その他短編
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チャイムが鳴り響く。生徒達は一斉に立ち上がって、恒例の挨拶をして鞄に手をかけた。
「鈴木ー、一緒に帰ろうぜ」
「あーごめん。先約アリだわ」
彼女か。彼女なのか。とつついてくる手を払って、咲也はにやっと笑った。
「うわ、彼女なのか」
「くっそ、この色男が。裏切り者め」
「ちーがーうって。じゃな、お先」
くそーっと後ろから聞こえる罵声を無視して、咲也は教室を出た。
口元がにやついているのは、彼女ってのが強ち間違っていないからだ。
人生で初めて、本当に好きだと言える相手に出会った。それはもう一ヶ月ほど前になる。
図書室で見かけた影の薄い人。別に仲良くなったわけでもなければ、落とした消しゴムを拾ってもらったなどという切っ掛けも無い。見ているうちに好きになった。
今思い返してもあり得ないと思う。それが絶世の美女だと言うのなら未だしも、同じ学年の男子生徒だったのだから。
浮わつく足取りで待ち合わせている校門へと向かう。
彼、黒子テツヤは帝光中学校バスケ部という超強豪なバスケ部で試合に出ていた経歴がある。当然、今も二年生と共に試合に出ている。
つまり帰宅部である咲也とは、全く時間が合わないのだ。
今日は部活が無いらしい。それはようやく咲也に巡ってきた、共に時間を過ごせるチャンス。
一緒に帰ろう、と誘ったところ、黒子は一つ返事で「いいですよ」と答えてくれた。
「咲也くん」
とん、と急に肩を叩かれ、咲也は反射的にうわっと声を上げた。
「テツヤ、驚かすなよー」
「咲也くんが勝手に驚いたんですよ」
「ほんっと、気配ないのな」
にっと笑って黒子の横に並ぶ。咲也の後ろ姿を見かけて走ってきてくれたらしい。体力の無い黒子は少し肩を揺らしていた。
「なぁ、今日どうする?」
二人でいられる時間が長いのはとても嬉しいのだが、二人揃って疎い為、こういう時にどう過ごしたら良いのかわからない。
「やっぱテツヤはマジバ行きたい?」
「そうですね。それは勿論そうなのですが」
「あ、もしかしてどっか行きたいとこある?」
それは有り難い。咲也はぱっと笑顔になった。
なんといっても、咲也は“どこに行きたいか”と問われれば“どこでもいい”と答えるタイプの人間なのだ。
どんな案でも頷くつもりで、黒子の言葉を待つ。すると、黒子はきゅっと咲也の制服の袖口を掴んだ。
「咲也くんの家に」
「え」
「君のお家にお邪魔したいのですが。やはり図々しかったでしょうか」
「そんなことないよ!」
急に様々なことが頭を駆け巡り、咲也は自分の頬を押さえた。
部屋は綺麗だったか、服は偶然にも今朝家を出るまでに時間があったから片した。別に見られて困るものは、ないはず。
「大丈夫ですか?」
「ん、大丈夫! じゃ、マジバ寄ってシェイク飲みながら行こうか!」
「はい」
黒子の表情はあまり変わらない。それでも、今、黒子が嬉しそうだと無意識に感じていた。
そして、それを感じ取った咲也は勝手に嬉しくなるのだった。
・・・
「どうかしたんですか?」
黒子がきょとんと首を傾げる。可愛い。じゃ、なくて。
咲也は自分の鞄から、紐で繋がった鍵を取り出した。
滅多にこの鍵を使用することはない、というのも、いつもはインターホンを鳴らせば親が開けてくれるからだ。
「今日、家に誰もいないんだった」
「そうなんですか?」
恋人を家に招いて。それで二人きり。
じわじわと手のひらに熱がたまっていく。赤くなっているだろう顔を黒子から逸らして、咲也はシェイクを持たない方の手で鍵を開けた。
「どうぞ」
「はい、お邪魔します」
靴を脱ぐ音、廊下の足音。全てがいつもより煩く感じる。
「広いお家ですね」
「そ、そうかな。そうかも。でも、俺の部屋は小さいよ」
「部屋数結構有りますね。兄弟がいるんですか?」
「うん。上に二人。でも大学生だし、一人は一人暮らし。もう一人もほとんど家にいないんだよね」
今日まで、特別にデートといわれるような事はしていない。昼休みに一緒にご飯を食べて、それから他愛の無い話をしたり、バスケの話をしたり。
互いのことを知っているようであまり知らない。だからなのか、黒子はだいぶ楽しそうに咲也の家の中を見ていた。
二階の端。開け放たれたままの扉を見て、咲也は黒子にちょっと待っててと告げた。
黒子を入れる前に自分の部屋を確認したい。
男友達を家に連れてきて、こんなことを考えた事などただの一度も無いのだから、やっぱり黒子は特別なのだ。
そう再認識して、咲也は黒子に手招きをした。
「別に汚くても気にしませんよ」
「俺が気になるの」
「でも、それが君の生活の姿なら見たいと思います」
別に汚れてないじゃないですか、と部屋を見回して黒子が呟く。
実際気にするほど乱雑状態ではなかった。とはいえ、少し散らかった雑誌や本をまとめて端に寄せる。
「あ」
「え、何!?」
急に黒子がしゃがみこんだ。
何かいけないものが落ちていただろうかと覗き込めば、そこにはつい最近買い始めたスポーツ雑誌。当然中身は高校生バスケットの特集だ。
「あー、それ。テツヤの話聞いてたら気になっちゃって」
というのは半分嘘。黒子とバスケの話を出来るようになりたかったというのが本当の理由だ。
「本当は、テツヤが所属していた頃の、帝光中が掲載されてる奴欲しかったんだけどさ。モデルがいるとかで、古本屋にもなかったんだ」
「それは買わなくていいですよ」
「俺は気になる」
「駄目です」
黒子は捲っていた雑誌を閉じて、視線を咲也に移した。
「残念ながら……彼らはとても格好いいので。君には見せたくありません」
「そ、んな、テツヤ以外の男見たって何とも思わないよ」
元々男が好きなわけではないし。本当に咲也にとって、黒子は特別なのだ。
「テツヤのこと、もっと知りたいんだよ、俺」
「奇遇ですね、ボクもです」
「え……?」
黒子が体をこちらに向けた。雑誌はぱさっと黒子の膝から滑り落ちる。
さり気無く重なった手は、さっきまでバニラシェイクを持っていたからかひんやりとしていて。それに対して咲也の体は火照り上がっていった。
「熱いですね、咲也くんの手…」
「それは」
「ボクのせいですか?」
恐らく黒子は気付いている。ずっと咲也がそわそわしていることも、意識して赤くなっていることにも。
「今日は少し踏み込んでいいですか? 触りたいんです、君に」
ぞくっと体に走る感覚があった。
黒子の手が咲也の頬に移動して、引き寄せられるように咲也も黒子の胸に手を置いた。とくんとくんと手に伝わる音が、自分のものと共鳴する。
「テツ、……」
言葉が黒子の口に飲み込まれた。
うっすらと香るバニラ。黒子の匂いだ。合わさった唇は次第に味わうようなものに変わって、咲也の指は黒子の服をかいた。
「は、……、っ」
混ざれば混ざるほど、黒子の舌の音が耳について、それが咲也の欲情を誘う。
今まで触れなかった分、一気に爆発したみたいに、もっともっとと絡み合う。
「っ、気持ちいね」
「はい……びっくりしました」
至近距離で見つめあったまま、二人は深く息を吐き出した。息さえ持てば唇が荒れるまで続けられそう、それぼど黒子は優しくて暖かい。
「ね、もっと、しよう?」
「……誘うの、上手ですね」
「だって、気持ち良かっただろ?」
「……口だけじゃなくて、もっと、君のいろんな場所にしますよ」
驚いて丸くした目は、黒子が咲也の手にキスを落とすのを捕らえた。
指先、手のひら、手の甲。丁寧に一つ一つ慈しむように黒子が触れてくる。腕をたどって、首に黒子が触った瞬間、咲也の声が漏れた。
「あ、」
「どうしました?」
「い、いや……ぞわっとした、だけ」
ぱちぱちと瞬きを素早く繰り返して、咲也は自分の首に触れた。
友達同士でじゃれあって、首をくすぐられた時とは違う。緊張しているからか、普段以上に体が敏感になっていた。
「咲也くん、やっぱり可愛いです」
「は!? 可愛くないよ俺なんて! むしろー……ッ」
ちゅ、という音が耳を掠めた。
耳たぶを軽く噛まれて、そちらに意識が捕らわれている間に黒子の手が咲也の制服の前を開けにかかっている。
次から次へと波が押し寄せて、咲也は黒子の攻撃を止めるに止められず、空に手を泳がせた。
「ちょ、ちょっとテツヤっ」
「あの、横になるか服を持ち上げるかしていてもらえませんか」
「はい!?」
「やりづらいので……」
何をと咲也が問う前に、黒子はかがんで、捲った先の咲也の腰に顔を寄せていた。
黒子には恥というモノが無いのか。真っ赤になっておろおろとする咲也に対して、黒子はあまりにも冷静に見える。
というか、急に獣化しすぎだろう。と思っても言えないことを考えた咲也は、ようやく自分の立場に気付いた。
「俺がこっち?」
「何の話ですか?」
「……いやいや、まぁそりゃ男だしどっちかったら……でもテツヤになら……」
男同士がどのように愛し合うのか。詳しくは知らないが、当然それなりの役割というのはある。
ちら、と黒子の股間に視線をやると、それは当然のように興奮しているわけで。
「咲也くん、もしかして嫌でしたか?」
「へ!? あ、いや、まさか!」
「すみません、ボクばかり。嬉しくてつい……」
黒子はようやく手を引っ込めると、咲也の前に正座した。
違う、嫌なわけじゃない。落ち込んでしまった黒子にかけるべき言葉を必至に探す。
咲也だって男だ。黒子に触りたいし、触られたら嬉しい。だからこそ、今すぐにだって触れ合える。
「ね、テツヤ……一緒に、その、しようよ」
「咲也くん?」
「俺、も……触りたいし」
生まれてきてから、これほどまで恥ずかしい思いをしたことは無い。
有り得ないほど顔が熱くて、歯が少しカチカチとなっていた。それを聞いた黒子は、戸惑ったように首を傾け、それからにこりと笑った。
「それは、エッチな事をしても良いということですね」
「はぁ? もうしようとしてた癖に何言ってんだよ」
「そうですね」
咲也が立ち上がって自らベッドの上に乗ると、黒子もそれに従ってベッドに腰かけた。
見つめ合って、どちらともなく唇を合わせる。その雰囲気に流されるように、そのまま二人はベッドに沈んだ。
「ってやっぱこっちなのな!」
「はい?」
「もーいいよ! 腹くくる!」
咲也の体を覆うように股がった黒子を見上げながら、咲也の心拍数は再び上昇した。あまりにも黒子が、愛しい者を見つめる熱い視線を向けてくるから。
互いに服の中を探りながら唇を寄せた。
それが気持ち良いかどうかではなく、黒子と触れ合っているという事実が頭をぼうっとさせてくる。息が苦しくて、胸が痛くて、暖かくて。
「テツヤ、気持ちい……」
「咲也くん、もっと、いいですか……?」
体の体温が上昇していたからか、あまりにも恥ずかしい事を言ったのに、それをどうとも思わなかった。
しかし、黒子を刺激するには十分過ぎる。
触れ合って求め合って深く深く溶け合う。
そんな恋愛小説に描写されるような恥ずかしい言葉の羅列が事実なのだと初めて知った。素肌が触れ合えば熱を発して、唇が触れ合えば愛しさが勝る。
初めて見たときの今にも消えそうな儚い少年はもうそこにはいなかった。
詐欺だ。そう思うのと同時に騙されて良かったと、あの時のあの少年の姿に惹かれて良かったと心底感じていた。
・・・
翌日。窓際をちかちかと眩しく輝く太陽が照らす。
暖かい日差しにうつらうつらと目を細めていた咲也の元には愛しいその人がやって来た。
「咲也くん、お昼ですよ」
「ん……ふぁ、あ。おはよう、テツヤ」
「おはようございます。良い天気ですね」
咲也の前、主のいなくなった席に腰掛けながら、黒子は咲也の机の上に弁当を置いた。
相変わらず小さな弁当だと思いながら、咲也も鞄の中から弁当を取り出す。
「テツヤ、その本何?」
ふと、弁当と共に机の上に置かれた一冊の本が目に入った。
小説だろうか、いつも黒子の呼んでいる分厚い本とは少し違った印象の本。
黒子はそのカバーのかかった本を咲也の方に差し出した。
「勉強してるんです」
「勉強? 一体なんの……」
本は読む癖に成績はあまりよろしくない黒子が勉強だと。
不思議に思いながら開いた本。その本の独特な言い回しの文章を目にした咲也は顔を真っ赤にしてそれを黒子に突き返していた。
「て、テツヤ、これって」
「はい。男性の同性愛を描いたものです」
「バッ!」
思わず黒子の口を抑えて辺りを見回す。
昼休みの楽しげな声が響く教室で、黒子の小さな声を耳にした者はいなかったらしい。
それに安堵して乗り出した体を椅子へと戻し、咲也は大きく息を吐き出した。
「な、なんでまた……」
「昨日は知識が無い為に上手く出来なかったので」
今朝本屋で探しました。淡々と告げる黒子の言葉がぐるぐると頭を巡る。
“昨日”というワードで頭が沸騰しそうになるのは、当然その時に黒子と交わした行為故だ。
「別に……俺達初めてだったんだし、そりゃ……気にすることでもない、のでは」
「いえ、ボクは気になります」
とんとん、とずれたカバーを机に押し付けて直し、黒子はその本をパラパラと捲った。
こうして見れば、図書室で見ていた黒子と大して違わないのに、その中身は軽々しく口にも出せないようなものだなんて。
「なんか、ごめんな」
「何がですか?」
「いや、うん。それ、今度俺にも貸して」
「はい。読み終わったら貸しますね」
それでも、笑顔をこちらに向けてくる黒子はやっぱり可愛い。
もはやこの笑顔が見かけ騙しということは知っているが、それさえも黒子への愛しさを増す為の要素の一つなのだ。
「好き」
「ボクも好きですよ」
「あ、そのゆで卵」
「はい、咲也くんの分です」
学校の日常風景に紛れる。
そんな日々がこれからも続いて行く。
それは平凡で有りながら何よりも幸福な一頁を綴っていく、彼らだけの物語だ。
「鈴木ー、一緒に帰ろうぜ」
「あーごめん。先約アリだわ」
彼女か。彼女なのか。とつついてくる手を払って、咲也はにやっと笑った。
「うわ、彼女なのか」
「くっそ、この色男が。裏切り者め」
「ちーがーうって。じゃな、お先」
くそーっと後ろから聞こえる罵声を無視して、咲也は教室を出た。
口元がにやついているのは、彼女ってのが強ち間違っていないからだ。
人生で初めて、本当に好きだと言える相手に出会った。それはもう一ヶ月ほど前になる。
図書室で見かけた影の薄い人。別に仲良くなったわけでもなければ、落とした消しゴムを拾ってもらったなどという切っ掛けも無い。見ているうちに好きになった。
今思い返してもあり得ないと思う。それが絶世の美女だと言うのなら未だしも、同じ学年の男子生徒だったのだから。
浮わつく足取りで待ち合わせている校門へと向かう。
彼、黒子テツヤは帝光中学校バスケ部という超強豪なバスケ部で試合に出ていた経歴がある。当然、今も二年生と共に試合に出ている。
つまり帰宅部である咲也とは、全く時間が合わないのだ。
今日は部活が無いらしい。それはようやく咲也に巡ってきた、共に時間を過ごせるチャンス。
一緒に帰ろう、と誘ったところ、黒子は一つ返事で「いいですよ」と答えてくれた。
「咲也くん」
とん、と急に肩を叩かれ、咲也は反射的にうわっと声を上げた。
「テツヤ、驚かすなよー」
「咲也くんが勝手に驚いたんですよ」
「ほんっと、気配ないのな」
にっと笑って黒子の横に並ぶ。咲也の後ろ姿を見かけて走ってきてくれたらしい。体力の無い黒子は少し肩を揺らしていた。
「なぁ、今日どうする?」
二人でいられる時間が長いのはとても嬉しいのだが、二人揃って疎い為、こういう時にどう過ごしたら良いのかわからない。
「やっぱテツヤはマジバ行きたい?」
「そうですね。それは勿論そうなのですが」
「あ、もしかしてどっか行きたいとこある?」
それは有り難い。咲也はぱっと笑顔になった。
なんといっても、咲也は“どこに行きたいか”と問われれば“どこでもいい”と答えるタイプの人間なのだ。
どんな案でも頷くつもりで、黒子の言葉を待つ。すると、黒子はきゅっと咲也の制服の袖口を掴んだ。
「咲也くんの家に」
「え」
「君のお家にお邪魔したいのですが。やはり図々しかったでしょうか」
「そんなことないよ!」
急に様々なことが頭を駆け巡り、咲也は自分の頬を押さえた。
部屋は綺麗だったか、服は偶然にも今朝家を出るまでに時間があったから片した。別に見られて困るものは、ないはず。
「大丈夫ですか?」
「ん、大丈夫! じゃ、マジバ寄ってシェイク飲みながら行こうか!」
「はい」
黒子の表情はあまり変わらない。それでも、今、黒子が嬉しそうだと無意識に感じていた。
そして、それを感じ取った咲也は勝手に嬉しくなるのだった。
・・・
「どうかしたんですか?」
黒子がきょとんと首を傾げる。可愛い。じゃ、なくて。
咲也は自分の鞄から、紐で繋がった鍵を取り出した。
滅多にこの鍵を使用することはない、というのも、いつもはインターホンを鳴らせば親が開けてくれるからだ。
「今日、家に誰もいないんだった」
「そうなんですか?」
恋人を家に招いて。それで二人きり。
じわじわと手のひらに熱がたまっていく。赤くなっているだろう顔を黒子から逸らして、咲也はシェイクを持たない方の手で鍵を開けた。
「どうぞ」
「はい、お邪魔します」
靴を脱ぐ音、廊下の足音。全てがいつもより煩く感じる。
「広いお家ですね」
「そ、そうかな。そうかも。でも、俺の部屋は小さいよ」
「部屋数結構有りますね。兄弟がいるんですか?」
「うん。上に二人。でも大学生だし、一人は一人暮らし。もう一人もほとんど家にいないんだよね」
今日まで、特別にデートといわれるような事はしていない。昼休みに一緒にご飯を食べて、それから他愛の無い話をしたり、バスケの話をしたり。
互いのことを知っているようであまり知らない。だからなのか、黒子はだいぶ楽しそうに咲也の家の中を見ていた。
二階の端。開け放たれたままの扉を見て、咲也は黒子にちょっと待っててと告げた。
黒子を入れる前に自分の部屋を確認したい。
男友達を家に連れてきて、こんなことを考えた事などただの一度も無いのだから、やっぱり黒子は特別なのだ。
そう再認識して、咲也は黒子に手招きをした。
「別に汚くても気にしませんよ」
「俺が気になるの」
「でも、それが君の生活の姿なら見たいと思います」
別に汚れてないじゃないですか、と部屋を見回して黒子が呟く。
実際気にするほど乱雑状態ではなかった。とはいえ、少し散らかった雑誌や本をまとめて端に寄せる。
「あ」
「え、何!?」
急に黒子がしゃがみこんだ。
何かいけないものが落ちていただろうかと覗き込めば、そこにはつい最近買い始めたスポーツ雑誌。当然中身は高校生バスケットの特集だ。
「あー、それ。テツヤの話聞いてたら気になっちゃって」
というのは半分嘘。黒子とバスケの話を出来るようになりたかったというのが本当の理由だ。
「本当は、テツヤが所属していた頃の、帝光中が掲載されてる奴欲しかったんだけどさ。モデルがいるとかで、古本屋にもなかったんだ」
「それは買わなくていいですよ」
「俺は気になる」
「駄目です」
黒子は捲っていた雑誌を閉じて、視線を咲也に移した。
「残念ながら……彼らはとても格好いいので。君には見せたくありません」
「そ、んな、テツヤ以外の男見たって何とも思わないよ」
元々男が好きなわけではないし。本当に咲也にとって、黒子は特別なのだ。
「テツヤのこと、もっと知りたいんだよ、俺」
「奇遇ですね、ボクもです」
「え……?」
黒子が体をこちらに向けた。雑誌はぱさっと黒子の膝から滑り落ちる。
さり気無く重なった手は、さっきまでバニラシェイクを持っていたからかひんやりとしていて。それに対して咲也の体は火照り上がっていった。
「熱いですね、咲也くんの手…」
「それは」
「ボクのせいですか?」
恐らく黒子は気付いている。ずっと咲也がそわそわしていることも、意識して赤くなっていることにも。
「今日は少し踏み込んでいいですか? 触りたいんです、君に」
ぞくっと体に走る感覚があった。
黒子の手が咲也の頬に移動して、引き寄せられるように咲也も黒子の胸に手を置いた。とくんとくんと手に伝わる音が、自分のものと共鳴する。
「テツ、……」
言葉が黒子の口に飲み込まれた。
うっすらと香るバニラ。黒子の匂いだ。合わさった唇は次第に味わうようなものに変わって、咲也の指は黒子の服をかいた。
「は、……、っ」
混ざれば混ざるほど、黒子の舌の音が耳について、それが咲也の欲情を誘う。
今まで触れなかった分、一気に爆発したみたいに、もっともっとと絡み合う。
「っ、気持ちいね」
「はい……びっくりしました」
至近距離で見つめあったまま、二人は深く息を吐き出した。息さえ持てば唇が荒れるまで続けられそう、それぼど黒子は優しくて暖かい。
「ね、もっと、しよう?」
「……誘うの、上手ですね」
「だって、気持ち良かっただろ?」
「……口だけじゃなくて、もっと、君のいろんな場所にしますよ」
驚いて丸くした目は、黒子が咲也の手にキスを落とすのを捕らえた。
指先、手のひら、手の甲。丁寧に一つ一つ慈しむように黒子が触れてくる。腕をたどって、首に黒子が触った瞬間、咲也の声が漏れた。
「あ、」
「どうしました?」
「い、いや……ぞわっとした、だけ」
ぱちぱちと瞬きを素早く繰り返して、咲也は自分の首に触れた。
友達同士でじゃれあって、首をくすぐられた時とは違う。緊張しているからか、普段以上に体が敏感になっていた。
「咲也くん、やっぱり可愛いです」
「は!? 可愛くないよ俺なんて! むしろー……ッ」
ちゅ、という音が耳を掠めた。
耳たぶを軽く噛まれて、そちらに意識が捕らわれている間に黒子の手が咲也の制服の前を開けにかかっている。
次から次へと波が押し寄せて、咲也は黒子の攻撃を止めるに止められず、空に手を泳がせた。
「ちょ、ちょっとテツヤっ」
「あの、横になるか服を持ち上げるかしていてもらえませんか」
「はい!?」
「やりづらいので……」
何をと咲也が問う前に、黒子はかがんで、捲った先の咲也の腰に顔を寄せていた。
黒子には恥というモノが無いのか。真っ赤になっておろおろとする咲也に対して、黒子はあまりにも冷静に見える。
というか、急に獣化しすぎだろう。と思っても言えないことを考えた咲也は、ようやく自分の立場に気付いた。
「俺がこっち?」
「何の話ですか?」
「……いやいや、まぁそりゃ男だしどっちかったら……でもテツヤになら……」
男同士がどのように愛し合うのか。詳しくは知らないが、当然それなりの役割というのはある。
ちら、と黒子の股間に視線をやると、それは当然のように興奮しているわけで。
「咲也くん、もしかして嫌でしたか?」
「へ!? あ、いや、まさか!」
「すみません、ボクばかり。嬉しくてつい……」
黒子はようやく手を引っ込めると、咲也の前に正座した。
違う、嫌なわけじゃない。落ち込んでしまった黒子にかけるべき言葉を必至に探す。
咲也だって男だ。黒子に触りたいし、触られたら嬉しい。だからこそ、今すぐにだって触れ合える。
「ね、テツヤ……一緒に、その、しようよ」
「咲也くん?」
「俺、も……触りたいし」
生まれてきてから、これほどまで恥ずかしい思いをしたことは無い。
有り得ないほど顔が熱くて、歯が少しカチカチとなっていた。それを聞いた黒子は、戸惑ったように首を傾け、それからにこりと笑った。
「それは、エッチな事をしても良いということですね」
「はぁ? もうしようとしてた癖に何言ってんだよ」
「そうですね」
咲也が立ち上がって自らベッドの上に乗ると、黒子もそれに従ってベッドに腰かけた。
見つめ合って、どちらともなく唇を合わせる。その雰囲気に流されるように、そのまま二人はベッドに沈んだ。
「ってやっぱこっちなのな!」
「はい?」
「もーいいよ! 腹くくる!」
咲也の体を覆うように股がった黒子を見上げながら、咲也の心拍数は再び上昇した。あまりにも黒子が、愛しい者を見つめる熱い視線を向けてくるから。
互いに服の中を探りながら唇を寄せた。
それが気持ち良いかどうかではなく、黒子と触れ合っているという事実が頭をぼうっとさせてくる。息が苦しくて、胸が痛くて、暖かくて。
「テツヤ、気持ちい……」
「咲也くん、もっと、いいですか……?」
体の体温が上昇していたからか、あまりにも恥ずかしい事を言ったのに、それをどうとも思わなかった。
しかし、黒子を刺激するには十分過ぎる。
触れ合って求め合って深く深く溶け合う。
そんな恋愛小説に描写されるような恥ずかしい言葉の羅列が事実なのだと初めて知った。素肌が触れ合えば熱を発して、唇が触れ合えば愛しさが勝る。
初めて見たときの今にも消えそうな儚い少年はもうそこにはいなかった。
詐欺だ。そう思うのと同時に騙されて良かったと、あの時のあの少年の姿に惹かれて良かったと心底感じていた。
・・・
翌日。窓際をちかちかと眩しく輝く太陽が照らす。
暖かい日差しにうつらうつらと目を細めていた咲也の元には愛しいその人がやって来た。
「咲也くん、お昼ですよ」
「ん……ふぁ、あ。おはよう、テツヤ」
「おはようございます。良い天気ですね」
咲也の前、主のいなくなった席に腰掛けながら、黒子は咲也の机の上に弁当を置いた。
相変わらず小さな弁当だと思いながら、咲也も鞄の中から弁当を取り出す。
「テツヤ、その本何?」
ふと、弁当と共に机の上に置かれた一冊の本が目に入った。
小説だろうか、いつも黒子の呼んでいる分厚い本とは少し違った印象の本。
黒子はそのカバーのかかった本を咲也の方に差し出した。
「勉強してるんです」
「勉強? 一体なんの……」
本は読む癖に成績はあまりよろしくない黒子が勉強だと。
不思議に思いながら開いた本。その本の独特な言い回しの文章を目にした咲也は顔を真っ赤にしてそれを黒子に突き返していた。
「て、テツヤ、これって」
「はい。男性の同性愛を描いたものです」
「バッ!」
思わず黒子の口を抑えて辺りを見回す。
昼休みの楽しげな声が響く教室で、黒子の小さな声を耳にした者はいなかったらしい。
それに安堵して乗り出した体を椅子へと戻し、咲也は大きく息を吐き出した。
「な、なんでまた……」
「昨日は知識が無い為に上手く出来なかったので」
今朝本屋で探しました。淡々と告げる黒子の言葉がぐるぐると頭を巡る。
“昨日”というワードで頭が沸騰しそうになるのは、当然その時に黒子と交わした行為故だ。
「別に……俺達初めてだったんだし、そりゃ……気にすることでもない、のでは」
「いえ、ボクは気になります」
とんとん、とずれたカバーを机に押し付けて直し、黒子はその本をパラパラと捲った。
こうして見れば、図書室で見ていた黒子と大して違わないのに、その中身は軽々しく口にも出せないようなものだなんて。
「なんか、ごめんな」
「何がですか?」
「いや、うん。それ、今度俺にも貸して」
「はい。読み終わったら貸しますね」
それでも、笑顔をこちらに向けてくる黒子はやっぱり可愛い。
もはやこの笑顔が見かけ騙しということは知っているが、それさえも黒子への愛しさを増す為の要素の一つなのだ。
「好き」
「ボクも好きですよ」
「あ、そのゆで卵」
「はい、咲也くんの分です」
学校の日常風景に紛れる。
そんな日々がこれからも続いて行く。
それは平凡で有りながら何よりも幸福な一頁を綴っていく、彼らだけの物語だ。
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