黒バス(2012.10~2017.12)
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豪華なメンバーが揃っていたこともあり、体育館に戻った黒子と真司の意識は思っていたよりもすんなりとバスケに向いた。
青峰と黒子の息は相変わらず合っていたし、黄瀬も楽しそうに二人に絡む。
コートには立たない真司も、寄り添ってくれる高尾のおかげで余計なことを考えずに済んだ。
それも、夕方までの話だ。
「すみません、お先に失礼します」
練習が終わるなり、すぐさま帰り支度を済ませた黒子が深々と頭を下げる。
そんな黒子に向けられたのは、どっか寄って帰らないのかと言いたげな青峰の視線。それから親指をぐっと立てた黄瀬のウインク。
「あの俺も、失礼します。お疲れさまでした!」
そんな嘗てのチームメイトの態度を他所に、真司も黒子に習ってがばっと頭を下げた。
「頑張れよー、黒子」
「うるさいです」
何故か背を押してきた高尾を不審に思いつつ、他の部員より一足先に真司と黒子が体育館を出る。
帰路を歩く間、ほとんど会話はなかった。
照れ臭いのと、緊張と、たぶん不安もあったのだ。
本当に、このまま果たしてしまっていいのかと。
その不安はなくならないまま、家に着き、軽食を済ませてシャワーを浴びる。
ここまで来てしまえば、もう後には戻れない。
「…あっという間でした」
ベッドの上で正座する黒子と、胡坐をかく真司。
向かい合っての黒子の第一声に、真司は小さく首を傾げた。
「今日、ずっとこの時間を想像してました。まだ大丈夫って、さっきまで思ってたはずなんですけど…」
そう言う黒子の顔は、緊張のせいで強張っている。
それは真司も同じで、じっと自分の足の上に置いた手を見下ろしていた。
「烏羽君、ボク…どうしたらいいですか」
黒子の声に不安が滲む。
見た目こそ可愛らしいところもある黒子だが、性格は専ら紳士で男前だ。
初めての行為に、当然思うことがあるのだろう。
「…テツ君、キス、しよっか」
「キス…ですか?」
「うん。緊張もたぶん、解れるんじゃないかな、って思って…」
真司はベッドのシーツを掴むと、黒子の方へ体を滑らせた。
急に縮まった距離に、黒子が一瞬息を呑む。
「…はい、分かりました。キスしましょう」
しかしすぐさま頷いた黒子は、円陣でも組むみたいに強く真司の肩を掴んだ。
「ー…、ん…」
触れるだけのキス。それだけで、じわと体の奥が熱くなる。
体を離して見つめ合うと、先に黒子が口を開いた。
「次は…?」
「わ、わかんない、初めてってどうしたら良いのか…」
「初めて…ですか?」
「初めてだよ。テツ君と、は…」
今真司が感じている極度の緊張は、これからの初めてを意識するせいだ。
黒子の初めてを、そして黒子との初めてを。
「テツ君に嫌われないようにとか、どうしたら、気持ち良いって思ってくれるのかとか…今必死に考えてる」
「…っ」
何か想像したのか黒子の顔がぼふっと茹だるように赤くなる。
その様が思っていた以上に初心で、真司は一気に肩の力が抜けるのを感じていた。
なんだか、二人してがちがちになって、馬鹿みたいだ。
「はは…ごめん、でもやっぱり余計なこと考えるのやめるよ」
「烏羽君…?」
「テツ君がしたいようにするのが良いのと思う」
真司は黒子の手を掴み、ぐいと自分の胸へと引き寄せた。
「テツ君がしたいように、して欲しい」
「そんな…でもボクは…」
「ほら、読んだことある官能小説の一節の真似事でもいいし」
「ボクはそんなどこぞのガングロみたいなことしません」
黒子の元相棒への辛辣な態度に、思わず笑いが漏れる。
それでもまだどこか不安そうな黒子に、真司は自ら唇を寄せた。
「っ烏羽君…」
強ばった黒子の頬をなぞり、ちゅっと音を立てて首元に口付ける。
ほんのりと柔い感触。
今までにない感覚は、やはり真司にとって初めてのことばかりだ。
「…テツ君はテツ君だよ。誰とも違う」
「分かってます、でも…君を、幻滅させること必至かと思うと」
「そんなこと言って、テツ君こそ…いざ男の体に興奮できないんじゃない…?」
いつまでも触ってくれないと、どんどん不安になってしまう。
だから早く触って。真司は黒子の手へ自分の体をすり寄せた。
「ん…」
「あ、あの、烏羽君…」
黒子の緊張と、微かな興奮が肌から伝わってくる。
黒子のこの興奮がおさまる前に、早く。
「テツ君…、ここ…」
真司は自分で上の服を脱ぎ捨てると、火照って赤くなった体を自分で撫でた。
つんと張った乳首を自分で弾き、黒子にして欲しくて上目で見つめる。
「胸、気持ちいい、ですか?」
「…変?」
「いえ、すみません…可愛いなと…」
黒子の瞳が熱を帯び、先程まで震えた手がしっかりと真司の体に重なった。
胸の谷間をなぞり、乳首を親指でこねる。
「ん…っ、て、テツ君…、やじゃない?」
「やなわけないです。不思議です…こんな気持ちになるんですね…」
何か噛み締めるように目を細めて、真司の胸と、そして下半身を見下ろす。
ズボンを纏ったままだが、既に隠せない程に主張していた。
「早くいろんな君を見たくて…焦ってしまいそうです」
「ほんと?嬉しい…」
「あの、すみません。こちらも失礼します」
黒子の手が真司の下半身に伸ばされる。
躊躇うことなくズボンの内側に差し込まれたその手は、やんわりと真司のものを撫でた。
「て、テツ君…っ」
「あったかいですね…」
驚く真司を他所に、黒子が嬉しそうに頬を緩める。
そのまま軽く爪を立てられ、真司の腰がびくと跳ねた。
「んぁ、そ、れ…きもちい…。ね、テツ君も、脱いじゃいなよ」
「え、いえボクは…あっ」
好きにしていいと言いつつもされるだけは癪で、黒子の服の裾を引っ張る。
言葉の割にあまり抵抗しなかった黒子の服は、簡単に黒子の肌を離れてベッドの下へと落ちた。
そして露わになるのは、何度も見たことのある黒子の体。
色白で細い。それでもしっかりと引き締まっている。
「…テツ君…」
「なんて顔してるんですか君は…。ボクの好きにしていいんですよね、寝っ転がってください」
「うわ、はは」
とんっと黒子に胸を押され、真司の体がベッドに沈む。
黒子は真司の顔の横に手を付き、覆いかぶさるように姿勢を低くした。
胸と胸が重なる。
足と足を絡ませると熱がぶつかって腰に痺れが走った。
「っは…烏羽君…ボク、これだけですごく気持ちい、です」
「ん、俺も…なんか、変、かも…」
わざとらしく体を擦りつけ、もっと気持ちの良い場所を求める。
そんな黒子の一糸纏ったままの行為に、真司はきゅっと歯を食いしばった。
もっと気持ち良いことがしたい。
真司は腰を押し付けながら、一度口に咥えた指を後ろに押し込んだ。
「っ、はぁ…、ぁ、テツ君、…」
つぷと第一関節まで入るのは容易い。
風呂でかなり解しただけあって、受け入れるのは難しくなさそうだ。
「烏羽君…、っん、君それ…」
「テツ君、いつでも、俺、入れられるよ」
「っ…」
ごくり、と喉を鳴らした黒子の手が、真司のズボンにかけられた。
ゴムの緩んだズボンは容易く下ろされる。
晒された熱。
今、黒子に全てを見られている。
「…っ、人のものが勃起しているのを見るのは、初めてです…」
「大丈夫そう…?そ、そんなまじまじ見られると恥ずかしんだけど…ッん…」
「濡れてる…」
黒子の指に真司の粘り気ある液体が絡みつく。
指先で、それから掌で。
優しい手つきに与えられる刺激はもどかしく、真司は自ら太ももを掴んで足を開いた。
「もっと、触っていいですか?」
「うん…好きに…」
指でその膨らみを撫で、溢れる体液をすくいながらフチをなぞる。
その指が、中へ入る。
それを期待して息を震わせた真司に、黒子は綺麗な笑みを浮かべた。
「あの…こんな時ですが、君に言いたいことがあります」
黒子から焦りや戸惑いが消える。
その真剣かつ優しい表情に、真司は息を飲んで見惚れていた。
「今日、きっとボクは変わってしまう。それを君にもわかって欲しいんです」
「か、変わる…?」
「ボクには君が初めてです。こんなに好きになるのも、こうして触れるのも…」
黒子のもう片方の手が真司の頬を撫でる。
そこから顎、首と滑り落ち、胸の上で止まった。
嬉しそうに頬を緩めた黒子には、真司の鼓動が伝わっているのだろう。
「ボクはこの先、君のことばかり考える。だから、君にも…ボクのことを考えて欲しい」
胸に重なっていた黒子の手が小刻みに震えた。
真司に伝わってくるのは、黒子の緊張だ。
「君には…ボク以外の人とこうして触れ合うこともあると思います。でも、その度にボクを思い出して」
「テツ君…」
「ボクに愛されたこと…忘れないでください」
笑って「当たり前じゃん」とは返せなかった。
この真剣な思いに答えるには、真司の覚悟は足りなすぎる。
「君の中に、ボクのための空間を残しておいてください」
「そ、…そんな、こと…」
「と、こんな感じで、少しくらい、君を困らせてもいいですよね」
「…うん、有難う」
真司はふっと頬を緩め、それから黒子の背へと手を回した。
黒子は優しすぎる。ボクだけ見て、とかもっと言ってくれていいのに。
「…今は、テツ君だけのものだよ」
「ですね」
黒子の顔が益々綻ぶ。
この人を幸せにしたい。その一心で、真司は黒子の背を足でがしっと挟み込んだ。
「うわ、烏羽君…っ」
体が繋がらなくても幸せだ。
そう思いながらも一度期待した体は、黒子に触れてすぐに熱を取り戻す。
黒子もそれに気付いたようで、ふっと真司の耳元で笑った。
「続き、しましょうか」
顔を寄せ合い、頬を重ね合わせ、それから唇にキスをする。
ほんのりと緊張が和らぐと、黒子は恐る恐る真司の足を持ち上げた。
ここに来る前に調べてきたのか、それとも本で読んだことがあるのか。
自分の指を一度口に咥えた黒子は、その指を真司の下半身へと埋めた。
柔らかさを確かめて、ゆっくりと奥へ押し込む。
「すごい、ですね…こんなに狭いのに、指が、」
すぼんだ孔へ、いとも容易く指が飲み込まれていく。
黒子は食い入るようにそこを見つめ、感嘆の溜め息を零す。
そんな初心な反応をついに見ていられなくなった真司は、慌てて伸ばした指先で黒子の額をぺしと叩いた。
「も、もう…恥ずかしいから、そんな見ないでよ」
「すみません、つい…。君があまりにも、官能的なので…」
「わ、分かったってば…。ほ、ほら、さっきいっぱい解したから、やらかいでしょ…?」
見られるくらいなら一思いに。
そう思うのは羞恥心だけではなく、火照りきった体が我慢を放棄していたからだ。
黒子が触れるたびに脈打つ陰茎は、既に滴り落ちた体液でべとべとになっている。
「…テツ君、も、焦らさないで…」
「っは、はい!」
真司の声に、らしくなく元気の良い返事をした黒子の喉が上下に動く。
そのまま急くように押し当てられた熱は、真司の期待通りに壁を抉った。
「っう…」
入って来る。二人の体が隙間なく重なる。
それを意識したのと同時に声を漏らしたのは黒子だった。
「て、テツ君、痛い?」
「いえそれはこちらの台詞で…っ、こんな、ボク…んっ」
言葉を発するのも困難なのか、黒子は大きく開いた口から息を吸い込み、そのまま固まってしまった。
きついのか、それとも気持ちが良いのか。
真司はその相反する二択で迷いつつ、今度は黒子の余裕なく赤らんだ頬をぺちぺちと軽く叩いた。
「大丈夫?」
「っ、へ、き…いえ、平気ではない、です…。すみませ、持っていかれそう、で」
「いいよ、ゆっくり…。俺、今日はテツ君のものって言ったでしょ。ゆっくりでも何度でも…好きにして」
黒子が気持ち良くなれるのが一番いい。それが一番真司が見たいものに違いないから。
だから焦る必要はないよ、と。そう続くはずだった声は、自身の喘ぎによって途切れていた。
「っあ…!」
唐突に奥を突き刺した熱に、思わず上ずった声が出る。
驚き反射的に黒子の胸を押そうとした真司の手は、黒子の手にしっかりと絡み取られていた。
「っ!て、テツ君…、!な、ん、急に…!」
「君が余裕そうなのは、ちょっと癪で…」
「はーっ…そうだった、テツ君負けず嫌いだった…!」
「っん、ぁ、す、みませ…気持ちい…、動きます、ねっ」
一瞬にして深く繋がった場所は、黒子の動きに合わせて卑猥な音を立てる。
粘りある水音は黒子のものか、真司のものか。
見下ろした黒子の視界にあるのは、離れがたそうに糸を引く接合部。
「ー…は、こんなの…、気持ちいいに、決まってます…ッ、ん」
「テツ君、ぁ、あ、」
「全部…入って、あっ…烏羽君…」
揺れるたびに軋むベッドの音とぐちゃと響く淫猥な音。
同時に黒子の口からは甘美な溜め息が漏れ、真司はぶると全身を震わせた。
たどたどしく腰を打ち付ける黒子が生み出す刺激は、真司の想像に反して鋭利だった。
的確に、敏感なところへぶつかる。恐らく黒子も意識することなく、偶然に。
「んぅ…あ、テツ、く…ッイ、きそ…」
「っ!可愛い…烏羽君、すごく、可愛い…」
吐息に混じった黒子の声。試合の時のような息切れと違って、時折小さく苦しそうに喘ぐ。
その聞いたことない黒子の声に酷く興奮して、真司は持ち上げられた足を黒子の背へと絡めた。
「っ!烏羽君…」
「テツ君も、すご、可愛い…」
「っ、ボクは、可愛くない、です…っ」
不服そうに眉を寄せた黒子が、真司の赤く反りあがった陰茎を指先で撫でる。
その小さな黒子の反抗に、真司はびくと揺らした腰をシーツから浮かせた。
「あ!だ、だめ、そっちもしたら…、ぁ、でちゃ…ッ」
鋭い刺激に、思わず目に浮かんだ涙が頬を伝う。
一度大きく息を吸い込んだ黒子は、吐き出すと同時に真司の腰を濡れた手で掴んだ。
「ボクも…っ、もう、いい、ですか…?」
「ん…っ」
真司が小刻みに首を縦に振ると、黒子は一瞬優しく目を細めた。
直後真司の腰を掴む手に力が籠る。
シーツの上を滑った真司と黒子は更に密着し、唇と唇をどちらともなく押し付けた。
吐息で「好きです」と伝え合う。
それが、わずかに残っていた黒子の理性を砕いたのか。
黒子は歯を食いしばり、腰の動きを早めた。
「ぁっ、ああ!あ、テツ君…!」
「すみませ、もう…」
恥ずかしい嬌声を上げる口を塞ごうと、口元に手を当てても何も変わらない。
真司は痙攣するかのように足を震わせ、シーツを指できつく掴んだ。
「っあ…!」
そんな小さな抵抗虚しく、鋭い刺激に体は耐えきれず、真司の腹部に白濁の液体がぽたぽたと落ちる。
「っ、」
息を詰めた黒子は慌てて腰を引くと、同様に真司の下腹部へ体液を落とした。
眉を寄せ、唇を噛んだ黒子が、薄く口を開く。
「烏羽君、好きです…」
大丈夫、分かってるよ。
そう言いたいのに、荒い呼吸を止められない真司は、静かに黒子の首へ腕を回した。
「ん…、俺も…」
頬と頬、胸と胸とが重なる。
その暖かさに真司は目を閉じて、そのまま睡魔へと身をゆだねた。
何だか懐かしい。
眠れない夜から真司を救い出したのは赤司だった。
あの日から始まった奇跡が今も続いている。
なんて幸せだろう。
真司は目を閉じたまま、頬を緩めて黒子に擦り寄った。
・・・
乾いたシーツの感触に、黒子はきょとと目を開いた。
ゆっくりと体を起こすと、開いたカーテンから暖かい春の日差しが差し込んでいる。
そのカーテンの色も壁の色も、布団の色も見慣れないもので、黒子は「あぁ…」と呟き昨晩を思い起こした。
「ボク…」
ずっと緊張していたからか、この部屋の内装などほとんど見えていなかった。
それなのに昨夜の感触は鮮明で、自分の手を見下ろすだけで蘇ってくる。
黒子は一度溜息をつき、情けなくも綺麗に整えられたベッドから足を下ろした。
真司の姿はない。時計の針は10時を指している。
「真司君…」
のそと立ち上がり、質素な部屋を見渡す。
勉強机とベッドだけの部屋。机の上にあるのは教科書と、懐かしい写真。
黒子は嘗ての自分も写ったそれを手に取り、耽るように目を細めた。
「君は…寂しかったんですね、ずっと」
この家に一人。愛情を知らず。
それに早く気付けていたなら、違ったのだろうか。
「…今更、ですね」
黒子はそれを元の場所に戻すと、恐る恐る部屋のドアを開いた。
廊下、階段、物音のする方へと足を進める。
玄関を横目に、リビングへ繋がるドアに手を重ねると、ふわと甘い香りがくすぐった。
「おはようございます」
「あ、テツ君おはよう!」
かちゃとドアを開くと同時に交わす朝の挨拶。
フライパンを巧みに扱う真司は、昨夜のことなど気にかけない様子で笑っていた。
「…それは、卵焼きですか?」
「うん。前に…テツ君が好きって言ってくれたの思い出して」
「よく覚えてましたね」
黒子の驚いた表情の変化に、真司は当たり前でしょとフライパンへ視線を戻す。
お皿に盛りつられた卵焼きと、彩にトマトとレタス。
チンッという音を合図にパンの用意も終わり、黒子が手を出す間もなく朝食の支度が済まされた。
「手際がいいですね。とても良い…旦那さんになりそうです」
「はは、まあ一人暮らしの人なら大体こんくらい出来ちゃうでしょ」
「ボクならコンビニを使うと思います」
「朝から?あでも、朝からちょっと外歩くのはいいかもね」
クスクスと肩を竦めて笑う真司の頬は、化粧でも施したみたいに桃色だ。
変わらないようで、少し違う。
真司が心底嬉しそうに席に着くから、黒子は堪らず息を吸い込んだ。
「…烏羽君、ボクと家族になりませんか」
「…え?」
真司の正面に座った黒子の背筋が伸びる。
「いつか君が、ボクと共に生きてもいいと思ってくれたなら。ボクが君を幸せにします」
「何それ、昨日の責任みたいなこと?」
「違います」
きょとんと目を開いた真司が、冗談めかして頬をかく。
しかし黒子の真剣な目つきに、真司の背も次第にピンと伸びた。
「君を幸せにしたい。それが、ボクでありたい。そう思っているだけです」
こんなの、もうプロポーズだ。
真司はそれに気付き、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「…テツ君は、そのいつかを、待つの?」
「そうですね。でも、君には迷わず頷いて欲しいんです。君は違う誰かを選ぶかもしれないけど…今度は誰よりも先に、君の寂しさを埋めたいんです」
今は、ただの口約束だって構わない。
黒子は食器の隙間を縫って、テーブルに乗った真司の手に手を重ねた。
「君が寂しいなら、皆で家族になりましょう。ボクはそれだっていいんです」
「なんで…、」
喉の奥が熱くなり、真司は口を掌で覆い隠した。
それでもヒクと動いてしまう肩を隠せず、前屈みになり体を小さくする。
「っ…ぅ、」
「好きです。君が大好きです」
「ん…あり、がと…。嬉しい…」
朝、目が覚めた時誰かがいると嬉しい。
用意した朝ごはんを食べてくれる人がいると嬉しい。
真司は手の甲で目を擦ると、ふにゃと緩んだ満面の笑みで応えた。
4月、新学期の始まりの朝。
浮き足立っていたせいか、少し早く目覚めた真司は、ぐーっと腕を伸ばしてからカーテンを開いた。
眩しい朝の陽ざし。昨日の予報通り、今日は良い天気だ。
ベッドから足を下ろし、チカチカと明滅する携帯を手に取ると、朝早くだというのにメッセージが届いている。
どうやら今日は、紫原の方が早く起きたらしい。
『おはよう、烏羽ちん。早く起きたよ。今日は一番?』
嬉しそうに文章を打ち込む姿が目に浮かび、真司はふふと思わず目を細めた。
数日前から始まった紫原との朝の早起き競争。
「早く起きた!」という連絡に対し、「黄瀬君の方が早かったよ」と何気なく伝えてしまったのが事の始まりだった。
「おはよう、今日は紫原君が一番だよ!」
真司はそう絵文字付きで送り返し、忍び足で部屋を出た。
冷たい水で顔を洗い、シャキッと目覚めて台所へ。
昨夜から準備していたフレンチトーストを作り皿へと盛り付ける。
「…おはよう、早いな」
そんな真司の元へ、背後から聞こえてきた普段よりも心無しか低く掠れた声。
少し外に髪を跳ねさせた緑間が、興味津々に真司の手元を覗き込んでいた。
「おはよう緑間君。君こそ早いね」
「ここから通うのは慣れていないから、余裕を持って起きたまでなのだよ」
「そっか。あ、これ朝食、食べたくなったら食べてね」
緑間は小さく頷いた後、真司のまだ梳かす前の髪に指を差し込んだ。
見上げる真司の頭をぽんと撫でる手つきは、たぶん誰よりも優しく暖かい。
「朝から面倒かけたのだよ。テーブルに運んでおくから、お前はアイツらを起こしてくるといい」
「え、でもまだ早い…」
「料理は出来たてが一番いい」
緑間の気遣いに、真司は肩をすくめて了承した。
再びぱたぱたと慌ただしく廊下を駆け、物を片付けて布団を敷いただけの客用の寝室へ向かう。
「朝食用意できたよ!」
ばたんっと勢いよくドアを開けるなり、真司は膨らんだ布団をばしばしと叩いた。
それに対し、返されたのは「んー…」と眠そうな唸り声。
薄ら開いた眠そうな目は真司をとらえ、嬉しそうにへにゃと顔を緩ませた。
「おはよ、真司っち」
「おはよう。まだ早いんだけどね、朝ごはん作っちゃって…一緒に食べよう?」
「えへへ…何スか、超最高な朝なんスけど…」
黄瀬は少しクセのついた髪を気にするような仕草を見せながら、むくっと上半身を起き上らせた。
少し目元が腫れぼったい寝起き顔だが、着崩れた服も相まって普段と変わらずキラキラして見える。
「んー…顔洗ってから行くから、ふあ…真司っち、先行っててくれる?」
「分かった。じゃあテツ君にも声かけてくるね」
最初こそ二人きりがいいなあとボヤいていた黄瀬だが、手を横に振って真司を送り出した。
真司もうんと頷き、今度は自分の寝室へと戻る。
その最中に思い出すのは昨日のこと。
明日から新学期だねと何気なく呟いた真司に、黒子が言ったのだ。「明日一緒に登校しませんか」と。
それを携帯のグループメッセージに送信した結果、こうして始業式に出る準備をした彼等が続々と集まった。
「テツ君、おはよう」
「ん…」
身動ぎした黒子が、増々布団に頭を潜り込ませる。
真司はその布団を頭の方から剥ぐと、黒子の顔を覗き込んだ。
バスケして、呼びかけ集まった皆で作った晩御飯の後、少し駄弁って。
普段より遅い就寝時間だったのだろう、心底眠そうな目が薄く開く。
「…有難う、テツ君」
「…んん、朝、ですか…?」
「うん、おはようテツ君」
むくと体を起こした黒子は、まだ眠そうな目を手の甲で擦った。
相変わらずの、見事な寝癖だ。
真司は自然と黒子の爆発した髪に手を伸ばし、感触を確かめるようにポンポンと撫でた。
「一緒にご飯食べよう?」
「ん…はい…ごはん、たべます…」
真司の声に、黒子が首だけをこくりと動かす。
普段の男らしい姿から一変、黒子の寝起きは何とも愛らしい。
真司は黒子の頬を指ですりと軽く撫でてから、続いて最も強者である大きな山の前に移動した。
褐色の腕がにょきと生える布団からは、割と煩い寝息が途切れることなく聞こえてくる。
「青峰君、起きて」
真司は横に膝をつき、ほとんど体を乗せるようにして青峰の体を揺さぶった。
肩だろう部分を両手で掴むと、獣のような低い声が布団の中から聞こえてくる。
「青峰君、起きてくんないと、今後君だけ泊めてあげないかんな!…っうわ!?」
がしと真司の腕を掴んだ大きな手。
それを認知した瞬間には、真司の体は布団の中へと引きずり込まれていた。
「かたっ…あ、青峰君、起きてるならさっさと起きて…てかなんで服着てないんだよ!」
「んー…うっせぇな…」
「ち、遅刻するってば青峰君!」
「あー…?別にいいだろ、始業式なんて出ねぇし」
それが駄目なんだって!と叫んだはずの声は、もごもごと青峰の胸の中に吸収される。
まだ朝は冷える時期だというのに、真司に絡んだ足もどうやら何も纏っていない。
恐ろしいことに、唯一纏った下着越しに感じたのは、立派な…。
「あお、青峰君…君、ちょ、たって…」
朝の現象とするには驚異的すぎるソレ。
逃れようともがく真司の服の中には、青峰の腕がするりと入り込んだ。
くすぐったいし、冷たい。でもちょっと、嬉しいような。
なんて、どこか寛容になってしまう真司の背後から、唐突に鉄拳が落とされた。
「イッテェ!」
「青峰君、さすがにドン引きです」
枕元にしゃがんでいた黒子に腕を引っ張られ、青峰が悶えている隙に布団を抜け出す。
渾身の一撃で真司を救い出した黒子は、それでも変わらず眠そうな顔で欠伸を零した。
「ふぁ…おはようございます」
「助かった、ありがとテツ君…」
「いえ。ご飯ですよね、行きましょう」
「テツ、てめ…!」
もはや相棒漫才みたいなものだ。
真司は笑いそうになるのを堪えながら、上半身を起こした青峰を見下ろした。
「青峰君。ちゃんと来てね、二度寝禁止」
「…お前、さつきに似てきやがって…」
「は?いつも桃井さんにこんなことさせてんの!?桃井さんに迷惑かけんのも禁止だからね!」
不服そうにしながらも、青峰は自身の服に手を伸ばしている。
だから大丈夫だろう、と真司は黒子と共に部屋を出た。
黒子が顔を洗うのを見守ってから、再びリビングへ。
「おはよー、黒子っち!お待ちかねっスよ~」
「早く席につけ。飯が冷めるのだよ」
テーブルには5人分の食事が綺麗に並べられていた。
そこに身だしなみを整えた黄瀬と、背筋を伸ばした緑間が向かい合うように座っている。
「皆さん、早いですね」
「早いのは真司っちっスよ!もう朝ごはん用意してるんスから」
「あ、ありがとうございます、烏羽君」
「いいのいいの!嬉しくて気合入っちゃっただけだから」
少し躊躇いがちに頭を下げた黒子の背をとんと押して椅子に座る。
朝の食卓を複数人で囲む絵面は、たぶん真司の人生で初めてだ。
真司は噛み締めるように手を合わせ、「いただきます」と頭を下げた。
「そーいえば、こういう感じってなんか、中学の時思い出すっスよね。緑間っちは赤司っちとつるんでる感じだったけど!」
「つるんではいないのだよ」
然程大きくないテーブルを囲むのは、確かに黄瀬の言う通り、嘗ての昼休みを連想させる。
心無しか弾む黄瀬の声に、緑間は面倒そうに眉を寄せた。
「正直仲良くなるタイプじゃねーっつか、黒子っちも最初はつまんなそーな奴って思ってたんスけど」
「仲良くなった覚えはないのだよ」
「ボクも黄瀬君はチャラチャラした面倒な人だと思ってましたし今も思ってます」
「ひど!」
本当に懐かしい。
真司は思わず手を止めて、その掛け合いを見つめた。
「でも、こういうのいいっスよね。あ!ルームシェアとか、すんのどっスか!?高校卒業したらさ!」
「朝からうるせーな…なんの話だよ?」
その弾んだ黄瀬の声は、部屋の外にも漏れていたらしい。
遅れて登場した青峰は、仏頂面でテーブルに置かれていた自身のの分の皿を手に取った。
「ん、これ、真司が作ったのか?」
「うん。って、立ったまま食べないでよ、行儀悪いな」
「んな狭ぇとこ座れっかよ」
青峰は立ったまま手でパンを掴むと、そのまま口に頬張った。
「うめぇ」と一言の後少し眉間のシワを緩める青峰に、真司の頬も素直に緩む。
「あっ、青峰っちずるいっスよ、そうやって!真司っち、これめっちゃ美味しいっスよ、毎朝食べたいくらい!」
「あ、有難う」
「全く。黄瀬、静かに食べろ。ゆっくりする時間はないのだよ」
「うー…なんか今日、サボりたくなってきた…」
楽しい朝だが、残念ながら新学期の始まりの日だ。
食事を済ませた後は、テレビを占領しおは朝チェックする緑間を横目にコーヒーブレイク。
それから間もなく、学校の遠い三人は靴を履き、鞄を肩にかける。
門を開いて外に出る三人と、それを見送る二人。
「真司っち、また遊びに来るからね!」
「…困った事があったら呼ぶのだよ」
各々の優しさを感じながら、名残惜しさを抑えて手を振る。
その躊躇いを感じたのか、青峰は少し乱暴に真司の手を掴んだ。
「真司、次はオレだけ呼べよ」
「…もー、そうやって君は…。でも、有難う」
青峰を見上げ、ニッと笑って見せる。
照れ臭そうに「おー」と返した青峰は、そのまま素直に黄瀬と緑間に続いて歩き出した。
「…行っちゃった」
思わず零れた寂しい本音。
真司は後ろに立っていた黒子を振り返り、微かに眉を寄せた。
ここに今黒子がいる。それなのに、どうしても心が埋まらない。
「ねぇ、テツ君。俺…実はさっきの黄瀬君の…」
少し強張った顔で口を開く。
その真司の声と重なって、ポケットに入れていた携帯がブーッと振動した。
「うわ、ごめんテツ君」
「出ていいですよ」
変な緊張を誤魔化すように、慌てて携帯を取り出す。
しかし、画面に表示された名前を見た真司は、一層膨らんだ緊張感にごくりと唾を呑みこんでいた。
通話ボタンを押した後、恐る恐る声に耳を傾ける。
『おはよう、真司』
「…おはよう、赤司君」
家の中に戻ろうとした黒子の足が止まった。
「ど、どうしたの?あ、俺は今日から新学期だけど、赤司君も?」
『ああ、…今朝は楽しいことがあったみたいだね』
赤司にまた何もかも見透かされたようで、真司はぽりと照れ隠しに頬をかく。
照れ隠し。それと同時に浮上したのは罪悪感だ。
「ごめん。俺からも連絡すれば良かったよね。なんか、出来なくて…」
『はは、気を遣わせたね。大丈夫、こうしてたまに声が聞ければ……』
「…赤司君?」
『いや。真司は、もう大丈夫みたいだな』
赤司の声に感じたのは寂しさだった。
それは今真司が感じているものと少し似ている。埋める方法が一つしかない、欲張りゆえの寂しさだ。
「…ううん、俺も、寂しい」
大きく息を吸って、吐き出して、それから黒子を振り返る。
気遣っているわけじゃなく、やはりこれが本当の気持ちだった。
「またみんな一緒がいい」
『そうだな。きっと、それが一番いい』
黄瀬がルームシェアと言った瞬間、なんて夢みたいな話だろうと思った。
誰かが来るのを期待しなくていい。自分の家が誰かの、皆の家になるなんて。
そんな想像をして言葉を失う真司の視界で、黒子がそわと体を揺らした。
「真司君、電話代わってもらえますか?」
「え、い、いいけど…」
突然の申し出に戸惑う真司の携帯が黒子へと手渡される。
最初に「おはようございます」と、それから「お久しぶりです」。
簡単な挨拶を済ませた黒子は、真司を見て優しく微笑んだ。
「赤司君。待ってますから、安心して帰って来てください」
それは、真司の想いを黒子流に代弁したかのような言葉。
一人では叶えられない真司の願いを未来へ繋ぐものだ。
「でもたまには抜け駆けもしますので」
お茶目に肩をすくめて笑った黒子は、間もなく「どうぞ」と真司に携帯を返した。
そのまま背を向けた黒子は、真司の家の中に戻っていく。
ああまた、黒子に気を遣わせたのだ。
そう気付いた真司は、胸元で服をぎゅっとかき集めた。
「赤司君…俺、赤司君のおかげで今、こんなに幸せだよ」
あの日、見つけてくれたから。真司の寂しさに気付いたから、全てが始まった。
「今の赤司君が何を望むのか、俺には分からないけど…。俺は、これからも変わらずにいたい」
『変わらず、か』
「赤司君…俺、自分勝手で…」
『謝ることは無い。ああ言った黒子も、同じ気持ちだったのだろうな』
再び集ったキセキの世代。それが嬉しかったのは、真司だけではない。
黒子にとっても、彼等と過ごす時間はかけがえのないものだ。
戦い続け、やっと取り戻した奇跡。
「実は今日ね、さっきまで黄瀬君と緑間君と、青峰君も俺の家にいたんだよ」
『へぇ、いいね。今度はオレも何とか合流しよう』
「あはは、無茶しないでね」
いつか一緒に暮らしたい。
そんな、すぐには叶わない夢は口に出すことなく、真司は「じゃあまたね」と有りきたりな言葉を告げて通話を切った。
なんだか、寂しさが消えた気がする。
天を仰ぎ深呼吸を一度。真司はよしと気合を入れると、家のドアを開けた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
冗談めいたやり取り。
それを玄関で済ませると、二人でリビングへと戻る。
部活がないからまだもう少しゆっくりできるだろう。真司は黒子の手を取り、とんと額を黒子の肩へ押し付けた。
「…早速抜け駆けするんですか?」
「ちょっとだけ」
黒子の手がおずおずと背中に回される。
真司は黒子の首へと腕を絡め、鼻先を頬へと擦り寄せた。
「これからも、末永く宜しくね」
真司の息がくすぐったかったのか、黒子が小刻みに体を震わせる。
楔のような言葉にも微笑んだ黒子は、更にきつく真司を抱き締めた。
高校二年生の春。
新たに芽生えた夢と共に歩き出す。
真司の日々は鮮やかに色づき輝いていた。
青峰と黒子の息は相変わらず合っていたし、黄瀬も楽しそうに二人に絡む。
コートには立たない真司も、寄り添ってくれる高尾のおかげで余計なことを考えずに済んだ。
それも、夕方までの話だ。
「すみません、お先に失礼します」
練習が終わるなり、すぐさま帰り支度を済ませた黒子が深々と頭を下げる。
そんな黒子に向けられたのは、どっか寄って帰らないのかと言いたげな青峰の視線。それから親指をぐっと立てた黄瀬のウインク。
「あの俺も、失礼します。お疲れさまでした!」
そんな嘗てのチームメイトの態度を他所に、真司も黒子に習ってがばっと頭を下げた。
「頑張れよー、黒子」
「うるさいです」
何故か背を押してきた高尾を不審に思いつつ、他の部員より一足先に真司と黒子が体育館を出る。
帰路を歩く間、ほとんど会話はなかった。
照れ臭いのと、緊張と、たぶん不安もあったのだ。
本当に、このまま果たしてしまっていいのかと。
その不安はなくならないまま、家に着き、軽食を済ませてシャワーを浴びる。
ここまで来てしまえば、もう後には戻れない。
「…あっという間でした」
ベッドの上で正座する黒子と、胡坐をかく真司。
向かい合っての黒子の第一声に、真司は小さく首を傾げた。
「今日、ずっとこの時間を想像してました。まだ大丈夫って、さっきまで思ってたはずなんですけど…」
そう言う黒子の顔は、緊張のせいで強張っている。
それは真司も同じで、じっと自分の足の上に置いた手を見下ろしていた。
「烏羽君、ボク…どうしたらいいですか」
黒子の声に不安が滲む。
見た目こそ可愛らしいところもある黒子だが、性格は専ら紳士で男前だ。
初めての行為に、当然思うことがあるのだろう。
「…テツ君、キス、しよっか」
「キス…ですか?」
「うん。緊張もたぶん、解れるんじゃないかな、って思って…」
真司はベッドのシーツを掴むと、黒子の方へ体を滑らせた。
急に縮まった距離に、黒子が一瞬息を呑む。
「…はい、分かりました。キスしましょう」
しかしすぐさま頷いた黒子は、円陣でも組むみたいに強く真司の肩を掴んだ。
「ー…、ん…」
触れるだけのキス。それだけで、じわと体の奥が熱くなる。
体を離して見つめ合うと、先に黒子が口を開いた。
「次は…?」
「わ、わかんない、初めてってどうしたら良いのか…」
「初めて…ですか?」
「初めてだよ。テツ君と、は…」
今真司が感じている極度の緊張は、これからの初めてを意識するせいだ。
黒子の初めてを、そして黒子との初めてを。
「テツ君に嫌われないようにとか、どうしたら、気持ち良いって思ってくれるのかとか…今必死に考えてる」
「…っ」
何か想像したのか黒子の顔がぼふっと茹だるように赤くなる。
その様が思っていた以上に初心で、真司は一気に肩の力が抜けるのを感じていた。
なんだか、二人してがちがちになって、馬鹿みたいだ。
「はは…ごめん、でもやっぱり余計なこと考えるのやめるよ」
「烏羽君…?」
「テツ君がしたいようにするのが良いのと思う」
真司は黒子の手を掴み、ぐいと自分の胸へと引き寄せた。
「テツ君がしたいように、して欲しい」
「そんな…でもボクは…」
「ほら、読んだことある官能小説の一節の真似事でもいいし」
「ボクはそんなどこぞのガングロみたいなことしません」
黒子の元相棒への辛辣な態度に、思わず笑いが漏れる。
それでもまだどこか不安そうな黒子に、真司は自ら唇を寄せた。
「っ烏羽君…」
強ばった黒子の頬をなぞり、ちゅっと音を立てて首元に口付ける。
ほんのりと柔い感触。
今までにない感覚は、やはり真司にとって初めてのことばかりだ。
「…テツ君はテツ君だよ。誰とも違う」
「分かってます、でも…君を、幻滅させること必至かと思うと」
「そんなこと言って、テツ君こそ…いざ男の体に興奮できないんじゃない…?」
いつまでも触ってくれないと、どんどん不安になってしまう。
だから早く触って。真司は黒子の手へ自分の体をすり寄せた。
「ん…」
「あ、あの、烏羽君…」
黒子の緊張と、微かな興奮が肌から伝わってくる。
黒子のこの興奮がおさまる前に、早く。
「テツ君…、ここ…」
真司は自分で上の服を脱ぎ捨てると、火照って赤くなった体を自分で撫でた。
つんと張った乳首を自分で弾き、黒子にして欲しくて上目で見つめる。
「胸、気持ちいい、ですか?」
「…変?」
「いえ、すみません…可愛いなと…」
黒子の瞳が熱を帯び、先程まで震えた手がしっかりと真司の体に重なった。
胸の谷間をなぞり、乳首を親指でこねる。
「ん…っ、て、テツ君…、やじゃない?」
「やなわけないです。不思議です…こんな気持ちになるんですね…」
何か噛み締めるように目を細めて、真司の胸と、そして下半身を見下ろす。
ズボンを纏ったままだが、既に隠せない程に主張していた。
「早くいろんな君を見たくて…焦ってしまいそうです」
「ほんと?嬉しい…」
「あの、すみません。こちらも失礼します」
黒子の手が真司の下半身に伸ばされる。
躊躇うことなくズボンの内側に差し込まれたその手は、やんわりと真司のものを撫でた。
「て、テツ君…っ」
「あったかいですね…」
驚く真司を他所に、黒子が嬉しそうに頬を緩める。
そのまま軽く爪を立てられ、真司の腰がびくと跳ねた。
「んぁ、そ、れ…きもちい…。ね、テツ君も、脱いじゃいなよ」
「え、いえボクは…あっ」
好きにしていいと言いつつもされるだけは癪で、黒子の服の裾を引っ張る。
言葉の割にあまり抵抗しなかった黒子の服は、簡単に黒子の肌を離れてベッドの下へと落ちた。
そして露わになるのは、何度も見たことのある黒子の体。
色白で細い。それでもしっかりと引き締まっている。
「…テツ君…」
「なんて顔してるんですか君は…。ボクの好きにしていいんですよね、寝っ転がってください」
「うわ、はは」
とんっと黒子に胸を押され、真司の体がベッドに沈む。
黒子は真司の顔の横に手を付き、覆いかぶさるように姿勢を低くした。
胸と胸が重なる。
足と足を絡ませると熱がぶつかって腰に痺れが走った。
「っは…烏羽君…ボク、これだけですごく気持ちい、です」
「ん、俺も…なんか、変、かも…」
わざとらしく体を擦りつけ、もっと気持ちの良い場所を求める。
そんな黒子の一糸纏ったままの行為に、真司はきゅっと歯を食いしばった。
もっと気持ち良いことがしたい。
真司は腰を押し付けながら、一度口に咥えた指を後ろに押し込んだ。
「っ、はぁ…、ぁ、テツ君、…」
つぷと第一関節まで入るのは容易い。
風呂でかなり解しただけあって、受け入れるのは難しくなさそうだ。
「烏羽君…、っん、君それ…」
「テツ君、いつでも、俺、入れられるよ」
「っ…」
ごくり、と喉を鳴らした黒子の手が、真司のズボンにかけられた。
ゴムの緩んだズボンは容易く下ろされる。
晒された熱。
今、黒子に全てを見られている。
「…っ、人のものが勃起しているのを見るのは、初めてです…」
「大丈夫そう…?そ、そんなまじまじ見られると恥ずかしんだけど…ッん…」
「濡れてる…」
黒子の指に真司の粘り気ある液体が絡みつく。
指先で、それから掌で。
優しい手つきに与えられる刺激はもどかしく、真司は自ら太ももを掴んで足を開いた。
「もっと、触っていいですか?」
「うん…好きに…」
指でその膨らみを撫で、溢れる体液をすくいながらフチをなぞる。
その指が、中へ入る。
それを期待して息を震わせた真司に、黒子は綺麗な笑みを浮かべた。
「あの…こんな時ですが、君に言いたいことがあります」
黒子から焦りや戸惑いが消える。
その真剣かつ優しい表情に、真司は息を飲んで見惚れていた。
「今日、きっとボクは変わってしまう。それを君にもわかって欲しいんです」
「か、変わる…?」
「ボクには君が初めてです。こんなに好きになるのも、こうして触れるのも…」
黒子のもう片方の手が真司の頬を撫でる。
そこから顎、首と滑り落ち、胸の上で止まった。
嬉しそうに頬を緩めた黒子には、真司の鼓動が伝わっているのだろう。
「ボクはこの先、君のことばかり考える。だから、君にも…ボクのことを考えて欲しい」
胸に重なっていた黒子の手が小刻みに震えた。
真司に伝わってくるのは、黒子の緊張だ。
「君には…ボク以外の人とこうして触れ合うこともあると思います。でも、その度にボクを思い出して」
「テツ君…」
「ボクに愛されたこと…忘れないでください」
笑って「当たり前じゃん」とは返せなかった。
この真剣な思いに答えるには、真司の覚悟は足りなすぎる。
「君の中に、ボクのための空間を残しておいてください」
「そ、…そんな、こと…」
「と、こんな感じで、少しくらい、君を困らせてもいいですよね」
「…うん、有難う」
真司はふっと頬を緩め、それから黒子の背へと手を回した。
黒子は優しすぎる。ボクだけ見て、とかもっと言ってくれていいのに。
「…今は、テツ君だけのものだよ」
「ですね」
黒子の顔が益々綻ぶ。
この人を幸せにしたい。その一心で、真司は黒子の背を足でがしっと挟み込んだ。
「うわ、烏羽君…っ」
体が繋がらなくても幸せだ。
そう思いながらも一度期待した体は、黒子に触れてすぐに熱を取り戻す。
黒子もそれに気付いたようで、ふっと真司の耳元で笑った。
「続き、しましょうか」
顔を寄せ合い、頬を重ね合わせ、それから唇にキスをする。
ほんのりと緊張が和らぐと、黒子は恐る恐る真司の足を持ち上げた。
ここに来る前に調べてきたのか、それとも本で読んだことがあるのか。
自分の指を一度口に咥えた黒子は、その指を真司の下半身へと埋めた。
柔らかさを確かめて、ゆっくりと奥へ押し込む。
「すごい、ですね…こんなに狭いのに、指が、」
すぼんだ孔へ、いとも容易く指が飲み込まれていく。
黒子は食い入るようにそこを見つめ、感嘆の溜め息を零す。
そんな初心な反応をついに見ていられなくなった真司は、慌てて伸ばした指先で黒子の額をぺしと叩いた。
「も、もう…恥ずかしいから、そんな見ないでよ」
「すみません、つい…。君があまりにも、官能的なので…」
「わ、分かったってば…。ほ、ほら、さっきいっぱい解したから、やらかいでしょ…?」
見られるくらいなら一思いに。
そう思うのは羞恥心だけではなく、火照りきった体が我慢を放棄していたからだ。
黒子が触れるたびに脈打つ陰茎は、既に滴り落ちた体液でべとべとになっている。
「…テツ君、も、焦らさないで…」
「っは、はい!」
真司の声に、らしくなく元気の良い返事をした黒子の喉が上下に動く。
そのまま急くように押し当てられた熱は、真司の期待通りに壁を抉った。
「っう…」
入って来る。二人の体が隙間なく重なる。
それを意識したのと同時に声を漏らしたのは黒子だった。
「て、テツ君、痛い?」
「いえそれはこちらの台詞で…っ、こんな、ボク…んっ」
言葉を発するのも困難なのか、黒子は大きく開いた口から息を吸い込み、そのまま固まってしまった。
きついのか、それとも気持ちが良いのか。
真司はその相反する二択で迷いつつ、今度は黒子の余裕なく赤らんだ頬をぺちぺちと軽く叩いた。
「大丈夫?」
「っ、へ、き…いえ、平気ではない、です…。すみませ、持っていかれそう、で」
「いいよ、ゆっくり…。俺、今日はテツ君のものって言ったでしょ。ゆっくりでも何度でも…好きにして」
黒子が気持ち良くなれるのが一番いい。それが一番真司が見たいものに違いないから。
だから焦る必要はないよ、と。そう続くはずだった声は、自身の喘ぎによって途切れていた。
「っあ…!」
唐突に奥を突き刺した熱に、思わず上ずった声が出る。
驚き反射的に黒子の胸を押そうとした真司の手は、黒子の手にしっかりと絡み取られていた。
「っ!て、テツ君…、!な、ん、急に…!」
「君が余裕そうなのは、ちょっと癪で…」
「はーっ…そうだった、テツ君負けず嫌いだった…!」
「っん、ぁ、す、みませ…気持ちい…、動きます、ねっ」
一瞬にして深く繋がった場所は、黒子の動きに合わせて卑猥な音を立てる。
粘りある水音は黒子のものか、真司のものか。
見下ろした黒子の視界にあるのは、離れがたそうに糸を引く接合部。
「ー…は、こんなの…、気持ちいいに、決まってます…ッ、ん」
「テツ君、ぁ、あ、」
「全部…入って、あっ…烏羽君…」
揺れるたびに軋むベッドの音とぐちゃと響く淫猥な音。
同時に黒子の口からは甘美な溜め息が漏れ、真司はぶると全身を震わせた。
たどたどしく腰を打ち付ける黒子が生み出す刺激は、真司の想像に反して鋭利だった。
的確に、敏感なところへぶつかる。恐らく黒子も意識することなく、偶然に。
「んぅ…あ、テツ、く…ッイ、きそ…」
「っ!可愛い…烏羽君、すごく、可愛い…」
吐息に混じった黒子の声。試合の時のような息切れと違って、時折小さく苦しそうに喘ぐ。
その聞いたことない黒子の声に酷く興奮して、真司は持ち上げられた足を黒子の背へと絡めた。
「っ!烏羽君…」
「テツ君も、すご、可愛い…」
「っ、ボクは、可愛くない、です…っ」
不服そうに眉を寄せた黒子が、真司の赤く反りあがった陰茎を指先で撫でる。
その小さな黒子の反抗に、真司はびくと揺らした腰をシーツから浮かせた。
「あ!だ、だめ、そっちもしたら…、ぁ、でちゃ…ッ」
鋭い刺激に、思わず目に浮かんだ涙が頬を伝う。
一度大きく息を吸い込んだ黒子は、吐き出すと同時に真司の腰を濡れた手で掴んだ。
「ボクも…っ、もう、いい、ですか…?」
「ん…っ」
真司が小刻みに首を縦に振ると、黒子は一瞬優しく目を細めた。
直後真司の腰を掴む手に力が籠る。
シーツの上を滑った真司と黒子は更に密着し、唇と唇をどちらともなく押し付けた。
吐息で「好きです」と伝え合う。
それが、わずかに残っていた黒子の理性を砕いたのか。
黒子は歯を食いしばり、腰の動きを早めた。
「ぁっ、ああ!あ、テツ君…!」
「すみませ、もう…」
恥ずかしい嬌声を上げる口を塞ごうと、口元に手を当てても何も変わらない。
真司は痙攣するかのように足を震わせ、シーツを指できつく掴んだ。
「っあ…!」
そんな小さな抵抗虚しく、鋭い刺激に体は耐えきれず、真司の腹部に白濁の液体がぽたぽたと落ちる。
「っ、」
息を詰めた黒子は慌てて腰を引くと、同様に真司の下腹部へ体液を落とした。
眉を寄せ、唇を噛んだ黒子が、薄く口を開く。
「烏羽君、好きです…」
大丈夫、分かってるよ。
そう言いたいのに、荒い呼吸を止められない真司は、静かに黒子の首へ腕を回した。
「ん…、俺も…」
頬と頬、胸と胸とが重なる。
その暖かさに真司は目を閉じて、そのまま睡魔へと身をゆだねた。
何だか懐かしい。
眠れない夜から真司を救い出したのは赤司だった。
あの日から始まった奇跡が今も続いている。
なんて幸せだろう。
真司は目を閉じたまま、頬を緩めて黒子に擦り寄った。
・・・
乾いたシーツの感触に、黒子はきょとと目を開いた。
ゆっくりと体を起こすと、開いたカーテンから暖かい春の日差しが差し込んでいる。
そのカーテンの色も壁の色も、布団の色も見慣れないもので、黒子は「あぁ…」と呟き昨晩を思い起こした。
「ボク…」
ずっと緊張していたからか、この部屋の内装などほとんど見えていなかった。
それなのに昨夜の感触は鮮明で、自分の手を見下ろすだけで蘇ってくる。
黒子は一度溜息をつき、情けなくも綺麗に整えられたベッドから足を下ろした。
真司の姿はない。時計の針は10時を指している。
「真司君…」
のそと立ち上がり、質素な部屋を見渡す。
勉強机とベッドだけの部屋。机の上にあるのは教科書と、懐かしい写真。
黒子は嘗ての自分も写ったそれを手に取り、耽るように目を細めた。
「君は…寂しかったんですね、ずっと」
この家に一人。愛情を知らず。
それに早く気付けていたなら、違ったのだろうか。
「…今更、ですね」
黒子はそれを元の場所に戻すと、恐る恐る部屋のドアを開いた。
廊下、階段、物音のする方へと足を進める。
玄関を横目に、リビングへ繋がるドアに手を重ねると、ふわと甘い香りがくすぐった。
「おはようございます」
「あ、テツ君おはよう!」
かちゃとドアを開くと同時に交わす朝の挨拶。
フライパンを巧みに扱う真司は、昨夜のことなど気にかけない様子で笑っていた。
「…それは、卵焼きですか?」
「うん。前に…テツ君が好きって言ってくれたの思い出して」
「よく覚えてましたね」
黒子の驚いた表情の変化に、真司は当たり前でしょとフライパンへ視線を戻す。
お皿に盛りつられた卵焼きと、彩にトマトとレタス。
チンッという音を合図にパンの用意も終わり、黒子が手を出す間もなく朝食の支度が済まされた。
「手際がいいですね。とても良い…旦那さんになりそうです」
「はは、まあ一人暮らしの人なら大体こんくらい出来ちゃうでしょ」
「ボクならコンビニを使うと思います」
「朝から?あでも、朝からちょっと外歩くのはいいかもね」
クスクスと肩を竦めて笑う真司の頬は、化粧でも施したみたいに桃色だ。
変わらないようで、少し違う。
真司が心底嬉しそうに席に着くから、黒子は堪らず息を吸い込んだ。
「…烏羽君、ボクと家族になりませんか」
「…え?」
真司の正面に座った黒子の背筋が伸びる。
「いつか君が、ボクと共に生きてもいいと思ってくれたなら。ボクが君を幸せにします」
「何それ、昨日の責任みたいなこと?」
「違います」
きょとんと目を開いた真司が、冗談めかして頬をかく。
しかし黒子の真剣な目つきに、真司の背も次第にピンと伸びた。
「君を幸せにしたい。それが、ボクでありたい。そう思っているだけです」
こんなの、もうプロポーズだ。
真司はそれに気付き、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「…テツ君は、そのいつかを、待つの?」
「そうですね。でも、君には迷わず頷いて欲しいんです。君は違う誰かを選ぶかもしれないけど…今度は誰よりも先に、君の寂しさを埋めたいんです」
今は、ただの口約束だって構わない。
黒子は食器の隙間を縫って、テーブルに乗った真司の手に手を重ねた。
「君が寂しいなら、皆で家族になりましょう。ボクはそれだっていいんです」
「なんで…、」
喉の奥が熱くなり、真司は口を掌で覆い隠した。
それでもヒクと動いてしまう肩を隠せず、前屈みになり体を小さくする。
「っ…ぅ、」
「好きです。君が大好きです」
「ん…あり、がと…。嬉しい…」
朝、目が覚めた時誰かがいると嬉しい。
用意した朝ごはんを食べてくれる人がいると嬉しい。
真司は手の甲で目を擦ると、ふにゃと緩んだ満面の笑みで応えた。
4月、新学期の始まりの朝。
浮き足立っていたせいか、少し早く目覚めた真司は、ぐーっと腕を伸ばしてからカーテンを開いた。
眩しい朝の陽ざし。昨日の予報通り、今日は良い天気だ。
ベッドから足を下ろし、チカチカと明滅する携帯を手に取ると、朝早くだというのにメッセージが届いている。
どうやら今日は、紫原の方が早く起きたらしい。
『おはよう、烏羽ちん。早く起きたよ。今日は一番?』
嬉しそうに文章を打ち込む姿が目に浮かび、真司はふふと思わず目を細めた。
数日前から始まった紫原との朝の早起き競争。
「早く起きた!」という連絡に対し、「黄瀬君の方が早かったよ」と何気なく伝えてしまったのが事の始まりだった。
「おはよう、今日は紫原君が一番だよ!」
真司はそう絵文字付きで送り返し、忍び足で部屋を出た。
冷たい水で顔を洗い、シャキッと目覚めて台所へ。
昨夜から準備していたフレンチトーストを作り皿へと盛り付ける。
「…おはよう、早いな」
そんな真司の元へ、背後から聞こえてきた普段よりも心無しか低く掠れた声。
少し外に髪を跳ねさせた緑間が、興味津々に真司の手元を覗き込んでいた。
「おはよう緑間君。君こそ早いね」
「ここから通うのは慣れていないから、余裕を持って起きたまでなのだよ」
「そっか。あ、これ朝食、食べたくなったら食べてね」
緑間は小さく頷いた後、真司のまだ梳かす前の髪に指を差し込んだ。
見上げる真司の頭をぽんと撫でる手つきは、たぶん誰よりも優しく暖かい。
「朝から面倒かけたのだよ。テーブルに運んでおくから、お前はアイツらを起こしてくるといい」
「え、でもまだ早い…」
「料理は出来たてが一番いい」
緑間の気遣いに、真司は肩をすくめて了承した。
再びぱたぱたと慌ただしく廊下を駆け、物を片付けて布団を敷いただけの客用の寝室へ向かう。
「朝食用意できたよ!」
ばたんっと勢いよくドアを開けるなり、真司は膨らんだ布団をばしばしと叩いた。
それに対し、返されたのは「んー…」と眠そうな唸り声。
薄ら開いた眠そうな目は真司をとらえ、嬉しそうにへにゃと顔を緩ませた。
「おはよ、真司っち」
「おはよう。まだ早いんだけどね、朝ごはん作っちゃって…一緒に食べよう?」
「えへへ…何スか、超最高な朝なんスけど…」
黄瀬は少しクセのついた髪を気にするような仕草を見せながら、むくっと上半身を起き上らせた。
少し目元が腫れぼったい寝起き顔だが、着崩れた服も相まって普段と変わらずキラキラして見える。
「んー…顔洗ってから行くから、ふあ…真司っち、先行っててくれる?」
「分かった。じゃあテツ君にも声かけてくるね」
最初こそ二人きりがいいなあとボヤいていた黄瀬だが、手を横に振って真司を送り出した。
真司もうんと頷き、今度は自分の寝室へと戻る。
その最中に思い出すのは昨日のこと。
明日から新学期だねと何気なく呟いた真司に、黒子が言ったのだ。「明日一緒に登校しませんか」と。
それを携帯のグループメッセージに送信した結果、こうして始業式に出る準備をした彼等が続々と集まった。
「テツ君、おはよう」
「ん…」
身動ぎした黒子が、増々布団に頭を潜り込ませる。
真司はその布団を頭の方から剥ぐと、黒子の顔を覗き込んだ。
バスケして、呼びかけ集まった皆で作った晩御飯の後、少し駄弁って。
普段より遅い就寝時間だったのだろう、心底眠そうな目が薄く開く。
「…有難う、テツ君」
「…んん、朝、ですか…?」
「うん、おはようテツ君」
むくと体を起こした黒子は、まだ眠そうな目を手の甲で擦った。
相変わらずの、見事な寝癖だ。
真司は自然と黒子の爆発した髪に手を伸ばし、感触を確かめるようにポンポンと撫でた。
「一緒にご飯食べよう?」
「ん…はい…ごはん、たべます…」
真司の声に、黒子が首だけをこくりと動かす。
普段の男らしい姿から一変、黒子の寝起きは何とも愛らしい。
真司は黒子の頬を指ですりと軽く撫でてから、続いて最も強者である大きな山の前に移動した。
褐色の腕がにょきと生える布団からは、割と煩い寝息が途切れることなく聞こえてくる。
「青峰君、起きて」
真司は横に膝をつき、ほとんど体を乗せるようにして青峰の体を揺さぶった。
肩だろう部分を両手で掴むと、獣のような低い声が布団の中から聞こえてくる。
「青峰君、起きてくんないと、今後君だけ泊めてあげないかんな!…っうわ!?」
がしと真司の腕を掴んだ大きな手。
それを認知した瞬間には、真司の体は布団の中へと引きずり込まれていた。
「かたっ…あ、青峰君、起きてるならさっさと起きて…てかなんで服着てないんだよ!」
「んー…うっせぇな…」
「ち、遅刻するってば青峰君!」
「あー…?別にいいだろ、始業式なんて出ねぇし」
それが駄目なんだって!と叫んだはずの声は、もごもごと青峰の胸の中に吸収される。
まだ朝は冷える時期だというのに、真司に絡んだ足もどうやら何も纏っていない。
恐ろしいことに、唯一纏った下着越しに感じたのは、立派な…。
「あお、青峰君…君、ちょ、たって…」
朝の現象とするには驚異的すぎるソレ。
逃れようともがく真司の服の中には、青峰の腕がするりと入り込んだ。
くすぐったいし、冷たい。でもちょっと、嬉しいような。
なんて、どこか寛容になってしまう真司の背後から、唐突に鉄拳が落とされた。
「イッテェ!」
「青峰君、さすがにドン引きです」
枕元にしゃがんでいた黒子に腕を引っ張られ、青峰が悶えている隙に布団を抜け出す。
渾身の一撃で真司を救い出した黒子は、それでも変わらず眠そうな顔で欠伸を零した。
「ふぁ…おはようございます」
「助かった、ありがとテツ君…」
「いえ。ご飯ですよね、行きましょう」
「テツ、てめ…!」
もはや相棒漫才みたいなものだ。
真司は笑いそうになるのを堪えながら、上半身を起こした青峰を見下ろした。
「青峰君。ちゃんと来てね、二度寝禁止」
「…お前、さつきに似てきやがって…」
「は?いつも桃井さんにこんなことさせてんの!?桃井さんに迷惑かけんのも禁止だからね!」
不服そうにしながらも、青峰は自身の服に手を伸ばしている。
だから大丈夫だろう、と真司は黒子と共に部屋を出た。
黒子が顔を洗うのを見守ってから、再びリビングへ。
「おはよー、黒子っち!お待ちかねっスよ~」
「早く席につけ。飯が冷めるのだよ」
テーブルには5人分の食事が綺麗に並べられていた。
そこに身だしなみを整えた黄瀬と、背筋を伸ばした緑間が向かい合うように座っている。
「皆さん、早いですね」
「早いのは真司っちっスよ!もう朝ごはん用意してるんスから」
「あ、ありがとうございます、烏羽君」
「いいのいいの!嬉しくて気合入っちゃっただけだから」
少し躊躇いがちに頭を下げた黒子の背をとんと押して椅子に座る。
朝の食卓を複数人で囲む絵面は、たぶん真司の人生で初めてだ。
真司は噛み締めるように手を合わせ、「いただきます」と頭を下げた。
「そーいえば、こういう感じってなんか、中学の時思い出すっスよね。緑間っちは赤司っちとつるんでる感じだったけど!」
「つるんではいないのだよ」
然程大きくないテーブルを囲むのは、確かに黄瀬の言う通り、嘗ての昼休みを連想させる。
心無しか弾む黄瀬の声に、緑間は面倒そうに眉を寄せた。
「正直仲良くなるタイプじゃねーっつか、黒子っちも最初はつまんなそーな奴って思ってたんスけど」
「仲良くなった覚えはないのだよ」
「ボクも黄瀬君はチャラチャラした面倒な人だと思ってましたし今も思ってます」
「ひど!」
本当に懐かしい。
真司は思わず手を止めて、その掛け合いを見つめた。
「でも、こういうのいいっスよね。あ!ルームシェアとか、すんのどっスか!?高校卒業したらさ!」
「朝からうるせーな…なんの話だよ?」
その弾んだ黄瀬の声は、部屋の外にも漏れていたらしい。
遅れて登場した青峰は、仏頂面でテーブルに置かれていた自身のの分の皿を手に取った。
「ん、これ、真司が作ったのか?」
「うん。って、立ったまま食べないでよ、行儀悪いな」
「んな狭ぇとこ座れっかよ」
青峰は立ったまま手でパンを掴むと、そのまま口に頬張った。
「うめぇ」と一言の後少し眉間のシワを緩める青峰に、真司の頬も素直に緩む。
「あっ、青峰っちずるいっスよ、そうやって!真司っち、これめっちゃ美味しいっスよ、毎朝食べたいくらい!」
「あ、有難う」
「全く。黄瀬、静かに食べろ。ゆっくりする時間はないのだよ」
「うー…なんか今日、サボりたくなってきた…」
楽しい朝だが、残念ながら新学期の始まりの日だ。
食事を済ませた後は、テレビを占領しおは朝チェックする緑間を横目にコーヒーブレイク。
それから間もなく、学校の遠い三人は靴を履き、鞄を肩にかける。
門を開いて外に出る三人と、それを見送る二人。
「真司っち、また遊びに来るからね!」
「…困った事があったら呼ぶのだよ」
各々の優しさを感じながら、名残惜しさを抑えて手を振る。
その躊躇いを感じたのか、青峰は少し乱暴に真司の手を掴んだ。
「真司、次はオレだけ呼べよ」
「…もー、そうやって君は…。でも、有難う」
青峰を見上げ、ニッと笑って見せる。
照れ臭そうに「おー」と返した青峰は、そのまま素直に黄瀬と緑間に続いて歩き出した。
「…行っちゃった」
思わず零れた寂しい本音。
真司は後ろに立っていた黒子を振り返り、微かに眉を寄せた。
ここに今黒子がいる。それなのに、どうしても心が埋まらない。
「ねぇ、テツ君。俺…実はさっきの黄瀬君の…」
少し強張った顔で口を開く。
その真司の声と重なって、ポケットに入れていた携帯がブーッと振動した。
「うわ、ごめんテツ君」
「出ていいですよ」
変な緊張を誤魔化すように、慌てて携帯を取り出す。
しかし、画面に表示された名前を見た真司は、一層膨らんだ緊張感にごくりと唾を呑みこんでいた。
通話ボタンを押した後、恐る恐る声に耳を傾ける。
『おはよう、真司』
「…おはよう、赤司君」
家の中に戻ろうとした黒子の足が止まった。
「ど、どうしたの?あ、俺は今日から新学期だけど、赤司君も?」
『ああ、…今朝は楽しいことがあったみたいだね』
赤司にまた何もかも見透かされたようで、真司はぽりと照れ隠しに頬をかく。
照れ隠し。それと同時に浮上したのは罪悪感だ。
「ごめん。俺からも連絡すれば良かったよね。なんか、出来なくて…」
『はは、気を遣わせたね。大丈夫、こうしてたまに声が聞ければ……』
「…赤司君?」
『いや。真司は、もう大丈夫みたいだな』
赤司の声に感じたのは寂しさだった。
それは今真司が感じているものと少し似ている。埋める方法が一つしかない、欲張りゆえの寂しさだ。
「…ううん、俺も、寂しい」
大きく息を吸って、吐き出して、それから黒子を振り返る。
気遣っているわけじゃなく、やはりこれが本当の気持ちだった。
「またみんな一緒がいい」
『そうだな。きっと、それが一番いい』
黄瀬がルームシェアと言った瞬間、なんて夢みたいな話だろうと思った。
誰かが来るのを期待しなくていい。自分の家が誰かの、皆の家になるなんて。
そんな想像をして言葉を失う真司の視界で、黒子がそわと体を揺らした。
「真司君、電話代わってもらえますか?」
「え、い、いいけど…」
突然の申し出に戸惑う真司の携帯が黒子へと手渡される。
最初に「おはようございます」と、それから「お久しぶりです」。
簡単な挨拶を済ませた黒子は、真司を見て優しく微笑んだ。
「赤司君。待ってますから、安心して帰って来てください」
それは、真司の想いを黒子流に代弁したかのような言葉。
一人では叶えられない真司の願いを未来へ繋ぐものだ。
「でもたまには抜け駆けもしますので」
お茶目に肩をすくめて笑った黒子は、間もなく「どうぞ」と真司に携帯を返した。
そのまま背を向けた黒子は、真司の家の中に戻っていく。
ああまた、黒子に気を遣わせたのだ。
そう気付いた真司は、胸元で服をぎゅっとかき集めた。
「赤司君…俺、赤司君のおかげで今、こんなに幸せだよ」
あの日、見つけてくれたから。真司の寂しさに気付いたから、全てが始まった。
「今の赤司君が何を望むのか、俺には分からないけど…。俺は、これからも変わらずにいたい」
『変わらず、か』
「赤司君…俺、自分勝手で…」
『謝ることは無い。ああ言った黒子も、同じ気持ちだったのだろうな』
再び集ったキセキの世代。それが嬉しかったのは、真司だけではない。
黒子にとっても、彼等と過ごす時間はかけがえのないものだ。
戦い続け、やっと取り戻した奇跡。
「実は今日ね、さっきまで黄瀬君と緑間君と、青峰君も俺の家にいたんだよ」
『へぇ、いいね。今度はオレも何とか合流しよう』
「あはは、無茶しないでね」
いつか一緒に暮らしたい。
そんな、すぐには叶わない夢は口に出すことなく、真司は「じゃあまたね」と有りきたりな言葉を告げて通話を切った。
なんだか、寂しさが消えた気がする。
天を仰ぎ深呼吸を一度。真司はよしと気合を入れると、家のドアを開けた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
冗談めいたやり取り。
それを玄関で済ませると、二人でリビングへと戻る。
部活がないからまだもう少しゆっくりできるだろう。真司は黒子の手を取り、とんと額を黒子の肩へ押し付けた。
「…早速抜け駆けするんですか?」
「ちょっとだけ」
黒子の手がおずおずと背中に回される。
真司は黒子の首へと腕を絡め、鼻先を頬へと擦り寄せた。
「これからも、末永く宜しくね」
真司の息がくすぐったかったのか、黒子が小刻みに体を震わせる。
楔のような言葉にも微笑んだ黒子は、更にきつく真司を抱き締めた。
高校二年生の春。
新たに芽生えた夢と共に歩き出す。
真司の日々は鮮やかに色づき輝いていた。