リクオ夢(2011.10~2015.03)
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リクオはゆらが京都に行ってから、ずっと気にしている様子で元気がなかった。
今、京都でよくないことが起こっている。ある妖怪が動き出し…結界が破られ誰かが死んだ。
しかも丁度そのタイミングで清継たちも京都に行こうと言い出している。
「狐ノ依、羽衣狐って知ってる?」
「え…と、それは…」
「ボクだって、少しは知ってるんだ」
リクオの父、鯉伴はその羽衣狐に殺されている。知っているのはそれだけだが、京都に行く理由なんてそれだけで十分だった。
今京都で動き出している妖怪とは、羽衣狐のことなのだ。
「でも、リクオ様。自分は賛成しません」
「どうして?」
「…自分には、…いえ、リクオ様の判断にお任せします」
「行きたくないって顔…してるね」
自分には主を守れるだけの力がないから。また目の前で奪われるようなことになってしまったらと思うと狐ノ依はリクオをここに留めさせたかった。
「狐ノ依、そんな顔しないで」
リクオは狐ノ依の頬に両手をやった。不安そうに歪むその悩ましげな顔もまた愛おしいと思う。
しかし、リクオだって狐ノ依にそんな顔をさせたいわけではないのだ。
「まだ何が起こってるかなんてわからないし…そんなに心配しなくても大丈夫だから」
「…はい」
狐ノ依は何も言い返すことが出来なかった。
何が起こっているかなどわからない、確かにその通りだ。杞憂かもしれない。しかしそう思えば思うほど嫌な予感がしてくる。
結局リクオの意思が変わることはなく、リクオは総大将である祖父に京都に行きたいということを伝えに行ってしまった。
「なんか…京都で悪いことが起きてるらしいんだ。…妖怪がらみで」
京都には陰陽師の友達、ゆらも行っている。だから助けに行きたい。
総大将に訴えるリクオの顔つきは真剣だった。
「死にてぇのか、お前」
次に聞こえてきたぬらりひょんの声は殺気を帯びていた。狐ノ依の体も無意識に強張る。
にぶい音と共に池まで飛ばされていったのはリクオだった。
「チッ…バカめが。こんなジジイの蹴りがかわせんのかい」
「そ、そんな!総大将、なんてことをなさるのです!」
部屋から出てきたぬらりひょんが池に落ちたリクオを見下ろしている。耐えられずぬらりひょんの服の袖を掴んで止めようとする狐ノ依をぬらりひょんは優しく制した。
「まぁ、見ておれ」
ただキレていたわけではない。そうわかっても不安が募るばかり。
「そこで頭を冷やせリクオ。京へは、死ににいくようなものじゃ。てめぇの力じゃ…下っ端にもやられるぞ」
「なにをしやがる…くそじじい」
池から顔を出したリクオは妖怪の姿に変わっていた。
「どーしても京都に行きたいと言うんなら、てめぇの刀を抜いてみろ」
そして二人は刀を抜いた。
しかし、畏れを奪う妖の第一段階を超えた次の段階を見せつけたぬらりひょんを目で追うことすらリクオには敵わなかった。
「…その次の段階を覚えれば京都に行けんだな…?」
「なぜ…そこまで京都にこだわる?」
「京都にいるんだろ、「羽衣狐」ってのは」
「羽衣狐」という単語にぬらりひょんも目を見開いた。リクオが京都に行きたがる理由がそれであるように、ぬらりひょんが行かせたくない理由もそれだったのだ。
ぬらりひょんは、息子である鯉伴を羽衣狐にやられたことが引っかかっていて、リクオには何も知らせないようにと、ずっと腕の中で守り続けていたのだった。
「狐ノ依よ、リクオには少し厳しい場所に行かせる」
「…厳しい、場所…?」
「本来ならリクオ一人で行かなきゃならんのだが」
「いけません、リクオ様を一人になど!」
「ワシより過保護なのがおるからの…」
ぬらりひょんは狐ノ依を見て優しく微笑んでいた。
「リクオを頼んだぞ」
まだぬらりひょんが何を言いたいのか理解出来ない狐ノ依はどうして良いのかわからずリクオを抱きかかえたまま茫然としていた。
・・・
リクオとぬらりひょんがぶつかってから、二日経った。狐ノ依の力で傷はほとんど治っているのに、布団に寝かされたまま起きることは一度もなく眠り続けている。
「実の孫にここまですることないじゃない…ねぇ、狐ノ依」
「うん…」
つららも狐ノ依もほとんど付きっきりでリクオを見ている。
狐ノ依の気がかりはそれだけではなく、もう一つ、ぬらりひょんの言っていた厳しい場所…とは。
「そーいえば清十字団が来たわよ。一週間後に京都に出発ですって」
「…京都、かぁ」
毛倡妓の言葉にまた複雑な思いが廻る。そもそも京都だなんて言い出さなければこんなことにはならなかったのに。
狐ノ依はリクオの頬に触れて、目を潤ませた。
「おい!お前らリクオ様をかくまえ!」
急にがらっと襖が開いて、首無が入ってきた。それに続いて大きな顔が現れる。それは奴良組の妖怪ではなかった。
「こいつだぁ…こいつが弱ぇ人間だ…」
その妖怪が大きな手でリクオを持ち上げる。
「や、やめろ…!リクオ様を離せ!」
狐ノ依がその手にしがみつくと、そのままひょいと持ち上げられていた。
しまった、自分まで掴まってどうする。そう思った狐ノ依だったが、つまむように腰を持つその手つきが優しくて、抵抗する気を失った。
恐ろしい顔をしている割に、悪い妖怪ではないような。
「それじゃあ確かに預かりましたぜ。ワシら…奥州遠野一家がな!」
…微かに狐ノ依の声がする。そんな気がしてリクオは目を開けた。
「なんだ、あと半刻ほど起きなければ喰っちまおうって話だったのに」
目を開けたリクオの視界には知らない妖怪の顔、どころの話ではなく、一面にずらりと並んでいる知らない妖怪たちが映った。
「なんだ…ここは」
起きたばかりで状況把握が追いつかないリクオを一匹の妖怪が後ろから蹴り飛ばす。リクオはされるがままに転がり、赤くて大きな妖怪の目の前に出た。
「あんたが、「ぬらりひょんの孫」かい。似とるな…。あの頃のあやつが蘇ったようじゃ」
声をかけたのは、遠野を占める妖怪、赤河童。
赤河童はぬらりひょんを知っているようで、ずいぶん古くから生きている妖怪らしい。
「お前にはまず、見習の仕事をしてもらう」
言葉と同時に赤河童の周りにいた妖怪たちがリクオを抑える。
遠野の妖怪たちは皆、ぬらりひょんのやった畏れの次の段階を習得していて、リクオは手も足も出なかった。
「離せ!オレは早く京都に行かなきゃなんねーんだよ!」
「お前が京都?」
「笑わせるわ!」
リクオはそこから逃げようとしたが、遠野にいる下級の妖怪にも足止めされる始末。
さすがのリクオもここにいる妖怪たちの実力を感じ取って、抵抗するのを止めていた。
・・・
とん、とん、と足取り軽やかにリクオの行った道を辿る。ここ最近、ずいぶんと言葉を交わしていなかったために、早くリクオの元に行きたいという思いが狐ノ依の足を進めさせていた。
道を入ると川が流れていて、その先にリクオの姿が見えた。
「リクオさ、」
様、という言葉は続かなかった。後ろから誰かに口を抑えられている。そして体ごと抱きかかえられ、そのまま木の上に連れて行かれてしまった。
「静かにしろよ」
「…?あの、貴方は」
落ちないように力強く、その者の腕が支えてくれている。その腕の主が気になって狐ノ依は顔を後ろに向けた。
「うわ、こっち向くな!」
「え、ごめんなさい…?」
「いや、近くて驚いただけだ…悪いな」
軽く片腕で狐ノ依を持ち上げて、ぴょんと木の上に飛んだ割に、体の小さい妖怪だった。恐らく、体型的には狐ノ依とも大差ないだろう。
「別に悪いことしようってんじゃないんだ。ただ、もう少し…あいつを見てようぜ」
「リクオ様をですか…?」
リクオはなまはげに言われて洗濯をさせられているところだ。
なんとももどかしい。洗濯なんて、リクオがすることじゃない、自分が…という思いで狐ノ依は足を擦らせている。
「なんで、こんなことを…?ボク降りたい、です」
「いいから見てろって。お前、あれに仕える妖狐なんだろ?」
見定めてやろうぜ、というその妖怪に、狐ノ依は納得いかない顔を浮かべた。
「その前に、貴方のことを教えて下さい」
「ん?オレか?オレは…」
そこまで言ってその妖怪は狐ノ依も再び強く腕に抱くと、先にある木に飛び移った。
その下では、リクオが橋を渡ろうとしている。洗濯なんてさせられることを不快に思い、遠野から逃げ出そうとしたのだ。
しかし、リクオにはもはや遠野から逃げることは不可能だった。
見えていた橋も幻覚で、足を乗せた瞬間にふっと橋が消えて崖から真っ逆さまに。
「あぁ!」
狐ノ依が体を乗り出したところで、その妖怪が技を使いリクオを助けていた。
それもあっという間に。しかも、片腕では狐ノ依を支えたままで。
「おい、お前…見張りがついていて良かったな、この…鎌鼬のイタクがな!」
イタクと名乗った妖怪は、するすると木を降りて、狐ノ依を丁寧に地面に下ろした。
「リクオ様!ご無事ですか!?」
「狐ノ依…!?い、いつからここに」
遠野ではリクオの前に狐ノ依が姿を見せるのはこれが初めてだ。驚いているリクオに狐ノ依は走り寄って抱き着いた。
「お前、本当に妖狐の主かよ。もったいねぇ」
「…何?」
「この里は里全体が妖怪みたいなもんだ。畏れを断ち切れなきゃ、ここからは出られねぇよ」
畏れを断ち切る。リクオがぬらりひょんと戦ったときに、ぬらりひょんがやってのけた…次の段階のことだ。
「それ、詳しく教えてくれ!」
「お前は洗濯ちゃんとやれよ」
耳を貸すことなく、木の上に上がってどこかに行こうとするイタクをリクオは追いかけた。「畏れを断ち切る」ということが気になるのだろう。
そこに取り残された狐ノ依は仕方なくリクオの残した洗濯物に手をかけるのだった。
リクオがイタクを追って着いた場所は実戦場だった。そこでは遠野の妖怪たちが手合せやら修業やらで戦っている。
そこで、リクオはイタクに畏れについての説明を受けることになった。
相手を恐れさせる程度のものは人間用。
対妖怪となったときには、次の段階が必要になる。
「…説明すんのは面倒だな」
「オレだって、“畏の発動”くらいなら出来る」
「へぇ…やってみろよ」
二人の性格故か、急遽実戦場を使って早速実戦を行うことになった。
そこにはイタクの友人である沼河童の雨造やあまのじゃくの淡島、雪女の冷麗と多くの妖怪たちがいて、リクオは彼らに見守られていた。
「じゃあ、かかって来な」
リクオは初めて自発的に畏れを発動させた。ぬらりひょんの畏れ。誰にも認識されることのない状態になる。
「これが、ぬらりひょんの畏れ!?」
「ここにいる全員に畏れを発動させたのか!」
それには周りにいたその妖怪たちも驚きを隠せずにいた。
それでもイタクは冷静に構え、畏れを発動させた。リクオの畏れは断ち切られ、妖怪達にリクオの姿が確認出来るようになる。
「な…!」
しかし、リクオはイタクの攻撃を受けて切られていた。
「畏れをやぶる、と言ってもいい。これをこの里では“鬼憑(ひょうい)”という…対妖妖の戦闘術だ」
「…それを、オレに教えてくれ。頼む」
リクオは素直に頭を下げた。これが出来なければ、京都の妖怪には敵わない。やるしかないんだ。
丁度その時タイミング悪く、洗濯を終えた狐ノ依がリクオを追ってこの実戦場に到着した。
狐ノ依の目に映るのはイタクの前で土下座をするリクオ。
「あ…!あぁ、リクオ様、何故そのような!」
「狐ノ依?」
「お、お怪我もなさっているではないですか…!見せて下さい!」
「いや、今は…」
リクオの傷に手を当て治そうとする狐ノ依は、ようやく周りに目を向けた。見知らぬ妖怪たちがずらりと並んで狐ノ依とリクオをじっと見つめている。
「あ…え、と」
「狐ノ依、とりあえず落ち着け、な」
二人の姿をじっと見ていた雨造がまず動いた。
「その子…あれだよな?噂の妖狐」
「だよな!めちゃくちゃ可愛いじゃねーか!」
次に淡島が近づいて狐ノ依を抱き上げた。戸惑っていた狐ノ依は軽く抱き上げられてしまう。
「あ、あの…」
「イタクはそいつの指導役だろ?ならこの子の面倒はオレが見るぜ!」
「淡島ずるいぞ」
「雨造は下心が見えすぎなんだよ」
狐ノ依が男だというのは気にならないのか、雨造と淡島の男二人が狐ノ依を取り合っている。頭を下げていたリクオも若干気に食わない感じで顔をしかめた。
「おい…狐ノ依が困ってる」
「へぇ、狐ノ依かぁ。オレを主にしてみねぇ?」
「狐ノ依はオレのだ」
リクオが淡島に抱き上げられている狐ノ依を奪い取る。む、とする淡島に対し、狐ノ依は嬉しそうに頬を赤くしていた。
・・・
一日修業したリクオ達は、上にあった露天風呂に入っていた。
イタクとやった後には淡島と、次は雨造と、と次々に実戦を行ったために、リクオの体にはたくさんの傷が作られている。
「リクオ様、他に痛むところはありませんか?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
リクオに付きっきりでいる狐ノ依にイタクや雨造は恥ずかしそうに視線をそらした。男同士であることはわかっているのに、何故かやらしいモノに見えてしまう。
「そ…それにしてもさ、なんでリクオはそんな京都にこだわってんだ?」
「あぁ…ゆらの奴が…あいつは身を挺してオレを守ってくれたからな。見捨てるような真似はしたくねぇんだ」
「ゆら?女か!」
「狐ノ依がいんのに、女もいんのか!」
「おい、変な勘違いすんな」
雨造と経立の土彦がリクオに食ってかかる。やけに美人なのかだの、ゆらについて聞きたがる二人にリクオはそこそこだと適当に受け流した。
そんなことを言ってくるせいで、狐ノ依が口を尖らせてそっぽを向いてしまっている。
「だから…自分は京都には行きたくないと…」
「狐ノ依、別にオレはゆらのためだけに行きたいわけじゃない。わかるな」
「でもきっかけはそれ…じゃないですか」
「ゆらは友達だ」
「リクオ様は友人に優しくしすぎなんです…!」
倦怠期だの、修羅場だの、と周りの妖怪達が言っているのが聞こえる。このままでは、調子にのってまた狐ノ依が口説かれる流れになるだろう。
リクオは周りの目を気にすることなく、狐ノ依の肩を抱いた。
「リ、リクオ…様?」
「全く…それでなくても今の狐ノ依が目に毒だってのに…」
「…?」
「あまり、触れたくなるような状況をつくるな」
肩を引き寄せられたせいで、狐ノ依の手はリクオの胸板にのっかる形になっている。狐ノ依も急にリクオの肌に触れていることが恥ずかしくなって、頬を紅潮させた。
「見せつけんなよリクオー」
二人を見てけらけら笑う雨造の横で、イタクは真剣な顔をしていた。そして小さく呟いた。
「京都の妖怪は…オレも嫌いだ」
遠野の妖怪は誰の配下にも加わらず、盃も交わさず、独立独歩を貫き通していた。それが遠野の誇りだ。なのにそれを、京都の妖怪は都合の良いときだけ利用しようとする。さも当然のように自分たちの兵隊を要求してくる。
「あぁ、オレもあいつらは嫌いだ!」
イタクに続いて言ってきた淡島の姿を見て、皆が目を丸くした。
「淡島…男じゃなかったのか!?」
裸になった淡島には大きな胸があり、下半身についているべきものもない。完全に女の体をしていた。
「あまのじゃくは昼は男、夜は女の妖怪なんだよ!」
「リ、リクオ様の前でそんな…!」
狐ノ依はすぐさまリクオの目を塞ぎにかかった。そのために、リクオの前に出て、足をまたぐ形になる。
リクオに淡島の体が見えることはなくなったが、狐ノ依の体が密着する体勢になってしまった。
「お…おい狐ノ依…どっちかてーと…そっちの方がまずい」
「じ、自分だってリクオ様に女の体は見せていないのですから、これは譲れません…!」
「…狐ノ依…最近積極的になったな」
二人きりでない、こんなときに止めてくれ、とリクオは一人ため息をついていた。
狐ノ依はリクオの仕事の半分、部屋の掃除をしていた。
本当はリクオの傍にいたいのだが、こうして仕事を分けた方が楽に終わると思ったからあえて離れている。
「リクオ様…大丈夫かなぁ」
リクオは普段そういうことをやらないためか、洗濯さえも苦労して行っていた。それも、狐ノ依の二倍くらいは時間がかかっているんじゃないかと思えるほどに。
「早く終わらせて手伝いに行こう…!」
広くてたくさんある部屋を手際よく掃除していく。奴良家でも家事手伝いをしていて良かったと何気なく感じていると、とんと肩に手が置かれた。
「わ…!」
「うわ、びっくりした」
狐ノ依の驚いた声にびっくりして、そんなに驚くなよと笑って言うのはイタクだった。
「気配消して近づかないで下さい…」
「そりゃお前、妖怪に言うことじゃねぇな」
けらけらと笑うイタクの表情はあまり見覚えがない気がして、思わず狐ノ依は見惚れてた。元々大きい瞳は可愛らしいため、笑うとそれが際立つ。
「イタクさん、笑うと親しみやすい感じでいいですね」
「は?なんだ、急に。ていうか、イタクでいいよ」
「そんな、リクオ様のお師匠様みたいな方ですから」
狐ノ依がすぱっと言い切ると、イタクは微妙な顔をした。
「…お前、どんだけリクオのこと好きなんだよ」
「え…?」
「いや、なんつーか…もったいねー…」
そっぽを向いてしまったイタクの顔を覗きこもうとしたとき、何か嫌な気配が体に走った。無意識に耳がピンと立つ。
「なぁ、お前も気づいたか?」
「え、あ…はい」
「行くぞ、掴まれ」
イタクが少し体勢を低くして狐ノ依をじっと見ている。どこに掴まれば良いか一瞬迷って、それからイタクの首に両手を回した。
鎌鼬、という風の妖怪であるだけあって、確かに掴まれなければ飛ばされそうだった。
「あそこだ…!」
リクオの姿と、それと対峙している見覚えのない妖怪が三匹。着ている服やら雰囲気、それからイタクの態度から、それが遠野の妖怪でないことは明らかだった。
攻撃されそうになっているリクオにそのまま突っ込み、躊躇うことなくイタクが敵の腕を切り落とす。
「イタク…!?」
「ったく、オレらの里で暴れやがって。京妖怪さんよ…殺すぞ」
イタクの目が獣のようなものに変わる。狐ノ依はイタクから離れてリクオに近づいた。なんとか間に合ったようで、リクオはまだどこもケガをしていない。
「リクオ様…良かった」
「良くねぇよ」
「…え?」
すっと立ち上がったリクオは急に鋭い妖気を放った。
「イタク、待て…そいつはオレの敵だ…!」
それにはイタクも京妖怪もぴくりと反応した。明らかに今までと違う。しかも、発動したら見えなくなるはずのリクオの姿は、発動しているのにも関わらず見えている。
「まさか…鬼憑…?」
そのまさか、それはリクオの鬼憑だった。
姿が見えなくなる前段階の鬼發と違い、そこにいるのに触れられないリクオの鬼憑に妖怪は呑まれ、圧倒された。
「ぬらりひょんとは…鏡花水月。夢幻を体現する妖…」
昔ぬらりひょんが言った言葉だった。つまり、妖怪ぬらりひょんは、認識をズラし畏を断つ。
「あ、折れちまってる。さすがに木の棒で妖怪を倒すのは無理か…」
武器を持っていなかったリクオは、そこにあった木の棒で妖怪を相手していた。当然その木の棒は折れてもう使える状態ではなくなっている。
しかし、リクオは畏を上手く使えたことで油断してしまった。
敵に背中を向け、畏を解いてしまっている。そこに京妖怪、三人の中でも中心にいた鬼童丸が迫っていた。
京妖怪はぬらりひょんに恨みがあった。昔やられた嫌な記憶。
そもそも京妖怪がリクオを襲ったのも、総大将であるぬらりひょんと見間違えたからだった。
そして、判断した。リクオは今のうちに潰しておくべきだと。
「リクオ様、危ない…!」
鬼童丸とリクオの間に狐ノ依が入り込んだ。青い炎が狐ノ依とリクオを包むと、相手の動きが止まる。
初めてみる狐ノ依の畏だった。リクオが鬼憑を会得したために、狐ノ依も使えるようになった鬼憑。今までは魅了する炎だったが、これは相手を畏れさせた。
それだけでなく、リクオに向けた攻撃を鬼童丸は自分に向けていた。
解り易く言えば跳ね返す、そう言った感じだった。
「狐ノ依…お前いつの間に」
「それはこちらの台詞です…。リクオ様、とてもお強くなられて…」
見つめ合った二人の視界の横でぬっと立ち上がった鬼童丸が映り、二人はもう一度構える。
しかし、鬼童丸はもう何もしてこなかった。
周りに、遠野の妖怪、淡島や雨造たち皆が集まって来ていたからだ。
「…私のやることは、遠野を全滅させることではない。だが、奴良組とつるめば花開院のように皆殺しだ」
花開院のように、という言葉にいち早く反応したのは、リクオだった。
「二週間以内に京は、陰陽師と共に…羽衣狐様の手に落ちるのだ」
既に羽衣狐の動きは活発化していた。
四百年、陰陽師に封印させられていた羽衣狐の復活。京妖怪の狙いは、京都を取り戻すというもの。
そのために、陰陽師によって成された8つの神社や城にある封印を一つずつ潰していく。
そして、最後には第一の封印である弐條城に城を建てる。そこを中心として、洛中を妖で満たす…
そのための京妖怪と陰陽師との戦いは既に始まっていた。
・・・
その夜、狐ノ依はリクオの傍にくっついて離れなかった。リクオの寝床は少し大きな器。それに一寸法師のように入って丸くなって寝ていた。
狐ノ依にはちゃんとした寝床が用意されていたが、そんなもの、リクオの傍に比べたらなんということもない。
「狐ノ依、きつくないか?」
「い、嫌…ですか?」
「いや、オレはいいけどよ」
さすがに二人入るための大きさでないそこは、二人で寝るには当然窮屈で。嫌でも二人は完全に密着する形になった。
「自分には、リクオ様のお傍が一番なんです」
「…そうかい」
リクオは確かにここに来て力を増している。それも急速に。だからこそ、狐ノ依は不安で仕方がなかった。
どうせならここから出られないくらいでも良かったのだ。それほど、狐ノ依にとって羽衣狐は脅威だった。
嫌でも思い出す。まだ何も出来ない狐だった頃のこと。目の前で殺された鯉伴のこと。
自分に力さえあればと何度呪ったことか。今度こそは失いたくないとリクオに尽くして生きてきた。なのに、また羽衣狐が立ちはだかる。
リクオは鯉伴に比べてもまだまだ劣るのに、ようやく三代目を継ぐと決意してすぐのこんな時になんて。
「…リクオ様…ボクを一人にしないで…」
「…狐ノ依?」
「愛しい方を失うのは…もう…」
狐ノ依の手がリクオの服を強く握りしめた。小さな手が力んで震えている。
「狐ノ依、お前…」
今、狐ノ依は何を考えている?
リクオは狐ノ依の好意に疑問を覚えた。
リクオの体に抱き着いて、体を震わせている狐ノ依の体温はそこにあるのに、何故かその思いが別にいっている気がする。
「狐ノ依、オレを見ろ」
「…?」
「余計なことは考えなくていい」
肩を抱くと、急に狐ノ依の小ささを実感した。今まで何度も抱きしめてきた体なのに、小さくて細くて、どうしてこの体に守られていたのかわからなくなる。
チラつく狐ノ依の素肌に触れたくて、喉が上下に動いた。
「オレだけ、見ていればいい…」
「リ、リクオ様…?」
「狐ノ依」
唇を重ねて、荒々しく狐ノ依の口を割って舌を入れた。狐ノ依が苦しそうにリクオにしがみ付いている。
それが愛おしくて、いじらしくて、悪いモノがリクオに押し寄せていた。
このまま抱いてしまったらどうなるのだろう。狐ノ依はどんな顔をするのか。
着物の隙間に手を入れて、狐ノ依の腰を撫でた。そのまま下にずらして太腿に触れる。狐ノ依の肌は細いのに柔らかくて、食べてしまいたいと本当にそう思うほどだった。
「は、ぁ…リクオ様…っ」
「っ…!」
赤くなった狐ノ依の顔が下にある。苦しそうに息を吐くその姿に欲求すると同時に、罪悪感が募った。
違う、こんなことがしたいのではないのに。
「悪い、オレ…」
「ぁ、あの、」
「いろいろ有りすぎて疲れてんだな…どうかしてた」
「え…?」
これ以上手を出してしまわないように、リクオは狐ノ依から少しでも離れるために反対を向いて体を小さくした。
狐ノ依もリクオをじっと見つめてから、リクオとは反対の方に体を向けた。背中だけが当たっている状態。リクオと狐ノ依が二人で寝ていてこんな風になるのは初めてのことだった。
「自分は…リクオ様を、見れていなかったのでしょうか…?」
「…」
「何か…悲しませることを、したのでしょうか…?」
「そんなことねぇよ」
「では、どうして…」
どうして、泣きそうな顔で狐ノ依に触れてきたのか。何故途中で止めてしまうのか、何故背中を向けているのか。
狐ノ依には何一つわからなくて、不安は更に大きくなっていた。
次の日も、リクオはイタクと実戦場で修業していた。今までそれを真っ直ぐ見つめていた狐ノ依の視線は少し下に落ちている。
なんとなく昨夜のことが引っかかっていたのだ。
「…はぁ」
出したくもないため息が出る。体を触られたときの気持ち良さを知ってしまった狐ノ依には、実のところリクオにも触って欲しいという願望があった。
何か嫌なことを言ってしまったか、それとも体の方に何か問題があったのだろうか。
「それは、絶望的かも…」
狐ノ依がそんなことを考えている間にも、リクオはどんどん力をつけていく。イタクとも互角に渡り合っていて、イタクを含め他の遠野の妖怪達も、リクオの実力や能力を認め始めていた。
「大変だぜリクオ!」
ざっと足音立てながら、実戦場に走って来たのは淡島だった。それにはリクオとイタクも動きを止めて淡島の方を見る。狐ノ依も顔を上げた。
「京都が…羽衣狐の手に落ちるぞ!」
「…どういうことだ?」
「オレも詳しいことは知らねーが…手練れの陰陽師が軒並みやられたらしい」
リクオは目を大きく見開いて、淡島の話を聞いていた。羽衣狐。その単語には狐ノ依の耳も大きく揺れる。
わかってはいたことだが、これではっきりした。京都に、羽衣狐がいるということ。
「リクオ!今のお前なら、里の畏は断ち切れるはずだ。友達がいるなら、すぐ助けに行くべきだぜ!」
「…少し、考える時間をくれねぇか」
イタクも淡島も京妖怪の強さはわかっている。突っ込めばむしろ危険なのはリクオの方だということも。だから、イタクたちは目を合わせて頷くと、そこからいなくなった。
残ったのはリクオと狐ノ依。
「リクオ様…」
立ち尽くしているリクオに狐ノ依の方から近づく。リクオは目だけを狐ノ依に向けた。
「助けに行かないという選択肢はない、のですよね」
「…あぁ」
「今、リクオ様の頭を占めているのは…花開院ですか?…羽衣狐ですか…?」
「狐ノ依」
手を差し出されて、狐ノ依は素直にその手を取った。リクオの手は、狐ノ依と同じくらい冷え切っている。
「オレの勝手に狐ノ依を…皆を巻き込むことになるのはわかってんだ」
「…はい」
「でもよ…八年前のこと、狐ノ依にもわかるだろ」
八年前、目の前で鯉伴…リクオの父親は殺されている。その日から、奴良組は弱体化し、逆に関西妖怪は勢力を伸ばし始めた。
「この因果…偶々じゃねぇなら、親父をやったのは羽衣狐だ」
「…」
「今更隠さなくていい」
リクオの手が強く狐ノ依の手を握った。聞くまでもなかった、リクオの頭の中は恐らく羽衣狐が大きくのしかかっているのだ。きっかけは、花開院だったとしても。
「狐ノ依も…」
「…はい」
「親父のこと、」
その先の言葉は出てこなかった。
狐ノ依は自分がリクオを止めることは出来ないのはわかっていたし、リクオが遠野の協力あって強くなったのもわかっている。それにこのままリクオとの関係がギスギスしていくことの方が嫌で。
狐ノ依はリクオの手を強く握り返した。
「自分は…リクオ様について行くだけです」
「…悪いな」
リクオの片手が狐ノ依の頭に移動した。柔らかく撫でられて、リクオの方に引き寄せられる。これだけで、穏やかな気分になって、幸せな気持ちになれて。
「きっと…守ってみせます」
リクオのことも、リクオの思いも。狐ノ依は目を閉じて、リクオの背に腕を回した。
・・・
リクオは狐ノ依を連れて遠野を出ることを決心した。今すぐにも京都に向かわなければ花開院が危ない。しかし、リクオはここに来たときよりも、ずっと落ち着いていた。
「オレについて来る奴はいねぇのかい?」
赤河童に礼を言って、立ち去るリクオを止めるものは一人もいない。鬼憑を習得したリクオは畏を使いこなしていた。赤河童もやはりぬらりひょんだ、と感心してリクオを見送っていた。
「そういえば…狐ノ依はいつの間に鬼憑を会得したんだ?」
「さぁ…教えてもらってもいないのですが…」
「そんなことも知らねーのかよ」
遠野を出ようとするリクオの後ろ、イタクは腕を組んで二人を見ていた。当然、その周りには淡島や雨造、皆揃っている。
「妖狐は、主の力に対応してんだろ?」
な、と言うイタクに対し、狐ノ依は小さく首を横にした。そういえば、リクオとは覚醒した時期も近いし納得は出来る。
「なるほど…」
「仮にも自分のことだろ」
「うぅ、ごめんなさい」
イタクの言うことは正しい。狐ノ依は自分のことをあまり知らなかった。教えてくれる親もいないのだから当然といえばそうなのだが。
「たく、仕方ねぇな。お願いしますってんならついて行ってやってもいいぜ」
淡島が冗談のつもりで言ったことに、リクオはぱっと笑顔になった。戦力が足りていないのは事実。遠野の奴らが来てくれるなら、それは相当心強い。
素直に頼むと言われ、言った本人淡島は、ずるっとコケてしまった。まさか、リクオが本当に頼んでくるとは。
「…言っておくが、まだてめーの教育係は終わってねぇ」
イタクはもう決めていたようで、リクオの後ろについた。
「盃は交わさねぇけどな」
「それで構わねぇよ」
それを見て、他の皆も決心した様子で頷いた。盃は交わさないという条件があったが、そんなことはあってないようなものだ。実際狐ノ依も交わしていないのだから。
「よし、行くぜ!さよならだ遠野」
リクオが遠野の結界を断ち切った。
全員でそこを飛び出すと、急に旅行気分になってわいわいと騒ぎ出した。雨造は外に出るのが初めてだとか、京都楽しみだ、とか。それを聞いて、狐ノ依もなんとなく不安がなくなっていく。
「リクオ様、遠野に来て良かったですね」
「あぁ。狐ノ依も…いて良かった」
ふっと笑い合う二人を見た周りからのブーイングは激しかったが、今はそれすらも楽しく思えていた。
・・・
結界から出ると、リクオは昼の人間の姿に戻った。
遠野にいる間ずっと妖怪の姿でいたために忘れていたが、昼のリクオは人間なのだ。遠野な結界の中が特別だったらしい。
それを見るのが初めてである遠野の妖怪たちは目を丸くしてリクオを見つめた。冷麗に至っては、あら可愛いなどと呟いている。
暫く言葉なく驚いていた淡島は近くにいた狐ノ依に耳打ちをした。
「なぁ、狐ノ依はリクオに惚れてんだろ?あれでもいいのか?」
「え!?な、なんてことを言うんですっ」
「だってほら、全然違うじゃん」
ちら、と淡島がリクオに視線を向けるので、それにつられて狐ノ依もリクオの姿をちらっと見てしまった。
確かに全然違う。だからといって、狐ノ依が昼のリクオ夜のリクオを別の人間だと思ったことは一度もなかった。思わないようにしていた、という方が正しいかもしれないが。
「姿は違いますが…リクオ様であることに違いはありません」
「じゃあ、あのリクオともキスとかするんだ?」
「え、えぇ!?」
思わず大きな声を出してしまい、狐ノ依に全員の視線が集まる。狐ノ依はぱっと自分の口を抑え、淡島はなんでもない、と手を顔の前で振った。
「そんなに驚くことか?まさか、したことないとか?」
「し…な、なくはないですが…っ、そんな…」
「ん?」
「意地悪しないで下さい…」
顔を真っ赤にする狐ノ依が可愛くて、淡島はひょいと狐ノ依を抱き上げた。抱き上げられた狐ノ依は降ろしてもらうようもがこうとした、がもがく前にあるものが目に映った。
「…イタチ」
イタチがいる。リクオの隣に、服を着たイタチが立っている。
「淡島さん、お、降ろしてください!」
「嫌だね」
「あそこに、可愛い方が…!」
指さす先には勿論そのイタチ、もとい昼になり獣の姿になったイタク。狐ノ依に可愛いと言われむすっとするイタクが面白かったので、淡島はすぐに狐ノ依を降ろした。
「イタクさん、なんですか?」
「…そうだよ」
可愛い、と目を輝かせる狐ノ依に、イタクは困ってしまい頬をかいた。普段なら怒るところだが、言ってくる狐ノ依が可愛いので怒る気にならない。
「こう揃うと、可愛い集団だな」
「確かに!」
淡島が言うとそこにいたリクオとイタクと狐ノ依を除いて全員が大きく頷いた。
「ボクが一番大人っぽくないですか?」
という狐ノ依の言葉には、全員が首を横に振った。
その日の夜。
奴良組にリクオと狐ノ依が帰って来た。遠野を出たときにはリクオも人間の姿になり、イタクもイタチの姿になっていたものだが、とっくに姿を変える時間帯になっている。
「おい、リクオ、てめーが遅いから夜になっちまったろ」
「人間で悪かったな」
「リクオ様を責めないで下さい…ボクの足が遅いから…」
「いや、狐ノ依は悪くねーよ」
リクオと狐ノ依の二人の帰宅に喜ぶ奴良組の者たちだったが、共にやってきた遠野の妖怪達を見ると驚いて口をぽかんと開けている。
「リクオ様にタメ口聞いてるぞ…?」
「これはどういうことだ?」
仲間意識が強い故の困惑か。知らない妖怪が突然奴良組に入ってきたために、気の強い者は喧嘩を始める始末だ。
「貴様!この奴良組特攻隊長を愚弄するか!」
「あぁ!?お前なんか知るか!」
黒田坊と淡島が言い合いをしている姿を横目に見ながら、狐ノ依はソワソワとしていた。止めるべきか、仲裁に入るべきか。
その狐ノ依の肩にリクオの手が乗った。
「狐ノ依、じじいに挨拶してくっから、あいつらの面倒みてやってくれ」
「あ、はい、わかりました」
リクオに言われ、狐ノ依の背中は一瞬ぴっと伸びる。
しかしリクオの背中を見送ると、後ろで起こっている状況に息を漏らした。イタクは桜の木に登って怒られているし、淡島はまだ黒田坊と言い争っているし。どこの面倒をみろというのか。
再び戸惑いに視線を泳がせる狐ノ依に首無と毛倡妓が近付いていた。
「狐ノ依、おかえり」
「あ、首無…!」
「リクオ様と狐ノ依がいないから、なんだか物足りなかったよ」
首無は隣に来ると、すぐさま手を伸ばして狐ノ依の頭を撫でた。それだけで、心が休まる。この奴良組にとって大きい存在である二人の不在は、明らかに奴良組の空気を変えていた。
「ほんと、狐ノ依の顔って無性に見たくなる瞬間があるのよね」
「あぁ、本当に」
毛倡妓と首無がうんうん、と話している。狐ノ依もそう言ってもらえるのは純粋に嬉しくて二人に向けてふにゃ、と笑った。
その頃、リクオはぬらりひょんに京都に行く決意をもう一度伝えた。
遠野から帰ってきた、という時点でぬらりひょんにはリクオが強くなったということはわかっている。それでも確認のために一撃試しに切りかかったのを、当然のように避けるリクオにぬらりひょんは納得した。
「ま、好きにするがいいさ」
「ずいぶん簡単じゃねーか」
「因縁断ち切ってこい。帰ってきたらお前が三代目じゃ」
ぬらりひょんから京都に着いたら秀元に会うといい、という助言までもらって、リクオはぬらりひょんに背を向けた。祝杯でも用意していろ、と強気な言葉を残して。
「リクオ様!総大将はなんと?」
皆の元に戻ってきたリクオに、狐ノ依は駆け寄った。以前、ぬらりひょんに返り討ちにあったことが今でも記憶に鮮明で、今回もそうなるのではないかと不安だったのだ。
「好きにしろってよ」
「…そうですか。良かったですね」
「お前は、良かったと思ってくれるか?」
少し切なげに微笑んだ狐ノ依が心配で、リクオは狐ノ依の顔を覗き込んで問いかけた。
出来るなら、狐ノ依にも良かったと思って欲しい。
しかしその心配を余所に、狐ノ依はリクオの体に抱き着いた。
「狐ノ依…?」
「自分はリクオ様のためにあります。存分に、利用してください」
「それは、てめぇの意思か?本能か?」
「ふふっ…今のは本能の方です」
意地悪してみました、と無邪気に言う狐ノ依の体を抱きしめ返し、リクオはその唇を奪った。
そんな可愛いことを言われて我慢できるほど大人ではない。熱い息が混ざり合って、苦しそうに狐ノ依の小さな手がリクオの肩にしがみついた。
「本当にお前は…どうしてそう、可愛いことをする」
「は、ぁ…え、と…?」
「いや、いい。狐ノ依の意思の方を聞かせてくれ」
顔を離して、でも至近距離で話す。
「自分は…二度と、同じ過ちを繰り返すつもりはありません」
「…」
「今度は、共に戦います」
逃げていても敵は来る。鯉伴も、京都に行ったわけではなく、ここでやられているのだ。これが本当に因果だというのなら、逃げていてもいつか敵はやってくる。だとしたら、戦うしかない。
「…ありがとな」
もう一度、軽く唇を合わせた。
「リクオ様、いい加減にしてもらえますか…?」
「お熱いねー」
じっと見ていた首無は低いトーンで、雨造は高いトーンで言った。人前だということをすっかり忘れていた狐ノ依は羞恥心から体を小さくして顏を覆う。そんな様子もやはり愛らしくて、むっとしていた首無も癒されてしまうのだった。
・・・
「あ…ぅ、」
押し殺された狐ノ依の声。出発の準備、そして15分後に出発するぞと言った後、リクオと狐ノ依はすぐに部屋に戻った。
「狐ノ依、顔隠すんじゃねぇよ」
「はぁッ…う…」
リクオの顔が狐ノ依の股間にあって、そこにあるものを舌で刺激している。そこまで大きくないそれは、リクオの口の中に納まって、いやらしい音を立てた。
リクオが狐ノ依の体の違和感に気付いたのは数分前。キスで熱くなった体はなかなか冷めることがなく、恥ずかしそうに足を擦らせていた。
女の子のように可愛らしい体からはなかなか想像しづらいが、股の部分の衣服が少し膨れ上がっていて。
「これ…どうしてくれるんですか…っ」
「…狐ノ依」
「リクオ様のせいですよ…?」
そんなことを言われて無視することも出来ず、狐ノ依の手を引いて部屋に入ったリクオは、すぐに狐ノ依の服を脱がせた。
「ぁあ、あっ…汚、いのに…っ」
「可愛いな狐ノ依…」
「ぅあっ!ああ…!」
ちゅ、と音を立てて強く吸われると、狐ノ依はすぐに果ててしまった。リクオの口に狐ノ依の精液が放たれて、口の端から少し溢れて流れる。それを親指で拭うと、リクオは舌で舐めとった。
「はぁ…あ…」
「狐ノ依、いっぱい出たな」
「も、申し訳ありませ…、こんな…」
「いや、京都に行く前に…触れて良かった」
狐ノ依の処理をしてやると言いながらも、本当は自分が触りたいだけだった。京都に行けば狐ノ依に触れるのも難しくなるかもしれないという焦りから手を出してしまった。
「狐ノ依、嫌じゃなかったかい?」
「いえ、そんな…むしろ嬉しくて…」
「…嬉しい?」
「はい…気持ち良かったです」
ぷつん、と頭の何かが切れそうになる。それを必死に抑えながら、リクオは狐ノ依に服を着させた。これ以上狐ノ依の素肌を見ていたら理性が効かなくなってしまう。京都に行かなければいけないのに、こんな阿呆なことをしている場合ではない、そうわかってはいるのに。
「狐ノ依…帰ってきたら、もっと気持ち良いことしような」
「本当ですか?きっと、きっとですよ…!」
そんな仕方のない約束を交わして、リクオは先に部屋を出た。
外にはぬらりひょんの用意した戦略空中妖塞“宝船”が既に出発する準備を完了している。
奴良組の妖怪達も準備を終えて出発はいつかと盛り上がっている頃だ。
リクオは一度熱い体を冷ますために深く深呼吸をして、きっと前を見据えた。
「よし、行くぞ!」
奴良組は京都を目指すため、宝船に乗り込んだ。
リクオと目を合わせた狐ノ依は強く頷いた。大丈夫、もう羽衣狐には負けない。
しかしそんな狐ノ依の思いに反し、京都では既に悪夢は始まっていた。ほんの一秒の猶予もないほどに。
今、京都でよくないことが起こっている。ある妖怪が動き出し…結界が破られ誰かが死んだ。
しかも丁度そのタイミングで清継たちも京都に行こうと言い出している。
「狐ノ依、羽衣狐って知ってる?」
「え…と、それは…」
「ボクだって、少しは知ってるんだ」
リクオの父、鯉伴はその羽衣狐に殺されている。知っているのはそれだけだが、京都に行く理由なんてそれだけで十分だった。
今京都で動き出している妖怪とは、羽衣狐のことなのだ。
「でも、リクオ様。自分は賛成しません」
「どうして?」
「…自分には、…いえ、リクオ様の判断にお任せします」
「行きたくないって顔…してるね」
自分には主を守れるだけの力がないから。また目の前で奪われるようなことになってしまったらと思うと狐ノ依はリクオをここに留めさせたかった。
「狐ノ依、そんな顔しないで」
リクオは狐ノ依の頬に両手をやった。不安そうに歪むその悩ましげな顔もまた愛おしいと思う。
しかし、リクオだって狐ノ依にそんな顔をさせたいわけではないのだ。
「まだ何が起こってるかなんてわからないし…そんなに心配しなくても大丈夫だから」
「…はい」
狐ノ依は何も言い返すことが出来なかった。
何が起こっているかなどわからない、確かにその通りだ。杞憂かもしれない。しかしそう思えば思うほど嫌な予感がしてくる。
結局リクオの意思が変わることはなく、リクオは総大将である祖父に京都に行きたいということを伝えに行ってしまった。
「なんか…京都で悪いことが起きてるらしいんだ。…妖怪がらみで」
京都には陰陽師の友達、ゆらも行っている。だから助けに行きたい。
総大将に訴えるリクオの顔つきは真剣だった。
「死にてぇのか、お前」
次に聞こえてきたぬらりひょんの声は殺気を帯びていた。狐ノ依の体も無意識に強張る。
にぶい音と共に池まで飛ばされていったのはリクオだった。
「チッ…バカめが。こんなジジイの蹴りがかわせんのかい」
「そ、そんな!総大将、なんてことをなさるのです!」
部屋から出てきたぬらりひょんが池に落ちたリクオを見下ろしている。耐えられずぬらりひょんの服の袖を掴んで止めようとする狐ノ依をぬらりひょんは優しく制した。
「まぁ、見ておれ」
ただキレていたわけではない。そうわかっても不安が募るばかり。
「そこで頭を冷やせリクオ。京へは、死ににいくようなものじゃ。てめぇの力じゃ…下っ端にもやられるぞ」
「なにをしやがる…くそじじい」
池から顔を出したリクオは妖怪の姿に変わっていた。
「どーしても京都に行きたいと言うんなら、てめぇの刀を抜いてみろ」
そして二人は刀を抜いた。
しかし、畏れを奪う妖の第一段階を超えた次の段階を見せつけたぬらりひょんを目で追うことすらリクオには敵わなかった。
「…その次の段階を覚えれば京都に行けんだな…?」
「なぜ…そこまで京都にこだわる?」
「京都にいるんだろ、「羽衣狐」ってのは」
「羽衣狐」という単語にぬらりひょんも目を見開いた。リクオが京都に行きたがる理由がそれであるように、ぬらりひょんが行かせたくない理由もそれだったのだ。
ぬらりひょんは、息子である鯉伴を羽衣狐にやられたことが引っかかっていて、リクオには何も知らせないようにと、ずっと腕の中で守り続けていたのだった。
「狐ノ依よ、リクオには少し厳しい場所に行かせる」
「…厳しい、場所…?」
「本来ならリクオ一人で行かなきゃならんのだが」
「いけません、リクオ様を一人になど!」
「ワシより過保護なのがおるからの…」
ぬらりひょんは狐ノ依を見て優しく微笑んでいた。
「リクオを頼んだぞ」
まだぬらりひょんが何を言いたいのか理解出来ない狐ノ依はどうして良いのかわからずリクオを抱きかかえたまま茫然としていた。
・・・
リクオとぬらりひょんがぶつかってから、二日経った。狐ノ依の力で傷はほとんど治っているのに、布団に寝かされたまま起きることは一度もなく眠り続けている。
「実の孫にここまですることないじゃない…ねぇ、狐ノ依」
「うん…」
つららも狐ノ依もほとんど付きっきりでリクオを見ている。
狐ノ依の気がかりはそれだけではなく、もう一つ、ぬらりひょんの言っていた厳しい場所…とは。
「そーいえば清十字団が来たわよ。一週間後に京都に出発ですって」
「…京都、かぁ」
毛倡妓の言葉にまた複雑な思いが廻る。そもそも京都だなんて言い出さなければこんなことにはならなかったのに。
狐ノ依はリクオの頬に触れて、目を潤ませた。
「おい!お前らリクオ様をかくまえ!」
急にがらっと襖が開いて、首無が入ってきた。それに続いて大きな顔が現れる。それは奴良組の妖怪ではなかった。
「こいつだぁ…こいつが弱ぇ人間だ…」
その妖怪が大きな手でリクオを持ち上げる。
「や、やめろ…!リクオ様を離せ!」
狐ノ依がその手にしがみつくと、そのままひょいと持ち上げられていた。
しまった、自分まで掴まってどうする。そう思った狐ノ依だったが、つまむように腰を持つその手つきが優しくて、抵抗する気を失った。
恐ろしい顔をしている割に、悪い妖怪ではないような。
「それじゃあ確かに預かりましたぜ。ワシら…奥州遠野一家がな!」
…微かに狐ノ依の声がする。そんな気がしてリクオは目を開けた。
「なんだ、あと半刻ほど起きなければ喰っちまおうって話だったのに」
目を開けたリクオの視界には知らない妖怪の顔、どころの話ではなく、一面にずらりと並んでいる知らない妖怪たちが映った。
「なんだ…ここは」
起きたばかりで状況把握が追いつかないリクオを一匹の妖怪が後ろから蹴り飛ばす。リクオはされるがままに転がり、赤くて大きな妖怪の目の前に出た。
「あんたが、「ぬらりひょんの孫」かい。似とるな…。あの頃のあやつが蘇ったようじゃ」
声をかけたのは、遠野を占める妖怪、赤河童。
赤河童はぬらりひょんを知っているようで、ずいぶん古くから生きている妖怪らしい。
「お前にはまず、見習の仕事をしてもらう」
言葉と同時に赤河童の周りにいた妖怪たちがリクオを抑える。
遠野の妖怪たちは皆、ぬらりひょんのやった畏れの次の段階を習得していて、リクオは手も足も出なかった。
「離せ!オレは早く京都に行かなきゃなんねーんだよ!」
「お前が京都?」
「笑わせるわ!」
リクオはそこから逃げようとしたが、遠野にいる下級の妖怪にも足止めされる始末。
さすがのリクオもここにいる妖怪たちの実力を感じ取って、抵抗するのを止めていた。
・・・
とん、とん、と足取り軽やかにリクオの行った道を辿る。ここ最近、ずいぶんと言葉を交わしていなかったために、早くリクオの元に行きたいという思いが狐ノ依の足を進めさせていた。
道を入ると川が流れていて、その先にリクオの姿が見えた。
「リクオさ、」
様、という言葉は続かなかった。後ろから誰かに口を抑えられている。そして体ごと抱きかかえられ、そのまま木の上に連れて行かれてしまった。
「静かにしろよ」
「…?あの、貴方は」
落ちないように力強く、その者の腕が支えてくれている。その腕の主が気になって狐ノ依は顔を後ろに向けた。
「うわ、こっち向くな!」
「え、ごめんなさい…?」
「いや、近くて驚いただけだ…悪いな」
軽く片腕で狐ノ依を持ち上げて、ぴょんと木の上に飛んだ割に、体の小さい妖怪だった。恐らく、体型的には狐ノ依とも大差ないだろう。
「別に悪いことしようってんじゃないんだ。ただ、もう少し…あいつを見てようぜ」
「リクオ様をですか…?」
リクオはなまはげに言われて洗濯をさせられているところだ。
なんとももどかしい。洗濯なんて、リクオがすることじゃない、自分が…という思いで狐ノ依は足を擦らせている。
「なんで、こんなことを…?ボク降りたい、です」
「いいから見てろって。お前、あれに仕える妖狐なんだろ?」
見定めてやろうぜ、というその妖怪に、狐ノ依は納得いかない顔を浮かべた。
「その前に、貴方のことを教えて下さい」
「ん?オレか?オレは…」
そこまで言ってその妖怪は狐ノ依も再び強く腕に抱くと、先にある木に飛び移った。
その下では、リクオが橋を渡ろうとしている。洗濯なんてさせられることを不快に思い、遠野から逃げ出そうとしたのだ。
しかし、リクオにはもはや遠野から逃げることは不可能だった。
見えていた橋も幻覚で、足を乗せた瞬間にふっと橋が消えて崖から真っ逆さまに。
「あぁ!」
狐ノ依が体を乗り出したところで、その妖怪が技を使いリクオを助けていた。
それもあっという間に。しかも、片腕では狐ノ依を支えたままで。
「おい、お前…見張りがついていて良かったな、この…鎌鼬のイタクがな!」
イタクと名乗った妖怪は、するすると木を降りて、狐ノ依を丁寧に地面に下ろした。
「リクオ様!ご無事ですか!?」
「狐ノ依…!?い、いつからここに」
遠野ではリクオの前に狐ノ依が姿を見せるのはこれが初めてだ。驚いているリクオに狐ノ依は走り寄って抱き着いた。
「お前、本当に妖狐の主かよ。もったいねぇ」
「…何?」
「この里は里全体が妖怪みたいなもんだ。畏れを断ち切れなきゃ、ここからは出られねぇよ」
畏れを断ち切る。リクオがぬらりひょんと戦ったときに、ぬらりひょんがやってのけた…次の段階のことだ。
「それ、詳しく教えてくれ!」
「お前は洗濯ちゃんとやれよ」
耳を貸すことなく、木の上に上がってどこかに行こうとするイタクをリクオは追いかけた。「畏れを断ち切る」ということが気になるのだろう。
そこに取り残された狐ノ依は仕方なくリクオの残した洗濯物に手をかけるのだった。
リクオがイタクを追って着いた場所は実戦場だった。そこでは遠野の妖怪たちが手合せやら修業やらで戦っている。
そこで、リクオはイタクに畏れについての説明を受けることになった。
相手を恐れさせる程度のものは人間用。
対妖怪となったときには、次の段階が必要になる。
「…説明すんのは面倒だな」
「オレだって、“畏の発動”くらいなら出来る」
「へぇ…やってみろよ」
二人の性格故か、急遽実戦場を使って早速実戦を行うことになった。
そこにはイタクの友人である沼河童の雨造やあまのじゃくの淡島、雪女の冷麗と多くの妖怪たちがいて、リクオは彼らに見守られていた。
「じゃあ、かかって来な」
リクオは初めて自発的に畏れを発動させた。ぬらりひょんの畏れ。誰にも認識されることのない状態になる。
「これが、ぬらりひょんの畏れ!?」
「ここにいる全員に畏れを発動させたのか!」
それには周りにいたその妖怪たちも驚きを隠せずにいた。
それでもイタクは冷静に構え、畏れを発動させた。リクオの畏れは断ち切られ、妖怪達にリクオの姿が確認出来るようになる。
「な…!」
しかし、リクオはイタクの攻撃を受けて切られていた。
「畏れをやぶる、と言ってもいい。これをこの里では“鬼憑(ひょうい)”という…対妖妖の戦闘術だ」
「…それを、オレに教えてくれ。頼む」
リクオは素直に頭を下げた。これが出来なければ、京都の妖怪には敵わない。やるしかないんだ。
丁度その時タイミング悪く、洗濯を終えた狐ノ依がリクオを追ってこの実戦場に到着した。
狐ノ依の目に映るのはイタクの前で土下座をするリクオ。
「あ…!あぁ、リクオ様、何故そのような!」
「狐ノ依?」
「お、お怪我もなさっているではないですか…!見せて下さい!」
「いや、今は…」
リクオの傷に手を当て治そうとする狐ノ依は、ようやく周りに目を向けた。見知らぬ妖怪たちがずらりと並んで狐ノ依とリクオをじっと見つめている。
「あ…え、と」
「狐ノ依、とりあえず落ち着け、な」
二人の姿をじっと見ていた雨造がまず動いた。
「その子…あれだよな?噂の妖狐」
「だよな!めちゃくちゃ可愛いじゃねーか!」
次に淡島が近づいて狐ノ依を抱き上げた。戸惑っていた狐ノ依は軽く抱き上げられてしまう。
「あ、あの…」
「イタクはそいつの指導役だろ?ならこの子の面倒はオレが見るぜ!」
「淡島ずるいぞ」
「雨造は下心が見えすぎなんだよ」
狐ノ依が男だというのは気にならないのか、雨造と淡島の男二人が狐ノ依を取り合っている。頭を下げていたリクオも若干気に食わない感じで顔をしかめた。
「おい…狐ノ依が困ってる」
「へぇ、狐ノ依かぁ。オレを主にしてみねぇ?」
「狐ノ依はオレのだ」
リクオが淡島に抱き上げられている狐ノ依を奪い取る。む、とする淡島に対し、狐ノ依は嬉しそうに頬を赤くしていた。
・・・
一日修業したリクオ達は、上にあった露天風呂に入っていた。
イタクとやった後には淡島と、次は雨造と、と次々に実戦を行ったために、リクオの体にはたくさんの傷が作られている。
「リクオ様、他に痛むところはありませんか?」
「あぁ、もう大丈夫だ」
リクオに付きっきりでいる狐ノ依にイタクや雨造は恥ずかしそうに視線をそらした。男同士であることはわかっているのに、何故かやらしいモノに見えてしまう。
「そ…それにしてもさ、なんでリクオはそんな京都にこだわってんだ?」
「あぁ…ゆらの奴が…あいつは身を挺してオレを守ってくれたからな。見捨てるような真似はしたくねぇんだ」
「ゆら?女か!」
「狐ノ依がいんのに、女もいんのか!」
「おい、変な勘違いすんな」
雨造と経立の土彦がリクオに食ってかかる。やけに美人なのかだの、ゆらについて聞きたがる二人にリクオはそこそこだと適当に受け流した。
そんなことを言ってくるせいで、狐ノ依が口を尖らせてそっぽを向いてしまっている。
「だから…自分は京都には行きたくないと…」
「狐ノ依、別にオレはゆらのためだけに行きたいわけじゃない。わかるな」
「でもきっかけはそれ…じゃないですか」
「ゆらは友達だ」
「リクオ様は友人に優しくしすぎなんです…!」
倦怠期だの、修羅場だの、と周りの妖怪達が言っているのが聞こえる。このままでは、調子にのってまた狐ノ依が口説かれる流れになるだろう。
リクオは周りの目を気にすることなく、狐ノ依の肩を抱いた。
「リ、リクオ…様?」
「全く…それでなくても今の狐ノ依が目に毒だってのに…」
「…?」
「あまり、触れたくなるような状況をつくるな」
肩を引き寄せられたせいで、狐ノ依の手はリクオの胸板にのっかる形になっている。狐ノ依も急にリクオの肌に触れていることが恥ずかしくなって、頬を紅潮させた。
「見せつけんなよリクオー」
二人を見てけらけら笑う雨造の横で、イタクは真剣な顔をしていた。そして小さく呟いた。
「京都の妖怪は…オレも嫌いだ」
遠野の妖怪は誰の配下にも加わらず、盃も交わさず、独立独歩を貫き通していた。それが遠野の誇りだ。なのにそれを、京都の妖怪は都合の良いときだけ利用しようとする。さも当然のように自分たちの兵隊を要求してくる。
「あぁ、オレもあいつらは嫌いだ!」
イタクに続いて言ってきた淡島の姿を見て、皆が目を丸くした。
「淡島…男じゃなかったのか!?」
裸になった淡島には大きな胸があり、下半身についているべきものもない。完全に女の体をしていた。
「あまのじゃくは昼は男、夜は女の妖怪なんだよ!」
「リ、リクオ様の前でそんな…!」
狐ノ依はすぐさまリクオの目を塞ぎにかかった。そのために、リクオの前に出て、足をまたぐ形になる。
リクオに淡島の体が見えることはなくなったが、狐ノ依の体が密着する体勢になってしまった。
「お…おい狐ノ依…どっちかてーと…そっちの方がまずい」
「じ、自分だってリクオ様に女の体は見せていないのですから、これは譲れません…!」
「…狐ノ依…最近積極的になったな」
二人きりでない、こんなときに止めてくれ、とリクオは一人ため息をついていた。
狐ノ依はリクオの仕事の半分、部屋の掃除をしていた。
本当はリクオの傍にいたいのだが、こうして仕事を分けた方が楽に終わると思ったからあえて離れている。
「リクオ様…大丈夫かなぁ」
リクオは普段そういうことをやらないためか、洗濯さえも苦労して行っていた。それも、狐ノ依の二倍くらいは時間がかかっているんじゃないかと思えるほどに。
「早く終わらせて手伝いに行こう…!」
広くてたくさんある部屋を手際よく掃除していく。奴良家でも家事手伝いをしていて良かったと何気なく感じていると、とんと肩に手が置かれた。
「わ…!」
「うわ、びっくりした」
狐ノ依の驚いた声にびっくりして、そんなに驚くなよと笑って言うのはイタクだった。
「気配消して近づかないで下さい…」
「そりゃお前、妖怪に言うことじゃねぇな」
けらけらと笑うイタクの表情はあまり見覚えがない気がして、思わず狐ノ依は見惚れてた。元々大きい瞳は可愛らしいため、笑うとそれが際立つ。
「イタクさん、笑うと親しみやすい感じでいいですね」
「は?なんだ、急に。ていうか、イタクでいいよ」
「そんな、リクオ様のお師匠様みたいな方ですから」
狐ノ依がすぱっと言い切ると、イタクは微妙な顔をした。
「…お前、どんだけリクオのこと好きなんだよ」
「え…?」
「いや、なんつーか…もったいねー…」
そっぽを向いてしまったイタクの顔を覗きこもうとしたとき、何か嫌な気配が体に走った。無意識に耳がピンと立つ。
「なぁ、お前も気づいたか?」
「え、あ…はい」
「行くぞ、掴まれ」
イタクが少し体勢を低くして狐ノ依をじっと見ている。どこに掴まれば良いか一瞬迷って、それからイタクの首に両手を回した。
鎌鼬、という風の妖怪であるだけあって、確かに掴まれなければ飛ばされそうだった。
「あそこだ…!」
リクオの姿と、それと対峙している見覚えのない妖怪が三匹。着ている服やら雰囲気、それからイタクの態度から、それが遠野の妖怪でないことは明らかだった。
攻撃されそうになっているリクオにそのまま突っ込み、躊躇うことなくイタクが敵の腕を切り落とす。
「イタク…!?」
「ったく、オレらの里で暴れやがって。京妖怪さんよ…殺すぞ」
イタクの目が獣のようなものに変わる。狐ノ依はイタクから離れてリクオに近づいた。なんとか間に合ったようで、リクオはまだどこもケガをしていない。
「リクオ様…良かった」
「良くねぇよ」
「…え?」
すっと立ち上がったリクオは急に鋭い妖気を放った。
「イタク、待て…そいつはオレの敵だ…!」
それにはイタクも京妖怪もぴくりと反応した。明らかに今までと違う。しかも、発動したら見えなくなるはずのリクオの姿は、発動しているのにも関わらず見えている。
「まさか…鬼憑…?」
そのまさか、それはリクオの鬼憑だった。
姿が見えなくなる前段階の鬼發と違い、そこにいるのに触れられないリクオの鬼憑に妖怪は呑まれ、圧倒された。
「ぬらりひょんとは…鏡花水月。夢幻を体現する妖…」
昔ぬらりひょんが言った言葉だった。つまり、妖怪ぬらりひょんは、認識をズラし畏を断つ。
「あ、折れちまってる。さすがに木の棒で妖怪を倒すのは無理か…」
武器を持っていなかったリクオは、そこにあった木の棒で妖怪を相手していた。当然その木の棒は折れてもう使える状態ではなくなっている。
しかし、リクオは畏を上手く使えたことで油断してしまった。
敵に背中を向け、畏を解いてしまっている。そこに京妖怪、三人の中でも中心にいた鬼童丸が迫っていた。
京妖怪はぬらりひょんに恨みがあった。昔やられた嫌な記憶。
そもそも京妖怪がリクオを襲ったのも、総大将であるぬらりひょんと見間違えたからだった。
そして、判断した。リクオは今のうちに潰しておくべきだと。
「リクオ様、危ない…!」
鬼童丸とリクオの間に狐ノ依が入り込んだ。青い炎が狐ノ依とリクオを包むと、相手の動きが止まる。
初めてみる狐ノ依の畏だった。リクオが鬼憑を会得したために、狐ノ依も使えるようになった鬼憑。今までは魅了する炎だったが、これは相手を畏れさせた。
それだけでなく、リクオに向けた攻撃を鬼童丸は自分に向けていた。
解り易く言えば跳ね返す、そう言った感じだった。
「狐ノ依…お前いつの間に」
「それはこちらの台詞です…。リクオ様、とてもお強くなられて…」
見つめ合った二人の視界の横でぬっと立ち上がった鬼童丸が映り、二人はもう一度構える。
しかし、鬼童丸はもう何もしてこなかった。
周りに、遠野の妖怪、淡島や雨造たち皆が集まって来ていたからだ。
「…私のやることは、遠野を全滅させることではない。だが、奴良組とつるめば花開院のように皆殺しだ」
花開院のように、という言葉にいち早く反応したのは、リクオだった。
「二週間以内に京は、陰陽師と共に…羽衣狐様の手に落ちるのだ」
既に羽衣狐の動きは活発化していた。
四百年、陰陽師に封印させられていた羽衣狐の復活。京妖怪の狙いは、京都を取り戻すというもの。
そのために、陰陽師によって成された8つの神社や城にある封印を一つずつ潰していく。
そして、最後には第一の封印である弐條城に城を建てる。そこを中心として、洛中を妖で満たす…
そのための京妖怪と陰陽師との戦いは既に始まっていた。
・・・
その夜、狐ノ依はリクオの傍にくっついて離れなかった。リクオの寝床は少し大きな器。それに一寸法師のように入って丸くなって寝ていた。
狐ノ依にはちゃんとした寝床が用意されていたが、そんなもの、リクオの傍に比べたらなんということもない。
「狐ノ依、きつくないか?」
「い、嫌…ですか?」
「いや、オレはいいけどよ」
さすがに二人入るための大きさでないそこは、二人で寝るには当然窮屈で。嫌でも二人は完全に密着する形になった。
「自分には、リクオ様のお傍が一番なんです」
「…そうかい」
リクオは確かにここに来て力を増している。それも急速に。だからこそ、狐ノ依は不安で仕方がなかった。
どうせならここから出られないくらいでも良かったのだ。それほど、狐ノ依にとって羽衣狐は脅威だった。
嫌でも思い出す。まだ何も出来ない狐だった頃のこと。目の前で殺された鯉伴のこと。
自分に力さえあればと何度呪ったことか。今度こそは失いたくないとリクオに尽くして生きてきた。なのに、また羽衣狐が立ちはだかる。
リクオは鯉伴に比べてもまだまだ劣るのに、ようやく三代目を継ぐと決意してすぐのこんな時になんて。
「…リクオ様…ボクを一人にしないで…」
「…狐ノ依?」
「愛しい方を失うのは…もう…」
狐ノ依の手がリクオの服を強く握りしめた。小さな手が力んで震えている。
「狐ノ依、お前…」
今、狐ノ依は何を考えている?
リクオは狐ノ依の好意に疑問を覚えた。
リクオの体に抱き着いて、体を震わせている狐ノ依の体温はそこにあるのに、何故かその思いが別にいっている気がする。
「狐ノ依、オレを見ろ」
「…?」
「余計なことは考えなくていい」
肩を抱くと、急に狐ノ依の小ささを実感した。今まで何度も抱きしめてきた体なのに、小さくて細くて、どうしてこの体に守られていたのかわからなくなる。
チラつく狐ノ依の素肌に触れたくて、喉が上下に動いた。
「オレだけ、見ていればいい…」
「リ、リクオ様…?」
「狐ノ依」
唇を重ねて、荒々しく狐ノ依の口を割って舌を入れた。狐ノ依が苦しそうにリクオにしがみ付いている。
それが愛おしくて、いじらしくて、悪いモノがリクオに押し寄せていた。
このまま抱いてしまったらどうなるのだろう。狐ノ依はどんな顔をするのか。
着物の隙間に手を入れて、狐ノ依の腰を撫でた。そのまま下にずらして太腿に触れる。狐ノ依の肌は細いのに柔らかくて、食べてしまいたいと本当にそう思うほどだった。
「は、ぁ…リクオ様…っ」
「っ…!」
赤くなった狐ノ依の顔が下にある。苦しそうに息を吐くその姿に欲求すると同時に、罪悪感が募った。
違う、こんなことがしたいのではないのに。
「悪い、オレ…」
「ぁ、あの、」
「いろいろ有りすぎて疲れてんだな…どうかしてた」
「え…?」
これ以上手を出してしまわないように、リクオは狐ノ依から少しでも離れるために反対を向いて体を小さくした。
狐ノ依もリクオをじっと見つめてから、リクオとは反対の方に体を向けた。背中だけが当たっている状態。リクオと狐ノ依が二人で寝ていてこんな風になるのは初めてのことだった。
「自分は…リクオ様を、見れていなかったのでしょうか…?」
「…」
「何か…悲しませることを、したのでしょうか…?」
「そんなことねぇよ」
「では、どうして…」
どうして、泣きそうな顔で狐ノ依に触れてきたのか。何故途中で止めてしまうのか、何故背中を向けているのか。
狐ノ依には何一つわからなくて、不安は更に大きくなっていた。
次の日も、リクオはイタクと実戦場で修業していた。今までそれを真っ直ぐ見つめていた狐ノ依の視線は少し下に落ちている。
なんとなく昨夜のことが引っかかっていたのだ。
「…はぁ」
出したくもないため息が出る。体を触られたときの気持ち良さを知ってしまった狐ノ依には、実のところリクオにも触って欲しいという願望があった。
何か嫌なことを言ってしまったか、それとも体の方に何か問題があったのだろうか。
「それは、絶望的かも…」
狐ノ依がそんなことを考えている間にも、リクオはどんどん力をつけていく。イタクとも互角に渡り合っていて、イタクを含め他の遠野の妖怪達も、リクオの実力や能力を認め始めていた。
「大変だぜリクオ!」
ざっと足音立てながら、実戦場に走って来たのは淡島だった。それにはリクオとイタクも動きを止めて淡島の方を見る。狐ノ依も顔を上げた。
「京都が…羽衣狐の手に落ちるぞ!」
「…どういうことだ?」
「オレも詳しいことは知らねーが…手練れの陰陽師が軒並みやられたらしい」
リクオは目を大きく見開いて、淡島の話を聞いていた。羽衣狐。その単語には狐ノ依の耳も大きく揺れる。
わかってはいたことだが、これではっきりした。京都に、羽衣狐がいるということ。
「リクオ!今のお前なら、里の畏は断ち切れるはずだ。友達がいるなら、すぐ助けに行くべきだぜ!」
「…少し、考える時間をくれねぇか」
イタクも淡島も京妖怪の強さはわかっている。突っ込めばむしろ危険なのはリクオの方だということも。だから、イタクたちは目を合わせて頷くと、そこからいなくなった。
残ったのはリクオと狐ノ依。
「リクオ様…」
立ち尽くしているリクオに狐ノ依の方から近づく。リクオは目だけを狐ノ依に向けた。
「助けに行かないという選択肢はない、のですよね」
「…あぁ」
「今、リクオ様の頭を占めているのは…花開院ですか?…羽衣狐ですか…?」
「狐ノ依」
手を差し出されて、狐ノ依は素直にその手を取った。リクオの手は、狐ノ依と同じくらい冷え切っている。
「オレの勝手に狐ノ依を…皆を巻き込むことになるのはわかってんだ」
「…はい」
「でもよ…八年前のこと、狐ノ依にもわかるだろ」
八年前、目の前で鯉伴…リクオの父親は殺されている。その日から、奴良組は弱体化し、逆に関西妖怪は勢力を伸ばし始めた。
「この因果…偶々じゃねぇなら、親父をやったのは羽衣狐だ」
「…」
「今更隠さなくていい」
リクオの手が強く狐ノ依の手を握った。聞くまでもなかった、リクオの頭の中は恐らく羽衣狐が大きくのしかかっているのだ。きっかけは、花開院だったとしても。
「狐ノ依も…」
「…はい」
「親父のこと、」
その先の言葉は出てこなかった。
狐ノ依は自分がリクオを止めることは出来ないのはわかっていたし、リクオが遠野の協力あって強くなったのもわかっている。それにこのままリクオとの関係がギスギスしていくことの方が嫌で。
狐ノ依はリクオの手を強く握り返した。
「自分は…リクオ様について行くだけです」
「…悪いな」
リクオの片手が狐ノ依の頭に移動した。柔らかく撫でられて、リクオの方に引き寄せられる。これだけで、穏やかな気分になって、幸せな気持ちになれて。
「きっと…守ってみせます」
リクオのことも、リクオの思いも。狐ノ依は目を閉じて、リクオの背に腕を回した。
・・・
リクオは狐ノ依を連れて遠野を出ることを決心した。今すぐにも京都に向かわなければ花開院が危ない。しかし、リクオはここに来たときよりも、ずっと落ち着いていた。
「オレについて来る奴はいねぇのかい?」
赤河童に礼を言って、立ち去るリクオを止めるものは一人もいない。鬼憑を習得したリクオは畏を使いこなしていた。赤河童もやはりぬらりひょんだ、と感心してリクオを見送っていた。
「そういえば…狐ノ依はいつの間に鬼憑を会得したんだ?」
「さぁ…教えてもらってもいないのですが…」
「そんなことも知らねーのかよ」
遠野を出ようとするリクオの後ろ、イタクは腕を組んで二人を見ていた。当然、その周りには淡島や雨造、皆揃っている。
「妖狐は、主の力に対応してんだろ?」
な、と言うイタクに対し、狐ノ依は小さく首を横にした。そういえば、リクオとは覚醒した時期も近いし納得は出来る。
「なるほど…」
「仮にも自分のことだろ」
「うぅ、ごめんなさい」
イタクの言うことは正しい。狐ノ依は自分のことをあまり知らなかった。教えてくれる親もいないのだから当然といえばそうなのだが。
「たく、仕方ねぇな。お願いしますってんならついて行ってやってもいいぜ」
淡島が冗談のつもりで言ったことに、リクオはぱっと笑顔になった。戦力が足りていないのは事実。遠野の奴らが来てくれるなら、それは相当心強い。
素直に頼むと言われ、言った本人淡島は、ずるっとコケてしまった。まさか、リクオが本当に頼んでくるとは。
「…言っておくが、まだてめーの教育係は終わってねぇ」
イタクはもう決めていたようで、リクオの後ろについた。
「盃は交わさねぇけどな」
「それで構わねぇよ」
それを見て、他の皆も決心した様子で頷いた。盃は交わさないという条件があったが、そんなことはあってないようなものだ。実際狐ノ依も交わしていないのだから。
「よし、行くぜ!さよならだ遠野」
リクオが遠野の結界を断ち切った。
全員でそこを飛び出すと、急に旅行気分になってわいわいと騒ぎ出した。雨造は外に出るのが初めてだとか、京都楽しみだ、とか。それを聞いて、狐ノ依もなんとなく不安がなくなっていく。
「リクオ様、遠野に来て良かったですね」
「あぁ。狐ノ依も…いて良かった」
ふっと笑い合う二人を見た周りからのブーイングは激しかったが、今はそれすらも楽しく思えていた。
・・・
結界から出ると、リクオは昼の人間の姿に戻った。
遠野にいる間ずっと妖怪の姿でいたために忘れていたが、昼のリクオは人間なのだ。遠野な結界の中が特別だったらしい。
それを見るのが初めてである遠野の妖怪たちは目を丸くしてリクオを見つめた。冷麗に至っては、あら可愛いなどと呟いている。
暫く言葉なく驚いていた淡島は近くにいた狐ノ依に耳打ちをした。
「なぁ、狐ノ依はリクオに惚れてんだろ?あれでもいいのか?」
「え!?な、なんてことを言うんですっ」
「だってほら、全然違うじゃん」
ちら、と淡島がリクオに視線を向けるので、それにつられて狐ノ依もリクオの姿をちらっと見てしまった。
確かに全然違う。だからといって、狐ノ依が昼のリクオ夜のリクオを別の人間だと思ったことは一度もなかった。思わないようにしていた、という方が正しいかもしれないが。
「姿は違いますが…リクオ様であることに違いはありません」
「じゃあ、あのリクオともキスとかするんだ?」
「え、えぇ!?」
思わず大きな声を出してしまい、狐ノ依に全員の視線が集まる。狐ノ依はぱっと自分の口を抑え、淡島はなんでもない、と手を顔の前で振った。
「そんなに驚くことか?まさか、したことないとか?」
「し…な、なくはないですが…っ、そんな…」
「ん?」
「意地悪しないで下さい…」
顔を真っ赤にする狐ノ依が可愛くて、淡島はひょいと狐ノ依を抱き上げた。抱き上げられた狐ノ依は降ろしてもらうようもがこうとした、がもがく前にあるものが目に映った。
「…イタチ」
イタチがいる。リクオの隣に、服を着たイタチが立っている。
「淡島さん、お、降ろしてください!」
「嫌だね」
「あそこに、可愛い方が…!」
指さす先には勿論そのイタチ、もとい昼になり獣の姿になったイタク。狐ノ依に可愛いと言われむすっとするイタクが面白かったので、淡島はすぐに狐ノ依を降ろした。
「イタクさん、なんですか?」
「…そうだよ」
可愛い、と目を輝かせる狐ノ依に、イタクは困ってしまい頬をかいた。普段なら怒るところだが、言ってくる狐ノ依が可愛いので怒る気にならない。
「こう揃うと、可愛い集団だな」
「確かに!」
淡島が言うとそこにいたリクオとイタクと狐ノ依を除いて全員が大きく頷いた。
「ボクが一番大人っぽくないですか?」
という狐ノ依の言葉には、全員が首を横に振った。
その日の夜。
奴良組にリクオと狐ノ依が帰って来た。遠野を出たときにはリクオも人間の姿になり、イタクもイタチの姿になっていたものだが、とっくに姿を変える時間帯になっている。
「おい、リクオ、てめーが遅いから夜になっちまったろ」
「人間で悪かったな」
「リクオ様を責めないで下さい…ボクの足が遅いから…」
「いや、狐ノ依は悪くねーよ」
リクオと狐ノ依の二人の帰宅に喜ぶ奴良組の者たちだったが、共にやってきた遠野の妖怪達を見ると驚いて口をぽかんと開けている。
「リクオ様にタメ口聞いてるぞ…?」
「これはどういうことだ?」
仲間意識が強い故の困惑か。知らない妖怪が突然奴良組に入ってきたために、気の強い者は喧嘩を始める始末だ。
「貴様!この奴良組特攻隊長を愚弄するか!」
「あぁ!?お前なんか知るか!」
黒田坊と淡島が言い合いをしている姿を横目に見ながら、狐ノ依はソワソワとしていた。止めるべきか、仲裁に入るべきか。
その狐ノ依の肩にリクオの手が乗った。
「狐ノ依、じじいに挨拶してくっから、あいつらの面倒みてやってくれ」
「あ、はい、わかりました」
リクオに言われ、狐ノ依の背中は一瞬ぴっと伸びる。
しかしリクオの背中を見送ると、後ろで起こっている状況に息を漏らした。イタクは桜の木に登って怒られているし、淡島はまだ黒田坊と言い争っているし。どこの面倒をみろというのか。
再び戸惑いに視線を泳がせる狐ノ依に首無と毛倡妓が近付いていた。
「狐ノ依、おかえり」
「あ、首無…!」
「リクオ様と狐ノ依がいないから、なんだか物足りなかったよ」
首無は隣に来ると、すぐさま手を伸ばして狐ノ依の頭を撫でた。それだけで、心が休まる。この奴良組にとって大きい存在である二人の不在は、明らかに奴良組の空気を変えていた。
「ほんと、狐ノ依の顔って無性に見たくなる瞬間があるのよね」
「あぁ、本当に」
毛倡妓と首無がうんうん、と話している。狐ノ依もそう言ってもらえるのは純粋に嬉しくて二人に向けてふにゃ、と笑った。
その頃、リクオはぬらりひょんに京都に行く決意をもう一度伝えた。
遠野から帰ってきた、という時点でぬらりひょんにはリクオが強くなったということはわかっている。それでも確認のために一撃試しに切りかかったのを、当然のように避けるリクオにぬらりひょんは納得した。
「ま、好きにするがいいさ」
「ずいぶん簡単じゃねーか」
「因縁断ち切ってこい。帰ってきたらお前が三代目じゃ」
ぬらりひょんから京都に着いたら秀元に会うといい、という助言までもらって、リクオはぬらりひょんに背を向けた。祝杯でも用意していろ、と強気な言葉を残して。
「リクオ様!総大将はなんと?」
皆の元に戻ってきたリクオに、狐ノ依は駆け寄った。以前、ぬらりひょんに返り討ちにあったことが今でも記憶に鮮明で、今回もそうなるのではないかと不安だったのだ。
「好きにしろってよ」
「…そうですか。良かったですね」
「お前は、良かったと思ってくれるか?」
少し切なげに微笑んだ狐ノ依が心配で、リクオは狐ノ依の顔を覗き込んで問いかけた。
出来るなら、狐ノ依にも良かったと思って欲しい。
しかしその心配を余所に、狐ノ依はリクオの体に抱き着いた。
「狐ノ依…?」
「自分はリクオ様のためにあります。存分に、利用してください」
「それは、てめぇの意思か?本能か?」
「ふふっ…今のは本能の方です」
意地悪してみました、と無邪気に言う狐ノ依の体を抱きしめ返し、リクオはその唇を奪った。
そんな可愛いことを言われて我慢できるほど大人ではない。熱い息が混ざり合って、苦しそうに狐ノ依の小さな手がリクオの肩にしがみついた。
「本当にお前は…どうしてそう、可愛いことをする」
「は、ぁ…え、と…?」
「いや、いい。狐ノ依の意思の方を聞かせてくれ」
顔を離して、でも至近距離で話す。
「自分は…二度と、同じ過ちを繰り返すつもりはありません」
「…」
「今度は、共に戦います」
逃げていても敵は来る。鯉伴も、京都に行ったわけではなく、ここでやられているのだ。これが本当に因果だというのなら、逃げていてもいつか敵はやってくる。だとしたら、戦うしかない。
「…ありがとな」
もう一度、軽く唇を合わせた。
「リクオ様、いい加減にしてもらえますか…?」
「お熱いねー」
じっと見ていた首無は低いトーンで、雨造は高いトーンで言った。人前だということをすっかり忘れていた狐ノ依は羞恥心から体を小さくして顏を覆う。そんな様子もやはり愛らしくて、むっとしていた首無も癒されてしまうのだった。
・・・
「あ…ぅ、」
押し殺された狐ノ依の声。出発の準備、そして15分後に出発するぞと言った後、リクオと狐ノ依はすぐに部屋に戻った。
「狐ノ依、顔隠すんじゃねぇよ」
「はぁッ…う…」
リクオの顔が狐ノ依の股間にあって、そこにあるものを舌で刺激している。そこまで大きくないそれは、リクオの口の中に納まって、いやらしい音を立てた。
リクオが狐ノ依の体の違和感に気付いたのは数分前。キスで熱くなった体はなかなか冷めることがなく、恥ずかしそうに足を擦らせていた。
女の子のように可愛らしい体からはなかなか想像しづらいが、股の部分の衣服が少し膨れ上がっていて。
「これ…どうしてくれるんですか…っ」
「…狐ノ依」
「リクオ様のせいですよ…?」
そんなことを言われて無視することも出来ず、狐ノ依の手を引いて部屋に入ったリクオは、すぐに狐ノ依の服を脱がせた。
「ぁあ、あっ…汚、いのに…っ」
「可愛いな狐ノ依…」
「ぅあっ!ああ…!」
ちゅ、と音を立てて強く吸われると、狐ノ依はすぐに果ててしまった。リクオの口に狐ノ依の精液が放たれて、口の端から少し溢れて流れる。それを親指で拭うと、リクオは舌で舐めとった。
「はぁ…あ…」
「狐ノ依、いっぱい出たな」
「も、申し訳ありませ…、こんな…」
「いや、京都に行く前に…触れて良かった」
狐ノ依の処理をしてやると言いながらも、本当は自分が触りたいだけだった。京都に行けば狐ノ依に触れるのも難しくなるかもしれないという焦りから手を出してしまった。
「狐ノ依、嫌じゃなかったかい?」
「いえ、そんな…むしろ嬉しくて…」
「…嬉しい?」
「はい…気持ち良かったです」
ぷつん、と頭の何かが切れそうになる。それを必死に抑えながら、リクオは狐ノ依に服を着させた。これ以上狐ノ依の素肌を見ていたら理性が効かなくなってしまう。京都に行かなければいけないのに、こんな阿呆なことをしている場合ではない、そうわかってはいるのに。
「狐ノ依…帰ってきたら、もっと気持ち良いことしような」
「本当ですか?きっと、きっとですよ…!」
そんな仕方のない約束を交わして、リクオは先に部屋を出た。
外にはぬらりひょんの用意した戦略空中妖塞“宝船”が既に出発する準備を完了している。
奴良組の妖怪達も準備を終えて出発はいつかと盛り上がっている頃だ。
リクオは一度熱い体を冷ますために深く深呼吸をして、きっと前を見据えた。
「よし、行くぞ!」
奴良組は京都を目指すため、宝船に乗り込んだ。
リクオと目を合わせた狐ノ依は強く頷いた。大丈夫、もう羽衣狐には負けない。
しかしそんな狐ノ依の思いに反し、京都では既に悪夢は始まっていた。ほんの一秒の猶予もないほどに。