リクオ夢(2011.10~2015.03)
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優しい手が頭を撫でる。誰よりも強くて、大好きだった人。
「…お前がリクオを支えてやるんだぞ」
最後に言われた言葉は狐ノ依の小さな心に重くのしかかっていた。奴良鯉伴、妖怪の主であり、そして狐の主。
「お前が本当に守るべきは、オレじゃねぇんだ」
妖狐は子を産むときに同時に死んでしまう。だから親は信用できる妖怪の近くで子を産むのだ。そう言い伝えられている。
託されたのはリクオだった。
「リクオを頼んだ」
リクオはまだ妖怪として目覚めていない。だから妖狐は鯉伴につき従ってきた。それもどうやらここで終わりのようだ。
目の前で死に逝く我が主。何も出来なかった妖狐。彼もまた、まだ力の弱い、人間の形を取ることの出来ない小さな狐だった。
・・・
「ボク、おじーちゃんみたいな立派な首領になるよ!」
8歳になったリクオは祖父である“ぬらりひょん”に憧れていた。
人間でありながら、毎日奴良家に仕える妖怪達にいたずら子供。その傍らには白い毛をした妖狐の姿があった。
「その時は、お前もボクについてきてくれるよね、狐ノ依!」
狐ノ依と名付けられた妖狐は、返事の代わりに大きく尾を揺らす。それを肯定と見たリクオは、狐ノ依を腕に抱くと鼻と鼻をくっつけて笑った。
「お前はホントにいい子だね」
「それはいいが、なかなか覚醒せんのう」
ぬらりひょんの言葉は妖狐に向けられたものだった。
妖狐はそれなりの年頃になると、人間の姿を取って活動できるようになる。それは妖狐が自分の力を扱えるようになった証なのだ。
しかし、もう八年になるのに狐ノ依は狐のまま。
「覚醒したら狐ノ依はどうなっちゃうの?」
「心配しなくとも人間の姿に近づくだけじゃ。妖狐は美しい人間の姿をしていることで有名だからのう。ワシは楽しみなんじゃよ」
鯉伴もずっと楽しみにしていた。それをわかっているのか、狐ノ依は耳を丸めて顔をリクオの腕の中に埋めてしまった。
「じゃあ、狐ノ依と話せるようになるの? 一緒に学校にも行ける?」
「それも夢ではないのう」
「狐ノ依、楽しみだね!」
リクオが狐ノ依の体を引き剥がして顔を近付けると、垂れていた狐ノ依の尾はふさっと大きく揺れた。
・・・
朝、妖怪たちが慌ただしくリクオを学校に送り出した。
この時だけ、狐ノ依はリクオの傍を離れなければいけない。
それでも、帰ってくれば優しく抱きしめてくれる。それが好きだったから、いつも外でリクオの帰り待っていた。
しかし、その日は様子がおかしかった。帰ってきたリクオは俯いたまま、その手が狐ノ依に差し出されることもなかった。
「友達がね、妖怪なんているわけないっていうんだ」
学校で妖怪を主張したリクオは、皆に悉く否定されたあげく、キモいやらガキだの罵られてしまったのだという。
「それに、ぬらりひょんは悪い妖怪なんだって。人に嫌なことする妖怪なんだって」
狐ノ依はリクオの胸に手を置き二本足で立った。そのまま顔を近付けて、悲しそう歪むリクオの顔を舐める。
リクオの頭を撫でたり、慰めの言葉をかける事は出来ないから。
「ありがとう、狐ノ依、慰めてくれるんだね」
狐ノ依の頭を撫でて笑いかけたリクオ。その表情にはなんとなく迷いがあった。
・・・
そんなリクオの気持ちは置き去りに、三代目を決める為の総会が開かれた。
当然、その場にはリクオもいなくてはならない。
落ち込んだままのリクオを無視して、話は進められていく。
「今日の総会は他でもない、そろそろ三代目を決めねばと思ってな」
総大将であるぬらりひょんの言葉に、集まった妖怪達はあれこれと話し始めた。
その中でも、ガゴゼという名の妖怪は待ってましたとばかりに自分を主張している。
「二代目が死んでもう数年。いつまでも隠居された初代が代理ではおつらいでしょう……」
ガゴゼは自らが三代目になることを望んでいたのだ。
それを薦めるかのように、ガゴゼ会の者達がワイワイと盛り上がり始めている。
「総大将! 悪事でガゴゼの右に出る者などおりますまい」
「なんせ、今年に起こった子供の神隠しは、皆ガゴゼ会の所業ですから!」
「なるほどのう……相変わらず現役バリバリじゃのう、ガゴゼ」
ガゴゼ会の者達の言葉に、ぬらりひょんはうんうんと頷いた。
しかし言葉とは裏腹に、傍らで小さくなっているリクオの背中をとんと押した。
「だが、お前じゃあダメじゃ。三代目の件、このワシの孫リクオをすえようと思ってな」
「え……?」
リクオはまさか自分に話をふられるとは思っておらず、驚きで目を丸くした。
「リクオ……お前に継がせてやるぞ!」
お前が欲しかったものだろう。ぬらりひょんは笑いながらリクオに言ったが、リクオの反応は期待したものと違っていた。
「い、いやだ!! こんな奴らと一緒になんかいたら、人間にもっと嫌われちゃうよ!」
「リクオ……?」
「妖怪が、こんな悪い奴らだなんて知らなかった!」
リクオは唇を噛んで、ばっと立ち上がった。
そのまま、ぬらりひょんの手をすり抜け屋敷から飛び出して行ってしまう。
それを見ていた奴良組の者達は唖然とし、誰もリクオの後を追おうとはしなかった。
「どうやら若は……まだまだ遊びたいさかりのお子様のようじゃな」
ガゴゼがにやりと笑う。
飛び出していくリクオを追いかけていくことも出来ず、狐ノ依は揺れる瞳から滴をぽたりと落とした。
妖怪は悪い奴。狐ノ依も妖狐である以上、その中にくくられてしまう。
この日を境に、狐ノ依はリクオに近付けなくなってしまった。
・・・
「狐ノ依も、元気出してください」
落ち込んでいる狐ノ依に声をかけたのは首無だった。
名のとおり首のない彼は、もともと鯉伴に仕える妖怪であり、今はリクオに仕える数少ない妖怪の一人だ。
「大丈夫ですよ、リクオ様はきっとわかってくれます」
「そうよ! きっと大丈夫!」
雪女であるつららも拳を作って笑った。つららもまた、リクオに仕える妖怪の一人だ。
「リクオ様は、少なくとも狐ノ依のことは相当大事に思っていましたし」
「えぇ。直に寂しくなって狐ノ依を抱きに来るでしょ」
二人が狐ノ依を囲んで優しく笑う。
穏やかな空間がそこに戻り、狐ノ依もいつも通り、リクオが学校から帰るのを待とうと決めた。
そんな一行に悪いニュースが入るのは、リクオの帰りが遅いと心配し始める、日が暮れた頃のことだった。
「リクオ様の乗るバスが崩落事故で生き埋め……!?」
それは部屋から聞こえてきた。
驚いて声の方へ向かうと、そこでは妖怪達がテレビを囲んでいる。
「あ、狐ノ依!」
足元にやって来た狐ノ依に気付き青ざめたのは、つららだった。
テレビではまさに今中継されているようで、瓦礫と、その下で潰れるバスが映されている。
『浮世絵町にあるトンネル付近で起きた崩落事故で路線バスが生き埋めに……中には浮世絵中の生徒が多数…』
テレビから聞こえる音声が何を表しているのか、狐である狐ノ依にも理解出来た。
まさか、その中にリクオが。
「あ、狐ノ依!」
狐ノ依は迷わずに走り出していた。
「あれ……狐ノ依、どこに行くの」
玄関を飛び出してそのまま走り抜けようとした狐ノ依の名を呼ぶ声。
その聞き慣れた声に顔を上げると、そこには事故に巻き込まれたと思われたリクオが立っていた。
「わ、どうしたんだよ」
青い瞳を潤ませながら、狐ノ依はリクオに飛びついた。
抱きとめてくれたリクオの腕に顔を埋めて、尻尾を何度も何度も左右に振る。
「何かあったの?」
明らかに様子のおかしい狐ノ依に、リクオも心配せずにはいられなかった。
急いで玄関を上がると、リクオの帰宅に気付いた妖怪達は口々に安堵の声を出している。
「リクオ様! 心配しましたぞおおお!」
「リクオ、お前悪運強いのう」
大きな体の青田坊までリクオに泣きつき、襖を開けて出てきたぬらりひょんも安心したように息を吐いた。
「え、何……?」
「リクオ様のいつも乗っているバスが事故にあったんですよ」
つららがニュースのことを告げると、リクオは目を見開き息を呑んだ。
総会以降、リクオは妖怪に絶望していた。
そんな妖怪と関わっていることが申し訳なくなり、友達と共にバスを乗ることを避けたのだ。
つまりその事故が起こったバスには、友達が乗っている。
「助けに、行かなきゃ」
良かった良かったと泣き喚く妖怪たちの中で、リクオの顔は険しくなっていった。
「…ついてきてくれ!青田坊!黒田坊!みんな!」
自分に従ってくれる、仲の良い妖怪達の名を呼ぶ。
しかし、呼ばれた妖怪たちが返事をし動き出した時、リクオ否定派の妖怪が声を荒げた。
「なりませんぞ、人間を助けにいくなど! そのようなそのような考えで我々妖怪を従えることが出来るとお思いか!?」
「達磨殿! 若頭だぞ、無礼にも程があらぁ!」
「妖怪とは人々に“おそれ”を抱かせるもの。それを人助けなど、笑止!」
妖怪同士の取っ組み合いが始まる。
その最中、リクオを心配そうに見上げていた狐ノ依だけは、違和感とリクオの変化に気付いていた。
髪型だけではない。体つきまでもが変わっていく。人間であったはずのリクオの体から、妖気がみなぎっていた。
「やめねぇか!」
リクオの声に皆がそちらを向いた。
口調も変わっているリクオはもはや別人のよう。困惑と驚きとで妖怪達は顔を見合わせた。
「妖怪ならばオマエらを率いていいんだな!? だったら……人間なんてやめてやる!」
リクオの迫力に、妖怪達はぞろぞろと動き始めた。
現場に着くと、生々しい光景がそこに広がっていた。
崩れた瓦礫、その周りを警備員が囲っている。我が子を心配して、家族も集まって来ているようだった。
その瓦礫を一つ一つ丁寧に退かしているのは、奴良組の小さい妖怪達。
力の強い妖怪である青田坊が一気に手を振り払うと、瓦礫は一気にそこから消えて無くなった。
「見つけましたぜ若ぁ! 皆生きてるみたいですぜー!」
瓦礫の下にいたのは、リクオのクラスメイト達。そして、妖怪ガゴゼ。
「ガゴゼ……貴様、なぜそこにいる?」
「はて、私は人間の子供を襲っていただけだが?」
とん、と瓦礫の下まで降りたリクオは、ガゴゼを睨みつけた。
そして、横で怯えているクラスメイト達を安心させるように表情を緩める。
「カナちゃん、怖いから目をつぶってな」
名を呼ばれ、目をぱちくりとさせたのは、リクオのクラスメイト、家長カナ。
その他の者達も、この妖怪達が助けに来てくれたのだということを悟っていた。
「ガゴゼよ、てめぇは本当に小せぇ妖怪だぜ」
リクオを囲むようにしている妖怪達を見て、ガゴゼもそれがリクオであると察した。
初めて見る姿だが、どこか父である鯉伴や昔の総大将と似ている。
「くそ……! この場で若を殺せ!」
ガゴゼが大きな声を上げる。
それを合図に、リクオに従う奴良組の妖怪達とガゴゼ会との戦いが始まった。
その様子を、狐ノ依はじっと見つめていた。
見ているだけは嫌だ。そう思ってリクオの横に立っても、優しく制されてしまう。
「狐ノ依はオレの後ろにいな」
リクオは妖怪たちの戦いに狐ノ依が巻き込まれないように庇ってくれている。
違う。それはおかしい。守るべきは自分なのに。
妖怪の力を持ったリクオは強い。一緒に戦いたい。百鬼夜行に加わりたい。
「リクオさまの、ために」
ガゴゼに集中するリクオの背後、気付かないうちに回り込む一人の妖怪いた。
リクオを殺そうと振りかざした鋭い爪の生えたその手は、白く、細い手に掴まれる。
「リクオさまに、ては、ださせない」
穏やかな声が、怒りを含んで震えている。
その声の主である美しい妖怪を目にした妖怪は、一瞬にして青い焔に包まれ、灰となり散っていた。
「お前、狐ノ依か」
いつもよりも低く通る声。
狐ノ依はぞくりと震えるのを感じていた。胸の奥が熱いのは、リクオの妖気がそのまま体に伝わっているからだ。
「世の妖怪どもに告げろ! オレが魑魅魍魎の主になる!」
リクオと狐ノ依、二人の妖怪が目覚め、そしてリクオは奴良組を率いる存在に値するとして認められた瞬間でもあった。
・・・
眠るリクオの肩を叩く。
そのリクオは、後5分と言って寝返りをうってしまうが、それもいつものことだ。
こういうときに起こす最適な方法を狐ノ依は知っている。
「リクオ様」
ゆっくり顔を近づける。唇を頬によせ、軽く舌で舐める。そうすればすぐだ。
「わ、わわ……! 狐ノ依っ」
「おはようございます、リクオ様」
「もう、そっちの姿のとき舐めるとか、ダメって言っただろ」
そう言いながらもリクオはふっと笑って狐ノ依の頬を手のひらで撫でている。
そのリクオはというと12歳になったが更に人間らしく成長し、妖怪の姿になることはあれ以来なかった。
そんな中、世間では妖怪ブームが到来している。
「それもこれも、リクオ様のせいですよ」
「え? 妖怪ブームがボクのせい?」
リクオの世話役を買っている烏天狗は、新聞をばっと広げて見せた。
「そうです! リクオ様がいつまでも奴良組を継がずにブラブラしているから! ザコ妖怪や若い妖怪になめられて、シマ荒らされてるんですよ!」
カラス天狗とリクオの口げんかは恒例行事だった。
しかし、カラス天狗の言うことは誰もが思っていることだ。リクオに三代目を継いで欲しいと思う妖怪達なら尚更。
「慌てなくても、嘗てリクオ様は三代目になるとおっしゃったのですから、きっといつかまた」
「む、狐ノ依まで! 狐ノ依もボクに人間として暮らさせてくれないんだ?」
「自分も妖怪ですし……」
狐ノ依は昔と違って狐の姿はしていないものの、色素は人間より薄く、髪は白に近い水色、目は青色に光っている。
そもそも頭に生える狐耳は完全に人間でないことを表しているし、その美しさもまた人間とは思えないものだった。
「リクオ様には主としてご活躍して欲しいものですよ」
「……っ、ボク、もう学校行くから!」
誤魔化すようにそそくさと家を出て行ったリクオの背中を見つめ続ける。そして狐ノ依は、はぁ…と小さく息を吐いた。
「狐ノ依ー」
たたたっと駆けてくる足音。
振り返ると狐ノ依よりも低い位置に可愛らしい雪女、つららの姿があった。
「狐ノ依、あなたにも協力してほしいことがあるんだけど」
ばっと広げられたつららの手には、リクオと同じ制服。つららは既に女ものの同じデザインの制服を着ていた。
「さ、早く着替えて! 狐ノ依は確か化けるの得意でしょ、ちゃんと耳とか隠してね!」
背中を叩かれ、早く着替えるように急かされる。狐ノ依はよくわからないまま、その手渡された制服に腕を通した。
・・・
校内にチャイムが鳴り響く。
リクオが教室に入ると、何やら話が盛り上がっていた。
「だから、いるんだよね! 妖怪は!」
なるほど確かに妖怪ブーム。
そんな話に巻き込まれて堪るかと自分の席に向かったリクオのもとに、話の中心にいた清継がやって来た。
「奴良君、昔はバカにして悪かったね。ボクは目覚めたんだ、あるお方達によってね」
「あるお方たち?」
「そう! その方たちは闇の世界の住人にして若き支配者……そして幼い頃ボクを地獄から救ってくださった……!」
べらべらと語る清継はもう何度もその話しを繰り返していたのだろう。一部の生徒は呆れてしまっている。
「惚れたんだ! その若き支配者と、その背中を守るように立っていた青白く輝く美しい妖怪に!!」
「……!」
自分と狐ノ依のことだ。
リクオは絶対にばれるワケにいかないと固く心に誓い、清継から視線を逸らした。
「ボクは彼等にもう一度会いたい……そこで、最近出ると噂の旧校舎に行こうと思っている! 勿論、奴良くんは来てくれるだろう?」
もし、そこにいる妖怪が奴良組の者だったなら。
リクオは嫌々ながらも小さく首を縦に振った。
清継とその取り巻き、そして家長カナ、リクオを含む七人。
彼らはその日の夜、旧校舎前に集まっていた。
「来てくれてありがとう。失礼だが……名前は?」
そこにいたクラスメイトではない三人に清継が目を向ける。
大きな男と、美少女と、美少年。その中の一人である美少女がにこりと微笑んだ。
「及川氷麗です! こーいうの超好きなの! あ、こっちは倉田」
少女のその可愛らしさに見惚れる清継の取り巻き、島。
倉田の方も図体のでかい見た目と裏腹にフレンドリーなのか、俺も好きだぜ! と島の肩を掴んだ。
するともう一人、その横にいた線の細い美少年もふっと微笑みをみせた。
「自分は狐ノ依、と言います」
それを聞き、焦ったように顔を見合わせる氷麗と倉田。
カナと話をしていたリクオもぱっとこちらに目を向けて口を大きく開いた。
「あ! え!? なんで…!」
「リクオくん、知り合いなの?」
カナの問いに答える前に、リクオはむんずと狐ノ依の腕を掴んで引き寄せていた。
「なんでいるの!」
「リクオ様が心配だったからです」
「そうじゃなくて……!」
いつから、どうやって、聞きたいことがありすぎて何から言っていいかわからない。
「あ、れ……?」
ふと、狐ノ依の顔を見てリクオは肩を震わせた。
綺麗な顔した奴とは思っていたが、こう黒髪で制服という普通の人間の恰好をされると綺麗な顔が余計に目立つ。
「こんなに、綺麗だっけ……」
思わず口にしてしまい、リクオはぱっと口を抑えた。
狐ノ依は特に気付く様子もなく、きょとんとして首を傾けている。
「リクオ様?」
「っ、そ……その“様”は禁止! あと、制服似合わないよ!」
照れ隠しの言葉を並べると、狐ノ依はショックを受けたのか、自分の制服姿を見回した。
旧校舎の中に入ると、確かに小さいものから大きなものまで妖気に溢れていた。
ずいぶん使われていなかったこの場所は、巣窟として最適だったのだろう。
「リクオさ、ま……」
それに気付いた狐ノ依が振り返ってリクオを見る。
するとカナがぴったりとリクオにくっついている光景が狐ノ依の目に映った。
仲が良いのは知っていたがそれは、密着しすぎではないのか。
むっとするのをなんとか抑え、狐ノ依はつららに向き直った。
「ねぇ、つらら、やっぱり妖怪が……」
「えぇ、わかってる」
言わずとも、リクオもそれに気付くことになった。
リクオは妖怪達をカナ達に見られないよう、さりげなく扉を閉めたり妖怪を殴ったりを繰り返している。
「リクオくん? さっきからどうしたの?」
「う、ううん! 別になんでもないよ!」
リクオと狐ノ依の努力の甲斐もあり、清継やカナの目に妖怪が留まることなく時間が過ぎていく。
「なんにもないねー……」
「いや! きっとここにいるはずだ!」
清継の声にリクオが顔を上げると、いつの間にか皆が先を行き、最後の部屋に入るところだった。
「あ、ちょっと、待ってー……」
後を追おうとしたリクオの前に、狐ノ依が立ち塞がっていた。
「リクオ様。少し休んで下さい」
「いいから狐ノ依っ! 先に行って、皆を……!」
その時、皆の入った部屋からうわああああ、という叫び声が聞こえてきた。
慌てるリクオに対し、狐ノ依はふっと笑ってリクオの手に自分の手を重ねた。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないよ! 皆が…!」
リクオは狐ノ依の手を振り払って走り出していた。
最後の部屋、叫び声のした食堂に飛び込む。
清継と島が気絶する前で、見慣れた背中と、やられた妖怪たちの逃げる様子があった。
「こうして若い奴らが奴良組のシマで好き勝手暴れてる」
「若……あなた様にはやっぱり三代目継いでもらわんと!」
その声はつららと青田坊のものだった。
「な……何? どういうこと……!?」
「護衛ですよ! ずーっと一緒に学校にも通ってたんですよ!」
つららはにこっと笑ってずっと隠してきたことを言い放った。
勿論、青田坊もそうだ。二人はずっと一緒にリクオと学校に通っていたのだ。
「リクオくん、何があったのー!?」
駆け付けたカナは、すぐにリクオの後ろに隠れるようにして服のすそを掴んだ。
後ろからゆっくり狐ノ依も追いつく。
「大丈夫と言ったじゃないですか」
「だって、そんなこと知らなかったし……狐ノ依も何も言ってくれなかったじゃないか」
「隠していたことですから。僕の口からは言えません」
ここまで言って、リクオはカナが近くにいることを思い出し、口を噤んだ。それに気付いて狐ノ依も口を結ぶ。
なんでもないよ、とカナに声をかけるリクオの姿を見て、狐ノ依の目が伏せられるのをつららだけが見ていた。
嫉妬の連鎖。女のカン。
狐ノ依もつららも、リクオが大好きだった。
2022/05/07
「…お前がリクオを支えてやるんだぞ」
最後に言われた言葉は狐ノ依の小さな心に重くのしかかっていた。奴良鯉伴、妖怪の主であり、そして狐の主。
「お前が本当に守るべきは、オレじゃねぇんだ」
妖狐は子を産むときに同時に死んでしまう。だから親は信用できる妖怪の近くで子を産むのだ。そう言い伝えられている。
託されたのはリクオだった。
「リクオを頼んだ」
リクオはまだ妖怪として目覚めていない。だから妖狐は鯉伴につき従ってきた。それもどうやらここで終わりのようだ。
目の前で死に逝く我が主。何も出来なかった妖狐。彼もまた、まだ力の弱い、人間の形を取ることの出来ない小さな狐だった。
・・・
「ボク、おじーちゃんみたいな立派な首領になるよ!」
8歳になったリクオは祖父である“ぬらりひょん”に憧れていた。
人間でありながら、毎日奴良家に仕える妖怪達にいたずら子供。その傍らには白い毛をした妖狐の姿があった。
「その時は、お前もボクについてきてくれるよね、狐ノ依!」
狐ノ依と名付けられた妖狐は、返事の代わりに大きく尾を揺らす。それを肯定と見たリクオは、狐ノ依を腕に抱くと鼻と鼻をくっつけて笑った。
「お前はホントにいい子だね」
「それはいいが、なかなか覚醒せんのう」
ぬらりひょんの言葉は妖狐に向けられたものだった。
妖狐はそれなりの年頃になると、人間の姿を取って活動できるようになる。それは妖狐が自分の力を扱えるようになった証なのだ。
しかし、もう八年になるのに狐ノ依は狐のまま。
「覚醒したら狐ノ依はどうなっちゃうの?」
「心配しなくとも人間の姿に近づくだけじゃ。妖狐は美しい人間の姿をしていることで有名だからのう。ワシは楽しみなんじゃよ」
鯉伴もずっと楽しみにしていた。それをわかっているのか、狐ノ依は耳を丸めて顔をリクオの腕の中に埋めてしまった。
「じゃあ、狐ノ依と話せるようになるの? 一緒に学校にも行ける?」
「それも夢ではないのう」
「狐ノ依、楽しみだね!」
リクオが狐ノ依の体を引き剥がして顔を近付けると、垂れていた狐ノ依の尾はふさっと大きく揺れた。
・・・
朝、妖怪たちが慌ただしくリクオを学校に送り出した。
この時だけ、狐ノ依はリクオの傍を離れなければいけない。
それでも、帰ってくれば優しく抱きしめてくれる。それが好きだったから、いつも外でリクオの帰り待っていた。
しかし、その日は様子がおかしかった。帰ってきたリクオは俯いたまま、その手が狐ノ依に差し出されることもなかった。
「友達がね、妖怪なんているわけないっていうんだ」
学校で妖怪を主張したリクオは、皆に悉く否定されたあげく、キモいやらガキだの罵られてしまったのだという。
「それに、ぬらりひょんは悪い妖怪なんだって。人に嫌なことする妖怪なんだって」
狐ノ依はリクオの胸に手を置き二本足で立った。そのまま顔を近付けて、悲しそう歪むリクオの顔を舐める。
リクオの頭を撫でたり、慰めの言葉をかける事は出来ないから。
「ありがとう、狐ノ依、慰めてくれるんだね」
狐ノ依の頭を撫でて笑いかけたリクオ。その表情にはなんとなく迷いがあった。
・・・
そんなリクオの気持ちは置き去りに、三代目を決める為の総会が開かれた。
当然、その場にはリクオもいなくてはならない。
落ち込んだままのリクオを無視して、話は進められていく。
「今日の総会は他でもない、そろそろ三代目を決めねばと思ってな」
総大将であるぬらりひょんの言葉に、集まった妖怪達はあれこれと話し始めた。
その中でも、ガゴゼという名の妖怪は待ってましたとばかりに自分を主張している。
「二代目が死んでもう数年。いつまでも隠居された初代が代理ではおつらいでしょう……」
ガゴゼは自らが三代目になることを望んでいたのだ。
それを薦めるかのように、ガゴゼ会の者達がワイワイと盛り上がり始めている。
「総大将! 悪事でガゴゼの右に出る者などおりますまい」
「なんせ、今年に起こった子供の神隠しは、皆ガゴゼ会の所業ですから!」
「なるほどのう……相変わらず現役バリバリじゃのう、ガゴゼ」
ガゴゼ会の者達の言葉に、ぬらりひょんはうんうんと頷いた。
しかし言葉とは裏腹に、傍らで小さくなっているリクオの背中をとんと押した。
「だが、お前じゃあダメじゃ。三代目の件、このワシの孫リクオをすえようと思ってな」
「え……?」
リクオはまさか自分に話をふられるとは思っておらず、驚きで目を丸くした。
「リクオ……お前に継がせてやるぞ!」
お前が欲しかったものだろう。ぬらりひょんは笑いながらリクオに言ったが、リクオの反応は期待したものと違っていた。
「い、いやだ!! こんな奴らと一緒になんかいたら、人間にもっと嫌われちゃうよ!」
「リクオ……?」
「妖怪が、こんな悪い奴らだなんて知らなかった!」
リクオは唇を噛んで、ばっと立ち上がった。
そのまま、ぬらりひょんの手をすり抜け屋敷から飛び出して行ってしまう。
それを見ていた奴良組の者達は唖然とし、誰もリクオの後を追おうとはしなかった。
「どうやら若は……まだまだ遊びたいさかりのお子様のようじゃな」
ガゴゼがにやりと笑う。
飛び出していくリクオを追いかけていくことも出来ず、狐ノ依は揺れる瞳から滴をぽたりと落とした。
妖怪は悪い奴。狐ノ依も妖狐である以上、その中にくくられてしまう。
この日を境に、狐ノ依はリクオに近付けなくなってしまった。
・・・
「狐ノ依も、元気出してください」
落ち込んでいる狐ノ依に声をかけたのは首無だった。
名のとおり首のない彼は、もともと鯉伴に仕える妖怪であり、今はリクオに仕える数少ない妖怪の一人だ。
「大丈夫ですよ、リクオ様はきっとわかってくれます」
「そうよ! きっと大丈夫!」
雪女であるつららも拳を作って笑った。つららもまた、リクオに仕える妖怪の一人だ。
「リクオ様は、少なくとも狐ノ依のことは相当大事に思っていましたし」
「えぇ。直に寂しくなって狐ノ依を抱きに来るでしょ」
二人が狐ノ依を囲んで優しく笑う。
穏やかな空間がそこに戻り、狐ノ依もいつも通り、リクオが学校から帰るのを待とうと決めた。
そんな一行に悪いニュースが入るのは、リクオの帰りが遅いと心配し始める、日が暮れた頃のことだった。
「リクオ様の乗るバスが崩落事故で生き埋め……!?」
それは部屋から聞こえてきた。
驚いて声の方へ向かうと、そこでは妖怪達がテレビを囲んでいる。
「あ、狐ノ依!」
足元にやって来た狐ノ依に気付き青ざめたのは、つららだった。
テレビではまさに今中継されているようで、瓦礫と、その下で潰れるバスが映されている。
『浮世絵町にあるトンネル付近で起きた崩落事故で路線バスが生き埋めに……中には浮世絵中の生徒が多数…』
テレビから聞こえる音声が何を表しているのか、狐である狐ノ依にも理解出来た。
まさか、その中にリクオが。
「あ、狐ノ依!」
狐ノ依は迷わずに走り出していた。
「あれ……狐ノ依、どこに行くの」
玄関を飛び出してそのまま走り抜けようとした狐ノ依の名を呼ぶ声。
その聞き慣れた声に顔を上げると、そこには事故に巻き込まれたと思われたリクオが立っていた。
「わ、どうしたんだよ」
青い瞳を潤ませながら、狐ノ依はリクオに飛びついた。
抱きとめてくれたリクオの腕に顔を埋めて、尻尾を何度も何度も左右に振る。
「何かあったの?」
明らかに様子のおかしい狐ノ依に、リクオも心配せずにはいられなかった。
急いで玄関を上がると、リクオの帰宅に気付いた妖怪達は口々に安堵の声を出している。
「リクオ様! 心配しましたぞおおお!」
「リクオ、お前悪運強いのう」
大きな体の青田坊までリクオに泣きつき、襖を開けて出てきたぬらりひょんも安心したように息を吐いた。
「え、何……?」
「リクオ様のいつも乗っているバスが事故にあったんですよ」
つららがニュースのことを告げると、リクオは目を見開き息を呑んだ。
総会以降、リクオは妖怪に絶望していた。
そんな妖怪と関わっていることが申し訳なくなり、友達と共にバスを乗ることを避けたのだ。
つまりその事故が起こったバスには、友達が乗っている。
「助けに、行かなきゃ」
良かった良かったと泣き喚く妖怪たちの中で、リクオの顔は険しくなっていった。
「…ついてきてくれ!青田坊!黒田坊!みんな!」
自分に従ってくれる、仲の良い妖怪達の名を呼ぶ。
しかし、呼ばれた妖怪たちが返事をし動き出した時、リクオ否定派の妖怪が声を荒げた。
「なりませんぞ、人間を助けにいくなど! そのようなそのような考えで我々妖怪を従えることが出来るとお思いか!?」
「達磨殿! 若頭だぞ、無礼にも程があらぁ!」
「妖怪とは人々に“おそれ”を抱かせるもの。それを人助けなど、笑止!」
妖怪同士の取っ組み合いが始まる。
その最中、リクオを心配そうに見上げていた狐ノ依だけは、違和感とリクオの変化に気付いていた。
髪型だけではない。体つきまでもが変わっていく。人間であったはずのリクオの体から、妖気がみなぎっていた。
「やめねぇか!」
リクオの声に皆がそちらを向いた。
口調も変わっているリクオはもはや別人のよう。困惑と驚きとで妖怪達は顔を見合わせた。
「妖怪ならばオマエらを率いていいんだな!? だったら……人間なんてやめてやる!」
リクオの迫力に、妖怪達はぞろぞろと動き始めた。
現場に着くと、生々しい光景がそこに広がっていた。
崩れた瓦礫、その周りを警備員が囲っている。我が子を心配して、家族も集まって来ているようだった。
その瓦礫を一つ一つ丁寧に退かしているのは、奴良組の小さい妖怪達。
力の強い妖怪である青田坊が一気に手を振り払うと、瓦礫は一気にそこから消えて無くなった。
「見つけましたぜ若ぁ! 皆生きてるみたいですぜー!」
瓦礫の下にいたのは、リクオのクラスメイト達。そして、妖怪ガゴゼ。
「ガゴゼ……貴様、なぜそこにいる?」
「はて、私は人間の子供を襲っていただけだが?」
とん、と瓦礫の下まで降りたリクオは、ガゴゼを睨みつけた。
そして、横で怯えているクラスメイト達を安心させるように表情を緩める。
「カナちゃん、怖いから目をつぶってな」
名を呼ばれ、目をぱちくりとさせたのは、リクオのクラスメイト、家長カナ。
その他の者達も、この妖怪達が助けに来てくれたのだということを悟っていた。
「ガゴゼよ、てめぇは本当に小せぇ妖怪だぜ」
リクオを囲むようにしている妖怪達を見て、ガゴゼもそれがリクオであると察した。
初めて見る姿だが、どこか父である鯉伴や昔の総大将と似ている。
「くそ……! この場で若を殺せ!」
ガゴゼが大きな声を上げる。
それを合図に、リクオに従う奴良組の妖怪達とガゴゼ会との戦いが始まった。
その様子を、狐ノ依はじっと見つめていた。
見ているだけは嫌だ。そう思ってリクオの横に立っても、優しく制されてしまう。
「狐ノ依はオレの後ろにいな」
リクオは妖怪たちの戦いに狐ノ依が巻き込まれないように庇ってくれている。
違う。それはおかしい。守るべきは自分なのに。
妖怪の力を持ったリクオは強い。一緒に戦いたい。百鬼夜行に加わりたい。
「リクオさまの、ために」
ガゴゼに集中するリクオの背後、気付かないうちに回り込む一人の妖怪いた。
リクオを殺そうと振りかざした鋭い爪の生えたその手は、白く、細い手に掴まれる。
「リクオさまに、ては、ださせない」
穏やかな声が、怒りを含んで震えている。
その声の主である美しい妖怪を目にした妖怪は、一瞬にして青い焔に包まれ、灰となり散っていた。
「お前、狐ノ依か」
いつもよりも低く通る声。
狐ノ依はぞくりと震えるのを感じていた。胸の奥が熱いのは、リクオの妖気がそのまま体に伝わっているからだ。
「世の妖怪どもに告げろ! オレが魑魅魍魎の主になる!」
リクオと狐ノ依、二人の妖怪が目覚め、そしてリクオは奴良組を率いる存在に値するとして認められた瞬間でもあった。
・・・
眠るリクオの肩を叩く。
そのリクオは、後5分と言って寝返りをうってしまうが、それもいつものことだ。
こういうときに起こす最適な方法を狐ノ依は知っている。
「リクオ様」
ゆっくり顔を近づける。唇を頬によせ、軽く舌で舐める。そうすればすぐだ。
「わ、わわ……! 狐ノ依っ」
「おはようございます、リクオ様」
「もう、そっちの姿のとき舐めるとか、ダメって言っただろ」
そう言いながらもリクオはふっと笑って狐ノ依の頬を手のひらで撫でている。
そのリクオはというと12歳になったが更に人間らしく成長し、妖怪の姿になることはあれ以来なかった。
そんな中、世間では妖怪ブームが到来している。
「それもこれも、リクオ様のせいですよ」
「え? 妖怪ブームがボクのせい?」
リクオの世話役を買っている烏天狗は、新聞をばっと広げて見せた。
「そうです! リクオ様がいつまでも奴良組を継がずにブラブラしているから! ザコ妖怪や若い妖怪になめられて、シマ荒らされてるんですよ!」
カラス天狗とリクオの口げんかは恒例行事だった。
しかし、カラス天狗の言うことは誰もが思っていることだ。リクオに三代目を継いで欲しいと思う妖怪達なら尚更。
「慌てなくても、嘗てリクオ様は三代目になるとおっしゃったのですから、きっといつかまた」
「む、狐ノ依まで! 狐ノ依もボクに人間として暮らさせてくれないんだ?」
「自分も妖怪ですし……」
狐ノ依は昔と違って狐の姿はしていないものの、色素は人間より薄く、髪は白に近い水色、目は青色に光っている。
そもそも頭に生える狐耳は完全に人間でないことを表しているし、その美しさもまた人間とは思えないものだった。
「リクオ様には主としてご活躍して欲しいものですよ」
「……っ、ボク、もう学校行くから!」
誤魔化すようにそそくさと家を出て行ったリクオの背中を見つめ続ける。そして狐ノ依は、はぁ…と小さく息を吐いた。
「狐ノ依ー」
たたたっと駆けてくる足音。
振り返ると狐ノ依よりも低い位置に可愛らしい雪女、つららの姿があった。
「狐ノ依、あなたにも協力してほしいことがあるんだけど」
ばっと広げられたつららの手には、リクオと同じ制服。つららは既に女ものの同じデザインの制服を着ていた。
「さ、早く着替えて! 狐ノ依は確か化けるの得意でしょ、ちゃんと耳とか隠してね!」
背中を叩かれ、早く着替えるように急かされる。狐ノ依はよくわからないまま、その手渡された制服に腕を通した。
・・・
校内にチャイムが鳴り響く。
リクオが教室に入ると、何やら話が盛り上がっていた。
「だから、いるんだよね! 妖怪は!」
なるほど確かに妖怪ブーム。
そんな話に巻き込まれて堪るかと自分の席に向かったリクオのもとに、話の中心にいた清継がやって来た。
「奴良君、昔はバカにして悪かったね。ボクは目覚めたんだ、あるお方達によってね」
「あるお方たち?」
「そう! その方たちは闇の世界の住人にして若き支配者……そして幼い頃ボクを地獄から救ってくださった……!」
べらべらと語る清継はもう何度もその話しを繰り返していたのだろう。一部の生徒は呆れてしまっている。
「惚れたんだ! その若き支配者と、その背中を守るように立っていた青白く輝く美しい妖怪に!!」
「……!」
自分と狐ノ依のことだ。
リクオは絶対にばれるワケにいかないと固く心に誓い、清継から視線を逸らした。
「ボクは彼等にもう一度会いたい……そこで、最近出ると噂の旧校舎に行こうと思っている! 勿論、奴良くんは来てくれるだろう?」
もし、そこにいる妖怪が奴良組の者だったなら。
リクオは嫌々ながらも小さく首を縦に振った。
清継とその取り巻き、そして家長カナ、リクオを含む七人。
彼らはその日の夜、旧校舎前に集まっていた。
「来てくれてありがとう。失礼だが……名前は?」
そこにいたクラスメイトではない三人に清継が目を向ける。
大きな男と、美少女と、美少年。その中の一人である美少女がにこりと微笑んだ。
「及川氷麗です! こーいうの超好きなの! あ、こっちは倉田」
少女のその可愛らしさに見惚れる清継の取り巻き、島。
倉田の方も図体のでかい見た目と裏腹にフレンドリーなのか、俺も好きだぜ! と島の肩を掴んだ。
するともう一人、その横にいた線の細い美少年もふっと微笑みをみせた。
「自分は狐ノ依、と言います」
それを聞き、焦ったように顔を見合わせる氷麗と倉田。
カナと話をしていたリクオもぱっとこちらに目を向けて口を大きく開いた。
「あ! え!? なんで…!」
「リクオくん、知り合いなの?」
カナの問いに答える前に、リクオはむんずと狐ノ依の腕を掴んで引き寄せていた。
「なんでいるの!」
「リクオ様が心配だったからです」
「そうじゃなくて……!」
いつから、どうやって、聞きたいことがありすぎて何から言っていいかわからない。
「あ、れ……?」
ふと、狐ノ依の顔を見てリクオは肩を震わせた。
綺麗な顔した奴とは思っていたが、こう黒髪で制服という普通の人間の恰好をされると綺麗な顔が余計に目立つ。
「こんなに、綺麗だっけ……」
思わず口にしてしまい、リクオはぱっと口を抑えた。
狐ノ依は特に気付く様子もなく、きょとんとして首を傾けている。
「リクオ様?」
「っ、そ……その“様”は禁止! あと、制服似合わないよ!」
照れ隠しの言葉を並べると、狐ノ依はショックを受けたのか、自分の制服姿を見回した。
旧校舎の中に入ると、確かに小さいものから大きなものまで妖気に溢れていた。
ずいぶん使われていなかったこの場所は、巣窟として最適だったのだろう。
「リクオさ、ま……」
それに気付いた狐ノ依が振り返ってリクオを見る。
するとカナがぴったりとリクオにくっついている光景が狐ノ依の目に映った。
仲が良いのは知っていたがそれは、密着しすぎではないのか。
むっとするのをなんとか抑え、狐ノ依はつららに向き直った。
「ねぇ、つらら、やっぱり妖怪が……」
「えぇ、わかってる」
言わずとも、リクオもそれに気付くことになった。
リクオは妖怪達をカナ達に見られないよう、さりげなく扉を閉めたり妖怪を殴ったりを繰り返している。
「リクオくん? さっきからどうしたの?」
「う、ううん! 別になんでもないよ!」
リクオと狐ノ依の努力の甲斐もあり、清継やカナの目に妖怪が留まることなく時間が過ぎていく。
「なんにもないねー……」
「いや! きっとここにいるはずだ!」
清継の声にリクオが顔を上げると、いつの間にか皆が先を行き、最後の部屋に入るところだった。
「あ、ちょっと、待ってー……」
後を追おうとしたリクオの前に、狐ノ依が立ち塞がっていた。
「リクオ様。少し休んで下さい」
「いいから狐ノ依っ! 先に行って、皆を……!」
その時、皆の入った部屋からうわああああ、という叫び声が聞こえてきた。
慌てるリクオに対し、狐ノ依はふっと笑ってリクオの手に自分の手を重ねた。
「大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないよ! 皆が…!」
リクオは狐ノ依の手を振り払って走り出していた。
最後の部屋、叫び声のした食堂に飛び込む。
清継と島が気絶する前で、見慣れた背中と、やられた妖怪たちの逃げる様子があった。
「こうして若い奴らが奴良組のシマで好き勝手暴れてる」
「若……あなた様にはやっぱり三代目継いでもらわんと!」
その声はつららと青田坊のものだった。
「な……何? どういうこと……!?」
「護衛ですよ! ずーっと一緒に学校にも通ってたんですよ!」
つららはにこっと笑ってずっと隠してきたことを言い放った。
勿論、青田坊もそうだ。二人はずっと一緒にリクオと学校に通っていたのだ。
「リクオくん、何があったのー!?」
駆け付けたカナは、すぐにリクオの後ろに隠れるようにして服のすそを掴んだ。
後ろからゆっくり狐ノ依も追いつく。
「大丈夫と言ったじゃないですか」
「だって、そんなこと知らなかったし……狐ノ依も何も言ってくれなかったじゃないか」
「隠していたことですから。僕の口からは言えません」
ここまで言って、リクオはカナが近くにいることを思い出し、口を噤んだ。それに気付いて狐ノ依も口を結ぶ。
なんでもないよ、とカナに声をかけるリクオの姿を見て、狐ノ依の目が伏せられるのをつららだけが見ていた。
嫉妬の連鎖。女のカン。
狐ノ依もつららも、リクオが大好きだった。
2022/05/07