黒バス(2012.10~2017.12)
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「いってきまーす」
起きてから家を出るまで1時間。
きっちりと顔を洗って、きっちりと髪型を整えて。ま、そんなことしても部活やったら乱れちゃうけど。
たんっと軽い足取りで階段を下りて門を開ける。
途端に朝の清々しい香りがして、黄瀬は足を止めてすんっと空気を吸い込んだ。
「今日はなんか、いい匂いがするっスねぇ…」
空気が美味しいというか、空気が甘い。
珍しくそんなことを考えた黄瀬は、視界にひょっこりと映っている薄ら紫に光る髪に首をぐるっと回した。
「ってえ!?真司っち!?」
「おはよ」
「おはよう…って何してるんスか、こんなとこでってそれ…!?」
黄瀬の目が足元から頭の上にかけて移動する。
それもそのはず、何故か黄瀬の家の前に立っていた真司は、何故か海常の制服を着こんでいた。
「どう?似合ってる?」
「そ、そりゃあ…。何かちょっとサイズ大きいみたいっスけど…」
「笠松さんの予備?を貸してもらったんだ」
「えー…」
いつの間に笠松とやり取りをするようになったんだ。
と思うと複雑で仕方ないが、そんなことよりも真司の行動パターンが読めず、黄瀬の頭にはクエスチョンマークが数個漂っている。
それが分かった真司は嬉しそうに笑い、空いている黄瀬の手を掴んだ。
「真司っち?」
「今日一日は黄瀬君のものだよ」
「え?」
「“真司っち下さい”って言ったのは黄瀬君だろー?」
何もおかしいことなどないように。戸惑っている黄瀬の方が間違っているかのように。
「ほら、学校行くんでしょ」
「そ、そりゃそっスけど…え…?」
海常の制服を纏った真司が黄瀬の手を引いていく。
(夢…じゃない。真司っちの手、熱い)
ふわふわと揺れる髪から零れる大好きな匂い。こんなに空気が気持ち良かったのは、真司がいたからか。
じわじわと理解不能な現実が喜びに変わって、黄瀬は真司の手をぎゅっと握り返した。
すると振り返って見せられる真司の笑顔。
「真司っち、学校は?」
「…野暮なこと聞く」
「えっと…真司っちが来てくれて嬉しいっス」
「うんうん。それ、聞きたかった」
ぱっと嬉しそうに笑った真司の頬は赤く染まっていて。
そんな真司に頬が緩んでしまう単純さも、今は仕方がない。
二人並んで海常へ向かう。
そんな夢のような、一度は確かに夢に見たような、そんな状況に、黄瀬の感覚は完全に麻痺しきっていたのかもしれない。
夢のよう、とは思っても、有り得ない、とは思わなかった。
・・・
昼休み、黄瀬は女子生徒に囲まれる前に素早く教室を出た。
弁当を持って、躊躇うことなく屋上へ向かう。
高校生活始まってから、こんなに楽しみな昼休みが嘗てあっただろうか。なんて、まだ二ヶ月程度の話だが。
「あ、黄瀬君来たー」
扉を開けて、光を浴びると同時に聞こえる真司の声。
屋上の柵に背中を預けて、真司が手を振っていた。
「うわ…ホントに真司っち、待ってたんスか…!?」
「寝てたけどねー」
「すげ、嬉しっス…。屋上で真司っちが待ってるなんて」
「じゃ、お昼食べよう。黄瀬君」
ちょこんと座って、真司は脇に置いていた袋を開けた。
黄色の弁当箱。予想するに、中は真司の手作り。
「黄瀬君のお昼って、買い?」
「まぁ…」
「これ、俺のお手製なんだけど」
「食べていいっスか…?」
「勿論」
かたかたと音を立てながら、真司の膝に弁当箱が広げられる。
中学の時よりも、少しレベルアップしたような中身。
はい、と渡される昼食に、カップルの昼休みとは何とも至高な時間なのかと実感した。
「ちょっと朝は驚いてて聞くの忘れてたんスけど…今日、どうしたんスか?」
ぱく、と真司の手作り弁当に手をつけながら、隣に座る真司を見下ろす。
黄瀬の視線に気付いた真司は目を丸くして。それからクスッと笑った。
「まだ気付いてないんだ」
「…うん」
「女の子達は?絶対何か言ってきてると思うんだけど」
「真司っちのことばっか考えてて、あんま覚えてないっス」
そういえば、いつもよりも激しく取り囲まれたような気がするが、彼女たちは何を言っていただろうか。
本当に覚えていないことに我ながら苦笑する。
そんな黄瀬を見て、真司はまた嬉しそうに笑うと、横にあるもう一つの袋を取り出した。
「じゃっじゃーん」
「それ…ケーキ?」
「うん。保冷剤で取り囲んでおいたから、たぶん大丈夫」
ケーキのサイズとは見合わない大きな袋は、確かに有り得ない数の保冷剤で溢れている。
そこに真司が一本のろうそくを乗せた。
「ハッピーバースデー、黄瀬君」
「そっか…」
「今日一日、どうしたら黄瀬君が幸せになれるかなって考えて。自惚れでも、これがいいかなって」
笠松にも協力を依頼して、制服を借りて。
朝早く起きて黄瀬の家に行って、後は一日、出来る限りの時間を黄瀬と過ごすだけ。
ネタばらし、と言わんばかりに経緯を話す真司に、黄瀬の頭がどんどん下がって行った。
(誕生日だから…)
こうしてわざわざ海常にまで来て祝ってくれるのは嬉しい。
しかし、それ以上に、真司の行動が誕生日だからという理由故と思ったら寂しくて。
「黄瀬君?」
「…それ、なんか…浮かれてたオレ、馬鹿みたい」
「え、何で…?」
朝待っててくれたのも、弁当を用意してくれてたのも全部全部計画の上。
黄瀬は弁当を置くと、今度は澄み渡る空を見上げて目を細めた。
気付かないくらい、ただただ嬉しかったのだ。真司が、傍にいるということが。
「…黄瀬君」
ケーキを箱に戻した真司が立ち上がる。
ネタばらしたら終わりってことか。黄瀬は、目が眩むほどに眩しい空に耐えきれず目を閉じた。
だったら聞かなきゃ良かった。何も知らずに浮かれていた方がまだ。
「ばーか」
悲しい心に追い打ちをかけるかのように、頭上から降り注いだ罵声。
眩しいはずの視界が暗くなって、黄瀬はゆっくりと目を開けた。
それとほぼ同時に、唇に感じた柔い感触。そして、視界いっぱいに広がる真司の顔。
「真司っち…?」
「黄瀬君のせいで、我慢してたの、台無しになった…」
「な、に…」
真っ赤な顔で、再び真司が黄瀬の横に座る。ちょこんと膝を抱えて顔を背ける様子は何ともいじらしい。
ていうか、今キスされた。
「正直に言っちゃうと…俺がそうしたかったっていうか…」
「それって」
「自己満足だったかな、ごめん黄瀬君。でも、その…おめでとう」
この気持ちに偽りはないから。たとえ、今この時が一日限りの夢物語だったとしても。
真司の赤くなった顔が、恐る恐る黄瀬へと向けられる。
それだけで、ぼふんと空気が弾け飛ぶように、黄瀬の気分が一転した。
「真司っち…!」
「うわ、黄瀬君っ」
「もう一回真司っちから、して?」
「…言い方が、エロい…」
むっと文句でも言いたそうに尖らせた口。そこにちょんと唇をぶつければ、びくっと体を震わせて。
お返しだとでも言いたげに重ねられた唇に、黄瀬は嬉しくなって真司の指に自分の指を絡ませた。
「はぁ…これが毎日続けばいいのに…」
「毎日続いたら特別じゃなくなっちゃうじゃん。一日だからいいんだよ」
「もー。真司っち冷めてる」
そうだねって言ってくれたらいいのに。
黄瀬はぷくっと頬を膨らませ、背中を床に預けた。日を浴びたそこは熱を帯びていて、丁度よく暖かい。
「黄瀬君、俺のこと好き?」
「好きっスよ」
「俺はねぇ、それより好きだよ」
突然の告白に黄瀬の呼吸が一瞬止まった。
よいしょ、そう言いながら真司が黄瀬の横で体を横たわらせて、大の字に広げられた腕に頭を乗せる。
ちらと真司を見た黄瀬の目には、幸せそうに目を細めて笑う真司の顔があった。
「黄瀬君が思っているよりはずっと…俺だって黄瀬君のこと好きだから」
「そ、んなの…。それよりもオレのが10倍好きっスから」
「はぁ?俺はその10倍好きだし」
「じゃあオレは更に100倍」
目を合わせて、二人ぷっと笑い出す。それから目を閉じて、息を吐き出した。
確かに、これが毎日続いたらとろけてしまう。
幸せで、視界には互いの姿しか映らなくて。恋は盲目、まさにそれだ。ちょっと意味が違う気もするけれど。
「改めて…おめでとう、黄瀬君」
「うん、有難う」
今日が終わればまた別々の生活。だからこそ、今が愛しくて、大切で、離れたくない。
黄瀬は体を横にして、真司の体を抱き寄せた。
「今日は、とことんオレの好きにさせてもらうっスよ」
「でも授業は出なきゃ駄目」
「えぇ…」
苦笑い、そしてまた笑う。
確かに今日は特別だ。しかし、それでも明日は来るし、その明日が特別じゃないなんて誰が決めた?
「オレ…負けねっス」
それは誰に向けた言葉だったのか、何に対しての言葉だったのか。
ぐっとつくられた拳は、青の広がる頭上へと向けて伸ばされていた。