黒バス(2012.10~2017.12)
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赤司と二人、向かうのは赤司宅。
初めからこうしていれば良かったんじゃないか。
なんて真司はそう思うが、人様の家に上がり込んでいるという事実はそれを認めてはくれないわけで。
当然のように罪悪感が真司の内に宿る。
「安心しろ。オレは真司の味方だ」
それを家族間の問題故に落ち込んでいると思ったのか、赤司は真司を割れ物かのように熱かった。
「いつだってここにいていいんだ。真司」
「…ぅ、っん…」
二人でベッドに入り、温もりに抱かれて少しだけ泣いて。
そのおかげか、真司はすんなり眠りに落ちた。
朝は二人で家を出る。
優しくて美人な赤司の母は、事情も聞かずに迎え入れてくれた。赤司征十郎のことをよっぽど信頼しているのだろう。
「いいお母さんだね」
「真司にそう見えたのなら…そうなのだろうな」
「駄目だよ、親孝行しなきゃ」
「…あぁ」
赤司の生活が真司と共にある。
沸き上がるのは赤司への愛しさと、他の者への優越感。そして、劣等感だった。
・・・
そんなことがあったとは思えない程に、当たり前の日常が学校にある。
席に着いて鞄を置いて教科書とノートを出す。
パターン化された行動の数々。ある意味平和である証拠だ。
「青峰君は、なんかいいよね」
「あ?何」
「一般的というか、庶民的というか」
「馬鹿にしてんのか?」
あれから再びあった席替えで、真司と青峰は再び近い位置になった。
といっても前後でも左右でもなく斜めという微妙な位置なのだが。
少し乗り出せば青峰との会話は容易に出来るのだから文句などあるまい。
「違う違う、居心地がいいってこと。誉めてんだよ」
「んだそれ」
「べっつに、ふと思っただけ」
右手に持ったペンをくるくると指の上で回して、視線を黒板の方に戻す。
実際のところ、赤司や緑間は金持ちなのだろうし、黄瀬は何やら眩しいオーラが出ている。
とはいえ青峰の家にお邪魔したいと思えないのは有り様が想像できるからだ。
「そう言うお前は最近変わったよな」
「え、何?背伸びてる?」
「違ぇよ。なんつーか、雰囲気が」
良い意味なのか悪い意味なのか。
振り返りきょとんと目を丸くした真司に、青峰は小さくぷっと笑った。
「な、何」
「やっぱ気のせいだ」
よく分からないが、馬鹿にされたのだということは分かった。どうせアホ面だとか思ったのだろう。
真司は青峰を暫く睨み付けてから前を向いた。
「…むしろ、青峰君のが」
「何か言ったか?」
「ううん」
変わったのは、むしろ青峰の方だろう。
嘗てのバスケ馬鹿が、今日も部活をサボるのだろう。
「雰囲気…」
なんとなく手のひらを見つめてみたけれど、真司には全く心当たりがなかった。
・・・
「…ってことがあったんだけど、赤司君分かる?」
赤司の家でくつろいでいた真司は、赤司を見上げて問いかけた。
お互い風呂上りで、真司は既に寝れる体勢になっている。
赤司は息を吐いてからベッドに腰掛けた。
「環境が変化したからじゃないか?」
「え?」
「オレに似てきたのかもしれないな」
「あ、何、そういうこと?それは無いと思うけどなぁ」
赤司に似るなんて、とてもじゃないが無理だ。余りにも人間として様々な点が赤司に及ばない。
そんな真司の考えが読めたのか、赤司が小さく笑った。
「…そうだな、色っぽくなった」
「はぁ?」
「オレ達の愛が伝わっているおかげだな」
細い指が真司の髪を梳く。
きゅっと胸が暖かくなって、真司もその手にすり寄った。
「今夜はどうしたい?」
「え…と、キスだけ…」
「それだけでいいのか?」
「うん。明日も学校だし」
目を細めて笑う、その表情が好きだ。優しく触れるその手も、熱をくれるその唇も。
共に過ごせば過ごすほどに酔わされていく。
「愛してるよ、真司」
「…ん…俺も、好き…」
愛している、と返せなかったのは臆病だからか、まだびびっているからか。
自分の中ではっきりとこの感情の正体が分かるまでは、その言葉を口にしてはいけない気がしていた。
こんなにも好きなのに。
「お前は変わっていない」
暖かさに包まれて、意識がほとんど無くなった頃。
真司の耳元で囁かれる赤司の声が微かに耳に届いた。
「変わったのは青峰の方だ」
その言葉に疑問を持つどころか、眠りに落ちる最中薄れて消えて。
真司の中に残ることは無かった。
赤司の家に住み着いているということを、真司は全く隠さなかった。
公にすることは勿論ないが、毎日二人で同じ方向に帰っていれば徐々に気付かれるわけで。
それが大層な事だとは思っていなかったのだから、知られてどうなるという事は頭の片隅にも無かったのだ。
しかし気付かざるを得ない、真司への明らかな視線と陰口。
鈍感そうな青峰までそれには気付いていた。
「ねぇ、烏羽君」
「ん?」
「赤司君って…家だとどんな感じなの?」
「…」
その質問は、親しくないどころか会話したことが過去にあったかも怪しい女子生徒からのもの。
黄瀬と違って赤司は女子にとって近付き難い存在らしい。
それもあって、真司は赤司がモテる人間だということを知らなかった。
「…それ、なんで俺に聞くの」
「え?烏羽君って赤司君と一緒に暮らしてるんでしょ?」
「…どこ情報?」
「バスケ部」
小さな群れを作った女子達が口々に「ねー」と続けた。
そりゃあ確かに部活の後、なんの躊躇いもなく二人で帰っていたが。
真司は困惑と同時に独占欲に駆られていた。
赤司の事を他の人に話すなんて、絶対にしたくない。
「悪いけど、俺は知りませんので」
「いいじゃん隠さなくたってさ!ね!」
「うっせーな、んなの聞いてどーすんだっつの」
傍で聞いていた青峰は耳に指を突っ込んで、うざったそうに顔をしかめている。
その声も、苛立ちを含んだ低いものだった。
「あ、青峰君には関係ないじゃん」
「真司はオレと話してんだよ。邪魔」
女子達も青峰の人相の悪さには少し顔を強張らせて。残念そうにその場を去って行く。
ここ最近こんなことが休み時間の度に起こっていた。
近くにいる青峰もさすがに苛立っているのだろう。
「ごめん、青峰君。ありがと」
「別にいいけどよ…実際んとこどうなんだ?」
「ん?」
「なんで赤司んとこ行ってんだよ、真司」
興味無さそうにしながらも、青峰も気になってはいたようだ。
真司自身、バスケ部のメンバーにはいつか聞かれるだろうと思っていた。
だから大して躊躇もせず、曖昧に笑って答えた。
「家出中なんだ」
「家出?」
「そ、家出」
その赤司の家で何をしているのか、という部分を差し引けば、理由は至極単純で。
唯一の家族である母との衝突故の家出、その先が赤司の家だったというだけなのだ。
「真司お前、家族いたのか」
「そりゃいるでしょ。経済的にも」
「でもよ…オレ会ったことねぇし」
「偶然そん時にいなかっただけだよ」
何の偽りのない真実である。しかし、真司の家の事情を知らない青峰には信じ難いことなのだろう。
理解出来ん、と言った様子で眉間にしわを寄せている。
「赤司君が俺を引き取ってくれた、それだけだよ」
「…へぇ」
理解しきっていない返事だった。それでも、真司にはこれ以上説明できることも無く。
「心配しなくたって大丈夫だよー」
「してねーよ」
冗談交じりにニッと笑うと、青峰も少し安心したように眉間のシワを解いた。
真司もこれ以上家のことを話したいとは思わなくて、さりげなく青峰から離れる。
しかし、手を青峰に掴まれていた。
「何?」
「一応、気を付けろよ」
「…?」
「最近陰口酷くなってんだろ?」
意外だった。青峰がそういうことを気にするというのは。
緑間や黒子に言われたのかもしれないが、真司にとって純粋に嬉しさを感じるもので。
「何かあったら青峰君が助けてくれるんでしょ?」
「誰がんなことすっかよ」
「全く、素直じゃないんだから」
「あ?」
「ふふ」
頬をぽりぽりとかいて視線を上に逸らす。
その行動が照れ隠しにしか見えなくて、真司は肩を揺らして笑った。
・・・
その日の昼休み。
早速問題が起こることとなった。
今度の相手は女子では無く男子、しかもバスケ部の奴等だ。
どんっと壁に背中をぶつけるのはこれで二度目。
人気の少ない裏庭、三人の大きな男、とこれだけのシチュエーションでこの後に起こる出来事は容易だった。
「お前、赤司に取り入ってんだってな」
「それで今度はスタメン入りか?」
一人の男が近付いて来て、逃げ道を塞がれた。
顔を知らないということは、一軍の男ではないのだろう。
「…赤司君を馬鹿にするな」
前にも聞いたようなセリフに、言ったようなセリフ。
ということは、腹を立てた男に殴られるまでがデフォか。
そう思ったのに、男は真司の肩を力強く掴んでいた。
「痛っ…」
「実はさ、オレらお前のこと結構好きなんだよね」
「はぁ?」
「赤司としてること、オレらにもやらしてよ」
にたっと笑う男の手が真司のネクタイに手をかけた。
ここ最近眼鏡を外して部活に出ていた真司の容姿は既に多くのものに知られている。
それがこんなことに影響するなど、真司の想像の範囲外だった。
「なっ…!?」
左右から腕を押さえられ、自由を奪われる。
「放せっん、ぐ…」
「静かにしろよ、バレんだろ」
「んん、ン…!」
口を手で覆われ、声を発することも許されなくなった。
セーターが捲られ、冷え切った外の空気が素肌に触れる。更に男の手が真司の体を弄り始めて、嫌悪感が湧き上がった。
「はい眼鏡回収ー」
「やっぱり可愛いなぁ、真司君」
「(こいつら…端からこれが目的かよ…!)」
察してからでは遅い。
彼等は嫉妬による鬱憤を晴らすのではなく、真司を辱めるのが目的だったのだ。
「見ろよ、乳首腫れてるぜ」
「はは、いつもここ触ってもらってんだ?」
「ん、んん…!」
ぐりぐりと乱暴に貪る手。
痛みに涙が目に溜まるが、何故か大して恐怖を感じていなかった。
自分が男だからとか、慣れてるからとかじゃなくて。誰かが助けてくれる、その確信があったからだ。
絶対に誰か来てくれる。
絶対に。
「そのまま動くな」
凛とした声に、男達の動きが止まった。
代わりに真司の目が輝く。
「…お前らはバスケ部どころか学校での生活も出来なくなる。覚悟しておけ」
バスケ部キャプテンの目が光って、辺りの空気が一変した。
簡単に真司の体は解放されて、捨て台詞も無しに男達が逃げ去って行く。
「はぁ…っ」
それをぼんやりと眺めながら、真司はずるずるとそこにしゃがみ込み、大きく息を吸い込んだ。
次に顔を上げた真司の目には、涼しい顔をしている赤司と、驚きに目を見開いている青峰。
「無事か、烏羽」
「あ…う、ん」
目の前で膝を折った赤司の手が真司の頬に触れる。
いつも安心させてくれる手なのに、今の真司にはそんなもの二の次だった。
茫然と今の様子を見ていた青峰が、じっとその場から動かない。
「烏羽?」
「あ、青峰君が…なんで」
「青峰か?いなくなったお前を心配していたから連れて来たんだ」
確かに青峰に助けてくれとは言った。
こんなことになるとは思っていなかったからだ。
そう分かっていたなら、青峰を巻き込むなど絶対にしなかったのに。
「…今の」
ぽつりと青峰が呟く。
びくっと肩を震わせた真司は赤司の影に隠れるように体を小さくさせた。
「赤司…」
「なんだ?」
「真司は…女だったのか…!?」
場の空気が凍りついた。
赤司でさえいつもより目を大きく開いて。真司もまさかの解釈に言葉を失っている。
「青峰、部室で着替えているところを見たことがあるだろう」
「いや、そーだけどよ」
「それにな青峰、男が男を愛しく思うことだってあるんだぞ」
「あ、赤司君…!」
思わず体を乗り出して赤司の腕を掴む。
どうして青峰にそんなことを言うんだ。まるで、青峰に赤司と真司の関係を教えるかのような。
青峰もこちらに引き込もうとしているかのような。
「何せ、オレは真司を愛しているからな」
「赤司君!」
赤司の口を塞ごうと手を伸ばす。
その手はまんまと赤司に掴まれて、ぐいっと引き寄せられていた。
赤司にダイブした体はきつく抱き締められ、身動きが取れなくなる。
「青峰、お前はどうだろうな」
「…んだよ、それ。意味わかんねぇ」
青峰はそれだけ言うと背中を向けてしまった。
赤司は、真司が青峰を追うと分かっていたのだろう。だから、逃げないように腕の中に捕らえて。
青峰が去って行く音が聞こえる。
真司は、赤司の胸に顔を押し付けたまま動くことが出来なかった。
「真司、オレが嫌いになったか?」
「…はは、そんなん…無理に決まってるじゃん」
青峰のことを好きかもしれない。
その思いを赤司は知っていて、それでこんなことをしたのだとしたら。
「青峰君に…こんなこと知られたくなかったのに…」
「…」
「赤司君の思いが嬉しいんだ…」
青峰には渡さない、その赤司の意思表示が嬉しい。
とっくに自分がおかしくなっていることには気付いていたのに。今更自覚することになるなんて。
真司は赤司の背中に手を回して、一筋の涙を落とした。
「好き…。俺…赤司君のことも、愛してるんだ…」
暫くして、真司に対する陰口やら呼び出し等は落ち着きを見せ始めた。
完全ではないが、赤司が牽制したおかげだろう。
その赤司はというと、どういう訳か真司への愛情を隠さなくなった。
というか、誰の目から見ても少し浮かれていた。
「赤ちん、最近何か嬉しそう」
「そうか?」
「うん。ね、ミドチン」
「十中八九烏羽のことだろう」
緑間が言う通り、赤司の目は相変わらずドリブル練習に力を入れている真司に向いている。
「緑間」
「…なんなのだよ」
「オレは分かっていなかったらしい」
ふっと息を吐き出した赤司に、緑間と紫原は思わず目を丸くさせた。
普段から自信に溢れ、勝利者である赤司が。自分の間違いを認めるような言葉を発して自嘲的な笑みを浮かべて。
「き、気持ち悪いのだよ、赤司」
「赤ちん、何か悪いもんでも食った~?」
「いや…思われるというのはいいものだと思ってな」
真司を見つめて、赤司が優しそうに微笑む。
二人はそれでなんとなく察してしまった。
「赤司…お前、烏羽に何をしたのだよ」
「ちょっと待って、赤ちん。いくら赤ちんでも一人占めは駄目」
緑間は呆れの表情を浮かべ、紫原は唇を尖らせている。
その二人を見た赤司は、先程とは違い滑稽そうに笑った。
「分かっているさ」
「赤ちんずるいし…」
「紫原、そう膨れるな」
「オレも烏羽ちん欲しい…」
「おい、紫原…!」
かあっと頬を染めた緑間が眼鏡を指で上げる。
赤司は真司に視線を戻し、暫く辺りを見渡した。
自主練を行っている真司の傍には黄瀬と黒子がいる。
「緑間、前に言ったことを覚えているか?」
「どれのことなのだよ」
「あいつに必要なのは、恋人ではなく友だという話だ」
何故今その話を。
緑間は腕を組み、怪訝そうに顔をしかめた。
「黒子の一人勝ちかもしれないな」
「…理解しかねるのだよ」
「何で黒ちん?黒ちんと烏羽ちんとか、全然じゃん」
「来年どうなっているのか…見物だな」
赤司が再びふっと笑った。
それでも幸せそうなのは、真司を手に入れたからなのか。
緑間は少し嫉妬心を覚えながら、真司に視線を向けた。
紫原は欲に忠実だ。そして自分は違う、そう思っていたのだが。
「烏羽が欲しい…か」
「ミドチン?」
「いや、な、なんでもないのだよ」
その気持ちは分かる気がする。
そう思ったことも、赤司にはお見通しだったのだろう。
「緑間は焦らなくとも大丈夫だと思うぞ」
「な、何がなのだよ…!」
「紫原は少し頑張った方がいいかもな」
「何それ…なんかめんどくさそ」
紫原がポケットに入っていたお菓子を取り出す。
その時、とんっとボールがこちらに転がって来た。
「あー!失敗した!」
「烏羽か」
赤司の足元に転がったボールを追って真司が駆け寄ってくる。
真司の目は、赤司を捕らえた瞬間少し恥ずかしそうに逸らされた。
(うっわ…烏羽ちんわっかりやす)
ばりっと口の中でスナック菓子が砕かれる。
赤司からボールを受け取った真司に、紫原は菓子の袋を差し出した。
「烏羽ちんも食べない?」
「今食べたら吐くよ…」
「え~…」
お菓子を拒否されるなど、バスケ中ならよくあることなのに、何故だか今日は胸が痛む。
真司が赤司のものになるのは紫原にとっては嬉しいことのはずなのに。
「烏羽ちん…」
「ん?」
「今度うちにも来なよ」
「そういえば紫原君の家行ったことなかったね」
いいよ、と真司が頷くと、紫原はぱっと笑顔になった。
それを見て微笑ましげに赤司が笑う。
緑間は複雑そうに顔を逸らしていた。
初めからこうしていれば良かったんじゃないか。
なんて真司はそう思うが、人様の家に上がり込んでいるという事実はそれを認めてはくれないわけで。
当然のように罪悪感が真司の内に宿る。
「安心しろ。オレは真司の味方だ」
それを家族間の問題故に落ち込んでいると思ったのか、赤司は真司を割れ物かのように熱かった。
「いつだってここにいていいんだ。真司」
「…ぅ、っん…」
二人でベッドに入り、温もりに抱かれて少しだけ泣いて。
そのおかげか、真司はすんなり眠りに落ちた。
朝は二人で家を出る。
優しくて美人な赤司の母は、事情も聞かずに迎え入れてくれた。赤司征十郎のことをよっぽど信頼しているのだろう。
「いいお母さんだね」
「真司にそう見えたのなら…そうなのだろうな」
「駄目だよ、親孝行しなきゃ」
「…あぁ」
赤司の生活が真司と共にある。
沸き上がるのは赤司への愛しさと、他の者への優越感。そして、劣等感だった。
・・・
そんなことがあったとは思えない程に、当たり前の日常が学校にある。
席に着いて鞄を置いて教科書とノートを出す。
パターン化された行動の数々。ある意味平和である証拠だ。
「青峰君は、なんかいいよね」
「あ?何」
「一般的というか、庶民的というか」
「馬鹿にしてんのか?」
あれから再びあった席替えで、真司と青峰は再び近い位置になった。
といっても前後でも左右でもなく斜めという微妙な位置なのだが。
少し乗り出せば青峰との会話は容易に出来るのだから文句などあるまい。
「違う違う、居心地がいいってこと。誉めてんだよ」
「んだそれ」
「べっつに、ふと思っただけ」
右手に持ったペンをくるくると指の上で回して、視線を黒板の方に戻す。
実際のところ、赤司や緑間は金持ちなのだろうし、黄瀬は何やら眩しいオーラが出ている。
とはいえ青峰の家にお邪魔したいと思えないのは有り様が想像できるからだ。
「そう言うお前は最近変わったよな」
「え、何?背伸びてる?」
「違ぇよ。なんつーか、雰囲気が」
良い意味なのか悪い意味なのか。
振り返りきょとんと目を丸くした真司に、青峰は小さくぷっと笑った。
「な、何」
「やっぱ気のせいだ」
よく分からないが、馬鹿にされたのだということは分かった。どうせアホ面だとか思ったのだろう。
真司は青峰を暫く睨み付けてから前を向いた。
「…むしろ、青峰君のが」
「何か言ったか?」
「ううん」
変わったのは、むしろ青峰の方だろう。
嘗てのバスケ馬鹿が、今日も部活をサボるのだろう。
「雰囲気…」
なんとなく手のひらを見つめてみたけれど、真司には全く心当たりがなかった。
・・・
「…ってことがあったんだけど、赤司君分かる?」
赤司の家でくつろいでいた真司は、赤司を見上げて問いかけた。
お互い風呂上りで、真司は既に寝れる体勢になっている。
赤司は息を吐いてからベッドに腰掛けた。
「環境が変化したからじゃないか?」
「え?」
「オレに似てきたのかもしれないな」
「あ、何、そういうこと?それは無いと思うけどなぁ」
赤司に似るなんて、とてもじゃないが無理だ。余りにも人間として様々な点が赤司に及ばない。
そんな真司の考えが読めたのか、赤司が小さく笑った。
「…そうだな、色っぽくなった」
「はぁ?」
「オレ達の愛が伝わっているおかげだな」
細い指が真司の髪を梳く。
きゅっと胸が暖かくなって、真司もその手にすり寄った。
「今夜はどうしたい?」
「え…と、キスだけ…」
「それだけでいいのか?」
「うん。明日も学校だし」
目を細めて笑う、その表情が好きだ。優しく触れるその手も、熱をくれるその唇も。
共に過ごせば過ごすほどに酔わされていく。
「愛してるよ、真司」
「…ん…俺も、好き…」
愛している、と返せなかったのは臆病だからか、まだびびっているからか。
自分の中ではっきりとこの感情の正体が分かるまでは、その言葉を口にしてはいけない気がしていた。
こんなにも好きなのに。
「お前は変わっていない」
暖かさに包まれて、意識がほとんど無くなった頃。
真司の耳元で囁かれる赤司の声が微かに耳に届いた。
「変わったのは青峰の方だ」
その言葉に疑問を持つどころか、眠りに落ちる最中薄れて消えて。
真司の中に残ることは無かった。
赤司の家に住み着いているということを、真司は全く隠さなかった。
公にすることは勿論ないが、毎日二人で同じ方向に帰っていれば徐々に気付かれるわけで。
それが大層な事だとは思っていなかったのだから、知られてどうなるという事は頭の片隅にも無かったのだ。
しかし気付かざるを得ない、真司への明らかな視線と陰口。
鈍感そうな青峰までそれには気付いていた。
「ねぇ、烏羽君」
「ん?」
「赤司君って…家だとどんな感じなの?」
「…」
その質問は、親しくないどころか会話したことが過去にあったかも怪しい女子生徒からのもの。
黄瀬と違って赤司は女子にとって近付き難い存在らしい。
それもあって、真司は赤司がモテる人間だということを知らなかった。
「…それ、なんで俺に聞くの」
「え?烏羽君って赤司君と一緒に暮らしてるんでしょ?」
「…どこ情報?」
「バスケ部」
小さな群れを作った女子達が口々に「ねー」と続けた。
そりゃあ確かに部活の後、なんの躊躇いもなく二人で帰っていたが。
真司は困惑と同時に独占欲に駆られていた。
赤司の事を他の人に話すなんて、絶対にしたくない。
「悪いけど、俺は知りませんので」
「いいじゃん隠さなくたってさ!ね!」
「うっせーな、んなの聞いてどーすんだっつの」
傍で聞いていた青峰は耳に指を突っ込んで、うざったそうに顔をしかめている。
その声も、苛立ちを含んだ低いものだった。
「あ、青峰君には関係ないじゃん」
「真司はオレと話してんだよ。邪魔」
女子達も青峰の人相の悪さには少し顔を強張らせて。残念そうにその場を去って行く。
ここ最近こんなことが休み時間の度に起こっていた。
近くにいる青峰もさすがに苛立っているのだろう。
「ごめん、青峰君。ありがと」
「別にいいけどよ…実際んとこどうなんだ?」
「ん?」
「なんで赤司んとこ行ってんだよ、真司」
興味無さそうにしながらも、青峰も気になってはいたようだ。
真司自身、バスケ部のメンバーにはいつか聞かれるだろうと思っていた。
だから大して躊躇もせず、曖昧に笑って答えた。
「家出中なんだ」
「家出?」
「そ、家出」
その赤司の家で何をしているのか、という部分を差し引けば、理由は至極単純で。
唯一の家族である母との衝突故の家出、その先が赤司の家だったというだけなのだ。
「真司お前、家族いたのか」
「そりゃいるでしょ。経済的にも」
「でもよ…オレ会ったことねぇし」
「偶然そん時にいなかっただけだよ」
何の偽りのない真実である。しかし、真司の家の事情を知らない青峰には信じ難いことなのだろう。
理解出来ん、と言った様子で眉間にしわを寄せている。
「赤司君が俺を引き取ってくれた、それだけだよ」
「…へぇ」
理解しきっていない返事だった。それでも、真司にはこれ以上説明できることも無く。
「心配しなくたって大丈夫だよー」
「してねーよ」
冗談交じりにニッと笑うと、青峰も少し安心したように眉間のシワを解いた。
真司もこれ以上家のことを話したいとは思わなくて、さりげなく青峰から離れる。
しかし、手を青峰に掴まれていた。
「何?」
「一応、気を付けろよ」
「…?」
「最近陰口酷くなってんだろ?」
意外だった。青峰がそういうことを気にするというのは。
緑間や黒子に言われたのかもしれないが、真司にとって純粋に嬉しさを感じるもので。
「何かあったら青峰君が助けてくれるんでしょ?」
「誰がんなことすっかよ」
「全く、素直じゃないんだから」
「あ?」
「ふふ」
頬をぽりぽりとかいて視線を上に逸らす。
その行動が照れ隠しにしか見えなくて、真司は肩を揺らして笑った。
・・・
その日の昼休み。
早速問題が起こることとなった。
今度の相手は女子では無く男子、しかもバスケ部の奴等だ。
どんっと壁に背中をぶつけるのはこれで二度目。
人気の少ない裏庭、三人の大きな男、とこれだけのシチュエーションでこの後に起こる出来事は容易だった。
「お前、赤司に取り入ってんだってな」
「それで今度はスタメン入りか?」
一人の男が近付いて来て、逃げ道を塞がれた。
顔を知らないということは、一軍の男ではないのだろう。
「…赤司君を馬鹿にするな」
前にも聞いたようなセリフに、言ったようなセリフ。
ということは、腹を立てた男に殴られるまでがデフォか。
そう思ったのに、男は真司の肩を力強く掴んでいた。
「痛っ…」
「実はさ、オレらお前のこと結構好きなんだよね」
「はぁ?」
「赤司としてること、オレらにもやらしてよ」
にたっと笑う男の手が真司のネクタイに手をかけた。
ここ最近眼鏡を外して部活に出ていた真司の容姿は既に多くのものに知られている。
それがこんなことに影響するなど、真司の想像の範囲外だった。
「なっ…!?」
左右から腕を押さえられ、自由を奪われる。
「放せっん、ぐ…」
「静かにしろよ、バレんだろ」
「んん、ン…!」
口を手で覆われ、声を発することも許されなくなった。
セーターが捲られ、冷え切った外の空気が素肌に触れる。更に男の手が真司の体を弄り始めて、嫌悪感が湧き上がった。
「はい眼鏡回収ー」
「やっぱり可愛いなぁ、真司君」
「(こいつら…端からこれが目的かよ…!)」
察してからでは遅い。
彼等は嫉妬による鬱憤を晴らすのではなく、真司を辱めるのが目的だったのだ。
「見ろよ、乳首腫れてるぜ」
「はは、いつもここ触ってもらってんだ?」
「ん、んん…!」
ぐりぐりと乱暴に貪る手。
痛みに涙が目に溜まるが、何故か大して恐怖を感じていなかった。
自分が男だからとか、慣れてるからとかじゃなくて。誰かが助けてくれる、その確信があったからだ。
絶対に誰か来てくれる。
絶対に。
「そのまま動くな」
凛とした声に、男達の動きが止まった。
代わりに真司の目が輝く。
「…お前らはバスケ部どころか学校での生活も出来なくなる。覚悟しておけ」
バスケ部キャプテンの目が光って、辺りの空気が一変した。
簡単に真司の体は解放されて、捨て台詞も無しに男達が逃げ去って行く。
「はぁ…っ」
それをぼんやりと眺めながら、真司はずるずるとそこにしゃがみ込み、大きく息を吸い込んだ。
次に顔を上げた真司の目には、涼しい顔をしている赤司と、驚きに目を見開いている青峰。
「無事か、烏羽」
「あ…う、ん」
目の前で膝を折った赤司の手が真司の頬に触れる。
いつも安心させてくれる手なのに、今の真司にはそんなもの二の次だった。
茫然と今の様子を見ていた青峰が、じっとその場から動かない。
「烏羽?」
「あ、青峰君が…なんで」
「青峰か?いなくなったお前を心配していたから連れて来たんだ」
確かに青峰に助けてくれとは言った。
こんなことになるとは思っていなかったからだ。
そう分かっていたなら、青峰を巻き込むなど絶対にしなかったのに。
「…今の」
ぽつりと青峰が呟く。
びくっと肩を震わせた真司は赤司の影に隠れるように体を小さくさせた。
「赤司…」
「なんだ?」
「真司は…女だったのか…!?」
場の空気が凍りついた。
赤司でさえいつもより目を大きく開いて。真司もまさかの解釈に言葉を失っている。
「青峰、部室で着替えているところを見たことがあるだろう」
「いや、そーだけどよ」
「それにな青峰、男が男を愛しく思うことだってあるんだぞ」
「あ、赤司君…!」
思わず体を乗り出して赤司の腕を掴む。
どうして青峰にそんなことを言うんだ。まるで、青峰に赤司と真司の関係を教えるかのような。
青峰もこちらに引き込もうとしているかのような。
「何せ、オレは真司を愛しているからな」
「赤司君!」
赤司の口を塞ごうと手を伸ばす。
その手はまんまと赤司に掴まれて、ぐいっと引き寄せられていた。
赤司にダイブした体はきつく抱き締められ、身動きが取れなくなる。
「青峰、お前はどうだろうな」
「…んだよ、それ。意味わかんねぇ」
青峰はそれだけ言うと背中を向けてしまった。
赤司は、真司が青峰を追うと分かっていたのだろう。だから、逃げないように腕の中に捕らえて。
青峰が去って行く音が聞こえる。
真司は、赤司の胸に顔を押し付けたまま動くことが出来なかった。
「真司、オレが嫌いになったか?」
「…はは、そんなん…無理に決まってるじゃん」
青峰のことを好きかもしれない。
その思いを赤司は知っていて、それでこんなことをしたのだとしたら。
「青峰君に…こんなこと知られたくなかったのに…」
「…」
「赤司君の思いが嬉しいんだ…」
青峰には渡さない、その赤司の意思表示が嬉しい。
とっくに自分がおかしくなっていることには気付いていたのに。今更自覚することになるなんて。
真司は赤司の背中に手を回して、一筋の涙を落とした。
「好き…。俺…赤司君のことも、愛してるんだ…」
暫くして、真司に対する陰口やら呼び出し等は落ち着きを見せ始めた。
完全ではないが、赤司が牽制したおかげだろう。
その赤司はというと、どういう訳か真司への愛情を隠さなくなった。
というか、誰の目から見ても少し浮かれていた。
「赤ちん、最近何か嬉しそう」
「そうか?」
「うん。ね、ミドチン」
「十中八九烏羽のことだろう」
緑間が言う通り、赤司の目は相変わらずドリブル練習に力を入れている真司に向いている。
「緑間」
「…なんなのだよ」
「オレは分かっていなかったらしい」
ふっと息を吐き出した赤司に、緑間と紫原は思わず目を丸くさせた。
普段から自信に溢れ、勝利者である赤司が。自分の間違いを認めるような言葉を発して自嘲的な笑みを浮かべて。
「き、気持ち悪いのだよ、赤司」
「赤ちん、何か悪いもんでも食った~?」
「いや…思われるというのはいいものだと思ってな」
真司を見つめて、赤司が優しそうに微笑む。
二人はそれでなんとなく察してしまった。
「赤司…お前、烏羽に何をしたのだよ」
「ちょっと待って、赤ちん。いくら赤ちんでも一人占めは駄目」
緑間は呆れの表情を浮かべ、紫原は唇を尖らせている。
その二人を見た赤司は、先程とは違い滑稽そうに笑った。
「分かっているさ」
「赤ちんずるいし…」
「紫原、そう膨れるな」
「オレも烏羽ちん欲しい…」
「おい、紫原…!」
かあっと頬を染めた緑間が眼鏡を指で上げる。
赤司は真司に視線を戻し、暫く辺りを見渡した。
自主練を行っている真司の傍には黄瀬と黒子がいる。
「緑間、前に言ったことを覚えているか?」
「どれのことなのだよ」
「あいつに必要なのは、恋人ではなく友だという話だ」
何故今その話を。
緑間は腕を組み、怪訝そうに顔をしかめた。
「黒子の一人勝ちかもしれないな」
「…理解しかねるのだよ」
「何で黒ちん?黒ちんと烏羽ちんとか、全然じゃん」
「来年どうなっているのか…見物だな」
赤司が再びふっと笑った。
それでも幸せそうなのは、真司を手に入れたからなのか。
緑間は少し嫉妬心を覚えながら、真司に視線を向けた。
紫原は欲に忠実だ。そして自分は違う、そう思っていたのだが。
「烏羽が欲しい…か」
「ミドチン?」
「いや、な、なんでもないのだよ」
その気持ちは分かる気がする。
そう思ったことも、赤司にはお見通しだったのだろう。
「緑間は焦らなくとも大丈夫だと思うぞ」
「な、何がなのだよ…!」
「紫原は少し頑張った方がいいかもな」
「何それ…なんかめんどくさそ」
紫原がポケットに入っていたお菓子を取り出す。
その時、とんっとボールがこちらに転がって来た。
「あー!失敗した!」
「烏羽か」
赤司の足元に転がったボールを追って真司が駆け寄ってくる。
真司の目は、赤司を捕らえた瞬間少し恥ずかしそうに逸らされた。
(うっわ…烏羽ちんわっかりやす)
ばりっと口の中でスナック菓子が砕かれる。
赤司からボールを受け取った真司に、紫原は菓子の袋を差し出した。
「烏羽ちんも食べない?」
「今食べたら吐くよ…」
「え~…」
お菓子を拒否されるなど、バスケ中ならよくあることなのに、何故だか今日は胸が痛む。
真司が赤司のものになるのは紫原にとっては嬉しいことのはずなのに。
「烏羽ちん…」
「ん?」
「今度うちにも来なよ」
「そういえば紫原君の家行ったことなかったね」
いいよ、と真司が頷くと、紫原はぱっと笑顔になった。
それを見て微笑ましげに赤司が笑う。
緑間は複雑そうに顔を逸らしていた。