黒バス(2012.10~2017.12)
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海常対桐皇。
キセキの世代をエースに持つ学校同士の対決に、会場の空気は早々から熱を帯びる。
観客の歓声が自ずと大きくなる中、黒子は静かに固唾をのんでいた。
その隣にいる火神も同様に、しかし期待に満ちる目で試合を観ている。
「なぁ、黒子。黄瀬と青峰…身体能力は大して差、ねーよな」
「そうですね。でも、1on1で黄瀬君が青峰君に勝った事はないです」
とはいえ、今はどちらが勝つかは分からないが。
黒子の言葉に、一層二人を見る目に熱がこもる。
二人と試合経験があるからこそ、火神は青峰をかなり上に見ていた。
速さは明らかに上である青峰を黄瀬が抜く事が出来るのか?そんな疑問を抱かずにはいられない。
「…!」
しかし、その後すぐに言葉を失った。
第一クォーターから黄瀬と青峰が対面する展開、二人の1on1の結果は想像と異なっていた。
「黄瀬が抜いた…!」
青峰にくらいついた黄瀬が、ボールをその手に捕らえる。
それから試合の流れは完全に海常へ傾き、黄瀬だけでなく他のメンバーの活躍もあって点数が重ねられていった。
あっという間の第一クォーター、海常がリードした状態で終了していた。
それに驚くのは、海常に勝ちそして桐皇に敗北した誠凛メンバーだ。
「…まさか青峰また手ぇ抜いてたりしねぇだろうな?」
「いえ、恐らく本気です。ですが青峰君は尻上がりに調子を上げていく傾向がありますので…」
第二クォーターからの展開はまだ分からない。
そう言う黒子の目は、明らかに青峰がこの後伸びてくる事を予期している。
ベンチで珍しく序盤から息を乱す青峰、本気を出せる相手との戦い。
黒子にとっても真司にとっても大事な試合となるだろう。
「…ところで、烏羽君は大丈夫でしょうか」
ちらと後ろを見る。勿論真司はいない。
それを確認してから火神と目を合わせて、黒子は心配そうに眉を寄せた。
しかし真司の到着を待たずに第二クォーターが始まってしまう。
今度は先程よりも目をぎらぎらとさせた青峰と、そして相変わらず思いの外食らいつく黄瀬。
そしてやはり真司が姿を見せる事はなく。
緊張感あふれるなかの第二クォーターもやはりあっという間で終了し、今度は桐皇リードでインターバルへと入った。
・・・
ゆっくりと外へと繋がる道を一人で歩く。
体育館が緊張感と熱気に溢れていた為に疲れたと声を上げたのは小金井。
そんな先輩達の為に一年皆で飲み物を買いに出たのはいいが、ぼーっとしていたのか黒子は一人はぐれてしまった。
この広い会場で連絡取り合う事なしに会うのはなかなか難しいだろう。
というわけで少し諦めを感じながら歩き続ける。
「…あ」
一人でいながら間の抜けた声が出たのは、前方に見知った人が見えたからだ。
「黄瀬君」
「黒子っち!?なんでここに!?」
「はぐれました」
はぁ!?と大げさに声を上げる黄瀬に対し、黒子の表情は相変わらず変化ない。
そんな黒子の反応には慣れているのだろう。黄瀬は軽く息を吐くだけで、そこにある柵に肘を乗せて笑った。
「まさか観に来てるとは思わなかったっス」
「昨日まで近くで合宿だったので」
「ちぇー、応援しに来てくれたんじゃないんスか?」
「違います」
さらりと言ってのける黒子に、黄瀬は酷いと声を上げつつやはり笑った。
しかし、その笑みにどこかシリアスな雰囲気が漂うのは、憧れる青峰との試合に何か感じるものがあるからだろう。
「…あ。じゃあ真司っちも来てるんスよね」
「そのはずなのですが、まだ分かりません」
「え?何、まさか真司っちも迷子?」
「病院に行っているので」
「病院!?何かあったんスか!?」
驚く黄瀬のこの反応は何となく予想出来た。
が、説明するのが面倒で、黒子はいそいそとポケットに入れている携帯電話を取り出した。
「あ、丁度烏羽君から電話が」
「え、ちょ、早く出て下さいっス!」
ようやく到着したのだろうか、だとしたらかなりナイスなタイミングだ。
黒子は通話ボタンを押して、こちらに耳を寄せようとする黄瀬から逃れるように顔を背けた。
「もしもし。烏羽君、今どこにいるんですか?」
「真司っち…!」
「あ、はい。今黄瀬君も一緒にいます。大丈夫ですよ、インターバル中です」
興味津々で目を輝かせている黄瀬には、真司の然程大きくない声は届いていないらしい。
何、何、と言葉を続けながら、手は黒子から携帯を奪い取ってしまいそうだ。
「良かったですね、黄瀬君。応援してるそうですよ」
「あ、じゃあ、黒子っち、ちょっと電話代わってもらっても」
「はい、分かりました、では合流しましょう。そちらに向かいま…え、烏羽君?」
「黒子っち?」
急に、携帯電話の向こうの真司の声が途切れた。
暫く向こうで何かしらのやり取りのようなものが聞こえた後、プチッと音が消える。
黒子は茫然と空を見つめ、それから黄瀬へとゆっくり視線を移した。
「切れちゃいました」
「えっ、なんで」
「青峰君の声が聞こえたような気がします」
「青峰っち…?」
明らかに黄瀬の顔が怪訝そうに歪められる。
言わない方が良かったかな、と今更な事を考えつつ、黒子はちらと携帯を見て不安そうに眉を寄せた。
・・・
そんなやりとりがあった少し前の事。
診察を終えた真司は、ようやく一人会場に辿り着いたところだった。
不服そうに頬が膨れているのは、結局大した事は得られなかったからだ。
それどころか無駄に混んでいて時間がかかるし。
会場まで走りかなり短時間で到着したが、やけにロビーに人が多くて。
焦りと不安からか、頭が真っ白になって、真司はそこにあった中央体育館を指す看板の横を通り過ぎていた。
「…」
どこかで通路を間違えた、そう思い足を止めたのは、自販機に囲まれた休憩所に到達してからだった。
「あ、そうだ、携帯」
もう誰かに来てもらった方が早い。なんて諦めモードで携帯を開いて、黒子の名前を表示させる。
それから電子音の鳴る携帯を耳に当ててため息を吐いた真司は、近付いてくる足音に気が付かなかった。
「あ、テツ君、出てくれて良かった…。今行き止まりっていうか休憩所?みたいなとこに着いちゃって」
携帯から聞こえてくる黒子の声に安心して、そこの壁に背中を預ける。
どうやら黒子はすぐ電話に出れる状態だったようだ。しかも、何故だか黄瀬の声が聞こえるような気がする。
「って、もしかして黄瀬君近くにいる?試合は!?」
ロビーに人が多かったのも気になったが、まさか試合がもう終わっているなんてことは。
しかし、その不安は黒子の一言で解消された。
今はインターバル中。なかなか良いタイミングでここに来ることが出来たようだ。
「あ、そうなんだ…!黄瀬君、応援してるよ」
軽くそう言ってみれば、向こうから黄瀬の嬉しそうな声が聞こえて来る。
どちらが勝つか、どっちに勝って欲しいか。それはあまり口に出すべき事ではない。
しかし、強いて言うならばそれは、少し変化の見えた黄瀬に頑張って欲しい気持ちはあるわけで。
「あ…この後、どうしよう…入口のとこまで戻れば、会えるかな?」
何はともあれ、黒子と合流しなければ。
気持ちを切り替え声を出すと、快い黒子の返事が聞こえる。
それに安心して溜め息を吐いた時、真司の携帯が手から離れた。
「え…」
「真司」
「あ、あ…え!?」
驚きから声が上手く出てこない。
急にそこに現れた男は、真司の携帯をじっと見つめてから、恐らく通話を勝手に切った。
「あぁ、なんだテツとか」
「な…なんで青峰君がこんなとこに」
「いちゃ悪ィかよ」
「わ、悪かないけど…試合、…ってか汗!」
やはり前半から熱い試合を繰り広げていたのか。青峰の頬にはつっと汗がつたっている。
真司は咄嗟に合宿中に使用しなかったタオルを鞄から取り出すと、青峰の方へ手を伸ばした。
「試合、途中なんだろ?体冷やしちゃまずいじゃん」
「あ?めんどくせぇ」
「めんどくさいじゃないし、相手黄瀬君、なんだから」
自分で言っておいて、情けないことに声が震えた。
青峰がこの試合の事をどう思っているのか、それが気になる。かなり気になる。
しかし、そんな疑問を口にする前に、大きな手が真司の腕を掴んでいた。
「っ、何」
「…今、テツと黄瀬が一緒にいんのか」
「え?あ、うん。そうみたい」
「で、黄瀬に勝って欲しいってか」
「べつに…そういうつもりはないけど」
はっきりと否定しないのは、本音を偽り切れなかったからだ。
それが分かったのか、青峰は小さく舌打ちすると、今度は真司の腕を引いて歩き出した。
「い、った…何だよ」
「こっち来い」
「は!?ちょ、っとだから何!?」
掴まれただけでも驚きなのに、青峰はその手をぐいぐいと引っ張って行く。
この男は本当に、人の気も知らずに何て事をしてくれるんだ。
と、文句の一つも勿論言えない。
「ど、どこ行くんだよ、試合は」
「だから試合に行くんだろーが」
「い、いやいや…俺を連れてってどうする」
「あ?うっせ、黙ってろ」
歩幅の違う足が先へ先へと進むから、自然と真司は戸惑いながらもついて行くことに必死になる。
改めてみるとしっかり体育館への道のりは立て看板で示されていたが、それすらも通り過ぎていく。
そして狭い廊下へ入っていったと思うと、青峰はある部屋へ向かって行った。
「ちょ、っと待った!そこは駄目だよ!」
「いいから入れ」
「駄目だろって…!」
白い扉をばたんと開く。
青峰は有無言わず真司の腕を引っ張り、そして部屋の中へ入ってしまった。
「っこら青峰!テメェはまたどこで何を……は?」
一斉にこちらを向いた視線は、青峰からゆっくりと真司へ移動した。
「誰」
一度試合した程度、それほど記憶には残っていないのだろうか。
青峰の先輩である若松から真っ先に向けられた質問に、真司は一歩下がって苦笑いを浮かべた。
「せ、誠凛の…烏羽です」
「ちょっと青峰君!何で烏羽君連れて来たの!?」
「いーだろ別に」
「良いわけないでしょ!烏羽君、ごめんね!?」
変な空気を何とかしようとしているのか、ばっと飛び出した桃井の声はやけに大きい。
しかし、真司の肩を掴んだ桃井の手は、青峰によってあっさりと剥がされた。
「真司も連れて行く」
「はぁ…?試合に?」
「決まってんだろ」
何がどうしてこうなった。そう思っているのは真司だけでなく、そこにいる人達全員だ。
それで居た堪れなくなるのは当然真司で。
自ら下がってドアノブを掴めば、やはり青峰の手によって道を塞がれてしまった。
「青峰君…我がまま言って困らせないでよ」
「…」
「青峰君…っ」
「まーまー、痴話喧嘩はそのくらいにしてもろて。そろそろ準備せな」
気の抜けたような関西弁は、主将である今吉のものだ。
今吉は頭をかいて困ったような表情をしながらも、あまり驚いてはいない様子で真司に近付いてきた。
「うちの青峰がすまへんなぁ。誠凛の烏羽君?」
「いえ…こちらこそ、大事な試合なのに水を差してしまって」
「ま、何や。こないな事でこいつの機嫌悪くさせたら勝てる試合も勝てななるし…大人しく居てもらって構まへん?」
「は…?え、でも」
そんな事許されるはずない。
そう続けようとした真司の口は、はっと息を呑んで閉じられた。
キセキの世代、黄瀬涼太をエースに持つ海常との試合。
前半は見ていないが、雰囲気から察するに、余裕を見せられる試合ではなかったのだろう。
空気は完全にピリピリとしていて、第三クォーターに控えている。
真司がいるいないよりも、ここで騒がれる方が迷惑なのだ。
「…分かりました…すみません…」
こくりと頷いて、ごくりと唾を飲む。
それを見ていた桃井は申し訳なさそうに眉を下げて、それから青峰の背中を一度だけばちんと叩いた。
「ほな、気ィ引き締めて行こか」
わらわらと立ち上がる桐皇の選手たちの後ろについて行く。
桃井の気遣いの視線があったところで、居心地の悪さは嘗てなく、本当ならさり気なく居なくなってしまいたいものだ。
「…」
溜め息一つも彼等にとっては煩わしくなるのではないかと思い、ひたすら無言を貫きとおす。
その真司の前を歩いていた青峰が、急に足を止めた。
「真司」
「何、うわ…!」
ぽいっと青峰の手から放られたものを受け取る。
手に持ち広げれば、それは桐皇と書かれたバスケ部のジャージだった。
「ちょっと待って、これって青峰君の…?」
「それ着てろ」
こんなジャージ一枚着たところで、真司が桐皇のベンチにいておかしいという事に変わりはないのに。
そう思いながら見つめたジャージからは青峰の匂いがする。
それがこんな状況なのにそれが嬉しくて、胸が高鳴って。
「…着て、いいの?」
「着ろって言ってんだろ」
「っ、うん…」
恐る恐る通した腕は袖から姿を見せることなく、やっぱり大きいんだなぁ、なんて見上げた青峰は既に前を向いて歩き出している。
「青峰君の…ジャージ…」
誰にも聞こえないように小さく呟いて、真司は真っ赤になった顔を隠すように俯いて歩いた。
黄瀬と青峰の試合。見たいという事で頭が一杯になっていた少し前の事も忘れて、ただ彼等の後に続いて歩く。
青峰のわがままに振り回された結果なのに、それが嬉しいとさえ思うなんて。
「…っ」
「何や、執着しとんのは青峰の方やなかったんか」
とん、と肩に乗せられた手と共にかけられた声。
あまるジャージの袖で口元を覆っていた真司は、まさか声をかけられるとは思っておらず、大げさに顔を上げた。
「は、はい…?」
「青峰のジャージ着て顔真っ赤にして。てっきり惚れこんでるのは青峰の方かと思ったんやけど」
「…!?惚れこんでって…そんな」
小さな声で囁くように、真司の耳に顔を寄せるのは今吉だった。
そういえば桐皇の人とこうして試合以外で近付くのは初めてだと今更ながらに気付く。
細められた目が、どうにも感情を読ませない。
それが不吉で、不安を誘って、真司はごくりと唾を飲んでから口を開いた。
「あ、青峰君は、俺のことそんな風に思ってませんよ」
「んー、そうとも思えへんけどなぁ。て、自分の事は否定せぇへんのかい」
「…まぁ、否定はしません」
へぇ、と笑った顔は、通常時の顔と大して変化ない。それなのに口元の笑みは何か思わせて。
この人には何を隠そうとも無駄なのだろうと察しつつ、真司はぱっと顔を逸らした。
「あまり、見ないで下さい…迷惑は、かけませんから…」
「かわえぇなぁ。ホンマに男かいな」
するりと頬に今吉の指が触れる。
嫌悪感は無かったが無意識に身をすくめる、それと同時にその手を弾いた手が肩を掴んだ。
「真司に触んな」
「何や青峰、特別な理由でもあるんか」
「んなの…関係ねーだろ」
ぐいっと肩を掴まれ、自然と体が青峰の方へ寄せられる。
どうして青峰がこんな事をするのかは分からない。嫌われていない事に喜ぶべきなのか、状況に焦るべきなのか。
「、青峰君…」
「真司、お前はオレだけを見てろ」
「は?」
「黄瀬なんて見んな」
耳元で低い声が真司の頭を刺激した。
文句一つ言い返せないのは、青峰の言葉に嬉しいと感じた自分がいたからで。
「…っ、それ、かなり我が儘」
「あ?黄瀬のがいいってのかよ」
「そーいうんじゃないし…」
「お二人さん、いい加減にしてくれへんか?」
にこやかな主将の呆れた声にぱっと離れる。
桃井の困った顔やら他の部員の複雑そうな表情が目に入って、真司は再び体を小さくして俯いた。
・・・
ここに来てから意味の分からない事ばかり起こる。
それは全て真司が迷った事から始まったのだが、だからといってこんな事になるとは誰も思うまい。
「烏羽君…一応、監督が許可とってくれたからその…縮こまらなくても大丈夫だよ」
そう言う桃井は真司の隣に座っている。
間違っているのは真司だ。桃井がそう言ってくれたって、堂々と座っていられるはずがない。
「だからってさ…俺、海常の人に顔知られてる、し…」
「あ、そっか、そうだよね」
顔を上げると、桐皇と海常の見慣れた人達がコートに並んでいる。
桐皇のベンチに誠凛の真司が座っている事は今の所まだバレてはいないらしいが。
ちらと目だけを前に向けて、様子を窺うようにさり気なく得点板を覗く。
桐皇リード、とはいえ大差はない。そして青峰と黄瀬の様子は。
「何か、青峰君も黄瀬君も、お互いに意識しすぎじゃ…」
「烏羽君、もしかして前半見てなかった?」
「え、うん…」
「きーちゃん、青峰君を模倣しようとしてるんだよ」
真司の様子に気付いた桃井の簡潔な状況説明。
淡々と言ってのけたそれに、真司の目がぱちぱちと数回瞬いた。
「そんな事って、出来るの…?」
「不可能ではない、かな。でも出来たとしてもギリギリ間に合うかなってくらい。海常にとってはかなりの賭けのはずだよ」
「そっか、そうなんだ…」
余程、桐皇との試合はそもそもギリギリのものだという事だろう。
その時真司が複雑な気持ちになったのは、自分が桐皇の席にいるからだ。
気持ちが少し、海常の方に傾きかける。
「…」
ホイッスルの音で再開した試合。
まずボールを取ったのは黄瀬で、そしてその黄瀬の動きは黄瀬のモノと少し違っていて。
今吉が簡単に抜かれる、それに驚いたのはその本人だけではなかった。
「嘘…まさか、早すぎる…」
隣で桃井が呟く。
それで真司も確信した。黄瀬は青峰のコピーを既に掴み始めているのだと。
(青峰君は…)
青峰は今の黄瀬をどう思っているのだろう。ふとそう思って視線を移動させる。
と、丁度青峰へとボールが回ったところだった。
青峰の手に渡ったボールは、吸い込まれるようにゴールへ。
「タラタラしてんじゃねーよ黄瀬」
「青峰っち…!」
いともたやすく点を稼ぐ青峰の存在のせいで点差はそう埋まらない。
そんな試合に真司の胸が高鳴るのは、青峰の強さか、それとも黄瀬の意地か。
魅入られるように二人の試合を見つめていた真司の目の前に、とんっとボールが転がって来た。
「…あ」
そのボールを拾い上げたのは黄瀬で。
顔を上げた黄瀬の目の前にいた真司とは、当然目が合ってしまった。
「は…?真司っち…?」
咄嗟に口の前に人差し指を立てたところで遅く。
「え」とでも言わんばかりの視線を感じながら、真司は再び縮こまった。
「えっと、これは…」
「青峰っちっスか。そうっスよね。こんな事すんの…」
「黄瀬君…、」
何が、何で、どうして。
そんな質問が来るのではないかと思っていた手前、それだけ言って試合に戻った黄瀬にむしろ茫然としてしまった。
でも、追求されなくて良かった、なんて。
そんな事を考え安心した真司に、黄瀬の心境など知る由もなかったのだ。
「…青峰っち、なんで真司っちが桐皇のベンチに座ってんスか」
「は、関係ねーだろ。つか試合に集中しろよ」
第三クォーター、初めて二人が対面した。
避けていたつもりはないが、この状況は黄瀬にとってかなり有利なものだった。
掴めそうで掴めずにいる青峰のプレイ。今正面で見れば、全て掴めそうな気がしていたから。
「青峰っち、さすがに真司っちの気持ち知らないわけじゃないっスよね」
「真司の気持ち?」
「ま、知っててやってんだとしても、無自覚だったとしてもタチ悪いっスよ、それ」
ふーっと黄瀬が大きく溜め息を吐いて、青峰の眉間のシワが深くなる。
煽っているつもりなどない、正直な気持ちだ。
「オレが…海常が勝ったら、もう真司っちにちょっかい出すの、やめてもらうっスよ」
「あ?」
「真司っちの気持ち、受け入れないなら尚更」
青峰の返事など待たない。
黄瀬はすっと空気を変えると、一気に踏み込んだ。
「な…!」
たんっとボールが跳ねて黄瀬の手に吸い付いている。
黄瀬の話を聞いていたからでも、隙をつかれたからでもない。青峰は動けなかった。
「チッ…、黄瀬、調子のってんじゃねぇぞ…!」
ゴール下で跳んだ黄瀬に青峰が追いつく。
青峰が黄瀬の後ろで跳んだ瞬間、桃井が立ち上がっていた。
「青峰君、駄目!!」
その声が青峰の耳に届いた頃にはもう遅かった。
ピーッと鳴った笛の音は、青峰のファウルを知らせている。
そして黄瀬は、青峰の後ろに回した手でボールをゴールに放っていた。
青峰がやった事のある、ファウルをもらいながらのシュート。
完全に模倣しきっている黄瀬にそれが出来ないはずがなかった。
「今の、青峰君の動き…だったよね」
どこか覇気のない声が真司の口から出る。ゆっくりと椅子に腰を下ろした桃井は何も言わなかった。
桃井の気持ちが分からないわけではない。
何せ、これで海常と桐皇の点差は一桁、それでいて青峰はもうファウルが許されない状態で。
しかもどこか呆けてしまった青峰は、パスを取りこぼし動きを止めている。
「何してんだよ…」
いくらなんでも、こんな事になるとは思わなかった。
黄瀬に勝って欲しいなんて思っていても、まさかこんな青峰の姿を見る事になるとは。
「青峰君…」
小さく、ぽつりと震えるような声が漏れる。
その瞬間、青峰が真司を振り返った。
まさか聞こえていたのか。青峰の鋭い視線に、思わず息を呑む。
「てめぇも…どいつもこいつも…」
明らかにイラついた様子で、青峰はそう呟きながらふらっと動き出した。
そのまま走り出した青峰が、連続でポイントを稼いでいた黄瀬のシュートを、今度は間違いなく叩き落とす。
「っ!青峰っち…!」
「…気に食わねぇ、黄瀬ェ…。いっちょ前に気ィ遣ってんじゃねーよ」
「いっすね、さすが。あれで終わりだったら拍子抜けもいいとこっス」
ビーッと第三クォーター終了のホイッスルが鳴り響く。
真司は頬に流れる冷や汗を拭い、そしてジャージをきつく握り締めた。
ベンチに戻ってくる青峰を見上げて、きゅっと唇を噛む。
そんな真司に気付いた青峰は、気に食わないといった様子で目を細めた。
「おい、なんつー面してんだよ真司」
「え」
「お前までオレをなめてんのか」
“お前まで”という事は、黄瀬からも何か感じたという事だろうか。
青峰の心境など分かるはずもなく、ただ苛立つ彼への言葉を選ぼうとした真司は、間もなく胸倉を掴まれていた。
「むかつくんだよ、どいつもこいつも…!」
「…っ」
焦った桃井の顔が視界の隅に見える。
他の桐皇の人達もさすがに戸惑いの色を浮かべている。
(むかつくって…散々人を巻き込んどいて)
そもそも青峰に引っ張られてここにいるのに、これは理不尽すぎるのではないか。
ふと何かキレた真司の手は、青峰の胸倉を掴み返していた。
「誰のせいでこんな顔になってると思ってんだよ」
「あ?」
「オレに勝てるのはオレだけだとか言っておいて、なんだよこのザマは。黄瀬君にコピーされてんじゃんまんまとさぁ」
黄瀬の身体能力は青峰と大差ない。
今まで黄瀬が青峰のコピーをしなかった事が不思議なくらいだ。
本心とは違う。けれど、真司の悪態は止まらなかった。
「青峰君は強いよ、でも黄瀬君も強い、なめてんのはどっちだよ」
「真司、てめぇ」
「格好いいとこ見せろって言ってんの」
本当は、格好良くない青峰なんて知らない。
好きなんだ、どんな姿だって格好良いと思うし、これ以上格好良くなんてなられたら困る。
でもやっぱり、立て続けにファウルして、パスすらミスする青峰なんて見たくなかったという思いはあって。
じっと青峰を見つめる。
青峰は真司から手を放すと、ふっと息を吐き出した。
「最終クォーター、ボールは全部オレに回せ」
「あ!?テメマジ自己チューも対外にしろよ!」
「オレが叩き潰してやる」
若松が吠えたが、それは今吉によって抑えられていた。
どちらにせよ、勝つ為には青峰が必須なのだ。
4ファウルだろうと、青峰を出さなければ負ける。そして青峰がもう一度ファウルしても負ける。
何にせよ、青峰の怒りはおさまったようで、ようやくベンチが落り着きを取り戻した。
それに安心して、真司の口から自然とため息が漏れる。
「…烏羽さん、すごい」
そんな中ぽつりと横から聞こえた言葉に、真司はきょとんと目を丸くした。
横に顔を向けると、桜井がはっとしたように口を押さえ、頭を下げている。
「す、スイマセン…」
「え、な、何が、ですか」
「いえあの…青峰さんにあんな事、ボクには無理です、から」
身をすくめて、青峰の様子を窺いながらそう言う彼は、かなり青峰に対して萎縮しているように見える。
桐皇のメンバーで初めて感じた柔らかさ。真司は思わず緊張を解き微笑んでだ。
「青峰君があんな性格だから、仕方ないですよ」
「っ…スイマセン!可愛いとか思ってスイマセン…!」
「え、何、俺が?」
「変な事言ってスイマセン!」
「いや、そんな謝られても…」
なんだかやけに謝ってくる人だ。
やっぱり変わっている人なのかもしれない、そう思って視線をずらすと、今度は桃井と目が合った。
「烏羽君のおかげで、少し空気が和らいだみたい」
「え…あ、俺ごめん、なんか」
「ううん。がつんと言ってくれて有難う」
礼を言われるような事は一切していない。
真司は否定しようと口を開いたが、それを遮るように選手達が立ち上がった。どうやら時間らしい。
「真司、目ェ逸らすなよ」
去り際に青峰の手が真司の頭をがしっと掴む。
いや、撫でてくれたのかもしれない、乱暴すぎて分からなかったが。
真司はその青峰の背中に拳をぶつけて、それでも頷くことはしなかった。
「…なんか、烏羽君…眼鏡外して性格も変わったね」
「え?」
可愛らしい声が、真司の耳に入る。
真司が桃井の方に顔を向けると、丁度試合が始まった。
「前から烏羽君って可愛いとは思ってたんだけどね」
「…」
「なんか今は格好いいのに女の子みたいっていうか…あ、気を悪くさせたらごめんね」
互いに顔はコートに向けながら。
たんっとボールが跳ねたのと同時に、真司の体が微かに震えた。
「烏羽君って、本当に青峰君のこと好きなんだね」
深い意味などない、はず。
真司は桃井の観察能力に多少の不安を抱きつつも、首を縦に動かしていた。
隠しても仕方ないと思うし何より、この気持ちには正直でいたかったから。
「きっと青峰君にとっても、本当は私じゃなくて烏羽君の方が…」
「桃井さん?」
「でも、烏羽君はテツ君も大好きなんだもんね」
「そ…」
それは。
思わず桃井の方を向きそうになって、ガシャンというゴールの軋みに再び顔を戻した。
攻防の繰り返し、行ったり来たりの点の取り合い。点差は縮まらないが、離されもしない。
しかし、これ以上離されれば海常から勝利は遠のくだろう。
「…行ったり来たりは、俺か」
一人、そう呟いた真司の目には青峰と黄瀬。
一騎打ち、ゴールへ向かった黄瀬の前に立ち塞がる青峰。
黄瀬はゴールをすると見せかけて後ろにいた笠松へパスを送った。
最後の駆け引きだったのだろう。しかし、それは青峰によって止められていた。
歓声か、それとも嘆きか。
ワッと様々な声に包まれた会場で、真司は桐皇の勝利を確信した。
「ここまでよくやったが、最後の最後でヘマしたな。オレならあの場面で目線のフェイクはしねぇ」
静かな声なのに、青峰の言葉は真司にも聞こえた。
「オレのバスケは仲間を頼るようには出来てねぇ」
最後の最後で黄瀬は青峰の模倣でなく、皆で勝つことを選んだ。
その結果、青峰に動きを予測される事となった。
「オレの勝ちだ、黄瀬。敗因は仲間に頼ったお前の弱さだ」
ガシャンとゴールが決まる。
黄瀬は青峰を止められなかったけれど、黄瀬は諦めなかった。
試合終了の音が響いて、整列する彼等の背中をじっと見つめる。
格好良い、なんてそんな言葉で言い表せない高揚がある。それと同時に、ズキズキと胸を襲う痛みがあった。
キセキの世代をエースに持つ学校同士の対決に、会場の空気は早々から熱を帯びる。
観客の歓声が自ずと大きくなる中、黒子は静かに固唾をのんでいた。
その隣にいる火神も同様に、しかし期待に満ちる目で試合を観ている。
「なぁ、黒子。黄瀬と青峰…身体能力は大して差、ねーよな」
「そうですね。でも、1on1で黄瀬君が青峰君に勝った事はないです」
とはいえ、今はどちらが勝つかは分からないが。
黒子の言葉に、一層二人を見る目に熱がこもる。
二人と試合経験があるからこそ、火神は青峰をかなり上に見ていた。
速さは明らかに上である青峰を黄瀬が抜く事が出来るのか?そんな疑問を抱かずにはいられない。
「…!」
しかし、その後すぐに言葉を失った。
第一クォーターから黄瀬と青峰が対面する展開、二人の1on1の結果は想像と異なっていた。
「黄瀬が抜いた…!」
青峰にくらいついた黄瀬が、ボールをその手に捕らえる。
それから試合の流れは完全に海常へ傾き、黄瀬だけでなく他のメンバーの活躍もあって点数が重ねられていった。
あっという間の第一クォーター、海常がリードした状態で終了していた。
それに驚くのは、海常に勝ちそして桐皇に敗北した誠凛メンバーだ。
「…まさか青峰また手ぇ抜いてたりしねぇだろうな?」
「いえ、恐らく本気です。ですが青峰君は尻上がりに調子を上げていく傾向がありますので…」
第二クォーターからの展開はまだ分からない。
そう言う黒子の目は、明らかに青峰がこの後伸びてくる事を予期している。
ベンチで珍しく序盤から息を乱す青峰、本気を出せる相手との戦い。
黒子にとっても真司にとっても大事な試合となるだろう。
「…ところで、烏羽君は大丈夫でしょうか」
ちらと後ろを見る。勿論真司はいない。
それを確認してから火神と目を合わせて、黒子は心配そうに眉を寄せた。
しかし真司の到着を待たずに第二クォーターが始まってしまう。
今度は先程よりも目をぎらぎらとさせた青峰と、そして相変わらず思いの外食らいつく黄瀬。
そしてやはり真司が姿を見せる事はなく。
緊張感あふれるなかの第二クォーターもやはりあっという間で終了し、今度は桐皇リードでインターバルへと入った。
・・・
ゆっくりと外へと繋がる道を一人で歩く。
体育館が緊張感と熱気に溢れていた為に疲れたと声を上げたのは小金井。
そんな先輩達の為に一年皆で飲み物を買いに出たのはいいが、ぼーっとしていたのか黒子は一人はぐれてしまった。
この広い会場で連絡取り合う事なしに会うのはなかなか難しいだろう。
というわけで少し諦めを感じながら歩き続ける。
「…あ」
一人でいながら間の抜けた声が出たのは、前方に見知った人が見えたからだ。
「黄瀬君」
「黒子っち!?なんでここに!?」
「はぐれました」
はぁ!?と大げさに声を上げる黄瀬に対し、黒子の表情は相変わらず変化ない。
そんな黒子の反応には慣れているのだろう。黄瀬は軽く息を吐くだけで、そこにある柵に肘を乗せて笑った。
「まさか観に来てるとは思わなかったっス」
「昨日まで近くで合宿だったので」
「ちぇー、応援しに来てくれたんじゃないんスか?」
「違います」
さらりと言ってのける黒子に、黄瀬は酷いと声を上げつつやはり笑った。
しかし、その笑みにどこかシリアスな雰囲気が漂うのは、憧れる青峰との試合に何か感じるものがあるからだろう。
「…あ。じゃあ真司っちも来てるんスよね」
「そのはずなのですが、まだ分かりません」
「え?何、まさか真司っちも迷子?」
「病院に行っているので」
「病院!?何かあったんスか!?」
驚く黄瀬のこの反応は何となく予想出来た。
が、説明するのが面倒で、黒子はいそいそとポケットに入れている携帯電話を取り出した。
「あ、丁度烏羽君から電話が」
「え、ちょ、早く出て下さいっス!」
ようやく到着したのだろうか、だとしたらかなりナイスなタイミングだ。
黒子は通話ボタンを押して、こちらに耳を寄せようとする黄瀬から逃れるように顔を背けた。
「もしもし。烏羽君、今どこにいるんですか?」
「真司っち…!」
「あ、はい。今黄瀬君も一緒にいます。大丈夫ですよ、インターバル中です」
興味津々で目を輝かせている黄瀬には、真司の然程大きくない声は届いていないらしい。
何、何、と言葉を続けながら、手は黒子から携帯を奪い取ってしまいそうだ。
「良かったですね、黄瀬君。応援してるそうですよ」
「あ、じゃあ、黒子っち、ちょっと電話代わってもらっても」
「はい、分かりました、では合流しましょう。そちらに向かいま…え、烏羽君?」
「黒子っち?」
急に、携帯電話の向こうの真司の声が途切れた。
暫く向こうで何かしらのやり取りのようなものが聞こえた後、プチッと音が消える。
黒子は茫然と空を見つめ、それから黄瀬へとゆっくり視線を移した。
「切れちゃいました」
「えっ、なんで」
「青峰君の声が聞こえたような気がします」
「青峰っち…?」
明らかに黄瀬の顔が怪訝そうに歪められる。
言わない方が良かったかな、と今更な事を考えつつ、黒子はちらと携帯を見て不安そうに眉を寄せた。
・・・
そんなやりとりがあった少し前の事。
診察を終えた真司は、ようやく一人会場に辿り着いたところだった。
不服そうに頬が膨れているのは、結局大した事は得られなかったからだ。
それどころか無駄に混んでいて時間がかかるし。
会場まで走りかなり短時間で到着したが、やけにロビーに人が多くて。
焦りと不安からか、頭が真っ白になって、真司はそこにあった中央体育館を指す看板の横を通り過ぎていた。
「…」
どこかで通路を間違えた、そう思い足を止めたのは、自販機に囲まれた休憩所に到達してからだった。
「あ、そうだ、携帯」
もう誰かに来てもらった方が早い。なんて諦めモードで携帯を開いて、黒子の名前を表示させる。
それから電子音の鳴る携帯を耳に当ててため息を吐いた真司は、近付いてくる足音に気が付かなかった。
「あ、テツ君、出てくれて良かった…。今行き止まりっていうか休憩所?みたいなとこに着いちゃって」
携帯から聞こえてくる黒子の声に安心して、そこの壁に背中を預ける。
どうやら黒子はすぐ電話に出れる状態だったようだ。しかも、何故だか黄瀬の声が聞こえるような気がする。
「って、もしかして黄瀬君近くにいる?試合は!?」
ロビーに人が多かったのも気になったが、まさか試合がもう終わっているなんてことは。
しかし、その不安は黒子の一言で解消された。
今はインターバル中。なかなか良いタイミングでここに来ることが出来たようだ。
「あ、そうなんだ…!黄瀬君、応援してるよ」
軽くそう言ってみれば、向こうから黄瀬の嬉しそうな声が聞こえて来る。
どちらが勝つか、どっちに勝って欲しいか。それはあまり口に出すべき事ではない。
しかし、強いて言うならばそれは、少し変化の見えた黄瀬に頑張って欲しい気持ちはあるわけで。
「あ…この後、どうしよう…入口のとこまで戻れば、会えるかな?」
何はともあれ、黒子と合流しなければ。
気持ちを切り替え声を出すと、快い黒子の返事が聞こえる。
それに安心して溜め息を吐いた時、真司の携帯が手から離れた。
「え…」
「真司」
「あ、あ…え!?」
驚きから声が上手く出てこない。
急にそこに現れた男は、真司の携帯をじっと見つめてから、恐らく通話を勝手に切った。
「あぁ、なんだテツとか」
「な…なんで青峰君がこんなとこに」
「いちゃ悪ィかよ」
「わ、悪かないけど…試合、…ってか汗!」
やはり前半から熱い試合を繰り広げていたのか。青峰の頬にはつっと汗がつたっている。
真司は咄嗟に合宿中に使用しなかったタオルを鞄から取り出すと、青峰の方へ手を伸ばした。
「試合、途中なんだろ?体冷やしちゃまずいじゃん」
「あ?めんどくせぇ」
「めんどくさいじゃないし、相手黄瀬君、なんだから」
自分で言っておいて、情けないことに声が震えた。
青峰がこの試合の事をどう思っているのか、それが気になる。かなり気になる。
しかし、そんな疑問を口にする前に、大きな手が真司の腕を掴んでいた。
「っ、何」
「…今、テツと黄瀬が一緒にいんのか」
「え?あ、うん。そうみたい」
「で、黄瀬に勝って欲しいってか」
「べつに…そういうつもりはないけど」
はっきりと否定しないのは、本音を偽り切れなかったからだ。
それが分かったのか、青峰は小さく舌打ちすると、今度は真司の腕を引いて歩き出した。
「い、った…何だよ」
「こっち来い」
「は!?ちょ、っとだから何!?」
掴まれただけでも驚きなのに、青峰はその手をぐいぐいと引っ張って行く。
この男は本当に、人の気も知らずに何て事をしてくれるんだ。
と、文句の一つも勿論言えない。
「ど、どこ行くんだよ、試合は」
「だから試合に行くんだろーが」
「い、いやいや…俺を連れてってどうする」
「あ?うっせ、黙ってろ」
歩幅の違う足が先へ先へと進むから、自然と真司は戸惑いながらもついて行くことに必死になる。
改めてみるとしっかり体育館への道のりは立て看板で示されていたが、それすらも通り過ぎていく。
そして狭い廊下へ入っていったと思うと、青峰はある部屋へ向かって行った。
「ちょ、っと待った!そこは駄目だよ!」
「いいから入れ」
「駄目だろって…!」
白い扉をばたんと開く。
青峰は有無言わず真司の腕を引っ張り、そして部屋の中へ入ってしまった。
「っこら青峰!テメェはまたどこで何を……は?」
一斉にこちらを向いた視線は、青峰からゆっくりと真司へ移動した。
「誰」
一度試合した程度、それほど記憶には残っていないのだろうか。
青峰の先輩である若松から真っ先に向けられた質問に、真司は一歩下がって苦笑いを浮かべた。
「せ、誠凛の…烏羽です」
「ちょっと青峰君!何で烏羽君連れて来たの!?」
「いーだろ別に」
「良いわけないでしょ!烏羽君、ごめんね!?」
変な空気を何とかしようとしているのか、ばっと飛び出した桃井の声はやけに大きい。
しかし、真司の肩を掴んだ桃井の手は、青峰によってあっさりと剥がされた。
「真司も連れて行く」
「はぁ…?試合に?」
「決まってんだろ」
何がどうしてこうなった。そう思っているのは真司だけでなく、そこにいる人達全員だ。
それで居た堪れなくなるのは当然真司で。
自ら下がってドアノブを掴めば、やはり青峰の手によって道を塞がれてしまった。
「青峰君…我がまま言って困らせないでよ」
「…」
「青峰君…っ」
「まーまー、痴話喧嘩はそのくらいにしてもろて。そろそろ準備せな」
気の抜けたような関西弁は、主将である今吉のものだ。
今吉は頭をかいて困ったような表情をしながらも、あまり驚いてはいない様子で真司に近付いてきた。
「うちの青峰がすまへんなぁ。誠凛の烏羽君?」
「いえ…こちらこそ、大事な試合なのに水を差してしまって」
「ま、何や。こないな事でこいつの機嫌悪くさせたら勝てる試合も勝てななるし…大人しく居てもらって構まへん?」
「は…?え、でも」
そんな事許されるはずない。
そう続けようとした真司の口は、はっと息を呑んで閉じられた。
キセキの世代、黄瀬涼太をエースに持つ海常との試合。
前半は見ていないが、雰囲気から察するに、余裕を見せられる試合ではなかったのだろう。
空気は完全にピリピリとしていて、第三クォーターに控えている。
真司がいるいないよりも、ここで騒がれる方が迷惑なのだ。
「…分かりました…すみません…」
こくりと頷いて、ごくりと唾を飲む。
それを見ていた桃井は申し訳なさそうに眉を下げて、それから青峰の背中を一度だけばちんと叩いた。
「ほな、気ィ引き締めて行こか」
わらわらと立ち上がる桐皇の選手たちの後ろについて行く。
桃井の気遣いの視線があったところで、居心地の悪さは嘗てなく、本当ならさり気なく居なくなってしまいたいものだ。
「…」
溜め息一つも彼等にとっては煩わしくなるのではないかと思い、ひたすら無言を貫きとおす。
その真司の前を歩いていた青峰が、急に足を止めた。
「真司」
「何、うわ…!」
ぽいっと青峰の手から放られたものを受け取る。
手に持ち広げれば、それは桐皇と書かれたバスケ部のジャージだった。
「ちょっと待って、これって青峰君の…?」
「それ着てろ」
こんなジャージ一枚着たところで、真司が桐皇のベンチにいておかしいという事に変わりはないのに。
そう思いながら見つめたジャージからは青峰の匂いがする。
それがこんな状況なのにそれが嬉しくて、胸が高鳴って。
「…着て、いいの?」
「着ろって言ってんだろ」
「っ、うん…」
恐る恐る通した腕は袖から姿を見せることなく、やっぱり大きいんだなぁ、なんて見上げた青峰は既に前を向いて歩き出している。
「青峰君の…ジャージ…」
誰にも聞こえないように小さく呟いて、真司は真っ赤になった顔を隠すように俯いて歩いた。
黄瀬と青峰の試合。見たいという事で頭が一杯になっていた少し前の事も忘れて、ただ彼等の後に続いて歩く。
青峰のわがままに振り回された結果なのに、それが嬉しいとさえ思うなんて。
「…っ」
「何や、執着しとんのは青峰の方やなかったんか」
とん、と肩に乗せられた手と共にかけられた声。
あまるジャージの袖で口元を覆っていた真司は、まさか声をかけられるとは思っておらず、大げさに顔を上げた。
「は、はい…?」
「青峰のジャージ着て顔真っ赤にして。てっきり惚れこんでるのは青峰の方かと思ったんやけど」
「…!?惚れこんでって…そんな」
小さな声で囁くように、真司の耳に顔を寄せるのは今吉だった。
そういえば桐皇の人とこうして試合以外で近付くのは初めてだと今更ながらに気付く。
細められた目が、どうにも感情を読ませない。
それが不吉で、不安を誘って、真司はごくりと唾を飲んでから口を開いた。
「あ、青峰君は、俺のことそんな風に思ってませんよ」
「んー、そうとも思えへんけどなぁ。て、自分の事は否定せぇへんのかい」
「…まぁ、否定はしません」
へぇ、と笑った顔は、通常時の顔と大して変化ない。それなのに口元の笑みは何か思わせて。
この人には何を隠そうとも無駄なのだろうと察しつつ、真司はぱっと顔を逸らした。
「あまり、見ないで下さい…迷惑は、かけませんから…」
「かわえぇなぁ。ホンマに男かいな」
するりと頬に今吉の指が触れる。
嫌悪感は無かったが無意識に身をすくめる、それと同時にその手を弾いた手が肩を掴んだ。
「真司に触んな」
「何や青峰、特別な理由でもあるんか」
「んなの…関係ねーだろ」
ぐいっと肩を掴まれ、自然と体が青峰の方へ寄せられる。
どうして青峰がこんな事をするのかは分からない。嫌われていない事に喜ぶべきなのか、状況に焦るべきなのか。
「、青峰君…」
「真司、お前はオレだけを見てろ」
「は?」
「黄瀬なんて見んな」
耳元で低い声が真司の頭を刺激した。
文句一つ言い返せないのは、青峰の言葉に嬉しいと感じた自分がいたからで。
「…っ、それ、かなり我が儘」
「あ?黄瀬のがいいってのかよ」
「そーいうんじゃないし…」
「お二人さん、いい加減にしてくれへんか?」
にこやかな主将の呆れた声にぱっと離れる。
桃井の困った顔やら他の部員の複雑そうな表情が目に入って、真司は再び体を小さくして俯いた。
・・・
ここに来てから意味の分からない事ばかり起こる。
それは全て真司が迷った事から始まったのだが、だからといってこんな事になるとは誰も思うまい。
「烏羽君…一応、監督が許可とってくれたからその…縮こまらなくても大丈夫だよ」
そう言う桃井は真司の隣に座っている。
間違っているのは真司だ。桃井がそう言ってくれたって、堂々と座っていられるはずがない。
「だからってさ…俺、海常の人に顔知られてる、し…」
「あ、そっか、そうだよね」
顔を上げると、桐皇と海常の見慣れた人達がコートに並んでいる。
桐皇のベンチに誠凛の真司が座っている事は今の所まだバレてはいないらしいが。
ちらと目だけを前に向けて、様子を窺うようにさり気なく得点板を覗く。
桐皇リード、とはいえ大差はない。そして青峰と黄瀬の様子は。
「何か、青峰君も黄瀬君も、お互いに意識しすぎじゃ…」
「烏羽君、もしかして前半見てなかった?」
「え、うん…」
「きーちゃん、青峰君を模倣しようとしてるんだよ」
真司の様子に気付いた桃井の簡潔な状況説明。
淡々と言ってのけたそれに、真司の目がぱちぱちと数回瞬いた。
「そんな事って、出来るの…?」
「不可能ではない、かな。でも出来たとしてもギリギリ間に合うかなってくらい。海常にとってはかなりの賭けのはずだよ」
「そっか、そうなんだ…」
余程、桐皇との試合はそもそもギリギリのものだという事だろう。
その時真司が複雑な気持ちになったのは、自分が桐皇の席にいるからだ。
気持ちが少し、海常の方に傾きかける。
「…」
ホイッスルの音で再開した試合。
まずボールを取ったのは黄瀬で、そしてその黄瀬の動きは黄瀬のモノと少し違っていて。
今吉が簡単に抜かれる、それに驚いたのはその本人だけではなかった。
「嘘…まさか、早すぎる…」
隣で桃井が呟く。
それで真司も確信した。黄瀬は青峰のコピーを既に掴み始めているのだと。
(青峰君は…)
青峰は今の黄瀬をどう思っているのだろう。ふとそう思って視線を移動させる。
と、丁度青峰へとボールが回ったところだった。
青峰の手に渡ったボールは、吸い込まれるようにゴールへ。
「タラタラしてんじゃねーよ黄瀬」
「青峰っち…!」
いともたやすく点を稼ぐ青峰の存在のせいで点差はそう埋まらない。
そんな試合に真司の胸が高鳴るのは、青峰の強さか、それとも黄瀬の意地か。
魅入られるように二人の試合を見つめていた真司の目の前に、とんっとボールが転がって来た。
「…あ」
そのボールを拾い上げたのは黄瀬で。
顔を上げた黄瀬の目の前にいた真司とは、当然目が合ってしまった。
「は…?真司っち…?」
咄嗟に口の前に人差し指を立てたところで遅く。
「え」とでも言わんばかりの視線を感じながら、真司は再び縮こまった。
「えっと、これは…」
「青峰っちっスか。そうっスよね。こんな事すんの…」
「黄瀬君…、」
何が、何で、どうして。
そんな質問が来るのではないかと思っていた手前、それだけ言って試合に戻った黄瀬にむしろ茫然としてしまった。
でも、追求されなくて良かった、なんて。
そんな事を考え安心した真司に、黄瀬の心境など知る由もなかったのだ。
「…青峰っち、なんで真司っちが桐皇のベンチに座ってんスか」
「は、関係ねーだろ。つか試合に集中しろよ」
第三クォーター、初めて二人が対面した。
避けていたつもりはないが、この状況は黄瀬にとってかなり有利なものだった。
掴めそうで掴めずにいる青峰のプレイ。今正面で見れば、全て掴めそうな気がしていたから。
「青峰っち、さすがに真司っちの気持ち知らないわけじゃないっスよね」
「真司の気持ち?」
「ま、知っててやってんだとしても、無自覚だったとしてもタチ悪いっスよ、それ」
ふーっと黄瀬が大きく溜め息を吐いて、青峰の眉間のシワが深くなる。
煽っているつもりなどない、正直な気持ちだ。
「オレが…海常が勝ったら、もう真司っちにちょっかい出すの、やめてもらうっスよ」
「あ?」
「真司っちの気持ち、受け入れないなら尚更」
青峰の返事など待たない。
黄瀬はすっと空気を変えると、一気に踏み込んだ。
「な…!」
たんっとボールが跳ねて黄瀬の手に吸い付いている。
黄瀬の話を聞いていたからでも、隙をつかれたからでもない。青峰は動けなかった。
「チッ…、黄瀬、調子のってんじゃねぇぞ…!」
ゴール下で跳んだ黄瀬に青峰が追いつく。
青峰が黄瀬の後ろで跳んだ瞬間、桃井が立ち上がっていた。
「青峰君、駄目!!」
その声が青峰の耳に届いた頃にはもう遅かった。
ピーッと鳴った笛の音は、青峰のファウルを知らせている。
そして黄瀬は、青峰の後ろに回した手でボールをゴールに放っていた。
青峰がやった事のある、ファウルをもらいながらのシュート。
完全に模倣しきっている黄瀬にそれが出来ないはずがなかった。
「今の、青峰君の動き…だったよね」
どこか覇気のない声が真司の口から出る。ゆっくりと椅子に腰を下ろした桃井は何も言わなかった。
桃井の気持ちが分からないわけではない。
何せ、これで海常と桐皇の点差は一桁、それでいて青峰はもうファウルが許されない状態で。
しかもどこか呆けてしまった青峰は、パスを取りこぼし動きを止めている。
「何してんだよ…」
いくらなんでも、こんな事になるとは思わなかった。
黄瀬に勝って欲しいなんて思っていても、まさかこんな青峰の姿を見る事になるとは。
「青峰君…」
小さく、ぽつりと震えるような声が漏れる。
その瞬間、青峰が真司を振り返った。
まさか聞こえていたのか。青峰の鋭い視線に、思わず息を呑む。
「てめぇも…どいつもこいつも…」
明らかにイラついた様子で、青峰はそう呟きながらふらっと動き出した。
そのまま走り出した青峰が、連続でポイントを稼いでいた黄瀬のシュートを、今度は間違いなく叩き落とす。
「っ!青峰っち…!」
「…気に食わねぇ、黄瀬ェ…。いっちょ前に気ィ遣ってんじゃねーよ」
「いっすね、さすが。あれで終わりだったら拍子抜けもいいとこっス」
ビーッと第三クォーター終了のホイッスルが鳴り響く。
真司は頬に流れる冷や汗を拭い、そしてジャージをきつく握り締めた。
ベンチに戻ってくる青峰を見上げて、きゅっと唇を噛む。
そんな真司に気付いた青峰は、気に食わないといった様子で目を細めた。
「おい、なんつー面してんだよ真司」
「え」
「お前までオレをなめてんのか」
“お前まで”という事は、黄瀬からも何か感じたという事だろうか。
青峰の心境など分かるはずもなく、ただ苛立つ彼への言葉を選ぼうとした真司は、間もなく胸倉を掴まれていた。
「むかつくんだよ、どいつもこいつも…!」
「…っ」
焦った桃井の顔が視界の隅に見える。
他の桐皇の人達もさすがに戸惑いの色を浮かべている。
(むかつくって…散々人を巻き込んどいて)
そもそも青峰に引っ張られてここにいるのに、これは理不尽すぎるのではないか。
ふと何かキレた真司の手は、青峰の胸倉を掴み返していた。
「誰のせいでこんな顔になってると思ってんだよ」
「あ?」
「オレに勝てるのはオレだけだとか言っておいて、なんだよこのザマは。黄瀬君にコピーされてんじゃんまんまとさぁ」
黄瀬の身体能力は青峰と大差ない。
今まで黄瀬が青峰のコピーをしなかった事が不思議なくらいだ。
本心とは違う。けれど、真司の悪態は止まらなかった。
「青峰君は強いよ、でも黄瀬君も強い、なめてんのはどっちだよ」
「真司、てめぇ」
「格好いいとこ見せろって言ってんの」
本当は、格好良くない青峰なんて知らない。
好きなんだ、どんな姿だって格好良いと思うし、これ以上格好良くなんてなられたら困る。
でもやっぱり、立て続けにファウルして、パスすらミスする青峰なんて見たくなかったという思いはあって。
じっと青峰を見つめる。
青峰は真司から手を放すと、ふっと息を吐き出した。
「最終クォーター、ボールは全部オレに回せ」
「あ!?テメマジ自己チューも対外にしろよ!」
「オレが叩き潰してやる」
若松が吠えたが、それは今吉によって抑えられていた。
どちらにせよ、勝つ為には青峰が必須なのだ。
4ファウルだろうと、青峰を出さなければ負ける。そして青峰がもう一度ファウルしても負ける。
何にせよ、青峰の怒りはおさまったようで、ようやくベンチが落り着きを取り戻した。
それに安心して、真司の口から自然とため息が漏れる。
「…烏羽さん、すごい」
そんな中ぽつりと横から聞こえた言葉に、真司はきょとんと目を丸くした。
横に顔を向けると、桜井がはっとしたように口を押さえ、頭を下げている。
「す、スイマセン…」
「え、な、何が、ですか」
「いえあの…青峰さんにあんな事、ボクには無理です、から」
身をすくめて、青峰の様子を窺いながらそう言う彼は、かなり青峰に対して萎縮しているように見える。
桐皇のメンバーで初めて感じた柔らかさ。真司は思わず緊張を解き微笑んでだ。
「青峰君があんな性格だから、仕方ないですよ」
「っ…スイマセン!可愛いとか思ってスイマセン…!」
「え、何、俺が?」
「変な事言ってスイマセン!」
「いや、そんな謝られても…」
なんだかやけに謝ってくる人だ。
やっぱり変わっている人なのかもしれない、そう思って視線をずらすと、今度は桃井と目が合った。
「烏羽君のおかげで、少し空気が和らいだみたい」
「え…あ、俺ごめん、なんか」
「ううん。がつんと言ってくれて有難う」
礼を言われるような事は一切していない。
真司は否定しようと口を開いたが、それを遮るように選手達が立ち上がった。どうやら時間らしい。
「真司、目ェ逸らすなよ」
去り際に青峰の手が真司の頭をがしっと掴む。
いや、撫でてくれたのかもしれない、乱暴すぎて分からなかったが。
真司はその青峰の背中に拳をぶつけて、それでも頷くことはしなかった。
「…なんか、烏羽君…眼鏡外して性格も変わったね」
「え?」
可愛らしい声が、真司の耳に入る。
真司が桃井の方に顔を向けると、丁度試合が始まった。
「前から烏羽君って可愛いとは思ってたんだけどね」
「…」
「なんか今は格好いいのに女の子みたいっていうか…あ、気を悪くさせたらごめんね」
互いに顔はコートに向けながら。
たんっとボールが跳ねたのと同時に、真司の体が微かに震えた。
「烏羽君って、本当に青峰君のこと好きなんだね」
深い意味などない、はず。
真司は桃井の観察能力に多少の不安を抱きつつも、首を縦に動かしていた。
隠しても仕方ないと思うし何より、この気持ちには正直でいたかったから。
「きっと青峰君にとっても、本当は私じゃなくて烏羽君の方が…」
「桃井さん?」
「でも、烏羽君はテツ君も大好きなんだもんね」
「そ…」
それは。
思わず桃井の方を向きそうになって、ガシャンというゴールの軋みに再び顔を戻した。
攻防の繰り返し、行ったり来たりの点の取り合い。点差は縮まらないが、離されもしない。
しかし、これ以上離されれば海常から勝利は遠のくだろう。
「…行ったり来たりは、俺か」
一人、そう呟いた真司の目には青峰と黄瀬。
一騎打ち、ゴールへ向かった黄瀬の前に立ち塞がる青峰。
黄瀬はゴールをすると見せかけて後ろにいた笠松へパスを送った。
最後の駆け引きだったのだろう。しかし、それは青峰によって止められていた。
歓声か、それとも嘆きか。
ワッと様々な声に包まれた会場で、真司は桐皇の勝利を確信した。
「ここまでよくやったが、最後の最後でヘマしたな。オレならあの場面で目線のフェイクはしねぇ」
静かな声なのに、青峰の言葉は真司にも聞こえた。
「オレのバスケは仲間を頼るようには出来てねぇ」
最後の最後で黄瀬は青峰の模倣でなく、皆で勝つことを選んだ。
その結果、青峰に動きを予測される事となった。
「オレの勝ちだ、黄瀬。敗因は仲間に頼ったお前の弱さだ」
ガシャンとゴールが決まる。
黄瀬は青峰を止められなかったけれど、黄瀬は諦めなかった。
試合終了の音が響いて、整列する彼等の背中をじっと見つめる。
格好良い、なんてそんな言葉で言い表せない高揚がある。それと同時に、ズキズキと胸を襲う痛みがあった。