黒バス(2012.10~2017.12)
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チチチ…と微かに聞こえるのは鳥の鳴き声か。
ほんの少し開いたカーテンの隙間からは朝日が差し込んでいる。
「ん…」
真司はそんな朝特有の暖かさにもぞりと体を動かした。
寝返りをうってもう一眠り…というわけにいかなかったのは、肩と足に何か固いものがぶつかったからだ。
「狭っ…」
ぱちぱちと数回瞬きをして、真司は自分の状況に目を丸くした。
暖かすぎる程の空間とこの狭さはこたつによるものだ。
暫く茫然として、ゆっくりと体をこたつから引き抜く。
どうやら昨晩はこたつに寝っころがったまま眠ってしまったらしい。
つけっぱなしのテレビからは朝とは思えない程の元気な声が聞こえて来る。
「あー…いつ寝たんだろ」
途中までは母の帰りを待ちつつテレビを楽しんでいたのだが、カウントダウンをして、その先が薄い。
こたつの暖かさが眠気を増幅させたのだろう。
ぐぐっと体を伸ばして時間を確認すると、時計の針は6時を指していた。
それを目にした瞬間、真司はさっと血の気が引くのを感じた。
「やっば…っ!約束の時間っ」
真司はぱっと立ち上がると自分の格好を確認した。
完全に昨日の風呂上り、そのままの格好だ。とにかく着替えて髪をとかさなければ。
いや、そんなことをしている時間も無い。
「ど、どしよ…」
わたわたと左右を見たところで何も変わらない。
真司はだだだっと階段を駆け上がると部屋に飛び込み、すぐに準備を始めた。
今日は彼との約束があるのだ。
~黒子の場合~
結局、準備するのに15分、目的地まで20分。結果、35分の遅刻となってしまった。
こういう時、携帯電話という便利な代物を持っていればと思うが、今となってはどうしようもない。
息を吐くたびに白い息が視界を覆い、その度に彼を待たせてしまったことへの罪悪感がつのった。
「テツ君…っ」
彼の名前を呼ぶのは、その罪悪感をほんの少し自分の中で和らげる為。
得意の走りもその速さも、こんな場面では足りない。
はっはと息を吐きながら、真司は人ごみの中黒子の姿を必死に探していた。
(つか、テツ君との待ち合わせをこんな人ごみとか…っ)
失敗だった。閑散とした部室でだって発見出来ないのに。
というか、もう帰ってしまった可能性も…。
そう思った真司の腕がぐいっと後ろに引かれた。
「っ!?」
「ここです、烏羽君」
「あっ!」
ぱっと振り返ると、そこには鼻を赤くした黒子。
真司ははっと息を止めて、とにかくひたすらに頭を下げた。
「テツ君!テツ君ごめん!」
「明けましておめでとうございます、です」
「っ、おめでとう、テツ君」
遅刻したことを責めない黒子に心がじんと熱くなる。
真司は頭を上げると、黒子の冷え切った頬に手を添えた。
「テツ君…冷えちゃってる…」
「お寝坊さんですか?」
「ハイ…すみません」
しゅんと再び頭を下げた真司の手が黒子の頬を滑る。
その手を、黒子の手が包み込んでいた。
「烏羽君の手も冷えてますよ」
「お、俺のことはいいよ…」
「せっかくですから、このまま手を繋いで行きましょうか」
掴まれた手は黒子の頬を離れ、そのまま下ろされた。
自然と握り合った手はどちらも冷たくなっている。
それでもポカポカと暖かい気がして、真司は手から昇ってくる熱に体を委ねていた。
更に多くなった人ごみの中、二人の手がぎゅっと握られる。
相手が影の薄い黒子だからか、真司は恥ずかしさを全く感じていなかった。
「テツ君、これ」
「…?」
「お賽銭しよ」
手を差し出すように要求して、その黒子の手に5円玉を乗せる。
黒子はぱっと顔を上げると、首をぶんぶんと横に振った。
「そんな、自分のものを使います」
「ううん、5円くらいいいよ。それに…」
「?」
言葉を切った真司に、黒子は大きな目を更に大きくさせた。
可愛いくて男前、そんな黒子に胸がとくんとなる。
真司は頬をぽりぽりと人差し指でかいてから、照れ臭そうに笑った。
「テツ君の願いは…俺の願いでもあるし」
「烏羽君、よくそんな恥ずかしいこと言えますね」
「や、やめて恥ずかし…」
「分かりました、行きましょう」
ぐっと手を引かれ人の列に紛れ込む。
少しずつ賽銭箱が近くなり、真司は手と5円玉とどちらも強く握り締め、何を願うかを考えていた。
何を、というか。どれを、というか。願いたいことが次から次へと浮かんでくる。
「烏羽君、願い事は決まりました?」
「あー…うん。テツ君は?」
「ボクは最初から決まってるので」
黒子の笑顔に胸の奥が熱くなる。じわっと汗が滲むのを感じながら、真司はにこっと笑い返した。
階段を上って、人の頭の間をぬって5円を投げ込む。
騒がしい人波の中とは思えない程、二人は静かに手を合わせた。
…ずっとテツ君とバスケが続けられますように。ずっと一緒にいられますように。
ゆっくりと目を開いて、ちらと隣を確認する。
暫く手を合わせ目を閉じる黒子の横顔を眺めて、それから終えたのだろう黒子と目が合った。
「烏羽君?」
「…こうして、テツ君が隣にいてくれるなら」
「はい?」
ふわっと白い息が辺りを包む。どうしてだか、黒子と歩く空間は他と違って見える。
静かで、柔らかくて、気持ちがいい。
それに浸って細めた真司の目に、黒子の幸せそうな笑みが映った。
「テツ君?」
「もしかしたら、ボク達は同じことを考えているのかもしれませんね」
また、とくんと胸が鳴る。
「俺…今幸せだなって」
「はい、ボクもです」
二人の頬が同じ色に染まっている。
願いが叶うかは分からないけれど、それでも、二人の思いは同じだったのだろう。
「今年もよろしくね、テツ君」
「こちらこそ、です。烏羽君」
二人は人の波に乗りながら、来た道を戻って行った。
新たな一年の始まり、これからもずっと隣に並んでいられることを祈りながら。
~黄瀬の場合~
慌てて準備をして、それでも30分かかってしまった。
普段ならもっと早く準備を出来たはずだ。それが出来なかったのは、着る服に悩んでしまったのが原因で間違いないだろう。
何せ、今日共にする相手は、モデルの黄瀬涼太だから。
「俺は女子かよっ」
自分に突っ込みを入れながら、とんとんと靴を履く。
残念ながら持っている服の中で良い物を選んでも、黄瀬には敵わない。そんなことは分かっている。
そうじゃなくて、隣に並んでも恥ずかしくないように、というか。
「釣り合え…てんのかなぁ」
自分の服を確認して、少し虚しくなる。
とんっと無意味にもう一度靴を打ってから、真司はかちゃっとドアを開け放った。
「あけおめことよろっス!烏羽っち!」
「…え」
朝の寒さとはどうにもマッチしない爽やかな挨拶。
それに真司は暫く言葉を失ってしまった。
何故こんな所に黄瀬が。いやいや、そんな事よりも何よりも。
「黄瀬くんっ!どのくらいここで待ってたの!?」
「えー…どんくらいっスかねぇ」
「だ、だって俺、寝坊して…」
予定なら今よりも30分以上前に家を出ていたはずだ。ということは、黄瀬はそれと同じだけ待っていた可能性がある。
「な、なんでなんで!?」
真司はたたっと駆け寄って黄瀬の手を掴んだ。
すっかり冷えてしまっている手が、どれほど待っていたのかを明らかにさせる。
それと同時に、寝坊した自分への絶望が湧き上がった。
「っ、黄瀬君…とりあえずうち入ってよ」
「え、そんな平気っスよ?」
「平気じゃないよ!モデルが風邪なんてひいたら…俺が自分を許せないから!」
門を開けて、黄瀬の手を引っ張る。
その勢いに呑まれたのか、黄瀬は「仕方ないっスね」と呟くと真司に続いてくれた。
「あったかいお茶、いれたよ」
「あ、どもっス」
家の中に招き入れられたというのに、残念ながらその家の中も大して暖かくはなく。
ただ、こたつの中はしっかりと暖まっていて、こたつに下半身を入れた黄瀬は体を小さくしていた。
「真司っち、昨日は夜更かししちゃったんスか?」
「夜更かしというか…気付いたら寝てて、目覚ましとか忘れてて…」
「はは、仕方ないっスよ。それに、オレが無理に誘ったことだし」
ずずっとお茶をすすった黄瀬が、ついでに鼻もずっと吸った。
確かに初詣に行こうと誘ってくれたのは黄瀬だ。
それでも、真司も楽しみにしていたはずなのだ。
やはり拭いきれない罪悪感にしゅんと眉が下がる。真司は躊躇いながら黄瀬の横にちょんと座った。
「黄瀬君」
「なんス、か…!?」
真司は横から冷えた黄瀬の体に腕を回した。大きな体に真司の体は全然足りていないが。
その瞬間、凍ってしまったのかと疑う程、黄瀬がぴしっと固まった。
「え、え…?」
「あー…黄瀬君の匂い好き」
「ちょ、ちょ真司っち…」
思っていた通り、こたつで眠っていた真司とは比べものにならない程黄瀬の体は冷たくなっている。
寒いのにファッションを気にしてか若干着込み足りない黄瀬の服。
そこから香る匂いにうっとりしながら、真司は黄瀬の体を擦った。
「俺…今年はもっと、黄瀬君に似合う人間になる」
「へ?」
「見た目とかだけじゃなくて…もっといろんな意味で」
待たせたりなんてしない。
むしろそう、今日の黄瀬のような出来た男になりたい。
「…黄瀬君大好き」
「っ!」
ことん、という音と服の擦れる音が同時に聞こえた。
「真司っち…ずるいっス」
黄瀬はそう言いながら、真司の体をぎゅっと抱き締めていた。
優しく撫でるように黄瀬の手が背中をなぞる。
「もうなんか…体冷やしといて良かったっス」
「馬鹿、何言ってんだよ、駄目だよ」
ぽわぽわと体が暖まっていく。
今更ながら自分のした行動の恥ずかしさに気付いてしまったのと、黄瀬が熱くて。
「…熱い?」
「熱くもなるっスよ…」
「もしかして風邪…!?」
「ちーがうっスよ」
黄瀬の頬が真司の頬にぶつかる。
時の進む音と、二人の心臓の音しか聞こえない。
照れ隠しか、これから始まる一年に期待してか、真司は黄瀬の体に埋めた顔を少し上げた。
「黄瀬君、今年もよろしく」
「真司っち、末永くよろしくっス」
「…」
「なんか言って!!」
わあんと黄瀬が泣き声を上げる。それでも、その横顔はとても嬉しそうだった。
~青峰の場合~
急いで準備をして、少し寝癖の残るまま走り抜ける。
顔を覆いたくなる程の冷たい風。しかしこの中で待たせていると思うと、足を止めるわけにはいかなかった。
近所にある少し大きい神社。
そこに二人で初詣に行こう、と誘ったのは真司だ。それがまさかの寝坊。
「俺ってばもう馬鹿!」
いくら自分を罵っても足りない。
真司は泣きそうになるのを堪え、唇をきつく噛み締めた。
人の群れ。同じ方向に流れる人は、皆同じ場所に向かっている。
家族、カップル。楽しげに会話を交わしながら通り過ぎる人の流れの中に、一人立っている大きな男が見えた。
「っ!」
待っててくれた、まずそれが嬉しくて。
それから手を寒そうに擦り合わせている姿にズキッと胸が痛む。
「青峰君!」
「うおっ」
真司は人の流れに逆らって進むと、そのまま青峰の胸に飛び込んだ。
冷たくなった青峰の服が真司の肌に触れる。
「おっせぇよ真司」
「ごめん、ホントにごめんっ」
「はぁ…さっみぃ」
「すみませんでした…」
何も言い返せない。
真司は青峰の服を掴んだまま、頭を深く下げた。
「手」
「え?」
「オレの手、冷えてんだけど」
「あ、ごめん…」
「ちっげーよ。察しろバァカ」
若干真司の眉がぴくりと引きつった。
いや、待たせた自分が悪いのは分かる。待っていてくれただけでも感謝しなければならないところだ。
とはいえ、ちょっと、余りにも。
なんて考えは一瞬で吹き飛んでいた。
「あ、青峰君?」
「さっさと行くぞ」
「え、あ、うん…」
真司の目は青峰の上着のポケットに向けられている。
中には、青峰の手に握り込まれた真司の手。
「ね、これじゃ俺が暖めてもらっちゃってるんだけど」
「あ?オレも暖かいからいーんだよ」
「そっか…」
ふにゃ、と頬が緩む。
焦りとか申し訳なさとか全部全部吹き飛んで。
真司と青峰は、二人で人の波に乗って目的の神社へ入って行った。
「駄目だ、寒い」
参拝をして、おみくじを引いて、さてお守りでも買おうかという頃。
急に青峰はその場に立ち止まった。
「な、何」
「オレにはこういうの向いてねぇ」
「うん…そうだろうね…?」
何を言い出すかと思えば。
つまり青峰は神社に飽きたのだと言いたいのだろう。言葉にしていなくても分かる。
真司は唇を尖らせて、青峰を見上げた。
「じゃあ…もう帰る?」
しかしそれに青峰はウンと頷かなかった。
その代わりに、ぐいぐいと腕が引っ張られていく。
「え、何?どこ行くの」
「オレ等らしい場所」
「はぁ?」
青峰は鳥居をくぐって、神社の出口へと向かっている。
だからつまり帰るということではないのか。
「…」
待たせたうえに、楽しませてやることも出来ない。
年始から最悪だ。おみくじの末吉はなんとなく当たっている気がする。
「青峰君…ごめ、」
「真司、顔上げろ」
「え?」
うじうじと考え下を向いていた真司の耳に、青峰の声ともう一つ。
聞きなれた音が通り抜けた。
「ここ、知ってたか?」
「…し、らない」
ぱっと顔を上げると、にっと口角を上げてこちらを見ている青峰。
その奥には、少し小さいけれど設備の揃ったバスケットコート。
「やっぱオレにはバスケしかねーわ」
「っ、そうだね」
たたっと中へ入って行った青峰は、そこに転がっていたボールを片手でひょいと拾い上げた。
そのボールは軽く投げられゴールのネットをくぐる。
「真司も来いって!」
「もー…仕方ないなぁ」
なんとも色気のない。これじゃあいつもと一緒じゃないか。
なんて文句の一つも言う気にはなれなかった。
今日一番の笑顔が、今ここにある。
「大好きなものが一度に手に入るんだから…確かにここが一番いいかもね」
「そーそ、それ。オレも」
「今の独り言だったんだけど」
大好きな彼と、大好きなバスケと、大好きな彼のバスケと。
大好きな彼の笑顔。
「青峰君!」
「あ?」
「今年もよろしくね」
「あぁ、こちらこそな」
言葉と共に受け取ったボール。
真司はそれをゴールへ向かって放った。
爽やかな朝の空気が二人を包み込む。寒さなど、もうそこには無くて。
ただただ幸せと思える時間がそこにはあった。
~緑間の場合~
急いで準備をして家を飛び出す。
慌てたせいか、少し薄着で出てしまったらしい。いつも以上の寒さが体を震わせた。
それでも迷っている暇など無くて、一気にスピードを上げる。
顔が、耳が凍りそうな程に冷えても止まるわけにはいかない。
「緑間君…っ」
こんな寒い中、待たせてしまっているのだ。これ以上は遅くなりたくない。
なんて勢いで走り続けているが、どう頑張ったって20分はかかる。
それでも、自分の足を信じて、前に前に進んで。
20分かかった。
「はぁ…っ、は…」
がくりと膝を折って息を整える。
きょろきょろと見渡せば、大きな彼の頭はすぐに視界に入ってくれた。
「緑間く…っ」
「遅い!」
駆け寄って謝ろうとした真司をカッと鋭い目が見下ろした。
それはもう、謝る間もなく。
自分が悪いのだから仕方がないと分かっていながらも、真司は肩をすくめて身を縮めた。
「全く、どれだけ待ったと思っているのだよ」
「す、すみません…」
ちらっと緑間の腕に飾られている時計を覗き込めば、6時40分あたりに針が傾いている。
単純に考えても、この寒い外に40分も待たせたということだ。
だったら家まで迎えに来てくれたら、その方が早かったのに。
なんて自分の失態を棚に上げて、真司は緑間を見上げた。
「待たせて、ごめん」
「フン。待った90分きっちり返してもらうのだよ」
「…90分……?」
眼鏡を指で持ち上げながら、緑間が先に歩き出す。
90分は待ちすぎじゃないか。という当然の疑問が頭をよぎる。
「ねぇ、緑間君。何時にここに着いた?」
「…5時……いや、」
「緑間君?」
「別に…早くに来てなどいないのだよ…」
もそもそと声が小さくなっていく。
その緑間の頬が赤いのは寒さ故かそれとも。
「俺…昨日からずっと楽しみにしてたんだ」
「そ、そうか」
「だからその…遅れて、ごめん…」
「もういい、行くぞ」
「うん」
緑間の歩幅について行く為に小走りになる。
さり気なく腕を掴んでも、緑間が拒否することはなかった。
「ね、緑間君。おみくじ引きたい」
「…おみくじ、だと?」
神社に入って暫く行った頃、真司はぐいぐいと緑間の腕を引いた。
丁度眼前には“おみくじ”と書かれた場所がある。
それを示してみれば、緑間は気に食わんとでも言いたげに眉を寄せた。
「オレにはおは朝がある。さっきお前にもラッキーアイテムを渡しただろう」
「そうだけど、それは今日一日のものでしょ?おみくじは、一年を占うんだよ」
さすがおは朝信者の緑間だ。
真司の上着のポケットには、本日のラッキーアイテムであるらしいハンドクリームが入っている。
「いいじゃん、たまにはさ」
「はぁ…仕方ないな」
「ありがと」
渋々といった感じがにじみ出ているが、真司はその優しさを受け入れた。
素直じゃない、そんなところも好きだから。
「ほら、緑間君も」
「オレは別に」
「引こうよ」
「……」
これまた渋々緑間が手を伸ばす。
その様子を横目で確認しつつ、真司は自分の手にとった紙をゆっくりと開いた。
無意識にもドキドキと胸が高鳴る。
たくさんの文字の中、大きく見えたのは『凶』の字だった。
「…あ」
思わず声が漏れて、それから緑間を見上げる。
緑間は少し口元が笑っていて、恐らく良い結果だったのだろう。
「人事を尽くしているのだから、当然なのだよ」
「はぁ…さすがだね」
「烏羽は…フン、凶か」
「ちぇ」
上から覗き込まれて、真司はおみくじの紙をぱっと閉じた。
薄ら透けて見える緑間のものには、やはり『大吉』と書かれていて。少しだけ悔しくなる。
「言っておくが…お前のその結果は大して問題にならんのだよ」
「え?」
「オレが…一年ずっとお前を見ていてやるのだからな」
「、な」
視線を逸らした緑間の顔が赤い。
今日はやけに緑間の“デレ”部分が垣間見える。
そしてそんな慣れない緑間の優しさに真司の心臓は速く鳴り続けてしまう。
おかしくなりそうな程に。
「恥ずかしいよ、それ…っ」
「そ、そんなことは分かっているのだよ…」
「なんだよそれっ。なんで言ったんだよもう」
「知らん!口走っただけだ!」
それを口走る時点で相当のものだ。
でも勿論嫌なわけではない。
「じゃあ…俺の今年一年、緑間君にかかってるってことだよ」
「あ、あぁ」
「任せたから、ね」
「あぁ…」
緑間のせいで赤くなった顔をお互いに逸らす。
付き合い始めたカップルみたいなその空気には、気持ち悪いような気持ちが良いような。
「緑間君…」
「な、なんだ」
「好き」
「、し…知っているのだよ、そんなこと」
「うん」
どちらともなく体を寄せ合って、歩き出す。
凶なんて怖くない。
きっと幸せな一年になるだろう。
真司は緑間の腕に手を絡めて、幸せそうに笑っていた。
~紫原の場合~
起床してから家を出るまでの最短記録を出した自信がある。
それに対して、よくやった自分、と思いながらも焦る気持ちは変わらない。
既に遅刻は免れない。というか全然足りない。
それでも諦めずに走って走って、見えた目的地。
そこに紫原の姿は無かった。
「あれ…?」
どこを探しても見当たらない。
紫原ほどの大きな体ならすぐにでも見つけられそうなのに。
待ち合わせの目印である少し派手な看板の下に立って、真司は息を思い切り吐き出した。
帰ってしまったのかもしれない。
そう考えるのが妥当だ。
「紫原君…」
彼の名前を呟いて、看板に手を当てる。真司はそのままずるずると座り込んでしまった。
年始早々、最悪だ。きっと、真司の気持ち以上にそう思っているのは紫原だろう。
こんな寒い中待たされたら、誰だって帰る。
「…帰る、か」
それなら、もうここにいる意味はない。
楽しそうな声を八方から聞きながら、真司はよろよろと立ち上がった。
「あっれー?烏羽ちん居たー」
間の抜けた声。その名前の呼び方。
真司はばっと振り返って首を上に向けた。
「紫原君…!?」
「あけおめ~」
「あ、あけ、おめ…」
そこには、なんということも無い顔をした紫原が立っている。
帰っていなかった、というには全く気にしていない様子で。
「もしかしてずっと待ってたの~?」
「え…紫原君今来たの?」
「うん。アレ?じゃあ烏羽ちんも?」
「う、うん」
二人の間に妙な空気が流れる。
それから同時にぷっと吹き出した。
「なんだよもー!俺めっちゃ走って来たのに」
「寝坊でしょ烏羽ちん」
「そういう紫原君も!」
「仕方ないじゃん。昨日寝るの遅かったし」
つまり二人とも同じように寝坊して送れて来たということで。結局上手いこと会うことが出来たのだから何も文句はあるまい。
真司は紫原の服を掴んで、肩の力を抜いた。
「まぁ、良かったよ。とりあえず行こう」
「神社ってさー面白いの?」
「屋台があるよ、わたあめとか」
「わたあめ!」
ぱっと目を輝かせた巨大な男の腕を引く。
今回、先に声をかけたのは真司だ。
その時から紫原が初詣など興味ないことくらい重々承知している。
ただ、紫原と一緒にいる為の口実が欲しくて。
「ふふ」
「なぁに?烏羽ちん」
「今年の始まりから紫原君といれて嬉しい」
「…烏羽ちん」
たまには本音を。そう思って素直に思いを伝えると、紫原がぴたりと足を止めた。
「…?紫原くん?」
くいっと腕を引っ張ってもびくともしない。
どうしてしまったのだろう。紫原を見上げて首を傾げると、今度は紫原に引き寄せられていた。
「わっ…」
ぐらっとよろけて真司は紫原の胸に額を打つ。
驚いて顔を上げると、もっと驚く程に顔が近付いていた。
「っ!」
「烏羽ちん可愛いから…我慢出来ねーんだけど」
「が、我慢してください」
「ヤダ。わたあめより烏羽ちんが食べたい」
「ま、っ」
覆いかぶさるように、紫原が上から重なる。
人が途切れることなく通り過ぎていくのに、その中、二人は動かなかった。
呼吸が混ざり合って、息が出来なくて。でも気持ちがいい。
「ん…。紫原君、帰ろっか…」
「うん。烏羽ちんのお家でここじゃ出来ないことしよ」
ぎゅっと手を繋いで来た道を戻る。
計画は台無しだ。それも朝起きた瞬間から。
しかし、これはこれでいい。
新たな日に、真司は紫原の横で笑っている。
今年もよろしく、なんて挨拶じゃ足りない。言葉じゃ足りない分を、体でいっぱいいっぱい伝えよう。
「烏羽ちん、エロい顔してる~」
「してねーです」
「してるし」
握る手は、寒さなんて感じさせないくらい熱くなっていた。
~赤司の場合~
「何をしてるんだ」
着替えて、髪をとかして、それで…
ひたすら考えを巡らせていた真司の体がぴたりと停止した。
「え…?」
「寝坊だぞ」
「は、え…!?」
当たり前のようにそこにいた人は、勿論そこにいるはずのない人で。
真司は何度も目をこすって、ゆっくりとその人に近付いた。
「あ、赤司君…?」
「まだ寝ぼけているのか」
「うわっ」
ぐいっと腕を引かれ、顔が近付く。
頬から顎を撫でるその手は間違いなく赤司のものだ。
今日、神社で待ち合わせをしているはずの。
「なんで、ここに…!どうやって」
「鍵、開いてたぞ。不用心だな」
「あ、ごめん…じゃなくて!」
「はぁ」
あからさまに赤司がため息を吐く。
思わず言葉を呑み込んで、真司は赤司の様子をうかがった。
待ち合わせの時間はとうに過ぎている。ということは悪いのは真司だ。
「真司」
「はい…」
「寝坊した罰と不用心にしていた罰。今日はオレの好きにさせてもらう」
「え!?」
突発的すぎる発言に目を丸くすれば、赤司は目を細めて怪訝そうにしていて。
真司は愛想笑いを浮かべながら首を左右に振った。
今更驚くまでもない、赤司はこういう人間だ。
「分かった。なんでも、言うこと聞く…」
「じゃあ、まず着替えようか」
「うん」
思いの外普通の指示で、真司は呆気にとられた。
案外優しいじゃん。
なんて思ったら大間違いだ。
「ほら、早く着替えろ」
「いや着替える、けど…」
自室に移動する真司について来た赤司は、どんと椅子に座った。
そのまま、当然のようにじっと赤い目が見つめてくる。
別に男同士、着替えを見られるくらいどうってことないし、部室じゃ一緒に着替えている。
しかし、それとは全然違うのだ。
赤司の目は艶っぽく、舐め回すように…という官能的な表現がしっくり来る。
「あ、赤司君…」
「ん?どうした?」
「そんなに見ないで欲しい…んだけど…」
ちら、と赤司に視線を向けても、赤司はじとっとした目でこちらを見ているだけ。
早く、そう急かしてくる視線。
真司は唇をきゅっと噛んで、自分の寝巻に手をかけた。
躊躇うから緊張するのだ、と自分に言い聞かせて一気に脱ぐ。
それでも意識すると全身が熱く火照って。むずむずして。きゅっと足に力が入る。
そして、それを彼が見逃さないわけがなかった。
「真司」
「なに…」
「姫始めって知っているか?」
「え?姫…?」
ぱっと振り返ると、先ほどまで座っていたはずの赤司が真後ろにまで迫っていた。
ごくりと喉を鳴らして、赤司の言葉を待つ。
言葉を、待った。
しかし赤司は言葉の前に真司の腰に手を回していた。
「え!?」
「寒そうだな、真司。まず温めあうことにしよう」
「あ、あたため、ってちょっと!」
「真司」
「ぁ…」
甘い声が耳元で名前を呼ぶ。
それだけで流される。…流されてもいいか。どうせ逆らうことなんて許されないし。
ゆっくりと腰に当てられた手が真司を撫でる。
熱い舌が真司の唇に軽く触れて、真司は薄く口を開いた。
絡み取られ、全ての意識を持って行かれる。
「あ、かしく…っ」
「ん…?」
「今年も、これからも…ずっと」
「あぁ、離さない、離れるなんて許さない」
「んっ!ぁ、」
その声は、強い意志を感じるのに酷く優しくて。
真司はその赤司の言葉に応えながら、静かにその身を委ねた。