黒バス(2012.10~2017.12)
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光が遠ざかっていく。
泣きたいほど辛くて、必死になって追いかけても全然追い付かなくて。
それでも暫く走り続けていると、果てない道の途中に誰かがぽつんと立っていた。
『…誰?』
問いかけても返事はない。
知っている人だ、という自覚はあるのに誰かは分からない。
影のように黒くてぼんやりしているその人は、そのまますっと消えてしまった。
『行かないで…!』
それは光に言ったのか影に言ったのか。
しかし、真司はどちらも掴み取ることが出来なかった。
・・・
「っ!」
ぱっと目を開ける。
胸が痛くて、涙が流れた。たかが夢、そう吐き捨てるにはあまりにも鮮明で。
「おはよう、真司」
「あ、赤司君…」
「真司?怖い夢でも見たのか?」
怖い夢、だったのだろうか。
あまりにもリアルな感覚が真司に残っている。
「俺の目の前から…光と影が消えた」
「光と、影…」
「離れたくなかったのに…っ」
横で真司の頭を撫でた赤司の胸へと擦り寄る。
暖かくて、愛しい。この感覚は、夢で見た光からも感じた。
「赤司君は…離れていかないよね?」
「当たり前だろう」
「よかった…」
ずきずきと胸が痛む。
それを少しでも緩和したくて、真司は赤司の背中に手を回して、ぎゅっと抱きついていた。
そんなことで解消されないことだということに気付きながら。
・・・
赤司と二人で学校へ行き、昇降口で分かれた。赤司とは大きくクラスが離れている。
どうしても、ここで二人は別々になってしまうのだ。
脱いだ靴を揃えて下駄箱に入れる。
振り返ると、そこに背の高い男が立っていた。
「…黄瀬君」
「はよっス、真司っち」
その黄瀬の表情と様子に、既に嫌な予感は感じ取っていた。
嫌な予感、なんて。事前に分かったところで対処することなんか出来やしないのに。
「真司っち、まだHRまで時間あるし…ちょっといいスか」
黄瀬の手は、丁度すぐそこにある使われていない教室を指していた。
拒否する理由は無い。真司は小さくこくりと頷いて黄瀬の後に続いた。
横開きのドアがからからと音を立てる。
ぱたんと閉まった瞬間、真司は肩にかける鞄をぎゅっと掴んだ。
「ねぇ、真司っち。あんた…赤司っちのものになったんスか」
重たい声が教室に響く。教室の端まで歩いて行った黄瀬が、窓際で振り返った。
いつもに増して真剣な面持ちだ。
「…そう、かもしれない」
「なんだよそれ。オレは?結局オレとはお遊びたったってことスか?」
「…分かんない」
「違うって、言ってくれないんスね」
哀しみと怒りとが混ざったような表情。
黄瀬のことは間違いなく好きだ。
しかし、それが愛かと言われるとまだ答えられなかった。
抱かれたのも、快楽が欲しかっただけなのかもしれない。
「真司っち、いい加減はっきりさせよう」
「はっきり…」
「そう。オレの恋人になるか、ならないか」
黄瀬の目がじっと真司を見つめている。
真司はゆっくりと黄瀬に近付いていった。
「真司っち。オレの恋人になって下さい」
「…」
「無理なら無理って言って。そしたらもう諦めるから」
黄瀬と緑間は少し似ているのかもしれない、ふとそう思った。
体の関係を持って、友達でいることは出来ない。つまり、緑間も恋人という関係を望んでいたのだろう。
その緑間の気持ちにも、まだ応えていないままだ。
「…恋人って、何?今と何か違うの…?」
「ま、大して違わないっスね。でも、真司っちは赤司っちを愛してるんでしょ。オレへの思いと、それは違う?」
「違う…?」
分からない。
結局答えはいつも、分からないのだ。
「俺は…黄瀬くんの望むものにはなれないよ…」
「…分かった。じゃあもう終わりにする」
黄瀬の表情が無くなった。
そのまま真司の横を通り過ぎて行く。
「黄瀬君?」
「時間取らせてごめんね、真司っち」
「う、ううん」
からから、と来たときと同じ音で黄瀬が出て行く。
何かおかしい。これは、本当に真司が望んだ結果なのだろうか。
頭の上でチャイムが鳴り始める。もうすぐHRが始まる合図だ。
まだ考えたいことはあったが、真司は自分の教室へと向かって歩き出した。
教室に着くと、すぐにチャイムが再び鳴った。
教壇に立った教師が名簿を片手に出席を取り始める。
「青峰ー。青峰はサボりか?」
サボりだと思いまーす。
誰かがそう答えて、教師は呆れ気味のため息を吐き出した。
斜め後ろに座っているはずの大きな男がそこにいない。
恐らく適当に言った教師と生徒の予想は当たっていることだろう。
「…俺のせい、だ」
「烏羽?何か知ってるのか?」
「いえ、ちょっと喧嘩して。俺に会いたくないのかもしれません」
「女子か」
教師の突っ込みにちらほらと笑い声が漏れる。
喧嘩、したわけではない。しかし、青峰がいない原因は寝坊でない限りは真司にあるだろう。
幻滅されたか、気持ち悪いと思われたか。
どうであっても、今まで通りの友達ではいられない。
「…」
胸が抑えつけられる思いがした。青峰が自分に笑顔を見せてくれなくなったら、こちらに振り向いてくれなくなったら。
それは余りにも辛くて、人目もはばからず今にも泣きたくなる。
(俺は一体どうしたいんだよ)
赤司が好きで、受け入れた。
じゃあ青峰は。赤司に告げた、皆が好きだという思いは。
真司は教師の朝の言葉を全て耳に入れず、腕に頭を乗せて目を閉じた。
頭の中には青峰のことと黄瀬のこととがぐるぐると巡っていた。
・・・
その日以降、真司の前から青峰と黄瀬が消えた。
青峰はほとんど学校に来なくなって。来たとしても真司に笑いかけてはくれなくなった。
それだけでも真司の心を傷つけるには十分過ぎる程なのに、更に黄瀬がそれに追い打ちをかけた。
「黄瀬君、彼女出来たって」
「しかも一年の女の子」
「うっそ!なんで!?」
真司もすぐに知ることになった、黄瀬の彼女の話。
真司と黄瀬が話して、二日後のことだった。
あれ程好きだと言って来たくせに、そんなにあっさりと彼女を作るなんて。
と文句を言う権利など、真司には無いのだが。
それだけなら、まだ良かった。
「あ、黄瀬君。なんで彼女なんか」
「真司っちには関係ないっしょ」
「そう、だけど…」
「まだ何か用?」
「…いえ」
会ってすぐの時のような、そっけない態度。
自分に向けていたのと同じような愛情を一年の女子へと注ぐ黄瀬の姿。
それが突き刺すように痛くて、辛くて。
「…烏羽、一体何をしたのだよ」
「何もしてない…」
「そんなはずがないだろう。黄瀬があんな風になるとは…どう考えてもお前が」
「本当に、何も…何もしてあげられなかったんだ…っ」
部活が終わった途端に女の子と帰って行った黄瀬。
それには誰もが不審に思った。何も言わない赤司は、恐らく全て察したのだろう。
「烏羽、オレ達も帰るぞ」
「…うん」
赤司は、あえて何も言うことは無かった。
恐らく赤司にとってはどっちに傾いてもいい問題だったのだろう。
真司の黄瀬の関係が無くなったとしても、二人が結ばれたとしても。
ギスギスした空気を残したまま、三日が経った。
青峰は時々学校に来て、適当なタイミングで帰って行った。
黄瀬は、相変わらず彼女と宜しくやっているらしい。
そんな光景を真司も見かけることがあったが、ごく普通のカップルが出来上がっていた。
「…、っ」
気を緩めると涙が出てきそうで。
その日の昼休み、真司は黒子の元へ向かった。
ここ最近は、黒子ともあまり話せていなかったのだ。繋がりであった青峰がいないせいだろうか。
そう思うと余計に辛くて、真司は廊下を歩きながら首を小さく横に振った。
「あ…烏羽君」
俯いていた真司の目に、すらっとした綺麗な足が映っている。
驚いて顔を上げれば、バスケ部のマネージャーである桃井が立っていた。
「桃井さん。こんにちは」
「あ、うん、こんにちは」
桃井は何やら眉をひそめて手と手を擦り合わせている。
あまり親しい仲では無いが、何か言いたいことがあるのだろうということくらいは察することが出来た。
「どうかしたの?」
「あ…青峰君のことなんだけど」
「…青峰君」
桃井と青峰は幼馴染で、部活の間も親しく、というよりは日頃から桃井が青峰を世話しているように見えた。
まさしく今も、桃井は青峰の心配をしているのだろう。
真司は申し訳なさから、顔を再び下げた。
「青峰君、烏羽君に何かしたんじゃない?」
「え?」
「最近、全然来ないでしょ?実は、すごく落ち込んでるみたいなの。烏羽君に何かしたの、後悔してるんじゃないかなって」
「落ち込んで…?」
桃井の言葉に、真司は顔を上げて目を丸くした。青峰が落ち込む要素はどこにも無いはずだ。
「違うよ。多分青峰君は…俺に会いたくなくて…幻滅、してて」
「え?そんな感じには見えなかったけど…」
「ホント、そうなんだ。桃井さん、ごめんね」
ぺこ、と頭を下げると、桃井は逆に申し訳なさそうに顔を歪ませてしまった。
俯いて、きゅっと唇を噛んでいる桃井を、どうしたら笑わせてあげられるのか分からない。
「烏羽君…青峰君のこと、嫌いにならないでね」
「何、それ。有り得ないよ。大好きだもん」
「そっか、良かった!」
桃井は眉を下げたままにこっと笑った。
しかし、その笑顔も笑顔とは言えないものだった。
「じゃあ、桃井さん。また」
「うん。なんか、変なこと言ってごめんね」
ぱっと何も無かったかのように手を振って分かれる。
このままでは駄目だ、そう思ってはいるのに、真司にはどうするのが最善なのか何も考えが浮かばなかった。
だからこそ、黒子の元に行くんだ。
真司は黒子のいるだろう教室に行き、中を覗き込んだ。
「烏羽君?」
「あ、テツ君…!」
思いの外黒子は近くにいた。
扉寄りの壁際。今の黒子の席はそこにあるようだ。真司が影の薄い黒子を必死になって探す前に、黒子の方が真司に気付いてくれた。
「今日は人が良く訪れる日ですね」
「え?」
「先程桃井さんも来たんですよ」
黒子の言葉にまたズキンと胸が鳴る。
それに、黒子が気付いてしまった。
「…桃井さんに会いました?」
「うん。俺…どうしよう。青峰君に、嫌われたかもしれない…」
「それはないと思いますが」
「黄瀬君にも…酷いこと…」
途端に何かが切れたかのように溢れ出す感情と涙。
驚いたように目を丸くした黒子は、真司を外に連れ出した。
真司の手を引いて、階段を降りて行く。
人気の少ない廊下に出ると、足を止めた黒子が真司の顔を見つめて目を細めた。
「…何があったのかは知りません。ですが…まずは泣いたらどうですか」
「も、泣いてるし…っ」
「もっとですよ」
黒子の腕が真司の体を抱き寄せて、肩口に顔を押し当てる。
「テツ君も、ごめん…っ、俺が、皆、みんな…っ」
「青峰君と黄瀬君のことですか?」
「ん…」
自分が招いたことで、二人が離れていって。結果二人を傷つけ自分も傷ついた。優柔不断で、自分勝手で。いいところなんて一つも見当たらない。
「黄瀬君…あんな風になるなんて…っ。俺のこと、好きって…言ってくれたのに…」
「そう、ですね」
黒子は頷きながら、真司の背中を優しく撫でた。
こんなこと、黒子に話して巻き込むようなものではないのに。その親身さと優しさに少し落ち着いて、真司は顔を上げた。
「テツ君も、ごめん…ね」
「そうですね。とりあえず黄瀬君の面倒臭さが異常なので、なんとかしてください」
「な、なんとかって…」
「好きでしょう、君は。黄瀬君を」
黒子の澄み切った目が、真司をじっと捕らえて離さない。
「黄瀬君が彼女をつくったと知ってどう思ったんですか。黄瀬君が彼女さんと親しくしているところを見てどう思ったんですか」
「…か、悲しかったよ。なんでって、俺のこと、好きだったのにって…」
「それが答えじゃないんですか、烏羽君」
にこっと黒子が優しく微笑んだ。
黄瀬が自分を見なくなって、見て欲しくて、女の子に嫉妬して。
黄瀬に、自分を見て欲しいと思った。
「そう、だったんだ」
「そうですよ」
「黄瀬君を、取り戻さなきゃ」
「えぇ、早くそうして下さい」
真司はぱっと立ち上がって駆け出した。
赤司への気持ちに気付いたときと同じくらいすっきりとしている。
黄瀬をどうしたら取り返せるか分からないけれど、今はそれだけを考えていた。
週末。
期末テストの時期がやってきた。部活は一週間無いのだそうだ。
なんとも都合の良い展開だ。
「桃井さん、有難う」
「いいけど…こんなもの何に使うの?」
「ちょっと、ね」
昼休みに事前に声をかけていた桃井に紙袋を受け取り、その中身を確認する。
可愛らしい、桃井が着たら相当似合うのだろうと思える服。
真司は放課後のHRをサボり、素早くそれに着替えた。そうしたら、後は待つだけだ。
「俺、どうかしてるな…」
乾いた笑いが喉から出る。
ここまでする意味なんてない。ただ、黄瀬の今の彼女に、それから黄瀬涼太を好いている女達に思い知らせたかったのだ。
「黄瀬君は…俺のだ」
チャイムが鳴り響き、少しずつ生徒達が帰宅し出す。
そんな人通りの良い校門に、真司は一人で立っていた。
風が吹く度に揺れるスカートに足を擦らせながら、通り過ぎる人々の視線を俯くことで回避する。
既にバスケ部には顔が知れてしまっている。
薄くメイクしているとは言え、もしかしたらバレるかもしれない。
そんときゃそん時だ。
そんなことを考えながら暫く待っていると、校舎の方から黄瀬の声が聞こえてきた。
それに、とくんと胸が跳ねたのを感じながら、真司は一歩前に出る。
「黄瀬君、待って」
黄瀬は真司の存在に気付くと、酷く驚いた顔を浮かべた。
真司がこんな目立つところで女物の服なんか着ているからだ。
それでも、久々に見れた黄瀬の自然な表情に、真司は少し嬉しくなっていた。
「何スか、あんた。何してんスか、こんなとこで」
「黄瀬君…なんで、そんな子と付き合ってんの」
女の子の顔が引きつったのが分かった。
黄瀬の服をぎゅっと掴んで、何この子、そんなことを言いたげな視線をこちらに向けている。
「黄瀬君、俺のこと好きでしょ」
「はぁ?何言ってんスか。今更」
「俺の方が黄瀬君のこといっぱい知ってる。足の先から頭の上まで全部全部。そんな子よりずっと…黄瀬涼太を愛してるよ」
思ったことが口から全部出て行く。
周りの視線も、ガヤも気にならない。黄瀬だけをじっと見つめていた。
黄瀬の表情は変わらない。無表情のまま、真司を見ているようで見ていない。
「黄瀬君、俺のこと見てよ…!また俺のこと愛してよ…っ」
大きな声を出したつもりだったのに、嗚咽でほとんど擦れていた。ぼろぼろと涙が流れ出して、息が上手く吸えない。
こんな場面で泣くなんて、恰好だけじゃなく心から女の子みたいだ。それでも。
「ごめん、ごめんなさい…っ、俺、もう迷わないからッ…、黄瀬君の、恋人にしてよ…」
「調子良すぎっスよ、あんた」
「っ、そうだよ…。今更って、分かってる。でも…黄瀬君が、まだ俺のこと好きって信じてる」
「はぁ…馬鹿だよ、ほんっと」
呆れたと言わんばかりの黄瀬のため息に、真司の顔は完全に下を向いた。
辺りから、修羅場だの週刊誌の子だの細かい声がたくさん耳に入ってくる。
「どうせ、あんたの中の一番にはなれないんでしょ」
「一番は、一人じゃなきゃ駄目…?」
「そーいうとこ、ホント卑怯っスよ。オレにとっちゃ、あんたが一番なのに」
「…え」
黄瀬の手が、後ろにいた女の子を振り払った。
「悪いけど、あの子の言うこと全部ホントなんスよ」
茫然としてしまった女の子に、それが彼女だったのか疑う程に軽く頭を下げて。
黄瀬は真司の方へ近付いてきた。
「待ってたっスよ」
「…黄瀬く」
「行こう」
黄瀬の手が、真司の肩を抱き寄せた。
ぎゅっと強く、それがもう離さないと言っているようで。それに応えるように、真司も黄瀬に体を密着させた。
黄瀬は慣れた様子で野次馬をすり抜けて行く。
その間もずっと、真司は黄瀬の腕にしがみ付いていた。
周りが静かになるまで、暫く歩き続けた。
興味本位で追いかけてくる男子や、恋心故に追いかけてくる女子。
それを全て撒いた頃には、離れた場所にある公園にまでたどり着いていた。
「ふー。ここまで来れば平気っスかね」
「…黄瀬君、ごめんなさい」
「ホントっスよ。オレ結構落ち込んだんスから」
「明日、きっと大騒ぎだよ」
「あ、そっち」
ベンチに腰かけて、ふぅっと息を吐く。
一週間も経ってない。しかしここに戻ってくるまで長かった気がする。
重なる手の暖かさが、取り戻すことが出来たのだという安心感を真司に与えていた。
「ね、今日…黄瀬君ち行きたい」
「そのつもりっスよ」
「黄瀬君…俺、気付くの遅くてごめんね」
「もういいっスよ」
黄瀬も傷つけて、全く関係ない女の子まで巻き込んでしまった。
きっと、黄瀬はさっきの子を愛してなどいなかった。真司がこうなることを分かっていたのだろう。
二人は、どちらともなく顔を寄せて口付けし合った。
「黄瀬君…」
「真司っち」
「もう離れてかないでね」
「勿論っスよ」
黄瀬の手が真司の頬を包む。真司は素直に擦り寄った。
最初から黄瀬のことを愛していた。この暖かさは、初めから感じていたものだ。
「黄瀬君、ごめんね…ごめんなさい…」
「なら愛してるってもう一回言ってよ」
「あ…愛してる、黄瀬君」
「なーに恥ずかしがってんスか」
体まで重ねた仲の癖に。
その黄瀬の言葉に、今の状況が不思議に思えてくる。
順序がめちゃくちゃで、でもちゃんとここに到着した。
「黄瀬君…俺…」
「なんでまた泣くんスか。化粧落ちちゃってるっスよ」
「目…痛い」
「え!?」
黄瀬の腕に掴まったまま再び歩き出す。
目の痛さなんか気にならない程、今の真司は満たされていた。
・・・
週刊誌が賑わう中、何故か真司の存在はバレていなかった。
以前よりも酷い取材と女子の勢いにやられた黄瀬に対し、真司はいつも通りの日常。
そんな中、真司は苦労しっぱなしの黄瀬と共に赤司の元を訪れていた。
「というわけで…。暫く黄瀬君にお世話になろうと思うのですが」
黄瀬を横に携え赤司を前にする。
こういうとき、黄瀬はなんとも頼りにならない。
バスケ部への参加が同時期なもの同士、どうしても赤司には顔が上がらないのだ。
「まあ予想の範囲内だな」
「赤司君…」
「真司がそうしたいのなら、そうすればいい」
「う、」
「ちょ、真司っち!なんで迷ってるんスか!」
やはり赤司が好きだ、と惚けそうになる。
しかし隣に立つ黄瀬を見上げればやはり愛しくて。
「俺、こんな幸せものでいいのかな」
「真司っち…」
「お前はもっと幸せになっていいんだからな、真司」
「…ありがとう」
二人の思いが嬉しい。嬉しくて、大事なことを忘れていた。
「ところで黄瀬、お前試験勉強はしているのだろうな」
「…!そ、れは真司っちに教えてもらうっス…」
「いや、真司、お前は青峰に勉強を教えてやってくれ」
「え…!?」
青峰大輝。
彼との距離は広がったまま、何も解決されていなかった。
泣きたいほど辛くて、必死になって追いかけても全然追い付かなくて。
それでも暫く走り続けていると、果てない道の途中に誰かがぽつんと立っていた。
『…誰?』
問いかけても返事はない。
知っている人だ、という自覚はあるのに誰かは分からない。
影のように黒くてぼんやりしているその人は、そのまますっと消えてしまった。
『行かないで…!』
それは光に言ったのか影に言ったのか。
しかし、真司はどちらも掴み取ることが出来なかった。
・・・
「っ!」
ぱっと目を開ける。
胸が痛くて、涙が流れた。たかが夢、そう吐き捨てるにはあまりにも鮮明で。
「おはよう、真司」
「あ、赤司君…」
「真司?怖い夢でも見たのか?」
怖い夢、だったのだろうか。
あまりにもリアルな感覚が真司に残っている。
「俺の目の前から…光と影が消えた」
「光と、影…」
「離れたくなかったのに…っ」
横で真司の頭を撫でた赤司の胸へと擦り寄る。
暖かくて、愛しい。この感覚は、夢で見た光からも感じた。
「赤司君は…離れていかないよね?」
「当たり前だろう」
「よかった…」
ずきずきと胸が痛む。
それを少しでも緩和したくて、真司は赤司の背中に手を回して、ぎゅっと抱きついていた。
そんなことで解消されないことだということに気付きながら。
・・・
赤司と二人で学校へ行き、昇降口で分かれた。赤司とは大きくクラスが離れている。
どうしても、ここで二人は別々になってしまうのだ。
脱いだ靴を揃えて下駄箱に入れる。
振り返ると、そこに背の高い男が立っていた。
「…黄瀬君」
「はよっス、真司っち」
その黄瀬の表情と様子に、既に嫌な予感は感じ取っていた。
嫌な予感、なんて。事前に分かったところで対処することなんか出来やしないのに。
「真司っち、まだHRまで時間あるし…ちょっといいスか」
黄瀬の手は、丁度すぐそこにある使われていない教室を指していた。
拒否する理由は無い。真司は小さくこくりと頷いて黄瀬の後に続いた。
横開きのドアがからからと音を立てる。
ぱたんと閉まった瞬間、真司は肩にかける鞄をぎゅっと掴んだ。
「ねぇ、真司っち。あんた…赤司っちのものになったんスか」
重たい声が教室に響く。教室の端まで歩いて行った黄瀬が、窓際で振り返った。
いつもに増して真剣な面持ちだ。
「…そう、かもしれない」
「なんだよそれ。オレは?結局オレとはお遊びたったってことスか?」
「…分かんない」
「違うって、言ってくれないんスね」
哀しみと怒りとが混ざったような表情。
黄瀬のことは間違いなく好きだ。
しかし、それが愛かと言われるとまだ答えられなかった。
抱かれたのも、快楽が欲しかっただけなのかもしれない。
「真司っち、いい加減はっきりさせよう」
「はっきり…」
「そう。オレの恋人になるか、ならないか」
黄瀬の目がじっと真司を見つめている。
真司はゆっくりと黄瀬に近付いていった。
「真司っち。オレの恋人になって下さい」
「…」
「無理なら無理って言って。そしたらもう諦めるから」
黄瀬と緑間は少し似ているのかもしれない、ふとそう思った。
体の関係を持って、友達でいることは出来ない。つまり、緑間も恋人という関係を望んでいたのだろう。
その緑間の気持ちにも、まだ応えていないままだ。
「…恋人って、何?今と何か違うの…?」
「ま、大して違わないっスね。でも、真司っちは赤司っちを愛してるんでしょ。オレへの思いと、それは違う?」
「違う…?」
分からない。
結局答えはいつも、分からないのだ。
「俺は…黄瀬くんの望むものにはなれないよ…」
「…分かった。じゃあもう終わりにする」
黄瀬の表情が無くなった。
そのまま真司の横を通り過ぎて行く。
「黄瀬君?」
「時間取らせてごめんね、真司っち」
「う、ううん」
からから、と来たときと同じ音で黄瀬が出て行く。
何かおかしい。これは、本当に真司が望んだ結果なのだろうか。
頭の上でチャイムが鳴り始める。もうすぐHRが始まる合図だ。
まだ考えたいことはあったが、真司は自分の教室へと向かって歩き出した。
教室に着くと、すぐにチャイムが再び鳴った。
教壇に立った教師が名簿を片手に出席を取り始める。
「青峰ー。青峰はサボりか?」
サボりだと思いまーす。
誰かがそう答えて、教師は呆れ気味のため息を吐き出した。
斜め後ろに座っているはずの大きな男がそこにいない。
恐らく適当に言った教師と生徒の予想は当たっていることだろう。
「…俺のせい、だ」
「烏羽?何か知ってるのか?」
「いえ、ちょっと喧嘩して。俺に会いたくないのかもしれません」
「女子か」
教師の突っ込みにちらほらと笑い声が漏れる。
喧嘩、したわけではない。しかし、青峰がいない原因は寝坊でない限りは真司にあるだろう。
幻滅されたか、気持ち悪いと思われたか。
どうであっても、今まで通りの友達ではいられない。
「…」
胸が抑えつけられる思いがした。青峰が自分に笑顔を見せてくれなくなったら、こちらに振り向いてくれなくなったら。
それは余りにも辛くて、人目もはばからず今にも泣きたくなる。
(俺は一体どうしたいんだよ)
赤司が好きで、受け入れた。
じゃあ青峰は。赤司に告げた、皆が好きだという思いは。
真司は教師の朝の言葉を全て耳に入れず、腕に頭を乗せて目を閉じた。
頭の中には青峰のことと黄瀬のこととがぐるぐると巡っていた。
・・・
その日以降、真司の前から青峰と黄瀬が消えた。
青峰はほとんど学校に来なくなって。来たとしても真司に笑いかけてはくれなくなった。
それだけでも真司の心を傷つけるには十分過ぎる程なのに、更に黄瀬がそれに追い打ちをかけた。
「黄瀬君、彼女出来たって」
「しかも一年の女の子」
「うっそ!なんで!?」
真司もすぐに知ることになった、黄瀬の彼女の話。
真司と黄瀬が話して、二日後のことだった。
あれ程好きだと言って来たくせに、そんなにあっさりと彼女を作るなんて。
と文句を言う権利など、真司には無いのだが。
それだけなら、まだ良かった。
「あ、黄瀬君。なんで彼女なんか」
「真司っちには関係ないっしょ」
「そう、だけど…」
「まだ何か用?」
「…いえ」
会ってすぐの時のような、そっけない態度。
自分に向けていたのと同じような愛情を一年の女子へと注ぐ黄瀬の姿。
それが突き刺すように痛くて、辛くて。
「…烏羽、一体何をしたのだよ」
「何もしてない…」
「そんなはずがないだろう。黄瀬があんな風になるとは…どう考えてもお前が」
「本当に、何も…何もしてあげられなかったんだ…っ」
部活が終わった途端に女の子と帰って行った黄瀬。
それには誰もが不審に思った。何も言わない赤司は、恐らく全て察したのだろう。
「烏羽、オレ達も帰るぞ」
「…うん」
赤司は、あえて何も言うことは無かった。
恐らく赤司にとってはどっちに傾いてもいい問題だったのだろう。
真司の黄瀬の関係が無くなったとしても、二人が結ばれたとしても。
ギスギスした空気を残したまま、三日が経った。
青峰は時々学校に来て、適当なタイミングで帰って行った。
黄瀬は、相変わらず彼女と宜しくやっているらしい。
そんな光景を真司も見かけることがあったが、ごく普通のカップルが出来上がっていた。
「…、っ」
気を緩めると涙が出てきそうで。
その日の昼休み、真司は黒子の元へ向かった。
ここ最近は、黒子ともあまり話せていなかったのだ。繋がりであった青峰がいないせいだろうか。
そう思うと余計に辛くて、真司は廊下を歩きながら首を小さく横に振った。
「あ…烏羽君」
俯いていた真司の目に、すらっとした綺麗な足が映っている。
驚いて顔を上げれば、バスケ部のマネージャーである桃井が立っていた。
「桃井さん。こんにちは」
「あ、うん、こんにちは」
桃井は何やら眉をひそめて手と手を擦り合わせている。
あまり親しい仲では無いが、何か言いたいことがあるのだろうということくらいは察することが出来た。
「どうかしたの?」
「あ…青峰君のことなんだけど」
「…青峰君」
桃井と青峰は幼馴染で、部活の間も親しく、というよりは日頃から桃井が青峰を世話しているように見えた。
まさしく今も、桃井は青峰の心配をしているのだろう。
真司は申し訳なさから、顔を再び下げた。
「青峰君、烏羽君に何かしたんじゃない?」
「え?」
「最近、全然来ないでしょ?実は、すごく落ち込んでるみたいなの。烏羽君に何かしたの、後悔してるんじゃないかなって」
「落ち込んで…?」
桃井の言葉に、真司は顔を上げて目を丸くした。青峰が落ち込む要素はどこにも無いはずだ。
「違うよ。多分青峰君は…俺に会いたくなくて…幻滅、してて」
「え?そんな感じには見えなかったけど…」
「ホント、そうなんだ。桃井さん、ごめんね」
ぺこ、と頭を下げると、桃井は逆に申し訳なさそうに顔を歪ませてしまった。
俯いて、きゅっと唇を噛んでいる桃井を、どうしたら笑わせてあげられるのか分からない。
「烏羽君…青峰君のこと、嫌いにならないでね」
「何、それ。有り得ないよ。大好きだもん」
「そっか、良かった!」
桃井は眉を下げたままにこっと笑った。
しかし、その笑顔も笑顔とは言えないものだった。
「じゃあ、桃井さん。また」
「うん。なんか、変なこと言ってごめんね」
ぱっと何も無かったかのように手を振って分かれる。
このままでは駄目だ、そう思ってはいるのに、真司にはどうするのが最善なのか何も考えが浮かばなかった。
だからこそ、黒子の元に行くんだ。
真司は黒子のいるだろう教室に行き、中を覗き込んだ。
「烏羽君?」
「あ、テツ君…!」
思いの外黒子は近くにいた。
扉寄りの壁際。今の黒子の席はそこにあるようだ。真司が影の薄い黒子を必死になって探す前に、黒子の方が真司に気付いてくれた。
「今日は人が良く訪れる日ですね」
「え?」
「先程桃井さんも来たんですよ」
黒子の言葉にまたズキンと胸が鳴る。
それに、黒子が気付いてしまった。
「…桃井さんに会いました?」
「うん。俺…どうしよう。青峰君に、嫌われたかもしれない…」
「それはないと思いますが」
「黄瀬君にも…酷いこと…」
途端に何かが切れたかのように溢れ出す感情と涙。
驚いたように目を丸くした黒子は、真司を外に連れ出した。
真司の手を引いて、階段を降りて行く。
人気の少ない廊下に出ると、足を止めた黒子が真司の顔を見つめて目を細めた。
「…何があったのかは知りません。ですが…まずは泣いたらどうですか」
「も、泣いてるし…っ」
「もっとですよ」
黒子の腕が真司の体を抱き寄せて、肩口に顔を押し当てる。
「テツ君も、ごめん…っ、俺が、皆、みんな…っ」
「青峰君と黄瀬君のことですか?」
「ん…」
自分が招いたことで、二人が離れていって。結果二人を傷つけ自分も傷ついた。優柔不断で、自分勝手で。いいところなんて一つも見当たらない。
「黄瀬君…あんな風になるなんて…っ。俺のこと、好きって…言ってくれたのに…」
「そう、ですね」
黒子は頷きながら、真司の背中を優しく撫でた。
こんなこと、黒子に話して巻き込むようなものではないのに。その親身さと優しさに少し落ち着いて、真司は顔を上げた。
「テツ君も、ごめん…ね」
「そうですね。とりあえず黄瀬君の面倒臭さが異常なので、なんとかしてください」
「な、なんとかって…」
「好きでしょう、君は。黄瀬君を」
黒子の澄み切った目が、真司をじっと捕らえて離さない。
「黄瀬君が彼女をつくったと知ってどう思ったんですか。黄瀬君が彼女さんと親しくしているところを見てどう思ったんですか」
「…か、悲しかったよ。なんでって、俺のこと、好きだったのにって…」
「それが答えじゃないんですか、烏羽君」
にこっと黒子が優しく微笑んだ。
黄瀬が自分を見なくなって、見て欲しくて、女の子に嫉妬して。
黄瀬に、自分を見て欲しいと思った。
「そう、だったんだ」
「そうですよ」
「黄瀬君を、取り戻さなきゃ」
「えぇ、早くそうして下さい」
真司はぱっと立ち上がって駆け出した。
赤司への気持ちに気付いたときと同じくらいすっきりとしている。
黄瀬をどうしたら取り返せるか分からないけれど、今はそれだけを考えていた。
週末。
期末テストの時期がやってきた。部活は一週間無いのだそうだ。
なんとも都合の良い展開だ。
「桃井さん、有難う」
「いいけど…こんなもの何に使うの?」
「ちょっと、ね」
昼休みに事前に声をかけていた桃井に紙袋を受け取り、その中身を確認する。
可愛らしい、桃井が着たら相当似合うのだろうと思える服。
真司は放課後のHRをサボり、素早くそれに着替えた。そうしたら、後は待つだけだ。
「俺、どうかしてるな…」
乾いた笑いが喉から出る。
ここまでする意味なんてない。ただ、黄瀬の今の彼女に、それから黄瀬涼太を好いている女達に思い知らせたかったのだ。
「黄瀬君は…俺のだ」
チャイムが鳴り響き、少しずつ生徒達が帰宅し出す。
そんな人通りの良い校門に、真司は一人で立っていた。
風が吹く度に揺れるスカートに足を擦らせながら、通り過ぎる人々の視線を俯くことで回避する。
既にバスケ部には顔が知れてしまっている。
薄くメイクしているとは言え、もしかしたらバレるかもしれない。
そんときゃそん時だ。
そんなことを考えながら暫く待っていると、校舎の方から黄瀬の声が聞こえてきた。
それに、とくんと胸が跳ねたのを感じながら、真司は一歩前に出る。
「黄瀬君、待って」
黄瀬は真司の存在に気付くと、酷く驚いた顔を浮かべた。
真司がこんな目立つところで女物の服なんか着ているからだ。
それでも、久々に見れた黄瀬の自然な表情に、真司は少し嬉しくなっていた。
「何スか、あんた。何してんスか、こんなとこで」
「黄瀬君…なんで、そんな子と付き合ってんの」
女の子の顔が引きつったのが分かった。
黄瀬の服をぎゅっと掴んで、何この子、そんなことを言いたげな視線をこちらに向けている。
「黄瀬君、俺のこと好きでしょ」
「はぁ?何言ってんスか。今更」
「俺の方が黄瀬君のこといっぱい知ってる。足の先から頭の上まで全部全部。そんな子よりずっと…黄瀬涼太を愛してるよ」
思ったことが口から全部出て行く。
周りの視線も、ガヤも気にならない。黄瀬だけをじっと見つめていた。
黄瀬の表情は変わらない。無表情のまま、真司を見ているようで見ていない。
「黄瀬君、俺のこと見てよ…!また俺のこと愛してよ…っ」
大きな声を出したつもりだったのに、嗚咽でほとんど擦れていた。ぼろぼろと涙が流れ出して、息が上手く吸えない。
こんな場面で泣くなんて、恰好だけじゃなく心から女の子みたいだ。それでも。
「ごめん、ごめんなさい…っ、俺、もう迷わないからッ…、黄瀬君の、恋人にしてよ…」
「調子良すぎっスよ、あんた」
「っ、そうだよ…。今更って、分かってる。でも…黄瀬君が、まだ俺のこと好きって信じてる」
「はぁ…馬鹿だよ、ほんっと」
呆れたと言わんばかりの黄瀬のため息に、真司の顔は完全に下を向いた。
辺りから、修羅場だの週刊誌の子だの細かい声がたくさん耳に入ってくる。
「どうせ、あんたの中の一番にはなれないんでしょ」
「一番は、一人じゃなきゃ駄目…?」
「そーいうとこ、ホント卑怯っスよ。オレにとっちゃ、あんたが一番なのに」
「…え」
黄瀬の手が、後ろにいた女の子を振り払った。
「悪いけど、あの子の言うこと全部ホントなんスよ」
茫然としてしまった女の子に、それが彼女だったのか疑う程に軽く頭を下げて。
黄瀬は真司の方へ近付いてきた。
「待ってたっスよ」
「…黄瀬く」
「行こう」
黄瀬の手が、真司の肩を抱き寄せた。
ぎゅっと強く、それがもう離さないと言っているようで。それに応えるように、真司も黄瀬に体を密着させた。
黄瀬は慣れた様子で野次馬をすり抜けて行く。
その間もずっと、真司は黄瀬の腕にしがみ付いていた。
周りが静かになるまで、暫く歩き続けた。
興味本位で追いかけてくる男子や、恋心故に追いかけてくる女子。
それを全て撒いた頃には、離れた場所にある公園にまでたどり着いていた。
「ふー。ここまで来れば平気っスかね」
「…黄瀬君、ごめんなさい」
「ホントっスよ。オレ結構落ち込んだんスから」
「明日、きっと大騒ぎだよ」
「あ、そっち」
ベンチに腰かけて、ふぅっと息を吐く。
一週間も経ってない。しかしここに戻ってくるまで長かった気がする。
重なる手の暖かさが、取り戻すことが出来たのだという安心感を真司に与えていた。
「ね、今日…黄瀬君ち行きたい」
「そのつもりっスよ」
「黄瀬君…俺、気付くの遅くてごめんね」
「もういいっスよ」
黄瀬も傷つけて、全く関係ない女の子まで巻き込んでしまった。
きっと、黄瀬はさっきの子を愛してなどいなかった。真司がこうなることを分かっていたのだろう。
二人は、どちらともなく顔を寄せて口付けし合った。
「黄瀬君…」
「真司っち」
「もう離れてかないでね」
「勿論っスよ」
黄瀬の手が真司の頬を包む。真司は素直に擦り寄った。
最初から黄瀬のことを愛していた。この暖かさは、初めから感じていたものだ。
「黄瀬君、ごめんね…ごめんなさい…」
「なら愛してるってもう一回言ってよ」
「あ…愛してる、黄瀬君」
「なーに恥ずかしがってんスか」
体まで重ねた仲の癖に。
その黄瀬の言葉に、今の状況が不思議に思えてくる。
順序がめちゃくちゃで、でもちゃんとここに到着した。
「黄瀬君…俺…」
「なんでまた泣くんスか。化粧落ちちゃってるっスよ」
「目…痛い」
「え!?」
黄瀬の腕に掴まったまま再び歩き出す。
目の痛さなんか気にならない程、今の真司は満たされていた。
・・・
週刊誌が賑わう中、何故か真司の存在はバレていなかった。
以前よりも酷い取材と女子の勢いにやられた黄瀬に対し、真司はいつも通りの日常。
そんな中、真司は苦労しっぱなしの黄瀬と共に赤司の元を訪れていた。
「というわけで…。暫く黄瀬君にお世話になろうと思うのですが」
黄瀬を横に携え赤司を前にする。
こういうとき、黄瀬はなんとも頼りにならない。
バスケ部への参加が同時期なもの同士、どうしても赤司には顔が上がらないのだ。
「まあ予想の範囲内だな」
「赤司君…」
「真司がそうしたいのなら、そうすればいい」
「う、」
「ちょ、真司っち!なんで迷ってるんスか!」
やはり赤司が好きだ、と惚けそうになる。
しかし隣に立つ黄瀬を見上げればやはり愛しくて。
「俺、こんな幸せものでいいのかな」
「真司っち…」
「お前はもっと幸せになっていいんだからな、真司」
「…ありがとう」
二人の思いが嬉しい。嬉しくて、大事なことを忘れていた。
「ところで黄瀬、お前試験勉強はしているのだろうな」
「…!そ、れは真司っちに教えてもらうっス…」
「いや、真司、お前は青峰に勉強を教えてやってくれ」
「え…!?」
青峰大輝。
彼との距離は広がったまま、何も解決されていなかった。