黒バス(2012.10~2017.12)
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長く目にかかる前髪をしっかりとピンで留めたまま、真司は家を出た。
鞄の中には少し良い匂いを放つお菓子が入っている。
朝から気分は高揚しっぱなし。しかもちょっとした緊張もあって、それは違う意味でバレンタインを楽しみにしているのだとクラスメイトに勘違いされてしまう程だった。
「烏羽、お前そんな急に可愛くオシャレしたって、もらえないもんはもらえないって」
「うるさいな、別にそんなんじゃないし!」
クラスの友人にからかわれて、少しムッとして。
内心、実は結構モテるんだからな!とムキになったりして。
そうすれば、それを聞いていたのか女子生徒は大きなタッパーを目の前にかざして言うのだ。
「烏羽君もいる?実は皆で食べるつもりで作ってきたんだ!」
最近では“友チョコ”って奴が流行っているらしい。
“義理チョコ”とは違うのか問いかけてみれば、「心の持ちよう?」と曖昧な返事を返された。
まあ、何にせよ皆バレンタインを楽しみにしているわけだ。
「じゃあ…有難う」
「いえいえ~」
なあオレは!?と隣で騒ぐ友人を余所にチョコを頬張る。
無条件にチョコやらお菓子がいただけるという点では素晴らしいイベントだ。
当然真司のテンションも増々上がっていく。
そんなちょっといつもと違う雰囲気で迎えた放課後。
真司は図書室の隅、椅子に座ってじとっと受付の所にいる黒子を見つめていた。
(何だよそれ…聞いてないし…)
理不尽な怒りやら悲しみのような感情に、自然と眉間にシワが寄る。
視線の先には黒子ともう一人、図書委員の生徒だろうか。
派手ではなく、むしろ清楚っぽい女子生徒は楽しげが黒子とやり取りを交わしていた。
(あの子、絶対テツ君のこと狙ってる…くそー、テツ君迂闊すぎるぞ!)
フェイクのつもりで手に取った本を顔の前に引き寄せ覗き見る。
小さい声で交わされる会話の内容は全く聞こえてこないが、その穏やかな雰囲気がなんとも。
というか…考えもしなかったのだ。黒子の部活以外での人間関係について。
黒子は存在感が薄いということを除けば、顔だって性格だって並み以上と評価出来るのだ。真司の個人的な考えだが。
(テツ君、もらったのかなぁ…)
ふと思うのは、これが女子から男子にというのが定番なイベントだったという事で。
何となく惨めになってくるのは、朝のテンションとの落差のせいか。
真司はふてくされたように頬を膨らませ、そして顔を覆い隠すように机に伏せた。
どこかで、気付いてくれないかな…と期待を持っても虚しくなるだけ。
「これが終わったら…ちょっと時間もらっていい…?」
その時初めて聞こえた女子生徒の言葉に、真司は耳を塞ぐように顔を両手で覆い隠した。
・・・
「…烏羽君」
ふと、耳に入ってきた柔らかな声。
靄がかかったかのようにはっきりとしない思考を巡らせる。
「…あれ…?」
「烏羽君、もう帰らないと閉まっちゃいますよ」
もう一度、今度ははっきりと聞こえてきた声に、真司はがばっと顔を上げた。
「テツ君…!?」
「おはようございます」
にこりと微笑んだ黒子に、真司はさっと血の気が引くのを感じていた。
ということは何だ。黒子の様子をうかがっているつもりで眠りこけたというのか。
「…えっと、え、え…」
「とりあえず出ましょう。話はそれからということで」
黒子は真司の横に置かれていた鞄を持ち、さっさと図書室から出ようとする。
ようやくはっきり状況を理解した真司は、慌てて黒子の後を追いかけた。
つまり、あの後黒子と女子生徒がどうしたのかとか、何もかも知らぬまま真司は図書室に突っ伏していたのだ。
それを証明するかのように、いつの間にやら外は赤く色を染めている。
「…て、テツ君…もしかして、ずっと俺に気付いてた?」
「ボク、人間観察って得意なんです」
「…じゃ、じゃあ、なんで早く声かけてくんなかったの?ていうか、えっと…」
あの子とは。
そう聞きたい気持ちを抑えて、むぐ、と口を噤む。
しかし黒子は分かったのだろうか、振り返ると真司の手を掴んだ。
「君こそ、どうだったんですか」
「え、何が?」
「昼休み見ました。女の子にたくさんもらってましたよね」
「…え!?見てたの!?」
真司の反応に、今度は黒子がむっと口をへの字に曲げる。
いや、確かにもらったかもしれないが。だってあれは、そういうのではなくて。
「俺が、バレンタインで気分上がってて、それで皆気ぃ遣ってくれたっていうか」
「そういえば、珍しく髪上げてますね。好感度アップ狙ってたんですか、なかなか狡いことしますね」
「…そーじゃなくて、俺は…」
真司はしゅんと眉を下げて、ゆっくりと指を黒子の持つ自分の鞄に向けた。
「それ、開けてみて」
「君の鞄を、ですか?」
「うん」
こんなはずじゃなかったんだけどなぁ。そう思いながら視線を下げる。
でもやっぱり反応が気になるから視線だけ黒子に向けて。
がさがさと色白で、でも骨ばった手を鞄に突っ込んだ黒子の動きが、ぴたっと止まった。
「…これは」
「もらったんじゃないよ、持ってきた」
「君が、用意したんですか?」
「そーだよ。しかもテツ君にだよ」
黒子の息遣いだけが、妙に煩く聞こえる。
ついでに自分の心臓もどうにかなりそうな程に高まって、今更こんな行動に出た自分を悔やんだ。
男同士なんだし、もっと軽いノリで済ませてしまえば良かったんだ…。
「じゃあ君が図書室に来たのは、ボクにこれを、」
「そ、う…うん。そうだよ」
「そうだったんですか…」
鞄の中から取り出された、へたくそなりにラッピングされたもの。
恐る恐る顔を上げると、黒子がそれをじっと見つめていた。
頬を薄ら赤らめて。口元を緩ませて。
「君こそ、もっと早く言えばいいんです。こんな、分かりにくいこと」
「わ、悪かったな。緊張して…じゃない、驚かせたくて」
「緊張してたんですか」
「…」
緊張した。かなり緊張したし、今もまだ緊張してる。
でもそれを口に出すのは負けた気がするので、無言で黒子を睨む。
しかし、黒子はふふっと笑うと真司の手を取った。
「嬉しいです。烏羽君、有難うございます」
「ホント?」
「本当です。言葉ではちょっと、上手く言い表せないですけど」
自然と歩き始めた黒子について行く。
その横顔を見てみれば、本当に嬉しそうに目を細めていて。もはやこれ以上言うことはなかった。
これが見たかったのだ。黒子の喜ぶ姿が。
「…いや、ちょっと待ってテツ君!」
「はい?」
「女の子!さっきの女の子は!?」
大事なことを忘れていた。
明らかに好意を寄せているように見えた女子生徒のその後を真司は全く知らない。
黒子がその女の子を選ぶとは勿論思っていないが、それでも不安になるのは女々しいだろうか。
「君は本当に可愛いですね」
「な、何…」
「彼女はおススメの本を紹介して欲しかったみたいです。なので図書室の本、数冊勧めてあげました」
「…それだけ?」
「それだけですよ。烏羽君、君にはボクがどう見えてるんですか?」
胸の中にあったもやもやがスっと晴れていく。
そうだ、黒子がモテるわけがない。何せ中学でもそんな噂一切なかったんだから。
そんな失礼な事を考えて、照れくささを隠そうとする。
ふと、一歩先を歩いていた黒子が足を止めた。
「あ、烏羽君、雪です」
昇降口から見える外の景色が少し白く染まっている。
朝忙しくしていたせいで、天気予報を見忘れていた。なるほど、今日は雪だったのか。
黒子の少し嬉しそうな声のトーンにつられて真司も笑みを見せた。
「うわ、寒いと思ったんだよね」
「ですね。今日は真っ直ぐ家に帰りましょう」
とんとんと靴を履いて、黒子が先に一歩進む。
もうちょっと一緒にいたいな、なんて。やっぱり恥ずかしいから言えない。
「テツ君」
「はい?」
「……何でもないや、呼んだだけ」
すっと立ち上がって黒子の後に続く。
それからずっと持たせっぱなしだった鞄を黒子の肩から受け取ろうと手を伸ばして。
その手はぐいと引っ張られていた。
「テツく、…」
一瞬にして近付いた距離に言葉を発する間もなく。
ちょん、と触れるだけ、唇が重なった。
「好きです。君が、本当に」
「…そ……、っ…」
「ボクの心配はいいですから、君こそもっと気を付けて下さいね」
「何だよそれ…別に、俺なんもないし…」
寒いのに、足の先から頭のてっぺんまで火照り上がっていく。
ああ、やっぱり黒子には勝てない。
真司は無言で黒子の腕を掴むとその頬にちょんとキスを落とした。
「ハッピーバレンタイン、テツ君」
真っ赤な顔で呟いた言葉。
それに返すようにはにかんだ黒子は、雪に溶けてしまうんじゃないかってくらいに綺麗だった。