くしていく。
「あかん、妖狐さん。主の妖気に飲まれては駄目や…」
「は、う…」
秀元の手が狐ノ依の頭の上にのせられた。
「抑えるんや。君さえ生きとったらまだ…救いはある」
「な、何で…何が、」
「土蜘蛛と戦って勝ち目はない」
「なら…っリクオ様を助けなきゃ…!」
急に静かになった。はっとして目を見張ると、リクオは膝をついたまま動かなくなっていた。
「こんな…ところで、負けられるか…」
「…リクオ様」
リクオの声は聞いたことがないほどか細く、弱弱しい。それなのに、土蜘蛛に屈服することなく意識を保ってそこにいる。
「ボクは…大将なんだ…」
「リクオ様、もう…!」
体の熱は引いている。踏み出した足場が悪くてよろけながら、それでも必死にリクオに駆け寄った。
狐ノ依は、リクオを庇うように、リクオの体を土蜘蛛から隠す。しかし、土蜘蛛はもうリクオには手を出して来なかった。
片手にぶら下げたつららの体。
遊びたりない、食い足りない土蜘蛛のちょっとした余興。
大将が死んでいないということは、まだ百鬼は生きている。土蜘蛛は、久々に楽しみを見つけたのだ。全てはただの暇つぶし。
つららは奪われた。京到着わずかにして、奴良組は京妖怪の恐ろしさを味わうことになったのだった。
・・・
瓦礫の下敷きになったもの、土蜘蛛の餌食になったもの…。奴良組の被害は酷いものだった。しかしまだリクオが生きている。
まだ動ける者で負傷した奴良組の妖怪を救出する。
その間、狐ノ依はずっとリクオの体を抱きしめていた。
「リクオ様…どこか痛むところは…」
「ボクのことはいい…。皆を…」
「そうはいきません。何よりも優先すべきはリクオ様…あなたなのですから」
着物の中に手を入れて、そこに作られた傷に直接触れる。深い傷。生きているのも奇跡に近い。痛そうに顔を歪めたリクオの頬に舌を這わせた。
「…っ、力が…」
しかし攻撃を受け、自分の体を治癒するのに力を使いすぎた。頭がふらついて、上手く力が出せない。いくらリクオの体に触れても、舐めても、傷はなかなか塞がらなかった。
「リクオ様…ごめんなさい。自分にもっと力があったら…」
「狐ノ依は、悪くない…ボクが、弱いから…」
「違います!リクオ様は…よく戦いました」
そう、相手が悪すぎたのだ、と自分に言い聞かせる。そうでもしないと、絶望してしまいそうだった。
「狐ノ依、リクオは無事か」
「…!牛鬼様…!?」
鴆が率先して妖怪たちの治療を行っている中、狐ノ依とリクオの背後に牛鬼が立っていた。
皆が土蜘蛛の強さに茫然と、自分たちの無知さを悔いているのに、牛鬼だけはいつもと変わらぬ様子でそこにいる。
「リクオは私が預かる」
その静かだが意思のある声は、皆に届いていた。
百鬼夜行破壊、それが土蜘蛛の畏。
つまり、徹底的に大将を狙い潰す。もし、リクオが土蜘蛛の畏に耐える、本当の大将の畏を纏っていたなら、事態は大きく変わったことだろう。
それを、牛鬼はわかっていた。
「牛鬼様…ボクは…ボクも…!」
リクオを抱き上げた牛鬼の足に、狐ノ依の手が絡む。そしてこれも、牛鬼の予想の範囲内であった。
「おいで」
「…っはい…!」
力も限界を迎えていた狐ノ依は狐の姿に戻ると牛鬼の肩に飛び乗った。
牛鬼はリクオと狐ノ依を連れてその場を去って行く。それを奴良組の者たちは何も言わずに見送っていた。
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