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カカシ夢(2011.04~2016.09)
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横たわったまま、暫くナナは動かなかった。
一糸纏わぬ体の周りには蛇がはびこっている。その中の数匹はナナ腕や足に絡み付いて、自由を奪っていた。
「…」
体が動かない。精神的にも身体的にも限界だった。
繰り返された行為、結局カブトはナナに背を向けていた。
恐らく術や戦略を練る為には集中する必要があるのだろう。碁盤のようなものを目の前に、カブトは暫く黙ったままだ。
「…カブト」
呼びかけた声が掠れている。
小さな声ではなかったはずだが、カブトは振り返らなかった。
「アンタと、初めて会ったのは…中忍試験の時だったろ」
カブトの気を逸らしたい、そのような考えはもはやなくなっている。
ただ、ぼんやりと霞む思考の中、何となく漏れた言葉だった。
「アンタはあん時から…俺を知ってたのか…?」
ナナの絞り出すかのような声に、カブトは滑稽そうにふっと息を吐いた。
それからゆっくりとこちらに振り返る。
「何が聞きたいんだい」
「…俺には、アンタが何を考えているのか分からねぇ。俺をものにしてそれで…どうしたいんだ」
「理由が必要なのかい?なら話してあげるよ」
カブトは思いの外すんなりと受け入れると、手で作っていた印を解いた。
それとほぼ同時にナナの手や足に絡み付いていた蛇が離れていく。
「君はボクと似たような存在だと思っていた」
「…似たような?」
まだだるさが残っている体を何とか起き上らせる。体が冷えていることに気付き、ナナはそこに落ちていた服に手を伸ばした。
カブトもさすがにそれを制する気はないらしい。
「親もいないし、居場所もなかった。自分の存在が何か…ずっと探してる」
「それが…俺とアンタの共通点だって言うのか」
「そうだよ。それに君は、ボクよりも過酷な幼少期を過ごしているしね」
服を自分の体に引き寄せたナナの顔が複雑に歪められたのは、カブトの過去が垣間見える発言に対する驚きからだった。
忍の過去。しかしそこに忍だからこその壮絶さは見られない。
「アンタも、一人だったのか」
「違う。ボクは何者でもなかったんだ。ボクであることを証明するものは、何もなかった」
「…?証明が、必要なのか?」
カブトが何を言わんとしているのか、ナナには分からなかった。
ただ、彼にも何かあって、その結果これほど捻くれたのだという想像がつくだけ。
そんなナナの心境が分かったのか、カブトはまた小さく笑った。
「そうだね、君には分からない。残念だけど君はボクと違った。ボクの見込み違いだったわけだ」
「なら、なんで」
「そこに理由がいる?」
急にこちらに向き直ったカブトの手がナナの手を掴んだ。
ぐいっと引っ張られたナナの体は、その力に従ってカブトの方へと倒れこむ。
生気を感じさせないような冷たい手。それとは対称的に熱い舌がナナの口に押し込められた。
「ん、っぐ…ッ」
苦しさから生理的な涙が流れる。
余計な事を言うんじゃなかった。後悔が頭を過ぎった矢先、カブトの舌は口から出ていった。
「君のその顔が、たまらなく好きだよ」
「っ…悪趣味、なだけじゃねーか」
「そう。これは単にボクの趣味。君を屈服させたいだけだよ」
やっぱり聞かなきゃ良かった。
早々に後ろを向いて作業に戻ったカブトに、ナナは再びぱたりとそこに倒れた。
しかし、分かったこともある。
カブトにも何か過去があったのだ。ナナと違うのは、救いの手が無かったということ。
手を差し伸べたのは、彼が慕い従っていた大蛇丸だけだったのだろう。
(本当は…愛されたいんじゃねーのか…)
人の過去をわざわざ見ようとは思わないけれど。
自分と同じような境遇だったナナなら、と思ったのかもしれない。
そう思うと少し、彼の事を否定するだけではいられない気がした。
(でも、俺は…早くカカシのところに戻らねーと…)
カカシは今も戦っている。
離れたくないと、今度こそずっと傍にいると誓ったのに、結局そういられなかった。
もう、カカシを失いたくない。せっかく、自分を愛してくれる人に出会えたのだから。
「…あ、…?」
そう言えば、先程口内を刺激されたというのに体の疼きがやってこない。
「カブト…、もしかして、」
冷たい地面から体を起き上らせる。
後ろを向いたままのカブトは、相変わらずナナに対する反応が薄い。
一体何を考えているんだ。まさか本当に解放してくれたというのか。
信じられないという思いで彼を見据える。
その時、カブトがどんっと地面を叩いた。
「まさか、ここまでとは…!」
ここに来て初めて焦った様子を見せるカブトに、ナナは身構えるように膝をついた。
何か戦況に変化があったのだろうか。
だとしたら、これは好機となり得るかもしれない。
「おい、カブト、状況を説明しろよ」
「悪いけど、今は君に構っていられない」
「…あ?」
なんだそれ。さすがに黙って見ていられず、ナナはすっと立ち上がった。
はらりと服が落ちて、自分の汚れた体が視界に映る。
「くそ…」
何をするにせよ、このままでは余りにも屈辱的すぎる。
ナナは無意識に水遁の印を結び、水を被る為目を閉じた。
しかし、来るはずであった水は流れて来ず、それどころかチャクラの流れがせき止められているような感覚に気付いた。
「んだよこれ…テメェ、また俺の体に何か仕込んだだろ…!」
「何当たり前なこと言ってるんだよ。君を早々に逃がすわけがないだろ」
「やっぱテメェ最悪だ…!」
少しでも可哀相な奴だとか思ったのが間違いだった。
ナナは乱暴に服で体を拭い、インナーとズボンだけを体に纏った。
まだ体の汚れは気になるが、これでいつでも脱出は出来る。後は、何かきっかけがあれば。
ぐるりとあたりを見渡して、そこが広く覆われた場所だと認識する。
そして、冷静になってようやく、そこに女性が倒れていることに気が付いた。
「…誰、だ」
どこかで見た顔。木ノ葉の額当てが見える。一体どういう繋がりがある人間なのだろう。
そう考えたのと同時に、ふとヤマトのことを思い出した。
「っ、カブト!ヤマト隊長はどこにいる!?」
ここに来る目的として、ナナが達成すべきことのもう一つ。
ナナはカブトに近付き、ぐいと腕を引っ張った。
「…ナナくん。今は邪魔をしないで欲しいんだけど」
「なら、さっさとヤマト隊長の場所を教えろよ」
「はぁ。君は自分の立場を分かっていないようだね」
煩わしそうに、カブトが振り返った。鋭い目つき、大蛇丸を想起させる眼差し。
それに、一瞬恐れてしまったのがいけなかったのか。
「なっ…!」
カブトの背後から現れた数匹の大蛇がナナの腕に絡み付いた。
その重みによろけて倒れると、蛇は一層体を這いずり始め、体中にまとわりつく。
「っ…どんだけ湧いてくんだよ…!」
カブトの意志に従い動く蛇なのだろう、腕や足を絡め取るだけでなく、服の中にまで忍び込んでくる。
わざとらしく股の間をすり抜けて、ざらざらの皮膚が痛い程に擦りつけられて。
「っく、」
声を抑えようと顔をしかめた時、覆われた壁が妙な音を立てた。
ぴしぴしと亀裂の入る音と同時に地面が揺れる。
その直後、ナナの目の前の壁が大きく崩れた。
「ボクの結界をも通り抜けるか…うちはイタチ」
カブトがこの展開を分かっていたかのように呟く。
驚き見開いたナナの目には、暁の装束を纏った男…うちはイタチが立っているのが映った。
「うちは…イタチ…?」
茫然と光と共にやって来たイタチに、ナナは茫然としたまま呟いた。
存在は何度も耳にした男だ。一度だけ対峙したこともある。
サスケの復讐相手であり、そしてサスケが倒したはずの男。
「君は、五色の…」
同じように驚いた様子でイタチもナナを見ていた。
互いに予想外の人間の登場に驚きを隠せずにいる。
そんな中、イタチの後ろからやってくる影があった。
「追いついたぞ!こんな所で一体…」
イタチを追いかけるように入ってきた赤い瞳。イタチと良く似た黒髪と目付き。
その目はナナを捕らえると大きく見開かれた。
「…ナナ…!?」
「サスケ…!」
お世辞にも良いとは言えない別れ方をしたサスケとの再会に、困惑するような心の余裕もない。
ナナはようやく訪れた好機に、自然と笑みを浮かべてサスケを見上げた。
「良かった…サスケ…」
「ナナ…アンタがなんでイタチと…いや、隣にいるのは誰だ…」
サスケは珍しく困惑し呆けた様子で佇んでいる。
が、その目はナナの隣にいるカブトに気付くと険しいものに変わった。
「…お前、大蛇丸!?」
「クク…少し違う」
「その声は、カブトか…!」
にっと不敵に笑ったカブトは、体を彼等の方へ向けた。
何か嫌な事を考えている顔だ。
サスケは未だに今の不可解な状況に困惑しているようで、数回ナナとカブトを交互に見てから口を開いた。
「どうしてナナがお前といる」
「彼にとってボクが必要な存在だったからだよ」
「ナナを放せ」
「はぁ、会話にならないな…。ならサスケくん、交渉しようか」
カブトの鋭い視線は、イタチの方へと向けられる。
自ら呼び戻したが、制御不能になったイタチ。
「君にとってもボクにとってもうちはイタチは邪魔なんだ。分かるよね」
「…」
「君がイタチを倒すのに協力してくれたなら、彼は君にあげるよ。君ももう一度倒したいはずだ」
もし、サスケが本当にイタチに恨みを持って殺し…そして未だにそれが消えていないのなら。
確かにカブトのサスケの標的はイタチになりかねない。
そしてそうなったなら、カブトの思うつぼだ。
「サスケ!こいつの甘言に惑わされんな!」
「ナナくん。君は少し黙っててくれないかな」
「な、に…ッ!」
カブトの目が一瞬狂気を纏って。
直後、ナナの腕に巻き付いていた蛇がスイッチを切り替えられたかのように動き始めた。
太い胴がナナの細い首にぐるりと巻き付く。
きしきしと鱗が肌を滑る度に息がせき止められた。
「っ…!」
「君は今逆らう力もないんだから…見誤っちゃいけないよ、自分の立場を」
「っは…ッ、っ…」
カブトはナナの頭を引き寄せると、頬に舌を這わせた。
もはや彼の不気味な長い舌に対して思うことは何もない。
ナナは息が出来ない苦しさから、助けを求めるようにサスケに視線を送った。
「さ、…ス、…っ」
蛇がナナの首を絞めながらするすると胴を移動させる。
ナナの服はそれに合わせて捲れ上がり、晒された白い肌は紅潮していた。
散々やられた後だ。鋭くなった感覚を刺激されて、ナナは赤くなった顔を歪めた。
「っ、テメェ…!」
それがサスケにも分かったのだろうか。
それでもなくとも敵対する視線をカブトに送っていたサスケは、目にも留まらぬ早さで手裏剣をカブトに向けて放った。
しかし、その手裏剣はイタチによって全て落とされていた。
「落ち着け、サスケ」
「何で止める!」
「こいつは倒す。ただし殺すな」
サスケと対称的に落ち着いているイタチは、カブトとナナを見下ろし小さく息を吐いた。
「まず、彼だが…恐らく奴に何か術をかけられている。でなければ抵抗せず捕まるなんてことは有り得ないだろう」
「…」
「もう一つ、穢土転生は術者を殺せば永久に解けない。つまり、殺す前に術を解く方法を聞き出す必要がある」
イタチの解釈に、カブトは余裕そうに笑っていた。
二人の会話を聞きながら、ナナの頬をその長い舌で舐め上げる。
「、…、ッ…」
「やっぱり、君はそういう顔が一番綺麗だよ。ナナくん」
「く、そ…」
首に巻き付いている蛇が、ナナの掌に噛みつく。
突き刺さるような痛みは確かにあるのに、もはやそれどころではなくて。
酸素を求めようと開いた口に蛇の尾が入り込んだ。
「う、…っ!」
「本当に死んじゃわないでよ、ナナくん」
「ん…、っぐ、ッ…」
自分でやっておいて何を言うか。
そんな反論も当然出来ないわけだが。
カブトはそれだけ言うと立ち上がって、サスケとイタチに対して身構えた。
「イタチ、頼むぞ」
「あぁ。だが急げよ」
「分かってる」
何のやり取りかは分からない。
しかし、先にイタチの目がうちは特有のものに変わった。
そしてそれが恐ろしい術だと分かっているのだろう、カブトがフードを深く被る。
「残念だよ、サスケくん…。だけどね、地の利はボクにある」
カブトの背後から現れた大蛇は、一斉にイタチとサスケの背後の壁に激突した。
衝撃で壁ががらがらと崩れていく。そこからさっと抜けて行ったカブトを追って、イタチも飛び出して行った。
「…っ、…ぅ…」
その様子も、ナナの視界には既にはっきりと映ってはいなかった。
カブトは死ぬなとか言っていたが、その言葉とは裏腹に蛇は思い切りナナの体を絞め上げている。
もはや、意識を保っていることも出来そうにない。
「……、」
「ナナ!」
遠く、いや近いのか。
聞こえてきたサスケの声と同時に、首に巻き付く蛇が真っ二つに切り裂かれていた。
急に戻ってきた酸素に咳き込むナナの体をサスケが抱きかかえる。
「おい、大丈夫か」
「ゲホッ、っく、ッ…、サスケ…、」
「ゆっくり呼吸しろ、もう蛇はいない」
しゅうっと妙な煙を吐き出しながら塵となった蛇が視界の隅に映る。
どうやら本当に無数にいた蛇たちはいなくなったようだ。自らの闘いに、新しく蛇を生み出す余裕はないということか。
安堵しつつ、肩を抱くサスケに目を向ける。
「なんで、俺を助けた…?サスケにとって、俺は…敵、なんだろ…?」
「言わなきゃ分かんねーのか。好きだからに決まってんだろ」
「…前と、言ってること変わってんじゃねーか、馬鹿…」
躊躇いも無く言うサスケから目を逸らし、ナナはまだ残る息苦しさから数回咳き込んだ。
無意識に擦る首には、痛々しく鱗の擦れた跡が残っている。
「…ナナ、アンタはなんで」
「ん、何?」
「いや、今はいい。後で聞かせてもらうからここで待ってろ」
サスケは軽くナナの首に触れると、すぐに立ち上がった。
目は既にナナではなくカブトとイタチが去った先を見ている。
「奴を倒してまた戻ってくる」
「勝算、あんのか?」
「当たり前だろ。あんな変態ヤローに負けない」
「っは…。そりゃ勝算って言わねーぞ…」
でもサスケとイタチが敗北するイメージは浮かんでこない。
ナナは軽く握り締めた手をこつんとサスケの体に押し付けた。
「悪い…俺はまた何も出来ねーけど…。頼む」
「任せろ」
ふっとサスケが笑ったのが見えた、その直後にはその姿は目の前からなくなっていた。
通り抜けた風がナナの髪を揺らしている。
「…サスケ」
ナナは拳を自分の胸に引き寄せ、ぎゅっと目を瞑った。
情けないけれど、彼等が怪我をせずに戻ってくることを祈るしかなかった。
彼等はそこまで遠くに行っていないのだろう、時折地面は揺れて、びりびりと音が痛い。
ナナはよろよろと立ち上がり、壁に手をついた。
「何か…出来ることは無い、のか…」
もどかしさから何か求めるが、チャクラを使えない忍なんてもはや忍とはいえない。
ナナは崩れないだろうな、と天井を見て眉を寄せつつ、どうしようもない自分にため息を吐いた。
現状を整理すると、敵はカブトと暁のリーダー的存在であろううちはマダラ。
カブトは穢土転生によって過去の優秀な忍達を蘇らせて駒としている。
「うちはイタチが穢土転生に逆らうことが出来たから助かった、んだよな」
それは余程うちはの瞳術が規格外なものだということを表していて。
ということはつまり、同じうちはである“うちはマダラ”も相当な実力の持ち主だということになる。
なんて、今そんな事を考えたところでナナに出来る事はない。
ナナはそこに落ちていた自分の刀を拾い上げ、ふとその近くに転がっている通信機に視線を落とした。
「…そうだ、忘れてた…」
はっとして小指よりも小さいそれを手に取った。
何を考えることもなく、真ん中を押して耳に寄せる。
「綱手様…、っ!?」
確かに音は向こうと通じたのだろう、しかしナナの耳には激しく鳴り響く轟音しか聞こえてこなかった。
驚き思わず通信機を耳から離す。
「戦ってる、のか…?」
五影は戦いを見守り指示を出すのだと勝手に思い込んでいたが、もはやそのような事態ですらなくなっているのだろう。
ナナは静かに通信機をズボンのポケットに入れると、ずるずるとしゃがみ込んだ。
「カカシ…」
離れたくない、離れてはいけない。そう思っているのに、結局こうなってしまった。
きっと、この戦争の間、カカシはずっと前線に出続けるのだろう。
一方ナナは里からすれば守りたい存在であって。
「アンタは、こんなに遠い人だったんだな…」
一時は火影にもなりかけた人。
そりゃそうだ。今までが近すぎただけ。
ナナは体のだるさに耐え兼ね、体を横に倒した。
今は、サスケとイタチを信じて待とう。自分の体の解放を待つしかない。
それがまた虚しくて、ナナは静かに目を閉じた。
「あれ?そこにいんのってナナ?」
ナナの気分とは正反対に、上擦った声が聞こえて来たのはそれからすぐだった。
声の方に顔を向けると、壁の穴から覗き込む顔がある。
「…他に誰に見える」
「うっわ!ナナだ!おい、重吾、ナナだ!」
更に明るい声で後ろに呼びかけ、それから軽くナナの前までやってくる。
数日前まで共にいた、サスケの仲間である水月。そしてそれに続いてやってきたのは重吾。
「こんなとこで会えるなんて思わなかったよ、ってサスケは?この辺にいると思ってきたんだけど」
「どっかで闘ってる」
「ふーん、ナナは何してるの?」
「…サスケを待ってる」
そ、と大して興味もなさげに水月が呟く。
すると、水月の後ろから覗き込んでいた重吾の手が伸びてきた。
「首…跡が残ってる」
「あぁ、これは…絞められた」
「うわホントだ!大丈夫?」
「今はな」
彼等の前で横たわったままというのも気分が悪く、寝かせたばかりの体を起き上らせる。
重吾の手は気遣うようにナナの背に回された。
「ひっどい顔。何があったの?」
「…カブトに…、今は、カブトにチャクラを封じ込められてる」
「だから良い様にいじめられたんだ」
「お前、少しは察してくれねーかな…」
間違っちゃいないけれど。
饒舌に話す水月はともかく、重吾は何となく察しているようだ。
さっきから背中をさり気なく擦っているのは、慰めようとする為か。
「お前等の方こそ、今まで何してたんだ?」
「それがさぁ、サスケってば酷いんだよ。好き勝手行動しやがってさ」
「…そうだろうな」
サスケがナルトと戦った日、そこには香燐しかいなかった。
香燐へのサスケの態度から考えれば、水月と重吾も見放されていたのだと考えて良いだろう。
「けど、今のサスケは…またちょっと、戻ってた気がする」
「え?」
「今のサスケとは、ちゃんと話せそうだった」
「そりゃーボク達への反応とナナへの反応は違うでしょ」
「そういうんじゃねーよ。たぶん、うちはイタチがいるから…」
上手く説明出来ない。
そんなナナに水月は怪訝そうに顔を歪めてから、ぱっと立ち上がった。
「何にせよ、本人に会えばわかるよね」
「サスケのところに行くのか?」
「元々そのつもりで来てるからさ。ナナは?」
ふと、迷いが生まれたのは、自分に出来る事はないと自覚していたからだ。
もし戦いの最中入っていけば邪魔になるだけだ。
「あ、言っとくけど、ボクは別に一緒に戦ってあげるつもりで言ってるんじゃないよ」
「は?」
「どうせすぐ決着つくでしょ」
水月はそう言うと、ナナを待つことなく歩き出した。
そういえば、既に辺りはすっかり静かになっている。まさか、もう終わったというのか。
「…なら、俺も」
「ナナ、無理はしない方が良い」
「優しいんだな。別に、これくらい慣れてるから…」
自分の手を見て、苦笑する。
薄汚れ、熱とだるさを帯びた体。今更こんなこと、大した問題ではない。
「…でもやっぱ、ちょっと辛いな」
「ナナ」
「自分で選んでここまで来た。こうなることも、分かってたんだ。それを受け入れられてしまう自分が、スゲェ嫌だ」
立ち上がって、一歩ふらりと進む。
重吾は悲しそうに眉を寄せるだけで何も言わなかった。
ただ背中に触れている大きな手は優しく上下に動かされて、それだけで少し心が穏やかになった気がしていた。
「見ーつけた!」
先を歩く水月の声に、顔を上げる。
戦いの痕跡は残っているが、あまりにも静かな光景に言葉を失った。
全く動かないカブトと、そしてぼんやりと空を見上げるサスケ。
カブトの敗北に穢土転生は解かれたのか、うちはイタチの姿は既にどこにもなかった。
一糸纏わぬ体の周りには蛇がはびこっている。その中の数匹はナナ腕や足に絡み付いて、自由を奪っていた。
「…」
体が動かない。精神的にも身体的にも限界だった。
繰り返された行為、結局カブトはナナに背を向けていた。
恐らく術や戦略を練る為には集中する必要があるのだろう。碁盤のようなものを目の前に、カブトは暫く黙ったままだ。
「…カブト」
呼びかけた声が掠れている。
小さな声ではなかったはずだが、カブトは振り返らなかった。
「アンタと、初めて会ったのは…中忍試験の時だったろ」
カブトの気を逸らしたい、そのような考えはもはやなくなっている。
ただ、ぼんやりと霞む思考の中、何となく漏れた言葉だった。
「アンタはあん時から…俺を知ってたのか…?」
ナナの絞り出すかのような声に、カブトは滑稽そうにふっと息を吐いた。
それからゆっくりとこちらに振り返る。
「何が聞きたいんだい」
「…俺には、アンタが何を考えているのか分からねぇ。俺をものにしてそれで…どうしたいんだ」
「理由が必要なのかい?なら話してあげるよ」
カブトは思いの外すんなりと受け入れると、手で作っていた印を解いた。
それとほぼ同時にナナの手や足に絡み付いていた蛇が離れていく。
「君はボクと似たような存在だと思っていた」
「…似たような?」
まだだるさが残っている体を何とか起き上らせる。体が冷えていることに気付き、ナナはそこに落ちていた服に手を伸ばした。
カブトもさすがにそれを制する気はないらしい。
「親もいないし、居場所もなかった。自分の存在が何か…ずっと探してる」
「それが…俺とアンタの共通点だって言うのか」
「そうだよ。それに君は、ボクよりも過酷な幼少期を過ごしているしね」
服を自分の体に引き寄せたナナの顔が複雑に歪められたのは、カブトの過去が垣間見える発言に対する驚きからだった。
忍の過去。しかしそこに忍だからこその壮絶さは見られない。
「アンタも、一人だったのか」
「違う。ボクは何者でもなかったんだ。ボクであることを証明するものは、何もなかった」
「…?証明が、必要なのか?」
カブトが何を言わんとしているのか、ナナには分からなかった。
ただ、彼にも何かあって、その結果これほど捻くれたのだという想像がつくだけ。
そんなナナの心境が分かったのか、カブトはまた小さく笑った。
「そうだね、君には分からない。残念だけど君はボクと違った。ボクの見込み違いだったわけだ」
「なら、なんで」
「そこに理由がいる?」
急にこちらに向き直ったカブトの手がナナの手を掴んだ。
ぐいっと引っ張られたナナの体は、その力に従ってカブトの方へと倒れこむ。
生気を感じさせないような冷たい手。それとは対称的に熱い舌がナナの口に押し込められた。
「ん、っぐ…ッ」
苦しさから生理的な涙が流れる。
余計な事を言うんじゃなかった。後悔が頭を過ぎった矢先、カブトの舌は口から出ていった。
「君のその顔が、たまらなく好きだよ」
「っ…悪趣味、なだけじゃねーか」
「そう。これは単にボクの趣味。君を屈服させたいだけだよ」
やっぱり聞かなきゃ良かった。
早々に後ろを向いて作業に戻ったカブトに、ナナは再びぱたりとそこに倒れた。
しかし、分かったこともある。
カブトにも何か過去があったのだ。ナナと違うのは、救いの手が無かったということ。
手を差し伸べたのは、彼が慕い従っていた大蛇丸だけだったのだろう。
(本当は…愛されたいんじゃねーのか…)
人の過去をわざわざ見ようとは思わないけれど。
自分と同じような境遇だったナナなら、と思ったのかもしれない。
そう思うと少し、彼の事を否定するだけではいられない気がした。
(でも、俺は…早くカカシのところに戻らねーと…)
カカシは今も戦っている。
離れたくないと、今度こそずっと傍にいると誓ったのに、結局そういられなかった。
もう、カカシを失いたくない。せっかく、自分を愛してくれる人に出会えたのだから。
「…あ、…?」
そう言えば、先程口内を刺激されたというのに体の疼きがやってこない。
「カブト…、もしかして、」
冷たい地面から体を起き上らせる。
後ろを向いたままのカブトは、相変わらずナナに対する反応が薄い。
一体何を考えているんだ。まさか本当に解放してくれたというのか。
信じられないという思いで彼を見据える。
その時、カブトがどんっと地面を叩いた。
「まさか、ここまでとは…!」
ここに来て初めて焦った様子を見せるカブトに、ナナは身構えるように膝をついた。
何か戦況に変化があったのだろうか。
だとしたら、これは好機となり得るかもしれない。
「おい、カブト、状況を説明しろよ」
「悪いけど、今は君に構っていられない」
「…あ?」
なんだそれ。さすがに黙って見ていられず、ナナはすっと立ち上がった。
はらりと服が落ちて、自分の汚れた体が視界に映る。
「くそ…」
何をするにせよ、このままでは余りにも屈辱的すぎる。
ナナは無意識に水遁の印を結び、水を被る為目を閉じた。
しかし、来るはずであった水は流れて来ず、それどころかチャクラの流れがせき止められているような感覚に気付いた。
「んだよこれ…テメェ、また俺の体に何か仕込んだだろ…!」
「何当たり前なこと言ってるんだよ。君を早々に逃がすわけがないだろ」
「やっぱテメェ最悪だ…!」
少しでも可哀相な奴だとか思ったのが間違いだった。
ナナは乱暴に服で体を拭い、インナーとズボンだけを体に纏った。
まだ体の汚れは気になるが、これでいつでも脱出は出来る。後は、何かきっかけがあれば。
ぐるりとあたりを見渡して、そこが広く覆われた場所だと認識する。
そして、冷静になってようやく、そこに女性が倒れていることに気が付いた。
「…誰、だ」
どこかで見た顔。木ノ葉の額当てが見える。一体どういう繋がりがある人間なのだろう。
そう考えたのと同時に、ふとヤマトのことを思い出した。
「っ、カブト!ヤマト隊長はどこにいる!?」
ここに来る目的として、ナナが達成すべきことのもう一つ。
ナナはカブトに近付き、ぐいと腕を引っ張った。
「…ナナくん。今は邪魔をしないで欲しいんだけど」
「なら、さっさとヤマト隊長の場所を教えろよ」
「はぁ。君は自分の立場を分かっていないようだね」
煩わしそうに、カブトが振り返った。鋭い目つき、大蛇丸を想起させる眼差し。
それに、一瞬恐れてしまったのがいけなかったのか。
「なっ…!」
カブトの背後から現れた数匹の大蛇がナナの腕に絡み付いた。
その重みによろけて倒れると、蛇は一層体を這いずり始め、体中にまとわりつく。
「っ…どんだけ湧いてくんだよ…!」
カブトの意志に従い動く蛇なのだろう、腕や足を絡め取るだけでなく、服の中にまで忍び込んでくる。
わざとらしく股の間をすり抜けて、ざらざらの皮膚が痛い程に擦りつけられて。
「っく、」
声を抑えようと顔をしかめた時、覆われた壁が妙な音を立てた。
ぴしぴしと亀裂の入る音と同時に地面が揺れる。
その直後、ナナの目の前の壁が大きく崩れた。
「ボクの結界をも通り抜けるか…うちはイタチ」
カブトがこの展開を分かっていたかのように呟く。
驚き見開いたナナの目には、暁の装束を纏った男…うちはイタチが立っているのが映った。
「うちは…イタチ…?」
茫然と光と共にやって来たイタチに、ナナは茫然としたまま呟いた。
存在は何度も耳にした男だ。一度だけ対峙したこともある。
サスケの復讐相手であり、そしてサスケが倒したはずの男。
「君は、五色の…」
同じように驚いた様子でイタチもナナを見ていた。
互いに予想外の人間の登場に驚きを隠せずにいる。
そんな中、イタチの後ろからやってくる影があった。
「追いついたぞ!こんな所で一体…」
イタチを追いかけるように入ってきた赤い瞳。イタチと良く似た黒髪と目付き。
その目はナナを捕らえると大きく見開かれた。
「…ナナ…!?」
「サスケ…!」
お世辞にも良いとは言えない別れ方をしたサスケとの再会に、困惑するような心の余裕もない。
ナナはようやく訪れた好機に、自然と笑みを浮かべてサスケを見上げた。
「良かった…サスケ…」
「ナナ…アンタがなんでイタチと…いや、隣にいるのは誰だ…」
サスケは珍しく困惑し呆けた様子で佇んでいる。
が、その目はナナの隣にいるカブトに気付くと険しいものに変わった。
「…お前、大蛇丸!?」
「クク…少し違う」
「その声は、カブトか…!」
にっと不敵に笑ったカブトは、体を彼等の方へ向けた。
何か嫌な事を考えている顔だ。
サスケは未だに今の不可解な状況に困惑しているようで、数回ナナとカブトを交互に見てから口を開いた。
「どうしてナナがお前といる」
「彼にとってボクが必要な存在だったからだよ」
「ナナを放せ」
「はぁ、会話にならないな…。ならサスケくん、交渉しようか」
カブトの鋭い視線は、イタチの方へと向けられる。
自ら呼び戻したが、制御不能になったイタチ。
「君にとってもボクにとってもうちはイタチは邪魔なんだ。分かるよね」
「…」
「君がイタチを倒すのに協力してくれたなら、彼は君にあげるよ。君ももう一度倒したいはずだ」
もし、サスケが本当にイタチに恨みを持って殺し…そして未だにそれが消えていないのなら。
確かにカブトのサスケの標的はイタチになりかねない。
そしてそうなったなら、カブトの思うつぼだ。
「サスケ!こいつの甘言に惑わされんな!」
「ナナくん。君は少し黙っててくれないかな」
「な、に…ッ!」
カブトの目が一瞬狂気を纏って。
直後、ナナの腕に巻き付いていた蛇がスイッチを切り替えられたかのように動き始めた。
太い胴がナナの細い首にぐるりと巻き付く。
きしきしと鱗が肌を滑る度に息がせき止められた。
「っ…!」
「君は今逆らう力もないんだから…見誤っちゃいけないよ、自分の立場を」
「っは…ッ、っ…」
カブトはナナの頭を引き寄せると、頬に舌を這わせた。
もはや彼の不気味な長い舌に対して思うことは何もない。
ナナは息が出来ない苦しさから、助けを求めるようにサスケに視線を送った。
「さ、…ス、…っ」
蛇がナナの首を絞めながらするすると胴を移動させる。
ナナの服はそれに合わせて捲れ上がり、晒された白い肌は紅潮していた。
散々やられた後だ。鋭くなった感覚を刺激されて、ナナは赤くなった顔を歪めた。
「っ、テメェ…!」
それがサスケにも分かったのだろうか。
それでもなくとも敵対する視線をカブトに送っていたサスケは、目にも留まらぬ早さで手裏剣をカブトに向けて放った。
しかし、その手裏剣はイタチによって全て落とされていた。
「落ち着け、サスケ」
「何で止める!」
「こいつは倒す。ただし殺すな」
サスケと対称的に落ち着いているイタチは、カブトとナナを見下ろし小さく息を吐いた。
「まず、彼だが…恐らく奴に何か術をかけられている。でなければ抵抗せず捕まるなんてことは有り得ないだろう」
「…」
「もう一つ、穢土転生は術者を殺せば永久に解けない。つまり、殺す前に術を解く方法を聞き出す必要がある」
イタチの解釈に、カブトは余裕そうに笑っていた。
二人の会話を聞きながら、ナナの頬をその長い舌で舐め上げる。
「、…、ッ…」
「やっぱり、君はそういう顔が一番綺麗だよ。ナナくん」
「く、そ…」
首に巻き付いている蛇が、ナナの掌に噛みつく。
突き刺さるような痛みは確かにあるのに、もはやそれどころではなくて。
酸素を求めようと開いた口に蛇の尾が入り込んだ。
「う、…っ!」
「本当に死んじゃわないでよ、ナナくん」
「ん…、っぐ、ッ…」
自分でやっておいて何を言うか。
そんな反論も当然出来ないわけだが。
カブトはそれだけ言うと立ち上がって、サスケとイタチに対して身構えた。
「イタチ、頼むぞ」
「あぁ。だが急げよ」
「分かってる」
何のやり取りかは分からない。
しかし、先にイタチの目がうちは特有のものに変わった。
そしてそれが恐ろしい術だと分かっているのだろう、カブトがフードを深く被る。
「残念だよ、サスケくん…。だけどね、地の利はボクにある」
カブトの背後から現れた大蛇は、一斉にイタチとサスケの背後の壁に激突した。
衝撃で壁ががらがらと崩れていく。そこからさっと抜けて行ったカブトを追って、イタチも飛び出して行った。
「…っ、…ぅ…」
その様子も、ナナの視界には既にはっきりと映ってはいなかった。
カブトは死ぬなとか言っていたが、その言葉とは裏腹に蛇は思い切りナナの体を絞め上げている。
もはや、意識を保っていることも出来そうにない。
「……、」
「ナナ!」
遠く、いや近いのか。
聞こえてきたサスケの声と同時に、首に巻き付く蛇が真っ二つに切り裂かれていた。
急に戻ってきた酸素に咳き込むナナの体をサスケが抱きかかえる。
「おい、大丈夫か」
「ゲホッ、っく、ッ…、サスケ…、」
「ゆっくり呼吸しろ、もう蛇はいない」
しゅうっと妙な煙を吐き出しながら塵となった蛇が視界の隅に映る。
どうやら本当に無数にいた蛇たちはいなくなったようだ。自らの闘いに、新しく蛇を生み出す余裕はないということか。
安堵しつつ、肩を抱くサスケに目を向ける。
「なんで、俺を助けた…?サスケにとって、俺は…敵、なんだろ…?」
「言わなきゃ分かんねーのか。好きだからに決まってんだろ」
「…前と、言ってること変わってんじゃねーか、馬鹿…」
躊躇いも無く言うサスケから目を逸らし、ナナはまだ残る息苦しさから数回咳き込んだ。
無意識に擦る首には、痛々しく鱗の擦れた跡が残っている。
「…ナナ、アンタはなんで」
「ん、何?」
「いや、今はいい。後で聞かせてもらうからここで待ってろ」
サスケは軽くナナの首に触れると、すぐに立ち上がった。
目は既にナナではなくカブトとイタチが去った先を見ている。
「奴を倒してまた戻ってくる」
「勝算、あんのか?」
「当たり前だろ。あんな変態ヤローに負けない」
「っは…。そりゃ勝算って言わねーぞ…」
でもサスケとイタチが敗北するイメージは浮かんでこない。
ナナは軽く握り締めた手をこつんとサスケの体に押し付けた。
「悪い…俺はまた何も出来ねーけど…。頼む」
「任せろ」
ふっとサスケが笑ったのが見えた、その直後にはその姿は目の前からなくなっていた。
通り抜けた風がナナの髪を揺らしている。
「…サスケ」
ナナは拳を自分の胸に引き寄せ、ぎゅっと目を瞑った。
情けないけれど、彼等が怪我をせずに戻ってくることを祈るしかなかった。
彼等はそこまで遠くに行っていないのだろう、時折地面は揺れて、びりびりと音が痛い。
ナナはよろよろと立ち上がり、壁に手をついた。
「何か…出来ることは無い、のか…」
もどかしさから何か求めるが、チャクラを使えない忍なんてもはや忍とはいえない。
ナナは崩れないだろうな、と天井を見て眉を寄せつつ、どうしようもない自分にため息を吐いた。
現状を整理すると、敵はカブトと暁のリーダー的存在であろううちはマダラ。
カブトは穢土転生によって過去の優秀な忍達を蘇らせて駒としている。
「うちはイタチが穢土転生に逆らうことが出来たから助かった、んだよな」
それは余程うちはの瞳術が規格外なものだということを表していて。
ということはつまり、同じうちはである“うちはマダラ”も相当な実力の持ち主だということになる。
なんて、今そんな事を考えたところでナナに出来る事はない。
ナナはそこに落ちていた自分の刀を拾い上げ、ふとその近くに転がっている通信機に視線を落とした。
「…そうだ、忘れてた…」
はっとして小指よりも小さいそれを手に取った。
何を考えることもなく、真ん中を押して耳に寄せる。
「綱手様…、っ!?」
確かに音は向こうと通じたのだろう、しかしナナの耳には激しく鳴り響く轟音しか聞こえてこなかった。
驚き思わず通信機を耳から離す。
「戦ってる、のか…?」
五影は戦いを見守り指示を出すのだと勝手に思い込んでいたが、もはやそのような事態ですらなくなっているのだろう。
ナナは静かに通信機をズボンのポケットに入れると、ずるずるとしゃがみ込んだ。
「カカシ…」
離れたくない、離れてはいけない。そう思っているのに、結局こうなってしまった。
きっと、この戦争の間、カカシはずっと前線に出続けるのだろう。
一方ナナは里からすれば守りたい存在であって。
「アンタは、こんなに遠い人だったんだな…」
一時は火影にもなりかけた人。
そりゃそうだ。今までが近すぎただけ。
ナナは体のだるさに耐え兼ね、体を横に倒した。
今は、サスケとイタチを信じて待とう。自分の体の解放を待つしかない。
それがまた虚しくて、ナナは静かに目を閉じた。
「あれ?そこにいんのってナナ?」
ナナの気分とは正反対に、上擦った声が聞こえて来たのはそれからすぐだった。
声の方に顔を向けると、壁の穴から覗き込む顔がある。
「…他に誰に見える」
「うっわ!ナナだ!おい、重吾、ナナだ!」
更に明るい声で後ろに呼びかけ、それから軽くナナの前までやってくる。
数日前まで共にいた、サスケの仲間である水月。そしてそれに続いてやってきたのは重吾。
「こんなとこで会えるなんて思わなかったよ、ってサスケは?この辺にいると思ってきたんだけど」
「どっかで闘ってる」
「ふーん、ナナは何してるの?」
「…サスケを待ってる」
そ、と大して興味もなさげに水月が呟く。
すると、水月の後ろから覗き込んでいた重吾の手が伸びてきた。
「首…跡が残ってる」
「あぁ、これは…絞められた」
「うわホントだ!大丈夫?」
「今はな」
彼等の前で横たわったままというのも気分が悪く、寝かせたばかりの体を起き上らせる。
重吾の手は気遣うようにナナの背に回された。
「ひっどい顔。何があったの?」
「…カブトに…、今は、カブトにチャクラを封じ込められてる」
「だから良い様にいじめられたんだ」
「お前、少しは察してくれねーかな…」
間違っちゃいないけれど。
饒舌に話す水月はともかく、重吾は何となく察しているようだ。
さっきから背中をさり気なく擦っているのは、慰めようとする為か。
「お前等の方こそ、今まで何してたんだ?」
「それがさぁ、サスケってば酷いんだよ。好き勝手行動しやがってさ」
「…そうだろうな」
サスケがナルトと戦った日、そこには香燐しかいなかった。
香燐へのサスケの態度から考えれば、水月と重吾も見放されていたのだと考えて良いだろう。
「けど、今のサスケは…またちょっと、戻ってた気がする」
「え?」
「今のサスケとは、ちゃんと話せそうだった」
「そりゃーボク達への反応とナナへの反応は違うでしょ」
「そういうんじゃねーよ。たぶん、うちはイタチがいるから…」
上手く説明出来ない。
そんなナナに水月は怪訝そうに顔を歪めてから、ぱっと立ち上がった。
「何にせよ、本人に会えばわかるよね」
「サスケのところに行くのか?」
「元々そのつもりで来てるからさ。ナナは?」
ふと、迷いが生まれたのは、自分に出来る事はないと自覚していたからだ。
もし戦いの最中入っていけば邪魔になるだけだ。
「あ、言っとくけど、ボクは別に一緒に戦ってあげるつもりで言ってるんじゃないよ」
「は?」
「どうせすぐ決着つくでしょ」
水月はそう言うと、ナナを待つことなく歩き出した。
そういえば、既に辺りはすっかり静かになっている。まさか、もう終わったというのか。
「…なら、俺も」
「ナナ、無理はしない方が良い」
「優しいんだな。別に、これくらい慣れてるから…」
自分の手を見て、苦笑する。
薄汚れ、熱とだるさを帯びた体。今更こんなこと、大した問題ではない。
「…でもやっぱ、ちょっと辛いな」
「ナナ」
「自分で選んでここまで来た。こうなることも、分かってたんだ。それを受け入れられてしまう自分が、スゲェ嫌だ」
立ち上がって、一歩ふらりと進む。
重吾は悲しそうに眉を寄せるだけで何も言わなかった。
ただ背中に触れている大きな手は優しく上下に動かされて、それだけで少し心が穏やかになった気がしていた。
「見ーつけた!」
先を歩く水月の声に、顔を上げる。
戦いの痕跡は残っているが、あまりにも静かな光景に言葉を失った。
全く動かないカブトと、そしてぼんやりと空を見上げるサスケ。
カブトの敗北に穢土転生は解かれたのか、うちはイタチの姿は既にどこにもなかった。