黒バス(2012.10~2017.12)
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カーテンの隙間から入る日差し。
足の間に挟んだ布団が擦れる音を聞きながら、真司はゆっくりと目を開けた。
「んん…」
朝、時刻は8時。
慌てず再び目を閉じることが出来るのは、学校も部活も無い休日だからだ。
腕を天井に向かって伸ばしても、まだ眠っていたい気持ちが先行する。
だって今日は休みだし。そんな甘い誘惑に誘われ、真司はぱたんと伸ばした手を布団の上に戻した。
「ん…?」
ごろっと寝返りをうって、もう一度寝ようとした真司の耳に入ったのは、軽やかな電子音。
目覚ましの音と違う。メールだ。
「誰だよもー…」
手を伸ばして煩い携帯電話を掴む。
まだ完全に開いていない目と覚醒していない頭で覗き込んだ画面に表示される文字を追った。
「森山……って、」
誰だっけ。
暫くぼうっと考えて、それから真司は納得したように息を漏らした。
「海常の…」
初めて真司とアドレスの交換を行った人だ。黄瀬の先輩でなかなかのイケメンで背もそれなりに高い。
そのメールの文面は然程長くなく、一目で内容が頭に入って来た。
“今日、暇なら会おう”
目的や細かい情報は記されていない。
「…暇、だけど」
ゴールデンウィーク、部活が無いのは恐らく今日だけだ。
無駄に家で過ごすのももったいないが、大して親しくもない海常の先輩と会うというのも何とも言えないもので。
せめて黄瀬に用でもあれば。そう考えた真司の頭に、一つ忘れていたことが思い出された。
「そうだ…黄瀬君も呼んでもらおう…!」
まだ打ち慣れない携帯のボタンを押して文章を作る。
ぼやける視界を鮮明にする眼鏡も手元にない。
思いの外出来ることが多いことに気付くと、途端に突然の誘いが楽しみなものに変わっていた。
・・・
待ち合わせ場所を確認しながら歩く。
電車を乗り継いでいった先は、黄瀬なんかが似合いそうな華やかな都会といった感じだ。
「黄瀬君と、森山さんは…」
無意味に携帯の画面を確認しつつ。
初めての場所にきょろきょろと視線を泳がせていると、やけに目立つ男が二人立っていた。
「あ!真司っちー!」
「真司君」
同時に真司を見つけた二人がこちらに手を振る。
ぶんぶんと激しい黄瀬に対し、森山は軽く挙げた手を左右に振っているだけ。二人のイメージ通りの動きに真司はクスッと小さく笑って、それから駆け足で近付いていった。
(手なんか振って、余計に目立ってるよ…)
それでなくとも日本人の中じゃ浮くだろう大きすぎる男が二人も並んでいて。しかも二人とも上の上といってもいい容姿を持っているわけで。
「…」
無意識に男としてのプライドが痛めつけられたのを感じる。
そんな微かな嫉妬を覆い隠し、彼等に近付いた真司は二人を見上げて頭を下げた。
「森山さん、連絡有難うございました」
「いや、応えてくれて嬉しかったよ。黄瀬もとは思わなかったけどな」
「すみません…。誘ってもらった身で、俺の都合を押し付けてしまって」
「いいよ、そんなこと」
会う事は可能だけど、黄瀬も連れて来て欲しい。
そう返したメールに、森山は快く承諾してくれた。ここに黄瀬がいるのがその証拠なのだが、その黄瀬は何やら不服そうに頬を膨らませている。
「オレを誘ってくれて良かったっスけど!駄目っスよ真司っち、簡単に誘いにのっちゃ…」
「ところで黄瀬君、呼ばれた意味分かってる?」
「え?オレに会いたかったからでしょ?」
「…」
さも当然のように言う黄瀬に、イラッとするのはいつもの事だ。
真司はそんな黄瀬の足を軽く蹴ると、上目に睨み付けた。
「黄瀬君、約束忘れてない?」
「や、約束…っスか?」
「試合の時に言ったじゃん」
「…あ!」
真司自身すっかり忘れていたことなのだが、試合の勝敗で互いに決めた条件があった。
海常が勝てば真司がもらわれ、誠凛が勝てば何でもいう事を聞く、と。
「現役モデルの黄瀬君、今日の買い物は君のおごりね」
「え、そんなことで良いんスか?もっと言ってくれても」
「特に黄瀬君に願うことがないんだよ、察してよ」
「…そっスよねぇ」
本日の一番の目的は真司の眼鏡を買う事。
いつか買いに行かなければいけない代物だった為に、森山の誘いにのらせてもらったわけだ。二人のセンスにも期待出来るし。
「眼鏡、だったか」
「はい。どこでも良いんですけど」
「大丈夫、任せて」
この辺りに詳しいらしい森山が、店まで案内してくれると言う。
真司は二人に挟まれるようにして歩き出した。
「森山先輩…駄目って言ったっスよねぇ…」
暫く慣れない面子で会話は弾まず。
その妙な空気の中、森山にだけ聞こえる程度の声で黄瀬が呟いた。
「せっかくの休日だぞ?気になる子を誘う。当然だろ」
「だから…っ!真司っちは…!」
「あの、頭の上でこそこそ話すの止めてもらえます?」
内容もさることながら、挟まれて会話をされるのは気に食わない。真司がむっとして見上げると、整った顔が二つこちらに向いた。
途端に真司とは対照的に二人の頬が緩んで。頭を撫でる手と肩に回った手があやす様にぽんぽんと真司を撫でた。
「…馬鹿にしてるんですか?」
「いや、怒った顔も可愛いと思って」
「真司っち、せっかくなんスから笑って!」
「…はぁ」
海常も主将はさぞ苦労していることだろう。
ここにいない人に同情しながら、真司は二人のペースに翻弄される自分の小さい体を改めて呪った。
「これなんてどーっスか?」
広かった視界にかかる黒いフレーム。
真司は黄瀬の手によって顔にかけられたそれを手に取った。
「なんか…柄ついてるんだけど」
「柄物は嫌?」
「もうちょっとシンプルのがいいかな」
「ん、ちょっと待ってて!」
明るい店内に並ぶ無数の眼鏡。
フレームがほとんど無いものから縁の厚いもの、以前真司が使用していたものにそっくりのものもある。
「そんなに頑張らなくてもいいのに…」
当人の真司以上に真剣に探している黄瀬は、次から次へと違うタイプの眼鏡を持って来た。
買い物が好きなのか、選ぶのが好きなのか定かではないが、とにかく楽しそうだ。
「真司君、目悪いのか?」
「あ、はい」
「じゃあ今日はコンタクトか」
隣で黒縁の眼鏡を手に取った森山が真司の顔を覗き込む。
目の前にかざされた眼鏡は、真司が使用していたのと良く似ていた。
「眼鏡、かけない方が可愛いのに」
「んなこた知ってるっスよ」
新たな眼鏡が真司の顔にかけられる。
後ろに立って真司の肩に手を置いた黄瀬は、そのまま真司を鏡の方へと向けた。
今度は見た感じただの黒縁だが、横にアクセントがあるシックなデザインだ。
「こうして眼鏡かけて少しでも可愛い顔隠すんスよ。真司っちは可愛過ぎるから」
「…それ、黄瀬がそうさせてんのか?」
「違うっスけど…真司っちはそのつもりなんでしょ?」
「え、うーん…まぁ、それもあるけど」
鏡に映る自分を見て、そんなに隠れてないということを自覚する。
いや、今初めて自覚したのではない。本当は、眼鏡と前髪ごときで覆えないことくらい分かっていた。
「眼鏡外して…女みたいだって言われて…嫌だった、ことが結構あって」
元々はただ目が悪くてかけただけだった眼鏡。それをかけることで自分を隠して、守れている気になっていた。
「自分の顔が嫌いなのか?」
「見た目だけで判断して馬鹿にしてくる人が嫌いです」
「なるほどな」
眼鏡の奥で揺れる睫毛は長くて、瞳も大きい。
真司の言い分を悟った森山は、切なげに目を細めて真司を見下ろした。
真司の言う通り、森山が真司に近付く気になったその切っ掛けは顔だ。
可愛い、と確かに思ってしまった。
「真司君…」
「真司っち、森山先輩ってイケメンだと思わないっスか?」
「え?」
急におどけた調子で真司に問いかけた黄瀬に、二人は目を丸くした。
「でもモテないんスよねぇ」
「はぁ…?」
「それって、森山先輩が余りにも残念な性格だからなんスよ!」
残念なイケメン、それが森山の愛称…ということは実は海常じゃ有名だったりして。
そんなことをニコニコと語る黄瀬に、森山は言い返そうとしなかった。
黄瀬の真っ直ぐな意思が真司に伝わって、空気がじわじわと変わって行く。
「ね、真司っち。見た目だけで判断する人間なんて、一部っス」
「…」
「それに、もし眼鏡外すなって言われてるんだとしても…言う事聞く必要なんてないんスよ?」
「うん…分かってる」
眼鏡の印象が染みついてしまったせいで、外すといつも驚かれる。
それが嫌だと思ったことは無いし、可愛いと言われるのもさして嫌では無い。
数少ない人間の卑劣な行動に翻弄されて自分を狭めていたのは、自分の弱い心だ。
「有難う、黄瀬君」
「分かってくれればいいんスよ」
「ていうか黄瀬、さり気なくオレのこと馬鹿にしたの、忘れないからな」
「いや、その…はは」
眼鏡にこだわる必要は無い。自分を隠す必要もない。
そう分かった上で、真司はかけていたサンプルの眼鏡を黄瀬に手渡した。
「これ、欲しい」
「真司っち…」
「大丈夫。分かってるよ。これは単純に、眼鏡として欲しいの」
「そっか!了解っス!」
たたっと黄瀬が受付の人の元へとサンプルを持っていく。
真司もそれについて行こうと一歩足を進めて、ぱっと振り返った。
「森山さん」
「ん、何?」
「嫌じゃないです、可愛いって言われるの」
「…そうか」
心なしか硬くなっていた森山の表情が緩む。
それから真司の肩に手が回されて、二人一緒に黄瀬の元へと歩いて行った。
・・・
腕にぶら下げた袋には、しっかりとした眼鏡ケース。それから、今まで持っていたものよりもオシャレな眼鏡。
視力検査から何からしてもらい、思ったよりも時間がかかってしまったが、森山も黄瀬も最後まで文句一つ言わず付き合ってくれた。
「真司っちは知らないと思うけど…実はずっと真司っちの眼鏡選んであげたいと思ってたんスよ!」
「そうなの?」
「そっス!だから本当にこの程度、朝飯前なんスよ」
眼鏡代もケース代も払ってくれた黄瀬がニコニコと笑っている。
その横で、森山が数回頭をかいた。
「これじゃあオレが付き添いみたいじゃないか」
「あ、すみません…!」
「んー…そうだな…。じゃあ」
黒い目を細め、顎に手を持っていく。
そんな単純な動きでさえ優雅に見えるのは、森山が元より綺麗でクールな印象を持ち合わせているからだろう。
その森山が、真司に手を差し出して。
「手、繋ごうか」
「えっ、あ…」
有無言わず、森山の大きな手が真司の手を掴み取る。
驚いて見上げれば、気にする様子もなく堂々としている森山が柔らかく微笑んでいた。
「嫌なら振り解いていいぞ」
「…い、嫌ではないですけど…」
思わずどきっとするのは、やはりどう足掻いても森山という人間がズルい程に端麗だからだ。
例え中身がどんなに残念であっても。
「…」
「真司君…もしかして、照れてるのか?」
「いえ、別に…」
「やっぱり可愛いな、真司君は」
きゅっと握られた手に力が入る。
じわっと汗が滲むのは、急に訪れた甘い展開に頭がついていかないから。もう一つ言えば、先程の理由も挙げられるのだが。
真司はすんっと鼻で息を吸って、じゃりっと足元の石を転がした。
「森山さん、俺にこんなことして楽しいですか?」
「真司君は嫌じゃないんだよな?」
「緊張はしますけど…」
「そうか…!」
うんうんと嬉しそうに頷く森山に、何と返せば良いか分からなくなる。
真司はとうとう口を噤んで、俯いたまま歩くことに集中した。
「ちょぉおおおっと!!何やってんスか!?え!?」
その甘い空気が黄瀬の一声で崩壊する。
「森山先輩、オレがいること分かってるっスよね!?」
「煩いぞ、黄瀬」
「つか!女の子相手にはあんなに残念になる癖に、何上手いことやろうとしてるんスか!」
「オレもやれば出来るってことだろ」
「もおおお!」
大きい体で大きく手をぶんぶんと振り回す黄瀬は、森山の言う通りにだいぶ煩い。
真司はさっきまで流されていたのが嘘のように現実に引き戻され、呆れからため息を吐き出した。
「黄瀬君…」
「じゃあオレも!」
「え」
言葉と同時に空いていたもう片方の手が掴まれた。
腕を辿って黄瀬を見上げれば、これまた爽やかな笑顔があって。真司の息が一瞬止まった。
「っ、なんか…俺、 連行されてるみたいなんだけど…」
「可愛いっス、真司っち」
「ん、可愛い」
「もういいです…」
上から降り注ぐ声が甘い。森山の声は黄瀬と比べて低く、耳の奥まで響いてくる。
そんな感覚が新鮮で、むずむずして。
「黄瀬君、もう一個お願い…いい?」
「ん?」
肘に引っかけた袋が揺れる。それと同じように気持ちがふわふわしている。
そんなふわふわが自分のいけないところだと分かっているのに、それを止めることが出来ない自分がいて。
「俺が揺れたら掴んで」
「へ?」
「今みたいに」
ぎゅっと握る手を前に伸ばす。
その真司の言葉を理解したのか、それとも行動が嬉しかったのか。黄瀬は嬉しそうにニッと笑うと、その手を強く引き寄せた。
「わ…っ」
大きくよろけて黄瀬の胸に顔がぶつかる。
回された手は優しく真司を撫でて、握っていた手は緩やかに解かれた。
「いつだって掴んでるっスよ」
「ちょっと、黄瀬君…」
「オレ、真司っちのこと…何があっても離さないから」
それは、余りにも重い愛の言葉。
その枷のような言葉が真司を安心させる。黄瀬の気持ちが嬉しいのと同時に、揺らぐ可能性があることを知っているから。
「森山先輩、そういうことなんで」
「もしかして、オレ…今キューピットしちゃってんのか」
「ま、そんな感じっスね」
頭の上で、黄瀬が勝気な顔をしていることが分かる。
真司はうっかり流され黄瀬の背に回しかけた手を引っ込めて、黄瀬の頬を摘まんだ。
「黄瀬君調子乗りすぎ」
「ふえ」
黄瀬の体を押して距離を取る。
ぱっと進行方向に顔を向けると、眼前に駅が見えた。
また暫く彼等と会うことは無い、そう思うと少し寂しいような、解放感もあるような。
「森山さん。有難うございました」
「いや、こちらこそ」
「黄瀬君、調子のんな」
「それ二回目…すませんっした…」
黄瀬が本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
それに思わずぷっと笑って、真司は彼等より先に一歩進んだ。
「今日、来て良かったです。本当に」
「真司君…」
「また…次は試合で会いましょう」
黄瀬が一瞬寂しそうに顔を歪めた。
それに気付いて、それでも真司は駅へ更に一歩近付く。
「では、俺はここで」
「真司っち…!」
自分への覚悟のつもりもあって、ここで分かれようと思ったのに。
黄瀬の手が真司の手を掴んで、振り向かされてしまった。
「真司っち、オレの気持ち、変わってないっスから」
「…うん」
「例え真司っちの気持ちが変わっても、オレは」
「じゃあ、行くね」
やんわりと黄瀬の手を解いて、後ろにいる森山に頭を下げる。
駅へと入って行く真司を、黄瀬がこれ以上追いかけてくることは無かった。
(これでいい。今はまだ、これで)
自分の気持ちに蓋をする。軽く、少しの振動でもずれてしまいそうな蓋。
それが今の真司には精一杯で。
振り返らずにただ真っ直ぐに歩き続けることで、黄瀬へ覚悟を見せつけることしか出来なかった。
足の間に挟んだ布団が擦れる音を聞きながら、真司はゆっくりと目を開けた。
「んん…」
朝、時刻は8時。
慌てず再び目を閉じることが出来るのは、学校も部活も無い休日だからだ。
腕を天井に向かって伸ばしても、まだ眠っていたい気持ちが先行する。
だって今日は休みだし。そんな甘い誘惑に誘われ、真司はぱたんと伸ばした手を布団の上に戻した。
「ん…?」
ごろっと寝返りをうって、もう一度寝ようとした真司の耳に入ったのは、軽やかな電子音。
目覚ましの音と違う。メールだ。
「誰だよもー…」
手を伸ばして煩い携帯電話を掴む。
まだ完全に開いていない目と覚醒していない頭で覗き込んだ画面に表示される文字を追った。
「森山……って、」
誰だっけ。
暫くぼうっと考えて、それから真司は納得したように息を漏らした。
「海常の…」
初めて真司とアドレスの交換を行った人だ。黄瀬の先輩でなかなかのイケメンで背もそれなりに高い。
そのメールの文面は然程長くなく、一目で内容が頭に入って来た。
“今日、暇なら会おう”
目的や細かい情報は記されていない。
「…暇、だけど」
ゴールデンウィーク、部活が無いのは恐らく今日だけだ。
無駄に家で過ごすのももったいないが、大して親しくもない海常の先輩と会うというのも何とも言えないもので。
せめて黄瀬に用でもあれば。そう考えた真司の頭に、一つ忘れていたことが思い出された。
「そうだ…黄瀬君も呼んでもらおう…!」
まだ打ち慣れない携帯のボタンを押して文章を作る。
ぼやける視界を鮮明にする眼鏡も手元にない。
思いの外出来ることが多いことに気付くと、途端に突然の誘いが楽しみなものに変わっていた。
・・・
待ち合わせ場所を確認しながら歩く。
電車を乗り継いでいった先は、黄瀬なんかが似合いそうな華やかな都会といった感じだ。
「黄瀬君と、森山さんは…」
無意味に携帯の画面を確認しつつ。
初めての場所にきょろきょろと視線を泳がせていると、やけに目立つ男が二人立っていた。
「あ!真司っちー!」
「真司君」
同時に真司を見つけた二人がこちらに手を振る。
ぶんぶんと激しい黄瀬に対し、森山は軽く挙げた手を左右に振っているだけ。二人のイメージ通りの動きに真司はクスッと小さく笑って、それから駆け足で近付いていった。
(手なんか振って、余計に目立ってるよ…)
それでなくとも日本人の中じゃ浮くだろう大きすぎる男が二人も並んでいて。しかも二人とも上の上といってもいい容姿を持っているわけで。
「…」
無意識に男としてのプライドが痛めつけられたのを感じる。
そんな微かな嫉妬を覆い隠し、彼等に近付いた真司は二人を見上げて頭を下げた。
「森山さん、連絡有難うございました」
「いや、応えてくれて嬉しかったよ。黄瀬もとは思わなかったけどな」
「すみません…。誘ってもらった身で、俺の都合を押し付けてしまって」
「いいよ、そんなこと」
会う事は可能だけど、黄瀬も連れて来て欲しい。
そう返したメールに、森山は快く承諾してくれた。ここに黄瀬がいるのがその証拠なのだが、その黄瀬は何やら不服そうに頬を膨らませている。
「オレを誘ってくれて良かったっスけど!駄目っスよ真司っち、簡単に誘いにのっちゃ…」
「ところで黄瀬君、呼ばれた意味分かってる?」
「え?オレに会いたかったからでしょ?」
「…」
さも当然のように言う黄瀬に、イラッとするのはいつもの事だ。
真司はそんな黄瀬の足を軽く蹴ると、上目に睨み付けた。
「黄瀬君、約束忘れてない?」
「や、約束…っスか?」
「試合の時に言ったじゃん」
「…あ!」
真司自身すっかり忘れていたことなのだが、試合の勝敗で互いに決めた条件があった。
海常が勝てば真司がもらわれ、誠凛が勝てば何でもいう事を聞く、と。
「現役モデルの黄瀬君、今日の買い物は君のおごりね」
「え、そんなことで良いんスか?もっと言ってくれても」
「特に黄瀬君に願うことがないんだよ、察してよ」
「…そっスよねぇ」
本日の一番の目的は真司の眼鏡を買う事。
いつか買いに行かなければいけない代物だった為に、森山の誘いにのらせてもらったわけだ。二人のセンスにも期待出来るし。
「眼鏡、だったか」
「はい。どこでも良いんですけど」
「大丈夫、任せて」
この辺りに詳しいらしい森山が、店まで案内してくれると言う。
真司は二人に挟まれるようにして歩き出した。
「森山先輩…駄目って言ったっスよねぇ…」
暫く慣れない面子で会話は弾まず。
その妙な空気の中、森山にだけ聞こえる程度の声で黄瀬が呟いた。
「せっかくの休日だぞ?気になる子を誘う。当然だろ」
「だから…っ!真司っちは…!」
「あの、頭の上でこそこそ話すの止めてもらえます?」
内容もさることながら、挟まれて会話をされるのは気に食わない。真司がむっとして見上げると、整った顔が二つこちらに向いた。
途端に真司とは対照的に二人の頬が緩んで。頭を撫でる手と肩に回った手があやす様にぽんぽんと真司を撫でた。
「…馬鹿にしてるんですか?」
「いや、怒った顔も可愛いと思って」
「真司っち、せっかくなんスから笑って!」
「…はぁ」
海常も主将はさぞ苦労していることだろう。
ここにいない人に同情しながら、真司は二人のペースに翻弄される自分の小さい体を改めて呪った。
「これなんてどーっスか?」
広かった視界にかかる黒いフレーム。
真司は黄瀬の手によって顔にかけられたそれを手に取った。
「なんか…柄ついてるんだけど」
「柄物は嫌?」
「もうちょっとシンプルのがいいかな」
「ん、ちょっと待ってて!」
明るい店内に並ぶ無数の眼鏡。
フレームがほとんど無いものから縁の厚いもの、以前真司が使用していたものにそっくりのものもある。
「そんなに頑張らなくてもいいのに…」
当人の真司以上に真剣に探している黄瀬は、次から次へと違うタイプの眼鏡を持って来た。
買い物が好きなのか、選ぶのが好きなのか定かではないが、とにかく楽しそうだ。
「真司君、目悪いのか?」
「あ、はい」
「じゃあ今日はコンタクトか」
隣で黒縁の眼鏡を手に取った森山が真司の顔を覗き込む。
目の前にかざされた眼鏡は、真司が使用していたのと良く似ていた。
「眼鏡、かけない方が可愛いのに」
「んなこた知ってるっスよ」
新たな眼鏡が真司の顔にかけられる。
後ろに立って真司の肩に手を置いた黄瀬は、そのまま真司を鏡の方へと向けた。
今度は見た感じただの黒縁だが、横にアクセントがあるシックなデザインだ。
「こうして眼鏡かけて少しでも可愛い顔隠すんスよ。真司っちは可愛過ぎるから」
「…それ、黄瀬がそうさせてんのか?」
「違うっスけど…真司っちはそのつもりなんでしょ?」
「え、うーん…まぁ、それもあるけど」
鏡に映る自分を見て、そんなに隠れてないということを自覚する。
いや、今初めて自覚したのではない。本当は、眼鏡と前髪ごときで覆えないことくらい分かっていた。
「眼鏡外して…女みたいだって言われて…嫌だった、ことが結構あって」
元々はただ目が悪くてかけただけだった眼鏡。それをかけることで自分を隠して、守れている気になっていた。
「自分の顔が嫌いなのか?」
「見た目だけで判断して馬鹿にしてくる人が嫌いです」
「なるほどな」
眼鏡の奥で揺れる睫毛は長くて、瞳も大きい。
真司の言い分を悟った森山は、切なげに目を細めて真司を見下ろした。
真司の言う通り、森山が真司に近付く気になったその切っ掛けは顔だ。
可愛い、と確かに思ってしまった。
「真司君…」
「真司っち、森山先輩ってイケメンだと思わないっスか?」
「え?」
急におどけた調子で真司に問いかけた黄瀬に、二人は目を丸くした。
「でもモテないんスよねぇ」
「はぁ…?」
「それって、森山先輩が余りにも残念な性格だからなんスよ!」
残念なイケメン、それが森山の愛称…ということは実は海常じゃ有名だったりして。
そんなことをニコニコと語る黄瀬に、森山は言い返そうとしなかった。
黄瀬の真っ直ぐな意思が真司に伝わって、空気がじわじわと変わって行く。
「ね、真司っち。見た目だけで判断する人間なんて、一部っス」
「…」
「それに、もし眼鏡外すなって言われてるんだとしても…言う事聞く必要なんてないんスよ?」
「うん…分かってる」
眼鏡の印象が染みついてしまったせいで、外すといつも驚かれる。
それが嫌だと思ったことは無いし、可愛いと言われるのもさして嫌では無い。
数少ない人間の卑劣な行動に翻弄されて自分を狭めていたのは、自分の弱い心だ。
「有難う、黄瀬君」
「分かってくれればいいんスよ」
「ていうか黄瀬、さり気なくオレのこと馬鹿にしたの、忘れないからな」
「いや、その…はは」
眼鏡にこだわる必要は無い。自分を隠す必要もない。
そう分かった上で、真司はかけていたサンプルの眼鏡を黄瀬に手渡した。
「これ、欲しい」
「真司っち…」
「大丈夫。分かってるよ。これは単純に、眼鏡として欲しいの」
「そっか!了解っス!」
たたっと黄瀬が受付の人の元へとサンプルを持っていく。
真司もそれについて行こうと一歩足を進めて、ぱっと振り返った。
「森山さん」
「ん、何?」
「嫌じゃないです、可愛いって言われるの」
「…そうか」
心なしか硬くなっていた森山の表情が緩む。
それから真司の肩に手が回されて、二人一緒に黄瀬の元へと歩いて行った。
・・・
腕にぶら下げた袋には、しっかりとした眼鏡ケース。それから、今まで持っていたものよりもオシャレな眼鏡。
視力検査から何からしてもらい、思ったよりも時間がかかってしまったが、森山も黄瀬も最後まで文句一つ言わず付き合ってくれた。
「真司っちは知らないと思うけど…実はずっと真司っちの眼鏡選んであげたいと思ってたんスよ!」
「そうなの?」
「そっス!だから本当にこの程度、朝飯前なんスよ」
眼鏡代もケース代も払ってくれた黄瀬がニコニコと笑っている。
その横で、森山が数回頭をかいた。
「これじゃあオレが付き添いみたいじゃないか」
「あ、すみません…!」
「んー…そうだな…。じゃあ」
黒い目を細め、顎に手を持っていく。
そんな単純な動きでさえ優雅に見えるのは、森山が元より綺麗でクールな印象を持ち合わせているからだろう。
その森山が、真司に手を差し出して。
「手、繋ごうか」
「えっ、あ…」
有無言わず、森山の大きな手が真司の手を掴み取る。
驚いて見上げれば、気にする様子もなく堂々としている森山が柔らかく微笑んでいた。
「嫌なら振り解いていいぞ」
「…い、嫌ではないですけど…」
思わずどきっとするのは、やはりどう足掻いても森山という人間がズルい程に端麗だからだ。
例え中身がどんなに残念であっても。
「…」
「真司君…もしかして、照れてるのか?」
「いえ、別に…」
「やっぱり可愛いな、真司君は」
きゅっと握られた手に力が入る。
じわっと汗が滲むのは、急に訪れた甘い展開に頭がついていかないから。もう一つ言えば、先程の理由も挙げられるのだが。
真司はすんっと鼻で息を吸って、じゃりっと足元の石を転がした。
「森山さん、俺にこんなことして楽しいですか?」
「真司君は嫌じゃないんだよな?」
「緊張はしますけど…」
「そうか…!」
うんうんと嬉しそうに頷く森山に、何と返せば良いか分からなくなる。
真司はとうとう口を噤んで、俯いたまま歩くことに集中した。
「ちょぉおおおっと!!何やってんスか!?え!?」
その甘い空気が黄瀬の一声で崩壊する。
「森山先輩、オレがいること分かってるっスよね!?」
「煩いぞ、黄瀬」
「つか!女の子相手にはあんなに残念になる癖に、何上手いことやろうとしてるんスか!」
「オレもやれば出来るってことだろ」
「もおおお!」
大きい体で大きく手をぶんぶんと振り回す黄瀬は、森山の言う通りにだいぶ煩い。
真司はさっきまで流されていたのが嘘のように現実に引き戻され、呆れからため息を吐き出した。
「黄瀬君…」
「じゃあオレも!」
「え」
言葉と同時に空いていたもう片方の手が掴まれた。
腕を辿って黄瀬を見上げれば、これまた爽やかな笑顔があって。真司の息が一瞬止まった。
「っ、なんか…俺、 連行されてるみたいなんだけど…」
「可愛いっス、真司っち」
「ん、可愛い」
「もういいです…」
上から降り注ぐ声が甘い。森山の声は黄瀬と比べて低く、耳の奥まで響いてくる。
そんな感覚が新鮮で、むずむずして。
「黄瀬君、もう一個お願い…いい?」
「ん?」
肘に引っかけた袋が揺れる。それと同じように気持ちがふわふわしている。
そんなふわふわが自分のいけないところだと分かっているのに、それを止めることが出来ない自分がいて。
「俺が揺れたら掴んで」
「へ?」
「今みたいに」
ぎゅっと握る手を前に伸ばす。
その真司の言葉を理解したのか、それとも行動が嬉しかったのか。黄瀬は嬉しそうにニッと笑うと、その手を強く引き寄せた。
「わ…っ」
大きくよろけて黄瀬の胸に顔がぶつかる。
回された手は優しく真司を撫でて、握っていた手は緩やかに解かれた。
「いつだって掴んでるっスよ」
「ちょっと、黄瀬君…」
「オレ、真司っちのこと…何があっても離さないから」
それは、余りにも重い愛の言葉。
その枷のような言葉が真司を安心させる。黄瀬の気持ちが嬉しいのと同時に、揺らぐ可能性があることを知っているから。
「森山先輩、そういうことなんで」
「もしかして、オレ…今キューピットしちゃってんのか」
「ま、そんな感じっスね」
頭の上で、黄瀬が勝気な顔をしていることが分かる。
真司はうっかり流され黄瀬の背に回しかけた手を引っ込めて、黄瀬の頬を摘まんだ。
「黄瀬君調子乗りすぎ」
「ふえ」
黄瀬の体を押して距離を取る。
ぱっと進行方向に顔を向けると、眼前に駅が見えた。
また暫く彼等と会うことは無い、そう思うと少し寂しいような、解放感もあるような。
「森山さん。有難うございました」
「いや、こちらこそ」
「黄瀬君、調子のんな」
「それ二回目…すませんっした…」
黄瀬が本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
それに思わずぷっと笑って、真司は彼等より先に一歩進んだ。
「今日、来て良かったです。本当に」
「真司君…」
「また…次は試合で会いましょう」
黄瀬が一瞬寂しそうに顔を歪めた。
それに気付いて、それでも真司は駅へ更に一歩近付く。
「では、俺はここで」
「真司っち…!」
自分への覚悟のつもりもあって、ここで分かれようと思ったのに。
黄瀬の手が真司の手を掴んで、振り向かされてしまった。
「真司っち、オレの気持ち、変わってないっスから」
「…うん」
「例え真司っちの気持ちが変わっても、オレは」
「じゃあ、行くね」
やんわりと黄瀬の手を解いて、後ろにいる森山に頭を下げる。
駅へと入って行く真司を、黄瀬がこれ以上追いかけてくることは無かった。
(これでいい。今はまだ、これで)
自分の気持ちに蓋をする。軽く、少しの振動でもずれてしまいそうな蓋。
それが今の真司には精一杯で。
振り返らずにただ真っ直ぐに歩き続けることで、黄瀬へ覚悟を見せつけることしか出来なかった。