黒バス(2012.10~2017.12)
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会場の外に出て、少し薄暗くなった空に溜め息を吐く。
試合を終え、次の海常の試合までの時間。少しだけ与えられた時間に、真司は会場の外を一人で歩いていた。
「やっぱ無理か…」
思わずぽつりとそう零したのは、会いたい人がいたからだ。
陽泉の氷室辰也。彼と火神との微妙な関係をこのままにしておきたくなくて。
「…諦めよう」
それなのに、すぐに足を止めたのは、それがお節介だとも分かっているからだ。
しかも紫原との試合の熱も冷めないのに、次は黄瀬の、海常の試合。
高まりっぱなしの胸を押さえて、「よし、大丈夫だ」と言い聞かせる。
それから会場に戻ろうと踏み出した真司は、またすぐに足を止めることになった。
「おい、待てよ」
後ろから聞こえてきた声。
聞いたことのない声だ、けれど明らかに声の方向が自分に向けられている。
確認も兼ねて恐る恐ると振り返ると、やはり声をかけただろう男はしっかりと真司に視線を向けていた。
「…?」
「あー、やっぱり。真司クン?」
「…えっと」
名前を知られているのに、やはり真司には全く覚えのない男がそこにいた。
ドレッドヘアでいかにも悪い顔をしている。出来るのならば関わりたくないタイプだ。
「はは、わかんねぇよな?ほぼ初対面みたいなモンだし」
「はあ…」
「アイツら異常だったぜ、お前の話するだけでスゲェ剣幕」
何やらよく分からず、真司はもう一度「はあ」と曖昧に返した。
内心早く解放してくれと祈りながら、視線の置き所もわからずチラとその人の服装に目を向ける。
「って君…そのジャージ、福田総合学園じゃ」
「あ?そうだけど?」
「次海常と試合、ですよね?」
その男が着ている服は真司達と同じようなジャージで、しかも福田総合だとローマ字で書かれていた。
次の試合は海常対福田総合。確かにそれを確認した。
「あの…早くコートに行った方が…」
「お前、リョータが勝つって思ってんだろ」
「…はい?」
「アイツ、オレに勝ってスタメンになったんじゃねーの、知らないんだろ?」
リョータ。
ドレッドヘアの男に突然放たれた名前に、真司は暫く首を傾げた。
次試合するのが海常なのだから、黄瀬涼太のことだろうか。
「お前が見てる前で、アイツ泣かせてやっから、楽しみにしてな」
口角を吊り上げ、ハッと吐き出すように笑う。
黄瀬を馬鹿にしたような態度をとったその男を、真司はキッと上目で睨み付けた。
「ちょっと君、失礼な」
「は、しっかり色気づいてっけど、まだアイツ等とヤッてんだ」
「……は?」
「そんな気持ちいんだ、女役って」
ずいと近付いてきた顔に、思わず体を逸らす。
どういうことだ。どうしてそんなことを。
真司は数歩後ずさり、男の顔をじっと見つめた。
「君…」
どんなに見たって連想される顔はない。
けれど、真司のことを知っていて、しかもこんなことを言ってくる人間。
「帝光の…」
「ん?」
帝光にも一人いたのだ。
明らかに真司を嫌悪する目で見てきた、元バスケ部の男。
「卵の人だ…!」
思い浮かんだまま叫ぶ。
いつだったか、帝光中のバスケ部に入部してすぐの頃だ。
赤司に会わせるわけにいかないと言わしめ、結局鉢合わせた際に絡んできた男。卵ってのは緑間が彼の顔面に投げつけたもののことだ。
しかし、それを聞いた目の前の男の顔は徐々に険しくなっていった。
「あ、えっと、は、灰崎くん…」
「お前さ、何、オレを怒らせてぇわけ」
「いやその…っ」
灰崎の手が真司の胸倉を掴む。
そのまま軽く体を持ち上げられ、真司は慌てて灰崎の腕を掴んだ。
「ほんっと、むかつくんだよお前」
「なん…っ」
「ちやほやされていい気になってんじゃねえよホント。きめぇよ」
真っ直ぐ向けられる嫌悪の視線は、閲して珍しいことではない。
けれど、この灰崎という男は本当に真司に殴りかかるような、そういう雰囲気があって。
「そうだ、一個聞いてみたかったんだよ」
「は、放せ…」
「一人選ばなきゃ全員お前から離れるって言われたらどーすんの?」
「はあ…?」
唐突の質問は、今の状況に何ら関係ない。
それどころか、内心心底焦っている真司の頭には、そんな難しい質問考える余裕もなかった。
「いつまでもそんな気持ち悪い関係でいられっと思ってたんだ?すげぇな真司くん」
「ちょっ、と、何…」
「何股もかけてて罪悪感ねーの?」
その最後のシンプルな質問だけ頭にすっと入ってくる。
真司は、更に真っ白になった頭で、茫然と灰崎を見上げた。
「リョータに優しくされていい気になってても、いざとなったら赤司んとこ行くんだろ?」
「そ、んなこと」
「オレも大概だってわかってっけど、お前もっと最低だぜ」
言い返せない。
悔しいけれど、灰崎の言っていることは間違っていなかった。
分かっていたとはいえ、人に突き付けられた衝撃に、真司の顔は真っ青になっていた。
「は、イイ顔」
それでも、弱ったところをこの男に見せたくなくて、歪む視界の向こうの灰崎を睨み付ける。
そんな視界でも見えるくらい近付いて来た顔は、あろうことか真司の頬を舐めていた。
「…!?は、な、何してんの」
「オレさあ、人のモンって奪いたくなんだよ」
「し、知らないよ!オレのこと嫌いなんだろ、ほっといてよ!」
「うっせーな、大人しくしねーとマジ殴んぞ」
ぐっと目の前に見せつけられた拳に、思わず口を閉ざす。
素直に大人しくなった真司に、灰崎の顔がまた近付いてきて、首を噛んだ。
痛みに顔をしかめ、同時に服の隙間に入り込む手に慌てて足をばたつかせる。
「…は、案外匂いは悪くねぇな」
「へ、変態…」
「どっちがだよ」
こういう時、力では勝てっこないこの小さい体が憎い。
結局涙を浮かべて、この野郎と心で叫ぶことしか出来なくて。
テツ君はそんなに悪い人じゃないですよなんて笑ってたけど、やっぱり嘘だ。最低だ。
「お前がオレに手ェ出されたって知ったら、アイツ等どんな顔すっかなァ」
服の下に入り込んだ手が腰を撫でる。
冷たい手のひらの感触に、ぎゅっと目を閉じた時、視界の外でバシンと鋭い音が聞こえた。
「させねぇっスよ」
思わず聞き惚れてしまう程の格好良い声。
目を開くと、灰崎の手はどこからか飛んできたボールを体の横で受け止めていた。
「オイオイ、いーい度胸だな。リョータ」
灰崎の目線は、真司から逸れている。
そしてその視線の先には、鋭い目をした黄瀬が立っていた。
「…やってくれたっスね、ショーゴ君」
チラと真司を見た黄瀬が、ゆっくりとこちらに近付いてくる。
「つかどーいう風の吹き回しっスか?バスケ辞めたんじゃねーの」
「ただのヒマつぶしだよ」
二人の関係は、真司も知らなかった。
何せ二人が揃って部にいるところを見たことがないから。けれどやはり、良好というわけにはいかないらしい。
「オレが辞めてから「キセキの世代」とかやたら騒がれるようになったからよ。またその座を奪っちまおうと思ってなァ」
「…そんなことで」
見たことがないくらい、黄瀬が怖い顔をしている。
細めた目と吊り上った眉。
「キセキの世代」なんて名にこだわりはないっスけど、あんたみてーのにホイホイやるほど安く売ってねーよ」
「はっ、買わねーよ、欲しくなったからよこせっつってるだけだバァカ」
吐き捨てるようにそう言って、ようやく灰崎の手が真司から離れる。
ほとんど灰崎に引かれるまま体重のかける場所を失っていた真司は、そのまま後ろに下がって尻もちをついた。
「ってめ…!」
「あーそうだ、リョータ…こんだけ吠えたんだ。テメェが負けたらそいつもぐちゃぐちゃにしてやっからな」
「させねぇよ」
「ま、別にこんなのいらねーけどな」
口角を釣り上げて笑った灰崎が、ついでみたいな乗りで転がったままの真司を軽く蹴る。
大して痛くはなかったものの、驚いて咳き込んだ真司を見下ろし、灰崎はようやく会場の方へ去っていった。
嵐が過ぎ去ったような感覚。
灰崎の姿が見えなくなって、黄瀬は飛び込むように真司に抱きついた。
「真司っち、ヤな思いさせてゴメン!」
それからばっと肩を掴み顔を覗き込んできた黄瀬に、真司は首を横に大きく振って笑ってみせた。
しかしまだ表情を暗くしたままの黄瀬は、手を真司の頭にぽんと乗せる。
「大丈夫!?他に、何か変な事されてない?」
「えー…、っと」
「っ!!やっぱ一発殴っとけば良かったっス…!許せねぇ…!」
「だ、大丈夫だよ全然!」
本当に怒った顔をした黄瀬の腕を掴んで、真司はぶんぶんともう一度首を振った。
「黄瀬君が来てくれて、良かった。すっごく安心したよ」
「…ん、コートにアイツ来てねぇからって、様子見に来てよかったっス」
真司を心配そうに見つめる黄瀬の視線。
吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳に一瞬気を取られて、軽く唇を奪われていた。
「ちょ、ちょっと黄瀬君」
「試合前に、真司っちパワーもらっとくっス」
「…そ、そういうの、外では…」
ぐいと黄瀬の胸を押して顔を逸らす。
本当は嬉しくて顔だって熱いのに、素直に黄瀬の方を向けない。
「ねぇ、もし、オレ達のこと気にしてんなら、大丈夫っスよ」
「え?」
横を向いた真司の頬を黄瀬の手が撫でた。
大きくて、暖かい手だ。
「きっと、ウインターカップ終わる頃には、はっきりしてるはずだから」
そうしながら耳元で呟かれた黄瀬の言葉に、真司は目を丸くして首を傾げた。
はっきり、とは何のことだろう。
茫然とする真司に、途端に隙ありと黄瀬が再び唇を奪う。
「っ!き、黄瀬君!」
「ふは、いつのも調子出てきたっスね」
黄瀬はニッと歯を出して笑って、ぱっと立ち上がった。
そのままこちらに手を伸ばした黄瀬の手を取り、真司も立ち上がる。
「だから、オレはぜってぇ負けないっス。誰にも」
「えっと…よくわかんないけど、頑張ってね?」
「当然!」
黄瀬の怒りも多少治まったらしい。
低い位置にある真司の頭をわしゃわしゃと大きな手のひらで撫で、黄瀬は小さく「よしっ」と呟いた。
「じゃあ、行ってくるっス」
「うん。応援してる!」
ぴょんと後ろに下がった黄瀬がじゃあね、と軽く手を振る。
真司は戦いに向かう黄瀬を見送って、それから振り返した手を静かに下ろした。
「黄瀬君…」
こうして全身で愛を伝えてくれる黄瀬が大好きだ。
笑った顔も、少し高い声も、細身なのに固くて分厚い体も全部大好きなのに。
「……、選ぶ…なんて」
あんな男の言葉を気にする必要なんてないはず。
それなのに、真司は灰崎の言葉を何度も頭の中で反芻していた。
「何股も…」
そんなこと、分かっている。
でも、きっと本当には分かっていなかったのだろう。
一歩小さく踏み出して、灰崎が触れた場所をぱしぱしと手で払う。
「っ!」
それからいろんなことを振り払うように、真司も会場に向かって走り出した。
海常対福田総合。
試合は海常の勝利で幕を閉じていた。
灰崎の確かな技術と才能で一時は押された海常。
しかしその危機的状況で、黄瀬がとうとうゾーンへ踏み込んだのだ。
圧倒的な実力差を見せつけて、黄瀬が海常を勝利に導く。
黄瀬の背を押す黒子の声が響いた会場に、今は歓びの声が溢れていた。
その一方で。
観戦を終えて会場を出た誠凛。
海常の勝利に喜んだのも束の間、今度は溜め息を零して辺りを見渡していた。
「…真司、アイツ、一体何してんだ」
ぽつりと呟いた火神の手には、携帯がぎゅっと強く握られている。
海常か福田総合か、どちらが勝ったにしても次の誠凛の相手の試合だ。リコにきつく「ちゃんと集合するように!」と言われていたはずなのに、真司は来ないどころか連絡も寄こさなかったのだ。
「ったく、俺等がとばっちり受けるってのにアイツ…」
「連絡もないのは変です。何かに巻き込まれたのかもしれません」
「な、何かって、なんだよ」
黒子の恐ろしい想像に、火神の頬が引きつる。
確かにその可能性は否めないがこんな人の集まる会場で何か起こるなど。
有り得ない。とは言い切れない。
怒りを顔に表すリコの後ろを歩く黒子と火神の頬に冷や汗が伝った。
「ちょっと、黒子君!本当に烏羽君から連絡ないの?」
「はい」
「っ、もー!どうすんのよ、これじゃあ帰るに帰れないじゃない!」
怒り、とそれから不安。
連絡すべきは真司の家か、それとも警察なのか。
連絡のつかない真司の携帯番号を見下ろして、黒子の丸い瞳が揺れた。
「テツ!」
その時、背後から呼びかけられた声に、黒子はぱっと振り返った。
「青峰君」
「良かった、まだいたな」
青峰は火神や黒子と同じように携帯を手に持ったまま、たっと足取り軽く階段を降りる。
自然と見上げた黒子の瞳に、青峰の表情は妙に映った。
「…青峰君?」
「お前等も、真司のこと探してんだろ」
「、はい」
「分かったぜ」
分かった。そう言うのに、青峰の表情は暗い。
暗いというか、苛立っているような、焦っているような。
「さっき、確認した」
「誰に、ですか?」
「……赤司だよ」
黒子は自然と目を開いて、青峰の顔を凝視した。
それから静かに隣に立っている火神に視線を移す。
火神もまた同じように、目を開いたまま固まっていた。
「赤司が真司を連れてった。今は、赤司んとこにいるってよ」
「…そう、ですか」
「こんな無理矢理に…アイツらしくねぇ」
尚更不安になるのは、このウインターカップで再会した二人の様子を見ていたからだ。
赤司は執拗に真司に執着している。そしてまた真司も。
「…青峰君…」
「…んな声出すなよ。とりあえず、明日赤司んとこ試合あんだろ。そん時だな」
「連れ戻せますか?」
「あ?ったりめーだろ」
黒子は青峰を見上げたまま、小さく頷いた。
悔しいけれど、頼りになる。きっと、皆がいれば大丈夫だ。
「たぶん…俺のせいだしな」
「え?何ですか?」
「いや、何でもねェ」
青峰が黒子から目を逸らし、悔しそうに眉を寄せている。
青峰も、いつの間にか真司との距離を縮めていた。
「…」
手に入れたと思った真司の気持ちはあまりに遠い。
やっぱり、僕の傍にはいてくれなんですね。
黒子はぎゅっと握った拳に力を込め、目を閉じた。
・・・
・・
それは、海常と福田総合の試合が始まってすぐのことだった。
会場の中から歓声やホイッスルの音が聞こえてくる。
行かなければ、そう思い会場を見上げた真司の背には、ひやりとした壁が当たっていた。
「…真司、涼太が気になるのか?」
「え…っ、あ…それは、」
ぱっと慌てて視線を戻し、目の前の細められた瞳を見つめ返す。
両目の異なる色の瞳が、じいと真司を見つめていた。
それが綺麗で、けれど不気味で。真司は無意識にごくりと唾を呑み込んだ。
「涼太なら大丈夫だよ。勝つに決まっている」
「え?どうして…」
「灰崎祥吾より涼太の方が上だ。それは中学生の頃…僕が涼太を選んだ時点で決まっている」
「…そ、でも…」
黄瀬の勝利を確信していたとしても、黄瀬の有志を見たいという気持ちに変わりはない。
真司は視線を落とし、もどかしい気持ちで手と手を擦らせた。
「でも、その…試合観ないと、怒られちゃうし、行かないと…」
それに、また勝手な行動をとったらリコに怒られてしまう。
心配したんですよって、黒子にも火神にも怒られてしまうかもしれない。
だから行かなきゃ。
そう思うのに足が動かない。赤司に先程声をかけられてから、頭が霞んで顔が熱かった。
「真司」
「…っ、」
会場に向かう途中、目の前に立っていた赤司。
初めから真司が外にいることを知っていて待ち構えていたのか、本当に偶然だったのかは分からない。
赤司に呼び止められた真司は、やはり人目のつかない壁際まで追いやられていた。
名前を呼ぶ声に、胸が躍る。
思考と裏腹に、心が勝手に喜んでしまう。
「見る必要はない」
「え…?」
「真司。真司には、僕が負ける未来が見えるか?」
突然の質問に、真司は思わず顔を上げてしまった。
開かれた目。吸い込まれるような、畏怖をも感じる瞳が真司だけを映している。
「赤司君が…?そんなの、…」
「そうだ、僕が勝つ。涼太にも、真太郎にも、テツヤにも」
言っている意味が分からなかった。
しかし赤司の瞳は逸らされずに真司を見つめている。
熱い、頭がぼうっとする。
「真司は…どうして誠凛で努力しようとする?何のために練習する?」
「そんなの、勝つ為…」
「そうだ。真司は勝つ為にここまで練習してきたんだろう」
赤司の声は、澄みきった水のように体に染み込んでくる。
もっと聞いていたい、もっと耳元でたくさん聞かせて欲しい。けれど、聞いてしまいたくない。
「では、その努力に意味はあるのか?」
「え…」
「僕に勝てないと分かっていて、どうして努力を続ける必要がある」
真司は言葉を失い、開いた目で赤司を見つめた。
勝つ為に頑張って来た。けれど勝てないと分かっている。
今までの努力は、これからの時間に、意味はあるのか。
「もう分かっているはずだ、真司。お前は…テツヤと共にいても何の意味もない」
「…っ、そんな、こと…」
「そうだろう、真司は気付いている。僕には勝てない。勝つのは僕だと」
赤司に勝てるはずがない。赤司は勝つ。
真司はぐるぐると巡っていた矛盾が解消されて、大きく息を吸い込んだ。
そうか、そうだ。
赤司の言っていることが正しい。間違っているのは自分。
「練習に…意味はない…」
「そうだ。お前が誠凛に居続ける理由はもうない」
脱力して、腕もだらりと下げて俯く。
その真司の頭に赤司の手のひらが乗せられた。
優しく髪を梳くように撫でられる。
気持ちが良い、心地が良い。
「愛してるよ、真司。僕には真司がいればいい」
「なんで…」
「真司のこの綺麗な目に、僕以外が映っているから」
赤司の掌が、真司の両目を塞いだ。
しっとりと重なった手が真司の熱さが息苦しくて、口を開いて息を吸い込む。
「あ、赤司君…っん…」
「ん…、真司…僕の傍にいればいい。僕が、好きなら…」
「んッ、ん…」
目を覆われたまま、視界の向こうで唇が奪われた。
息を吸い込む為に開いた口は、隙間なく覆われ、思わず赤司の胸に手を乗せる。
その小さな抵抗も、赤司の手に遮られ、壁に押し付けられてしまった。
「あ、かしく…」
「真司…僕だけを、見て」
見て、だなんて。
目を覆われたまま、真司は息を乱すことしか出来なかった。
何も映らない。赤司の冷たい掌が、許さない。
「真司…お前を見つけたのは僕だ。居場所を与えたのも僕だ」
「…はぁ、っん…」
「僕の居場所もお前だったんだよ真司。真司を手放して僕は…僕が、必要になった」
「え…」
真司は赤司の言葉にさっと血の気が引くのを感じた。
僕が必要になった、それは恐らく人格の入れ替わりのことを言っているのだろう。
「居場所を失って、耐えられなくなった。分かるだろう?真司…」
「あ、赤司君…」
「僕の傍にいて、真司」
「…」
「どうせ真司は、誠凛に必要ないのだから」
赤司の声が、耳の奥にキンと響く。
内側に浸食して、頭が真っ白になって、真司は静かに目を閉じた。
駄目だ、やっぱりこの人には逆らえない。全てを許してしまう、全てを委ねてしまう。
真司は額を赤司の肩に乗せた。
傍にいたい。傍にいてあげたかったのだ。