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カカシ夢(2011.04~2016.09)
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「ん?どうかした?」
「…、…」
驚きのあまり、ナナの口は数回ぱくぱくと動いたものの声にはならなかった。
その突然の沈黙に、ミナトは不思議そうに目を丸くして掴まれた腕を見下ろす。
「えっと…?もしかして、五色##NAME2##を知っている…?」
はっとしてナナは強く掴んでしまった手を放し、体の後ろで組んだ。
五色の人間の名前なんて一人一人記憶しているわけがない。
その中で、唯一と言っても良い人だ。
「##NAME2##は、俺に木ノ葉を紹介してくれた…俺の育て親だ」
「え!?そうか、君は彼の…」
ゆっくりと言葉を紡げば、ミナトは感動に顔を緩ませる。
嬉しいのはこちらとて同じ。ナナも俯き気味ではあるが、口元が緩んで弧を描いている。
「そうか…オレのしたことは無駄じゃなかったんだ。会えて嬉しいよ、ナナ」
「…俺も、会いたかった。ミナトさん」
ふいに名前を読んだことで、四代目の目が大きく開かれた。
生気のない瞳、けれどはっきりと表情が映っている。
「木ノ葉に来て…俺を引き取ってくれたのはカカシなんです。それで、貴方のことも聞いていました」
「へぇ、カカシが!すごいな、こんな形で繋がるなんて」
「俺も…驚きました」
カカシに見せてもらった写真を思い出して、ナナは目を閉じた。
生意気そうなカカシと、ふくれっ面の少年、そして可愛らしい少女。それを包み込むように立っていたのはこの人だ。
ナナの知り得ない、壮絶な過去をミナトは知っている。
手を伸ばしても届かなかったものが届くところにあって、ナナの気持ちは抑える事が出来なかった。
「その…カカシは、どんな忍だったのか、聞いても良い、ですか」
こんなことを話している状況でないのは重々承知している。
けれど我慢出来なかった問いに、ミナトは真剣に「うーん」と考え出した。
「そうだな、カカシか…。小さい頃から優秀だったよ。優秀なだけあって可愛い顔して結構きついこと言うんだ」
「ある意味忍らしい忍だったって、カカシが言ってました」
「そうだね。うん、ある意味。でも素晴らしい父上と友人に恵まれてね」
「うちは、オビト…」
「…それもカカシから聞いたのか?」
咄嗟に反応してしまったナナに、ミナトは明らかに驚いた様子を見せた。
そして小さく「それはすごいな」と漏らしたのは、カカシが自分のことを話さない人間であると知っているが故の本音なのだろう。
「カカシはいつも、慰霊碑の前で…彼のことを考えてる」
「そっか…。まだ考えているのか、あの日の事を」
やはり、というか当然だが、この人は知っている。
それが分かって、チクチクと胸に刺さる感覚にナナの顔が少し歪んだ。
「カカシにとって…最初の分岐点だった。あの年で…失うものも得るものも、大きすぎた」
どこか遠くを見てそれだけ言ったミナトに、これ以上何か聞こうとは思えなかった。
たぶん、聞くならカカシからでないと意味が無い。
ナナはそれでも、と。自分に言い聞かせてから顔を上げた。
「そんなだから俺は…いつアイツを失うのか怖い。アイツは自分の死を全く恐れてないんだ。貴方は…貴方ならカカシを救えるかもしれない」
「いや、それはないな」
「、どうして」
「カカシは幼い頃からボクを超えていたし…今更死者がでしゃばってもね 」
“死者”という言葉に、涙が出そうになった。
こんな風に話して、目の前で笑っている人は、大蛇丸が術で一時的に復活させたに過ぎない。
笑顔が写された写真と、そして目の前の儚い笑顔に、結局ぽろりと一筋涙が零れた。
「…でも、カカシは今も前線で戦ってて…俺は足手まといだから、何も出来なくて」
「君は…」
「俺には、アイツの隣にいる方法が分からない…っ」
何度も何度も隣にいたいと願った。隣にいないとカカシを失うかもしれないと恐れた。
けれど、カカシはナナの手には納まらない人間なのだ。
ぽろぽろと後を追って流れたのは、最初の一筋とは違う涙だった。
「驚いたな…カカシが教え子にこんなに思われているなんて」
「あ…、」
「でも、こんなに思ってくれる人がいるならそれだけでカカシは、うん、大丈夫なんじゃないかな」
我に返って、両手でごしごしと目を拭う。
ミナトは優しい顔でナナを見降ろしていた。
「守るべき人がいる、それは何よりも力になるんだよ」
「でも俺は何も出来ない女じゃない」
「関係ないよ、男だとか女だとかそんなことは。それに君は今…すごく綺麗だから」
ミナトが親指で軽くナナの頬をつたう涙を拭う。
脈絡のない答えに暫くナナは首を傾げ、それからはっと目を開いて顔を赤く染めた。
綺麗、だなんて男に言う言葉ではないだろう。
「カカシも立派になったもんだ」
「おい、ちょっと、今の」
「いいんじゃないかな。すごくお似合いだと思うよ」
「…!」
やっぱりバレている。
いや、ミナトの中でどれほどの確信となっているのかは定かでないが、普通の師弟でないことは気付かれたか。
ナナは観念したかのように息を吐き出し、ミナトの袖を軽く指で掴んだ。
「…貴方は、ナルトと違ってそういうとこも鋭いんですね」
「え」
だからナナも気付いたことを負けじと伝えた。
確信は無かった、写真だけでは。しかし、近くで見て、それがたとえ穢土転生が呼び出した死者だとしても確信した。
波風ミナトは、うずまきナルトの父親だ。
「決まったわよ」
目を丸くしたままのミナトとナナとが振り返ると、大蛇丸がニヤニヤといつも通りの顔で出てきた。
その後ろから全員続いて出てくる。
それまでの空気から一変、ナナもミナトも多少緊張した面持ちで彼等を見据えた。
「…サスケの答えは…?」
サスケの答え。木ノ葉潰しを実行するのか、それとも。
既に強い意志を持った顔付きでいるサスケは、ナナをちらと見て薄い口を開いた。
「これから戦いに行く。木ノ葉の忍として、戦う」
「サスケ…!」
なるほど、よく見れば火影達も良い顔をしている。
「よし、そうと決まれば、ワシらも行くぞ!」
「マダラ…今度こそ倒す!」
「久しぶりの戦争じゃ、気を引き締めんとな」
初代と二代目と三代目と、続いて戦場に赴かんと動き出す。
ミナトはキッと鋭い表情に代わり、それから一度ナナの肩をポンと叩いた。
「…ナナ、カカシを宜しく」
「え」
そして真っ先に目の前から姿を消したのは四代目だった。
それから初代と二代目と三代目が追いかけるように消える。
あまりにも心強い援軍だろう。
その見えなくなった背中を見送っていると、遠くから凄まじい勢いで足音が近付いてきた。
「やっぱサスケかてめぇええ!!!」
「ぐえっ」
勢いをこらすことなく突っ込んできた足音は、あろうことか水月に衝突した。
そのままグーで水月が形を失う程強く殴り続ける。
「…香燐」
「って、ナナ!こんなとこで何してんだ?」
「いやその前に、水月放してやれよ」
「ん?いたのか水月」
サスケへの怒り余りに周りなど見えていなかったのか。
香燐はようやく周りを見渡しながら立ち上がった。そして改めて向かうはサスケの腕。
「テメェ、ぜってー許さねーから…」
「すまなかった、香燐」
「……って、テメェ、そんな言葉許さごときと思っているされるかこの…ろくでなしィ~~!!」
最後の方は何と言ったのか聞き取れなかったが、サスケを目の前にして怒りはどこかに飛んでいったようだ。
香燐の目にハートが浮かぶようで、ナナはやれやれと息を吐きつつ水月に手を伸ばした。
「大丈夫か、水月」
「これが大丈夫に見える?」
「いや、しゃべれてるし平気か」
「もうちょっと誰かボクに優しくしてよ…」
しゅんと眉を下げて、ゆっくりと体を元に戻す水月の頭をぽんぽんと撫でる。
そんなナナの行動に驚きながらも、水月は「悪くないね」と笑った。
「さて、と。ほのぼのしているところ悪いけど…ナナ君は私達について来なさい」
「え?」
「サスケ君とは別行動よ」
てっきり皆で戦場に向かうのだと思っていたナナは、言葉を失って大蛇丸を見上げた。
その言葉を補うのはサスケだ。
「ナナ、お前は足手まといだ」
「…、そんな」
そんなことは分かっている。分かっているから今尚ここでくすぶっているのだ。
「オレは行く」
それだけ言ってサスケが迷わず地を蹴って先へと走り出す。
咄嗟に後を追いかけようとしたナナの腕は、しっかりと大蛇丸に掴まれていた。
サスケの姿が見えなくなる。
放してくれ。そう視線で訴えるも、大蛇丸は目を細めて首を横に振った。
「貴方は確かに中忍試験の時は頭一つ抜けていたわ。それは、貴方が人を殺せたからよ」
「…何だよ、急に」
「あの時、あの場にいるのは下忍。死闘なんて味わったことのない子達だらけだったわ。けれど今は違う…それどころか貴方はこの3年間何をしてきたのかしら」
淡々と続ける大蛇丸に、ナナは言い返せなかった。
ナルトやサスケ、そしてサクラまでもが伝説の三忍の元で修業を積んでいたのだ。
自分は、それどころではなかった。しかしそれも今となっては言い訳でしかない。
「そして何より貴方は五色。どの里の忍も貴方の命を守りたがるでしょうね」
「…でも、俺はもう木ノ葉の忍だ」
「理屈じゃないのよ。貴方の他に里を出た五色はいないんだから」
大蛇丸の言うことは正しいのだろう。
けれど、ナナは抑えきれない思いを叫ばずにはいられなかった。
「五色どうこうはどうだっていい!とにかく一目でいい、カカシのところに行く!」
「はぁ…もう少し賢い子だと思っていたのだけど」
「なら、会えなくてもいい。チャクラが感じられるだけで構わないから…っ」
我が儘だ。自己満足でしかない。
けれど、もう嫌だった。知らないうちにカカシがいなくなってしまうなんて事態を目にするのは。
「…仕方のない子ね」
「…っ」
「貴方の都合に時間を割くことは出来ないわ。水月と香燐は私に、重吾、ナナ君を頼むわよ」
ぱっと手が放され、大蛇丸が背を向ける。
ナナは願っていたとはいえ、口をぽかんと開けてしまった。
「い、いいのか…?」
「無理矢理連れて行っても、途中で勝手な行動されたら面倒でしょう」
さっさと行くわよ、と歩き出す大蛇丸に、ナナの傍に立ったままの重吾を振り返った。
重吾はただ静かにこくりと首を縦に動かす。
それからすぐに重吾の手はナナの腰に回され、きつく抱き寄せられた。
「首に、手を回して」
「え、あ、おう…」
これから重吾が何をするのか理解出来たナナは、振り落とされないように重吾の言葉通りに首に腕を回した。
重吾の背中からメキメキと腕のような翼のような物体が生える。
途端に足が宙に浮く感覚に襲われ、更に腕に力を込めた。
「重吾、付き合わせて…悪い」
「いや」
顔を上げると人間と化物の間のような重吾の顔と、闇を照らす炎が瞳に映る。
あそこでカカシが戦っているのか、と。ナルトやサクラ、その同期達が命をかけているのか、と。
そう考えた瞬間、ナナの目は大きく開かれ、青く染まった。
「なあ、重吾は俺の…五色の刀のこと、知ってるか?」
「特殊なものだということは知っているが」
「ああ、これは俺だ。俺の血とチャクラを宿す俺自身だ」
戦争が起きるとそう実感した瞬間から、自分に出来ることを考える時間が増えた。
その中で、この刀と向き合う時間は大半を占める。それ程大事な刀だ。
「…俺の手を離れ、カカシの傍に居た時…愛しかったはずだ…守りたかった、はずだ…俺なら」
「ナナ?」
「今度こそ、カカシの傍で、カカシを守りたい」
ぎゅっと刀を胸に寄せて、自分のチャクラを流し込む。
この刀は自分の思いに反応する。それに気付いたのも、つい最近のことだったように思う。
確信はない、けれど、この刀はカカシに辿り着く。何故かそう信じられた。
「ナナ、あっちだ」
「ああ…大丈夫だ、感じる」
戦争の最中。巨大な化物。異様な光景が広がる闇にカカシの気配。
ナナは重吾の腕を掴み、ぐいと引っ張った。
「どうした?」
「ここからなら多分届く。出来る限り高く飛べないか?」
「分かった、掴まってくれ」
重吾の首に改めて手を伸ばし、ぎゅっとしがみ付く。
同時に重吾の手もナナの体をきつく抱き締め、音を立てながら羽のようなものは大きくなった。
飛ぶには重そうなその羽で舞い上がり、覆っていた木々を飛び越える。
「これでいいか」
「ああ、有難う…。行け!!」
無意識に張り上げた声。ナナの手を離れた刀が闇を裂くかのように青く光る。
それはナナの腕力に対応することなく、どこまでも光を伸ばし続けた。
「…あれは、多分俺自身より力になる」
「本当にそれでいいのか」
「いいも何も…」
何度も何度も言い聞かせた事だ。
自分に出来ることなどない。むしろ足手まといだから戦場になど出るべきではないと。
「俺だって、本当は…!」
カカシの隣で。カカシと背中合わせて。
しかしその思いに蓋をする為に目を閉じる。
その瞬間、青い光を纏った刀と共にカカシのチャクラが消えた。
「…!?」
咄嗟に目を開き重吾を見れば、その重吾も眉を寄せて刀の消えた空を見つめている。
「なんでだ…?カカシのチャクラが、俺の刀と一緒に消えた」
カカシのチャクラは決して弱まっていなかった。
あったものが急に無くなった。ナナは驚きと不安で闇夜を見つめる。
重吾にしがみ付く腕が微かに震えるのは、最悪の事態を想像してしまったからだ。
「写輪眼の力の一つに、空間転移のようなものがあるはずだ」
「どういうことだ!?」
「もしその力の影響であるなら…はたけカカシはこの空間にはいない、ということだろう」
暫く茫然として、それからナナはカカシの能力を思い出した。
あの目に吸い込まれる爆風、嘗て任務の中で見た光景だ。
つまり今回は、カカシ自身が違う空間へ移動したということだろうか。
「いや、でも…今回は相手もうちはだ…。誰がどういう意図でカカシを飛ばしたのか分からない…」
カカシ自身が作戦として利用した能力ならばいい。
しかし敵の策にはまった結果なのだとしたら。
「…重吾、悪い。やっぱ俺行く」
「待て、ナナ…」
「ここまで有難う。戦争が終わったらまた…会おう」
そう言うが早いか。
重吾の答えを待つことなく、ナナの体温は重吾の腕から無くなっていた。
・・・
カカシと片目が輪廻眼のうちはの男、二人が空間を転移する。
二人の持つ写輪眼は、元々一人の男のモノ。その為、二人の写輪眼が転送する先は同じ空間だった。
その何もない空間で対峙する二人の実力に然程差はない。
それでも押されているのはカカシだった。
「…やはり、お前には迷いがある」
「…」
「フッ…お前が戦争中の相手に情けをかけるとはな」
にやりと笑ううちはの男。
カカシの右目の写輪眼と、男の左目の写輪眼が見つめ合う。
確かにカカシの心には迷いがあった。目の前の男を、何とかして救えないのか、どこかでまだそう思っている。
「後ろめたさか…?カカシ」
突き刺すはずだった雷切を発動した手、それが男の前で止まる。
「お前も十分苦しんだのだろう?オレやリンの墓の前で…」
「…」
「もうお前は苦しまなくていいんだ。この幻術の世界なら…好きな物、理想も全て手に入る」
カカシの横に現れる少年と少女。
嘗て守れなかった仲間達、もう遠い昔に死んだ者たちだ。
それでもカカシの目が大きく揺れるのは、ずっと後悔して来た、守れなかった友の姿だったから。
しかし、そのカカシの揺らぎを正すかのように、青く光る刀が突き刺さった。
「…な…!」
刀に裂かれた幻覚が波に攫われるかのように消えてなくなる。
その代わりにその場に立っていたのは、ずいぶんと久しぶりに会う気がする恋人の姿だった。
ひらりと地面に足をついて、ナナは若干の気持ち悪さに顔をしかめた。
何もなく薄暗い場所。
重吾が言うには、ここが恐らく写輪眼の能力、空間転移なのだろう。
「…!?ナナ…!?」
そのナナの耳に聞こえて来たのは、確かにカカシの声。
その声にぱっと振り返ったナナの目には、驚き目を開いているカカシの姿が映った。
「っ、良かった、カカシ!」
「お前、どうして…」
「後悔するよりは、アンタの所に行った方が良いと思って…」
言葉と共に零れる息は、カカシが無事であったことをこの目で確認出来た安堵からだ。
ナナは緩む頬で一度微笑んでから、すぐさまカカシと向かい合うようにして立っている男へ目を向けた。
「なあ、アイツは確か…」
見覚えのある服装。暁と少し似ているような恰好は、何となくうちはマダラを思い出させる。
片目の写輪眼も、奴の仮面に開いていた穴から覗いていたモノのような。
「まさかアンタ、一人でうちはマダラと…」
「いや。その説明は後でする。ナナ、下がってくれ」
「え…」
しかし、カカシはナナを男から隠すように前に立った。
「会えて嬉しい、けど…。これはオレの闘いなんだ」
続けて言う言葉に、違和感を覚えないはずはない。
もしもうちはマダラが目の前の男なら、カカシが一人で向かい合う理由は何だ。
「お前…誰なんだよ」
カカシの体の向こうに見える男を睨みながらそう問う。
男は赤い瞳を細めて、ふっと鼻で笑った。
「…なるほど、カカシ。お前はリンを見殺しにしておきながら…またオレの欲しいものを手に入れたのか」
「は…?」
男の口から出たキーワードに、ナナは眉間のシワを深くしてカカシを見上げた。
何故“うちはマダラ”だと思われていた男がそれを知っているのだろう。
妙な胸のざわつきにカカシの腕を掴む。するとカカシはこちらを向くことなく口だけを動かした。
「ナナ、アイツは…うちは、オビトだ」
「はあ…?うちはオビト…?」
カカシに向けていた目を男に移す。
写真でしか見たことのない少年にその面影は感じない。
けれどその写輪眼の宿す片目に、ナナは認めざるを得なくなった。
「…なんで、生きてるんだよ。だってうちはオビトは、墓石に刻まれてただろ」
ナナの声が震えた。
認めたくなかったのだ、あの名前を見つめる切ない背中が、こんな形で裏切られるなんて。
「五色ナナ。そいつは、仲間だったリンを殺したんだよ。守ると約束したのに…こいつは約束の一つも守れない男だ」
「なんで…」
「まあ安心しろ。今ここでそいつが死んでも…無限月読の世界では理想が全て叶う」
過去だと思っていた人間が、目の前で話している。
しかし、カカシが思っていた姿とも、ナナが想像した姿とも異なっているのだろう。
無限月読…うちはマダラが成そうとするこの世の終末だ。
「うちはオビト…っお前は、カカシの友人だったんだろ!生きていたならなんで…っ」
「…リンのいない世界なんて意味がないからだよ」
「なんだよそれ…そんなことでテメェは、カカシの心を弄んで、こんな、戦争を持ちかけたってのかよ…!」
勢いのまま叫び、ナナはカカシの押し退けていた。
きっとカカシは自分の痛みを抑えてここに立っているのだろう。
そう思ったら勝手に体が、口が動いて止まらなくなった。
「テメェのせいで…カカシはずっと…っ」
「ナナ…いい、下がれ!」
「…っ、」
怒りに震えるナナの体を、カカシの手が掴み抱き留める。
しかしそれも一瞬のこと、ナナよりも大きな体は迷いなくオビトへ向かって飛び出していた。
「今ここで…ナナを巻き込む必要はない!そうだろう、オビト!」
「ああ、そうだな、今はお前を殺すだけだ」
カカシとオビトの体が激しい音を立ててぶつかる。
カカシに押し退けられ、そのままよろけながら下がったナナに、入って行く隙間などどこにもなかった。
「…、…っ、なんで…」
写輪眼によって作られた空間。
これはカカシの写輪眼のものか、それともうちはオビトのものか。
ナナは小さく舌打ちをしてから、巻き込まれないように、カカシの願いを汲むべく飛び退いた。
余りにも広く、何もない場所。この空間は、カカシとオビト、二人が共有しているものだ。
二人の写輪眼は…元々一人のモノなのだから。
「…カカシ」
拾い上げた刀を握り締め、ナナは一人呟いた。
結局、邪魔にしかならない。たとえナナに力があったとしても、この闘いにおいてナナに居場所はなかったのだ。
激しい戦闘音を耳にしながら、それを見てしまわないように刀に自分の額に寄せて目を閉じる。
なら、今ここで出来ることを考えろ。この戦争で、自分の役割を探せ。
「俺にしか出来ない事…」
自分は五色だ。この戦争に参加する忍の中で、五色は恐らくナナただ一人だろう。
ならば、五色が…木ノ葉の力を受け継いだ五色にしか出来ないことは何だ。
「五色にしか…出来ない事…」
ぎゅっと手が痛むほどに力強く握り締める。
その刀に、一瞬チャクラを吸い取られるような感覚がした。
「っ、」
ばしんっと刀に弾かれ、目を見開く。
一瞬見えた刀の光は、見たことのないような眩しい金。
「今の…もしかして、性質全部が集まった…?」
今まで性質同士を掛け合わせたことは何度もある。
けれど、全てを掛け合わせた術なんて、そんな存在しないものを扱おうと思ったことは一度もなかった。
ちらと遠く、カカシの背中を見てから、再び自分の刀に視線を移す。
目を閉じて意識を手中させる。一本ずつ、異なる性質をもつチャクラを刀へと流して行く。
「っ!」
一瞬でも気を揺らがせるだけで、パシンと弾かれるように全てのチャクラが途切れる。
それでももう一度。目を閉じて刃に指を重ねた。
「…ふっ…カカシ、お前は強い」
武器と武器とが交わって、鋭い音が鳴り響く。
その音に重ねられた低い声に、カカシは静かにその声に耳をそばだてた。
「オレは五色の少年を欲しいと思っていたが…気付いたよ、それすら無限月読の中では叶うことだ」
「…まさか、お前」
「お前にも、オレと同じ思いを味わわせてやる!」
力強く押され、一瞬カカシの動きが鈍る。
その隙を逃さず、オビトは地を蹴り、カカシの横を通り過ぎていた。
「しまった!…っナナ!!」
カカシの声はナナの耳には届いていなかった。
完全な集中状態の中、迫りくるオビトに気付くことなくナナの刀が光り輝く。
オビトの手が、ナナの首を落とす。
そう、後1秒でも遅かったなら。
「何…!?」
ナナの刀は一瞬、巨大な刃になって周りを切裂いていた。
眩しい程の光にオビトが怯む。今度はその隙をカカシが逃さず、背後からオビトの胸へ雷切をぶつけた。
「っ、」
オビトの声が、息の中に沈む。
しかし、そのままオビトは空間を転移しその場から姿を消していた。
「カカシ!」
静まり返った空間で、膝をついたカカシに駆け寄る。
勝負はカカシに軍配を上げたのだろうが、カカシの体にも無数の傷が刻まれていた。
「すぐ手当を…」
「…、ナナ、今…お前、何したんだ」
「え?」
カカシが眉間にしわを寄せ、脂汗を流しながらそう問いかける。
ナナは何のことかと考え、それからハッと自分の刀を見下ろした。
「今…たぶん一瞬成功したんだ。性質変化を、全て刀に流した」
オビトがこちらに向かってきたのは、本当に偶然だった。
タイミングが少しでも違っていたら今頃どうなっていたことか分からない。
「…もしかすると…。今のが五色の、本当の力…」
「俺の、本当の…ってカカシお前、血が…!」
「ん…これくらい、大丈夫」
「じゃねえよ。手当するから、大人しくしてろ」
自分のことはともかくだ。
ナナはカカシをそこに座らせると、自分の服をびりと破いた。
「…俺が、医療忍術使えたら…」
「ふ、その器用さなら、出来るかもしれないな」
「じゃあ、今度サクラに教えてもらうかな」
なんて冗談みたいな会話をしながらカカシの傷口を塞ぐ。
少し顔をしかめたカカシに胸が痛んで、ナナはそっとカカシの頬に自分の頬を寄せた。
「…また…アンタの傍を離れて…ごめん」
「何か、大事なことがあったんだろ、ナナにも」
「…まあ、そうなんだけど…」
すりと肌を合わせて、軽く唇を重ねる。
ぽんっと頭を撫でる大きな手が愛おしくて、ナナはすんと一度息を吸い込んだ。
「…なあ、ナナ。さっきの、ナナの術…使いこなせそうか?」
ふいに、カカシが耳元でそうささやいた。
ナナは名残惜しさを感じながらも身を離し、カカシの横で膝をつく。
「いや…さっきのは偶然っつか…まだ成功してもちょっとしか持ちそうにない」
「…」
「刀を振り下ろすだけで精一杯だと思う」
それが確実に敵にぶつけられるならともかく、今のままではぶつける前に掻き消えて、むしろ自分の身を危険に晒すだけだろう。
しかし、カカシは「うん」と頷いた。
「ナナ、そういえば、オレはナルトやサスケばかりでお前の修業には全然付き合ってやれなかったよな」
「え?なんだよ、急に」
カカシの手が、ナナの刀を持つ手に重ねられる。
「コツくらいなら、オレにも教えられるだろ」
「…カカシ」
「オレからナナに、最後の指導だ」
指導。
ナナはその言葉にぱっと顔を上げた。
カカシがにこりと笑い、それからきりと表情を変える。
「今から30分で、五色の力を習得してもらう」
宙に浮いている全身が妙に白い男を、皆が見上げていた。
うちはオビト、そしてうちはマダラ。
写輪眼で作られた空間から戻ってきたオビトは、マダラの力によってついに十尾となった。
今まで暁が集めていた尾獣の力を、既にマダラは手にしていたのだ。
「くそ…何も効かねぇ…」
先程から穢土転生によって導かれた火影達と共に出来る限りの攻撃をしてみたが、オビト、もとい十尾は無傷。
その間にも初代火影が一人でマダラに向かっている。
戦力が分断されるのも、これ以上は戦況として良くないだろう。
「まいったな…これじゃ埒があかない」
ナルトの横で、ミナトもぽつりとつぶやく。
このままこの状況が続いてしまうと、ただこちらのチャクラと体力が尽きるのを待つだけになってしまう。
「じゃあ、どうすりゃいいんだってばよ…」
「そうだな…何か、今までに無いような術でもあれば」
「そ、そんなん…」
考える時間もない。けれど闇雲では何も変わらない。
どうする、何か手は。流れを変える手はないのか。
そう真っ白な頭をフル回転させる最中、ナルトの目の前に突然カカシが姿を現した。
「おわ!?か、カカシ先生!」
「戦況は!?」
「見ての通り、やばいってばよ」
ナルトが見据える先には、宙に浮く白い体。
それがオビトだと気付きながら、ナルトの隣に立つ男にカカシは目を丸くした。
「…ミナト先生!?」
「ああ、久しぶり、カカシ」
「そうか、穢土転生…心強いです!」
事情は知らないが、火影がこちら側についてくれると言うのなら、これ以上のことはない。
ミナトだけではなく、他の歴代火影もこの戦場にいることに気付き、少なからず安堵する。
しかし、やはり現状良くはないらしい。
「…あれは、オビト…なのか…」
「残念だけど、オビトはもう十尾の器になってしまったよ」
「カカシ先生、アイツ何の攻撃も効かねぇんだ」
記憶の中どころか、もはや面影どころか人間とも思えない不可解な姿。
まともにぶつかるのは確かに無理なのかもしれない。
けれど、尚更試す価値はある。
カカシはつい先程まで交わしたナナとの会話を思い出した。
『もう、教えられることは無さそうだな』
『…まさか、もう行くってのか?』
『ここで無駄にチャクラを消費したら、意味がなくなるからな』
不安そうに眉を寄せるナナだが、確実に自分の意思で術の発動が叶っていた。
この成功率ならもう平気だろう。
『…敵は強い。同じ術を二度喰らうような奴じゃない』
『どっちにしろチャンスは一回だけってことか…』
『ああ。その一回に、チャクラを込めてくれ』
無茶はさせたくない。けれど手を抜けば危険なのはこちらだ。
カカシの心配に気付いたのか、ナナはこくりと頷き笑ってみせた。
『アンタの合図にかかってるわけだ』
『そうだな。ナナは、ただ振り下ろせばいい』
『…信じてる』
『ん。ナナも』
カカシのことを思ってか、一瞬見せた不安そうな顔は、それきり一切見せなかった。
だから、後は信じて挑むだけだ。
カカシはぐっと手を握りしめ、ナルトを見下ろした。
「…少し、試したいことがある」
「何か策があんのか?」
「ああ。オレをアイツの元へ、道を開いて欲しい」
覚悟を決めて、カカシがそうナルト達に向けて言う。
しかし、ミナトはうんとは言わずに、眉を寄せてカカシに目を向けた。
「カカシ、いくらお前がオビトのことを悔やんでいるからといってそれは」
「大丈夫です。やるのは、オレじゃない」
「え…?」
じゃあ誰が、とナルトとミナトが親子らしく同じ顔を見せる。
それを見て思わず微笑んでから、カカシは脳裏にナナの姿を浮かべて続けた。
「…オレの、自慢の教え子が」
「ああ、分かった。五色ナナ君でしょ」
「ナナ!?ナナも来てんのか!?」
さらりと名前を出したミナトに、ナルトがぱっと笑顔を見せる。
しかし、ミナトとナナに面識などないと思っていた手前、カカシは驚きぽかんとしてしまった。
「え、ミナト先生、ナナに会ったんですか」
「ここに来る前にね。うん。そうか、カカシもか」
「…な、何がですか」
「いや?いい関係だと思ってね」
にこりと、爽やかな笑みを浮かべるミナトに対し、カカシの頬には汗が流れる。
これはあれだ。分かってるって顔だ。
「…それは…えっと、ナナは一体何を言ったんです…」
「ほら、カカシ。構えて」
教え子との関係がバレたのかと震えるカカシの横で、ミナトがすっと敵に向き直り構える。
それに見習って顔付を変えたナルトに、喜びと少しの寂しさを感じながらカカシもオビトを見上げた。
「それで…カカシをオビトの目の前まで運べばいいのか?」
「はい。あとはナナがやってくれる」
「…よし。分かった。ナルト、行けるか?」
「おう!」
既に相手の体に触れる位置まで突っ込む術は見つけているのか、二人が連携を取りながら走り出す。
この景色が、見れる日が来るとは思わなかった。
同じ色をした髪を揺らしながら走る二人に、思わず目を細める。
これが、見たかった。
いや、きっと何より今二人が感じているだろう。繋がった火の意志。それが確かにここにある。
「よっしゃ、カカシ先生!!頼むってばよ!」
ナルトの声を聞いて、カカシは写輪眼を発動させた。
二人の陽動の隙間、敵の手の追いつかないところでカカシが正面へと出る。
その瞬間、空間が繋がった。
「ナナ!そのまま振りかざせ!」
カカシの目から、渦を巻くようにして飛び出したナナが手を振り上げる。
その手に握られているいつもの刀は、眩い光を放ち、見たことのない巨大な刃の虚像を映し出した。
「っらああああ!!」
大きな声を上げて、振り下ろされる刃。それは作戦通りに、オビトの体を包み込んでいた。
地面にぶつかると同時に、辺りにも激しい振動が伝わる。
ナナを中心に真っ白に染まった空間で、全ての忍たちが目を閉じた。
「よっしゃ!効いてる!」
「す、すごいな、こんなことが…」
「ナナ!スゲェってばよ!後はオレ達に任せてくれ!」
微かに聞こえる声。
風圧に飛ばされ抱きかかえられた暖かい腕の中で、ナナはその言葉を確かに受け取った。
やるべきことは出来た、のだろう。
安堵に閉じた瞳、激しい戦争の音は、次第に音を静めていった。
・・・
がつんっと頭を揺らした衝撃で、ナナは目を開いた。
性質変化を全て集めて、これが最後で良いと意気込んでチャクラを振り絞った後、ナナはチャクラを使い果てて気を失ってしまった。
それでも、不安はなかった。
力強い声が、聞こえたのだ。ナルトの、英雄の声が。
「ナナ、悪い、起こしたか」
頭の上から聞こえてきた声に、ナナは動かない体で目だけを動かした。
カカシの顔が近くにある。どうやら、カカシの腕に抱かれているらしい。
「あれから、どんくらい経った…?」
「ん?そんなに経ってないよ。でも大丈夫、もう、大丈夫だ」
大丈夫、とは。
ナナはゆっくりと視線を動かした。
何もない。静かで、ただ涼しい風が流れている。
「オビトは、ナナのおかげで、十尾として消えずに済んだよ」
「…倒せたのか?」
「オレは…またオビトに助けられた」
優しい声でそう言うカカシに、ナナは再びカカシへと視線を戻し、そしてはっと目を開いた。
「アンタ…目が」
「ああ、もう、写輪眼はオビトへと返ったよ」
「…仲直り、出来たのか?」
「ふっ、仲直り、か…そうだな」
にこりと柔らかく微笑むカカシに、ナナも安心して頬を緩める。
そうか、本当に、戦いは終わったのだ。
「…ナルト!サスケ君!」
安堵に息を吐いたナナの横、サクラが駆け足で通り過ぎる。
その先を目で追うと、ナルトとサスケが倒れているのが見えた。互いに、片手を失っている。
「…何が、」
何があったんだ、と聞こうとした口をナナは閉ざした。
何となく、想像出来た気がした。
サスケは兄の為とここまで来てくれたが、決してナルトと心を通わせてここに来たわけではなかった。
それが、戦争の、最後の闘いとなったのだろう。
「カカシ…」
「ん?」
ひょうひょうと笑っているカカシに、ずきりと胸が痛んだ。
二人が死闘を繰り広げるのを、目の前で見て、辛くないはずがない。
その最中、ずっと目を閉じていた自分が憎い。
「カカシ…」
「なあに?」
込み上げる愛しさに、重い腕をカカシの首に回してぎゅっと抱きしめる。
「…お疲れ様」
今はただそれだけ。
大きすぎた犠牲、けれど掴んだ終結に湧く声に耳を傾ける。
「ナナも、よく頑張ったな」
子供をあやすかのような優しい声色。
ようやくじわじわと胸に膨らみ始めた実感に、ナナはぽろりと一筋涙を落としていた。
「…、…」
驚きのあまり、ナナの口は数回ぱくぱくと動いたものの声にはならなかった。
その突然の沈黙に、ミナトは不思議そうに目を丸くして掴まれた腕を見下ろす。
「えっと…?もしかして、五色##NAME2##を知っている…?」
はっとしてナナは強く掴んでしまった手を放し、体の後ろで組んだ。
五色の人間の名前なんて一人一人記憶しているわけがない。
その中で、唯一と言っても良い人だ。
「##NAME2##は、俺に木ノ葉を紹介してくれた…俺の育て親だ」
「え!?そうか、君は彼の…」
ゆっくりと言葉を紡げば、ミナトは感動に顔を緩ませる。
嬉しいのはこちらとて同じ。ナナも俯き気味ではあるが、口元が緩んで弧を描いている。
「そうか…オレのしたことは無駄じゃなかったんだ。会えて嬉しいよ、ナナ」
「…俺も、会いたかった。ミナトさん」
ふいに名前を読んだことで、四代目の目が大きく開かれた。
生気のない瞳、けれどはっきりと表情が映っている。
「木ノ葉に来て…俺を引き取ってくれたのはカカシなんです。それで、貴方のことも聞いていました」
「へぇ、カカシが!すごいな、こんな形で繋がるなんて」
「俺も…驚きました」
カカシに見せてもらった写真を思い出して、ナナは目を閉じた。
生意気そうなカカシと、ふくれっ面の少年、そして可愛らしい少女。それを包み込むように立っていたのはこの人だ。
ナナの知り得ない、壮絶な過去をミナトは知っている。
手を伸ばしても届かなかったものが届くところにあって、ナナの気持ちは抑える事が出来なかった。
「その…カカシは、どんな忍だったのか、聞いても良い、ですか」
こんなことを話している状況でないのは重々承知している。
けれど我慢出来なかった問いに、ミナトは真剣に「うーん」と考え出した。
「そうだな、カカシか…。小さい頃から優秀だったよ。優秀なだけあって可愛い顔して結構きついこと言うんだ」
「ある意味忍らしい忍だったって、カカシが言ってました」
「そうだね。うん、ある意味。でも素晴らしい父上と友人に恵まれてね」
「うちは、オビト…」
「…それもカカシから聞いたのか?」
咄嗟に反応してしまったナナに、ミナトは明らかに驚いた様子を見せた。
そして小さく「それはすごいな」と漏らしたのは、カカシが自分のことを話さない人間であると知っているが故の本音なのだろう。
「カカシはいつも、慰霊碑の前で…彼のことを考えてる」
「そっか…。まだ考えているのか、あの日の事を」
やはり、というか当然だが、この人は知っている。
それが分かって、チクチクと胸に刺さる感覚にナナの顔が少し歪んだ。
「カカシにとって…最初の分岐点だった。あの年で…失うものも得るものも、大きすぎた」
どこか遠くを見てそれだけ言ったミナトに、これ以上何か聞こうとは思えなかった。
たぶん、聞くならカカシからでないと意味が無い。
ナナはそれでも、と。自分に言い聞かせてから顔を上げた。
「そんなだから俺は…いつアイツを失うのか怖い。アイツは自分の死を全く恐れてないんだ。貴方は…貴方ならカカシを救えるかもしれない」
「いや、それはないな」
「、どうして」
「カカシは幼い頃からボクを超えていたし…今更死者がでしゃばってもね 」
“死者”という言葉に、涙が出そうになった。
こんな風に話して、目の前で笑っている人は、大蛇丸が術で一時的に復活させたに過ぎない。
笑顔が写された写真と、そして目の前の儚い笑顔に、結局ぽろりと一筋涙が零れた。
「…でも、カカシは今も前線で戦ってて…俺は足手まといだから、何も出来なくて」
「君は…」
「俺には、アイツの隣にいる方法が分からない…っ」
何度も何度も隣にいたいと願った。隣にいないとカカシを失うかもしれないと恐れた。
けれど、カカシはナナの手には納まらない人間なのだ。
ぽろぽろと後を追って流れたのは、最初の一筋とは違う涙だった。
「驚いたな…カカシが教え子にこんなに思われているなんて」
「あ…、」
「でも、こんなに思ってくれる人がいるならそれだけでカカシは、うん、大丈夫なんじゃないかな」
我に返って、両手でごしごしと目を拭う。
ミナトは優しい顔でナナを見降ろしていた。
「守るべき人がいる、それは何よりも力になるんだよ」
「でも俺は何も出来ない女じゃない」
「関係ないよ、男だとか女だとかそんなことは。それに君は今…すごく綺麗だから」
ミナトが親指で軽くナナの頬をつたう涙を拭う。
脈絡のない答えに暫くナナは首を傾げ、それからはっと目を開いて顔を赤く染めた。
綺麗、だなんて男に言う言葉ではないだろう。
「カカシも立派になったもんだ」
「おい、ちょっと、今の」
「いいんじゃないかな。すごくお似合いだと思うよ」
「…!」
やっぱりバレている。
いや、ミナトの中でどれほどの確信となっているのかは定かでないが、普通の師弟でないことは気付かれたか。
ナナは観念したかのように息を吐き出し、ミナトの袖を軽く指で掴んだ。
「…貴方は、ナルトと違ってそういうとこも鋭いんですね」
「え」
だからナナも気付いたことを負けじと伝えた。
確信は無かった、写真だけでは。しかし、近くで見て、それがたとえ穢土転生が呼び出した死者だとしても確信した。
波風ミナトは、うずまきナルトの父親だ。
「決まったわよ」
目を丸くしたままのミナトとナナとが振り返ると、大蛇丸がニヤニヤといつも通りの顔で出てきた。
その後ろから全員続いて出てくる。
それまでの空気から一変、ナナもミナトも多少緊張した面持ちで彼等を見据えた。
「…サスケの答えは…?」
サスケの答え。木ノ葉潰しを実行するのか、それとも。
既に強い意志を持った顔付きでいるサスケは、ナナをちらと見て薄い口を開いた。
「これから戦いに行く。木ノ葉の忍として、戦う」
「サスケ…!」
なるほど、よく見れば火影達も良い顔をしている。
「よし、そうと決まれば、ワシらも行くぞ!」
「マダラ…今度こそ倒す!」
「久しぶりの戦争じゃ、気を引き締めんとな」
初代と二代目と三代目と、続いて戦場に赴かんと動き出す。
ミナトはキッと鋭い表情に代わり、それから一度ナナの肩をポンと叩いた。
「…ナナ、カカシを宜しく」
「え」
そして真っ先に目の前から姿を消したのは四代目だった。
それから初代と二代目と三代目が追いかけるように消える。
あまりにも心強い援軍だろう。
その見えなくなった背中を見送っていると、遠くから凄まじい勢いで足音が近付いてきた。
「やっぱサスケかてめぇええ!!!」
「ぐえっ」
勢いをこらすことなく突っ込んできた足音は、あろうことか水月に衝突した。
そのままグーで水月が形を失う程強く殴り続ける。
「…香燐」
「って、ナナ!こんなとこで何してんだ?」
「いやその前に、水月放してやれよ」
「ん?いたのか水月」
サスケへの怒り余りに周りなど見えていなかったのか。
香燐はようやく周りを見渡しながら立ち上がった。そして改めて向かうはサスケの腕。
「テメェ、ぜってー許さねーから…」
「すまなかった、香燐」
「……って、テメェ、そんな言葉許さごときと思っているされるかこの…ろくでなしィ~~!!」
最後の方は何と言ったのか聞き取れなかったが、サスケを目の前にして怒りはどこかに飛んでいったようだ。
香燐の目にハートが浮かぶようで、ナナはやれやれと息を吐きつつ水月に手を伸ばした。
「大丈夫か、水月」
「これが大丈夫に見える?」
「いや、しゃべれてるし平気か」
「もうちょっと誰かボクに優しくしてよ…」
しゅんと眉を下げて、ゆっくりと体を元に戻す水月の頭をぽんぽんと撫でる。
そんなナナの行動に驚きながらも、水月は「悪くないね」と笑った。
「さて、と。ほのぼのしているところ悪いけど…ナナ君は私達について来なさい」
「え?」
「サスケ君とは別行動よ」
てっきり皆で戦場に向かうのだと思っていたナナは、言葉を失って大蛇丸を見上げた。
その言葉を補うのはサスケだ。
「ナナ、お前は足手まといだ」
「…、そんな」
そんなことは分かっている。分かっているから今尚ここでくすぶっているのだ。
「オレは行く」
それだけ言ってサスケが迷わず地を蹴って先へと走り出す。
咄嗟に後を追いかけようとしたナナの腕は、しっかりと大蛇丸に掴まれていた。
サスケの姿が見えなくなる。
放してくれ。そう視線で訴えるも、大蛇丸は目を細めて首を横に振った。
「貴方は確かに中忍試験の時は頭一つ抜けていたわ。それは、貴方が人を殺せたからよ」
「…何だよ、急に」
「あの時、あの場にいるのは下忍。死闘なんて味わったことのない子達だらけだったわ。けれど今は違う…それどころか貴方はこの3年間何をしてきたのかしら」
淡々と続ける大蛇丸に、ナナは言い返せなかった。
ナルトやサスケ、そしてサクラまでもが伝説の三忍の元で修業を積んでいたのだ。
自分は、それどころではなかった。しかしそれも今となっては言い訳でしかない。
「そして何より貴方は五色。どの里の忍も貴方の命を守りたがるでしょうね」
「…でも、俺はもう木ノ葉の忍だ」
「理屈じゃないのよ。貴方の他に里を出た五色はいないんだから」
大蛇丸の言うことは正しいのだろう。
けれど、ナナは抑えきれない思いを叫ばずにはいられなかった。
「五色どうこうはどうだっていい!とにかく一目でいい、カカシのところに行く!」
「はぁ…もう少し賢い子だと思っていたのだけど」
「なら、会えなくてもいい。チャクラが感じられるだけで構わないから…っ」
我が儘だ。自己満足でしかない。
けれど、もう嫌だった。知らないうちにカカシがいなくなってしまうなんて事態を目にするのは。
「…仕方のない子ね」
「…っ」
「貴方の都合に時間を割くことは出来ないわ。水月と香燐は私に、重吾、ナナ君を頼むわよ」
ぱっと手が放され、大蛇丸が背を向ける。
ナナは願っていたとはいえ、口をぽかんと開けてしまった。
「い、いいのか…?」
「無理矢理連れて行っても、途中で勝手な行動されたら面倒でしょう」
さっさと行くわよ、と歩き出す大蛇丸に、ナナの傍に立ったままの重吾を振り返った。
重吾はただ静かにこくりと首を縦に動かす。
それからすぐに重吾の手はナナの腰に回され、きつく抱き寄せられた。
「首に、手を回して」
「え、あ、おう…」
これから重吾が何をするのか理解出来たナナは、振り落とされないように重吾の言葉通りに首に腕を回した。
重吾の背中からメキメキと腕のような翼のような物体が生える。
途端に足が宙に浮く感覚に襲われ、更に腕に力を込めた。
「重吾、付き合わせて…悪い」
「いや」
顔を上げると人間と化物の間のような重吾の顔と、闇を照らす炎が瞳に映る。
あそこでカカシが戦っているのか、と。ナルトやサクラ、その同期達が命をかけているのか、と。
そう考えた瞬間、ナナの目は大きく開かれ、青く染まった。
「なあ、重吾は俺の…五色の刀のこと、知ってるか?」
「特殊なものだということは知っているが」
「ああ、これは俺だ。俺の血とチャクラを宿す俺自身だ」
戦争が起きるとそう実感した瞬間から、自分に出来ることを考える時間が増えた。
その中で、この刀と向き合う時間は大半を占める。それ程大事な刀だ。
「…俺の手を離れ、カカシの傍に居た時…愛しかったはずだ…守りたかった、はずだ…俺なら」
「ナナ?」
「今度こそ、カカシの傍で、カカシを守りたい」
ぎゅっと刀を胸に寄せて、自分のチャクラを流し込む。
この刀は自分の思いに反応する。それに気付いたのも、つい最近のことだったように思う。
確信はない、けれど、この刀はカカシに辿り着く。何故かそう信じられた。
「ナナ、あっちだ」
「ああ…大丈夫だ、感じる」
戦争の最中。巨大な化物。異様な光景が広がる闇にカカシの気配。
ナナは重吾の腕を掴み、ぐいと引っ張った。
「どうした?」
「ここからなら多分届く。出来る限り高く飛べないか?」
「分かった、掴まってくれ」
重吾の首に改めて手を伸ばし、ぎゅっとしがみ付く。
同時に重吾の手もナナの体をきつく抱き締め、音を立てながら羽のようなものは大きくなった。
飛ぶには重そうなその羽で舞い上がり、覆っていた木々を飛び越える。
「これでいいか」
「ああ、有難う…。行け!!」
無意識に張り上げた声。ナナの手を離れた刀が闇を裂くかのように青く光る。
それはナナの腕力に対応することなく、どこまでも光を伸ばし続けた。
「…あれは、多分俺自身より力になる」
「本当にそれでいいのか」
「いいも何も…」
何度も何度も言い聞かせた事だ。
自分に出来ることなどない。むしろ足手まといだから戦場になど出るべきではないと。
「俺だって、本当は…!」
カカシの隣で。カカシと背中合わせて。
しかしその思いに蓋をする為に目を閉じる。
その瞬間、青い光を纏った刀と共にカカシのチャクラが消えた。
「…!?」
咄嗟に目を開き重吾を見れば、その重吾も眉を寄せて刀の消えた空を見つめている。
「なんでだ…?カカシのチャクラが、俺の刀と一緒に消えた」
カカシのチャクラは決して弱まっていなかった。
あったものが急に無くなった。ナナは驚きと不安で闇夜を見つめる。
重吾にしがみ付く腕が微かに震えるのは、最悪の事態を想像してしまったからだ。
「写輪眼の力の一つに、空間転移のようなものがあるはずだ」
「どういうことだ!?」
「もしその力の影響であるなら…はたけカカシはこの空間にはいない、ということだろう」
暫く茫然として、それからナナはカカシの能力を思い出した。
あの目に吸い込まれる爆風、嘗て任務の中で見た光景だ。
つまり今回は、カカシ自身が違う空間へ移動したということだろうか。
「いや、でも…今回は相手もうちはだ…。誰がどういう意図でカカシを飛ばしたのか分からない…」
カカシ自身が作戦として利用した能力ならばいい。
しかし敵の策にはまった結果なのだとしたら。
「…重吾、悪い。やっぱ俺行く」
「待て、ナナ…」
「ここまで有難う。戦争が終わったらまた…会おう」
そう言うが早いか。
重吾の答えを待つことなく、ナナの体温は重吾の腕から無くなっていた。
・・・
カカシと片目が輪廻眼のうちはの男、二人が空間を転移する。
二人の持つ写輪眼は、元々一人の男のモノ。その為、二人の写輪眼が転送する先は同じ空間だった。
その何もない空間で対峙する二人の実力に然程差はない。
それでも押されているのはカカシだった。
「…やはり、お前には迷いがある」
「…」
「フッ…お前が戦争中の相手に情けをかけるとはな」
にやりと笑ううちはの男。
カカシの右目の写輪眼と、男の左目の写輪眼が見つめ合う。
確かにカカシの心には迷いがあった。目の前の男を、何とかして救えないのか、どこかでまだそう思っている。
「後ろめたさか…?カカシ」
突き刺すはずだった雷切を発動した手、それが男の前で止まる。
「お前も十分苦しんだのだろう?オレやリンの墓の前で…」
「…」
「もうお前は苦しまなくていいんだ。この幻術の世界なら…好きな物、理想も全て手に入る」
カカシの横に現れる少年と少女。
嘗て守れなかった仲間達、もう遠い昔に死んだ者たちだ。
それでもカカシの目が大きく揺れるのは、ずっと後悔して来た、守れなかった友の姿だったから。
しかし、そのカカシの揺らぎを正すかのように、青く光る刀が突き刺さった。
「…な…!」
刀に裂かれた幻覚が波に攫われるかのように消えてなくなる。
その代わりにその場に立っていたのは、ずいぶんと久しぶりに会う気がする恋人の姿だった。
ひらりと地面に足をついて、ナナは若干の気持ち悪さに顔をしかめた。
何もなく薄暗い場所。
重吾が言うには、ここが恐らく写輪眼の能力、空間転移なのだろう。
「…!?ナナ…!?」
そのナナの耳に聞こえて来たのは、確かにカカシの声。
その声にぱっと振り返ったナナの目には、驚き目を開いているカカシの姿が映った。
「っ、良かった、カカシ!」
「お前、どうして…」
「後悔するよりは、アンタの所に行った方が良いと思って…」
言葉と共に零れる息は、カカシが無事であったことをこの目で確認出来た安堵からだ。
ナナは緩む頬で一度微笑んでから、すぐさまカカシと向かい合うようにして立っている男へ目を向けた。
「なあ、アイツは確か…」
見覚えのある服装。暁と少し似ているような恰好は、何となくうちはマダラを思い出させる。
片目の写輪眼も、奴の仮面に開いていた穴から覗いていたモノのような。
「まさかアンタ、一人でうちはマダラと…」
「いや。その説明は後でする。ナナ、下がってくれ」
「え…」
しかし、カカシはナナを男から隠すように前に立った。
「会えて嬉しい、けど…。これはオレの闘いなんだ」
続けて言う言葉に、違和感を覚えないはずはない。
もしもうちはマダラが目の前の男なら、カカシが一人で向かい合う理由は何だ。
「お前…誰なんだよ」
カカシの体の向こうに見える男を睨みながらそう問う。
男は赤い瞳を細めて、ふっと鼻で笑った。
「…なるほど、カカシ。お前はリンを見殺しにしておきながら…またオレの欲しいものを手に入れたのか」
「は…?」
男の口から出たキーワードに、ナナは眉間のシワを深くしてカカシを見上げた。
何故“うちはマダラ”だと思われていた男がそれを知っているのだろう。
妙な胸のざわつきにカカシの腕を掴む。するとカカシはこちらを向くことなく口だけを動かした。
「ナナ、アイツは…うちは、オビトだ」
「はあ…?うちはオビト…?」
カカシに向けていた目を男に移す。
写真でしか見たことのない少年にその面影は感じない。
けれどその写輪眼の宿す片目に、ナナは認めざるを得なくなった。
「…なんで、生きてるんだよ。だってうちはオビトは、墓石に刻まれてただろ」
ナナの声が震えた。
認めたくなかったのだ、あの名前を見つめる切ない背中が、こんな形で裏切られるなんて。
「五色ナナ。そいつは、仲間だったリンを殺したんだよ。守ると約束したのに…こいつは約束の一つも守れない男だ」
「なんで…」
「まあ安心しろ。今ここでそいつが死んでも…無限月読の世界では理想が全て叶う」
過去だと思っていた人間が、目の前で話している。
しかし、カカシが思っていた姿とも、ナナが想像した姿とも異なっているのだろう。
無限月読…うちはマダラが成そうとするこの世の終末だ。
「うちはオビト…っお前は、カカシの友人だったんだろ!生きていたならなんで…っ」
「…リンのいない世界なんて意味がないからだよ」
「なんだよそれ…そんなことでテメェは、カカシの心を弄んで、こんな、戦争を持ちかけたってのかよ…!」
勢いのまま叫び、ナナはカカシの押し退けていた。
きっとカカシは自分の痛みを抑えてここに立っているのだろう。
そう思ったら勝手に体が、口が動いて止まらなくなった。
「テメェのせいで…カカシはずっと…っ」
「ナナ…いい、下がれ!」
「…っ、」
怒りに震えるナナの体を、カカシの手が掴み抱き留める。
しかしそれも一瞬のこと、ナナよりも大きな体は迷いなくオビトへ向かって飛び出していた。
「今ここで…ナナを巻き込む必要はない!そうだろう、オビト!」
「ああ、そうだな、今はお前を殺すだけだ」
カカシとオビトの体が激しい音を立ててぶつかる。
カカシに押し退けられ、そのままよろけながら下がったナナに、入って行く隙間などどこにもなかった。
「…、…っ、なんで…」
写輪眼によって作られた空間。
これはカカシの写輪眼のものか、それともうちはオビトのものか。
ナナは小さく舌打ちをしてから、巻き込まれないように、カカシの願いを汲むべく飛び退いた。
余りにも広く、何もない場所。この空間は、カカシとオビト、二人が共有しているものだ。
二人の写輪眼は…元々一人のモノなのだから。
「…カカシ」
拾い上げた刀を握り締め、ナナは一人呟いた。
結局、邪魔にしかならない。たとえナナに力があったとしても、この闘いにおいてナナに居場所はなかったのだ。
激しい戦闘音を耳にしながら、それを見てしまわないように刀に自分の額に寄せて目を閉じる。
なら、今ここで出来ることを考えろ。この戦争で、自分の役割を探せ。
「俺にしか出来ない事…」
自分は五色だ。この戦争に参加する忍の中で、五色は恐らくナナただ一人だろう。
ならば、五色が…木ノ葉の力を受け継いだ五色にしか出来ないことは何だ。
「五色にしか…出来ない事…」
ぎゅっと手が痛むほどに力強く握り締める。
その刀に、一瞬チャクラを吸い取られるような感覚がした。
「っ、」
ばしんっと刀に弾かれ、目を見開く。
一瞬見えた刀の光は、見たことのないような眩しい金。
「今の…もしかして、性質全部が集まった…?」
今まで性質同士を掛け合わせたことは何度もある。
けれど、全てを掛け合わせた術なんて、そんな存在しないものを扱おうと思ったことは一度もなかった。
ちらと遠く、カカシの背中を見てから、再び自分の刀に視線を移す。
目を閉じて意識を手中させる。一本ずつ、異なる性質をもつチャクラを刀へと流して行く。
「っ!」
一瞬でも気を揺らがせるだけで、パシンと弾かれるように全てのチャクラが途切れる。
それでももう一度。目を閉じて刃に指を重ねた。
「…ふっ…カカシ、お前は強い」
武器と武器とが交わって、鋭い音が鳴り響く。
その音に重ねられた低い声に、カカシは静かにその声に耳をそばだてた。
「オレは五色の少年を欲しいと思っていたが…気付いたよ、それすら無限月読の中では叶うことだ」
「…まさか、お前」
「お前にも、オレと同じ思いを味わわせてやる!」
力強く押され、一瞬カカシの動きが鈍る。
その隙を逃さず、オビトは地を蹴り、カカシの横を通り過ぎていた。
「しまった!…っナナ!!」
カカシの声はナナの耳には届いていなかった。
完全な集中状態の中、迫りくるオビトに気付くことなくナナの刀が光り輝く。
オビトの手が、ナナの首を落とす。
そう、後1秒でも遅かったなら。
「何…!?」
ナナの刀は一瞬、巨大な刃になって周りを切裂いていた。
眩しい程の光にオビトが怯む。今度はその隙をカカシが逃さず、背後からオビトの胸へ雷切をぶつけた。
「っ、」
オビトの声が、息の中に沈む。
しかし、そのままオビトは空間を転移しその場から姿を消していた。
「カカシ!」
静まり返った空間で、膝をついたカカシに駆け寄る。
勝負はカカシに軍配を上げたのだろうが、カカシの体にも無数の傷が刻まれていた。
「すぐ手当を…」
「…、ナナ、今…お前、何したんだ」
「え?」
カカシが眉間にしわを寄せ、脂汗を流しながらそう問いかける。
ナナは何のことかと考え、それからハッと自分の刀を見下ろした。
「今…たぶん一瞬成功したんだ。性質変化を、全て刀に流した」
オビトがこちらに向かってきたのは、本当に偶然だった。
タイミングが少しでも違っていたら今頃どうなっていたことか分からない。
「…もしかすると…。今のが五色の、本当の力…」
「俺の、本当の…ってカカシお前、血が…!」
「ん…これくらい、大丈夫」
「じゃねえよ。手当するから、大人しくしてろ」
自分のことはともかくだ。
ナナはカカシをそこに座らせると、自分の服をびりと破いた。
「…俺が、医療忍術使えたら…」
「ふ、その器用さなら、出来るかもしれないな」
「じゃあ、今度サクラに教えてもらうかな」
なんて冗談みたいな会話をしながらカカシの傷口を塞ぐ。
少し顔をしかめたカカシに胸が痛んで、ナナはそっとカカシの頬に自分の頬を寄せた。
「…また…アンタの傍を離れて…ごめん」
「何か、大事なことがあったんだろ、ナナにも」
「…まあ、そうなんだけど…」
すりと肌を合わせて、軽く唇を重ねる。
ぽんっと頭を撫でる大きな手が愛おしくて、ナナはすんと一度息を吸い込んだ。
「…なあ、ナナ。さっきの、ナナの術…使いこなせそうか?」
ふいに、カカシが耳元でそうささやいた。
ナナは名残惜しさを感じながらも身を離し、カカシの横で膝をつく。
「いや…さっきのは偶然っつか…まだ成功してもちょっとしか持ちそうにない」
「…」
「刀を振り下ろすだけで精一杯だと思う」
それが確実に敵にぶつけられるならともかく、今のままではぶつける前に掻き消えて、むしろ自分の身を危険に晒すだけだろう。
しかし、カカシは「うん」と頷いた。
「ナナ、そういえば、オレはナルトやサスケばかりでお前の修業には全然付き合ってやれなかったよな」
「え?なんだよ、急に」
カカシの手が、ナナの刀を持つ手に重ねられる。
「コツくらいなら、オレにも教えられるだろ」
「…カカシ」
「オレからナナに、最後の指導だ」
指導。
ナナはその言葉にぱっと顔を上げた。
カカシがにこりと笑い、それからきりと表情を変える。
「今から30分で、五色の力を習得してもらう」
宙に浮いている全身が妙に白い男を、皆が見上げていた。
うちはオビト、そしてうちはマダラ。
写輪眼で作られた空間から戻ってきたオビトは、マダラの力によってついに十尾となった。
今まで暁が集めていた尾獣の力を、既にマダラは手にしていたのだ。
「くそ…何も効かねぇ…」
先程から穢土転生によって導かれた火影達と共に出来る限りの攻撃をしてみたが、オビト、もとい十尾は無傷。
その間にも初代火影が一人でマダラに向かっている。
戦力が分断されるのも、これ以上は戦況として良くないだろう。
「まいったな…これじゃ埒があかない」
ナルトの横で、ミナトもぽつりとつぶやく。
このままこの状況が続いてしまうと、ただこちらのチャクラと体力が尽きるのを待つだけになってしまう。
「じゃあ、どうすりゃいいんだってばよ…」
「そうだな…何か、今までに無いような術でもあれば」
「そ、そんなん…」
考える時間もない。けれど闇雲では何も変わらない。
どうする、何か手は。流れを変える手はないのか。
そう真っ白な頭をフル回転させる最中、ナルトの目の前に突然カカシが姿を現した。
「おわ!?か、カカシ先生!」
「戦況は!?」
「見ての通り、やばいってばよ」
ナルトが見据える先には、宙に浮く白い体。
それがオビトだと気付きながら、ナルトの隣に立つ男にカカシは目を丸くした。
「…ミナト先生!?」
「ああ、久しぶり、カカシ」
「そうか、穢土転生…心強いです!」
事情は知らないが、火影がこちら側についてくれると言うのなら、これ以上のことはない。
ミナトだけではなく、他の歴代火影もこの戦場にいることに気付き、少なからず安堵する。
しかし、やはり現状良くはないらしい。
「…あれは、オビト…なのか…」
「残念だけど、オビトはもう十尾の器になってしまったよ」
「カカシ先生、アイツ何の攻撃も効かねぇんだ」
記憶の中どころか、もはや面影どころか人間とも思えない不可解な姿。
まともにぶつかるのは確かに無理なのかもしれない。
けれど、尚更試す価値はある。
カカシはつい先程まで交わしたナナとの会話を思い出した。
『もう、教えられることは無さそうだな』
『…まさか、もう行くってのか?』
『ここで無駄にチャクラを消費したら、意味がなくなるからな』
不安そうに眉を寄せるナナだが、確実に自分の意思で術の発動が叶っていた。
この成功率ならもう平気だろう。
『…敵は強い。同じ術を二度喰らうような奴じゃない』
『どっちにしろチャンスは一回だけってことか…』
『ああ。その一回に、チャクラを込めてくれ』
無茶はさせたくない。けれど手を抜けば危険なのはこちらだ。
カカシの心配に気付いたのか、ナナはこくりと頷き笑ってみせた。
『アンタの合図にかかってるわけだ』
『そうだな。ナナは、ただ振り下ろせばいい』
『…信じてる』
『ん。ナナも』
カカシのことを思ってか、一瞬見せた不安そうな顔は、それきり一切見せなかった。
だから、後は信じて挑むだけだ。
カカシはぐっと手を握りしめ、ナルトを見下ろした。
「…少し、試したいことがある」
「何か策があんのか?」
「ああ。オレをアイツの元へ、道を開いて欲しい」
覚悟を決めて、カカシがそうナルト達に向けて言う。
しかし、ミナトはうんとは言わずに、眉を寄せてカカシに目を向けた。
「カカシ、いくらお前がオビトのことを悔やんでいるからといってそれは」
「大丈夫です。やるのは、オレじゃない」
「え…?」
じゃあ誰が、とナルトとミナトが親子らしく同じ顔を見せる。
それを見て思わず微笑んでから、カカシは脳裏にナナの姿を浮かべて続けた。
「…オレの、自慢の教え子が」
「ああ、分かった。五色ナナ君でしょ」
「ナナ!?ナナも来てんのか!?」
さらりと名前を出したミナトに、ナルトがぱっと笑顔を見せる。
しかし、ミナトとナナに面識などないと思っていた手前、カカシは驚きぽかんとしてしまった。
「え、ミナト先生、ナナに会ったんですか」
「ここに来る前にね。うん。そうか、カカシもか」
「…な、何がですか」
「いや?いい関係だと思ってね」
にこりと、爽やかな笑みを浮かべるミナトに対し、カカシの頬には汗が流れる。
これはあれだ。分かってるって顔だ。
「…それは…えっと、ナナは一体何を言ったんです…」
「ほら、カカシ。構えて」
教え子との関係がバレたのかと震えるカカシの横で、ミナトがすっと敵に向き直り構える。
それに見習って顔付を変えたナルトに、喜びと少しの寂しさを感じながらカカシもオビトを見上げた。
「それで…カカシをオビトの目の前まで運べばいいのか?」
「はい。あとはナナがやってくれる」
「…よし。分かった。ナルト、行けるか?」
「おう!」
既に相手の体に触れる位置まで突っ込む術は見つけているのか、二人が連携を取りながら走り出す。
この景色が、見れる日が来るとは思わなかった。
同じ色をした髪を揺らしながら走る二人に、思わず目を細める。
これが、見たかった。
いや、きっと何より今二人が感じているだろう。繋がった火の意志。それが確かにここにある。
「よっしゃ、カカシ先生!!頼むってばよ!」
ナルトの声を聞いて、カカシは写輪眼を発動させた。
二人の陽動の隙間、敵の手の追いつかないところでカカシが正面へと出る。
その瞬間、空間が繋がった。
「ナナ!そのまま振りかざせ!」
カカシの目から、渦を巻くようにして飛び出したナナが手を振り上げる。
その手に握られているいつもの刀は、眩い光を放ち、見たことのない巨大な刃の虚像を映し出した。
「っらああああ!!」
大きな声を上げて、振り下ろされる刃。それは作戦通りに、オビトの体を包み込んでいた。
地面にぶつかると同時に、辺りにも激しい振動が伝わる。
ナナを中心に真っ白に染まった空間で、全ての忍たちが目を閉じた。
「よっしゃ!効いてる!」
「す、すごいな、こんなことが…」
「ナナ!スゲェってばよ!後はオレ達に任せてくれ!」
微かに聞こえる声。
風圧に飛ばされ抱きかかえられた暖かい腕の中で、ナナはその言葉を確かに受け取った。
やるべきことは出来た、のだろう。
安堵に閉じた瞳、激しい戦争の音は、次第に音を静めていった。
・・・
がつんっと頭を揺らした衝撃で、ナナは目を開いた。
性質変化を全て集めて、これが最後で良いと意気込んでチャクラを振り絞った後、ナナはチャクラを使い果てて気を失ってしまった。
それでも、不安はなかった。
力強い声が、聞こえたのだ。ナルトの、英雄の声が。
「ナナ、悪い、起こしたか」
頭の上から聞こえてきた声に、ナナは動かない体で目だけを動かした。
カカシの顔が近くにある。どうやら、カカシの腕に抱かれているらしい。
「あれから、どんくらい経った…?」
「ん?そんなに経ってないよ。でも大丈夫、もう、大丈夫だ」
大丈夫、とは。
ナナはゆっくりと視線を動かした。
何もない。静かで、ただ涼しい風が流れている。
「オビトは、ナナのおかげで、十尾として消えずに済んだよ」
「…倒せたのか?」
「オレは…またオビトに助けられた」
優しい声でそう言うカカシに、ナナは再びカカシへと視線を戻し、そしてはっと目を開いた。
「アンタ…目が」
「ああ、もう、写輪眼はオビトへと返ったよ」
「…仲直り、出来たのか?」
「ふっ、仲直り、か…そうだな」
にこりと柔らかく微笑むカカシに、ナナも安心して頬を緩める。
そうか、本当に、戦いは終わったのだ。
「…ナルト!サスケ君!」
安堵に息を吐いたナナの横、サクラが駆け足で通り過ぎる。
その先を目で追うと、ナルトとサスケが倒れているのが見えた。互いに、片手を失っている。
「…何が、」
何があったんだ、と聞こうとした口をナナは閉ざした。
何となく、想像出来た気がした。
サスケは兄の為とここまで来てくれたが、決してナルトと心を通わせてここに来たわけではなかった。
それが、戦争の、最後の闘いとなったのだろう。
「カカシ…」
「ん?」
ひょうひょうと笑っているカカシに、ずきりと胸が痛んだ。
二人が死闘を繰り広げるのを、目の前で見て、辛くないはずがない。
その最中、ずっと目を閉じていた自分が憎い。
「カカシ…」
「なあに?」
込み上げる愛しさに、重い腕をカカシの首に回してぎゅっと抱きしめる。
「…お疲れ様」
今はただそれだけ。
大きすぎた犠牲、けれど掴んだ終結に湧く声に耳を傾ける。
「ナナも、よく頑張ったな」
子供をあやすかのような優しい声色。
ようやくじわじわと胸に膨らみ始めた実感に、ナナはぽろりと一筋涙を落としていた。