黒バス(2012.10~2017.12)
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控え室に戻る桐皇のメンバーの後ろ、真司は一人廊下に立ち止まった。
真司が彼等と共にいるのはここまでで十分だろう。十分過ぎる程、近くにいさせてもらった。
勝った、それなのに全く嬉しそうにしていない青峰にかける言葉も見つからないし。
真司はひっそりと帰ってしまおうと、そのまま控え室の前を通り過ぎた。
「何や、挨拶も無しかい」
「…!」
しかし、全員中に入ったと思った部屋の方から声が聞こえ、真司はすぐに足を止めた。
何も言わずに立ち去らせてはくれないらしい。
「今吉さん…。え、っと…お邪魔しました…?」
「はは、いやいや。思ったより邪魔や無かったわ。むしろ青峰を上手い具合に調子づけてくれたしな」
声で分かっていたが、案の定今吉がそこにいる。
貼り付けたような笑顔が苦手だ。だからか、無意識に会話が長くならないように真司は頭を下げた。
「そんな事は…。えっと、俺はこれで失礼しますね」
「ちょい待ち。青峰がいないうちに一個、聞いてえぇか?」
ぱしっと掴まれた手を見下ろして、真司は内心溜め息を吐いていた。
あまりこの人と話したくはない。それでもこくりと頷くと、今吉はふっと笑った。
「なら聞くけど、青峰とどこまでの関係なん?」
「は…!?」
「付き合ってるちゅー感じでも無し。けど何も無いって感じともちゃう」
驚いて顔を上げると、「せやろ?」とでも言いたげな目が真司を見下ろしていた。
そりゃ気付かれても仕方ない態度をとったかもしれないが、ここまで直球で聞かれるとは。
とはいえ、だ。実際のところ青峰と真司の間に深い関係はないわけで。
「…何もないですよ。ていうかそれ、聞いてどうするんですか?」
「ん?単なる興味や。君に対する、な」
「口説いてるんですか」
「そう思ったんなら、そうなんやろなぁ」
「…」
冗談で言ったつもりなのに、何やら冗談な雰囲気でなくなり始めた気がする。
真司は話を別に向けようと、視線を今吉の首にかけられたタオルに向けた。
「ちゃんと、汗拭いて着替えた方がいいですよ」
「何や心配してくれとるんか、可愛らしいなぁ」
「…馬鹿にしてるんですか」
「残念ながら本心や」
ずっと微笑んでいるような顔をしていた今吉の目が、その時初めて薄く開かれた気がした。
ぞくっと、嫌な感覚が背筋に走る。
「…あの、俺…もう、戻らないと」
「ん?」
「…退いて、下さい」
いつの間に壁に押しやられたのか。前に立っている今吉と壁とで逃げ道を塞がれた。
おずおずと顔を上げると、無駄過ぎる程近くに今吉の顔があって。
「…、」
「顔伏せんと、よう見せてや」
「ちょ…」
「…烏羽君、いる?」
ぐいと顎を掴まれた時、今吉の後ろから高い声が聞こえてきた。
桃井の声だ。それに安心して頬が緩む。
しかし顔を覗かせた桃井は今吉の姿をとらえると、はっとして顔を引っ込めた。
「すみません、お話し中でしたか…!?」
「桃井、構へんよ。話は終わってるから」
「え、そうですか…?」
「しゃーない。今回は見逃したげるわ、烏羽君」
案外あっけなく手が離れて、今吉が桃井と入れ違いに控え室へ戻って行く。
思いの外あっさり身を引くものだから、安心しつつも唖然として。
からかわれたんだろうという結論に至って頬が膨れる。
そんな真司の様子にも気付いた桃井は、やはり申し訳なさそうに眉を下げていた。
「その…ホントに、迷惑かけちゃってごめんね」
「あ、ううん。貴重な体験させてもらったって…思うことにする」
「それは、確かにそうかもだけど…」
桃井は試合終了直前、今と同じ顔をしていた。心から桐皇の勝利を喜べないような。
いや、桐皇の勝利は嬉しいはずだ。悲しいのは、青峰の言葉の方。
「桃井さん、有難う」
「え、何が?」
「青峰君と一緒にいてくれて、有難う」
桃井に近付いて、細く柔らかい手を握り締める。
こうして桃井に触れるのは初めてかもしれない。中学の頃は、二人きりで話す機会すらそうなかったから。
「そんな、私なんて…怒らせてばっかりだし」
「桃井さん。次は、次は絶対俺達が勝つから。テツ君達と一緒に」
「…っ」
「それまで、見張っててね」
悔しいと言えば悔しい。
それでも、青峰は気が付かないから。 バスケの事も真司の好意も黒子の気持ちも。
だから、やはりくっ付いていたって仕方がないのだ。
「…残念だけど、桐皇は強いよ。次だって負けないからね」
「はは、分かってるよ。でも、俺達も負けない」
ぱっと手を放して笑い合う。それから控え室の扉を見つめて、真司は一歩下がった。
いい加減誠凛の皆に合流しなければ。脳裏にリコの怒っている姿が浮かんで冷や汗が流れる。
しかし、今度は桃井の手が真司を掴んでいた。
「桃井さん?」
「ねぇ、烏羽君」
「ん?」
「大ちゃんの事、嫌いにならないでね。あいつ馬鹿だから、全然気付かないけど」
じっと、あまり身長の変わらない桃井の目が近く見つめてくる。
やっぱり彼女に隠し事など出来るはずがなかったんだ。今更ながらに自覚して。
真司は薄ら赤い頬を隠さずに笑った。
「何年好きだと思ってんの。今更変わらないよ」
「ふふ、じゃあね。きーちゃんに宜しく」
「…え、」
桃井が控え室へと消える。
最後の一言は、つまりそれすら桃井の知る所にあるという事なのだろうか。
汗臭さの漂う廊下で、歩き出した真司の足音だけが耳につく。
「なんで分かったんだろう…」
桐皇の勝利を素直に祝福したいという思いの裏に、黄瀬を抱き締めたいという思いにかられている事を。
・・・
「あーんーたーはー…!!」
さっきまでと打って変わって。
真司は鬼を目の前にして真っ青になっていた。
「何勝手に桐皇の選手になっとんじゃい!」
「はい…」
怒るリコの周りで皆が複雑な面持ちなのは、真司の恋心を知るが故だろう。
勿論、それが理由であんな事になったのではないのだが。
「ちゃっかりジャージまで着て…そんなに桐皇が魅力的だった?」
「まさか、そんな事は…」
「アンタが何しようと構わないけど、他校に迷惑はかけないで。いいわね」
「はい…すみませんでした…」
むしろ迷惑かけられたのはこっち。という本音は我慢して。
心中複雑になりつつも頭を下げると、とんと黒子が真司の肩を叩いた。
「分かってますよ、烏羽君。青峰君が我が儘を言ったんでしょう」
「テツ君…」
「電話の切れ方がおかしかったですし」
無表情の中に呆れが少し浮かんでいる。
そんな黒子の横にいる火神は、何故か眉を吊り上らせていた。
いや、どちらかというといつも通りの顔ではあるか、少しイラつき気味と言うか。
「火神君、怒ってる…?」
「いやなんつーか…。そんなに青峰の奴が良かったのかと思って」
「ち、違うし!」
「はいはい、そういうのいーから。帰んぞ」
ぱんぱんと日向が手を打ち、真司も火神もぱっと顔を逸らした。
いろいろ有り過ぎて忘れていたが、合宿からそのままここに向かったのだ。これから帰る。誠凛に、家に。
「帰る」そう考えた瞬間、急にやり残した事が胸に引っかかった。
「…、」
これ以上の我が儘は今度こそ鉄拳でも済まされない、かもしれないけれど。
「烏羽君?どうしたんですか?」
「テツ君、俺…」
「黄瀬君ですか?」
「…っ」
桃井といい黒子といい、何かと鋭すぎではないか。それとも、自分の態度に問題があるのか。
真司は一度きゅっと唇を噛んでから、黒子の目を見つめ返した。
どうしても帰ってからでは嫌だった。黄瀬に会いたい。今、黄瀬と話がしたい。
「…青峰君の傍にいたのに、その後すぐに黄瀬君に…なんて、テツ君には最低な人間に見えるかもしれないけど」
「いえ…羨ましいとは思いますが」
「っ、ごめん」
先を歩き出しかけた火神もこちらを向いて止まっている。
火神にとっても今の真司の願いは嫌なもののはずだ。
だから顔を見れず、先程出たばかりの会場を振り返った。
「おい、お前等何してんだ」
「行っちゃうぞー?」
日向と木吉の声。
真司は汗ばんだ手を握り締めて、妙な緊張に震える唇を開いた。
「あの、この後帰って練習…なんてことはないですよね?」
「練習したいのか?さすがに合宿明けだし、個人に任せるけど」
「…じゃああの、俺、残ります」
「はぁ?」
一斉に全員が振り返った。
丸く見開かれた目が真司を見ている。
「…だめ、ですか」
「はぁ…。そんなに桐皇がいいって?」
「いえ、すみません…今度は黄瀬君に用が…」
「お前なぁ…」
盛大な溜め息に、申し訳なさが増々募って行く。
それでもこの試合で黄瀬が完全に変わっていて、仲間を思っていて。負けて涙して。
膨らんだ愛しさがどうしてもおさまらないのだ。
「わーったよ。じゃあここで解散。一人で帰るのが不安な奴だけついてこいってことで」
日向の判断に、リコの表情が微妙にむっとした気がするが。
「お疲れ」と言いながら歩き出した先輩達を少し切ない気持ちで見送りつつ、真司は歩き出す様子のない黒子と火神をちらと見た。
二人とも眉間にシワが寄っている。やはり、かける言葉が見つからない。
「…分かってます。きっと黄瀬君も君と一緒にいたいと思っているはずです」
「テツ君…」
「青峰君と違って黄瀬君は素直ですから…君が待っていたら喜びます、きっと」
「うん…」
火神の眉毛がぴくりと引きつった気がした。
それを見なかったフリをして俯く。申し訳ない、本当に。
それでも。どうしても、彼等への思い以上に黄瀬への思いがあるのを消せないのだ。
「火神君、行きましょう」
「…青峰だけじゃなくて黄瀬もかよ」
「火神君」
「…負けねぇ。黒子、お前には絶対負けねぇ」
「ボクも君には負けたくないです」
そんな会話をしながら、二人が真司に背中を向けた。
悔しいのを、腹が立つのを誤魔化しているように聞こえた。いや、そうなのだろう。
だからこそ、やはり真司には何も言えなくて。
聞こえない程度の声で「ごめん」と呟いて、それから携帯を取り出した。
一人残った会場の外で、真司は静かに頭を下げた。
「…ホント、最低だな…俺…」
携帯を開き見た黄瀬の名前、それだけで高鳴る心は正直だ。
自分の行動があまりにも不純で酷いもので。それでも今は黄瀬に傾く心が強い。
「何で俺、こんな…」
今更自分の求めがちな心を責めても仕方がないのだが。
彼の泣いていた顔が、上ずった声がまだ頭に残っている。それから、青峰に向けていた鋭い視線も、自分を見下ろした時の辛そうな表情も。
「早く」
早く来てくれ、そう願って“送信”と表示された携帯を胸に引き寄せた。
「ここにいたか」
暫く待って、背後から聞こえた大きめな息と同時に吐き出された声。
それは黄瀬のものではなくて、真司は自分に投げかけられたものか疑いながら振り返った。
「え、か、笠松さん…?」
「おう。悪いなオレで」
「いえ…!でも、なんで?」
そこにいたのは黄瀬の先輩である笠松。
黄瀬に送ったメールを見たのだとしても、わざわざ来ることがあるだろうか。
目を丸くする真司を見た笠松は肩をすくめて笑っている。
「黄瀬の奴がな、会わせる顔がないとかうじうじしてっからさ」
「それで笠松さんが来てくれたんですか?」
「そーでもしねぇと、アイツ動かねーと思ったからな」
なるほど、確かに黄瀬なら釣られて来そうだ。
なんて、そんな事を考えながらも真司は見逃さなかった。笠松の目が赤くなっている事を。
「情けない面してるけど、アイツの事宜しくな」
「笠松さんは…」
「何?」
「笠松さんは、大丈夫なんですか?」
真司の言葉に、今度は笠松が目を丸くした。
戸惑いが顔に浮かんで、笠松の視線が真司から逸らされる。
「オマエな…そーいうのはいいって」
「あ、すみません、余計な事言いました、よね」
「いや…お前のそういう、誰にも手を広げられるとこは、悪くないと思うけどな」
「え…」
そう言って笠松はゆっくり真司との距離を縮め始めた。
目の前まで来た笠松が大きく息を吐いて手を伸ばしてくる。それを、真司は自然と受け入れていた。
「ホント悪い…少しだけ肩借りるわ」
「低くて…ごめんなさい…」
「ははっ…」
背中に手が回されて、肩に笠松の頭の重さを感じる。
そんな事よりも何よりも、笠松の言葉が胸にじんときていた。
一人を選べない事が自分でも駄目だと分かっている。しかし、それが悪くない、なんて。
「ちょ、笠松先輩!」
だだっと煩い足音と共に、同じくらい煩い声が耳に入る。
その瞬間に真司の心臓が大きく鳴ったのは、今聞きたくて仕方ない声だったからだろう。
「おせーよ黄瀬」
「だ、だからってなんで笠松先輩が真司っちに…っ」
駆け寄ってきた黄瀬が立ち止まってわたわたと手を泳がせる。
それを横目で流しながら、笠松は真司から体を離した。
「じゃ、オレは戻るけど。黄瀬、お前はこのまま解散でいーから」
「え!でも…っ」
「いいって。…真司、ありがとな」
「いえ、こちらこそ…!」
何がこちらこそか分からないが、ぴっと背筋を伸ばして笠松を見送る。
そんな真司に黄瀬は不服そうに眉を寄せているが、それでも一定の距離以上近付いてこなかった。
笠松と同じで目が赤い。しゅんと肩が下がっている事からも、落ち込んでいると分かる。
「黄瀬君、大丈夫?」
「…なんで、こんなタイミングで会いたいなんて言ってきたんスか…?」
「そりゃあまぁ、会いたいと思ったからだよ」
「オレは会いたくなかったっス…」
つんと唇をとがらせて俯いてしまった黄瀬は、いつもよりも小さく見えた。
それがどうにも愛しいと思うのは惚れた弱みとでも言うのか。
「黄瀬君…」
「真司っち…オレ、青峰っちに勝てねぇ…強気な事言っても、やっぱ強いっスわあの人…」
黄瀬の声が震えている。悔しそうで、そして辛そうに拳を握りしめて。
こんな黄瀬を、隣で支えたかった。中学の頃のように一緒に悲しんだり喜んだり、そんな当たり前のことが出来れば良かったのに。
「…俺、安心したよ」
「え?」
「今の黄瀬君はちゃんとバスケしてた。だから悔しいって感じるし、今のチームで勝ちたいって…思ってるんじゃない?」
「でも、オレはエースなのに、」
「エースとして戦ってたじゃん、青峰君と」
でも負けたら意味がない。きっと黄瀬はそう思っている。
確かに勝たなければ結果は残らない。けれど、つまらない勝利よりはずっといい。次がある、次の為に頑張りたいと思うから。
「黄瀬君、俺、桐皇のベンチに座ってたけど喜べなかったんだ。黄瀬君がチームを思って戦ってたから」
「同情なんかいらないっス…」
「同情…?違うよ、同情じゃない」
黄瀬は首をぶんぶんと横に振って、ふいと顔を背けてしまった。
何を言ったら分かってくれるだろう。暫くそう考えても、何も浮かばなくて。
分かってもらえなくてもいいや。真司は羞恥心を捨てると黄瀬に近付いた。
「黄瀬君…俺、黄瀬君の事抱きしめたいんだけど…」
「そ…へ!?」
「黄瀬君、すごく格好良かったから。勝ってばっかの時より、ずっと」
「何スかそれ…っ!ずるいっス、今そんな事言うなんて…」
「だって黄瀬君の事慰めるとかそういう余裕もないくらい、黄瀬君が…っ」
互いに少しずつ声が大きくなっていって、真司ははっとして口を閉じた。
通り過ぎる人達の視線が増えている。
そういえば黄瀬涼太ってモデルじゃん、とか今更な事を思い出して。
「…黄瀬君」
「…とりあえず、移動しよう」
「うん」
二人して頬を赤くして俯く。
黄瀬との間に流れる空気が熱い。
「黄瀬君…俺、迷惑だった…?」
「んなわけないじゃないっスか。嬉しくてどうにかなりそうっスよ…」
さり気ない仕草で黄瀬の手が真司の手を掴む。
熱い手のひらと手のひらとが重なって、じわりと汗が滲んだ。
「黄瀬君…。俺、黄瀬君と会いたかったの、本当に」
「何なんスかもー。これ以上舞い上がらせないで欲しいっス」
ようやく声に覇気が戻ってきた黄瀬に安心して、ちらと彼の顔を見上げる。
すると、黄瀬もこちらを見下ろしていたらしい。
ぱちっと視線が合って、そしてどちらともなく笑った。
「あーもう知んないスよ!悪いけど、容赦なくお持ち帰りさせてもらうっスから」
「…うん、そうして欲しい」
「っ、…真司っち今日変っス。やっぱ同情してんじゃねーの」
「同情だけで、こんな気分になるわけないじゃん」
ぎゅっと手を握り返して、真司は黄瀬にとんっと肩をぶつけた。
意識すればするほど湧き上がる恋情に、困っているのはこっちの方だ。
合宿でのこともあって気持ちが浮ついているのかもしれないし、欲深くなっているのかもしれない。
それでも、こんなに熱くなるのは相手が黄瀬だからだ。
そうに違いない。
「じゃあ、今日は思う存分甘えさせてもらうっスよ」
それはこっちの台詞。なんて口にはせず。
真司は緩む頬を俯き隠して、黄瀬に歩幅についていく為にいつもより早く足を回した。
・・・
黄瀬の匂いしかしない空間。久々に訪れた黄瀬の家、変わっていない黄瀬の部屋に真司は一人座っていた。
一年、いや二年くらい前には頻繁に…とは言わないが、それなりにあった状況だ。
それがこんなに緊張するとは。
「はぁ…」
忘れていたわけではない。考える余裕が無くなっていただけ。
黄瀬の事が好きだと。黄瀬に触れて欲しいと、愛をささやいて欲しいと。
一つ思ってしまえば次々に浮かんできて、それがまた真司の緊張を加速させた。
「真司っち、待たせてごめん」
「っ、」
がちゃ、という音と同時に黄瀬が入ってくる。
その瞬間ドキリとして顔が強張ったのを、きっと黄瀬は見逃さなかった。
「真司っち、どうしたんスか?」
「…緊張してちゃ悪いかよ」
「ううん。ていうか、あんな風に誘ってくるから慣れちゃったのかと思ってたっスよ。良かった、変わってなくて」
ベッドの側面に背中を預けるように座っていた真司のその横に黄瀬も腰かける。
ようやく目の赤みも引いて、いつも通りの黄瀬がそこにいるように見える。内心はどうなのか知らないが。
「本当に、何もなかった?」
「え、何、俺に?」
「高校入ってから、オレ結構心配してんスよ。火神もそうだし黒子っちだって…」
まだ乾ききっていない髪をそのままに、黄瀬が真司の首元に顔を寄せた。
ひやりと冷たく、くすぐったい感覚が体に走る。
「青峰っちに勝ちたかったっス…。そりゃ勝ちたいに決まってんだけど、何か違くて…」
「黄瀬君?」
「青峰っちに勝てば、真司っちの心も青峰っちから奪える気がしてて」
そんなはずないんスけど。そう言った黄瀬の声は、笑っているようにも泣きそうにも聞こえた。
黄瀬を慰める事も出来ただろう。しかし、真司はそうしなかった。
だってそんなの、余りにも純粋で優しくて甘すぎる。
「…黄瀬君は、俺の事勘違いしてるよ」
「え?」
「俺の気持ちなんて、端から青峰君に偏ってなんかないし。俺…最低な人間なんだから」
耳をくすぐる黄瀬の髪に頬を寄せて、それから黄瀬にぎゅっと抱き着いた。
「それに…とっくに黄瀬君のものだし」
「そうだったっスね」
笑った黄瀬の息が耳にかかる。それに少し身を固くした真司は、黄瀬によって軽くベッドの上に移動させられた。
ぽすんと二人の体重でベッドが沈む。
そのベッドの軋む音でさえも真司の心を弾ませたのは、ここに来てからの期待が更に膨らんだから。
「…黄瀬君、ごめん。俺、期待してる」
「ホント、今日は素直っスね…」
恐らく真司が知る最も綺麗な顔が近付いてくる。
途端に期待が緊張に切り替わって、胸が苦しくなって。
柔らかい感触が唇に触れた瞬間、耐えきれない苦しさに真司は黄瀬の腕を掴んだ。
「ん…っ、」
薄く開いた唇を割って入ってくる舌を受け入れる。
絡み合う音と息苦しさは決して気持ち良いものではない。それなのに、相手が黄瀬というだけで興奮した。
上ずった声を漏らす真司をあおるかのように、黄瀬の手は真司の顔、首、そして服をたくし上げ胸へと移動していく。
「っは、あ、」
「真司っち、ちょっと焼けたっスね」
「あ…海で、合宿してたから」
「へぇ。海…懐かしいっスね」
何気ない会話を交わしながら、黄瀬は手を添えた真司の胸に顔を寄せた。
ちゅっと軽く唇を重ねられれば、期待からか腰が浮き上がる。
「ふっ…なんか、真司っち敏感になった?」
「そ、れは…久しぶりだから…」
「ふーん?」
若干含みをもった黄瀬の声にムッ、としたのも束の間。
素早く黄瀬の手は真司の下半身を覆っていたぶかぶかのズボンを取り去った。
一応装着されていた紐を結んでいたが、意味などもたなかったようだ。
「真司っち、可愛い」
「どこ、見て言ってんだ…っ」
「どこって…ここっスけど」
「っ!」
パンツ越しに触れた真司のそこを愛おしげに見下ろして、黄瀬は体をずりずりと移動させる。
黄瀬が何をするつもりか分かって腰を引いても、当然黄瀬の力に敵うはずもなく引き戻されてしまった。
「そ、そういうのいいっ、…!」
股間に黄瀬が顔を埋めたのを見えて、真司は咄嗟に目を閉じた。
綺麗な顔で、何て事をするんだ。
そんな真司の心境も読み切っているのか、黄瀬は分かりやすく音を立てて下着に舌を這わせている。
「…っ、黄瀬君…」
「んー?」
「せめて、下着、それ…っ汚れちゃうから…」
「ふはっ、今更っスよそれ。ま、いいけど」
目を閉じたその向こうで下着が取り払われ、直接黄瀬の指が触れた。
多分もう完全に固くなっているそれを数回つつかれて、そして黄瀬の口内へと運ばれる。
見てはいない、感覚だけでそう察しているにすぎないが。
「っ、んん…、ふ、ぁ…」
「ん…そ、声、抑えてね…」
「分かって、る…ッ、」
本日黄瀬家には親は勿論、会ったことはないが姉もいるらしい。
こんな所が見られでもしたら一大事だ。しなきゃいいのに、二人して我慢することは出来なかったわけで。
口内で愛撫され、何とか口を手で覆って抑える。
既にかなり気持ち良くて、目の前がちかちかと瞬いているのに。黄瀬の指は真司の穴を擦り始めてた。
「…ちょ、っと…っ」
「指、入れるっスよ」
「…っ」
思わず目を開け、自分の股間に寄っている金髪を視界に捕らえる。
改めて見ると、あまりにも情けない。何とも恥ずかしい恰好は、もはや自分のものではないかのようだ。
そんな風にぼんやりと見ていた真司は、下半身に異物感を覚え、反射的に目を閉じた。
「痛っ…、黄瀬君、何か、塗ってよ…」
「え、痛いっスか?」
「久しぶりだって言ったじゃん…っ」
久しぶり、というのも一ヶ月二ヶ月とかいう話ではない。
暫く広げられなかった場所は、すっかり初めて触れられた時と変わらない状態に戻ってしまったようだ。
「本当に…誰も相手にしてなかったんスね…」
「ばっ…!当たり前だろっ」
「緑間っちも、青峰っちも…?すんのいつぶり?」
「うっ、るさ…」
せっかく羞恥心が無くなり始めていたというのに、黄瀬はどうしてかこう恥ずかしい事ばかり言ってくる。
そしてそれを恥ずかしがる真司の姿にまた嬉しそうに笑った黄瀬は、先程より優しく真司の中を解し始めた。
「どう?痛くない?」
「う、ん…気持ちいい…」
求めていただけあって、次第に気持ち良さが増してくる。
何よりも黄瀬の指は長くて、それでいて恐らく真司の体の事を覚えているのだろう、一番感じる場所ばかりを突いてくる。
だからか酷く熱くて苦しくて、それなのに物足りなかった。
「ま、っ、黄瀬君…ちょっと…や、だ…」
「ん?」
「黄瀬君の…い、入れ…入れて…」
もどかしい。ふと思い出すこともあったこの独特な痛みと感覚を、真司はもう我慢できなかったのだ。
真司の懇願する目に、黄瀬の喉はごくりとなった。
それからゆっくりと指を抜いて、そこを撫でる。
「いいんスね…?」
「いいから、早く…っ」
「りょーかいっス」
黄瀬はそれににこりと笑って応えると、真司の腿を掴んでぐいと持ち上げた。
「初めて、オレにくれて有難う」
「え、何?」
「誠凛高校の真司っちの初めて、っスよ」
「何それ、黄瀬君くさいんですけど…っ」
ふっと笑いを浮かべながらも、この後来るだろう痛みを予測して身構える。
それに気付いたのだろう、黄瀬は緩く真司の張り詰めたそれを撫でるように包んだ。
「ふ…っ、あ…っ」
油断していたせいか、大きくなりそうになった声を息で覆い隠す。
その隙に体の内側に踏み込んで来た黄瀬を、真司はあっという間に受け入れていた。
「んっ…、真司っち、どう?痛くない?」
「痛、い…けど、大丈夫…」
「ちゃんと息して、力抜いて?」
「ん…」
初めてかのようなやり取り。
久しぶりの感触に体が欲に持って行かれそうなのは真司だけではないようだ。
黄瀬の頬は赤く染まり、息はいつもより荒い。
「真司っち、ごめん…動いていい?」
「うん…」
返事をするや否や、黄瀬は真司の顔の横に手をついた。
そのまま体重をかけるかのように、奥まで打ち付けられる。
まだ開ききらないそこは、鈍い痛みを伴う。
しかし、ベッドの軋む音が痛みとリンクして、中が侵されると思うとそれが嬉しくて。
それどころか、ぽたりと頬に落ちる黄瀬の汗にさえ、真司の心臓はどくりと高鳴っていた。
「はっ…、あ…き、せく…」
「ごめ、オレ全然余裕ねっス…」
「俺も…、」
痛みの中に突くような快感を覚えるのはすぐで。
二人の息が小刻みに震えている。無意識に寄せた唇は、重なり合って互いの声を呑み込んだ。
「黄瀬君…も…、」
「はやい、っスね…、でも…っオレも…」
今までで一番大きな快楽の波。
真司はシーツを握り締めていた手を、ようやく黄瀬の首に回した。
ぎゅっと抱き締め合って体を繋げる。
黄瀬の大きな体が、耳にかかる息が、何もかもが愛しい。
改めて感じる愛情に、真司は一筋の涙をシーツへと落とした。
・・・
行為はあっという間に終わっていた。
時計の針は半分も回っていない。
それでも家族の事があるし、体を痛めている場合でもなし。
まだ眠るにも早い時間だったが、二人は既に何事もなかったかのように布団に入っていた。
「真司っち、体大丈夫だった?」
「大丈夫じゃない…疲れたし…」
「ぼんやりしちゃって、可愛いっスね」
「馬鹿言うな…」
昔…といっても数年前だが、よくも何度もやろうと思ったものだ。
気持ちが良いのは確かだが、後片付けもその後の空気も辛いものがある。
「真司っち、明日も部活?」
「ん…黄瀬君も、でしょ」
「うん、オレも。また暫く会えないっスね」
離れ難くなる。それなのに、以前より増して黄瀬がキラキラと輝いて見える。
こんなだっけ、とか曖昧な記憶を探ろうとしてやめた。
決して良いとは言えない過去だ。黄瀬に対しての居たたまれなさもあるし
「黄瀬君…」
「んー?」
「いや、何でもない」
ごめんとか有難うとか形式じみた言葉で表せる感情でもなく、真司はゆっくりと目を閉じた。
本当はもっと考えなければいけない事とか、出すべき答えがあるのに。でも、今だけは。
無意識に黄瀬の胸に頬を寄せて、真司の意識は沈んで行った。
「真司っち?…寝ちゃった?」
微かな寝息が聞こえる。
負担をかけてしまったろう。黄瀬は撫でようと頭に伸ばした手を引っ込めた。
「この時間が、ずっと続けばいいのに、ね」
ね、と声をかけたところで、当然返答はない。
いや、きっと起きていたとしても真司は返事をしなかっただろう。
「もし青峰っちと通じ合ったら…赤司っちが目の前に現れたら…どうなるんスかね」
真司は間違いなく自分を好きでいている。ずっとあの頃から変わらずに。
あの頃と同じように、奥底には別の人への思いを抱えたまま。
真司が彼等と共にいるのはここまでで十分だろう。十分過ぎる程、近くにいさせてもらった。
勝った、それなのに全く嬉しそうにしていない青峰にかける言葉も見つからないし。
真司はひっそりと帰ってしまおうと、そのまま控え室の前を通り過ぎた。
「何や、挨拶も無しかい」
「…!」
しかし、全員中に入ったと思った部屋の方から声が聞こえ、真司はすぐに足を止めた。
何も言わずに立ち去らせてはくれないらしい。
「今吉さん…。え、っと…お邪魔しました…?」
「はは、いやいや。思ったより邪魔や無かったわ。むしろ青峰を上手い具合に調子づけてくれたしな」
声で分かっていたが、案の定今吉がそこにいる。
貼り付けたような笑顔が苦手だ。だからか、無意識に会話が長くならないように真司は頭を下げた。
「そんな事は…。えっと、俺はこれで失礼しますね」
「ちょい待ち。青峰がいないうちに一個、聞いてえぇか?」
ぱしっと掴まれた手を見下ろして、真司は内心溜め息を吐いていた。
あまりこの人と話したくはない。それでもこくりと頷くと、今吉はふっと笑った。
「なら聞くけど、青峰とどこまでの関係なん?」
「は…!?」
「付き合ってるちゅー感じでも無し。けど何も無いって感じともちゃう」
驚いて顔を上げると、「せやろ?」とでも言いたげな目が真司を見下ろしていた。
そりゃ気付かれても仕方ない態度をとったかもしれないが、ここまで直球で聞かれるとは。
とはいえ、だ。実際のところ青峰と真司の間に深い関係はないわけで。
「…何もないですよ。ていうかそれ、聞いてどうするんですか?」
「ん?単なる興味や。君に対する、な」
「口説いてるんですか」
「そう思ったんなら、そうなんやろなぁ」
「…」
冗談で言ったつもりなのに、何やら冗談な雰囲気でなくなり始めた気がする。
真司は話を別に向けようと、視線を今吉の首にかけられたタオルに向けた。
「ちゃんと、汗拭いて着替えた方がいいですよ」
「何や心配してくれとるんか、可愛らしいなぁ」
「…馬鹿にしてるんですか」
「残念ながら本心や」
ずっと微笑んでいるような顔をしていた今吉の目が、その時初めて薄く開かれた気がした。
ぞくっと、嫌な感覚が背筋に走る。
「…あの、俺…もう、戻らないと」
「ん?」
「…退いて、下さい」
いつの間に壁に押しやられたのか。前に立っている今吉と壁とで逃げ道を塞がれた。
おずおずと顔を上げると、無駄過ぎる程近くに今吉の顔があって。
「…、」
「顔伏せんと、よう見せてや」
「ちょ…」
「…烏羽君、いる?」
ぐいと顎を掴まれた時、今吉の後ろから高い声が聞こえてきた。
桃井の声だ。それに安心して頬が緩む。
しかし顔を覗かせた桃井は今吉の姿をとらえると、はっとして顔を引っ込めた。
「すみません、お話し中でしたか…!?」
「桃井、構へんよ。話は終わってるから」
「え、そうですか…?」
「しゃーない。今回は見逃したげるわ、烏羽君」
案外あっけなく手が離れて、今吉が桃井と入れ違いに控え室へ戻って行く。
思いの外あっさり身を引くものだから、安心しつつも唖然として。
からかわれたんだろうという結論に至って頬が膨れる。
そんな真司の様子にも気付いた桃井は、やはり申し訳なさそうに眉を下げていた。
「その…ホントに、迷惑かけちゃってごめんね」
「あ、ううん。貴重な体験させてもらったって…思うことにする」
「それは、確かにそうかもだけど…」
桃井は試合終了直前、今と同じ顔をしていた。心から桐皇の勝利を喜べないような。
いや、桐皇の勝利は嬉しいはずだ。悲しいのは、青峰の言葉の方。
「桃井さん、有難う」
「え、何が?」
「青峰君と一緒にいてくれて、有難う」
桃井に近付いて、細く柔らかい手を握り締める。
こうして桃井に触れるのは初めてかもしれない。中学の頃は、二人きりで話す機会すらそうなかったから。
「そんな、私なんて…怒らせてばっかりだし」
「桃井さん。次は、次は絶対俺達が勝つから。テツ君達と一緒に」
「…っ」
「それまで、見張っててね」
悔しいと言えば悔しい。
それでも、青峰は気が付かないから。 バスケの事も真司の好意も黒子の気持ちも。
だから、やはりくっ付いていたって仕方がないのだ。
「…残念だけど、桐皇は強いよ。次だって負けないからね」
「はは、分かってるよ。でも、俺達も負けない」
ぱっと手を放して笑い合う。それから控え室の扉を見つめて、真司は一歩下がった。
いい加減誠凛の皆に合流しなければ。脳裏にリコの怒っている姿が浮かんで冷や汗が流れる。
しかし、今度は桃井の手が真司を掴んでいた。
「桃井さん?」
「ねぇ、烏羽君」
「ん?」
「大ちゃんの事、嫌いにならないでね。あいつ馬鹿だから、全然気付かないけど」
じっと、あまり身長の変わらない桃井の目が近く見つめてくる。
やっぱり彼女に隠し事など出来るはずがなかったんだ。今更ながらに自覚して。
真司は薄ら赤い頬を隠さずに笑った。
「何年好きだと思ってんの。今更変わらないよ」
「ふふ、じゃあね。きーちゃんに宜しく」
「…え、」
桃井が控え室へと消える。
最後の一言は、つまりそれすら桃井の知る所にあるという事なのだろうか。
汗臭さの漂う廊下で、歩き出した真司の足音だけが耳につく。
「なんで分かったんだろう…」
桐皇の勝利を素直に祝福したいという思いの裏に、黄瀬を抱き締めたいという思いにかられている事を。
・・・
「あーんーたーはー…!!」
さっきまでと打って変わって。
真司は鬼を目の前にして真っ青になっていた。
「何勝手に桐皇の選手になっとんじゃい!」
「はい…」
怒るリコの周りで皆が複雑な面持ちなのは、真司の恋心を知るが故だろう。
勿論、それが理由であんな事になったのではないのだが。
「ちゃっかりジャージまで着て…そんなに桐皇が魅力的だった?」
「まさか、そんな事は…」
「アンタが何しようと構わないけど、他校に迷惑はかけないで。いいわね」
「はい…すみませんでした…」
むしろ迷惑かけられたのはこっち。という本音は我慢して。
心中複雑になりつつも頭を下げると、とんと黒子が真司の肩を叩いた。
「分かってますよ、烏羽君。青峰君が我が儘を言ったんでしょう」
「テツ君…」
「電話の切れ方がおかしかったですし」
無表情の中に呆れが少し浮かんでいる。
そんな黒子の横にいる火神は、何故か眉を吊り上らせていた。
いや、どちらかというといつも通りの顔ではあるか、少しイラつき気味と言うか。
「火神君、怒ってる…?」
「いやなんつーか…。そんなに青峰の奴が良かったのかと思って」
「ち、違うし!」
「はいはい、そういうのいーから。帰んぞ」
ぱんぱんと日向が手を打ち、真司も火神もぱっと顔を逸らした。
いろいろ有り過ぎて忘れていたが、合宿からそのままここに向かったのだ。これから帰る。誠凛に、家に。
「帰る」そう考えた瞬間、急にやり残した事が胸に引っかかった。
「…、」
これ以上の我が儘は今度こそ鉄拳でも済まされない、かもしれないけれど。
「烏羽君?どうしたんですか?」
「テツ君、俺…」
「黄瀬君ですか?」
「…っ」
桃井といい黒子といい、何かと鋭すぎではないか。それとも、自分の態度に問題があるのか。
真司は一度きゅっと唇を噛んでから、黒子の目を見つめ返した。
どうしても帰ってからでは嫌だった。黄瀬に会いたい。今、黄瀬と話がしたい。
「…青峰君の傍にいたのに、その後すぐに黄瀬君に…なんて、テツ君には最低な人間に見えるかもしれないけど」
「いえ…羨ましいとは思いますが」
「っ、ごめん」
先を歩き出しかけた火神もこちらを向いて止まっている。
火神にとっても今の真司の願いは嫌なもののはずだ。
だから顔を見れず、先程出たばかりの会場を振り返った。
「おい、お前等何してんだ」
「行っちゃうぞー?」
日向と木吉の声。
真司は汗ばんだ手を握り締めて、妙な緊張に震える唇を開いた。
「あの、この後帰って練習…なんてことはないですよね?」
「練習したいのか?さすがに合宿明けだし、個人に任せるけど」
「…じゃああの、俺、残ります」
「はぁ?」
一斉に全員が振り返った。
丸く見開かれた目が真司を見ている。
「…だめ、ですか」
「はぁ…。そんなに桐皇がいいって?」
「いえ、すみません…今度は黄瀬君に用が…」
「お前なぁ…」
盛大な溜め息に、申し訳なさが増々募って行く。
それでもこの試合で黄瀬が完全に変わっていて、仲間を思っていて。負けて涙して。
膨らんだ愛しさがどうしてもおさまらないのだ。
「わーったよ。じゃあここで解散。一人で帰るのが不安な奴だけついてこいってことで」
日向の判断に、リコの表情が微妙にむっとした気がするが。
「お疲れ」と言いながら歩き出した先輩達を少し切ない気持ちで見送りつつ、真司は歩き出す様子のない黒子と火神をちらと見た。
二人とも眉間にシワが寄っている。やはり、かける言葉が見つからない。
「…分かってます。きっと黄瀬君も君と一緒にいたいと思っているはずです」
「テツ君…」
「青峰君と違って黄瀬君は素直ですから…君が待っていたら喜びます、きっと」
「うん…」
火神の眉毛がぴくりと引きつった気がした。
それを見なかったフリをして俯く。申し訳ない、本当に。
それでも。どうしても、彼等への思い以上に黄瀬への思いがあるのを消せないのだ。
「火神君、行きましょう」
「…青峰だけじゃなくて黄瀬もかよ」
「火神君」
「…負けねぇ。黒子、お前には絶対負けねぇ」
「ボクも君には負けたくないです」
そんな会話をしながら、二人が真司に背中を向けた。
悔しいのを、腹が立つのを誤魔化しているように聞こえた。いや、そうなのだろう。
だからこそ、やはり真司には何も言えなくて。
聞こえない程度の声で「ごめん」と呟いて、それから携帯を取り出した。
一人残った会場の外で、真司は静かに頭を下げた。
「…ホント、最低だな…俺…」
携帯を開き見た黄瀬の名前、それだけで高鳴る心は正直だ。
自分の行動があまりにも不純で酷いもので。それでも今は黄瀬に傾く心が強い。
「何で俺、こんな…」
今更自分の求めがちな心を責めても仕方がないのだが。
彼の泣いていた顔が、上ずった声がまだ頭に残っている。それから、青峰に向けていた鋭い視線も、自分を見下ろした時の辛そうな表情も。
「早く」
早く来てくれ、そう願って“送信”と表示された携帯を胸に引き寄せた。
「ここにいたか」
暫く待って、背後から聞こえた大きめな息と同時に吐き出された声。
それは黄瀬のものではなくて、真司は自分に投げかけられたものか疑いながら振り返った。
「え、か、笠松さん…?」
「おう。悪いなオレで」
「いえ…!でも、なんで?」
そこにいたのは黄瀬の先輩である笠松。
黄瀬に送ったメールを見たのだとしても、わざわざ来ることがあるだろうか。
目を丸くする真司を見た笠松は肩をすくめて笑っている。
「黄瀬の奴がな、会わせる顔がないとかうじうじしてっからさ」
「それで笠松さんが来てくれたんですか?」
「そーでもしねぇと、アイツ動かねーと思ったからな」
なるほど、確かに黄瀬なら釣られて来そうだ。
なんて、そんな事を考えながらも真司は見逃さなかった。笠松の目が赤くなっている事を。
「情けない面してるけど、アイツの事宜しくな」
「笠松さんは…」
「何?」
「笠松さんは、大丈夫なんですか?」
真司の言葉に、今度は笠松が目を丸くした。
戸惑いが顔に浮かんで、笠松の視線が真司から逸らされる。
「オマエな…そーいうのはいいって」
「あ、すみません、余計な事言いました、よね」
「いや…お前のそういう、誰にも手を広げられるとこは、悪くないと思うけどな」
「え…」
そう言って笠松はゆっくり真司との距離を縮め始めた。
目の前まで来た笠松が大きく息を吐いて手を伸ばしてくる。それを、真司は自然と受け入れていた。
「ホント悪い…少しだけ肩借りるわ」
「低くて…ごめんなさい…」
「ははっ…」
背中に手が回されて、肩に笠松の頭の重さを感じる。
そんな事よりも何よりも、笠松の言葉が胸にじんときていた。
一人を選べない事が自分でも駄目だと分かっている。しかし、それが悪くない、なんて。
「ちょ、笠松先輩!」
だだっと煩い足音と共に、同じくらい煩い声が耳に入る。
その瞬間に真司の心臓が大きく鳴ったのは、今聞きたくて仕方ない声だったからだろう。
「おせーよ黄瀬」
「だ、だからってなんで笠松先輩が真司っちに…っ」
駆け寄ってきた黄瀬が立ち止まってわたわたと手を泳がせる。
それを横目で流しながら、笠松は真司から体を離した。
「じゃ、オレは戻るけど。黄瀬、お前はこのまま解散でいーから」
「え!でも…っ」
「いいって。…真司、ありがとな」
「いえ、こちらこそ…!」
何がこちらこそか分からないが、ぴっと背筋を伸ばして笠松を見送る。
そんな真司に黄瀬は不服そうに眉を寄せているが、それでも一定の距離以上近付いてこなかった。
笠松と同じで目が赤い。しゅんと肩が下がっている事からも、落ち込んでいると分かる。
「黄瀬君、大丈夫?」
「…なんで、こんなタイミングで会いたいなんて言ってきたんスか…?」
「そりゃあまぁ、会いたいと思ったからだよ」
「オレは会いたくなかったっス…」
つんと唇をとがらせて俯いてしまった黄瀬は、いつもよりも小さく見えた。
それがどうにも愛しいと思うのは惚れた弱みとでも言うのか。
「黄瀬君…」
「真司っち…オレ、青峰っちに勝てねぇ…強気な事言っても、やっぱ強いっスわあの人…」
黄瀬の声が震えている。悔しそうで、そして辛そうに拳を握りしめて。
こんな黄瀬を、隣で支えたかった。中学の頃のように一緒に悲しんだり喜んだり、そんな当たり前のことが出来れば良かったのに。
「…俺、安心したよ」
「え?」
「今の黄瀬君はちゃんとバスケしてた。だから悔しいって感じるし、今のチームで勝ちたいって…思ってるんじゃない?」
「でも、オレはエースなのに、」
「エースとして戦ってたじゃん、青峰君と」
でも負けたら意味がない。きっと黄瀬はそう思っている。
確かに勝たなければ結果は残らない。けれど、つまらない勝利よりはずっといい。次がある、次の為に頑張りたいと思うから。
「黄瀬君、俺、桐皇のベンチに座ってたけど喜べなかったんだ。黄瀬君がチームを思って戦ってたから」
「同情なんかいらないっス…」
「同情…?違うよ、同情じゃない」
黄瀬は首をぶんぶんと横に振って、ふいと顔を背けてしまった。
何を言ったら分かってくれるだろう。暫くそう考えても、何も浮かばなくて。
分かってもらえなくてもいいや。真司は羞恥心を捨てると黄瀬に近付いた。
「黄瀬君…俺、黄瀬君の事抱きしめたいんだけど…」
「そ…へ!?」
「黄瀬君、すごく格好良かったから。勝ってばっかの時より、ずっと」
「何スかそれ…っ!ずるいっス、今そんな事言うなんて…」
「だって黄瀬君の事慰めるとかそういう余裕もないくらい、黄瀬君が…っ」
互いに少しずつ声が大きくなっていって、真司ははっとして口を閉じた。
通り過ぎる人達の視線が増えている。
そういえば黄瀬涼太ってモデルじゃん、とか今更な事を思い出して。
「…黄瀬君」
「…とりあえず、移動しよう」
「うん」
二人して頬を赤くして俯く。
黄瀬との間に流れる空気が熱い。
「黄瀬君…俺、迷惑だった…?」
「んなわけないじゃないっスか。嬉しくてどうにかなりそうっスよ…」
さり気ない仕草で黄瀬の手が真司の手を掴む。
熱い手のひらと手のひらとが重なって、じわりと汗が滲んだ。
「黄瀬君…。俺、黄瀬君と会いたかったの、本当に」
「何なんスかもー。これ以上舞い上がらせないで欲しいっス」
ようやく声に覇気が戻ってきた黄瀬に安心して、ちらと彼の顔を見上げる。
すると、黄瀬もこちらを見下ろしていたらしい。
ぱちっと視線が合って、そしてどちらともなく笑った。
「あーもう知んないスよ!悪いけど、容赦なくお持ち帰りさせてもらうっスから」
「…うん、そうして欲しい」
「っ、…真司っち今日変っス。やっぱ同情してんじゃねーの」
「同情だけで、こんな気分になるわけないじゃん」
ぎゅっと手を握り返して、真司は黄瀬にとんっと肩をぶつけた。
意識すればするほど湧き上がる恋情に、困っているのはこっちの方だ。
合宿でのこともあって気持ちが浮ついているのかもしれないし、欲深くなっているのかもしれない。
それでも、こんなに熱くなるのは相手が黄瀬だからだ。
そうに違いない。
「じゃあ、今日は思う存分甘えさせてもらうっスよ」
それはこっちの台詞。なんて口にはせず。
真司は緩む頬を俯き隠して、黄瀬に歩幅についていく為にいつもより早く足を回した。
・・・
黄瀬の匂いしかしない空間。久々に訪れた黄瀬の家、変わっていない黄瀬の部屋に真司は一人座っていた。
一年、いや二年くらい前には頻繁に…とは言わないが、それなりにあった状況だ。
それがこんなに緊張するとは。
「はぁ…」
忘れていたわけではない。考える余裕が無くなっていただけ。
黄瀬の事が好きだと。黄瀬に触れて欲しいと、愛をささやいて欲しいと。
一つ思ってしまえば次々に浮かんできて、それがまた真司の緊張を加速させた。
「真司っち、待たせてごめん」
「っ、」
がちゃ、という音と同時に黄瀬が入ってくる。
その瞬間ドキリとして顔が強張ったのを、きっと黄瀬は見逃さなかった。
「真司っち、どうしたんスか?」
「…緊張してちゃ悪いかよ」
「ううん。ていうか、あんな風に誘ってくるから慣れちゃったのかと思ってたっスよ。良かった、変わってなくて」
ベッドの側面に背中を預けるように座っていた真司のその横に黄瀬も腰かける。
ようやく目の赤みも引いて、いつも通りの黄瀬がそこにいるように見える。内心はどうなのか知らないが。
「本当に、何もなかった?」
「え、何、俺に?」
「高校入ってから、オレ結構心配してんスよ。火神もそうだし黒子っちだって…」
まだ乾ききっていない髪をそのままに、黄瀬が真司の首元に顔を寄せた。
ひやりと冷たく、くすぐったい感覚が体に走る。
「青峰っちに勝ちたかったっス…。そりゃ勝ちたいに決まってんだけど、何か違くて…」
「黄瀬君?」
「青峰っちに勝てば、真司っちの心も青峰っちから奪える気がしてて」
そんなはずないんスけど。そう言った黄瀬の声は、笑っているようにも泣きそうにも聞こえた。
黄瀬を慰める事も出来ただろう。しかし、真司はそうしなかった。
だってそんなの、余りにも純粋で優しくて甘すぎる。
「…黄瀬君は、俺の事勘違いしてるよ」
「え?」
「俺の気持ちなんて、端から青峰君に偏ってなんかないし。俺…最低な人間なんだから」
耳をくすぐる黄瀬の髪に頬を寄せて、それから黄瀬にぎゅっと抱き着いた。
「それに…とっくに黄瀬君のものだし」
「そうだったっスね」
笑った黄瀬の息が耳にかかる。それに少し身を固くした真司は、黄瀬によって軽くベッドの上に移動させられた。
ぽすんと二人の体重でベッドが沈む。
そのベッドの軋む音でさえも真司の心を弾ませたのは、ここに来てからの期待が更に膨らんだから。
「…黄瀬君、ごめん。俺、期待してる」
「ホント、今日は素直っスね…」
恐らく真司が知る最も綺麗な顔が近付いてくる。
途端に期待が緊張に切り替わって、胸が苦しくなって。
柔らかい感触が唇に触れた瞬間、耐えきれない苦しさに真司は黄瀬の腕を掴んだ。
「ん…っ、」
薄く開いた唇を割って入ってくる舌を受け入れる。
絡み合う音と息苦しさは決して気持ち良いものではない。それなのに、相手が黄瀬というだけで興奮した。
上ずった声を漏らす真司をあおるかのように、黄瀬の手は真司の顔、首、そして服をたくし上げ胸へと移動していく。
「っは、あ、」
「真司っち、ちょっと焼けたっスね」
「あ…海で、合宿してたから」
「へぇ。海…懐かしいっスね」
何気ない会話を交わしながら、黄瀬は手を添えた真司の胸に顔を寄せた。
ちゅっと軽く唇を重ねられれば、期待からか腰が浮き上がる。
「ふっ…なんか、真司っち敏感になった?」
「そ、れは…久しぶりだから…」
「ふーん?」
若干含みをもった黄瀬の声にムッ、としたのも束の間。
素早く黄瀬の手は真司の下半身を覆っていたぶかぶかのズボンを取り去った。
一応装着されていた紐を結んでいたが、意味などもたなかったようだ。
「真司っち、可愛い」
「どこ、見て言ってんだ…っ」
「どこって…ここっスけど」
「っ!」
パンツ越しに触れた真司のそこを愛おしげに見下ろして、黄瀬は体をずりずりと移動させる。
黄瀬が何をするつもりか分かって腰を引いても、当然黄瀬の力に敵うはずもなく引き戻されてしまった。
「そ、そういうのいいっ、…!」
股間に黄瀬が顔を埋めたのを見えて、真司は咄嗟に目を閉じた。
綺麗な顔で、何て事をするんだ。
そんな真司の心境も読み切っているのか、黄瀬は分かりやすく音を立てて下着に舌を這わせている。
「…っ、黄瀬君…」
「んー?」
「せめて、下着、それ…っ汚れちゃうから…」
「ふはっ、今更っスよそれ。ま、いいけど」
目を閉じたその向こうで下着が取り払われ、直接黄瀬の指が触れた。
多分もう完全に固くなっているそれを数回つつかれて、そして黄瀬の口内へと運ばれる。
見てはいない、感覚だけでそう察しているにすぎないが。
「っ、んん…、ふ、ぁ…」
「ん…そ、声、抑えてね…」
「分かって、る…ッ、」
本日黄瀬家には親は勿論、会ったことはないが姉もいるらしい。
こんな所が見られでもしたら一大事だ。しなきゃいいのに、二人して我慢することは出来なかったわけで。
口内で愛撫され、何とか口を手で覆って抑える。
既にかなり気持ち良くて、目の前がちかちかと瞬いているのに。黄瀬の指は真司の穴を擦り始めてた。
「…ちょ、っと…っ」
「指、入れるっスよ」
「…っ」
思わず目を開け、自分の股間に寄っている金髪を視界に捕らえる。
改めて見ると、あまりにも情けない。何とも恥ずかしい恰好は、もはや自分のものではないかのようだ。
そんな風にぼんやりと見ていた真司は、下半身に異物感を覚え、反射的に目を閉じた。
「痛っ…、黄瀬君、何か、塗ってよ…」
「え、痛いっスか?」
「久しぶりだって言ったじゃん…っ」
久しぶり、というのも一ヶ月二ヶ月とかいう話ではない。
暫く広げられなかった場所は、すっかり初めて触れられた時と変わらない状態に戻ってしまったようだ。
「本当に…誰も相手にしてなかったんスね…」
「ばっ…!当たり前だろっ」
「緑間っちも、青峰っちも…?すんのいつぶり?」
「うっ、るさ…」
せっかく羞恥心が無くなり始めていたというのに、黄瀬はどうしてかこう恥ずかしい事ばかり言ってくる。
そしてそれを恥ずかしがる真司の姿にまた嬉しそうに笑った黄瀬は、先程より優しく真司の中を解し始めた。
「どう?痛くない?」
「う、ん…気持ちいい…」
求めていただけあって、次第に気持ち良さが増してくる。
何よりも黄瀬の指は長くて、それでいて恐らく真司の体の事を覚えているのだろう、一番感じる場所ばかりを突いてくる。
だからか酷く熱くて苦しくて、それなのに物足りなかった。
「ま、っ、黄瀬君…ちょっと…や、だ…」
「ん?」
「黄瀬君の…い、入れ…入れて…」
もどかしい。ふと思い出すこともあったこの独特な痛みと感覚を、真司はもう我慢できなかったのだ。
真司の懇願する目に、黄瀬の喉はごくりとなった。
それからゆっくりと指を抜いて、そこを撫でる。
「いいんスね…?」
「いいから、早く…っ」
「りょーかいっス」
黄瀬はそれににこりと笑って応えると、真司の腿を掴んでぐいと持ち上げた。
「初めて、オレにくれて有難う」
「え、何?」
「誠凛高校の真司っちの初めて、っスよ」
「何それ、黄瀬君くさいんですけど…っ」
ふっと笑いを浮かべながらも、この後来るだろう痛みを予測して身構える。
それに気付いたのだろう、黄瀬は緩く真司の張り詰めたそれを撫でるように包んだ。
「ふ…っ、あ…っ」
油断していたせいか、大きくなりそうになった声を息で覆い隠す。
その隙に体の内側に踏み込んで来た黄瀬を、真司はあっという間に受け入れていた。
「んっ…、真司っち、どう?痛くない?」
「痛、い…けど、大丈夫…」
「ちゃんと息して、力抜いて?」
「ん…」
初めてかのようなやり取り。
久しぶりの感触に体が欲に持って行かれそうなのは真司だけではないようだ。
黄瀬の頬は赤く染まり、息はいつもより荒い。
「真司っち、ごめん…動いていい?」
「うん…」
返事をするや否や、黄瀬は真司の顔の横に手をついた。
そのまま体重をかけるかのように、奥まで打ち付けられる。
まだ開ききらないそこは、鈍い痛みを伴う。
しかし、ベッドの軋む音が痛みとリンクして、中が侵されると思うとそれが嬉しくて。
それどころか、ぽたりと頬に落ちる黄瀬の汗にさえ、真司の心臓はどくりと高鳴っていた。
「はっ…、あ…き、せく…」
「ごめ、オレ全然余裕ねっス…」
「俺も…、」
痛みの中に突くような快感を覚えるのはすぐで。
二人の息が小刻みに震えている。無意識に寄せた唇は、重なり合って互いの声を呑み込んだ。
「黄瀬君…も…、」
「はやい、っスね…、でも…っオレも…」
今までで一番大きな快楽の波。
真司はシーツを握り締めていた手を、ようやく黄瀬の首に回した。
ぎゅっと抱き締め合って体を繋げる。
黄瀬の大きな体が、耳にかかる息が、何もかもが愛しい。
改めて感じる愛情に、真司は一筋の涙をシーツへと落とした。
・・・
行為はあっという間に終わっていた。
時計の針は半分も回っていない。
それでも家族の事があるし、体を痛めている場合でもなし。
まだ眠るにも早い時間だったが、二人は既に何事もなかったかのように布団に入っていた。
「真司っち、体大丈夫だった?」
「大丈夫じゃない…疲れたし…」
「ぼんやりしちゃって、可愛いっスね」
「馬鹿言うな…」
昔…といっても数年前だが、よくも何度もやろうと思ったものだ。
気持ちが良いのは確かだが、後片付けもその後の空気も辛いものがある。
「真司っち、明日も部活?」
「ん…黄瀬君も、でしょ」
「うん、オレも。また暫く会えないっスね」
離れ難くなる。それなのに、以前より増して黄瀬がキラキラと輝いて見える。
こんなだっけ、とか曖昧な記憶を探ろうとしてやめた。
決して良いとは言えない過去だ。黄瀬に対しての居たたまれなさもあるし
「黄瀬君…」
「んー?」
「いや、何でもない」
ごめんとか有難うとか形式じみた言葉で表せる感情でもなく、真司はゆっくりと目を閉じた。
本当はもっと考えなければいけない事とか、出すべき答えがあるのに。でも、今だけは。
無意識に黄瀬の胸に頬を寄せて、真司の意識は沈んで行った。
「真司っち?…寝ちゃった?」
微かな寝息が聞こえる。
負担をかけてしまったろう。黄瀬は撫でようと頭に伸ばした手を引っ込めた。
「この時間が、ずっと続けばいいのに、ね」
ね、と声をかけたところで、当然返答はない。
いや、きっと起きていたとしても真司は返事をしなかっただろう。
「もし青峰っちと通じ合ったら…赤司っちが目の前に現れたら…どうなるんスかね」
真司は間違いなく自分を好きでいている。ずっとあの頃から変わらずに。
あの頃と同じように、奥底には別の人への思いを抱えたまま。