黒バス(2012.10~2017.12)
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同じクラスで、同じ部活に所属している友人。誰よりも親しくて、一緒にいて楽しかった真司。
バスケから離れて、心の距離が開いてしまったのは事実。とはいえ、その関係が大きく変わることは無いと思っていたのに。
「真司は仲間だろ、友達だろ…?」
どうしてその事実が変わり得るというのだ。
そんな疑問を持つ青峰の方が間違っているかのように、赤司は冷たい笑みを浮かべた。
「そうだ。だが、それだけではない」
「何だってんだよ…」
「真司はオレ達皆のものだ」
「…皆の、もの」
「分からないお前じゃないだろう、青峰」
納得はしていない。
無理矢理自分の頭の中でそれが事実なのだと受け入れて、その結果青峰の中に残るのは苛立ちだった。
「んなのオレは知らねぇ…!」
「だから今教えただろう」
二人きりの教室。椅子に座ったままの赤司の前で、青峰はがんっと机を叩いた。
いつの間にか真司と他の奴等との関係が変わっていた。自分が一番知っている、一番親しくあったはずなのに。
「くそ…っ」
しかし、それと同時に胸の奥にあった突っ掛かりが無くなっていた。
真司への目線が変わったこと、真司の雰囲気が変わったこと。それは、真司が男のものになっていたからだ。
「つーことはよォ、真司はオレのもんでもあるってことだろ」
「そうだ」
「それでいいのかよ、お前は」
「はは、緑間と同じような事を言うんだな」
「緑間ァ?」
そうだ、赤司の言う“皆”には当然あのお固そうな緑間も含まれているのだ。
…緑間に負けた。
無意識にそんならしくないことを考えて、無性に腹の奥がむかむかとしてくる。
「青峰、昨日は学校に来なかっただろ」
「あ?あぁ…」
「真司は緑間の家に行ったらしい。黄瀬がそう喚いていたからな」
「…」
その前は紫原と約束していると言っていたはずだ。
頻繁に“皆”の元へ行っているということなのだろう。
真司のことが好きで、その心を掴んで尚、皆で共有するというのか。
「いくらなんでも…おかしいだろ…」
抱かざるを得ない感覚を口に出す青峰を、赤司は笑った。
「オレは真司が誰か一人を選ぶ可能性を奪った」
「あ?」
「全員が幸せである方法を選んだんだよ。オレを含めて、な」
「ハッ…よく言うぜ」
勿論、バスケ部レギュラー限定だが。そう言う赤司は、そうあることが当然かのように自信に満ちていて。
結局自分の保身しか考えていない。
しかし、そのおかげで青峰もまた真司を手に入れることが出来る。
ふと、青峰の中で何かが切り替わった。
「じゃ、そのルールに甘えさせてもらうぜ。赤司」
「真司が望めばな」
「望むに決まってんだろ」
元々真司を初めに見つけたのは自分なのだ。だれよりも親しく、近くにいたのもそう。
もはや、迷いは無くなっていた。
青峰はがんっと机を蹴っ飛ばして教室を去って行った。
途端に訪れる静寂。
ぴしゃっと扉を閉めて去って行った青峰を横目に、赤司は深いため息を吐いた。
「正確に言えば…オレ達の愛しい存在、なんだが」
今の青峰にその言葉を理解することは出来ないだろう。
「…そこまでのヒントを与えたくはないからな」
赤司は頬杖をついて、窓の外に視線を移した。
青峰に見せた笑みとは違う、柔らかい笑みを浮かべる。
「真司はどうするだろうな」
ようやくここまで来た。
赤司の思った通りの展開が、目の前まで来ている。
そこに真司の幸せがあることを祈って、赤司は目を閉じた。
・・・
きょろきょろと視線が行ったり来たりする。
初めて青峰が真司の家に来た時もそうだった。今は、反対に真司が青峰の家に興味を示している。
「普通の家だね」
「あ?テメーは何を期待してんだ」
「悪いとは言ってないでしょ」
結局、青峰に勉強を教えるには平日の学校の後では足りず。休日に青峰の家を訪れることとなった。
赤司やら緑間やら、普通に含むことの出来ない人間がやたら周りに多く、そのせいで“普通”とか“庶民的”な感じが珍しく感じてしまう。
「試験、三日後だよ」
「そーだな」
「自分で勉強した?」
「オレがすると思うか?」
「しろよ」
散らかった青峰の部屋を見てか、その言葉を聞いてか、そのどちらもか。
真司は大きなため息を吐いて青峰を睨み付けた。
「赤点取ったら補習でしょ?そっちのが面倒だかんね」
「んなのオレのが知ってるっつの」
持参したノートを鞄から取り出して青峰に渡す。
緑間の分かりやすいノートとは比べものにならないが、珍しく真司がノートをまとめたのだ。
それは決して、赤司に言われたからだけではない。
「この赤点常習犯め」
「うっせ」
補修なんてものが入ったら、それを口実にもっと部活に来なくなってしまうだろう。
青峰が変わってしまった、その切っ掛けは間違いなくバスケにある。だからこそ、青峰にはバスケから離れて欲しくなかった。
「ほら、勉強するよ」
「…」
「青峰君?」
青峰の部屋にある小さなテーブルの上に文房具を出す。
テーブルの下には青峰がよく見ているグラビア雑誌。脇には散らかった服やら漫画やら。
こんな部屋に桃井が訪れることがあるのかと思うと、無性にやるせない気持ちになる。
若干の嫉妬心もあるが。
「きったない部屋だな、もう…。こんなだから勉強する気も起きないんだよ」
「…本当に、勉強すると思ってんのか?」
「はぁ?」
青峰から視線を逸らしていた真司の肩に手が乗せられた。
青峰が今考えていることは、なんとなく分かっていた。
そもそも、あんなことがあった後だ。部屋で二人きり、そんな状況で何も起きないはずがない。
「勉強しないなら帰るよ」
「ハッ、帰さねーよ」
青峰の体重が真司の細い肩にかかる。ぐらりと体が傾けば、視界がぐるっと回った。
がつんと打った頭への痛みより、掴まれている肩の方が痛い。
「痛い…」
「ヤらせろ」
「…絶対に嫌だ」
「ま、力づくでもヤるけどな」
にっと口の端を上げた青峰の手が真司の服を掴んだ。
着ていたカーディガンから与えられる温もりが離れて、部屋の中とはいえ体が寒さを感じる。
抵抗しようと青峰の手を掴んでも簡単に弾かれて。
(ちょっと待て、やばい。本当にやられる…!)
こんな形で青峰と体を重ねたくなんてない。
首をぶんぶんと横に振っても、目に涙が溜まっても青峰の心は変わらない。
「嫌だってば…!」
大きな声を出して、小さな体で抵抗する。
それでも、青峰の手によって服がたくし上げられて、胸までが露わになってしまった。
途端に青峰の動きが止まった。
「…?」
買い物に出かけたという家族は今この家にいない。なら急に止まった理由はどこに。
安堵しながら青峰を見上げた真司は、その青峰の様子に目を丸くした。
「…男同士って、どうやってヤんだ?」
静かに広がる沈黙。
その問いは、今この部屋に広がっていた空気を完全に吹き飛ばす威力を持っていた。
「いや、無理しなくていいって」
「だって、オレだけしてねぇんだろ!?んなのズリィよ!」
「そんなことないって」
つまり、青峰は真司の体どうこうでなくて。ただ自分が仲間外れなのが嫌だった、ということか。
真司は今の状況を理解しきれず、ゆっくりと青峰の体の下から身を引いた。
「んでだよ…あいつらが良くてオレが駄目な理由ってなんだよ…」
「あー…そんなことも分かんないの、君は」
「わっかんねーよ!だって、オレはお前の一番だろ!?」
「は?」
何故か正座のような体勢になっている青峰が声を荒げている。
「えーっと…つまり?」
「ヤらせろ」
「違うだろ!」
軽く青峰の頭をグーで殴る。
さっきまで獣のような大男だったのに、今はどうだろう。
頭を押さえて、涙目をこちらに向けてくるのこの男はなんなんだ一体。
「青峰君、俺は青峰君のこと大好きだよ」
「んなこと知ってるっつの」
それが分かっていて、赤司の真司への告白を聞いていて、何故分からないのか。
真司の勘が正しければ、今の青峰の訴えは嫉妬だ。そして嫉妬をするということはつまり。
(自惚れ、じゃないよな)
真司は暫くどうしたもんかと頭をかいて、それから膝の上できつく握り締められている青峰の手に自分の手を重ねた。
「俺とさぁ、青峰君を繋いでるものってなんだと思う?」
「あ?下ネタか?」
「違うし!バスケだよ、バスケ!」
自分でそう言ってしまうのはなんとも寂しいものだが。他の皆と違って心が通じ合っていない今、それが一番の繋がりだろう。
青峰は怪訝そうに真司を見て、眉間に寄るシワを深くした。
「だから、その…青峰君がその答えに気付いて、その時にバスケを続けてたら。その時は青峰君のモノになるよ」
「脅迫じゃねーか」
「それまでにやり方くらい学んどいてよ」
「…お、おう」
本当は真司だって青峰が欲しいのだ。
赤司と黄瀬と紫原と緑間と。これだけ大好きな人がいても、まだ欲しいと思う。
誰よりも、最初に欲しいと思った人。
いろいろとあったが、やはり青峰の傍は居心地が良いのだ。他の誰よりも。
「あれ…?」
違う。一人忘れている。
「そういえば…最近テツ君って何してるのかな」
「あ?さーな」
どうして忘れていたのだろう。
部活が無いから、は言い訳にならない。黒子とはよく昼食を一緒にしたし、相談だってしてもらっていた。
「月曜からさ、また昼一緒に食べようよ。テツ君と一緒に」
「気が乗ればな」
バスケだけが繋がりなんて、そんなのごめんだ。
青峰の隣にいたい。一緒にバスケをしたい。もっと、もっと近くに。
というわけで。
「じゃあ勉強しよっか」
「んな気分じゃねーよ」
「じゃあ帰る」
「…」
真司の一言に青峰はあからさまに不機嫌になって。しかし、素直に横に座ってくれた。
嫌そうにしているが、あとはテストで赤点を取らない程度の対策をとるだけだ。
青峰との距離を縮めてその横に寄り添う。
愛なんてもらえなくたっていい。今はこの距離が嬉しかった。
・・・
無事に期末テストは終了した。
奇跡的に、青峰は一つも赤点を取らなかったらしい。中学生活初めてだというから驚きだ。
感謝の印として桃井から手作りクッキーを頂いたが、命が惜しいなら食べるなと赤司に言われてしまった。
ちなみに一口食べてみたが、その後暫くの記憶が無い。もうそれ以外は有難く眺めるだけに留めた。
「烏羽君は本当にすごいです」
「いやホント、俺頑張ったもん」
そんな試験明けの昼休み。
久しぶりに真司は黒子と青峰と共にしていた。
「青峰君ってば集中力続かな過ぎでさぁ、すーぐそれるから」
「うっせ、楽しくねーんだから仕方ないだろ」
「烏羽君に勉強教えてもらっておいて、贅沢ですよ青峰君」
「あ?」
「今回も学年トップだったんですよね、烏羽君」
そう、青峰の面倒を見ていたせいで勉強はいつも以上にしていなかった。
しかし教える為にノートをまとめたり、緑間のノートを見たりとしているうちに学力はついていたらしい。
結果、今回は赤司に並んでトップだ。
「緑間君の悔しそうな顔が目に浮かぶよ」
「そうですね」
ふふっと黒子が目を細めて笑う。
黒子はやっぱり可愛くて綺麗で、それでいてどこか儚げで。
真司は自分の膝の上に置かれた弁当を黒子の方に差し出していた。
「烏羽君?」
「テツ君、全然食べてないじゃん。なんか好きなの食べていいよ」
「お、まじかよ」
「青峰君には言ってないから」
伸ばしてきた青峰の手を弾いて、黒子を見つめる。
黒子は暫くその弁当の中身を見てから、真司に視線を向けた。
「…烏羽君の手作りですか?」
「あ、うん。一応」
「では、せっかくなので頂きますね」
昨夜は久々に黄瀬宅へと帰った。
お世話になっておいて、弁当まで作らせるなんてそんなことはしない。
いつの間にか馴染んでしまった台所を借りて作った弁当は、真司の自信作ばかり入っている。
その中から、黒子は卵焼きを手でつかみ取った。
「有難うございます。美味しいです」
「それは良かった」
「今度、お礼にゆで卵をご馳走しますね」
黒子に釣られて真司も何気なく卵焼きを口に運ぶ。
顔がほころぶのは、それが美味しいからではなく。こんな穏やかな時間が懐かしくて。
「青峰君も、一個どうぞ」
「お、さんきゅー真司」
差し出しされた弁当から、青峰は容赦なく残り一つのから揚げを取る。
それでも本当に美味しそうに食べるから、不満なんて無い。
顔が緩みそうになる。それを隠す為に俯いた真司の耳に、キィ…という鈍い音が入った。
「烏羽、探したのだよ」
「緑間君?」
声の方に顔を向ければ、緑間が真面目な顔をして立っている。
春とはいえ、まだ冬の余韻を残した空気はひやりと寒くて。そんな屋上にわざわざ来るとは、余程のことだろうか。
「お前に話があるのだよ」
「…それって、良い話?悪い話?」
「安心しろ、良い話なのだよ」
「試験の点の話?」
「それについては言及しないで欲しいのだよ…!」
真司は弁当を青峰の方に滑らせてから、ぱっと立ち上がった。
少しだけ名残惜しいが、別に今日だけのイベントではない。
これからも、毎日一緒に過ごすのだから。
「じゃ、ごめん。先戻るね」
「はい。いってらっしゃい」
二人を置いて緑間の方へ駆け寄る。
近付いて見上げた緑間の顔は、思いの外優しく緩んでいた。
「青峰君、君はいつから緑間君に敵対心を剥き出しにするようになったんですか」
真司のいなくなった屋上で、ぽつりと黒子が呟く。
視線の先は真司の去っていった出入口に向けられたまま。
「だってよぉ、あいつ等…」
「はい」
「…あれ、テツって、真司と」
「違いますよ」
会話になっているのかも怪しい、内容の見えないやり取り。
それで何を確認し合ったか、青峰は弁当を手に取って、黒子は本に視線を落とした。
「羨ましいとは思いますが」
「へー…」
そう言う黒子はやはり無表情で。しかし、青峰は気付いていた。
「テツ、それ読んでんの?」
「あ」
完全に表紙の文字が上下逆になっている。
表情に出ないものの、黒子も何か思うところがあるということか。
青峰は残りの弁当の中身を喰らい尽くすと、仰向けに体を寝かせた。
「なんで、オレじゃ駄目なんだ…」
「青峰君がアホだからじゃないですか」
「あ?んだよそれ」
どうしてこんなにも手に入れたいと思うのだろう。
その答えを導き出すことは、まだ出来そうになかった。
バスケから離れて、心の距離が開いてしまったのは事実。とはいえ、その関係が大きく変わることは無いと思っていたのに。
「真司は仲間だろ、友達だろ…?」
どうしてその事実が変わり得るというのだ。
そんな疑問を持つ青峰の方が間違っているかのように、赤司は冷たい笑みを浮かべた。
「そうだ。だが、それだけではない」
「何だってんだよ…」
「真司はオレ達皆のものだ」
「…皆の、もの」
「分からないお前じゃないだろう、青峰」
納得はしていない。
無理矢理自分の頭の中でそれが事実なのだと受け入れて、その結果青峰の中に残るのは苛立ちだった。
「んなのオレは知らねぇ…!」
「だから今教えただろう」
二人きりの教室。椅子に座ったままの赤司の前で、青峰はがんっと机を叩いた。
いつの間にか真司と他の奴等との関係が変わっていた。自分が一番知っている、一番親しくあったはずなのに。
「くそ…っ」
しかし、それと同時に胸の奥にあった突っ掛かりが無くなっていた。
真司への目線が変わったこと、真司の雰囲気が変わったこと。それは、真司が男のものになっていたからだ。
「つーことはよォ、真司はオレのもんでもあるってことだろ」
「そうだ」
「それでいいのかよ、お前は」
「はは、緑間と同じような事を言うんだな」
「緑間ァ?」
そうだ、赤司の言う“皆”には当然あのお固そうな緑間も含まれているのだ。
…緑間に負けた。
無意識にそんならしくないことを考えて、無性に腹の奥がむかむかとしてくる。
「青峰、昨日は学校に来なかっただろ」
「あ?あぁ…」
「真司は緑間の家に行ったらしい。黄瀬がそう喚いていたからな」
「…」
その前は紫原と約束していると言っていたはずだ。
頻繁に“皆”の元へ行っているということなのだろう。
真司のことが好きで、その心を掴んで尚、皆で共有するというのか。
「いくらなんでも…おかしいだろ…」
抱かざるを得ない感覚を口に出す青峰を、赤司は笑った。
「オレは真司が誰か一人を選ぶ可能性を奪った」
「あ?」
「全員が幸せである方法を選んだんだよ。オレを含めて、な」
「ハッ…よく言うぜ」
勿論、バスケ部レギュラー限定だが。そう言う赤司は、そうあることが当然かのように自信に満ちていて。
結局自分の保身しか考えていない。
しかし、そのおかげで青峰もまた真司を手に入れることが出来る。
ふと、青峰の中で何かが切り替わった。
「じゃ、そのルールに甘えさせてもらうぜ。赤司」
「真司が望めばな」
「望むに決まってんだろ」
元々真司を初めに見つけたのは自分なのだ。だれよりも親しく、近くにいたのもそう。
もはや、迷いは無くなっていた。
青峰はがんっと机を蹴っ飛ばして教室を去って行った。
途端に訪れる静寂。
ぴしゃっと扉を閉めて去って行った青峰を横目に、赤司は深いため息を吐いた。
「正確に言えば…オレ達の愛しい存在、なんだが」
今の青峰にその言葉を理解することは出来ないだろう。
「…そこまでのヒントを与えたくはないからな」
赤司は頬杖をついて、窓の外に視線を移した。
青峰に見せた笑みとは違う、柔らかい笑みを浮かべる。
「真司はどうするだろうな」
ようやくここまで来た。
赤司の思った通りの展開が、目の前まで来ている。
そこに真司の幸せがあることを祈って、赤司は目を閉じた。
・・・
きょろきょろと視線が行ったり来たりする。
初めて青峰が真司の家に来た時もそうだった。今は、反対に真司が青峰の家に興味を示している。
「普通の家だね」
「あ?テメーは何を期待してんだ」
「悪いとは言ってないでしょ」
結局、青峰に勉強を教えるには平日の学校の後では足りず。休日に青峰の家を訪れることとなった。
赤司やら緑間やら、普通に含むことの出来ない人間がやたら周りに多く、そのせいで“普通”とか“庶民的”な感じが珍しく感じてしまう。
「試験、三日後だよ」
「そーだな」
「自分で勉強した?」
「オレがすると思うか?」
「しろよ」
散らかった青峰の部屋を見てか、その言葉を聞いてか、そのどちらもか。
真司は大きなため息を吐いて青峰を睨み付けた。
「赤点取ったら補習でしょ?そっちのが面倒だかんね」
「んなのオレのが知ってるっつの」
持参したノートを鞄から取り出して青峰に渡す。
緑間の分かりやすいノートとは比べものにならないが、珍しく真司がノートをまとめたのだ。
それは決して、赤司に言われたからだけではない。
「この赤点常習犯め」
「うっせ」
補修なんてものが入ったら、それを口実にもっと部活に来なくなってしまうだろう。
青峰が変わってしまった、その切っ掛けは間違いなくバスケにある。だからこそ、青峰にはバスケから離れて欲しくなかった。
「ほら、勉強するよ」
「…」
「青峰君?」
青峰の部屋にある小さなテーブルの上に文房具を出す。
テーブルの下には青峰がよく見ているグラビア雑誌。脇には散らかった服やら漫画やら。
こんな部屋に桃井が訪れることがあるのかと思うと、無性にやるせない気持ちになる。
若干の嫉妬心もあるが。
「きったない部屋だな、もう…。こんなだから勉強する気も起きないんだよ」
「…本当に、勉強すると思ってんのか?」
「はぁ?」
青峰から視線を逸らしていた真司の肩に手が乗せられた。
青峰が今考えていることは、なんとなく分かっていた。
そもそも、あんなことがあった後だ。部屋で二人きり、そんな状況で何も起きないはずがない。
「勉強しないなら帰るよ」
「ハッ、帰さねーよ」
青峰の体重が真司の細い肩にかかる。ぐらりと体が傾けば、視界がぐるっと回った。
がつんと打った頭への痛みより、掴まれている肩の方が痛い。
「痛い…」
「ヤらせろ」
「…絶対に嫌だ」
「ま、力づくでもヤるけどな」
にっと口の端を上げた青峰の手が真司の服を掴んだ。
着ていたカーディガンから与えられる温もりが離れて、部屋の中とはいえ体が寒さを感じる。
抵抗しようと青峰の手を掴んでも簡単に弾かれて。
(ちょっと待て、やばい。本当にやられる…!)
こんな形で青峰と体を重ねたくなんてない。
首をぶんぶんと横に振っても、目に涙が溜まっても青峰の心は変わらない。
「嫌だってば…!」
大きな声を出して、小さな体で抵抗する。
それでも、青峰の手によって服がたくし上げられて、胸までが露わになってしまった。
途端に青峰の動きが止まった。
「…?」
買い物に出かけたという家族は今この家にいない。なら急に止まった理由はどこに。
安堵しながら青峰を見上げた真司は、その青峰の様子に目を丸くした。
「…男同士って、どうやってヤんだ?」
静かに広がる沈黙。
その問いは、今この部屋に広がっていた空気を完全に吹き飛ばす威力を持っていた。
「いや、無理しなくていいって」
「だって、オレだけしてねぇんだろ!?んなのズリィよ!」
「そんなことないって」
つまり、青峰は真司の体どうこうでなくて。ただ自分が仲間外れなのが嫌だった、ということか。
真司は今の状況を理解しきれず、ゆっくりと青峰の体の下から身を引いた。
「んでだよ…あいつらが良くてオレが駄目な理由ってなんだよ…」
「あー…そんなことも分かんないの、君は」
「わっかんねーよ!だって、オレはお前の一番だろ!?」
「は?」
何故か正座のような体勢になっている青峰が声を荒げている。
「えーっと…つまり?」
「ヤらせろ」
「違うだろ!」
軽く青峰の頭をグーで殴る。
さっきまで獣のような大男だったのに、今はどうだろう。
頭を押さえて、涙目をこちらに向けてくるのこの男はなんなんだ一体。
「青峰君、俺は青峰君のこと大好きだよ」
「んなこと知ってるっつの」
それが分かっていて、赤司の真司への告白を聞いていて、何故分からないのか。
真司の勘が正しければ、今の青峰の訴えは嫉妬だ。そして嫉妬をするということはつまり。
(自惚れ、じゃないよな)
真司は暫くどうしたもんかと頭をかいて、それから膝の上できつく握り締められている青峰の手に自分の手を重ねた。
「俺とさぁ、青峰君を繋いでるものってなんだと思う?」
「あ?下ネタか?」
「違うし!バスケだよ、バスケ!」
自分でそう言ってしまうのはなんとも寂しいものだが。他の皆と違って心が通じ合っていない今、それが一番の繋がりだろう。
青峰は怪訝そうに真司を見て、眉間に寄るシワを深くした。
「だから、その…青峰君がその答えに気付いて、その時にバスケを続けてたら。その時は青峰君のモノになるよ」
「脅迫じゃねーか」
「それまでにやり方くらい学んどいてよ」
「…お、おう」
本当は真司だって青峰が欲しいのだ。
赤司と黄瀬と紫原と緑間と。これだけ大好きな人がいても、まだ欲しいと思う。
誰よりも、最初に欲しいと思った人。
いろいろとあったが、やはり青峰の傍は居心地が良いのだ。他の誰よりも。
「あれ…?」
違う。一人忘れている。
「そういえば…最近テツ君って何してるのかな」
「あ?さーな」
どうして忘れていたのだろう。
部活が無いから、は言い訳にならない。黒子とはよく昼食を一緒にしたし、相談だってしてもらっていた。
「月曜からさ、また昼一緒に食べようよ。テツ君と一緒に」
「気が乗ればな」
バスケだけが繋がりなんて、そんなのごめんだ。
青峰の隣にいたい。一緒にバスケをしたい。もっと、もっと近くに。
というわけで。
「じゃあ勉強しよっか」
「んな気分じゃねーよ」
「じゃあ帰る」
「…」
真司の一言に青峰はあからさまに不機嫌になって。しかし、素直に横に座ってくれた。
嫌そうにしているが、あとはテストで赤点を取らない程度の対策をとるだけだ。
青峰との距離を縮めてその横に寄り添う。
愛なんてもらえなくたっていい。今はこの距離が嬉しかった。
・・・
無事に期末テストは終了した。
奇跡的に、青峰は一つも赤点を取らなかったらしい。中学生活初めてだというから驚きだ。
感謝の印として桃井から手作りクッキーを頂いたが、命が惜しいなら食べるなと赤司に言われてしまった。
ちなみに一口食べてみたが、その後暫くの記憶が無い。もうそれ以外は有難く眺めるだけに留めた。
「烏羽君は本当にすごいです」
「いやホント、俺頑張ったもん」
そんな試験明けの昼休み。
久しぶりに真司は黒子と青峰と共にしていた。
「青峰君ってば集中力続かな過ぎでさぁ、すーぐそれるから」
「うっせ、楽しくねーんだから仕方ないだろ」
「烏羽君に勉強教えてもらっておいて、贅沢ですよ青峰君」
「あ?」
「今回も学年トップだったんですよね、烏羽君」
そう、青峰の面倒を見ていたせいで勉強はいつも以上にしていなかった。
しかし教える為にノートをまとめたり、緑間のノートを見たりとしているうちに学力はついていたらしい。
結果、今回は赤司に並んでトップだ。
「緑間君の悔しそうな顔が目に浮かぶよ」
「そうですね」
ふふっと黒子が目を細めて笑う。
黒子はやっぱり可愛くて綺麗で、それでいてどこか儚げで。
真司は自分の膝の上に置かれた弁当を黒子の方に差し出していた。
「烏羽君?」
「テツ君、全然食べてないじゃん。なんか好きなの食べていいよ」
「お、まじかよ」
「青峰君には言ってないから」
伸ばしてきた青峰の手を弾いて、黒子を見つめる。
黒子は暫くその弁当の中身を見てから、真司に視線を向けた。
「…烏羽君の手作りですか?」
「あ、うん。一応」
「では、せっかくなので頂きますね」
昨夜は久々に黄瀬宅へと帰った。
お世話になっておいて、弁当まで作らせるなんてそんなことはしない。
いつの間にか馴染んでしまった台所を借りて作った弁当は、真司の自信作ばかり入っている。
その中から、黒子は卵焼きを手でつかみ取った。
「有難うございます。美味しいです」
「それは良かった」
「今度、お礼にゆで卵をご馳走しますね」
黒子に釣られて真司も何気なく卵焼きを口に運ぶ。
顔がほころぶのは、それが美味しいからではなく。こんな穏やかな時間が懐かしくて。
「青峰君も、一個どうぞ」
「お、さんきゅー真司」
差し出しされた弁当から、青峰は容赦なく残り一つのから揚げを取る。
それでも本当に美味しそうに食べるから、不満なんて無い。
顔が緩みそうになる。それを隠す為に俯いた真司の耳に、キィ…という鈍い音が入った。
「烏羽、探したのだよ」
「緑間君?」
声の方に顔を向ければ、緑間が真面目な顔をして立っている。
春とはいえ、まだ冬の余韻を残した空気はひやりと寒くて。そんな屋上にわざわざ来るとは、余程のことだろうか。
「お前に話があるのだよ」
「…それって、良い話?悪い話?」
「安心しろ、良い話なのだよ」
「試験の点の話?」
「それについては言及しないで欲しいのだよ…!」
真司は弁当を青峰の方に滑らせてから、ぱっと立ち上がった。
少しだけ名残惜しいが、別に今日だけのイベントではない。
これからも、毎日一緒に過ごすのだから。
「じゃ、ごめん。先戻るね」
「はい。いってらっしゃい」
二人を置いて緑間の方へ駆け寄る。
近付いて見上げた緑間の顔は、思いの外優しく緩んでいた。
「青峰君、君はいつから緑間君に敵対心を剥き出しにするようになったんですか」
真司のいなくなった屋上で、ぽつりと黒子が呟く。
視線の先は真司の去っていった出入口に向けられたまま。
「だってよぉ、あいつ等…」
「はい」
「…あれ、テツって、真司と」
「違いますよ」
会話になっているのかも怪しい、内容の見えないやり取り。
それで何を確認し合ったか、青峰は弁当を手に取って、黒子は本に視線を落とした。
「羨ましいとは思いますが」
「へー…」
そう言う黒子はやはり無表情で。しかし、青峰は気付いていた。
「テツ、それ読んでんの?」
「あ」
完全に表紙の文字が上下逆になっている。
表情に出ないものの、黒子も何か思うところがあるということか。
青峰は残りの弁当の中身を喰らい尽くすと、仰向けに体を寝かせた。
「なんで、オレじゃ駄目なんだ…」
「青峰君がアホだからじゃないですか」
「あ?んだよそれ」
どうしてこんなにも手に入れたいと思うのだろう。
その答えを導き出すことは、まだ出来そうになかった。