黒バス(2012.10~2017.12)
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部活も終わって一人の帰路。
明日、ウィンターカップの開会式がある。ということはとうとうキセキの世代が全員が集まるのだ。
嬉しい、というよりは、不安の方が大きい。
そんな複雑な感情に視線を落とした矢先、ポケットで携帯の着信音が小さく鳴った。
「…っ、」
少し驚いて肩をすくめ、それから取り出した携帯に視線を移す。
電話のかけてきたのは“紫原敦”だった。
「…もしもし?」
元々携帯を持っていなかったし、連絡先の交換なんてしていなかったしで、彼から電話がかかってくるなんて初めてのことだ。
それだけで驚きなのに。
『ああ、烏羽君だね?』
「……え?」
どう聞いても紫原のものでない声に、真司は言葉を失った。
『突然ごめんね。声が聞きたいと思って。驚いてる?』
「あ、えっと…驚くというか…その…」
向こうは自分の名前を知っている。
ということは真司も知っている人なのだろうか。
尚更「誰ですか」と聞き返し難く、真司はもごもごと口ごもってしまった。
『ああ…もしかして、オレが誰か分からないか』
「す、すみません…」
『仕方ないよ、会ったのはあの一度きりだし…、あっ、と危ないな、敦。そんなに怒ることないだろ』
後半は少し電話から離れたような声。恐らく電話の向こうで誰かと話しているのだろう。
真司はようやくこの電話の相手が誰か気付き、胸を撫で下ろし笑った。
「氷室さん、ですね?」
『あ、はは、今のでバレちゃったか。敦が君のことばかり話すから…ああ、だからちょっと待って、代わってやるから』
ちょいちょい入るのは紫原とのやり取りに違いない。
楽しげな声に耳を傾けていると、コホンと仕切り直すかのような氷室の小さな咳払いが聞こえて来た。
『何というか…初めて会ってからずいぶん経ってしまったね。君の顔が見たいよ』
「何言ってるんですか…。でも俺も…ちょっと氷室さんに会いたいです」
『えっ…。それはまた、嬉しいけどどうして?』
ストバス大会で偶然にも出会った氷室という男。
当時の思いから記憶が美化されているのか、思い出されるのは本当に綺麗な容姿だ。
右目の下にある泣きボクロがセクシーで。少し前髪は切る前の自分と似ていた気がする。
なんて、勿論本人を前に「格好良いから」なんて言えるはずもないが。
「え、っと…その…氷室さんって、声も綺麗なんですね」
『ん?』
「あ、あれ…?」
格好良いから、を避けた結果、結局墓穴を掘った。
携帯を持つ手に汗が滲んで、外の寒い空気など感じないくらい体が火照り始めている。
『“タツヤ”』
「え、」
『タツヤでいいよ。外国では皆そう呼んでたし』
突然の話題の変化に、真司は赤くなった頬を片手で押さえたままぽかんとした。
火神はそう呼んでいたかもしれないが、そんなに親しくないのに。
とはいえここで拒否する方が失礼だろうか。
「た、…タツヤさん」
『照れてる?やっぱり可愛いな、真司は』
「っそ、それで、どうして電話…俺に、なんて」
耳がくすぐったく感じるのは、氷室の少し甘みを帯びた声のせいだろう。
少し耳から携帯を放すと、小さく『室ちん!』と再び紫原の声が聞こえた。
『室ちん、いい加減にしないとホントに捻りつぶすよ』
『ああ、悪かったよ。……真司、Good night』
甘い英語に一瞬ドキリとした後、がたがたという雑音が続く。
次に聞こえてくるだろう声を予想して待っていると、やはり想像通りの声が聞こえて来た。
『烏羽ちん』
「ふふ、今度こそ紫原君だ」
『も~…まあ烏羽ちんは悪くないけどムカツク』
自分の携帯を氷室に勝手に使われて、さすがに少しご立腹な様子。
けれど氷室ほどの甘さはないが、大好きな紫原の低い声だ。
「何?結局俺に用あって電話したわけじゃないってこと?」
『ん?まあ…室ちんが勝手にやっただけだし…』
「そ…じゃあ俺もうすぐ家着くし、切っちゃって良い?」
帰路もあと真っ直ぐ行くだけだ。
しかしその返事は沈黙だった。
「…紫原君?」
『……明日からさあ、めんどいけどウィンターカップじゃん』
「めんどいって…まあ、そうだね?」
『…烏羽ちん…』
その声は何だか妙に切なげで、真司は足を止めていた。
顔が見たい。今、一体あの大きな体でどんな顔をしているのだろう。
『烏羽ちんなんて、見たくない…』
「え…!?」
『烏羽ちん、絶対めんどいもん』
「な、なんで俺がめんどいの?」
意味が分からない。
そう思って返した言葉に、紫原は電話ごしでも分かる盛大な溜め息を吐いた。
『はああ…烏羽ちんってほんと何でそんな馬鹿なの』
「ひっど、馬鹿じゃないし」
『ばかばか…室ちんにまでなんか可愛い事言ったんでしょ』
もうやだやだ、なんて子供じみた事を言った紫原に、真司はふふっと笑っていた。
そういえば紫原とはこういう意味の分からないやり取りばかりしていた気がする。
「紫原君、今度はきっと戦うことになるからね」
『…』
「ちゃんと勝ち残ってよね」
『そういうのウザ…』
そして相変わらずバスケの話をしたくないらしい。
真司は本当に何で電話をかけて来られたのか理解出来ないまま、携帯に口を寄せた。
「ちゃんと大好きだから、頑張ってよね」
我ながら恥ずかしい事を言ったものだ。
返事を待つことなく電話を切る。
何となく、紫原の気持ちは分かったから。
確かに面倒なのは自分だ。今から考えそうになるたくさんの再会が思考の邪魔しそうになっている。
「はぁ…」
真司は熱くなった頬を冷やしたくて、冷たい向かい風に向かって駆け出した。
・・・
「ありえねーし、室ちん」
勝手に使われた携帯を投げ捨て、紫原は自分より背の低い先輩を見下ろした。
「そんなに怒る事ないだろ?うじうじしてる敦が悪い」
「うじうじなんてしてねーし!」
氷室が紫原の携帯を使って電話をかけるまで、紫原はずっとお菓子を食べることなく膨れていたのだ。
明日、きっと再会してしまう。一番、して欲しくない二人に。
「ていうか、アレ何?“タツヤでいいよ”とか…うざ」
「外国じゃ皆下の名前で呼ぶんだよ。それに好きな子には名前で呼んで欲しいだろ?」
「はあ?いつ烏羽ちんのこと好きになったわけ」
「んー?一目惚れかな」
普段はこんな軽口ばっかり叩く男じゃないくせに。
紫原はいつもより楽しそうな氷室を睨み付けてから、自分が投げた携帯を拾い上げムッと膨れた。
「烏羽ちんのこと、勝手に下の名前で呼んだ」
「いいだろ別に」
「ヤダ」
履歴に残る“烏羽真司”。
いつも名前なんて気にしないのに。
いつも、こんなに真司と誰かのことなんて気にしたりしないのに。
「…むかつく」
真司が他の誰かを見ることが。
でも何より素直になれないことに腹が立った。
きっと、嘗てのリーダーは真っ直ぐに真司が欲しがる言葉を、言いたい事を言ってしまう。
「室ちんも!」
「はいはい」
そしてとうとう大きな袋を破いた紫原に、氷室は「ほどほどにな」と優しい声をかけた。