黒バス(2012.10~2017.12)
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全国大会都予選。
目前に迫った試合に、練習中もピリピリとした空気が漂っている。
それもそう、都予選は一度負けたら終わりのトーナメントなのだ。
「集合!」
リコの高い声が体育館に響き渡って、真司もボールを転がし監督の元へと走った。
「烏羽君、さすが集合早いわね」
「え、いや、まぁ」
「そんな烏羽君にはこれを見せてあげるわ!」
ピリピリした空気はどこへやら。
リコは手に持っている携帯の画面をこちらへと向けてきた。
「わ、可愛い…!」
「でしょお?お気に入りの猫ちゃん!」
画面には、どどんと眠っている猫の写真が映されている。
動物は基本的に何でも好きだ。勿論猫も例外ではなく、真司の目には天使かのように映っている。
それに思わず頬を緩めた真司の横に、音も無く黒子が並んだ。
「猫ですか」
「可愛いね、テツ君」
「はい。君と同じくらい」
「はぁ…?」
意味不明な黒子の言葉を聞いてか聞かずが、リコが携帯を引っ込める。
やはり、こうして穏やかなムードも一瞬だったらしい。
「皆集まったわね」
真面目なトーンに切り替わったリコが全員に視線を向ける。
大事な連絡があるのだろう、空気で分かり、真司もリコの目をじっと見つめて言葉を待った。
「都大会初戦、少し厄介なことになるかもしれないのよ」
「厄介なこと?」
「新協学園、今年セネガル人留学生が入ったの」
都大会、真司が個人的に目指しているのは緑間と戦うことだ。
その緑間がいる秀徳とあたる為には、最後まで勝ち残る必要がある。勿論、それがなくとも勝ち残らなければ先に進めないのだが。
「これ、見て」
リコが先程真司に猫を見せた携帯を日向に手渡した。
今度はそこに写されているのが、その一回戦で戦う相手の留学生だという。
「名前はパパ・ンバイ・シキ。身長200cm、体重87kg」
「うっわ…でかぁ!」
「アリなの!?」
「つかセネガルってどこ!!」
回って来た携帯が真司の手に乗り、それを黒子と覗き込む。
褐色の肌にごつごつとした体格で、バスケに限らず何をやらせても人並み以上の実力を発揮しそうな感じだ。
「えっと…パパ…なんでしたっけ」
「パパ・ンバ…?」
真司が日向に問いかけると、日向も自信なさげに首を傾げて。
その隣にいた伊月も小金井もきょとんとした。
聞き慣れない変わった名前を、そこにいるメンバーは揃いも揃って記憶することが出来ていなかったらしい。
「話が進まないわね…黒子君、何かあだ名つけて!」
「え…じゃあ、お父さんで」
「“お父さん”…!?」
急にふられたとはいえ、黒子のセンスは何とも言えないぶっ飛んだものだった。
まさに写真を見ていた真司は携帯を落としそうになって、手をわたわたと宙で暴れさせた。
何せ、写真の中のその人は、全くもって“お父さん”という外見ではないのだ。
「ちょ、ちょっと、テツく…っ、お父さんは無い…!」
「む…なら、君が考えて下さいよ」
「無理無理、それ以上のセンスは…ふっ」
真司だけでなく一同がぶはっと吹き出す中、リコはこほんと咳払いをした。
「特徴は背だけじゃなくて手足も長い。届かない…ただそれだけで誰も彼を止められないのよ」
確かに誠凛では一番大きくても火神の190cm。
火神以外の選手では手を伸ばしたところで意味をもたないだろう。
ましてや黒子や真司となっては覆い被されでもしたら何も出来ない。
「というわけで、火神君と黒子君は明日から別メニューよ」
「…あの」
「烏羽君?どうかした?」
勝算があるとすれば火神。そんなことは分かっている。
しかし、真司は自ら手を挙げた。
「お父さんとの試合、俺を使って欲しいです」
「烏羽君を?」
意表をつかれたのか、リコの声が少し裏返った。
日向も160cmそこそこしかない真司の細っこい体を見て、まさかとでも言いたげに目を細めている。
「正直…どのくらい自分が通用するのかは分からないんですけど…」
「いいわよ、言って」
「俺、もっと大きな奴とずっと練習してたんで」
黒子が隣で何か言いたそうに薄く口を開いた。
黒子は分かっているのだろう。その大きな人間が誰か。
「そんでその大きい奴から、ボール取られたこと無いんですよね」
「…なるほどね」
「って言っても彼は味方でしたし…本当の敵相手にどこまで通用するのか確かめたいってのもあって」
ぽつりぽつりと、思い出しながら言葉を紡ぐ。
大きな体を相手にするのは、単純に危険も伴う。ぶつかれば倒れるのはこっちだからだ。
それでも、そうと分かっていても立ち向かっていかなければいけない。それが、彼等との試合にも繋がって行くから。
「いいわよ」
「っ、監督!」
「でも、ま、様子を見ながらね。火神君と水戸部君には別の練習して欲しいし…烏羽君には十分に練習させてあげられないかもだけど」
「構いません。有難うございます!」
まだまだ自分の実力は足りていない。
黄瀬との試合、勝ったのは黒子と火神、それに先輩達のおかげだった。
まだ一年生だとはいえ、黒子と火神は間違いなく誠凛の戦力となっている。
しかし、真司はまだ彼等程貢献してはいない。
いらない、なんて思われたくなかった。
今の仲間にも、大好きな人達にも。
・・・
キュッキュと体育館に鳴るバッシュの音。
真司の足が左右に体を動かしている。
元々バスケ選手にはほとんどいない背の低さ。それにプラス、姿勢を低くすることで、真司に立ち塞がる人間はたいてい圧倒的に高い壁を作ってくる。
だから、真司にとって高い壁とはもはや恐れるものではない。
むしろ高ければ高いほど、相手は真司を扱いにくくなる。はずなのに。
「あっ」
抜ける瞬間に肩がぶつかり、真司はよろけてボールを転がしてしまった。
倒れそうになった真司を支えた腕は水戸部のものだ。
「…すみません」
水戸部は首を横に振るが、それでもいい加減申し訳ない気持ちが底から湧き上がっていた。
水戸部にディフェンスについてもらっての1on1。
しかし、先程から同じ失敗を繰り返しているのだ。
「烏羽君には速さがある分…ぶつかった衝撃も大きいのね」
見ていたリコが呟く。
そう、その通りだ。そして、真司がぶつかった程度で大きな相手にダメージはない。
「水戸部先輩、痛くはないですか?」
「…」
「ですよね…」
水戸部が今度は首を縦に振る。それに安心するのと同時に、真司は焦りも感じていた。
このままでは自滅するだけだ。試合では、もっと大きな相手とやるのだから。
「もっと大きく動いてみたらどう?」
「大きく…」
「烏羽君の足なら、一回の踏ん張りでもっと横に跳べると思うのよ」
「でも、横に跳んでからじゃ進むのにワンテンポ遅れます」
ぶつからない事を重視すれば、当然抜かすのが遅れる。
しかし抜かすことを重視すれば、目の前の相手にぶつかってしまう。
今までこんなことで悩んだことなどなかった。水戸部のディフェンスが上手いという事実もあるのだろうが、ここまで衝突を逃れられないとは。
焦りもあって、一度躓いたところから抜け出せなくなってしまった。
「水戸部先輩、すみません…上手く出来なくて」
「…」
「…有難うございます」
俯いた頭に水戸部の手が乗せられた。
慰めるように、勇気づけるように撫でられても今は虚しいだけだ。
「俺…やっぱり無理なのかな…」
「そうかしら」
しゅんと俯いていた真司に投げかけられた声は、あまりにもさっぱりとしていた。
ぱっと顔を上げれば、リコの真剣な眼差しが真司を捕らえている。
「…監督?」
「烏羽君の足、その程度じゃないでしょ」
「な、何ですか急に」
「私には見えてる。烏羽君はもっと出来るはずよ」
強い言葉だった。人の能力値が分かるリコだからこそ信憑性のある言葉となっている。
真司自身も、そう思っていたのだ。
認められた足。確かな力を持っている足は、多くの人に評価されてきた。出来ないことがない、そう自惚れる程に。
「ま、それが出来なきゃ今回の試合に出さないってだけなんだけど」
「…っ」
「元々、一年三人も出させるつもりなんて無かったんだし」
突き放すような言葉は、リコが真司を信頼しているが故だ。分かっている。
一年なのに試合に出させろなんて。無茶言っていることも分かっているのだ。
期待に応えられなくてどうする。
「水戸部先輩…もう一回いいですか」
「…!」
「俺が自信喪失してちゃ、駄目ですよね」
ボールを拾い上げて、たんっと打ち付ける。
この足なら出来るかもしれない。この足にしか出来ないことがあるかもしれない。
今まで通り、そう信じて走ることしか、真司には出来ないのだ。
頷く水戸部に感謝を告げ、真司は再び姿勢を低くした。
都大会一番の大きな男を、恐らく一番小さい体で突破する為に。
試合の日はすぐに訪れた。
大して長くもなかったゴールデンウィークが明けて、学校が始まると同時に予選都大会が幕を開ける。
試合会場とはいえど普通の体育館の中に足を踏み入れた真司は、ぐるりと見渡して熱い息を吐き出した。
「烏羽君、緊張してるんですか?」
「まぁ、そりゃ少しは…こういうちゃんとした試合出るの、初めてだし」
「あぁ…そうでしたか」
大会とかトーナメントとか、負けたら終わりというプレッシャーのかかる試合経験は無い。
黒子と違って、真司がレギュラーとして部活に参加していた期間は長くないからだ。
「大丈夫ですよ。烏羽君は強いです」
「…頑張る」
ぐっと拳をつくって言う黒子の言葉も大して真司の中に入って来ない。
緊張したままきょろきょろとしていた真司は、違和感に気付いて足を止めた。
相手チームである新協学園も既にユニフォームに着替え準備をしている。そこに“お父さん”の姿が見えない。
(まだ来てない…?)
2mもある選手だ。いれば確実に異彩を放っているはず。
そんなことを考えて入口付近で佇んでいた真司は、急に横に現れた影に言葉を失い硬直した。
「アイテ!」
ごちん、という音。
「日本低イ、ナンデも…」
足からゆっくりと見上げてそのカタコトな言葉を放った顔を探す。
自分とは作りの違う顔、セネガルからの留学生。
「何やってんだ早く来い!」
相手チームの人間が呼ぶ声に、軽く謝った“お父さん”がコートの方へ入っていく。
それを茫然と見ていた真司も、はっとして黒子の元へと駆け寄った。
「あ、ダーメですヨ、ボクー。子供がコートに入っちゃあ」
「え…!?」
横を通り抜けようとした瞬間、脇に入り込んだ手が真司をひょいと持ち上げた。
自分の下に、例の留学生“お父さん”の顔がある。
「アラ、オジョーチャンだったかナ?」
「……」
「バッ…!そりゃ相手選手だよ!」
「センシュ…?」
“お父さん”の視線が、捲れたTシャツの下にあるユニフォームに移動する。
驚きというよりは呆れに近い表情に変わった“お父さん”は、ゆっくりと真司を地面に降ろした。
「あんな子供いルチームに“キセキノセダイ”が負け?キセキノセダイてミんな子供?」
新協は誠凛が海常に勝ったことを知っているようだ。
という事実はどうでもいい。真司は溢れんばかりの苛立ちに顔を真っ赤に染めていた。
人を子供及びお嬢ちゃん扱いした挙句、キセキの世代をも子供だと。
「…っ!!」
「烏羽君」
「む、か、つ、く……!!」
自分のことだけでも相当の苛立ちとなっているが、それの比ではない。
真司はTシャツを一気に脱ぎ去ると、腕を体の前で伸ばした。
「思い知らせてやる…」
いい具合に緊張が吹き飛んでやる気が増している。
それは真司だけではなく、その一部始終を見ていた誠凛の皆にも言えることだった。
何せ、皆キセキの世代の強さは以前に思い知っているのだから。
「テツ君、他人事だと思ってちょっと面白がってるでしょ」
「え、いえそんな」
「俺が子供なら、テツ君だって子供だかんな」
「…」
真司が背比べするように頭の上で手を水平に動かす。
それによって、黒子も明らかに表情を変えた。
「ボクは子供じゃないです」
「子供子供。一緒に子供もすげぇってとこ見せよう!」
「…」
苛立ちというよりは不服そうだがまぁいいだろう。
真司はスタメンでは無い為に、最初は彼等に任せるしかないのだ。
ギャフンと言わせてやってくれ。そう言おうと黒子と火神を振り返った真司は、思わずふっと笑みを浮かべた。
黒子も火神もTシャツを脱ぎ、既にやる気に満ちている目でコートを見据えていた。
・・・
試合が始まってすぐに思い知ったのは、その高さとリーチの長さ。
火神で対抗したものの、スタートは新協から始まった。
ボールを手にした“お父さん”の速攻。
ブロックに火神が跳んだというのに、それを超えてボールはゴールへと吸い込まれて行った。
「…高ぇ」
「ドンマイ!取り返すぞ!」
目を見開いた火神の背中を日向がとんっと叩く。
しかし誠凛の攻めも、同等のその高さと腕の長さで防がれてしまう。
やはり、高いというだけで攻めも守りも新協に傾いていた。
「烏羽君、見ていてどう?」
「俺なら抜けます。あとはシュートに繋げられるかどうかです」
「そ。十分よ」
本当はそんな確証はない。高さとリーチの長さだけではない、実力も確かにあった。
しかし、確実に“お父さん”は真司を下に見ている。油断している人間に負ける気はしなかった。
それは火神も黒子も同じで。
「…“お父さん”のシュート、急に精度落ちましたね」
「ふふ、やっぱり火神君に水戸部君のブロックを教えたのは正解だったわね」
高さは勝っているはずの“お父さん”のシュートが急に外れるようになった。
それは、火神がやりたいことをさせないプレッシャーをかけ、ブロックしているから。
それに対し、誠凛のゴールは決まって行く。
その結果、第一クォーターの時点で23対8。黒子と交代し、次は真司がコートに立った。
「マタ小さイのが…」
さすがに黒子の技を見た新協は、真司に対しても警戒心を怠らなかった。
とはいえ、警戒したところで何が来るか分からなければ対処の仕様はない。
「日向先輩、最初は俺にボール下さい」
「あぁ、分かってるよ。振り回してやれ」
「はい」
目の前にいる“お父さん”を見て、怒りがふつふつと湧いてくるのは、ファーストコンタクトの悪さ故。
「俺、結構根に持つタイプなんだよねー…」
キセキの世代と戦ったこともない癖に罵ったこと。
「許さないからな、“お父さん”!」
回ってきたボールを受け取って、姿勢を低くする。
ブロックについたのは運良くその“お父さん”で。真司はニッと笑うと大きくその体を避けた。
「な…!?」
長い手が真司の行く手を阻む為に伸ばされるのも、大した障害にはならない。
抜けた先に見えた火神にパスを回すと、誠凛にまた点が追加された。
「ナイス、真司!」
「はは…火神君も」
ぞくぞくとするのは、練習の成果がプレイに表れたからだ。
大きな壁も、その先に仲間がいると思うと怖くない。
「つか烏羽、でかい声で“お父さん”言うな」
「何でですか?」
「笑うだろーが」
日向が真司の頭を撫でてからポジションへと移動する。
楽しい。チームで戦うのが楽しくて仕方がない。それでいて調子も良くて。
第二クォーター、第三クォーターと出続けた真司は、ボール運びをメインに得点に貢献した。
とはいえ、相手チームも弱くは無い。さすがに慣れもするわけで。
余り決まらなくなった“お父さん”のシュートも調子を取り戻し始め、点差は一桁に迫っていた。
「もう本気!負けなイ!」
「そうこなくちゃな。テンション上がるぜ、お父さん!」
ニッと笑う火神は、逆境をも楽しんでいる。
真司も、不思議とはらはらはしなかった。火神へとパスするボールは必ずと言って良い程点に繋がっている。
「やば…楽しい…!」
火神や日向、水戸部が相手選手を止めているおかげで真司も珍しくコートを走れていて。
やけに調子がいい。火神の調子も良すぎて“お父さん”の調子は悪くなっていく。
「烏羽君、チェンジね」
「はい」
「黒子君、行ける?」
「結構前から行けましたけど…」
「よし。じゃあ黒子君、ゴー!」
試合の間に成長する、というのは良くあること。
残り5分という限られた時間になった頃、火神には変化が見られていた。
初めは“お父さん”に負けていた高さが、追いつき始めている。
最後は、そのシュートを空中で弾き飛ばしていた。
「試合終了!誠凛高校の勝ち!」
ありがとうございました!
大きな声が響き渡る中、真司は清々しい思いに駆られていた。
試合終了間際に見せた火神のダンクシュート。
その時の火神は、真司の思いも一緒にぶち込んでくれたように感じたのだ。
「火神君、最後格好良かったよ」
「な…!なんだよ急に」
「いや、そう思ったからさ」
がしゃんと火神の体重で軋むゴール。踏み込む足に振りあげられる腕。どれもこれも、自分には一生出来ないことだろう。
だからこそ惹き付けられるし、素敵だと感じる。今も、昔もずっと。
「烏羽君、君もとても素敵でしたよ」
「ふふ、テツ君も相変わらずのキレだったね」
「…」
「テツ君?」
誉めたつもりだったのだが、何故か黒子は頬を膨らませている。真司は火神と目を合わせ、きょとんと首を傾げた。
最近黒子の様子が変になることがあるが、一体どうしたのだろう。
何て考えたところでピンともこないのだが。
何はともあれ。
誠凛高校バスケ部は無事、 予選一回戦を突破したのだった。
・・・
からからからと軽快な音を立てて坂を下りて行く。
ずしりとした重みも勢いのついたタイヤのおかげで余り感じなくなった頃。
自転車をこいでいた黒髪に制服を纏った青年、高尾は軽く首を横に向けて声を後ろに向けた。
「なー、いい加減認めろよ」
「…何のことなのだよ」
答えたのは、片手に招き猫を持った青年、緑間。
胸元のボタンを外してラフに制服を着こなす高尾に対し、緑間はぴっちりとボタンを上まで止めている。
自転車につけられたリアカーに乗っている緑間は、膝を立てて座った状態のまま目を閉じた。
「オレはただ、外国人の留学生というのがどんなものか気になっただけなのだよ」
「全く素直じゃねーなぁ。つか、それだけじゃなくてさ」
自転車が坂を下りて道路の脇で止まる。
緑間は閉じた目を開き、怪訝そうに細めて振り返っている高尾を見上げた。
「スゲェ速い子、帝光中の奴だろ?」
「…」
「オレの記憶が正しければ確か名前はー…真司。アタリ?」
「はぁ…だったら何だと言うのだよ」
呆れているかのようにため息を吐いた緑間だが、その内心は焦りがチラついて。冷や汗が頬をつたう。
それに気付いた高尾は、にっと口に大きな弧を描いた。
「隠さなくていーじゃん!オレ知ってんだぜ?」
「…」
「真ちゃんだって、見た時嬉しそうにしてたじゃんかよー」
「有り得ないのだよ。あんな新設の高校に行くとは…」
「あー、はいはい」
肯定してはいないが、今のはしたようなものだ。
今度は高尾が呆れて首を横に振り、それから前を向いてハンドルに腕を乗せた。
「あんだけ可愛い子と友達だったんだもんな、真ちゃん」
「何を言っているのだよ、高尾」
「いいよなぁ。真司、オレのこと覚えてるかなぁ」
「ふざけてないで、さっさとこげ」
んーっと腕を伸ばして、しゃーねぇなと呟いた高尾の足が再びペダルを踏み込み始める。
二人の脳裏に浮かぶ一人の少年。互いに勝ち残れば決勝でぶつかる相手。
「あー。早く会いてぇ!」
「…」
「オレも、って言っていいんだぜ?真ちゃん」
「煩いのだよ!」
坂を下りてしまった自転車は重たそうにがらがらと音を立てて進み出す。
それでも高尾は笑顔で立ちこぎを続けた。
・・・
続く二回戦、対実善高校は118対51で圧勝。
火神が40得点を叩き込み、二年生達の調子も良かった為に、黒子を終始温存した。
三回戦、対金賀高校は昨年東京都ベスト16である強豪だったが、これも黒子温存でもなお92対71で勝利。
四回戦、対明常学院。
相手はなんと、黄瀬と共にストバスで倒した不良がレギュラーで所属している学校だった。
火神を見た瞬間に完全に腰が引けた状態になった相手など、大した相手にはなるはずもなく。
108対41で瞬殺。
五回戦は四回戦を行ったその日の午後。
そこで勝利すれば、残すところは二日後の準決勝と決勝というところまできていた。