黒バス(2012.10~2017.12)
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鳴り響いたホイッスルに、ボールが宙を舞う。
始まるまでは長かった時間が、試合開始とともにあっという間に流れていった。
流した涙はあまりに悲して、苦しくて。でも誰も最後まで諦めなかった。
ウィンターカップ、最後の試合が終わる。
誠凛高校対洛山高校。
その名を優勝トロフィーへと刻んだのは、誠凛高校だった。
・・・
「「「かんぱーい!」」」
賑やかな声に、グラスのぶつかる軽い音が重なる。
こんな気分のままじゃ眠れない!と言い出したのは誰だったか。
打ち上げやミーティングといえばでお馴染みの火神の家に集まり、コンビニで買ったジュースを飲み交わす。
そんな彼等の話題は、もっぱら先の試合のことだ。
「いやぁ、今回はまじで駄目だと思った!」
「あそこで黒子の喝がなければ、どうなったか分からないよな」
小金井と伊月が笑って言う。
その後ろで少し居心地悪そうにする日向に、顔を近付けたのはリコだ。
「ほんっとに、日向君がファールを大量にもらったときはどうしようかと…ねぇ」
「わ、悪かったよ」
「何回だっけ?」
「…悪かったって!」
黒子のミスディレクションは通用しなくなり、日向はあと一回のファールで退場というところまで追い詰められた。
それでも勝てたのは、一人ひとりの力が確かにあったから。
そして何より…絶対に勝てると信じていたからだ。
「なぁ、そういや赤司は烏羽の恋人?なんだよな?」
「……は?」
しみじみと余韻に浸っていた真司は、突如降旗から突き付けられた質問にかたまった。
それを近くで聞いてしまった黒子と火神も、目をまん丸にして降旗を凝視している。
「今回は直前まで一緒にいたし、やっぱやりづらかった?」
「そう、見えてた?俺めっちゃ誠凛応援してたよね…?」
「や、そ、そりゃそうなんだけど!なんかちょっと、気になって、というか…」
ぽりぽりと頬をかきながら、恥ずかしそうに首を傾ける降旗には、悪気など一切ないのだろう。
真司は暫く呆然とした後、ハァッと大きく息を吐いた。
「降旗君、その話は結構デリケートなのであまり…」
「あ、やっぱり!?オレ、空気読めな過ぎた!?」
「はい。あの、烏羽君、無理に話すことでは…」
黒子の優しい言葉は耳をすり抜けていた。
もはや慣れてしまった、うっすらとぼやけた視界。掌で覆い、真司はきゅっと唇を結んだ。
この時もそう。一度、二度、何度も何度も迷惑をかけ、結局、自分は最後まで変わらなかった。
「おい、真司?」
「烏羽君?大丈夫ですか?」
黒子の手がとんと肩に乗る。
それでハッと顔を上げた真司は、思わず強く床に手をついていた。
「…、あ、あの、皆さん…!」
部屋にいる皆に聞こえるように声を張る。
隣にいた降旗はびくと肩を揺らし、それと同時に皆の視線が真司へと集まった。
「こ、この度は…、大事な時期にご迷惑をおかけする形となってしまって…すみませんでした!!」
床にガンッと額を押し付ける勢いで頭を下げる。
ウィンターカップ、準決勝前から姿を消して、決勝戦の直前まで赤司の元にいたのだ。
それがどれだけ迷惑をかけたか。
「心配かけて…迷惑、かけて…、その、俺なんていてもいなくても変わんないって、分かってます、でも」
迷惑をかけたことには変わりがないし。
何より、誠凛が嫌になったのだと、そう勘違いはされたくなかった。
「俺、誠凛の皆さんが好きです、一緒にいられて…役に、立たないけど…」
迷惑かけるけど。
深々と下げた頭を改めて床に押し付ける。
困惑する降旗の声と、黒子と火神の心配するような声が聞こえた。そこに、先輩たちの溜め息が重なる。
「そうね、普通あり得ないわよ」
「まぁ…負けてたら根に持ったかもな」
「逆に直前に烏羽に逃げられて、赤司が本調子じゃなかったりしてたかもな!」
へらと笑う小金井の背中を「そんなわけないだろ」と叩いた。
その割と和やかな雰囲気に、おずと顔を上げる。
真司の視界に映ったのは、真っ直ぐに真司を見つめるリコの瞳だった。
「いろいろあったけど、烏羽君に助けられることもたくさんあったわ。それはホント」
「そんなこと…」
「何よ、私の言葉を疑うの?」
ムッとわざとらしく頬を膨らませるリコに、小刻みに首を横に振る。
その真司の仕草に、リコはふっと微笑んだ。
「皆有難う!ここまでこれたのは、皆のおかげよ!ほんっとうに、お疲れ様!」
高く通る声が体に染み渡る。
皆が顔を見合わせて破顔する中、真司は口元を手で覆って隠した。
「…っ、」
「烏羽君」
「な、泣いてないからな」
「ですか?」
黒子が真司の顔を覗き込んで笑っている。
普段表情を崩さない黒子の、眉の下がった笑顔。
真司はぱっと顔を逸らし、自分の手でパタパタと顔に風を送った。
なんだか恥ずかしい。自分は何もしちゃいないのに、リコの言葉に素直に喜んでしまう。
この誠凛の一員として、受け入れられていることが嬉しい。
「はぁ…、もう、あっつい。ちょっと外出てきてもいい?」
「は?いやいいけど寒ィだろ」
「ちょっと体冷やしてきたいだけ。すぐ戻るから」
真司の言葉に、家主である火神は眉をひそめたままこくりと頷いた。
「一人で平気か?」なんて子ども扱いを振り払って、一人立ち上がる。
部屋を出て、電気の灯っていない廊下を壁伝いに進み、靴を履いて一歩先へ。
ドアを開けた瞬間、全身に冷気が纏わりつき、真司は腕を抱いてふーっと息を吐きだした。
冬が終わる。終わってしまった。
「…終わった、んだなぁ…」
ドアの前の段差に腰かけ、抱えた膝に頭を預ける。
思い出す、試合で起きた数々の物語。
誰よりも勝利に飢えていた黒子の涙。観客全てが洛山の勝利を疑わなかった中、自分たちを信じ続けた。
「…すごかった、皆…。格好良かったな…」
何度も声を掛け合って、支え合って。
そしてとうとう洛山を追い詰めた時…明らかに、彼の纏う雰囲気に変化があった。
本人に確認したわけではないが、恐らく、いや間違いなく今の赤司は。
「……、テツ君、俺…」
「はい」
「ってうわ!?いつの間に!?」
背後から聞こえてきた黒子の声。
飛び上がり振り返ると、いつからいたのか黒子は寒そうに手をこすり合わせていた。
「どうしたんですか?」
「いやあ、ごめん。なんか恥ずかしくって。俺ほんと、助けてもらってばっかで」
「…そうですか」
黒子が真司の隣に腰かけ、じいと真司を見つめてくる。
何か見透かすような視線。たぶん、見透かしている目だ。
「有難うございます」
「…え?」
「ボク達の為に、我慢していたんじゃないですか」
我慢。「何を」とは、ほとんど考えなかった。
慌ててぶんぶんと首を横に振り、黒子の肩を掴む。
「っ…、ち、違う!違うよ!本当に、皆で勝てて嬉しくて…本当に、あの瞬間はそれだけだった、本当!」
「それは分かります」
「そう、俺、別に我慢なんてしてなかったよ!」
「でも、今はちょっと違いますよね」
黒子の穏やかな声と、吸い込まれそうな大きな瞳。
真司は息を呑み、吐き出した息を微かに震わせた。
試合の最中、赤司の体に起こった変化。
それに黒子は当然気付いている。そして、きっと、もう一つの変化にも気付いているのだろう。
真司が赤司への思いに蓋をして、あえて触れないようにしていることにも。
・・・
・・
試合終了の整列を終えた時、黒子と赤司はお互いを称えるかのように向かい合っていた。
黒子の目にも、赤司の目にも涙が浮かんでいる。
それぞれ涙の意味は違うだろうが、どこか似て見える表情。何かに満たされ、喜びを抱いた顔。
「黒子、お前の勝ちだ」
赤司が手を差し出し、黒子がその手を握りしめる。
待ち望んだ光景だ。それなのに、真司は二人を直視することができなかった。
黒子と喜びを分かち合いたいのに足が動かない。
勝利したことへの興奮で胸が高鳴っているのに、頭は何か、考えることを放棄したがった。
「真司」
その真司に、キュッと近付いてきた足音。逸らした視界から、声が聞こえてくる。
ふわと足が宙に浮くみたいな、そんな錯覚が体を襲った。
「…真司、おめでとう。今まで苦労をかけたな」
「あ、赤司君…、」
「お前達が勝った。もっと胸を張れ。顔を上げろ」
ゆっくり顔を上げて、その人をしっかりと見つめる。
耳に馴染む声と、穏やかな目つき。
初めての敗北にぽろぽろと零れる涙は、真司が見たことがないほど綺麗で儚かった。
「っ、…、」
一度彼に伸ばしかけた手を、自身の手で押さえる。
違う、今はまだ、だって今、こんなにも誠凛の勝利を喜んでいるのに。
どうして彼を、こんなにも抱き締めたいんだ。
「…、赤司君、」
「真司?…ああ、そういうことか」
慌てて顔を赤司から逸らして、ギュッときつく目を閉じる。
何か悟ったらしい赤司は、ふっと息を零した。
「またな、真司」
「うん、赤司君…、またね」
交わした言葉はたったこれだけ。
それでも、真司は確信していた。
ああやっぱり…
この人が大好きで大好きで仕方がないのだ。
ぼんやりと街灯を見つめたまま、真司は勝手に高鳴りだした胸を押さえた。
赤司を思い出していることを悟られたくなくて、無意識に黒子から目を逸らす。
そんな真司に対し、黒子は真司の横顔から見つめたまま、すうっと息を吸い込んだ。
「ボクは君を、たぶん…ボクだけの大事な人に出来たらと、思ったことが何度もあります」
「え、…う、うん」
「でも、君の気持ちを無視してまでと思ったことは一度もありません」
何度も伝えてきたつもりでしたと、黒子の唇がつんと突き出される。
そんな可愛らしい黒子を横目に、真司の表情は陰りを見せた。
知っているのだ。黒子が一歩引いて隣に立っていたことも、なんでと問いかけると「君の幸せが一番です」なんて返してくることも。
「テツ君は…なんでそんなに優しんですか」
「有難うございます」
「俺としてはもう少し欲張ってくれてもいいんだけど…」
黒子と同じように唇を尖らせて、自分の膝に顔を埋める。
そうして隠した真司の顔を、黒子は体を前に傾けて覗き込んだ。
「ボクは、君が赤司君の前で見せるとびきりの笑顔を見たかったのかもしれません」
「テツ君…」
「だから、というわけではありませんが。明日、赤司君に会います」
ふうん。と黒子の言葉に何気なく返す。
それからバッと顔を上げた真司は、ぱくぱくと声の出ない口を動かした。
「新幹線の時間を聞きました。君も行きますよね」
「っ…そ、そりゃ、行きたいけど…でも…っ」
「ボクに気は遣わないでください」
「ち、違う、そんなんじゃ…!」
誰に気を遣っているとかじゃない。
真司は顔の前で重ねた手を祈るように握り締めた。
「俺は…まだ…」
まだ、誰も選びたくない。
その気持ちが、赤司に会った途端にどこかへ飛んで行ってしまう気がする。
でも、当然赤司に今すぐ会いたいという思いもあって。
真司は落ち着かず、伸ばした足を擦り合わせた。
虫の鳴き声と、パタパタとサンダルが踵にぶつかる音だけが聞こえる。
「…、」
珍しく、黒子と二人の空間に居心地の悪さを感じた。
いつもならむしろ居心地が良い静けさのはずなのに。
パタ、とサンダルが地面に落ちる。
そんな二人の背後で、カチャとドアが音を立てた。
「おい、いい加減中で話せよ。風邪ひくぞ」
低い声に、ばっと黒子と二人振り返る。
ドアの内側から、火神が怪訝そうに眉を寄せてこちらを覗いていた。
「はい。今行きます」
「て、テツ君…」
「大丈夫ですよ。顔を見れば、きっと素直になれるはずです」
黒子が真司より先に立ち上がり、そのまま火神の腕の下を通って室内に戻っていく。
それをぽかんとした顔で見送った火神は、更に眉を寄せて首を傾けた。
「なんだアイツ。お前ら何話してたんだよ」
「わ、わかんない…」
「は?んだそりゃ」
分かるのは、明日赤司に会えるということ。
真司は足を伸ばしてサンダルを拾い上げると、数歩よろけながら立ち上がった。
「…火神君は、俺が誰か一人のことを本気で好きだって、そう…なったらどう思う?」
「あ?そういうメンドーな話、オレにすんなよ。まあでも別に、どうも何も…それって別に普通なことなんじゃねぇの」
普通という言葉がじわと胸の中に広がっていく。
真司は火神を見上げ、きゅっと唇を結んだ。
火神も黒子と同じ、自分の思いに蓋をしてでも真司の背中を押してくれる。
その優しさに応えることが出来たらいいのに。
「真司?」
「中、入る。ありがと」
明日、どうなってしまうだろう。
自分はどんな選択をするだろう。
吐き出した息の白さに、寒さを思い出して腕をさする。
その真司を気遣うように肩を抱いた火神の手は、微かに震えていた。
・・・
時間はあっという間に流れ、真司の覚悟なんて決まる前にその時が来てしまった。
駅、新幹線乗り場の前。
背の高い洛山バスケ部の集団は、探すまでもなく視界に入ってくる。
「居ました、あそこです」
淡々とした調子で言う黒子に、真司は駆け足で隣に並んだ。
くいと黒子の袖を引っ張り、小刻みに首を横に振る。
その仕草の意図は、どうやら黒子にはすぐに伝わったらしい。
「烏羽君、早く心の準備済ませてください。時間になっちゃいますよ」
「で、でも、でもだって…」
大好きな黒子が隣にいるのに、黒子を忘れて飛びついてしまう。
そんな予感が胸をざわつかせる。
きゅっと袖を掴む真司の手を見下ろした黒子は、真司のその手をやんわりと掴んで離した。
「一つ、君は忘れていますよ」
「何…」
「再会を果たしていないですよね。やっぱりそれくらいは、ちゃんとすべきだと思います」
頭に「?」を浮かべた真司に、黒子が小さく肩をすくめてみせる。
それから再び歩き出した黒子に、真司は考える余裕なく慌てて続いた。
…再会。
黒子に言われた言葉を頭の中で復唱してみる。
この状況なら、再会する相手は赤司だ。
「テツ君…?再会って、どういう」
「あ、赤司君に気付かれました。さすがですね」
「え!」
まだ心の準備が!なんて叫びは聞き入れられることなく、前方に見えた赤司の手はこちらに向けて振られていた。
洛山の部員に軽く何かを伝えた赤司が、そのまま二人の方に体を向ける。
凛とした佇まい。すらと長い足が丁度良い歩幅で近付いてくる。
「来てくれたのか」
「来ないと思ってたんですか?心外です」
「何もそんなこと言ってないだろ」
赤司は肩を微かに揺らして笑った。
嘗ての、チームメイトの頃のような姿だ。
毎日楽しくて、ドキドキして、大好きな人達に囲まれていた頃。
「赤司君、きっとまた、試合しましょう」
「ああ。そう遠くないうちに、実現するような気がするよ」
「…ですね」
笑い合う赤司と黒子は、昨日対峙していた時とうって変わって穏やかだ。
そんな二人の雰囲気を味わうように黙って眺めていた真司は、黒子の後ろからチラと赤司を盗み見た。
赤司が一歩下がると、大きなスーツケースがカララと音を立てる。
もう、行くのだろうか。
「それで…真司は黒子の後ろに隠れたままか?」
赤司の声は、唐突に真司の方へ向きを変えた。
思わず見開いた真司の目に、赤司の綺麗な笑みが映る。
「真司、あの時はちゃんと言葉を交わせなかったから…久しぶり、でいいかな」
「あ…」
どくんと真司の胸が大きく音を鳴らした。
咄嗟に顔を赤司から逸らし、自分の胸を拳骨で押さえる。
痛い。苦しいほどに全身が脈打つ。
「真司」
黄瀬、緑間、青峰、紫原。
皆、試合前に顔を合わせて、言葉を交わし合う時間があった。
"今の"赤司とは、試合の間に視線を一度交えただけ。
だからって、こんなにも胸が騒ぐものだったっけか。
久しぶりの感覚に、真司は足元を見つめたままごくりと唾を呑んだ。
「仕方ないな」
赤司は溜め息混じりにそう呟くと、一歩踏み出して真司の肩を掴んだ。
直後、頬に触れた柔らかい感触。
唇の感触…そんなの今更驚くことでもないのに、真司は自分の頬を掌で押さえて顔を上げた。
「っ何す…」
「やっと見えた」
赤司の顔が至近距離にある。
最近ずっと一緒にいたのに、やはり「久しぶりだ」という実感がある。
それは、今の彼が昨日までの彼とは違うから。
「赤司君…」
名を呼ぶと、一層赤司の表情は柔らかく解かれた。
それが堪らなく嬉しくて、じわと体が熱くなる。
この感覚を、真司はよく知っていた。
彼が好きだ、彼が欲しい。欲しがられたい。
「赤司君…っ」
真司は両腕を赤司に向けて伸ばした。
応えるように赤司の手が真司の腰に回され、真司も赤司の首にぎゅうとしがみつく。
ぴったりと体が密着する。
少し高い位置にある赤司の顔。
鼻孔を震わせる赤司のニオイ。
「迷惑をかけたから…嫌われたのかと思った」
「そんなこと、あるわけないよ…」
「もう一人の俺は…どうしても真司を自分だけのものにしたかったんだ。他の奴等と楽しそうにする真司を、見ていられなかった」
耳元で囁かれた謝罪に、真司は小さく唸って赤司に抱き着く腕に力を入れた。
謝る必要なんてない。
もう一人の赤司に好きだと言われて、嬉しかったのは確かだ。
彼についていったのも、間違いなく自分の意志だった。
「俺を…赤司君だけの、ものに…」
「ああ。だから、あんな無茶をしたんだろうな」
「ねぇ、じゃあ……今の赤司君は?」
まるで他人事みたいに話すから、思わず口をついてしまった疑問。
赤司はゆっくりと真司から体をはがすと、真司の頬をスリと掌で撫でた。
「言ってもいいのか?」
「っ…!」
眉を八の字にして笑う。
その表情があまりにも綺麗で、真司はすうっと息を吸い込んだまま呼吸を止めていた。
真司の反応に、赤司がくっくと噛みしめるようにして笑う。
こんな赤司の笑顔はいつぶりだろう。
綺麗で優しくて暖かくて、それまでの不安が霧散する。
「…赤司君、俺…」
好きだ。こんなにも好きだ。
そう告げようと開いた真司の口に、赤司の人差指が触れた。
その指先が頬をたどり、真司の髪の毛をすくって耳にかける。
「-……」
耳に寄せられた赤司の口が、真司の求める言葉を囁きかける。
その言葉を聞いた真司は、開いた目で赤司の顔を見上げた。
「真司、愛してるよ」
「…っ、ずるい」
真司は歯を食いしばり、叫び出しそうな思いを抑えて赤司の胸にとんと頭を預けた。
赤司の手が真司の頭を優しく撫でる。
まだ、まだ離れたくない。真司は許されるまでずっと、人目を気にせず赤司に抱き着いていた。
新幹線乗り場付近から遠ざかる。
真っ直ぐに向かってくる人を避けながら、黒子は前方に見える一層目立つ集団に目を向けた。
頭一つ二つ軽く飛び出した集団の目的は、恐らく黒子と真司と同じだ。
赤司との挨拶を終え、今度は黒子と真司を待っている。
「お待たせしました」
「うお!?テツ、驚かせんなよ」
いえ、君が勝手に驚いただけです。
そう心の中でぼやく黒子の目に映るのは、不思議そうに黒子の後ろを見る、高い位置にある顔達。
「ってあれ!?なんで黒子っちだけ!?」
「まあ、そう言われるとは思ってました」
「思ってました、ではないのだよ。置いてきたのか」
置いてきた。というより置いてけぼりだったのは黒子の方だ。
思わず顔をしかめた黒子に、黄瀬が呆然とする。
紫原は肩を落とし「何してんの黒ちん馬鹿じゃん」と当然のように黒子を罵倒した。
「仕方ないです。ボクがいたら、烏羽君が本音を言えないかもしれませんし…」
「本音ってそれ…どういうことっスか」
「烏羽君が、赤司君の傍にいることを望むかどうか、です」
状況がどうあれ、真司は一度赤司の傍にいると決めたのだ。
もしそれを真司が望むのなら、黒子の存在が枷になることは目に見えている。
「テツ、お前はそれでいいのかよ」
「いいも何も。あとは烏羽君次第です」
「~…指くわえて待ってんスか!?オレは真司っちむかえに行くっス!」
「うるさいのだよ、落ち着け黄瀬」
走り出そうと体を乗り出した黄瀬を緑間が押さえる。
黒子は自分の肩に手を置いた青峰を見上げ、薄く口を開いた。
「ボクに、烏羽君の選択を強制する権利はありません。ですが、まあ…知ってますから」
真っ直ぐ見上げる黒子の瞳に、怪訝そうに眉を寄せた青峰の顔が映る。
足を止めざるを得なくなった黄瀬も、黒子の言葉を待って口を噤んだ。
「…ボクは、烏羽君に愛されています」
それは誰よりも自分がよく知っている。
顔を見合わせれば嬉しそうに微笑むこと。
自分の為に涙を流してくれること。
慣れない愛の言葉に頬を赤らめてはにかむこと。
だから。
と続けようとした黒子の肩を掴む手に力が込められた。
「“ボクは”じゃねぇだろ」
「ちょっと…さすがに聞き捨てならないんスけどそれ」
「い、痛い、痛いです青峰君」
青峰と黄瀬が黒子を囲む。
その後ろから見下ろす緑間と紫原も、黒子を助ける気はないらしい。
「今のはお前が悪いのだよ」と言わんばかりの目線に、黒子はぽりと頬をかいた。
彼は愛している。そして、愛されている。
黒子は二人の壁から垣間見えた、こちらに向かってくる青年に目を開いた。
「…烏羽君」
「あれ、皆勢ぞろいで…何してんのソレ、テツ君大丈夫?」
「あああ!真司っち!!」
気付くや否や、黄瀬の巨体が真司に飛び掛かる。
それをヒラリと避けた真司は、黒子の目の前で足を止めた。
「ごめん、テツ君がいること気にせず夢中になっちゃって…」
「いえ。話は十分にできましたか?」
黒子の問いかけに、真司の細い眉が八の字に歪む。
「見透かされてた。やっぱり赤司君はすごいや」
それからへらと笑った真司に、黒子は首を傾げたまま目で青峰に問いかけた。
「何があったのか分かりますか」と。それを感じ取ったのか青峰が首を小さく横に振る。
「もうちっと分かりやすく言えよ。んで?真司、どうすんだよ」
「え、何が?」
「赤司と話したんだろ。ついてくるか、とか聞かれたんじゃねぇのかよ」
直球で言い放った青峰に、緑間が眉間のしわを深くした。
黄瀬は口を大きく開けたまま固まり、紫原は唇を尖らせ顔を逸らす。
聞きたくない、でも知りたい。
そんな思いの入り混じった態度に、真司だけが、肩をすくめて笑った。
「ほんと…、そう、ふふ。ごめん、笑っちゃった」
何もかも赤司の想像通り。
真司は一度5人の顔を見回し、すんと息を吸い込んだ。
ここに来る前、新幹線に乗る為に必要な時間ギリギリまで抱き合った。
周りの目なんて気にならなくて、もっと触れたいという思いだけが胸を覆い尽くしていた。
『真司、俺と一緒に来るか』
耳に残る音。
そして返事を待たずに囁かれた言葉。
『お前が望むなら、さらってやる。でも、納得できないんだろう?』
赤司の手は真司の背中をあやすように撫でる。
赤司の言う通りだった。さらってくれれば楽だ、けれど、そうしたくはない。
『何を焦ってるんだ。嫌になったのか?周りの目が気になるのか?』
だって周りから見れば普通ではなくて。
自分は皆に愛されて幸せでも、皆には真司の一つしかない体を分け合ってもらおうなんて。
『…それでいい。ゆっくり共に時間を重ねて決めればいい』
最後に「今は」と付け足した赤司の顔は、どこか申し訳なさそうに真司を見下ろしていた。
真司の選ぶ一人に選ばれない可能性を恐れるのなら、誰も選ばなくていい。それが赤司の想いだ。
でも、それがなくても。
真司は吸った息を吐き出し、一人力強く頷いた。
「この先どうなるかなんて分かんないけど…俺は、皆と一緒にいたい」
ただ素直に、皆のことが好きだから。
真司の言葉に目の前の黒子が固まった。
黄瀬も青峰も、緑間も紫原も、皆目をいつもより開いてぽかんと開けた口をそのままにしている。
「え、あれ…?こ、こういうの、聞きたかったんだろ?俺が一回変な行動とったから心配?してくれてた、とかで」
違っただろうか、そもそも自惚れだったのだろうか。
不安から、もごもごと小さくなる声と同時に頭が下がっていく。
その真司の頭に、ぽんと優しく掌が乗せられた。
「いえ、有難うございます。安心しました」
顔を上げた真司の目に飛び込んできたのは、目を細めて微笑む黒子。
続いて黄瀬も自身の膝に手を当てて、はーっと大きく息を吐き出した。
「良かった…今度こそマジで捨てられるかもって心配した!」
「まあ、そーなるよねー。わざわざ今決める必要なんてないんだし」
「とか言って!紫原っちも不安そうだったじゃないスかー」
「は?黄瀬ちんが騒ぐからだし」
睨み合いを始めた二人に、緑間が額を押さえて溜め息を吐く。
自分よりも大きな図体を押しのけ前に出た緑間は、真司の頬に手の甲を寄せた。
「何はともあれ、現状維持ということだな」
「ん…、ごめん、自分勝手で」
するりと真司の赤らんだ頬を撫でる。
その緑間のナチュラルな愛情表現に対抗するみたいに、青峰の掌が真司の頬から首にかけてをなぞった。
「つか別にいんじゃねぇの、それで」
「わ、くすぐったいって…」
「最近見せつけられてばっかで溜まってんだよ」
「何がだよ…」
大きな二人に挟まれ、逃げられないついでにくすぐったくて体を捩る。
それが面白いのか、青峰は歯を見せて笑うと真司の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「おい青峰…」
「んだよ、悔しいのか?」
「お前は乱暴なのだよ」
そんなじゃれ合いに気付いた黄瀬と紫原も真司のそばに寄ってきて。
いつの間にか輪の外に押しやられていた黒子は、ぷくと頬を膨らませたまま真司の手を掴んだ。
「…烏羽君」
「テツく、うわ…!?」
ぐいっと引っ張り出されて黒子の前に飛び出す。
誰よりも近い視線。
その距離が、更に縮まっていく。
「え、待ってテツ君…っ」
真剣な黒子の顔。
それをとらえた真司の唇に、柔い感触がぶつかった。
目を閉じていたなら気が付かないくらい一瞬のこと。
「すみません。でもやっぱり、ボクのものになればいいのにと少し思ってしまって」
「いや、だからってこんなとこで…ん、」
今度はしっかりと重なって、鼻から漏れた息と息が混ざり合った。
角度を変えて、一番ぴったりと重なるところで薄く唇を開く。
微かなリップ音の後、見つめ合う二人の顔は同じように火照っていて。
絡ませた指と指が今の二人を表しているみたいで嬉しくて。
「おいテツ!」
「ずるいっスよ黒子っちー!!」
「やったもん勝ちです」
誇らしげに胸を張る黒子に、青峰と黄瀬が突っかかる。
そんな光景に思わずぷっと噴き出した真司は、わなわなと震える緑間の腕をつんと突いた。
「なんか、楽しいね」
「お前は何を言っているのだよ…。はぁ、見ていられん」
「烏羽ちん、俺ともしよ」
あの楽しかった中学時代みたいな。
ううん、あの時みたいなすれ違いはどこにもない。
ずっと皆で。
真司はすっかり晴れた心で、めいっぱいに腕を広げた。
始まるまでは長かった時間が、試合開始とともにあっという間に流れていった。
流した涙はあまりに悲して、苦しくて。でも誰も最後まで諦めなかった。
ウィンターカップ、最後の試合が終わる。
誠凛高校対洛山高校。
その名を優勝トロフィーへと刻んだのは、誠凛高校だった。
・・・
「「「かんぱーい!」」」
賑やかな声に、グラスのぶつかる軽い音が重なる。
こんな気分のままじゃ眠れない!と言い出したのは誰だったか。
打ち上げやミーティングといえばでお馴染みの火神の家に集まり、コンビニで買ったジュースを飲み交わす。
そんな彼等の話題は、もっぱら先の試合のことだ。
「いやぁ、今回はまじで駄目だと思った!」
「あそこで黒子の喝がなければ、どうなったか分からないよな」
小金井と伊月が笑って言う。
その後ろで少し居心地悪そうにする日向に、顔を近付けたのはリコだ。
「ほんっとに、日向君がファールを大量にもらったときはどうしようかと…ねぇ」
「わ、悪かったよ」
「何回だっけ?」
「…悪かったって!」
黒子のミスディレクションは通用しなくなり、日向はあと一回のファールで退場というところまで追い詰められた。
それでも勝てたのは、一人ひとりの力が確かにあったから。
そして何より…絶対に勝てると信じていたからだ。
「なぁ、そういや赤司は烏羽の恋人?なんだよな?」
「……は?」
しみじみと余韻に浸っていた真司は、突如降旗から突き付けられた質問にかたまった。
それを近くで聞いてしまった黒子と火神も、目をまん丸にして降旗を凝視している。
「今回は直前まで一緒にいたし、やっぱやりづらかった?」
「そう、見えてた?俺めっちゃ誠凛応援してたよね…?」
「や、そ、そりゃそうなんだけど!なんかちょっと、気になって、というか…」
ぽりぽりと頬をかきながら、恥ずかしそうに首を傾ける降旗には、悪気など一切ないのだろう。
真司は暫く呆然とした後、ハァッと大きく息を吐いた。
「降旗君、その話は結構デリケートなのであまり…」
「あ、やっぱり!?オレ、空気読めな過ぎた!?」
「はい。あの、烏羽君、無理に話すことでは…」
黒子の優しい言葉は耳をすり抜けていた。
もはや慣れてしまった、うっすらとぼやけた視界。掌で覆い、真司はきゅっと唇を結んだ。
この時もそう。一度、二度、何度も何度も迷惑をかけ、結局、自分は最後まで変わらなかった。
「おい、真司?」
「烏羽君?大丈夫ですか?」
黒子の手がとんと肩に乗る。
それでハッと顔を上げた真司は、思わず強く床に手をついていた。
「…、あ、あの、皆さん…!」
部屋にいる皆に聞こえるように声を張る。
隣にいた降旗はびくと肩を揺らし、それと同時に皆の視線が真司へと集まった。
「こ、この度は…、大事な時期にご迷惑をおかけする形となってしまって…すみませんでした!!」
床にガンッと額を押し付ける勢いで頭を下げる。
ウィンターカップ、準決勝前から姿を消して、決勝戦の直前まで赤司の元にいたのだ。
それがどれだけ迷惑をかけたか。
「心配かけて…迷惑、かけて…、その、俺なんていてもいなくても変わんないって、分かってます、でも」
迷惑をかけたことには変わりがないし。
何より、誠凛が嫌になったのだと、そう勘違いはされたくなかった。
「俺、誠凛の皆さんが好きです、一緒にいられて…役に、立たないけど…」
迷惑かけるけど。
深々と下げた頭を改めて床に押し付ける。
困惑する降旗の声と、黒子と火神の心配するような声が聞こえた。そこに、先輩たちの溜め息が重なる。
「そうね、普通あり得ないわよ」
「まぁ…負けてたら根に持ったかもな」
「逆に直前に烏羽に逃げられて、赤司が本調子じゃなかったりしてたかもな!」
へらと笑う小金井の背中を「そんなわけないだろ」と叩いた。
その割と和やかな雰囲気に、おずと顔を上げる。
真司の視界に映ったのは、真っ直ぐに真司を見つめるリコの瞳だった。
「いろいろあったけど、烏羽君に助けられることもたくさんあったわ。それはホント」
「そんなこと…」
「何よ、私の言葉を疑うの?」
ムッとわざとらしく頬を膨らませるリコに、小刻みに首を横に振る。
その真司の仕草に、リコはふっと微笑んだ。
「皆有難う!ここまでこれたのは、皆のおかげよ!ほんっとうに、お疲れ様!」
高く通る声が体に染み渡る。
皆が顔を見合わせて破顔する中、真司は口元を手で覆って隠した。
「…っ、」
「烏羽君」
「な、泣いてないからな」
「ですか?」
黒子が真司の顔を覗き込んで笑っている。
普段表情を崩さない黒子の、眉の下がった笑顔。
真司はぱっと顔を逸らし、自分の手でパタパタと顔に風を送った。
なんだか恥ずかしい。自分は何もしちゃいないのに、リコの言葉に素直に喜んでしまう。
この誠凛の一員として、受け入れられていることが嬉しい。
「はぁ…、もう、あっつい。ちょっと外出てきてもいい?」
「は?いやいいけど寒ィだろ」
「ちょっと体冷やしてきたいだけ。すぐ戻るから」
真司の言葉に、家主である火神は眉をひそめたままこくりと頷いた。
「一人で平気か?」なんて子ども扱いを振り払って、一人立ち上がる。
部屋を出て、電気の灯っていない廊下を壁伝いに進み、靴を履いて一歩先へ。
ドアを開けた瞬間、全身に冷気が纏わりつき、真司は腕を抱いてふーっと息を吐きだした。
冬が終わる。終わってしまった。
「…終わった、んだなぁ…」
ドアの前の段差に腰かけ、抱えた膝に頭を預ける。
思い出す、試合で起きた数々の物語。
誰よりも勝利に飢えていた黒子の涙。観客全てが洛山の勝利を疑わなかった中、自分たちを信じ続けた。
「…すごかった、皆…。格好良かったな…」
何度も声を掛け合って、支え合って。
そしてとうとう洛山を追い詰めた時…明らかに、彼の纏う雰囲気に変化があった。
本人に確認したわけではないが、恐らく、いや間違いなく今の赤司は。
「……、テツ君、俺…」
「はい」
「ってうわ!?いつの間に!?」
背後から聞こえてきた黒子の声。
飛び上がり振り返ると、いつからいたのか黒子は寒そうに手をこすり合わせていた。
「どうしたんですか?」
「いやあ、ごめん。なんか恥ずかしくって。俺ほんと、助けてもらってばっかで」
「…そうですか」
黒子が真司の隣に腰かけ、じいと真司を見つめてくる。
何か見透かすような視線。たぶん、見透かしている目だ。
「有難うございます」
「…え?」
「ボク達の為に、我慢していたんじゃないですか」
我慢。「何を」とは、ほとんど考えなかった。
慌ててぶんぶんと首を横に振り、黒子の肩を掴む。
「っ…、ち、違う!違うよ!本当に、皆で勝てて嬉しくて…本当に、あの瞬間はそれだけだった、本当!」
「それは分かります」
「そう、俺、別に我慢なんてしてなかったよ!」
「でも、今はちょっと違いますよね」
黒子の穏やかな声と、吸い込まれそうな大きな瞳。
真司は息を呑み、吐き出した息を微かに震わせた。
試合の最中、赤司の体に起こった変化。
それに黒子は当然気付いている。そして、きっと、もう一つの変化にも気付いているのだろう。
真司が赤司への思いに蓋をして、あえて触れないようにしていることにも。
・・・
・・
試合終了の整列を終えた時、黒子と赤司はお互いを称えるかのように向かい合っていた。
黒子の目にも、赤司の目にも涙が浮かんでいる。
それぞれ涙の意味は違うだろうが、どこか似て見える表情。何かに満たされ、喜びを抱いた顔。
「黒子、お前の勝ちだ」
赤司が手を差し出し、黒子がその手を握りしめる。
待ち望んだ光景だ。それなのに、真司は二人を直視することができなかった。
黒子と喜びを分かち合いたいのに足が動かない。
勝利したことへの興奮で胸が高鳴っているのに、頭は何か、考えることを放棄したがった。
「真司」
その真司に、キュッと近付いてきた足音。逸らした視界から、声が聞こえてくる。
ふわと足が宙に浮くみたいな、そんな錯覚が体を襲った。
「…真司、おめでとう。今まで苦労をかけたな」
「あ、赤司君…、」
「お前達が勝った。もっと胸を張れ。顔を上げろ」
ゆっくり顔を上げて、その人をしっかりと見つめる。
耳に馴染む声と、穏やかな目つき。
初めての敗北にぽろぽろと零れる涙は、真司が見たことがないほど綺麗で儚かった。
「っ、…、」
一度彼に伸ばしかけた手を、自身の手で押さえる。
違う、今はまだ、だって今、こんなにも誠凛の勝利を喜んでいるのに。
どうして彼を、こんなにも抱き締めたいんだ。
「…、赤司君、」
「真司?…ああ、そういうことか」
慌てて顔を赤司から逸らして、ギュッときつく目を閉じる。
何か悟ったらしい赤司は、ふっと息を零した。
「またな、真司」
「うん、赤司君…、またね」
交わした言葉はたったこれだけ。
それでも、真司は確信していた。
ああやっぱり…
この人が大好きで大好きで仕方がないのだ。
ぼんやりと街灯を見つめたまま、真司は勝手に高鳴りだした胸を押さえた。
赤司を思い出していることを悟られたくなくて、無意識に黒子から目を逸らす。
そんな真司に対し、黒子は真司の横顔から見つめたまま、すうっと息を吸い込んだ。
「ボクは君を、たぶん…ボクだけの大事な人に出来たらと、思ったことが何度もあります」
「え、…う、うん」
「でも、君の気持ちを無視してまでと思ったことは一度もありません」
何度も伝えてきたつもりでしたと、黒子の唇がつんと突き出される。
そんな可愛らしい黒子を横目に、真司の表情は陰りを見せた。
知っているのだ。黒子が一歩引いて隣に立っていたことも、なんでと問いかけると「君の幸せが一番です」なんて返してくることも。
「テツ君は…なんでそんなに優しんですか」
「有難うございます」
「俺としてはもう少し欲張ってくれてもいいんだけど…」
黒子と同じように唇を尖らせて、自分の膝に顔を埋める。
そうして隠した真司の顔を、黒子は体を前に傾けて覗き込んだ。
「ボクは、君が赤司君の前で見せるとびきりの笑顔を見たかったのかもしれません」
「テツ君…」
「だから、というわけではありませんが。明日、赤司君に会います」
ふうん。と黒子の言葉に何気なく返す。
それからバッと顔を上げた真司は、ぱくぱくと声の出ない口を動かした。
「新幹線の時間を聞きました。君も行きますよね」
「っ…そ、そりゃ、行きたいけど…でも…っ」
「ボクに気は遣わないでください」
「ち、違う、そんなんじゃ…!」
誰に気を遣っているとかじゃない。
真司は顔の前で重ねた手を祈るように握り締めた。
「俺は…まだ…」
まだ、誰も選びたくない。
その気持ちが、赤司に会った途端にどこかへ飛んで行ってしまう気がする。
でも、当然赤司に今すぐ会いたいという思いもあって。
真司は落ち着かず、伸ばした足を擦り合わせた。
虫の鳴き声と、パタパタとサンダルが踵にぶつかる音だけが聞こえる。
「…、」
珍しく、黒子と二人の空間に居心地の悪さを感じた。
いつもならむしろ居心地が良い静けさのはずなのに。
パタ、とサンダルが地面に落ちる。
そんな二人の背後で、カチャとドアが音を立てた。
「おい、いい加減中で話せよ。風邪ひくぞ」
低い声に、ばっと黒子と二人振り返る。
ドアの内側から、火神が怪訝そうに眉を寄せてこちらを覗いていた。
「はい。今行きます」
「て、テツ君…」
「大丈夫ですよ。顔を見れば、きっと素直になれるはずです」
黒子が真司より先に立ち上がり、そのまま火神の腕の下を通って室内に戻っていく。
それをぽかんとした顔で見送った火神は、更に眉を寄せて首を傾けた。
「なんだアイツ。お前ら何話してたんだよ」
「わ、わかんない…」
「は?んだそりゃ」
分かるのは、明日赤司に会えるということ。
真司は足を伸ばしてサンダルを拾い上げると、数歩よろけながら立ち上がった。
「…火神君は、俺が誰か一人のことを本気で好きだって、そう…なったらどう思う?」
「あ?そういうメンドーな話、オレにすんなよ。まあでも別に、どうも何も…それって別に普通なことなんじゃねぇの」
普通という言葉がじわと胸の中に広がっていく。
真司は火神を見上げ、きゅっと唇を結んだ。
火神も黒子と同じ、自分の思いに蓋をしてでも真司の背中を押してくれる。
その優しさに応えることが出来たらいいのに。
「真司?」
「中、入る。ありがと」
明日、どうなってしまうだろう。
自分はどんな選択をするだろう。
吐き出した息の白さに、寒さを思い出して腕をさする。
その真司を気遣うように肩を抱いた火神の手は、微かに震えていた。
・・・
時間はあっという間に流れ、真司の覚悟なんて決まる前にその時が来てしまった。
駅、新幹線乗り場の前。
背の高い洛山バスケ部の集団は、探すまでもなく視界に入ってくる。
「居ました、あそこです」
淡々とした調子で言う黒子に、真司は駆け足で隣に並んだ。
くいと黒子の袖を引っ張り、小刻みに首を横に振る。
その仕草の意図は、どうやら黒子にはすぐに伝わったらしい。
「烏羽君、早く心の準備済ませてください。時間になっちゃいますよ」
「で、でも、でもだって…」
大好きな黒子が隣にいるのに、黒子を忘れて飛びついてしまう。
そんな予感が胸をざわつかせる。
きゅっと袖を掴む真司の手を見下ろした黒子は、真司のその手をやんわりと掴んで離した。
「一つ、君は忘れていますよ」
「何…」
「再会を果たしていないですよね。やっぱりそれくらいは、ちゃんとすべきだと思います」
頭に「?」を浮かべた真司に、黒子が小さく肩をすくめてみせる。
それから再び歩き出した黒子に、真司は考える余裕なく慌てて続いた。
…再会。
黒子に言われた言葉を頭の中で復唱してみる。
この状況なら、再会する相手は赤司だ。
「テツ君…?再会って、どういう」
「あ、赤司君に気付かれました。さすがですね」
「え!」
まだ心の準備が!なんて叫びは聞き入れられることなく、前方に見えた赤司の手はこちらに向けて振られていた。
洛山の部員に軽く何かを伝えた赤司が、そのまま二人の方に体を向ける。
凛とした佇まい。すらと長い足が丁度良い歩幅で近付いてくる。
「来てくれたのか」
「来ないと思ってたんですか?心外です」
「何もそんなこと言ってないだろ」
赤司は肩を微かに揺らして笑った。
嘗ての、チームメイトの頃のような姿だ。
毎日楽しくて、ドキドキして、大好きな人達に囲まれていた頃。
「赤司君、きっとまた、試合しましょう」
「ああ。そう遠くないうちに、実現するような気がするよ」
「…ですね」
笑い合う赤司と黒子は、昨日対峙していた時とうって変わって穏やかだ。
そんな二人の雰囲気を味わうように黙って眺めていた真司は、黒子の後ろからチラと赤司を盗み見た。
赤司が一歩下がると、大きなスーツケースがカララと音を立てる。
もう、行くのだろうか。
「それで…真司は黒子の後ろに隠れたままか?」
赤司の声は、唐突に真司の方へ向きを変えた。
思わず見開いた真司の目に、赤司の綺麗な笑みが映る。
「真司、あの時はちゃんと言葉を交わせなかったから…久しぶり、でいいかな」
「あ…」
どくんと真司の胸が大きく音を鳴らした。
咄嗟に顔を赤司から逸らし、自分の胸を拳骨で押さえる。
痛い。苦しいほどに全身が脈打つ。
「真司」
黄瀬、緑間、青峰、紫原。
皆、試合前に顔を合わせて、言葉を交わし合う時間があった。
"今の"赤司とは、試合の間に視線を一度交えただけ。
だからって、こんなにも胸が騒ぐものだったっけか。
久しぶりの感覚に、真司は足元を見つめたままごくりと唾を呑んだ。
「仕方ないな」
赤司は溜め息混じりにそう呟くと、一歩踏み出して真司の肩を掴んだ。
直後、頬に触れた柔らかい感触。
唇の感触…そんなの今更驚くことでもないのに、真司は自分の頬を掌で押さえて顔を上げた。
「っ何す…」
「やっと見えた」
赤司の顔が至近距離にある。
最近ずっと一緒にいたのに、やはり「久しぶりだ」という実感がある。
それは、今の彼が昨日までの彼とは違うから。
「赤司君…」
名を呼ぶと、一層赤司の表情は柔らかく解かれた。
それが堪らなく嬉しくて、じわと体が熱くなる。
この感覚を、真司はよく知っていた。
彼が好きだ、彼が欲しい。欲しがられたい。
「赤司君…っ」
真司は両腕を赤司に向けて伸ばした。
応えるように赤司の手が真司の腰に回され、真司も赤司の首にぎゅうとしがみつく。
ぴったりと体が密着する。
少し高い位置にある赤司の顔。
鼻孔を震わせる赤司のニオイ。
「迷惑をかけたから…嫌われたのかと思った」
「そんなこと、あるわけないよ…」
「もう一人の俺は…どうしても真司を自分だけのものにしたかったんだ。他の奴等と楽しそうにする真司を、見ていられなかった」
耳元で囁かれた謝罪に、真司は小さく唸って赤司に抱き着く腕に力を入れた。
謝る必要なんてない。
もう一人の赤司に好きだと言われて、嬉しかったのは確かだ。
彼についていったのも、間違いなく自分の意志だった。
「俺を…赤司君だけの、ものに…」
「ああ。だから、あんな無茶をしたんだろうな」
「ねぇ、じゃあ……今の赤司君は?」
まるで他人事みたいに話すから、思わず口をついてしまった疑問。
赤司はゆっくりと真司から体をはがすと、真司の頬をスリと掌で撫でた。
「言ってもいいのか?」
「っ…!」
眉を八の字にして笑う。
その表情があまりにも綺麗で、真司はすうっと息を吸い込んだまま呼吸を止めていた。
真司の反応に、赤司がくっくと噛みしめるようにして笑う。
こんな赤司の笑顔はいつぶりだろう。
綺麗で優しくて暖かくて、それまでの不安が霧散する。
「…赤司君、俺…」
好きだ。こんなにも好きだ。
そう告げようと開いた真司の口に、赤司の人差指が触れた。
その指先が頬をたどり、真司の髪の毛をすくって耳にかける。
「-……」
耳に寄せられた赤司の口が、真司の求める言葉を囁きかける。
その言葉を聞いた真司は、開いた目で赤司の顔を見上げた。
「真司、愛してるよ」
「…っ、ずるい」
真司は歯を食いしばり、叫び出しそうな思いを抑えて赤司の胸にとんと頭を預けた。
赤司の手が真司の頭を優しく撫でる。
まだ、まだ離れたくない。真司は許されるまでずっと、人目を気にせず赤司に抱き着いていた。
新幹線乗り場付近から遠ざかる。
真っ直ぐに向かってくる人を避けながら、黒子は前方に見える一層目立つ集団に目を向けた。
頭一つ二つ軽く飛び出した集団の目的は、恐らく黒子と真司と同じだ。
赤司との挨拶を終え、今度は黒子と真司を待っている。
「お待たせしました」
「うお!?テツ、驚かせんなよ」
いえ、君が勝手に驚いただけです。
そう心の中でぼやく黒子の目に映るのは、不思議そうに黒子の後ろを見る、高い位置にある顔達。
「ってあれ!?なんで黒子っちだけ!?」
「まあ、そう言われるとは思ってました」
「思ってました、ではないのだよ。置いてきたのか」
置いてきた。というより置いてけぼりだったのは黒子の方だ。
思わず顔をしかめた黒子に、黄瀬が呆然とする。
紫原は肩を落とし「何してんの黒ちん馬鹿じゃん」と当然のように黒子を罵倒した。
「仕方ないです。ボクがいたら、烏羽君が本音を言えないかもしれませんし…」
「本音ってそれ…どういうことっスか」
「烏羽君が、赤司君の傍にいることを望むかどうか、です」
状況がどうあれ、真司は一度赤司の傍にいると決めたのだ。
もしそれを真司が望むのなら、黒子の存在が枷になることは目に見えている。
「テツ、お前はそれでいいのかよ」
「いいも何も。あとは烏羽君次第です」
「~…指くわえて待ってんスか!?オレは真司っちむかえに行くっス!」
「うるさいのだよ、落ち着け黄瀬」
走り出そうと体を乗り出した黄瀬を緑間が押さえる。
黒子は自分の肩に手を置いた青峰を見上げ、薄く口を開いた。
「ボクに、烏羽君の選択を強制する権利はありません。ですが、まあ…知ってますから」
真っ直ぐ見上げる黒子の瞳に、怪訝そうに眉を寄せた青峰の顔が映る。
足を止めざるを得なくなった黄瀬も、黒子の言葉を待って口を噤んだ。
「…ボクは、烏羽君に愛されています」
それは誰よりも自分がよく知っている。
顔を見合わせれば嬉しそうに微笑むこと。
自分の為に涙を流してくれること。
慣れない愛の言葉に頬を赤らめてはにかむこと。
だから。
と続けようとした黒子の肩を掴む手に力が込められた。
「“ボクは”じゃねぇだろ」
「ちょっと…さすがに聞き捨てならないんスけどそれ」
「い、痛い、痛いです青峰君」
青峰と黄瀬が黒子を囲む。
その後ろから見下ろす緑間と紫原も、黒子を助ける気はないらしい。
「今のはお前が悪いのだよ」と言わんばかりの目線に、黒子はぽりと頬をかいた。
彼は愛している。そして、愛されている。
黒子は二人の壁から垣間見えた、こちらに向かってくる青年に目を開いた。
「…烏羽君」
「あれ、皆勢ぞろいで…何してんのソレ、テツ君大丈夫?」
「あああ!真司っち!!」
気付くや否や、黄瀬の巨体が真司に飛び掛かる。
それをヒラリと避けた真司は、黒子の目の前で足を止めた。
「ごめん、テツ君がいること気にせず夢中になっちゃって…」
「いえ。話は十分にできましたか?」
黒子の問いかけに、真司の細い眉が八の字に歪む。
「見透かされてた。やっぱり赤司君はすごいや」
それからへらと笑った真司に、黒子は首を傾げたまま目で青峰に問いかけた。
「何があったのか分かりますか」と。それを感じ取ったのか青峰が首を小さく横に振る。
「もうちっと分かりやすく言えよ。んで?真司、どうすんだよ」
「え、何が?」
「赤司と話したんだろ。ついてくるか、とか聞かれたんじゃねぇのかよ」
直球で言い放った青峰に、緑間が眉間のしわを深くした。
黄瀬は口を大きく開けたまま固まり、紫原は唇を尖らせ顔を逸らす。
聞きたくない、でも知りたい。
そんな思いの入り混じった態度に、真司だけが、肩をすくめて笑った。
「ほんと…、そう、ふふ。ごめん、笑っちゃった」
何もかも赤司の想像通り。
真司は一度5人の顔を見回し、すんと息を吸い込んだ。
ここに来る前、新幹線に乗る為に必要な時間ギリギリまで抱き合った。
周りの目なんて気にならなくて、もっと触れたいという思いだけが胸を覆い尽くしていた。
『真司、俺と一緒に来るか』
耳に残る音。
そして返事を待たずに囁かれた言葉。
『お前が望むなら、さらってやる。でも、納得できないんだろう?』
赤司の手は真司の背中をあやすように撫でる。
赤司の言う通りだった。さらってくれれば楽だ、けれど、そうしたくはない。
『何を焦ってるんだ。嫌になったのか?周りの目が気になるのか?』
だって周りから見れば普通ではなくて。
自分は皆に愛されて幸せでも、皆には真司の一つしかない体を分け合ってもらおうなんて。
『…それでいい。ゆっくり共に時間を重ねて決めればいい』
最後に「今は」と付け足した赤司の顔は、どこか申し訳なさそうに真司を見下ろしていた。
真司の選ぶ一人に選ばれない可能性を恐れるのなら、誰も選ばなくていい。それが赤司の想いだ。
でも、それがなくても。
真司は吸った息を吐き出し、一人力強く頷いた。
「この先どうなるかなんて分かんないけど…俺は、皆と一緒にいたい」
ただ素直に、皆のことが好きだから。
真司の言葉に目の前の黒子が固まった。
黄瀬も青峰も、緑間も紫原も、皆目をいつもより開いてぽかんと開けた口をそのままにしている。
「え、あれ…?こ、こういうの、聞きたかったんだろ?俺が一回変な行動とったから心配?してくれてた、とかで」
違っただろうか、そもそも自惚れだったのだろうか。
不安から、もごもごと小さくなる声と同時に頭が下がっていく。
その真司の頭に、ぽんと優しく掌が乗せられた。
「いえ、有難うございます。安心しました」
顔を上げた真司の目に飛び込んできたのは、目を細めて微笑む黒子。
続いて黄瀬も自身の膝に手を当てて、はーっと大きく息を吐き出した。
「良かった…今度こそマジで捨てられるかもって心配した!」
「まあ、そーなるよねー。わざわざ今決める必要なんてないんだし」
「とか言って!紫原っちも不安そうだったじゃないスかー」
「は?黄瀬ちんが騒ぐからだし」
睨み合いを始めた二人に、緑間が額を押さえて溜め息を吐く。
自分よりも大きな図体を押しのけ前に出た緑間は、真司の頬に手の甲を寄せた。
「何はともあれ、現状維持ということだな」
「ん…、ごめん、自分勝手で」
するりと真司の赤らんだ頬を撫でる。
その緑間のナチュラルな愛情表現に対抗するみたいに、青峰の掌が真司の頬から首にかけてをなぞった。
「つか別にいんじゃねぇの、それで」
「わ、くすぐったいって…」
「最近見せつけられてばっかで溜まってんだよ」
「何がだよ…」
大きな二人に挟まれ、逃げられないついでにくすぐったくて体を捩る。
それが面白いのか、青峰は歯を見せて笑うと真司の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「おい青峰…」
「んだよ、悔しいのか?」
「お前は乱暴なのだよ」
そんなじゃれ合いに気付いた黄瀬と紫原も真司のそばに寄ってきて。
いつの間にか輪の外に押しやられていた黒子は、ぷくと頬を膨らませたまま真司の手を掴んだ。
「…烏羽君」
「テツく、うわ…!?」
ぐいっと引っ張り出されて黒子の前に飛び出す。
誰よりも近い視線。
その距離が、更に縮まっていく。
「え、待ってテツ君…っ」
真剣な黒子の顔。
それをとらえた真司の唇に、柔い感触がぶつかった。
目を閉じていたなら気が付かないくらい一瞬のこと。
「すみません。でもやっぱり、ボクのものになればいいのにと少し思ってしまって」
「いや、だからってこんなとこで…ん、」
今度はしっかりと重なって、鼻から漏れた息と息が混ざり合った。
角度を変えて、一番ぴったりと重なるところで薄く唇を開く。
微かなリップ音の後、見つめ合う二人の顔は同じように火照っていて。
絡ませた指と指が今の二人を表しているみたいで嬉しくて。
「おいテツ!」
「ずるいっスよ黒子っちー!!」
「やったもん勝ちです」
誇らしげに胸を張る黒子に、青峰と黄瀬が突っかかる。
そんな光景に思わずぷっと噴き出した真司は、わなわなと震える緑間の腕をつんと突いた。
「なんか、楽しいね」
「お前は何を言っているのだよ…。はぁ、見ていられん」
「烏羽ちん、俺ともしよ」
あの楽しかった中学時代みたいな。
ううん、あの時みたいなすれ違いはどこにもない。
ずっと皆で。
真司はすっかり晴れた心で、めいっぱいに腕を広げた。