黒バス(2012.10~2017.12)
夢小説設定
あっという間に辺りは暗くなり始め、真司と青峰が会場に到着した時には街灯が道を照らしていた。
焦る気持ちで青峰の腕を引っ張る。
それは急いで合流しなきゃという思いと、試合の状況が気になる為だ。
「ほら、青峰君早く!」
「なぁ真司」
しかし、入口へと足を進めていた真司の腕を突然青峰が後ろへ引いた。
当然よろけて青峰に引き寄せられた真司は、不服そうに青峰を見上げる。
「ここまで来て何だよもう!今更嫌だなんて言わせないからな」
「違ぇよ。ちょっと聞いときてぇ事思い出したんだよ」
「…何?」
青峰は何やら言いにくそうに口ごもって、あー…と意味の無い母音を伸ばしてから言葉を続けた。
「テツの新しい光…お前も信じてるとか言ってたろ」
「…うん、言ったと思う」
「オレがアイツより強いってことくらい分かってんだろ?それでもアイツを信じるってのか」
真面目な顔をして、不思議な事を言う。
真司は眉間にシワを寄せ、青峰を見上げる目を細くさせた。
「自分の仲間を信じるのは当たり前だろ」
「まさか、アイツの事も…」
「…?何?」
「ハッ、分かったよ。あの野郎を信じたこと、後悔させてやるよ」
青峰の言うことは支離滅裂で理解出来ない。
何を思ったか速足で会場へと入って行った青峰を、真司は追いかけることが出来なくなっていた。
青峰は、何が言いたいのだろう。
火神を信じるなということなのか、それとも仲間等必要とするなということなのか。
「っ…、俺も早く行かなきゃ…」
はっとして、真司は見えなくなった青峰を追おうと足を踏み出す。
そしてふと思うのは、勝手に試合前にいなくなるという行動をしておいて無事で済むのか、ということだった。
(…そういえば前も勝手に行動して…地獄見たっけ…)
あぁ、今度こそ無事では済まない。
真司は頬を流れた冷や汗を無意識に拭い、重い足で試合をしているだろう会場へ走った。
・・・
得点板に表示された点数。
第二クォーター残り1分ところ、現れた青峰が早速試合に出ると流れは急に変わった。
点数は今のところ10点差、それでも青峰の強さに誠凛はついて行くのに必死といった様子だ。
「それにしても、なんで真司っちいないんスか~…?」
ぼそりとぼやくのは、上から試合を観戦している黄瀬。
その言葉はただの独り言だったが、隣にいた緑間もぴくりと反応した。
「誠凛の最初の様子から察するに、恐らく途中でいなくなったのだろう」
「具合悪くしちゃったとかじゃないといいっスけど」
もしくは、青峰との試合を避けたとかでなければ。
黄瀬は何となく思ってしまった自分の考えに眉を寄せた。
「真司っちてさー、結局青峰っちのことどう思ってるんスかね」
「…オレに聞くな」
「今でも好きなのかな…」
青峰が好きだから、青峰と敵対することを拒んでいるとか。
そんな事を考え続ける自分の頭をぽかっと小突き、黄瀬は腰に手を当て再びコートへ目を戻した。
「…って、あれ!?」
「煩いのだよ」
「いや、真司っち、真司っちっスよねあれ!」
顔をコートと緑間へ行ったり来たりさせる黄瀬に、緑間は呆れため息を吐き。そして目を丸くした。
「あいつは…あんなところで何をしているのだよ」
黄瀬と緑間の目線の先には、誠凛ベンチの近くの入口辺りで隠れている真司の姿。
いつからいたのかという事は定かではないが、タイミング的に青峰と共に来たと思うのが妥当か。
「真司っち…」
「お前はそればかりだな」
「そりゃそうっスよ。好きなんスから」
「だからオレに言うな」
ホイッスルが鳴り響いて第二クォーターが終了する。
結局誠凛は桐皇に10点負けた状態で、それどころか青峰に翻弄される形でインターバルを挟むこととなった。
・・・
誠凛バスケ部控え室。
桐皇に負けているとはいえ、誠凛メンバーの空気は今の所悪くない。
まだまだ勝てる、その強い意志が宿った控え室は、それなりに落ち着いた雰囲気漂よわせている。
それはともかく。
「烏羽く~ん?」
「は、はい…」
「私が何を言いたいか、分かってるわよねぇ…?」
「それはもう…」
真司の目の前にいるのは、まさに獲物を捕らえ牙をむき出しにした鬼だ。
とはいえ、ここで咄嗟に出てくる言い訳も無し、そもそも悪いのは真司以外の何物でも無いわけで。
「正座!」
「は、はい!」
「ぐりぐりの刑!」
「いッ~~…!」
しっかりとグーに握られたリコの拳骨がこめかみをグリグリと刺激してくる。
真司は意味も無く手をばたばたと上下に振ったが、それで痛みが引くことも無ければその行為が終わることも無かった。
「…さて、じゃあさっさとミーティング済ますわよ」
ぱっとリコが振り返り皆を見回す。
まだチャンスはあるというのは確かなのだが、青峰がいない桐皇にさえ食らいつくのに精一杯だったのも事実だ。
「とりあえず黒子君はずっと出てたから、一度引っ込んで…」
ミスディレクションが効かなくなれば元も子もなし。そもそも黒子の体力はたかが知れている。
そう思ったリコの提案は、本人によって否定された。
「あの…後半もこのまま出してもらえませんか」
「え?」
黒子の表情は、いつもの“無”に比べれば険しいものに見える。
それはかなりの違和感で、そして心配になる程だった。
「確かに青峰いて黒子抜きはきちーけど…フルでミスディレクションは続かないんだろ?」
「あぁ。イーグル・アイで見てたけど、もうずいぶん効果が落ちてる。一度下がるべきだ」
日向と伊月が正論を突き付ける。
しかし、それでも黒子は首を縦には振らなかった。
「できます。どうしても青峰君に勝ちたいんです」
真剣な顔つきに、心がざわつくのは何故だろう。
真司は黒子をじっと見つめていた。
黒子の思いは知っているつもりだった。しかし、こう言葉で聞くのは初めてで。
「テツ君…」
「烏羽君、青峰君を連れて来てくれて有難うございました」
「それは…、感謝されるような事じゃないし…」
それに自分の為にやったことだ。黒子にそんな言葉をもらう事ではない。
それにリコが怖いからそれは掘り返さないで欲しい、と弱気な事も考えて。
真司は複雑な思いから、黒子を見ていた視線を逸らしていた。
「心意気はいいけどよ…本当に大丈夫なのか…?」
「黒子君を引っ込めるにしても、そのまま出すにしてもリスクはあるのよね…」
黒子の意志に、リコや日向の考えが揺らぎ始める。余りにも強い意志、瞳の中に見える決意。
しかし、火神は大きく溜め息を吐くとおもむろに立ち上がった。
「ったく、オマエいーから引っ込めよ」
「…」
「つか、奴に勝ちたいのはオマエだけじゃねっつの。任せとけ」
「火神君…」
冷静に判断したのではない。
火神の目には、誰よりも強い闘志がみなぎっていた。目の前で見た青峰のプレイが、火神に火をつけたのだろう。
「そうね、黒子君は一度下げるわ。勿論、いつでも出れるように準備はしといてよ」
「はい」
「青峰君に対抗出来るのは一人…。火神君、頼んだわよ!」
「うす!」
火神は青峰と似ている。昔の青峰と、だ。
真司は目を閉じ、ゆっくりと呼吸を繰り返して再び開いた。
希望はきっとある。彼等となら。
「…烏羽君?貴方もちゃんと準備しときなさいよ。出さないとは限らないからね」
「は、はーい…」
「たとえ大好きな青峰君相手でも…手は抜かないから」
「分かってます…」
リコの棘ある口調に肩がすくむ。
暫くはリコの様子を窺って過ごすことになりそうだ。真司は数回頭をかいて、ふーっと肩の力を抜いた。
それからぱっと立ち上がって体をほぐす。
(テツ君も同じ思い…ううん、きっと俺以上の)
青峰に勝ちたいという思いは誰にも負けない。
真司は今更ながら、この試合の重大さを実感していた。
第三クォーター。
青峰はインターバルの間に体を暖めたのだろう、既に完全な本気モードに変わっていた。
体から滲み出るオーラは誰の目にも凶悪に映る。
青峰に対抗出来るのが誠凛に火神しかいない以上、ここからは火神と青峰の一騎打ち。攻め対攻めの対決だ。
しかし、火神ならば…という思いもすぐに砕かれることとなった。
「どうなってるのよ…青峰大輝…!」
リコの目には、有り得ないものが映っていた。
青峰のバスケに、型なんてものはない。ドリブルもシュートも自由奔放なスタイルで、セオリーが通用しないのだ。
「青峰君は物心つく前からバスケットボールに触れていて、大人に交じりストリートでプレイしていたそうです」
「ストリート…そう、まさにそれよ。青峰君のバスケは、ストリートそのもの…!」
黒子の説明に、リコは合致がいったと言わんばかりに頷いた。
勿論それだけではなく、その才能も想像を絶するものなのだが。
「確かに烏羽君が言っていた通りね…」
「俺が?」
「速いわ。烏羽君と同じくらい」
速さはまだ真司の方が辛うじて上かもしれない。
しかし、青峰は真司と違って予測できない動きをする。
「誰も、彼を止められない…」
青峰の攻撃で、点差がどんどん広がって行く。
10点だったのが、既にもう20点に。このままでは、第四クォーターに入った時には埋められない程の差が出来てしまうだろう。
「青峰君…」
茫然と青峰の姿を見つめる。今の彼は、昔のように楽しそうにバスケをしていない。
ただそこに待っているのが変わらずある勝利だから、なのだろうか。
ゴールを決めて一人不敵な笑みを浮かべた青峰は、ゆっくりと顔をこちらへと向けた。
「おいおい、こんなもんか?ちげーだろテメーらのバスケは。出てこいよ、テツ」
青峰の言葉に黒子の体がぴくりと反応する。
挑発、なんてものではない。
単純に青峰は黒子と火神の連携を見たいと思っているのだろう。
「…確かに、このままじゃマズいわ…。黒子君、行ける?」
「大丈夫です、もう十分休みました。行ってきます」
立ち上がった黒子と青峰の視線がそこで交差する。
真司は無意識にごくりと唾を飲んで、息を止めていた。
「見せてみろよ、新しい光と影の底力をよ」
青峰の言葉に、黒子はきっと目を鋭くさせる。
そして応えるようにコートへ出て行って、火神の横に立った。
「お願い…火神君、黒子君…」
珍しく弱気なリコに、真司も祈るように手を合わせた。
火神と黒子が並ぶだけで、何となく流れが戻ってくるような気がして、まだ追いつけるんじゃないかと希望を抱いたりして。
「誠凛メンバーチェンジです!」
再び鳴り響くホイッスルに、ボールがたんっと軽い音を立てる。
試合の流れが変わる事を祈っていた彼等に襲いかかったのは、やはり青峰という絶望的な壁だった。
二人の連携、黒子によって繋がるパス。
桐皇を翻弄させ、誠凛はここに来て連続でポイントを決めることに成功した。
しかし、青峰は冷めきった目で黒子を見下ろしていた。
「テツ…相変わらず変わってねーな」
「…」
「…マジ、ガッカリだわ。まだそれで勝つつもりかよ、テツ?」
「そのつもりです。…これがボクのバスケです」
それでも黒子はまだ光ある目で青峰を見上げている。
しかしその直後。
伊月から回されたボールをイグナイトパスで火神へ送ろうとした黒子のそのボールは、青峰の手に受け止められていた。
「なぁ、テツ。オマエのパスを一番取ってきたのは誰だと思ってんだよ」
「…!」
「オマエのパスは通さねぇよ」
今の誠凛でイグナイトパスを取れるのは火神だけだった。秀徳戦では高尾を突破した黒子の必殺技。
それが、余りにもあっさりと攻略されてしまった。
「止めてくれ!火神!」
誠凛ベンチも声を上げて応援する。それでも、青峰を止めることは出来なくて。
「…オマエは何も変わってねぇ。やっぱ赤司が言った通り、オマエのバスケじゃ勝てねぇよ」
「…っ」
何が起こっているのか、目を、耳を疑う。真司はベンチで一人首を横に振っていた。
真司の知らない青峰の姿がここにある。黒子がずっと気付いていた、青峰の姿が。
最悪の状態で第三クォーターが終わる。
点差は既に30点に広がって、もはや追いつくことは不可能となっていた。
「…烏羽君、火神君とチェンジ」
ホイッスルが鳴って、疲れと共に絶望をも思わせる顔をした皆が帰ってくる。
そんな中、リコから向けられた言葉に真司は目を丸くした。
「え、え!?ここで、ですか!?」
「火神君、足を庇ってたんだわ。反対の足に負荷がかかってたみたい」
「そ、んな」
真司は火神の足に視線を移して、そして目を伏せた。
確かに、微かな震えが確認出来る。
「でも、俺じゃ」
「もう勝ち負けはいいから。烏羽君、自信を持って青峰君に挑んでみなさい」
「…」
ばんっとリコの手が真司の背中を押す。
それに釣られて立ち上がった真司は、自然と戻って来た火神の手を掴み取った。
「っ、な、何だよ」
「……火神君、俺、頑張るから」
「は?」
火神だって、自分の足の異変に気付いていないわけではないだろう。
しかし、ここで引き下がれない。その思いが更に足へ負担をかける。
「火神君、烏羽君と交代して」
「な、なんでっすか!テーピングだって問題ないしまだ!」
「いいから!」
リコの目には見えていた。火神の足が、どれほど危険な状態にあるか。
今の火神の足ではこの試合どころか、あと二回の試合にも出れないだろう。
「…火神君、俺じゃ頼りないけど…ちゃんと同じ意志持ってるから」
「真司…」
「だから足、大事にして」
ふらふらとベンチに座った火神が小さく「畜生」と呟く。
ここまで本気で闘った。もう後は時間が点差を広げていくだけだ。それでも。
「青峰君、君を抜いて点を入れる」
「…やれるもんなら、やってみろよ」
第四クォーターの開始を知らせるホイッスルが鳴り響く。
真司はぱんっと自分の頬を両手で打って、コートに足を入れた。
・・・
「何や、ちっこいのが入ってきおったなぁ」
「あれっすよ、桃井の言ってた青峰より速いっていう」
「あー…なんやったかな?烏羽?」
桐皇の主将である今吉、そして若松が真司を視界に捕らえる。
火神の代わりに入ってくるには何ともひ弱そうな選手だ。
「…でも、アイツすげーな。このタイミングで入ってきて、やる気満々じゃねーか」
「それ言うなら、火神もや」
「っすね。あれだけやられて尚…つか今まで以上にほとばしってんぞ、怒りが」
今まで青峰とやった奴は才能の差に茫然として、やる気なんて完全に無くなっていたのに。
こんな最悪の状況で、まだ立ち向かう心を保っているというのか。
「面白ぇ…あの子の相手してーな」
「おい、真司の相手すんのはオレだ」
「なっ!おい青峰!」
若松を押しのけて青峰が真司へ近付いて行く。
正面に立った二人の体格差はあまりにもかけ離れていて。
誰の目にも分かる、真司ごときに青峰の相手が出来るはずがないと。
「真司、会場がオマエを馬鹿にしてるぜ」
「すればいい。俺は青峰君からゴールを奪うだけだ」
「ハッ、好きだぜ、オマエのそういうとこ」
会場は、もうこの試合に何かを期待することを辞めている。
後はどれだけ点差が広がるか、桐皇が何点をたたき出すか、それだけだろう。
しかし、真司は、そして黒子は、誠凛は諦めていなかった。
「烏羽!」
伊月から回って来たボールを受け取って、そのまま走り出す。
立ち塞がる青峰に対し姿勢を低くすれば、懐かしい感覚に襲われた。
「…覚えてる?青峰君」
「あ?」
「1on1の勝率…」
真司が青峰のゴールを止めたことは無い。
しかし、真司のゴールを青峰が止めた確率もさして高いわけではない。
キュッと音を鳴らして左右に振る。抜けないことはないはずだ。
そう信じて踏み出すも、真司のボールは青峰に弾かれていた。
「っ!」
やはり、青峰は中学の時よりも強くなっている。速さも増している。
桐皇の点数は更に誠凛へ差をつけ、とうとう40点差にまで広がっていた。
「…もう決まりだろ」
軽くボールをつく青峰がぽつりと呟いた。
残り5分、点差は40。黒子のミスディレクションは完全に効果を失くし、真司も結局青峰を抜けていない。
全員の疲労も、桐皇に比べて誠凛メンバーには重くのしかかっている。
「オレの勝ちだ、テツ」
「まだ、終わってません」
「バスケに一発逆転はねーよ」
青峰の前に、肩で荒い息を繰り返す黒子が立ち塞がる。塞げてなどいない、隙は大いにあるが。
黒子が青峰の言葉に屈することはなかった。
「可能性がゼロになるとすれば、それは諦めたときです。自分からゼロにするのだけは嫌なんです」
黒子の強い意志が、真司や日向、誠凛の皆の心に刺さる。
「だから、諦めるのだけは絶対に嫌だ…!」
「一つだけ…オマエの諦めの悪さだけは認めてやるよ」
たんっと青峰がボールをついて走り出す。
簡単に抜かされた黒子はそれでも届かない手を伸ばして。
真司は、小さな体で青峰の行く道を塞いでいた。
「真司…オマエも諦め悪ィな」
「今更何言ってんだよ。俺、かなり諦め悪いから」
手を伸ばしても届かなくなってしまった青峰の存在。
それでもいつかきっと取り戻せると信じて、こうして立ち向かうことを辞めない。
気付いて欲しいのだ。この思いに、この本気の気持ちに。
「でも、真司、お前はオレに勝てない」
青峰がたんっと強くボールを打ち、真司の横を抜けようとする。
真司はその動きよりも速く、手を伸ばしていた。
「なっ…!」
真司の手に弾かれたボールが黒子の手に渡り、そして再び真司の元へ返ってくる。
あとは走るだけ、ただゴールを目指して走るだけ。
「オレに速攻なんて効かねぇの、分かってんだろ」
「っ、」
それでも青峰は真司に追いついて、今度は真司の行く道を青峰が塞ぐ。
残り10秒。時は止まってくれずに刻み続ける。
残り5秒、真司は覚悟を決めて姿勢を低くしボールを打ちつけた。
「俺は…青峰君から点を取る…!」
懐かしい感覚。青峰と、何度もやった1on1。
真司の低い体勢からのスピードとその脚力を誰よりも褒めてくれたのは青峰だった。
だから、この足を信じている。この足が、青峰に負けない事を。
「真司…!」
青峰の声が後ろで聞こえた。
「烏羽君!」
「真司、行け!!」
黒子、火神、皆の声が真司の背中を押す。
真司はひらけた視界の中、ゴールへとボールを放っていた。
ぱさっという乾いた音と、ホイッスルが鳴り響くのはほぼ同時。
更にワーッという歓声で会場が埋め尽くされる中、真司は振り返って青峰と視線を合わせていた。
「…」
「…」
互いに言葉は無かった。
見つめるだけで思いが通じたなら、どんなに楽だろう。
そんな無意味なことを考えていると後ろから日向に背を叩かれ、真司は整列する為に青峰に背を向けた。
「112対55で桐皇学園の勝ち!」
「「「ありがとうございました!!」」」
全力で、諦めなかった、それでも誠凛は桐皇に圧倒的な差を見せつけられて敗北した。
それでも誰一人として、涙は流さなかった。
焦る気持ちで青峰の腕を引っ張る。
それは急いで合流しなきゃという思いと、試合の状況が気になる為だ。
「ほら、青峰君早く!」
「なぁ真司」
しかし、入口へと足を進めていた真司の腕を突然青峰が後ろへ引いた。
当然よろけて青峰に引き寄せられた真司は、不服そうに青峰を見上げる。
「ここまで来て何だよもう!今更嫌だなんて言わせないからな」
「違ぇよ。ちょっと聞いときてぇ事思い出したんだよ」
「…何?」
青峰は何やら言いにくそうに口ごもって、あー…と意味の無い母音を伸ばしてから言葉を続けた。
「テツの新しい光…お前も信じてるとか言ってたろ」
「…うん、言ったと思う」
「オレがアイツより強いってことくらい分かってんだろ?それでもアイツを信じるってのか」
真面目な顔をして、不思議な事を言う。
真司は眉間にシワを寄せ、青峰を見上げる目を細くさせた。
「自分の仲間を信じるのは当たり前だろ」
「まさか、アイツの事も…」
「…?何?」
「ハッ、分かったよ。あの野郎を信じたこと、後悔させてやるよ」
青峰の言うことは支離滅裂で理解出来ない。
何を思ったか速足で会場へと入って行った青峰を、真司は追いかけることが出来なくなっていた。
青峰は、何が言いたいのだろう。
火神を信じるなということなのか、それとも仲間等必要とするなということなのか。
「っ…、俺も早く行かなきゃ…」
はっとして、真司は見えなくなった青峰を追おうと足を踏み出す。
そしてふと思うのは、勝手に試合前にいなくなるという行動をしておいて無事で済むのか、ということだった。
(…そういえば前も勝手に行動して…地獄見たっけ…)
あぁ、今度こそ無事では済まない。
真司は頬を流れた冷や汗を無意識に拭い、重い足で試合をしているだろう会場へ走った。
・・・
得点板に表示された点数。
第二クォーター残り1分ところ、現れた青峰が早速試合に出ると流れは急に変わった。
点数は今のところ10点差、それでも青峰の強さに誠凛はついて行くのに必死といった様子だ。
「それにしても、なんで真司っちいないんスか~…?」
ぼそりとぼやくのは、上から試合を観戦している黄瀬。
その言葉はただの独り言だったが、隣にいた緑間もぴくりと反応した。
「誠凛の最初の様子から察するに、恐らく途中でいなくなったのだろう」
「具合悪くしちゃったとかじゃないといいっスけど」
もしくは、青峰との試合を避けたとかでなければ。
黄瀬は何となく思ってしまった自分の考えに眉を寄せた。
「真司っちてさー、結局青峰っちのことどう思ってるんスかね」
「…オレに聞くな」
「今でも好きなのかな…」
青峰が好きだから、青峰と敵対することを拒んでいるとか。
そんな事を考え続ける自分の頭をぽかっと小突き、黄瀬は腰に手を当て再びコートへ目を戻した。
「…って、あれ!?」
「煩いのだよ」
「いや、真司っち、真司っちっスよねあれ!」
顔をコートと緑間へ行ったり来たりさせる黄瀬に、緑間は呆れため息を吐き。そして目を丸くした。
「あいつは…あんなところで何をしているのだよ」
黄瀬と緑間の目線の先には、誠凛ベンチの近くの入口辺りで隠れている真司の姿。
いつからいたのかという事は定かではないが、タイミング的に青峰と共に来たと思うのが妥当か。
「真司っち…」
「お前はそればかりだな」
「そりゃそうっスよ。好きなんスから」
「だからオレに言うな」
ホイッスルが鳴り響いて第二クォーターが終了する。
結局誠凛は桐皇に10点負けた状態で、それどころか青峰に翻弄される形でインターバルを挟むこととなった。
・・・
誠凛バスケ部控え室。
桐皇に負けているとはいえ、誠凛メンバーの空気は今の所悪くない。
まだまだ勝てる、その強い意志が宿った控え室は、それなりに落ち着いた雰囲気漂よわせている。
それはともかく。
「烏羽く~ん?」
「は、はい…」
「私が何を言いたいか、分かってるわよねぇ…?」
「それはもう…」
真司の目の前にいるのは、まさに獲物を捕らえ牙をむき出しにした鬼だ。
とはいえ、ここで咄嗟に出てくる言い訳も無し、そもそも悪いのは真司以外の何物でも無いわけで。
「正座!」
「は、はい!」
「ぐりぐりの刑!」
「いッ~~…!」
しっかりとグーに握られたリコの拳骨がこめかみをグリグリと刺激してくる。
真司は意味も無く手をばたばたと上下に振ったが、それで痛みが引くことも無ければその行為が終わることも無かった。
「…さて、じゃあさっさとミーティング済ますわよ」
ぱっとリコが振り返り皆を見回す。
まだチャンスはあるというのは確かなのだが、青峰がいない桐皇にさえ食らいつくのに精一杯だったのも事実だ。
「とりあえず黒子君はずっと出てたから、一度引っ込んで…」
ミスディレクションが効かなくなれば元も子もなし。そもそも黒子の体力はたかが知れている。
そう思ったリコの提案は、本人によって否定された。
「あの…後半もこのまま出してもらえませんか」
「え?」
黒子の表情は、いつもの“無”に比べれば険しいものに見える。
それはかなりの違和感で、そして心配になる程だった。
「確かに青峰いて黒子抜きはきちーけど…フルでミスディレクションは続かないんだろ?」
「あぁ。イーグル・アイで見てたけど、もうずいぶん効果が落ちてる。一度下がるべきだ」
日向と伊月が正論を突き付ける。
しかし、それでも黒子は首を縦には振らなかった。
「できます。どうしても青峰君に勝ちたいんです」
真剣な顔つきに、心がざわつくのは何故だろう。
真司は黒子をじっと見つめていた。
黒子の思いは知っているつもりだった。しかし、こう言葉で聞くのは初めてで。
「テツ君…」
「烏羽君、青峰君を連れて来てくれて有難うございました」
「それは…、感謝されるような事じゃないし…」
それに自分の為にやったことだ。黒子にそんな言葉をもらう事ではない。
それにリコが怖いからそれは掘り返さないで欲しい、と弱気な事も考えて。
真司は複雑な思いから、黒子を見ていた視線を逸らしていた。
「心意気はいいけどよ…本当に大丈夫なのか…?」
「黒子君を引っ込めるにしても、そのまま出すにしてもリスクはあるのよね…」
黒子の意志に、リコや日向の考えが揺らぎ始める。余りにも強い意志、瞳の中に見える決意。
しかし、火神は大きく溜め息を吐くとおもむろに立ち上がった。
「ったく、オマエいーから引っ込めよ」
「…」
「つか、奴に勝ちたいのはオマエだけじゃねっつの。任せとけ」
「火神君…」
冷静に判断したのではない。
火神の目には、誰よりも強い闘志がみなぎっていた。目の前で見た青峰のプレイが、火神に火をつけたのだろう。
「そうね、黒子君は一度下げるわ。勿論、いつでも出れるように準備はしといてよ」
「はい」
「青峰君に対抗出来るのは一人…。火神君、頼んだわよ!」
「うす!」
火神は青峰と似ている。昔の青峰と、だ。
真司は目を閉じ、ゆっくりと呼吸を繰り返して再び開いた。
希望はきっとある。彼等となら。
「…烏羽君?貴方もちゃんと準備しときなさいよ。出さないとは限らないからね」
「は、はーい…」
「たとえ大好きな青峰君相手でも…手は抜かないから」
「分かってます…」
リコの棘ある口調に肩がすくむ。
暫くはリコの様子を窺って過ごすことになりそうだ。真司は数回頭をかいて、ふーっと肩の力を抜いた。
それからぱっと立ち上がって体をほぐす。
(テツ君も同じ思い…ううん、きっと俺以上の)
青峰に勝ちたいという思いは誰にも負けない。
真司は今更ながら、この試合の重大さを実感していた。
第三クォーター。
青峰はインターバルの間に体を暖めたのだろう、既に完全な本気モードに変わっていた。
体から滲み出るオーラは誰の目にも凶悪に映る。
青峰に対抗出来るのが誠凛に火神しかいない以上、ここからは火神と青峰の一騎打ち。攻め対攻めの対決だ。
しかし、火神ならば…という思いもすぐに砕かれることとなった。
「どうなってるのよ…青峰大輝…!」
リコの目には、有り得ないものが映っていた。
青峰のバスケに、型なんてものはない。ドリブルもシュートも自由奔放なスタイルで、セオリーが通用しないのだ。
「青峰君は物心つく前からバスケットボールに触れていて、大人に交じりストリートでプレイしていたそうです」
「ストリート…そう、まさにそれよ。青峰君のバスケは、ストリートそのもの…!」
黒子の説明に、リコは合致がいったと言わんばかりに頷いた。
勿論それだけではなく、その才能も想像を絶するものなのだが。
「確かに烏羽君が言っていた通りね…」
「俺が?」
「速いわ。烏羽君と同じくらい」
速さはまだ真司の方が辛うじて上かもしれない。
しかし、青峰は真司と違って予測できない動きをする。
「誰も、彼を止められない…」
青峰の攻撃で、点差がどんどん広がって行く。
10点だったのが、既にもう20点に。このままでは、第四クォーターに入った時には埋められない程の差が出来てしまうだろう。
「青峰君…」
茫然と青峰の姿を見つめる。今の彼は、昔のように楽しそうにバスケをしていない。
ただそこに待っているのが変わらずある勝利だから、なのだろうか。
ゴールを決めて一人不敵な笑みを浮かべた青峰は、ゆっくりと顔をこちらへと向けた。
「おいおい、こんなもんか?ちげーだろテメーらのバスケは。出てこいよ、テツ」
青峰の言葉に黒子の体がぴくりと反応する。
挑発、なんてものではない。
単純に青峰は黒子と火神の連携を見たいと思っているのだろう。
「…確かに、このままじゃマズいわ…。黒子君、行ける?」
「大丈夫です、もう十分休みました。行ってきます」
立ち上がった黒子と青峰の視線がそこで交差する。
真司は無意識にごくりと唾を飲んで、息を止めていた。
「見せてみろよ、新しい光と影の底力をよ」
青峰の言葉に、黒子はきっと目を鋭くさせる。
そして応えるようにコートへ出て行って、火神の横に立った。
「お願い…火神君、黒子君…」
珍しく弱気なリコに、真司も祈るように手を合わせた。
火神と黒子が並ぶだけで、何となく流れが戻ってくるような気がして、まだ追いつけるんじゃないかと希望を抱いたりして。
「誠凛メンバーチェンジです!」
再び鳴り響くホイッスルに、ボールがたんっと軽い音を立てる。
試合の流れが変わる事を祈っていた彼等に襲いかかったのは、やはり青峰という絶望的な壁だった。
二人の連携、黒子によって繋がるパス。
桐皇を翻弄させ、誠凛はここに来て連続でポイントを決めることに成功した。
しかし、青峰は冷めきった目で黒子を見下ろしていた。
「テツ…相変わらず変わってねーな」
「…」
「…マジ、ガッカリだわ。まだそれで勝つつもりかよ、テツ?」
「そのつもりです。…これがボクのバスケです」
それでも黒子はまだ光ある目で青峰を見上げている。
しかしその直後。
伊月から回されたボールをイグナイトパスで火神へ送ろうとした黒子のそのボールは、青峰の手に受け止められていた。
「なぁ、テツ。オマエのパスを一番取ってきたのは誰だと思ってんだよ」
「…!」
「オマエのパスは通さねぇよ」
今の誠凛でイグナイトパスを取れるのは火神だけだった。秀徳戦では高尾を突破した黒子の必殺技。
それが、余りにもあっさりと攻略されてしまった。
「止めてくれ!火神!」
誠凛ベンチも声を上げて応援する。それでも、青峰を止めることは出来なくて。
「…オマエは何も変わってねぇ。やっぱ赤司が言った通り、オマエのバスケじゃ勝てねぇよ」
「…っ」
何が起こっているのか、目を、耳を疑う。真司はベンチで一人首を横に振っていた。
真司の知らない青峰の姿がここにある。黒子がずっと気付いていた、青峰の姿が。
最悪の状態で第三クォーターが終わる。
点差は既に30点に広がって、もはや追いつくことは不可能となっていた。
「…烏羽君、火神君とチェンジ」
ホイッスルが鳴って、疲れと共に絶望をも思わせる顔をした皆が帰ってくる。
そんな中、リコから向けられた言葉に真司は目を丸くした。
「え、え!?ここで、ですか!?」
「火神君、足を庇ってたんだわ。反対の足に負荷がかかってたみたい」
「そ、んな」
真司は火神の足に視線を移して、そして目を伏せた。
確かに、微かな震えが確認出来る。
「でも、俺じゃ」
「もう勝ち負けはいいから。烏羽君、自信を持って青峰君に挑んでみなさい」
「…」
ばんっとリコの手が真司の背中を押す。
それに釣られて立ち上がった真司は、自然と戻って来た火神の手を掴み取った。
「っ、な、何だよ」
「……火神君、俺、頑張るから」
「は?」
火神だって、自分の足の異変に気付いていないわけではないだろう。
しかし、ここで引き下がれない。その思いが更に足へ負担をかける。
「火神君、烏羽君と交代して」
「な、なんでっすか!テーピングだって問題ないしまだ!」
「いいから!」
リコの目には見えていた。火神の足が、どれほど危険な状態にあるか。
今の火神の足ではこの試合どころか、あと二回の試合にも出れないだろう。
「…火神君、俺じゃ頼りないけど…ちゃんと同じ意志持ってるから」
「真司…」
「だから足、大事にして」
ふらふらとベンチに座った火神が小さく「畜生」と呟く。
ここまで本気で闘った。もう後は時間が点差を広げていくだけだ。それでも。
「青峰君、君を抜いて点を入れる」
「…やれるもんなら、やってみろよ」
第四クォーターの開始を知らせるホイッスルが鳴り響く。
真司はぱんっと自分の頬を両手で打って、コートに足を入れた。
・・・
「何や、ちっこいのが入ってきおったなぁ」
「あれっすよ、桃井の言ってた青峰より速いっていう」
「あー…なんやったかな?烏羽?」
桐皇の主将である今吉、そして若松が真司を視界に捕らえる。
火神の代わりに入ってくるには何ともひ弱そうな選手だ。
「…でも、アイツすげーな。このタイミングで入ってきて、やる気満々じゃねーか」
「それ言うなら、火神もや」
「っすね。あれだけやられて尚…つか今まで以上にほとばしってんぞ、怒りが」
今まで青峰とやった奴は才能の差に茫然として、やる気なんて完全に無くなっていたのに。
こんな最悪の状況で、まだ立ち向かう心を保っているというのか。
「面白ぇ…あの子の相手してーな」
「おい、真司の相手すんのはオレだ」
「なっ!おい青峰!」
若松を押しのけて青峰が真司へ近付いて行く。
正面に立った二人の体格差はあまりにもかけ離れていて。
誰の目にも分かる、真司ごときに青峰の相手が出来るはずがないと。
「真司、会場がオマエを馬鹿にしてるぜ」
「すればいい。俺は青峰君からゴールを奪うだけだ」
「ハッ、好きだぜ、オマエのそういうとこ」
会場は、もうこの試合に何かを期待することを辞めている。
後はどれだけ点差が広がるか、桐皇が何点をたたき出すか、それだけだろう。
しかし、真司は、そして黒子は、誠凛は諦めていなかった。
「烏羽!」
伊月から回って来たボールを受け取って、そのまま走り出す。
立ち塞がる青峰に対し姿勢を低くすれば、懐かしい感覚に襲われた。
「…覚えてる?青峰君」
「あ?」
「1on1の勝率…」
真司が青峰のゴールを止めたことは無い。
しかし、真司のゴールを青峰が止めた確率もさして高いわけではない。
キュッと音を鳴らして左右に振る。抜けないことはないはずだ。
そう信じて踏み出すも、真司のボールは青峰に弾かれていた。
「っ!」
やはり、青峰は中学の時よりも強くなっている。速さも増している。
桐皇の点数は更に誠凛へ差をつけ、とうとう40点差にまで広がっていた。
「…もう決まりだろ」
軽くボールをつく青峰がぽつりと呟いた。
残り5分、点差は40。黒子のミスディレクションは完全に効果を失くし、真司も結局青峰を抜けていない。
全員の疲労も、桐皇に比べて誠凛メンバーには重くのしかかっている。
「オレの勝ちだ、テツ」
「まだ、終わってません」
「バスケに一発逆転はねーよ」
青峰の前に、肩で荒い息を繰り返す黒子が立ち塞がる。塞げてなどいない、隙は大いにあるが。
黒子が青峰の言葉に屈することはなかった。
「可能性がゼロになるとすれば、それは諦めたときです。自分からゼロにするのだけは嫌なんです」
黒子の強い意志が、真司や日向、誠凛の皆の心に刺さる。
「だから、諦めるのだけは絶対に嫌だ…!」
「一つだけ…オマエの諦めの悪さだけは認めてやるよ」
たんっと青峰がボールをついて走り出す。
簡単に抜かされた黒子はそれでも届かない手を伸ばして。
真司は、小さな体で青峰の行く道を塞いでいた。
「真司…オマエも諦め悪ィな」
「今更何言ってんだよ。俺、かなり諦め悪いから」
手を伸ばしても届かなくなってしまった青峰の存在。
それでもいつかきっと取り戻せると信じて、こうして立ち向かうことを辞めない。
気付いて欲しいのだ。この思いに、この本気の気持ちに。
「でも、真司、お前はオレに勝てない」
青峰がたんっと強くボールを打ち、真司の横を抜けようとする。
真司はその動きよりも速く、手を伸ばしていた。
「なっ…!」
真司の手に弾かれたボールが黒子の手に渡り、そして再び真司の元へ返ってくる。
あとは走るだけ、ただゴールを目指して走るだけ。
「オレに速攻なんて効かねぇの、分かってんだろ」
「っ、」
それでも青峰は真司に追いついて、今度は真司の行く道を青峰が塞ぐ。
残り10秒。時は止まってくれずに刻み続ける。
残り5秒、真司は覚悟を決めて姿勢を低くしボールを打ちつけた。
「俺は…青峰君から点を取る…!」
懐かしい感覚。青峰と、何度もやった1on1。
真司の低い体勢からのスピードとその脚力を誰よりも褒めてくれたのは青峰だった。
だから、この足を信じている。この足が、青峰に負けない事を。
「真司…!」
青峰の声が後ろで聞こえた。
「烏羽君!」
「真司、行け!!」
黒子、火神、皆の声が真司の背中を押す。
真司はひらけた視界の中、ゴールへとボールを放っていた。
ぱさっという乾いた音と、ホイッスルが鳴り響くのはほぼ同時。
更にワーッという歓声で会場が埋め尽くされる中、真司は振り返って青峰と視線を合わせていた。
「…」
「…」
互いに言葉は無かった。
見つめるだけで思いが通じたなら、どんなに楽だろう。
そんな無意味なことを考えていると後ろから日向に背を叩かれ、真司は整列する為に青峰に背を向けた。
「112対55で桐皇学園の勝ち!」
「「「ありがとうございました!!」」」
全力で、諦めなかった、それでも誠凛は桐皇に圧倒的な差を見せつけられて敗北した。
それでも誰一人として、涙は流さなかった。