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カカシ夢(2011.04~2016.09)
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朝というには日が疾うに昇りきって、暖かな光が窓から差し込む頃。
カカシはカーテンを大きく開け放ち、その光に照らされた恋人の髪を撫でた。
「ナナ」
「…ん」
「ナナ、そろそろ起きろよ」
カカシの低い声に、ナナの目が薄く開く。
と同時に真っ直ぐ差し込んできた光に、再び目を閉じてもう一度開いて。
ナナは改めて映った恋人の姿に、ふっと微笑んだ。
「…おはよう」
「おはよう…って時間じゃないけどね」
「あれ…、今何時…」
ベッドに腰掛けナナを見下ろすカカシは、既に寝巻きを着替え、いつでも外に出られる恰好になっている。
ナナはカカシの向こうに目を凝らし、時計の針が示す時間を確認した。
「…って、アンタ!」
「ん。今日はもう出かけるよ」
「っ、なんで早く起こさねぇんだよ」
「よく寝てたから。何、寂しい?」
「さ…」
昨日の夜、任務を終えて帰ってきたナナに、カカシは「明日は少し遠出するよ」と伝えた。
午前のうちに出掛け、その日は帰らないのだと言う。
別に、それを寂しくなんて思いはしない。
「ただ…だって、アンタ、朝飯は?」
「あ、ナナの分も作っておいたよ」
「…」
ちゃんといろいろ準備して、余裕をもってカカシを送り出したかったのに。
小さく溜め息を吐き、上半身を起こしてカカシの背中を見つめる。
こんな関係が始まってから、もうずいぶん経つ。
カカシも火影の荷を下り、嘗て活躍したはたけカカシから見れば年老いた。
けれど変わらずその背中は大きくて、肩幅もナナより広くて、格好良いことに変わりはない。
「…どこ、行くんだっけ?」
「ん?里の外の…西の方にある大きな街にちょっとね」
「そっか、楽しんで来いよ」
こうしてカカシが時間を有意義に、やりたいことをやる為に使えていることが嬉しい。
ナナは変わらないカカシの背中に抱き着き、腕をぎゅっと回した。
「やっぱり寂しいんだ」
「寂しいわけねーだろ」
回した腕をぱっと緩め、背中をばしと叩く。
そのままベッドから足を降ろすと、ナナはカカシの少し寝癖の残る髪に触れた。
「朝飯、ありがとな」
「ん。こちらこそ、いつも有難う」
カカシもナナに続いて立ち上がる。
既にドアのすぐ近くに用意してある荷物を肩にかけ、カカシは「じゃ」と背を向けた。
ぱたんとドアが閉まり、途端に部屋の中がしんと静まり返る。
ナナはカカシが用意した朝食…目玉焼きをパンの上に乗せ口に含みながら椅子に腰かけた。
カカシはここ最近同期の忍たちとよく会っていて、家にいないことが多い。
それも火影時代があまりに忙しかった反動だろう。
それでも以前よりは一緒にいられる時間が格段に増えているし、仕事は忙しいけれどこうして休日はゆっくり出来る。
充実した日々だ。
「ナナ兄ちゃん!!」
まあ、こうして唐突に訪れる子供がいなければの話だが。
「誰だ?」
「オレ!ボルトだってばさ!」
まだ高い子供の大きな声。
ナナはその名を小さく復唱してから、食べかけのパンを一気に口に入れた。
ばたんとドアを開けば、ナナの腰ほどの位置にある大きな瞳がナナを見上げる。
嘗てのナルトにそっくりな、黄色の髪に青い瞳。頬にある狐の髭のような模様。
「また大きくなったな」
「当たり前だってばさ。んなことよりお願いがあんだ!」
「……聞きたくねぇな」
小さな手に腕を掴まれ、そのままぐいとドア付近から引っ張り出される。
まあ親が火影じゃあ寂しい思いもしているのだろう。
なんて同情もあってアカデミーにいる彼に声をかけたのが運の尽き。
懐かれるまではいいが、なかなか厄介なガキに振り回されることとなってしまった。
「オレに忍術を教えてくれってばさ!」
「はあ?」
「忍術!ナナ兄ちゃんすげぇんだろ?」
キラキラとした目に、一瞬ためらい頬をかく。
この少年は修業やら努力やら、そういうことを拒む性格だった気がするが、どういう風の吹き回しだ。
「あのな、その意気込みはいいけど、俺のは五色専用なんだよ」
「なんで!オレにも教えてくれたっていいだろ!?」
「駄目だ。五色のチャクラはお前等と違うんだよ。俺の真似しようもんならぶっ倒れるぞ」
決して意地悪で言っているわけではない。
これが木ノ葉との約束なのだ。教えるのは五色にだけと。
普通の忍の子供が1年かけることを五色は1ヶ月もあれば出来てしまう。本当にチャクラの使い方が異なるのだ。
「…ケチ」
「お前が何て言おうと駄目だ。たとえお前が火影の息子でもな。ほら、さっさと帰んな」
「父ちゃんは関係ねーし、ってうわ!」
抗議の視線を認めはしないと、小さな肩を軽く押し返す。
小さくよろけたボルトは、後ろから近付いてきた少年の腕にぽすんともたれ掛っていた。
「ボルト、こんなところで何してるの?」
「あ、ミツキ!」
ひょいと顔を覗かせるのは、ボルトと同じくらいの少年。
親しげであるということは、アカデミーの同期だろう。
ナナは初めて見るその少年に目を移し、小さく「どうも」と声をかけた。
「ボルトの友達か?」
「友達っつか、スリーマンセルの…」
ボルトの手が、紹介するように彼の背を押す。
色白で、髪の色も薄い。鋭くきつい目をしているが、愛らしい容姿がそのきつさを緩和している。
その少年は、その目にナナを映すと、ゆっくりと大きく見開いた。
「あなたは…」
「あ?俺は五色の…」
「母さん!」
「え」
ボルトを押し退けるようにして、前に出てきた少年の手がナナの腰に回される。
ナナは思わず言葉も出ない状況に、暫くされるがまま、自分の胸に頬を擦り寄せる少年の頭をじっと見下ろしていた。
「はっ、何だよそりゃあ」
ナナの話を聞いていたシカマルは、ふはっ息を吐き出した。
その反応に、ナナのしかめっ面はより一層険しくなる。
「おい…全然笑い事じゃねえんだぞ」
「いやいや、無茶言うなよ。それが笑い話じゃなきゃなんだってんだ?」
背後にあるのは大きな「火」の文字。
火影が仕事をする大きな建物の前で、ナナはナルトと同じくらい忙しい男を見かけて捕まえた。
話しているのは先日起こった出来事だ。
「笑い話で済んでたら、わざわざお前呼び止めたりしねぇよ」
「何だよ、じゃあお前が母親で?父親は誰だって?」
突然抱き着いて来た、ナナを「母さん」と呼んだ少年、ミツキ。
あの日、あの後、ボルトには諦めて帰ってもらい、抱き着いて離れない少年は仕方なく家に招き入れた。
馬鹿げた冗談だと、そう思ったのだ。
「大蛇丸だ」
「は?大蛇丸?」
「そうだよ、大蛇丸」
自分で改めて口に出し、ナナははぁっと息を吐いて頭を抱えた。
もし他の名前が出て来ていたなら、笑って聞き流すことができただろう。
「心当りが…なくはないんだ」
「いやいやちょっと待てよ、いくらなんでも大蛇丸ったって男だろ?」
「アイツの場合、性はもう関係ないだろ」
誰かが腹を痛めて産んだのかどうかも既に怪しいものだ。
実験の果てに生まれたか、何にせよ何でもあり得てしまいそうで不安が拭えない。
「俺の体から必要なもん搾取することは容易かったろうし…」
「それでアンタの子供がつくれたってのか?」
「あり得ない、って言えないんだ。アイツならきっと出来る…」
あの日から数日、少年はナナに近付いてくるようになった。
とはいえボルトのように家まで押し掛けたりはせず、アカデミーで見かけた時に嬉しそうに近付いてくるだけだ。
無邪気で可愛い少年。なのに、言われて見れば目元は大蛇丸に似ている気がする。
「…はあ」
「あー、アンタが大変なのは分かったけど、んなめんどくせぇ話、なんでオレに持って来たんだよ」
「悪かったな。お前なら何か助言くれる気がしたんだよ」
「そりゃどうも」
シカマルがむしろ不服そうに頭を下げる。
今は火影であるナルトの為に奔走する忙しい男だ。
それだけ里にも頼りにされる、相当出来の良い頭を持った男だ。
が、さすがに専門外だったらしい。
「最近は大蛇丸の奴も改心してんだろ?本人に聞けばいいじゃねぇか」
「…、これで違えばいいけど、でも違ったとしてもアイツが…」
ナナの方から大蛇丸にそんな話を持ち出して、本気にさせてしまったらどうする。
今度こそ「じゃあ現実にしましょう」なんて言って色々と搾り取られそうだ。
とはさすがに口に出せず、ナナは額を抑えたまま首を横に振った。
「そうだよな、いくら頭がいいからってアンタにも何も思いつかないか」
「昔っから、アンタは面倒なことに巻き込まれすぎだ」
シカマルはナナの頬を手の甲でぺちと叩き、それから眉を下げたままニッと笑った。
「面倒事は勘弁だが、話ならこれからも聞いてやっから」
「…助かる」
「ま、どうにもしてはやれねぇけどな」
ひらと手を振り、それまで曲げていた腰を伸ばす。
この忙しい男は、やはりもう次の仕事に移らなければならないのだろう。
ナナも体を起こし、シカマルに向き直った。
「一応言っておくけど、誰にも言わないでくれよ。特にナルトとか」
「言えるか、こんな話」
「ん、ありがとな」
どうにもならなかったが、話を聞いてもらっただけでも少し気が楽になった。
ナナはシカマルに対し深々と頭を下げ、それからぐいと一度天に向かって腕を伸ばした。
認めたくないが、出来ることは一つしかないようだ。
ナナはつくった拳で一度気合いを入れ、それから刀を手に歩き出した。
・・・
かつんと薄暗い廊下に足音が響く。
相変わらず怪しげなところに根付きやがって。
ナナは内心悪態を吐きながら、念の為の警戒を怠らず目を凝らした。
「あら、珍しい来客ね」
ひょこと顔を覗かせた大蛇丸が、少し驚いた様子で目を開く。
基本的には知られざる研究所になっている大蛇丸の住処。
怪しさ溢れる雰囲気は昔から相変わらずだけれど、大蛇丸本人は数年前に見た時よりずっと若返っていた。
「アンタほんと…そういう変な人体実験好きなんだな」
「えぇ。見事なものでしょう?」
「今更んな若作りしてどうすんだよ」
まあ天才であることに違いはないのだろうが。
ナナは怪訝に睨む顔は崩さず、一度緊張を抜くために息を吐いた。
「…ミツキってガキに会った。アンタの子供だってな」
「フフ、可愛くて良い子でしょう」
「…どうだかな」
見た目と話した時の印象は、確かに大蛇丸とは似ても似つかない純粋そうな子。
けれどそうではなかったから、ナナは腕を組んで目を逸らした。
「変な入れ知恵とか、してんだろ。俺が親だとか…」
「あら、その気になってくれたのかしら」
「違ぇよ。昔アンタが変な事しようとしてたの思い出しただけだ」
実際に何かされたわけではないが、嘗て大蛇丸の方から持ちかけて来たのだ。
子供をつくってやれると、しかも自分の遺伝子を受け継いだ子だなんて。
だから、ミツキと自分の繋がりを当然のように否定できないのだ。
「残念だけれど…今私が欲しいのは貴方の子ではなく貴方自身でね。全く足りないのよ」
「は…?」
「貴方がもっと体液とチャクラと提供してくれたなら話は早いのだけれど」
「…」
やれやれといった調子で大蛇丸が首を左右に振る。
どういうことだ。思いの外あっさりとした返答に、ナナは逆に唖然としてしまった。
「じゃあ、あのガキはなんであんな事を言ってきたんだよ」
「…どういうことかしら」
今度は大蛇丸の方が怪訝そうに目を細める。
今回のことに大蛇丸は関わっていないというのか。まさか、そんなことが。
「っ!?」
ひやと背筋が冷えた直後、背後から放たれた気配にナナは飛び退いた。
薄暗い中、目を凝らす。見えた影は小さい。
「おい…嘘だろ」
そこには、蛇のように手を自在に伸ばしながらナナに近付くミツキの姿があった。
「どういうことだよ、お前」
「ごめんなさい、ナナさん」
足音もなく近付いてくる、あどけない顔をした少年。
綺麗な顔の少年は、そのまだ小さな掌をナナの頬に伸ばした。
「ナナさんのことを親から聞いていただけで、僕の母ではないです」
「…だろうな」
「でも僕、貴方と本当に家族になりたいんです」
細い指が頬から首筋をするりとなぞる。
こそばゆさに体を震わせると、ミツキは無邪気ににこりと子供らしく笑った。
「やっぱり素敵ですね、ナナさん」
「あのな…。大蛇丸…お前やっぱ親は向いてねぇよ、やなとこ似やがって」
まだまだ初めて会った頃のナルト達と同じくらいの子供なのに、手付きが妙にいやらしい。
その鋭い蛇のような瞳も、全てを射抜くようだ。
それでも、嘗てまだ若かった自分が大蛇丸に襲われた時とは立場が全く違う。
ナナはわざとらしく溜め息を吐き、チラと背後にいる大蛇丸に目をやった。
「見てねェで、コイツ止めろよ、親だろ」
「私としては、ミツキと貴方がまぐわうところも是非見てみたいわね」
「おい、そりゃ親の発言じゃねぇぞ」
「……でもそうね、手を貸しましょう」
不敵な笑みを浮かべた大蛇丸が軽い足取りで近付いてくる。
若返って肌が艶やかになったせいか、見惚れそうなくらい美形な大蛇丸の容姿。
しかしその口元は蛇のような舌がちらつき、ナナの口をなぞった。
「ん、っ!」
「勿論私も、まだまだあなたを諦めるつもりはないけど」
「そうだろうな…!」
ミツキとナナの間に割って入った大蛇丸が、静かにミツキを見下ろす。
すると、ミツキは少し眉を寄せてから数歩下がった。
「今はたけカカシのところに私の蛇を送ったわ」
「…え」
「カカシが来るまでミツキから逃げられればナナくんの勝ち。もしミツキに捕らえられたら、その時は好きにさせてもらうわ」
大蛇丸はさあどうぞ、とでも言わんばかりに微笑んだ。
それを合図に、ミツキの目がぎらりと光る。ナナより小さな手はこちらに伸ばされ、柔軟にナナの体をぐると囲んだ。
「っ大蛇丸!お前…!」
「言ったでしょう?私はまだ貴方を諦めていないわ」
「そういう問題じゃねーだろ、くそ!」
少しでも信用してやろうとしたのが馬鹿だったらしい。
ナナは地を軽く蹴り上げ、その蛇のような腕を避けた。
ちらと目だけで出口を確認するが、恐らくこの場から出て行くのは不可能だろう。
それをしようとすれば、大蛇丸が黙ってはいないはずだ。
大蛇丸が手を出すものなら、こちらの分が悪くなる。
時間を稼ぎながらミツキの手を避け続けるしかないだろう。
そもそも、蛇を送ったというのも怪しいし、カカシが本当に来るとも信じられないが。
「よそ見、してていいんですか?」
「お前みたいなガキに掴まる程なまっちゃないんでな」
ミツキが疲れ、大蛇丸が飽きるのを待つのが最善か。
ナナは刀を抜き、ミツキに向けて構えた。
「嬉しいです、ナナさん。僕にその刀を使ってくれるんですね」
「…ま、俺は元々実践向きじゃねぇからな、一応ガキにも油断はしねぇよ」
しかもそれが大蛇丸の育てた子ならば尚の事。
ナナは真っ直ぐに突っ込んでくるミツキに、真剣な面持ちで向き合った。
・・・
暫く、その応戦は続いた。
柔軟に動く腕から逃れる為に、刀を構え、時には忍術で近付かせないようにし、時には刀を投げて一度距離をとる。
さすがに子供とはいえ忍として育てられているだけはあり、なかなか疲労の顔は見せない。
けれど、何度目か数えられない程の衝突の後、ミツキはふーっと大きく息を吐き出した。
「…さすがですね」
「そりゃどうも」
まだこちらには余裕がある。
ナナは変わらずギラギラとした目を向けてくるミツキに、じゃりと足を擦らせた。
それを合図にミツキがまた向かってくる。
このパターンでは、ミツキは背後に回るか、そのままナナを囲むように腕を回してくるか。
「優しいナナさん」
ミツキがぽつりと呟く。
ナナの予想に反し、ミツキは構えた切っ先目掛けて突っ込んできていた。
「なっ!馬鹿…!」
思わずミツキの顔面を切裂きそうになっていた刀を引く。
しかし、相手はその小さな優しさやら隙を見逃してくれるような子供ではなかった。
一瞬の隙をついてミツキの腕が足に絡み付く。よろけた体には、ミツキの軽い体がのしかかった。
腰に乗りかかる体重が軽くても、勢いのまま倒れた体は地面に叩きつけられる。
息を呑んだその時には、ミツキの小さな手がナナの首に重なっていた。
「あら、捕まっちゃったわね」
「…なかなか良い動きすんじゃねぇか、お前のガキ」
「そうでしょう」
誇らしげな大蛇丸が少し意外で言葉を失う。
けれどそうもしていられない。
小さな手はしっかりとナナの急所に狙いを定め、きつくナナの腰を足で挟み込んでいる。
駄目だ、動けばやられる。
ほんの少し動くだけでも、ミツキにそれが伝わってしまう。
「…舐めてたわけじゃねえけど、手が緩んだ時点で本気じゃなかった証拠だな」
「あら、潔いのね」
「ガキに負けてるようじゃ…、良い大人が、つか教師が形無しだ」
ナナは息を吐き、自分の上で静かにしているミツキを見上げた。
「おい、お前」
「そのまま刀を向けていれば、僕が傷付くだけだったのに」
「あのな、アカデミー関係者がアカデミーの子供怪我させるわけにはいかないだろ」
「…僕が子供だから。やっぱり本気にはなってくれないんですね」
ミツキが鋭い瞳でナナを見下ろしている。
ぞわっと背筋が震えたのは、大蛇丸に似た何かを感じたからだろうか。
「お前…なんで、こんなことを?」
子供らしからぬ雰囲気に、静かな声で問いかける。
ミツキはにこりと微笑み、それからゆっくりと指をナナの肌に伝わせた。
細い指がナナの首をなぞり、服の上を辿る。
大人の真似事、というより大蛇丸の真似事か。けれどやはり違った。それは、小さな子供の手だ。
「なあ、あんま妙な背伸びしてんじゃねぇよ」
「…だって、五色ナナが欲しいって、言っていたから…」
「ん?」
「僕が貴方を手に入れれば、喜んでくれる…認めてくれると思って」
ぽつりぽつりと、ミツキが口を開く。
切なげに寄せられた眉のせいか、急に年相応の表情に見える。
そのミツキから目を逸らし、ナナはじっと大蛇丸を見上げた。
「やっぱテメェのせいじゃねぇか」
「あら、息子がこんな風に思ってくれているなんて、親冥利に尽きるわね」
「んなこと言ってる場合かよ…!」
ナナはミツキから目を逸らしたまま、歯を食いしばった。
いくら負けを認めたとはいえ、このまま好きなようにやられるわけにはいかない。
「でもね、ナナさん」
「あ?」
「僕、やっぱり貴方が欲しいです。ドキドキするんですね。貴方に触れると、指先から熱くなって…」
「ちょ…!」
ミツキは目を細めたまま、ナナの腰をすっと指先でなぞった。
別に怖くはない、怖気づいてもない。
跳ねのけるのは容易いだろうが、そうしてしまうのも大人として躊躇われる。
「…、お、」
大人だとか教師だとか。
そういうのに惑わされて体が動かない。
ミツキの手が、ナナの服と肌の隙間に入り込んだ。
ぞわと全身に悪寒が巡る。
一瞬顔をしかめたナナは反射的にミツキの小さな体を弾こうとして、驚き目を見開いた。
腕が動かない。締め上げられるように頭の上で固定されている。
「っ、おい、大蛇丸…!?」
「駄目よ、ナナ君。ちゃんと約束は守らないと。好きにさせてもらうわよ」
「てめ…っ!」
ナナの腕には大蛇丸の長く太い舌が絡んでいた。
しかし大蛇丸を睨んでいる間にも、ミツキの掌がひたひたとナナの肌を弄る。
見上げるミツキの顔は恍惚に、見開いた目を輝かせている。
「お前な…俺に好意を寄せたって、どうにもなんないぞ」
「もう、いいです。興奮して、止められそうにないんです」
「興奮って…ッん、…!」
腰を屈めたミツキの唇がナナの顎をなぞる。
開いた口から覗く舌は不気味に蠢き、思わず息を止めたナナの口をこじ開けた。
「ん…っ、ぅ…」
呼吸の道を一つ塞がれ、苦しさに喘ぎながら足で床を叩く。
それにも動じず、ミツキは更にナナの喉の奥に舌を押し込んだ。
「ーッ、ん、んぐ…」
息を塞がれ、口内を侵され、感じるのは気持ち悪さだけだ。
見よう見まねの口付け、子供の背伸び。
それでも貪り続けるミツキに、ナナは大蛇丸の縛りから腕を無理矢理引き抜いた。
「っ、ば、か…!駄目だろ、こんなこと!」
床に手をついて、ミツキを押し退けながら上半身を起こす。
ほんの一瞬の困惑が隙を生んだ。
ナナはミツキの背に回した腕で、彼の体を胸に抱き寄せていた。
「…ミツキ、約束だろうがなんだろうが、これは駄目だ。理由は分かるか?」
「無理矢理だから?」
「まあそうだな、人が嫌がることをしちゃ駄目だ。仲間なら尚更、話し合わないといけない」
「…話し合ったって仕方ないって分かってるのに」
ミツキの声が少し幼さを取り戻している。
ナナはミツキの小さな背中をぽんぽんとあやし、肩を掴んで体を離した。
至近距離で見つめ合うと、その瞳が心無しか揺れて見える。
「それでも、最後はどちらかが妥協する。そういうのが必要なんだよ」
「…」
「大人になんねぇと分からないかもな」
「子供扱いしないでください」
むすと顔を膨らませると、ミツキの大人びた顔つきは、途端に年相応のふっくらとした愛らしいものに姿を変えた。
大蛇丸の子供だなんて言っても“大蛇丸が造った”に過ぎない。
そんなの、大蛇丸を知っている人間なら誰でも分かる。
「子供だよ、お前は」
「…」
「だから俺は…大人として、お前に子供への愛情なら注いでやれるかもしれない」
生まれた瞬間、恐らくナナでさえ受けた親からの愛。
母の腕の中で上げるはずの産声は、彼の過去にはきっと存在しないのだろう。
だからこそ、ナナは彼を子供扱いしてやりたかった。
「大人として、俺はお前を導いてやる義務があると思ってるから」
「…お母さんに、なってくれるってこと?」
「え、あぁいや…そうじゃなくて。俺は、子供は皆慈しんでやりたいんだよ」
ミツキが不思議そうに首を傾ける。
ナナはその柔らかな頬を手で包み込むと、温めるように撫でた。
「まあ、目をかけてやってもいいよ」
「…ナナさん」
ほんの少し、特別に。
ナナがそう声を潜めて言うと、ミツキの体から力がふっと抜けた。
愛情の保証がされたからか、ナナの声に安心したからか。
ナナが体を離して立ち上がると、ミツキもそれに従って隣に並んだ。
「ほら見ろ、お前の教育次第だってわかっただろ、大蛇丸」
「フフ、そうね。さすが、アカデミーの先生」
大蛇丸は目の前で繰り広げられた光景にも、微塵も心動かされないようだ。
嫌味たらしい物言いに、ナナは眉をぴくりと吊り上げながらミツキの肩を抱き寄せた。
「お前も、分かってくれたな?もう妙なことすんなよ」
「…はい」
不服そうにしながらも、こくりとミツキが頷く。
それにほっと一息吐いたナナは、すっかり事件解決と思い込んでいた。
「…よく耐えたわね」
「はあ…本当ですよ、我ながら良く耐えられたもんです」
肩を撫で下ろしたナナを他所に、大蛇丸は突如暗闇と会話を始めていた。
洞窟のような空間に目を向ける大蛇丸は、楽しげに口の端を吊り上げている。
「…今の声って」
大蛇丸の声に返されたその声は、あまりにも耳に馴染む。
まさかとは思うが、聞き間違えるはずのない声に、ナナはミツキの肩から手を離してその名を呼んだ。
「カカシ…?」
「ん、お疲れさん。すぐに助けてやらなくて悪かった」
ナナの驚き見開いた目には、しっかりとカカシの姿が映っている。
大蛇丸がそこにいる手前、普段の猫背はしゃんと伸びている。そんな貫禄ある姿で立っているカカシに、ナナは口を開いたまま唖然としていた。
「本当は見てられなかったけどね、子供相手だし、ナナがどう対応するのか見ていようと思って」
「そ、それはいい、けど、いつの間に…」
「んー…怒らないで聞いてくれる?」
大蛇丸がカカシを呼んだと言ったのはほんの数分前のはずだ。
最速で来れたのか、いや、カカシならあり得るのか。
募る疑問にナナは、目の前のカカシを疑って一歩下がった。
「妙な事にナナが巻き込まれてるかもしれないって、優秀な部下から聞いてね。実は今日、ナナの後つけてたんだよ」
「え、気付かなかった。つか俺全然このこと…」
誰かに話してはいないはず。そう言い掛けてナナははっと目を開いた。
この異様な事態を知っていたのは、居合わせたボルトと、もう一人。
「シカマルか!」
今やナルトの良き友人であり側近のような存在であるが、少し前までは火影だったカカシの元で働いていたはずだ。
「おい、アンタこんなことの為にアイツ使うなよ…」
「こんなことじゃないだろ。大蛇丸に関することは逐一報告するように元々言ってある」
「信用ないわね」
「散々しておいて良く言いますよ」
冗談なのか本気なのか分かり辛い大蛇丸の言葉に苦笑いを浮かべたカカシが、さりげなくナナの腰を抱く。
改心したように見えるが、嘗て酷いことをしてきた男に変わりはない。
「さ、ナナ。早く出よう」
「あ…ちょっと待ってくれ」
その警戒心故か、急くカカシが背中を押す。ナナはそれを遮ると、ぱっと少年を振り返った。
大きな瞳で見上げる彼は、ナルトとも嘗てのナナとも違う。
「ミツキ。いつでも来ていいからな。寂しくなったら会いに来い」
カカシが顔をしかめたが、相手が子供だからか何も言わずに先に歩き出す。
それに続いて足を進めようと背を向けると、今度はミツキがたたっと慌ただしい足音を鳴らしてナナに駆け寄った。
「最後に一ついいですか」
「何だよ」
「もし、僕が子供じゃなかったら、違いましたか?」
ナナの腕を掴む手は、ナナよりも見るからに小さい。
5年もすれば相当の色男になるだろうと思える容貌の美少年だ。
「…関係ねえよ。あれに出会う前だったら違ったかもな」
ナナが顎で前を歩くカカシを指し示す。
それに気付いたミツキはカカシの背を見て、つまらなそうに肩をすくめた。
子供ながらに惚気だと分かったのだろう。ミツキの大人びた反応に、ナナは思わず笑みを零して歩き出した。
残されたミツキは自分の手を見下ろしたまま、茫然と立ち尽くす。
初めはナナという男を手に入れることで、大蛇丸に認められたい…そんな紛い物なりにも子供としての欲が行動を起こしただけだった。
「…ミツキ、貴方もナナ君が欲しくなった?それなら奪ってしまえば良かったのに」
こつ、と近付いて来る足音に、ミツキは顔を上げる。
大蛇丸は柄にもなく‟純粋に”楽しんでいるようだ。
「…それじゃあの人の心は手に入らない。僕はあの人が欲しい…でも、あの人に欲しがられたい」
「フ…私と貴方は似ているかもしれないわね…」
まあ、私はそれを求めすぎて嫌われてしまったけど。
そう懐かしむように言う大蛇丸に、ミツキは怪訝そうに大蛇丸を見上げていた。
・・・
かちゃ、とドアが閉まる音と同時に、空間が外界から遮断される。
先に部屋に入ったカカシは椅子にどかっと腰かけると、疲れた様子ではーっと息を吐いた。
「全く、ナナがあんな無謀なことをするとは思わなかったよ」
「…悪い、心配かけて」
「オレのいない時に、しかも誰にも言わずにね」
一言一言はっきりと告げてくるカカシに、ナナは思わず視線を足元に落とした。
実際の所、今の大蛇丸なら平気だろうという余裕が生まれていたのは確かだ。
「…心配かけたのは悪かった。でも俺だってもう餓鬼じゃねえし…自分で何とかできた。アンタだって見てただろ」
「そういう問題じゃない。お前はそうやって油断して…だから心配なんだろ」
声にトゲがある。こんな声は、ここ数年聞いていなかったかもしれない。
怒る理由も分かる。怒らせていることも分かっている。
それでも納得がいかずに顔をしかめるのは、ナナが相当の頑固者だからだ。
「わざわざ余計なこと言うわけねえだろ」
「余計なことじゃないだろ。オレにとって何より大事なことだよ」
「そりゃアンタの都合だろ。俺は自分だけで何とかできるって思って動いてる。無謀だったとは思ってない」
咎められて反抗する子供のような文句だ。
しかし思いの外冷静に、静かにそう言うのは、どこかでカカシに呆れられたくないという思いもあるから。
「…、俺は、ただ、アンタにはもう、何にも縛られて欲しくねぇんだよ」
ミツキに同情したのも、大蛇丸のところに出向いたのも自己満足だ。
火影の任を離れ平穏に過ごすカカシには関係ない。そう考えることに何の違和感もない。
「じゃあ…こう考えれば分かる?」
「何言われたって、俺の気持ちは変わらない…」
「オレがオレを大事にしなかったら、嫌でしょ」
「ー…、」
ナナが反論しようと口を開いたまま停止する。
思い出すのは、この目で見たカカシの死。ナナの脳裏に焼き付いた光景、あれはカカシが皆を守る為体を張った、カカシなりの正義だ。
「…っ」
下唇を噛み、ぎゅっと拳を握りしめる。
それを見たカカシは目を細めると、ナナを受け入れる為に両手を左右に開いた。
「ナナ、分かってくれた?」
「…ん、悪かった。嫌なもんだよな…自分を大事にしねぇ奴」
「はは」
ナナはその両腕の間に体を入れると、腰を折り曲げて、カカシの肩に頭を乗せた。
じわと胸の奥に広がる暖かさ。
カカシに憤るのはお門違いであると、そう自然と自分の中で答えが出る。
「…今夜は、空いてんの…?」
「んー?何かしてくれるのか?」
「っ、分かんだろ…」
カカシの首に腕を回し、頬骨から首のラインに沿って口付ける。
カカシの服装のセンスのせいで、ナナの唇に触れるのは布の乾いた感触だけ。
それがもどかしくて、ナナはカカシの片足に跨るように腰を落とし、体を密着させた。
「アンタには敵わねぇよ…人としても、忍としても…」
「もうすぐ超えていくでしょ」
「いや、…正直アンタがいるのに気付かなかったの、結構きつい」
「ま、そこはね」
目を細めたカカシが、自身の口元を覆う布を下げる。
同時にナナがカカシの髪をかき上げると、カカシの顔が露わになった。
「カカシごめん、有難う」
カカシにとって大事な傷跡を指先でなぞり、続けて唇で辿る。
それを許すカカシの手はナナの腰を撫でながら、ゆっくりと服をたくし上げた。
「…カカシ、俺…夜空いてるかって聞いたよな」
「夜まで待てない」
「…、…でも、」
アンタといると1日がなくなるから。
そう伝えてカカシの気が変わったことは一度もない。
ナナの腰も熱を抱き始め、カカシの腕に抱き抱えられるのを受け入れていた。
直後鳴り響くノックの音。
それはこの日だけで済まず、間もなくナナは自分の言葉を後悔し、カカシは少々子供嫌いをこじらせる事になった。