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カカシ夢(2011.04~2016.09)
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戦争が終わってから一月経った。
暫くは変わってしまった景色に愕然とする者が多かったが、それも随分となくなっただろうか。
里の復興、外への任務、動ける者は働くし、新しく建て直されたアカデミーも開校されている。
「はあ…」
賑わいを取り戻した木ノ葉の里で、ナナは一人ベンチに座っていた。
しっとりと濡れた髪を乱暴にかき上げて天を仰ぐ。
今日も復興の手伝い。目の前に立っている建物も、ついさっきナナが建てたものだ。
「…」
前かがみになり、自分の足に乗せた腕で頬杖をつく。
戦争が終わって、平和を取り戻して。ゆっくりと物事を考える時間が増えたせいか、ナナは思い悩んでいた。
最近はずっと別行動をしている、彼らとのこと。
『ナナ、今日もオレ達外の任務に出てくるってばよ!』
今朝もそう。元気よく駆け寄ってきたナルトが、ナナの背中を叩く。
その後ろには眉を下げて笑うサクラが立っていた。
『また出るのか』
『おう!ってナナこそ、また手伝ってんだろ?』
『まあな』
お互いに「また」と思わず口にする。
それほど日々やることはそう変わらず、けれど確実に前進していた。
『…サスケは?』
『サスケ君は、また暫くはいろいろ聞かれるみたいで』
『そうか…』
その中で、サスケの姿はまだ見れていなかった。
暁と少しでもともに活動したサスケの立場は、今はまだあまり良くないのだ。
それを分かっているからサクラは少し寂しそうで、けれどその分ナルトは前向きに振舞っているように見える。
『今だけだってばよ。サスケは、もうオレ達と同じ意思を持って戻ってきた』
『…そうだな』
『わかってるわよ。きっとすぐ、第七班再結成!ってね』
ぐっと拳をつくって微笑むサクラに、ナルトも安心したように笑う。
図らずも先の戦いではナルトとサスケ、そしてサクラとが共闘した。
その活躍を知る者も多く、サスケの復帰の話は決して理想論ではなかった。本当に、すぐにでも戻ってくるだろう。
『んじゃ、行ってくるってばよ!』
『気を付けろよ』
『ナナこそな、無茶すんなってばよ』
ナルトの目は一瞬ナナの背後へと向けられた。
そこにはナナが木遁を使って建てた小屋がある。
『ナナ、最近すげぇってよく聞くけど、その分疲れてんだろ?』
『そうですよ、カカシ先生がいないからってそんな闇雲に』
『カカシは関係ねーだろ』
軽い冗談をサクラが挟んだものの、まだ心配そうに眉を寄せるナルトは、ナナへと手を伸ばした。
そして頬へと滑らされたナルトの手が、静かにナナの汗を拭う。
『ちゃんと疲れたら休まなきゃダメだってばよ』
『…ん』
こくりと頷く。けれど大丈夫だ、とは返せなかった。
この里で今木遁を使えるのは自分だけ。それが枷となり、支えとなっている。
ナナはその今朝の記憶を吹き飛ばすかのように首を横に振った。
「…俺は…」
そしてそのままベンチで横になり目を閉じる。
戦争が終わって、ひと月経った。
いつの間にか前を歩いている彼等に、ナナは手を伸ばすことを諦めていた。
それどころか、背を向けて歩き出そうとしている。歩き出す心の準備は出来ている。
「…」
彼らには言わずに、静かに距離をとって。静かにその場を離れてしまえばいい。
「ナナ」
そんなことを考えていた最中。
ふと聞こえてきたナナの名を呼ぶ声に、ナナはばっと体を起こした。
「あら、起きてた」
「…カカシ」
そこにいるはずのない人がいる。
まだ体の調子が戻らない綱手の代わりに相当忙しくしていたはずだ。
そう考え呆然としたナナの頭を、カカシの手が撫で回した。
「頑張ってるね」
「あ、ああ…」
「何、そんな驚いた顔して」
嬉しさと戸惑いとが揺れ動き、ナナは息苦しさから胸を押さえた。
やましいことを考えているからだ。言いたくないけれど言わなければならない、ずっと考えていたことを。
「…い、今…大丈夫なのか?」
「今日はもうだいじょーぶ。どうした?」
ただ疲れているだけではない、そうカカシも気付いたのだろう。
ナナの横にカカシが腰掛ける。
既に何でも聞くぞと、そう構えているカカシがナナの顔を覗き込んだ。
「…」
「…あまり、良いことではなさそうだね」
ナナの表情から、察したようにカカシが声を潜める。
そう、カカシは察しが良い。ナナよりも遙かにいろんなことを知っている大人だ。
ナナはカカシの顔を見ることなく、そのまま口を開いた。
「……アンタも、本当は気付いてるんだろ」
「ん?」
「あの三人のこと」
あの三人。
それで気が付いたのか、それともやはり初めから分かっていたのか。
カカシはマスクから覗く目を一瞬細めた。
「バランスが良いんだ凄く。一人欠けても駄目、三人揃って完結する」
「ナナ」
「いらないんだよ、俺。どう考えても必要ない」
はっきりと告げる。
戦いの後、じわじわと実感しだしたこと。
「第七班はすごい」「カカシ班の子達は素晴らしい」
そんな称賛の言葉に、ナナは含まれていなかった。少なくともナナには、自分が含まれていると感じられなかった。
「そもそも俺は…第七班にいない、いなかったはずだ。いなくても成立するのは当然だよな」
「…」
アカデミーも共にせず、中忍試験もほとんど別行動。
結局、考えようとしなかっただけで、本当は初めからスリーマンセルで成り立っていたのだ。
「ま…そんなことだろうとは思ってたよ」
ナナの初めて零した本音。
それに対するカカシの返事は冷静だった。
「ナナの言う通りというか…ま、初めから想定できたことだ。ナナの立場はそれほど複雑だったからな」
今思えば、確かにずっとあった違和感だった。
それが戦争での活躍と、そしてそれを讃える声で自覚しただけだ。
「あ、でも…誤解、してほしくないんだけど…俺、アンタが繋いでくれた絆を切りたいわけじゃないんだ」
「ん」
「ただ…今のままじゃダメだって、俺にとっても、第七班にとっても。だから」
だから。
ナナは一度息を吸い込んで、息を止めた。
ちゃんと、カカシには言わなければならない。もう、第七班を名乗りたくないと。
「ちゃんと…俺にも、出来ること…見つけねーと…」
ナルトとサスケとサクラと。
第七班という場所に縋るんじゃなくて、もっと自分の役目を見つけたいのだ。
「…ナナ、お前は勘違いしてるよ」
しかし、ナナの言葉をさえぎるように、カカシがナナの腕を掴んだ。
こっちを見てとでも言いたいのか、ぐいぐいとその腕を引かれ恐る恐るとカカシの顔を見る。
「…勘違い?」
「お前は既に…お前にしか出来なかったことを成し遂げてる」
カカシの手がナナの頬を包み込み、そのまますると肌を撫でた。
ナナの肩がびくりと震えて、少しのけ反り無意識に距離をとる。
カカシはそんなナナに対してにこりと微笑み、先に立ち上がった。
「ついて来い」
「な、なに…」
「いいから」
優しい顔をして、けれどナナを待たずに先に歩き出す。
暫く、呆然とその背中を見つめてナナは歩き出せなかった。
抱きついて、甘えたくて仕方がないのに。
本当は大丈夫だよと根拠がなくてもそう言って、力強く抱きしめて欲しかった。なんて。
ナナはそんな自分の中にあった甘さを飲み込んで、その背中を追いかけた。
木ノ葉の広い道を、導かれるままカカシの後をついて歩く。
決して珍しい道ではないが、ナナにはあまり馴染のない道。
そのせいか、ナナは落としていた視線をしだいに持ち上げ、きょろきょろと辺りを見渡していた。
「…なあ、どこに行くつもりなんだよ」
「すぐに分かるよ」
「すぐって…でも、この辺りはアカデミーしか…」
先程から近付いてくる高い声は、アカデミーの傍まで来ている証拠だろう。
いくら通っていなかったとはいえ、アカデミーのある場所くらい知っている。
目的が分からず不安そうにするナナに、前を歩くカカシはふっと小さく笑った。
「ナナでもアカデミーくらい知ってたか」
「…は?何だよ、まさかアカデミーに向かってるんじゃないだろうな」
「どうかな」
「そ、そうだろだって、もう…」
木の影から、大きな建物が覗いている。
ナナは思わず足を止め、カカシの腕を引いた。
「…なんで、」
「いいから」
このタイミングでアカデミーなんて。
ナナの脳裏に浮かぶのは「それならアカデミーからやり直しね」なんて笑うカカシの姿くらいだ。
それ以外にここに来る目的なんて見えなくて、ナナはカカシをじっと見つめた。
「そんなに不安そうな顔しないでよ」
「…」
「だーいじょうぶ。ただ、ナナに会わせたい…じゃないな、ナナに会いたがってる人がいるだけだから」
そう言いながら、カカシがぐいとまたナナの腕を引く。
少しよろけたナナは、不満を言う為に開いた口をそのまま閉じて、カカシに向けていた目をアカデミーへと向けた。
校庭に出ている小さな子供達は、ナナが初めて見たナルト達よりも少し小さいだろうか。
「ってカカシ、ホントに」
「そ、ほんとに」
そのまま真っ直ぐにアカデミーの校庭に足を踏み入れたカカシは、何を思ったかその子供達に近付いていった。
そのうちの一人がこちらに気付いて目を丸くする。
小さな体の大きな瞳にじっと見つめられ、思わず目を逸らしたくなったナナのその行動を遮ったのは、その小さな体から放たれた大きな声だった。
「五色ナナだ!!」
その声に、その場の全員がこちらを振り向く。
大きな目は揃いも揃ってナナを映し、同じように口を開いた。
「ほんとだ!五色ナナ!」
「五色ナナだー!!」
小さな体から出てくるとは思えない程大きな声。
思わず顔をひきつらせ後ずさったナナは、あっという間に子供達に囲まれ逃げ道を失っていた。
「お、おい、何だよこれ…!」
小さな体が、小さな手がぺしぺしとナナの体に触れてくる。
ナナはそれを見て微笑ましげに笑うカカシを睨み付けた。
「おいカカシ…!」
「ナナと同じ子達だよ」
「は、はあ…?」
にっこりとほほ笑むカカシは、一体何を考えているのだろう。
ナナは一人だけ置いてけぼりの状況に、戸惑い視線を泳がせた。
その間にも、子供たちはやんややんやとナナを取り囲んで楽しそうに高い声を上げている。
「ほら、お前達、ちゃんとナナさんに自己紹介しないと!」
「はーい!」
アカデミーの先生なのだろう、髪の毛を一本に結わいた男性がそう言うと、子供達は元気に返事をした。
そのままずらっと目の前に整列すると、しゃんと背筋を伸ばす。
「オレたち、この前五色から来たんだ!」
「あたしたちね、木ノ葉の血がはいってるんだって!」
「ナナとおんなじ強い血なんだよ!!」
ぺらぺらと、舌っ足らずの声が続く。
暫くそれを聞きとろうと耳を澄ませ、ナナはぽかんと口を開けた。
「…え…?」
同じ。木ノ葉の血。五色から来た、だと。
困惑に言葉を失い、不安からカカシに目を向ける。
カカシはやはりにっこりと微笑み、ナナの背中をぽんと叩いた。
「五色にも、ナナの活躍が伝わったらしい」
「お、俺の活躍…?俺は別に何も」
「五色の本来の力、確かに使っただろう、大勢の前で」
もう遠い昔のことかのような、終戦の日。
ナナの手に握られた五色の刀は眩い光を放ち、それは伝説のように語られた。
それが、引き籠っていた五色にも届いたというのか。
「それまでは汚れた血だからと真実を言わなかった五色の親が、ナナのことで名誉あることだと気付き口を開いたんだ」
「は…」
「我が子もそう…ナナみたいになれるって、ね」
確かに、戦争が終わってからというもの、ナナへの関心の目は深まった。
それが、こんな子供が、五色の子たちが出てくることに繋がるなんて。
「オレの母ちゃんは木ノ葉の忍だったんだって!」
「あたしはパパが木ノ葉の人だったの!」
「オレ、オレ絶対五色ナナみたいな忍になるんだ!」
口々に放たれるのはナナへの憧れを示す言葉ばかり。
ナナは小さく首を横に振り、じゃりと小さく身を引いた。
「…だって、君達、年はいくつ…?」
「え?6さいだよ!」
「私は10歳!」
「それじゃ…もうとっくに、俺以外にもいたんじゃねぇか…」
小さい頃から、例外である自分は疎まれていたのに。
自分だけが、そういう存在なのだと、けれどそれを受け入れ生きて来たのに。
こんな形で苦しむのは、自分だけだと。
「そっか…五色でも、それが認められたのか」
ぽつりと、そう呟いて目を細める。
そんなナナの言葉など聞こえない子供たちは、ぐいぐいとナナの腕を引っ張った。
「ねーねー!ナナ!オレにあれ教えてよ!」
「すごいやつ、見せて見せて!!」
「…お前達が、無事アカデミーを卒業して、立派な忍になったらな」
ナナの返事に「えー!」と子供達の声が重なる。
自分と同じ血を持っていながら、嘗ての自分とは違う無邪気な子供達。
「…カカシ、もう、俺の願いは叶ってたんだな」
「ナナが実現させたんだよ」
五色が他の国を受け入れるように。自分のように外に出れるように。
そう願って、けれど上手くいかなくて、まだまだ時間をかけなければと思っていた。
それが、こんなに簡単に。
ナナは自分より遥かに低い位置にある頭を撫で、そして背中を支える男を振り返った。
「カカシ、有難う」
「オレ?ナナの力だろ」
「ううん。カカシがいなきゃ、俺はここまでたどり着けなかったよ」
胸の奥に暖かいものが宿る。
愛しい、こんなにも愛しい。暖かくて、嬉しくて、どうしようもなく苦しくて。
「あれ?どうしたのお兄ちゃん」
「五色ナナ―?」
ぎゅっとカカシにしがみ付いて、顔を肩へと押し付ける。
その肩に落ちる熱いものに気付いたのは、カカシだけ。
カカシはナナの抱き締め、あやすように頭を撫でた。
「ほら、子供の前で、恥ずかしいだろ」
「っ…、」
「ナナ?」
「ん…うん…。うん…」
こくこくと頭を縦に動かすも、声を喉の奥でつまって上手く音にならない。
それでもなんとかいろんなものを呑み込んで、胸に手を当てた。
ここまで長かったようで、すごく短かった。
木ノ葉に来てカカシと出会って、そういう時間だけは本当に短く感じられたのだ。
「五色ナナ、泣いてんの?」
「…、泣いてねぇよ」
高い声に強がって返し、ナナは一度目を拭ってから振り返った。
カカシから体を離して、一歩前に進んで顔を上げる。
そこには、ナナを慕って見上げる子供達の姿が確かにあった。
「…そうだな、今俺から言えるのは…」
気の利いたことなんて言えない。
けれど、この木ノ葉で学んだことは単純な事だった。
「いい先生に出会え。仲間を大事にしろ」
「えー?」
少し不服そうな顔をした少年たちと、顔を綻ばせて顔を見合わせる少女たち。
いつか、彼等にもこのナナの言葉の意味が分かる日が来るのだろう。
同時に、きっとナナのように、ナルト達のように苦悩する日もくるのだろう。
「ま、頑張れよ」
ふっと笑って小さな頭を撫でる。
すると、目の前でずっと見ていたアカデミーの先生がははと口を開けて笑った。
「なんだか、ナナくんはカカシさんに似てきましたね」
「え…」
「言う事とかやる事とか…。先生としては誇らしいでしょう、カカシさん」
まさか。そう思って振り返れば、カカシはその露わになっている目を細めた。
その表情のままゆっくりと近付いてきたカカシが、ナナの隣に立つ。
そのカカシの手はナナの肩へと回され、何を思ったか徐にナナを抱き寄せた。
「そうですね…。ま、誇らしいのは恋人としてですけど」
「は…」
ぽかんと、目を丸くして口を開けたのはカカシ以外のその場の全員だった。
驚きカカシとナナとを見比べ、暫くは頭の中での整理が必要だったのだろう。
沈黙の後広がったのは、ここ一番の大きな声。「きゃー」だとか「えー」だとか、そんな言葉にならない感嘆の言葉が響き渡った。
「さ、行こうナナ」
「おい、おいこら、アンタ…!」
「何?間違ったこと言った?」
にこにこと一人だけやたら楽しそうなカカシに再び手を引かれ、喧噪に背を向ける。
収拾のつかなくなった子供達に困惑するアカデミーの先生の声に同情しつつ、けれどナナにはカカシが何故あんなことを言ったのか少し分かっていた。
今のは、カカシなりの覚悟の現れだ。
「…カカシ、いいのか?」
「勿論だよ」
アカデミーを出て、聞こえるのは騒がしかった声から風の音へと変わる。
手を握ったまま向かい合った二人は、じっと見つめ合った。
「この先、ナナがどんな道を歩こうとも…オレは、ずっとナナの隣にいるよ」
「…五色に、帰るって、言っても?」
「帰らないだろ?」
「…」
そうだ、今カカシは「ナナが五色に帰る」と言い出す可能性を確実に切り取った。
ナナの居場所を、ナナがここにいることの意義を示したのだ。
「ずっと、ナナの道を一緒に歩くよ」
「…何だよそれ、プロポーズみたいだ」
「そうだね」
カカシの片手がナナの頬を撫でる。
きっと、カカシが思うようにはならないだろう。ずっと傍にいるなんて、絶対に無理だ。
けれどもしそれが叶うなら。
「…じゃあ俺も…ずっとアンタの傍にいる」
「ん」
「それが…きっと、俺の道の一つだ」
カカシの手に自分の手を重ねて、目を閉じる。
たとえどんなに難しくても。たとえどんな障害があろうとも。
ナナは少し高い位置にあるその顔に唇を寄せた。
柔らかい風が吹き抜ける。
平和の訪れた地で、身を寄せて、力強く抱き締めあう。
薄らと目を開けたその先には、愛しい者達との暖かな未来しか見えなかった。
暫くは変わってしまった景色に愕然とする者が多かったが、それも随分となくなっただろうか。
里の復興、外への任務、動ける者は働くし、新しく建て直されたアカデミーも開校されている。
「はあ…」
賑わいを取り戻した木ノ葉の里で、ナナは一人ベンチに座っていた。
しっとりと濡れた髪を乱暴にかき上げて天を仰ぐ。
今日も復興の手伝い。目の前に立っている建物も、ついさっきナナが建てたものだ。
「…」
前かがみになり、自分の足に乗せた腕で頬杖をつく。
戦争が終わって、平和を取り戻して。ゆっくりと物事を考える時間が増えたせいか、ナナは思い悩んでいた。
最近はずっと別行動をしている、彼らとのこと。
『ナナ、今日もオレ達外の任務に出てくるってばよ!』
今朝もそう。元気よく駆け寄ってきたナルトが、ナナの背中を叩く。
その後ろには眉を下げて笑うサクラが立っていた。
『また出るのか』
『おう!ってナナこそ、また手伝ってんだろ?』
『まあな』
お互いに「また」と思わず口にする。
それほど日々やることはそう変わらず、けれど確実に前進していた。
『…サスケは?』
『サスケ君は、また暫くはいろいろ聞かれるみたいで』
『そうか…』
その中で、サスケの姿はまだ見れていなかった。
暁と少しでもともに活動したサスケの立場は、今はまだあまり良くないのだ。
それを分かっているからサクラは少し寂しそうで、けれどその分ナルトは前向きに振舞っているように見える。
『今だけだってばよ。サスケは、もうオレ達と同じ意思を持って戻ってきた』
『…そうだな』
『わかってるわよ。きっとすぐ、第七班再結成!ってね』
ぐっと拳をつくって微笑むサクラに、ナルトも安心したように笑う。
図らずも先の戦いではナルトとサスケ、そしてサクラとが共闘した。
その活躍を知る者も多く、サスケの復帰の話は決して理想論ではなかった。本当に、すぐにでも戻ってくるだろう。
『んじゃ、行ってくるってばよ!』
『気を付けろよ』
『ナナこそな、無茶すんなってばよ』
ナルトの目は一瞬ナナの背後へと向けられた。
そこにはナナが木遁を使って建てた小屋がある。
『ナナ、最近すげぇってよく聞くけど、その分疲れてんだろ?』
『そうですよ、カカシ先生がいないからってそんな闇雲に』
『カカシは関係ねーだろ』
軽い冗談をサクラが挟んだものの、まだ心配そうに眉を寄せるナルトは、ナナへと手を伸ばした。
そして頬へと滑らされたナルトの手が、静かにナナの汗を拭う。
『ちゃんと疲れたら休まなきゃダメだってばよ』
『…ん』
こくりと頷く。けれど大丈夫だ、とは返せなかった。
この里で今木遁を使えるのは自分だけ。それが枷となり、支えとなっている。
ナナはその今朝の記憶を吹き飛ばすかのように首を横に振った。
「…俺は…」
そしてそのままベンチで横になり目を閉じる。
戦争が終わって、ひと月経った。
いつの間にか前を歩いている彼等に、ナナは手を伸ばすことを諦めていた。
それどころか、背を向けて歩き出そうとしている。歩き出す心の準備は出来ている。
「…」
彼らには言わずに、静かに距離をとって。静かにその場を離れてしまえばいい。
「ナナ」
そんなことを考えていた最中。
ふと聞こえてきたナナの名を呼ぶ声に、ナナはばっと体を起こした。
「あら、起きてた」
「…カカシ」
そこにいるはずのない人がいる。
まだ体の調子が戻らない綱手の代わりに相当忙しくしていたはずだ。
そう考え呆然としたナナの頭を、カカシの手が撫で回した。
「頑張ってるね」
「あ、ああ…」
「何、そんな驚いた顔して」
嬉しさと戸惑いとが揺れ動き、ナナは息苦しさから胸を押さえた。
やましいことを考えているからだ。言いたくないけれど言わなければならない、ずっと考えていたことを。
「…い、今…大丈夫なのか?」
「今日はもうだいじょーぶ。どうした?」
ただ疲れているだけではない、そうカカシも気付いたのだろう。
ナナの横にカカシが腰掛ける。
既に何でも聞くぞと、そう構えているカカシがナナの顔を覗き込んだ。
「…」
「…あまり、良いことではなさそうだね」
ナナの表情から、察したようにカカシが声を潜める。
そう、カカシは察しが良い。ナナよりも遙かにいろんなことを知っている大人だ。
ナナはカカシの顔を見ることなく、そのまま口を開いた。
「……アンタも、本当は気付いてるんだろ」
「ん?」
「あの三人のこと」
あの三人。
それで気が付いたのか、それともやはり初めから分かっていたのか。
カカシはマスクから覗く目を一瞬細めた。
「バランスが良いんだ凄く。一人欠けても駄目、三人揃って完結する」
「ナナ」
「いらないんだよ、俺。どう考えても必要ない」
はっきりと告げる。
戦いの後、じわじわと実感しだしたこと。
「第七班はすごい」「カカシ班の子達は素晴らしい」
そんな称賛の言葉に、ナナは含まれていなかった。少なくともナナには、自分が含まれていると感じられなかった。
「そもそも俺は…第七班にいない、いなかったはずだ。いなくても成立するのは当然だよな」
「…」
アカデミーも共にせず、中忍試験もほとんど別行動。
結局、考えようとしなかっただけで、本当は初めからスリーマンセルで成り立っていたのだ。
「ま…そんなことだろうとは思ってたよ」
ナナの初めて零した本音。
それに対するカカシの返事は冷静だった。
「ナナの言う通りというか…ま、初めから想定できたことだ。ナナの立場はそれほど複雑だったからな」
今思えば、確かにずっとあった違和感だった。
それが戦争での活躍と、そしてそれを讃える声で自覚しただけだ。
「あ、でも…誤解、してほしくないんだけど…俺、アンタが繋いでくれた絆を切りたいわけじゃないんだ」
「ん」
「ただ…今のままじゃダメだって、俺にとっても、第七班にとっても。だから」
だから。
ナナは一度息を吸い込んで、息を止めた。
ちゃんと、カカシには言わなければならない。もう、第七班を名乗りたくないと。
「ちゃんと…俺にも、出来ること…見つけねーと…」
ナルトとサスケとサクラと。
第七班という場所に縋るんじゃなくて、もっと自分の役目を見つけたいのだ。
「…ナナ、お前は勘違いしてるよ」
しかし、ナナの言葉をさえぎるように、カカシがナナの腕を掴んだ。
こっちを見てとでも言いたいのか、ぐいぐいとその腕を引かれ恐る恐るとカカシの顔を見る。
「…勘違い?」
「お前は既に…お前にしか出来なかったことを成し遂げてる」
カカシの手がナナの頬を包み込み、そのまますると肌を撫でた。
ナナの肩がびくりと震えて、少しのけ反り無意識に距離をとる。
カカシはそんなナナに対してにこりと微笑み、先に立ち上がった。
「ついて来い」
「な、なに…」
「いいから」
優しい顔をして、けれどナナを待たずに先に歩き出す。
暫く、呆然とその背中を見つめてナナは歩き出せなかった。
抱きついて、甘えたくて仕方がないのに。
本当は大丈夫だよと根拠がなくてもそう言って、力強く抱きしめて欲しかった。なんて。
ナナはそんな自分の中にあった甘さを飲み込んで、その背中を追いかけた。
木ノ葉の広い道を、導かれるままカカシの後をついて歩く。
決して珍しい道ではないが、ナナにはあまり馴染のない道。
そのせいか、ナナは落としていた視線をしだいに持ち上げ、きょろきょろと辺りを見渡していた。
「…なあ、どこに行くつもりなんだよ」
「すぐに分かるよ」
「すぐって…でも、この辺りはアカデミーしか…」
先程から近付いてくる高い声は、アカデミーの傍まで来ている証拠だろう。
いくら通っていなかったとはいえ、アカデミーのある場所くらい知っている。
目的が分からず不安そうにするナナに、前を歩くカカシはふっと小さく笑った。
「ナナでもアカデミーくらい知ってたか」
「…は?何だよ、まさかアカデミーに向かってるんじゃないだろうな」
「どうかな」
「そ、そうだろだって、もう…」
木の影から、大きな建物が覗いている。
ナナは思わず足を止め、カカシの腕を引いた。
「…なんで、」
「いいから」
このタイミングでアカデミーなんて。
ナナの脳裏に浮かぶのは「それならアカデミーからやり直しね」なんて笑うカカシの姿くらいだ。
それ以外にここに来る目的なんて見えなくて、ナナはカカシをじっと見つめた。
「そんなに不安そうな顔しないでよ」
「…」
「だーいじょうぶ。ただ、ナナに会わせたい…じゃないな、ナナに会いたがってる人がいるだけだから」
そう言いながら、カカシがぐいとまたナナの腕を引く。
少しよろけたナナは、不満を言う為に開いた口をそのまま閉じて、カカシに向けていた目をアカデミーへと向けた。
校庭に出ている小さな子供達は、ナナが初めて見たナルト達よりも少し小さいだろうか。
「ってカカシ、ホントに」
「そ、ほんとに」
そのまま真っ直ぐにアカデミーの校庭に足を踏み入れたカカシは、何を思ったかその子供達に近付いていった。
そのうちの一人がこちらに気付いて目を丸くする。
小さな体の大きな瞳にじっと見つめられ、思わず目を逸らしたくなったナナのその行動を遮ったのは、その小さな体から放たれた大きな声だった。
「五色ナナだ!!」
その声に、その場の全員がこちらを振り向く。
大きな目は揃いも揃ってナナを映し、同じように口を開いた。
「ほんとだ!五色ナナ!」
「五色ナナだー!!」
小さな体から出てくるとは思えない程大きな声。
思わず顔をひきつらせ後ずさったナナは、あっという間に子供達に囲まれ逃げ道を失っていた。
「お、おい、何だよこれ…!」
小さな体が、小さな手がぺしぺしとナナの体に触れてくる。
ナナはそれを見て微笑ましげに笑うカカシを睨み付けた。
「おいカカシ…!」
「ナナと同じ子達だよ」
「は、はあ…?」
にっこりとほほ笑むカカシは、一体何を考えているのだろう。
ナナは一人だけ置いてけぼりの状況に、戸惑い視線を泳がせた。
その間にも、子供たちはやんややんやとナナを取り囲んで楽しそうに高い声を上げている。
「ほら、お前達、ちゃんとナナさんに自己紹介しないと!」
「はーい!」
アカデミーの先生なのだろう、髪の毛を一本に結わいた男性がそう言うと、子供達は元気に返事をした。
そのままずらっと目の前に整列すると、しゃんと背筋を伸ばす。
「オレたち、この前五色から来たんだ!」
「あたしたちね、木ノ葉の血がはいってるんだって!」
「ナナとおんなじ強い血なんだよ!!」
ぺらぺらと、舌っ足らずの声が続く。
暫くそれを聞きとろうと耳を澄ませ、ナナはぽかんと口を開けた。
「…え…?」
同じ。木ノ葉の血。五色から来た、だと。
困惑に言葉を失い、不安からカカシに目を向ける。
カカシはやはりにっこりと微笑み、ナナの背中をぽんと叩いた。
「五色にも、ナナの活躍が伝わったらしい」
「お、俺の活躍…?俺は別に何も」
「五色の本来の力、確かに使っただろう、大勢の前で」
もう遠い昔のことかのような、終戦の日。
ナナの手に握られた五色の刀は眩い光を放ち、それは伝説のように語られた。
それが、引き籠っていた五色にも届いたというのか。
「それまでは汚れた血だからと真実を言わなかった五色の親が、ナナのことで名誉あることだと気付き口を開いたんだ」
「は…」
「我が子もそう…ナナみたいになれるって、ね」
確かに、戦争が終わってからというもの、ナナへの関心の目は深まった。
それが、こんな子供が、五色の子たちが出てくることに繋がるなんて。
「オレの母ちゃんは木ノ葉の忍だったんだって!」
「あたしはパパが木ノ葉の人だったの!」
「オレ、オレ絶対五色ナナみたいな忍になるんだ!」
口々に放たれるのはナナへの憧れを示す言葉ばかり。
ナナは小さく首を横に振り、じゃりと小さく身を引いた。
「…だって、君達、年はいくつ…?」
「え?6さいだよ!」
「私は10歳!」
「それじゃ…もうとっくに、俺以外にもいたんじゃねぇか…」
小さい頃から、例外である自分は疎まれていたのに。
自分だけが、そういう存在なのだと、けれどそれを受け入れ生きて来たのに。
こんな形で苦しむのは、自分だけだと。
「そっか…五色でも、それが認められたのか」
ぽつりと、そう呟いて目を細める。
そんなナナの言葉など聞こえない子供たちは、ぐいぐいとナナの腕を引っ張った。
「ねーねー!ナナ!オレにあれ教えてよ!」
「すごいやつ、見せて見せて!!」
「…お前達が、無事アカデミーを卒業して、立派な忍になったらな」
ナナの返事に「えー!」と子供達の声が重なる。
自分と同じ血を持っていながら、嘗ての自分とは違う無邪気な子供達。
「…カカシ、もう、俺の願いは叶ってたんだな」
「ナナが実現させたんだよ」
五色が他の国を受け入れるように。自分のように外に出れるように。
そう願って、けれど上手くいかなくて、まだまだ時間をかけなければと思っていた。
それが、こんなに簡単に。
ナナは自分より遥かに低い位置にある頭を撫で、そして背中を支える男を振り返った。
「カカシ、有難う」
「オレ?ナナの力だろ」
「ううん。カカシがいなきゃ、俺はここまでたどり着けなかったよ」
胸の奥に暖かいものが宿る。
愛しい、こんなにも愛しい。暖かくて、嬉しくて、どうしようもなく苦しくて。
「あれ?どうしたのお兄ちゃん」
「五色ナナ―?」
ぎゅっとカカシにしがみ付いて、顔を肩へと押し付ける。
その肩に落ちる熱いものに気付いたのは、カカシだけ。
カカシはナナの抱き締め、あやすように頭を撫でた。
「ほら、子供の前で、恥ずかしいだろ」
「っ…、」
「ナナ?」
「ん…うん…。うん…」
こくこくと頭を縦に動かすも、声を喉の奥でつまって上手く音にならない。
それでもなんとかいろんなものを呑み込んで、胸に手を当てた。
ここまで長かったようで、すごく短かった。
木ノ葉に来てカカシと出会って、そういう時間だけは本当に短く感じられたのだ。
「五色ナナ、泣いてんの?」
「…、泣いてねぇよ」
高い声に強がって返し、ナナは一度目を拭ってから振り返った。
カカシから体を離して、一歩前に進んで顔を上げる。
そこには、ナナを慕って見上げる子供達の姿が確かにあった。
「…そうだな、今俺から言えるのは…」
気の利いたことなんて言えない。
けれど、この木ノ葉で学んだことは単純な事だった。
「いい先生に出会え。仲間を大事にしろ」
「えー?」
少し不服そうな顔をした少年たちと、顔を綻ばせて顔を見合わせる少女たち。
いつか、彼等にもこのナナの言葉の意味が分かる日が来るのだろう。
同時に、きっとナナのように、ナルト達のように苦悩する日もくるのだろう。
「ま、頑張れよ」
ふっと笑って小さな頭を撫でる。
すると、目の前でずっと見ていたアカデミーの先生がははと口を開けて笑った。
「なんだか、ナナくんはカカシさんに似てきましたね」
「え…」
「言う事とかやる事とか…。先生としては誇らしいでしょう、カカシさん」
まさか。そう思って振り返れば、カカシはその露わになっている目を細めた。
その表情のままゆっくりと近付いてきたカカシが、ナナの隣に立つ。
そのカカシの手はナナの肩へと回され、何を思ったか徐にナナを抱き寄せた。
「そうですね…。ま、誇らしいのは恋人としてですけど」
「は…」
ぽかんと、目を丸くして口を開けたのはカカシ以外のその場の全員だった。
驚きカカシとナナとを見比べ、暫くは頭の中での整理が必要だったのだろう。
沈黙の後広がったのは、ここ一番の大きな声。「きゃー」だとか「えー」だとか、そんな言葉にならない感嘆の言葉が響き渡った。
「さ、行こうナナ」
「おい、おいこら、アンタ…!」
「何?間違ったこと言った?」
にこにこと一人だけやたら楽しそうなカカシに再び手を引かれ、喧噪に背を向ける。
収拾のつかなくなった子供達に困惑するアカデミーの先生の声に同情しつつ、けれどナナにはカカシが何故あんなことを言ったのか少し分かっていた。
今のは、カカシなりの覚悟の現れだ。
「…カカシ、いいのか?」
「勿論だよ」
アカデミーを出て、聞こえるのは騒がしかった声から風の音へと変わる。
手を握ったまま向かい合った二人は、じっと見つめ合った。
「この先、ナナがどんな道を歩こうとも…オレは、ずっとナナの隣にいるよ」
「…五色に、帰るって、言っても?」
「帰らないだろ?」
「…」
そうだ、今カカシは「ナナが五色に帰る」と言い出す可能性を確実に切り取った。
ナナの居場所を、ナナがここにいることの意義を示したのだ。
「ずっと、ナナの道を一緒に歩くよ」
「…何だよそれ、プロポーズみたいだ」
「そうだね」
カカシの片手がナナの頬を撫でる。
きっと、カカシが思うようにはならないだろう。ずっと傍にいるなんて、絶対に無理だ。
けれどもしそれが叶うなら。
「…じゃあ俺も…ずっとアンタの傍にいる」
「ん」
「それが…きっと、俺の道の一つだ」
カカシの手に自分の手を重ねて、目を閉じる。
たとえどんなに難しくても。たとえどんな障害があろうとも。
ナナは少し高い位置にあるその顔に唇を寄せた。
柔らかい風が吹き抜ける。
平和の訪れた地で、身を寄せて、力強く抱き締めあう。
薄らと目を開けたその先には、愛しい者達との暖かな未来しか見えなかった。