苗字は「五色」固定です。
カカシ夢(2011.04~2016.09)
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
里の外れにある、閑静な土地。
木の暖かな匂いに包まれた家で、ナナはぐぐっと腕を天井に伸ばした。
欠伸をしながら立ち上がり、コップに水を入れて飲み干す。
そんないつもと変わりない朝を迎えたはずのナナの耳に、どんっと大きなノックの音がやかましく響いた。
「ナナ―!ナナ、いるよな!?」
同時に聞こえてきたのは、良く知った少し低い声。
ナナは音を立てたドアを振り返り、「はあ…」とため息を吐きながら頭をかいた。
「ナナ―!?」
「うるせぇ、聞こえてる」
「お、ナナ!」
呆れ気味に開いたドアの向こうには、久しぶりに会うだろうか、ナルトが立っていた。
ナナの顔を見るなりパッと顔を輝かせ、「良かったってばよ」と呟く。
「サクラちゃんに聞いたらこっちにいる可能性が高いって」
「ったく、何の用だよ」
「久しぶりに会うってのに、冷たくねえ?」
「朝っぱらから騒ぎ立てた奴が何言ってんだ」
ナナが第七班としての活動を終えてから3年程経った。
少し髪が伸びたナナに対し、ナルトはばっさりと短く髪を切った。身長もぐんと伸び、あっという間に大人だ。
ナナは妙に高揚した様子のナルトを見上げて、「で?」と首を傾げた。
「あの…あのな…?」
「何?」
「オレ…その…」
もじもじと、大きな男が人差し指を顔の前でちょんと合わせる。
ナナは怪訝にナルトを見上げ、もう一度ため息を吐いた。
「入れよ」
「え」
「せっかく来たんだから、飲みもんくらい出す」
ドアを大きく開き、戸惑った様子のナルトを招き入れる。
ナルトは、「じゃ、じゃあ…」と言いながら、何故か恐る恐ると部屋に入った。
「お、お邪魔するってばよ」
「何だよかしこまって」
ナルトはちらちらと辺りをうかがうように覗き、意味のわからない感嘆の声を漏らす。
ここにナナ以外の人が来るのは珍しい。
それくらい、知る人しか知らない別荘のような場所だ。
「ここで…カカシ先生と一緒に過ごしたり、すんだろ?」
「……は?」
初めて来る場所だから、柄にもなく緊張してんのか。
なんて思っていたナナは、唐突にナルトが発した言葉にぴたっと体をかたくした。
「何だよそれ、何が言いてぇの」
「いやその…好きな人と一緒の家ってどんな感じかなーって」
「……」
頬をぽりぽりとかきながら、へへっと照れ臭そうに笑う。
こんな事を言うなんて、今のナルトはあまりにもらしくない。
ナナは妙に思いながらも、ふっと鼻から息を零した。
「何考えてんのか知んねぇけど、カカシがここに来ることはほとんどねーよ。アイツが本当に疲れて静かに休みてぇって時くらい」
「へ、へぇ…」
「おい、自分から聞いといて引いてんじゃねぇよ」
慌てた様子でぶんぶんと首を横に振り、「引いてねぇってばよ!?」と声を上げる。
ナルトからすれば、聞きたい話ではないだろう。何せ男二人、揃って良く知った知り合いなのだから。
「でもじゃあ、ここ、カカシ先生の為に建てたってのホントなんだな」
「…いやまあ、それもそうだけど…」
「ん?他になんか理由あんの?」
ナルトが再び部屋の中を見渡し首を傾げる。
静かで何もない土地。確かに利便性で言えば酷いものだ。
ナナはもっともなナルトの質問に、少し躊躇ってから口を開いた。
「よく分かんねえんだけど、最近、すげぇ喧しいのに付き纏われっから…」
「あ、ああ!そういやそうだよな!ナナ先生かっけーってお母様方が!」
わざとらしく「先生」なんてつけて少し声を高くして言ったナルトに。「やめろ」と軽く返す。
アカデミーに入って来た五色の子供達の教育を行うようになって約1年。
子供だけでなく母親からの注目されるようになったのは、ナナにとっては厄介で面倒な事態でしかなかった。
「家にも知らない奴から贈り物があって、困ってたんだよ」
「ナナも今スゲェ人気モンだし、あんま街中じゃゆっくり出来ねぇもんな」
「結婚でも出来りゃあ変わるんだろうけど、その見込みはねぇからさ」
冗談混じりに呟き、ナルトの目の前に暖かいミルクコーヒーを置く。
するとナルトはぴくりと肩を揺らし、静かに手でカップを包みナナを見上げた。
「ナナ…」
「で、何、まさかそんな話しにきたわけじゃねんだろ?」
わざわざナナとカカシのことに突っ掛かってくるあたり、ナルトの様子が何か変なのは間違いない。
ナルトの前の椅子を引き、腰掛けじっと見つめる。
「ナルト?」
「えっと…あー…」
何か言いづらいことなのだろうか。だったら言い出せるタイミングまで待つべきか。
黙ってナルトの様子をうかがっていると、ナルトは一度唇を噛んでからぱっと顔を上げた。
「ナナ!」
「ん?」
「実はオレ…結婚、する…ていうか」
「……は!?」
一瞬の沈黙の後、ナナはがたっとその場に立ち上がっていた。
「お前それ、早く言えよ」
「いやぁ、なんか言いづらいっつか…はは、照れるってばよ」
言葉通りに恥ずかしそうに頬を赤らめたナルトが視線を逸らす。
ナナはその場に立ったまま、少し体を前のめりにしてナルトに顔を近付けた。
「誰と?まさかサクラじゃねぇだろうし」
「ま、まさか!サクラちゃんは違うってばよ!」
「お前の周りの女性関係なんて知らねーしな…」
ナルトと結婚に結びつくような女性なんて咄嗟に浮かぶはずもない。
サクラ以外でナルトの同期を何気なく思い浮かべ、ナナは「あ」と思わず声を出した。
「日向か?」
「…ヒナタ、だってばよ」
「え、もしかして本当に彼女なのか?」
日向ヒナタと言えば、長い間ずっとナルトに片想いをしていた少女のはずだ。
ナナが見る限り、ナルトからの好意を感じられた記憶はない。
しかし目の前でナルトが頬を赤らめていることが、その感情の変化を物語っていた。
「そっか、スゲェなあの子。よく鈍感なお前に懲りず思い続けてくれたもんだ」
「え?ナナ、知ってたのか?」
「は、お前以外大体皆気付いてたろ」
相当分かりやすくナルトへの思いを全身で表していた少女。
ナナはそんな心優しい少女を思い出し、もう一度椅子に腰かけた。
「大人になったとは思ってたけど、まさかナルトの口から結婚なんて言葉聞くとは…」
「はは…」
「おめでとう」
純粋に歓び祝福できる。
ナナはテーブルの上でぎゅっと握りしめられた手に、自分の手を重ねた。
「ナナ…ありがとだってばよ」
耳まで赤くしたナルトが顔を上げる。なんだかこちらまで恥ずかしさが移りそうだ。
そう何気なく思ったナナの手に、ナルトのもう片方の手が重なった。
「なあ…ナナってば、結婚しねえのか?」
「…それ、本気で言ってんのか?」
結婚でもできれば…なんて先程ナナが口走った事を気にしているのか。
ナナはナルトの手をぱしっと叩き、はっと息混じりに苦く笑った。
「出来るわけねぇだろ。アイツは火影だし、そもそも男同士だし」
「やっぱ、結婚っつったらカカシ先生としか考えらんねえんだな」
「…うるせぇ」
また少し照れ臭そうに笑ったナルトに、今度はナナも同じようにして顔を逸らす。
やはり良く知った人にこの手の話をするのはどうにも気持ちが悪い。
ナルトにもそれは感じられたのだろう、コップを手に取り一気に飲み干すと、ぱっと立ち上がった。
「ごちそうさま!」
「ん。また来いよ」
「ナナも、結婚式絶対来てくれってばよ!」
テーブルに置いていたナルトの手の下には、招待状なのだろう手紙が置かれている。
ナナはそれを軽く見てからナルトの背中にとんと手を重ねた。
勿論、と何となく恥ずかしくて言葉にはせずに頷く。
去って行くナルトの背中は、ナナより遥かに男らしく大人に映っていた。
薄く開いた窓の隙間から、ひやりと冷たい夜風が入り込む。
ことんとコーヒーを脇に置いたナナは、頬杖ついて溜め息を吐いた。
ちかちかと明かりを放つコンピュータの画面を前にして手が止まる。
『ナルトが結婚するって、聞いたか?』
そう打ち込んで、一度全部消して、それからもう一度叩く。
『今日、ナルトが来た。結婚するって』
そこまで打ちこんで、やはり全てを消していた。
カカシが今何を考えているのか知りたい。何をしているのか知りたい。
声が、聴きたい。
「馬鹿…いらねえよ、こんなの」
吐き捨てるようにそう呟いて、電源を落とす。
ナナは椅子の背もたれにもたれかかり、顔を手で覆った。
今の生活に不安もなければ不満もない。
ただ、女々しい自分がたまに表に出てきて、あの体温を求めたくなる。
「いい加減にしろよ」
吐き出したのは、自分に対する不満だった。
夜になると、期待してしまう自分がいる。
火影である男が、火影の服を脱いで自分の元に帰ってくるかもしれないと。
「…」
頭を横に振って、顔を覆ったまま目を閉じる。
結婚したら、それも変わるのか。なんて、仕方のないことを考える自分に吐き気すら覚える。
目が冴えてしまった夜、酷く甘えたがる自分が嫌いになっていた。
・・・
ぼんやりとしたまま朝を迎えたその日。
アカデミー近くの演習場で今日の授業内容を考えていたナナは、しかめっ面で口を噤んでいた。
「ナナさん、私お弁当用意してきました!」
「いつもお疲れ様です、ナナ先生」
「……」
先生、と呼ぶのはアカデミーの子供の関係者だろう。
勿論見覚えなんてない女性に囲まれたナナのこれは、日常になりつつあった。
「差し入れです、受け取ってください!」
「あの、このあとって時間ありますか?」
この手の質問は、「ない」と答えても次の予定を聞き出されるし、下手に返さない方が良いとは学んだ。
しかし、それ以上の回避方法は未だわかっていない。
「ナナさん!」
「ナナ先生!」
厄介なことになったものだ。
ナナは嫌悪感を含んだ息を吐いて、ふっと顔を上げた。
「あ」
それは、女性たちに囲まれてから初めて出たナナの声だった。
女性たちの視線が一気にナナから外され、そこに立っていた女性が肩をびくりと震わせる。
「ヒナタ!」
名前を呼ばれた女性は増々驚いた顔をしてびくりと体を揺らした。
それに構うことなく、女性の輪から何とか抜け出し、日向ヒナタの腕をぱしと掴む。
「悪い、ちょっと」
「あ、あ、あの…っ」
困惑した様子のヒナタを掴んだまま、つかつかとナナは足早に足を進めた。
暫く鳴り止まない背後からの金切声は悲しさか怒りか嘆きか。
足を縺れさせたヒナタが少し高い声を上げて、それでも状況を察してくれているのか律儀について来る。
ぱっと振り返ると、ヒナタはナナを見上げてニコリと笑った。
「ナナさん…、た、大変ですね」
「ああ…付き合わせて悪い。ちょっと、ここから離れていいか?」
「は、はい」
騒がしい声は、あまり本気で追い掛けてくる気はないらしく、少しずつ遠ざかって行く。
静かになり背後を確認したナナは、ゆっくりと足を止めて息を吐いた。
「はあ…」
「だ、大丈夫ですか?」
「いや、そっちこそ。悪かったな」
気を遣わずに足早に来てしまったことに対して頭を下げたが、ヒナタは大して疲れた様子もなく首を横に振る。
さすがだと思いながら、ナナは道の脇にある柵に手を乗せてヒナタを見下ろした。
「ナルトとのこと、おめでとう」
「あ…き、聞いていますよね。有難うございます」
「最近のこと全然知らなかったから、正直驚いたっつか、すげぇなって思った」
すごい?ときょとんとして首を傾げる。
そんなヒナタにふっと笑うと、ヒナタも釣られたように笑ってから背筋を伸ばした。
「はい。私…ナルト君と結婚、さ、させていただくことに…なりました…」
「何だよ今更、恥ずかしがることないだろ」
「あ、改めて言うとちょっと…。でも、はい、私からも、ちゃんと伝えたくて」
いつも自信なさげにしていた少女の面影はもはやどこにもない。
美しいが可愛らしくもあり、姿勢が良くて、力強い目線もしっかりとナナの目を見つめて逸らされることはない。
確かに昔から、ヒナタは見た目と裏腹に強い精神を持っていた。なるほど確かにナルトが選ぶ女性だけはある。
感心しながらじいとヒナタを見ていると、さすがに照れ臭そうにおずと手を体の前で結んだ。
「あの…火影である方とのお付き合いは…大変、ですか?」
「は?」
「ご、ごめんなさい!あ、あのでも、他人事でない気がして…」
今の質問は、ヒナタでなければ「ふざけんな」と一言で回避していただろう。
これからのことが多少なりとも気掛かりなのだろうヒナタを気遣い、ナナはふっと笑った。
「別に…今はもう簡単な連絡手段がいくらでもあるからな。婦人なら、会いに行くことも許されるだろうし…」
「え、ナナさんは…?」
「俺は…」
ヒナタが目を微かに揺らしてナナを見上げる。
全てを見透かす瞳から、ナナは無意識に逃れていた。
「俺は…そういう…女々しくなんの嫌だから、割り切ってる」
「あまり、連絡はとられていないのですか…?」
「用もねぇのに連絡しないだろ。いいんだよ、時間が空けば、たまに帰ってくっから」
六代目火影であるはたけカカシと、自分の元に帰ってくるはたけカカシ。
どうしても会いたくなる甘えた心を塞ぐ為に、必要な割り切りだった。
ただ、自分の情けないところを、隠したくて。
「も、もう一つ…いいですか?」
「ん?」
「ナナさんは…結婚って、どういうものだと思いますか?」
驚いて目をヒナタに向ければ、やはりじっとその瞳がナナを見つめていた。
結婚するのは、アンタの方だろと。俺に聞いてどうする、と。
咄嗟にそう思ったけれど、その真剣な瞳に野暮な事を言う気にならず、ナナは再び目線を下げた。
「…結婚は、絆の証明だろ」
「絆…」
「それから…こいつと一緒に生きていくって、誓いでもあるんだろうな」
自分には関係のないこと、だからあまり真剣に考えようとしなかったことだ。
「ナナさんも…可能だったら、結婚、したいですか?」
「は?アンタといいナルトといい…何なんだよ」
先日、結婚すると最初に報告してくれたナルトもそう問いかけてきた。
結婚したくはないか、と。
「俺にとって一番重要なのは、アイツの居場所であることだから。そんなものは必要ねぇよ」
「それは、ナナさんの理性的な感情…ですよね…?本心は…ナナさんの気持ちは、どうですか…?」
これを聞いてきたのが彼女でなければ頭を一発強めに殴っていた。
それくらいあまり触れられたくない内側を抉られ、ナナは一瞬声を詰まらせた。
「…、幸せなんだろうな、と考えたことはあるよ」
こいつは俺のもんだ、と胸を張っていられる。
肩書きのない今を悲しく思うことはなくとも、そうであればいいとは思う。
けれど、有り得ない話だ。
「…ナルトもすげぇ奴だから、苦労もあるだろうけど…アンタもきっと、幸せになれるよ」
「あ、あ、有難うございます…」
ヒナタは少し寂しそうに眉を下げていた顔を数回横に振ってから、にこりと微笑んだ。
「きっと、結婚式に来て下さいね」
「行くよ」
嬉しそうに顔をほころばせたヒナタが、深く頭を下げる。
長い髪が振り回されながらも綺麗に流れ、そのまま立ち去る背中は凛としていて。
ナナは静かに細めた目で火影岩を見上げていた。
・・・
ナルトが残した手紙に書かれた日付、その日をあっという間にむかえた。
妙に朝からそわそわと変な胸の高鳴りがおさまらないのは、身近な人の結婚というものが初めてだからだろうか。
そんな落ち着きのない時間を過ごしていたナナは、「時間になったら迎えに行くので準備してて下さいね!」なんて前日に言ってきたサクラにじとっと睨まれることとなった。
「ナナさん、どうせ適当にしてくる気だったんでしょ」
「…いや、そんなことは」
目を細めてナナをじろと見たサクラの手には大きな紙袋。
そこに入っていた服をばしと渡され、それからすっと取り出されたハサミはナナの髪の毛にあてられた。
「せっかく格好良いんですから、こういう時くらいちゃんとしてくださいよ」
「別に主役じゃねぇんだから…」
「そういう問題じゃないんです!失礼ですよもう!」
流されるまま正装を装うと、別に逃げるつもりなんてないのに、サクラに連行されるように式場にむかった。
近付くにつれて人の声が増え始めるのは、さすが木ノ葉で話題の男の結婚ということか。
その知らない顔の多さに思わず足を止めたナナは、見知った男を視界に映し、ほっと胸を撫で下ろした。
「カカシ…!」
「や、ナナ」
今まで見たことのないような、すっきりとした恰好のカカシが立っている。
口元を覆うマスクは変わらないが、腰あたりがきゅっと細身に作られているせいか、すらりと格好良く見えた。
「なんだか久しぶりになっちゃったな。2週ぶりくらいか」
「そんなもんか…。お疲れ」
「ナナもよく頑張ってるな」
自然と伸びてきた手が 頭に乗り、ナナはくすぐったさに目を閉じた。
忙しい時には、カカシはずっと火影の部屋で日々寝泊りを繰り返している。
今もその時期なのだろう、この結婚式がなかったらあと数週間は会えていなかったかもしれない。
「ナナ、驚いただろ」
「ん?ナルトの結婚?」
「そ。オレも噂には聞いてたけど、まさかあのナルトがこんなに早いとはね」
「…早い、もんだよな」
しみじみと。
ナナはぽつりと零し、幸せそうな顔をしていたナルトを思い出す。
初めて少し寂しいような気持ちになる、近しい人の結婚式。
「憧れる?」
「は、まさか」
決して強がっているわけではない。
ナナはハッと吐き出すように笑うと、これから始まる結婚式に意識を向けた。
幸せそうな新郎新婦、祝福する人々。
それは、理想をかたちにしたような結婚式だった。
一通り演目を終え、ぱちぱちと鳴り止まない拍手に包まれる。
舞う花びら。キラキラと眩しい景色。
ナナは静かに手を降ろすと、誰にも気付かれないように一歩下がった。
この後は、仲が良い同期達と集まって楽しい時間を過ごすのだろう。
だとすれば、自分はいない方が良い。
「まだ、終わってないってばよ!!」
しかし、それを引き止めるように聞こえたナルトの声に、ナナは驚き足を止めていた。
輪の中心であるナルトの方へ顔を向ければ、こちらに走ってくる花嫁の姿が見える。
そのまま真っ直ぐ目の前まで来たヒナタは、ぱしとナナの手を掴んだ。
「ナナさんこちらに」
「…は?」
「来て下さい、お願いします」
ぐいぐいと腕を引かれ、あろうことか主役が立つ真ん中へと連れて行かれる。
ぽいと放り出されれば、同じようにナルトに捕まっているカカシと目が合った。
「さ、引き続き結婚式を行うってばよ!」
「え…」
ささ、とヒナタがナナとカカシの方に掌を向けて二人を前へと押し出す。
ナナはぽかんとしたままヒナタとナルトを交互に見てから、何となく事を察して青ざめた。
「まさか、お前等」
「すみません、本当の結婚式というわけにはいかないのですが…形だけでもと」
「な、何言ってんだよ!そんなこと出来るわけねぇだろ…!」
少しきつめに言い返すと、ヒナタが肩を震わせ眉を下げる。
それを庇うようにヒナタの前に出たナルトは、ばっと両手でナナの肩を掴んだ。
「素直になっていいんだってばよ、ナナ!」
「ナルト…。だからってな、カカシは…!」
「火影が自由にしちゃいけねぇなんて決まりないってばよ!そんなのオレがゆるさねぇ」
だから、な。とナルトは一人納得したように頷くと、やはりヒナタと同じようにナナを押し出した。
カカシももう今の状況を理解しているのだろう、眉を下げて頬をかいている。
「っ、カカシ、アンタからも…」
「いや…ナナ、せっかくだから」
「は…?」
「せっかくだから、この場を借りようか」
しかし、カカシはナナの思いとは裏腹に目を細めて笑った。
怒りのような焦りを浮かべるナナの肩をぽんと叩き、「で、どうするの?」とナルトに目を向ける。
「では。僭越ながら私が」
「おい、サクラ…っ」
こほんっと一度咳払いをしてから、サクラが紙を取り出し、それに書いてあるのだろう文面を読み始めた。
ナルトとヒナタが妙なことを聞いて来たそのワケが。準備万端に、サクラがいろいろと用意していたそのワケが、ようやく理解出来た。
自分の知らないところでこんな余興が準備されていた、その事実に怒りに似た感情が込み上げてくる。
「なんで、こんなこと…っ」
サクラの声が紡ぐ、結婚の為の言葉は何一つとして入って来ない。
だって、自分は言ったじゃないか、そんなものいらないと。
「ナナ」
じっとカカシがナナを優しい目で見下ろしている。
それにすら苛立ちを感じた。
こんなことをして、一番困るのはカカシのはずだ。それなのにどうして。
「…では、…誓いのキスとか、しておきます?」
言う事は言い終わったのか、サクラが多少声を潜めてナナとカカシを覗き込んだ。
大きな瞳が眉を吊り上げたナナを映し出す。
「ばっ…馬鹿言ってんじゃねぇぞサクラ!こんなことして…!」
「そう怒るなよナナ」
「カカシ、アンタもなんでそんな冷静なんだよ!アンタ自身のことだろ!」
こんなの見世物だ。男同士で出来るはずもない結婚式をやってみたってどうにもならない。
それは間違いなく事実なのに、カカシはナナに近付き腰をかがめた。
「大丈夫」
「な、アンタがどう思ってもこんな…っ、意味ねぇことしてどうする!」
「意味なくないだろ。オレは、ちゃんと、皆の前で堂々としたい」
「火影が、馬鹿なこと…」
「馬鹿?これが馬鹿なことなら、オレは馬鹿でいいよ」
カカシの手がナナの腰を抱いた。
ぐいと抱き寄せられた体は、しっかりと正面からカカシの体に受け止められる。
その瞬間辺りから聞こえてきた悲鳴に近い声に、ナナは咄嗟にカカシの胸をどんと叩いた。
「ば、かやろ…何考えて…っ」
「ナナ、愛してるよ」
「やめろ…人が見てる前でそういうの…」
カカシの手がナナの頬を包み込む。
一応ナナを気遣っているのか、はたまたマスクの下を見せない為の工夫か。
しっかりと覆い隠した掌の内側で、カカシはナナの唇を塞いだ。
「んん…っ」
軽く触れるだけで終わらず、開いた口同士の隙間を埋めるように深く口付ける。
緊張と恥ずかしさと戸惑いと、いろんな思いが混ざって息が止まった。
聞こえる悲鳴と、祝福の声と、「あー!」というナルトの声はカカシのマスクの下を見れない悔しさ故だろうか。
ちゅっと軽く音を立て離れ、ほっとして目を開くと、再び深く重ねられ腰を強く抱き寄せられる。
もういいだろ、とその腕を押し返すが、やはり唇は離されることなく深く繋がった。
「ナナ…」
「っ、て、め…」
「ナナだけだよ、そんなに恐れてるのは」
そう言いながらようやく体を離したカカシを見上げると、既にマスクを元通り戻して目だけで笑っていた。
どうして笑えるんだ。
ナナは痛い程注がれる視線を感じて、深く俯いた。
「…ナナ、ちゃんと周り見て」
「見れるか…こんな状況で」
「こんな状況だからでしょ」
カカシの手が再びナナの頬に触れ、くいと無理矢理上を向かされる。
やめろ、と弾こうとした手は、視界の端に映った光景に固まっていた。
「は…?」
目を見開いて、そのままぐるりと見渡す。
ある人は感動に目を涙で揺らし、またある人は手を叩いて歓び、ある人は悔しそうにハンカチを噛む。
ナナが思い浮かべていた景色とは、まったく異なっていた。
「…アンタ、何か、してたのか…?」
「ま、ナナが大好きなんだって、ずっと隠さずにいたから」
「何してんだよお前…」
はあっと溜め息を吐いてカカシから目を逸らす。
カカシのそんな主張如きで受け入れられるなんて、どうやら今日ここに集まったのは変わり者ばかりらしい。
だからって恥ずかしさがなくなるはずもなく、俯いていたナナは、突然視界に入り込んだカカシの手に驚き目を開いた。
「えっ…うわ!」
腕の下に入れられた手に抱えられ、気付けば地面が遠くなっている。
自分より低い位置にあるナルトが目を丸くしていて、ナナはばしっとカカシの背中を叩いた。
「おい馬鹿!さっきからアンタは…っ」
「じゃ、面倒なことになる前にオレ達は退散するよ」
にこにこ、というよりはヘラヘラと。
笑ったまま、カカシは悔しそうに、恨めしそうにカカシを睨むナルトの頭にポンと片手を乗せた。
「ナルト、ヒナタ。おめでとう。それから、ありがとね」
男を抱きかかえた絵面には、あまりにも説得力がない。
けれどそのカカシの緩みきった笑顔に、ナルトは呆けた顔を照れ臭そうに緩め「おう!」と元気よく返した。
・・・
どすっとベッドに腰掛け、ふいと顔を背ける。
ゆっくりと近付いてきた足音は、目の前で止まるとナナを覗き込んだ。
「…そろそろ、機嫌治してくれないかな」
ね、と言われても納得いかない。
ナナはちらとカカシを見るだけで窓の外に目を向けた。
何もない外の景色。少し街まで出れば、きっとまだ華やかな結婚式の余韻に包まれているのだろう。
そこからここまで、カカシは一度もナナを放すことなく運んできた。
いつも一人で過ごす、たまにしか現れないカカシが今は目の前にいる。
「…分かるよ、ナナが言いたいことも。オレのこと、大事に思ってくれてるんだよな」
「調子のってんじゃねえ」
再びチラとカカシを見れば、その柔らかな表情が結婚式から変わらずあった。
腹が立つ。と同時にどうしようもない胸の熱さに鼻がつんとする。
「ちゃんと、ナナの思ってること話してごらん」
「…」
子供に言うかのような優しい口調。
やっぱり腹が立ったのに、ナナは静かに口を開いた。
「俺は…こういうのは、アンタが火影をナルトに譲ってからで良かったんだよ」
確定事項ではないものの、近い将来火影の座はナルトに譲られるだろう。
ナナは一度息を大きく吸い込むと、カカシをしっかりと見上げた。
「…この先アンタが俺のせいで何か言われたり、するんじゃねぇかって…」
「何かって?」
「だって、アンタは俺とは違うだろ」
ナナの発言に、明らかにカカシの顔が歪んだ。
「俺は…昔からそういうことあったし、アンタのこと好きになってからも、他の奴と、したことあるだろ…」
「ナナ…」
自分で言いながら、居心地の悪さを感じて声が小さくなる。
けれど事実は変わらない。
「アンタは、俺のことを好きになってくれた。俺には…それだけで十分すぎる。それなのに、そのことでアンタや、火の国が馬鹿にされたら…」
カカシが好きだ、大好きだからこそ、自分の為に何かが変わってしまうようなことにはしたくない。
その強い意志を自分の胸に押し込むように、ぎゅっと強く握りしめた手を胸に押し当てる。
「あ…」
そのナナの目の前で、カカシは急に間抜けな声を上げた。
「…何」
「いや、その何て言うか」
真面目な空気を壊され、ナナの声が低くなる。
それに気付いて少し言いづらそうに視線を泳がせたカカシは、おずおずとナナの横に腰掛けた。
近くに座っているというのに、カカシの目はナナを直視しようとしない。
怪訝に思い細めた目で見上げれば、カカシは小さく肩をすくめた。
「実はもう、他の五影たちにもアピールしちゃったっていうか…」
「…は?」
「ナナがオレの恋人だって、他の五影に」
「……は!?」
カカシの言葉に、ナナは思わず身を乗り出していた。
そんな事を話す理由も状況もあるはずがない。少なくとも、カカシが真面目に火影をまっとうしているのならば。
「…、こ、恋人…」
「ん。まあ、ね、愛してるとか言ったかな…」
「お、っ…!」
拳を握りしめ、行く宛もなく小刻みに震えさせる。
ナナの様子に、カカシは「えーと」と頬をかいて誤魔化すように笑った。
「五色の外交は緩和されたとはいえ、まだ活動の範囲は狭いだろ?」
「…ま、まあ、木ノ葉だけだからな」
「そ。そこで一番口利きしやすく優秀なナナはかなり…欲しがられるんだよ」
欲しがられる。
例えば、視察として来て五色にその国の良さを広めて欲しいだとか。
単純に五色の手を借りたいってことだとか、そのままの意味で五色ナナを譲ってほしいだとか。
カカシは困ったように眉を下げ、未だ腑に落ちない様子でカカシを睨むナナの手を握った。
「皆揃いも揃ってナナが欲しいって、教え子ならいろんな活動させたらどうだってうるさくて」
「…それで?」
「恋人だから…無理ですって」
言っちゃった、と言いながらへらと目を細めたカカシ。
ナナはそのカカシの胸倉を掴みかかると、そのまま強くベッドに押し倒していた。
「アンタは…!!」
「いやあ、ごめんごめん」
「そういうこと、なんで…!」
馬鹿だ、本当に馬鹿だ。
ナナは体を熱くする様々な感情を、言葉にすることが出来なかった。
カカシの軽率な行動に苛立ち、困惑して、けれど胸に宿る暖かさは誤魔化せない。
「…っ」
「ナナ、大丈夫だって言ったでしょ」
「…」
「オレのこと、信じられない?」
カカシが腹部に跨ったナナを見上げ、掌でぽんと頬を叩く。
それをぱしと叩くと、ナナはカカシの胸に自分の額を押し付けた。
「アンタ、なんでそんな馬鹿なんだよ」
「ん?」
「火影なんて、さっさと辞めちまえ…」
あんた向いてないんだよ。
なんて、今更すぎる事を吐き出してカカシの肌に重なる服をきゅっと掴む。
カカシの手はナナの背中に回され、優しく、けれど力強くナナを包みこんだ。
「ありがとな、ナナ」
「意味、わかんねぇ」
「オレのこと、そんなになるまで思ってくれて」
カカシの体が触れている部分が熱い。
思わず顔を逸らすと、その手はナナの頬に移動した。
包み込むように、両手で顔を挟まれる。熱いのが、ばれてしまう。
「キス、していい?」
「さ、さっき、人前で堂々としたくせに」
「いっぺんくらい見せつけておかないと、ナナは、人気者だから…」
なんだそれ。
そう言い返す前に、口を塞がれる。
「ん…」
さっきとは違い、容赦なく深く混じり合う。
頭の後ろに回されたカカシの手によって、呼吸する間も与えられない。
でも、今はそんな激しい熱情が嬉しくて、ナナはカカシの胸に乗せていた手でカカシの頬をなぞった。
「ナナ、このまま、しようか」
「まだ…外明るいんだけど」
「でも、そういう気分だろ?」
優しくナナの腰を撫で、そのままするりと下半身に手を移動させる。
カカシは既に期待から反応しているナナのそこを撫で、嬉しそうに目を細めた。
「ほら」
「し、仕方ねぇだろ…久しぶりなんだから」
「ん。オレも、早くナナに触りたいから」
誰か来る可能性なんてかなり低いけれど、ナナは片手でいつもベッドを月明かりで照らす窓をカーテンで覆った。
それでも明るさの変わらない室内に、少し恥ずかしくなってカカシから目を逸らす。
ふっとナナの下で笑ったのが聞こえた直後、視界はくるりと反転し、気付けばナナの背中はベッドに沈んでいた。
「今日は…優しくするよ」
「……めちゃくちゃにしろよ」
「、いいね」
カカシが妖艶に目を細める。
ナナは自分から手を伸ばし、カカシの首に腕を回した。
・・・
火影と五色ナナが結婚した。
そんな嘘みたいな話はあっという間に木ノ葉の里中に広がった。
有り得ないと笑う人もいる。素敵ねと冗談のように笑う人もいる。
外を歩けば真意を問い質されるような状況はその後暫く続いたが、少しずつ収束していった。
「ナナー!」
騒がしい声に、ナナは眉間にしわを寄せ振り返った。
演習場、中心に立つナナ目掛け、少年が手を印の形にしたまま駆け寄ってくる。
「おれ術出来たよ!」
「こら、“さん”か“先生”か付けろって言っただろ」
「見ててねナナ!」
「…」
自信満々な少年の耳にはナナの声が聞こえていないらしい。
ナナは傍に立っていた少女から少し離れて腕を組むと、少年が印を結びきるのを待った。
暖かい日差しの下、頭上から水が降り注ぐ。
それとほぼ同時に、高い声が演習場を包み込んだ。
「あー!!」
印を結んでいた手は解かれ、ばたばたと小さな足音がたくさん近付いてくる。
絶えずぽたぽたと髪や肌をつたって落ちる水。
暫く立ったまま茫然としていたナナは、ふーっと息を吐き出してから髪をかき上げた。
「…いい度胸だな?」
「ナナ…せ、先生、ごめんなさい…」
子供だと思って舐めていた。
すっかりびしょ濡れになった服をばさと脱ぎ捨てると、ナナは少年に向かってニッと笑った。
「相手してやっから、本気できな」
「え…えー!」
もうチャクラほとんど残ってないよ!と喚く少年に向かって、軽く印を結ぶ。
目を覆いキャーキャーと騒ぐ女児。
オレもオレもと手を上げる男児。
ナナは誇らしげに微笑み、全員まとめてかかって来いと両手を広げた。
「…あー…あーあー」
木の影から、様子を窺うには大きすぎる笠をかぶった男と、その後ろで苦笑いを浮かべるのはアカデミーの先生。
目の前で繰り広げられる光景に、火影はじとっとした目のまま幹を爪でかいた。
「イルカ先生、ご存じですか…」
「は、え?何ですか?」
「牽制のつもりだったのに、女性はおろか男性ファンが増えたナナの事情を…」
「え、それを私に聞くんですか」
度々見かけられる怪しげな火影の様子は今に始まったことではない。
しかし結婚だなんて堂々と発表してからは、その火影の妙な行動の目的だなんて見るに明らか。
クスクスと、通り過ぎる人が微笑ましそうに笑って通り過ぎる。
「…あ、あの、み、見られていますよ」
「なーに、もうバレてるんだから」
「そ…そうですが…」
好奇な視線を、受けているはずのカカシは全く気にしていないらしく、イルカの方が羞恥に俯いた。
それにしても、さすが火影だ。
こうもバレやすそうな恰好をしているというのに、見られている当人に気付かれたことは一度もない。
「カカシさん…、いえ火影様、ナナ君に声をかけたらどうです?」
「声をかけたら、帰れなくなるでしょ」
「…はあ」
この二人は、案外揃いも揃って意地っ張りだ。
イルカは額を押さえ、それから子供達とはしゃぐナナに目を向けた。
人は変わるものだ。そう、木ノ葉に来たばかりのナナを思い出し目を細める。
「まさかイルカ先生、貴方も…」
その視線に、カカシはばっと振り返った。
「え!?」
「駄目ですよ、見ないで下さい!」
「み、見てないです!」
カカシは大きな笠をイルカの顔に叩きつけると、そのままイルカを抱えて歩き出した。
ずるずると足を地面に引きずりながら、慌てて笠を抱えたイルカが顔を上げる。
「お、お帰りになるんですか?」
「あんなに無邪気で可愛いナナを…見てられない」
「…苦労しますね」
「ああ…早く抱き締めたい」
だったら一度抱き締めでもしてしまえばいいのに。
なんて柄にもないことを考えて、イルカは首を横に振った。
今度、ナナに教えてあげよう。
意地っ張りな二人に、一番頭を抱えていた先生は、そう心に誓った。