苗字は「五色」固定です。
カカシ夢(2011.04~2016.09)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
目が覚めると、そこには廃屋が建ち並んでいた。
既に人が住むことを諦めた地は薄暗く、それでいて少しツンとする臭い。
ゴミ、それから血、とにかくこの場所に長く居ようとは思えない、あまりにも汚れた風景。
カカシは掌で口を覆い、細めた目で辺りを見渡した。
廃れた建物と建物の間。通る人が顔をしかめて何か見ている。
カカシは無意識に、その人々の興味の先に釣られて近付いた。
「…子供か」
怪訝な視線の先には、汚らしい子供一人。
薄い服を一枚まとい、覗く肌は転んだのだろうか擦れて赤くなっている。
その子供が顔を上げると、近くにいた人が小さく悲鳴を上げて逃げ去った。
「…一体、何なんだ…?」
そのカカシの言葉は一体何に対して出た言葉だったのか。
今この状況さえ理解出来ていないのに、目の前の少年は異質で、周りの人間の行動もカカシの理解には及ばない。
少年の黒い瞳がギラとこちらを睨む。
それに驚き目を丸くしたカカシの肩に、通りすがりの女性の手が乗せられた。
「見ない方がいいですよ」
「え?」
「あの子…裏切り者の子なんですって」
声を潜めながら言う女性は、ただここを通りすがっただけの、ごく普通の女性だ。
それが幼い子供の視線に、逃げるように駆け足で通り過ぎる。
黒い瞳、黒い髪。
汚れてしまっているが、色の白い肌、浮き出た骨。
ゆっくりと立ち上がった少年の肌は、至る所が赤く切れて、腫れている。
カカシは他の者の目など気にすることなく、その少年に近付いた。
「君、大丈夫?」
歩み寄り、腰をかがめて覗き込む。
少年の目は大きく見開かれ、それから警戒心を露わにした腕がカカシの頬を叩いた。
「近付くな!」
「いたた…、ちょっと、君」
「俺に触るな!」
今にも折れてしまいそうな足で、カカシの横をすり抜けていく。
その体は、待ち構えていたかのように道を塞いでいた男にぶつかった。
「っ!」
「こんなところにいたのか」
男の低い声に、少年の体がぶると震える。
逃げようと男に背を向けた少年は、腕を掴まれ、固い地面へと押し倒されていた。
「放せよ!」
細い叫びなど気にする様子もない男の手が、薄い布一枚をたくし上げる。
男の手は細い足首を掴み、無理矢理股を開かせた。
荒い息、大人の汚れた欲望が、少年に向けられている。
押さえつけられ赤くなった腕、誰のものか知れない濁った液体がつたう肌。
「っ嫌だ…!」
少年の瞳から涙が落ちる。
誰も助けようとしない。誰もが見て見ぬふりをする。
徐に立ち上がったカカシは、男を彼方へと蹴り飛ばし、少年の体を抱き締めていた。
「…大丈夫」
「は、放せ…」
「大丈夫だ。もう、大丈夫…」
少年の細い背中を気遣い、優しく撫でる。
最初は抵抗してきた小さな拳は、次第に緩められカカシの首に回された。
「…だれも、助けてくれない」
「俺が助けるよ」
「…嘘だ」
「本当だ。俺が守ってあげるから」
この小さな体で、どれほどの痛みを耐えてきたのだろう。
守ってくれる大人もいない。頼れる人もいない。
同情、なのだろうか。
抱き着く少年の体を支えたまま、その乱雑に伸びた髪に覆われた顔を覗き込む。
髪を軽く梳いてあげれば、黒く艶のある髪は美しく、そしてその下にある顔も美しかった。
誰かに良く似ている。
そんな気がして目を凝らすと、少年は台所に立って、手に持っている皿をこちらに差し出した。
「ご飯、作ったよ」
「あ、え、ああ…有難う」
少年がテーブルにお皿を並べて、それからちょこんと椅子に座る。
朝食の準備を済ませてくれたらしい。
カカシは恩返しと言わんばかりにせっせと働く少年の頭を、くしゃと撫でて顔を近付けた。
「ありがとな」
「何だよ、急に。いいから早く食べて、早く忍術教えてよ」
「そう、か。そうだったな」
照れ臭そうに顔を逸らした少年の言葉に、交わした約束を思い出す。
自分が忍術を教えてやると、戦う術を教えてやると言ったのだ。
「今日は火遁がいい。なんかいけそうな気がするんだ」
「分かったよ」
キラキラと目を輝かせる少年の、その瞳が赤く光る。
ああ、もう体の中でチャクラの性質を変えられるようになったのか。
感心しながら、その綺麗な瞳を見つめたくて、少し長い少年の前髪に指を入れる。
前髪を退かして見つめた顔は、あっという間に大人びて、力強い瞳でカカシを見つめていた。
「なあ、手合せしてよ」
「ん?」
「俺、結構コツ掴んだんだ。今なら忍術も体術も、先生に勝てそうな気がする」
カカシは一瞬茫然として、それからニッと笑顔を見せる教え子に「いいよ」と答えた。
そうだ、この子が生きていけるように育て上げたのは自分だ。
忍術、それから体術も。少なくとも自分が知っている知識は全て与えてきた。
「先生、俺は、先生がいればいい」
「…」
「先生だけが、俺の全てだ」
嬉しい事を言ってくれる。
けれど、素直に喜べないのは、不吉な予感がしたからだ。
少年…いや、既に青年と言えるほど大きく成長したその腕には刀が握られている。
刀は容赦なく見知らぬ男の喉に突き立てられ、辺りが真っ赤に染まった。
ぽたぽたと足元に赤が広がる。
青年を中心に、取り巻く全てが染まって行く。赤黒く、不気味な色に。
「…先生、きっと先生は、こんなこと望んでないんだろうな」
ぐりっと刃が肉を裂く。
血の臭い。青年は赤く染まった地面を見つめ、その刀でまた一人切裂いた。
「俺は忘れてない。俺を見て笑った女、俺に唾を吐きかけたジジイ、殴って来た男も触って来た男も全部」
「…、」
「全部、この世から消してやる。全部、俺が殺してやる」
その黒い瞳に映るのは、怒りと悲しみと、絶望だった。
どうしてこうなってしまったのか、自分が何か間違えたのか。
カカシは愛しい教え子から目を逸らさずに、静かに一歩近付いた。
「ごめん、先生。それでも俺は全部壊す。先生だって…こんな生活、もう嫌だろ?」
薄汚れていた少年を拾い、共に里の外れの小さな小屋でひっそりと暮らしてきた。
確かに少し寂しい生活だったけれど、少年との生活を始めてからは一転したのだ。
愛しい子。
愛しい人の子供。
自分が守ってやると誓った子供。
「…、愛しい人の、子…?」
違う。自分は、誰だ。
カカシは自分の額を押さえた。
「先生が、もっと普通に生活できるように…俺は、こんな風にした奴全員殺す」
「…、」
「そしたら…また、一緒に、二人でずっと一緒にいよう、先生。俺には、先生だけでいい…」
泣きそうな顔で笑う。
その手に握られた刀は、また一人、また一人と肉を裂いた。
違う、自分は、自分ではない。
カカシは静かに手を青年へと伸ばした。
「お前には、もっと違う未来が待っているはずだ」
「先生?」
「お前は…ここを出て、俺と出会うんだ」
「何言ってるんだ?」
青年は、この地で“先生”と出会った。
そして“先生”に送り出されて、その先ではたけカカシと出会う。
「そこでナルト、サクラ…サスケに出会って、一緒に任務をこなして」
「先生…?」
「それから…立派な木ノ葉の忍になる」
辿り着くのは木ノ葉の里だ。
共に任務をこなして、同じ時間を過ごして、もっともっと惹かれ合う。
「俺と、幸せになる」
血に濡れていた刀が、地面に落ちて高い音を鳴らした。
同時にガラスのようにひびが入る。パキパキと音は連鎖して、足元が割れた。
「そうだろ、ナナ」
ざあっと音を立て、景色が真っ白に染まった。
愛しい青年、ナナが目を閉じて、今度は心からの笑みをこぼす。
その姿も幻のように搔き消え、真っ白な世界にカカシは一人立っていた。
思わず辺りを見渡して、今の自分の状況を考察する。
いや、考えるまでもない。
カカシは背後に現れた気配に、ぱっと振り返った。
からんと響いた足音。視界で揺れた長い髪。
カカシは思わず口を開いて、数回瞬きを繰り返した。
「お疲れ様でした、火影様」
「貴方は…」
長い髪に和装という特徴的な恰好をした男性。
ナナにとっての先生、五色##NAME2##だ。
「すみません。貴方を試すようなことを致しました」
「…今のは、貴方の幻術…」
「私が、実際に経験した過去の記憶です」
カカシはまだぼんやりとした頭で、先程まで見ていた幻術の記憶を思い出した。
五色##NAME2##の記憶。
そこに入り込んだから、自分は当然のように五色##NAME2##のように振る舞ったのか。
「いつの間に、私に幻術を…」
「お話ししている最中に、少々…隙だらけでしたので」
「はあ、まあそうでしょうね」
五色##NAME2##に対して警戒するわけもなし。とはいえ、あっさり幻術にかかってしまうとは。
カカシは自分の頬をぽりとかき、居た堪れなさに目を逸らした。
「貴方がナナの全てを知って、それでも受け止められるのか…、親として、確認せずにはいられませんでした」
「それは…」
「…酷い親だと思うでしょう。忍としても、人の過去を勝手に暴くなど…最低のことだと分かっています」
##NAME2##の声が震えている。
辛いのは##NAME2##も同じだろう。
二度も見たくない記憶をこうして再び呼び起こすのは、どれだけ苦痛だったか。
一度逸らした目を、再び五色##NAME2##へと戻す。
##NAME2##は泣きそうな顔で、笑っていた。
「それでも、貴方ならと思ったから…」
「##NAME2##さん」
「ナナのしたことは、許されないことかもしれない。けれど、それも共に受け止めてくれると…」
少しずつ##NAME2##の声が小さくなる。
カカシはふっと笑って、##NAME2##に向けて手を差し出した。
「信じてください」
「どうか…ナナを幸せにしてやってください」
「勿論です」
頼まれるまでもない、初めからそのつもりだ。
カカシが強く頷くと、五色##NAME2##は男でも思わず見惚れてしまうような、美しい笑みを浮かべた。
血の繋がりがないとは分かっているが、このぶっきらぼうで綺麗な笑みは良く似ている。
カカシはぼんやりとした視界に目を閉じて、現実に目を向けた。
愛しい子に手を伸ばすために、抱き締めてやるために。
・・・
こつ、こつと足音が鳴る。
足音など立てずに歩いているつもりだが、これも特殊に張られた結界のせいなのだろう。
厳重に監視された場所、だからここは苦手だ。
それでも火影邸に足を運ぶのは、五色##NAME2##に来るよう言われたからだ。
理由も特に伝えられず、なんて初めてだ。
きっと妙なことを仕掛けたに違いない。
「おい、カカシ?」
ナナは軽くノックをしてから中を覗き込んだ。
いつもぼんやりとした顔が奥にあるはずだが、見当たらない。
カカシは机に突っ伏して眠っているようだった。
「…おい」
火影は存外暇らしい。
歩み寄り、机を回り込んでカカシの横に立つ。
何とも幸せそうな顔で寝てやがる。
ナナは起こすことを躊躇い、伸ばしかけた手を一度引っ込めた。
「っ!」
引っ込めたはずだったのだが、手はぱしと掴まれていた。
驚き見下ろすと、カカシが薄く目を開いている。
いや、目の開きが薄いのはいつものことだ。
「起きたかよ、火影様?」
「ナナ…ごめん」
「…何だよ、起きて早々」
「見たよ。ナナのこと」
見た、とは。
ナナはここに来るまで自分がしていたことを顧みて、怪訝に眉を寄せた。
特別これといって何かあったわけではない。
強いて言えば、五色##NAME2##と会ったことくらい。
「ナナが、五色にいた時のこと…」
「…は…!?」
「見せてもらったよ」
「…、やっぱり、先生の仕業だろ」
何を言っているのか、たぶん普通なら理解出来なかっただろう。
しかし端から五色##NAME2##が何かしていると予想していたから、その言葉の真相はすぐに察した。
##NAME2##がカカシに何か見せたのだ。
何か、とは。恐らくナナの過去に関連すること。
「…それで?」
「よく、頑張ったな」
「…なんだよそれ」
カカシの目はナナを慈しむように、細められている。
動揺に目を揺らしたのが気付かれたのか、カカシはナナに向けて手を伸ばした。
「ん」と、小さくナナを促す声。
「ナナ、抱き締めたい」
「アンタな…ここ、どこだと思ってんだ」
「ナナが来た時は、誰も入って来ないよ」
「周りの奴に気ィ遣わせてんじゃねぇよ」
関係が知られているのを良い事に。
ナナは露骨にため息を吐き、椅子に腰かけたカカシの肩に手を乗せた。
カカシの頭に乗せられた笠をぐいと手で退かす。
柔らかな視線は、ナナの過去を見てきたとは思えない穏やかさだ。
「……アンタ、平気なのか」
「悔しいとは思ったよ。俺はナナを助けてやれなかった」
「当たり前だろ」
「当たり前だけど…悔しかった」
カカシの手がナナの背に回される。
ぽんぽんと子供をあやすように撫でられ、ナナは小さく舌を打った。
「俺はもうガキじゃねぇって」
「分かってるよ。ナナ、抱き締めさせて」
「…ホントに分かってんのかよ」
はーっと溜め息を吐いて、カカシの首に手を回す。
椅子に膝を乗せて抱き着くと、カカシの息が首元にかかった。
「…俺は、自分の小さい頃のことなんて…思い出したくない」
既に忘れたこともたくさんある。
良い事がある度に嫌な記憶に蓋をして、少しずつ塗り替えてきた。
忘れられないことも、たくさんあるけれど。
「嫌なこと、ばっかりだったんだと思う。俺は不幸だって、ずっと思ってた」
「…」
「アンタと、会うまではな」
カカシが息を呑むのが分かって、ナナはふっと笑ってみせた。
「俺は、大事な人を失ったことはない。親なんて顔も知らないしな」
「ナナ…」
「大事な人を失う悲しさに比べれば、俺の過去なんて大したことねぇんだろ?」
「そんなことはないでしょ」
「あるよ、きっと。だから俺は、大事な奴がいる今とこれからを…もっと、さ、見つめていたいんだよ」
カカシの頬をするりと掌で撫で、髪を指先で梳く。
小さい頃のことなんて、全然思い出さなくなった。
それは、愛しい人が傍にいるからだ。今を幸せだと、思っているから。
「ったく、先生はお節介だ」
「##NAME2##さんは、俺を試したかったんだよ」
「へぇ、試されて、アンタはどうだったんだよ」
顔をカカシから離して、正面から見つめ合う。
カカシはほとんど布に覆われている顔で柔らかく微笑み、布の下の口を動かした。
「ナナを、めいっぱい抱き締めてやりたくなった」
「…」
「ここまで辿り着いてくれて有難う」
「…はいはい、分かったよ」
「今夜は帰るから、待ってて」
自分の過去なんて、と塞いでいたのが馬鹿らしくなる。
ナナは布の下の、少し跡のついたカカシの頬に唇を重ねた。
きっと、これから先、後ろを振り返ることはないだろう。
今日が最後。
ナナは気付かぬうちに濡れていた頬を手の甲で乱暴に拭い、暖かな胸に頬を寄せた。