リクオ夢(2011.10~2015.03)
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学校からの帰り道。リクオの足取りはいつもより軽い。
「狐ノ依、学校は楽しい?」
「まだよく分かりません……。とても煩い場所だということはよく分かりました」
先日の旧校舎の件以降、狐ノ依は一緒に学校に来るようになった。共に学校へ。それはリクオにとって予てからの夢でもある。
「学校に行けばリクオ様とずっと一緒に居られると思っていたのに、そうでも無いんですね」
「まあ、クラスが違ったからね」
「リクオ様の近くに居られなければ意味がないのに」
「そんなことないよ。ボクは、同じ空間を共有出来るだけで嬉しいし」
確かに、置いて行かれていた頃と比べればずっといい。
「あ、お帰りなさいませ若! 狐ノ依殿!」
帰宅した二人を出迎えるのは、小さな奴良組の妖怪達。
しかし、何か様子が違っていた。それもそのはず、奴良家にあったとは思えない高級のお菓子を皆で貪っているからだ。
「まさか盗んで来たんじゃないだろうな!」
「あ、いえ違いますよ、これは鴆殿が」
リクオは思わず振り上げていた腕を止めた。
「鴆くん……!? ボク挨拶してくる!」
たたっと客間に向かってしまうリクオの背中。
いつも待てと言われたら必ず我慢してきたが、狐ノ依の中で、リクオの知り合いに会いたい気持ちが勝った。
狐ノ依はそこに荷物を置き、急いでリクオを追いかけた。
その狐ノ依の目に映ったのは、襖の手前で揉み合っている妖怪達。そこにはつららもいる。
「……何をしてるの?」
「あ、狐ノ依、しーっ。今、中でリクオ様と鴆様が話してらっしゃるから」
狐ノ依はつららの横に立つと、襖の隙間から中を覗き込んだ。
中で交わされている会話が僅かに聞こえてくる。
「ボクは人間だから……ボクが継ぐのは無理だよ!」
「死ねぇいぃこのうつけがー!!」
突然、荒々しい声を上げて、鴆が立ち上がった。
その手が乱暴にリクオを掴み上げようとすると、狐ノ依は思わず飛び出してその間に入っていた。
「お待ちください! ご友人とはいえ、許しませんよ!」
「あぁ!? ……ん? お前は狐か」
狐ノ依よりも大きな体が目の前にある。それに臆することなく、狐ノ依は睨み返した。
しかしどういうわけか、狐ノ依の顔を見ると鴆は怒りの表情をなくし、満足したような笑顔に変わっていた。
「なるほどいい成長をしたんだな……だがそれとこれとは話が別!」
しかしそれも一瞬のこと、鴆は再びリクオを見ると怒りを露わにした。かと思いきや、鴆は吐血していた。
「鴆くん! 無茶するからっ」
「え、え……?」
驚いて身を引く狐ノ依と違って、リクオは冷静に鴆に手を差し出した。
「どういうことなんですか? 鴆様はお体が悪いのですか…?」
「あ、鴆くんは毒を体に持つ妖怪なんだよ」
鴆は元々美しい鳥。しかし、その羽に猛毒を持つ故に体の弱い妖怪である。
リクオが驚かなかったのも、この程度はよくあることだから。
狐ノ依は怒りから鴆に対抗しようなどとは思えなくなっていた。
・・・
鴆が帰った後、リクオはぬらりひょんと話をしていた。
このタイミングで鴆が来たのは、自分を三代目にさせる説得をさせる為だと察したからだった。
「鴆くんを呼んだのじーちゃんだろ! 鴆くんは動いちゃいけない体なのに酷いよ!」
「酷い…? そう思うなら、ワシの奴良組、やっぱりお前には譲れんわ」
喧嘩になりそうな空気に、狐ノ依は困惑を隠し切れずにきょろきょろとしていた。
リクオに三代目を継いで欲しいのは狐ノ依も同じ。しかし、総大将の言うことが理解出来ない。
「どういうことなのでしょう…?」
「私から説明しましょう!」
ぼそりと狐ノ依が呟くと、そこにいたカラス天狗が自信満々に口を開いた。
「いいですか、日本には古来から様々な妖怪がいます。そのほとんどが闇にひっそりと生きる弱い者なのです。その弱い妖怪を守る、それも奴良組の一面。それをリクオ様が継がないとあれば、一体誰が継ぐというのです」
その器はリクオ以外有り得ない。狐ノ依もじっとリクオを見つめる。
少し考えるように眉をひそめたリクオは、ぱっと、一人頷いて顔を上げた。
「狐ノ依、一緒に来てくれる?」
「はい、もちろんです。どこにでしょう」
「鴆くんに謝りに行くんだ! ちゃんとボクが人間だから継げないって説明もしなきゃだし」
全然わかっていないではないか。
カラス天狗と狐ノ依は顔を見合わせて、大きく息を吐き出した。
・・・
がらがらとおぼろ車が空をかける。
その中で、狐ノ依はふと思い出したように呟いた。
「そういえば、鴆様は自分を知っているようでした」
「きっと、まだ狐ノ依が狐の姿だった頃に会ってたんじゃないかな?」
「自分は覚えていないのに、申し訳ないです」
リクオの言う通り、狐だった頃の記憶は薄い。数回しか会っていないのならば、忘れてしまっていても仕方のないことだ。
「鴆様は、リクオ様とどのようなご関係で……?」
「一応、義兄弟ってことになってるよ」
「義兄弟……! リクオ様の兄上だったのですか!」
増々申し訳ないと頭を抱えてしまった狐ノ依を見て、リクオがふふっと笑う。
耳を下げて首を左右に振る狐ノ依は、なんとも可愛らしい。
なんてゆっくりしている時間は無かった。
木の陰から見えた屋敷から火が上がっていた。
「リクオ様! あれは鴆様の屋敷ですよね……!?」
「っ、とにかくこのまま突っ込んで!」
屋敷の壁をぶち抜き、おぼろ車が突っ込む。慌てて降りると、苦しそうに鴆が膝をついていた。
「鴆くん! しっかりして!」
「リクオ? どーしてお前が……」
状況は鴆に聞かずとも、鴆一派の幹部が裏切ったのだとすぐに分かった。鴆を取り囲んでいる幹部達が目を光らせてこちらを狙っている。
「リクオ様、お下がりください」
一歩、狐ノ依が前に出た。
鴆一派の幹部の蛇太夫がこちらに向かって突っ込んでくるのが見える。狙いは鴆からリクオに変わったようだ。
「いや……狐ノ依下がれ。こいつ等はオレがやる」
いつものリクオよりも低い声が聞こえ、その直後狐ノ依と鴆を庇うようにリクオが前に出ていた。
勝負がつくのは一瞬だった。鴆もカラス天狗もぽかんとしている間に全てが終わっている。
リクオの刀は蛇を真っ二つに切り裂いていた。
「リクオ様……」
「リクオ? リクオだって?」
狐ノ依の一言に鴆は驚いて声を荒げた。
「よう、鴆。この姿で会うのは初めてだな」
あのバスの事故以来、久々の覚醒したリクオの姿だった。
「今のお前なら、継げんじゃねぇのか? 三代目」
四分の一は妖怪。夜にしか妖怪の姿にはなれない。
それを聞いた上で、鴆は確信を抱いていた。今のリクオには、三代目の器がある、と。
それには返事をせず、リクオは鴆に謝るために持ってきていた酒を取り出した。
「飲むかい」
「いいねぇ……ついでにあんたの盃もくれよ。オレは正式にあんたの下僕になりてぇ」
「いいぜ。鴆は弱ぇ妖怪だからな」
狐ノ依の目の前で交わされる盃。その美しさたるや。
「狐ノ依」
盃を交わし終えたリクオが振り返る。どきっと狐ノ依の体が震えた。
「おいで」
呼ばれるがまま、狐ノ依はちょこん、とリクオの横に座った。緊張して顔が上げられない。
そんな狐ノ依の様子に気が付き、リクオはいつも通りに狐ノ依の頭をぽんぽんと撫でた。
「狐ノ依、お前に盃は必要ないな」
「え、何故でしょう」
「そんなもの交わさなくても、お前はいつでも、いつまでもオレの傍らにいるんだろう?」
「っ、はい……! 勿論です!」
ようやく顔を上げた狐ノ依の視界には、優しく微笑むリクオが映る。
再びぼうっと顔を真っ赤にして、狐ノ依は体を小さくしてしまった。
そんな狐ノ依とは裏腹に、リクオはそういえば、と狐ノ依の顔を見つめた。
「狐は主に死ぬまで従い続ける代わりに、血をもらうのだとか聞いたな。今までオレが人間だったから、我慢していたんじゃねぇかい」
妖狐とは、本来妖怪の血を好む妖怪である。ところ構わず食らい付かないように、主の血だけを飲むと誓うのだ。
一生をかけて守る代わりに。
「もう、我慢しなくていい」
リクオが自分の手を狐ノ依の口元に持っていく。
リクオの手のひらが唇にぶつかると、狐ノ依の喉がぐるると鳴った。
今まで血が欲しいと思ったことはなかったのに、いざ勧められると喉が欲している、ような気がする。
「狐ノ依、欲しいだろう。盃の代わりだと思ってもらってはくれないかい」
「そん、な、ずるいです……」
それを言われて、受け取れないはずがない。
狐ノ依は恐る恐る、リクオの手のひらに牙をたてた。
ぷつ、と肌を突き破る感覚と共に、口の中に甘い味が広がる。
「ん…」
もっと、と求めるように狐ノ依はリクオの手に舌をはわせた。息が荒くなる。体が熱い。全身にリクオの血がめぐっているようだ。
「狐ノ依……美味いのかい?」
「っあ、申し訳ございません!」
「いいんだよ、それが本能ってやつだ。我慢しなくていい」
熱くなった頬にリクオの冷たい手が当たって、狐ノ依は我に返った。もう血は流れていない。
妖狐の治癒能力があって、リクオの手のひらに作られた傷は、あっという間にふさがっていた。
・・・
朝、目を覚ました狐ノ依は、ゆっくり布団から体を抜いた。
いつ自分が眠りについたのか思い出せない。リクオの血をすすったという微かな記憶があるだけ。
「っ、ぅ」
思い出したせいで喉が血を求めて唸る。
いけない。リクオを傷付けるなど、本来なら許されないことだ。
狐ノ依は頭を振って、リクオの肩に触れた。
「リクオ様、起きてください」
「……ん、狐ノ依?」
珍しくすぐにリクオが体を起こす。
そのリクオの視線が、包帯の巻かれた手に置かれていた。
「あれ、ボク……怪我なんてしたっけ?」
きょとんと顔の前に持ってきた手を見つめるリクオに、狐ノ依は一人息を呑んだ。
包帯ががたがたなのは恐らくリクオが自分で巻いたからだろう。
「狐ノ依? 何か知ってるの?」
「い、いえ……その、それは」
血は止まっていたとはいえ、妖狐の牙が刺さったそこには噛み跡が残っているはずだ。
無意識に、狐ノ依は痛まないようにリクオの手を擦っていた。
「包帯、巻き直します……」
「あ、うん。ありがとう」
くっきりと残る噛みついた跡。それがリクオの目に入らないようにさっと巻き直す。
リクオの意識をそらしたくて、狐ノ依は朝飯を食べるようにとリクオの背中を押して部屋を出た。
「…これは?」
リクオが指しているのは朝飯だ。
狐ノ依もそれを見てぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「ずいぶんと豪華ですね」
「う、うん。今日何かあったけっけ?」
二人のこの驚きは、朝とは思えないほどの豪華な朝飯故。
顔を見合わせて首を傾けるリクオと狐ノ依の目の前で、カラス天狗は感動の涙を流していた。
「拙者……感動いたしましたよ! ようやく奴良組に光明が……」
驚きを隠せないリクオの周りに妖怪達がわらわらと集まってくる。
「な、なんのこと?」
「何を言いますやら! 昨日の夜、若は妖怪となって……それはとても美しゅうござった!」
目をキラキラと輝かせたカラス天狗は、その昨日見たリクオの雄姿を語り出している。
呆れた顔をしたリクオは狐ノ依の手を取ると静かに部屋を抜けた。
狐ノ依やカラス天狗の脳裏に焼き付くリクオの姿。それは、今のリクオには残されていないのだ。
「朝から宴会なんて勘弁だよ。ね、狐ノ依」
「そう、ですね。でも皆楽しそうでした」
にこと笑う狐ノ依に、リクオがむっと唇を尖らせた。
「狐ノ依も、ボクのその姿って見たの?」
「え……えと、それは」
「はぁ。いいよ、狐ノ依もボクに三代目を継いで欲しいんだもんね」
「す、すみません……」
しゅんっと耳を垂らせて狐ノ依が俯く。
それに罪悪感を感じながら、リクオは一歩踏み出した。その足がふらっと左右に揺れる。
「リクオ様!? どうかなさいましたか!?」
「あ、ううん、なんかちょっと寝不足で…」
いつ寝たのかも覚えていないから、この寝不足のワケも分からない。
当然、狐ノ依の顔が一気に赤くなった理由も知るはずがなかった。
「もう学校行こう、狐ノ依」
「はい」
むっとしたままリクオが先に歩き出す。
それに遅れて続いた狐ノ依は、リクオの手に巻かれた包帯を見つめていた。
・・・
学校に着くと、リクオとクラスの異なる狐ノ依は別の下駄箱へと向かった。
隣の下駄箱からはリクオとカナの声が聞こえてくる。
その明らかに嬉しそうな声は、リクオが人間でいたいことを大いに表している。
「奴良くん! 見たよね妖怪!」
続いて聞こえた声は清継のものだった。見ると、清継がリクオの胸倉を掴んでいる。
「確かに居たはずなんだ……それなのに、気が付いたら公園のベンチで寝ていたんだよ!」
清継の手が、リクオの体をぐらぐらと揺らしている。
瞬間的にリクオと清継の間に入り込んだ狐ノ依は、清継の手をがしっと掴んだ。
「妖怪なんていません。そんなことにリクオ様を巻き込まないで下さい」
「君は、狐ノ依くんだったね。奴良くんとどういった関係なんだい?」
怪訝そうな清継の視線。は、と我に返りリクオの顔を見ると、とても焦った様子で口をぱくぱくとさせている。
そういえば、うっかり“様”と言ってしまった。
「え、えと……それは」
暫く考えた狐ノ依は、あっ、と手を打った。
「そう、そうですリクオ様、お弁当を忘れていましたよ」
「え、ありがとう……?」
「ご覧の通り、リクオ様の家で働かせてもらってます」
誰よりも驚いたのはリクオだった。
その場にいたカナや清継は、リクオの家の大きさを知っているので、なんとなく納得したように、はぁ…と息を吐いている。
「では、お先に失礼します。リクオ様、お気を付けて」
「え、あ、うん」
一足先に教室へと向かう狐ノ依。
その場をなんとか切り抜けることに成功したリクオは、人知れず頬の汗を拭った。
・・・
その日の放課後、リクオと狐ノ依は清継の家にいた。
なんでも、清継曰く「呪いの人形と日記」が今自宅にあるらしい。それを調べることで、妖怪の存在を世に知らしめるつもりだとか。
今回の参加者は、清継に、その取巻きの島。そしてまんまと巻き込まれたリクオに、狐ノ依、つらら。そして、カナと転校生の女子生徒がいた。
彼女は清継の妖怪談に飛びついたらしい。
「よし来たね。皆、ついて来たまえ!」
清継の豪邸といっても過言ではない家を見回している皆の後ろで、リクオが狐ノ依に近付いた。
ちょいちょいと手招きして、狐ノ依の耳に口を寄せる。
「ねぇ、狐ノ依。まさかうちの妖怪じゃないよね……?」
「恐らくは。ボクの知る限り、物に憑りつく者はいなかったかと」
「そっか、ならまだいいんだけどさ」
ふうっとリクオが呆れたように息を吐いた。
どっちにしろ、妖怪が騒ぎを起こしていることには変わりない。
「さ、これがその日本人形だ!」
清継の声に、リクオと狐ノ依もそちらに目を向けた。
明らかに怪しげな人形がたたずんでいる。
「本当に……呪いの人形なん?」
「信憑性は高いと思う。一緒に持ち主の日記が残ってるんだ」
関西の訛りが印象的なゆらが、ずいっと人形に近付いた。
その横で、清継が日記を読み始める。
「すると何故か捨てたはずの人形が玄関においてあり、目から血のような黒っぽい……」
清継が長ったらしい日記を読み続けるその瞬間、人形の目から黒っぽい液体が流れ始めた。
それも、日記の文章そのものに成りきるかのように。
「あぁあああ!」
「え!? おいリクオどうした!?」
咄嗟に人形に向けてタックルをかましたリクオに、島が驚き声を荒げる。
誰がどう見ても不自然なリクオの行動。それでつららと狐ノ依も確信していた。
「おい、奴良くん! 貴重な資料になんてことをするんだ!」
「あ、はは。ごめん、聞いてたら可哀そうで……」
さり気なく液体を拭き取りながら、どうしたもんかと考えていた。
間違いなく妖怪が憑りついている。しかし、皆がいる前で、むやみに攻撃することは出来ない。
「リクオ様、これは……」
「たぶん、本物だ」
「凍らせましょうか!」
「だ、ダメだよ皆の前で……」
リクオと狐ノ依とつららが小声で相談し合う。それでも、今の状況の中でとれる対応策等見つかるはずもない。
その間も、清継は日記の先を読み続けているのだから。
「この人形……気付けば髪がのびているようにも見えた……」
ずずっと髪の毛を伸ばしていく人形。
まずい、そうリクオ達が思ったところで遅く、人形は背後から襲いかかってきていた。
「清継くん! 日記読むのをやめて!!」
狐ノ依がリクオを庇い、そしてリクオが叫ぶ。
それと同時に、何か紙のようなものが横切ったのが見えた。
「浮世絵町……やはりおった」
その声は、ゆらのもので。今までの声とは違い、凛々しくも感じられる。
そのゆらの手には、今横切ったのと同じ紙。
それは人形の妖怪に触れると、一気に燃え上がり、一瞬で妖怪をぼろぼろにしていた。
「陰陽師花開院の名において、妖怪よあなたをこの世から滅します!」
花開院ゆら、彼女は陰陽師だった。
京都で妖怪退治を行う花開院家の末えいであり、今回の転校はこの町、浮世絵町の妖怪を退治するためだったのだ。
「陰陽師!? 花開院さん、今そう言ったね!?」
「ってことは、本当に妖怪なんだ!」
本物の陰陽師の登場で、完全に清継のテンションは上がり切っている。一般的な女子であるカナは妖怪の登場に青ざめているが。
それを横目に、つららと狐ノ依はガタガタと体を震わせていた。
妖怪にとって、陰陽師が天敵であることは間違いない。
妖怪であることをバレたなら、すぐさま封印されてしまうことだろう。今の、人形の妖怪と同じように。
「この浮世絵町は、妖怪の主が住むと言われているんです」
今度はびくっとリクオの肩が震えた。まさに自分のことだ。
「私は、妖怪をより多く封じ、花開院家の頭首を継ぐんです」
「それは、ぜひぜひ! 協力してくれ! ボクもある妖怪を探しているんだ!」
さすがのリクオもまさかの事態に言葉を失ってしまった。
・・・
辺りが暗くなり、リクオ達は帰路についていた。
リクオもつららも狐ノ依もいつも以上に疲れた顔をしている。
その中でも、つららは少しの怒りを含んだ表情をリクオに向けていた。
「若、どうしてあんな約束したんですか」
「だって……頼まれたら断るわけにいかないだろ? 人として」
約束。日曜日に今回のメンバー、清継、島、カナ、ゆらを奴良組本家に招く、というものだ。
清継の「君の家は趣があるから、次は奴良くんの家に集合しよう!」という言葉がきっかけだった。
ちなみに、今日のメンバーは「清十字怪奇探偵団」と名付けられたらしい。
「陰陽師を呼ぶなんて、いくらなんでも酷過ぎます! 狐ノ依もそう思うでしょ?」
「そう、だね……。少し怖いかも」
人間を呼ぶことさえ問題があるのに、そこには陰陽師であるゆらもいる。
「大丈夫だよ、たぶん。それに花開院さんに会えば皆おとなしくなるだろーし!」
不安しかない。
それよりも、何よりも、リクオの“人として”という言葉が狐ノ依の胸にひっかかっていた。
・・・
その日曜日はすぐに訪れた。
「狐ノ依、そんなところに立ち尽くして、どうかした?」
「あ、首無……」
振り返れば、眉を下げて笑っている首無が立っていた。
首無も、今回のリクオの行動にはさすがに少し呆れているらしい。
「若は本当にやんちゃだよね。私はそこも良いところだと思ってはいるんだけど……」
「リクオ様は人間が好きだから、仕方ないよ」
「狐ノ依、今自分がどんな顔をしているのか、気付いてる?」
どんな顔、と問われても。自分の顔など、鏡でも無ければ把握することが出来ない。
狐ノ依が自分の頬を押さえて、こてっと首を傾げた。
それを見た首無がくくっと笑う。
「狐ノ依は、人が嫌いなのかな」
「そ、そんな、ことは」
「いいよ、隠そうとしなくて。若が愛しい故なのだろう?」
狐ノ依の返答も待たず、首無はふっと笑うと部屋に戻って行った。
もしかして、とても嫌な顔をしていたのだろうか。
狐ノ依は見えない自分の顔を想像して、自らの顔を両手で覆った。
「あー! 本当にいた!」
急に聞こえてきた大きな声に、狐ノ依は指と指の間に隙間をつくった。
そこに映ったのは、清継や島、カナ、ゆら。何故かそこにリクオがいない。
「狐ノ依くんは本当にこの家の手伝いをしているんだね」
「えぇ、まぁ。それよりリクオ様は」
「いやぁ、ゆらくんが妖気を感じるというのでね。今のうちに見せてもらおうと」
「え……リクオ様の許可無く、ですか?」
う、と清継が言葉に詰まった。
「皆!そんなところで何してるの!?」
丁度狐ノ依の説教が始まりそうであった時、リクオが後ろから駆け寄って来た。
さすがに、自分がいないうちに歩き回られた手前、リクオも焦りを見せている。
リクオの目がちらっと狐ノ依に向けられた。
「ごめん、狐ノ依。皆に声かけて、うっかり出て来ないようにしてもらえる?」
続いて耳元で囁くリクオの声。大好きなのに、大好きだけど。
「知りません! 勝手にして下さいっ!」
狐ノ依は、ぷいと顔を背けると、どたどたとぬらりひょんのいる部屋に行ってしまった。
驚いたのはリクオだけではない。いきなり声を上げた狐ノ依には全員が目を丸くしていた。
・・・
日が暮れて、乗り込んできた皆も奴良家を立ち去った。
ようやく訪れた安堵に、身を潜めていた妖怪達がわらわらと出てくる。
それを確認しながら、リクオは狐ノ依の姿を探した。どうにも様子がおかしかったのが気になっていたからだ。
「狐ノ依? いる?」
自分の部屋の扉を開きながら問いかける。
すると、いつも通りのはっきりとした返事が返ってきた。
「どうかしましたか?」
そして可愛らしく覗かせたその顔にも変わりは見られない。
リクオは杞憂であったかと安心するのと同時に、ばっと頭を下げた。
「今日はごめんね、巻き込んじゃって」
「な、何故リクオ様がそんな、頭を上げてください」
「でも狐ノ依……嫌だっただろ?」
「そ、れはその、でも……。自分の方が、我が主に対する態度ではなかったです……」
リクオが顔を上げると、今度は狐ノ依が頭を下げた。それと一緒に耳も垂れ下がっている。
「や、やめてよ、狐ノ依は何も悪くないんだから」
「すみません……」
リクオはしゅんとした狐ノ依の耳を避け、柔らかい髪が揺れる頭を撫でた。
それだけで狐ノ依の耳は立ち上がって嬉しそうに揺れる。
「こうして……撫でていただくの、久しぶりですね」
そうだっただろうか。あまり意識したことが無かった為に、リクオには考えてみてもピンとこなかった。
「そうだったかなぁ」
「はい……。狐の時はもっと……」
「あぁ。その時と比べてるのか」
確かに、狐ノ依が狐の姿だった時は、暇さえあれば撫でていたかもしれない。
「だって、狐ノ依の方が背が高いんだもん!」
「え、でも届かない高さではないですよね?」
「そういう問題じゃないんだよー」
すねたように口をとがらせたリクオは狐ノ依の肩を掴んで座らせた。
「なんでしょう」
「早く狐ノ依より大きくなりたいなぁ……」
「リクオ様……」
妖怪の姿のときのあなたは、と口走りそうになって、狐ノ依は言葉を飲み込んだ。
2022/05/07
「狐ノ依、学校は楽しい?」
「まだよく分かりません……。とても煩い場所だということはよく分かりました」
先日の旧校舎の件以降、狐ノ依は一緒に学校に来るようになった。共に学校へ。それはリクオにとって予てからの夢でもある。
「学校に行けばリクオ様とずっと一緒に居られると思っていたのに、そうでも無いんですね」
「まあ、クラスが違ったからね」
「リクオ様の近くに居られなければ意味がないのに」
「そんなことないよ。ボクは、同じ空間を共有出来るだけで嬉しいし」
確かに、置いて行かれていた頃と比べればずっといい。
「あ、お帰りなさいませ若! 狐ノ依殿!」
帰宅した二人を出迎えるのは、小さな奴良組の妖怪達。
しかし、何か様子が違っていた。それもそのはず、奴良家にあったとは思えない高級のお菓子を皆で貪っているからだ。
「まさか盗んで来たんじゃないだろうな!」
「あ、いえ違いますよ、これは鴆殿が」
リクオは思わず振り上げていた腕を止めた。
「鴆くん……!? ボク挨拶してくる!」
たたっと客間に向かってしまうリクオの背中。
いつも待てと言われたら必ず我慢してきたが、狐ノ依の中で、リクオの知り合いに会いたい気持ちが勝った。
狐ノ依はそこに荷物を置き、急いでリクオを追いかけた。
その狐ノ依の目に映ったのは、襖の手前で揉み合っている妖怪達。そこにはつららもいる。
「……何をしてるの?」
「あ、狐ノ依、しーっ。今、中でリクオ様と鴆様が話してらっしゃるから」
狐ノ依はつららの横に立つと、襖の隙間から中を覗き込んだ。
中で交わされている会話が僅かに聞こえてくる。
「ボクは人間だから……ボクが継ぐのは無理だよ!」
「死ねぇいぃこのうつけがー!!」
突然、荒々しい声を上げて、鴆が立ち上がった。
その手が乱暴にリクオを掴み上げようとすると、狐ノ依は思わず飛び出してその間に入っていた。
「お待ちください! ご友人とはいえ、許しませんよ!」
「あぁ!? ……ん? お前は狐か」
狐ノ依よりも大きな体が目の前にある。それに臆することなく、狐ノ依は睨み返した。
しかしどういうわけか、狐ノ依の顔を見ると鴆は怒りの表情をなくし、満足したような笑顔に変わっていた。
「なるほどいい成長をしたんだな……だがそれとこれとは話が別!」
しかしそれも一瞬のこと、鴆は再びリクオを見ると怒りを露わにした。かと思いきや、鴆は吐血していた。
「鴆くん! 無茶するからっ」
「え、え……?」
驚いて身を引く狐ノ依と違って、リクオは冷静に鴆に手を差し出した。
「どういうことなんですか? 鴆様はお体が悪いのですか…?」
「あ、鴆くんは毒を体に持つ妖怪なんだよ」
鴆は元々美しい鳥。しかし、その羽に猛毒を持つ故に体の弱い妖怪である。
リクオが驚かなかったのも、この程度はよくあることだから。
狐ノ依は怒りから鴆に対抗しようなどとは思えなくなっていた。
・・・
鴆が帰った後、リクオはぬらりひょんと話をしていた。
このタイミングで鴆が来たのは、自分を三代目にさせる説得をさせる為だと察したからだった。
「鴆くんを呼んだのじーちゃんだろ! 鴆くんは動いちゃいけない体なのに酷いよ!」
「酷い…? そう思うなら、ワシの奴良組、やっぱりお前には譲れんわ」
喧嘩になりそうな空気に、狐ノ依は困惑を隠し切れずにきょろきょろとしていた。
リクオに三代目を継いで欲しいのは狐ノ依も同じ。しかし、総大将の言うことが理解出来ない。
「どういうことなのでしょう…?」
「私から説明しましょう!」
ぼそりと狐ノ依が呟くと、そこにいたカラス天狗が自信満々に口を開いた。
「いいですか、日本には古来から様々な妖怪がいます。そのほとんどが闇にひっそりと生きる弱い者なのです。その弱い妖怪を守る、それも奴良組の一面。それをリクオ様が継がないとあれば、一体誰が継ぐというのです」
その器はリクオ以外有り得ない。狐ノ依もじっとリクオを見つめる。
少し考えるように眉をひそめたリクオは、ぱっと、一人頷いて顔を上げた。
「狐ノ依、一緒に来てくれる?」
「はい、もちろんです。どこにでしょう」
「鴆くんに謝りに行くんだ! ちゃんとボクが人間だから継げないって説明もしなきゃだし」
全然わかっていないではないか。
カラス天狗と狐ノ依は顔を見合わせて、大きく息を吐き出した。
・・・
がらがらとおぼろ車が空をかける。
その中で、狐ノ依はふと思い出したように呟いた。
「そういえば、鴆様は自分を知っているようでした」
「きっと、まだ狐ノ依が狐の姿だった頃に会ってたんじゃないかな?」
「自分は覚えていないのに、申し訳ないです」
リクオの言う通り、狐だった頃の記憶は薄い。数回しか会っていないのならば、忘れてしまっていても仕方のないことだ。
「鴆様は、リクオ様とどのようなご関係で……?」
「一応、義兄弟ってことになってるよ」
「義兄弟……! リクオ様の兄上だったのですか!」
増々申し訳ないと頭を抱えてしまった狐ノ依を見て、リクオがふふっと笑う。
耳を下げて首を左右に振る狐ノ依は、なんとも可愛らしい。
なんてゆっくりしている時間は無かった。
木の陰から見えた屋敷から火が上がっていた。
「リクオ様! あれは鴆様の屋敷ですよね……!?」
「っ、とにかくこのまま突っ込んで!」
屋敷の壁をぶち抜き、おぼろ車が突っ込む。慌てて降りると、苦しそうに鴆が膝をついていた。
「鴆くん! しっかりして!」
「リクオ? どーしてお前が……」
状況は鴆に聞かずとも、鴆一派の幹部が裏切ったのだとすぐに分かった。鴆を取り囲んでいる幹部達が目を光らせてこちらを狙っている。
「リクオ様、お下がりください」
一歩、狐ノ依が前に出た。
鴆一派の幹部の蛇太夫がこちらに向かって突っ込んでくるのが見える。狙いは鴆からリクオに変わったようだ。
「いや……狐ノ依下がれ。こいつ等はオレがやる」
いつものリクオよりも低い声が聞こえ、その直後狐ノ依と鴆を庇うようにリクオが前に出ていた。
勝負がつくのは一瞬だった。鴆もカラス天狗もぽかんとしている間に全てが終わっている。
リクオの刀は蛇を真っ二つに切り裂いていた。
「リクオ様……」
「リクオ? リクオだって?」
狐ノ依の一言に鴆は驚いて声を荒げた。
「よう、鴆。この姿で会うのは初めてだな」
あのバスの事故以来、久々の覚醒したリクオの姿だった。
「今のお前なら、継げんじゃねぇのか? 三代目」
四分の一は妖怪。夜にしか妖怪の姿にはなれない。
それを聞いた上で、鴆は確信を抱いていた。今のリクオには、三代目の器がある、と。
それには返事をせず、リクオは鴆に謝るために持ってきていた酒を取り出した。
「飲むかい」
「いいねぇ……ついでにあんたの盃もくれよ。オレは正式にあんたの下僕になりてぇ」
「いいぜ。鴆は弱ぇ妖怪だからな」
狐ノ依の目の前で交わされる盃。その美しさたるや。
「狐ノ依」
盃を交わし終えたリクオが振り返る。どきっと狐ノ依の体が震えた。
「おいで」
呼ばれるがまま、狐ノ依はちょこん、とリクオの横に座った。緊張して顔が上げられない。
そんな狐ノ依の様子に気が付き、リクオはいつも通りに狐ノ依の頭をぽんぽんと撫でた。
「狐ノ依、お前に盃は必要ないな」
「え、何故でしょう」
「そんなもの交わさなくても、お前はいつでも、いつまでもオレの傍らにいるんだろう?」
「っ、はい……! 勿論です!」
ようやく顔を上げた狐ノ依の視界には、優しく微笑むリクオが映る。
再びぼうっと顔を真っ赤にして、狐ノ依は体を小さくしてしまった。
そんな狐ノ依とは裏腹に、リクオはそういえば、と狐ノ依の顔を見つめた。
「狐は主に死ぬまで従い続ける代わりに、血をもらうのだとか聞いたな。今までオレが人間だったから、我慢していたんじゃねぇかい」
妖狐とは、本来妖怪の血を好む妖怪である。ところ構わず食らい付かないように、主の血だけを飲むと誓うのだ。
一生をかけて守る代わりに。
「もう、我慢しなくていい」
リクオが自分の手を狐ノ依の口元に持っていく。
リクオの手のひらが唇にぶつかると、狐ノ依の喉がぐるると鳴った。
今まで血が欲しいと思ったことはなかったのに、いざ勧められると喉が欲している、ような気がする。
「狐ノ依、欲しいだろう。盃の代わりだと思ってもらってはくれないかい」
「そん、な、ずるいです……」
それを言われて、受け取れないはずがない。
狐ノ依は恐る恐る、リクオの手のひらに牙をたてた。
ぷつ、と肌を突き破る感覚と共に、口の中に甘い味が広がる。
「ん…」
もっと、と求めるように狐ノ依はリクオの手に舌をはわせた。息が荒くなる。体が熱い。全身にリクオの血がめぐっているようだ。
「狐ノ依……美味いのかい?」
「っあ、申し訳ございません!」
「いいんだよ、それが本能ってやつだ。我慢しなくていい」
熱くなった頬にリクオの冷たい手が当たって、狐ノ依は我に返った。もう血は流れていない。
妖狐の治癒能力があって、リクオの手のひらに作られた傷は、あっという間にふさがっていた。
・・・
朝、目を覚ました狐ノ依は、ゆっくり布団から体を抜いた。
いつ自分が眠りについたのか思い出せない。リクオの血をすすったという微かな記憶があるだけ。
「っ、ぅ」
思い出したせいで喉が血を求めて唸る。
いけない。リクオを傷付けるなど、本来なら許されないことだ。
狐ノ依は頭を振って、リクオの肩に触れた。
「リクオ様、起きてください」
「……ん、狐ノ依?」
珍しくすぐにリクオが体を起こす。
そのリクオの視線が、包帯の巻かれた手に置かれていた。
「あれ、ボク……怪我なんてしたっけ?」
きょとんと顔の前に持ってきた手を見つめるリクオに、狐ノ依は一人息を呑んだ。
包帯ががたがたなのは恐らくリクオが自分で巻いたからだろう。
「狐ノ依? 何か知ってるの?」
「い、いえ……その、それは」
血は止まっていたとはいえ、妖狐の牙が刺さったそこには噛み跡が残っているはずだ。
無意識に、狐ノ依は痛まないようにリクオの手を擦っていた。
「包帯、巻き直します……」
「あ、うん。ありがとう」
くっきりと残る噛みついた跡。それがリクオの目に入らないようにさっと巻き直す。
リクオの意識をそらしたくて、狐ノ依は朝飯を食べるようにとリクオの背中を押して部屋を出た。
「…これは?」
リクオが指しているのは朝飯だ。
狐ノ依もそれを見てぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「ずいぶんと豪華ですね」
「う、うん。今日何かあったけっけ?」
二人のこの驚きは、朝とは思えないほどの豪華な朝飯故。
顔を見合わせて首を傾けるリクオと狐ノ依の目の前で、カラス天狗は感動の涙を流していた。
「拙者……感動いたしましたよ! ようやく奴良組に光明が……」
驚きを隠せないリクオの周りに妖怪達がわらわらと集まってくる。
「な、なんのこと?」
「何を言いますやら! 昨日の夜、若は妖怪となって……それはとても美しゅうござった!」
目をキラキラと輝かせたカラス天狗は、その昨日見たリクオの雄姿を語り出している。
呆れた顔をしたリクオは狐ノ依の手を取ると静かに部屋を抜けた。
狐ノ依やカラス天狗の脳裏に焼き付くリクオの姿。それは、今のリクオには残されていないのだ。
「朝から宴会なんて勘弁だよ。ね、狐ノ依」
「そう、ですね。でも皆楽しそうでした」
にこと笑う狐ノ依に、リクオがむっと唇を尖らせた。
「狐ノ依も、ボクのその姿って見たの?」
「え……えと、それは」
「はぁ。いいよ、狐ノ依もボクに三代目を継いで欲しいんだもんね」
「す、すみません……」
しゅんっと耳を垂らせて狐ノ依が俯く。
それに罪悪感を感じながら、リクオは一歩踏み出した。その足がふらっと左右に揺れる。
「リクオ様!? どうかなさいましたか!?」
「あ、ううん、なんかちょっと寝不足で…」
いつ寝たのかも覚えていないから、この寝不足のワケも分からない。
当然、狐ノ依の顔が一気に赤くなった理由も知るはずがなかった。
「もう学校行こう、狐ノ依」
「はい」
むっとしたままリクオが先に歩き出す。
それに遅れて続いた狐ノ依は、リクオの手に巻かれた包帯を見つめていた。
・・・
学校に着くと、リクオとクラスの異なる狐ノ依は別の下駄箱へと向かった。
隣の下駄箱からはリクオとカナの声が聞こえてくる。
その明らかに嬉しそうな声は、リクオが人間でいたいことを大いに表している。
「奴良くん! 見たよね妖怪!」
続いて聞こえた声は清継のものだった。見ると、清継がリクオの胸倉を掴んでいる。
「確かに居たはずなんだ……それなのに、気が付いたら公園のベンチで寝ていたんだよ!」
清継の手が、リクオの体をぐらぐらと揺らしている。
瞬間的にリクオと清継の間に入り込んだ狐ノ依は、清継の手をがしっと掴んだ。
「妖怪なんていません。そんなことにリクオ様を巻き込まないで下さい」
「君は、狐ノ依くんだったね。奴良くんとどういった関係なんだい?」
怪訝そうな清継の視線。は、と我に返りリクオの顔を見ると、とても焦った様子で口をぱくぱくとさせている。
そういえば、うっかり“様”と言ってしまった。
「え、えと……それは」
暫く考えた狐ノ依は、あっ、と手を打った。
「そう、そうですリクオ様、お弁当を忘れていましたよ」
「え、ありがとう……?」
「ご覧の通り、リクオ様の家で働かせてもらってます」
誰よりも驚いたのはリクオだった。
その場にいたカナや清継は、リクオの家の大きさを知っているので、なんとなく納得したように、はぁ…と息を吐いている。
「では、お先に失礼します。リクオ様、お気を付けて」
「え、あ、うん」
一足先に教室へと向かう狐ノ依。
その場をなんとか切り抜けることに成功したリクオは、人知れず頬の汗を拭った。
・・・
その日の放課後、リクオと狐ノ依は清継の家にいた。
なんでも、清継曰く「呪いの人形と日記」が今自宅にあるらしい。それを調べることで、妖怪の存在を世に知らしめるつもりだとか。
今回の参加者は、清継に、その取巻きの島。そしてまんまと巻き込まれたリクオに、狐ノ依、つらら。そして、カナと転校生の女子生徒がいた。
彼女は清継の妖怪談に飛びついたらしい。
「よし来たね。皆、ついて来たまえ!」
清継の豪邸といっても過言ではない家を見回している皆の後ろで、リクオが狐ノ依に近付いた。
ちょいちょいと手招きして、狐ノ依の耳に口を寄せる。
「ねぇ、狐ノ依。まさかうちの妖怪じゃないよね……?」
「恐らくは。ボクの知る限り、物に憑りつく者はいなかったかと」
「そっか、ならまだいいんだけどさ」
ふうっとリクオが呆れたように息を吐いた。
どっちにしろ、妖怪が騒ぎを起こしていることには変わりない。
「さ、これがその日本人形だ!」
清継の声に、リクオと狐ノ依もそちらに目を向けた。
明らかに怪しげな人形がたたずんでいる。
「本当に……呪いの人形なん?」
「信憑性は高いと思う。一緒に持ち主の日記が残ってるんだ」
関西の訛りが印象的なゆらが、ずいっと人形に近付いた。
その横で、清継が日記を読み始める。
「すると何故か捨てたはずの人形が玄関においてあり、目から血のような黒っぽい……」
清継が長ったらしい日記を読み続けるその瞬間、人形の目から黒っぽい液体が流れ始めた。
それも、日記の文章そのものに成りきるかのように。
「あぁあああ!」
「え!? おいリクオどうした!?」
咄嗟に人形に向けてタックルをかましたリクオに、島が驚き声を荒げる。
誰がどう見ても不自然なリクオの行動。それでつららと狐ノ依も確信していた。
「おい、奴良くん! 貴重な資料になんてことをするんだ!」
「あ、はは。ごめん、聞いてたら可哀そうで……」
さり気なく液体を拭き取りながら、どうしたもんかと考えていた。
間違いなく妖怪が憑りついている。しかし、皆がいる前で、むやみに攻撃することは出来ない。
「リクオ様、これは……」
「たぶん、本物だ」
「凍らせましょうか!」
「だ、ダメだよ皆の前で……」
リクオと狐ノ依とつららが小声で相談し合う。それでも、今の状況の中でとれる対応策等見つかるはずもない。
その間も、清継は日記の先を読み続けているのだから。
「この人形……気付けば髪がのびているようにも見えた……」
ずずっと髪の毛を伸ばしていく人形。
まずい、そうリクオ達が思ったところで遅く、人形は背後から襲いかかってきていた。
「清継くん! 日記読むのをやめて!!」
狐ノ依がリクオを庇い、そしてリクオが叫ぶ。
それと同時に、何か紙のようなものが横切ったのが見えた。
「浮世絵町……やはりおった」
その声は、ゆらのもので。今までの声とは違い、凛々しくも感じられる。
そのゆらの手には、今横切ったのと同じ紙。
それは人形の妖怪に触れると、一気に燃え上がり、一瞬で妖怪をぼろぼろにしていた。
「陰陽師花開院の名において、妖怪よあなたをこの世から滅します!」
花開院ゆら、彼女は陰陽師だった。
京都で妖怪退治を行う花開院家の末えいであり、今回の転校はこの町、浮世絵町の妖怪を退治するためだったのだ。
「陰陽師!? 花開院さん、今そう言ったね!?」
「ってことは、本当に妖怪なんだ!」
本物の陰陽師の登場で、完全に清継のテンションは上がり切っている。一般的な女子であるカナは妖怪の登場に青ざめているが。
それを横目に、つららと狐ノ依はガタガタと体を震わせていた。
妖怪にとって、陰陽師が天敵であることは間違いない。
妖怪であることをバレたなら、すぐさま封印されてしまうことだろう。今の、人形の妖怪と同じように。
「この浮世絵町は、妖怪の主が住むと言われているんです」
今度はびくっとリクオの肩が震えた。まさに自分のことだ。
「私は、妖怪をより多く封じ、花開院家の頭首を継ぐんです」
「それは、ぜひぜひ! 協力してくれ! ボクもある妖怪を探しているんだ!」
さすがのリクオもまさかの事態に言葉を失ってしまった。
・・・
辺りが暗くなり、リクオ達は帰路についていた。
リクオもつららも狐ノ依もいつも以上に疲れた顔をしている。
その中でも、つららは少しの怒りを含んだ表情をリクオに向けていた。
「若、どうしてあんな約束したんですか」
「だって……頼まれたら断るわけにいかないだろ? 人として」
約束。日曜日に今回のメンバー、清継、島、カナ、ゆらを奴良組本家に招く、というものだ。
清継の「君の家は趣があるから、次は奴良くんの家に集合しよう!」という言葉がきっかけだった。
ちなみに、今日のメンバーは「清十字怪奇探偵団」と名付けられたらしい。
「陰陽師を呼ぶなんて、いくらなんでも酷過ぎます! 狐ノ依もそう思うでしょ?」
「そう、だね……。少し怖いかも」
人間を呼ぶことさえ問題があるのに、そこには陰陽師であるゆらもいる。
「大丈夫だよ、たぶん。それに花開院さんに会えば皆おとなしくなるだろーし!」
不安しかない。
それよりも、何よりも、リクオの“人として”という言葉が狐ノ依の胸にひっかかっていた。
・・・
その日曜日はすぐに訪れた。
「狐ノ依、そんなところに立ち尽くして、どうかした?」
「あ、首無……」
振り返れば、眉を下げて笑っている首無が立っていた。
首無も、今回のリクオの行動にはさすがに少し呆れているらしい。
「若は本当にやんちゃだよね。私はそこも良いところだと思ってはいるんだけど……」
「リクオ様は人間が好きだから、仕方ないよ」
「狐ノ依、今自分がどんな顔をしているのか、気付いてる?」
どんな顔、と問われても。自分の顔など、鏡でも無ければ把握することが出来ない。
狐ノ依が自分の頬を押さえて、こてっと首を傾げた。
それを見た首無がくくっと笑う。
「狐ノ依は、人が嫌いなのかな」
「そ、そんな、ことは」
「いいよ、隠そうとしなくて。若が愛しい故なのだろう?」
狐ノ依の返答も待たず、首無はふっと笑うと部屋に戻って行った。
もしかして、とても嫌な顔をしていたのだろうか。
狐ノ依は見えない自分の顔を想像して、自らの顔を両手で覆った。
「あー! 本当にいた!」
急に聞こえてきた大きな声に、狐ノ依は指と指の間に隙間をつくった。
そこに映ったのは、清継や島、カナ、ゆら。何故かそこにリクオがいない。
「狐ノ依くんは本当にこの家の手伝いをしているんだね」
「えぇ、まぁ。それよりリクオ様は」
「いやぁ、ゆらくんが妖気を感じるというのでね。今のうちに見せてもらおうと」
「え……リクオ様の許可無く、ですか?」
う、と清継が言葉に詰まった。
「皆!そんなところで何してるの!?」
丁度狐ノ依の説教が始まりそうであった時、リクオが後ろから駆け寄って来た。
さすがに、自分がいないうちに歩き回られた手前、リクオも焦りを見せている。
リクオの目がちらっと狐ノ依に向けられた。
「ごめん、狐ノ依。皆に声かけて、うっかり出て来ないようにしてもらえる?」
続いて耳元で囁くリクオの声。大好きなのに、大好きだけど。
「知りません! 勝手にして下さいっ!」
狐ノ依は、ぷいと顔を背けると、どたどたとぬらりひょんのいる部屋に行ってしまった。
驚いたのはリクオだけではない。いきなり声を上げた狐ノ依には全員が目を丸くしていた。
・・・
日が暮れて、乗り込んできた皆も奴良家を立ち去った。
ようやく訪れた安堵に、身を潜めていた妖怪達がわらわらと出てくる。
それを確認しながら、リクオは狐ノ依の姿を探した。どうにも様子がおかしかったのが気になっていたからだ。
「狐ノ依? いる?」
自分の部屋の扉を開きながら問いかける。
すると、いつも通りのはっきりとした返事が返ってきた。
「どうかしましたか?」
そして可愛らしく覗かせたその顔にも変わりは見られない。
リクオは杞憂であったかと安心するのと同時に、ばっと頭を下げた。
「今日はごめんね、巻き込んじゃって」
「な、何故リクオ様がそんな、頭を上げてください」
「でも狐ノ依……嫌だっただろ?」
「そ、れはその、でも……。自分の方が、我が主に対する態度ではなかったです……」
リクオが顔を上げると、今度は狐ノ依が頭を下げた。それと一緒に耳も垂れ下がっている。
「や、やめてよ、狐ノ依は何も悪くないんだから」
「すみません……」
リクオはしゅんとした狐ノ依の耳を避け、柔らかい髪が揺れる頭を撫でた。
それだけで狐ノ依の耳は立ち上がって嬉しそうに揺れる。
「こうして……撫でていただくの、久しぶりですね」
そうだっただろうか。あまり意識したことが無かった為に、リクオには考えてみてもピンとこなかった。
「そうだったかなぁ」
「はい……。狐の時はもっと……」
「あぁ。その時と比べてるのか」
確かに、狐ノ依が狐の姿だった時は、暇さえあれば撫でていたかもしれない。
「だって、狐ノ依の方が背が高いんだもん!」
「え、でも届かない高さではないですよね?」
「そういう問題じゃないんだよー」
すねたように口をとがらせたリクオは狐ノ依の肩を掴んで座らせた。
「なんでしょう」
「早く狐ノ依より大きくなりたいなぁ……」
「リクオ様……」
妖怪の姿のときのあなたは、と口走りそうになって、狐ノ依は言葉を飲み込んだ。
2022/05/07