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カカシ夢(2011.04~2016.09)
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木ノ葉病院の奥。実力を持っているのだろう医療忍者に連れられて、術式が既に用意してある部屋に入った。
ナナの体は術式の真ん中で寝かされている。
「どこか体に違和感は?」
「今は何も…」
「暫く楽にしてて下さいね」
脱がされた上半身を確認するように何度も触られる。大蛇丸に何かされた、それだけの情報でここまで動く木ノ葉。いかに大蛇丸が危険な存在かわかる。
異常が無ければいいが…そう思った矢先、ナナの体がどくんと熱くなった。喉の奥から乾いていくような感覚。
「ッは…」
「どうしましたか!?」
胸を押さえて苦しそうに息をするナナにシズネが駆け寄る。念のために体を確認するが、呪印は無い。しかし、ナナが大蛇丸に何かされたというのは間違いなかった。
・・・
「結果が出たら連絡します」
申し訳程度に頭を下げられて、ナナは病室を後にする。結局すぐに結果は出なかった。何が怖いかって、体に何が起こるかわからないことが一番怖いのだというのに。
「どうしろってんだ」
ため息しか出ない。額を押さえて、大きく息を吐き出してから前を向いた。
「え…」
「よ、お疲れさん」
まさか、と瞬きを繰り返す。しかし間違いなく、すっと手を軽く上げて壁に背中を預けて立っているのはカカシだ。
驚いたのもそうだが何故だか安心して、ナナはカカシに駆け寄った。
「なんで、体は…?」
「もう大丈夫だよ。それより、ナナが心配だったからね」
「…馬鹿」
言葉と裏腹に、嬉しさから表情が緩む。カカシはナナの胸に置かれた手を掴んで引き寄せた。
「おい、人目が…」
「ナナが可愛い顔してるから悪い」
「…なんだよ、可愛いって」
「ま、冗談は置いといて。ナナにも話さなきゃいけないことがあるんだ」
少し真剣な顔。掴まれた手に意識がいってしまうのを抑えながら、ナナはカカシの顔を見つめ返した。
「俺、にも…?」
「ん、ナルト達には一度に集めて話したからね」
「ふーん…」
皆に話すこと、ということはカカシ班に関する話なのだろうか。少し緊張して、無意識にナナは呼吸を抑えた。
「けど…その前にイチャイチャしたいかな」
「おい!」
ナナは頬に伸びてきたカカシの手を振り払って、先を歩き始めた。緊張した分恥ずかしくて、どかどかと大股で歩くナナ。その背中をカカシは目を細めて見つめた。
もう目を離せない。綺麗で、強くて、脆い。守りたい、強く思っていた。
・・・
病院から出て歩きながら、ナナはカカシの言葉を待った。恐らく、本当に大事な話をされる。カカシの様子を見ればわかることだった。
「さて、と…実はもうナルト達には話したことなんだけどね」
「はい」
「これからオレはナルトの修業につく」
思ったよりも普通だった内容にきょとんとして、それからナナははっとした。つまり、またカカシと離れるということだ。
「今回の修業でナルトは、オレを超えるかもしれない」
「…そう」
「時間がないから、ナルトにしか出来ない方法でやるんだけど…」
「…」
「…はぁ。話はちゃんと最後まで聞いてくれる?」
俯いてしまったナナの顔を覗き込めば、ナナはびくっと肩を震わせて顔を上げた。
眉が下がって不安そうにしているナナを抱きしめたくて、カカシは少し視線を逸らす。
「き…聞いてるよ、何?」
「ん、それで…今回のナルトの修業にも性質変化が関わってくるからナナも来てくれると…」
ちら、とナナを見ると目が見開かれていて。その分かりやすい表情が面白くて、カカシはふっと笑った。
「…っていうのは口実で、オレがナナと離れたくないだけなんだけど」
「っ、…」
唇を噛んで、何も言わない。違う、何も言葉が出てこなかった。素直に嬉しくて、でもその嬉しいという気持ちをどう表現していいのかわからない。
ナナはカカシの腕をぎゅっと掴んだ。
「俺…迷惑じゃねぇか?」
「迷惑なわけないでしょ」
「…」
カカシはナナの頭を優しく撫でた。良かった、そこまで体に異常が出ているわけでもないようだ。
それでも、やはり心配であることに変わりがないから、どうしても自分の視界に入れておきたかった。
勿論、愛しくて離れたくないというのも本当で。
「来てくれる?」
「ん」
小さな返事で、首が縦に大きく振られた。
「ナナ…」
「え、うわ、おい!」
我慢出来ずにカカシはナナを抱きしめて、ナナはその腕の中で暴れた。
「ここ、外だって!」
「外じゃ、先生が教え子を抱きしめることも許されないの?」
「そ、いう風に、見えないだろ…!」
腰に回った腕を解こうとしても、力強い腕が放そうとしてくれない。先生と教え子の普通の関係がどんなものだったか、もう忘れてしまった。頭を撫でるのは普通で、抱きしめるのは異常なのか。
「…お前ら、何してんだ?」
「う、わ!」
突然聞こえてきた声にナナはカカシを突き飛ばして、カカシは顔の向きを変えた。
「アスマか。邪魔すんなよ」
「おっと、邪魔だったか」
「あんたら…!」
何も知らないアスマにとっては冗談にしか聞こえていないものが、ナナにとっては全く違って聞こえるもので。頬が赤くなったまま、ナナはカカシの後ろに下がった。
「カカシ、ナルトの修業に出るんだろ?」
「あぁ、丁度ナナともその話をしてたんだ」
「…その話をしていて、どうしたらあぁいう状態になるんだ?」
「おい、カカシ」
余計なこと言うんじゃねーぞ、とでも言うように、ナナはカカシを睨み付けた。 それを知らないアスマはナナの様子を不思議そうに見ている。アスマと目が合った途端に、ナナはびくっと肩を震わせてもう一歩下がった。
「まぁなんだ、何かあったらオレも協力するぞ」
「ん、助かるよ」
話していた二人の会話が止んで、視線がナナに集まった。
「…何だよ」
「いや、なんで後ろに隠れたのかと」
「もしかしてオレ、嫌われてんのか?」
はは、と笑いながらアスマが言うその言葉に、ナナの頬がぴくりと動く。自分でそれがわかってしまい、ナナは首を大きく横に振った。
「違う!嫌いとかではない!」
「…オレ、何かしたか…?」
「そもそも、ナナとアスマってそんなに関わったことないでしょ」
「そうだよな?」
「本当に…そういうんじゃない、ですから…」
言葉と行動が一致しない。ナナはなるべくアスマを見ないように視線を泳がせている。カカシが少しナナの前からずれると、ナナは困ったように眉を下げた。
「ナナ?アスマが怖いのか?」
「っ、ちが…」
「オレが怖い?オレの顔か?」
「う…」
驚いてアスマがナナの方に踏み出すと、案の定ナナは無意識に体を反らした。
「…落ち込むぞ」
「落ち込んでいいぞ」
「いや、あんたが怖いんじゃなくてっ…あんたみたいのが…」
もごもごと言いづらそうに小さい声で漏らした内容に、カカシははっとしてアスマを見た。アスマはカカシより体が大きくて、どちらかというとゴツいタイプの男性だ。
「あぁ…そういうこと」
「何だ?どういうことなんだ、カカシ」
「単にアスマがナナにとって苦手なタイプだったってことだ」
「ちょっと、それは語弊があるだろ…」
「でもそういうことでしょ?」
「…もうちょっと気の利いたこと言えねぇのかよ」
否定しないナナを見て、アスマはがくんと頭を下げた。
実際アスマは一切悪くない。ただ、ナナが昔されたことが、アスマのようなガタイの良い大きな男に対する恐怖を焼き付けてしまっただけ。
「なんか、悪かったな…?」
「あ、謝らないでくれ…あんたは悪くないんだ、本当に」
「そうか?ならいいんだが…」
「ほら、ナナが嫌がるからどっか行ってくれ」
「カカシ!」
カカシが手をひらひらとさせる。それを見てナナがカカシに蹴りを入れる。その光景を見て、アスマはふっと笑った。
「仲が良いんだな」
他意などないアスマの言葉に、またナナは顔を赤くしてカカシの足を蹴り上げた。
「仲良くない!」
「はは、じゃあなカカシ、ナナ」
ぱっと掌をこちらに向けると、アスマは二人に背中を向けた。
ふう、と息を吐いてからカカシの視線がアスマからナナに映る。そのナナは申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ナナ、ナナも悪くなんかないよ」
「…いや、俺が」
「ナナ」
「…」
カカシに名前を呼ばれると、何故だか全てがどうでもよくなってしまう。ナナは自分の髪の毛をぐしゃっと掴んで歯を噛み締めた。
そんなんじゃ駄目だ。甘えちゃいけないとわかっているのに。
「優しくすんな」
「何?」
「俺に、優しくしなくていい」
カカシがきょと、と目を丸くしている間に、ナナは先を歩き始めた。今回の修業で強くなるのがナルトだけじゃ駄目なんだ。
「俺も、もっと…」
もっともっと強くならなきゃいけない。カカシに、余計な心配をかけないように。
木ノ葉の演習場。ここでこれからナルトは修業に励む。カカシがナルトに修業の内容を説明する間、ナナはその光景をぼんやりと木の上から見つめていた。
天気は悪くない。木の丁度良い日陰で眠気が募る。
修業内容は既にカカシからなんとなく聞いた。ナルトに性質変化を習得させるのだそうだ。簡単でない修業をこんな時期に出来るのは、ナルトが九尾のおかげで人並みはずれた大量のチャクラを持っているから。
影分身が得た経験値はオリジナルのものになる。つまり、多重影分身を用いて修業することで、通常の人間の何倍もの速さで取得可能なのだそうだ。
「…ナルト、お前は」
普通じゃない。
そんな言葉で表せるレベルのことですらない。一瞬でもナルトに対して恐怖や嫌悪を覚えた。
それが責められることでないとわかっていながら、それでもナナは自分を許せなかった。
「ナナ!」
少し距離があるにも関わらず届いたカカシの声に顔を上げる。カカシがこっちに来いと手招きしているのがわかり、ナナは足を乗せていた枝を蹴った。
「なんですか」
「いや、ちょっとした興味なんだけどね」
カカシが手に持っているのは、小さな四角い紙切れ。
「それが、何?」
「これにチャクラ流してみてくれる?」
「はぁ…」
何が何だかよくわからず、曖昧に返事をしてその紙を受け取る。興味津々な目を向けてくるナルトが気になるものの、ナナは何も言わずに紙にチャクラを流し込んだ。
瞬間に、ナナが持っていた紙は湿って水を垂らし始めた。
「なんだこれ…!?」
茫然としてるのはナナだけで、ナルトはおぉ、と声を上げるし、カカシとヤマトは何やらよくわからない息を漏らしている。
「これはチャクラに反応しやすい感応紙で、チャクラを流すと得意とする性質に合わせて違う反応を見せる」
「へぇ…俺って水遁が得意だったのか」
「そういうことになるな」
そういえば一番最初に取得したのは水の性質変化だったか。そう思いながら何気なくナルトの手を見ると、そこには真っ二つに切られた紙がある。
「なぁ、ナルトのそれは?」
「これ?あ、もしかしてナナってばオレの性質気になる?」
「…それなりには」
むふふ、と気持ち悪く笑ったナルトは誇らしげに胸をそらした。
「戦闘力抜群!風の性質だってばよ!」
「…ふーん」
「え、なんで?なんでそんな反応なんだってばよ」
「なんでと言われても…」
どちらかと言えばイメージ通り。ナルトの反応にどうしていいかわからなくなったナナは、視線をカカシに移した。
「ナルト忘れたのか?ナナは全ての性質変化を習得済みなんだから、別に風だからって珍しいもんでもないでしょ」
「あ、そっか。ナナってばすげぇんだな」
「ちなみにナナ、全部習得するのにどれだけかかった?」
カカシの質問に、ナナは暫く考えて首を捻らせ指を折った。
「…最初は二年だな」
「最初はっていうと?」
「残り四つは半年から一年で出来た」
イマイチよくわかっていないナルトに対して、カカシとヤマトは感心したように目を見張った。一年かからないというのは、相当優秀だ。
「ナナには才能もあったんだな」
「違う。先生が素晴らしかったんだ」
「ナナにも先生がいんのか!?」
「あぁ。すげぇ優しくて、格好良くて、綺麗な人だ」
カカシがあからさまに不機嫌そうになる。いい歳して嫉妬かよ。そう思うのと半分、多少嬉しさとか優越感があったりして。ナナは頬が緩むのを見られないようにカカシに背中を向けた。
「もういいだろ」
「…ん、ありがとね」
少し間があったが、カカシが頷くのを確認してナナは再び少し離れた丁度良い高さの木へ向かった。
カカシにはナルトの修業を見る役目が、ヤマトにはナルトの九尾のチャクラを抑える役目がある。今のナナに仕事はない。
「俺は俺で、好きにやらせてもらう…」
心配はかけない。でも、カカシの傍で甘え続けるわけにもいかない。
「…難しいな」
ぼそっと呟いて、一度振り返る。カカシの説明を受けて、修業を早くやりたくて仕方ない様子のナルト。カカシも良い先生の表情をしている。
羨ましくないわけがない。修業についていったことはあっても、直接カカシに何か教わったことは無いに等しいのだから。
木に背中を預けて、カカシを見つめる。それからゆっくりと目を閉じた。
・・・
いつから、自分が強いと錯覚していたのだろう。刀を手にして強くなったつもりになっていたのか。術がたくさん使えるようになって思い違いをしたのか。
「っ…」
夢に見るのは弱い自分ばかりなのに。
「私の元に来るといいわ…」
近寄って来る蛇一匹、退治することが出来ないのに。
足元から白い蛇が這いあがって来る。それが嫌じゃない自分がいた。
「さぁ、こっちにいらっしゃい…」
「あ…」
頭がぼーっとする。体に湧き上がる熱が頭を支配していく。
声の方に、身体が無意識に動いた。
・・・
・・・・・・
「…うわっ!」
急に視界が明るくなって、さくっと手が砂を握った。頬に汗が滴っている。
「ナナ、どうかした!?」
ナルトを見ていたヤマトがナナの声に気付いたようで、心配したような、焦ったような、とにかく大きな声を上げた。なんでもないと答える前に、当然カカシが気付いてしまう。
「ナナ、何かあったのか!?」
ぱっと素早くナナの前に移動していたカカシの手が、ナナの額に伸ばされた。
「体が熱いな…」
「な、なんでもない。大丈夫、だから…」
強く握りしめられた右手。左手は胸の上に置かれている。それでなんでもない、なんて。
カカシは呆れたように鼻から息を吐き出して、首を横に振った。
「無理するな」
「してなんかない」
「だったら…なんでそんな顔してるんだ」
頬をカカシの手が滑る。布の感触、その布が汗を拭い取っていく。
「悔しいけど…ナナの身に起こっていることはナナにしかわからない。だからこそ…言ってくれないと」
「あんたは、大げさなんだよ」
「大げさじゃない。ナナが大事なんだ、当たり前だろ」
そうだ、こんなことでこんなに過剰になるなんてカカシらしくない。また、妙な心配をかけさせてしまった。
「あんたは、今ナルトを見ているべきだろ!俺のことなんて放っておいていい!」
「な…ナナ?」
「俺は、…俺のことは、大丈夫だから…」
今まで大丈夫じゃなかったからカカシがこんなに心配しているのに、それでも“大丈夫”というしかない。大丈夫だと誤魔化すことしか出来ない。
「…嫌な夢みただけなんだ、本当に」
「なら、いいんだけど…」
「行けって」
カカシの手が軽く頭を撫でて、すぐに離れた。これだけで物足りないと思ってしまうのは、今まで甘え過ぎた自分の責任。
カカシから顔をそらして、きつく目を閉じた。
「ナナ」
「え…」
すぐに顔をそらしたせいで、カカシが再び近付いていたことに気が付かなかった。頬に当たった手がカカシの方へ無理矢理引き寄せる。
「んっ…!?」
マスクを外した、カカシの素顔。頬に当たる手も、ひやりとするカカシの素肌だ。
「な、何してんだよ…」
「ごめん。我慢出来なかった」
「今は…二人だけじゃねぇんだぞ…、んんっ」
口内が犯される。息が混ざり合って、身体がもっと熱くなっていく。ナナの手はカカシの体を押し返しているものの、そこに力はほとんど入っていない。
「ばかっ、やめろって」
「ん…大丈夫、向こうからは見えてない」
「そういう問題じゃねーだろ!もう戻れって!」
手加減せずにグーで頭を殴れば、さすがのカカシも痛そうに頭を抱えた。
暫くその状態でナナを恨めしそうに見つめてから、今度こそ、ナルトの方へ戻っていく。
「何かあったら、すぐ言う、いい?」
「…ん」
顔も熱いし、呼吸も上がっている。それなのに、カカシがけろっとしているのが悔しい。
「はぁ…」
でも、これもカカシなりの気の遣い方だったのだとわかってしまう。なんだかんだでナナは夢のことを一時的とはいえ忘れることが出来たのだから。
「…いつもの悪夢か、もしくは…」
もしくは体に起こっている異変の一つ…。もはや寝てしまうのも億劫で、ナナは自分の頬を叩いてから、木の枝に無数に生える葉の二枚を取った。
ナルトが今している修業は、チャクラだけで葉を二つに裂く、というものらしい。コツをつかむまでは、なかなかキツイ修業だ。
葉を二枚重ねて両手に挟む。次にナナの手から落ちた葉は、半分に裂かれ四枚となっていた。
ナルトの成長は目まぐるしい。あっという間にチャクラだけで葉に切れ目を入れる修業を終えてしまった。次の修業は流れ落ちる水…滝を切る修業だ。
しかしナナの体に起こる違和感は日に日に増していった。
「ナナ、寝てる?」
「…なんで」
「眠そう」
カカシの手がナナの目元をなぞった。それを振り払ったナナはやはり眠そうに目を細めている。
「ナナ、少し仮眠を取ったらどう?」
「眠くなんかねー…」
「嘘でしょ」
ザバザバと水の打ち付ける音と、ナルトのやる気にあふれた声が響き渡る。 カカシはナナが嫌がるのを知っていながらナナの体を自分の体へ引き寄せた。
「おい、やめろ…!」
「大丈夫、ナルトは見てない」
「そ、…だろうけど、そういう問題じゃないだろ!」
「オレの膝貸すから」
無理矢理ナナの頭はカカシの足の上に乗せられる。固い太腿。寝心地はどちらかと言えばよくなんてないのに、瞼が重くなった。
「…っ」
ここに来てから、もう数回の夜を越えた。その度に見る蛇の夢にナナの心は侵されていった。昼間なんかは、ナルトの修業の裏で一人刀を振っていたナナだったが、とうとう動きが止まったのをカカシが見過ごすはずがなく。
寝たくないのに、睡魔が押し寄せてくる。
「頼むよ、…寝たくないんだ」
「どうして?」
「ヤなものばかり見えてくる」
「オレがこうしていても?」
そう言いながら、緩やかにカカシの手がナナの頭を撫でる。気持ちが良い。とろん、とナナの目が閉じた。
「…ずっと、そうしてて…」
「ん、任せて」
にこ、と微笑む片目を最後にナナの視界は閉じられていく。カカシがいるから本当に大丈夫かもしれない、なんて甘いことを考えて。
・・・
すぅ、と微かな寝息を聞きとって、カカシはようやく肩を撫で下ろした。目の下のクマの原因ははっきりしている。夜、皆が静まった後にナナは起き上るのだ。寝てしまわないように、流れる滝に触れて顔を濡らして。
「ナナ、寝たんですか」
「あぁ。なんとかな」
ナルトの様子を見ていたヤマトもナナの顔を覗きに来る。ヤマトもカカシ同様、ナナが寝ていないことには気付いていた。気が付かないわけがない。
「“やなもの”って…悪夢ですかね」
「そうだろうな。今までナナが受けてきた仕打ちは…そのまま悪夢になってナナを苦しめる」
「…五色と…今は大蛇丸もですか」
実年齢よりも若く見えるナナの寝顔。男にしては長い睫にぷっくりとした唇、これもそれを巻き起こした原因なのだろうか。
「…酷い話だよ、本当に」
カカシの辛そうに歪んだ顏に、ヤマトも息を呑んだ。それから何も言わずにその場を離れて再びナルトに集中した。ナナのことは、カカシに任せて良い。むしろ、心から理解出来ていない自分が口を出していいことではないとよくわかった。
カカシの手は、ナナが眠った今も尚、頭を撫で続けている。
「ナナ…」
どうか、悪夢を見ませんように。
その時、ナナの口か薄らと開いた。
「…ナナ?」
明らかに何か単語を呟いたその口の形。それを解読しようと同じように口を動かしたカカシは手の動きを止めて、何度も何度も確認した。
「…おろ、ち…ま、る…さま…!?」
信じたくないのに、何度口を動かしてみても、そうにしかならなかった。
・・・
目を開く。眩しい青空と滝の激しく流れる音。
あぁ、ちゃんと眠れたんだ。
体を起き上らせて、立ち上がって、ナナは辺りを見渡す。一歩踏み出した瞬間、ぐいっと腕を引かれてナナの体は大きく傾いた。
「っ…!?」
「ナナ」
「びっくりした…何してんだよ」
ずっと見守ってくれていたのか、そこにいたカカシが腕をきつく掴む。カカシの様子が変であることにはすぐに気付いた。顔はよく見えない。けれど、何か変で。
「どうしたんだ?」
「ナナ…お前の体の異常って…」
「…ん?」
「、いや…なんでもない」
小さく、マスクの下の口が動いているがよく聞こえないし、カカシの目も見えない。ただ腕にこもる力が強くて、ナナの喉が上下に揺れた。
「なぁ…俺、何かした…?」
「…いや」
「俺の体、何かおかしかったんじゃ」
掴まれていない、もう片方の手で胸を抑える。自分でだって、この体に何が起こっているのかわからないのだ。カカシは何か見たのかもしれない、そう思うと不安が更に大きくなっていく。
「…きっと、疲れてるんだ」
「は?」
「今、ナルトも疲れて寝てる。ナルトが起きたら皆で一度休憩しよう」
「おい、あんた言ったろ。なんかあったら言えって…!あんたこそはっきり言えよ、どうなんだよ…!」
ふい、とカカシの顔が横を向く。ナナは少し離れたところで眠るナルトの傍らにいるヤマトに視線を向けた。
心配そうにこちらを見ているヤマトと目が合う。ナナはカカシの手を振り払ってヤマトの方に向かって足を進めた。
「ヤマト隊長…」
「はぁ、全く。よくわからないけどボクを巻き込まないでよ」
「は?」
「え?」
きょとんとしたヤマトの顔。ナナの首が傾くと、ヤマトも首を傾げた。
「痴話喧嘩してたんじゃないの?」
「ちげーよ!」
なんて頼りにならないのか。振り返ってもう一度カカシの方を見ても、表情が見えない。表情が見えないなんていつものことだというのに、それが今は怖くて、どうしようもない不安をあおる。
「ヤマト隊長、俺…何か変なことしてた…とか」
「え、寝てる間にってことかい?」
「…なかったならいいんです」
カカシがどうしてこっちを見ないのか。それをはっきりさせたいのと、知りたくないのとが入り乱れている。
「…ナルトは、どうですか」
「もう滝も切っちゃったよ」
「へぇ、すげぇじゃん」
近付くほどナルトの微かな寝息が耳に届く。覗き込めば、やはり疲れているのであろう、思っていたよりも辛そうな顔がそこにあった。
「二年前は…」
「ん?」
「ナルトに強いって思われて…。俺も自分は強いって思ってた」
「ナルトの成長はすごいもんだよ」
「…そうだけど、そうじゃなくてさ…」
その先は言わなくても、ヤマトは何か感じたようにナナの頭に手を乗せた。さすがの大人の包容力というのだろうか。ナナは少しだけ笑って、未だそっぽを向いているカカシの背中を蹴り飛ばした。
「はっきりしないヤツは嫌いだ」
「え…え!?」
ナナの言葉に顔を上げたカカシと目が合う。笑いかければ、少し困ったように視線を泳がせてから、カカシも眉を下げて笑ってくれた。
・・・
「ラーメン!一楽のラーメン!」
嬉しそうに声を上げているのは、先ほどまで眠っていたはずのナルトだ。ナルトは相当のラーメン好きであるらしい。
「ナナ、もしかして一楽のラーメン初めて?」
「一楽って店の名前?」
「そっから知んねーのかよ!」
「…悪かったな」
後ろからはカカシとヤマトもついて来ている。というのも、ラーメンをおごってもらうのだから当然なのだが。
結局、カカシは何も言わなかった。ナルトが起きて、お腹がすいたと嘆き出して、それでそのまま皆で演習場を後にした。
「…はぁ」
「ナナ?どうしたんだってばよ?」
「なんでもないよ」
「なんでもないって顏じゃねーぞ」
ナルトがじっとナナを見つめている。ナルトと、至近距離で顔を見合わせるのは初めてかもしれない。
「俺って…わかりやすい?」
「うん。すぐに顔に出るってばよ」
「…そっか。情けねーな」
とうとうナルトにまで心配をかけてしまった。ナルトには知られたくない。大蛇丸にされたこと、過去にあったこと、ナルトは知ったらどう思うのだろう。
そんなの決まってる。軽蔑する、離れていく、それだけのこと。
「…ナナ」
「ナルト、ごめん」
「…一楽のラーメン食べたら元気も出るってばよ!」
「そうだな」
にっと笑って、前を見据える。
そこに、綱手の側近、シズネが立っていることに気付いてしまいたくなかった。
「…あの、ナナくん…少しよろしいですか」
足を止めて、振り返る。カカシとヤマトも緊張した面持ちでゆっくり頷いた。
「はい」
「な、なんだってばよ?シズネのねーちゃんと知り合いだったのか?」
「あぁ、ちょっと、な」
ナルトと並んでいた足が先に出る。妙に湧き上がる寂しさがナナの足を重くしていた。
ナナの体は術式の真ん中で寝かされている。
「どこか体に違和感は?」
「今は何も…」
「暫く楽にしてて下さいね」
脱がされた上半身を確認するように何度も触られる。大蛇丸に何かされた、それだけの情報でここまで動く木ノ葉。いかに大蛇丸が危険な存在かわかる。
異常が無ければいいが…そう思った矢先、ナナの体がどくんと熱くなった。喉の奥から乾いていくような感覚。
「ッは…」
「どうしましたか!?」
胸を押さえて苦しそうに息をするナナにシズネが駆け寄る。念のために体を確認するが、呪印は無い。しかし、ナナが大蛇丸に何かされたというのは間違いなかった。
・・・
「結果が出たら連絡します」
申し訳程度に頭を下げられて、ナナは病室を後にする。結局すぐに結果は出なかった。何が怖いかって、体に何が起こるかわからないことが一番怖いのだというのに。
「どうしろってんだ」
ため息しか出ない。額を押さえて、大きく息を吐き出してから前を向いた。
「え…」
「よ、お疲れさん」
まさか、と瞬きを繰り返す。しかし間違いなく、すっと手を軽く上げて壁に背中を預けて立っているのはカカシだ。
驚いたのもそうだが何故だか安心して、ナナはカカシに駆け寄った。
「なんで、体は…?」
「もう大丈夫だよ。それより、ナナが心配だったからね」
「…馬鹿」
言葉と裏腹に、嬉しさから表情が緩む。カカシはナナの胸に置かれた手を掴んで引き寄せた。
「おい、人目が…」
「ナナが可愛い顔してるから悪い」
「…なんだよ、可愛いって」
「ま、冗談は置いといて。ナナにも話さなきゃいけないことがあるんだ」
少し真剣な顔。掴まれた手に意識がいってしまうのを抑えながら、ナナはカカシの顔を見つめ返した。
「俺、にも…?」
「ん、ナルト達には一度に集めて話したからね」
「ふーん…」
皆に話すこと、ということはカカシ班に関する話なのだろうか。少し緊張して、無意識にナナは呼吸を抑えた。
「けど…その前にイチャイチャしたいかな」
「おい!」
ナナは頬に伸びてきたカカシの手を振り払って、先を歩き始めた。緊張した分恥ずかしくて、どかどかと大股で歩くナナ。その背中をカカシは目を細めて見つめた。
もう目を離せない。綺麗で、強くて、脆い。守りたい、強く思っていた。
・・・
病院から出て歩きながら、ナナはカカシの言葉を待った。恐らく、本当に大事な話をされる。カカシの様子を見ればわかることだった。
「さて、と…実はもうナルト達には話したことなんだけどね」
「はい」
「これからオレはナルトの修業につく」
思ったよりも普通だった内容にきょとんとして、それからナナははっとした。つまり、またカカシと離れるということだ。
「今回の修業でナルトは、オレを超えるかもしれない」
「…そう」
「時間がないから、ナルトにしか出来ない方法でやるんだけど…」
「…」
「…はぁ。話はちゃんと最後まで聞いてくれる?」
俯いてしまったナナの顔を覗き込めば、ナナはびくっと肩を震わせて顔を上げた。
眉が下がって不安そうにしているナナを抱きしめたくて、カカシは少し視線を逸らす。
「き…聞いてるよ、何?」
「ん、それで…今回のナルトの修業にも性質変化が関わってくるからナナも来てくれると…」
ちら、とナナを見ると目が見開かれていて。その分かりやすい表情が面白くて、カカシはふっと笑った。
「…っていうのは口実で、オレがナナと離れたくないだけなんだけど」
「っ、…」
唇を噛んで、何も言わない。違う、何も言葉が出てこなかった。素直に嬉しくて、でもその嬉しいという気持ちをどう表現していいのかわからない。
ナナはカカシの腕をぎゅっと掴んだ。
「俺…迷惑じゃねぇか?」
「迷惑なわけないでしょ」
「…」
カカシはナナの頭を優しく撫でた。良かった、そこまで体に異常が出ているわけでもないようだ。
それでも、やはり心配であることに変わりがないから、どうしても自分の視界に入れておきたかった。
勿論、愛しくて離れたくないというのも本当で。
「来てくれる?」
「ん」
小さな返事で、首が縦に大きく振られた。
「ナナ…」
「え、うわ、おい!」
我慢出来ずにカカシはナナを抱きしめて、ナナはその腕の中で暴れた。
「ここ、外だって!」
「外じゃ、先生が教え子を抱きしめることも許されないの?」
「そ、いう風に、見えないだろ…!」
腰に回った腕を解こうとしても、力強い腕が放そうとしてくれない。先生と教え子の普通の関係がどんなものだったか、もう忘れてしまった。頭を撫でるのは普通で、抱きしめるのは異常なのか。
「…お前ら、何してんだ?」
「う、わ!」
突然聞こえてきた声にナナはカカシを突き飛ばして、カカシは顔の向きを変えた。
「アスマか。邪魔すんなよ」
「おっと、邪魔だったか」
「あんたら…!」
何も知らないアスマにとっては冗談にしか聞こえていないものが、ナナにとっては全く違って聞こえるもので。頬が赤くなったまま、ナナはカカシの後ろに下がった。
「カカシ、ナルトの修業に出るんだろ?」
「あぁ、丁度ナナともその話をしてたんだ」
「…その話をしていて、どうしたらあぁいう状態になるんだ?」
「おい、カカシ」
余計なこと言うんじゃねーぞ、とでも言うように、ナナはカカシを睨み付けた。 それを知らないアスマはナナの様子を不思議そうに見ている。アスマと目が合った途端に、ナナはびくっと肩を震わせてもう一歩下がった。
「まぁなんだ、何かあったらオレも協力するぞ」
「ん、助かるよ」
話していた二人の会話が止んで、視線がナナに集まった。
「…何だよ」
「いや、なんで後ろに隠れたのかと」
「もしかしてオレ、嫌われてんのか?」
はは、と笑いながらアスマが言うその言葉に、ナナの頬がぴくりと動く。自分でそれがわかってしまい、ナナは首を大きく横に振った。
「違う!嫌いとかではない!」
「…オレ、何かしたか…?」
「そもそも、ナナとアスマってそんなに関わったことないでしょ」
「そうだよな?」
「本当に…そういうんじゃない、ですから…」
言葉と行動が一致しない。ナナはなるべくアスマを見ないように視線を泳がせている。カカシが少しナナの前からずれると、ナナは困ったように眉を下げた。
「ナナ?アスマが怖いのか?」
「っ、ちが…」
「オレが怖い?オレの顔か?」
「う…」
驚いてアスマがナナの方に踏み出すと、案の定ナナは無意識に体を反らした。
「…落ち込むぞ」
「落ち込んでいいぞ」
「いや、あんたが怖いんじゃなくてっ…あんたみたいのが…」
もごもごと言いづらそうに小さい声で漏らした内容に、カカシははっとしてアスマを見た。アスマはカカシより体が大きくて、どちらかというとゴツいタイプの男性だ。
「あぁ…そういうこと」
「何だ?どういうことなんだ、カカシ」
「単にアスマがナナにとって苦手なタイプだったってことだ」
「ちょっと、それは語弊があるだろ…」
「でもそういうことでしょ?」
「…もうちょっと気の利いたこと言えねぇのかよ」
否定しないナナを見て、アスマはがくんと頭を下げた。
実際アスマは一切悪くない。ただ、ナナが昔されたことが、アスマのようなガタイの良い大きな男に対する恐怖を焼き付けてしまっただけ。
「なんか、悪かったな…?」
「あ、謝らないでくれ…あんたは悪くないんだ、本当に」
「そうか?ならいいんだが…」
「ほら、ナナが嫌がるからどっか行ってくれ」
「カカシ!」
カカシが手をひらひらとさせる。それを見てナナがカカシに蹴りを入れる。その光景を見て、アスマはふっと笑った。
「仲が良いんだな」
他意などないアスマの言葉に、またナナは顔を赤くしてカカシの足を蹴り上げた。
「仲良くない!」
「はは、じゃあなカカシ、ナナ」
ぱっと掌をこちらに向けると、アスマは二人に背中を向けた。
ふう、と息を吐いてからカカシの視線がアスマからナナに映る。そのナナは申し訳なさそうに頭を下げていた。
「ナナ、ナナも悪くなんかないよ」
「…いや、俺が」
「ナナ」
「…」
カカシに名前を呼ばれると、何故だか全てがどうでもよくなってしまう。ナナは自分の髪の毛をぐしゃっと掴んで歯を噛み締めた。
そんなんじゃ駄目だ。甘えちゃいけないとわかっているのに。
「優しくすんな」
「何?」
「俺に、優しくしなくていい」
カカシがきょと、と目を丸くしている間に、ナナは先を歩き始めた。今回の修業で強くなるのがナルトだけじゃ駄目なんだ。
「俺も、もっと…」
もっともっと強くならなきゃいけない。カカシに、余計な心配をかけないように。
木ノ葉の演習場。ここでこれからナルトは修業に励む。カカシがナルトに修業の内容を説明する間、ナナはその光景をぼんやりと木の上から見つめていた。
天気は悪くない。木の丁度良い日陰で眠気が募る。
修業内容は既にカカシからなんとなく聞いた。ナルトに性質変化を習得させるのだそうだ。簡単でない修業をこんな時期に出来るのは、ナルトが九尾のおかげで人並みはずれた大量のチャクラを持っているから。
影分身が得た経験値はオリジナルのものになる。つまり、多重影分身を用いて修業することで、通常の人間の何倍もの速さで取得可能なのだそうだ。
「…ナルト、お前は」
普通じゃない。
そんな言葉で表せるレベルのことですらない。一瞬でもナルトに対して恐怖や嫌悪を覚えた。
それが責められることでないとわかっていながら、それでもナナは自分を許せなかった。
「ナナ!」
少し距離があるにも関わらず届いたカカシの声に顔を上げる。カカシがこっちに来いと手招きしているのがわかり、ナナは足を乗せていた枝を蹴った。
「なんですか」
「いや、ちょっとした興味なんだけどね」
カカシが手に持っているのは、小さな四角い紙切れ。
「それが、何?」
「これにチャクラ流してみてくれる?」
「はぁ…」
何が何だかよくわからず、曖昧に返事をしてその紙を受け取る。興味津々な目を向けてくるナルトが気になるものの、ナナは何も言わずに紙にチャクラを流し込んだ。
瞬間に、ナナが持っていた紙は湿って水を垂らし始めた。
「なんだこれ…!?」
茫然としてるのはナナだけで、ナルトはおぉ、と声を上げるし、カカシとヤマトは何やらよくわからない息を漏らしている。
「これはチャクラに反応しやすい感応紙で、チャクラを流すと得意とする性質に合わせて違う反応を見せる」
「へぇ…俺って水遁が得意だったのか」
「そういうことになるな」
そういえば一番最初に取得したのは水の性質変化だったか。そう思いながら何気なくナルトの手を見ると、そこには真っ二つに切られた紙がある。
「なぁ、ナルトのそれは?」
「これ?あ、もしかしてナナってばオレの性質気になる?」
「…それなりには」
むふふ、と気持ち悪く笑ったナルトは誇らしげに胸をそらした。
「戦闘力抜群!風の性質だってばよ!」
「…ふーん」
「え、なんで?なんでそんな反応なんだってばよ」
「なんでと言われても…」
どちらかと言えばイメージ通り。ナルトの反応にどうしていいかわからなくなったナナは、視線をカカシに移した。
「ナルト忘れたのか?ナナは全ての性質変化を習得済みなんだから、別に風だからって珍しいもんでもないでしょ」
「あ、そっか。ナナってばすげぇんだな」
「ちなみにナナ、全部習得するのにどれだけかかった?」
カカシの質問に、ナナは暫く考えて首を捻らせ指を折った。
「…最初は二年だな」
「最初はっていうと?」
「残り四つは半年から一年で出来た」
イマイチよくわかっていないナルトに対して、カカシとヤマトは感心したように目を見張った。一年かからないというのは、相当優秀だ。
「ナナには才能もあったんだな」
「違う。先生が素晴らしかったんだ」
「ナナにも先生がいんのか!?」
「あぁ。すげぇ優しくて、格好良くて、綺麗な人だ」
カカシがあからさまに不機嫌そうになる。いい歳して嫉妬かよ。そう思うのと半分、多少嬉しさとか優越感があったりして。ナナは頬が緩むのを見られないようにカカシに背中を向けた。
「もういいだろ」
「…ん、ありがとね」
少し間があったが、カカシが頷くのを確認してナナは再び少し離れた丁度良い高さの木へ向かった。
カカシにはナルトの修業を見る役目が、ヤマトにはナルトの九尾のチャクラを抑える役目がある。今のナナに仕事はない。
「俺は俺で、好きにやらせてもらう…」
心配はかけない。でも、カカシの傍で甘え続けるわけにもいかない。
「…難しいな」
ぼそっと呟いて、一度振り返る。カカシの説明を受けて、修業を早くやりたくて仕方ない様子のナルト。カカシも良い先生の表情をしている。
羨ましくないわけがない。修業についていったことはあっても、直接カカシに何か教わったことは無いに等しいのだから。
木に背中を預けて、カカシを見つめる。それからゆっくりと目を閉じた。
・・・
いつから、自分が強いと錯覚していたのだろう。刀を手にして強くなったつもりになっていたのか。術がたくさん使えるようになって思い違いをしたのか。
「っ…」
夢に見るのは弱い自分ばかりなのに。
「私の元に来るといいわ…」
近寄って来る蛇一匹、退治することが出来ないのに。
足元から白い蛇が這いあがって来る。それが嫌じゃない自分がいた。
「さぁ、こっちにいらっしゃい…」
「あ…」
頭がぼーっとする。体に湧き上がる熱が頭を支配していく。
声の方に、身体が無意識に動いた。
・・・
・・・・・・
「…うわっ!」
急に視界が明るくなって、さくっと手が砂を握った。頬に汗が滴っている。
「ナナ、どうかした!?」
ナルトを見ていたヤマトがナナの声に気付いたようで、心配したような、焦ったような、とにかく大きな声を上げた。なんでもないと答える前に、当然カカシが気付いてしまう。
「ナナ、何かあったのか!?」
ぱっと素早くナナの前に移動していたカカシの手が、ナナの額に伸ばされた。
「体が熱いな…」
「な、なんでもない。大丈夫、だから…」
強く握りしめられた右手。左手は胸の上に置かれている。それでなんでもない、なんて。
カカシは呆れたように鼻から息を吐き出して、首を横に振った。
「無理するな」
「してなんかない」
「だったら…なんでそんな顔してるんだ」
頬をカカシの手が滑る。布の感触、その布が汗を拭い取っていく。
「悔しいけど…ナナの身に起こっていることはナナにしかわからない。だからこそ…言ってくれないと」
「あんたは、大げさなんだよ」
「大げさじゃない。ナナが大事なんだ、当たり前だろ」
そうだ、こんなことでこんなに過剰になるなんてカカシらしくない。また、妙な心配をかけさせてしまった。
「あんたは、今ナルトを見ているべきだろ!俺のことなんて放っておいていい!」
「な…ナナ?」
「俺は、…俺のことは、大丈夫だから…」
今まで大丈夫じゃなかったからカカシがこんなに心配しているのに、それでも“大丈夫”というしかない。大丈夫だと誤魔化すことしか出来ない。
「…嫌な夢みただけなんだ、本当に」
「なら、いいんだけど…」
「行けって」
カカシの手が軽く頭を撫でて、すぐに離れた。これだけで物足りないと思ってしまうのは、今まで甘え過ぎた自分の責任。
カカシから顔をそらして、きつく目を閉じた。
「ナナ」
「え…」
すぐに顔をそらしたせいで、カカシが再び近付いていたことに気が付かなかった。頬に当たった手がカカシの方へ無理矢理引き寄せる。
「んっ…!?」
マスクを外した、カカシの素顔。頬に当たる手も、ひやりとするカカシの素肌だ。
「な、何してんだよ…」
「ごめん。我慢出来なかった」
「今は…二人だけじゃねぇんだぞ…、んんっ」
口内が犯される。息が混ざり合って、身体がもっと熱くなっていく。ナナの手はカカシの体を押し返しているものの、そこに力はほとんど入っていない。
「ばかっ、やめろって」
「ん…大丈夫、向こうからは見えてない」
「そういう問題じゃねーだろ!もう戻れって!」
手加減せずにグーで頭を殴れば、さすがのカカシも痛そうに頭を抱えた。
暫くその状態でナナを恨めしそうに見つめてから、今度こそ、ナルトの方へ戻っていく。
「何かあったら、すぐ言う、いい?」
「…ん」
顔も熱いし、呼吸も上がっている。それなのに、カカシがけろっとしているのが悔しい。
「はぁ…」
でも、これもカカシなりの気の遣い方だったのだとわかってしまう。なんだかんだでナナは夢のことを一時的とはいえ忘れることが出来たのだから。
「…いつもの悪夢か、もしくは…」
もしくは体に起こっている異変の一つ…。もはや寝てしまうのも億劫で、ナナは自分の頬を叩いてから、木の枝に無数に生える葉の二枚を取った。
ナルトが今している修業は、チャクラだけで葉を二つに裂く、というものらしい。コツをつかむまでは、なかなかキツイ修業だ。
葉を二枚重ねて両手に挟む。次にナナの手から落ちた葉は、半分に裂かれ四枚となっていた。
ナルトの成長は目まぐるしい。あっという間にチャクラだけで葉に切れ目を入れる修業を終えてしまった。次の修業は流れ落ちる水…滝を切る修業だ。
しかしナナの体に起こる違和感は日に日に増していった。
「ナナ、寝てる?」
「…なんで」
「眠そう」
カカシの手がナナの目元をなぞった。それを振り払ったナナはやはり眠そうに目を細めている。
「ナナ、少し仮眠を取ったらどう?」
「眠くなんかねー…」
「嘘でしょ」
ザバザバと水の打ち付ける音と、ナルトのやる気にあふれた声が響き渡る。 カカシはナナが嫌がるのを知っていながらナナの体を自分の体へ引き寄せた。
「おい、やめろ…!」
「大丈夫、ナルトは見てない」
「そ、…だろうけど、そういう問題じゃないだろ!」
「オレの膝貸すから」
無理矢理ナナの頭はカカシの足の上に乗せられる。固い太腿。寝心地はどちらかと言えばよくなんてないのに、瞼が重くなった。
「…っ」
ここに来てから、もう数回の夜を越えた。その度に見る蛇の夢にナナの心は侵されていった。昼間なんかは、ナルトの修業の裏で一人刀を振っていたナナだったが、とうとう動きが止まったのをカカシが見過ごすはずがなく。
寝たくないのに、睡魔が押し寄せてくる。
「頼むよ、…寝たくないんだ」
「どうして?」
「ヤなものばかり見えてくる」
「オレがこうしていても?」
そう言いながら、緩やかにカカシの手がナナの頭を撫でる。気持ちが良い。とろん、とナナの目が閉じた。
「…ずっと、そうしてて…」
「ん、任せて」
にこ、と微笑む片目を最後にナナの視界は閉じられていく。カカシがいるから本当に大丈夫かもしれない、なんて甘いことを考えて。
・・・
すぅ、と微かな寝息を聞きとって、カカシはようやく肩を撫で下ろした。目の下のクマの原因ははっきりしている。夜、皆が静まった後にナナは起き上るのだ。寝てしまわないように、流れる滝に触れて顔を濡らして。
「ナナ、寝たんですか」
「あぁ。なんとかな」
ナルトの様子を見ていたヤマトもナナの顔を覗きに来る。ヤマトもカカシ同様、ナナが寝ていないことには気付いていた。気が付かないわけがない。
「“やなもの”って…悪夢ですかね」
「そうだろうな。今までナナが受けてきた仕打ちは…そのまま悪夢になってナナを苦しめる」
「…五色と…今は大蛇丸もですか」
実年齢よりも若く見えるナナの寝顔。男にしては長い睫にぷっくりとした唇、これもそれを巻き起こした原因なのだろうか。
「…酷い話だよ、本当に」
カカシの辛そうに歪んだ顏に、ヤマトも息を呑んだ。それから何も言わずにその場を離れて再びナルトに集中した。ナナのことは、カカシに任せて良い。むしろ、心から理解出来ていない自分が口を出していいことではないとよくわかった。
カカシの手は、ナナが眠った今も尚、頭を撫で続けている。
「ナナ…」
どうか、悪夢を見ませんように。
その時、ナナの口か薄らと開いた。
「…ナナ?」
明らかに何か単語を呟いたその口の形。それを解読しようと同じように口を動かしたカカシは手の動きを止めて、何度も何度も確認した。
「…おろ、ち…ま、る…さま…!?」
信じたくないのに、何度口を動かしてみても、そうにしかならなかった。
・・・
目を開く。眩しい青空と滝の激しく流れる音。
あぁ、ちゃんと眠れたんだ。
体を起き上らせて、立ち上がって、ナナは辺りを見渡す。一歩踏み出した瞬間、ぐいっと腕を引かれてナナの体は大きく傾いた。
「っ…!?」
「ナナ」
「びっくりした…何してんだよ」
ずっと見守ってくれていたのか、そこにいたカカシが腕をきつく掴む。カカシの様子が変であることにはすぐに気付いた。顔はよく見えない。けれど、何か変で。
「どうしたんだ?」
「ナナ…お前の体の異常って…」
「…ん?」
「、いや…なんでもない」
小さく、マスクの下の口が動いているがよく聞こえないし、カカシの目も見えない。ただ腕にこもる力が強くて、ナナの喉が上下に揺れた。
「なぁ…俺、何かした…?」
「…いや」
「俺の体、何かおかしかったんじゃ」
掴まれていない、もう片方の手で胸を抑える。自分でだって、この体に何が起こっているのかわからないのだ。カカシは何か見たのかもしれない、そう思うと不安が更に大きくなっていく。
「…きっと、疲れてるんだ」
「は?」
「今、ナルトも疲れて寝てる。ナルトが起きたら皆で一度休憩しよう」
「おい、あんた言ったろ。なんかあったら言えって…!あんたこそはっきり言えよ、どうなんだよ…!」
ふい、とカカシの顔が横を向く。ナナは少し離れたところで眠るナルトの傍らにいるヤマトに視線を向けた。
心配そうにこちらを見ているヤマトと目が合う。ナナはカカシの手を振り払ってヤマトの方に向かって足を進めた。
「ヤマト隊長…」
「はぁ、全く。よくわからないけどボクを巻き込まないでよ」
「は?」
「え?」
きょとんとしたヤマトの顔。ナナの首が傾くと、ヤマトも首を傾げた。
「痴話喧嘩してたんじゃないの?」
「ちげーよ!」
なんて頼りにならないのか。振り返ってもう一度カカシの方を見ても、表情が見えない。表情が見えないなんていつものことだというのに、それが今は怖くて、どうしようもない不安をあおる。
「ヤマト隊長、俺…何か変なことしてた…とか」
「え、寝てる間にってことかい?」
「…なかったならいいんです」
カカシがどうしてこっちを見ないのか。それをはっきりさせたいのと、知りたくないのとが入り乱れている。
「…ナルトは、どうですか」
「もう滝も切っちゃったよ」
「へぇ、すげぇじゃん」
近付くほどナルトの微かな寝息が耳に届く。覗き込めば、やはり疲れているのであろう、思っていたよりも辛そうな顔がそこにあった。
「二年前は…」
「ん?」
「ナルトに強いって思われて…。俺も自分は強いって思ってた」
「ナルトの成長はすごいもんだよ」
「…そうだけど、そうじゃなくてさ…」
その先は言わなくても、ヤマトは何か感じたようにナナの頭に手を乗せた。さすがの大人の包容力というのだろうか。ナナは少しだけ笑って、未だそっぽを向いているカカシの背中を蹴り飛ばした。
「はっきりしないヤツは嫌いだ」
「え…え!?」
ナナの言葉に顔を上げたカカシと目が合う。笑いかければ、少し困ったように視線を泳がせてから、カカシも眉を下げて笑ってくれた。
・・・
「ラーメン!一楽のラーメン!」
嬉しそうに声を上げているのは、先ほどまで眠っていたはずのナルトだ。ナルトは相当のラーメン好きであるらしい。
「ナナ、もしかして一楽のラーメン初めて?」
「一楽って店の名前?」
「そっから知んねーのかよ!」
「…悪かったな」
後ろからはカカシとヤマトもついて来ている。というのも、ラーメンをおごってもらうのだから当然なのだが。
結局、カカシは何も言わなかった。ナルトが起きて、お腹がすいたと嘆き出して、それでそのまま皆で演習場を後にした。
「…はぁ」
「ナナ?どうしたんだってばよ?」
「なんでもないよ」
「なんでもないって顏じゃねーぞ」
ナルトがじっとナナを見つめている。ナルトと、至近距離で顔を見合わせるのは初めてかもしれない。
「俺って…わかりやすい?」
「うん。すぐに顔に出るってばよ」
「…そっか。情けねーな」
とうとうナルトにまで心配をかけてしまった。ナルトには知られたくない。大蛇丸にされたこと、過去にあったこと、ナルトは知ったらどう思うのだろう。
そんなの決まってる。軽蔑する、離れていく、それだけのこと。
「…ナナ」
「ナルト、ごめん」
「…一楽のラーメン食べたら元気も出るってばよ!」
「そうだな」
にっと笑って、前を見据える。
そこに、綱手の側近、シズネが立っていることに気付いてしまいたくなかった。
「…あの、ナナくん…少しよろしいですか」
足を止めて、振り返る。カカシとヤマトも緊張した面持ちでゆっくり頷いた。
「はい」
「な、なんだってばよ?シズネのねーちゃんと知り合いだったのか?」
「あぁ、ちょっと、な」
ナルトと並んでいた足が先に出る。妙に湧き上がる寂しさがナナの足を重くしていた。