黒バス(2012.10~2017.12)
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桜が舞う季節。新入生が入学したばかりの誠凛高校。
正門から校舎までの道のりが普段以上に賑やかなのは、在校生であった二年生と三年生によって部活の勧誘が行われているからだ。
「今ようやく十人来たとこだって。もちっと頑張んないとなー」
通り過ぎる生徒達を横目に、小金井慎二は腕をぐぐっと上に伸ばした。
「まぁ、新設だから、仕方ないのかもな」
「つってもさぁ、バスケかっこいいのに!」
「オレに言ってもしょうがないだろ。なぁ、水戸部」
小金井の頭をぽかっと叩いたのは、伊月俊。話を振られた水戸部凛之助は困ったように眉を下げた。
「じゃあ、オレはあっちの方行くから、二人とも頼んだぞ」
「はいはーい」
伊月は校舎近くで勧誘を続けるらしい。
小金井はふーっと一息ついてから、腰に手を当てて「おしっ」と声を上げた。
「あの」
ふと、勧誘の声に紛れて細い声が聞こえて来た。辛うじて聞き取った水戸部は、ぱっと振り返って辺りを見渡す。
「ん? どしたー水戸部?」
きょろきょろとする水戸部を不思議に思った小金井が、とんっと水戸部の肩を叩く。その水戸部の口から言葉は紡がれない。しかし、小金井はふむふむと頷くと状況を理解した。
「声をかけられた気がした? ほんと?」
恐らく、今ので理解出来た人間は、小金井を除いて他にはいないだろう。小金井が問いかければ、水戸部は数回首を縦に振って肯定を示す。
とはいえこれだけの人混みだ、気のせいかもしれない。
「あの」
と思った矢先に二度目の声。その声の主は、あろうことか水戸部の目の前に立っていた。
「あ! ごめんね、えっと新入生?」
「……バスケ部に入部したいんですけど」
「おお! じゃあついてきて!」
心のなしか不機嫌な彼は、前髪をやけに長くして黒ぶちの眼鏡をかけている。
水戸部が彼に気付けなかったのは、彼の顔が水戸部の首より下にあったからだろう。そして、顔が不機嫌な理由もそれに気付いているからで。
(でも実際ちっさいなー。160、あるか、ないか?)
まじまじと見れば、眼鏡の奥の瞳がじっと小金井を見つめ返して来た。
「もしかして、背が低いとダメですか?」
「いやいや! あ、そんな、別に……」
「いいですよ。実際小さいですし」
少年はぷくっと頬を膨らませて、顔を背けてしまった。
そんな少年になんとなく可愛いなぁ、と思ってしまうのは、今まで部内で一番小さかったのが小金井だったからだ。
「中学でもバスケしてたの?」
「あ、はい。二年からですけど」
へー意外。そう思うのは、背が低いとかだけでなく、何となく雰囲気が文化部っぽいせいもあって。
「それまでは帰宅部でした」
「あー! それっぽい!」
「がり勉とか言われて」
「ぽい! あ、いや、その」
小金井は思わず自分の軽すぎる口を両手で覆った。こんなことで怒らせて、挙句帰るなんて言われたら最悪だ。
「あの、ごめんね? 怒ってない?」
「はい、別に」
どうやら、皮肉を言われたとか、そういうことではないようだ。
前方にバスケ部のブースが見えてくると、小金井はほっとした表情を浮かべて手を大きく振った。
「日向ー!」
大きな声で名を呼ばれた日向順平は、若干煩わしそうに顔を上げた。
「入部希望の子、連れてきたよ!」
「ナイス、小金井君!」
小金井の言葉にいち早く反応したのは、日向の隣に座っていた女子生徒、相田リコ。
リコは小金井の隣に立っている生徒がそれだということにもすぐ気付いたようで、素早くプリントを机の上に置いた。
「はいこれ、名前と、学籍番号書いて。小金井君はもう戻っていいわよー」
「えぇ、ちょっと休ませてよー」
「文句言わない!」
ちぇ、と残念そうに肩を下げた小金井は渋々水戸部のいた方へと戻って行く。
それを何気なく見届けてから、少年は受け取った入部届と書かれた用紙に、すらすらと文字を埋めていった。
「烏羽真司君、ね。経験者?」
「はい。まぁ、一応」
簡単な質問に、簡単に答える。
真司は用紙に書かれた次の項目を見てぴたっと止まった。
「出身校、動機、書かなきゃ駄目ですか」
「任意だから書かなくてもいいけど」
「じゃあ書きません」
何か、ワケ有りなのか。不思議に思ったリコと日向は目を合わせて小さく首を傾げた。
(もしかして、有名な選手!?)
過った予感に、リコはじっと真司を見つめた。
しかし、見るからに低身長。細い手足。残念ながら、有名な選手である可能性はなさそうだ。
「あの、もう、これで大丈夫ですか?」
「あ、うん。じゃあ、部活の方にも是非来てね!」
「はい」
こくりと頷き立ち去る瞬間ふわりと浮いた前髪。そこに隠されていた大きな瞳は、戦意剥き出しで。
「小さいけど、なかなかいいかも」
リコの口元がにっと弧を描く。
これは余程いい奴を見つけたのだろう。日向がそう思うのも当然、リコには見抜く才能があるのだ。
「今年はなかなか期待できそうね!」
リコの手元にあるのは二枚の入部届。
そこには、雑な字で書かれた火神大我という名前ともう一つ、綺麗な字で黒子テツヤと書かれていた。
・・・
右を見て左を見て、一度振り返ってみる。少しでもよそ見して歩いていたら人にぶつかりそうな程の人通りの多さ。その中で黒子を探そうというのが間違いだった。
結局、黒子とは去年の夏以来会っていない。卒業式の証書授与にて姿を見る事に成功したが、卒業式を終わって探してみればもういなくて。
皆と再会を誓って別れた数か月前。そこにも黒子はいなかった。
「もー。叫んだろか畜生」
ぶつぶつと言いながら足元に転がる小石を蹴る。
ころっと転がった小石を目で追っていると、急に目の前に影が出来た。
「え、うわっ」
「あ?」
ぽすん、と顔面からぶつかったのは間違いなく人間だ。壁かと疑いたくなる程大きな体。
ずれた眼鏡が音をたてて地面に落ちるのも気にせずに、真司は顔を上げた。首が痛い。懐かしい感覚だ。
「悪ィ、ぼーっとしてたわ」
「あ、いえ。ぶつかって、ごめんなさい」
赤に近い髪の色、それから鋭い目付き。この存在感も、なんとなく彼等に近い気がする。
ただ眼鏡が落ちたせいで顔が良く見えず、真司は軽く手で前髪を退かして高い位置にある顔を見つめた。
「お、お前、女!?」
「あっ!」
思わず目の前の大きな男の胸を押して、真司はいそいそと眼鏡を拾い上げた。
中学時代、この顔のせいかロクなことが無かった。だから高校では極力隠していこうと思っていたのに。
「す、すみませんでした!」
「あ、おい!」
こんな初っ端から素顔を晒すことになろうとは。
真司は顔を隠すようにして、すぐさまその場を離れた。
・・・
仮の入部届を提出して翌日。
仮入部期間として設けられた一週間だが、真司の心は既に決まっていた。
放課後一直線に向かうのは、バスケが行われるはずである体育館。
そこに行けば、恐らく黒子にも会える。それが真司の足を速めていた。
「あ、ちょっと!烏羽君!」
後少しで廊下を抜けるというところで、真司の足は呼び止める声によって停止した。
「…?」
「こっちこっち、烏羽君」
声がした方へ顔を向ければ、見知らぬ女子生徒が手招きしている。
「えっと、なんでしょう」
「烏羽君、誠凛に来てたんだね。あ、私、元帝光中なの」
なるほど、全に顔知られているパターンがあったか。という衝撃はさておき、真司は何故声をかけられたのか分からずに首を傾げた。
「俺に何か用ですか?」
「今度こそ、陸上部に誘おうと思って」
確かに、真司は足が速かった為に中学時代ではよく陸上部に誘われていた。
今度こそ、ということは、真司を陸上部へ誘おうとしていた者の一人なのだろう。
「悪いけど、もう決まってるんで」
「またバスケ? 絶対陸上の方がいいよ!」
「ごめん」
「やだー烏羽くーん」
がしっと腕を掴まれぶんぶんと左右に振られる。
どうしようかと困惑していると、ふいに柔らかな声が耳をかすめた。
「…すみません」
はっとして目を開くと、細い指が真司の腕に絡んでいる。
「彼はボクと体育館に行くので」
突如現れたその人に驚いているのか、女子生徒はぱっと真司から手を放した。
「行きましょう、烏羽君」
にこ、と真司に笑いかけたのは、紛れもなく、ずっと会いたかった黒子テツヤ。
その黒子の手がしっかりと真司の腕を掴んでいて、熱があって、確かにここにいて。
状況に頭が追いついていない。
しかし黒子は待ってくれず、そのまま真司は手を引かれて歩き出していた。
何か言いたい。言いたいこととか、話したいこととかたくさんある。なのに、何も浮かばない。頭の中が真っ白だ。
「烏羽君」
じっと、丸い瞳が真司を見つめている。
半年ぶりのこの距離は、ずいぶん前の友人と久々に再会したかのような緊張感があって。
真司は、震える口から何とか声を絞り出した。
「背、伸びてないね!」
訪れた沈黙に、放された手。完全にやらかした事に気付くも、時既に遅し。
黒子はゆっくりと真司の方に顔を向け、それから爽やかな笑顔で言い放った。
「君は縮んだんじゃないですか?」
地面と平行にされた手が、真司の頭の上を通り過ぎる。
「ち、縮んでないから!」
「ボクには小さくなったように見えます」
今更、黒子が大きくなったのだとは言えない、言いたくない。
真司はきゅっと唇を噛んで、黒子を上目に睨み付けた。
ずっと、黒子は落ち込んでいるのではないかと心配していた。
一人でバスケ部を去って、寂しい思いをしているのではないかと。真司のことを嫌いになってしまったのではないかと。
抱え込んでいた不安が一気に吹き飛ぶ。
真司は肩を撫で下ろし、小さくぷっと笑った。
「テツ君、久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです」
「元気そうで良かった」
「君も」
また笑い合えている。横に黒子がいる。
それだけで胸がいっぱいで、暖かい。
だからか、うっかりこれから部活に参加するのだということを忘れそうになっていた。
「よーし全員揃ったなー?」
体育館の中から聞こえてきた、恐らく先輩のものであろう声に二人の肩がびくりと揺れる。
「い、急ごうテツ君!」
「はい」
たたっと二人駆け出すと、既に整列していた一年生たちの横に紛れ込んだ。
・・・
帝光中にいた時から、あまり頻繁ではなかった黒子と二人きりの時間。
部活初日の挨拶を済ませた後、二人はジャンクフード店に立ち寄っていた。
「この感じ、懐かしいねー」
「そうですね」
明るい店内、手に持っているのはコーラ。そして黒子の手にはバニラシェイク。
放課後二人で話す時はマジバでこれ、そう決まっていた。
「あの、烏羽君。今日、隣にいた火神君、覚えていますか?」
「え、うん」
何を話そうか迷っていた真司より先に黒子が口を開く。
火神といえば、真司の顔を見た奴だ。つい先ほど早速再会した彼、普通にバスケ上手いですって体型の男。
「その火神君が、どうしたの?」
「彼に賭けてみようと思っているんです」
黒子が何を言いたいのか、真司には良く分からなかった。
今日二人が接触したかというと、そんな風にも見えなかったし。
「テツ君はさ、その、皆に立ち向かうつもりなんだよね」
「はい、ボクはキセキの世代を倒したい」
「うん。それは俺も同じ」
本人の口から聞くのは初めてだったが、やはり黒子もそうだったようだ。
真司はストローに口を付けて、コーラを喉に流した。
喉が渇く。高揚している。それはきっと、黒子と同じ目的でいるということが嬉しいからだ。
「それで、なんで火神君が―」
「……あ?」
「え?」
突然割り込んで来た、黒子とは違う低い声。それと共に、横で大きな体が止まった。
真司は恐る恐る顔を上げて、そこに現れた人を視界に入れた。
「お前、どっかで見たな」
「今日、バスケ部にいた烏羽ですよ、火神君……」
「あ? あぁ。そういやいたか」
噂をすれば何とやら。ある意味ナイスなタイミングで現れた火神は、トレーの上に落ちそうな程のハンバーガーを乗せている。
「それ、全部食べるの?」
「あぁ、まぁ。つか、一つ聞いていいか」
火神はトレーを真司と黒子が使っているテーブルの上に置いた。その衝撃でいくつかのハンバーガーがテーブルの上に落ちる。
「キセキの世代って何なんだ」
落ちたハンバーガーを拾い上げようとしていた真司の手が止まった。
恐らく、目の前に座っている黒子も驚いたはずだ。
「キセキの世代が気になる?」
「あぁ。今日、先輩たちがヤケに気にしてただろ。オレは強ぇ奴と戦いてぇんだ」
「だってよ、テツ君」
火神の視線は真司の目線を辿って、黒子に向けられた。途端に、がたっと火神が後ろに下がる。
図らずも、黒子はまたミスディレクションをかましていたようだ。
「お前! いつから!」
「最初からですけど」
よく見たようなやり取り。思わず真司は肩を揺らしながら笑ってしまった。
黒子は変わっていない。何よりもそれが嬉しい。
「火神君、キセキの世代は俺達と同世代の、最強の選手だよ」
「最強って?」
「日本一?」
「そこに、こいつもいたんだろ」
火神の指は真っ直ぐに黒子に向けられている。
部活の時に先輩達が騒いでいたことをしっかりと聞いていたらしい。
黒子テツヤは帝光中学のバスケ部で、キセキの世代とともに試合に出ていたと。
「おい、お前。これ食ったらちょっとツラ貸せよ」
黒子はバニラシェイクを飲みながら、こくりと頷いた。
正門から校舎までの道のりが普段以上に賑やかなのは、在校生であった二年生と三年生によって部活の勧誘が行われているからだ。
「今ようやく十人来たとこだって。もちっと頑張んないとなー」
通り過ぎる生徒達を横目に、小金井慎二は腕をぐぐっと上に伸ばした。
「まぁ、新設だから、仕方ないのかもな」
「つってもさぁ、バスケかっこいいのに!」
「オレに言ってもしょうがないだろ。なぁ、水戸部」
小金井の頭をぽかっと叩いたのは、伊月俊。話を振られた水戸部凛之助は困ったように眉を下げた。
「じゃあ、オレはあっちの方行くから、二人とも頼んだぞ」
「はいはーい」
伊月は校舎近くで勧誘を続けるらしい。
小金井はふーっと一息ついてから、腰に手を当てて「おしっ」と声を上げた。
「あの」
ふと、勧誘の声に紛れて細い声が聞こえて来た。辛うじて聞き取った水戸部は、ぱっと振り返って辺りを見渡す。
「ん? どしたー水戸部?」
きょろきょろとする水戸部を不思議に思った小金井が、とんっと水戸部の肩を叩く。その水戸部の口から言葉は紡がれない。しかし、小金井はふむふむと頷くと状況を理解した。
「声をかけられた気がした? ほんと?」
恐らく、今ので理解出来た人間は、小金井を除いて他にはいないだろう。小金井が問いかければ、水戸部は数回首を縦に振って肯定を示す。
とはいえこれだけの人混みだ、気のせいかもしれない。
「あの」
と思った矢先に二度目の声。その声の主は、あろうことか水戸部の目の前に立っていた。
「あ! ごめんね、えっと新入生?」
「……バスケ部に入部したいんですけど」
「おお! じゃあついてきて!」
心のなしか不機嫌な彼は、前髪をやけに長くして黒ぶちの眼鏡をかけている。
水戸部が彼に気付けなかったのは、彼の顔が水戸部の首より下にあったからだろう。そして、顔が不機嫌な理由もそれに気付いているからで。
(でも実際ちっさいなー。160、あるか、ないか?)
まじまじと見れば、眼鏡の奥の瞳がじっと小金井を見つめ返して来た。
「もしかして、背が低いとダメですか?」
「いやいや! あ、そんな、別に……」
「いいですよ。実際小さいですし」
少年はぷくっと頬を膨らませて、顔を背けてしまった。
そんな少年になんとなく可愛いなぁ、と思ってしまうのは、今まで部内で一番小さかったのが小金井だったからだ。
「中学でもバスケしてたの?」
「あ、はい。二年からですけど」
へー意外。そう思うのは、背が低いとかだけでなく、何となく雰囲気が文化部っぽいせいもあって。
「それまでは帰宅部でした」
「あー! それっぽい!」
「がり勉とか言われて」
「ぽい! あ、いや、その」
小金井は思わず自分の軽すぎる口を両手で覆った。こんなことで怒らせて、挙句帰るなんて言われたら最悪だ。
「あの、ごめんね? 怒ってない?」
「はい、別に」
どうやら、皮肉を言われたとか、そういうことではないようだ。
前方にバスケ部のブースが見えてくると、小金井はほっとした表情を浮かべて手を大きく振った。
「日向ー!」
大きな声で名を呼ばれた日向順平は、若干煩わしそうに顔を上げた。
「入部希望の子、連れてきたよ!」
「ナイス、小金井君!」
小金井の言葉にいち早く反応したのは、日向の隣に座っていた女子生徒、相田リコ。
リコは小金井の隣に立っている生徒がそれだということにもすぐ気付いたようで、素早くプリントを机の上に置いた。
「はいこれ、名前と、学籍番号書いて。小金井君はもう戻っていいわよー」
「えぇ、ちょっと休ませてよー」
「文句言わない!」
ちぇ、と残念そうに肩を下げた小金井は渋々水戸部のいた方へと戻って行く。
それを何気なく見届けてから、少年は受け取った入部届と書かれた用紙に、すらすらと文字を埋めていった。
「烏羽真司君、ね。経験者?」
「はい。まぁ、一応」
簡単な質問に、簡単に答える。
真司は用紙に書かれた次の項目を見てぴたっと止まった。
「出身校、動機、書かなきゃ駄目ですか」
「任意だから書かなくてもいいけど」
「じゃあ書きません」
何か、ワケ有りなのか。不思議に思ったリコと日向は目を合わせて小さく首を傾げた。
(もしかして、有名な選手!?)
過った予感に、リコはじっと真司を見つめた。
しかし、見るからに低身長。細い手足。残念ながら、有名な選手である可能性はなさそうだ。
「あの、もう、これで大丈夫ですか?」
「あ、うん。じゃあ、部活の方にも是非来てね!」
「はい」
こくりと頷き立ち去る瞬間ふわりと浮いた前髪。そこに隠されていた大きな瞳は、戦意剥き出しで。
「小さいけど、なかなかいいかも」
リコの口元がにっと弧を描く。
これは余程いい奴を見つけたのだろう。日向がそう思うのも当然、リコには見抜く才能があるのだ。
「今年はなかなか期待できそうね!」
リコの手元にあるのは二枚の入部届。
そこには、雑な字で書かれた火神大我という名前ともう一つ、綺麗な字で黒子テツヤと書かれていた。
・・・
右を見て左を見て、一度振り返ってみる。少しでもよそ見して歩いていたら人にぶつかりそうな程の人通りの多さ。その中で黒子を探そうというのが間違いだった。
結局、黒子とは去年の夏以来会っていない。卒業式の証書授与にて姿を見る事に成功したが、卒業式を終わって探してみればもういなくて。
皆と再会を誓って別れた数か月前。そこにも黒子はいなかった。
「もー。叫んだろか畜生」
ぶつぶつと言いながら足元に転がる小石を蹴る。
ころっと転がった小石を目で追っていると、急に目の前に影が出来た。
「え、うわっ」
「あ?」
ぽすん、と顔面からぶつかったのは間違いなく人間だ。壁かと疑いたくなる程大きな体。
ずれた眼鏡が音をたてて地面に落ちるのも気にせずに、真司は顔を上げた。首が痛い。懐かしい感覚だ。
「悪ィ、ぼーっとしてたわ」
「あ、いえ。ぶつかって、ごめんなさい」
赤に近い髪の色、それから鋭い目付き。この存在感も、なんとなく彼等に近い気がする。
ただ眼鏡が落ちたせいで顔が良く見えず、真司は軽く手で前髪を退かして高い位置にある顔を見つめた。
「お、お前、女!?」
「あっ!」
思わず目の前の大きな男の胸を押して、真司はいそいそと眼鏡を拾い上げた。
中学時代、この顔のせいかロクなことが無かった。だから高校では極力隠していこうと思っていたのに。
「す、すみませんでした!」
「あ、おい!」
こんな初っ端から素顔を晒すことになろうとは。
真司は顔を隠すようにして、すぐさまその場を離れた。
・・・
仮の入部届を提出して翌日。
仮入部期間として設けられた一週間だが、真司の心は既に決まっていた。
放課後一直線に向かうのは、バスケが行われるはずである体育館。
そこに行けば、恐らく黒子にも会える。それが真司の足を速めていた。
「あ、ちょっと!烏羽君!」
後少しで廊下を抜けるというところで、真司の足は呼び止める声によって停止した。
「…?」
「こっちこっち、烏羽君」
声がした方へ顔を向ければ、見知らぬ女子生徒が手招きしている。
「えっと、なんでしょう」
「烏羽君、誠凛に来てたんだね。あ、私、元帝光中なの」
なるほど、全に顔知られているパターンがあったか。という衝撃はさておき、真司は何故声をかけられたのか分からずに首を傾げた。
「俺に何か用ですか?」
「今度こそ、陸上部に誘おうと思って」
確かに、真司は足が速かった為に中学時代ではよく陸上部に誘われていた。
今度こそ、ということは、真司を陸上部へ誘おうとしていた者の一人なのだろう。
「悪いけど、もう決まってるんで」
「またバスケ? 絶対陸上の方がいいよ!」
「ごめん」
「やだー烏羽くーん」
がしっと腕を掴まれぶんぶんと左右に振られる。
どうしようかと困惑していると、ふいに柔らかな声が耳をかすめた。
「…すみません」
はっとして目を開くと、細い指が真司の腕に絡んでいる。
「彼はボクと体育館に行くので」
突如現れたその人に驚いているのか、女子生徒はぱっと真司から手を放した。
「行きましょう、烏羽君」
にこ、と真司に笑いかけたのは、紛れもなく、ずっと会いたかった黒子テツヤ。
その黒子の手がしっかりと真司の腕を掴んでいて、熱があって、確かにここにいて。
状況に頭が追いついていない。
しかし黒子は待ってくれず、そのまま真司は手を引かれて歩き出していた。
何か言いたい。言いたいこととか、話したいこととかたくさんある。なのに、何も浮かばない。頭の中が真っ白だ。
「烏羽君」
じっと、丸い瞳が真司を見つめている。
半年ぶりのこの距離は、ずいぶん前の友人と久々に再会したかのような緊張感があって。
真司は、震える口から何とか声を絞り出した。
「背、伸びてないね!」
訪れた沈黙に、放された手。完全にやらかした事に気付くも、時既に遅し。
黒子はゆっくりと真司の方に顔を向け、それから爽やかな笑顔で言い放った。
「君は縮んだんじゃないですか?」
地面と平行にされた手が、真司の頭の上を通り過ぎる。
「ち、縮んでないから!」
「ボクには小さくなったように見えます」
今更、黒子が大きくなったのだとは言えない、言いたくない。
真司はきゅっと唇を噛んで、黒子を上目に睨み付けた。
ずっと、黒子は落ち込んでいるのではないかと心配していた。
一人でバスケ部を去って、寂しい思いをしているのではないかと。真司のことを嫌いになってしまったのではないかと。
抱え込んでいた不安が一気に吹き飛ぶ。
真司は肩を撫で下ろし、小さくぷっと笑った。
「テツ君、久しぶりだね」
「はい、お久しぶりです」
「元気そうで良かった」
「君も」
また笑い合えている。横に黒子がいる。
それだけで胸がいっぱいで、暖かい。
だからか、うっかりこれから部活に参加するのだということを忘れそうになっていた。
「よーし全員揃ったなー?」
体育館の中から聞こえてきた、恐らく先輩のものであろう声に二人の肩がびくりと揺れる。
「い、急ごうテツ君!」
「はい」
たたっと二人駆け出すと、既に整列していた一年生たちの横に紛れ込んだ。
・・・
帝光中にいた時から、あまり頻繁ではなかった黒子と二人きりの時間。
部活初日の挨拶を済ませた後、二人はジャンクフード店に立ち寄っていた。
「この感じ、懐かしいねー」
「そうですね」
明るい店内、手に持っているのはコーラ。そして黒子の手にはバニラシェイク。
放課後二人で話す時はマジバでこれ、そう決まっていた。
「あの、烏羽君。今日、隣にいた火神君、覚えていますか?」
「え、うん」
何を話そうか迷っていた真司より先に黒子が口を開く。
火神といえば、真司の顔を見た奴だ。つい先ほど早速再会した彼、普通にバスケ上手いですって体型の男。
「その火神君が、どうしたの?」
「彼に賭けてみようと思っているんです」
黒子が何を言いたいのか、真司には良く分からなかった。
今日二人が接触したかというと、そんな風にも見えなかったし。
「テツ君はさ、その、皆に立ち向かうつもりなんだよね」
「はい、ボクはキセキの世代を倒したい」
「うん。それは俺も同じ」
本人の口から聞くのは初めてだったが、やはり黒子もそうだったようだ。
真司はストローに口を付けて、コーラを喉に流した。
喉が渇く。高揚している。それはきっと、黒子と同じ目的でいるということが嬉しいからだ。
「それで、なんで火神君が―」
「……あ?」
「え?」
突然割り込んで来た、黒子とは違う低い声。それと共に、横で大きな体が止まった。
真司は恐る恐る顔を上げて、そこに現れた人を視界に入れた。
「お前、どっかで見たな」
「今日、バスケ部にいた烏羽ですよ、火神君……」
「あ? あぁ。そういやいたか」
噂をすれば何とやら。ある意味ナイスなタイミングで現れた火神は、トレーの上に落ちそうな程のハンバーガーを乗せている。
「それ、全部食べるの?」
「あぁ、まぁ。つか、一つ聞いていいか」
火神はトレーを真司と黒子が使っているテーブルの上に置いた。その衝撃でいくつかのハンバーガーがテーブルの上に落ちる。
「キセキの世代って何なんだ」
落ちたハンバーガーを拾い上げようとしていた真司の手が止まった。
恐らく、目の前に座っている黒子も驚いたはずだ。
「キセキの世代が気になる?」
「あぁ。今日、先輩たちがヤケに気にしてただろ。オレは強ぇ奴と戦いてぇんだ」
「だってよ、テツ君」
火神の視線は真司の目線を辿って、黒子に向けられた。途端に、がたっと火神が後ろに下がる。
図らずも、黒子はまたミスディレクションをかましていたようだ。
「お前! いつから!」
「最初からですけど」
よく見たようなやり取り。思わず真司は肩を揺らしながら笑ってしまった。
黒子は変わっていない。何よりもそれが嬉しい。
「火神君、キセキの世代は俺達と同世代の、最強の選手だよ」
「最強って?」
「日本一?」
「そこに、こいつもいたんだろ」
火神の指は真っ直ぐに黒子に向けられている。
部活の時に先輩達が騒いでいたことをしっかりと聞いていたらしい。
黒子テツヤは帝光中学のバスケ部で、キセキの世代とともに試合に出ていたと。
「おい、お前。これ食ったらちょっとツラ貸せよ」
黒子はバニラシェイクを飲みながら、こくりと頷いた。