黒バス(2012.10~2017.12)
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桐皇との試合後、誠凛のメンバーは火神の家へと押しかけた。
リコの作った鍋、つまりは地獄の夕飯を済ませて無事生還。それから少しだらだらとして、そろそろ帰ろうかなんて雰囲気になり出した頃。
真司はお手洗いを借りてから、ぶらぶらと火神の家を見て回っていた。
人様の家を勝手に踏み荒らすのは悪い事だ。分かってはいるのだが、友人の家に招かれることの希少さ故に楽しくなっている。
そんな調子でぺたぺたと廊下を歩いていた真司は、人のいないはずの部屋からの物音に足を止めた。
火神の寝室。そこのベッドがもそもそと動いている。
恐る恐ると覗き込んでみれば、ベッドから伸びてきた腕が、真司をベッドの中へと引き込んだ。
「へっ、ちょ…!」
思いの外強い力に真司はされるがまま一度抱かれ、そして羞恥のあまりに飛び出した。
「う、わ、うわあ!!」
真司が声を上げてどすんと尻餅をつく。
羞恥の理由は、触れた肌の柔らかさ、そして服を纏わない素肌だ。
ちらとベッドの方を見れば、ようやく目覚めた様子で体を起き上らせた女性がこちらを向いていた。
「What…?」
不思議そうに声を上げたその女性は英語を話し、それからのそりとベッドから足を下ろした。
それでようやく気付くのは、その女性がパンツ一枚という衝撃の事実。
「か…っ、火神君!!」
真司は顔を背けて、叫びながら部屋から出ようと試みた。
が、それは女性の行動によって虚しく終わった。
「あ、あ、あの…なんで腕掴むんですか…!あ、ぷ、ぷりーず!ど、ドントタッチミー…!」
英語は苦手でないはずだが、外国人を前にして咄嗟に冷静な判断が出来るはずも無く。
腕を掴まれ抜け出せず、真司の頬に冷や汗が流れた。
「どうした真司!?」
「あ…っ、良かった火神君…!」
声を聞きつけて火神が走り込んでくる。
そして女性を見るなりカチンと固まった。
「おまっ…!」
「Oh Taiga!」
「とりあえずさっさと服着ろ!」
火神を見た女性は嬉しそうに顔をほころばせ、一方で火神はそこに落ちていた服を投げつける。
ため息を吐きながら上にTシャツを着た女性は、困惑する真司を片腕に抱き込んだ。
「ちょ、か、火神君、この人は…」
「はあ、悪ィ真司、こいつはオレの…」
「You came back! I missed you so much」
「え」
女性は真司のことなどお構いなしに、火神との距離を縮めて顔を近付ける。
背の高い二人は、真司の頭上であろうことか唇を重ねていた。
「……!?」
それを見て驚き息を呑んだのは、真司だけではなかった。
いつの間にか集まっていた全員が目撃して顔を真っ赤にしている。
「ちょっ、ちょっと!」
別に火神が誰とどうとか興味はない。
ないけれど、真司の腕は咄嗟に火神の胸を押し退けていた。
「火神君!なんなんだよこれ…っ!」
「いやだから、こいつはオレの…ああ面倒くせぇ、アレックス、とりあえず真司放せって!」
「Shinji? おお、お前が真司か」
「って日本語話せるんですか?」
真司を抱えたままの外国人女性が、顔に見合わぬ流暢な日本語を話して真司の顔を覗き込む。
突然の日本語に反応して顔を上げてしまった真司と、アレックスと呼ばれた女性の顔はあまりにも近かった。
というか、もう唇同士が重なっていた。
「…!」
「安心しろ、これで関節キスだ!」
「な、なな何してんだアレックス!!!」
複数の息を呑んだ音と、火神の叫びとが重なる。
ここまでの数分で様々なことが起こり過ぎて頭の回らなくなった真司は、ただ茫然と行く末を見守っていた。
・・・・
リビングへと戻った彼等は、まだどこか緊張した面持ちでアレックスを見つめていた。
彼女は火神の師匠であり、嘗て世界でも活躍していたバスケットボールプレイヤーである。それが今明らかになった。
しかしそれ以上に先程の出来事が衝撃過ぎて、揃いも揃って放心状態である。
「いやーそれにしても、真司が男の子だとは思わなかったよ」
爽やかな声色に、真司は大げさに顔を上げた。
正面に座っているアレックスはじいっと真司を見つめ、それから不服そうに眉を寄せている。
「は、はい?」
「聞いた話と写真とで、てっきりタイガのガールフレンドだと…」
「あ、もしかしてあのメールをくれたのは」
「ああ。私だ」
思い出される誤解の文面と火神の外国での勇姿を映した映像。
ああ、なるほど。と妙に納得した真司の横で、日向が目を丸くして口を開いた。
「え…、烏羽って外国でも知られてんのか?」
「ん?」
「いやだって写真とか…」
「ああ、それはタイガに見せてもらったんだよ」
「え」と何人かの声が重なった。
そして視線が向かう先にいる火神は、ばっと目を合わせないように顔を背けた。
「え、火神君、俺の写真なんて持って…持ってんの…?」
「いや、…その」
「何で隠すんだ?タイガ。恋人の写真ケータイに入れてて何がおかしい?」
「ちっが…ッ!!」
否定する為にこちらを向いた火神の顔は、見たことがない程真っ赤になっている。
何か察したメンバーは冷めきった顔で目を細め、真司はぽかんとしたまま停止した。
「あ?ああ、そうか。真司は男だから、ガールフレンドじゃないのか?」
「そ、そうだよ!」
「じゃあ、さっき間接チューして悪かったな、真司」
改めて悪気なく謝られ、真司は表情をそのままで目だけを更に大きく開いた。
何が「悪かった」なのか、と。キスしたことそのものではなく、火神との間接が?
「ま、あれがなくても真司にチューはしたと思うけどな!」
悪びる様子も無く更に言うアレックスに、真司の表情はとうとう険しい物になった。
じわじわと眉間のシワを深くして、ぷうっと頬が膨らむ。
「お、…俺、俺…そんな軽い男じゃないんですからね!!」
何やら酷い文句を言ったと自覚はしつつ。
全員の視線を一気に集めた真司は、居ても経ってもいられんといった様子で部屋から飛び出して行った。
「…何か悪いことしたか?」
しんと静まり返った部屋の中でぽつりとアレックスが呟く。
それに対し、リコはやはり冷めた目で周りの男共を見渡した。
「…心当たりある奴ら反省しなさい」
その言葉に反応して頭を下げた数人に、フンッと荒いリコの息だけが落ちた。
・・・
かちゃ、と軽い音と共に家の中の灯りが真司を照らした。
心配そうな顔をしながら手招いているのは火神だ。
「…寒ィだろ、とりあえず中入れよ」
「君さあ…誰のせいでこんななってると思ってんの」
「オレのせいかよ」
「そうだよ」
ぱたんとドアが閉まって、サンダルを履いた火神が出てくる。
そして手に持っていた上着を真司の肩にひょいとかけた。
「…巻き込んで悪かったな。アレックスは、その、キス魔っつか、誰彼かまわずああいうことすっから」
「火神君さあ…。案外平気なんだね」
「何が…」
「俺が、その、師匠さんにキスされても」
「……はあ!?」
ぼそぼそと言う真司に、火神は呆気にとられて言葉を失った。
思わず「何を言っているんだ」と突っ込みそうになって、それすらも飲む。
俯いたままの真司の様子は、どうもおかしい。
「俺は全然平気じゃない」
「…は?いや、何が」
「そういう、軽いキスとか」
どうやら思いの外怒っている。
しかし、何に怒っているのか全く理解出来ず、火神は独特な眉を吊り上らせた。
「何だよ、それ…。オレが、アレックスにされたの、嫌だったみたいに聞こえんだけど…」
「はあ?違うし、そんなんじゃないし」
「じゃあなんなんだよ」
「知らないよ!なんかむかついた!!」
吐き出された真司の怒りの方向は、やはり理解不能だった。
そして理解できていないのは真司自身も同じのようで、声の割に表情は不安そうだ。
「…ごめん変な事言った。空気悪くしてごめん、戻る」
「ちょ、おい」
「っ!」
何を言いたいというわけでもなく、咄嗟に真司の腕を掴んだ火神の手はぺしんと叩かれた。
真っ赤になった顔を隠すように、真司は素早く火神の家の中に飛び込んで行った。
「…な、なんなんだよ…」
結局良く分からなかった。
ただ去り際の真司の顔が忘れられず、火神は大きく溜め息を吐いてから座り込んで頭を抱えていた。
部屋に戻ると、既に皆帰り支度を済ませていた。
どうやらアレックスとの会話も十分に終わってしまったようだ。
「烏羽君」
恥ずかしさとか申し訳なさとか、そういう感情故に動けずにいた真司の腕を黒子がちょいと掴む。
少し心配そうな顔を覗かせながらも、黒子は気にしないようにしてくれているのかニコリと微笑んだ。
「火神君のお師匠さん、氷室さんと火神君が再び戦う姿を見たくて来日したそうです」
「え…あ、ああ、そっか!氷室さんも」
思いの外大きな声で反応した真司に、アレックスがきょとんとする。
はっとして口を押さえた意図などアレックスには伝わっていなかったのに、降旗がけらけらと笑って言った。
「そういえば烏羽って火神より氷室さんみたいな人が好きなんだよな」
なんてことを言ってくれたんだ。
アレックスはさも面白いことを聞いたと言わんばかりに口を開けて笑い出した。
「なるほど!まあ仕方がないな、タツヤはいい男だ」
「そ、そんなんじゃないですよ…っ」
「うんうん。面白い事になってるじゃないかタイガ」
頑張れよ、なんてふざけて言うアレックスに、火神が唇を尖らせて横を向く。
そんなことより、だ。単純な疑問に真司は首を傾げた。
「それはそうと、まだ火神君と氷室さんとが試合出来るって決まってないですけど…?」
「ああ、そのことはもう大丈夫だ。元々日本のバスケに興味があったからな、明日の試合観戦にはついていくぞ」
いつの間に馴染んだのか、アレックスは誠凛のこのメンバーについて来るつもりらしい。
心強いバックアップだ。とはいえ未だ唇を奪われた事実を忘れ切れていない真司は、アレックスから顔を背けた。
・・・
翌日、予定時刻に火神と共に現れたアレックス。
金髪美女をつれて歩く誠凛高校が妙に目立っていたのは言うまでもなく。
少しムスッとした真司の腕を、アレックスは懲りずにぐいと引っ張った。
「な、何ですか…?」
「んー、いや。今日の試合の注目選手とかいんのか?」
誠凛はこのウィンターカップ二日目に試合の予定は入っていない。
つまり今日は試合観戦、相手校の分析にしっかり時間を費やせるということだ。
そしてこれからすぐに観られる試合で注目されるのは。
「…たぶん秀徳高校が」
「シュートク?」
「緑間君が一番注目される選手だと思いますよ」
会場に入り席に着くなり、コートを見下ろして指で指し示す。
その緑間の纏うオーラに気が付いたのだろう、アレックスは茫然と、目を見張るようにして彼を見つめた。
「こんなのがいんのか…」
無意識に零したような言葉に、プロをも驚かせる実力の持ち主なのだろうと実感させる。
つられるように息を呑んでコートを見下ろすメンバー。
その中、一人真司だけがきょろきょろと落ち着かずに視線を彷徨わせていた。
「烏羽君?どうしたんですか」
「え、何?」
「試合、見ていないようだったので…」
その黒子の言葉は、単純に試合を観ないのか?という気持ちと、緑間を見なくて良いのか?という悔しながらの問い。
しかし真司はへらっと笑い、薄らと頬を赤くした。
「あ、はは、うん」
「…?」
何か誤魔化すかのように笑い、取り繕ってコートに視線を移して止まる。
妙だとは思ったけれど、真司が何を考えているかなど分かるはずも無く。
黒子はその後も試合が終わるまでずっと落ち着く様子のない真司を、不思議と見ていることしか出来なかった。
「はー、やっぱ何度見ても慣れねぇな」
秀徳の試合が終わり、会場を出るなり日向がため息交じりに言った。
強豪校が集まっている。それでもキセキの世代をエースに持つ学校は抜けている。それを確信する試合だった。
「烏羽君、ちょっといいですか」
じゃあ学校に戻ってデータの確認、と先導を切ってリコが歩き出した後ろで、黒子が真司の腕を掴んだ。
「ん?」
「今日この後付き合って欲しいんですけど…」
少し声を潜めているのは、こっそり抜け出すつもりだからだろう。
またそんな怒られそうなことをわざわざ。そう思いながらもワケを聞こうと真司は首を傾げた。
「青峰君にシュートを教えてもらうつもりなんです、それで君がいれば」
「嫌だ」
しかし真司は間髪入れずに首を横に振っていた。
ついでに腕を強めに引いて黒子の腕から逃れる。
「烏羽君?」
「青峰君には、会いたくないって言ったじゃん…会ったら今度こそ話さなきゃいけなくなる」
「…目のことですか?そんなこと」
納得いかない様子の黒子に、真司はむっと眉間のシワを深くした。
こればかりは説明して分かってもらえることではないのだ。
「いいんだよ、今更青峰君なんて。俺には赤司君がいるんだから」
だから、投げやりにそう言って顔を逸らす。
それからすぐに先輩達の後を追おうと歩き出すと、後ろで足を止めたままの黒子がぽつりと零した。
「……君、もしかして今日、ずっと赤司君を探していたんですか…?」
ぴく、と肩が震える。
それでも振り返らずに行ってしまう真司の背中を、黒子は何も言わずに見つめていた。
・・・
ゴールを辛うじて潜ったボールが地面を転がる。
青峰はそんな光景を眺めて、少し疲れをも感じさせる溜め息を吐いた。
「あー、まあ、こんなもんだろ」
こんなもん、というのはバスケ選手の基準としてではない。
黒子のポテンシャルを考えた上での一言だ。少しでも成功率が上がったのなら悪くない練習だったのだろう。
黒子がそのボールを追い掛けて腰を曲げる。
呼び出された時間がそこそこ遅かった為、もう黒子を照らすのは街灯だけだ。
「青峰君、烏羽君と、このままでいいんですか」
突然の問いに青峰の表情が歪んだ。
普段から消えない眉間のシワは深くなり、目を細めて黒子をその鋭い視線の中に捕らえる。
「んだよ、急に」
「このままでは、烏羽君は…ここからいなくなっちゃうかもしれません」
「あ?」
突拍子の無い話に、青峰の言葉は続かない。
けれど、黒子の声色に冗談をうかがわせる要素はどこにも無かった。
「赤司君は本気です」
「なんで、赤司が出てくんだよ」
「…君は知らないかもしれませんが…烏羽君にとって青峰君、君は一番になり得る人だったんです」
黒子がそう言いながらボールを数回つく。
耳慣れた音と、聞き慣れない言葉に、青峰の顔は尚更不審に歪み、黒子から目を逸らしていた。
「そもそもこんなことにならなかったんです、赤司君が、君のことを危険な存在だと思わなければ」
「何…」
「でも今の赤司君は以前とは違います。君に負けるだなんて、これっぽっちも思っていないんです」
赤司と真司。二人の名前から思い出される光景は、もうずいぶん昔のことのようだが鮮明だった。
ずっと友人だと思っていた真司の、初めて見る姿。
赤司に抱き寄せられた真司は、悲しそうに青峰を見上げながらも幸福を感じて頬を赤らめていた。
「アイツは…とっくに赤司のモンだろ」
「いえ。君なら…悔しいけど、青峰君なら止められるはずです」
「何でオレなんだよ」
つい先日だって目の前で見ただろう。赤司が真司を愛している、その明らかな光景を。
「もしも君が、まだ烏羽君のことを大事に思っているのなら…早く思いを伝えて下さい」
「…」
投げ出されたボールがゴールに弾かれ虚しく転がる。
青峰は、目の前で見せつけられたことを思い出し、地面を蹴り上げた。
腹が立つ。むかつく。あれは、オレのものだったはずなのに。オレが、一番だったはずなのに。
「ったく…イラつかせんなよ…」
「…」
「バスケがしたくて仕方ねぇって、思ってんのに」
「それも、烏羽君に言ってみたらどうですか?」
この苛立ちが向かう先を、青峰は目を閉じて考えた。
考えたけれど、どうなるかなんて想像つかなくて。
ただ、バスケがしたくて、真司に会いたいとどこかでそう思う自分に吐き気がした。
ウィンターカップ3日目。
誠凛は桐皇との試合に続く2回戦に挑んでいた。
桐皇との試合に勝利した、その事実が彼等の集中力を掻き乱し、格下であるはずの相手に苦戦する。
それを切り替えたのはリコの一喝、もとい平手打ち。
結果何とか後半に持ち直し、誠凛は2回戦、黒子も火神も温存したまま勝利しコマを進めた。
「じゃあ、今日はここまでで解散!あとは好きなように時間を使っていいわよ!」
控え室に戻ってすぐのリコからの指示は意外なものだった。
「え、この後の試合見たほうがいいんじゃねーか?」
「それは勿論そうだけど…火神君はこの後アレックスさんに見てもらうみたいだし」
どうせ全員揃わないなら各自でどうぞ。
そう言われて、真司は無意識にチラと自分の携帯の画面を確認した。
「…あ」
表示されている名前に思わず頬が緩む。
最近連絡をくれる人が増えた。けれどその中でもこの名前はやはり格別だ。
「烏羽君?どうかしましたか」
「あ…うん。俺、今日はこのまま試合観ようかなと」
「…赤司君も、いますからね」
「え?ふふ、うん」
今日は洛山の試合もある。
赤司が出るかは別として、試合前に真司を気遣って連絡をくれたのが酷く嬉しかった。
ただ一言「お疲れ様」と、それだけなのに。
「烏羽君、大丈夫ですか?」
「ん?何が?」
「赤司君の二面性を、忘れたわけではないんですよね…?」
心配そうに真司を見る黒子の顔は、嘗て病室で赤司のことを話してくれた時と同じ。
あの時は真司も不安で怖くて仕方なかったけれど、真司はぱっと笑顔を返した。
「大丈夫だよ、赤司君は赤司君だって、分かったから」
「そう…ですか」
心配かけまいとした笑顔に、黒子の表情が増々曇ったことを不思議に思う。
けれどそれ以上に何か返すべき言葉も見つからず、真司は自分の鞄を肩にかけた。
「じゃあ、俺はこの後の試合観に行きますね」
「あ、それなら私もー…」
どうせなら一緒に、と乗り出したリコの言葉を遮ったのは、ばたんっと開かれたドアだった。
驚き振り返ると、そこには浅黒い肌の男が当然のような顔をしてそこに立っている。
「真司」
「え…!?」
「ちょっとツラ貸せ」
言うが早いか、強い力で腕を掴まれ勢いのまま控え室の外と連れ出されていた。
突然の出来事に、誰も何の文句を言う事も叶わなかった。
「ちょっと」というリコの声が聞こえた気がしたがそれだけだ。
「ちょ、どこ連れてく気…!?」
「あ?とりあえず邪魔が入んねえとこだな」
「な、んで…」
「ちゃんと話してぇんだよ」
ぐいぐいと引っ張られ、そのまま会場を出る。
これから行われる試合を観る為に訪れたのだろう人が通り過ぎていく。
階段を降りて、赤司と二人きりで話した会場の脇を視線に映して、真司はようやく足と手に力を入れて振り解いた。
「俺は!ないよ!」
「あ?」
「話なんてない!」
はっきりと言い放った真司に、青峰の眉間のシワが増々深くなる。
その迫力に少し怯みそうになりながらも睨み返した真司の気持ちなど構うことなく、青峰はもう一度強く真司の手を掴んだ。
「こっからお前の家近ぇな」
「は…?ち、近くないし…そこそこかかるし…」
「迷ってる時間ももったいねェし、真司ん家行くぞ」
「はぁ!?俺の話聞けよ馬鹿っ!」
少し声を張ると、通り過ぎる人達が振り返る。
それでも青峰は、やはり真司の意見など聞くことなく歩き出した。
今度は全然振り払える気のしない手。
褐色の分厚い手は少し冷えていて、真司はぐっと押し黙って彼の背中を見上げた。
「…っ」
嫌だ嫌だと思っていたのに、いざ目の前に立たれると抵抗出来なくなってしまう。
沈黙を保ったまま駅に向かって電車に乗り込んで、カタンカタンと揺れる音以上に高鳴る胸の音が煩くて、真司はぎゅっと胸を押さえた。
肩が触れるほど近くに青峰がいる。
嘗ては当たり前だった状況が、今は気持ちが悪い。
「…何か、しゃべってよ」
「ちゃんと話したいって言ったろーが」
「何でよ。いいじゃん、別にここでも…」
中途半端な午後の時間。電車に乗っている人は少ない。
ちらと辺りを見渡して、青峰は数回頭をかいた。
「どうしてこうなっちまったのかって、まあ何だ…少し考えたんだけどよ」
「…?」
「オレのせいだよな。オレがお前を、突き放してたんだろ」
俯いて、ぼそぼそとらしくない声で話す。
その青峰を、真司は目を丸くして見つめた。
「ガキみてぇな考えだけどよ、お前の隣にオレがいねぇのが…すげぇムカついて」
「そ、れは…」
「赤司と真司が相変わらず近いのが…なんでだって」
自分の言っている事の意味が分かっているのか、恥ずかしそうに目元を覆う。
左側に座る青峰の顔は真司に良く見えて、耳が少し赤いのが分かってしまう。
「今なら、ちゃんとお前の話、聞っから…」
「…」
「また、前みたいに…」
ガタンッと電車が揺れて、それから静かに停車する。
それを合図とするかのように、真司は立ち上がった。
「真司?」
驚き顔を上げる青峰に、真司は首を横に振った。
そのまま青峰を振り返ることなく、駅の名前をも見ずに大股で開いたドアから出る。
ただ逃げたくて、真司は降りる予定でなかった駅を走っていた。
「っおい!真司!」
当然のように追い掛けてくる青峰に、微かな喜びを感じるのに涙が込み上げる。
聞きたくない。元になんて戻れない。
「ッテメ、相変わらず速ェな!」
「あ、たり前だ…っ!これでも、ちゃんと筋トレしてんだから…っ」
ウィンターカップに向けて、今まで以上に激しいトレーニングを重ねた。
きっと前より速く走れる。前よりシュート率だって上がってる。
「んで逃げんだよ!」
改札を出て、がむしゃらに走り続ける。
そんなつもりなどなかったのに、近付く見知ったストバスコートを目前にして、真司はゆっくりと足を止めた。
追いついた青峰の呼吸が後ろから聞こえて来る。
ああやっぱり、逃げ切れなかった。
違う。きっと、たぶん、本気で逃げようともしてなかった。
「てっめ、人が話してる途中で…」
「…青峰君、前には、戻れないんだよ」
「あ?」
中学生の頃、学校以外の練習場所として利用していたストバスコート。
真司はそのフェンスに指をかけた。
「俺は、もう、試合には出ない。それに、青峰君のこと友達だなんて思ってない」
言わずにいれば、中学の時のような関係に戻れたのかもしれない。
でも、どちらにせよ真司が青峰と以前のようなバスケをすることはないのだろう。
「なん、だよそれ」
「青峰君はこれからまた前みたいに戻るのかもしれないけど、俺は、もう戻れないから」
「だから、何言ってんだよそれ」
ぐいっと肩を掴まれ、青峰と向かい合う。
その距離の近さに、真司の潤んだ瞳からまた一筋涙が零れた。
「俺はもう、前みたいにバスケが出来ない…出来ないのに、青峰君のこと、諦められないんだよ…っ」
「…」
「君の事が、どうしても好きなんだよ…」
以前のようにバスケが出来ない、それで愛想をつかれるのが怖かった。
けれどそれ以上に、冷静になった青峰の本心を聞いてしまうのが嫌だった。
もし、ここで拒否されたなら、もうこれが最後の答えになる。もう、希望を抱く事はない。
「本当は…青峰君にも、好きだって言われたかった…」
そう願わずにはいられなかった。
肩を掴む大きな手が、低く掠れた声が、自分とは違う男らしい体格が。少し馬鹿なとことか全部全部。
「青峰君が…大好きなんだよ…」
触れる手がどうしようもなく心を乱して、逃れるように振り払って背中を向ける。
そのまま数歩前に歩き、両手で目を拭った。
「はあ…だから青峰君と話したくなかったのに…」
このまま二人きりで話す機会が無ければ、いつか忘れたのかもしれない思いだったのに。
赤司といることで消せたかもしれないのに。
「なあ、それ…赤司よりもか?」
その真司の思いを読んだかのように、青峰が口を開いた。
「テツより?」
「え…ちょ、ちょっと、何言って」
「真司…」
「えっ、な、ん…っ」
ガシャンとフェンスに青峰の指がかかる。
フェンスを背に、青峰の顔が近付いてくるのを拒むことは出来なかった。
初めてではないはずの感触、けれど初めてのような苦しさに、真司は息を止めていた。