黒バス(2012.10~2017.12)
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何故だろう、こんなに緊張するのは。
見知らぬ人と話しているかのような感覚に、真司の開いた口は微かに震えた。
「な、なんですかそれ?そんなことでわざわざ…」
「ずっと可愛いと思ってたし、今も…。いや、烏羽はこんな風に飾らなくても可愛いんだ」
木吉は目を細めて慈しむように真司を見下ろした後、真司の髪を結うゴムを取り去った。
ぱさっと髪が肩に落ちる。やはり真司はまだ茫然としたままだ。
「…何、ですか…?どうしたんですか?」
「どうしたって言われると困るけど…そうだな、オレはお前が可愛くて仕方ないんだよ」
「いえだから…急に、なんで」
「だから、頼むから…オレの問題に首を突っ込もうとしないでくれ」
木吉はあの時「余計なことは考えるな」と言っていた。
真司がその“余計なこと”を考えていると分かったのだろう。
真司はようやく木吉の意図が分かって、髪に触れていた木吉の手を掴んで引き剥がした。
「それは聞けません」
「烏羽、花宮は相手が誰だろうと本気で潰しに来る。オレは、お前がオレのせいで傷つくのはごめんだ」
「それは俺だって同じです。木吉先輩が傷つくのを分かってて無視はできません」
互いに譲れない思いがある。
木吉は誠凛に必要な人だ。こんなところでバスケット人生を削って欲しくない。
「…烏羽、オレは先輩として…それから、一人の男としても言ってるんだぞ」
「は…?」
「好きな子を、守らせてくれと言ってるんだ」
その言葉と真剣な瞳に、真司はぞくりと背中が震えるのを感じた。
ああ、また自分は引きずり込んでしまったのか。
「…木吉先輩は分かってません。俺のこと、誤解してますよ」
「誤解?」
「俺のこと守ったって意味ないです。守る価値なんてないですから」
きっぱりそう言いきって木吉の手を放す。
しかし素早くまた木吉が真司の手を掴んだ。
今度は力強く。真司の力では振り解けない程に。
「何言ってるんだ、そんなことはないだろ」
「好意は嬉しいです。でも、」
「分かるぞ。お前は帝光中の…キセキの世代の奴等といい仲なんだろ?だからこそだ」
はっきりとそう言われて、かっと頬が赤くなった。
その頬に木吉の大きな手が触れる。包み込まれる、そんな安心感が罪悪感を大きくさせるようだ。
「このバスケ部は…彼等に烏羽を託されてる。お前には大事な人がいるだろ?彼等の為に、自分を大事にしてくれ」
「…なんで」
なんでそんなに優しいんですか。
開きかけた口を閉じて、真司は不器用に微笑むことしか出来なかった。
「…有難うございます、木吉先輩」
「烏羽…」
「気持ちは分かりましたから…もう、戻りましょう」
思いは伝わらなかった、そう木吉も確信した。
けれど、そこから先何を言ったら良いのか分からなくて。
スカートを揺らして先に歩き出す真司に、木吉も無言でついていく。
その前方から「え」と間抜けた声が聞こえた。
「何してるんですか…?」
「あ、テツ君…」
そういえば今日はまだ来ていなかった黒子が、丁度今ここに到着したところだったようだ。
真司と黒子の間には、何やら妙な空気が漂う。
「…今、来たんだ?委員会?」
「はい。遅くなりました」
「そっか。えっと…お疲れ様」
ぎこちない会話に、木吉は小さく首を傾げた。
けれど。何かかける言葉が見つかるわけでもなく、二人の様子を見守る。
「そんなことより、君はなんて恰好をしてるんですか」
「え…あ、これ?これは、ちょっと、」
「…」
黒子の目線があからさまに下へ移動した。
それに気付いた真司がぴくりと体を揺らして、おずおずと足を進める。
「掃除…してるから、早くテツ君も、手伝った方がいいよ」
それから先に部室のドアを開き、先に中へと消えて行った。
この二人にも、何か複雑な事情があるのだと察するのは容易い。
木吉は黒子にずいっと近付くと、その色素の薄い頭に手をのせた。
「黒子も大変だな」
「…烏羽君はずっとあんなでした。変わったのはボクの方なんです」
「え、ずっと、メイド服を?」
「いえ。そこじゃないです」
しれっとしたまま言う黒子に、木吉がきょとんとする。
けれどすぐに表情を戻した木吉は、もう一度黒子の頭をぽんと撫でた。
「…烏羽のこと、頼む」
「え」
それだけ言って部室に入って行く。
今度は黒子がきょとんとして暫くそこに立ちつくしていた。
木吉の目は本気だった。何かを訴えたいように見えた。
ような気がするだけだろうか。
黒子は何か不安に駆られながらも、部室の扉を開いた。
「あ!テツ君、今来ちゃ駄目!!」
「え?」
先程悲しそうに眉を下げて部室に入った真司はどこへやら。
黒子の肩を掴んで外へ出そうとする真司の足元に、すごい勢いで上空を舞った本が落ちた。
変な白い煙を立てたその本の表紙には、大きな胸の女性が。
「うわあ!なんでこっちに投げるんだよ火神君!」
「わ、わざとじゃねーよ!つかなんでそんなのが!!」
火神がばっと振り返って先輩達に目を向ける。
全員が一斉に首を横に振ったが、既に時遅し。
リコの目は完全にそれを捕らえてしまった。
「な、何なんですか…?」
「いや、なんか掃除してたら、エッチな本が…っ」
真司は足元のそれを慌てて蹴り飛ばし、火神の元へと返す。
そのせいで最初の犠牲となったのは火神、であるがそんなことはどうでも良く。
黒子は「エッチな本」などとはっきり言ってのけた涙目の真司に、大きく溜め息を吐き出した。
「やっぱり君は…分かってないです…」
「え?」
うっかり火照ってしまった頬を自ら押さえて、黒子が目を逸らす。
黒子のその反応に真司もつられて赤くなって。
そんな後輩の様子を見ていた木吉は、眉を下げながらも微笑ましく眺めていた。
・・・
それぞれ抱いていた予感。
それは口にしても届かなかった。
もはや避けられない、その日は遠くない。
週末、ウィンターカップ予選。
第一コートは誠凛対霧崎第一。第二コートは秀徳対泉真館。
部員を守りたい木吉の強い思い。自分が全てを負うことを厭わない真司の意志。
そして木吉の傷付く姿に揺らぐリコの心。
コートに響いた叫びは、真司を中心に広がった。
一週間前と同じ場所で、誠凛は霧崎第一と向かい合っていた。
明らかに今までと異なる空気は、忘れもしない昨年のことを抱えた二年生達から。
そして一年生も、昨年のことは日向から聞いてきた。だから思いは同じだ。
「やあ、久しぶりだね」
真司は、コートに入るなり一番会いたくなかった男と目を合わせてしまった。
善人のような顔をして微笑む男。
「…花宮真」
「覚えててくれたんだ、嬉しいな」
「嬉しいな、じゃないです。ていうか、その気持ち悪い態度止めてもらえますか」
彼の表側には作られた顔しか見られない。
それを指摘すれば、期待に応えるかのように花宮は鼻で笑った。
「今日の試合、君には期待してるよ」
「そうですか。それはどうも」
「その可愛い顔がどんな風に歪むのかなって、ね」
細めた目は、怪しげな笑みを作る。どこまでも嫌な奴だ。
真司はむっとあからさまに頬を膨らませ、花宮に背を向けた。
「君は怪我、しないようにね」
意味ありげな台詞を無視するも、怒りから真司の手に力がこもる。
それに気付いたのか、それとも偶然か。
真司の肩を傍に来た木吉が抱き寄せた。
「花宮。うちの後輩をいじめないでくれないか」
「やあ、木吉。元気そうで良かったよ」
「…おかげさまでな」
やり取りはそれだけに済ませ、木吉も真司の背中を押して花宮から離れるように歩き出す。
この時点で木吉は花宮の思惑に何となく勘付いていた。
だからこそ、何とか守らなければと思ったのが間違いだったのだろう。
強い思いは、余計に真司を試合に出さざるを得ない展開を生み出した。
『それでは、これより誠凛高校対霧崎第一高校の試合を始めます!』
不穏な空気が漂うまま開始された試合。
その前半、予想通りのラフプレイで火神や日向、内側で攻めていたメンバーが体を痛め付けられた。
審判が気付かない程度。けれどそれはじわじわと肉体的にも精神的にも誠凛を追い詰めていく。
怒り爆発する寸前の火神に当然リコが気付かないはずもない。
仕方なくタイムアウトを挟めば、そこで木吉は彼が思う最善を口にした。
「内側は、オレだけで行かせてくれ」
「何、言ってんの…?そんなこと出来るわけ…!」
「駄目だ。オレは、この為に戻ってきたんだ」
断れなかったのは、そこに余りにも強い木吉の意志があったから。
けれど、試合が再開すれば、当然全ての攻撃が木吉に向けられた。
膝どころじゃない。至るところにアザをつくる。それを木吉は良しとしている。
「本当に、こんなことの為に木吉先輩は戻ってきたんですか」
「…」
「納得いかないです。こんなの間違ってます」
真司がぽつりぽつりと呟く。
リコも、その気持ちは同じだった。木吉が傷付くことを、良いとは思えない。
「俺に、木吉先輩を守らせて下さい」
「…烏羽君」
「俺なら」
俺なら。その先の言葉は飲み込む。
恐らくリコも不審に思っていたはずだ。けれど、見ていられなかったこの状況に、リコの気持ちが揺れた。
元々、リコは真司を試合に出すつもりはなかったのだ。
ただ、この場では、真司に縋るしかなかった。
『誠凛、メンバーチェンジです』
そのアナウンスに、木吉と黒子は大きく目を見開いた。
「君が、出るんですか…?」
「たぶん俺なら流れを変えられる」
「でも…君は…」
「テツ君。俺は大丈夫」
黒子の視線が、瞳が不安からか大きく揺れる。
それでも、真司の気持ちは揺らがない。
(俺は大丈夫。怪我しても、大丈夫)
黒子と入れ替わった真司がコートに入り、試合が再開する。
花宮の思惑や周りの不安など全部無視して、真司はただ走った。
その時、確かに流れは変わったのだ。
真司のスピードと予期せぬ位置でのシュート。それは霧崎第一の攻撃を一時的に止めた。
「よし…このまま、点差をつけられれば…」
「監督、烏羽君は本当に、流れを変える為だけに出たいと言ったのでしょうか」
「黒子君…?」
「最近試合に出たがらなかった、出たいと言わなくなった烏羽君が、どうしてこの試合に限って…」
嫌な予感。
黒子とリコは目を合わせ、そして慌てて真司に視線を戻した。
「駄目です…何か、危ない気がします…っ」
「でも、そんな、まさか」
「監督、烏羽君を戻して下さい!烏羽君なら、間に合ってしまう…!」
決して真司はそうなることを望んでいたわけではなかった。
間違いは、立ち塞がったディフェンスの壁に、真司が思わずパスを出してしまったこと。
「しまった…!」
シュートに跳んだ木吉に対し、仕掛けられたディフェンスの動きに違和感があった。
木吉の体に思い切り倒れこむつもりなのだ。それが分かってしまったから。
「木吉先輩!」
時が止まったかと疑う程。周りはその速さに茫然とするだけだった。
真司が木吉とディフェンスとの間に飛び込んでいくのを、茫然と、見ていることしか出来なかった。
落下するそのままの体重が真司を押し倒す。
鈍い音が床にぶつかって鳴り響いた。
「烏羽君…!」
黒子の叫び声と同時にホイッスルが鳴り、試合は一時中断となった。
皆が一斉に真司に駆け寄る中、呆然としたままの木吉がしゃがみこむ。
「烏羽、…烏羽…!」
「待て木吉動かすな!」
「え…」
倒れたまま動かない真司を抱き起そうとした木吉は、日向の制止の声にびくりと手を震わせた。
そして気付くのは、手に付着した赤。
「…!」
霧崎第一の選手の肘を頭に受け、そのまま倒れて床に強打した。
目は閉じたまま開かれない。
想定した最悪の事態に、木吉の瞳が大きく揺れた。
「大丈夫?自分からぶつかりにいったように見えたけど…彼はどうしたのかなぁ」
花宮の浮ついた声に、木吉はばっと振り返った。
木吉は知っている。花宮が真司にけしかけたことを。
「オレが…烏羽のことを好きだからか。オレを落とすために、けしかけたのか」
「は?何の事?それより、早く医務室に運んだ方がいいんじゃないの」
「っ、」
状況の悪さは、観客、そこのコートにいる全ての人に伝わっていた。
すぐさま駆け寄ってきた医療チームに真司が運ばれていくのを見送る。
黒子とリコは気付いていた。
真司が満足気に微笑んでいたこと。
こうなってしまう。想定できた事態を、避けることは出来なかった。
見知らぬ人と話しているかのような感覚に、真司の開いた口は微かに震えた。
「な、なんですかそれ?そんなことでわざわざ…」
「ずっと可愛いと思ってたし、今も…。いや、烏羽はこんな風に飾らなくても可愛いんだ」
木吉は目を細めて慈しむように真司を見下ろした後、真司の髪を結うゴムを取り去った。
ぱさっと髪が肩に落ちる。やはり真司はまだ茫然としたままだ。
「…何、ですか…?どうしたんですか?」
「どうしたって言われると困るけど…そうだな、オレはお前が可愛くて仕方ないんだよ」
「いえだから…急に、なんで」
「だから、頼むから…オレの問題に首を突っ込もうとしないでくれ」
木吉はあの時「余計なことは考えるな」と言っていた。
真司がその“余計なこと”を考えていると分かったのだろう。
真司はようやく木吉の意図が分かって、髪に触れていた木吉の手を掴んで引き剥がした。
「それは聞けません」
「烏羽、花宮は相手が誰だろうと本気で潰しに来る。オレは、お前がオレのせいで傷つくのはごめんだ」
「それは俺だって同じです。木吉先輩が傷つくのを分かってて無視はできません」
互いに譲れない思いがある。
木吉は誠凛に必要な人だ。こんなところでバスケット人生を削って欲しくない。
「…烏羽、オレは先輩として…それから、一人の男としても言ってるんだぞ」
「は…?」
「好きな子を、守らせてくれと言ってるんだ」
その言葉と真剣な瞳に、真司はぞくりと背中が震えるのを感じた。
ああ、また自分は引きずり込んでしまったのか。
「…木吉先輩は分かってません。俺のこと、誤解してますよ」
「誤解?」
「俺のこと守ったって意味ないです。守る価値なんてないですから」
きっぱりそう言いきって木吉の手を放す。
しかし素早くまた木吉が真司の手を掴んだ。
今度は力強く。真司の力では振り解けない程に。
「何言ってるんだ、そんなことはないだろ」
「好意は嬉しいです。でも、」
「分かるぞ。お前は帝光中の…キセキの世代の奴等といい仲なんだろ?だからこそだ」
はっきりとそう言われて、かっと頬が赤くなった。
その頬に木吉の大きな手が触れる。包み込まれる、そんな安心感が罪悪感を大きくさせるようだ。
「このバスケ部は…彼等に烏羽を託されてる。お前には大事な人がいるだろ?彼等の為に、自分を大事にしてくれ」
「…なんで」
なんでそんなに優しいんですか。
開きかけた口を閉じて、真司は不器用に微笑むことしか出来なかった。
「…有難うございます、木吉先輩」
「烏羽…」
「気持ちは分かりましたから…もう、戻りましょう」
思いは伝わらなかった、そう木吉も確信した。
けれど、そこから先何を言ったら良いのか分からなくて。
スカートを揺らして先に歩き出す真司に、木吉も無言でついていく。
その前方から「え」と間抜けた声が聞こえた。
「何してるんですか…?」
「あ、テツ君…」
そういえば今日はまだ来ていなかった黒子が、丁度今ここに到着したところだったようだ。
真司と黒子の間には、何やら妙な空気が漂う。
「…今、来たんだ?委員会?」
「はい。遅くなりました」
「そっか。えっと…お疲れ様」
ぎこちない会話に、木吉は小さく首を傾げた。
けれど。何かかける言葉が見つかるわけでもなく、二人の様子を見守る。
「そんなことより、君はなんて恰好をしてるんですか」
「え…あ、これ?これは、ちょっと、」
「…」
黒子の目線があからさまに下へ移動した。
それに気付いた真司がぴくりと体を揺らして、おずおずと足を進める。
「掃除…してるから、早くテツ君も、手伝った方がいいよ」
それから先に部室のドアを開き、先に中へと消えて行った。
この二人にも、何か複雑な事情があるのだと察するのは容易い。
木吉は黒子にずいっと近付くと、その色素の薄い頭に手をのせた。
「黒子も大変だな」
「…烏羽君はずっとあんなでした。変わったのはボクの方なんです」
「え、ずっと、メイド服を?」
「いえ。そこじゃないです」
しれっとしたまま言う黒子に、木吉がきょとんとする。
けれどすぐに表情を戻した木吉は、もう一度黒子の頭をぽんと撫でた。
「…烏羽のこと、頼む」
「え」
それだけ言って部室に入って行く。
今度は黒子がきょとんとして暫くそこに立ちつくしていた。
木吉の目は本気だった。何かを訴えたいように見えた。
ような気がするだけだろうか。
黒子は何か不安に駆られながらも、部室の扉を開いた。
「あ!テツ君、今来ちゃ駄目!!」
「え?」
先程悲しそうに眉を下げて部室に入った真司はどこへやら。
黒子の肩を掴んで外へ出そうとする真司の足元に、すごい勢いで上空を舞った本が落ちた。
変な白い煙を立てたその本の表紙には、大きな胸の女性が。
「うわあ!なんでこっちに投げるんだよ火神君!」
「わ、わざとじゃねーよ!つかなんでそんなのが!!」
火神がばっと振り返って先輩達に目を向ける。
全員が一斉に首を横に振ったが、既に時遅し。
リコの目は完全にそれを捕らえてしまった。
「な、何なんですか…?」
「いや、なんか掃除してたら、エッチな本が…っ」
真司は足元のそれを慌てて蹴り飛ばし、火神の元へと返す。
そのせいで最初の犠牲となったのは火神、であるがそんなことはどうでも良く。
黒子は「エッチな本」などとはっきり言ってのけた涙目の真司に、大きく溜め息を吐き出した。
「やっぱり君は…分かってないです…」
「え?」
うっかり火照ってしまった頬を自ら押さえて、黒子が目を逸らす。
黒子のその反応に真司もつられて赤くなって。
そんな後輩の様子を見ていた木吉は、眉を下げながらも微笑ましく眺めていた。
・・・
それぞれ抱いていた予感。
それは口にしても届かなかった。
もはや避けられない、その日は遠くない。
週末、ウィンターカップ予選。
第一コートは誠凛対霧崎第一。第二コートは秀徳対泉真館。
部員を守りたい木吉の強い思い。自分が全てを負うことを厭わない真司の意志。
そして木吉の傷付く姿に揺らぐリコの心。
コートに響いた叫びは、真司を中心に広がった。
一週間前と同じ場所で、誠凛は霧崎第一と向かい合っていた。
明らかに今までと異なる空気は、忘れもしない昨年のことを抱えた二年生達から。
そして一年生も、昨年のことは日向から聞いてきた。だから思いは同じだ。
「やあ、久しぶりだね」
真司は、コートに入るなり一番会いたくなかった男と目を合わせてしまった。
善人のような顔をして微笑む男。
「…花宮真」
「覚えててくれたんだ、嬉しいな」
「嬉しいな、じゃないです。ていうか、その気持ち悪い態度止めてもらえますか」
彼の表側には作られた顔しか見られない。
それを指摘すれば、期待に応えるかのように花宮は鼻で笑った。
「今日の試合、君には期待してるよ」
「そうですか。それはどうも」
「その可愛い顔がどんな風に歪むのかなって、ね」
細めた目は、怪しげな笑みを作る。どこまでも嫌な奴だ。
真司はむっとあからさまに頬を膨らませ、花宮に背を向けた。
「君は怪我、しないようにね」
意味ありげな台詞を無視するも、怒りから真司の手に力がこもる。
それに気付いたのか、それとも偶然か。
真司の肩を傍に来た木吉が抱き寄せた。
「花宮。うちの後輩をいじめないでくれないか」
「やあ、木吉。元気そうで良かったよ」
「…おかげさまでな」
やり取りはそれだけに済ませ、木吉も真司の背中を押して花宮から離れるように歩き出す。
この時点で木吉は花宮の思惑に何となく勘付いていた。
だからこそ、何とか守らなければと思ったのが間違いだったのだろう。
強い思いは、余計に真司を試合に出さざるを得ない展開を生み出した。
『それでは、これより誠凛高校対霧崎第一高校の試合を始めます!』
不穏な空気が漂うまま開始された試合。
その前半、予想通りのラフプレイで火神や日向、内側で攻めていたメンバーが体を痛め付けられた。
審判が気付かない程度。けれどそれはじわじわと肉体的にも精神的にも誠凛を追い詰めていく。
怒り爆発する寸前の火神に当然リコが気付かないはずもない。
仕方なくタイムアウトを挟めば、そこで木吉は彼が思う最善を口にした。
「内側は、オレだけで行かせてくれ」
「何、言ってんの…?そんなこと出来るわけ…!」
「駄目だ。オレは、この為に戻ってきたんだ」
断れなかったのは、そこに余りにも強い木吉の意志があったから。
けれど、試合が再開すれば、当然全ての攻撃が木吉に向けられた。
膝どころじゃない。至るところにアザをつくる。それを木吉は良しとしている。
「本当に、こんなことの為に木吉先輩は戻ってきたんですか」
「…」
「納得いかないです。こんなの間違ってます」
真司がぽつりぽつりと呟く。
リコも、その気持ちは同じだった。木吉が傷付くことを、良いとは思えない。
「俺に、木吉先輩を守らせて下さい」
「…烏羽君」
「俺なら」
俺なら。その先の言葉は飲み込む。
恐らくリコも不審に思っていたはずだ。けれど、見ていられなかったこの状況に、リコの気持ちが揺れた。
元々、リコは真司を試合に出すつもりはなかったのだ。
ただ、この場では、真司に縋るしかなかった。
『誠凛、メンバーチェンジです』
そのアナウンスに、木吉と黒子は大きく目を見開いた。
「君が、出るんですか…?」
「たぶん俺なら流れを変えられる」
「でも…君は…」
「テツ君。俺は大丈夫」
黒子の視線が、瞳が不安からか大きく揺れる。
それでも、真司の気持ちは揺らがない。
(俺は大丈夫。怪我しても、大丈夫)
黒子と入れ替わった真司がコートに入り、試合が再開する。
花宮の思惑や周りの不安など全部無視して、真司はただ走った。
その時、確かに流れは変わったのだ。
真司のスピードと予期せぬ位置でのシュート。それは霧崎第一の攻撃を一時的に止めた。
「よし…このまま、点差をつけられれば…」
「監督、烏羽君は本当に、流れを変える為だけに出たいと言ったのでしょうか」
「黒子君…?」
「最近試合に出たがらなかった、出たいと言わなくなった烏羽君が、どうしてこの試合に限って…」
嫌な予感。
黒子とリコは目を合わせ、そして慌てて真司に視線を戻した。
「駄目です…何か、危ない気がします…っ」
「でも、そんな、まさか」
「監督、烏羽君を戻して下さい!烏羽君なら、間に合ってしまう…!」
決して真司はそうなることを望んでいたわけではなかった。
間違いは、立ち塞がったディフェンスの壁に、真司が思わずパスを出してしまったこと。
「しまった…!」
シュートに跳んだ木吉に対し、仕掛けられたディフェンスの動きに違和感があった。
木吉の体に思い切り倒れこむつもりなのだ。それが分かってしまったから。
「木吉先輩!」
時が止まったかと疑う程。周りはその速さに茫然とするだけだった。
真司が木吉とディフェンスとの間に飛び込んでいくのを、茫然と、見ていることしか出来なかった。
落下するそのままの体重が真司を押し倒す。
鈍い音が床にぶつかって鳴り響いた。
「烏羽君…!」
黒子の叫び声と同時にホイッスルが鳴り、試合は一時中断となった。
皆が一斉に真司に駆け寄る中、呆然としたままの木吉がしゃがみこむ。
「烏羽、…烏羽…!」
「待て木吉動かすな!」
「え…」
倒れたまま動かない真司を抱き起そうとした木吉は、日向の制止の声にびくりと手を震わせた。
そして気付くのは、手に付着した赤。
「…!」
霧崎第一の選手の肘を頭に受け、そのまま倒れて床に強打した。
目は閉じたまま開かれない。
想定した最悪の事態に、木吉の瞳が大きく揺れた。
「大丈夫?自分からぶつかりにいったように見えたけど…彼はどうしたのかなぁ」
花宮の浮ついた声に、木吉はばっと振り返った。
木吉は知っている。花宮が真司にけしかけたことを。
「オレが…烏羽のことを好きだからか。オレを落とすために、けしかけたのか」
「は?何の事?それより、早く医務室に運んだ方がいいんじゃないの」
「っ、」
状況の悪さは、観客、そこのコートにいる全ての人に伝わっていた。
すぐさま駆け寄ってきた医療チームに真司が運ばれていくのを見送る。
黒子とリコは気付いていた。
真司が満足気に微笑んでいたこと。
こうなってしまう。想定できた事態を、避けることは出来なかった。