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カカシ夢(2011.04~2016.09)
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向かうのは鉄の国。
雷影に会いに行ったナルトとカカシとヤマトの後を追って、ナナも木ノ葉の里を出ていた。
サイの思いつきでサクラと話しに行ったのに、その時同じようなことをシカマルも考えていて。すぐさま任務決行となった。
サクラ、サイ、ナナの他に集まったのはキバとリー。
シカマルは別の仕事で忙しいから行くことが出来ないのだそうだ。
任務の目的はナルトに今回のこと、サスケを自分達で処理するということを伝えること。その説得をするのはサクラの仕事だ。
しかし、何か嫌な予感がしていた。それは、サイにも感じられていたらしい。
「ナナさん」
耳元でサイが囁く。思いの外低めの良い声だった為に、ナナはびくっと肩を震わせ、さり気なくサイと距離を取った。
「なんだ?」
「サクラさんのことですが…」
ちらっとサイの目がサクラの方へ動き、この会話が聞かれたくないものだと気付いたナナは今度は自ら耳を寄せた。
「目を離さないでいて下さい」
「あぁ」
「ナナさんも感じましたか」
「…今のサクラは…何か危うい」
「はい」
前方でキバとリーと会話しているサクラは普通に見える。どうやって説得するのかなど真面目な話を時々笑いながら交わしている。
なのに、胸の奥を渦巻いている感情はなんだ。
「…サクラ」
やはり、早すぎたのだろう。サクラは全然、サスケに対する感情を抑えきれていない。
生い茂っていた木々がだんだんと進むにつれて枯れていく。木の上には雪も積り、国と国との間にある気温差が激しくなり始めた。
ぶるっと震える腕に手を回して白い息を吐き出す。上に分厚いコートを纏っているとはいえ、寒さを全て遮る事は出来ていなかった。
「…ナナさん、大丈夫ですか」
「あぁ、悪い。寒いのには慣れていなくて」
思えば、五色はどちらかと言えば暖かい地だった。木ノ葉も、ここまで寒くなることはあまりない。
無意識に心配そうに覗き込んだサイとの距離が縮まる。
ほんの少しだけ暖かさが増して、ナナはふっと俯いて笑った。
「どうかしましたか?」
「…いや」
こんなところをカカシが見たらどう思うのだろう。妬いてくれるだろうか。
体は冷えているのに顔だけ熱を持って、妙に感情が高まる。
「ナナさん、もしかしてカカシさんに早く会いたいんですか?」
「…え?」
「なんだか、カカシさんと話している時にする顔をしているように見えたので」
「なんだそれ」
どんな顔だよ、と思うのと同時に、なんだか恥ずかしくなった。
そりゃ、早く会いたいというか、カカシに傍にいて欲しいとは思うが。
今まさにそれを考えていたのかというと、そういう訳でなくて。
「無意識ですか?」
「…わ、わかんねーよ」
「ナナさんは可愛いですね」
「は、はぁ!?」
思わず大きな声が出て、前を歩いていた三人がぱっと振り返った。
「ナナさん!?何かあったんですか!?」
「つーか遅ぇよ、ちゃんとついて来い」
リーがたたっと駆け寄ってきて、キバは呆れてため息を吐いた。
サイが何かしたと勘違いしたのか、リーはナナの背中を押して前に進み出す。
サクラは、薄らと苦笑いを浮かべるだけで、すぐに先に歩き出していた。
・・・
ナルトは滞在している宿の屋根の上でぼんやりとしていた。
雷影に正面から意思を伝え、そして真正面から否定された。簡単に受け入れてもらえるとは思っていなかったとはいえ、全ての思いをぶつけたのに駄目で。
「…」
サスケは今、憎しみだけを動力に動いている。
これは、先ほど現れたうちはマダラが言ったことだ。いきなり目の前に現れた暁の装束を着た仮面の男。
男はうちはのことをナルトに話した。うちはイタチの真実と、それを知ったサスケの行動。
「もう…直接会ってみるしかねーんだ…」
だからこそ、今はサスケと会って確認したかった。
サスケが何を考えているのか。本当に木ノ葉への憎しみを持って、暁に賛同しているのか。
じっとそこに座って物思いにふけるナルトの頭には雪が積もりつつある。黄色の髪の毛はもう半分ほど白に染まっていた。
「ナルト、そろそろ入ってこい!」
ナルトを一人にさせていたヤマトとカカシも、いい加減ナルトの身を心配し始めていた。
鼻を赤くして、風邪でも引いてしまったら元も子もない。
それでも動こうとしないナルトを見て、ヤマトが屋根の上に飛び乗って近付く。
下から見上げていたカカシは、やれやれと息を吐いて視線をナルトから逸らした。
「…あれ、お前等なんで」
カカシの目は丸く開かれて、歩いてこちらに近付く集団を見つめていた。
「やっと見つけたぜ!」
こんな寒々しい中明るい声を出すのはキバだ。
その横にはサクラとサイとリーとナナ。
キバの声に気付いたのか、ナルトは屋根の上から体を乗り出して、下にいるメンバーをその目に映した。
「サクラちゃん…!サイにナナにキバ…ゲジマユまで!」
「ナルト、あんたに話があるの」
「?」
不思議そうに首を傾げて、ぱっとナルトが屋根から飛び降りた。雪のクッションがナルトの足の形に埋まる。
皆がサクラの言葉を待っている為に、沈黙が当たりを包み込んだ。
ナナもごくりと唾を飲んで、何を言うつもりなのか知れないサクラの背中を見つめる。
「ねぇ、ナルト」
「なんだってばよ?」
「…もう、サスケくんを追うのは止めにしない?」
「え…?」
ナルトの顔が怪訝そうに歪められた。
「私…気付いたの。抜け忍で犯罪者であるサスケくんのことなんて、もうどうでもいいって」
「な、なんで」
「いつだって傍にいてくれたのはナルト、アンタなのよ。私は…ナルト、アンタが好き」
そこにいた皆が息を呑んだ。リーだけは顔面蒼白にしてショックを受けているようだったが。
しかし、言われた当人であるナルトは、驚いたのを一瞬に険しい表情に変わった。
「だから、もうアンタとの約束はいいの…」
「どうしたんだってばよ、サクラちゃん」
ナルトは、サクラの言葉を信じていなかった。
ずっと好きでいるサクラからの告白なのに、ちっとも嬉しくなさそうで。
ただ、じっとサクラを見つめている。
「そんな冗談笑えねーてばよ」
「冗談なんかじゃない」
「…オレは、自分に嘘つく奴は嫌いだ!」
ぐっとサクラの肩を掴んで、ナルトにすり寄ったサクラを引き剥がした。
たぶん、もう駄目だ。サクラの作戦は失敗した。
「嘘なんかじゃない!私は危ない目にあってまで、アンタにサスケくんを追っかけて欲しくないの!だから私との約束ももう関係ない!」
「約束とかの問題じゃねーんだ。オレは、オレの意思でサスケを救いたいと思ってる」
「…」
ナルトの意思は、思っていた以上に強かった。
サスケとイタチのことを知ってしまった今なら尚更。
「っ…もういい!」
サクラが身を翻して来た道を走り去って行く。
それを追うように走り出したリーとキバとサイを目で追いながら、ナナはカカシの傍に駆け寄った。
「ナナ、一体これはどういうことなの」
「…サクラは、本当のことを言ってない」
サスケのことについての説得、その目的は結局果たせていない。
それに、あまりにも諦めるのが早すぎる。それはつまり、サクラが何か企んでいることを示していた。
「おかしいとは思ってたけど…やっぱり何か隠してたんだな」
振り返ったナルトと目が合って、ナナは思わず目を逸らしてしまった。
自分の口から言ってしまって良いのか迷う。
しかし、迷っている暇もない。
サイがサクラの方へ行ってくれた為にナナはここに残ってしまったが、本当は今すぐにでもサクラの後を追いたいのだ。
「サスケの…木ノ葉の同期は、自分達でサスケの処理をするつもりだ」
「…!?」
「このままサスケを放っておけば、国同士の争いにも発展しかねない。もう、サクラも首をくくったんだよ」
「そんな…サクラちゃんは、サスケを好きなんだぞ!?そんなの納得するワケ…!」
「でも、覚悟を決めた。だからわざわざここまで…ナルト、お前にそれを伝えに来たんだ」
口にすることは出来なかったけれど。
「俺達は…ナルトに頼り過ぎた」
ぽつりと押し出すようにナナが言うと、カカシの手がをナナを支えるように背中に触れた。
もう何も言わなくていい、そう言っているように感じてナナは唇を噤んだ。
続いてさくっと雪を踏む音。
サクラの後をついていったはずのサイがそこに立っている。分身だと、そこにいるカカシ達はすぐに気付いた。
「だいたいナナさんが言ってくれたみたいですね」
「サイ…お前も知ってたんだよな」
「はい、サクラには本当のことを言わないようにと口止めされていましたが」
サイは全てナルトに伝えるつもりだったのだろう。
サクラから聞いた思いや、サイ自身の憶測、次から次へと言葉を紡ぎ続けた。
好きだからこそ、サスケを放ってはおけない。サスケを救う方法が殺めることであるなら、それをも受け入れる覚悟を決めて。
更に、そのことでナルトに恨まれる覚悟も決めて。
「…サクラは、一人でサスケを殺すつもりでいる。これはボクの憶測ですが」
皆と協力する、そう言った時のサクラの作り笑いをサイは見抜いていた。
そしてそれを阻止する為に、今サイが追っている。
「う…」
ナルトが小さく唸って頭を抱えた。
今のナルトの心境は言葉で表せない程に渦巻いていることだろう。
そして、そんなナルトにかけてあげられる言葉は無い。それがもどかしくて、申し訳なくて。
ぎゅっときつく握り締めたナナの手にカカシの手がぶつかる。
ぱっと顔を上げると、カカシは優しげに微笑んでいた。心配するな、大丈夫だ、と言いたいのか。
「カカシは、驚かないのな」
「ん…驚いてるけど、予想は出来たかな」
「すげーな…大人って」
これが第七班をずっと見てきた人間だということか。
ナルトとサスケとサクラ。仲良くしていた頃が遙か昔のことのようで、ナナはその切なさを隠しきることが出来なかった。
重い空気が漂う。
それにナナが耐えられたのは、カカシの手が優しく触れていたからだ。
冷え切っていた手がじわじわとカカシの手で温められてく。
しかし、その手が前触れもなくパッと離された。
不思議に思ってカカシを見上げるとどこか違う方を見ていて。その視線を追ったナナは驚いて小さく息を吸い込んだ。
「、風影…」
そのナナの呟きに気付いてナルトも顔を上げる。
そこには、風影である我愛羅と、その兄弟であり側近でもあるテマリとカンクロウが立っていた。
「お前達にすぐに聞いてもらわなければならない事がある」
三人のうち、一番の年長者であるテマリが淡々と話し出す。
腕やら足やら露出した部分が多いテマリを見て、寒そうだなと何気なく思ったナナも、すぐにそれどころではいられなくなった。
それほどの重要な話を、砂の里の三人は持って来ていた。
「カカシが、火影…!?」
いつもよりも大きな声が出て、ナナは思わず自分の口を覆った。
つい先ほどまで行われていた五影会談。
そこはサスケが乗り込んで来て攻撃をしかけるわ、うちはマダラが登場するわ、六代目火影が逃げ出すわで、ずいぶんと大変なことになっていたらしい。
しかも、突然いなくなった六代目火影であるダンゾウは戻っていない。そこで、火影を他に立てるという案が挙がった。
元々ダンゾウに黒い噂が絶えなかったこともあり、他国の者達も今の火影を信用してはいなかった。そこで挙げられたカカシの名前に、反対する者は一人もいなかったという。
「オレは火影ってのは乗り気じゃないけどさ…ま、木ノ葉に帰って皆の意見を聞かないことには話にならないよ」
「マダラが戦争を仕掛けるって言ってるんだぞ。悠長なことは言ってられないだろ」
テマリが言うように、うちはマダラは五影会談に姿を見せると戦争を始める宣言をしてのけた。
確かに、こんな状況で信用出来る火影がいないというのは問題として大きすぎる。
「皆の同意はすぐに得られるでしょうし…カカシ先輩が火影ということで話を進めておいてもらいましょう」
「…」
ヤマトも当然、カカシが火影になるという話には賛成のようだ。
正論を並べるヤマトに、カカシは頭をかいて困ったように首を傾けた。
「…ま、そーなるか…」
「か、カカシ…」
「そんな目で見ないでよ、ナナ」
「っ…」
カカシが火影になれる程の実力と信頼を持つ人間だということは、ナナだってよくわかっている。
しかし、そういうことではなくて。
カカシが遠くなる気がして嫌だった。そんな我が儘、言うことさえ許されないけれど。
ぎゅっと口を閉ざして、カカシから目を逸らす。
そんなナナの思いなど知る由もない我愛羅は、ナルトの前まで歩いて近づいた。
「ナルト…これは八尾と九尾、お前を守る戦争となる。立ちはだかるなら、サスケも容赦はしない」
見守られる中、ナルトはきつく目を閉じた。
まだ迷い続けている。まだ割り切れていない。
「ナルト、お前は火影になる男だとオレに言ったな」
「…」
「“影”を背負う覚悟を決めたなら、サスケの友としてお前が本当にやるべき事をやれ」
「…!」
ナルトが大きく目を開いた。
その目にはまだ迷いがあったが、死んではいない。
「お前はサスケの為に何をしてやれるのか、よく考えろ」
“友として”。
我愛羅の言葉は、ナルトの心に深く刺さっていた。
ようやく、ナルトの中で何かが動き出すところまで来た、というところか。
なんとか、我愛羅の言葉を受けてサスケと向き合おうとしている。
「では、これから私らは里へ帰る。はたけカカシ…同盟国として、情報の混乱が無いよう願う」
「了解した…」
カカシの返事を聞くと、三人は背中を向けて来た道を戻り始めた。
木ノ葉にも、カカシが火影になるという情報をしっかりと回せということだろう。
同意を得たら、本当にカカシが火影になってしまうのだろうか。
そうなった時、カカシとナナの距離はどうなってしまうのだろう。
「…」
どうしても不安になるのを抑えられなくて、ナナは深く俯いた。
こんな顔を見られたら、カカシを困らせてしまう。
「さて、これからどうします?」
ヤマトが空気を切り替える為の言葉を放つ。
それでカカシもうーんと鼻から多めに息を流した。
「ヤマト、お前はナルトを連れて里へ向かってくれ。オレはサクラを連れ戻す」
「会談の話はどうします?」
「その件は忍犬達をすぐに走らせる。急ぎだからな」
言い終わると、カカシの視線はナナに移動した。
俯いていながらも、そのカカシの視線に気付いてしまったナナの手にぴくっと力が入る。
カカシはナナが火影うんぬんの話を気にしていることに気が付いているだろう。
ナナも渋々顔を上げてカカシと目を合わせた。
「ナナはどうしたい?」
「え、俺に聞くのかよ」
「ヤマトと里に戻るか、オレとサクラを追うか」
このタイミングでその二択を用意する意味があるとは思えない。
ナナは迷わずにカカシの手を掴んだ。
「ついて行くに決まってんだろ、あんたに」
「ま、そうだよね」
カカシについて行く、それはつまりサスケに会う可能性も有り得るということだ。
あんな別れ方をして、それきりという訳にはいかない。気まずいという思いもあるが、そんな事を言っていられる状況ではないのだ。
茫然としたままのナルトを放っておくのも心配であるが、ヤマトがついているならば大丈夫だろう。
カカシとサイと、そしてナナはこくりと強く頷くと、その場からばっと走り出した。
サクラとサスケが接触しないことを祈りながら。
・・・
現在サクラはキバとリーとサイを引き連れてサスケを追っている。
サクラが一人でサスケを倒すつもりでいる、ということを大凡間違いない。どこかで仲間として連れている三人をも撒くつもりなのだろう。
「サイ、サクラの状況はどうだ」
「今はまだサスケを見つけられていません」
「そうか」
サスケを探す役目はキバが負っている。
見つけてしまえば、サクラが何をし出すかわかったものではない。
「ナナさん」
「ん?」
「ナナさんは、カカシさんが火影になることに反対なんですか?」
「っ!」
サイは純粋に疑問を感じてこちらに質問したようだが、ナナの顔はぼうっと赤く染まった。
「べ、別に…反対ってわけじゃねーよ…」
「そうなんですか?嫌がっているように見えましたが」
「嫌っつか…」
ちらっとナナの目がサイとは反対側にいるカカシの方へ動く。
カカシはそれに気付いてナナを見ると、どういうわけか軽く笑ってみせた。
「な、なんだよ」
「んー?ナナが可愛くて嬉しいなって」
「はぁ!?」
あんたは、嫌じゃないのか。
喉を越えそうになった言葉を飲み込む。
カカシだって火影になりたいわけではないのだ。ただ、今はそうするしかないから。
そう、なんだよな…?
「ナナさん?」
「…俺にはまだ、カカシが必要なんだよ」
「そうでしょうね」
「わかってるよ」
「…なんなんだよあんたら」
全てわかっているかのように、ナナを挟んで両側を走る二人が笑う。
それが気に食わなくて、ナナは少し足を速めた。
「キバがサスケの場所を特定しました」
影分身であるサイが、本体の居る場所で起こっていることを告げる。
そろそろサクラが行動に出るころだろうか。
「まずいな…」
カカシの声のトーンも少し下がる。
一歩先に出ていたナナに二人がさっと追いついた。
「ナナはサスケの元へ行っていたな」
「あぁ」
「その時、サスケはどうだった」
どう、という曖昧な質問に、ナナは手を顎に持っていった。
その時サスケは…まだ仲間を思う心を持っていたはず。木ノ葉を離れても、新しく作った“鷹”というチームでそれなりの関係を築いていた。
しかしその時既にイタチを追い詰めた木ノ葉への恨みを持っていて。サスケは写輪眼の新たな力をも駆使していた。
「…サスケは強い。多分、サクラが思っているそれよりも…遙かに強くなってる」
「サクラがサスケに向かっていったら、どうなると思う」
「…まず勝つのは不可能だ。つか…サスケは躊躇わずに殺しにかかるかもしれない」
カカシの表情が曇った。
予想はしていた。サスケはもう、変わってしまったのだから。
しかしその事実を目の前に突き付けられて何も感じない程、カカシの心は硬くはなかったということか。
「…やられました、急いで下さい」
サイの体が墨に変わってそこから消える。
サクラが、サイの妨害を突破したのだ。
「カカシ…!」
「あぁ、急いでサクラの後を追うよ!」
サクラも思っていたよりやるらしい。
それでも、サスケには敵わない、絶対に無理だ。
サクラが少しでも躊躇するようなら、もうその瞬間に終わってしまう。
「くそ…っ」
近しい人の死というだけで胸がつぶれそうな思いがしたのに。
そんな二人がぶつかるなんて。
ナナの表情は、嘗てない程焦りに歪んでいた。
さっと道を抜けた先に、三人と一匹が倒れているのが見えた。遠目から見ても明らかにわかる、よく知る木ノ葉の三人と赤丸だ。
カカシは一足先にキバの脇に降りると、ぺちぺちと頬を打った。
「おーい」
「ん…ん?」
もぞっと動いたキバが薄らと目を開く。
外傷は一切見られないが、キバは今にもまた眠りに落ちそうな顔をしていた。
「サクラはどこに行ったの?」
「あ…北に向かって二時の方向…一キロ……」
一キロ、と言う頃には耳を澄ませなければ聞こえない程になっていて。
そうこうしないうちに、キバの口から細い息が漏れ始めた。
「…サクラが眠らせたのか?」
茫然とそれを見ていたナナは、カカシの横で首を傾げた。
サクラが眠らせた…それ以外考えられないのだが、サクラに相手を眠らせる類の術はなかったはずだ。
しかし、カカシはナナの質問に躊躇いなく頷いた。
「そうだろうな。恐らく、綱手様に強い眠り薬の調合を教わっていたんだろう」
「あぁ…なるほど」
「これじゃあ当分起きないだろうな。先に行くぞ」
「ああ」
とはいえ、道のど真ん中に放置したまま去るのはさすがに気掛かりで、道の隅にキバとリーとサイを移動させた。
少なくともサイは警戒していたはずなのに、こうもやられるとは。
それでも、サスケには敵わない。サクラがサスケを、なんて不可能に決まっている。
「…っ」
「ナナ」
無意識に顔を険しくしていたナナの肩を、ぽんとカカシが叩いた。
「そう焦るな」
「んなこと言ったって…冷静にはなれねーよ…っ」
「大丈夫だ。オレが止める」
「…」
優しく髪に触れた手が頬までなぞってそこで止まる。
ナナの心が落ち着くのを待ってくれているのだろう。
「…くそ」
見透かされている。それが嬉しくて悔しくて。
ナナはカカシの手に自分の手を重ねた。
「分かってる…あんたが居れば、大丈夫なんだって」
「ナナ」
「でも、だからムカつく」
「何よ、それ」
「なんでもねーよ」
ぱしっと手を弾くと、ぽかんとしているカカシが目に入り、ナナは小さく笑った。
カカシは大人だ。けれど、こんな風にカカシを振り回せるのは自分だけ。
「もう平気、行こうぜ」
「ん、じゃ行こう」
さっと先に走り出したカカシの後を追う。
ずるい。いつもぼんやりしている癖に、急に力強くなったりして。大きな背中がとても心強い。
ナナはじっとカカシの背中を見つめていた。
当たり前のようにナナの気持ちに気が付いて慰めてくれる。
「でも、あんたは…」
「ん?」
「、いや」
本当は、自分だって辛くて仕方がないくせに。
・・・
一人サスケの後を追ったサクラ。
目の前には目的であったその人、サスケが立っている。
つい先ほどまで火影であったダンゾウと戦っていたサスケは、目から血を流し、体も全体的に傷だらけで。そのサスケの近くには赤い髪の女性が倒れていた。
「私、サスケくんの望み通りに動く。もう後悔したくないから…」
「…オレの望みを知っているのか?」
こうしてサクラとサスケが会話を交わすのは久々であるというのに、そこには何の感動も無い。
目的を果たす為に覚悟を決めたサクラと、復讐しか頭に無いサスケ。
二人の会話には、感情が欠落していた。
「木ノ葉を潰す。それがオレの望みだ…」
「…!」
「お前は本当にオレの為に木ノ葉を裏切れるのか?」
「…うん。サスケくんがそうしろというなら」
本当にサスケは変わってしまった。
それがはっきりとわかってしまい、サクラはほんの少し瞳を揺らがせた。もう、道は一つしかない。
「なら、それを証明してもらおう。こいつに止めを刺せ」
サスケの指が、足元で倒れている女を指した。
一緒に戦った仲間であるはずの、香燐。
「こいつはオレの組織した“鷹”のメンバーだが、見ての通りもう役に立たない。サクラ、お前はこいつの代わりになる」
「…わかった」
こくりと頷き、コートの下からクナイを取り出す。ゆっくりと近付いたサクラは、香燐の手前で足を止めた。
もう手を伸ばせば届く位置にサスケがいる。
(今、サスケくんを殺せば全てが終わる)
この役は自分が。自分だけで。そう決めてここに来た。
それでも気持ちが揺れてしまうのは、仲間だった頃の、好きだった頃の思い出があるから。
やらなきゃ、自分の手で、サスケを。
「…やめろ…サスケェ…」
声よりも息の方が多かった。その死にそうな香燐の声は、サクラの後ろにいるサスケに向けられていた。
「…!?」
それに気付いたサクラが振り返る。
サスケは、サクラに向けて本気の千鳥を向けていた。油断していたサクラにそれを避ける術はなかった。
しかし、その千鳥はサクラに当たらなかった。
「落ちたな…サスケ」
その声はカカシのもの。
間一髪のところで間に合ったカカシの手が、サスケの手の軌道を変えていた。
「ハッ…次から次へと」
サスケが笑う。それは決して昔を懐かしむものではない。
カカシの横に立ったナナも、短期間でサスケが全くの別人になってしまったことに気付いていた。
「…香燐」
「ぁ…ナナ、か…」
香燐の横にしゃがんで、香燐の髪に触れる。
いつ息絶えてもおかしくない、そんな香燐を放っておき、ましてや殺せなどと指示するような人ではなかったはずなのに。
「サクラ、お前…一人でサスケを殺ろうとしただろ…?」
サスケと対峙したまま、カカシが低めの声を発した。
びくりと肩を震わせたサクラが申し訳なさそうに俯く。肯定、ととって良いだろう。
「そんな重荷を、お前が背負う事はないんだよ」
「…」
「第七班の先生でありながら、お前等をバラバラにしてしまったのは、オレの不甲斐無さが招いたことだ」
今まで気丈に振る舞っていたカカシも、本当はずっと自分を責めていた。
自分の教え子が、初めて会った時から復讐を心に秘めていることは知っていたのに、それを止めることが出来なかった。
「…サスケ、もう一度だけ言っておく。復讐に取りつかれるな!」
カカシの声が辺りに響き渡る。
もう何度もサスケに訴えてきた言葉。それを、今更サスケが受け入れることなど無いことを知っていながら。
「…なら、イタチを…父を、母を…一族をここに連れて来い!そしたらそんなもの止めてやる!」
しかし、このサスケの叫びは初めてのものだった。
一族の真実を知ったサスケの心は確かに当初とは別のものに変わった。それでも復讐心が消えることだけは無かった。
復讐の相手が一族を滅ぼしたと思っていたイタチから一族を滅ばせる原因となった木ノ葉に変わっただけ。
「あぁ…それともアンタの大事なナナをこっちに寄こすか?それでもいいぜ。毎日毎日可愛がってやるよ」
「…サスケ」
「そうでもしねーと、アンタにオレの気持ちなんてわかんねーだろうからな!」
カカシの表情が変わった。
本気で殺し合う覚悟を決めたのだろう。
「ナナ下がれ。サクラとその子を頼む」
「あ、あぁ」
こくりと頷いて、ナナは香燐を見下ろした。
抱きかかえて移動することは容易だろうが、少しでも動かしたら香燐の命が途絶えてしまいそうだ。
「サクラ、こいつの怪我…治してやってくれないか」
「え、」
「サスケの情報を聞き出すことも出来るし…。一応、友人だから…」
本当は後者の方が理由としては大きかった。
しかし、サクラやカカシにとっては前者だけが香燐を生かす理由となるだろう。
「そっか、ナナさんは…サスケくんと一緒に居たんですよね」
「…こいつ、香燐も悪い奴じゃないんだ」
「わかってます」
サクラはゆっくり香燐の傍にしゃがむと、手をその深い傷を負った体にかざした。
「…水月や重吾はいないんだな…」
ふと、気が付いてしまい、ナナがぽつりと漏らす。
体を動かすのも話すのも今の香燐には苦痛なのだろう、香燐は全く反応を示さなかった。
雷影に会いに行ったナルトとカカシとヤマトの後を追って、ナナも木ノ葉の里を出ていた。
サイの思いつきでサクラと話しに行ったのに、その時同じようなことをシカマルも考えていて。すぐさま任務決行となった。
サクラ、サイ、ナナの他に集まったのはキバとリー。
シカマルは別の仕事で忙しいから行くことが出来ないのだそうだ。
任務の目的はナルトに今回のこと、サスケを自分達で処理するということを伝えること。その説得をするのはサクラの仕事だ。
しかし、何か嫌な予感がしていた。それは、サイにも感じられていたらしい。
「ナナさん」
耳元でサイが囁く。思いの外低めの良い声だった為に、ナナはびくっと肩を震わせ、さり気なくサイと距離を取った。
「なんだ?」
「サクラさんのことですが…」
ちらっとサイの目がサクラの方へ動き、この会話が聞かれたくないものだと気付いたナナは今度は自ら耳を寄せた。
「目を離さないでいて下さい」
「あぁ」
「ナナさんも感じましたか」
「…今のサクラは…何か危うい」
「はい」
前方でキバとリーと会話しているサクラは普通に見える。どうやって説得するのかなど真面目な話を時々笑いながら交わしている。
なのに、胸の奥を渦巻いている感情はなんだ。
「…サクラ」
やはり、早すぎたのだろう。サクラは全然、サスケに対する感情を抑えきれていない。
生い茂っていた木々がだんだんと進むにつれて枯れていく。木の上には雪も積り、国と国との間にある気温差が激しくなり始めた。
ぶるっと震える腕に手を回して白い息を吐き出す。上に分厚いコートを纏っているとはいえ、寒さを全て遮る事は出来ていなかった。
「…ナナさん、大丈夫ですか」
「あぁ、悪い。寒いのには慣れていなくて」
思えば、五色はどちらかと言えば暖かい地だった。木ノ葉も、ここまで寒くなることはあまりない。
無意識に心配そうに覗き込んだサイとの距離が縮まる。
ほんの少しだけ暖かさが増して、ナナはふっと俯いて笑った。
「どうかしましたか?」
「…いや」
こんなところをカカシが見たらどう思うのだろう。妬いてくれるだろうか。
体は冷えているのに顔だけ熱を持って、妙に感情が高まる。
「ナナさん、もしかしてカカシさんに早く会いたいんですか?」
「…え?」
「なんだか、カカシさんと話している時にする顔をしているように見えたので」
「なんだそれ」
どんな顔だよ、と思うのと同時に、なんだか恥ずかしくなった。
そりゃ、早く会いたいというか、カカシに傍にいて欲しいとは思うが。
今まさにそれを考えていたのかというと、そういう訳でなくて。
「無意識ですか?」
「…わ、わかんねーよ」
「ナナさんは可愛いですね」
「は、はぁ!?」
思わず大きな声が出て、前を歩いていた三人がぱっと振り返った。
「ナナさん!?何かあったんですか!?」
「つーか遅ぇよ、ちゃんとついて来い」
リーがたたっと駆け寄ってきて、キバは呆れてため息を吐いた。
サイが何かしたと勘違いしたのか、リーはナナの背中を押して前に進み出す。
サクラは、薄らと苦笑いを浮かべるだけで、すぐに先に歩き出していた。
・・・
ナルトは滞在している宿の屋根の上でぼんやりとしていた。
雷影に正面から意思を伝え、そして真正面から否定された。簡単に受け入れてもらえるとは思っていなかったとはいえ、全ての思いをぶつけたのに駄目で。
「…」
サスケは今、憎しみだけを動力に動いている。
これは、先ほど現れたうちはマダラが言ったことだ。いきなり目の前に現れた暁の装束を着た仮面の男。
男はうちはのことをナルトに話した。うちはイタチの真実と、それを知ったサスケの行動。
「もう…直接会ってみるしかねーんだ…」
だからこそ、今はサスケと会って確認したかった。
サスケが何を考えているのか。本当に木ノ葉への憎しみを持って、暁に賛同しているのか。
じっとそこに座って物思いにふけるナルトの頭には雪が積もりつつある。黄色の髪の毛はもう半分ほど白に染まっていた。
「ナルト、そろそろ入ってこい!」
ナルトを一人にさせていたヤマトとカカシも、いい加減ナルトの身を心配し始めていた。
鼻を赤くして、風邪でも引いてしまったら元も子もない。
それでも動こうとしないナルトを見て、ヤマトが屋根の上に飛び乗って近付く。
下から見上げていたカカシは、やれやれと息を吐いて視線をナルトから逸らした。
「…あれ、お前等なんで」
カカシの目は丸く開かれて、歩いてこちらに近付く集団を見つめていた。
「やっと見つけたぜ!」
こんな寒々しい中明るい声を出すのはキバだ。
その横にはサクラとサイとリーとナナ。
キバの声に気付いたのか、ナルトは屋根の上から体を乗り出して、下にいるメンバーをその目に映した。
「サクラちゃん…!サイにナナにキバ…ゲジマユまで!」
「ナルト、あんたに話があるの」
「?」
不思議そうに首を傾げて、ぱっとナルトが屋根から飛び降りた。雪のクッションがナルトの足の形に埋まる。
皆がサクラの言葉を待っている為に、沈黙が当たりを包み込んだ。
ナナもごくりと唾を飲んで、何を言うつもりなのか知れないサクラの背中を見つめる。
「ねぇ、ナルト」
「なんだってばよ?」
「…もう、サスケくんを追うのは止めにしない?」
「え…?」
ナルトの顔が怪訝そうに歪められた。
「私…気付いたの。抜け忍で犯罪者であるサスケくんのことなんて、もうどうでもいいって」
「な、なんで」
「いつだって傍にいてくれたのはナルト、アンタなのよ。私は…ナルト、アンタが好き」
そこにいた皆が息を呑んだ。リーだけは顔面蒼白にしてショックを受けているようだったが。
しかし、言われた当人であるナルトは、驚いたのを一瞬に険しい表情に変わった。
「だから、もうアンタとの約束はいいの…」
「どうしたんだってばよ、サクラちゃん」
ナルトは、サクラの言葉を信じていなかった。
ずっと好きでいるサクラからの告白なのに、ちっとも嬉しくなさそうで。
ただ、じっとサクラを見つめている。
「そんな冗談笑えねーてばよ」
「冗談なんかじゃない」
「…オレは、自分に嘘つく奴は嫌いだ!」
ぐっとサクラの肩を掴んで、ナルトにすり寄ったサクラを引き剥がした。
たぶん、もう駄目だ。サクラの作戦は失敗した。
「嘘なんかじゃない!私は危ない目にあってまで、アンタにサスケくんを追っかけて欲しくないの!だから私との約束ももう関係ない!」
「約束とかの問題じゃねーんだ。オレは、オレの意思でサスケを救いたいと思ってる」
「…」
ナルトの意思は、思っていた以上に強かった。
サスケとイタチのことを知ってしまった今なら尚更。
「っ…もういい!」
サクラが身を翻して来た道を走り去って行く。
それを追うように走り出したリーとキバとサイを目で追いながら、ナナはカカシの傍に駆け寄った。
「ナナ、一体これはどういうことなの」
「…サクラは、本当のことを言ってない」
サスケのことについての説得、その目的は結局果たせていない。
それに、あまりにも諦めるのが早すぎる。それはつまり、サクラが何か企んでいることを示していた。
「おかしいとは思ってたけど…やっぱり何か隠してたんだな」
振り返ったナルトと目が合って、ナナは思わず目を逸らしてしまった。
自分の口から言ってしまって良いのか迷う。
しかし、迷っている暇もない。
サイがサクラの方へ行ってくれた為にナナはここに残ってしまったが、本当は今すぐにでもサクラの後を追いたいのだ。
「サスケの…木ノ葉の同期は、自分達でサスケの処理をするつもりだ」
「…!?」
「このままサスケを放っておけば、国同士の争いにも発展しかねない。もう、サクラも首をくくったんだよ」
「そんな…サクラちゃんは、サスケを好きなんだぞ!?そんなの納得するワケ…!」
「でも、覚悟を決めた。だからわざわざここまで…ナルト、お前にそれを伝えに来たんだ」
口にすることは出来なかったけれど。
「俺達は…ナルトに頼り過ぎた」
ぽつりと押し出すようにナナが言うと、カカシの手がをナナを支えるように背中に触れた。
もう何も言わなくていい、そう言っているように感じてナナは唇を噤んだ。
続いてさくっと雪を踏む音。
サクラの後をついていったはずのサイがそこに立っている。分身だと、そこにいるカカシ達はすぐに気付いた。
「だいたいナナさんが言ってくれたみたいですね」
「サイ…お前も知ってたんだよな」
「はい、サクラには本当のことを言わないようにと口止めされていましたが」
サイは全てナルトに伝えるつもりだったのだろう。
サクラから聞いた思いや、サイ自身の憶測、次から次へと言葉を紡ぎ続けた。
好きだからこそ、サスケを放ってはおけない。サスケを救う方法が殺めることであるなら、それをも受け入れる覚悟を決めて。
更に、そのことでナルトに恨まれる覚悟も決めて。
「…サクラは、一人でサスケを殺すつもりでいる。これはボクの憶測ですが」
皆と協力する、そう言った時のサクラの作り笑いをサイは見抜いていた。
そしてそれを阻止する為に、今サイが追っている。
「う…」
ナルトが小さく唸って頭を抱えた。
今のナルトの心境は言葉で表せない程に渦巻いていることだろう。
そして、そんなナルトにかけてあげられる言葉は無い。それがもどかしくて、申し訳なくて。
ぎゅっときつく握り締めたナナの手にカカシの手がぶつかる。
ぱっと顔を上げると、カカシは優しげに微笑んでいた。心配するな、大丈夫だ、と言いたいのか。
「カカシは、驚かないのな」
「ん…驚いてるけど、予想は出来たかな」
「すげーな…大人って」
これが第七班をずっと見てきた人間だということか。
ナルトとサスケとサクラ。仲良くしていた頃が遙か昔のことのようで、ナナはその切なさを隠しきることが出来なかった。
重い空気が漂う。
それにナナが耐えられたのは、カカシの手が優しく触れていたからだ。
冷え切っていた手がじわじわとカカシの手で温められてく。
しかし、その手が前触れもなくパッと離された。
不思議に思ってカカシを見上げるとどこか違う方を見ていて。その視線を追ったナナは驚いて小さく息を吸い込んだ。
「、風影…」
そのナナの呟きに気付いてナルトも顔を上げる。
そこには、風影である我愛羅と、その兄弟であり側近でもあるテマリとカンクロウが立っていた。
「お前達にすぐに聞いてもらわなければならない事がある」
三人のうち、一番の年長者であるテマリが淡々と話し出す。
腕やら足やら露出した部分が多いテマリを見て、寒そうだなと何気なく思ったナナも、すぐにそれどころではいられなくなった。
それほどの重要な話を、砂の里の三人は持って来ていた。
「カカシが、火影…!?」
いつもよりも大きな声が出て、ナナは思わず自分の口を覆った。
つい先ほどまで行われていた五影会談。
そこはサスケが乗り込んで来て攻撃をしかけるわ、うちはマダラが登場するわ、六代目火影が逃げ出すわで、ずいぶんと大変なことになっていたらしい。
しかも、突然いなくなった六代目火影であるダンゾウは戻っていない。そこで、火影を他に立てるという案が挙がった。
元々ダンゾウに黒い噂が絶えなかったこともあり、他国の者達も今の火影を信用してはいなかった。そこで挙げられたカカシの名前に、反対する者は一人もいなかったという。
「オレは火影ってのは乗り気じゃないけどさ…ま、木ノ葉に帰って皆の意見を聞かないことには話にならないよ」
「マダラが戦争を仕掛けるって言ってるんだぞ。悠長なことは言ってられないだろ」
テマリが言うように、うちはマダラは五影会談に姿を見せると戦争を始める宣言をしてのけた。
確かに、こんな状況で信用出来る火影がいないというのは問題として大きすぎる。
「皆の同意はすぐに得られるでしょうし…カカシ先輩が火影ということで話を進めておいてもらいましょう」
「…」
ヤマトも当然、カカシが火影になるという話には賛成のようだ。
正論を並べるヤマトに、カカシは頭をかいて困ったように首を傾けた。
「…ま、そーなるか…」
「か、カカシ…」
「そんな目で見ないでよ、ナナ」
「っ…」
カカシが火影になれる程の実力と信頼を持つ人間だということは、ナナだってよくわかっている。
しかし、そういうことではなくて。
カカシが遠くなる気がして嫌だった。そんな我が儘、言うことさえ許されないけれど。
ぎゅっと口を閉ざして、カカシから目を逸らす。
そんなナナの思いなど知る由もない我愛羅は、ナルトの前まで歩いて近づいた。
「ナルト…これは八尾と九尾、お前を守る戦争となる。立ちはだかるなら、サスケも容赦はしない」
見守られる中、ナルトはきつく目を閉じた。
まだ迷い続けている。まだ割り切れていない。
「ナルト、お前は火影になる男だとオレに言ったな」
「…」
「“影”を背負う覚悟を決めたなら、サスケの友としてお前が本当にやるべき事をやれ」
「…!」
ナルトが大きく目を開いた。
その目にはまだ迷いがあったが、死んではいない。
「お前はサスケの為に何をしてやれるのか、よく考えろ」
“友として”。
我愛羅の言葉は、ナルトの心に深く刺さっていた。
ようやく、ナルトの中で何かが動き出すところまで来た、というところか。
なんとか、我愛羅の言葉を受けてサスケと向き合おうとしている。
「では、これから私らは里へ帰る。はたけカカシ…同盟国として、情報の混乱が無いよう願う」
「了解した…」
カカシの返事を聞くと、三人は背中を向けて来た道を戻り始めた。
木ノ葉にも、カカシが火影になるという情報をしっかりと回せということだろう。
同意を得たら、本当にカカシが火影になってしまうのだろうか。
そうなった時、カカシとナナの距離はどうなってしまうのだろう。
「…」
どうしても不安になるのを抑えられなくて、ナナは深く俯いた。
こんな顔を見られたら、カカシを困らせてしまう。
「さて、これからどうします?」
ヤマトが空気を切り替える為の言葉を放つ。
それでカカシもうーんと鼻から多めに息を流した。
「ヤマト、お前はナルトを連れて里へ向かってくれ。オレはサクラを連れ戻す」
「会談の話はどうします?」
「その件は忍犬達をすぐに走らせる。急ぎだからな」
言い終わると、カカシの視線はナナに移動した。
俯いていながらも、そのカカシの視線に気付いてしまったナナの手にぴくっと力が入る。
カカシはナナが火影うんぬんの話を気にしていることに気が付いているだろう。
ナナも渋々顔を上げてカカシと目を合わせた。
「ナナはどうしたい?」
「え、俺に聞くのかよ」
「ヤマトと里に戻るか、オレとサクラを追うか」
このタイミングでその二択を用意する意味があるとは思えない。
ナナは迷わずにカカシの手を掴んだ。
「ついて行くに決まってんだろ、あんたに」
「ま、そうだよね」
カカシについて行く、それはつまりサスケに会う可能性も有り得るということだ。
あんな別れ方をして、それきりという訳にはいかない。気まずいという思いもあるが、そんな事を言っていられる状況ではないのだ。
茫然としたままのナルトを放っておくのも心配であるが、ヤマトがついているならば大丈夫だろう。
カカシとサイと、そしてナナはこくりと強く頷くと、その場からばっと走り出した。
サクラとサスケが接触しないことを祈りながら。
・・・
現在サクラはキバとリーとサイを引き連れてサスケを追っている。
サクラが一人でサスケを倒すつもりでいる、ということを大凡間違いない。どこかで仲間として連れている三人をも撒くつもりなのだろう。
「サイ、サクラの状況はどうだ」
「今はまだサスケを見つけられていません」
「そうか」
サスケを探す役目はキバが負っている。
見つけてしまえば、サクラが何をし出すかわかったものではない。
「ナナさん」
「ん?」
「ナナさんは、カカシさんが火影になることに反対なんですか?」
「っ!」
サイは純粋に疑問を感じてこちらに質問したようだが、ナナの顔はぼうっと赤く染まった。
「べ、別に…反対ってわけじゃねーよ…」
「そうなんですか?嫌がっているように見えましたが」
「嫌っつか…」
ちらっとナナの目がサイとは反対側にいるカカシの方へ動く。
カカシはそれに気付いてナナを見ると、どういうわけか軽く笑ってみせた。
「な、なんだよ」
「んー?ナナが可愛くて嬉しいなって」
「はぁ!?」
あんたは、嫌じゃないのか。
喉を越えそうになった言葉を飲み込む。
カカシだって火影になりたいわけではないのだ。ただ、今はそうするしかないから。
そう、なんだよな…?
「ナナさん?」
「…俺にはまだ、カカシが必要なんだよ」
「そうでしょうね」
「わかってるよ」
「…なんなんだよあんたら」
全てわかっているかのように、ナナを挟んで両側を走る二人が笑う。
それが気に食わなくて、ナナは少し足を速めた。
「キバがサスケの場所を特定しました」
影分身であるサイが、本体の居る場所で起こっていることを告げる。
そろそろサクラが行動に出るころだろうか。
「まずいな…」
カカシの声のトーンも少し下がる。
一歩先に出ていたナナに二人がさっと追いついた。
「ナナはサスケの元へ行っていたな」
「あぁ」
「その時、サスケはどうだった」
どう、という曖昧な質問に、ナナは手を顎に持っていった。
その時サスケは…まだ仲間を思う心を持っていたはず。木ノ葉を離れても、新しく作った“鷹”というチームでそれなりの関係を築いていた。
しかしその時既にイタチを追い詰めた木ノ葉への恨みを持っていて。サスケは写輪眼の新たな力をも駆使していた。
「…サスケは強い。多分、サクラが思っているそれよりも…遙かに強くなってる」
「サクラがサスケに向かっていったら、どうなると思う」
「…まず勝つのは不可能だ。つか…サスケは躊躇わずに殺しにかかるかもしれない」
カカシの表情が曇った。
予想はしていた。サスケはもう、変わってしまったのだから。
しかしその事実を目の前に突き付けられて何も感じない程、カカシの心は硬くはなかったということか。
「…やられました、急いで下さい」
サイの体が墨に変わってそこから消える。
サクラが、サイの妨害を突破したのだ。
「カカシ…!」
「あぁ、急いでサクラの後を追うよ!」
サクラも思っていたよりやるらしい。
それでも、サスケには敵わない、絶対に無理だ。
サクラが少しでも躊躇するようなら、もうその瞬間に終わってしまう。
「くそ…っ」
近しい人の死というだけで胸がつぶれそうな思いがしたのに。
そんな二人がぶつかるなんて。
ナナの表情は、嘗てない程焦りに歪んでいた。
さっと道を抜けた先に、三人と一匹が倒れているのが見えた。遠目から見ても明らかにわかる、よく知る木ノ葉の三人と赤丸だ。
カカシは一足先にキバの脇に降りると、ぺちぺちと頬を打った。
「おーい」
「ん…ん?」
もぞっと動いたキバが薄らと目を開く。
外傷は一切見られないが、キバは今にもまた眠りに落ちそうな顔をしていた。
「サクラはどこに行ったの?」
「あ…北に向かって二時の方向…一キロ……」
一キロ、と言う頃には耳を澄ませなければ聞こえない程になっていて。
そうこうしないうちに、キバの口から細い息が漏れ始めた。
「…サクラが眠らせたのか?」
茫然とそれを見ていたナナは、カカシの横で首を傾げた。
サクラが眠らせた…それ以外考えられないのだが、サクラに相手を眠らせる類の術はなかったはずだ。
しかし、カカシはナナの質問に躊躇いなく頷いた。
「そうだろうな。恐らく、綱手様に強い眠り薬の調合を教わっていたんだろう」
「あぁ…なるほど」
「これじゃあ当分起きないだろうな。先に行くぞ」
「ああ」
とはいえ、道のど真ん中に放置したまま去るのはさすがに気掛かりで、道の隅にキバとリーとサイを移動させた。
少なくともサイは警戒していたはずなのに、こうもやられるとは。
それでも、サスケには敵わない。サクラがサスケを、なんて不可能に決まっている。
「…っ」
「ナナ」
無意識に顔を険しくしていたナナの肩を、ぽんとカカシが叩いた。
「そう焦るな」
「んなこと言ったって…冷静にはなれねーよ…っ」
「大丈夫だ。オレが止める」
「…」
優しく髪に触れた手が頬までなぞってそこで止まる。
ナナの心が落ち着くのを待ってくれているのだろう。
「…くそ」
見透かされている。それが嬉しくて悔しくて。
ナナはカカシの手に自分の手を重ねた。
「分かってる…あんたが居れば、大丈夫なんだって」
「ナナ」
「でも、だからムカつく」
「何よ、それ」
「なんでもねーよ」
ぱしっと手を弾くと、ぽかんとしているカカシが目に入り、ナナは小さく笑った。
カカシは大人だ。けれど、こんな風にカカシを振り回せるのは自分だけ。
「もう平気、行こうぜ」
「ん、じゃ行こう」
さっと先に走り出したカカシの後を追う。
ずるい。いつもぼんやりしている癖に、急に力強くなったりして。大きな背中がとても心強い。
ナナはじっとカカシの背中を見つめていた。
当たり前のようにナナの気持ちに気が付いて慰めてくれる。
「でも、あんたは…」
「ん?」
「、いや」
本当は、自分だって辛くて仕方がないくせに。
・・・
一人サスケの後を追ったサクラ。
目の前には目的であったその人、サスケが立っている。
つい先ほどまで火影であったダンゾウと戦っていたサスケは、目から血を流し、体も全体的に傷だらけで。そのサスケの近くには赤い髪の女性が倒れていた。
「私、サスケくんの望み通りに動く。もう後悔したくないから…」
「…オレの望みを知っているのか?」
こうしてサクラとサスケが会話を交わすのは久々であるというのに、そこには何の感動も無い。
目的を果たす為に覚悟を決めたサクラと、復讐しか頭に無いサスケ。
二人の会話には、感情が欠落していた。
「木ノ葉を潰す。それがオレの望みだ…」
「…!」
「お前は本当にオレの為に木ノ葉を裏切れるのか?」
「…うん。サスケくんがそうしろというなら」
本当にサスケは変わってしまった。
それがはっきりとわかってしまい、サクラはほんの少し瞳を揺らがせた。もう、道は一つしかない。
「なら、それを証明してもらおう。こいつに止めを刺せ」
サスケの指が、足元で倒れている女を指した。
一緒に戦った仲間であるはずの、香燐。
「こいつはオレの組織した“鷹”のメンバーだが、見ての通りもう役に立たない。サクラ、お前はこいつの代わりになる」
「…わかった」
こくりと頷き、コートの下からクナイを取り出す。ゆっくりと近付いたサクラは、香燐の手前で足を止めた。
もう手を伸ばせば届く位置にサスケがいる。
(今、サスケくんを殺せば全てが終わる)
この役は自分が。自分だけで。そう決めてここに来た。
それでも気持ちが揺れてしまうのは、仲間だった頃の、好きだった頃の思い出があるから。
やらなきゃ、自分の手で、サスケを。
「…やめろ…サスケェ…」
声よりも息の方が多かった。その死にそうな香燐の声は、サクラの後ろにいるサスケに向けられていた。
「…!?」
それに気付いたサクラが振り返る。
サスケは、サクラに向けて本気の千鳥を向けていた。油断していたサクラにそれを避ける術はなかった。
しかし、その千鳥はサクラに当たらなかった。
「落ちたな…サスケ」
その声はカカシのもの。
間一髪のところで間に合ったカカシの手が、サスケの手の軌道を変えていた。
「ハッ…次から次へと」
サスケが笑う。それは決して昔を懐かしむものではない。
カカシの横に立ったナナも、短期間でサスケが全くの別人になってしまったことに気付いていた。
「…香燐」
「ぁ…ナナ、か…」
香燐の横にしゃがんで、香燐の髪に触れる。
いつ息絶えてもおかしくない、そんな香燐を放っておき、ましてや殺せなどと指示するような人ではなかったはずなのに。
「サクラ、お前…一人でサスケを殺ろうとしただろ…?」
サスケと対峙したまま、カカシが低めの声を発した。
びくりと肩を震わせたサクラが申し訳なさそうに俯く。肯定、ととって良いだろう。
「そんな重荷を、お前が背負う事はないんだよ」
「…」
「第七班の先生でありながら、お前等をバラバラにしてしまったのは、オレの不甲斐無さが招いたことだ」
今まで気丈に振る舞っていたカカシも、本当はずっと自分を責めていた。
自分の教え子が、初めて会った時から復讐を心に秘めていることは知っていたのに、それを止めることが出来なかった。
「…サスケ、もう一度だけ言っておく。復讐に取りつかれるな!」
カカシの声が辺りに響き渡る。
もう何度もサスケに訴えてきた言葉。それを、今更サスケが受け入れることなど無いことを知っていながら。
「…なら、イタチを…父を、母を…一族をここに連れて来い!そしたらそんなもの止めてやる!」
しかし、このサスケの叫びは初めてのものだった。
一族の真実を知ったサスケの心は確かに当初とは別のものに変わった。それでも復讐心が消えることだけは無かった。
復讐の相手が一族を滅ぼしたと思っていたイタチから一族を滅ばせる原因となった木ノ葉に変わっただけ。
「あぁ…それともアンタの大事なナナをこっちに寄こすか?それでもいいぜ。毎日毎日可愛がってやるよ」
「…サスケ」
「そうでもしねーと、アンタにオレの気持ちなんてわかんねーだろうからな!」
カカシの表情が変わった。
本気で殺し合う覚悟を決めたのだろう。
「ナナ下がれ。サクラとその子を頼む」
「あ、あぁ」
こくりと頷いて、ナナは香燐を見下ろした。
抱きかかえて移動することは容易だろうが、少しでも動かしたら香燐の命が途絶えてしまいそうだ。
「サクラ、こいつの怪我…治してやってくれないか」
「え、」
「サスケの情報を聞き出すことも出来るし…。一応、友人だから…」
本当は後者の方が理由としては大きかった。
しかし、サクラやカカシにとっては前者だけが香燐を生かす理由となるだろう。
「そっか、ナナさんは…サスケくんと一緒に居たんですよね」
「…こいつ、香燐も悪い奴じゃないんだ」
「わかってます」
サクラはゆっくり香燐の傍にしゃがむと、手をその深い傷を負った体にかざした。
「…水月や重吾はいないんだな…」
ふと、気が付いてしまい、ナナがぽつりと漏らす。
体を動かすのも話すのも今の香燐には苦痛なのだろう、香燐は全く反応を示さなかった。